シルクロード旅行記2015 トルファンの世界遺産・交河故城

トルファン駅到着

07:52頃、37分遅れでトルファン駅に到着する。天気は快晴で涼しいが昼には気温30度以上の真夏日になるのだろう。トルファン駅からトルファン市内までは50kmほど離れており駅近くのバスターミナルの大河沿汽車客運站からバスで移動となる。駅前にはホータンやウルムチ行きのバスが停車しているが利用しないのでそのまま通過する。

まず、駅の様子を確認するため切符売場へ行くが、まず駅の入口で身分証確認があり続いて切符売場の入口で手荷物のX線検査とボディチェックがある。2008年に訪れたときは切符売場への手荷物持ち込みはできなかったが、今回は警備は厳しいが手荷物は持ち込めた。

昨日の柳園駅もそうだったが切符売場へ入るだけでボディチェックがあったのでウルムチ鉄路管理局の管轄駅だけ他の地域より警備体制が厳しい。これはやはり漢族とウイグル族の大人の事情か?

切符売場を出てバスターミナルへ向かうがボリタクの運ちゃんの客引きが酷い。相手にせず駅前の坂を上っていくと「バスターミナルはなくなった」「上からバスは出ていない」とかいってくるが信じずに坂を上り交差点を右(東)へ歩いていく。

バスでトルファン市内へ

5ー10分して、08:15頃、大河沿汽車客運站に到着する。

バスターミナルあるやん!やはり、東トルキスタンでも、ここは中国のようで平気で人を騙してくる。

まずはバス情報を確認してトルファン行きのチケットを購入する。

運賃は11元、09:00発だ。新彊ウイグル自治区では長距離バスにも実名制が導入されており購入時にパスポートが必須になっておりチケットに名前とパスポート番号が印字される。これも漢族とウイグル族の大人の事情が影響しているようだ。

出発まで時間があるのでバスの前で待機していると目の前でおばちゃんがガキに小便させている。ここはトイレでなく駐車場なのだが・・・。トイレはおばちゃんの前方30mほどのところにあるぞ!ここは東トルキスタンだが、中国であった。

09:00頃、バスが出発する。途中で客を乗せながら定員オーバーでバスが走る。交通ルールはあってないようなもので、いつもの中国の日常である。

09:45頃、トルファン市入口の国道の料金所を通過するが、ここに検問所がありここで運ちゃんが乗客の身分証を回収するが、自分はパスポート回収されずそのまま素通りで外人は対象外のようだ。公安の身分証確認が終わりトルファン市内へ入る。一体何のための検問だろうか?

10:20頃、バスターミナルに到着するが、すでにトルファンは日差しが強く暑い。そして、7年前とは違いバスターミナルは移動して新しくなっていた。
まずはバスターミナルでバスの状況を確認しようとしたら時刻表や運賃表が一切なく調査できずであった。仕方がないので今日の宿へ向かう。

バスターミナルから直線距離で約2.4km離れており、ひたすら歩く。
久しぶりのトルファンの印象だがとにかくハエが多い。以前もこんなに多かったかな?
そこらじゅうでハエがブンブン飛んでいる。市内にはビルが建ったり建設ラッシュで発展中なのだが、衛生面に関してはその辺の中国の田舎と同じでハエが飛び交っている。

11:15頃、eLongで予約しておいた吐魯番達卜青年旅舍(吐鲁番达卜青年旅舍/Dap Youth Hostel)に到着する。予約しておいた部屋は1泊35元の8人ドミトリーで2泊する。

宿泊登記は問題なかったがレセプションのカウンターの後ろに武装警察が使っていそうな盾が2つあった。盾には「民兵」の文字がある・・・。日本のコンビニでもレジカウンターに木刀や竹刀の類が隠してあるけど、トルファンでも何かあるのでしょうか?

で、このユースホステルはウイグル族の民家を改装しており西域の雰囲気が出ている。
そして、8人ドミトリーには欧米人の先客がいたが、何と張掖のユースホステルで同じドミトリーだったスイス人であった。ここはBooking.comでも予約できるから欧米人がいても不思議はないな。

13:00頃、昼食に牛肉麺(7元/約7元)を食べる。昨日の午前中に牛肉麺を食べて以来の食事だ。トルファンの物価は牛肉麺7元、炒飯類10元、ミネラルウォーター500ml1元、ペプシ600ml3元、ナン2.5元といった感じだ。物価は敦煌や嘉峪関よりちょっと高い感じだが、スーパーの特売品に康師傅のミルクティー500mlが1.99元だったり頑張っている部分もある。

食後はウイグル族の店でナン(2.5元/約50円)を2枚購入する。夕方に新彊ウイグル自治区の地場系スーパーの阿尔曼超市でブルーベリージュース480ml(3元/約60元)を購入する。地場系スーパーでイスラム教とのための店なのだがビールとかも扱っているが、ウイグル文字の入った地元の商品が豊富なのが特徴だ。でも、大規模店舗が少なくコンビニ程度の店が多い。

ユースホステルに戻り天気予報を調べてみたら今日のトルファンの最高気温は33度であった。あれだけ日差しが強ければ当然の気温だな。最低気温は14度でかなり涼しく寒暖の差が激しい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
宿泊費 70元 (1泊35元×2)
バス 11元 (大河沿→トルファン市)
合計 98元

トルファン郡王府

08:30頃、ユースホステルを出て南東へ約2km離れた蘇公塔とトルファン群王府へ向かう。バスで近くまで行けるが歩いていける距離なので歩いていく。09:00頃、トルファン群王府に到着。入場料は20元だが建物が新しすぎるのと今までの経験上、こういった建築物はことごとくハズレを引いているので外から見るだけにしておく。

トルファン群王府はトルファン群王の額敏和卓(1694-1777)の邸宅である。額敏和卓は清朝に帰順し康煕年間から乾隆年間にかけて武勲を挙げ乾隆帝から群王に封じられている。

周辺にはブドウ畑で覆われているがまだ1ヶ月ぐらい時期が早く果実は成っていなかった。

蘇公塔

09:10頃、群王府の斜め向かいにある蘇公塔を訪れる。

入場券売場にトルファンの観光地の料金表があったので撮影しておく。

そして、トルファンでは観光地のセット券が何種類も販売されており単体で買うより安く見物することができる。ただし、有効期限がどうなっているかは不明だ。

蘇公塔の入場料は45元で、ここは見物しておく。

蘇公塔は額敏塔とも呼ばれ、清の乾隆42年(1777)に建立される。高さ37mのイスラム様式の塔で新彊ウイグル自治区で現存する最も古い塔である。蘇公塔はトルファンの主要観光地として知られているが、モスクでもあり礼拝所にもなっている。

10:20頃、蘇公塔を離れて裏手のバス乗り場へ向かう。蘇公塔の裏手が6路のバスの終点になっているのだが案内表示とかはない。代わりに道路の路面にバスが転回した跡が残っているので、ここが終点というのがわかる。10:35頃、6路のバスに乗車してトルファン市内へ戻る。運賃は1元だ。

トルファン賓館の前を通過して、10:45頃、市中心の高昌路にある大十字のバス停で下車する。

大十字からは5路のバスで葡萄溝口、202路のバスで高速鉄道のトルファン北駅へ行くこともできる。そして、この高昌路に地下街ができていた。トルファンに地下街があるというのは驚きである。田舎のはずがいつの間にか都会に変貌していた。

11:00頃、トルファン客運站に行ってみるがタクシーの客引きがしつこい。日本語で返答して撃退していったが、一人だけ日本語ペラペラのウイグル族に遭遇してしまう。ああ、あの人か!ネットで評判の悪いバスターミナル前で日本語を話すガイドだよ。自分も以前2回ほど遭遇している。まあ、あまり関わらない方がよさそうなのでバスターミナルを離れる。

昼頃、トルファン博物館に到着する。百度地図やグーグルマップでは古いトルファン博物館しか表示されておらず、この新しい博物館はまだ掲載されていなかった。トルファン博物館は入場料無料でパスポートがあれば入場券がもらえる。

内部は撮影禁止なのだが誰もそんなことにはかまわず記念撮影中だ。展示内容は恐竜の化石からシルクロードに関する展示まであるのだが一番の見所はトルファンで出土したミイラだ。以前の博物館では見学者はほとんどおらずミイラの扱いは大切にされている様子はなかったが、この新しい博物館ではちゃんと展示されており見学者も多くかなり待遇改善された様子だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
バス 1元 路線バス
蘇公塔 45元
合計 61元

白駝青年旅舎

09:20頃、ユースホステルの達卜青年旅舎をチェックアウトする。15分ほど歩いて火焔山賓館の敷地内にある白駝青年旅舎に到着する。eLongで予約してあり1泊40元の8人ドミトリーに4泊する。

部屋は広さは普通でベッドにはコンセントや照明はなし。OAタップで電源は確保できる。部屋の掃除はあまりしていない感じで空き瓶やペットボトルが大量にある。ハエはいなかったので、まあいいかな?共同のトイレ・シャワーは許容範囲内。
WiーFiの状態は良好。トルファン博物館まで徒歩10分、天馬超市は徒歩3分で立地はまずまずだ。欧米人は数人いたが客は少ない感じだ。

世界遺産 交河故城

10:30頃、市政府のバス停から101路のバスに乗車して交河故城へ向かう。運賃は1元だ。終点の交河路口から約4kmほど歩いて、昼頃、交河故城に到着する。

交河故城の入場料は70元である。

交河故城は世界最大、最古の版築で築かれた都市遺跡で周囲を深さ約30mの断崖で囲まれ要塞都市でもある。

紀元前2世紀頃には車師の人々が居住しており紀元前108-450年の間は車師前国の都であった。その後は高昌国や唐の支配下にあったが14世紀に戦火で放棄された。2014年にシルクロードの一部として世界文化遺産に登録されている。

都市遺跡で敷地は広いのだが木が一本も生えていないので日差しの強いトルファンでは見物も一苦労だ。5月とはいえ最高気温は平気で30度以上の真夏日である。それでも今日は涼しい方で暑いと38度とかまで上がるそうだ。水は500mlのペットボトルより1.5Lとかを用意しておいた方がよい。

1時間ほどの短時間しか見物していないが、13:00頃、交河故城から約4km離れたバス停へ向かう。遺跡を隅々までしっかり見物するには2時間ぐらい欲しいところだが、あまりの暑さで倒れそうなので切り上げた。

交河故城からひたすら歩いて、14:10頃、101路の終点に交河路口に到着する。1路や102路のバスなら交河故城からさらに近い約2.7kmのところの兴渔水产公司まで来るのだがバスの本数が少なく結局遭遇することはなかった。


101路のバスに乗車して新城西門で下車する。

カレーズ民俗園

運賃は1元でバス停から南へ歩いていき、14:25頃、カレーズ民俗園(カレーズ博物館)に到着する。入場料は40元だ。

ここは地下水路カレーズの博物館であり、カレーズの歴史や工法を知ることができ、実際に地下のカレーズを見学することができる。でも、入場料40元はボッタクリ。

15:00頃、新城西門のバス停から101路のバスに乗車して市内へ戻る。運賃は1元だ。

15:15頃、天馬超市のバス停で下車して目の前の白駝青年旅舎に戻る。そして、徒歩3分ほどのところにある天馬超市でトルファンワインのトルファン紅酒750ml(9.9元/約198円)を購入する。

夕飯はナンを食べながらトルファンワインを飲むがトルファンワインの中の安ワインを購入したので正直言って普段酒を飲まない自分にとっては不味いワインであった。ワインといっても原材料に白砂糖と表記されている時点で本物のワインではないというのはわかっていたが、高いちゃんとした奴なら美味いのかな?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.9元
宿泊費 16元 (1泊40元×4)
バス 3元 路線バス
交河故城 70元
カレーズ民俗園 40元
合計 145.9元

イスラム教聖地の吐峪溝

朝から天気は曇りで涼しい。08:30頃、トルファン客運站を訪れる。今日は吐峪溝(吐峪沟)を訪れようと思い、吐峪溝行きのチケットを買おうとしたが直通バスはないらしく吐峪溝近くを通過する魯克沁(鲁克沁)行きのチケットを購入する。運賃は15元でパスポート必須であった。

時間までバスターミナルの待合室で待機となるが、ここでトルファンのバス運賃時刻表を見つけ撮影しておくが、魯克沁(鲁克沁)行きが11:00からの運行になっている。先ほど購入したのは10:00発なのだが・・・。時刻表はあまりあてにならないかも?

09:40頃、バスに乗車して出発を待つが雨が降ってきた。年間降水量30m程度のトルファンで雨に遭遇するのはかなり珍しい。でも、雨といってもごく僅かで降水量として観測されるほどではない。

10:00頃、バスが出発するが乗客は自分と地元民6人、欧米人1人の8人だけなので途中で客を乗せながらの運行となる。途中、火焔山景区で欧米人が下車して、ベゼクリク千仏洞との分岐点、アスターナ古墓群近くの二堡を通過して、11:00頃、吐峪溝の標識が見えてきて、分岐点で下車する。

あとは約3km歩いて、11:45頃、吐峪溝に到着する。入場料は30元だ。
(吐峪溝への行き方はこちらの情報が詳しい)

吐峪溝は2000年代前半まで外国人立ち入り禁止の秘境であったが現在は自由に観光できるようになっている。そして、吐峪溝はイスラム教の聖地でありマザール(麻扎)と呼ばれる聖人の霊廟がある。

景区内には古民居やドイツ人探検家の家があるのだが、どうみてもボロ家だ。所々に人が住んでおらず崩れた廃墟もあり、これで30元取るのはボッタクリだろ!さらに霊廟のマザールは料金表には出ていない別料金20元になっていたし、吐峪溝千仏洞は立ち入り禁止になっていたし。

おまけに吐峪溝大峡谷は砂防ダムだかの大型治水工事中で大峡谷の景観が失われそうな気配が・・・。さらに峡谷には地元民が捨てたのか大量の生活ゴミが・・・。

はっきり言って吐峪溝は、ただのボッタクリ観光地で見る価値なしであった。いや、立入禁止で見られない所も多いな。13:00頃、吐峪溝を離れて来た道を戻る。

西遊記の火焔山

13:40頃、分岐点まで戻ってきた。あとはトルファン方面へ向かうバスを待つだけだが、分岐点の近くに火焔山の石碑があるではないか!目の前の山が西遊記にも出てくる火焔山であった。これでわざわざ火焔山景区へ行く必要はなくなった。

しかし、トルファン方面のバスが来ない。たまにボリタクが通るのでアスターナ古墓群近くの二堡までいくらか聞いてみると20元とかなめたことをいう。まあ、この辺は予想通りだ。二堡までは10kmあるので10元なら出してもよいが特に急いではいないので断っておく。バスが来るまでは火焔山を眺めながら待つが天気が晴れてきたので気温が上がり暑い。

まだ真夏ではなく風があるのでマシだが、トルファン郊外の観光は見物時間が短くてもツアーで回った方が絶対によいだろう。日差しの照りつける道路でバス待ちは生命の危険がある。吐峪溝は往復に手間がかかる割には見る価値がなかった。まあ、火焔山景区、アスターナ古墓群、高昌故城へのおおよその道はわかったので良しとしよう!

16:15頃、西の空が怪しい雲行きになってきた。空が茶色っぽいし強風が吹いている。どうやら砂嵐が近づいているようだ。

16:30頃、ようやくバスを捕まえ乗車する。バスが砂嵐の中を西へと走る。しかし、砂嵐といっても、これは序の口程度だ。本当の砂嵐は前が見えなくなるほどの強さだ。夜になりウルムチでの宿確保のためにユースホステルの新疆雷鳥国際青年旅舍を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 5元
宿泊費 10.5元 ネット予約:新疆雷鳥国際青年旅舍
バス 30元 トルファン↔吐峪溝分岐点
吐峪溝 30元
合計 75.5元

アスターナ古墓群

朝から晴れでトルファンらしい天気だ。10:25頃、トルファン客運站へやってきた。今日はアスターナ古墓群と高昌故城へ向かう。今日も魯克沁(鲁克沁)行きのチケットを購入しバスに乗車する。

バスは10:50発で昨日と同じバスで運ちゃんは「あー!昨日の外人だよ!」というような反応を示している。10:50頃、バスが出発して火焔山景区を通過して、11:35頃、火焔山の南に位置する二堡で下車して、まずは最寄りのアスーターナ古墓群へ向かう。

西へ歩いて葡萄畑の中を歩いていくと左手(南)に観光施設っぽい建物が見えてくる。

昼頃にアスターナ古墓群に到着する。

入場料は40元で少し高めであるが唐代の古墓を見ることができる。

古墓には鍵が掛かっており見物は係員付き添いになり全部で3つの古墓を見物する。

地下の墓室内は撮影禁止となっており地上部分だけの撮影となる。

1カ所目の墓室は人物の壁画があり、2カ所目は鳥の壁画、3カ所目は夫婦のミイラが展示されている。見物自体は15分ほどで終わりあとは地上部分を見物するだけだ。

古墓自体は少々物足りないが展示室の上から周囲を見渡せるようになっており火焔山の絶景が見られる。12:40頃、アスターナ古墓群から高昌故城へ向かう。

南へ歩くが日差しが強く体力の消耗が激しい。水筒の水は残り少なく心許ない。そして、歩いていると葡萄畑の脇で灌漑用の井戸水が汲み上げられているのを見つける。井戸の脇では地元のウイグル族のおっちゃんが顔を洗って水を飲んでいる。地元民が飲んでいるので井戸水飲んでも大丈夫かな?熱中症で倒れて干物になるのもいやなので、トルファンの井戸水で水分補給する。この後、下痢ピーピーになるかもしれないが背に腹は代えられない。

高昌故城

14:00頃、三堡の東にある高昌故城までやってきたが、入口は高昌故城の南側にあるようで、現在地は高昌故城の北側におり、さらに6kmぐらい歩く必要がある。入口まで歩くと本当に熱中症になりそうなので北側の城壁跡だけ見物して二堡へ向かう。

高昌故城へは現地ツアーを申し込むか、トルファン客運站の前から三堡行きのボリタクで高昌故城まで行ってもらうしかなさそうだ。15:15頃、二堡に戻ってきた。15:25頃、トルファン行きのバスに乗車する。16:10頃、トルファン客運站に到着する。運賃は10元であった。行きは15元だったのだが、帰りは10元になっており、おそらくバスターミナルの外だと安いようだ。

トルファンワイン

夕飯はナンと饅頭だ。それとまたトルファンワインを買ってきた。今度は砂糖入りの安酒でなく、ちゃんとしたワインだ。産地もトルファンの葡萄溝で正真正銘のトルファンワインだ。

ただし、値段が30元(約600円)で一昨日買った砂糖入りの安ワインの3倍以上の価格だ。もう超贅沢しています。代わりに毎日ナンとかしか食べられないですけど・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 36.2元
バス 15元 トルファン→二堡
バス 10元 二堡→トルファン
アスターナ古墓群 40元
合計 101.2元

とりあえずデータ復旧する

一時帰国の原因となっていた吹っ飛んだデータが一部救出できた。毎日少しづつデータを復元してきてようやく復元が終わった。終わったといってもHDDのMBRが吹っ飛んでいたのでセクタスキャンで滅茶苦茶時間はかかるし交通事故現場の動画データは復旧できなかった。まあ、これで少しづつWEBサイトの更新ができる。

夕方になりドミトリーに台湾人2人と中国人1人の3人組がやってきた。元々は1人で行動していたが張掖から3人で行動して新疆ウイグル自治区を廻るそうだ。台湾人の兄ちゃん2人組は観光地の入場券が高いとか中国ではどこがおすすめかとかの情報交換をする。

中国人の兄ちゃんは日本人に会うのは初めてということで色々と歴史教科書とかについて聞いてきたので、教科書に南京大虐殺が掲載されており被害者数に様々な意見があることや、日本では自由に政府批判ができ首相官邸の前で自由に抗議行動が行われているとか、愛国心についても殆どの日本人は興味が無いし、学校で教師が子どもたちに愛国を語ったら抗議殺到とか言ったら、頭を抱えていた。

台湾人の兄ちゃんは笑いながら台湾も同じようなもので自由に政府批判できるとか言っており、中国の学校教育は洗脳とかまで言い放っていた。中国人の兄ちゃんは教師が言っていたことと違うと語り、黙りこんで考え込んでしまった。中国人の兄ちゃんに何かが起こっているようだ。台湾人の兄ちゃんはその様子を楽しそうに見ていた。何か困るようなこと言ったか?

そして、台湾人の兄ちゃんがトルファンにいる中国人は何も恐れていないと言い、唯一恐れていることは銭が無くなることだと語る。中国人は銭が全てだとある意味で核心を突く。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.2元
合計 13.2元

シルクロード旅行記2015 敦煌の世界遺産・莫高窟へ

関西国際空港から中国へ

西成から関空へ

職安05:00に起床して、05:30にホテル サンプラザ2を出る。昨晩、チェックアウトの手続きをしておいたので裏口からそのまま出て新今宮駅へ向かう。

新今宮駅新今宮の駅前には日本で最もハードな職安があり、早朝の時間でもすでに人で溢れている。新今宮駅から南海電鉄で関西空港駅へ向かう。

新今宮駅今日は関西国際空港から春秋航空の9C9000便で蘭州へ移動する。おそらく以前からwebサイトを見ている方の中には「飛行機使うなよ」「大阪ならフェリーで上海やろ」とツッコミを入れてくると思うが、春秋航空だと蘭州 までの航空券が10000円、で、その他に燃油サーチャージ2500円や追加の受託手荷物10kg3800円、出国税 / 保安料3040円、カード決済手数料580円とか入れて合計で19920円なのだ。

大阪→上海のフェリーだと運賃20000円に燃油サーチャージが追加されるので、これだと明らかに飛行機で蘭州まで行った方が時間もお金も節約できる。別に自分は春秋航空の回し者ではないし、フェリーだってのんびり船旅が楽しめるし、荷物も飛行機より多く持ち込める。それにフェリーは十徳ナイフの持ち込みできるのでリンゴとか皮剥いて食べられる。

関西空港日本に戻っている間に、とりあえずノートPCはHDDを交換して使えるようになったが、消えたデータは復旧できていない。旅をしながら消えたデータの復旧作業を進めていく。まあ、HDD自体は物理的故障ではなさそうなので復旧ソフトを使い何とかなるだろう。06:30頃、関西空港駅に到着する。

春秋航空で大阪→上海→蘭州

関西空港第1ターミナルの4Fにある春秋航空のチェックインカウンターへ向かう。4Fの出発フロアは、まだ早朝なので利用客はまばらだ。欧米人はコーヒー飲んだりしてのんびりしている。

春秋航空のチェックインカウンターしかし、春秋航空のチェックインカウンターは状況が違っていた。人だらけで大混雑している。午前中に鄭州、武漢、上海、蘭州の4便が運行され、ほとんどの利用客は団体客だ。

春秋航空のチェックインカウンターそして、お約束の象印の炊飯器とか無印良品の袋とか大量のお土産が目立つ。その中にはCOACHやグッチなどのブランド品の袋もある。金持ち中国人の爆買いは凄すぎる。この大混雑で早朝にも関わらず春秋航空のチェックインカウンターだけが戦場と化していた。

春秋航空のチェックインカウンター07:10頃、チェックインの順番になるが預託荷物の重量は16.5kg、機内持ち込みは5kgの合計21.5kgであった。預託荷物と機内持ち込みの合計15kgまでは無料だが、今回は事前に10kgの超過料金3800円を払っているので問題なしだ。

搭乗券搭乗券の発券は特にeチケットは必要なくパスポートを提出するだけで搭乗券が発券された。07:15頃、チェックイン手続きを終えて、続いて保安検査を終えて、07:35頃、出国カウンターに到着。

自動化ゲートスタンプいつもならこのまま出国手続きを済ますのだが、今回は自動化ゲートを利用したいので出国カウンターの脇にある窓口で自動化ゲートの登録手続きについて聞くと登録業務は8時からということなので、申請用紙だけ先に記入して、そのまま待つことにする。

この自動化ゲートで指紋登録しておくと出入国カウンターに並ばず自動化ゲートを通り出入国手続きができる。そして、出入国スタンプは押されないのでパスポートのスペース節約にもなる。もちろん、入国管理局の職員にお願いすればスタンプも押してくれる。

08:03頃、ちょっと遅れて自動化ゲートの登録が始まる。機械で両手人差し指の指紋を2回読みとり、パスポートに自動化ゲート登録のスタンプが押され登録自体は5分ほどで完了した。

免税店とか混雑している免税店を少し見物して春秋航空の8番ゲートへ向かうが、ちょうど鄭州行きの搭乗手続き中で混雑している。蘭州行きはまだなので周辺を少し探検してみる。

春秋航空08:30頃、蘭州行きの搭乗手続きが始まるが混雑していない。これはどういうことか?鉄道なら駅の改札口は大混雑で乗車バトルが発生するのだが、関西国際空港では起きていない。

A320機内おかげで後から並んだのに機内は空いており余裕で座席にたどり着いた。今回の座席は窓際で窓からはエンジンと主翼が見える。今回の機材はエアバスのA320だ。

A320主翼9C9000便は関西空港を09:00発、途中で上海浦東空港を経由して蘭州中川空港に15:05着の予定だ。

風景09:00ちょうどに出発、無事に関西国際空港を離陸して、まずは上海浦東国際空港へ向かう。中国の航空会社で乗客のほとんどが爆買いで大量のお土産を持った金持ち中国人の旅行客なので、よくニュースで出てくる機内で喧嘩、乗務員の指示に従わないとか、某国みたいにナッツの出し方が悪くて引き返すとかのイベントを少し期待していたが何も起こらなかった。

10:15頃、北京時間10:30頃に上海到着予定というアナウンスがあるのだが、そのまま機内販売のアナウンスになり商品説明が始まる。一般的な機内販売はタバコとかの免税品販売をイメージするのだが、春秋航空は違っていた。

販売する商品はひげ剃りやブロックのおもちゃとかで何かが違う。いや、違うというより歯ブラシ、靴下、偽札識別用紫外線ライトなどを販売する鉄道の車内販売に近い感じだ。まあ、タバコとかの一般的な免税品は空港で購入しているだろうから変わった物を販売していく方がよいのだろうか?

