陝西省旅行記2014秋3 シルクロード世界遺産

西安の阿倍仲麻呂記念碑

09:00頃、興慶宮公園を訪れる。興慶宮公園には阿倍仲麻呂記念碑があるのだが、今日は土曜日であった。中国では観光地や大きな公園は休日には地元民が押し寄せてくるのだが、興慶宮公園も例外でなく人多すぎだ。

阿倍仲麻呂記念碑周辺は地元民に占領され写真撮影しても人が映っており駄目だ。おまけに痰や唾吐いているおサルさんが多く朝から不快指数急上昇だ。中国に来てから毎日痰吐き、唾吐きなどのおサルさんに遭遇しており、日本ではあり得ない事態だ。

まあ、中国全土が人間サファリパークとして考えて、おサルさんたちを飼育動物として見物するしかないな。

秦二世皇帝陵

10:30頃、東門のバス停から22路のバスに乗車して曲江池管委会のバス停で下車して、11:30頃、秦二世皇帝陵を訪れる。ここは、秦の始皇帝の息子の二世皇帝胡亥の墓だ。

2007年に訪れたときはボロボロの博物館だったのだが、何と立派な曲江秦二世陵遺址公園として整備されているではないか!カッコイイ秦兵の像まであるし・・・。

しかも、何もなかった周辺にはマンションが建設されており、凄い変わり様だ。

公園内には立派な博物館があり、秦滅亡に関する展示や周辺の古代墓で発掘された出土品が展示されている。博物館は入場料20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。12:30頃、曲江池管委会のバス停から224路のバスで小南門へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

阿倍仲麻呂記念碑
N 34°15’11.33″
E108°58’50.58″
秦二世皇帝陵
N 34°11’37.74″
E108°58’48.85″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
バス 2元 路線バス
合計 13元

全真教の聖地・重陽宮

バスで西安→祖庵・重陽宮へ

07:20頃、宿を出てバスターミナルの西安市汽車站へ向かう。城壁を見ながら歩いて、07:30頃、西安市汽車站に到着する。西安にはバスターミナルがいくつかあるが西安市汽車站は西安城壁の西南角の西側にある小さなバスターミナルだ。路線数は少なく近郊へ向かうバスがほとんどなので利用客は少なく空いている。

ちょっと気になったのが洛寧(洛宁)行きのバスがあることだ。洛寧は核ミサイル基地がある所だ。

この小さなバスターミナルへ来た理由は重陽宮へ行くためだ。重陽宮と言えば金庸の武侠小説の射雕英雄伝神雕剣侠でお馴染みの王重陽が開祖の道教の一派である全真教の発祥地だ。

ある意味で金庸の武侠小説の聖地へ今日は向かう。バスターミナルで重陽宮のある祖庵行きのチケットを購入する。運賃は13.2元だ。

バスに乗車するとすぐに出発となり、07:40頃、バスが出発する。乗客は自分を含め4人だけだ。農村へのバスなので途中で客が乗車するのだろう。予想通り、どこかの通りで客待ちの停車をしたりして走っていく。

全真教の聖地・重陽宮

約1時間45分かけて、09:25頃、祖庵鎮に到着し、そのまま歩くと重陽宮に到着だ。一応道沿いに小さな標識があるので迷わないだろう。

重陽宮は800年以上の歴史がある道教寺院で、元は全真教の開祖・王重陽が修行をしていた庵があった場所で、後に「天下祖庭」と呼ばれ全真教発祥の地とされる。

入場料は25元で結構高い。中華圏では金庸の武侠小説は人気があるので、ファンの足元を見た料金設定と言っても良いだろう。

重陽宮には王重陽や弟子の全真七子たちの像がある。

清代の建物とかもあるようだが、観光開発中のために建物はどれも新しくなっている。どうやら重陽宮で村おこしをして中華圏から観光客誘致のようだ。

三義廟

11:30頃、標識に三義廟の文字を見つけ探してみると確かに三義廟があった。三義廟とは三国志の劉備、関羽、張飛を祭った廟だが、なぜここにあるのかは不明だ。

ただし、石碑を見る限り明の嘉靖年間にはあったようなので、それなりには歴史はあるようだ。そして、三義廟は劉備、関羽、張飛の義兄弟が主役と言ってよいのだが、入口ではいきなり諸葛亮がお出迎えで、どっちが主役なんだよといった感じだ。

特に三国志とは関係なさそうな場所の三義廟なのちょっとだけ見て成道宮へ向かう。

成道宮

12:15頃、重陽宮の北東約1.5kmの場所にある成道宮に到着する。

古く痛んでいる道教寺院だが、観光用の新しい重陽宮と比べると成道宮の方が、如何にも古くからあるという雰囲気が出ている。

活死人墓

成道宮の一番の見所は活死人墓であり、全真教の開祖・王重陽が修行をしていたのが活死人墓がある。

金庸の武侠小説・神雕剣侠に古墓派の本拠地として活死人墓が登場する。活死人墓の石碑は新しいが、それ以外は古さが出ている。


12:45頃、成道宮から祖庵へ戻り、13:30頃、バスで西安へ向かう。
15:15頃、西門で下車する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西安市汽車站
N 34°15’10.78″
E108°54’56.24″
重陽宮
N 34°06’32.99″
E108°29’22.79″
三義廟
N 34°06’17.17″
E108°29’02.32″
活死人墓
N 34°07’20.76″
E108°29’37.47″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.4元
バス 13.2元 西安→祖庵
バス 13元 祖庵→西安
重陽宮 25元
合計 66.6元

行くと後悔する法門寺

バスで西安→法門寺へ

07:15頃、宿を出て小南門のバス停から6路のバスで西安駅へ向かう。07:40頃、西安駅に到着し、兵馬俑や乾陵行きなどのバスが出ている駅東のバス乗り場から游2路のバスに乗車する。今日は陝西省を代表する仏教寺院の法門寺へ行くのだが、毎朝1便、西安駅東側のバス乗り場から法門寺行きの游2路のバスが発車している。

ロンリー・プラネット陝西の記事だと08:30に出発とあるが、08:25頃、運賃徴収が始まり運賃は往復で70元、片道は50元だが、片道運賃がなんかボッタクリだ。片道で行って法門寺を自由に見物してから帰りのバスを探すつもりの客が文句を言っているが運ちゃん曰く「法門寺には他の車はない」と言って強気だ。

ブチ切れた一部の客たちはバスを降りる。帰りの車がないような事を運ちゃんは言っているが西バスターミナルの城西客運站からも法門寺行きのバスが出ているし、扶風(扶风)から法門寺行きのバスもあるので、当然帰りの交通手段もある。

ロンリー・プラネット陝西で調査済みだ。何も知らない客を騙しちゃいけないよな!まあ、弱肉強食の中国なので中国人が中国人を騙しても不思議はないな。

08:45頃、バスが発車し法門寺へ向かうが、09:00頃、ガソリンスタンドで給油する。中国だとよくあることなのだが、客を乗せた状態で給油するということがある。客を乗せる前に給油するという考えがないようだ。

そして、いつの間にかバスにガイドの姉ちゃんがいる。このパターンは、団体ツアーということか?以前、洛陽のバスターミナルから少林寺行きのバスに乗車したらツアーバスだったという事があった。

仏教テーマパーク法門寺

バスが出発するとガイドの姉ちゃんが法門寺の入場券の販売を始める。車内で入場券を買っておけば入場券売場で並ばず済むので購入している乗客が多い。学生や陝西旅游年票を持っている自分は入場券売場で優待入場券を購入するので車内では買わない。

入場券の販売が終わったら法門寺の説明が始まるが、もう、これは法門寺ツアーのバスだ。で、20元でガイド付ツアーに参加できるのだが、今回は試しに参加してみる。約2時間かけて、10:50頃、法門寺に到着する。ガイドの姉ちゃんに連れられて法門寺を見物する。

法門寺は約千八百年の歴史があり、後漢に建立され唐代に最も繁栄している。

中国でも有名な千年古刹だが古さが感じられない。建物が新しすぎるし、仏像の巨大モニュメントがあったりして何やらテーマパークの雰囲気が・・・。

想像していたような千年古刹ではなかった。

法門寺は仏教テーマパークだ!法門寺は巨大モニュメントなどの新しい建造物ばかりで歴史を感じることがほとんどできない。

後悔先に立たず

来なければよかったが後悔しても後の祭りだ。中国には「不看后悔,看了更后悔」という言葉があり、「見なければ後悔し、見て更に後悔する」という意味で、今回はこれに該当する。というか、「后悔死了!」である。

14:20頃、駐車場のバスに戻り、14:45頃、バスが西安へ向けて出発する。17:05頃、西安駅前に到着する。法門寺は金を溝に捨てるつもりで見物しなければならない。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西安駅
N 34°16’42.05″
E108°57’30.70″
法門寺
N 34°26’25.86″
E107°53’57.30″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 21.9元
バス 70元 西安↔法門寺
バス 1元 路線バス
法門寺 84元 優待価格
電動カート 30元
ガイド 20元
合計 226.9元

シルクロード遺跡・世界遺産 興教寺

西安・世界遺産 興教寺

朝から小雨が降っており天気が悪いが、07:50頃、南門にある地下鉄2号線の永寧門駅から航天城へ向かう。運賃は公共交通カードの長安通を使い割引運賃で2.1元だ。

08:15頃、航天城に到着、駅最寄りのバス停の東長安街西口を確認すると917路のバスが興教寺へ行く。それと南門からは323路や215路のバスでも東長安街西口のバス停へ行くことができる。

08:45頃、917路のバスに乗車する。興教寺までは2元で、09:05頃に興教寺のバス停で下車し北への道を進む。

山の上に寺が見えるので、あれが興教寺だろう。09:20頃、興教寺に到着する。

興教寺は唐の総章2年(669)に三蔵法師の遺骨を納めるために創建された千年古刹であり、三蔵法師の舎利が収められた玄奘塔(興教寺塔)や弟子の窺基、圓測の墓塔があり、玄奘塔、窺基塔、圓測塔の三塔と、山門、大殿が2014年に世界遺産に登録されている。

清の同治年間に戦火に巻き込まれ破壊されるが中華民国の頃に再建される。
しかし、毛沢東や江青らの文化大革命によって紅衛兵による破壊の危機が迫るが、周恩来の保護命令により興教寺は紅衛兵による破壊を免れ寺は守られた。
昨日、見物した同じ千年古刹だが仏教テーマパークの法門寺と違い寺は比較的小規模だが千年古刹としての雰囲気が保たれ静かな雰囲気が漂っている。世界遺産に登録はされているが入場券売場はなく無料で見物できた。

周辺には土産物屋はなく、地元のおっちゃん2人が寺への道で線香を売っているぐらいで商業化はされていない。観光客も殆どおらず、拝金主義にまみれていない貴重な寺院である。

しかし、この世界遺産 興教寺にも観光開発の波が襲いかかろうとしている。それが2013年4月に起きた興教寺事件である。西安市が興教寺の世界遺産登録申請に向けて文化財保護を名目に寺に立ち退き要求をしている。

しかし、僧侶たちは寺の立ち退きを拒否して、この騒動がマスコミの知れるところとなった。
興教寺の僧侶たちは、商業開発のための立ち退き要求と疑っているようだ。

まあ、マスコミに知られて騒ぎが大きくなったので西安市は不動産開発の常套手段であるチンピラを雇って追い出すという戦法が使えなくなったので、しばらくは大人しくしているだろう。

しかし、立ち退き計画は撤回されていないようなので、いつ開発が始まるかわからないのだ。観光地化され土産物屋が立ち並ぶ興教寺になる前に見物すべきであろう。幸い今回は静かな興教寺を見物できたが来年以降は怪しい。10:15頃、興教寺を離れ917路と215路のバスを乗り継いで南門へ戻る。

GPSデータ

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実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

興教寺
N 34°05’28.70″
E109°02’02.34″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 48.3元
地下鉄 2.1元 永寧門(永宁门)→航天城
バス 5元 路線バス
合計 55.4元

シルクロード遺跡・大唐西市

大唐西市博物館

今日は朝から曇っており昨日に引き続き天気が悪い、おまけに大気汚染のせいなのか周辺のビルが霞んで見える。502路のバスに乗車して、大唐西市で下車する。

大唐西市は唐代に市が開かれ、多くの外国商人が訪れており、当時、世界の貿易中心地となる規模を誇っていた。現在は商業街となっておりレストランやホテルがあり、無印良品もある。

09:00頃、その一角に唐代の遺跡の上に建設された大唐西市博物館を訪れる。入場料は60元で特別展示とのセット券は120元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。


館内に発掘されたままの唐代の遺跡が保存されており、唐代の道や車輪の跡が見える。

展示物は出土品以外もあるが、銅鏡、唐三彩、貨幣などが展示されている。展示物を見ていると唐王朝と当時の中国人の凄さがうかがい知れるのと、中国の歴史の素晴らしさが分かってくる。

10:30頃、大唐西市博物館を離れバス停でバス待ちをしていると近くのおっちゃんが痰を吐いた。これだから自分は大多数の中国人が好きになれない。

せっかく中国の歴史の素晴らしさを実感している所で、ぶち壊してくれるのだから・・・。唐王朝の中国人と現代の中国人は同じ中国人なのだろうか?

いや、違うだろう!遣隋使や遣唐使は痰吐きや割り込みを学んでいないし・・・。中国の歴史は素晴らしいが、現代の中国人はマナーが酷すぎる。43路のバスで興慶宮公園(兴庆宫公园)へ向かう。

興慶宮公園・阿倍仲麻呂記念碑

11:45頃、興慶宮公園に到着し、昼頃に阿倍仲麻呂記念碑までやって来た。
土曜日に訪れた時は休日だったので公園内は地元民で溢れて記念碑の撮影には向かなかったが、今日は平日なので人は少なく自由に撮影ができた。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

大唐西市博物館
N 34°14’55.70″
E108°54’12.96″
阿倍仲麻呂記念碑
N 34°15’11.33″
E108°58’50.58″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 37.6元
バス 3元 路線バス
合計 40.6元

陝西歴史博物館

今日も天気が曇りで撮影には不向きな条件だ。08:30頃、小南門のバス停から610路のバスに乗車して翠華路で下車する。今日は陝西歴史博物館を見物する。ここなら室内なので特に天気を気にする必要はないが、入場券の窓口が凄い行列だ。

西安の有名観光地で無料だから平日でも観光客が押し寄せている。しかし、陝西旅游年票があれば一般の窓口に並ぶ必要はない!ネット予約の入場券窓口で入場券が受け取れる。ネット予約の入場券窓口は一人しか並んでいなかったので待ち時間ほとんどなし、おまけにパスポートの提示も不要であった。

楽勝で入場して、09:15頃、見学開始であるが人多すぎだ。平日なのに何なんだこの人の多さは!しかも、大声でやかましい!静かに見学できないのか?

やはり無理かな?中国人に静かに見学してもらうという発想が間違っているかな?欧米人も結構いるのだが、中国人たちは欧米人の目の前でも大声で話をして所構わず撮影している。

館内はフラッシュ禁止で撮影OKなのだが、中国人には関係ないようで平気でフラッシュ撮影している。中国の歴史の素晴らしさを学びに来たはずだったが、この無秩序な状態では不可能である。

展示物は凄いと思うのだが、それを見に来る客がおサルさんばかりで中国の素晴らしさを感じることができなかった。結局見物したのはマナーやモラルのない大量の中国のサルの生態であった。五千年の歴史と礼節を誇る中国のイメージが崩れさっていく・・・。

南バスターミナルの城南客運站

10:30頃、401路のバスで南バスターミナルの城南客運站へ向かう。11:00頃、南バスターミナルの城南客運站に到着する。城南客運站からは漢中行きのバスが出ており、さらには諸葛孔明の墓である武侯墓などがある勉県行きのバスもある。

そこで、今日は漢中の勉県行きのバスの切符を購入しようと来てみたのだが、何やら自動券売機がある。外観は駅にある切符の自動券売機と殆ど同じだ。


そして、二代身分証(二代身份证)の読取り部分もあるので外国人は使えないと思いつつ試しに操作ししてみたら身分証を要求されずに支払画面にまで来た。何と身分証なしでも購入可能であった。そこで11月3日の勉県行きのバスの切符を購入する。

運賃は110元だが、おばちゃんのいる窓口では109.5元だ。自動券売機のほうが0.5元高い。これは5角や1角の紙幣や硬貨に対応していないので繰り上げになっている可能性が高い。

それとも、窓口に並ばずに買えるとか、窓口のおばちゃんと戦わず済むから高いのか?まあ、今回は勉強代として考えておこう。(実は服務台でお釣りを払ってくれることが分かり出発当日に5角を服務台で受け取りました。)11:30頃、18路のバスで小南門へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

陝西歴史博物館
N 34°13’31.84″
E108°57’02.19″
城南客運站
N 34°11’13.91″
E108°55’59.28″
本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 5.5元 ネット予約
西安湘子門国際青年旅舍
(西安湘子门国际青年旅舍/Xiangzimen Youth Hostel)
バス 109.5元 西安→勉県
バス 3元 路線バス
合計 118元

西安で撮り鉄

朝から雨が降っており外に出られない。午前中は完全に缶詰状態で午後になって天気が曇りになったが、午後から出かけるにしても遠くへ行けない。そこで西安駅近くの陸橋へ行き列車撮影をする。

15:20頃、西安駅近くの陸橋にやって来たが鉄オタは誰一人としていない。通行人が行き交う中で自分一人だけが陸橋で列車の通過を待つ。雨が降っていたので大気中のホコリやチリが除かれ遠くまで見通すことが出来て視界良好だ。
まずは機関車を撮影だが、目の前に韶山型から和諧型まで集結しており鉄分補給に最適だ。ここは機務段かな?そして、通過する列車の撮影もする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
バス 1元 路線バス
合計 12元

シルクロード遺跡・世界遺産 彬県大仏寺石窟

西安→彬県

08:25頃、小南門のバス停から224路バスで城西客運站へ向かう。今日の目的地は2014年に世界文化遺産に登録された彬県大仏寺石窟だ。

天気は曇りであまり条件はよくないが、08:50頃、城西客運站に到着、彬県行きのバスのチケットを購入する。彬県までの運賃は47.5元だ。バスは18:00まで随時発車となっており、バスに乗車し客が集まるのを待つことになる。

09:15頃、客が集まり出発する。彬県までは約3時間の道のりとなり高速道路を爆走していく。途中の乾県に入ると左手に唐の高宗と則天武后の陵墓である乾陵が見える。

彬県汽車站

11:20頃、バスターミナルの彬県汽車站に到着する。

まずはバスターミナルでバスの情報を調べるが、運賃表が古く実際の運賃と乖離が生じている。とりあえず参考程度に上記に画像を載せておく。

時刻表の方は恐らく変更はないと思うのだが西安行きの最終バスは、18:00になっている。

11:50頃、3路のバスで大仏寺へ向かう。車掌のおばちゃんに運賃を支払うが運賃は4元だ。ロンリー・プラネット陝西だと3元とあったが値上げされたようだ。

世界遺産 彬県大仏寺石窟

12:25頃、大仏寺に到着する。入場料は35元だ。

彬県大仏寺石窟は唐の太宗・李世民が亡くなった10万人の兵士のために唐の貞観2年(628)に建立し、建立当時は応福寺と呼ばれた。北宋の仁宗皇帝が養母の誕生日に慶寿寺と改名し、明代以降は大佛寺と呼ばれるようになった。

2014年に世界遺産に登録はされているが観光客は少なめだ。

そして、驚いたことに石窟の殆どは柵などで保護されておらず、そのまま見ることが出来るのだ。

麦積山石窟は扉や金網で厳重に保護され金網越しでしか見ることが出来なかったが、彬県大仏寺石窟は直に見ることが出来る。

しかし、防犯カメラが設置されているとはいえ、ここは中国だ。

確実におサルさんが仏像に落書きをしたり破壊活動をするだろう。彬県大仏寺石窟も金網や柵で保護されるのも時間の問題だろう。

14:00頃、大仏寺から3路のバスでバスターミナルへ戻るが運賃は3元だった。やられたよ!行きのバスで運賃1元騙されたよ。だから中国は油断できない。よそ者はカモなので平気で騙すから・・・。弱肉強食の中国、騙す奴より騙される奴が悪いという中国だ。

14:20頃、バスターミナルの彬県汽車站に到着、西安行きのバスの切符を購入。運賃は46.5元でバスターミナルの手数料が西安より安く行きの時より1元安い。
14:30に西安へ向けて出発する。16:40頃、西安の西バスターミナルである城西客運站に到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
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実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

城西客運站
N 34°16’29.93″
E108°52’10.44″
彬県汽車站
N 35°02’28.69″
E108°04’44.38″
彬県大仏寺石窟
N 35°04’22.45″
E107°59’31.60″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
バス 47.5元 西安→彬県
バス 46.5元 彬県→西安
バス 8元 路線バス
彬県大仏寺石窟 35元
合計 144元

シルクロード遺跡・世界遺産 興教寺

西安の土地強制収用

08:15頃、西安城壁の南西にある含光門近くの土地強制収用を巡るトラブル現場を訪れる。

昨日、世界遺産の彬県大仏寺石窟を見物した帰りに見つけて来てみたのだが、取り壊し途中のビルが1棟だけあり周辺は既に取り壊し済みで更地になっている。


ビルの壁にには色々と書いてあるのだが、どうやら5年以上も争っているようだ。まあ、不動産開発業者の保証金が安いので立ち退かないというやつだな。おまけに周囲には壁が作られ水と電気も止められて兵糧攻めを受けているようだ。

西安湘子門国際青年旅舍

09:30頃、ユースホステルの豆漿面湯国際青年旅舍(豆浆面汤国际青年旅舍/DJMT Universal Guest House)をチェックアウトして徒歩で南門近くの西安湘子門国際青年旅舍(西安湘子门国际青年旅舍/Xiangzimen Youth Hostel)へ移動する。

西安では老舗の部類に入るユースホステルで、今回宿泊するのは4人ドミトリーで1泊55元(会員料金)だ。レセプションの料金表にはドミトリーは65元になっており、事前にネットで予約しておいたほうが良いだろう。

西安湘子門国際青年旅舍は以前にも泊まったことがるのだが基本的に設備や雰囲気は良い。もちろん部屋もちゃんと掃除してある。問題点はネットの速度が遅いという点ぐらいかな。

再び世界遺産 興教寺へ

10:30頃、南門からバスを乗り継いで世界遺産の興教寺へ向かう。今日は天気が晴れなので前回は雨で撮影条件が悪かった興教寺へ再挑戦となる。

昼頃に到着するが日曜日なので観光客が多い。しかし、上手く観光客が写らないように玄奘塔などを撮影していく。

これは三蔵院と三蔵法師の像。

屋根と外にあった仏像。

一番奥の建物にあった涅槃像。

湘子廟

夕方にユースホステルの前にある道教寺院の湘子廟を見物する。

湘子廟は宋代に創建され元、明の頃に栄えた。道教の一派である全真教の寺院でもある。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西安湘子門国際青年旅舍
N 34°15’15.58″
E108°56’23.79″
興教寺
N 34°05’28.70″
E109°02’02.34″
湘子廟
N 34°15’15.84″
E108°56’22.63″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.1元
宿泊費 49.5元 ネット予約の残額
バス 5.5元 路線バス
合計 70.1元

甘粛省旅行記2014秋-世界遺産 炳霊寺石窟

蘭州へ移動

夏河→蘭州 国慶節に備えて避難

07:10頃、ユースホステルの甘粛拉卜楞紅石国際青年旅舍(甘肃拉卜楞红石国际青年旅舍)(Labrang Redrock International Youth Hostel)を出てバスターミナルへ向かう。

昨日は午後から雨が降っていたのに、今日の天気は冷え込むが晴れだ。撮影日よりなのだが蘭州へ行かなければならない。残念である。07:35頃、バスターミナルの夏河県公用型汽車站(夏河县公用型汽车站)に到着する。すでに08:30出発の蘭州行きのバスが停車しており乗車して出発を待つ。

6分遅れの08:36にバスは出発して夏河から蘭州へ向かう。蘭州までは約4時間の旅程だ。乗客の中には欧米人が4人ほど乗車していた。

10:30頃、夏河と蘭州の中間の都市の臨夏に到着する。臨夏はイスラム教徒の回族の都市だ。チベット仏教の寺院はなくモスクが多くチベットからイスラム世界の西域に入ったことが実感できる。臨夏からは高速道路を通り蘭州へ向かう。

12:15頃、夏河から約3時間45分で南バスターミナルの蘭州汽車南站(兰州汽车南站)に到着する。

百度地図に騙される

バスターミナルには蘭州駅への直通バスがあるのだが6元でかなり高めだ。急いでいる場合は必要かもしれないが、路線バスを乗り継げば2元で済むので、一応あるということだけ覚えておく。

111路の路線バスに乗車して、バス停の路橋音楽広場で302路のバスに乗り換えるのだが、302路のバスが通っていなかった。百度地図の検索結果に騙された。ある意味でチャイナクオリティだ。

蘭州公交集団(兰州公交集团)のwebサイトで調べておけば良かった。ここで動揺しても何も始まらないし、現状の解決策を考える。その結果、そのまま西へ歩くことになった。西へ行けば駅前通りの天水南路にぶつかるからだ。

西へ歩くこと約20分、13:30頃、蘭州大学に到着した。蘭州大学の前の通りが天水南路なので、天水南路を南へ進むと蘭州駅が見えてきた。

蘭州駅前のユースホステル

この近くに民族大移動の国慶節期間中の避難場所として考えているユースホステルの蘭州女掌櫃青年旅舍(兰州女掌柜青年旅舍)があるはずなのだが見つからない。中国建設銀行の隣ということなのだが、取り壊し中の中国建設銀行の店舗は見つけた。

おそらく店舗のあるビル(华金房地产の看板がある)の10階にあるはずなのだが入口が見あたらない。インターネットの情報だと10階までエレベーターを2回乗り継ぐという事なのだが、エレベーターが見つからない。

ビルの隅に複数の招待所の看板が出ているところがあったので覗いてみるとエレベーターを発見!エレベーターに乗り込むが、ちょうど中国人バックパッカー2人が乗り込んできた。エレベーターは3階止まりで、そのままバックパッカーの後を付いて行くと2つ目のエレベーターに乗り込んだ。

9階で降りて中国国旗の飾られた階段を上り10階に着くと蘭州女掌櫃青年旅舍(兰州女掌柜青年旅舍)のレセプションがあった。ある意味で香港の重慶マンションなみの複雑さだったが、14:00頃、ユースホステルに到着だ。

老版にドミトリーが空いているか聞くと1泊40元ということで1週間宿泊することにする。

部屋は屋上に増築されたような10人ドミトリーでそのまま屋上へ出られるようになっていた。屋上からは蘭州駅が見えて交通の便の良さは明白だ。

入口が分かりにくいのと設備面に問題点は多少あるが蘭州駅から300mほどの立地なのでバックパッカーの宿としては十分泊まる価値はあるだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 280元 1泊40元×7
食費 12元
バス 1元 路線バス
合計 293元

西バスターミナルの蘭州汽車西站

08:30頃、蘭州駅から1路のバスで蘭州汽車西站へ向かう。09:20頃、公交集団のバス停で下車して100mぐらい戻り西バスターミナルの蘭州汽車西站(兰州汽车西站)に到着だ。

ここで劉家峡(刘家峡)行きのバスを確認する。07:00-18:20まで20分間隔ぐらいバスが運行されているようだ。明日の劉家峡行きの計画が固まってきたので蘭州汽車西站での情報収集は終了だ。

五泉山公園

少し蘭州の街なかを歩いて、09:55頃、西湖公園のバス停から130路のバスに乗車して五泉山へ向かう。五泉山のバス停で下車して南へ歩く。五泉山公園入口の五泉広場がバスの発着場所になっているので五泉広場に停車するバスの方が便利だろう。

五泉山公園は漢の将軍の霍去病が匈奴討伐の西域遠征の時に、この地で泉を見つけた故事から来ている。なので、五泉山公園の入口には霍去病の像がある。

五泉山公園には他にも孫文の像もある。

今回、五泉山公園に来てみたのだが残念なことに千佛閣の桟道が閉鎖されており見物できなかった。五泉山公園の一番の見所が崖に作られた千佛閣だったのに・・・。

昼頃、五泉山公園を出て五泉広場へ向かう。五泉広場は路線バスのバスターミナルになっており、急いでいなければ確実にバスに座って移動できる。

五泉広場から12路のバスに乗車して蘭州車站のバス停で下車する。ユースホステルに戻ると10人ドミトリーが自分1人だけになっていた。

チェックイン時に聞いてはいたが今日は10人の団体が来るので一時的に自分は4人ドミトリーに移動することになっているのだが、掃除していた老板娘が「荷物が多いから移動しなくていいよ!」と言ってきた。

どうやら団体は10人以上のようで部屋を上手く分けてくれたようだ。移動するつもりだったのだが、移動せずに済んだ。そして、団体が来ると思っていたら、10人ドミトリーには1人とか、2人とか徐々にベッドが埋まっていく。

宿泊客と話をしているうちに団体だが、個人個人は各地に散らばっていて、このユースホステルが集合場所になっており、明日から張掖などの西域を巡るそうだ。で、老板がわざわざ宿泊客に日本人がいることを知らせているので、珍獣扱いで「何処行ってきた?」とか、「次は何処行くんだ?」など質問攻めに遭遇する。

そして、夜になると普洱茶好きの団体のリーダーのA先生が日程の説明をしており、朝5時起床で6時前に蘭州駅に行くようだ。国慶節の前から民族大移動が起きているようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
バス 3元 路線バス
合計 9元

蘭州→劉家峡

05:30に起床して出発の準備を整える。同じドミトリーの中国人グループ9人も既に起きて出発の準備をしている。中国人グループは張液へ行くそうで国慶節期間中は西域周遊のようだ。中国人グループが一足早く出発するが、リーダーのA先生が昨晩うるさくて申し訳ないと謝ってきた。

さすがに年長者で若い衆をまとめるリーダーになると周囲にも配慮している。こういった周囲に気を使える中国人は滅多にいない。大多数はおサルさんで酷い状況だ。世界中で悪名を轟かせる中国人観光客にA先生を見習って欲しいものだ。

06:00頃に宿を出る。今日は世界遺産の炳霊寺(炳灵寺)へ行くのだ。まずは蘭州駅から1路のバスに乗車する。1路のバスは06:00から運行していたので、すぐに乗車でき出発を待つ。

06:15に蘭州駅を出発して、06:35に公交集団のバス停で下車する。夜明け前で道は空いており20分で公交集団のバス停に着いた。昼間なら渋滞で相当時間がかかるのに大きな違いだ。西バスターミナルの蘭州汽車西站(兰州汽车西站)から劉家峡行きのバスに乗車する。
07:00出発の朝一番のバスで運賃は19.5元だ。8分遅れの07:08にバスが出発するが客を乗せたり荷物を預かったりしながらノロノロ運転で進む。08:20頃、工事渋滞で動かなくなる。

08:35頃、乗客と車掌が相談して迂回路として高速道路を使って向かうことになる。高速道路代として1人5元追加徴収となるが、08:55頃、高速道路に入るとバスは一気に速度を上げて爆走し始める。

劉家峡ダムで車掌が降りる客がいるか確認してきたが、そのまま劉家峡へ向かう。本来は劉家峡ダムで下車して埠頭から船で炳霊寺へ向かうのだが、バスターミナルの劉家峡汽車站(刘家峡汽车站)の情報を確認したいので素通りした。

10:20頃、約3時間かけてバスターミナルの劉家峡汽車站(刘家峡汽车站)に到着する。

劉家峡汽車站(刘家峡汽车站)で運ちゃんたちが声をかけてくるが、ぼったくりタクシーなので相手にせず、バスターミナルでバスの情報を確認する。
バス情報の確認ができたので劉家峡汽車站(刘家峡汽车站)から来た道を戻る。

劉家峡ダムへ

劉家峡ダムの近くまで戻ると標識が出ているのを見つける。「大坝乘船码头」と船の乗り場が書いてある。

標識のとおりに進むと駐車場と「刘家峡水电站旅游接待中心」の建物が見えてきた。水力発電所の観光センターのようだが船の埠頭はどこだ?

よく見たら建物の裏に「黄河三峡游客服务中心」と看板のある乗船券売り場があった。11:00頃、劉家峡碼頭(刘家峡码头)に到着する。
運賃表を確認すると炳霊寺(炳灵寺)行きは一番早い快艇が往復で120元だ。片道1時間ぐらいで炳霊寺(炳灵寺)の見物時間を入れて往復で3-4時間かかるようだ。

他にも大型船とかあるようだが団体しか使えないようで、個人の観光客は快艇しか選択肢はない。早速乗船券を買おうとするが一番速い船の快艇は7人集まらないと出発しないということで客が集まるのを待つことになる。人数が集まるのを待っていると運ちゃんたちが声をかけてくるが、こういう場合は基本は聞き流しておくのが一番だ。

そうして待っている間に炳霊寺(炳灵寺)行きの客が自分を含めて6人集まってきたが、ここで運ちゃんが集まった客を横取りするために船が大きいとか巧みに声をかけてきて、別の埠頭から炳霊寺(炳灵寺)へ行くことになる。炳霊寺(炳灵寺)行きは6人いるが、あと4人集まれば出発となる。

駐車場で客4人を上手く集めて、11:15に10人で劉家峡碼頭(刘家峡码头)を出発する。

劉家峡碼頭(刘家峡码头)のチケット売場のおばちゃんは客を横取りされるのを阻止することすらせずに、そのまま放置だ。自分たちの縄張りで客を横取りされても何ともないようだ。劉家峡碼頭(刘家峡码头)の運営会社は国営企業か?商売やる気なしである。

初めは白タクだと思っていたが、車内をよく見たら「大坝-水上公园」と路線バスの営業許可のプレートがあった。白タクではないようだが客の横取りをして売上を稼いでいるようだ。12:00頃、金水岸という埠頭に到着する。

ボートで炳霊寺石窟へ

ここで客2人が合流して12人で乗船して、12:15頃に出発する。

劉家峡の奥の方にある埠頭のようで炳霊寺碼頭(炳灵寺码头)まで20分ぐらいで到着するということだ。

12:40頃、炳霊寺碼頭(炳灵寺码头)に到着して自由行動となる。出発は14:00なので1時間20分の自由行動となる。

世界遺産 炳霊寺石窟

炳霊寺(炳灵寺)石窟の入場料は50元だが、2014年に世界遺産に登録されたので、いつ入場料の値上げがあっても不思議はない。

世界遺産に登録されたので、しっかり世界遺産の石碑が設置されていた。

峡谷の風景もなかなかの物だが時間がないので炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)へ急ぐ。

炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)について簡単に説明しておくが、炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)は甘粛省臨夏回族自治州永靖県の南西35kmの小積山大寺溝に位置している。

石窟は十六国時代の西秦の建弘元年(420)に造営が始まり、約1600年の歴史があり、歴代王朝の北魏、北周、隋、唐、宋、元、明、清が石窟の造営を続けてきた。

炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)は上寺、下寺に別れ主に観光客が訪れるのが下寺になる。
上寺は下寺から5kmほど離れた場所にあり、専用車で行くことが出来る。

炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)も敦煌莫高窟のように石窟に扉がつけられてアパートのようになっている。

炳霊寺石窟(炳灵寺石窟)は交通手段が船という事もあり行くのが難しく観光客が少ない。

石窟は修復工事が行われている所があり一部の公開されている石窟は見ることができなかった。

そして、世界遺産に登録されたからなのだろうか、警備は保安だけでなく公安まで常駐していた。

蘭州へ戻る

14:00に炳霊寺碼頭(炳灵寺码头)を出発して、14:25頃、金水岸の埠頭に戻る。ここで遅めの昼食となるが、高いので自分はそのまま待機となる。15:40頃、劉家峡碼頭(刘家峡码头)へ向けて出発する。16:15頃、劉家峡碼頭(刘家峡码头)に到着。

運ちゃんに120元支払い、国道213号へ出て蘭州行きのバスが通るのを待つ。16:40頃、蘭州行きのバスが来たので両手を振って停めて乗車する。蘭州までは19.5元だ。バスに乗り蘭州へ向かうが雨が降ってきた。乾燥地域の蘭州で雨に遭遇するとは思ってもいなかった。

蘭州市内に入ると酷い渋滞に遭遇しながら、18:45頃、西バスターミナルの蘭州汽車西站(兰州汽车西站)に到着するが、チケット売場が大変なことになっていた。国慶節は明日なのだが、すでに民族大移動が始まっておりチケット売場が大混雑しているのだ。そして、1路の路線バスに乗車して蘭州駅へ戻るのだが、バスは夕方のラッシュに加えて国慶節の民族大移動で蘭州駅へ向かう旅行客が押し寄せ大混雑になっている。

途中のバス停では乗車できない乗客が続出して、無理やり乗車しようとするおサルさんに対してバスの運ちゃんがブチ切れたりとカオス度が急上昇していた。

19:40頃、蘭州駅に到着するが駅前は大渋滞でバスが動かなくなり路上で乗客が降ろされるというカオスぶりだ。国慶節の民族大移動は恐ろしい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.5元
バス 39元 蘭州(兰州)↔劉家峡(刘家峡)
バス 5元 高速追加料金
バス 2元 路線バス
バス&船 120元 劉家峡碼頭(刘家峡码头)↔
炳霊寺(炳灵寺)
炳霊寺石窟 50元
合計 234.5元

国慶節の民族大移動が始まった

06:30頃に起きてウンコしにトイレへ行くと、まだしていないはずのウンコが目の前に何故かある。猿ウンコ流せよ!何で中国だとウンコ流さないサルがいるんだよ!中国人はトイレで水を流すことを知らないのか?朝から他人のウンコを見ることになるとは・・・。

国慶節の民族大移動が始まった。蘭州駅へ行ってみたが人多すぎだ。インターネットで切符の予約購入をしても発券機には長蛇の列ができている。通常ではありえない光景だ。いつもならほとんど列なんかできていないのに・・・。

ラサ行きの列車の待合室は平和そうだが、一般の待合室は入口に列ができており内部の状態が容易に想像できる。この時期の移動は非常に危険だ。

駅前には特警の車両もあったりして警備も厳しそうだ。というか、人多すぎるし公安が多いのであまり撮影ができない。


蘭州駅の近くにあるバスターミナルの蘭州客運中心にも行ってみるが大混雑だ。とてもじゃないが内部には入れない。

蘭州名物の牛肉麺

今日はあまり外を歩かないほうがいいような気がしてきた。ユースホステルへ戻る前に牛肉麺を食べておくことにする。
蘭州と言ったら牛肉麺だ!そこら中に牛肉麺の店がある。

その辺を歩けば牛肉麺の店があるので、見つけた店で牛肉麺を食べる。値段は6元で安い!安いだけでなく、もちろん美味い!

牛肉麺を食べた後は蘭州駅周辺で一番大きいスーパーの北京華聯でパンとビールを購入する。

ビールは地ビールの五泉啤酒(600ml)が2.2元で、ペプシコーラ(600ml)の2.7元より安い!これだけあれば今日は乗り切ることが出来るだろう。食料を購入したのでユースホステルへ戻り今日一日避難生活である。明日は出かけることが出来るだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21.91元
合計 21.91元

蘭州の中山橋

09:00頃、蘭州駅前で10路のバスに乗車して書刊批発市場(甘肃书刊批发市场)へ向かう。書刊批発市場は書籍の卸売り市場で書店より安く本が購入できるのだ。日本では本は定価販売しなければならないが、中国では本の値引き販売がされているのだ。

09:30頃、書刊批発市場にやって来たが、国慶節の連休でほとんどの店が休みであった。
国慶節の事を忘れていた。10:00頃、109路のバスで中山橋に向かう。10:50頃、中山橋へやって来た。

黄河に架かる最初の鉄橋で蘭州の主要観光地だ。国慶節ということもあり中山橋には中国国旗が飾り付けられている。ここから黄河を渡れば対岸には白塔山公園があるのだが、山頂の仏塔が工事中のようなので今回は行くのを見送る。

ロンリー・プラネット陝西を購入

陝西省の情報収集のために、あまり利用したくないが新華書店でロンリー・プラネット陝西を探すが見当たらなかったのでユースホステルへ戻ろうとするが、甘粛省人民政府の前にあった広場書城で探してみたらロンリー・プラネット陝西があったので購入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.5元
バス 3元 路線バス
ロンリー・プラネット陝西 59元
合計 78.5元

鲁土司衙門旧址を目指すが失敗

06:10頃、宿を出て西バスターミナルの蘭州汽車西站(兰州汽车西站)へ向かう。今日は連城(连城)にある鲁土司衙門旧址(鲁土司衙门旧址)へ行こうと思うのだが、バスターミナルで連城(连城)行きのバスを確認するが一番早いバスが09:30出発なので、窯街(窑街)行きのバスに乗車する。運賃は28元だ。

07:30頃、バスが出発するが連城(连城)まで無事にたどり着けるかは謎だ。10:10頃、蘭州の紅古区に到着するが、紅古区のバスターミナル前で客が自分1人だけなったので運ちゃんバスの運行を打ち切りやがった!
バスターミナル前の交差点から乗り合いタクシーに乗れば連城(连城)へいけるという事であったが、窯街(窑街)と民和へのボリタクしかなく連城(连城)は窯街(窑街)の先だ。運ちゃんに騙されたよ!

とりあえず、窯街(窑街)まで行って連城(连城)へ行く方法を考えるしかなさそうだ。しかし、窯街(窑街)行きのタクシーは滅茶苦茶混んでいて、11:00頃、ようやく窯街(窑街)行き乗り合いタクシーに乗車。運賃は5元。

11:50頃、窯街(窑街)に到着する。目の前に永登行きのバスとかがあったので、乗務員のおばちゃんに連城(连城)へ行くか聞いてみたら乗り合いタクシーで行けるという事であった。どうも、このまま連城(连城)を目指してもたどり着けないような気がしてきた。強行軍で行っても連城(连城)から帰ってこられるかも怪しい。

残念であるが撤退を決断して、13:45頃、紅古区に戻ってきた。バスターミナルの紅古区汽車站で14:10出発の蘭州行きのバスに乗車する。

運賃は25元で、バスの切符には出発地が海石湾となっている。紅古区は海石湾とも呼ぶようだ。15:50頃、蘭州汽車西站に到着する。大人しく最初から連城(连城)行きのバスに乗っていればよかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 28元 蘭州→窯街
バス 10元 海石湾↔窯街
バス 25元 海石湾→蘭州
バス 2元 路線バス
合計 81元

蘭州→天水の切符を購入

朝起きたらすぐに鉄路客戸服務中心で明日の蘭州→天水の切符を予約購入する。09:30頃、蘭州駅へ行き窓口で切符を受け取る。

国慶節の大型連休中であるが切符売場は空いていた。いや、切符売場だけでなく蘭州駅周辺も空いている。民族大移動は終わったのか?まだUターンラッシュが控えている可能性があるので油断はできない。

蘭州名物の牛肉麺

明日の天水行きの切符を購入したので、あとはユースホステルへ戻り明日の準備をするだけだ。ユースホステルへ戻る前に蘭州名物の牛肉麺(蘭州拉麺)のを食べに行くことにする。蘭州市内の各地に牛肉麺の店があるが、蘭州駅周辺も多くの牛肉麺の店が営業している。

今日は舌尖尖牛肉面というチェーン店で牛肉麺を食べる。蘭州の牛肉面の相場は6元で安く庶民の味として親しまれている。日本でいうと牛丼と言ったところかな?