売れ行きは客室乗務員のセールストークが上手いのと乗客の購買意欲が高いようで売れ行き好調だ。自分の周辺ではおばちゃん3人が商品を物色して購入していた。

上海浦東国際空港ここからは時間を日本時間から北京時間に変更して書いていく。10:30頃、上海浦東国際空港に到着する。LCC(格安航空会社)なのでボーディングブリッジは使用せずタラップを降りてバスでターミナルビルへ向かう。

上海浦東国際空港

搭乗口ターミナルビルに到着すると係員が蘭州行きの乗客を案内しているが中国語のみで日本語と英語の案内はなかったが入国手続き後に31番の手荷物受け取り場近 くに集合ということはわかったので、まずは入国手続きの列に並ぶが外国人用の入国カウンターは大混雑している。

まあ、慌てても意味がないので気長に待つことにする。しばらくすると中国人用の入国カウンターでも外国人の入国手続きが始まり入国審査を済ます。集合場所へ向かうと日本語の話せる中国人の乗客が一人だけおり、係員が団体客を先に案内して戻ってくるということで、自分が蘭州行きの最後の乗客で大阪→ 蘭州の唯一の日本人乗客らしく日本語の話せる中国人の乗客一人が係員の代わりに待っていてくれたようだ。

出発ロビー2分ぐらいで係員が迎えにきて乗り継ぎのゲートへ向かい団体客に合流する。手荷物などの保安検査を済ませて国内線の出発ロビーに入る。

A32011:30頃、搭乗口に到着し再びバスで移動する。

A320機内11:45頃、再びエアバスA320の9C9000便に搭乗する。12:05に上海浦東国際空港を出発するが離陸まで時間がかかり、12:30頃に離陸して蘭州へ向かう。

上海上空蘭州には15:05到着予定で3時間ほどの空の旅となるが、窓から外の景色を見ると空は青いが上海の街はスモッグで霞んでおり、相変わらず大気汚染は酷いようだ。昼時なので飲み物などの機内販売が始まる。春秋航空はLCC(格安航空会社)なので機内食とかの機内サービスは全てオプションになっているので事前に申し込んでいた乗客には機内食が出ていた。

甘粛省上空14:00頃、外を見ると上海のスモッグに覆われた景色とは違い地上が見える。すでに甘粛省のあたりまで飛んできたようで緑に覆われた畑が見える。天気がよいのだろうが上海よりも大気汚染がマシなのだろう。そして、機内ではひげ剃りとかの機内販売が行われている。客室乗務員のセールストークが上手いようで販売状況はかなり良さそうだ。

蘭州中川空港

蘭州中川空港15:00頃になり蘭州到着が15:05から15:22になるとの機内アナウンスがある。上海での滑走路待機時間が長かった影響で遅延が発生しているのだろう。1度着陸態勢に入るが着陸を1回やり直して15:30頃、蘭州中川空港に到着。タラップを降りてバスに乗車する。バスは大阪からの乗客と上海からの乗客に分かれて移動する。バスには日本人は自分1人だけというか、外国人は自分1人だけであった。

15:40頃、バスを降りるとイミグレーションであったが、すでに上海で入国手続きをしておりイミグレーションには係官はおらず素通りする。将来は蘭州でも入国手続きをするのだろうか?

イミグレーションを過ぎたところにターンテーブルがあり荷物が出てくるのを待つ。大阪と上海の乗客を分けたのは荷物が出てくるターンテーブルの場所が別々だからのようだ。荷物が出てくる気配がないのでトイレへ行っておく。

15:45頃、預けていた荷物が出てきた。荷物を受け取りそのまま出口へと思ったら税関検査だけやっており荷物をX線検査へ。特に問題はないのでX線検査を終えて出口へ。

バスチケット出口近くにバスチケット売場があり空港→蘭州市内のチケットを購入する。運賃は30元だが、購入時に中国人3人の割り込みに遭遇する。関空のチェックインカウンターには並べても蘭州では割り込みかよ!小日本で文明的な行動ができて孔子の国に戻ったらおサルさんというのはどういうことだ?孔子が草場の陰で泣いてるぞ!

空港バスで蘭州市内へ

西線空港から蘭州市内への路線は2路線あるようで、西バスターミナルや南バスターミナルへの西線と蘭州大学近くの東方大酒店への東線がある。

東線

バスこれから蘭州駅へ向かうので、どちらの路線に乗車しても最低1回路線バスに乗り換えなければならないので、15:55頃、蘭州駅に近い東方大酒店行きの東線に乗車する。

東方大酒店バスは客が集まり次第の出発のようで、16:15頃、客が集まりバスが出発する。17:30頃、蘭州大学の対面にある東方大酒店に到着する。

蘭州大学目の前に蘭州大学があるので蘭州駅までの道は簡単だ。

蘭州駅このまま道なりに山の見える方(南)へ天水南路を1.4kmほど進むと蘭州駅に到着する。時間はあるので路線バスには乗らずに歩いていく。

鉄道で蘭州→嘉峪関

蘭州駅17:55頃、蘭州駅に到着する。切符売場でインターネットで予約した嘉峪関行きの切符を受け取らなければならないのだが、切符売場は大混雑だ。これは1時間コース確定の気配が・・・。

自動発券機18:00頃、とにかく列に並ぶ。というか、空いている自動券売機やネットで予約して自動発券機使えよ!18:35頃、ようやく切符を受け取ることができて待合室へ向かう。

蘭州→嘉峪関の切符切符は青色の磁気切符だ。

待合室入口でいつもの切符とパスポートの確認があるが、今回は珍しく駅員がパスポートの中身まで確認していたが何故か切符には確認印は押さずに返却。

これから乗車する列車は、21:55発、蘭州→嘉峪関のT6601次だ。運賃は102元で硬座だ。
嘉峪関には明日の06:20頃に到着予定だ。発車までは3時間ほどあるので2Fの臨時待合室で気長に待つことにする。

おサルさん20:30頃、第2待合室に移動して改札口の先頭を陣取る。改札口にはタバコを吸っているお行儀の悪いおサルさんがいたが目を合わさないようにしていると駅員に「200元払って自由に吸うか?」と注意されていた。蘭州駅では喫煙の罰金は200元のようだ。そして、おサルさんは逆ギレしてどこかへ立ち去った。

反応の遅い自動改札機21:25頃、改札が始まる。蘭州駅は青色の磁気切符は自動改札機を通るので、改札口が開いたら、そのまま自動改札機を通りホームへ移動する。後方では自動改札機を使ったことのない乗客が多数の模様で、後ろを振り返るとすでに詰まって混雑している。

蘭州駅21:30頃、列車に乗車して発車を待つ。今回の車両は25DTであったが、25Kとかが混在した編成であった。21:54に定刻より1分早く蘭州駅を発車する。

行先票車内の状況は立ち席の無座切符の乗客もおり混雑しているが、嘉峪関までの夜行列車で田舎を走るので途中駅で農民工のおっちゃんたちが雪崩込んでくるということはないだろう。とりあえずもう寝る。

本日の出費
項目 金額 備考
バス 30元 蘭州中川空港→東方大酒店
合計 30元

嘉峪関到着

T6601次05:30頃、目が覚める。硬座なのでぐっすり眠ることはできず、途中で何度も起きたりするが、車内は空いてきている。途中の武威、張掖でかなりの乗客が下車したようだ。乗客はほとんど寝ており車内は平和だ。

嘉峪関駅05:55頃、酒泉に到着し、06:39頃、嘉峪関に到着する。

鉄道で嘉峪関→敦煌

嘉峪関→敦煌の切符何とか嘉峪関まで戻ってきた。ここからシルクロードの旅が再スタートする。

駅の出口を出て、そのまま切符売場へ行き、08:09発、7527次、嘉峪関→敦煌の硬座切符を購入する。運賃は22.5元だが窓口のおばちゃんはパスポートの中身を確認せず発券するので切符には名前やパスポート番号は印字されず。実名制の意味ないじゃん!

嘉峪関駅今日は絶滅危惧種のエアコンなしの緑皮車で敦煌へ向かう。この列車の特徴はエアコンなしなので運賃が安い。いつもの待合室の入口での身分証と切符の確認でパスポートの中身確認せずに、そのまま返却であった。待合室で一時間ほどの待機となる。

行先票07:55頃、改札が始まるが駅員は切符を確認することなく、ただ乗客を誘導するだけであった。列車に乗車して発車を待つが、エアコンなしの列車なので窓が開けられると思っていたら、窓に鍵が掛けられている。これでは外の風景の撮影はだめだ。

黄砂の中を走る定刻より3分遅れの08:12に列車が発車する。車内はほとんどが地元民で敦煌へ向かう旅行客は少数だ。基本的には地元民の足として運行されているようだ。乗車率は7割ぐらいで少し空席がある。嘉峪関を出ると景色はほとんど荒野で砂埃が舞っており、これだと窓を開けて撮影していたらカメラが壊れるような・・・。窓が開かない方がマシであった。

砂昼過ぎに爪州の手前まできたが窓を閉めているのに車内が埃っぽい。外の砂埃がどこからか入ってきているようだ。一見すると閉まっている窓からも砂が進入しているようで窓に砂が溜まり始める。爪州を過ぎると外の砂埃がさらに酷くなる。空が黄土色っぽくなっている。これは完全に黄砂だ。

黄砂そして、車内にも砂が舞っており何やら霞んで見える。乗客の中にはマスクをしている者もおり窓の閉まっている車内も凄い状況だ。これは完全に敦煌を訪れる時期を間違えたようだ。5月1日の労働節から5月3日まで3連休で民族大移動が起こるので敦煌で避難生活と思ったが、黄砂の中の避難生活は避けたい。これは予定変更でトルファンかウルムチまで避難するしかなさそうだ。

敦煌駅黄砂の中13:44に敦煌駅到着。

路線バス駅を出るとタクシーの運ちゃんが客引きをしているが、敦煌駅から敦煌市内までは路線バスが走っており、運賃は3元だ。駅前にバスが停車しているので乗車して発車を待つ。13:55頃、バスが発車してバスターミナルの敦煌汽車站の前を通り、14:15頃、敦煌市内に到着する。

敦煌沙州驛国際青年旅舎

敦煌沙州驛国際青年旅舎市中心部の沙州市場を通り北西へ歩き、14:40頃、予約しておいた敦煌沙州驛国際青年旅舎に到着する。

敦煌沙州驛国際青年旅舎4月中は閑散期で予約しておいたドミトリーは1泊25元で2泊する。ドミトリーは8人部屋でドイツ人のお姉ちゃん、イギリス人の兄ちゃん、残りは中国人という構成で満員だ。

黄砂に包まれる敦煌ベッドのシーツや枕カバーをセットして外へ出かけようと思ったら、外が黄砂に覆われてとても出られる状態ではなくなっていた。

敦煌市内1時間ほどユースホステルで大人しくして少し状況が改善してから外へ出る。

敦煌汽車站

敦煌汽車站遅めの昼食に牛肉麺(6元/120円)を食べてから、17:00頃、バスターミナルの敦煌汽車站に到着する。8年前は別の場所にあったのだが、いつの間にか新しいバスターミナルができていた。

運賃時刻表一応バスの状況を確認すると嘉峪関や柳園など甘粛省内の路線からゴルムド、花土溝といった青海省へのバスやトルファン、ウルムチの新彊ウイグル自治区へのバスもある。ただ、8年前にはあったチベットのラサ行きのバスがなくなっていた。

夜になりインターネットで莫高窟の入場券を予約する。莫高窟の入場券は予約制に変わっており、莫高窟にあった入場券売場は廃止されている。

入場券はインターネットで予約して敦煌市内の入場券売場で入場券を受け取るか、敦煌駅近くの莫高窟数字展示中心で受け取らなければならない。ネット予約できない観光客は市内の入場券売場や莫高窟数字展示中心で3日以内の予約ができるそうだ。おまけに莫高窟(閑散期80元、繁忙期160元)と莫高窟数字展示中心(60元)の入場券はセットでしか購入できない。莫高窟だけというのはできないのだ。

おかげで2015年5月8日から別々だった入場券が1つに統合される。さらに外国人は通訳が付くので20元追加となる。あと、入場券受け取りにはパスポート必須となっている。で、外国語での案内は午前と午後の合計2回だけだったので、午後で予約する。支払いは中国の銀行口座からの引き落としでVISAとかは使えない。ついでに明日が閑散期料金で入れる最終日になる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.8元
宿泊費 50元
バス 3元 路線バス
鉄道 98元 柳園→トルファン
莫高窟 80元
通訳ガイド 20元
莫高窟数字展示中心 60元
合計 326.8元

世界遺産 莫高窟

入場券売場11:30頃、ユースホステルを出て陽関中路の莫高窟の入場券売場へ向かう。
昨晩、ネットで予約したのは莫高窟数字展示中心(60元/約1200円)、莫高窟(閑散期料金80元/約1600円)、日本語解説(20元/約400円)の合計160元(約3200円)だ。

11:45頃、入場券売場に到着するが市中心を東西に横切る陽関中路の南北に莫高窟の入場券売場が何故か2つある。とりあえず、北側の入場券売場へ入ってみたら、こちら問い合わせの窓口だったようで入場券売場は通りの向かい側の建物であった。

SMS通りの南の入場券売場でスマートフォンに送られてきたショートメッセージを見せて予約しておいた入場券を受け取るが、予約時には身分証必須のような表記があったが実際は必要なかった。そして、予約していなくても入場券に余りがあれば当日券の購入も可能であった。これならガイド付きの外人用の入場券買わずに知らない振りして中国人用の入場券でもよかったな。

これは莫高窟の予約から見学の流れ。一応予約制なので上記の図のように予約して見学をする。

値上げ公告そして、2015年7月21日から莫高窟の入場料は200元に値上げとなる。

バス11:50頃、入場券売場の東にある敦煌賓館に到着する。ここから莫高窟行きの路線バスが出ているはずなのだが、別の路線バスが停車している。運ちゃんに聞いてみたらここからは莫高窟行きのバスは出ておらず。敦煌駅行きのバスで莫高窟へ行くということであった。ということで、1本南の通りへ行き、昼頃、敦煌駅行きのバスに乗車する。運賃は3元だ。12:07にバスが発車して東へと走る。

莫高窟数字展示中心12:20頃、莫高窟数字展示中心に到着するが、一部の乗客が莫高窟数字展示中心でなく莫高窟へ行けと騒ぎ始める。どうやら莫高窟の入場券売場廃止や莫高窟数字展示中心と莫高窟の入場券がセットでしか販売されていないなどの情報を知らないようだ。車掌が騒いでいる乗客に説明してようやく静まった。

入場券莫高窟数字展示中心は莫高窟の事実上の入口になり、ここで映画とかを見てから専用バスで莫高窟へ移動する。莫高窟の入場券売場が廃止されているので市内の入場券売場か莫高窟数字展示中心で入場券を買わなければならない。しかも、基本予約制なので当日券が余っていればの話である。

シアターとりあえず予約時間が13:00なので入場してシアターホールが開くのを待つ。12:45に開場となり、13:00に20分間の映画の上映が始まるが英語字幕とかは無しだ。映画の次は移動して石窟の8Kカメラで撮影した石窟の映像を観覧、そして、13:50頃に専用バスで莫高窟へ移動する。

莫高窟駐車場14:05頃、莫高窟に到着する。タクシーで来ている観光客もいたが莫高窟の入場券売場は2014年9月に廃止されているので内部への入場はできない。でも、以前と同様に外から見るだけなら問題ない。

莫高窟とりあえず、入口に列ができていたので係員に「外人もここに並んでおけばいいの?」と聞いてみたら受信機を渡される。で、中国人と一緒に入場して受信機からは、目の前の係員の説明が聞こえてくる。 中国語で・・・。日本語の説明が聞けるのではなかったのか?中国語の説明を聞いてもわからないので、そのまま団体から離脱して開いている石窟を勝手に見物する。

莫高窟8年前に見物したときはカメラ持ち込み禁止で荷物を預けなければならなかったが、今回は石窟内部の撮影は禁止だがカメラの持ち込みはできるようになっていた。

莫高窟莫高窟は係員と説明を聞きながら見学なのだが、全部見終わったのか離脱した観光客が見物していたり外で記念撮影をしている。とりあえず開いている石窟を見物して外へ出る。

莫高窟正直言って莫高窟の感想は特に予約する必要はなかったかな。莫高窟数字展示中心ができたり、予約制に移行し指定時間に入場、路線バスは莫高窟へは行かなくなったとか多くの変更点があったが、実際は予約しなくても入場券は購入可能だったし、中国語が話せれば以前と同様で外人料金無しで見物も可能だ。

莫高窟ただし、日本語や英語の説明が必要な人は午前と午後の2回しか入場可能な時間帯がないので要注意だ。16:20頃、専用バスで約15km離れた莫高窟数字展示中心へ戻る。16:40頃、莫高窟数字展示中心に到着、市区へのバスに乗車して、17:00頃、敦煌市内の戻る。運賃は3元だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.2元
食費 6元
合計 18.8元

バスで敦煌→柳園

敦煌→柳園のバスチケット今日も朝から天気は晴れだが少し風があり、空は青いが地平線付近は黄土色になっている。11:40頃、ユースホステルをチェックアウトして敦煌汽車站へ向かう。

今日から労働節の3連休で中国は民族大移動の時期になる。おそらく莫高窟にも中国各地から金持ちが押し掛けて大混雑になるのだろう。途中で莫高窟数字展示中心と敦煌駅へのバス乗り場を通り過ぎるが予想外に空いている。空いているというか、昨日や一昨日と同じで普段と変わりない状態だ。民族大移動はどこへ行ったのだ?

30分ほど歩いて、12:25頃バスターミナルの敦煌汽車単に到着する。ここも民族大移動は起きておらず空いており、柳園行きのチケットを余裕で購入する。運賃は26元で13:20発だ。

ボロワゴン敦煌では民族大移動が起きておらず、天気も晴れだし、これなら急いでトルファンへ移動しなくてもよかったかな?今日は柳園から列車でトルファンへ向かう。敦煌駅からは夏になるとウルムチ行きの列車が運行されるのだが、今年はまだ運行されていないので、今回はバスで柳園へ移動する。13:05頃、バスに乗車するがボロワゴンでの移動となる。

CNGスタンド13:23頃、出発し柳園までは約2時間の道のりだ。15:00頃、柳園の高速道路出口近くのCNGスタンドでガス補充のため休憩となる。全員車から降りるようにいわれ外へ出る。日本では車のCNGガス補充時はどうなのか知らないが、中国では全員車外に出なければならないようだ。15:10頃、ガスの補充が終わり出発する。

柳園汽車站15:20頃、柳園汽車站に到着する。一応バスターミナルなのだが実際は駐車場といった感じだ。柳園駅の乗客だけここで下車して高速鉄道の乗客はワゴンに乗車したまま柳園南駅へ向かっていった。

鉄道で柳園→トルファン

柳園駅柳園汽車站から通りを北へ歩いて突き当たりのT字路に駅がある。15:30頃、柳園駅に到着する。切符売場でトルファン行きの切符を受け取らなければならないのだが、柳園駅は切符売場に入るのにもボディチェックがあり、さら荷物の持ち込み禁止で入口に置いていくことになっていた。

この田舎にテロの脅威が迫っているのか?柳園駅はウルムチ鉄路局の管轄内になるので警備体制も新彊ウイグル自治区と同じということか?切符を受け取り、続いて待合室へ。

ここでは切符とパスポートの確認、手荷物のX線検査が行われる。荷物検査は危険物を持ち込むおサルさんがいるからわからなくもないが、切符とパスポートの確認は外国人にはほとんど意味がない。

柳園→トルファンの切符柳園からは21:20発のK2629次に乗車してトルファンへ向かう。
運賃は98元で硬座だ。待合室は空いており静かだ。このまま約6時間の待機となる。

17:00過ぎになると徐々に待合室に乗客が集まってくる。混雑はしていないが、おサルさんが多い。特に右斜め前方のおっちゃんの手鼻が特に酷い。それと流行の服装をバッチリきめた兄ちゃんは床に唾吐いているし・・・。最先端のファッションで身を包んでいても中身がおサルさんでは意味無しでは・・・。

柳園駅20:55頃、改札が始まりホームへ向かう。外は日没後で夜になるところであった。21:05頃、k2629次が到着するが誰も並んでいない。

柳園駅そして、降りる乗客がいるのに我先にと乗車している。乗務員はやる気がないようで先に降ろすとかいう考えはないようだ。乗車の邪魔なので自分は降りる乗客を先に通すが待つとか譲るという考えがない後ろのおっさんに割り込まれる。やはり13億のサバイバル真っ直中の中国人は地上最強の生物である。自分は到底中国人には及ばない。

21:27に定刻より7分遅れで列車が発車する。トルファンまで約9時間半の道のりで07:15到着予定だ。まあ、ダイヤ通りの運行は期待できないが・・・。車内の乗車率は9割ぐらいだが農民工が多いので通路に足を投げ出していたりと乗車マナーは悪い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
バス 26元 敦煌→柳園
合計 35元

シルクロード旅行記2015 張掖丹霞と世界遺産・嘉峪関

※HDDデータ消失により一部画像はございません

張掖丹霞国家地質公園

七彩丘陵景区

07:00に同じ敷地内の職業学校のラッパで目が覚める。職業学校なのに時報がラッパというのは・・・。本当は人民解放軍の駐屯地では?今日は張掖の西にある張掖丹霞国家地質公園へ向かう。昨日、同じドミトリーのスイス人が丹霞をかなり勧めていたので行ってみることにする。ロンリープラネットにも出ていたので行き方もすぐに分かった。

07:10頃、ユースホステルを出て4路のバスで汽車西タンへ行こうとしたがバスが来る気配がないので徒歩で向かうことにする。途中で餅と饅頭の店で饅頭(0.5元/約10円)4個を朝食に購入。今日の天気は晴れで遠出にはよい条件だ。朝の冷え込みはまだ厳しいけど・・・。まあ、天気の心配はもうしなくても大丈夫だろう。

07:40頃、張掖汽車站に到着する。張掖汽車站は蘭州、敦煌、西寧、武威などの長距離バスから周辺の短距離バスが出ているバスターミナルだ。汽車西站とも呼ばれている。チケット売場で窓口のお姉ちゃんにロンリープラネットを見せて張掖丹霞国家地質公園へのチケット購入する。運賃は10元で粛南行きのバスで南台子で下車のようだ。

08:00発だが5分遅れで出発する。乗車率は3割ぐらいなので途中で客を乗せながら走る。09:00頃、交差点に張掖丹霞国家地質公園の北門の大きな看板が見えるが通行止めになっている。最寄りの入口はまだ先ということでバスがそのまま走り、09:05頃、西門の入口で下車する。標識が出ていたので省道213号から南への通りを歩くとゲートが見えてきた。

09:15頃、張掖丹霞国家地質公園の七彩丘陵景区(彩色丘陵景区とも呼ばれる)の西門に到着する。

入場料は入場券の門票が40元、公園内のミニバスの観光車が20元の合計60元(約1200円)だが、門票は40元から100元への値上げの足音が近づいているようだ。

観光車に乗車して発車を待つ。09:25頃、観光車が出発して3分ほどで1カ所目の景点に到着。

坂道を5分ほど上ると目の前に丹霞地形の大パノラマが広がっている。

スイス人が勧めていただけのことはある。確かにこの景色は凄い!

10:20頃、停車場に戻り観光車を待つ。10:25頃、観光車が来て乗車し次の景点へ向かう。

3分ほどで2カ所目の景点に到着。2カ所目から3カ所目の景点は遊歩道でつながっていたので徒歩で移動。

ここの見所は七彩屏(彩色丘陵)で丘陵の丹霞地形が虹のようになっている。

11:15頃、3カ所目の景点の停車場に到着し観光車を待つ。

11:20頃、観光車がやってきたので乗車する。11:30頃、観光車が出発し3分ほどで最後の4カ所目の景点に到着する。

11:52頃、観光車で西門へ向かうが11人乗りに大人15人、子供2人乗せて走る。定員オーバーだが中国では問題なしのようだ。12:00に西門に到着し、張掖行きのバスが通る省道213号へ向かう。ゲートから省道への通りは賓館や食堂が数軒あり昼時ということもあり食堂にはそこそこ客が入っている。

賓館は外見はそこそこ良さそうなのだが休憩の鐘点房が100元とかホッタクリ料金のところがある。まあ、観光地なので強気の料金設定なのだろう。賓館の中には外賓接待点(外宾接待点)の表示があり外国人OKのところもある。料金は外国人OKの営業許可取るのに色々と接待とかで経費がかかっていると思うので高いだろう。

省道213号で張掖行きのバスを待つが、12:15頃、白タクの運ちゃんが張掖まで10元で行くと声をかけてきた。だいたいこの場合は要警戒なのだが、客に観光車で一緒だったおっちゃんとおばちゃんがいたのとりあえず大丈夫そうだし運賃もバスと同じだったので利用する。12:55頃、張掖汽車站の近くに到着する。運賃は10元。近くに牛肉麺の店があったので昼食に牛肉麺(5元/約100円)を食べる。

大佛寺

13:15頃、23路のバスに乗車して西夏国寺で下車する。運賃は1元で13:20頃に到着する。

西夏国寺は大佛寺のことで張掖市内での一番の観光地で入場料は41元だ。

大佛寺は西夏の崇宗永安元年(1098)に創建され、元の名称は「迦叶如来寺」であり、明の宣徳帝に「宝覚寺」の名を賜り、清の康煕帝より「宏仁寺」の名を賜るが、寺に釈迦牟尼涅槃像があるために大佛寺と呼ばれるようになった。

大佛寺の面積は60000平方メートル以上あり、中国最大規模で最も保存状態のよい西夏皇家寺院である。大佛殿には身長34.5mの釈迦牟尼涅槃像があるのだが内部は撮影禁止になっていた。涅槃像は一見の価値ありだが撮影禁止というのが痛い。

木塔

14:40頃、大佛寺を出て木塔へ向かう。14:45頃、木塔に到着する。

木塔は北周に創建され、隋の開皇2年(582)に再建され唐以降の歴代王朝でも修復が行われてきたが、清代末期に大風で倒壊し、現在の木塔は民国15年(1926)に再建されたものである。入場料は21元だが、どうも見物するほどのものではなさそうだ。

鐘鼓楼

15:25頃、鐘鼓楼に到着する。張掖の中心部にあり鼓楼とも鎮遠楼とも呼ばれる。

鐘鼓楼は明の正徳2年(1507)に建てられ河西回廊に現存する最大の鼓楼である。

ユースホステルへ戻る途中にスーパーで生姜を使った飲料の西涼姜飲(2.8元/約56円)を購入。生姜飲料なのだが麦芽とホップも使用しておりノンアルビールと思ったがかなり甘い。夕飯は麻辣麺(5元/約100円)を食べる。夜にインターネットで明後日の張掖→嘉峪関の切符を予約購入するが、無座切符しか残っていなかった。明後日の乗り鉄はキツイかも・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.8元
バス 10元 張掖→南台子
バス 1元 路線バス
白タク 10元 南台子→張掖
鉄道 37.5元 張掖→嘉峪関
張掖丹霞国家地質公園 60元
大佛寺 41元
合計 176.3元

謎の黒水国へ

07:50頃、起床して準備を整える。スイス人は今日出発で西寧へ戻るそうだ。08:10頃、ユースホステルを出て、08:45頃、張掖汽車站近くの天源小区のバス停から16路のバスに乗車する。運賃は4元だ。

今日は張掖の北西約15kmにある黒水国遺址を訪れるが、バスがユースホステルの前を通過している。市内まで行かずにユースホステルの前で待っていればよかった。09:30頃、終点の明永郷に到着し、3km北にある国道312号へ歩いていく。

10:25頃、国道に出る。300mほど張掖方向へ戻った道路脇に黒水国遺址の境界を示す標識を見つける。ほとんど字が消えかかっているが、この周辺が黒水国遺址のようだ。

黒水国漢代建築遺址

さらにここから畑のあぜ道を南へ歩いていく。2kmほど歩いて、11:25頃、黒水国遺址に到着する。

ここは黒水国漢代建築遺址で漢代の建物跡になるが周辺は畑で正直言って何もない。黒水国は祁連山脈から流れる黒河(黒水)のほとりにあった国で詳細は分かっていない謎の国である。遺跡の場所は張掖市甘州区明永郷下崖村の国道312号の南北に分布している。漢代の古墓、建築址や城壁址、明代の城壁址が残っている。

ここから南東へ約1.7km歩いて、もうひとつの黒水国遺址である黒水国南城遺址に到着する。

ここは明代の要塞だった場所で城壁が残っている。

この要塞は元は西夏王国の城として築城され、その後は元朝の頃には更に規模が拡張された。明代になり14世紀中頃に黒河の流れが変わり南城は放棄された。

12:40頃、黒水国南城遺址を離れて張掖市内へ戻るため東へ約2km歩く。黒水国遺址はあと2ヶ所ぐらいあるようだが場所がはっきりしないのと体力的に持ちそうもないので今回はここまで。

13:10頃、16路のバスが通る道路に出た。バスが来る気配がないので、そのまま北へ歩いて国道312号のT字路まで来た。14:00頃、下崖村から16路のバスに乗車、張掖市内まで運賃は3元だ。14:20頃、終点で下車する。

張掖汽車南站

14:30頃、張掖汽車站近くのロータリーから3路のバスに乗車して汽車南站で下車する。
運賃は1元だ。14:45頃、南バスターミナルの張掖汽車南站に到着。

張掖汽車南站は南古、民楽など近郊のバスが多いが蘭州、西寧、敦煌など長距離バスも出ている。馬蹄寺へのバスが08:30に出ているので馬蹄寺への旅行客にとっては重要度が高い。

張掖汽車東站

14:55頃、9路のバスで汽車東站へ向かう。運賃は1元だ。15:20頃、汽車東站で下車する。東バスターミナルの張掖汽車東站は蘭州、金昌、山丹などの東部へのバスが出ているが一番利用客が少ないバスターミナルだ。まあ、利用価値はそれほど高くはなさそうだ。15:30頃、張掖汽車東站を離れユースホステルへ戻る。夕飯は牛肉麺(5元/約100円)と麻辣粉(5元/約100円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
バス 10元 路線バス
合計 23元

鉄道で張掖→嘉峪関

09:30頃、ユースホステルをチェックアウトする。4路のバスに乗車する。運賃は1元。工商銀行で1路のバスに乗り換え張掖駅へ移動。運賃は1.5元で、10:15頃、張掖駅に到着する。

まずは切符売場でインターネットで予約購入した嘉峪関行きの切符を受け取る。行列はできていなかったが、おっちゃんが窓口のおばちゃんと戦闘中で5分ほど待つことに・・・。その間に自動発券機ではお姉ちゃんが楽勝でネットで予約購入した切符を受け取り去っていった。

自動発券機にパスポート読み取り機能があれば自分も待たずに済むのに・・・。画面に英語メニューがあるのに何故パスポート読み取り機能がないのだ!戦闘が終わりようやく切符を受け取り、いつもの切符と身分証確認、手荷物のX線検査を終えて待合室へ。身分証確認では駅員はパスポートの中身を確認せず。張掖では外国人はどうでもよいようだ。

今日は嘉峪関へ移動するが乗車する列車は、11:32発の宝鶏→アクス、K1661次で運賃は37.5元だが、座席は久しぶりにできれば避けたかった無座だ。無座は座席指定のない切符で良くいえば自由席、悪くいえば立ち席だ。

短距離の無座ならそれほど問題ないが、1000km、2000km以上の長距離夜行列車とかになると日本の大垣臨時夜行を遙かに上回るサバイバル仕様になるので体力、精神の両方を激しく消耗する。ある意味では中国の鉄道で最上級の切符だ。

11:20頃、改札が始まりホームで列車の到着を待つ。11:25頃、K1661次が1番ホームへ入線してきた。機関車は赤いHXD3Dだが、赤だからといって3倍の性能があるわけではない。

列車が到着し乗車するが、予想はしていたが荷物の置き場もないカオス状態だ。とりあえず車両連結部で嘉峪関まで中国人の行動観察をしながら過ごす。11:32に定刻通り列車が発車する。嘉峪関まで223km、2時間41分の移動だが、この民工列車はなかなかレベルが高い。

例えばカップ麺を食べ終わった後に容器をゴミ箱やゴミ袋に捨てるのだが中国人は容器の中にスープが残った状態でもゴミ箱やゴミ袋に捨てるのだ。中国人がスープを残すということはかなり不味いのか健康悪い成分でも入っているのだろうか?おかげでゴミ袋からスープが漏れ出て乗務員が掃除するのが大変だ。乗務員のおばちゃんがブチ切れながら掃除していた。日本の旅番組とかで紹介される中国とはずいぶん違う。この列車の場合は洗面台で麺が詰まらないようにスープを捨てるか、線路への垂れ流しのトイレへスープを捨てるべきであろう。

駅やバスターミナルの待合室や他の列車内でも同様の光景を頻繁に目撃することができるので、カップ麺の容器をスープが残ったままで捨てるというのは中国人の特徴のようだ。もしかしたら上流階級の中国人は違うかもしれないので、主に農民工の特徴かもしれない。まあ、もし海外でスープの入ったカップ麺の容器をゴミ箱に捨てているアジア人がいたら中国人の可能性が非常に高いだろう。そのうち日本でもよく見かける光景になるかも?

14:12に嘉峪関到着。嘉峪関駅での停車時間が長いので乗客はホームに降りてカップ麺などの食料を調達している。中国の駅ではホームに売店もあったりするが、基本はワゴンに商品を積んでホームの各所で待機しており、列車が到着するとカップ麺や飲み物、弁当の販売が始まる。

駅前で嘉峪関へ行く4路のバスに乗車する。運賃は1元で長距離バスターミナルの嘉峪関汽車站近くの社会矛盾大調解中心で下車する。何やら凄い名称のバス停だ!

嘉峪関での宿はeLongでバスターミナル近くの金葉賓館(金叶宾馆)を予約してあるのでそこへ向かう。ただし、問題があり外国人OKなのか分からない。武威で外人お断りを喰らっているのでちょっと心配だ。

15:10頃、バスターミナル斜め向かいの金葉賓館に到着する。レセプションでの登記は問題なくでき外国人OKであった。よく見るとレセプションに2つ星の表示がされている。
星付きホテルであった。あと、料金表がネットでの料金とは違っていた。部屋は1泊100元3人部屋で4泊なので400元支払う。今までで一番高いホテルだ!

で、肝心の部屋だがはっきり言って設備は古い。トイレ・シャワーは古めで、テレビはブラウン管だし・・・。部屋の広さは普通かな?まあ、立地条件はバスターミナルの斜め向かいなので申し分なしだ。3人部屋で1泊100元なので1人だと高いが3人なら十分安い。部屋の利用案内を見たら英語の案内があったので外国人OKのホテルであった。

で、何でわざわざ1泊100元もする馬鹿高いホテルに宿泊するのかというと、eLongのキャッシュバックがあるからだ。キャッシュバック対象の宿の宿泊日から30日以内に申請するとeLongのアカウントにキャッシュバックされるので次に利用するホテルが先払いの場合に溜まっているキャッシュバックで支払いができるのだ。

それで、今回は4泊予約してありキャッシュバックの金額は392元になる。支払った金額は400元でキャッシュバックが392元だと実質の宿泊費が8元になる。1泊2元になるということだ!中国でこんなうまい話は考えにくいのだが数日後に本当にキャッシュバックがあるかの結果がわかる。
(後日、本当にキャッシュバックされた)

16:00頃、嘉峪関汽車站を訪れバス情報を確認する。敦煌、トルファン、ウルムチ、蘭州などのバスがあり当然重要度は高い。路線図は撮影出来たが運賃時刻表は電光掲示板で目の前にバスターミナルのオバちゃんがおり因縁付けられそうな気配がするので撮影は断念。

遅めの昼食で牛肉麺(5元/約100円)を食べる。で、珍しく玉子付きであった。他の店だと牛肉麺は6元のところばかりだったので5元の店は嘉峪関だと貴重なようだ。昼食後は理髪店で髪を切る。10元(約200円)だ。

スーパーで黒ビール(1元/約20円)とコーンの缶詰(2元/約40円)の特売品を購入する。安い理由は消費期限が近いのと缶がボコボコになっているからだ。黒ビールは何やらコーヒーみたいな味でビールの味がしない。泡も少ないし本当にビールか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
宿泊費 400元 1泊100元×4
バス 5.5元 路線バス
理髪 10元
合計 428元

世界文化遺産 嘉峪関

08:00頃、賓館を出て近くの市場で饅頭6個(4元/約80円)を買い込んで4路のバスで嘉峪関へ向かう。運賃は1元だ。08:30頃、嘉峪関のある終点の関城景区で下車する。嘉峪関は世界文化遺産に登録されている。入場料は繁忙期は120元だが閑散期で60元であった。

嘉峪関は万里の長城の西の端にある要塞で明の洪武5年(1372)に建設が始まり、嘉峪山の西麓に建設されたため嘉峪関と命名された。東の山海関より9年早い建設であった。嘉峪関が置かれた場所は南は雪に覆われた祁連山脈、北は起伏の激しい黒山に挟まれており、祁連山脈から黒山までの間は約30kmしかなく、河西回廊で最も狭まった場所で、「河西第一隘口」と称される。

明の征西大将軍の馮勝が河西回廊を明の支配下に置いた後に、この地で関の建設が始まり168年の時を経てシルクロードの要所に強固な要塞が完成した。嘉峪関は三重の城郭で守られ要塞の中に、さらに要塞があるという構造で防御に優れ難攻不落の要塞であった。

嘉峪関の中には関帝廟がある。

明の正徳元年(1506)の建立され明代、清代において河西回廊で最大規模の関帝廟であった。

廟内には関羽や赤兎馬にまつわる壁画があり、三国志の名馬面がみられる。現在の関帝廟は1998年に再建されたものである。

嘉峪関は閑散期で観光客が少ないので各所で修復工事が行われていた。夏の観光シーズンに向けての準備であろう。

09:50頃、嘉峪関楼に登る。嘉峪関楼は嘉峪関の西側の楼閣で、ここから西は嘉峪関の外になり、長城はなくなり狼煙台だけになる。シルクロードはここからさらに西へ続いておりキャラバン隊が敦煌、ハミ、トルファン、ウルムチへと向かった。

嘉峪関の外では観光客が楽しそうに記念撮影をしている。ポーズを決めて記念撮影しているので中国人だろう。あ、ここは中国だったな!

10:00頃、嘉峪関の西側に出る。

少し西に離れたところに清の嘉慶14年に建立された「天下雄関」の石碑がある。

ここから西は荒野が広がり、荒野の中を国道312号が西へと延びている。

10:15頃、嘉峪関から延びる西長城と呼ばれる万里の長城の沿って南へ約7kmの場所にある万里長城第一墩へ向かうが8年前の2007年に訪れたときと違い嘉峪関景区は柵に囲まれ国道へ出られないようになっていた。逃票対策と長城の保護の為のようだ。

しかし、少し歩く車両の出入口が開いており、そこから国道312号に出て万里長城第一墩への道へ入る。途中、万里の長城を貫く蘭新鉄路を貨物列車が通過していった。

11:40頃、万里長城第一墩の入口に到着する。

入場料は21元で、電動カートがあったのだが有料なので入口からさらに2kmほど歩いて行く。

12:00頃、万里長城第一墩に到着する。万里長城第一墩は別名を討賴河墩とも呼び、嘉峪関の両翼長城の南端に位置する墩台であり、明代の万里の長城最西端の墩台でもある。

長城第一墩は明の嘉靖18年(1539)に粛州兵備道の李涵により建設される。北の嘉峪関まで約7.5kmの距離があり、長城第一墩が位置するのは脇を流れる討賴河の高さ56mの崖の上である。12:35頃、万里長城第一墩を離れ嘉峪関へ向かう。

13:00頃、万里の長城と線路が交差する地点まで戻る。この線路は氷河のある鏡鉄山へ続く線路で2007年に訪れた時は非電化区間であったが、今回は電化区間になっていた。線路が万里の長城を突き抜けているのだが、線路には柵はない。万里の長城に柵があり登れないようにしてある。

通常は線路にも柵があるはずなのだが、旅客列車が1日1往復、残りは貨物列車という土田舎の路線なので柵は必要ないようだ。というか、周辺は荒野で人が住んでいないので柵は不要だな。すぐ近くに踏切があり監視員が常駐しており踏切は24時間閉じたままで、車が通る時だけ手動で開けてくれるという通常の踏切とは逆の動作になっている。

13:45頃、国道312号と蘭新鉄路の陸橋にやって来た。列車の撮影をしようと場所を探したら、明らかに撮影ポイントになる場所のフェンスが破られているのを見つける。どうやら中国にも鉄オタが存在するようだ。

ちょうどよい場所なので敗れたフェンスから貨物列車を撮影する。

蘭新鉄路は貨物列車は多いが旅客列車が少ないので1時間ほど陸橋で撮影をする。

14:50頃、再び嘉峪関へ向かう。車両用のゲートが開いたままなので、そこから景区へ入り嘉峪関へ歩いて行く。ゲートには誰も居ないので出入り自由だ。これだと逃票し放題じゃないのか?

15:20頃、嘉峪関に戻って来たが天気が徐々に悪くなってきた。

どうやら、黄砂のようだ。17:50頃、4路のバスで市内へ戻る。運賃は1元だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
バス 2元 路線バス
嘉峪関 60元
万里長城第一墩 21元
合計 96元

懸壁長城

07:30頃、4路のバスで関城景区へ向かう。運賃は1元で、07:50頃、関城景区に到着する。今日は嘉峪関の北7.5kmほどの場所にある懸壁長城へ向かう。天気は晴れだが昨日の黄砂の影響で遠くの祁連山脈はよく見えない。昨日の朝は雪山がはっきり見えたのだが・・・。

とりあえず道なりに北へと歩いていく。道路標識には懸壁長城があるので迷わずに行けそうだ。途中の分かれ道で左(北西)へと進んでいくと人民解放軍のトラックが隊列を組んで走り去っていく。

09:30頃、懸壁長城に到着する。入場料は21元だ。

懸壁長城は嘉峪関から北へ約7.5kmの場所に位置している。シルクロードと万里の長城が交差する場所であり、その歴史は明の嘉慶19年(1540)に粛州兵備道の李涵によって築かれたところから始まる。長城は黒山の山麓に築かれ鉄壁の懸空ともいわれ、懸壁長城と呼ばれるようになった。他にも険しい地形にあるため西部八達嶺とも称される。

懸壁長城は観光客は少なく静かでゆっくり見て廻ることができる。
黒山の山麓に沿って急勾配の懸壁長城を登っていく。長さは1kmほどでそれほど長くはないが階段がきつく疲れる。

長城を登っていると東側に人民解放軍の射撃場があり射撃訓練をしている。さきほどのトラックは射撃場へ向かっていたようだ。10:20頃、懸壁長城を離れる。

万里の長城に沿って嘉峪関を目指すが風が強くなり砂埃が酷い。

長城に沿って歩いていると途中で長城が消滅していた。そのまま南へ歩くと嘉峪関が見えてきた。昼頃、嘉峪関に到着し、4路のバスで市内へ戻る。運賃は1元。

HDDデータ吹っ飛ぶ

ホテルへ戻ってHPのノートPCをいじっていると何やら調子が悪い。以前から動作が不安定で怪しいとは思っていたが1年近くOSの再インストールをしていないので調子が悪くても当然だろう。

仕方がないのでOSをリカバリーすることにするが、リカバリーの途中でエラーが出てリカバリーに失敗してしまう。再度リカバリーを試みても復旧せずPCが再起不能に・・・。
これは緊急事態だ!HDDの中には画像データやWEBサイトのデータとかが入っているのだ。いろいろ試してもエラーが出て復旧しない。

このままでは旅が続けられないので急遽予定変更で日本へ戻ってノートPCを直すことにする。17:00頃、嘉峪関駅へ行き明後日の上海行きの切符を購入する。賓館へ戻ってからは上海→大阪のフェリーの予約や補給物資をアマゾンで購入したりと忙しい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
バス 4元 路線バス
懸壁長城 21元
鉄道 542.5元 嘉峪関→上海 硬臥
合計 582.5元

雲南省旅行記2015春 梅里雪山と茨中教堂

24時間で河口からシャングリラへ

河口から鉄道で大理到着

06:15頃、目が覚める。まだ外は夜が明けていない。昆明で機関車を交換して進行方向が変わっている。大理到着は、07:22であと約1時間ほどだ。昨日、寝るまでの車内は空いていたが、予想通り乗客で混雑している。自分の寝台の区画は欧米人が5人寝ていた。やはり大理行きの列車は欧米人にも人気があるということかな?06:20頃になり、乗務員が切符と換票証の交換を始まり乗客が起きる。

大理駅到着前に車内放送で大理到着後に8号車で麗江行きの切符を販売すると放送している。このK9690次は大理到着後に麗江行きの列車になるので、そのまま車内精算という形で麗江行きの切符を販売して切符売り場の混雑緩和ということかな?

07:10頃、定刻より12分早くK9690次が大理駅に到着する。

20150312-02列車を降りるが始発駅の河口では半袖でちょうどよかった服装だが、大理ではさすがに半袖は寒すぎる。上着を着なければだめだ。

鉄道で大理→麗江

20150312-04駅を出て、そのまま切符売り場へ行き12306.cnで予約購入しておいた大理→麗江のK9629次の切符を受け取る。切符売り場は少し列が出来ていたが発券自体は1分ほどで終了。そのまま、駅2Fの待合室へ移動。

20150312-03入口で切符とパスポートの確認、荷物のX線検査を受けて待合室で2時間ほど待機するが、朝から痰吐きと手鼻の音が頻繁に響く。タイ、ベトナム、台湾の駅では、このような音は響かないので中国独特の光景といってよい。

20150312-0509:00頃、改札が始まる。

20150312-06改札口の先頭で待機していたので、改札口での乗車バトルはなく楽に乗車する。車内はまだ空いておりホームでは乗車の光景を撮影する。

20150312-07K9629次の発車時間は09:25なので発車まで少し時間があるので先頭の機関車を撮影に行く。機関車は韶山型のSS7Cで塗装が黄色なのは珍しい。今まで見た韶山型は緑系の塗装が多かったので、黄色の塗装は大理だけなのか?

20150312-08そして、行先票は列車番号が多く複雑な運行になっているのがうかがえる。

20150312-09定刻より2分早い09:23に列車が発車する。麗江までは約2時間の道のりだ。車内は平和でヒマワリの種を食べている乗客がいる。定刻より2分早い11:45に麗江到着。

20150312-10麗江の天気は晴れで暖かいというより涼しいといった感じだ。Tシャツの上にもう一枚着ていれば十分である。駅前は自動小銃を持った武警が警備しており、警備がかなり厳重だ。去年の夏はこれほど警備は厳しくなかったのだが、やはり全人代の会期中ということで警備が厳しいのだろうか?

麗江客運站

20150312-11麗江駅からは18路のバスで古城の近くまで行き、徒歩でバスターミナルの麗江客運站へ向かう。

20150312-1212:30頃、麗江客運站に到着し、バスの時刻表と運賃を確認するが去年の夏に訪れた時と変わっていないようだ。

20150312-13

20150312-14去年と同じでも念のため時刻表と運賃表を撮影しておく。

バスで麗江→シャングリラ

20150312-1513:00発、シャングリラ行きのバスのチケットを購入する。運賃は67元、観光客が多い路線なのでバスは結構綺麗だ。

20150312-1613:00に定刻通りバスが出発して高速道路を北へと爆走していく。14:15頃、トイレ休憩で停車するが有料トイレで料金徴収の爺さんがおり、文句言っている中国人がいた。

15:50頃、シャングリラの30km手前で検問がある。乗客全員が下車して身分証登記を行う。自分はパスポートを警官に提示するが登記はなしで顔写真との照合とビザを確認しただけで終了。全人代の関連の警備強化かと思ったが、ここはチベットだ。2008年3月14日のラサ暴動から7年になるが、やはり3月14日が近づくと外国人が多数訪れるシャングリラでも大人の事情で警備が厳しくなるようだ。

16:25頃、シャングリラの入口で再び検問。自動小銃を持った公安が乗車してきて身分証確認。自分はパスポートを提示するとパスポートの情報を台帳に記入して返却。特に問題はなし。

20150312-172路の路線バス終点である白塔には自動小銃を持った武警が3人で警備中。シャングリラの警備が厳しい。普段とは違う緊迫したシャングリラなので、こっそり武警の活躍する姿を撮影しておく。

20150312-1816:40頃、バスターミナルの香格里拉汽車客運站に到着。

20150312-19

20150312-2017:00頃、徳欽行きバスの状況を確認してから7路のバスに乗車する。運賃は1元だ。大きな交差点を通過すると武警が警戒にあたっており、シャングリラがいつもと違う状況に置かれていることがうかがえる。

一体何を恐れているのだろうか?シャングリラでテロでも起きるのか?4つ目の信号機のある交差点手前の二中路口のバス停で下車してユースホステルの香格里拉国際青年旅舎へ向かう。

香格里拉国際青年旅舎

20150312-21バスを降りて徒歩10分ほどで香格里拉国際青年旅舎に到着する。予約なしで乗り込んだけと寝床は確保できた。部屋は12人ドミトリーで1泊25元(会員料金)だ。

20150312-22ニーハオトイレなのだが宿代が安いし近くには食堂やスーパーもあるので、何だかんだ文句を言ってもここが一番である。古城内だと宿代が安くても周辺には高くて量の少ない観光用のレストランやボッタクリ食堂しかないので、総合的には高くついてしまう。

20150312-23夕飯は行きつけの食堂で香菇鶏麺(10元/約200円)と酸菜肉絲炒飯(10元/約200円)を食べるが、インフレで1元づつ値上がりしていた。

20150312-24去年は10元で大盛りだったのが、10元で中盛になってしまった。20:00頃、部屋で溜まったデータを整理していると同じ部屋の若者たちがこの後チベットへ行くなど楽しそうに旅行の計画を話している。

外国人の自分からするとシャングリラでの武警の警備状況からして中国の若者は何も違和感を覚えないのだろうか?なぜシャングリラにこれほどの武警が配置されているか考えないようにしているのだろうか?全人代の会期中というだけの理由でないことは薄々気付いているとは思うのだが・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
宿泊費 75元 25元×3泊
バス 67元 麗江→香格里拉
バス 2元 路線バス
合計 164元

古城近くの百鶏寺

07:30頃、起床するが3000m以上の高地にあるシャングリラの朝は冷え込む。シャングリラには表向きは高地順応のための滞在だが、裏の目的は、3月14日のシャングリラの様子を確認だ。

09:45頃、ユースホステルから徒歩で独克宗古城へ向かう。朝の散歩をかねて30分ほどかけていくが武警の巡回に遭遇する。何かのテロを警戒しているのか?シャングリラではアルカイダやイスラム国のテロ警戒ではなさそうだが・・・。

20150313-0110:15頃、独克宗古城に到着。

20150313-02去年の大火災から1年経過して一部では新しい建物の建設が始まっているが、まだ古い土台が残ったままの場所もあり復旧はまだまだ先のようだ。

20150313-03古城近くの山にある百鶏寺へ向かい、11:00頃、百鶏寺に到着する。GPSを確認すると3428mの場所で富士山より高い場所だ。

20150313-04チベット仏教の小さな寺院だが、地元民が参拝に訪れている。さすがに寺には公安はおらず表向きは平和そうだ。

20150313-05百鶏寺は元代にチベット仏教カギュ派の寺院として創建され、清の康煕13年にゲルク派の寺院に改められる。その後、災害が発生するたびに寺には祈祷のために鶏が放たれ百羽、千羽と増えていくうちに百鶏寺と呼ばれるようになった。

20150313-0613:00頃、スーパーで大理V6ビール470ml(2.8元/約58円)と康師傅のインスタントラーメン2袋(1袋3元/約62円)、統一のインスタントラーメン2袋(1袋2.5元/約62円)を購入する。「高地にいるのにビールなんか飲んでいるのか?」というツッコミはなしで!ユースホステルへ戻り昼食にインスタントラーメンを食べてビールを飲む。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 23.8元
合計 23.8元

警備の厳しいシャングリラ

20150314-01 09:30頃、シャングリラの独克宗古城へ向かう。今日は3月14日で中国政府にとってはチベット人の居住地に外国人が一番いてほしくない日とも言える。チベット自治区はパーミットの発給を停止して外国人を閉め出しているが、そのほかの地域は表向きは外国人旅行者は訪れることが出来る。

20150314-02まあ、シャングリラとかまで立ち入り禁止にすると欧米のマスコミが喜んで記事にしてしまうので、中国政府も表向きは外国人観光客歓迎ということだ。まあ、今の時期はオフシーズンだから外国人が少なく影響も少ないのだろう。

で、シャングリラの街を歩いてみると公安や武警が大きな交差点では警備についている。本当は写真を撮りたいのだが観光客がいないので、すぐバレて熱烈な指導を受けてしまいそうなので撮影は出来ない。

20150314-03大人しく古城を散歩して昼前にユースホステルへ戻る。

20150314-04昼食は節約のためインスタントラーメンで乗り切り、夕飯は回鍋肉炒飯を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21元
合計 21元

シャングリラ→徳欽→飛来寺

バスで徳欽へ

06:30頃、起床して出発の準備を整える。今日は徳欽の飛来寺まで移動する。07:50頃、ユースホステルをチェックアウトしてバス停へ向かうが今日のシャングリラの天気は曇りでかなり冷え込む。

昨日、一昨日は春の陽気であったが今日は冬の天気だ。7路のバスでバスターミナルのシャングリラ汽車客運站へ移動する。運賃は1元だ。昨日まで大きな交差点では朝から武警や公安が警備していたのだが、今日は誰もいなくなっており、どうやら3月14日を過ぎれば警備は解除のようだ。