殆どの店では最初に食券を買って食べることになる。盛り付け時に店員さんに何も言わなければ唐辛子や香菜が山盛りになるので注意が必要だ。

基本的にセルフ式になるのだが、食べ終わった後はお碗を片付けなくても店員さんが片付けてくれるというのが中国式だ。蘭州に来た時は必ず蘭州名物の牛肉麺を食べて置かなければならない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22元
鉄道 51.5元 硬座 蘭州→天水
合計 73.5元

雲南省旅行記2014夏3

ユースホステルで休息

飛来寺のユースホステルで体力回復

昨日、明永氷河を徒歩で回り、さらに瀾滄江(澜沧江、メコン川の上流)に架かるカワクボ大橋(卡瓦格博大桥)近くの入場券売場まで徒歩で戻り、1日で25kmも歩いたので足腰が痛くて動きが鈍い。

このまま雨崩村を目指したら確実に途中で動けなくなる。ここは体力を回復させ準備を整えて雨崩村を目指したい。夕飯はユースホステルにあるレストランで麻婆豆腐を食べる。ご飯は桶半分で頼んだので今回の旅で初めて満腹になった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22元
合計 22元

飛来寺

賽銭持っていても入れてくれない飛来寺

今日も足が痛くて動きが鈍い。午後にバスで西当温泉へ移動しようと考えていたが、ユースホステルにもう1泊することにする。

15:00頃、飛来寺へ向かう。主目的は西当温泉行きのバスが運行されているか飛来寺景区の入口で確認するためだ。西当温泉行きのバスは徳欽を15:00出発なので飛来寺へ向かう途中ですれ違うはずだ。

15:30頃、飛来寺の手前で西当温泉行きのバスとすれ違うが満席の状態だった。これだと西当温泉行きのバスは午後のには乗れないだろう。朝のバスで西当温泉へ向かうのが確実だろう。バスの状況が分かったので、次は飛来寺を訪れる。すると飛来寺の標識が新しくなっていた。4日前は、古い標識だったが新しい標識には、ちゃんと飛来寺と表記されていた。

飛来寺で雨崩村へ無事たどり着けるように賽銭を供えようと中へ入ろうとしたら、管理人のおっちゃんに扉を閉められた。他の参拝客は中に入れて、どうして自分だけ入れてくれないのだ!神仏なんかを信じようとした自分が愚かであった。賽銭なんかやるもんじゃないわ!

飛来寺のユースホステルに大麻

信仰心が0に戻った所でユースホステルへ戻る。夕飯を食べにユースホステルに併設されているレストランへ行こうとしたところで、ある植物に気がついた。

これは日本ではご禁制の大麻ではないか!ユースホステルの敷地内で大麻なんかが生えていて大丈夫なのか?まあ、大理でも大麻が自生しているから雲南省では日常の光景なのだろうな。日本じゃ警察沙汰になっているな。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
食費 18元
合計 38元

梅里雪山 雨崩村 巡礼路トレッキング

飛来寺→雨崩上村

05:45に起床して出発の準備を整える。今日は雨崩村へ向かう。以前、NHKの桃源紀行ワイド 冬の絶景・ロングトレイル紀行「聖なる山 梅里雪山」で雨崩村が紹介されており行ってみたくなった。

06:35頃、レセプションが開いて宿泊客が一斉にチェックアウトする。チェックアウト時に5日後くらいに帰ってくると告げてバックパックを預ける。預かり料は5元だ。

06:45頃、飛来寺景区の入口近くで西当温泉行きのバスを待つ。07:00頃、バスが来たので乗車する。バスは07:30に出発ということなので、朝食に饅頭5個を購入する。1個2元なので結構高い。07:30になりバスが出発する。

08:30頃、カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)近くの入場券売場に到着する。入場券売場で雨崩村の入場券を購入する。既にセット券を購入しているので雨崩村だけの入場券80元だけの購入で済んだ。

入場券の他に5元の保険にも加入が必要なのだが、これは任意なので断った。すると保険を断る観光客は珍しいようで、どこの国か聞かれる。外国人と分かると外国人観光客のリストと保険に加入しない同意書に署名する。自分の前の外国人は台湾人であった。でも、明永氷河に行ったときには、既にセット券を購入済みだったのでバスから降りずに外国人リストには記入せずに明永氷河へ行った。

カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)を渡ると瀾滄江(澜沧江、メコン川の上流)に沿って未舗装の悪路を走る。カードレールとかはないので落ちたら濁流に飲まれて助からない。集落へ入ると舗装道路になり山を登り西当村へ入る。

09:30頃、西当温泉に到着する。GPSを確認すると標高2612mだ。バスから降りると早速入場券の確認がある。トレッキング開始の前にバスの運ちゃんに飛来寺へ戻るバスの時刻を確認すると、13:00出発とのことであった。そうすると、雨崩村から戻るときは朝早めの出発となる。飛来寺へ戻るバスの情報が手に入り雨崩村へのトレッキングを開始する。

西当温泉からは馬で雨崩村へ行くことができる。途中の峠の南宗拉垭口までは235元、雨崩上村までは305元だ。

ここで説明しておくが、雨崩村は細かく分けると2つに別れる。村を横切る谷を境界に北の標高の高い方を雨崩上村、南の標高の低い方を雨崩下村と呼ぶ。ガイドブックとかによっては上雨崩、下雨崩とも呼ばれている。この先は細かく上雨崩村、下雨崩村と表記していく。

事前に入手した情報だと道は一本道で迷うことはないということであったが、実際は一本道ではなくショートカットする道があったり、観光客通行禁止の道があったりして紛らわしい。

雨崩村への道を進むうちにあることに気がついた。電線をたどっていけば迷わない。車で行けない雨崩村だが電気は通っているので山の中に雨崩村へ向かう電柱が立っている。なので、電柱を見失わなければ問題ない。それと、道沿いにゴミ箱も設置されているし、馬の足跡もあるので、これらもたどっていけば問題ない。

それと、雨崩上村までの道のりには休憩地点が3箇所あるので、途中で物資補給が可能だ。値段は飛来寺よりも高くなる。出発から約1時間後の10:35頃、第1の休憩地点である軽松茶館に到着する。

GPSを確認すると軽松茶館の標高は3118mだ。ここで雨崩上村から西当温泉へ戻るキャラバン隊とすれ違う。車で物資を運ぶことができないので馬で雨崩上村へ物資を運んでいる。

でも、たまにバイクが通っている。バイクが通ったりするとテレビで見た雨崩村のイメージが崩れてがっかりする。それと、馬とすれ違う時は人は山側を歩くようにしないといけない。馬と接触して谷に落ちる危険性があるからだ。人とすれ違う時は右側通行だ。

10:45頃に軽松茶館を出発して、11:45頃、第2の休憩地点である八一茶館に到着する。ここは観光客の昼食場所になっており、皆カップ麺を昼食に食べている。

そして、ここの名物とも言える積み重ねられたカップ麺の空容器。空容器の数だけ、観光客がここを通っている。

GPSデータを確認すると八一茶館は標高3540mに位置しているようだ。

それと、バイクが通った。テレビで見たイメージを壊すバイクにがっかりする一幕だ。

11:55頃、八一茶館を出発する。山道の状態は雨季なのでぬかるんでいたりして悪い。電線をたどって山道を登っていく。タルチョが大量にかけられた道に入り峠に近づいているようだ。

12:40頃、峠の那宗拉垭口に到着する。GPSを確認すると標高3762mとなっていた。標高2612mの西当温泉から約3時間15分かけて1100m以上も登ってきた。約50分ほどかけて、12:45頃、第3の休憩地点である那宗拉垭口茶館に到着する。

那宗拉垭口茶館は峠を少し下った標高3758mにある。那宗拉垭口茶館が最後の休憩地点になり、この先は雨崩上村まで下り坂が続く。

雨崩村到着

峠を越えたので下り坂を下るだけなので比較的疲労は少なくなるが、足元に気をつけないと滑って危険だ。

14:00頃、雨崩上村の入口にあるチェックポイントに到着する。ここで入場券の確認と雨崩客桟管理費と称して5元徴収される。管理費とか言っても、どうせ村のおっちゃんたちの酒代になるのだろうから余計に腹が立つ。それに入場券に5元を含めていない所からして胡散臭い。

嫌々支払うが常駐しているおっちゃんたちに「ダライ・ラマ好きだろ!」「共産党嫌いだろ!」とか、ある意味での禁句を連呼してやる。おっちゃんたちは笑っているだけでスルーだ。やはり、真面目に答えることはできないらしい。

ちなみに雨崩村の入場券には世界遺産のロゴが入っている。三江併流の一部なので雨崩村も世界遺産になっているようだ。

チェックポイントを通過して雨崩上村に入り今日の宿を探す。探すと言っても雨崩上村は小さな村なので目的の宿はすぐに見つかる。14:20頃、ユースホステルのMeDo International Youth Hostel(迪庆雨崩梅朵国际青年旅舍)に到着する。4人ドミトリーで1泊20元(会員料金)だ。

チェックイン時の住宿登記はオンラインでの入力ではなく台帳への記入であった。同時に到着したアメリカ人のパスポートにはビザではなく居留許可証が貼られており中国に駐在しているようだ。

MeDo International Youth Hostel(迪庆雨崩梅朵国际青年旅舍)の位置をGPSで確認すると標高3258mに位置していた。西当温泉が標高2612m、峠の那宗拉垭口が標高3762mなので、かなりの高低差を約5時間かけて歩いて来たことになる。

少し休憩してから雨崩上村を散歩する。散歩していると上から呼び止める声がする。チベット人の兄ちゃんが呼んでいるが何の用かわからない。「一緒に飛来寺へ行ったでしょ!」とかい言っているので、ようやく思い出した。

明永氷河から飛来寺へ戻る時に一緒になったチベット人だ。こんな所で会うなんてなんという偶然だ。チベット人の兄ちゃんは巡礼で神の滝(神瀑)へ行くために雨崩村に来たそうだ。チベット人の兄ちゃんは、こんな所で日本人に再会したことに感激したようで、飯をおごるとか言い出してきた。仏のご加護でもなく偶然なのに大騒ぎしている。

こちらとしても、飯をおごるとか言うのは非常に胡散臭い。ここは丁重にお断りする。すると面子とか中国人のようなことを言い始める。仕方ないので最大限の警戒をしながら、一緒に食事へ行く。

適当に炒飯とかでいいかなと思ったら、面子がどうのとか言って高い料理を頼んでいる。その中に松茸料理があった。

食事代は全部で150元、しかもチベット人の兄ちゃんは、昼間からアルコール42度の青稞酒を飲んで酔っ払っている。それで、結局タダで食事をおごってもらった。チベット人の兄ちゃん、疑って悪かった。

夕方になると氷湖や神の滝(神瀑)から観光客が戻ってくる。山奥の農村の風景が広がっているが立派な観光地となっている。

しかし、この雨崩上村はハエが多い。そこら中に馬糞が落ちているのでハエが縦横無尽に飛んでいる。宿の中でもハエが大量に飛んでいる。伝染病が発生しても不思議のないくらいのハエの多さだ。

散歩していると子供がバイクを乗り回している。もちろん、ノーヘル、ナンバープレートなしだ。観光客と子供の話を盗み聞きすると子供は12歳であった。

山奥だと中国の法律が適用されないのか?それとも、ここは中国とは別の国か?

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
食費 10元
バス 20元 飛来寺→西当温泉
雨崩村 80元
入村料 5元
荷物預かり料 5元
合計 140元

梅里雪山 雨崩村 巡礼路トレッキング1

雨崩村→氷湖までトレッキング

06:45頃、起床して出発準備を整える。朝食に昨日の残りの饅頭を1個食べる。残り1個は氷湖に到着してから食べるために残しておく。07:20頃、ユースホステルをチェックアウトして氷湖に向けて出発する。登山道の入口にあるチョルテンを通過して森に入っていく。

そして、登山道は急な上り坂になっていく。さらに、もはや登山道と呼べるような道はなくなり険しい山道になる。それも一本道ではなく複数の道があり観光用の道ではない。

唯一観光用の道であることを表しているのが山道に設置されたゴミ箱だ。ただし、落書きが酷い。このゴミ箱、人と馬の足跡、馬糞が道にある限り氷湖への道で間違いない。

ウンコ禁止の看板

山道を登り峠(標高3676m)と思われる場所に到着すると、「これより先、聖地」というような看板があった。ただし、看板には「うんこ、小便禁止、ゴミ、衣服捨てるな」とも表記されている。

どうやら禁止行為をする奴がいるから看板があるのだろう。さすが中国だ。あらゆる意味で期待を裏切らない。孔子もびっくりのモラルだ。

日中合同登山隊のベースキャンプ跡地 笑農大本営

チベット仏教の聖域に入ると下り坂になり山を下りていく。そして、氷河から流れる川沿いに進んでいくと、10:00頃、笑農大本営(笑农大本营)に到着する。笑農大本営(笑农大本营)は氷湖へ向かう観光客の休憩所だ。管理人のおっちゃん2人が常駐しているが、まだ、営業時間ではないようで売店は開いていない。笑農大本営(笑农大本营)からは氷河がよく見え景色がよい。

GPSを確認すると標高3642mだ。元々この笑農大本営はカワカブ登頂を目指して1991年に雪崩による遭難で17人の死者を出した日中合同登山隊のベースキャンプだったそうだ。そのベースキャンプは現在では氷湖への休憩地点となっている。

笑農大本営の名称の由来は、この場所が笑農高山牧場(笑农高山牧场)と呼ばれていて、日中合同登山隊のベースキャンプ(大本营)が置かれたので、後に笑農大本営と呼ばれるようになったそうだ。

笑農大本営を過ぎて氷湖へ向かうが、再び急な上り坂になり前へなかなか進まない。ゆっくり坂を上っていると、上から誰かが下りてくる。自分が一番乗りだと思っていたが、既に2人先客がいた。しかも、昨日、西当温泉からの道で知り合った2人じゃないか!氷湖までは、あと30分かかるという、嬉しくない情報を入手して前へ進む。

チベット仏教の聖地だがゴミだらけ

11:30頃、氷湖に3番乗りで到着する。約4時間の道のりであった。そして、遊泳禁止の看板を見つける。誰がこんな所で泳ぐんだよ!中国人が泳ぐから遊泳禁止の看板があるのかな?

さらにゴミ箱からはゴミが溢れている。ここはチベット仏教の聖地のはずでは?この状況は一体どういうことだ。個人的な意見ではあるが、こういった山の中ではゴミ箱が設置されていてもゴミは麓まで持ち帰るべきだと思う。雨崩村の場合はゴミ収集車の来る飛来寺までは最低持ち帰るべきであろう。

このチベット仏教の聖地にゴミを捨てるのはチベット人か?それとも中国人か?はたまた外国人であろうか?

氷湖

氷湖は標高3857mに位置しており富士山より高い位置にある。

昼食に昨日の饅頭を食べながら休息をとる。昼近くになってくると氷湖に観光客が次々と到着し始める。ユースホステルにいたアメリカ人も氷湖に来ていた。

氷湖の上には氷河があり、ここから溶けた水が滝となって氷湖へ流れ込んでいる。

12:00に雨崩村へ向けて戻る。下り坂が急なので足への負担が大きい。13:00頃、笑農大本営に到着する。先に山を下り始めたアメリカ人が休憩していた。自分は休憩せずに先を急ぐ。下り坂が終わり峠へ向けて山を登り始める。峠で休息をとり雨崩村へと山を下る。

15:00頃、雨崩村のチョルテンまで戻ってきた。今日の宿は明日の目的地である神瀑に近い下雨崩村で探すので上雨崩村から谷を越えて下雨崩村へ向かう。

下雨崩村のユースホステル

上雨崩村から下雨崩村は約1時間かけて移動する。16:30頃、下雨崩村に到着してユースホステルのSnow Scene Romance International Youth Hostel(雪域浪漫国際青年旅舎)を見つける。

2人ドミトリーで1泊20元(会員料金)だ。それに住宿登記なしでいい加減だ。さらに設備は酷い。まあ、寝る分には問題ないが、ニーハオトイレの状態は酷すぎる。あと、シャワーはありません。下雨崩村には宿が7軒あるのを確認したが、主な客層は神瀑へ向かうチベット人の巡礼者だ。その次に観光客といった感じだ。

そして、下雨崩村は上雨崩村と同様にハエが大量発生していた。これほどハエが大量発生しているのに一切対策を行っていないようだ。日本で同じようにハエが大量発生したら保健所がマスコミに叩かれます。中国はハエが大量発生しても問題ないという衛生概念なのだろう。

夜になり明日に備えて早めに寝るが隣の部屋のチベット人のおっちゃんが吐く痰の音が酷い。よくあんなに床に吐けるものだ。床じゅう痰だらけじゃないのか?それとトイレに行くのが面倒だからといって2階の通路から裏のトウモロコシ畑へ立ち小便するのはやめてほしい。明らかに立ち小便の音なので困る。

なかなかハードな環境の糞ユースホステルで過ごすことになるとは。いや、ユースホステルというより、チベット人の巡礼者のための宿坊といったところかな。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
食費 27元
合計 47元

梅里雪山 雨崩村 巡礼路トレッキング2

雨崩村→神の滝

05:30頃にうるさくて目が覚める。チベット人の宿泊客たちが巡礼の準備をしている。早朝に神瀑へ向かうようだ。ただ、巡礼の準備をしているのは分かるのだが、痰を吐いたり、2階の通路から外の畑へ立ち小便している音がするのは勘弁してほしい。こちらも神瀑へのトレッキングの準備を始める。

外のニーハオトイレへウンコをしに行くがお約束の展開で既にウンコ山盛りの地獄絵図だ。仕方なくポリタンクに溜めてある水でチベット人のウンコを流してからウンコをする。もちろん自分はウンコした後は水で流します。チベット人のように水を流さずウンコのやり逃げはしません。

それと、体中がかゆい。足に赤い斑点ができていたりする。これは虫にやられたような気がする。ベッドに虫が住んでいたようだ。

これだと飛来寺のユースホステルに戻ったら体洗って、着ている衣服をしっかり洗濯しないと、いつまでも虫の脅威に晒される。06:50頃、糞ユースホステルを出て神瀑へ出発する。天気は雨でトレッキングの条件としては悪い。

チベット人の巡礼者たちが巡礼路を進んでいくので自分も後を付いていく。巡礼路が観光客のトレッキングコースになっているので、巡礼者と観光客が混在して森の中を進んでいく。森の中は比較的平坦であったが急に上り坂へと変わる。

ここから巡礼路は山道へとなり体力を消耗する。08:10頃、第1の休憩所に到着する。売店も併設されており賑わっている。ここで朝食をとっている観光客が多いようだ。少し休んで再び歩く。

08:25頃、第2の休憩所に到着する。ここも人が多い。もちろん売店もあるので飲み物などの補給が可能だ。休憩所を過ぎると道がさらに険しくなってくる。

そして、タルチョが多くなってくる。徐々に神瀑へ近づいているようだ。もはや、トレッキングコースとは呼べない巡礼路を進んでいく。タルチョがいたる所にあり、巡礼者が神の滝(神瀑)へと向かっている。

チベット仏教の聖地というのが肌で感じられるのだがゴミが多い。中国人がゴミを捨てているのかと思ったら、チベット人が目の前でビニール袋を捨てやがった。チベット人の巡礼者たちの行動を注意して観察しているとペットボトルや空き缶を捨てている。

チベット人と中国人関係なくゴミのポイ捨てをしていやがる!そして、ゴミ箱があってもゴミが溢れている。偉大なる共産党の50年以上にわたる統治の結果、チベット人と中国人のモラルが大躍進を遂げた成果を目の当たりにすることができた。

チベット仏教の聖地は、このままゴミ山になるのだろうか?愚民化政策を進める共産党には期待できないのでダライ・ラマに何とかしてもらいたいものです。

チベット仏教の聖地 神の滝(神瀑)

巡礼路が開けた所に着くと、前方に神の滝(神瀑)が見えた。すぐ近くまで来たようで最後の上り坂を上り、09:40頃、約3時間かけて標高3644mの神瀑に到着する。

チベット人の巡礼者たちは神瀑の下をくぐっていく。巡礼の最大の目的は滝の水に触れることにある。10:00頃、神瀑を離れて下雨崩村へ向かう。

途中の崖にチベット仏教の寺院があったので寄ってみる。小さな寺だが若いラマ僧が1人おり、どうやら常駐しているようだ。

小さな寺でも任されているのは凄いが、このとてつもない辺境に住んでいることの方が凄い。再び険しい巡礼路を戻る。

下雨崩村→上雨崩村

12:50頃、下雨崩村に戻ってきた。明日はバスで西当温泉から飛来寺へ戻るので西当温泉に近い上雨崩村へ向かう。昨日通った谷を再び越えて、14:10頃、上雨崩村のユースホステル氷湖之家国際青年旅舎に到着。

3人ドミトリーで1泊20元(会員料金)だ。おまけに住宿登記なしだった。昨日も住宿登記なしだったし、雨崩の宿は、かなりいい加減な感じだ。夕飯はユースホステルで炒白菜土豆絲と米飯を食べる。20元だ。

松茸炒め30元もあったのだが、我慢して節約する。8月は雲南省では松茸の時期になるので、乾燥じゃない、生の松茸が出回っている。

夕飯を食べ終わった頃にドミトリーに新たな宿泊客がやってきた。もちろん中国人だが、早朝に西当温泉を出発して、そのまま氷湖まで行ってきたという健脚だ。西当温泉は一泊する価値があると言っていた。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
食費 20元
合計 40元

雨崩村最終日

雨崩村 巡礼路トレッキング 雨崩上村→西当温泉→飛来寺

06:00に起床する。小雨が降っているが飛来寺まで戻るため強行軍で、06:45に西当温泉へ向けて出発する。出発直後にデジカメのバッテリーが切れた。山道を進んでいくが疲れて足取りが重い、07:30頃に欧米人2人組に追い抜かれる。

08:30頃、峠を越えて下り坂になる。小雨は止むが道の状態は滑りやすくよくない。峠を越えると雨崩村へ向かうチベット人の巡礼者たちとすれ違う回数が多くなる。でも、中国人観光客とはすれ違っていない。