20150315-0108:20頃、シャングリラ汽車客運站に到着し、窓口で徳欽行きのチケットを購入しようとすると、08:20発のバスにまだ乗車できるということで検票口で精算して乗車する。

20150315-02運賃は67元で座席は一番先頭の補助席であった。08:26頃、バスが発車して国道214号を北上する。

20150315-0309:50頃、奔子欄の手前で検問により停車し運ちゃんが乗客の身分証を回収、登記しに行く。自分はパスポートを運ちゃんに渡す。登記が終わるまで休憩となり自撮り棒で金沙江を背景に記念撮影している乗客などがいる。

20150315-04検問所は公安以外にも自動小銃を持った武警が監視塔から警備しており田舎に似つかわしくない厳しい警備体制だ。

20150315-0510:05頃、登記が終わり運ちゃんが戻ってきてバスが出発となる。外国人の徳欽行きは従来通り特に規制なしのようだ。10:20頃、金沙江大湾(金沙江第一湾)を通過する。

20150315-0610:55頃、トイレ休憩で停車する。天気は晴れになり日差しは強いが気温は低く周辺の山は雪化粧したままだ。11:05頃、バスが出発して山道を登っていく。

世界自然遺産 三江併流・白馬雪山

20150315-0711:30頃、峠を越えたところで5分間の休憩となり白馬雪山を撮影する。

20150315-08白馬雪山は自然保護区に指定されており、世界自然遺産・三江併流の一部である。12:30頃、運ちゃんが飛来寺行きの乗客がいるか聞いてきた。そして、飛来寺行きの乗客が全部で10人おり1人5元で飛来寺まで行ってくれることになる。

20150315-0912:40頃、徳欽汽車站に到着。12:55頃、バスが臨時で飛来寺へ出発する。運賃は5元だ。13:00頃、西当から徳欽へ戻るバスとすれ違う。雨崩村へ行く場合は、西当へのバスに乗車して終点の西当温泉で下車し、その先は徒歩か馬になる。

20150315-1013:10頃、飛来寺に到着する。正確には飛来寺景区の景観台の前に到着だ。

飛来寺覚色滇郷青年旅舍

20150315-11ここから徒歩5分ほどでユースホステルの飛来寺覚色滇郷青年旅舍に到着する。

20150315-12オフシーズンなので宿泊客はほとんどおらず1泊20元(会員料金)の10人ドミトリーは自分を含めて3人だけだった。

20150315-13国道沿いに歩いて梅里雪山や麓の西当村、瀾滄江(メコン川の上流)の景色を見るが梅里雪山は雲に隠れている。

20150315-14眼下には瀾滄江(メコン川)が流れている。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
バス 67元 シャングリラ→徳欽
バス 5元 徳欽→飛来寺
合計 92元

梅里雪山

飛来寺明珠拉卡景観台

07:30頃、起床して梅里雪山の見物へ向かう。外はかなり冷え込んでいるが天気は晴れですでに飛来寺景区(飛来寺明珠拉卡景観台)には観光客が多く訪れている。

20150316-01入場料は金沙江大湾とかのセット券で150元するが、昨夏に明永氷河や雨崩村へ行った時の入場券があり、まだ飛来寺景区は未使用で試しに使ってみたらそのまま使えた。

20150316-02昨日は雲に覆われていた梅里雪山だが、今日は朝から天気が良く梅里雪山が一望できる。

20150316-03朝のうちは観光客で賑わっているが、ほとんどが雨崩村へ行ったり、シャングリラや麗江へ戻るので、09:00頃になると観光客はほとんどいなくなる。いるのは巡礼で訪れているチベット人ぐらいになる。

20150316-0410:30頃、ユースホステルへ戻るが宿泊客ほとんどチェックアウトしており残っているのは自分ともう一人だけだ。去年の夏に宿泊した時は賑わっていたのだが、閑散期になるとこれほど客がいなくなるとは・・・。まあ、他の宿も開店休業状態で似たような感じだ。

でも、11月-3月が晴天の確率が一番高く梅里雪山を見るのには最適な季節だが、かなり冷え込む季節というのが難点であるが・・・。

昼前にユースホステルをチェックアウトして国道沿いで徳欽の県城へ向かうバスが通過するのを待つ。昼ぐらいに西当温泉から徳欽へ戻るバスが発車しているはずなので、13:00前後に飛来寺を通過するので、それを狙って待つのだが老板が徳欽の県城へ行く用事があるようでタクシーで一緒に徳欽の県城へ向かう。タクシー代は10元だ。

徳新楼

20150316-05昼頃、徳欽の県城に到着しバスターミナルで茨中行きのバスがあるか確認したら今日は既にバスがなく明日朝の維西行きのバスで茨中橋から徒歩ということだった。まあ、バスがないので徳欽で1泊することになり、去年も利用した徳新楼へ。1泊40元だが外国人OKの宿なので追い出される心配はない。

20150316-06時間が出来たので何も見るところのない徳欽の街を散歩して過ごす。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.6元
宿泊費 40元
タクシー 10元 飛来寺→徳欽
合計 64.6元

フランス人宣教師が建てた茨中教堂

徳欽→茨中橋

06:40頃、起床するがすでに巡礼者と思われるチベット人たちは起きて出発の準備をしている。こちらも出発の準備を整えるがウンコしにトイレへ行くと茶色い大きなバナナが山盛りだ。ウンコぐらい流せよ!どうやら、中国人のチベット人はダライ・ラマたちのチベット人とは全く違うのかもしれない。

20150317-0107:20頃、宿をチェックアウトして徒歩2分ぐらいのバスターミナルへ移動。茨中行きのチケットを買おうとしたが茨中への直通バスは運行されておらず、茨中の入口になる茨中橋までチケットを購入。

20150317-0208:00発車の維西行きのバスに乗車する。運賃は26元だ。

20150317-0308:00頃、バスが発車して省道233号を瀾滄江に沿って南下していく。バスは25人乗りだが乗客は自分を含めて4人だけだ。維西へは、12:30-13:30到着ということであった。

20150317-04そして、当然だが途中で客を乗せながらバスは走る。維西への道は7年前の2008年とは違い新道ができており道路状況はよいが梅里雪山は見えなくなっていた。旧道は道が悪くても梅里雪山が見える絶景だったのだが・・・。

標高3200mの徳欽から峡谷を下っていくが途中で雨が降り始める。標高2600mぐらいまで下がってくると瀾滄江沿いに樹木が見え始める。徐々に高山帯の気候から変わっているようだ。

茨中橋から徒歩で茨中へ

20150317-0509:20頃、茨中橋手前の燕門を通過して、09:40頃、茨中橋に到着する。ちょうど雨はやんで晴れ間が見えてきた。茨中橋で下車したのは自分一人だ。瀾滄江の対岸にある村に教会が見えるので、あれが茨中教堂(茨中天主教堂)だろう。

20150317-06峡谷の下にある吊り橋が茨中橋だ。7年前に通ったときは道路は橋の脇を通っていたが、今は旧道は放置され新道が峡谷の上を通っている。

20150317-07谷を下り吊り橋の茨中橋を渡るが「危橋」の標識がある。吊り橋はかなり傷んでいるようだ。吊り橋の脇ではコンクリートの新しい橋が建設中だ。今は歩いて吊り橋を渡っていくという秘境への旅という雰囲気が出ているが、あと1年もすれば新しい橋が完成して茨中への交通の便がよくなれば秘境ではなくなるだろう。

20150317-08橋を渡り村とは逆の左(南)へ道が延びている。道なりに上り坂を歩いて行くと道が左右に分かれ、ここで右(北)へと歩いていく。そして、ひたすら未舗装の道を歩いていくと茨中教堂が見えてきた。10:30頃、茨中教堂に到着する。とりあえず、教会の近くにあるナシ族の納西閣劉老客桟に1泊する事にする。

20150317-09部屋は3人ドミトリーで1泊40元だ。設備からすると料金は高いが辺境の土田舎でも茨中教堂というそこそこ有名な観光地があるので、この料金なのだろう。

20150317-10でも、トイレは壁と屋根と穴があるだけだ。しかも、穴にしたまま水を流さないニーハオトイレなので穴の底はウジだらけの地獄絵図だ。夏はハエが大量発生して衛生状態はかなり悪いといえる。

茨中教堂

20150317-11茨中は食堂とかがなさそうな村なので老板娘に昼食と夕飯を1食30元ということでお願いしておく。11:00頃、茨中教堂へ行ってみるが神父が昼食の準備で教会を閉めるということで追い出される。

20150317-12入口の貼り紙には午前中の見学は08:00ー12:00となっているのだが・・・。仕方がないので村の中を歩いて撮影場所を探す。

20150317-13周辺を歩いて茨中教堂を撮影しつつ村の中を探検してみるが教会以外には特に見どころはない。

20150317-1414:00頃、遅めの昼食になり老板娘たちとお昼ご飯を食べる。30元も取るので二葷一菜で食べ放題というか量多すぎだ。あとバター茶付きだ。料理の味は申し分なし!まさに本格中華料理だな。

残しては悪いと思い遠慮なくどんどん食べていくが、おかずがなくなりかけると老板娘がおかずを補充してきた。ナシ族でも食べきれないほどの食事を出すという中国伝統の悪習があるのか?残してはもったいないと思いどんどん食べたが、やはり食べきれなかった。

残ったおかずがもったいないのだが、この客桟には豚が飼われており、豚の餌になるのだろう。しっかり、リサイクルシステムが確立されてはいるのだが、老板娘がせっかく作った料理が豚の餌になってしまうのは少々納得がいかない。

20150317-15食後に周辺を散歩するが建設中の橋が完成すると茨中への交通の便が格段によくなるのだが、橋ができると村の中にそれなりの道路が通ることになる。そうすると観光開発の波が押し寄せて教会のある静かな村が・・・。

20150317-16茨中教堂は2年か3年後には騒がしいレストランや土産物屋だらけの観光地になりそうな気配が・・・。すでに橋の建設現場周辺の畑には教会の方へ向けて規制線がある。これは道路を通すという意味か?

20150317-17教会へ向かいながら麦畑とブドウ畑を見ていく。麦畑はちょうど実がなっており来月辺りには刈り入れになるのだろう。

20150317-18ブドウ畑は枝から芽が出ており、これから育っていくといったところだ。ブドウの収穫は9月中旬辺りのようなので半年も先になる。

20150317-1915:30頃、教会へ行くが観光客は誰もいない。いるのは神父だけであった。茨中教堂(茨中天主教堂)はプロテスタントの教会で元々は19世紀にキリスト教の伝道のためにやってきたフランス人宣教師によって茨中村の南にある茨姑村 に教会が建てられたが清の光緒31年(1905)にキリスト教排斥運動で破壊され、清の宣統元年(1909)にフランス人宣教師によって茨中村で再建が始まり1921年に完成した。

20150317-20そして、フランス人宣教師がキリスト教と共にワインの製造技術とブドウの苗を伝えた。このブドウの苗がローズハニーと呼ばれる品種でフランスでは絶滅してしまった品種で、このローズハニーを使ったワインは珍品として世界中のワイン愛好家に知られている。

教会のその後は文化大革命で小学校として使用されていたため他の教会や寺院などのような壊滅的な破壊は免れた。現在はチベット仏教が信仰される地域に残る教会、そして、フランス人宣教師が建てた教会とローズハニーで作られたワインという歴史的背景により、茨中教堂は広く知られている。

20150317-2115:55頃、茨中橋を渡るバスを発見する。よく見ると徳欽-茨中のバスであった。昨日は茨中行きのバスはないといわれていたのだが、隔日運行とかなのか?それともバスターミナル発でなく乗り合いタクシーとかの乗り場から出ているのか?

20150317-22まあ、どちらにせよ徳欽-茨中のバスが運行されていることはわかった。この時間に茨中橋を通っているので、徳欽を14:00ー14:30ぐらいに出発かな?16:30頃、タルチョの見える岩山に上ってみると茨中の村が一望できる場所であった。

20150317-23

20150317-24タルチョがたなびく岩山から茨中の村を眺めながら過ごす。

20150317-25そして、岩山の裏側はキリスト教徒の墓地になっていた。

20150317-26この村はチベット仏教とキリスト教が共存する村であった。村を散歩してみて分かったのが看板の出ている宿は4軒だけであった。売店は教会の近くで1軒営業していた。

夕食後は教会とブドウ畑以外は何もない村なのであとは寝るだけとなる。老板娘たちは中国のドラマで最大の娯楽ともいえる抗日ドラマを見ており、時折変な日本語が聞こえてくる。ドラマの中で無理に日本語を使おうとしてデタラメな日本語になるのだろう。視聴者は正しい日本語がわからないのでデタラメな発音や文法でも問題ないようだ。抗日ドラマで手っ取り早く視聴率を稼ぐが視聴者の無知につけ込んでいい加減な日本語でも問題なしということか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 60元
宿泊費 40元
バス 26元 徳欽→茨中橋
合計 126元

徒歩で茨中→茨中橋

05:00頃、ウンコしたくなったので外のニーハオトイレへ行く。もちろん、灯りはないのでヘッドライトをつけてでないと真っ暗でなにも見えず板を踏み外してウジの湧いたウンコへ落ちてしまう。かなり上級者向けのトイレだ。

20150318-0107:00頃、起床する。08:00頃、客桟を出て谷の向かい側の省道へ向かう。

20150318-02昨日来た道を戻り谷底にある吊り橋の茨中橋を渡る。

20150318-03瀾滄江を越えて再び谷を上り、08:45頃、省道233号に到着。道路脇には売店があり、ここで物資補給したり、バスが来るのを待つことができる。

20150318-04それと、売店の隣は武警の詰め所になっており、道路上にはパイロンが置かれ車は一時停止するようになっている。バイクはそのまま素通りしているので、ここはそれほど警備は厳しくない。身分証確認なしで車内を一目見るだけで終わっている。

茨中橋→維西

20150318-0509:00頃、昨日、徳欽から茨中へ来たバスが通り徳欽へ戻っていった。おそらくバスは毎日運行の可能性がある。省道脇の売店で維西行きのバスが通のを待つが、昨日、徳欽から来たときには、09:40頃、茨中橋に到着したので30分ほどの待機で済むだろう。

20150318-0609:15頃、予想より早く維西行きのバスがやってきた。バスに乗車して瀾滄江に沿って維西へ向かう。運賃は60元だ。

20150318-0709:35頃、烏弄龍水力発電所で通行規制のため停車となる。10:30頃、通行規制が解除されバスが出発する。10:45頃、維西からの徳欽行きバスとすれ違う。10:50頃、巴迪郷を通過してトイレ休憩となる。

ウンコしたいので1元の有料ニーハオトイレへ駆け込む。ニーハオトイレはウンコまみれの地獄絵図を覚悟していたが、運良くウンコが流れていく側溝は水が流れておりウンコなしで、シャングリラバスターミナルのウンコ山盛り有料トイレと比べれば100万倍以上良好であった。ちゃんと掃除してあれば有料のニーハオトイレでも料金は払ってもいいだろう。ウンコしたら掃除のおばちゃんに1元払ってバスへ戻る。

20150318-0811:05頃、バスが建設中の里底水力発電所の脇を通過する。瀾滄江ではいくつかの水力発電所が建設されている。水量のある瀾滄江ならかなりの発電量を期待できるだろうが、ダムで水をせき止めたりするのでメコン川下流域の国々への影響が心配だ。12:15頃、小維西を通過。12:45頃、維西→徳欽のバスとすれ違う。

維西客運服務站

20150318-0913:10頃、維西のバスターミナルである維西客運服務站に到着する。昨日食べ過ぎたので、またウンコしたくなってバスターミナルの1元の有料ニーハオトイレへ行く。すでに先客3人ほどがウンコ中であった。

20150318-10ウンコをした後は窓口のオバちゃんに剣川行きのバスがあるか聞いてみるが、剣川行きはなく、今日の麗江やシャングリラ行きのバスも終わっているということなので明日朝の麗江行きのチケットを購入する。とりあえず維西のバスの運賃時刻表も確認しておく。

興隆賓館

20150318-11続いて宿探しだが周辺にはボロ宿から値段の高そうな賓館まで揃っている。今回はバスターミナルの斜め向かいにあった興隆賓館に宿泊することにする。

20150318-121泊40元でトイレ共同、シャワーなしだが、窓のある部屋なのでまあ良いだろう。登記の際にオンラインでパスポート情報を入力できず、台帳に記入していたので本当は外国人の宿泊はダメな宿のようだが何とか泊めてくれた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.5元
宿泊費 40元
バス 60元 茨中橋→維西
バス 69元 維西→麗江
トイレ 2元
合計 189.5元

東南アジア旅行記2015-ラオス・ルアンパバーンの托鉢

世界遺産の街 ルアンパバーン

ルアンパバーンの托鉢1日目

05:30頃に起床して、同じドミの日本人2人に引っ付いてルアンパバーン名物の托鉢を見に行く。国立博物館の東まで歩いて行くと通り沿いには夜明け前からお坊さんへの供物を売るおばちゃんたちが営業中だ。

欧米人観光客が団体で歩道にゴザを敷いて座って托鉢が始まるのを待っていたりしている。托鉢はルアンパバーンの重要なアトラクションのようだ。06:00頃になると太鼓の音が各地から聞こえてくる。どうやら托鉢の合図のようで僧侶たちが一列で通りに出てきた。

托鉢の光景を撮影する欧米人もいれば、地元民に混じって僧侶たちに供物を捧げる欧米人もいる。

托鉢の出てくる僧侶たちは若い僧侶たちがほとんどだ。年輩の僧侶は少数見られたが、大多数は子供の僧侶だ。

ラオスの僧侶は若い。

供物を上げる方にも子供がおり若い。06:30頃、托鉢が終わったようで欧米人たちが帰り始める。

07:00頃、ホステルに戻り、07:30頃に朝食を食べる。ここのホステルはドミトリーでも無料の朝食が付いている。ホステルの看板を掲げているが朝食付きなのでB&Bと言った感じだ。

09:00頃、メコン川の対岸を結ぶフェリー乗り場へ行ってみる。フェリー乗り場はいくつかあるのだが、ここのフェリーは車も搭載可能だ。あと欧米人のチャリダーが自転車でも来ていた。

ラオスの両替

10:30頃、ラオス外商銀行(BCEL)で500元をラオス・キープへ両替する。レートは1元→1276キープで500元が638000キープになる。

前日に周辺の両替所でレートを確認してみたが1元→1250キープが一番多く、今日も周辺でレート確認をしたが、ラオス外商銀行(BCEL)が一番レートが良かった。

両替は書類にパスポート表記の名前と署名をするだけで手続完了だが、パスポートの確認はなく管理はかなりいい加減な感じだ。

Khammany Inn Guesthouse

11:00頃、LPQ Backpackers Hostelをチェックアウトして、徒歩5分ほどの所にあるKhammany Inn Guesthouseへ移動する。

Booking.comで予約しておいたのでスマートフォンに保存しておいた予約確認書のPDFを見せてチェックインはすぐに終わると思ったら、チェックインは13:00からというので共有スペースでネットをしながら待つ。

バンブーブリッジ

14:15頃、旧市街の脇を流れるメコン川の支流であるナム・カーン川を訪れる。ナム・カーン川には乾季の間に竹で組まれた橋「バンブーブリッジ」が架けられている。

観光用の橋なので通行料は5000キープ(約75円)徴収されており、通行料が翌年のバンブーブリッジ建設費になるらしい。このバンブーブリッジは半島状になっている旧市街から北バスターミナルへの徒歩での近道になる。

オールドブリッジ

14:30頃、ナム・カーン川の1km弱ほど上流にあるオールドブリッジと呼ばれる橋へやって来た。このオールドブリッジは鉄骨で組まれているが路面の部分が木造という構造になっている。

結構高い場所に架けられているので高所恐怖症の人は渡れないだろう。おまけにメンテナンスをちゃんとしていないので歩道の板や金具が外れている部分があったりする。

車道部分のメンテナンス状況は不明だが、自転車やバイクが頻繁に往来している。

ある意味でバンブーブリッジより楽しめるだろう。

北バスターミナル

15:05頃、明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入するために北バスターミナルに到着。

ここからは主に北へ向かうバスが発着している。

運賃表を確認してみるとルアンパバーン→ルアンナムターは90000キープと100000キープの2種類のようだ。発車時刻は「AM」としか表記されていない。これは客が集まり次第という意味か?

とりあえず、窓口で明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入しようと聞いてみたら、運賃は100000キープで、当日の朝8時に来るようにということであった。前もっての購入はできなかった。

再びバンブーブリッジ

15:40頃、再びバンブーブリッジを訪れる。今度は対岸側からバンブーブリッジを見物する。渡ると5000キープ徴収されるので見るだけだ。

橋の架かるナム・カーン川では地元の子供達が泳いで遊んでいる。川の水は濁っており泳いで大丈夫なのか?

ルアンパバーンのビュッフェ屋台

17:10頃、早朝、一緒に托鉢を見物しに行った2人から情報を仕入れてナイトマーケットの近くで10000キープの屋台を見つける。自分で必要な量を盛って食べる方式だ。欧米人が列を作っていたので自分も並んで皿に料理を盛っていく。

これで10000キープは安い!多少衛生上の問題はあるかもしれないが、問題があれば欧米人が列を作るほどの人気はないだろう。昨日は25000キープでお子さまランチぐらいの量の炒飯だったので今日は十分に食べることができた。

メコン川の夕日

18:00頃、船着き場でメコン川の夕日を見物する。
欧米人も集まっており人気があるようだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

LPQ Backpackers Hostel
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
バンブーブリッジ
N 19°53’33.38″
E102°08’23.73″
オールドブリッジ
N 19°53’12.73″
E102°08’33.46″
北バスターミナル
N 19°53’55.87″
E102°09’16.18″
両替

500元→638000キープ

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15000キープ
宿泊費 40000キープ
合計 55000キープ

ルアンパバーンの托鉢2日目

06:00頃、起床して托鉢見物の準備をする。外へ出る準備をしていると欧米人が3人ほどドミとリーにやってきた。この時間だと寝台バスでルアンパバーンに到着したようだ。

06:20頃、国立博物館周辺までやってきた。すでに観光客で賑やかになっている。もちろん周辺には観光客相手に供物セットを売っているおばちゃんもいる。

そして、僧侶たちが托鉢にやってきた。観光客や地元民が供物を捧げているが、途中で僧侶たちが袋やカゴを持った子供たちに供物を渡している。これは一体?

少し考えると2通りの見方ができる。ひとつは僧侶が貧しい者へ喜捨をしている。ひとつはいらない供物を業者に回収してもらっている。

そして、回収された供物はおばちゃんたちが観光客に供物セットとして再販売する。
どちらが答えだろうか?僧侶の中には供物を選んで袋やカゴに入れているので、いらない奴を回収してもらっているような・・・。

托鉢を見物していると撮影している観光客の中にフラッシュをたいている者がいる。ルアンパバーンにある寺には托鉢見物の注意事項が掲げられているのだが、その中にはフラッシュ撮影するなとある。

フラッシュ撮影禁止なので自分はカメラのISO感度は6400に設定して撮影する。それでもシャッタースピードが遅いので少し流れてしまう。

06:30頃になると通りの托鉢はだいたい終了のようで観光客が帰り始める。

しかし、通りを一本裏に入ると寺に戻る僧侶たちがおり地元民が供物を捧げている。

どうやら、裏通りの方が観光客が少なく雰囲気的には良いようだ。

托鉢が終わると通りはおばちゃんが掃除していたり、欧米人たちがミニバンに乗り込んで出発していく光景が見られる。托鉢を見物して、すぐに次の町へ移動のようだ。

宿へ戻るとレセプションに欧米人の兄ちゃんが座っている。そして、欧米人の姉ちゃんが朝食を作っている。昨日はレセプションにはラオス人の兄ちゃんがいたのだが、ここは欧米人経営の宿のようだ。

09:00頃、朝食にスクランブルエッグとトーストを食べる。ここも無料の朝食が付いていた。ルアンパバーンの宿では朝食付きが一般的なのか?10:30頃、部屋に宿帳を持った経営者と思われる欧米人がやって来て、宿泊者にチェックアウトか延泊かの確認をしている。自分はチェックアウトすることを伝え出発の準備をする。

11:40頃、Khammany Inn Guesthouseをチェックアウトする。メコン川沿いの道を歩き、10:45頃、Booking.comで予約しておいたCheng backpackers Hotel 1に到着。

中国人経営の宿なので中国語OKで、老板はさらに日本語OKだ。中国人宿と思っていたが客層の半分は欧米人であった。部屋は6人ドミトリーだがエアコンや扇風機はなし。宿泊客の数に対しトイレの数も少ない・・・。朝が大変かも・・・。

ルアンパバーンの宿はバスチケットの手配もしてくれるのだが、他の宿だと時刻表があっても料金表は出ていなかったりする。これは旅行代理店でも同じで料金は直接聞かないと教えてくれないようだ。

しかし、ここは時刻と料金の両方が表示されていた。料金が分かったので、昨日、北バスターミナルで調べた料金と時刻を比較してみる。北バスターミナル発のルアンナムター行きのバスは所要時間10時間でバスターミナルだと100000キープで、宿手配だと120000キープなので20000キープが手数料だろう。

しかし、国際バスターミナル発のルアンナムター行きのミニバンだと130000キープなのだが宿へのピックアップ付きになっている。おまけに所要時間は8時間なので、国際バスターミナルからのミニバンで行くのが良いだろう。

ということで、宿のお姉ちゃんに明日の国際バスターミナル発ルアンナムター行きのミニバンのチケット手配をお願いして130000キープを支払う。午後に手配が完了するまで待つようにということで、それまで宿の前を流れるメコン川を眺めたりする。

13:00頃にチケットの手配が完了してレシートを受け取る。宿へのピックアップは07:30頃になるので、それまでに準備をしておかないといけない。

17:00頃、ナイトマーケットへ行く。

まだ、日没前なのでほとんどが開店準備中だ。

屋台で夕飯

17:30頃、昨日のナイトマーケット近くの10000キープの屋台で夕飯を食べる。とりあえず腹減っているので山盛りにして食べておく。で、おかわり自由なのか聞いてみたら、やっぱり10000キープ追加であった。さすがに食い放題だと潰れるよな。

2人分の料金を払っているとはいえ山盛りにし過ぎて出入り禁止とかになると困るのでちょっと控えめにしておく。でも、明日ルアンナムターに行くんだったな。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Cheng backpackers Hotel 1
N 19°53’19.08″
E102°07’50.54″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 25000キープ
宿泊費 48000キープ
バス 130000キープ ルアンパバーン→ルアンナムター
合計 203000キープ

ルアンパバーン→ルアンナムター

ルアンパバーンの托鉢3日目

05:30頃、起床し托鉢見物の準備をする。06:00頃、流れで同じドミの3人と托鉢見物に出発。中国人のA先生、日本人のB女史とC女史で国立博物館周辺でルアンパバーン名物の托鉢を見物する。

大勢の僧侶が托鉢をする中で太り過ぎの僧侶が混じっている。ラオスの僧侶は肉を食べても大丈夫なのか?でも大多数は痩せているようにみえるのだが・・・。

とりあえず、3人には自分が2日間で調べた托鉢の撮影場所を伝授しておく。

後は自力で撮影場所を開拓するだろう。

ルアンパバーン→ルアンナムター

07:00頃、宿に戻り出発の準備を整える。今日はルアンパバーンからルアンナムターへ移動となり、国際バスターミナルから08:30発車のミニバンに乗車なのだが、すでに8時過ぎだ。やはり、時間通りとは行かないようだ。

08:15頃、ピックアップのトゥクトゥクが到着。トゥクトゥクに乗り込み、08:22に欧米人3人と出発して途中で客を拾いながら、自分を含め11人で国際バスターミナルへ向かうが、途中でトゥクトゥクの屋根から欧米人の兄ちゃんのバックパックが落下して大騒ぎになる。

一部破損しているようだが回収して再び出発し、08:50頃、国際バスターミナルに到着。ミニバンに乗り換える。自分が最後の乗客だったようで助手席に座ることになる。

乗車してレシートが回収され、09:15頃、ミニバンがルアンナムターへ向け発車する。

予定ではこれから約8時間かけて、ウドムサイを経由してルアンナムターを目指す。

道路状況は舗装はされているが、工事区間もありスピードはそれほど出せない。

昼頃、国道のT字路で30分の休憩となる。このT字路で右(東)へ行けばノーンキャウ、左(西)がウドムサイ、ルアンナムターになる。国道の分岐点なので休憩で停車している車が多い。中国のナンバープレートを付けた車も見かける。そして、痰を吐いている人もいる。どこの国の人かな?