10:30頃、第一の休憩所である軽松茶館に到着する。軽松茶館のあたりから中国人観光客とすれ違い始める。飛来寺を07:30に出発したバスに乗車した観光客たちだろう。約4時間半かけて、11:10頃、西当温泉に到着する。

駐車場に飛来寺、徳欽へ戻るバスが停車しており乗車して出発を待つ。13:00出発のはずなのだが、12:55にバスが出発する。運ちゃんの気分で出発時間が変わるのは中国では当たり前なので特に驚きはない。乗客は10人ほどで、まだ空席がある。

西当温泉から飛来寺までは直線距離だと6-7kmなのだが、瀾滄江(澜沧江、メコン川の上流)が流れる谷があり大きく迂回して50-60kmの道のりを約1時間15分かけて、14:10頃、飛来寺に到着する。運賃は20元だ。

飛来寺のユースホステルへ戻る

そして、ユースホステルのDeqin Feilai Temple youth hostel(飞来寺觉色滇乡青年旅舍)へ向かう。預けていたバックパックを回収して10人ドミトリー、1泊20元(会員料金)に2泊する。

ドミトリーには留学生のイタリア人の姉ちゃん2人組と広東省の学生3人組、浙江省のバックパッカーがいたのだが、夜になり隣のドミトリーの学生どもがうるさくイタリア人の姉ちゃん2人が眠れずキレ気味になる。

こちらのドミトリーの学生たちは、明日、雨崩村へ行くということで早めに寝て静かなのだが、隣のドミトリーの小皇帝や小公主は日付が変わっても騒いでいるのでイタリア人の姉ちゃん2人組は壁を叩いて警告しているが効果なし。さすがに怒鳴りこむことはなかったが殺気が漂っていた。

雨崩村のまとめ
  • 徳欽(德钦)→西当温泉のバスが1日2本、徳欽バスターミナルを07:00、15:00に出発するが発車時刻は運ちゃんの気分次第。
    飛来寺景区を毎朝07:30に発車するので07:00頃にバスを待っていないと座れない可能性有り。
    午後は15:30頃に通過するが満席の可能性が高い。
    飛来寺→西当温泉の運賃は20元。
  • バスは飛来寺景区前を07:30に出発して、09:30頃、西当温泉に到着する。
  • 飛来寺→西当温泉の乗り合いタクシーは1人25元だが人数集まらないと出発しない。
    チャーターは片道250元、往復350元。
  • カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)の手前にチケット売り場がある。
    飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾の150元のセット券か飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾、明永氷河の228元のセット券を持っている場合は雨崩村の単独券80元を購入する。
    セット券を持っていない場合は、飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾、雨崩村の230元のセット券を購入する。
  • 雨崩村の入場券には世界遺産のロゴがあるので三江併流の一部として世界遺産になっているようだ。
  • 雨崩村は谷を挟んで雨崩上村と雨崩下村に分かれている。
  • 西当温泉(標高2612m)から雨崩上村(標高3226m)までは馬で行くことが出来る。
    西当温泉→雨崩上村は305元、西当温泉→南宗拉垭口(途中の峠)は235元。
  • 西当温泉(標高2612m)→雨崩上村(標高3226m)には休憩所が3箇所ある。
    軽松茶館(標高3118m)は第1休憩所 。
    八一茶館(標高3532m)は第2休憩所で昼食にカップ麺を食べる客が多い。
    那宗拉垭口茶館(標高3757m)は峠の茶屋でこれ以降は休憩所はない。
  • 西当温泉→雨崩上村は1本道と言われているが、実際はショートカットする道が複数有りややこしい。
  • 西当温泉→雨崩上村は電線が通っているので電柱をたどっていけば道に迷わない。
  • 徒歩と馬でしか雨崩村へ行けないような情報があるが、実際はバイクが通っている。
  • 雨崩上村の入口に関所があり入場券の確認と雨崩客桟管理費と称して5元徴収される
  • 雨崩上村は宿が多く、雨崩下村は少なめだがチベット人の巡礼者が多い。
  • 雨崩上村(標高3226m)→氷湖(標高3855m)は約4時間の道のり。
  • 雨崩上村→氷湖には休憩所は1箇所のみ。
    休憩所の笑農大本営(笑农大本营)(標高3637m)は元々はカワカブ登頂を目指して1991年に雪崩による遭難で17人の死者を出した日中合同登山隊のベースキャンプ
  • 雨崩上村→雨崩下村は約1時間
  • 下雨崩村(標高3095m)→神の滝(神瀑)(標高3643m)までは約3時間。
  • 下雨崩村→神の滝(神瀑)には休憩所は2箇所ある。
  • 休憩所過ぎると崖にチベット仏教の寺院がある。
  • 神の滝(神瀑)周辺からは氷河が見える。
  • 西当温泉→徳欽のバスは13:00出発だが運ちゃんの気分で変わる。
    西当温泉→飛来寺は20元、所要時間は約1時間15分。
雨崩村のGPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西当温泉
N 28°25’32.19″
E098°48’44.19″
軽松茶館
N 28°25’04.74″
E098°49’34.22″
八一茶館
N 28°24’07.77″
E098°49’21.90″
那宗拉垭口茶館
N 28°23’40.05″
E098°49’07.17″
那宗拉垭口(雨崩村への峠)
N 28°23’41.57″
E098°49’08.61″
雨崩上村の宿
MeDo International Youth Hostel
(迪庆雨崩梅朵国际青年旅舍)
N 28°24’02.98″
E098°47’31.62″
雨崩上村の宿
氷湖之家国際青年旅舎
N 28°24’00.92″
E098°47’33.12″
雨崩上村→氷湖の休憩所
笑農大本営(笑农大本营)
N 28°24’12.50″
E098°45’32.52″
氷湖
N 28°24’31.42″
E098°44’46.61″
雨崩下村の宿
Snow Scene Romance International Youth Hostel
(雪域浪漫国際青年旅舎)
N 28°23’31.92″
E098°47’34.92″
雨崩下村→神の滝(神瀑)の休憩所1
N 28°22’22.01″
E098°46’08.79″
雨崩下村→神の滝(神瀑)の休憩所2
N 28°22’17.98″
E098°45’57.88″
神の滝(神瀑)
N 28°22’00.45″
E098°45’16.85″
飛来寺景区
N 28°26’30.35″
E098°52’35.04″
飛来寺の宿
飛来寺覚色滇郷青年旅舍
(飞来寺觉色滇乡青年旅舍)
(Deqin Feilai Temple youth hostel)
N 28°26’42.38″
E099°52’24.41″
本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 40元 1泊20元×2
食費 18元
バス 20元 西当温泉→飛来寺
合計 78元

飛来寺のユースホステルで休息

ユースホステル

朝から曇で天気が悪い。午後になると雨が本格的に降り始める。ユースホステルには雨を避けようと避難してくる客が多くいた。恐らく雨崩村などへ向かおうとした客が予定を変更して飛来寺で足止めとなったのだろう。

夕飯はユースホステルのレストランで香菇油菜(15元)を食べる。ご飯は桶半分で注文した。飛来寺で体力を回復させたので明日はチベット行きに挑戦だ!

飛来寺のまとめ
  • 徳欽(德钦)→飛来寺(飞来寺)のバスは西当温泉行きバスで飛来寺下車。
    西当温泉行きバスは07:00と15:00の1日2本だが運ちゃんの気分で出発時刻が変わる。
    飛来寺までは運賃5元。
  • 飛来寺景区の入場料は60元(約1020円)だが、セット券(套票)しか販売していないので、最低150元(約2550円)の飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾のセット券を購入しなければならない。
  • 飛来寺景区は入口に世界遺産のロゴがあるので三江併流の一部で世界遺産。
  • 飛来寺は賽銭持っていても中に入れてくれない。
    扉閉められて追い出されます。
  • 夏は天気悪くて梅里雪山は滅多に見えない。
  • 宿、レストラン、売店は多い。
    レストラン併設の宿多し。
  • 飛来寺景区から飛来寺は1km弱離れている。
飛来寺のGPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

徳欽汽車站
N 28°29’15.02″
E099°54’52.65″
飛来寺景区
N 28°26’30.35″
E098°52’35.04″
飛来寺
N 28°26’52.46″
E098°52’53.27″
飛来寺の宿
守望6740
N 28°26’34.35″
E098°52’29.47″
飛来寺の宿
飛来寺覚色滇郷青年旅舍
(飞来寺觉色滇乡青年旅舍)
(Deqin Feilai Temple youth hostel)
N 28°26’42.38″
E099°52’24.41″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 26元
合計 26元

雲南省旅行記2014夏2

雲南省シャングリラ(香格里拉)→奔子欄

シャングリラ(香格里拉)→奔子欄

今日はシャングリラ(香格里拉)を一旦離れて奔子欄(奔子栏)へ向かう。奔子欄はシャングリラ(香格里拉)と徳欽の間にある小さな町で茶馬古道のルートにもなっているおり、茶馬古道の時代には馬幇たちの商隊が奔子欄で補給を整えて金沙江を渡って行ったそうだ。

事前に調べた情報によれば奔子欄に泊まる旅行者は少ない。普通は奔子欄で昼休憩をして徳欽へ向かうそうで宿泊するのは珍しいようだ。

11:45頃にユースホステルをチェックアウトする。3路のバスでバスターミナルの香格里拉汽車站の西にある飛馬彫像のロータリー(飞马雕塑转盘路)へ行く。飛馬彫像のロータリー(飞马雕塑转盘路)の西から奔子欄行きのバスが出ている。

既にバスには数人乗っており、運ちゃんに運賃と出発時間を確認する。奔子欄までは25元で14:00出発とのことであった。

バックパックだけ先に預けて香格里拉汽車站へ向かう。先ほどから急に腹の調子が悪くなってきた。緊急事態だ!バスターミナルの香格里拉汽車站のトイレへ向かう。料金徴収のおばちゃんに0.5元支払うが、トイレはウンコ山盛りの地獄絵図であった。しかも、鍵が壊れていてニーハオトイレ状態だ。0.5元払ってトイレがこれでは相当酷い。

しかも、欧米人も多数利用している香格里拉汽車站だ。これでは中国政府のメンツは丸潰れだ。大多数の中国人は、これが世界標準だと思っているのだろうか?習近平国家主席が、この事実を知ったらシャングリラ(香格里拉)の書記は免職だろうな。

香格里拉汽車站から飛馬彫像のロータリー(飞马雕塑转盘路)へ戻るが、ここで書松(书松)の乗り合いタクシーを見つける。書松(书松)行きだと東竹林寺や塔巴林寺に行くことが可能だ。

バスに戻り出発時刻を待つが、13:30頃、急に晴れていた天気が崩れて雷雨になる。山の天気は急変しやすい。

14:00ちょうどにバスが出発する。この手のバスは客が集まり次第出発というのが、よくあるパターンなのだが珍しく定刻通りの出発だ。乗車率は7割から8割といったところだ。おそらく途中でも客を乗せて満席となるのだろう。

奔子欄に到着

奔子欄までの国道214号の道路状況は概ね良好だ。雨季なので所々で崖崩れや落石の跡が見受けられたがバスは順調に進む。16:30頃、奔子欄に到着する。国道沿いはレストランが数軒あるだけだが、町の中には宿、食堂や商店がそれなりにある。町自体小さいので集中して並んでいる。

まずは宿探しで町のほぼ中心にある好運来客桟(好运来客栈)に決める。3人ドミトリーで1泊15元だ。久しぶりに激安の宿にあたった。

でも、安いには理由がある。客層が、かなりのおサルさんのようで廊下で痰を吐く音が頻繁に聞こえる。そして、何故か登記なしだ。外国人と分かって泊めているのか、元々全ての客が登記なしなのかは不明だ。それと、奔子欄は電力事情が悪いようで停電中であった。

17:00過ぎに奔子欄を少し探検してみる。国道214号沿いにはレストランが数軒ある。それと、チョルテンもあり地元民がコルラしていた。

そして、中国のド田舎では珍しい歩道橋があるではないか!水路と兼用となっているが、これで地元民が安全に道路を渡ることができる。

中国では交通ルールを守らないのが常識となっているので、車も歩行者も左右を確認しないのが当たり前なので歩道橋を設置することは非常に意味がある。このド田舎で人を轢いたら確実に、そのまま走り去るだろう。

奔子欄で金沙江の吊り橋を渡る

奔子欄には金沙江に架かる金沙湾大橋がある。

金沙江が雲南省と四川省の境界になっており橋を渡れば対岸は四川省だ。そこで橋を渡り四川省へ行ってみた。

行ってみたけど得荣へ続く道があるだけだった。

雲南省側に戻るが、橋を渡るバイクはノーヘル2人乗りナンバープレートなしだ。中国はバイクはノーヘルでも特に問題ないようだ。

でも、ナンバープレートは付けていないといけないはずなのだが、四川省と雲南省ではほとんどのバイクはナンバープレートなしだ。これは法律が機能していないと言って良いだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 15元
食費 26元
バス 1元 路線バス
バス 25元 香格里拉→奔子欄(奔子栏)
トイレ 0.5元 香格里拉汽車站のウンコ山盛りトイレ
合計 67.5元

世界自然遺産 三江併流・金沙江大湾

徒歩で奔子欄→金沙江大湾

奔子欄(奔子栏)を07:30頃に出発する。宿の近くの市場前にはシャングリラ(香格里拉)行きのバスが停まっている。

ロンリープラネット雲南には08:10出発とある。既に乗客が数人乗っていた。

今日の目的地は徳欽なのだが、まずは金沙江大湾を目指す。奔子欄から乗り合いタクシーを利用してもよいが、それだとボッタクられるだけでつまらないので徒歩で行く。

ロンリープラネット雲南によれば奔子欄から金沙江大湾までは上り坂で4kmとある。気合いを入れれば2時間で何とかなりそうだ。奔子欄を出てすぐの道標には1945と表記されている。恐らくラサまで1945kmという意味なのだろう。

それと、道標にはチャリダーや徒歩族の落書きが書かれている。上り坂で苦しめられて恨みの一言でも書きたい気持ちはわかるが、公共物に落書きするのは問題だ。さて、気合いを入れて国道214号を歩くが、08:00頃に雨が降ってきて道路脇の木の下に避難する。15分ほど様子を見るが雨は止みそうにないので強行軍で進む。

上り坂を上っていくうちに雨が止んで目の前にタルチョが見えてきた。タルチョで休憩をする。

ちょうど崖下にゴンパらしき建物とラマ僧がいるのを確認する。

休憩後、再びひたすら歩くが、後ろからチャリダーが追い抜いていく。追い抜いてくと言っても、ほとんど歩きと同じ速度で相当苦しそうだ。5人ぐらいのチャリダーに追い抜かれたが、ほとんどが単独だ。理塘のようにチャリダー軍団はいなかった。

1kmごとに休憩をとりながら進んでいくと休憩中のチャリダーに遭遇する。チャリダーから話しかけてきたので色々と情報を仕入れる。

奔子欄はチャリダーの補給基地になっているようで1泊するようだ。奔子欄を出発したら書松(书松)で休憩をとって徳欽を目指すそうだ。ただ時間や体力の問題がある場合は書松(书松)で1泊して、翌日、徳欽へ行くようだ。

徒歩族は書松(书松)で1泊でないと無理だそうだ。チャリダーから情報を仕入れたが、こちらが日本人と知って相当驚いていた。まあ、こんな所を日本人がバックパック背負って歩いているなんて考えられないよな。

休憩を終えてチャリダーが出発して自分も出発する。ひたすら歩くが、既に奔子欄から4km歩いたが、まだ金沙江大湾に到着しない。

ロンリープラネット雲南の奔子欄から金沙江大湾まで4kmというのは直線距離のことなのだろう。そうすると山の上まで歩かないといけないのだろう。一気に士気が下がってきます。とにかく歩かなければ金沙江大湾にはたどり着けない。頑張って歩くが太陽がでてきて急に暑くなってきた。

上着脱いでTシャツで歩くが汗が噴き出す。おまけに蝉が鳴き出して暑さ倍増です。8月とはいえ2000m以上の高地で蝉が鳴いているとは予想外であった。

世界自然遺産 三江併流の金沙江大湾

暑さに負けそうになったが、前方に金沙江大湾の看板が見えてきた。あと少しのようだ。

少し士気が回復して、10:50頃、ようやく金沙江大湾に到着した。奔子欄から金沙江大湾まで約6.5km、約3時間20分の道のりであった。

金沙江大湾の入場料は単独だと30元なのだが、現在は梅里雪山国家公園の金沙江大湾、飛来寺、霧濃頂の150元のセット券(套票)からの販売で金沙江大湾だけでは販売していない。自分は明永氷河までの228元のセット券(套票)を購入する。

セット券(套票)には特に有効期限は表記されていなかったが、8月中は大丈夫だろう。徒歩族じゃ全部回るのにも2~3週間ないと苦しいだろう。特に雨崩村のセット券(套票)は本当に1ヶ月欲しいよ。入場券をよく見ると世界遺産のロゴがある。金沙江大湾なども三江併流の区域だから当然か。

入場券を購入し金沙江大湾を見物する。確かにこの光景は凄い!

眼下に広がる金沙江大湾。そして、金沙江大湾に沿って道路がありトラックが小さく見える。

金沙江大湾で徳欽行きバスを捕まえる

昼頃、金沙江大湾の見物を終えて国道214号で徳欽行きのバスを待つ。この時間だとシャングリラを09:20に出発したバスが奔子欄で昼休憩をとっているはずだ。

バスを逃さないために車から見える位置にバックパックを配置して旅行客がいることをさりげなくアピールする。ただし、最近はヒッチハイカーがタダで乗せてもらうために各地で出没しているので、間違われないようにしないといけない。

国道脇で待機すること約30分、12:30頃に徳欽行きのバスがやってきた。両手を振って運ちゃんにちゃんと分かるようにアピールする。そして、間近に来ても両手を振って運ちゃんの目を見て客であることをアピールする。

バスは少し通り過ぎた所で停車したので、すかさず走ってバスへ向かいドアを叩く。ドアが開いたら徳欽までいくらかの料金交渉だ。40元ということで、待ってもらって荷物を取りに行く。(徳欽→奔子欄は36元)バスに乗車したら空いている席に座って作戦完了だ。バスに乗ったら安心だ。

幸い空席があったので乗れたのだが、奔子欄あたりで降りた客がいるのかもしれない。
バスは徳欽へ向かって順調に走っていく。途中の東竹林寺で旅行客を1人降ろして、書松(书松)で客を乗せ、15:15頃、徳欽に到着する。

バスターミナルにはチベットの昌都や芒康行きのバスが停車している。外国人が乗りたくても乗れないチベット行きのバスだ。まあ、今回は雨崩村から戻ったらチベット行きに挑戦してみるけど。上手く行くかは別だが。

徳欽は電力事情が悪い?

さて、今日の宿は徳新楼だ。徳新楼はロンリープラネット雲南や旅行人チベットにも掲載されているバックパッカー定番の宿だ。1人部屋で1泊40元だ。

でも、停電中だ。このところ停電している宿によく当たる。宿と言うより町や村だ。四川省の亜丁村、昨日の奔子欄、そして、徳欽だ。

これは工事による停電ではなく、強制的に停電させられているような気がする。ド田舎への電力供給を止めて、その分の電力を都会へ供給しているような気がする。でも、理塘や甘孜もド田舎だけど電力供給されていたのは、やはり暴動が起きてしまうという事だろうか?停電の本当の理由が気になる。

宿が決まり明日の明永村へのバスの切符を買いに行く。しかし、バスターミナルでは切符は売ってくれなかった。乗車して運賃を支払う方式であった。明永村へのバスは明日の朝確認ということになった。

一区切りついたので夕飯を食べに行く。四川料理の店で蛋炒飯を食べる。15元で高い。でも、徳欽は辺境で物資が自給できないので物価が高いのだ。

徳欽の町を歩くと停電中だけど発電機のある所だけ電力が確保されている。主に電力の確保されている場所は携帯電話の基地局だ。そして、金融機関も通常通り機能している。さらに一部のホテルやレストランも発電機が設置されていた。

コードがアンテナへ伸びている。

ちなみに中国農業銀行のATMはVISAやMASTERのマークが付いていた。

徳欽の中心街である南平街を歩いていると、恐らく徳欽で一番大きなスーパーと思われる「爱家购物广场」を見つける。ここで食料を購入と価格調査をしておく。

インスタントラーメンとジュースを購入する。ジュース450mlが1.9元で安かったのだが、これには訳がある。蓋を見ると期限が迫っているからだ。こういうワケあり品が特売品として田舎に流れてくるのだろうか?