昼休憩であるが自分は飲まず食わずで乗り切る。売店で売っている商品はどれも高い。飲料関連はタイか中国から輸入品なので当然高い。ルアンパバーンだと5000キープとか6000キープで売っている500mlの飲料は+1000キープや+2000キープだったりする。

ラオスの物価は高すぎる。もちろん商品に値段は付いていないので外国人ボッタクリ価格ということなのだろう。地元民価格はどれぐらいなのだろうか?中国の方がまだ安い。

中国に飲み込まれるラオス

12:25頃、国道の分岐点を出発する。道路脇の道標を見るとルアンナムターまで196kmの表示が見えた。まだ約200kmあるようだ。

途中の道路工事で通行規制があったが、規制の標識がラオス語でなく漢字で「前方施工」と表記されていた。中国企業が工事を受注しているのだろうが、ラオス語で標識を出さないところが中国らしい。最低限、英語で表示しろよ!地元民には読めなくても中国人が読めれば問題なしのようだ。これがラオスの現実のようで着々と植民地化の道を進んでいるようだ。

13:00頃、再び工事による通行規制で足止めとなる。まだ、雨季に入っていないからよいが、これが雨季になれば泥濘で道路状況は酷い状況になるだろう。ウドムサイまでの道路状況はかなり悪く工事区間、未舗装区間、舗装してあっても補修せず放置され舗装が剥がれた区間が入り乱れている。おまけに標高1200m以上の山岳区間を越えていくので道が曲がりくねっている。

15:15頃、ウドムサイの手前約5kmの地点で、また工事による通行規制で足止めだ。これだとルアンナムターには夜到着だな。ウドムサイの町の入口に新バスターミナルができていた。バスの状況は不明であるが今後に期待したいと言いたいところだが町の中心から約5km南にあるので不便だし、ボッタクリのトゥクトゥクの餌食になること確実だ。

ウドムサイ

15:45頃、ウドムサイバスターミナルに到着する。

ここで欧米人のカップルが降りた。ベトナムのディエンビエンフーへ向かうのか?

荷物を降ろす時間を利用してウドムサイのバスチケットの価格などを調査しておく。

15:55頃、ウドムサイバスターミナルを出発する。ウドムサイからの道路状況は一気に改善し舗装道路を順調に走る。

ルアンナムター到着

18:30頃、ルアンナムター旧市街の長距離バスターミナルに到着する。すでに日没の時間を過ぎており周辺は暗くなってきている。運ちゃんが荷物をミニバンの屋根から降ろしている間にバスの運賃と時刻を確認するがホワイトボードに書かれた内容は消えかかっている。あまりやる気がないようだ。何とか中国の景洪やモンラーからの国際バスが発着しているのは確認できた。

荷物を回収し、これからトゥクトゥクで新市街へ移動するのだが人数が集まらないと高くなるが、ルアンパバーンから一緒に移動してきた欧米人の姉ちゃんたちや長距離バスターミナルで人数が集まるのを待っていた欧米人たちと1人20000キープで移動する。ルアンナムターの南にある旧市街から北の新市街へ20分ほどで移動する。

トゥクトゥクは新市街のナイトマーケットの隣にある銀行前で停車し、ここで全員降ろされる。

これから宿を探さないといけないのだが、とりあえず国道沿いにあったHoumg Heuang Guest Houseに宿泊する。1人部屋、トイレ・シャワー付きで1泊60000キープ(約900円)だ。まあ、寝るだけなら良しとしよう。部屋でWi-Fiも使えた。

寝床を確保したのでナイトマーケットへ行ってみる。

規模はかなり小さいが欧米人が結構訪れている。

夕飯はナイトマーケットで炒飯(10000キープ/約150円)を食べる。

食後に商店で水でも買おうかと思っていたら、ビア・ラオの隣にナムカンビールを発見する。ナムカンビールはビア・ラオに次ぐラオスのビールだ。ラオスのビールは値段が高めだが、話のネタにナムカンビール640ml(10000キープ/約150円)を購入する。明日は7年ぶりに中国国境のボーテンを訪れラオス・中国の陸路国境を越えてみよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20000キープ
宿泊費 60000キープ
トゥクトゥク 20000キープ 長距離バスターミナル→新市街
合計 100000キープ

東南アジア旅行記2015-カンボジア・シェムリアップ

バスでプノンペン→シェムリアップ

シェムリアップ行きツーリストバス

07:15頃、ユースホステルをチェックアウトして、15分ほどでナイトマーケット近くのOrient Express 1907に到着するが、1時間早く来てしまった。バスは、08:45発であった。でも、チケット売り場が開いていたので、そのまま待たせてもらう。08:00頃にはバスがチケット売り場の前に停車しており発車時刻を待つだけとなる。

08:20頃になると欧米人が続々とやって来るが、前もってシェムリアップ行きのチケットを買わずに当日購入で乗り込んできた欧米人もいた。当日購入の欧米人は8ドル支払っていた。一昨日自分が買った時は7ドルだった。08:30頃、バスに乗車する。

バスに乗車するとチケットの確認が行われ、ミネラルウォーターをもらう。まあ、水がついてくるのはベトナムやカンボジアでは当たり前のようだ。

豪華3列シートのバスでシェムリアップへ

そして、今回驚いたのがバスが豪華すぎるということだ。なんと、3列シートになっているではないか!今まで中国で数多くの長距離バスに乗車してきたが、3列シートに遭遇したことはなかった。代わりに通路に座って定員オーバーで移動というのは経験している。

カンボジアのバスはこんなにも凄かったのか・・・。10ドル以下の安いバスは中国並みのハイグレードな仕様で経験したことのないバスの旅を経験すると思っていたのだが・・・。

08:40頃になると欧米人が続々とバスに乗り込んできて車内は9割以上が欧米人だ。そして、何人か遅れてやって来たので、08:45発車が09:00頃に発車となる。どうやら客層からしてOrient Express 1907は体のでかい欧米人に合わせて3列シートで勝負しているようだ。

バスが豪華でも道路状況が・・・

10:00頃、工事渋滞にハマる。

プノンペンを出て直ぐなのに、もう渋滞で動かなくなる。

10:30頃、ようやくバスが動き始めて、11:00頃、ガソリンスタンでトイレ休憩となる。欧米人がトイレや併設されているコンビニへ行っている間に自分はガソリン価格の調査を行う。

ガソリンは2種類表示されているので、ハイオクとレギュラーということなのかな?まあ、ガソリンは1Lで3500リエル(約105円)と3300リエル(約99円)となり、軽油は2600リエル(約78円)であった。日本はレギュラーガソリンが120円台なので、カンボジアのガソリンは結構安いがガソリンに掛かる税金がどうなっているか気になるところだ。

ガソリン価格の調査を終えてバスに戻るが、欧米人のおっちゃんが大きなビニール袋を持ってバスに戻って来た。どうやら、ガソリンスタンドのコンビニでワインを買ってきたようだ。カンボジアのガソリンスタンドのコンビニでは酒を売っているのか・・・。日本でも同じように売っているのかな?

バスが再び舗装道路と未舗装の道路を交互に走りながら、14:20頃、昼休憩でレストランで停車する。自分は飲まず食わずで過ごす。恐らく飲んだり食べたりするとカンボジアで野グソになりそうなので、ここは空腹を我慢だ。
14:45頃、バスが出発する。

バスが西へ爆走していくが外は農村の風景だけだ。

高床式の家と椰子の木が続く。

約8時間半でシェムリアップ到着

17:30頃、シェムリアップに到着する。バスの到着場所はOrient Express 1907のチケット売り場の前であった。すぐ近くにはASIA MARKETがあったので大体の場所がすぐに分かった。

プノンペンからシェムリアップまで約8時間半の移動であった。工事渋滞がなければもっと早く到着していただろう。

ここからはGPSを頼りに予約しておいた宿へ向かう。

天気が良く日没間近なので夕日が綺麗だ。
アンコールワットでの夕日鑑賞には最適の天気なのだろう。

シェムリアップのユースホステル

17:45頃、Booking.comで予約しておいたHostelling International Siem Reapに到着する。ここはカンボジアに2軒ある国際ユースホステル連盟の加盟店の一つである。

1泊7ドルのドミトリーを予約しておいたが、中国の会員カードを持っていたので割引してもらえるか試しに提示してみたら、0.35ドル安くなり6.65ドルになった。安くなったのはいいのだが、それよりウェルカムドリンクとミネラルウォーターが出てきたのには驚いた。ドミトリーの客なのにそこまでサービスするなんて!

夕飯はカンボジア料理

夕飯は、とりあえず近くの食堂で炒飯(1.5ドル)と魚と野菜のスープ(2.5ドル)を食べる。

正直言って相場がいくらなのかよく分からないまま注文してしまったが、人民元で計算すると24元ぐらいになるので結構高い。カンボジアの物価は高いのか?

食後はASIA MARKETでビール330ml(0.55ドル)とアクエリアス330ml(0.45ドル)の合計1ドルを購入するが、10000リエル紙幣で払ったら、1ドル=4100リエルで計算されお釣りは5900リエルであった。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Me Mates Place Hostel
N 11°34’41.05″
E104°55’25.00″
Orient Express 1907(プノンペン)
N 11°34’25.88″
E104°55’37.42″
Orient Express 1907(シェムリアップ)
N 13°21’25.98″
E103°51’17.37″
Hostelling International Siem Reap
N 13°21’07.01″
E103°51’18.83″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 4100リエル
合計 4100リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 4ドル
宿泊費 6.65ドル
合計 10.65ドル

シェムリアップ

市場

10:00頃、ユースホステル近くの市場を見物する。

地元民用のマーケットでもあるが観光客も結構訪れている。果物、野菜から豚の頭まで色々と売られている。

バナナ

市場で朝食代わりにバナナを購入する。値段は1kgで1ドルだ。プノンペンでは熟していないバナナを食べたが、シェムリアップで熟したバナナをようやく食べた。

それも、日本ではあまり見かけない小さいバナナだ。中国だとこの小さいバナナは高級品なのだが、1ドルだと6元ぐらいなので中国で買うより断然安い。でも、カンボジアだと妥当な金額なのだろうか?

セブンイレブンでなく7Quick

ユースホステルへ戻る途中に7Quickとかいうコンビニを見かける。どう考えてもアメリカ生まれのコンビニのパクリのような気が・・・。

ユースホステルへ戻りマラリア予防薬としてメファキンを飲む。薬価は1錠851.6円だが、購入価格は薬価の倍ぐらいだ。乾季だからマラリアの心配はそれほどしなくても良いのだろうけど、ユースホステルには結構蚊がいて同じドミトリーの欧米人たちが「Mosquito」という単語を連呼していた。

The city premium guesthouse

11:30頃、Hostelling International Siem Reapをチェックアウトして、北へ歩いて国道6号まで出る。昼頃、予約しておいたThe city premium guesthouseに到着する。

ドミトリーが1泊5ドルで4泊することにする。

とらバスを申し込む

寝床を確保したので、国道6号を西へ20-25分歩いて行き、12:50頃、JHCを訪れる。国道沿いに看板が出ていたのですぐに分かった。敷地に入ってすぐの所に土産物屋?があったので日本語で「旅行会社ここですか?」って聞いてみたら、店の人に「Office」と奥の建物を指さして教えてくれて建物へ行くとちょうど日本人のお年寄りの団体が出てきた。

事務所でとらバスのアンコール・トム&アンコール・ワットの1日ツアー申し込みを聞いてみたら現地スタップが対応してくれて、集合場所と時間の確認、支払い、レシート発行は10分ほどで済んで無事に申し込み完了。日本人慣れしているので飛び込みの客にもテキパキと対応してくれた。ツアー代金は30ドル(別途遺跡入場券は自分で購入)だ。

トゥクトゥクなら12ドルぐらいで行けるようだが、現地でトゥクトゥクのおっちゃんたちと料金で揉めて置き去りにされたりするのは困るので、始めから高くても日本語ガイドが付くツアーに申し込んでおく。それに日系旅行会社のツアーがどんな物なのかも確認しておきたいし。

LUCKY MALL

14:00頃、シェムリアップで一番大きいショッピングモールと思われるLUCKY MALLで買い物をする。

1Fのスーパーマーケットでプノンペンビール330ml(0.55ドル)とマレーシアのジュース(0.45ドル)を購入する。他にも価格を調査してみるとミネラルウォーター1.5L(0.5ドル)、ミネラルウォーター500ml(0.25ドル)、パイナップル(1ドル)、コカ・コーラ500ml(0.5ドル)といった感じだ。

夕飯は野菜ビーフン

夕方になりLUCKY MALLの隣にあるLYLY Restaurantで野菜ビーフンを食べる。

値段は2ドルで量はそれほど多くはない。あと2杯は余裕でいけるだろう。でも、味は良い!客が多く入っているので地元の人気店のようだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Hostelling International Siem Reap
N 13°21’07.01″
E103°51’18.83″
The city premium guesthouse
N 13°21’56.78″
E103°51’13.26″
LUCKY MALL
N 13°21’43.22″
E103°51’20.22″
JHC ANGKOR TOUR
N 13°22’32.35″
E103°50’11.55″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 5ドル
宿泊費 20ドル 1泊5ドル×4
ツアー代 30ドル とらバス
合計 55ドル

世界遺産アンコール・ワットとアンコール・トム

とらバス

06:30頃に起床して出発の準備をする。今日は昨日申し込んできたJHCのオプショナルツアーの「とらバス日本語定期観光バス アンコールトム&アンコールワット1日観光」に参加する。

08:15頃、集合場所のアンコールホリデーホテルに到着。少しするとベンツのMB140Dがやって来て、現地のガイドさんに声をかけられ名簿確認。車に乗り込み出発する。先客が夫婦の2人で今日の参加者は自分を含めて3人であった。15分ほどでアンコール遺跡の入場券売場に到着。

1日券は20ドル、3日間券は40ドル、7日間券は60ドルとなっており、チケットごとに売場が分かれており、3人共3日間券を購入するので同じ窓口に並ぶ。

アンコール・トム

購入時に写真撮影をしてチケットに顔写真が印刷される。

入場券購入が完了して、車に乗り込みアンコール・トムへ向かう。

5分ほどでアンコール・トムの南大門に到着。まずは南大門を見学するが目の前を象が歩いている。

象に乗ってアンコール・トムにも行けるようだ。

ガイドさんの説明を聞きながらアンコール・トムの南大門を見学していく。

続いてアンコール・トムを見学していく。

この辺の壁画は王様や兵士が描かれておりなかなか興味深い。

アンコール・トムは12世紀後半にクメール王朝のジャヤーヴァルマン7世により建設された都で現在も残る遺跡からクメール王朝の強大な国力が伺える。

ガイドさんの話を聞きながら遺跡の中を歩いて行くが足場があまり良くないのと観光客が多くて歩くのが大変だ。

まあ、恐らく一番有名な世界遺産なので観光客の多さは予想はしていたが中国人観光客が押し寄せていて、かなりやかましい。あの怒鳴り声は止めてほしい。

欧米人も多くいたのだが騒がずにガイドの説明を聞いている光景が多々あった。

外れの方にある壁画へ行くと観光客が少なく静かに見物ができる。

昼食はカンボジア料理

11:30頃、レストランへ移動して少し早めの昼食になる。

昼食はカンボジアカレーだ。昼食後は一旦集合場所のホテルに戻り一時間ほど休憩となり、再度集合となる。

アンコール・ワット

14:15頃、集合場所のアンコールホリデーホテルに着くとちょうど車来て、アンコール・ワットへ向かう。

14:30頃、アンコール・ワットに到着。

午前中のアンコール・ワットは逆光になるが、午後は順光になり撮影は午後からが良いとされる。

ちょうど一番暑い時間帯なので見学するのにもかなりの体力が必要だ。

アンコール・ワットは12世紀前半にアンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によりヒンズー教寺院として建設される。その後、16世紀に仏教寺院に改修される。

遺跡を見て回るが暑さでかなり弱ってきた。

途中で自由行動があっても日陰で休むといった状態だ。休みながらガイドさんと話をしていると、シェムリアップで国際会議を開いており外国のお偉いさんがアンコール・ワットに多く訪れているようだ。

シハモニ国王もシェムリアップの別荘に来ており、明日アンコール・ワットを訪れるという話だ。だから、今日は別荘周辺には警官や自動小銃を持った憲兵隊がやたらと多いのか!昨日はベンチで昼寝している警官もいたのだが・・・。

暑さで弱っているので少し早めに切り上げて車に戻る。16:45頃、アンコールホリデーホテルに戻って解散となった。今日のツアーでアンコール・ワットとアンコール・トムの場所は分かったので明日は自転車で廻ってみよう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール遺跡入場券売場
N 13°23’12.68″
E103°51’50.63″
アンコール・トム
N 13°26’26.63″
E103°51’31.78″
アンコール・ワット
N 13°24’43.05″
E103°52’00.77″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
合計 2000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 6ドル
アンコール・ワット 40ドル 3日券
合計 46ドル

自転車で世界遺産アンコール遺跡を巡る

自転車を借りる

07:30頃、宿で自転車を借りてアンコール遺跡へ向かう。自転車のレンタル料金は2ドル(8000リエル)だ。一緒にミネラルウォーター1.5L(2000リエル)も購入して合計10000リエルだ。

そろそろタイへ行く準備をしないといけないので溜まったリエルを処分にかかる。

アンコール・トム南大門

カンボジアでは、初めてチャリに乗るがチャリが結構ボロい。欧米人はGIANTのチャリに乗っているのをよく見かけるが、自分はとりあえず走るだけのチャリである。

アンコール・ワットの手前にあるチェックポイントで入場券の確認を受けて、今日はアンコール・ワットを素通りしてアンコール・トムへ向かう。シェムリアップの朝は過ごしやすく涼しい。日本の秋のように乾燥して涼しい。でも、昼間は乾燥しているが真夏の暑さだ。08:30頃、アンコール・トムの南大門に到着する。

特に駐輪場とかがないので邪魔にならないように地球ロックしておく。朝から象は欧米人の客を乗せてアンコール・トムへ歩いている。

朝から観光客が多く賑わっているがアジア系の観光客は中国人と韓国人の団体ばかりだ。

特にジャイアニズム国家の方の団体客はおっさんが大声を出してやかましい。もう少し、静かに上品に観光できないのだろうか?

アンコール・トム

09:00頃、アンコール・トムに到着。ここも駐輪場とかがなく自転車はその辺に停められている。

自分は地球ロックが出来る場所を見つけてから、アンコール・トムの見学となる。昨日、とらバスで案内してもらっているので今日は写真撮影に専念する。

象のテラスと呼ばれる場所では国際会議の準備をしているようで警備が昨日よりも厳しくなっている。今日は警察犬まで出動して警備している。

でも、何の会議なのだろうか?シハモニ国王も別荘まで来ているから会議には当然参加するのだろうし・・・。

アンコール・トムを一周りしたので、11:00頃、自転車を置いていた場所へ戻る。気温もかなり上がってきており暑い。

日陰で休みながら次の目的地を考えていると地元のガキが英語で声を掛けてきた。とりあえず「Hello」と返事してあげる。

で、ガキが「どっから来たの?」と聞くので「日本」と答える。その後の英語は分からないが、ノートにサインするように要求してくる。ノートには欧米人の名前と国籍、あと$10とかの金額が記入されている。このパターンは・・・。どこかで似たような経験がある。そうだ!8年ぐらい前に中国の道教寺院で金を巻き上げられた時のによく似ている。

でも、このガキは宗教関係ではない。分かる英単語を総合すると学費を援助して欲しいようだ。で、ガキが日本語で「4000円」とか言ってくる。おいおい!何でそんな中途半端な金額の単語を知っているんだよ。

というか、10ドルより遥かに高い金額じゃねえか!自分は中国で鍛えているので心が狭い。なので、ガキに寄付はしない。相手にせずにいたらガキはどこかへ消えていった。

アンコール・トム北大門

11:20頃、アンコール・トムの北大門に到着する。

南大門とは観光客は殆どおらず静かである。そして、それほど修復されていないようで壊れた部分が多い。でも、それが遺跡の古さを物語っており雰囲気的には良いと思う。

プリア・カン

11:45頃、プリア・カン(Preah Khan)に到着する。

プリア・カンはアンコール・トムの北東に位置しており、ジャヤーヴァルマン7世がチャンパ軍を破り、この地に仏教寺院のプリア・カンを建立した。

しかし、ジャヤーヴァルマン8世の治世になるとヒンズー教の寺院となった。

ガジュマルの木が遺跡を飲み込んでいたりと破壊が進んでおり各所で崩れており、廃墟と化している。

石像の盗難もあるが柱に残る彫刻から立派な寺院であったことが伺える。

13:20頃、プリア・カンを離れる。

ニャック・ポアン

13:40頃、ニャック・ポアン(Neak Pean)に到着する。ニャック・ポアンは、12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世により造営された人工島の仏教寺院だ。

ニャック・ポアンとは「絡みあう大蛇」という意味がある。入口までしか見学できず遺跡内部には入れなかった。

タ・ソム

14:30頃、タ・ソムに到着。

タ・ソムも12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世により造営された仏教寺院だ

遺跡の破壊がかなり進んでおり倒壊した部分やガジュマルの木に飲み込まれた部分がある。

東メボン

15:10頃、東メボンに到着。

東メボンは10世紀に造営されたヒンズー教寺院だ。

この頃になると、かなり疲れてきた。見学するのも少しだけにして宿に戻ることにする。

17:00頃、何とか宿に戻る。アンコール遺跡を自転車で回るのは体力がかなりいる。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール・トム
N 13°26’26.63″
E103°51’31.78″
プリア・カン
N 13°27’42.14″
E103°52’04.91″
ニャック・ポアン
N 13°27’49.69″
E103°53’41.31″
タ・ソム
N 13°27’52.30″
E103°54’44.48″
東メボン
N 13°26’47.87″
E103°55’12.24″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
レンタル自転車 8000リエル
合計 10000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 5ドル
合計 5ドル

自転車で世界遺産アンコール遺跡を巡る2日目

アンコール・ワット

昨日は自転車でアンコールトムやニャック・ポアンなどへ行ったが、今日も07:45頃、宿で自転車を借りてアンコール遺跡へ向かう。自転車のレンタル料金は2ドル(8000リエル)だ。一緒にミネラルウォーター1.5L(2000リエル)も購入して合計10000リエルだ。

朝の涼しい時間帯のうちに自転車でひたすら北へ向かい、アンコール・ワット手前のチェックポイントで入場券の確認を受けて、08:20頃、アンコール・ワットに到着。午前中のアンコール・ワットは逆光なので上記画像のようになる。正面を撮影する場合は午後からが良い。

入口周辺も混雑していたがアンコール・ワット内部もすでに観光客で賑わっている。その半分を中国人と韓国人が占めている。

欧米人も多いのだが中国人や韓国人ほど騒いだりしないので存在感は少ない。いや、観光地にスマートに馴染んでいると言った方が良いだろう。

そして、日本人も一応いるけど少なくて大声で騒いだりしないので存在感はなし。もはや幽霊だ。とにかく中国人と韓国人の存在感は強烈だ。離れていても声が聞こえる。まずは第一回廊の壁画を見て回るが某国の団体客がいる所はうるさいので避けて静かな場所で壁画を見る。

アンコール・ワットは12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世によって造営されたヒンズー教寺院だ。15世紀にクメール王朝の首都アンコール・トムがアユタヤ王朝によって陥落すると存在が忘れ去られるが、16世紀になりカンボジア王国のアンチェン1世により未完成部分が完成しヒンズー教寺院から仏教寺院へと変わる。

数百年前の彫刻が残っており技術力の高さが伺える。

第三回廊

09:30頃、中心部の第三回廊へ登る。

石段に手摺付きの階段が設置されているが急でかなり危なく慎重に登る。

第三回廊の柱には彫刻が施されている。

第三回廊からは周辺の景色が一望できる。

11:00頃、アンコール・ワットを離れ自転車で宿へ戻る。

カンボジア・タイ国境ポイペト行きバスチケット購入

13:00頃、シェムリアップの中心街を南北に通るシバサ通りにやって来た。ここにはケンタッキーフライドチキンがあるが、ケンタッキーに用はない。用があるのはケンタッキーの数軒北隣にあるバス会社のNATTAKAN CAMBODIAだ。

このバス会社はカンボジア・シェムリアップ-タイ・バンコクの直行バスを運行している。通常はシェムリアップ-バンコクのバスは国境で乗り換える必要があるのだが、NATTAKAN CAMBODIAの直行バスは乗り換えなしでバンコクへ行ける。

しかし、運賃が28ドルで他のバス会社より高い。とりあえず、チケットを販売している店舗を覗いてみるが、店内には台湾の國泰世華銀行のATMがある。バンコクから到着した客が、ここですぐにドルを引き出せるということだ。カンボジアではATM手数料がかかるけど・・・。でも、便利だ!