それと、お釣りに飴玉2個が混じっていた。1角札が無いようで0.2元分が飴玉になった。

シャングリラ→奔子欄→徳欽のまとめ
  • シャングリラ(香格里拉)→奔子欄(奔子栏)のバスは香格里拉客運站の西にある飛馬彫像のロータリー(飞马雕塑转盘路)付近から14:00出発で25元。
  • シャングリラ(香格里拉)→奔子欄(奔子栏)の道路状況
    国道214号の路面は概ね良好。
    トラックなど大型車多い。
    土砂崩れ数カ所あり。
  • シャングリラ(香格里拉)→奔子欄(奔子栏)の所要時間は約2時間半
  • 奔子欄(奔子栏)には、16:30頃に到着
  • 奔子欄(奔子栏)は停電多く電力事情は悪い
  • 奔子欄(奔子栏)→シャングリラ(香格里拉)のバスは翌朝08:10?に中心部の市場付近から出発。
    07:30にはバスが停車して客が乗っていた。
  • 奔子欄(奔子栏)→金沙江大湾は約6.5kmの上り坂、徒歩で約3時間20分。
  • 金沙江大湾の単独入場券の販売はなし。
    最低でも飛来寺景区、金沙江大湾景区、霧濃頂景区のセット券(套票)150元を購入する。
  • 金沙江大湾→徳欽のバスは40元。
    シャングリラ(香格里拉)からのバスを上手く捕まえる。
  • 金沙江大湾→徳欽の所要時間は約2時間15分
  • 金沙江大湾→徳欽の道路状況
    国道214号の路面は概ね良好。
    一部工事区間あり。
    土砂崩れ数カ所あり。
シャングリラ→奔子欄→徳欽のGPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

香格里拉客運站
N 27°50’22.01″
E099°42’35.78″
香格里拉・得荣・徳欽の三叉路
N 28°10’11.16″
E099°23’20.45″
金沙湾大橋
N 28°14’25.31″
E099°18’22.74″
奔子欄の宿 好運来客桟(好运来客栈)
N 28°14’29.31″
E099°17’58.47″
奔子欄と金沙江大湾の間にあるタルチョ
(崖下にゴンパらしき建物あり)
N 28°14’51.71″
E099°16’52.09″
金沙江大湾
N 28°15’29.00″
E099°16’27.55″
東竹林寺
N 28°15’43.34″
E099°13’59.66″
書松村(书松村)
N 28°16’31.80″
E099°11’20.75″
白馬雪山観景台
N 28°18’23.44″
E099°08’59.16″
峠(4237m)
N 28°20’13.29″
E099°04’40.21″
峠(4296m)
N 28°21’07.64″
E099°02’46.33″
峠(4329m)
N 28°23’00.91″
E099°00’19.99″
徳欽汽車站
N 28°29’15.02″
E099°54’52.65″
徳欽の宿 徳新楼
N 28°29’11.86″
E099°54’56.29″
本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 40元
食費 34.7元
バス 40元 金沙江大湾→徳欽
梅里雪山国家公園 228元 金沙江大湾・飛来寺・霧濃頂・明永氷河
合計 342.7元

雲南省徳欽→飛来寺

飛来寺へ

06:00頃に起床して出発準備を整える。外は霧が出ており遠くが見えない。06:30頃、宿をチェックアウトして徳欽汽車站へ向かう。西当温泉行きのバスが既にバスターミナルの外で待機している。

明永村行きのバスは見当たらない。バスターミナルの中を探しても見当たらない。バスターミナルのおばちゃんがいたので明永村行きのバスがないか聞くと午後にあるという。ロンリープラネット雲南だと07:00と15:00の1日2本とあったが1日1本であった。

予定を変更して西当温泉行きのバスに乗り飛来寺を目指す。06:45頃にバスが出発する。飛来寺までの運賃は5元だ。バスの乗車率は6割ぐらいといったところだ。

朝霧の中をバスが進んでいき、07:15頃、飛来寺に到着する。飛来寺には宿が多数あるが、まずはユースホステルへ行ってみるが満室だった。朝の時間帯なので、まだ部屋が空いていないそうだ。仕方ないので、ロンリープラネット雲南に載っていた、守望6740へ行ってみる。

あいにく1泊30元のドミトリーは満室だが、空いたらチェックイン(登記)すればよいという事でレストラン兼共有スペースで待たせてもらう。ここは境外人員接待証があるので外国人OKの宿だ。

天気の悪い飛来寺

ここの宿は国道沿いに面しており梅里雪山が一望できる絶好の立地条件だ。外の国道には梅里雪山の写真を撮ろうとする観光客が見受けられる。ここの宿は梅里雪山を撮ろうとする観光客には最適の宿だろう。

雲に隠れている事が多い梅里雪山だが、この宿なら夏でも冷える外で待たずに中で待つことができる。シャッターチャンスが来たら外へ出ればいいのだ。

08:50頃、前の国道をチベットの塩井行きのバスが通る。客を乗せていたが身分証を確認している様子がない。上手く行けばバスに乗れそうな気がする。無事に検問を突破できるかは謎だが。09:15頃には芒康行きのバスが通過する。芒康行きのバスは自転車や荷物を満載しており、飛来寺からの乗車は無理そうだ。

雨季は雲が多く梅里雪山は見えなかった。来る時期を間違えた。

11:00頃、飛来寺景区へ行ってみる。飛来寺景区周辺には宿や食堂が十分にある。ユースホステルも2軒あった。

飛来寺景区周辺は朝はチベットやシャングリラへ向かう観光客や車で賑やかだが、昼近くになると人通りが少なくなる。

飛来寺景区からは梅里雪山は見えなかった。梅里雪山の見えない飛来寺景区はぼったくりだ。

飛来寺

飛来寺景区から1km弱ほど徳欽方面へ戻った所に「南卡扎西寺庙」の標識がある。ここが飛来寺だ。一般的には飛来寺といえば梅里雪山を見る飛来寺景区を指すが、この寺が本当の飛来寺だ。

パンチェン・ラマが訪れた記念に建立された寺だが、寺自体は非常に小さい。参拝客はいなかった。

宿に戻り今後の計画を練っていると、タクシーの運ちゃんが2人やって来た。このパターンは四川省稲城で経験しているので、相手にせずにおく。貧乏バックパッカーを相手にするより金持ちの中国人に声を掛けろよ!必要になったら、こちらから声をかけるから!

夕方の梅里雪山

夕方になり梅里雪山の雲が少なくなってきた。写真撮影の観光客が国道に集まってきた。この時期では貴重な撮影機会のようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 30元
食費 15元
バス 5元 徳欽→飛来寺
合計 50元

明永氷河を目指して 飛来寺→明永村

バスで飛来寺→カワカブ大橋

06:00頃に起床して明永氷河への出発の準備を整える。夜明け前であるが外の国道には梅里雪山を見ようと観光客が集まっているが、梅里雪山は雲に覆われている。

07:00過ぎに宿をチェックアウトして飛来寺景区の入口と梅里青年旅社の辺りで西当温泉行きのバスを待つ。本来は明永行きバスに乗車しないといけないのだが、明永行きのバスがないので西当温泉行きバスで途中のカワカブ大橋(卡瓦格博大桥)まで行き、そこから徒歩で明永氷河へ向かうという作戦だ。

西当温泉行きのバスを待っていると、西当温泉行きのバスが徳欽方向ではなく反対の西当温泉やチベット方向からやってきた。既に西当温泉行きのバスは飛来寺に来ており客を拾いながら回っていたようだ。

今日は西当温泉行きのバスに乗り途中の瀾滄江の橋を渡ったT字路で下車して徒歩で明永村へ行く。バスは07:30に出発するということで、まだ時間がある。

バスに乗車して待つことにするが、乗客は19人乗りのバスで4人ほどだ。女性の乗客2人組から雨崩村に行くのか聞かれ、明永氷河へ行くと言ったら、運ちゃんが明永氷河に行かないと言って降ろそうとするので、瀾滄江の橋で降りて徒歩で明永氷河へ行くと説明して難を逃れる。

07:30頃にバスが出発する。満席で1人座れなかったのがいるが、定員オーバーでも多少のことは中国では問題なしになってしまう。バスは国道をチベット方面へ走っていき、途中で梅里雪山景区への道へはいる。

道路状況は舗装されており良好だが、土砂崩れと落石の跡が数カ所あった。08:30頃、瀾滄江に架かるカワカブ大橋(卡瓦格博大桥)の手前で梅里雪山景区の入場券売場に到着する。ここで明永氷河や雨崩村の入場券を持たない観光客は入場券を購入する事になるが、事前に入場券を購入していたのは自分だけで、残りの乗客全員が入場券を購入する。

しかし、梅里雪山景区の入場券はセット券(套票)のみの販売で雨崩村だけの単独入場券の販売はない。雨崩村は80元だが、飛来寺などの部分が150元で雨崩村だけに行くのでも合計の230元を払わないといけない。

そうなると当然のごとく不満の声が聞こえてくる。これは、ドラクエⅡに売れ残りのソフトを抱き合わせ販売しているのに近い。乗客は色々と不満を言ってはいるが、皆仕方なくセット券(套票)を購入している。

しかし、嫌々購入しているので時間がかかっており運ちゃんが早くするように催促している。橋の工事で道路の通行止めの時間が迫っているようだ。

08:45頃、瀾滄江の橋を渡った所でバスを降りて徒歩で明永村へ向かう。

カワカブ大橋から徒歩で明永村へ

カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)から先は未舗装の悪路を瀾滄江に沿って約1km歩く。

瀾滄江(澜沧江、メコン川の上流)

明永村への分岐点

分岐点になり舗装された道路になった。ここに通行規制の看板が出ていた。カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)の補修工事で通行止めになるようだ。

上り坂が続きこまめに休憩をとりながら進む。晴れているので日差しが強く日陰を見つける度に休憩をとる感じだ。途中でチョルテンの建設現場に差し掛かると工事のおっちゃん2人に休んで行けと言われ少し休む。

徒歩で明永村へ向かう旅行者は珍しいようで声をかけたみたいだが、日本人だと分かると更に驚いていた。再び歩くと道路脇に湧き水があったりするので顔を洗ったりする。さすがに生水を飲むのは下痢しそうなのでやめておく。

明永氷河の明永村

明永村の入口に差し掛かると民家や畑が見えてきた。明永村はブドウ栽培が盛んなようでトウモロコシ畑に混じってブドウ畑が多い。

11:10頃、明永村に到着する。今日の宿はロンリープラネット雲南に掲載されていた崗堅賓館(岗坚宾馆)だ。しかし、中には誰もいない。誰か来るまで待たせてもらうことにするが、チェックアウトする客しか遭遇しなかった。しばらくすると、ようやく老板がやってきた。

1泊いくらか聞くと100元とかぬかすので、もっと安いのがあるだろと聞くと1泊30元のドミトリーがあった。ドミトリーは賓館ではなく、道を挟んで向かい側の老板のチベット式民家の自宅にあった。老板は普段は賓館にいないようで自宅にいるようだ。とりあえず宿は確保した。
13:00頃、明永氷河の入口を確認しに行く。明永氷河の入り口にはチョルテンがあり、駐車場になっている。明永氷河の入口が村で一番賑やかな場所で宿と食堂が数軒ある。でも長さは50m無いかもしれない。

しかし、明永村はハエが多い。宿もハエが多かったが、他の客桟や売店でもハエが飛び交っていた。氷河の近くで、こんなにハエがいるなんて異常としかいえない。衛生状態はかなり悪い印象を受ける。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 30元
バス 20元 飛来寺→カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)
(西当温泉行きバスに乗車)
合計 50元

梅里雪山 真夏の明永氷河

明永氷河までトレッキング

06:00に起床して、すぐに明永氷河へ向かう。外はまだ暗く誰もいない。もちろん明永氷河の入口には誰もおらず、そのまま素通りして登山開始。今日は一番乗りで明永氷河を目指す。

氷河から流れる川の音だけが辺りに響き周囲は状況はよく分からないが、道なりに山を登っていく。夜が明けて辺りが明るくなるが山道は険しくなる。何度も休憩しながら進むが、第一目標の太子廟にたどり着かない。

07:30過ぎに後方にチベット人4人組の観光客が迫ってきて追い抜かれた。チベット人は基礎体力が違うので、中年の日本人など相手にもならない。山道の途中で休憩所があり、ここから少しの距離だが桟道が設置され歩きやすくなった。

08:30頃、ようやく太子廟に到着する。ここにはラマ僧が1人住んでおり修行中であった。内部を拝観していると例の写真がありました。リタンのようにでかい写真はないのですが、ご禁制の観音菩薩の化身でノーベル平和賞を受賞した非常に徳の高い高僧の写真です。まあ、ある所にはあるのですね。

太子廟の次は明永氷河の観景台へと思ったけど、太子廟の裏の売店とレストランの所で明永氷河と蓮華寺の分かれ道になっており、先に蓮華寺へ向かうが山道がさらに険しくなる。
途中で長寿水という湧き水で休憩する。生水は避けた方がよいのだが、あまりの冷たさに負けて飲んじゃいました。長寿水を飲んで再び山道を歩く。

蓮華寺

山道から明永氷河が見えてくると、お香の匂いがしてきた。さらに歩くと蓮華寺に到着する。蓮華寺にはラマ僧は住んでいないようで、管理人のおっちゃんが一人住んでいた。

蓮花寺は創建時期は不明だが徳欽地区で最古の寺で文化大革命により破壊されたが2000年に再建された寺だ。

GPSを確認すると標高3194mのようだ。

蓮華寺の裏からは明永氷河が見えた。時折、氷河が崩れる音が周囲に響く。

明永氷河

蓮華寺の次は明永氷河の観景台だ。下り坂だから楽勝だと思っていたが間違いであった。雨が降ったせいで滑りやすく危険なのだ。さらに坂が急なので下り坂でも慎重に歩かなければならない。足への負担はかなりある。足の疲れが酷い状態で明永氷河の観景台に到着する。

しかし、ここで雨が降ってきた。こういう時になぜ雨が降ってくるんだ。明永氷河の観景台で天気の回復を待つ。

雨が止んで晴れてきて、ようやく氷河の迫力を目の当たりにできた。天気は晴れたが梅里雪山の頂上付近が雲に隠れて残念な状態だが氷河はしっかり見られた。

この明永氷河は世界中の氷河の中でも低緯度に位置する珍しい氷河だ。夏は気温が高いのだが冬に大量の降雪があるために夏でも氷河が残っているのだ。しかし、地球温暖化の影響で年々氷河は後退しているという。

12:15頃、氷河を見たので、この後は戻るのだが、結構急な山道なので下りるのも大変だ。雨が降ったせいで滑りやすく、何度も転びそうになる。足の疲労も相当なものだが、何とか今日中に飛来寺まで戻りたいので気合いで歩く。麓で待機している馬が見えてきて、13:25頃、明永氷河の入口に戻ってきた。

日中合同登山隊の慰霊碑

GPSを確認すると2345mの地点まで下りていた。所要時間は約7時間、高低差が約800m、移動距離が約17kmであった。

明永氷河の入口には1991年にチベット仏教の聖山カワカブ登頂に挑戦し遭難した日中合同登山隊の慰霊碑があった。

徒歩で明永村→カワカブ大橋

13:30頃、宿に戻り、13:45に宿をチェックアウトする。12:00を過ぎていたが老板娘に追加料金を取られずに済んだ。それより、歩いてメコン川の入場券売場へ戻ろうとしていることに驚いていた。

既に足の状態が限界に近いのだが、さらに荷物にバックパックが追加になり、6km先の瀾滄江(澜沧江、メコン川の上流)を目指す。明永村からは下り坂が続くが舗装道路なので、明永氷河の山道よりはマシだ。下り坂の途中で、昨日の湧き水の場所に到着する。ここで、顔を洗って少し休憩する。いい感じの冷たさの水だったので飲んでしまう。

体力を回復させて再び歩くが、建設中のチョルテンの前で昨日のおっちゃん2人がおり、おっちゃんたちに呼び止められ休憩していく。こんな所を歩いている日本人は珍しいようで、何で車を拾わないんだと言っていた。

チョルテンを離れ瀾滄江を目指す。舗装道路が未舗装道路になりメコン川沿いを歩く。ここで足がもつれ転ぶが、まだ何とか歩ける。谷側に転んでいたら瀾滄江に落ちて水葬となっていたところだ。

メコン川沿いに歩いていくと通行規制で足止めになる。これから発破作業が行われるという事で、16:00頃に橋の手前で足止めになる。

発破が行われ爆音と土煙が舞い上がる。安全確認が行われ歩行者の自分だけ通行可になる。車は通るスペースがないので通行止めのままだ。

瀾滄江に架かるカワカブ大橋(卡瓦格博大桥)を渡る。

漢族とチベット人と一緒にタクシーで飛来寺へ

16:20頃、入場券売場に到着する。明永村から入場券売場まで約7kmあり、今日は既に25km歩いたことになる。しかも、平地でなく山道だ。ここで飛来寺方面のバスなりタクシーを拾う。

しかし、車は通行止めのままだ。通行規制が解除されるのは17:00だ。それまでここで休憩だ。休憩していると漢族とチベット人2人組が、いつの間にか近くにいた。話を聞いていると雨崩村から戻ってきたようだ。

そして、こんな所にいるバックパッカーは気になるようで話しかけてきた。日本人という事が分かると驚いて、さらに朝6時から明永氷河まで行って徒歩で瀾滄江沿いの入場券売場まで戻ってきた事に驚いていた。2人組は飛来寺へ戻るので一緒にタクシーなりバスを捕まえて戻ろうという事になった。

しかし、バスなりタクシーが通るかは分からない。シャングリラのチベット人は、この付近で泊まるような所はなく飛来寺へ必ず戻らないといけないという。もし、この付近で宿泊したら毒を盛られて危険だという。冗談だと思うが顔は真顔であった。

17:00になり通行規制が解除された。もし、バスやタクシーが来たら止めて1人20元で乗せてもらえるようにシャングリラのチベット人が交渉するという作戦だ。この辺りの運ちゃんはチベット人なので外人や漢族だとカモになってしまうからだ。数台のバスが来たがツアーバスだったので止まってくれず。

しかし、客のいないタクシーが来た。漢族と自分で道を塞ぎタクシーを止める。そして、シャングリラのチベット人が交渉開始!1人20元で交渉が成立して、17:15頃、タクシーで飛来寺に向かい、17:55頃、飛来寺に到着する。

ここで2人組と分かれて、ユースホステルの飛来寺覚色滇郷青年旅舍(飞来寺觉色滇乡青年旅舍)Deqin Feilai Temple youth hostelへ向かう。10人ドミトリーが空いており、1泊20元(会員料金)で宿泊する。

今日は非常に疲れた。歩きすぎで靴下は穴が空いてだめになった。

明永氷河のまとめ
  • 徳欽(德钦)→明永村のバスは観光シーズンなのに運休していた。
  • 飛来寺→明永村の乗り合いタクシーは1人25元だが人数集まらないと出発しない。
    チャーターは片道250元、往復300元。
  • 飛来寺からは西当温泉行きのバスと徒歩で何とかなる。
    徳欽発、西当温泉行きのバスで西当温泉と明永村の分岐点のカワカブ大橋(卡瓦格博大桥)まで行き、徒歩で明永村へ行く。
  • 徳欽→西当温泉のバスは飛来寺景区の入口近くを毎朝07:30に出発して、約1時間15分でカワカブ大橋(卡瓦格博大桥)に到着。
  • カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)を渡って左(下流)が西当温泉、右(上流)が明永村への道。
  • カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)の手前にチケット売り場がある。
    飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾の150元のセット券か飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾、雨崩村の230元のセット券を持っている場合は明永氷河の単独券78元を購入する。
    セット券を持っていない場合は、飛来寺景区、霧濃頂景区、金沙江大湾、明永氷河の228元のセット券を購入する。
  • カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)→明永村は徒歩で約2時間。
  • 明永村は宿が数軒あるが、明永氷河の景区入口に集中している。
  • 明永村はハエが多い。
  • 日の出前の06:00は景区入口の小屋に誰もおらず入場券の確認なし。
  • 景区入口(標高2345m)から約2時間半で太子廟(太子庙)(標高2904m)に到着。
    道は険しい。
  • 太子廟(太子庙)(標高2904m)から蓮華寺(莲花寺)(標高3194m)は約1時間、道は非常に険しいが寺の裏から明永氷河が見える。
  • 太子廟(太子庙)(標高2904m)から明永氷河観景台(標高3073m)は約1時間、階段がきつい。
  • 馬で行く場合は景区入口→太子廟は往復200元、景区入口→蓮華寺は往復250元。(太子廟-蓮華寺は道が険しいので片道のみ乗馬)
  • 景区入口に日中合同登山隊の慰霊碑がある。
明永氷河のGPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

飛来寺景区
N 28°26’30.35″
E098°52’35.04″
カワカブ大橋手前の入場券売場
N 28°28’04.29″
E098°49’03.39″
カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)
N 28°27’52.95″
E098°48’55.32″
明永村の宿
崗堅賓館(岗坚宾馆)
N 28°28’17.39″
E098°47’21.64″
明永氷河景区入口
N 28°28’16.77″
E098°47’07.47″
太子廟(太子庙)
N 28°27’23.33″
E098°45’52.92″
明永氷河の売店(太子廟の裏)
N 28°27’18.69″
E098°45’48.09″
明永氷河観景台
N 28°27’20.25″
E098°45’26.44″
蓮花寺(莲花寺)
N 28°27’25.12″
E098°45’24.59″
本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 40元 1泊20元×2
食費 15元
タクシー 20元 カワカブ大橋(卡瓦格博大桥)→飛来寺
合計 75元

少林寺旅行記2012~中岳廟・嵩陽書院編

航空券を購入する

年末年始に休みが取れたので初詣に少林寺を訪れることにする。そして、少林寺と共に世界遺産へ登録された中岳廟や嵩陽書院などへも脚を運んでみる。まずは航空券だが楽天トラベルやExpediaなどで航空券を探したがANAにて条件にあった航空券があったので購入する。

  • 全日空(航空会社コード:NH)
  • エコノミークラス
  • 往路: NH905 成田空港1030 –> 北京首都国際空港 1340
  • 復路: NH956 北京首都国際空港08:55 –> 成田空港1325
料金明細
項目 金額 備考
航空券料金 56400円
航空保険料及び燃油特別付加運賃 9600円
旅客サービス施設使用料 2040円
旅客保安サービス料 500円
空港税 1140円
合計 69680円

北京西⇔鄭州の切符をネットで予約

  • 往路: K157次 北京西1917 –> 鄭州0413 硬臥164元
  • 復路: K180次 鄭州2212 –> 北京西0616 硬臥164元

今回は北京から河南省鄭州まで鉄道で移動するので北京西-鄭州の往復切符を中国铁路客服服务中心で予約購入する。支払いには中国のネットバンキング対応の銀行口座が必要なので中国工商銀行の口座で支払う。

旅の新装備

地球の歩き方
今回初めて定番のガイドブックである「地球の歩き方」を購入した。しかし、利用したのはP158-P163の嵩山の部分だけ!事前に必要な情報はネットで調べていたので購入せずに立ち読みだけで十分だった。

旅の総費用

両替
王府井にあった中国工商銀行ATMでスルガ銀行VISAデビットカードを使い引き出す
2500元(¥32035円 1元=約12.8円)

使用金額
総費用の半分以上は航空券代である。人民元の使用金額は2977.6元で日本円換算(1元=13円)だと約38708円である。日本円換算の総旅行費用は113188円となる。