そして、肝心の運行状況だが、時刻表にはシェムリアップ08:00発、バンコク15:30着と09:00発、16:30着の1日2本が運行されているようだ。運行状況は分かったが今回は直通バスは使わないので、NATTAKAN CAMBODIAとケンタッキーの間にある旅行代理店のBUBBLE ASIA TRAVELへ向かう。

BUBBLE ASIA TRAVELで明後日のタイ国境の町ポイペト行きのバスチケットを購入する。知っている英単語を並べただけで何とかお姉ちゃん分かってくれた。バスはHANG TEP TRABELで運賃は5ドルだ。

無料ピックアップがあるようで窓口のお姉ちゃんに泊まっているゲストハウスを聞かれ答えたがお姉ちゃん分からず。当日の07:30に店集合、08:00出発ということになる。もっとも、明日は別の宿へ移動するので店集合のほうが都合が良かった。

これで、カンボジア・タイ陸路国境越え、シェムリアップ→ポイペト→アランヤプラテート→バンコクへのバスと鉄道の移動準備が整った。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール・ワット
N 13°24’43.05″
E103°52’00.77″
NATTAKAN CAMBODIA
N 13°21’32.47″
E103°51’16.04″
BUBBLE TRAVEL
N 13°21’31.52″
E103°51’16.20″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
レンタル自転車 8000リエル
合計 10000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2ドル
合計 2ドル

シェムリアップ街歩き

クロマーヤマトゲストハウス

09:20頃、国道6号沿いのクロマーヤマトゲストハウスで1泊3ドルのドミトリーを確保する。The city premium guesthouseに戻り、荷物をまとめてチェックアウトしてクロマーヤマトゲストハウスへ引っ越す。

シェムリアップにある三大日本人宿(タケオゲストハウス、イキイキゲストハウス、クロマーヤマトゲストハウス)の一つには宿泊しておかないと、せっかくシェムリアップまで来た意味が無い。部屋は6人ドミトリーでマットが6個敷いてあり、いかにも上級者向けの宿という雰囲気が漂っている。

シハモニ国王の別荘・ロイヤルレジデンス

10:30頃、シェムリアップ川と国道6号が交差する付近にあるシハモニ国王の別荘・ロイヤルレジデンスへ行ってみる。

昨日までは国王が滞在していたので警察と憲兵隊が警備しており周辺には立ち入り規制がかかっていたが、今日は別荘の前に警官が2人いるだけになっており、別荘前の公園・ロイヤルガーデンズも自由に入れるようになっていた。

別荘の前にあるロイヤルガーデンズは地元民や観光客が多い。ロイヤルガーデンズには寺院もあり地元民が参拝している。

そして、別荘とロイヤルガーデンズの間を通る国道6号には道路の中央部分に大木と小さな寺院があり、国道が避けて通っている。

アンコールマーケット

11:00頃、アンコールマーケットでバゲット(0.8ドル)と飲み物を購入する。合計金額2ドルになり、10000リエルで支払い、お釣りは1800リエルだ。1ドル=4100リエルで計算されている。

ラッキーモールは1ドル=4200リエルなのでリエル払いならアンコールマーケットの方がレートは良い。

ロイヤルガーデンズで早目の昼食で購入したバゲットを食べる。アンコールマーケットでは数種類のバゲットを売っていたが、このバゲットは柔らかめで美味い。プノンペンで食べた安いバゲットは固めでパサパサしていたが、値段が違うと素材や製法が違うようだ。夕飯には食パン(0.6ドル)やビールを購入して手持ちのリエルを全て処分する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

The city premium guesthouse
N 13°21’56.78″
E103°51’13.26″
クロマーヤマトゲストハウス
N 13°21’52.12″
E103°51’13.22″
ロイヤルレジデンス
N 13°21’43.10″
E103°51’34.46″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 12600リエル
合計 12600リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 1ドル
宿泊費 3ドル
合計 4ドル

東南アジア旅行記2015-ベトナム・古都フエの世界遺産

統一鉄道・夜行列車でフエ到着&世界遺産 阮朝王宮

統一鉄道でフエへ

05:30頃に目が覚める。外は田園風景が広がっており列車は田舎を走っている。列車は70kmぐらい出ており結構速い。

しかし、車内の揺れが激しい。これは車両が古いからか?それとも、線路の状態が悪いのだろうか?

ベトナム列車のトイレ

夜が明けているので他の乗客が起き始める前にトイレへ行ってウンコをするのだが、ベトナムの鉄道のトイレは、やっぱり紙はなしだ。紙の持参は必須だ。

そして、ウンコをしたら水を流さなければならないのだが、水を流すレバーがない。代わりに備え付けのホースで水を流すのだ。これだと大きく的を外してもちゃんと流せるので安心だ。

ベトナムの某隣国の鉄道のトイレみたいに水が流れない、何故か大きく的を外してウンコだらけということがないのだ。

ベトナムのミネラルウォーター

これは昨日ハノイ駅を発車する前に乗務員が配っていたミネラルウォーター。キャップの部分にフィルムがあり蓋が未開封というように分かるようになっている。

これはベトナムの某隣国のように水道水を入れただけの偽物があるということなのだろうか?まあ、こういった細かい対策をしているのは良いことだ。

古都フエ到着

08:48に定刻通りフエ駅に列車が到着する。駅の出口では駅員が切符の確認と回収をしていたのだが、自分は切符を記念品としてもらった。おそらく切符は領収書としても使えるだろう。

下車した欧米人たちは街の方へ歩いて行く。自分も街の方へ歩いて行くが日本語のうまいタクシーの運ちゃんに声をかけられる。日本人宿のサニーホテルを勧められるが、サニーホテルはWEBで問い合わせたが返事がなく、他の宿を予約済みなので断って駅前の通りを歩いて市街地へ行く。

パクリ?Google Thanh Xuan Hotel

40分ほどフォーン川沿いに歩き2つ目の橋のチャンティエン橋の交差点で右(南)へ歩き、09:30頃、5つ星のImperial Hotelの南隣にあるGoogle Thanh Xuan Hotelに到着する。
何やら突っ込みどころのある名称なのだが、ベトナムでは問題ないらしい。

レセプションの姉ちゃんは英語ペラペラなのだが、自分は英語がわからないので英語が右耳から入って左耳から出て行く状態だ。

1泊104000ドン(5ドル)で3泊するので合計312000ドンなのだが、ここで問題が発生する。
姉ちゃんがパスポートを担保に預かろうとしているので、パスポートを返してもらう。

で、パスポートを預けないので1000ドン追加になって合計313000ドンになった。
おいおい!ベトナムではパスポートの差し押さえは問題ないのかよ?日本でやったら問題になるぞ!

ここで姉ちゃんに戦いを挑むか考えたが、よくよく考えてみると1000ドンは約6円だ。1000ドンで戦っても時間の無駄と精神的に疲れるだけなので、何もなかったことにしておく。肝心の部屋は8人ドミトリーでトイレ・シャワー付きでさらに珍しくテレビ付きだ。

世界遺産 阮朝王宮

10:30頃、阮朝王宮を訪れる。

入場料は105000ドン(約630円)で少し高めだが、某国のボッタクリ入場料と比べればまだまだ良心的だ。

阮朝王宮はベトナム最後の王朝である阮朝の王宮跡で1993年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

現在ある建物は復元されたもので、元々の建物はベトナム戦争などで失われている。

そのため敷地内の殆どは草地になっているが王宮の復元作業が進められており工事箇所も多い。

世界遺産ということだけあって欧米人の観光客が多い。

それと日本人の団体にも初めて遭遇した。

そして、この広大な敷地でやかましい声が聞こえてきた。そう、ベトナムの隣国からやかましい集団が来ていたのだ。あれだけ離れた所にいるのに、声のデカさでどこの国の人間かがすぐ分かる。

しかし、もう少し静かに見学するとかしてくれないか?まあ、無理だな・・・。楽しそうにポーズを撮って記念撮影しているし・・・。このやかましい集団とは逆に進み静かに見物することにする。

東の顕仁門から出て道の向かい側にあるフエ宮廷骨董博物館へ向かう。

昼頃にフエ宮廷骨董博物館を訪れる。

阮朝の宮廷で使用された陶器などが収蔵されている。内部は撮影禁止だったので外だけの撮影というか、入場券は阮朝王宮とのセットになっているのだが入場券の確認は無し。

14:00頃、その辺の食堂で遅めの昼食を食べるが、とりあえずメニュー表に書いてあったのを勘で選んでみたら、野菜炒めが出てきた。値段は45000ドン(約270円)だ。

ベトナムのテレビ

宿に戻りベトナムのテレビ番組がどんなものか見てみるが、NHKの国際放送が映った。

他にも忍者ハットリくんまでやっているし・・・。

あと、中国時代劇の包青天がやっていた。中国と仲が悪くてもドラマは放送している。まあ、日本も韓流ドラマを放送しているし似たようなものかな?

サイゴン行きの切符を購入

夜になりフエ駅に25日のサイゴン行きの切符を買いに行く。夜でも窓口には列ができていたが某国のような割り込みとかはなく無事に購入できた。

エアコン付きハードベッド2段目(Nằm cứng điều hoà tầng 2)で運賃は853000ドン(約5118円)だ。ちなみに切符に名前とパスポート番号を印字するのでパスポート必須である。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

フエ駅
N 16°27’23.38″
E107°34’43.17″
Google Thanh Xuan Hotel
N 16°27’56.58″
E107°35’30.10″
阮朝王宮
N 16°28’02.80″
E107°34’45.74″
フエ宮廷骨董博物館
N 16°28’16.07″
E107°34’55.49″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 110000ドン
宿泊費 313000ドン 1泊104000ドン×3泊+1000ドン
鉄道(フエ→サイゴン) 853000ドン
阮朝王宮 105000ドン
合計 1381000ドン

世界遺産ティエンムー寺&英雄ファン・ボイ・チャウ墓

ファン・ボイ・チャウ像

07:30頃、チャンティエン橋の近くにあるファン・ボイ・チャウ像を訪れる。

ファン・ボイ・チャウはベトナム独立運動の英雄で日露戦争後に日本へ訪れたことのある人物であり、医師の浅羽佐喜太郎との交流は有名である。

朝食はフエ料理ブン・ボー・フエ

フォーン川沿いに散歩をしているとシクロのおっちゃんに旧市街観光を誘われるがボッタクられるのが嫌なので断り川沿いに散歩する。

フエ駅近くの食堂でフエ名物のブン・ボー・フエを食べる。値段は30000ドン(約180円)だ。

米麺料理なのだがでかい豚肉が入っており、さらにサラダ付きだ。生野菜はA型肝炎とかの心配もあるが予防接種をしてあるので大丈夫だろう。肉がでかいので食べ終わったら値段が変わっているのではと心配したが、30000ドンで大丈夫であった。

フォーン川の鉄橋近くで撮り鉄

08:30頃、フエ駅近くのフォーン川の鉄橋で、08:48フエ駅着の列車を撮影するために張り込む。すると、鉄橋を管理しているベトナム国鉄のおっちゃんが来たので、「シンチャオ」と挨拶したら「Train!Train!」と返してきてくれた。

どうやら、撮影OKのようだ。社会主義国だとダメな場合が多いがベトナムは鉄ちゃんに寛容なようだ。

しかし、列車が定刻通りに来ない。どうやら遅れているようだ。約30分経過してベトナム国鉄のおっちゃんが「Train!Train!」と教えてくれ列車が近づいてきた。

そして、線路から少し離れた所でカメラを構えていたら、おっちゃんが線路の間近で撮影させてくれた。ベトナムは撮り鉄に優しい国のようだ。

世界遺産ティエンムー寺

フエ駅近くの鉄橋から40分ほど歩き、10:30頃、世界文化遺産ティエンムー寺(Chùa Thiên Mụ)に到着する。

山門の仏像。

ティエンムー寺は外国人観光客が多い。

主に欧米人が多いのだが、日本人の団体やハングルを話す団体もいた。

これだけ観光客が訪れているのに入場料無料というのはなかなか凄い。

ファン・ボイ・チャウ記念館

11:00頃、ティエンムー寺を離れ来た道を戻りながらフエ駅へ向かう。ボリタクの運ちゃんに声をかけられるが当然断る。ひたすら歩いてフエ駅まで戻り、さらに近くの踏切を渡りファン・ボイ・チャウ通りを南下していき、12:10頃、ファン・ボイ・チャウ記念館に到着する。

記念館にはベトナムの英雄ファン・ボイ・チャウの墓があり、そして、墓の近くには「東遊運動が生んだ日越友好之碑」がある。

ファン・ボイ・チャウ墓

フエのスクーター軍団

昼食を食べてから宿に一旦戻ってから、チャンティエン橋を渡り旧市街へむかう。フエにもスクーター軍団がそこら中で走っており道路を横断する時は中国と同様に注意しないといけない。

それでも、フエのスクーター軍団はハノイよりは数が少ない。

ベトナムで貴重な手数料無料ATM

旧市街にあるEXIMBANKのATMで2000000ドンを引き出す。

レシートを確認したが今回も手数料無料だ。

フエのスーパーマーケット

ATMで現金を引き出したらチャンティエン橋のすぐ近くにあるCo.op martで買い物をする。おそらく旧市街で一番大きなスーパーマーケットだろう。

店内にはリュックとかは持ち込み禁止で入口で預ける方式だ。これは中国のスーパーマーケットと似たような感じだ。まずは、相場をちょっと確認してみる。

500mlのペプシコーラが特売で5700ドン(約34円)、通常でも6000ドン(約36円)だ。

午後の紅茶は350mlのミルクティーで9100ドン(約54円)、330mlの缶ビールが8300ドン(約54円)で結構安い。

ここではビールとバゲットを買い込む。

夜になり21:00頃になり、8人ドミトリーに欧米人の姉ちゃんがやって来た。ドミトリー一人で貸切状態かと思っていたのだが、そうはならなかった。というか、今日はもう誰も来ないと思ってベッドを散らかしていたのだが姉ちゃんが来たので急いで片付ける。それにしても、ドミトリー男女混合だったのかよ!

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
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フエ駅
N 16°27’23.38″
E107°34’43.17″
Google Thanh Xuan Hotel
N 16°27’56.58″
E107°35’30.10″
ティエンムー寺
N 16°27’08.49″
E107°32’42.14″
ファン・ボイ・チャウ記念館
N 16°27’05.28″
E107°34’56.88″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 130500ドン
合計 130500ドン

統一鉄道・夜行列車でフエ→ホーチミン

朝は統一鉄道を撮り鉄

08:30頃、フエ駅近くの鉄橋へ向かい今日も撮影をする。昨日は列車が遅れていたが今日は到着後すぐに貨物列車が通過する。

そして、狙っていた旅客列車は今日も30分ほど遅れて通過する。

撮り鉄を終えて旧市街へ向かうがフォーン川の橋を渡った所で踏切が閉じており列車が来るようだ。

すぐに撮影体制に入るが逆光で条件が悪い。とりあえず貨物列車を撮影する。

フラッグタワー

旧市街の阮朝王宮のお堀に沿って歩きフラッグタワーの近くにやってきた。遠くからでも分かるベトナム国旗だが、近くに来るとその大きさが本当に大きいというのが分かる。

バゲットは貧乏旅行に必須

今日は夜行列車でホーチミンへ移動するので旧市街にあるスーパーマーケットで食料の買い出しをする。
購入したのはフランスパンのバケットだ。1本3800ドン(約22円)で値段が安いので、ベトナム旅行では重要な食料になること間違いなしだ。これは中国での貧乏旅行で活躍する饅頭に相当する貴重な食料だろう。

夜に列車でホーチミンへ移動するのでそれまでDaiVietビールを飲んで出発の準備をする。ちなみにDaiVietビールは日本へ輸出されイトーヨーカドーやセブン-イレブンで販売された実績もあるビールだ。

統一鉄道・夜行列車でフエ→サイゴン

18:00頃、Google Thanh Xuan Hotelをチェックアウトする。スタッフの兄ちゃんが「See you!」とかめっちゃ陽気に送り出してくれた。チェックイン時にパスポートを預かろうとしたのはちょっとよろしくないがそれ以外は料金相応、問題なしで、こちらが英語を話せなくてもスタッフの対応も良かった。

18:35頃、フエ駅に到着する。乗車する列車のSE7は19:55発なので1時間半ほど駅の待合室で待機となる。待合室と言っても切符売場と同じ建物で目の前に切符購入の列がある。
みな整然と並んで切符を購入している。

列に並ばない隣のジャイアニズムの国とは全く違う。待合室も平和で隣のジャイアニズムの国みたいに床に痰吐いたり、ゴミのポイ捨てもない。

19:35頃、改札口が開き乗客が一斉にホームへ移動するが切符の確認は無しで誰でもホームへ入れる状態だ。

10分遅れの19:57に列車が到着するが乗車時は誰も列に並ばずホームは大混乱だ。ちょっと残念な光景だが、ここは強行突破で乗車だ。

乗車時には切符の確認はなく自分の寝台へ向かう。今回も寝台はエアコン付きハードベッドの2段目BnLT2(Nằm cứng điều hoà tầng 2)で運賃は853000ドン(約5118円)になる。
ちなみにホーチミンの駅名は昔の都市名のままで、サイゴン駅になっている。

5分遅れの20:00に列車が発車してサイゴンへ向かう。発車後に乗務員が切符と行き先の確認に来たので切符を見せて車内検札は終了。フエ→サイゴン1038kmの旅が始まったが今日はもう寝ることにする。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Google Thanh Xuan Hotel
N 16°27’56.58″
E107°35’30.10″
フエ駅
N 16°27’23.38″
E107°34’43.17″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 19000ドン
合計 19000ドン

河南省旅行記2014秋3 世界遺産 殷墟

鉄道で洛陽→安陽

洛陽駅

10:05頃、ユースホステルの洛陽易家国際青年旅舍(洛阳易家国际青年旅舍/Luoyang Yijia International Youth hostel)をチェックアウトする。41路のバスで洛陽駅へ向かい、10:55頃、洛陽駅に到着する。

今日は洛陽から安陽へ移動する。駅の入口では珍しく切符と身分証の確認なしで手荷物のX線検査のみであった。洛陽は平和なようだ。それとも駅員のやる気がないのか?

乗車する列車は成都-北京西を結ぶK818次で座席はもちろん硬座だ。途中駅からの乗車なので荷物置き場の問題とかがあるので覚悟して乗車しないといけない。

待合室へ行き10分ほどすると改札が始まったが、いつものお約束の展開で誰もちゃんと並ばず我先にで割り込みが発生する。改札を通り過ぎホームへ向かう。

並べよ!

ちょうどK818次が到着するところで列車から乗客が降りてきた。自分は最後尾の19号車なのだが、乗車口にはもうすでに人がいっぱい・・・。いや、並んでいないおサルさんでいっぱいだ。一列に並んだ方が良いと思うのだが・・・。

発車ベルが鳴り乗務員が乗車を急かしていると、ここでイベントが発生する。おっちゃん1人がでかい肥料袋を乗せたキャリーカートを引いて降りようとしている。既に発車ベルが鳴っているタイミングで下車しようとしているのだから乗務員がブチ切れる。何故事前に下車する準備していないんだ?このおっちゃんの影響なのか11:23発のはずが2分遅れの11:25に発車する。

12:59に鄭州駅に到着して、かなりの乗客が降りていく。鄭州は河南省の省都なので駅の規模も大きい。鄭州で車両の進行方向が変わるため停車時間は長めだ。

13:15に鄭州駅を発車して安陽へ向かう。

文明乗車

車内には空席があるのだが、ここは中国だ。そのまま空席になる訳がなかった。隣の3列シートがおっちゃんとおばちゃんが夫婦で占領して寝ています。しかも靴を脱がずに寝ています。行儀が悪いな。いや、行儀以前の問題かな?

日本では終電間近の山手線で似たような光景を見ることがあるが、昼間に見ることはない。

そして、この夫婦のガキは土足で席の上に上がったりとやりたい放題だ。ここはガキを注意すべき所なのだが、確実に「小日本のくせに生意気だぞ!」「中国人が中国で何しようと勝手だろ!」と言われボコボコにされそうなので、このおサルさんの親子を観察するに留めておく。まあ、ある意味で中国の鉄道は期待を裏切らない。

13:35頃、黄河を越えて小麦畑の中を走っていく。15:20、安陽駅に到着する。

約4時間、311kmの道のりであった。

宿は駅前の賓館

まずは今日の宿を探さなければならないのだが、宿はeLongで駅前の楽巢快捷賓館(乐巢快捷宾馆)を予約してあるので探すとすぐに見つかる。外国人OKの賓館なのかが最大の問題であるが大丈夫であった。

1泊80元の部屋で4泊するのだが宿代はeLongで貯めておいたキャッシュバックで支払い済みだ。料金表を見ると118元とかあるので飛び込みだと高いようだ。

肝心の部屋は料金の割には少し狭いが、初めてPCのある部屋に遭遇した。でも、PCは骨董品のPen4機だよ。まあ全体的に設備は古めの感じだが、その辺の招待所よりははるかにマシだろうな。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
安陽駅
N 36°06’15.27″
E114°20’08.22″
楽巢快捷賓館
N 36°06’14.44″
E114°20’08.64″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.4元
宿泊費 63元 ネット予約
上海福州路外灘老船長青年旅舍
宿泊費 5元 ネット予約
上海南京路青年旅舍
宿泊費 60元 ネット予約
上海藍山外灘国際青年旅舍
宿泊費 70元 ネット予約
上海藍山国際青年旅舍
鉄道 148.5元 安陽→上海
バス 1元 路線バス
合計 363.9元

三国志遺跡 曹操高陵と世界文化遺産 殷墟

三国志遺跡 曹操高陵

朝から痰吐きの音が鳴り響く安陽で三国志遺跡の探索を始める。08:30頃、安陽駅の東にある文化宮のバス停で倫掌(伦掌)行きのバスを待つ。08:45頃、倫掌行きのバスに乗車する。曹操高陵までの運賃は4.5元だ。

南水北調の水路を越えて安豊郷(安丰乡)を通り過ぎると西高穴村の標識が見えてきた。09:30頃、曹操高陵のある西高穴村の入口でバスを下車して水路沿いに北へ歩く。

途中で道が分かれ左の水路沿いの北西方面と右の北への道の2本に分かれている。水路沿いに進んでみるが、この道は間違いであった。途中で地元民のおっちゃんに曹操高陵への道を聞いたら、「あっち!」と右の道の方を指差した。小麦畑の道を進み先ほどの北への道に出る。

北へ進んでいくと、10:00頃、曹操高陵に到着するが、警備の兄ちゃんに「まだ一般開放してないよ!」と言われてしまう。

「いつ一般開放するの?」と訊ねてみたが兄ちゃん笑うだけで答えられず・・・。まあ、答えられなくて当然だな。一応展示ホールはあるけど曹操高陵は発掘だか修復工事の途中だ。

外からは様子が分からなように壁で完全に囲まれている。これでは曹操高陵がどのような状態なのかは不明だ。10:10頃、曹操高陵を離れる。

10:40頃、西高穴村の入口で安陽行きのバスに乗車する。運賃は4.5元だ。11:20頃、バスターミナルの安陽汽車站に到着。
安陽-倫掌のバスはバスターミナルが出発点であった。

殷墟宮殿宗廟遺址

11:30頃、文化宮のバス停から1路のバスに乗車して殷墟博物苑で下車する。バス停から約1km歩いて、12:00頃、世界文化遺産 殷墟に到着する。入場料は90元だ。

殷墟は殷王朝の遺跡で甲骨文字の発見地だ。殷墟は殷墟宮殿宗廟遺址と殷墟王陵遺址に分かれており、現在いるのが殷墟宮殿宗廟遺址だ。

入口には游2路のバスが停車しており、游2路は殷墟-高鉄站(高铁站)を結ぶ路線だ。
高鉄站(高铁站)は高速鉄道の安陽東駅のことであり、遠方から高速鉄道を使い日帰りで殷墟を訪れることが可能になる。ニュース記事によれば游2路は2014年11月17日から運行開始したばかりの新路線のようだ。

殷代車馬坑展庁は殷墟で発掘された戦車が集められ展示されている。

この辺りは生贄の埋葬場所。

ここは婦好墓。

婦好は殷の武丁の后で軍勢を率いて出陣もしている。

14:00頃、殷墟宮殿宗廟遺址を出て無料の観光車で殷墟王陵遺址へ向かう。観光車と言ってもワゴンだけど・・・。

殷墟王陵遺址

14:15頃、殷墟王陵遺址に到着する。殷墟王陵遺址には殷王朝の王墓がある場所だ。

15:00頃、観光車に乗車して、15:15頃、殷墟宮殿宗廟遺址へ戻る。16:00頃、安陽駅で昨日ネットで予約購入した上海行きの切符を受け取る。夕飯は昨日ウォルマートで買った方便麺だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

楽巢快捷賓館
N 36°06’14.44″
E114°20’08.64″
安陽駅
N 36°06’15.27″
E114°20’08.22″
安陽汽車站
N 36°06’05.82″
E114°20’10.95″
西高穴村入口
N 36°13’46.22″
E114°15’43.98″
曹操高陵
N 36°06’15.27″
E114°20’08.22″
殷墟宮殿宗廟遺址
N 36°07’14.09″
E114°19’08.35″
殷墟王陵遺址
N 36°08’23.49″
E114°18’11.97″
本日の出費
項目 金額 備考
バス 9元 安陽(安阳)↔倫掌(伦掌)
バス 2元 路線バス
合計 11元

袁林 北洋軍閥総帥 袁世凱の陵墓

朝から天気が悪く安陽市内は大気汚染の影響も大きいだろうが濃霧で視界が悪い。雨も降りそうで今日は遠出ができないので袁林へ行くことにする。08:30頃、文化宮のバス停から23路のバスに乗車して袁林へ向かう。袁林のバス停で下車して、09:00頃、袁林に到着する。

袁林の入場料は35元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。安陽は河南省なのだが袁林は陝西旅游年票が使える。陝西旅游年票は河南省の他のいくつかの観光地でも使えるので重宝する。

袁林は清朝の北洋軍閥総帥で中華民国初代大総統の袁世凱の陵墓だ。

袁世凱の歴史的評価は低いのだが陵墓はかなり大きい。

陵墓の建築様式は明清皇帝陵墓と西洋建築を合わせたものとなっている。

台湾系スーパーマーケット 丹尼斯(Dennis)

10:00頃、安陽駅の南東にある文峰塔近くの台湾系スーパーの丹尼斯(Dennis)で買い物をする。

丹尼斯(Dennis)は河南省鄭州を本拠地とする台湾系スーパーだがローカル化を進めて河南省だけで店舗展開をして河南省では地元スーパーとして存在感が大きい。洛陽滞在時にも頻繁に利用していたが安陽にも店舗があった。

丹尼斯(Dennis)は品揃えから値段までウォルマートやカルフールに十分対抗できるスーパーだ。いや、値段はウォルマートやカルフールより安い。特に特売品が多くビールとかがかなり安く買える。河南省各地に店舗があるので河南省滞在時にはぜひ抑えておきたいスーパーだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

楽巢快捷賓館
N 36°06’14.44″
E114°20’08.64″
安陽駅
N 36°06’15.27″
E114°20’08.22″
袁林
N 36°07’36.52″
E114°20’53.04″
丹尼斯(Dennis)
N 36°05’57.47″
E114°20’42.71″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
バス 2元 路線バス
合計 11元

封神演義遺跡・羑里城

周易発祥の地・羑里城

07:55頃、安陽汽車站で湯陰行きのバスに乗車する。今日は天気が良く湯陰の岳廟と羑里城へ向かう。でも、天気が良くても、かなり寒く冷蔵庫の中と同じだ。運賃は湯陰までが6元、羑里城までは5元だ。

08:00にバスが発車するが、すぐ近くの文化宮近くで客待ちの停車をする。08:10頃、バスが出発する。08:50頃、羑里城の牌坊で下車して東へ歩く。09:00頃、羑里城に到着する。

羑里城の入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。羑里城は殷の紂王が西伯侯・姫昌(後の周の文王)を監禁されていた場所で中国の歴史で初めて登場する国家監獄である。

そして、姫昌が周易を考え出した場所でもある。監獄の跡でもあるが占いの聖地とも言える。

これは姫昌の像で周囲の壁には太公望を訪れる壁画などがある。

こちらは太公望。

これは黄飛虎の像。

姫昌が太公望を訪れる場面

牧野の戦いの壁画。

こちらは雷震子とか。

伯邑考之墓

そして、羑里城には姫昌の息子である伯邑考の墓がある。

伯邑考は殷の紂王に殺され、その肉は肉羹(肉入りスープ)にされ文王に食べさせられるが吐き出した物が集められ塚となり伯邑考之墓となった。

封神演義だと姫昌が西岐へ戻った際に吐き出した肉がウサギに変わったとなっている。

岳飛を祀る岳廟

10:20頃、羑里城を出て湯陰の県城へ向かう。県城へ向かい歩いていると羑里城の入口近くで1路のバスを見かける。県城から羑里城まで路線バスが走っていた。

11:45頃、岳廟に到着する。岳廟の入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

岳廟は南宋の武将で金との戦いで活躍した英雄である岳飛を祀る廟だ。

12:25頃、岳廟を出てバスターミナルの湯陰汽車站へ向かう。

袁世凱墓 袁林

12:40頃、湯陰汽車站に到着し安陽行きのバスに乗車する。バスはすぐに発車し安陽へ向かう。安陽までの運賃は6元だ。13:50頃、安陽に到着。

バスターミナル近くの公交車站のバス停から23路のバスで袁林へ向かう。昨日は天気が悪くほとんど写真を撮っていなかったので再度訪れてみた。

袁林は中華民国初代大総統の袁世凱の陵墓だ。

韓魏公祠

14:45頃、袁林から23路のバスに乗車して文化宮で7路のバスに乗り換え文化路口で下車する。すぐ近くの交差点から北へ路地を進み、15:25頃、韓魏公祠に到着する。韓魏公祠の入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

韓魏公祠は韓王廟とも呼ばれ北宋の韓琦を祀っている。韓琦は北宋の第4代皇帝・仁宗の治世で宰相を務めた人物だ。韓魏公祠には清朝末期の義和団の乱で西安へ逃れた西太后と光緒帝が北京へ戻る途中に訪れている。

入場料は20元になっていたが工事中でほとんど見るようなものがなかった。3年ぐらいで新しい建物ができて観光地らしくなるだろう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

楽巢快捷賓館
N 36°06’14.44″
E114°20’08.64″
安陽汽車站
N 36°06’05.82″
E114°20’10.95″
羑里城
N 35°57’12.28″
E114°20’58.05″
岳廟
N 35°55’10.60″
E114°20’54.65″
湯陰汽車站
N 35°54’53.67″
E114°20’30.48″
袁林
N 36°07’36.52″
E114°20’53.04″
韓魏公祠
N 36°05’30.94″
E114°21’15.34″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.7元
バス 5元 安陽(安阳)→羑里城
バス 6元 湯陰(汤阴)→安陽(安阳)
バス 3元 路線バス
合計 27.7元

安陽天寧寺塔(文峰塔)

08:40頃、天寧寺塔を訪れる。入場料は15元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

天寧寺塔は文峰塔とも呼ばれ五代十国の後周の広順2年(952)に創建された高さ38.65mの八角形のレンガ造りの仏塔だ。

寺自体は大きくはなく僧侶は見当たらなかったが地元民が参拝に訪れていた。

天寧寺塔には登ることが出来るようになっているが陝西旅游年票だと塔に登ることは出来なかった。

鉄道で安陽→上海

昼頃に楽巢快捷賓館をチェックアウトして安陽駅へ移動する。今日で河南省を離れて上海へ向かうのだが、列車の発車時刻まではまだ時間があり待合室で大人しく痰吐きの音を聞きながら待つことになる。

乗車する列車は16:19発の安陽-上海を結ぶK1101次だ。席はもちろん一番安い硬座だ。

改札が始まるまで3時間半ぐらい時間があるが、それまで一般人に紛れ込んでいるおサルさんたちの行動観察の時間になる。
昼時という事もありカップ麺を食べている光景を目にするのだが、おサルさんは平気でゲップをしている。おサルさんは周囲の事は気にせずゲップをしている。ゲップするなとはいわないが人前で平気でゲップするようでは文明人とはいえない。いや、元々がおサルさんだから文明人ではなかったな。

そして、ゴミ箱近くにいたおサルさんが手鼻を2発連続で噛んだ。もちろん2発とも見事にゴミ箱に命中した。さすが中国の雑技は奥が深い。その辺のおサルさんでも中国雑技団もびっくりするような雑技を会得しているとは・・・。

これでは日本が中国に追いつくことは不可能である。日本人に手鼻をゴミ箱に命中させる高度な技術は真似できない。手鼻は中国独自の高度な技術だ。

14:00頃、改札口に並んで先頭を確保する。中国では割り込みが基本なので改札口の先頭を確保することは重要である。外の天気は雨で冷蔵庫の中と同じ寒さだが待合室も結構寒い。

16:00頃、改札が始まり列車に乗車する。

車両が新しいようで座席が綺麗だし、窓枠にタバコを押しつけて消した後もない。

定刻より2分遅れの16:21に、K1101次が上海へ向け発車する。乗車率は2割ぐらいだが、おそらく鄭州に到着するまで満員になるのだろう。安陽を出て最初の停車駅の湯陰を発車すると公安の身分証確認が始まった。

長距離夜行列車の定番イベントだ。公安が乗客の身分証を端末に読み込ませる中で小日本1匹がパスポートを出す。公安はパスポートの中身を確認せず行き先だけ確認してパスポート返却・・・。どうやら外国人の身分証確認は重要ではないようだ。ただ、周囲の乗客から「コイツ何者?」というような視線を浴びる。

鄭州手前の新郷に到着すると、やはり予想通り満員となった。正確には無座(立ち席)の乗客がデッキ部分に溢れている。客層は中間所得層から肥料袋の荷物を担いだ農民工のおっちゃんまで幅広い。金持ちは寝台の軟臥や硬臥に乗車だ。1両の車両の中でも中国の超格差社会を見ることができる。

18:00を過ぎると夕飯時になるので盒飯の車内販売が始まる。今までの経験上、車内販売の盒飯はぼったくりのぶっかけ飯なのだが、この列車の盒飯は珍しくコンビニ弁当みたいなのであった。値段は10元で味は不明だが量を考えれば値段的には妥当かな?

そして、この旅行記をポメラで打ち込んでいると対面の乗客がわざわざ画面をのぞき込んでくる。おいおい、何で人が打ち込んでいるのをのぞき込んでくるんだよ。中国だとポメラで打ち込んでいるとのぞき込んでくる奴が多くて困る。

日本ではのぞき込まれることは無かったのだが、中国では人のスマホとかの画面を堂々とのぞき込むのが一般的なのか?

鄭州を過ぎると夜行列車の雰囲気が漂ってくる。通路に足を投げ出すおサルさんが非常に多いし、床にはヒマワリの種の皮が散乱している。これは夜行列車に限らず昼間でも見かける光景だな。

まあ、まだ序の口で極限までレベルは達していないな。お茶を飲むのに給湯器までお湯の補給へ行くが通路に足を投げ出しているおサルさんが多いので、さりげなく靴の爪先で蹴りを入れておく。横になって通路に頭を出して寝ているおサルさんには頭に膝蹴りをお見舞いしておく。

23:00頃、寝ていると車内検札で目が覚める。この時間で車内検札は遅くないか?もう少し早めの時間でやるべきのような・・・。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

楽巢快捷賓館
N 36°06’14.44″
E114°20’08.64″
安陽駅
N 36°06’15.27″
E114°20’08.22″
安陽天寧寺塔
N 36°05’53.20″
E114°20’37.56″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.6元
合計 8.6元

河南省旅行記2014秋2 古都・洛陽とシルクロード遺跡

洛陽易家国際青年旅舍へ戻る

09:20頃、ユースホステルの洛陽中原驛国際青年旅舎をチェックアウトするが、この地区を担当している公安の表示が路地に貼られているが顔写真の部分が穴だらけだ。これは住民から恨みを買っているということなのか?

七里河のバス停から9路のバスに乗車して青年宮で下車する。09:45頃、ユースホステルの洛陽易家国際青年旅舍(洛阳易家国际青年旅舍/ Luoyang Yijia International Youth hostel)に戻ってきた。昨日、YHAchinaのWEBサイトで1週間分予約してあり残金を支払う。今回の部屋は前回と同じ6人ドミトリーだがベッドに照明とコンセントが付いている。

世界文化遺産 定鼎門遺址

10:10頃、青年宮のバス停から58路のバスに乗車して、10:30頃、洛陽国際学校で下車する。10:40頃、定鼎門遺址にやってきた。定鼎門遺址は2014年に世界文化遺産に登録されたシルクロード遺跡だ。

定鼎門は隋の大業元年(605)に建設が始まった洛陽城の南門で隋、唐の王朝で都の正門としても機能している。現在は定鼎門遺址博物館となっている。定鼎門遺址の前には唐代のシルクロードを往来した商隊の轍、ラクダや人の足跡が保存されている。

定鼎門の遺跡の上に定鼎門遺址博物館があり入場料は30元で世界遺産の中では比較的入場料が安い。
館内には定鼎門の遺跡がそのまま保存されており、その巨大さから隋や唐の国力が伺い知れる。こういった古代中国の遺跡を見ると中国は凄いと感心する。

それなのに外では現代中国人が痰吐き、割り込み、交通ルール無視など行い中国のイメージを壊している。本来中国は尊敬されるはずなのだが現代中国人のあまりのサルぶりに中国が尊敬されていないことに現代中国人は気づいていないのだろうか?

定鼎門遺址博物館には観光客がほとんどおらず静かに見学ができ貸し切り状態に近く世界遺産としては穴場ともいえる。

北宋の宰相 呂蒙正故里

12:50頃、定鼎門遺址博物館を離れ、53路のバスに乗車して、13:30頃、西関で86路のバスに乗り換える。昨日、二里頭遺跡へ行った際に、偃師の7路のバスへの乗り継ぎに失敗しているので洛陽から二里頭遺跡への路線バス経路確立のために終点の相公庄東まで行き偃師の7路の乗り場を確認する。

で、86路のバスに乗車したが滅茶苦茶混んでおり、始発の西関で乗車しなければ座ることができない。運行本数が少ないので埼京線並みの混雑になるのだろう。14:10頃、終点の相公庄東に到着するが、偃師の7路のバスには接続しておらず、代わり偃師の11路のバスが通っていた。

そして、ここで思わぬ収穫があった。相公庄東の近くに呂蒙正故里の石碑を発見する。

呂蒙正は北宋の第2代皇帝の太宗 趙匡義の治世において科挙で状元となり、後に宰相となった人物である。

洛陽→二里頭遺跡ルート打通作戦

14:30頃、呂蒙正故里から農道を東へ歩いてみる。途中で北へ向かい、GPSを頼りに、昨日、偶然見つけた漢魏洛陽故城の南の城壁跡へ向かう。

偃師の7路のバスが通る道に出たら南へ向かう。偃師の7路のバスが目の前を通り過ぎて行くので道は間違っていない。そのまま南へ歩くと90路のバスが停車している。15:10頃、90路のバスの終点である東大郊に到着する。

バスの終点にあった功徳碑を見ると「漢魏」の文字がありこの辺りが漢魏洛陽故城に関係しているのが伺える。実際この北に昨日偶然見つけた漢魏洛陽故城の南側城壁跡がある。

そして、バスの終点の前を偃師の7路のバスが通り過ぎていくおり、90路のバスが二里頭遺跡へ行く偃師の7路のバスと接続していた。今日の目的は達成できたが、この経路は黄庄の通りが工事中のために臨時でバスの経路が変更されているものなので道路工事が終われば元の経路に戻ると思われる。15:30頃、90路のバスで洛陽市内へ向かう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽中原驛国際青年旅舍
N 34°39’47.46″
E112°24’42.57″
洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
定鼎門遺址博物館
N 34°37’58.20″
E112°27’38.24″
呂蒙正故里
N 34°40’35.09″
E112°37’38.44″
相公庄東(86路バス終点)
N 34°40’30.16″
E112°37’40.42″
東大郊(90路バス終点)
N 34°41’17.59″
E112°37’53.67″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 220.5元 1泊35元×7
(ネット予約の残金)
バス 5.5元 路線バス
定鼎門遺址博物館 30元
日用品 2.6元
合計 276.6元

三国志遺跡・新安漢函谷関遺址

洛陽→新安

07:00頃、ユースホステルを出て41路のバスで洛陽駅へ向かう。07:40頃、洛陽駅の西隣にある錦遠汽車站で新安県行きのバスのチケットを購入する。

購入は自動券売機で支払いは銀行のキャッシュカードでするというか、現金非対応で銀聯マークのあるカードしか使えない。カードのみというのは、中国では珍しく最先端といえるかもしれない。

世界文化遺産 新安漢函谷関遺址

新安県までの運賃は8元で08:02発車だ。三門峽行きのバスに乗車して新安県まで行く。乗車率3割ぐらいで、08:04にバスが発車し新安県を目指す。もちろん、途中で客を拾いながらだ。

途中で洛陽-新安の路線バスが走っているのを見つける。洛陽汽車站から出ているバスだろう。一般的には新安までは洛陽-新安の路線バスを利用するようだ。08:30頃、どこかの交差点で客待ちの停車をして新安行きの客が乗車してくる。

09:00頃、満員になりというか定員オーバーでバスが爆走し始めて対向車線もお構いなしで新安へ向かう。日本なら白バイに追いかけられるレベルの運転だが中国では問題ないようだ。

09:30頃、新安漢函谷関遺址近くの国道と線路の交差地点でバスを降りて陸橋脇の下り坂を降りて函谷関へ向かう。09:40頃、新安漢函谷関遺址に到着するが、周辺の住民は移転させられ函谷関はきれいに整備されていた。

そして、柵で囲まれ中に入れないように封鎖されていた。中には警備員が常駐しており柵を越えたりして勝手に入れないようになっていた。

内部には案内標識があるので一般公開に向けた準備はしているようだ。でも、確実に有料だろうな。

世界遺産の脇で撮り鉄

函谷関周辺を歩いてみるが、すぐ近くの線路脇に道があり地元民も殆ど通らないので撮り鉄をしていく。

11:30頃、函谷関を離れて陸橋脇で洛陽行きのバスに乗車する。運賃は7元だ。

洛陽へ戻る途中で国道脇に漢函谷関遺址と表示されたゲートがあった。もしや、ここが入口なのか?確認する必要があるな。明日もう一度訪れて確認しよう。12:45頃、洛陽汽車站に到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
新安漢函谷関遺址
N 34°43’13.73″
E112°09’57.44″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.9元
バス 8元 洛陽→新安
バス 7元 新安漢函谷関遺址→洛陽
バス 2元 路線バス
合計 35.9元

洛陽→千唐誌齋(千唐志斋)

06:50頃、41路のバスで洛陽駅へ向かう。07:25頃、洛陽駅に到着しバスターミナルの洛陽汽車站で千唐誌齋(千唐志斋)行きのバスのチケットを自動券売機で購入する。支払いは銀聯カードで運賃は10元だ。


07:45頃、バスに乗車し、07:49に発車するが乗車率が5割ぐらいなので途中で客を乗せながら走るのだろう。今日訪れる千唐誌齋(千唐志斋)は、昨日訪れた新安漢函谷関のある新安県鉄門鎮にある主に唐代の墓誌を約2000枚も集めた博物館だ。

中国最大の墓誌博物館 千唐誌齋(千唐志斋)

09:30頃、千唐誌齋(千唐志斋)に到着する。バスを降りると目の前が千唐誌齋(千唐志斋)で新安の2路のバスも停車していた。千唐誌齋(千唐志斋)の入場料は無料でパスポートを提示して入場券を受け取る。

一応一日の入場者数に制限があり平日500人、休日1000人となっているが見学者は殆どいない。

千唐誌齋(千唐志斋)は中華民国から中華人民共和国にかけての将軍で鉄門鎮出身の張鈁が収集した唐を中心とした西晋、北魏、隋、宋の墓誌の収蔵地を指す。

中華民国の頃、洛陽周辺では墓地の盗掘被害が深刻であり、張鈁は墓誌を収集し自身の園林「蟄廬」の一部分に保管した。収集した墓誌は約2000枚になり、その歴史的価値は非常に高い。これが現在の千唐誌齋である。

墓誌の陳列室は撮影禁止なのだが、唐の武宗の治世で宰相を務めた李徳裕則天武后の治世で宰相を務めた狄仁傑の墓誌があったりして非常に興味深い。かなりマニアックな展示物ではあるが個人的には一見の価値ありである。

そして、千唐誌齋で興味深かったのは「蟄廬」と書かれた額だ。康有為の署名があるではないか!

康有為は清の光緒帝に仕え戊戌変法を推し進め清朝の政治改革をしようとした人物だ。
どうやら、張鈁と康有為は付き合いがあったようだ。

それと千唐誌齋には北魏石窟がある。

元々は新安県西沃郷にあったものを移設しており、黄河中下流域で北魏時代唯一の石窟である。

交通事故現場に遭遇

10:45頃、千唐誌齋(千唐志斋)を離れて2路のバスで新安の県城へ向かう。運賃は1元だ。11:40頃、新安の県城に到着し、徒歩で漢函谷関へ向かう。

線路を越える陸橋の手前で大型トレーラーと乗用車の接触事故が目の前で起こる。

原因はフォルクスワーゲンが左右を十分確認せずに右折しようとして国道を走っていた大型トレーラーの横っ腹に突っ込んだからだ。簡単にいえば中国でよくある割り込みが原因だ。


大型トレーラーの損傷は見た目はなさそうだが、乗用車のフォルクスワーゲンはフロントが破損している。運ちゃんたちはすぐに公安に通報して事故発生から5分ほどで公安が到着する。事故現場は渋滞が発生しているが事故処理が終わるまでは仕方ないだろう。

新安漢函谷関遺址は閉鎖中

12:15頃、昨日見つけた国道310号沿いの新安漢函谷関遺址の入口に到着するが整備中で閉まっていた。門番のおっちゃんにいつ開放されるか訊ねてみたが、未定ということであった。残念である。

新安漢函谷関遺址が閉まっていたので洛陽行きのバスに乗車して洛陽へ戻ることにする。洛陽-新安のバスに乗車して、12:55頃、谷水で下車する。運賃は5元だ。

13:00頃、谷水西のバス停から101路のトロリーバスで西関まで戻る。13:40頃、西関からは徒歩でユースホステルへ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽汽車站
N 34°41’08.10″
E112°25’56.31″
千唐誌齋(千唐志斋)
N 34°44’20.58″
E112°00’50.94″
新安漢函谷関遺址入口
N 34°43’05.86″
E112°10’21.17″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
バス 10元 洛陽→千唐誌齋(千唐志斋)
バス 5元 新安漢函谷関遺址→谷水
バス 3元 路線バス
合計 33元

漢光武帝陵と三国志遺跡 曹休墓

漢光武帝陵

07:00頃、ユースホステルを出て9路のバスで東花壇へ向かう。07:35頃、東花壇(东花坛)のバス停で85路のバスに乗り換えて、08:10頃、雷河で下車する。東花壇-雷河の運賃は2元。

雷河から漢光武帝陵までは約3km離れている。まずは西へ歩き龍馬負図寺(龙马负图寺)の前を通り過ぎひたすら歩く。

08:50頃、漢光武帝陵に到着する。漢光武帝陵の前を白鶴-洛陽のバスが通過していたのでバスターミナルの洛陽汽車站からも行けるようだ。神道を通り漢光武帝陵の入口にやってきた。漢光武帝陵の入場料は30元だ。

漢光武帝陵は後漢の初代皇帝・劉秀の陵墓だ。

洛陽の主要観光地の一つであるはずなのだが観光客がいなかった。

陵墓の隣には光武帝を祀った光武祠がある。

墓碑は清の乾隆年間のものであるがよく見ると「刘」とか彫られている。どこのサルが落書きしているんだよ!

中国人が漢を中興した劉秀の墓に何で落書きなんかするんだよ!後漢を建国した光武帝は中国人から尊敬されていないのだろうか?皇帝陵墓で中国人の文化財に対するマナーの悪さを見せられるとは・・・。

龍馬負図寺

10:10頃、漢光武帝陵を離れ来た道を戻る。10:50頃、龍馬負図寺(龙马负图寺)に到着する。龍馬負図寺の入場料は30元だ。

龍馬負図寺は河図発祥地であり晋の懐帝の永嘉年間に伏羲の功績を讃えるために創建された。

風水や八卦に関して非常に重要な地であるため敷地内には三皇、孔子、周の文王が祀られている。

漢安帝陵

昼頃、雷河のバス停から85路のバスに乗車するが、途中の邙山に差し掛かると朝通った時には気づかなかったが、周辺に小さな山が多数ある。邙山陵墓群のようだ。古代墓マニアにとってはかなり興味深い地であろう。

12:15頃、三十里鋪で下車する。雷河-三十里鋪の運賃は1元だ。南へ向かい歩いていくと曹休墓のある連霍高速の洛陽服務区が見えてきた。曹休墓はお楽しみにとっておいて先に前方に見える漢安帝陵へ向かう。

12:30頃、漢安帝陵に到着する。一応は文物保護単位の石碑があり漢安帝陵と分かるが石碑がない場合は判別が難しいだろう。

安帝は13歳で後漢の第6代皇帝に即位するが、安帝の治世から後漢は衰退への道を進んでいく。

まずは陵墓を一周して墓碑の有無を確認すると南側に埋もれた墓碑を発見する。墓碑には漢明帝の文字がある。安帝ではないのか?墓碑の損傷が酷く文字が判読できず墓碑が建立された年代は分からず。

曹休墓を探す

陵墓の上からは周辺が見渡せるが大気汚染の影響で遠くは見えない。ただ周辺には大小いくつかの陵墓が見える。周辺には後漢の皇帝陵墓があるようなので、これらの陵墓の中に皇帝陵墓があるのだろう。

それと曹休墓のある洛陽服務区も見える。

13:00頃、漢安帝陵を離れて曹休墓のある洛陽服務区へ向かう。ネットのニュース記事によれば高速道路のサービスエリア内で曹休墓が発見されたそうなので、まずは洛陽服務区に入らなければならないのだが、当然ながら外部からは進入できないようになっている。

しかし、ここは中国だ!必ずどこかに抜け道があるはずだ。まずは洛陽服務区の外側を歩いて抜け道を探すと3ヶ所の抜け道があった。そこで地元民に紛れて洛陽服務区へ入り曹休墓を探してみるが見あたらない。

洛陽服務区の南側に建設中の博物館があるようなのだが、それらしい建物が見当たらない。洛陽服務区の北側も探してみるが、こちらにもない。本当に洛陽服務区に曹休墓があるのだろうか?

三国志遺跡 魏征東大将軍 曹休墓

洛陽服務区を出て外側をもう一度歩いてみると洛陽服務区の東側で最初に見つけた抜け道にプレハブ小屋が見える。何か怪しい。

でも、博物館建設中というから、これも違うような・・・。念のためプレハブ小屋へ行ってみると奥に「考古重地」の看板と建設中の建物が見えるではないか!

プレハブ小屋に人がいそうなので呼んでみると管理人のおっちゃんがいた。曹休墓か聞いてみると、やはりここが曹休墓であった。

14:20頃、三国志遺跡の曹休墓に到着する。

見学できるか聞いてみるが、やはり内部見学は不可であった。でも、外から見るのはOKであった。

魏の大将軍 曹休の墓は2010年に発見されたそうで洛陽ではかなり大きな考古学的発見となり、発見当時は大きなニュースになった。14:50頃、曹休墓を離れ、15:20頃、85路のバスで洛陽市内へ戻る。運賃は1元だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
漢光武帝陵
N 34°50’37.25″
E112°35’21.09″
龍馬負図寺
N 34°49’52.06″
E112°37’00.18″
漢安帝陵
N 34°46’31.15″
E112°34’58.36″
曹休墓
N 34°46’27.34″
E112°35’28.30″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 6元 路線バス
漢光武帝陵 30元
龍馬負図寺 30元
合計 76元

古代墓マニア必見!洛陽古代芸術博物館

07:15頃、ユースホステルを出て41路のバスで洛陽駅へ向かう。洛陽駅近くのバスターミナルの洛陽汽車站から北宋の皇帝陵墓がある鞏義(巩义)行きバスに乗車しようと思ったが天気が悪いので、今日は予定変更で洛陽古代芸術博物館へ行くことにする。

まあ、これは天気が悪いというよりも大気汚染が深刻と言った方がいいかもしれない。遠くだけではなく近くのビルもよく見えない。

08:00頃、洛陽駅で83路のバスに乗車して、08:30頃、洛陽古代芸術博物館で下車する。洛陽古代芸術博物館は河南古代壁画館とかの名称もあり少しややこしい。

洛陽古代芸術博物館は、9時開館ということで、まだ閉まったままであったが、開館前に来る奴が珍しかったようで警備のおっちゃんが「どこから来た?」とか 聞くので日本から来たことを言ったら博物館の職員がまだ出勤していないから待つようにという事であったが、ちょっと待っていたら警備のおっちゃんが開館時 間前でも中に入れてくれた。

開館前にやってきた日本人が珍しかったようだ。洛陽古代芸術博物館は洛陽周辺で出土した古代墓を移設して展示しており無料で見学ができる。日本にはこういった古代墓を集めた博物館は無いだろう。

漢から唐、宋、金までの古代墓が展示されており時代が変わるごとに墓の様式が変わり唐や宋になると墓の作りが複雑になっている。これは一見の価値ありだ。

開館時間を過ぎると土曜日という事もあり見学者が多い。洛陽市民は古代墓マニアなのか?