本日の出費
項目 金額 備考
航空券 69680円 成田⇔北京
鉄道 4800円 京成上野⇔成田空港
合計 74480円

中国滞在費 2977.6元

成田空港→北京首都国際空港

shaolinsi2012_002さて、今回も上野からスカイライナーで成田へ。年末だから酷い混雑だと思っていたがそうでもなく、08:30頃、成田空港に到着する。今回利用する航空会社はANAでチェックインを済ませ出国カウンターへ向かう。

shaolinsi2012_00309:20頃、出国手続きを終えて54番ゲートで搭乗開始を待つが、すぐ近くにはニューヨーク行きの便を待っていると思われる外人さんが就寝中であった。

shaolinsi2012_00410:05に搭乗手続きが始まり、10:30頃に出発する。NH905便は13:30に北京到着予定だ。機内食を食べてワインも飲むが普段酒を飲まない自分は酒に酔って北京到着直前まで気持ち悪くて吐かないように耐えることに・・・。

shaolinsi2012_00513:40頃、北京首都国際空港に到着する。入国手続きを済ませて、ここで手荷物を受け取ります。

shaolinsi2012_006バス乗り場へ行く前に機場快線(机场快线)の切符売場で公交IC卡を購入しておく。15:00頃、リムジンバス(机场巴士)の切符を購入する。

北京市内へのリムジンバスの運賃は一律16元で7番乗り場で北京西駅行きのリムジンバスに乗車する。と言ってもリムジンバスはあまり掃除していないようで田舎のバスと大して変わらない。徳勝門からの八達嶺行きのバスの方が綺麗なような・・・。

shaolinsi2012_00715:20頃、バスが出発して高速を爆走するが北京市内へ入ると酷い渋滞に遭遇する。

北京西駅から列車で鄭州へ

shaolinsi2012_00817:10頃、空港から110分も掛かって北京西駅に到着する。正確には北京西駅の南広場の南西にある中塩飯店(中盐饭店)というホテルが発着場になっている。バスを降りるとバイクタクシーや宿の客引きが待ち構えているが相手にせずに駅へと向かう。

shaolinsi2012_009南広場には旧正月の帰省ラッシュである春運に備えて臨時待合室の建設が進められていた。

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shaolinsi2012_011北京西駅の切符売り場へ行きネットで予約購入した北京西-鄭州の往復切符を受け取るが、帰りの鄭州→北京西の切符に関しては异地售票なので発券手数料5元を取られてしまった。

shaolinsi2012_01217:30頃、待合室へ向かうが既に待合室は大混雑で写真撮影不可能なカオス状態!天秤棒で肥料袋などを担いだ農民工で溢れている。そんなカオス状態でも 紅帽のおっちゃんに荷物を運んでもらっている金持ちは先にホームへ優先入場して行く。18:30頃、改札が始まり鄭州行きのK157次に乗車する。

shaolinsi2012_013K157次は約36時間かけ2774km走り、鄭州、武昌、長沙、桂林を通って行く広東省湛江行きの快速列車だ。

shaolinsi2012_014乗車時に車掌さんが切符を換票証に交換してくれた。この換票証は下車駅の手前で車掌さんが切符に交換しに来るので寝過ごすことがないのだ。19:19にK157次が2分遅れで発車する。鄭州には 04:13に到着予定なのですぐに寝ることにする。

本日の出費
項目 金額 備考
バス 16元 エアポートバス
発券手数料 5元
合計 21元
項目 金額 備考
鉄道 2400円 京成上野→成田空港
合計 2400元

バスで鄭州→登封へ

shaolinsi2012_01504:00頃、乗務員に起こされて下車の準備をする。04:19に鄭州に到着する。鄭州駅には出口が東西に分かれているのだが西出口から出てみると外がやたらと閑散としている。どうやら出口を間違えてしまったようだ。

鄭州駅には東口と西口を結ぶ連絡通路が無いようでこのままでは東口までかなりの距離を歩いて向かうことになってしまう。そこで少し考えた。そして、計画を実行に移して東口へ向かった。

それは、帰りの北京西行きの切符で改札を突破して東口へ向かうことである。切符の日付の部分を隠して早朝でやる気のない状態の駅員の目をごまかして改札を通過して待合室で1時間ほど過ごして05:30頃、東口へと出た。

shaolinsi2012_016鄭州駅前にバスターミナルの鄭州長途汽車中心站と鄭州旅游汽車站があり鄭州長途汽車中心站で登封行きの切符を購入して改札へ向かうと係員にバスは鄭州旅游汽車站から出ると言われて鄭州旅游汽車站へ移動する。

shaolinsi2012_017改めて改札を通り登封行きのバスを見つけて乗り込む。

shaolinsi2012_01806:00頃バスが発車して07:40頃、バスターミナルの登封汽車客運総站(登封汽车客运总站)に到着する。登封にはバスターミナルが2ヶ所ありもう一つは西バスターミナルの登封西汽車站がある。

西バスターミナルから少林寺行きのバスが出ているので宿は西バスターミナルに近い所が良いと思いGPSを見な がら登封市内を歩いていく。途中で2路のバスに乗り市中心部へと移動する。
shaolinsi2012_01908:30頃、2路のバスを降りて再び歩き西バスターミナルに到着する。西バスターミナルには少林寺と鄭州行きのバスがあったが登封汽車客運総站と比べると規模が小さい。少林寺行きのバスが確認できたので次は宿探しだが周辺に宿は少ない。西バスターミナルから中岳大街を市中心部の東へ歩いていく。

宿さがしと情報収集

shaolinsi2012_020中岳大街と嵩山路の交差点で新華書店のビルに新華賓館の看板を見つける。部屋を見せてもらい新華賓館に宿泊することにする。料金はトイレ、シャワー付の標準間で1泊108元である。

shaolinsi2012_02109:00頃、新華賓館を出て周囲の情報収集をはじめる。新華賓館のそばには2路のバス停「新華書店(新华书店)」と1路のバス停「医薬公司(医药公司)」があり2路のバスで世界遺産の中岳廟と嵩陽書院へ移動でき、1路のバスで登封汽車客運総站へ移動できる。

shaolinsi2012_022新華賓館から中岳大街を東へ3分ほど歩いていくと少林賓館を見つける。少林賓館は地球の歩き方に掲載されていた宿だ。少林賓館の前には1路のバス停「少林賓館」があるので一人旅が不慣れな方でも楽にたどり着けるだろう。

shaolinsi2012_023中心部の情報収集を終えて1路のバスで登封汽車客運総站へ向かうがここである事に気がつく。それはバス停名が行きと帰りでは微妙に違うということだ。登封汽車客運総站からの1路のバスにはバス停「少林賓館」があるのだが、登封汽車客運総站へ向かう1路のバスにはバス停「少林賓館」が無かった。他の路線でもバス停名が微妙に違うことが考えられるので要注意のようだ。

観星台

shaolinsi2012_02410:00頃、登封汽車客運総站に到着して切符売場で観星台行きの切符を買おうとしたが窓口のおばちゃんに「ここでは売っていない」と言われる。乗車後に運賃を払う方式だと思って観星台の近くを通る徐庄行きのバスを探すが見当たらない。近くにいたおっちゃんに聞いてみたらバスターミナルから出ていないこと が判明する。

shaolinsi2012_025そして、おっちゃんが教えてくれた方向へ歩いていくと徐庄行きのバスを発見する。徐庄行きのバスは登封汽車客運総站の対面にある停車場から発車していたのだ。地球の歩き方だとバスターミナルから出ているようなことが書かれていたけど違っていた。徐庄行きのバスに乗車して観星台へ向かう。運賃は3元である。

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shaolinsi2012_02710:20頃、バスから降ろされ西へ3分ほど歩くと観星台に到着する。入場料は40元で少々高いのだが案内板が中国語、英語、日本語の三ヶ国語で表記され整備されている。

shaolinsi2012_028観星台は少林寺と共に世界遺産に登録されて河南省登封市の南東約7kmの告成鎮に位置している。

shaolinsi2012_029山門をくぐり進んでいくと周公測影台があった。周公測影台は周の文王の四男である周公が洛陽を建造した時に、この場所で太陽の影を観測し四季の変化を調べたそうだ。

shaolinsi2012_030唐の玄宗の開元11年(723年)に太史監の南宮悦がこの地に測影台を建てて今も残っているのだ。

shaolinsi2012_031周公測影台から奥へ進んでいくと観星台が見えてきた。観星台は元のフビライの至元13年(1276)に郭守敬により建てられた天文台であり、郭守敬王恂らの観測により至元18年(1281年)に当時世界で最も進んだ暦である授時暦が制定される。

現在採用されている太陽暦であるグレゴリオ暦より300年早く制定され、グレゴリオ暦との誤差は1年で僅か26秒である。

shaolinsi2012_032観星台を見物していると観星台に日本軍の砲撃跡が2ヶ所残っていた。こんな田舎にも日本軍が来ていたらしい。

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中岳廟

shaolinsi2012_03411:00頃、バスに乗車して11:35頃、登封に戻る。次は中岳廟へ徒歩で向かう。途中でイスラム食堂を発見し昼食に5元の牛肉拉麺を食べて15分ほど歩き12:15頃、中岳廟に到着する。

shaolinsi2012_035地球の歩き方だと市内の4つ星ホテルである天中大酒店から徒歩10分ほどと書かれていたけど、どう考えても徒歩15 分以上だと思うのだが・・・。地球の歩き方の記事はかなりいい加減なようだ。

shaolinsi2012_036世界遺産の石碑

shaolinsi2012_037中岳廟は少林寺と共に世界遺産に登録されている道教寺院である。

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shaolinsi2012_039入場料は40元だがかなり規模の大きい道教寺院なので入場料は妥当だろう。

shaolinsi2012_040中岳廟の歴史は東周元年(紀元前770)に周の平王が 鎬京(陝西省西安)から洛邑(河南省洛陽)へ遷都し中岳廟の前身である太室祠が創建された所から始まり、北魏の時代に嵩岳廟となり、唐の玄宗皇帝の時代 に中岳廟の名称を賜る。

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shaolinsi2012_042現存する建物は明清代に建立されたもので、敷地内には漢代から清代までの柏の古木が331株がある。

中岳漢三闕の太室闕へ

shaolinsi2012_04340分ほど見物して13:00頃、中岳廟の南にある太室闕へ向かう。

shaolinsi2012_0441310頃、太室闕に到着する。

shaolinsi2012_045太室闕は後漢の安帝の 元初5年(118年)に太室祠の神道闕として建立された闕である。闕とは石造りで銘文の刻まれた門だそうだ。太室闕、少室闕、啓母闕が中岳漢三闕と呼ばれており世界遺産に登録されている。

太室闕は建物の中に保存されているが扉が閉まっている。すぐ近くに管理小屋があるのだが管理人不在のようで内部を見ることができなかった。

中国四大書院の嵩陽書院

shaolinsi2012_04613:20頃、2路のバスに乗車して13:50頃、終点の嵩陽書院に到着する。

shaolinsi2012_047嵩陽書院も少林寺と共に世界遺産に登録されている。

shaolinsi2012_048嵩陽書院は中国四大書院のひとつになる。他の中国四大書院は江西省九江の白鹿洞書院、河南省商丘の応天府書院、湖南省長沙の岳麓書院である。入場料は30元で、法王寺、嵩岳寺 塔、会善寺、嵩山の嵩陽景区を見物する場合は別途50元が必要であるが入場券のデザインが観星台や中岳廟の入場券と同じになっている。

shaolinsi2012_049嵩陽書院は北魏の孝文帝の太和8年(484年)に嵩陽寺として建立され、隋の煬帝の大業年間(605-618年)に道教寺院の嵩陽観に変わり、宋の仁宗の景祐2年(1035年)に嵩陽書院となり中国四大書院のひとつになる。

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shaolinsi2012_052将軍柏

shaolinsi2012_053将軍柏

shaolinsi2012_054嵩陽書院の見所は前漢の武帝から元封元年(紀元前110年)に将軍柏の名を賜った樹齢4500年の柏の古木と唐の天宝3年(744年)に建立された大唐嵩陽観紀聖徳感応頌碑である。

法王寺

shaolinsi2012_05514:00頃、嵩陽書院を離れて法王寺へ向かう。上り坂を登り1445頃、遠くに法王寺が見えてきた。

shaolinsi2012_05614:55頃、法王寺に到着する。

shaolinsi2012_057法王寺は後漢の永平14年(71年)に創建され中国で最も早い時期に建立された洛陽の白馬寺の3年後の建立である。三国時代の青龍2年(234年)に護国 寺となり、晋の恵帝の永康元年(291年)には護国寺に法華寺が建立され、隋の文帝の仁寿2年(602年)に舎利塔が建立され、唐の太宗の貞観3年 (629年)に功徳寺となり、玄宗年間に御客寺となり、代宗の大歴年間に法王寺に戻る。

shaolinsi2012_0581900年以上の歴史を持つ中国でも有数の千年古刹である。

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嵩岳寺塔

shaolinsi2012_0611時間ほど見物して15:20頃、嵩岳寺塔へ向かうが来た道を戻ると遠回りなので山道を通って近道していくことにするが道が次第に険しくなっていく。どうやら道を間違えたようだ。
shaolinsi2012_062しかし、山を越えたら嵩岳寺塔が見えたので塔へ向かって進み遊歩道へ何とか出た。遊歩道を歩いていると放牧されていた牛に遭遇し 15:50頃、嵩岳寺塔に到着する。

shaolinsi2012_063嵩岳寺塔は北魏の正光4年(523年)に建立された中国で現存する最古の仏塔だそうだ。

shaolinsi2012_064そして、嵩岳寺塔も世界遺産に登録されている。

shaolinsi2012_065嵩岳寺塔を見物しているとひなたぼっこをしている猫を見つける。16:00頃、嵩岳寺塔を離れバス停へ向かう。

カルフールのパクリ発見

shaolinsi2012_06616:40頃、ようやくバス停に戻ってきた。2路のバスで市内へ戻り超市で買い物をするが店の名称が「家楽福超市」となっている。確かフランスのカルフールは「家楽福」だが、これは中国お得意のパクりだろうか?

shaolinsi2012_067ビールとか買い込む。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 31.4元
宿泊費 300元
バス 4元 路線バス
バス 27元 鄭州→登封
バス 6元 登封⇔観星台
観星台 40元
中岳廟 40元
嵩陽書院 30元
嵩山風景区 50元
合計 528元

北京旅行記2011~地下鉄で巡る北京

航空券を購入する

まず、今回の旅行期間は2泊3日である。そして、航空券を購入するのだが、2010年の上海旅行の時はHISで航空券を購入したのだが、2011/1/23の時点では行き先をまだ決めていなかったので、今回はYahoo!トラベルで空席のある一番安い中国行きの航空券を探してみたところイーツアーで扱っていた北京行きの航空券が条件に適合した。

という事で、今回の行き先は北京に決定する。早速イーツアーで申し込みをするがすぐに支払い・発券ではなく空席を確保してから支払いになっており翌日の1/24に確認のメールが来たのでカードで支払う。1/25に発券完了のメールが来ておりeチケットレシートを印刷しておいた。

  • ユナイテッド航空(航空会社コード:UA)
  • エコノミークラス
  • 往路: UA0897 成田空港1855 —> 北京首都国際空港2215
  • 復路: UA0898 北京首都国際空港1040 —> 成田空港1455
料金明細
項目 金額 備考
航空券料金 24800円
入出国管理税 1370円
燃油サーチャージ 5000円
空港使用料 2540円
手配料金 1050円
合計 34760円

宿を予約する

2011/1/30にYHA Chinaで予約する。今回は空港から近く交通の便がそこそこの宿を探すと北京雍和国際青年旅舎が該当した。地下鉄5号線の北新橋(北新桥)から徒歩5分の位置にあるからだ。空港から北京地下鉄機場線と地下鉄2号線、地下鉄5号線を乗り継けばよいのだ。

YHA Chinaのwebサイトから予約するのだが会員証が有効期限切れになっているのでwebサイトでユーザー登録をする。予約手続きを進めていくと支払い方法が大きく変わっていた。去年は中国語ページからはインターネットバンキングでの支払いしか対応していなかったのだが、新たにクレジットカードでの支払いに対応したのだ。

そこで今回はVISAでの支払いを試してみると、決済通貨は人民元ではなく香港ドルになっていた。これは中国の為替政策が影響しているのだろうか?

旅の新装備

GPS
2010年の上海旅行で2年以上も酷使していたGARMIN Geko101が昇天してしまったので、新たにGARMIN GPSmap 62SJを楽天市場にて80325円で購入。最低限の機能しかなかったローエンドモデルのGeko101と比べハイエンドモデルのGPSmap 62SJは多機能になっており日の出、日没の時刻表示からPCとの接続まで盛り沢山である。

ヘッドランプ
2年間の中国放浪時に使用していたクリプトン電球からLEDに強化した。因みに購入したのはオーム電機のCS-3Sで楽天市場にて1260円で購入。

旅の総費用

両替
地下鉄天安門西駅にあった中国農業銀行ATMでスルガ銀行VISAデビットカードを使い引き出す
3000元(¥38935円 1元=約12.978円)

使用金額
総費用の半分以上はGPSの購入費である。北京での使用金額は414.3元で日本円換算だと約5400円である。

項目 金額 備考
航空券 34760円 成田⇔北京
鉄道 3400円 上野⇔成田空港
ユースホステル予約 152円
ヘッドライト 1260円
合計 119745円

中国滞在費 414.3元

京成スカイライナーで成田空港へ

beijing2011_001約1年ぶりの中国旅行へ出発する。天気は生憎の雪であったが某駅から日暮里駅まで移動して、スカイライナーで成田空港へ向かう。去年開業した成田スカイア クセスがどうなっているのか気になっていたが、乗車してみたら乗車率は5割ぐらいで予想していたより空いていた。

beijing2011_00215:24に成田空港に到着して、まずは ユナイテッド航空のカウンターを探す。今回は北京行きUA897便を利用するのだがチェックイン手続きは端末でパスポートを読み取って搭乗券を発券するだけで印刷しておいたeチケットの出番はなかった。16:30頃、出国手続きを済ませて空港内の探検を始める。

beijing2011_003出発は18:50なので2時間ほどの時間があるので空港の端から端まで歩いてまわる。出発ロビーには免税店が多数あるのだが賑わっているのは出国カウンターの周辺だけで隅の方へ行くと人も少なくなり閑古鳥が泣いている。

それでも、客の入っている免税店は中国人観光客がやたらと多い。出発ロビーでもノート パソコンを使っている金持ちの中国人観光客がやたらといる。大勢の中国の金持ちが観光に来ているということが実感できる。

beijing2011_00417:30頃、出発ロビーで待っ ていると出発時刻変更のお知らせが流れ、出発時刻が18:50から19:20に変更となった。空港周辺の悪天候で離発着を見合わせているとのことだ。雪が降っているので遅れるのは仕方ないのだが、これだと北京に到着してもエアポートエクスプレス(機場快軌)の終電には間に合わないだろう。そうすると北京市内へはリムジンバスで移動ということになる。

19:00頃、搭乗手続きが始まり機内へ移動する。ようやく出発かと思っていたら機体に付着した雪を落とす作業で更に遅れて離陸したのは20:00過ぎになっていた。

北京首都国際空港から北京市内へ

beijing2011_00523:00頃、北京首都国際空港に到着する。中国と日本との時差は1時間あるから日本時間だと既に日付が変わっている。この北京首都国際空港はアジア最大の規模を誇っており、やたらと広く端の方に飛行機を駐機されると入国カウンターまで15ぐらい歩くことになると聞いていたのだが、第3ターミナル(T3-E)の入国カウンターに比較的近い場所に駐機してくれたようで、5分位歩くだけで済んだ。

入国手続を済ませて出口へ向かうのだがアジア最大規模の空港なので出口までの道のりはまだ長い。T3-E 2Fからは、更に旅客捷運(Auto mated People Mover)に乗車するのだ。そして、5分ほどでT3-C 2Fに到着、荷物を預けていた乗客は、ここで荷物を受け取るのだが、今回自分は最小限の荷物で機内持ち込みだけだったので素通りする。

23:30頃、よう やく到着ロビーの出口を出る。近くには北京銀行と中国工商銀行、恒生联合外币兑换がある。深夜到着の場合だと現金の両替は24時間営業の恒生联合外币兑换と手荷物引渡場の近くにある両替所しかないようだが、国際キャッシュカードやVISA等のクレジットカードがあれば、深夜でも中国工商銀行とかのATMで人民元を引き出すことが可能だ。

beijing2011_006ここから、T3-E 1Fへ移動してリムジンバス(机场巴士)で北京市内の東直門(东直门)へ移動するのだが、東直門を通る路線を確認する。東直門へは北京駅(北京站)行きの路線に乗車すれば良いようで、切符売場を探すと7番出口(7号门)に切符売場があったので切符を購入する。

切符代は市内へのリムジンバスは一律16元なので中国語の分からない欧米人でも切符売場のおばちゃんに行き先を言わずに黙って16元払えば購入できる様になっている。でも、切符代が16元というのを知っている必要があるような・・・。切符を購入してバスに乗車するが発車前に日付が変わってしまう。

本日の出費
項目 金額 備考
バス 16元 路線バス
合計 16元
項目 金額 備考
鉄道 2400円 日暮里→成田空港
合計 2400円

北京雍和国際青年旅舎へ

beijing2011_00700:00過ぎ、バスが発車して空港から北京市内を結ぶ高速道路である北京機場高速公路(北京机场高速公路)を爆走しながら北京市内へ向かう。高速を降りると三元橋(三元桥)、漁陽飯店(渔阳饭店)で客を降ろしながら、00:25頃、東直門(东直门)に到着する。
東直門で下車して東直門外大街(东直门外大街)を西へと歩いて行く。地下鉄東直門駅を過ぎて東直門内大街(东直门内大街)を更に西へと歩いて行く。ここから、GPSと印刷しておいたGoogleマップで位置を確認しながら予約しておいたユースホステルを目指す。