個人的にはかなり満足度の高い博物館であるが、展示されている古代墓を見ていると落書きが・・・。どうして文化財に落書きするアホが中国には多いんだ?中国は人口が多いからアホが多くても仕方ないが、貴重な文化財が傷付けられるのは残念である。

他にも敷地内奥に河南古代壁画館があり壁画の展示を見学できる。こちらは土足厳禁で靴のカバー代1元が必要であったが、その展示物は素晴らしいの一言である。壁画マニアが確実に満足する内容だろう。ただし、撮影禁止なのが残念であるが、ここは見る価値ありだ。

北魏宣武帝の景陵

そして、洛陽古代芸術博物館の敷地内には北魏の第8代皇帝宣武帝の陵墓である景陵がある。

景陵の墓室は公開されており内部を見学することが出来る。

皇帝陵墓の墓室が公開されているのは珍しいので結構興味深い。

11:10頃、洛陽古代芸術博物館を出て83路のバスで洛陽駅へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
洛陽古代芸術博物館
N 34°43’57.97″
E112°24’31.61″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.8元
バス 4元 路線バス
鉄道 46.5元 洛陽→安陽
河南古代壁画館 1元 靴のカバー代
合計 69.3元

洛陽老城と三国志遺跡 阮籍故居

洛陽老城

今日も天気が悪いというか大気汚染が酷い。雨は止んでおり曇だがビルが霞んでいる。ネットで洛陽のAQIを確認すると200を超えて6段階の上から2番目の重度汚染になっている。

昼頃に近くの洛陽老城を歩いてみる。大気汚染の影響なのか城門が霞んで見える。洛陽老城は古い街並みが残っており洛陽中心部の観光地にもなっている。

三国志遺跡 阮籍故居

老城を歩いていると阮籍故居の表示を見つける。こんな所にも三国志遺跡があるようなので寄って行ってみるが閉まっていた。午後は3時から開くようなので出直すことにする。

15:10頃、阮籍故居を再び訪れる。今度は扉が開いており内部を見学していくが、いきなり酒と書かれた瓶が置かれている。酒飲みの阮籍を意識した演出だ。

阮籍竹林の七賢の一人で魏に仕えた人物で白眼、青眼の語源ともなっている人物だ。

建物などは復元したものだろうが雰囲気的には良い。周辺は再開発の波が押し寄せているようで取り壊しを意味する「折」の文字が書かれた建物が多い。恐らく観光用に明清建築の建物が建つのだろう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
阮籍故居
N 34°40’57.23″
E112°23’29.27″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
合計 9元

洛陽駅で安陽行きの切符を受け取る

今日も大気汚染が酷くビルが霞んでいる。ネットで洛陽のAQIを確認すると今日も200を超えて6段階の上から2番目の重度汚染になっている。

洛陽駅で明日の安陽行きの切符を受け取りに行く。窓口は空いておりほとんど待ち時間なしで切符を受け取れた。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.9元
バス 2元 路線バス
合計 11.9元

河南省旅行記2014秋1 古都洛陽とシルクロード遺跡

鉄道で西安→洛陽

中国は尋ね人が多い

07:30頃、ユースホステルの西安雁影国際青年旅舍をチェックアウトして大雁塔南広場のバス停へ向かう。ここから30路のバスに乗車して西安駅へ向かうのだが、バス停に尋ね人の貼り紙を見つける。

どうやら子供が行方不明のようだが、中国ではこういった尋ね人の貼り紙が非常に多い。子供の場合は誘拐の可能性が高いのだが、ニュースとかではほとんどならない。

日本なら公開捜査になればマスコミが大騒ぎするのだが、中国では子供が行方不明になってもほとんどニュースにもならない。社会不安を煽るような誘拐事件の報道は政府にとって都合が悪いので規制があるのだろうか?

たまに誘拐事件の報道があっても、それは救出され事件が解決したという社会に安心感を与える報道内容に感じられる。

しかし、日本で同じように2000人以上が救出とかいう報道がされたら、政府と警察の無能さを批判されるだろう。

鉄道で西安→洛陽

30路のバスに乗車して西安駅へ向かうが幸い朝のラッシュ時間にも関わらず座ることができた。中国の路線バスは基本的に07:30ー09:00ぐらいまでは通勤ラッシュでほとんど座れない。

08:05頃、西安駅に到着し、まずは駅の入口で切符とパスポートの確認を受ける。西安駅の駅員はしっかりしているようでパスポートをちゃんと確認している。続いて手荷物検査で、ここではボディチェックまで厳重にしており長い列ができている。西安駅の警備は結構厳しい。

待合室へ行き改札が始まるまで待つことになる。今日は、09:58発のK386次で洛陽まで移動する。

改札口の前に陣取って待機となるが隣の改札口で改札が始まるが、おサルさんが多いようで我先にで並んでいない。改札口には駅員が2人しかいないのだから2列に並ぶとかいう発想はないのだろうか?ちゃんと並べよ!

そして、西安駅はカオス度が高いので、そこら中で痰や唾を吐いているおサルさんがいる。それと、手鼻もいる。西安は唐代には長安と呼ばれ世界の中心都市であったのだが、現在はおサルさんの集まる動物園のサル山と化している。

世界中から尊敬を受けていた中国人が現代ではこの有様とは・・・。伝統と格式を持つはずの中国なのに、古代と現代の中国人の差にがっかりさせられる。玄宗皇帝が泣いていることだろう。

そして、駅の待合室で、この文章を打ち込んでいるのだが隣の中国人がジロジロと端末をのぞき込んでいる。何で人のものをジロジロ見ているんだ?大した物じゃないんだし、待合室でノートPCいじっている金持ち中国人だっているのに・・・。

発車時間が09:58なのだが列車に遅れが発生しており、10:03に改札が始まる。もちろん周辺はおサルさんばかりなので列への割り込みが発生しており大混乱だ。おサルさん同士で順番争って改札口塞ぐから時間のロスが発生しているし、ちゃんと並んだ方が絶対に早く改札口を通れるのに・・・。

古代中国は世界中から尊敬を受けていたのに、目の前に群がっている中国人がこれでは・・・。嘆かわしい限りだ。

09:58発のK386次が29分遅れの10:27に発車する。中国の鉄道は頻繁に遅れるので、この程度の遅れは基本だ。西安から洛陽まで4時間43分の旅になるが車内は何とか平和そうだ。荷物棚にも空きスペースがある。

K386次は四川省成都から遼寧省の瀋陽北駅まで行く長距離列車なので、かなりのカオス度を覚悟していたが平和に移動できそうだ。昼頃になり昼食にカップ麺を食べる乗客が多く見受けられたが、床に調味料の袋とかをポイ捨てしている。これだから一部の中国人には困るのだ。ちゃんとゴミをゴミ箱に捨てろよ!

というか、このサルをゴミ箱に捨てて処分した方がいいのかもしれない。人口過剰の中国でサルを減らした方が人口抑制になるだろうし。掃除する乗務員の事を考えて行動して欲しいものだ。

古都洛陽に到着

15:40、59分遅れで洛陽に到着する。29分遅れで西安を発車して、洛陽には更に遅れが悪化して59分遅れになっていた。

出口を出ると宿の客引きのおばちゃんや地図を売っているおばちゃんが声をかけてくる。いつもなら無視するのだが地図を2元で購入する。

洛陽駅の東が世界遺産 龍門石窟行きの81路、西が高速鉄道の龍門駅行き33路のバス乗り場がある。

16:10頃、33路のバスに乗車して趙村(赵村)で下車する。

洛陽龍門国際青年旅舍

バス停から道路の向かい側に移動して、今日の宿の洛陽龍門国際青年旅舍(洛阳龙门国际青年旅舍/LUOYANG LONGMEN YOUTH HOSTEL)に到着する。今回はeLongで2泊予約(1泊29元)して宿泊費は今まで消費券を使って貯めておいたキャッシュバックを宿泊費に充てる。

部屋は10人ドミトリーで掃除はちゃんとしてあるので片付いている。ベッドにはコンセントとLED照明が付いており、LED照明が部屋の照明より明るい。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西安駅
N 34°16’42.05″
E108°57’30.70″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
洛陽龍門国際青年旅舍
N 34°38’14.34″
E112°27’57.98″
本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 7元 ネット予約:洛陽易家国際青年旅舎
食費 7元 ネット予約:洛陽中原驛国際青年旅舎
食費 7元
バス 1.5元 路線バス
地図 2元
合計 24.5元

龍門石窟と唐の詩人・白居易の墓

世界遺産 龍門石窟

08:05頃、ユースホステル近くの趙村(赵村)のバス停から53路のバスで世界文化遺産の龍門石窟へ向かう。
運賃は1元だ。朝からバスの車内は地元民のおっちゃんが痰を吐いており、とても不快な音が響いている。これから古代中国の尊敬すべき歴史や文化を学ぼうとしているのに朝から現代中国の文化体験をさせられるとは・・・。

08:30頃、龍門石窟に到着する。入場料は観光客の足元を見た120元のボッタクリ料金だ。

まずは西山石窟

龍門石窟は北魏から唐代かけて造営された石窟で世界文化遺産に登録されている。今日は天気が快晴で大気汚染の酷い中国では貴重な撮影日よりである。

まずは龍門石窟の中心部分である西山石窟を見物だ。

朝の時間帯なので観光客は比較的少なく静かで中国の悠久の歴史を感じるのに十分な環境だ。

しかし、時間が経つにつれて状況が一変してくる。
奴らがやってきたのだ。中国人の団体観光客だ!

海外でもマナーの悪さで有名な中国人の団体観光客、奴らが来るととにかくやかましい。静かに見物するとか、古代中国の素晴らしさを学ぶとかいう発想は皆無のようだ。通路いっぱいに広がって後ろの観光客が通れないように通路を塞いだり、記念撮影は騒いでポーズを決めて撮影したり、そして、世界遺産の前で痰を吐く。

もう、則天武后もびっくりの行動です。イナゴの大群のように襲来して去った後は地面には痰や唾が残される。古代中国の素晴らしさと現代中国のマナーの悪さが目の前で見物できた。

東山石窟

続いて東山石窟を見物するが、ほとんどの中国人観光客は西山石窟だけ見物して帰ってしまうようで東山石窟は空いており静かに見物できる。

香山寺

東山石窟の次は香山寺を見物する。

香山寺は仏教寺院でもあり清の乾隆帝の御碑と蒋介石の別荘がある場所だ。

寺なので観光客が参拝しており、そこそこ賑わっている。

白居易墓

最後に白園を訪れる。白園には唐代の詩人・白居易の墓がある。白居易は杜甫と並び中国を代表する詩人だ。

白居易の詩は教科書にも載っているほど日本でも有名だが、白居易墓で中国の悠久の歴史を感じている中で、白居易墓を素通りしていく中国人観光客が多い。一体どうなっているのだ?

白居易は中国を代表する詩人のはずだが、それほど有名ではないのか?中国人は白居易を尊敬していないようだ。13:10頃、53路のバスに乗車してユースホステルのある趙村(赵村)へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽龍門国際青年旅舍
N 34°38’14.34″
E112°27’57.98″
龍門石窟
N 34°33’09.92″
E112°28’12.35″
白居易墓
N 34°33’33.66″
E112°28’32.38″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
バス 2元 路線バス
龍門石窟 120元
合計 137元

洛陽三国志遺跡・関羽の墓 関林

ユースホステルを移動

09:00頃、ユースホステルの洛陽龍門国際青年旅舎をチェックアウトして58路のバスに乗車する。運賃は1.5元で青年宮で下車する。

バス停から100mほど歩き、09:25頃、ユースホステルの洛陽易家国際青年旅舍(洛阳易家国际青年旅舍/ Luoyang Yijia International Youth hostel)に到着する。
部屋は6人ドミトリーで1泊35元(会員料金)だ。

ネットで2泊予約した際の残金63元を支払う。6人ドミトリーは既に4人先客がおり3人寝ていた。ベッドにはコンセントはあるが照明や小物を置く台はない。でも、部屋には6人分の小型ロッカーがあるし、エアコンがついているので快適だろう。

で、荷物をバックパックから出している時に、ある事に気がついた。ベッドに枕がない。いや、正確には隣の奴が枕2つ使って寝ている。そこで、レセプションへ枕をもらいに行ったら、何やら部屋を交換することになってしまった。部屋変更するほど大事ではないのだが?

枕さえもらえれば問題なのだが、まあ、とにかく部屋変更となってしまい、荷物をまとめて新しい部屋へ移動する。次の部屋も6人ドミトリーなのだが誰もいない部屋で貸し切り状態だった。まあ、夕方までには埋まるだろうな。

で、ベッドにはコンセントとか無しだよ。でも、6人分の小型ロッカーと棚があった。ドミトリーの仕様が共通化されていない点から推察するに元々は賓館だったのをユースホステルに改装したのだろうか?

三国志遺跡 関林

10:10頃、青年宮のバス停から58路のバスに乗車する。関林廟までは運賃1.5元だ。洛陽の路線バスの運賃は1元と1.5元があるようなので1元以外にも5角の紙幣や硬貨を多めに持っていた方がよいだろう。

11:00頃、関林廟に到着し関林を見物する。入場料は40元だ。

関林は言わずと知れた三国志遺跡、いや、三国志聖地だ。

三大関帝廟(残りは山西省運城の解州関帝廟、湖北省当陽の関陵)のひとつで関羽の首が葬られている。

関羽が呉の呂蒙に敗れ処刑された後に首が曹操の元へ送られるが、曹操は洛陽に墓を建立した。
それが首塚の関林だ。

関林は歴代の王朝が改修を重ね清の乾隆年間に大規模な改修が行われている。

関林は関羽ファンにとっては一生に一度は巡礼に訪れなければならない聖地であり、多くの巨大関羽像が出迎えてくれる。寝ている関羽像があったりとかなり重要度が高い。

関羽像以外にも建築物も見る価値ありで明代、清代の建物がしっかりと残されており歴史を感じさせる雰囲気が漂っている。
そして、洛陽の有名観光地でもあるが龍門石窟のように観光客で溢れておらず、観光客は少なめで静かだ。

12:55頃、58路のバスに乗車して青年宮で下車、ユースホステルへ戻る。

昼食は青菜拉麺

ユースホステルの裏側が旧市街になっており、そこにあったイスラム食堂で昼食に青菜拉麺(6元/約120円)を食べる。

サントリーのビール

夕方にユースホステルの近くにあるスーパーでビールを買い込む。洛陽まで来ると日系企業の商品が出回っており、サントリーのビールを購入する。

青ラベル(2元/約40円)と金ラベル(2.5元/約50円)の2種類が特売品になっていた。日系企業の商品は普段は高めなのだが特売となるとさすがに安い!

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽龍門国際青年旅舍
N 34°38’14.34″
E112°27’57.98″
洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
関林
N 34°36’33.99″
E112°28’38.56″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 20.2元
宿泊費 63元 1泊35元×2
(ネット予約の残金)
バス 3元
関林 40元
合計 126.2元

洛陽博物館

10:30頃、ユースホステルを出て41路と77路のバスを乗り継いで、11:30頃、洛陽博物館にやってきた。

今日は小雨が降っており天気が悪いので雨を避けて洛陽博物館を見学する。入場料は無料だが、パスポートがないと入場券がもらえないので要注意だ。

呉王夫差銅剣

展示内容は夏から隋、唐までの主に洛陽に都を置いていた王朝に力を入れている。青銅器の展示物には呉王夫差銅剣があったりして、ちょっと感動である。個人的には呉王夫差銅剣が一番価値のある展示品だ。

唐代の展示品には、もちろん唐三彩がある。

東武侯王基断碑

三国志関連だと魏、晋の頃の出土品があり、気になったのが「東武侯王基断碑」で魏の元帝曹奐の景元2年(261)の石碑だ。
王基は魏の武将で諸葛誕の乱で活躍している。

そしてもう一つ、魏の斉王曹芳の正始2年に作られた「正始石経」だ。

洛陽駅前のバスターミナル洛陽汽車站

13:10頃、77路のバスに乗車して洛陽駅へ向かう。13:45頃、洛陽駅近くのバスターミナルである洛陽汽車站を訪れる。

まずはここでバスの情報を確認する。

基本的に近距離の鄭州、登封、開封、安陽などから長距離の西安、漢中、昆明、大連、太原、蘭州、無錫、杭州、重慶、西寧、北京、天津など幅広くバスがある総合バスターミナルだ。

洛陽駅西隣のバスターミナル錦遠汽車站

13:55頃、洛陽駅の西隣にあるバスターミナルの錦遠汽車站を訪れる。

錦遠汽車站は洛陽汽車站に比べれば規模は小さい。時刻表は見当たらずバスの本数は不明だ。運賃表があったが物価上昇の著しい中国では現在もこの運賃もあてにならないので参考程度に見ておいてください。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽博物館
N 34°38’14.34″
E112°27’57.98″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
洛陽汽車站
N 34°41’08.10″
E112°25’56.31″
錦遠汽車站
N 34°41’09.70″
E112°25’41.82″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 4元
合計 14元

三国志遺跡・漢魏洛陽故城

ユースホステルを移動

09:15頃、ユースホステルの洛陽易家国際青年旅舎をチェックアウトして、9路のバスに乗車して七里河で下車する。
バス停から5分ほど歩いてユースホステルの洛陽中原驛国際青年旅舎(洛阳中原驿国际青年旅舍/Luoyang Heartland Youth Hostel)に到着する。

YHAchinaのWEBサイトで2泊予約しており残金を支払う。部屋は6人ドミトリーでトイレ・シャワー付きだ。ネット環境は光回線を入れているそうでネットの速度が速い。

世界遺産 漢魏洛陽故城

10:50頃、ユースホステルを出て9路のバスで東花壇(东花坛)で87路のバスに乗り換えて白馬寺へ向かう。

しかし、バスはかなり混雑している。そう、今日は日曜日で天気が晴れなので有名観光地の白馬寺は確実に混雑していそうなので、白馬寺は素通りして近くにある三国志遺跡の漢魏故城へ向かう。12:15頃、翟泉工業区(翟泉工业区)のバス停で下車して、5分ほど歩くと漢魏洛陽城国家遺址公園に到着する。

国道沿いに標識と入口があるので迷うことはない。

漢魏洛陽城国家遺址公園は2014年に世界文化遺産に登録された漢魏洛陽故城を国家遺址公園として整備している。

世界遺産に登録された経緯からして一般的にはシルクロードの遺跡となっているが、ここは後漢と魏の都が置かれていた場所で三国志遺跡でもある。

2007年に訪れた時は畑ばかりで国道沿いに石碑が申し訳程度にあっただけであったが、漢魏洛陽城国家遺址公園として整備され、現在は遺跡の保護区域は柵で囲まれ立ち入ることができなくなっていた。

白馬寺に近い西の区画の一カ所だけ開放されていたが案内図には入場券売場とかの表示があり整備が完了次第有料化されそうだ。

どうも、西安の大明宮国家遺址公園と同じような運営方式になりそうな感じだ。世界遺産に登録されているので最低でも入場料は50元くらいは取るだろう。有料化されると貧乏バックパッカーにはかなりの打撃になるだろう。

貨物列車を撮り鉄

漢魏洛陽城国家遺址公園のすぐ近くには線路があり線路脇や陸橋から撮影が可能だが、PM2.5の影響で天気が晴れでも遠くが霞んでいる。陸橋から翟泉工業区のバス停へ戻る途中に87路のバスが北から走ってくるのが見えた。

87路のバスは漢魏洛陽城国家遺址公園を南北に縦断しており、つまり87路のバスで終点まで乗車していれば三国志遺跡を南北に縦断する事ができるという事だ。14:40頃、翟泉工業区(翟泉工业区)のバス停に戻り、87路と9路のバスを乗り継いで、15:50頃、ユースホステルへ戻る。

夕飯は蛋炒飯と水餃子

夕飯はユースホステル近くのイスラム食堂で蛋炒飯(6元/約120円)と水餃子(10元/約200円)を食べる。今回の旅で初めて食べる水餃子だ。それと炒飯と餃子を同時に注文するので持ち帰りなのか老板に確認されてしまった。

中国では炒飯も餃子も主食なので一緒に注文するような中国人はまずいない。もし、中国で炒飯と餃子を同時に注文している客がいたら日本人の可能性が非常に高い。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽中原驛国際青年旅舍
N 34°39’47.46″
E112°24’42.57″
漢魏洛陽故城 石碑1
N 34°43’19.49″
E112°36’37.76″
漢魏洛陽故城 石碑2
N 34°43’32.73″
E112°36’42.74″
漢魏洛陽故城 石碑3
N 34°43’16.56″
E112°36’43.06″
漢魏洛陽故城 石碑4
N 34°43’16.59″
E112°36’42.42″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 4元 路線バス
合計 14元

漢魏洛陽故城と夏王朝の二里頭遺跡

路線バスで洛陽→偃師

07:10頃、ユースホステルの洛陽中原驛国際青年旅舎を出て七里河のバス停から9路のバスに乗車して西関(西关)で下車し、08:00頃、西関のロータリーの東にあるバス停から86路のバスに乗車する。

今日は伝説の夏王朝の都とも考えられている二里頭遺跡を訪れる。当初はユースホステルでレンタルサイクルを借りて行く予定であったが、情報収集しているうちにバスでも行けることがわかった。

08:45頃、黄庄西で下車するはずが先のバス停の相公庄で下車する。バスがなぜか黄庄西を通らなかったのだが、道を西に歩いて村の中を通ると道路工事をしておりバスの経路が変更になっていた。

道路工事で偃師市の7路のバスも走っておらず、徒歩で二里頭を目指すが直線距離で約8kmある。(翌日、90路のバスの終点で偃師市の7路のバスに接続可能と判明)GPSを頼りに、まずは北へ向かい洛河の手前で東へ向かう。周辺は完全に農村地帯で霧に包まれた畑が広がっている。

漢魏洛陽故城の南側城壁跡

10:00頃、偃師市佃庄鎮朱圪当村に差し掛かると偶然にも漢魏洛陽故城の文物保護単位の石碑を発見する。石碑の後ろの方に小山があるのであれが南側の城壁跡のようだ。

思わぬ所で三国志遺跡の収穫があったが順調に二里頭遺跡へ行っていたら辿りつけなかった場所だ。

漢魏洛陽故城の石碑から東へ歩き朱圪当村へ入って行くと朱圪当村民委員会の前を通過する。これが目印になるだろう。

そして、洛陽博物館にあった漢魏洛陽故城の地図を確認すると洛河の南にも城壁の跡があるので、大体の現在位置が分かってきた。

村の掲示板には漢魏故城霊台遺址(汉魏故城灵台遗址)の完成図や住民への公告があったりする。どうやら村おこしの開発計画が進行中のようだ。

朱圪当村を抜けて広めの道路に出て東へ向かうと後ろからバスがやって来た。何と偃師の7路のバスだ。10:15頃、7路のバスに乗車して二里頭村へ向かう。二里頭村までの運賃は2.5元だ。

10:30頃、二里頭村に到着する。道路には二里頭遺跡の標識があり、バスの運ちゃんが気を利かせて二里頭遺跡の標識の前で降ろしてくれた。

夏王朝の二里頭遺跡

まずは二里頭遺跡の広場にやって来たが広場は特に遺跡があるわけでもなく普通の広場であった。

しかし、洛陽博物館にあった二里頭遺跡の地図を確認すると広場周辺は祭祀遺存区となっており、この辺りも遺跡のようだ。

この周辺に伝説の夏王朝の遺跡が眠っているということになる。でも、夏王朝の存在は確定していないようだが、洛陽博物館の展示内容を見る限り中国では夏王朝は存在することになっているようだ。

広場近くには小さな山があり山の上から二里頭遺跡を見渡せるのだが小麦畑しか広がっていない。現在は埋め戻されており遺跡は小麦畑の下で眠っている。

二里頭遺跡の祭祀遺存区から南へ歩いて行くと宮城と呼ばれる区域になる。この辺りも小麦畑なのだが普通の小麦畑とは違い監視カメラのある小麦畑だ。

中国政府は盗掘を警戒しているようだ。中国では遺跡の盗掘が深刻なようなので当然の処置であろう。

自分としては昔日本でもあった自作自演の神の手を防止するのに役立つとも考えられる。この宮城以外の場所には監視カメラがなかったので、その他の場所は重要度は高くないようだ。

発掘作業はやっていないように思われたが宮城の一角で掘り起こし作業が行われていた。

まだ発掘作業のための準備段階のようだが掘り起こしや測量が行われていた。また大規模な発掘調査が行われるのだろうか?

漢魏洛陽故城の東側城壁跡

12:50頃、二里頭から漢魏洛陽故城の東の城壁跡を目指す。洛河大橋を渡り、13:20頃、漢魏洛陽故城に到着。東の城壁跡が漢魏洛陽故城の中で一番城壁の保存状態が良い。と言っても、土が盛ってあるだけの土塁の跡である。

13:50頃、城壁跡の北にある国道へ出て洛陽行きのバスに乗車し洛陽へ戻る。運賃は5元だ。

14:30頃、洛陽駅近くのバスターミナルの洛陽二運客運総站に到着する。洛陽駅から33路のバスで解放路中洲中路のバス停で下車してカルフールに寄っていく。

洛陽にもカルフールがあるのだが、2007年に洛陽を訪れた時には既にあった。ユースホステルに戻り更に4泊しようと思いレセプションへ行くが、予約時は1泊35元だったが延泊だと1泊40元ということなので延泊するのをやめて、洛陽易家国際青年旅舍を予約しておく。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽中原驛国際青年旅舍
N 34°39’47.46″
E112°24’42.57″
漢魏洛陽故城 石碑5(東側城壁跡)
N 34°43’01.44″
E112°38’22.09″
漢魏洛陽故城 石碑6(南側城壁跡)
N 34°41’51.26″
E112°37’39.46″
二里頭遺跡 祭祀遺存区
N 34°41’51.64″
E112°41’24.51″
二里頭遺跡 宮城
N 34°41’37.15″
E112°41’18.77″
洛陽二運客運総站
N 34°41’08.06″
E112°26’03.24″
カルフール
N 34°40’22.30″
E112°25’43.28″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 20.9元
宿泊費 24.5元 ネット予約:洛陽易家国際青年旅舎
バス 4.5元 路線バス
バス 5元 漢魏洛陽故城→洛陽
合計 54.9元