出発前に主な行き先はGoogleマップで位置を確認してGPSに登録してあるので道に迷うこともないだろう。まあ、北京雍和国際青年旅舎は地下鉄北新橋駅(北新桥站)の近くなのでGPSを使う必要性はなさそうなのだが、せっかく新しく買ったGPSを使わなければ勿体無いので、距離や速度とか確認しながら歩いていく。

ところが、GPSでは北京雍和国際青年旅舎まで300m以内まで到達しているのだが、地図で確認すると実際には500m以上手前の位置にいるのだ。どうやら、GPSの位置情報がズレているようだ。

帰国後にGoogleマップとGoogleEarthで色々と確認したら、Googleマップの中国の地図は緯度と経度がズレているようなのだ。日本地図は正確だったのだが中国の部分は緯度と経度が間違っていたのだ。GPSがあてにならないので地図を頼りに歩いていく。

beijing2011_0080100頃、北京雍和国際青年旅舎に到着する。YHA Chinaで予約した時に画面を印刷しておいたのでチェックイン手続きの登記は簡単に済んだ。1泊40元で2泊するのだが予約時に1割ネットで支払っているので残金72元と保証金100元を支払って部屋へ向かう。

深夜なので静かに16人部屋へ入り、ベットの確保をして探検を兼ねてトイレ・シャワーなどを確認をする。部屋のベットにはコンセントや照明が付いていないが寝るには問題ない。しかし、シャワーの湯量が少なく、トイレが臭い。北京のユースホステルでこの設備は貧弱と思ってしまうのだが、地下鉄2号線の内側で1泊40元だから妥当だろう。

日本で言えば山手線の内側にあるようなものだ。それに中国で旅をするなら、ここで慣れておかないと内陸部まで行けないだろうから、訓練には良いのかもしれない。02:00頃、疲れきっているので就寝。

天安門広場の国旗掲揚式

beijing2011_00905:30頃、起床する。北京観光ができるのは、この1日だけのなので、まずは天安門広場の国旗掲揚式から見物するのだ。

beijing2011_01006:00頃、地下鉄5号線の北新橋から乗車して、東単(东单)で地下鉄1号線に乗り換えて天安門西(天安门西)で下車する。駅に中国農業銀行のATMがあったのでスルガ銀行のVISAデビットカードで3000元引き出しておく。

beijing2011_011駅を出て天安門広場へ向かうが夜明け前なのに路上では既に地図を売るおばちゃんたちが営業中だ。0640頃、天安門広場の入口で安全検査を受ける。金属探知機を通りポケットに入っているものを全て公安に検査される。GPSを公安に「これ携帯か?」と聞かれるが「これ携帯」と答えておく。

携帯と答える理由は 中国ではGPSのトラックログをとるのは違法なので、GPSを持っていることを公安に知らせると面倒なことになる可能性があるからだ。早朝で人が少ないの で細かく調べているのだが、まあ、昼間だと人が多すぎるからここまではやらないのだろうな。

beijing2011_01206:45頃、天安門広場に到着する。天安門広場には既に国旗掲揚式を見物しようと観光客が集まっている。隅の最前列に場所を確保して待つが、雪が積もっているほどの寒さでもこれだけ人が集まっているというのには驚いた。

帰国後に調べたのだが天气在线に よるとこの日の北京の07:00の気温は-10℃だ。-10℃の世界で日の出の07:11を待つ。

しかし、すんなり国旗掲揚式まで待たせてくれないのが中国だ。周りの観光客が天安門広場で痰を吐いているのだ。神聖なはずの天安門広場でも痰を吐いても中国人には問題ないらしい。中国人が所構わず痰を吐くというのは事実であった。さすが中国人だ。共産党はこいつらを処罰しないのだろうか?


日の出の07:11が近づくと道路が封鎖され天安門から衛兵が行進してきて国旗掲揚式が始まった。義勇軍行進曲が流れて国旗掲揚台に五星紅旗が掲げられる。国旗掲揚式を見物し終えて天安門西駅から地下鉄に乗り西単で地下鉄4号線に乗り換えて円明園(圆明园)へ向かう。

円明園

beijing2011_01308:00過ぎ、円明園(圆明园)に到着する。円明園での観光時間は90分の予定だ。入場料は西洋楼遺址景区とのセット券で25元。

beijing2011_014正門である綺春園宮門から西洋楼遺址まではかなり離れており20分くらい歩く。

beijing2011_015円明園にある湖は凍っており夜はかなり冷え込んでいるようだ。

beijing2011_016円明園は雍正帝によって1725年に着工された庭園だ。

beijing2011_017イエズス会の宣教師2人によって設計されたバロック式の庭園で有名だ。

beijing2011_018しかし、庭園は第二次アヘン戦争で英仏軍により破壊され廃墟と化している。

beijing2011_01908:30頃、西洋楼遺址に到着する。既にガイドに連れられた観光客が見物しており、ここも観光地として人気が上がってきているのだろう。

beijing2011_020観光時間が90 分で入口から西洋楼遺址まで20分も歩いているので見物するのにあまり時間をかけられないので写真を撮りまくる。

beijing2011_02109:00頃、西洋楼遺址を離れ来た道を戻る。09:30頃、地下鉄で天安門西へ戻るが自動券売機で公交卡にチャージ(充值)できる様になっていたので300元チャージしておく。

人民大会堂

beijing2011_02210:20頃、人民大会堂に到着。

beijing2011_023入場料は30元なのだが入場券の裏面には「銃・弾薬・危険物の携帯を禁止する」と突込みどころ満載の表記がされている。

beijing2011_024誰が人民大会堂に銃や弾薬を持ち込むんだ?中国はテロリストが潜伏する物騒な国なのか?

beijing2011_025人民大会堂の内部は広いのだが照明が暗く撮影には向かない。

beijing2011_026わざと暗くしているのか照明設備が貧弱なのかは分からないが酷い状態だ。

beijing2011_027大会議場は全国人民代表大会が開かれ胡錦濤国家主席や温家宝首相が演説している場所だ。そして、100元札の裏面のデザインは人民大会堂の正面玄関とこの大会議場の天井になっているのだが、この天井が見える部分での記念撮影は別料金になっていた。

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beijing2011_029人民大会堂は30分ほど見物して次の目的地である天安門へ向かう。

天安門

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beijing2011_031人民大会堂から天安門へ向かうが途中に公安の安全検査があり不審人物は身分証確認や荷物検査を受けている。

beijing2011_032自分は公安から見て不審人物では無いようで何もなかったが、如何にも田舎から来ましたというようなおっちゃんが公安に囲まれて荷物検査を受けていたので天安門を撮影するふりをしてこっそり公安を撮影しておく。

beijing2011_03311:00頃、天安門に到着する。入場料は15元だ。

beijing2011_034天安門は警備が厳しいようで金属探知機と手荷物検査が待っている。自分は懐にGPSやデジカメを入れ ていたのだが予想通り係員に「これ何だ?」とか訊かれるがGPSを携帯電話と誤魔化す。

beijing2011_035天安門に登って楼閣の内部を見物するがパネル展示と土産物屋があるくらいで特に見物するようなものはなかった。天安門で見物するものは目の前に広がる天安門広場だけのようだ。

端門

beijing2011_03611:30頃、端門に到着。

beijing2011_037端門は天安門の次の門で、端門の次の門が故宮博物院の入口である午門がある。

beijing2011_038入場料は10元で天安門より5元安い。端門は天安門ほど混雑しておらず人気はそれほど無いようだ。

世界文化遺産 故宮博物院

beijing2011_03911:45頃、故宮博物院に到着。入場料は40元だ。

beijing2011_0402007年に一度訪れているのだが北京オリンピックを控えて太和殿が改修中で見られなかったので今回は太和殿を見物するのが目的だ。

beijing2011_041それと、九龍壁と珍妃井の見物も目的である。

beijing2011_042午門を通り、まず見えてくるのは太和門だ。この奥に太和殿があるのだ。

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beijing2011_044太和殿は皇帝の玉座があり各種行事が行われた宮殿だ。太和殿を見物して乾清宮などを見物するが敷地が広いのでひたすら歩く。

beijing2011_04512:30頃、珍宝館の入口に到着。九龍壁と珍妃井は別料金になっており、珍宝館の入場券を購入する。入場料は10元である。紫禁城の九龍壁は中国三大九龍壁の一つであり、残りは北海公園の九龍壁と山西省大同の九龍壁だ。大同の九龍壁は2007年に見物済みだが、北海公園の九龍壁はまだ見物していない。北海公園は故宮の北西にあるのだが、今回は時間都合で断念する。

beijing2011_046九龍壁を見物して続いて珍妃井の見物だ。珍妃井は清の光緒帝の妃であった珍妃義和団の乱で西太后によって井戸に投げ込まれ殺害された場所だ。

beijing2011_047珍妃井を見物して故宮博物院の見物は終了で次の天壇公園へ向かう為に13:20頃、故宮博物院を出る。天安門を出るとお堀の水がまだ凍りついており北京の気温はかなり低いようだ。

世界文化遺産 天壇

beijing2011_048天安門東から地下鉄1号線に乗車して東単で地下鉄5号線に乗り換えて天壇東門で下車する。14:00頃、天壇公園に到着する。入場料は30元だ。

beijing2011_049天壇は明清代の皇帝が祭祀を行った場所で世界文化遺産でもある。まずは祈年殿を見物するが人が多い。
beijing2011_050世界遺産なので観光客が押し寄せてくるのだろう。欧米人の姿も見受けられた。

beijing2011_051祈念殿を見物して次は回音壁と皇穹宇へ向かう。

beijing2011_0521420頃、回音壁に到着する。回音壁の内側に皇穹宇がある。

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beijing2011_054回音壁のすぐ対面には圜丘壇があり、ここは皇帝が冬至に天を祀る儀式を執り行っていた場所だ。

beijing2011_055圜丘壇

beijing2011_056圜丘壇

beijing2011_057圜丘壇の中心にあるのが天心石で、皇帝がここに立ち天に祈りを捧げたそうだ。

beijing2011_058圜丘壇

北京最大のチベット仏教寺院 雍和宮

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beijing2011_06015:00頃、天壇東門から地下鉄5号線に乗車して雍和宮で下車する。雍和宮大街を南へ歩いて行く。途中には仏具屋が立ち並び参拝客が線香を買っている。15:25頃、雍和宮に到着する。

beijing2011_061雍和宮は北京最大のチベット仏教寺院で元々は清朝第4代皇帝の康熙帝の第4子であった胤禎(雍正帝)の府邸であり乾隆帝の時代に本格的にチベット寺院へ改修された。

beijing2011_062雍和宮の入場料は25元で少々高いが、参拝客が線香を焚いていたりするので雰囲気は十分だ。

beijing2011_063法輪殿

beijing2011_064法輪殿

beijing2011_065しかし、仏像の写真を撮っていると撮影禁止の看板はなかったのだが坊さんに「写真撮るな!」と言われる。

beijing2011_066撮影禁止じゃ仕方ないと思っていたら、白人さんたちが坊さんの隣で写真撮影を開始する。坊さんが注意すると思っていたら、何故か何も言わずに放置である。何故、白人さんは撮影OKなんだ?

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中国二大孔廟 北京孔廟

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beijing2011_06915:50頃、雍和宮の西にある孔廟へ向かう。雍和宮大街を渡り国子監街を歩いて行く。

beijing2011_070この国子監街は北京十大胡同のひとつに数えられている。16:00頃、北京孔廟に到着する。北京孔廟は隣にある国子監と繋がっており入場料30元で北京孔廟と国子監が見物できる。

入場券を購入する際に前の白人さんの兄ちゃん2人組が入場券売場のおばちゃんに「クレジットカード使える?」と英語で訊いていたが、おばちゃんは動じずに中国語で「クレジットカード使えないよ!」と一言。白人さんたちは雍和宮の方へ歩いて行った。入場券売場でクレジットカードは中国じゃ無理だろ!日本でも無理だと思うけど・・・。

beijing2011_071孔子を祀る北京孔廟は曲阜の孔廟に次ぐ中国二大孔廟のひとつに数えられ元の大徳6年(1302)に建設が始まり大徳10年(1306)に完成する。

beijing2011_072北京孔廟は雍和宮と違い観光客は少なく静かである。孔子が祀られている大成殿は孟子や老子の像があるのだが、残念ながら撮影禁止になっている。

国子監

beijing2011_07316:10頃、北京孔廟から隣の国子監に到着。

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beijing2011_075国子監は元明清代の最高学府であり、歴代の科挙合格者の進士の名が刻まれた碑林や清の乾隆帝の御筆である「圜槁教譯」「學海節觀」の額がはめられた瑠璃牌坊がある。

北京駅で時刻表を購入

beijing2011_07616:30頃、国子監を出て雍和宮駅へ戻る。地下鉄2号線に乗車して、16:50頃、北京駅に到着する。

beijing2011_077北京駅で時刻表を購入して、再び地下鉄2号線に乗車して建国門で地下鉄1号線に乗換えて大望路で下車する。近くのウォルマートで土産にビールを購入して地下鉄1号線と5号線を乗継いで18:20頃、北京雍和国際青年旅舎に戻る。

イスラム食堂で夕飯

beijing2011_08118:30頃、夕飯を食べに外へ出る。表通りの東直門内大街は金持ち向けのレストランが立ち並んでいるが自分には金がないので安食堂を探す。

beijing2011_078南へ歩き東四北大街を歩いていると例の店を見つけた。看板に「新疆風味」の文字がある。イスラム食堂だ!

beijing2011_079やはり自分にとってはイスラム教徒の店で食事するのが慣れていて安心である。牛肉麺7元と紅焼牛肉蓋飯10元を注文するが値段が結構高くインフレが進んでいるのが実感できた。

beijing2011_080紅焼牛肉蓋飯

宿へ戻る

beijing2011_08219:20頃、北京雍和国際青年旅舎に戻りライチビールを飲んで明日の準備をする。

beijing2011_083明日は早めに空港へ行かないといけないので、20:00頃に就寝する。

両替
スルガ銀行VISAデビットカード(中国農業銀行ATMで引き出す) 3000元(¥38935円 1元=約12.978円)

本日の出費
項目 金額 備考
食費 48.3元
宿泊費 72元
地下鉄 21元
円明園 25元
人民大会堂 30元
天安門 15元
端門 10元
故宮博物院 40元
珍宝館 10元
天壇公園聯票 30元
雍和宮 25元
孔廟・国子監 30元
時刻表 15元
合計 371.3元

北京首都国際空港へ

beijing2011_08406:00頃に起床するが洗面所を中国人女性3人組が化粧の為に占領している。退くように言って「小日本のくせに生意気だぞ!」と逆ギレされると困るので10分後に出直すが化粧でまだ占領している。

更に10分後に出直すがまだ化粧中だ。厚化粧に時間を掛けなくても良いと思うのだが・・・。5分後に出直すとまだ厚化粧をしていたが3人組は洗面所の隅に退いており他の宿泊客が使用していた。自分はようやく顔を洗うことができた。

beijing2011_08507:00頃、チェックアウトするが外では雪が降っている。

beijing2011_086雪が降っている。

beijing2011_087北新橋から地下鉄5号線に乗車して雍和宮で2号線に乗換え東直門で機場快軌に乗車する。

beijing2011_088次の列車は8分後。

beijing2011_089空港へ向かう。

beijing2011_09008:05頃、3号航站楼(第3ターミナル)で下車する。

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beijing2011_09208:15頃、ユナイテッド航空のカウンターでチェックイン手続きをして空港内を探検する。

beijing2011_093出発ロビーの4Fから到着ロビーの2Fへ移動して中国工商銀行を見つける。日曜日なのに営業していたので110000円預金しておく。帰国後にインターネットバンキングで日本円から人民元に両替を試したらできなかった。色々調べてみると外国人の口座はネットで外貨両替ができなくなっているようだ。中国へまた行ったら窓口で両替だな・・・。

beijing2011_09408:50頃、旅客捷運 (Auto mated People Mover)で出国カウンターへ移動する。

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beijing2011_096出国手続きを済ませて出発時刻を待つ。成田行きUA898便は10:40が出発時刻なのでまだ1時間半くらいの時間がある。免税店を見物しようと思ったが客がほとんどいないので、店に入ったら捕まって商品を買うまで拘束される可能性が非常に高いので外から見るだけにする。

beijing2011_097中国茶の免税店もある。

beijing2011_098免税店

beijing2011_099免税店を外から見物したら、時間まで大人しく待つことにする。

beijing2011_100近くにいた白人さんは疲れているようで横になって寝ていた。

beijing2011_10109:50頃、搭乗手続きが始まり列に並ぶ。

beijing2011_10210:00頃、機内へ移動して出発を待つ。

beijing2011_10310:40頃、出発して成田へと向かう。機内食を食べたら、のんびりと到着を待つ。

beijing2011_10415:00頃、成田空港に到着する。今回の旅行は無事に終了である。入国・税関手続きを済ませて京成本線で京成上野へ向かう。

本日の出費
項目 金額 備考
地下鉄 27元
合計 27元
項目 金額 備考
鉄道 1000円 成田空港→京成上野
合計 1000円

北京旅行記2009~世界遺産 明十三陵

世界文化遺産 明十三陵を徒歩で廻る

beijing2009_06505:45頃に起床して06:15頃、徳勝門へ向かう。06:35頃、徳勝門から345快のバスに乗車して昌平東関(昌平东关)で314路のバスに乗換え08:20頃、七孔橋(七孔桥)に到着する。

今日は明十三陵の 未開放になっている陵墓の入口を見物するのだ。予定だと夕方までに10の未開放陵墓の内、思陵を除く9の陵墓を廻る事が出来るだろう。前日にGoogle Earthで確認した地図をデジカメに保存して、GPSに位置情報を入力してあるので準備は万全だ!たぶん・・・。

beijing2009_066因みに開放されている長陵、定陵、昭陵は一昨年見物しているので省略する。七孔橋からGPSを起動して移動距離をリセットする。今日は一体で何km歩くかな?

まずは永陵と徳陵を目指して東へ歩き始める。道路標識にも永陵と徳陵が表記されているのでこれなら楽に辿り着けそうだ。

永陵

beijing2009_067道路標識に従い歩いて行くとそれらしい陵墓が見えてきた。08:30頃、まずは永陵に到着する。入口には何も書かれていない石碑が建っている。これは無字碑と呼ばれている。

beijing2009_068入口の門は閉ざされているのだが中から人の声がする。

beijing2009_069地元民のおっちゃんたちが永陵の修復作業をしているようだ。

beijing2009_070門の隙間から永陵の内部を見るが修復作業はそこそこ進んでいるような感じだ。

beijing2009_071永陵は明朝第12代皇帝嘉靖帝の陵墓だ。嘉靖帝は政治を省みずに紫禁城に引き籠っていた暗君であった。

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beijing2009_073中へは入れないので外から永陵を見物して0845頃、再び入口へ戻ると門が開いておりおっちゃんたちが資材を運び込んでいる。

beijing2009_074この機会を逃さずに開いている門から永陵の内部を撮影する。永陵から徳陵へ向かう途中で永陵の前を昌55路のバスが通過する。どうやら、路線バスが走っているようだ。どういう経路で走っているかは分からないのが徳陵や他の陵墓へ行く間に徐々に分かるだろう。

徳陵

beijing2009_07509:00頃、徳陵に到着する。

beijing2009_076徳陵は入口周辺が綺麗に整備されており修復がかなり進んでいるようだ。

beijing2009_077徳陵は明朝第16代皇帝天啓帝の陵墓だ。天啓帝は宦官魏忠賢の専横を許し東北部でヌルハチ率いる後金の勢力を拡大させてしまった。

beijing2009_078徳陵はある程度修復が進んでいると思ったら、2002/3/10に修復作業が始まり2004/7/22に修復工事が完了していた。

beijing2009_079徳陵は次の一般公開される陵墓の最有力候補だろう。

景陵

beijing2009_08009:40頃、景陵に到着する。

beijing2009_081ここは元々あった門は崩壊したようで鉄柵の門で閉ざされている。鉄柵の門になっているので柵越しで内部を見る事は出来る。

beijing2009_082景陵は明朝第5代皇帝宣徳帝の 陵墓だ。

beijing2009_083宣徳帝と父の洪熙帝の治世に明朝の最盛期を向かえており宣徳帝は政治に熱心であった。

beijing2009_084景陵から献陵へ向かう途中で一般公開されている長陵を通り過ぎるが昌55路のバスが長陵の前を通り過ぎて献陵の方へ走って行った。長陵の前を昌55路のバスが通過しているので明十三陵の非公開陵墓を訪れるのに使えるだろう。

献陵

beijing2009_08510:20頃、献陵に到着する。

beijing2009_086献陵は外から見る限りは修復作業が進んでいるようだ。

beijing2009_087門の前には地元民のおっちゃんたちの人民チャリやバイクがあり中で修復作業をしていた。

beijing2009_088門は閉ざされていたが隙間から内部を見る事が出来た。

beijing2009_089献陵は明朝第4代皇帝洪熙帝の陵墓だ。洪熙帝は永楽帝の息子であるが在位1年で崩御してしまうが洪熙帝と息子の宣徳帝の治世が明朝の最盛期とされ仁宣の治と称されている。

慶陵

beijing2009_09010:30頃、慶陵に到着する。

beijing2009_091慶陵の門は見事に崩壊しており鉄柵で閉ざされていた。見る限りだと内部もかなり崩壊している様子だ。

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beijing2009_094慶陵は明朝第15代皇帝泰昌帝の陵墓だ。泰昌帝は即位して僅か1ヶ月で崩御してしまうという何か陰謀でもあるのではないかというほどの在位期間の短さだ。

裕陵

beijing2009_09510:50頃、裕陵に到着する。

beijing2009_096裕陵は遠くからでも崩壊が進んでいるのが分かるほど酷い状態だ。

beijing2009_097裕陵は明朝第6代、第8代皇帝英宗の陵墓だ。

beijing2009_098英宗は土木の変で中国の統一王朝で唯一野戦で捕虜となった皇帝として知られている。

beijing2009_099入口の門は崩壊して鉄柵の門になっており内部の様子を窺う事が出来るが痛み具合がかなり激しい。

beijing2009_100でも、中国語と英語の説明の看板があったりして「非公開 じゃなかったのか?」と言いたいのだが他の陵墓でも同じ様に中国語と英語の説明の看板があった。

beijing2009_101中国政府が招待した外国の要人が見物したりしているのか? それとも、旅行会社に金を払って裏ルートで内緒で見物できるのか?

茂陵

beijing2009_10211:00頃、茂陵に到着する。

beijing2009_103茂陵も門は崩壊しており鉄柵の門になっていた。

beijing2009_104茂陵は明朝第9代皇帝成化帝の陵墓だ。

beijing2009_105成化帝は19歳年上の万貴妃を寵愛しており、かなりの年増好きだったようだ。

beijing2009_106茂陵も痛み具合が酷く、崩壊寸前といった状況だ。これは修復できるのか?

beijing2009_107茂陵から泰陵へ歩いて行くと康陵との分かれ道に辿り着く。真っ直ぐ進めば泰陵、左へ行けば康陵だ。まずは泰陵へと向かう。昌55路のバスが通り過ぎて行くので長陵から泰陵までバスで行けるのが確認できた。

泰陵

beijing2009_10811:35頃、泰陵に到着する。

beijing2009_109ここも門は崩壊しており鉄柵の門になっている。

beijing2009_110泰陵は明朝第10代皇帝弘治帝の陵墓だ。

beijing2009_111弘治帝は政治に熱心であり改革を断行し北方の防衛体制強化に努め明中興の祖と称されている。

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beijing2009_113柵越しで内部を窺う事は出来るが、ここは裕陵や茂陵の様に酷く崩壊は進んでいない様だ。

康陵

beijing2009_11412:05頃、明十三陵で最も奥にある康陵に到着する。

beijing2009_115門の前では観光客が弁当を食べている。

beijing2009_116康陵は明朝第11代皇帝正徳帝の陵墓だ。

beijing2009_117かなりの馬鹿皇帝で親征先で美女を誘拐したりとやりたい放題だったようだ。

beijing2009_118門の隙間から内部を撮影していると観光客のおっちゃんが「何処から来たんや?」と訊くの「日本から来たんや」と答えると「日本から来たんか」と驚いている。

beijing2009_119いくら世界文化遺産の明十三陵と言えども非公開で一番奥の康陵まで来る日本人は少ないだろうから、驚くのも無理は無いな。

beijing2009_120康陵の外側を歩いて中が見られる場所が無いか探すと、鉄柵の門があったの鉄柵越しに康陵の内部を見物する。

beijing2009_121今日の予定は夕方までに康陵までの見物であったが、予想以上に順調に廻れてまだ昼過ぎだ。

beijing2009_122これなら明日訪れる予定だった思陵へも行ってみる事にする。

beijing2009_123永陵から康陵まで徒歩で移動したがGPSを確認すると18.5km歩いていた。康陵から来た道を戻り泰陵と長陵への分かれ道へ戻って来た。ここで昌55路のバスに乗車して長陵まで戻る。運賃は5角で10分ほどで到着する。

長陵

beijing2009_12412:50頃、長陵の戻り最後の思陵へ行く為に314路のバスに乗車して13:30頃、昌平胡庄で下車してひたすら西へと歩く。思陵までは約4kmの道程だ。

思陵

beijing2009_125GPSと地図を確認しながら歩いて行くと北京雪世界滑雪場というスキー場の前を通過する。そろそろ北側に思陵があるので道がある筈なのだが・・・。

beijing2009_126そして、次の集落へ入ると脇道からいかにも観光客というような一団が出てきた。脇道へ入り歩いて行くと王承恩墓に到着。王承恩は崇禎帝に最後まで従った宦官で崇禎帝が首を吊った後に殉死している。思陵はこの奥にあるようだ。

beijing2009_127更に奥へ進み14:30頃、思陵に到着する。

beijing2009_128これで明十三陵を全て制覇した。思陵は明十三陵の中では最も規模が小さく内部には建物が見当たらない。

beijing2009_129思陵は明朝第17代皇帝崇禎帝の陵墓だ。

beijing2009_130崇禎帝は明朝最後の皇帝で明朝建て直しの為に政治に熱心であったようだが明朝滅亡の流れを止める事は出来ず李自成軍により北京が陥落すると紫禁城の北にある景山で首を吊って自殺した。

beijing2009_131地元民のおっちゃんたちが作業をしており門が開いていたので内部を撮影するがあまり広くない。

beijing2009_132外から見て廻っても規模が小さいので5分ぐらいで1周出来てしまう。おまけに北京市でも田舎なので肥溜めの罠が仕掛けられており油断しているととんでもない事になる。

beijing2009_13314:45頃、昌平胡庄に戻り314路のバスで 昌平東関へ戻り345快のバスで北京市内の徳勝門へ戻る。GPSを見ると今日は26km歩いていたようだ。恐らく今日は今までで最も歩いた日になっただろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.7元
バス 3.7元 路線バス
合計 12.4元

キャッシュカードで支払いをしてみる

beijing2009_13410:00頃、北京動物園近くのイトーヨーカ堂でジーパンを買う。まあ、日本での社会復帰に備えての訓練といったところだ。

beijing2009_135続いて、これも北京動物園の近くにあるカルフールで買い物をするがここで中国で初めてキャッシュカードを使って支払いをしてみた。自分はクレジットカードを持たずにニコニコ現金払いで過ごしてきたのでカードでの支払いは初めてだ。

beijing2009_136支払いはカードを通して暗証番号を入力して明細に署名して終了だ。銀行口座からは瞬時に引き落とされるので預金残高の範囲内で利用になり多重債務者の様に使い過ぎの心配は無い。日本のデビットカードに相当する機能だ。

beijing2009_137で、カルフールでは韓国企業のインスタントカレーと海南島産のパイナップルとマンゴーを購入する。カレーは日本へ帰ってからの食料でパイナップルとマンゴーは恐らく日本へ帰ったら食べる機会が無さそうなので今のうちに食べておく。

beijing2009_138海南島産のパイナップルを食べる。

beijing2009_139痛み始めて安売りしていたマンゴー。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 42.6元
バス 0.8元 路線バス
日用品 11.9元
衣類 99元
合計 154.3元

食料調達

09:00頃、ウォルマートで米、インスタントラーメン等の食料を購入する。これらは日本へ帰ってからの食料だ。

交通事故

beijing2009_14014:30頃、交通事故現場に遭遇する。路上におばちゃんが座り込んでいるので轢かれたか接触したのだろう。運ちゃんは携帯電話で何処かへ連絡している。左のおばちゃんが轢かれた?右が運ちゃん?

beijing2009_141そして、事件事故のある所に人民が集結するのは世の常で、既に人民たちが見物に集まっている。

beijing2009_142人民は事件や事故が大好きなようだ。

郵便局で小包を発送

beijing2009_14315:00過ぎに王府井書店で中国の歴史の本と北京のガイドブックを購入する。「今更ガイドブック購入してどうすんねん!」とツッコミを入れられそうだが日本に帰ってから読むのとHP作成のネタにするつもりだ。

16:00頃、購入した本をそのまま郵便局へ持って行き服務台でおばちゃんに梱包してもらい送り状に記入する。送 り状の記入が終わり窓口で郵送費209.8元を支払う。

beijing2009_145本が402元で送料209.8元なので送料が滅茶苦茶高い。それでも一番安い船便だ。まあ、問題なければ1ヶ月後にはボコボコになって日本に到着するだろう。

帰国前に残りの人民元を預金

beijing2009_14616:40過ぎ、郵便局を出て王府井の中国工商銀行で手持ちの小銭を預金をする。営業終了間際で自分が整理券を受け取ると警備員が入口を閉めた。ちょっと遅かったら使えない大量の小銭を日本に持ち帰るところであった。

銀行内には客が数人おり自分の順番まで時間がかかりそうなので預金する人民元がいくらなのか数える事にする。実はこの時点で自分が幾らの小銭を持ってきているか把握していないのだ。なので銀行内で1元札、5角札、1角札などを数え始める。

札束と小銭の山は総額367元8角1分であった。自分の順番が来て窓口に札束と小銭の山を出す。窓口のお姉ちゃんは札束と小銭の山をちゃんと数えているが営業終了間際にこんな事をするのはほとんど嫌がらせだな。

beijing2009_147これが明細で367元8角1分を預金した。

beijing2009_148無事預金を済ませて外へ出ると現金輸送車が停車している。中国の現金輸送車は日本と違って警備員が銃で武装しているので不用意に近づくと撃たれる可能性があるのだが、人民はあまり気にせずに現金輸送車の近くを通ったりしている。

まあ、中国で現金輸送車を襲撃するとその場で射殺されるのは確実なので襲う奴は滅多にいないようだ。中国で現金輸送車を襲撃するよりも日本で現金輸送車を襲撃した方がまだ安全だろう。というか、自分には現金輸送車を襲撃する勇気は無い。

両替
JTBグローバルキャッシュ 12560円→800元

本日の出費
項目 金額 備考
食費 73.7元
バス 2.4元 路線バス
日用品 8.4元
書籍 402元
発送費 221.8元
合計 708.6元

北京旅行記2009~慕田峪長城

天安門広場は人民で溢れる

beijing2009_01708:30頃、天安門広場へやってきた。しかし、天安門広場に入る際に手荷物検査と身体検査が待っていた。一昨年来た時は手荷物検査や身体検査なんか無かったのだが・・・。北京オリンピックは去年だし・・・。今年は建国60周年で中国にとって重要な年だからテロを警戒しているのだろうか?しかし、何故そこまでテロを恐れる?

そして、天安門広場なのだが今日は土曜日、おまけに清明節で今日から3連休で既に天安門広場は人民で溢れていた。今日は清明節で日本で言えば彼岸に相当する日だから毛主席紀念堂で毛沢東の遺体を墓参り感覚で見物しようとおのぼりさんの人民が長蛇の列を作っている。

beijing2009_018しかも、警備体制が厳重で田舎者の人民が割り込みしようとすれば係員や公安に注意されるというかとっちめられている。

beijing2009_019こういう強制力が働いているので珍しく人民が並ぶ光景を見る事が出来た。でも、人民多すぎだろ!

beijing2009_020列は毛主席紀念堂を囲んでおり1km以上の長さになっているだろう。

beijing2009_021今日は天安門広場は避けた方が良さそうだ。

石景山游楽園のその後を見に行く

beijing2009_02209:30頃、前門西から337路のバスに乗車する。これから一昨年ディズニーを怒らせた北京パクリーランドこと石景山游楽園へ向かう。10:45頃、京原路口東で下車して11:50頃、石景山游楽園に到着する。約2年ぶりに石景山游楽園にやって来た。入場券は10元で値上げされておらず誰でも入れるような金額である。


園内に入り現在はどうなっているかを調査してみたがディズニーを怒らせたミッキーマウスそっくりの大きな耳の猫とかはおらず、どうやらカタギの商売をしているようだ。まあ、去年北京オリンピックがあったから共産党の熱烈な指導でパクリはやめて商売するようになったのだろう。

中国人民抗日戦争紀念館

beijing2009_02314:00頃、前門西から301路のバスに乗車して14:40頃、抗戦雕塑園(抗战雕塑园)で下車する。15:00頃、盧溝橋に到着する。ここは 1937/7/7に盧溝橋事件が発生して日中戦争発端となった場所だ。そして、この盧溝橋の隣にあるのが宛平城であり、宛平城内に反日教育施設として知られる中国人民抗日戦争紀念館がある。


ここも去年から無料開放になっており見物していく事にする。無料開放といっても参観券を貰わないといけないのだが身分証明書が必須になっている。なので、窓口でお姉ちゃんに堂々とパスポートを提示して参観券をもらうが、やっぱり驚いていた。で、館内を見物するのだが、一昨年来た時と特に変わっていなかった。16:00頃、301路のバスに乗車して前門へ戻る。

前門

beijing2009_02416:55頃、前門に到着する。天安門広場は朝と比べると混雑は少し緩和されたようだが、それでも人民で溢れていた。

beijing2009_025天安門広場は避けて北京オリンピック直前に工事が終わった前門大街を見物する事にする。前門大街は綺麗に観光商業街へと変わっていたのだが建物の中身はほとんどが空のままだ。工事は終わったがテナントまでは入っていないようだ。

beijing2009_026そして、前門の東には北京鉄路博物館があるのだがここも工事中の様で開館していない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
バス 2.8元 路線バス
石景山游楽園 10元
地図 1元
合計 25.8元

明景泰陵

beijing2009_02707:00頃、西直門から634路のバスに乗車して頤和園を通り過ぎて08:00頃、娘娘府で下車する。

beijing2009_028北京には明十三陵に明朝の皇帝陵墓があると思われているが、実は北京には明十三陵以外の場所にも皇帝の陵墓があるのだ。それは明朝第7代皇帝の景泰帝の陵墓だ。

beijing2009_029今日は一般にはほとんど知られていない陵墓を見物しようと思うのだが、ネットで調べた限りだと明景泰陵への道程は厳しそうだ。バス停からまず周辺の状況確認の為に少し歩く。明景泰陵は北側にある金山の麓にあるので近くまで来ているというのは分かっている。

バス停の近くに路地があるのでここを歩いていくとネットで調べたとおりそれらしい施設がある。そう、それらしい施設とは軍の干休所、軍隊幹部休養所だ。入口には迷彩服着た兵士がいるし普通はこんな所に皇帝の陵墓があるとは思わないだろう。まあ、まずは兵士に明景泰陵への行き方を訊いて敷地内にあるなら見物できるか訊いてみよう。

で、訊いてみたら敷地内にあるのは確認できたが見物させてはくれなかった。ネットで紹介されていたとか言っても駄目だった。「何処から来た?」とか訊かれて「日本から来た」と答えたら兵士が驚いていたので粘ってみたが結局駄目だった。

実際に見物している人はいるので何とかなると思ったが兵士の気分次第か?それとも紅包を用意しないと駄目かな?まあ、見物したい人は正面突破ではなく旅行会社を通して「走后门」で何とかした方が良さそう だ。

カルフールで買い物

beijing2009_03010:30頃、北京動物園の近くにあるカルフールで買い物をする。ここで新しくリュックサックを購入する。今まで使っていたリュックサックは日本を出発した時からファスナーが壊れていたが、日本へ帰る前に北京で新しいのに換えておくのだ。

というか、「日本へ帰る前でなく、日本を出発する前に新しいのに換えておけよ!」とツッコミが入りそうだな。ファスナー壊れていたおかげで広州駅でデジカメ落としたりしていたし・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
バス 3.2元 路線バス
日用品 204.8元
合計 227元

C2015次 二等座で北京南→天津

beijing2009_03106:30頃、ユースホステルを出て104路と20路のバスを乗り継いで北京南駅へ向かう。20路の終点は北京南站なのだが北京南駅の入口は北京南站南广场とややこしくなっており、もう1本バスを乗り継がなければならないのを知らず徒歩で北京南駅へ向かうが、駅周辺は未だに工事中の場所が多く道が分かり難い。

北京オリンピックに合わせて開業した筈だったが南口しか出来ておらず、北口は未だに工事中だ。まあ、面子で無理やり開業していただけで不便である。さて、ようやく北京南駅の入口までの無料送迎バスの乗り場を見つけて北京南駅へ向かう。

08:00頃、北京南駅に到着する。手荷物検査を済ませて駅の中へ入る。待合室と切符売場が一緒になっているのだが切符売場は閉まっている。というか、自動券売機があるので窓口業務は必要無いという事の様だ。自動券売機は壊れておらずちゃんと動いている。

天津までの切符を購入して改札が始まるのを待つが改札口は自動改札になっており、北京オリンピックに合わせて最新機器を投入してオリンピックを見物に来た外国人に中国の先進性を印象付ける作戦なのだろう。でも、台湾ではとっくの昔に自動券売機と自動改札が導入されているな。

beijing2009_03208:30頃、改札が始まりホームへ降りて乗車する。発車まで少し時間があるので先頭車両を撮影するが片方のヘッドライトが消えている。壊れているのか? 昼間にヘッドライト1個が消えたままでの300km/h運転は大丈夫そうだが、ちゃんと整備されているか非常に疑問だ。

この北京南-天津の高速鉄道はCRH3が投入されているがCRH3は独シーメンスのICE3を基にしている。しかし、いくらドイツの技術といっても整備不良のまま走らせられると事故を起こすような気が・・・。

いや、中国政府は高速鉄道は中国独自の技術と謳っているから、CRH3で事故が起きてもドイツは関係ないよな。でも、中国独自の技術と謳っていてもCRH2で事故が起きたら中国政府は「CRH2は中国独自の技術と一言も言った覚えは無い。CRH2は日本の技術を導入している。中国には責任は無い、全て日本が悪い!日本に賠償を要求する!」などと日本が悪いとか因縁つけられそう。

0845に発車して10分足らずで300km/h以上で走行する。オリンピック期間中は350km/hで走行していたようだが、この時は332km/hが最高速度であった。350km/hでの走行はオリン ピックで面子の為にやっていたという事かな?オリンピックが終わってから速度を落としたという事は安全性に問題ありという事かな?09:15に天津駅に到着する。北京-天津が30分で移動できてしまった。普快なら2時間は必要だ。

天津港の新港を下見

beijing2009_03309:30頃、天津駅の路線バスターミナルのA乗り場から621路のバスに乗車して塘沽へ向かう。11:00頃、塘沽駅(塘沽火车站)で下車する。実は塘 沽駅(塘沽火车站)には1日4本、北京南駅からC列車が乗り入れいているので、塘沽駅(塘沽火车站)がどうなっているかちょっと見てみたが、まず目に入っ たのが「危険物を持って列車に乗るとこうなるぞ!」という宣伝掲示板。

beijing2009_034人民は説明しても理解できないようなので生々しい死体の写真を見せて危険物を持って乗車しないように啓蒙活動が行われている。

beijing2009_035そして、塘沽駅(塘沽火车站)にもC列車の自動券売機が導入されていた。因みに北京南-天津-塘沽は56分ぐらいで結ばれている。駅前は新しい建物が多く宿もそこそこあるのである程度は便利そうだ。

beijing2009_03611:10頃、塘沽駅(塘沽火车站)から102路のバスに乗車して、途中で塘沽の中心地と観光地になっている塘沽外灘を通りすぎで11:35頃、終点の新港に到着する。

beijing2009_037ここには天津港客運站があり天津-神戸間を運航しているフェリー燕京号の出港場所になっている。13日にここから日本へ帰国するつもりなので場所の確認に来たのだが乗船券売場があったので窓口のおばちゃんに燕京号の乗船券が買えるか訊いてみたら窓口では運航日の08:30から販売との事であった。

さすがに利用客が少ないといっても当日に神戸行きのフェリーの乗船券を買う勇気は自分には無い。北京に戻って代理店の旅行社で乗船券を買う事にしよう。

beijing2009_03811:30頃、102路のバスに乗車して塘沽駅(塘沽火车站)を過ぎて胡家園で下車する。ここには塘沽のバスターミナルである濱海客運総站がありバスの状況を確認する。北京、青島、大連などへのバスが発着しており路線、本数ともにそこそこありそうだ。

beijing2009_03912:55頃、濱海客運総站から結構離れた所にある津濱軽軌の胡家園駅から軽軌を終点の東海路まで乗り鉄する。

beijing2009_040東海路から一旦軽軌の塘沽駅(塘沽站)で下車して936路のバスで1.5kmほど離れた塘沽外灘へ移動する。

beijing2009_041新港へ行く102路のバスが塘沽外灘を通るので天津市内から軽軌で塘沽へ行き塘沽外灘から102路のバスで新港へ行く事も出来る。1440過ぎに再び軽軌に乗車して天津市区の中山門へ移動する。1540頃、中山門に到着し、803路のバスに乗換えて天津駅へ移動する。

C2082次 一等座で天津→北京南

beijing2009_04216:10頃、天津駅に到着。帰りの北京南行きの切符を購入しようとしたら3時間先の列車の切符まで売り切れになっている。こうなると駅前から北京行きのバスに乗って帰った方が早く着きそうなのだが、やはり鉄ちゃんは列車で帰らなければいけないだろう。

beijing2009_043という事で、2035発のC2082次の切符を購入するがほんの数分迷っていた間に二等座が売り切れてしまったので一等座を購入。

発車まで4時間ほどあるので駅周辺を歩いてみるとウォルマートを発見する。ここでパンと米酒を買って橋の下で飲み食いする。日本へ帰って社会復帰するつもりなのだが、行動は農民工になっているような・・・。人民に同化するのは止めなければ・・・。

beijing2009_04420:20頃、改札が始まり乗車する。

beijing2009_0452035に天津駅を発車して21:05に北京南駅に到着する。駅を出てバスに乗る前に12日の塘沽行きの切符を購入しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.2元
鉄道 58元 北京南→天津
鉄道 69元 天津→北京南
鉄道 70元 北京南→塘沽
地下鉄 10元
バス 12元 路線バス
合計 238.2元

毛主席紀念堂

08:40頃、天安門広場へやってきた。天安門広場に入るには手荷物検査と身体検査があるが、上着が米軍の迷彩服とはいえ見た目が農民工の格好なので公安の姉ちゃんが「何処の省のもんじゃい、、われぇ!」と訊くので、「東京から来たんじゃい!」と答えると驚いて日本語で「どうぞ!」と言ってあっさり通してくれた。どうやら、胡散臭い農民工と思ったら小日本だったので関っている暇は無いらしい。

そして、毛主席紀念堂の長蛇の列に並ぶ。今日は天安門広場の南にある毛主席紀念堂で毛沢東の遺体を見物するのだ。しかし、開館時間は08:30なのに既に1km以上の長蛇の列だ。まあ、気長に待つしか無いだろう。毛主席紀念堂はカメラやリュックサック、飲料水などの持ち込みは厳禁になっているのでカメラ無しで来たのだが並んでいる人民たちの写真が撮れずに残念だ。

人民たちは係員の指示に従い4列で並んでおり、人民もやる気になればちゃんと並べると思った矢先にロープをくぐって列に割り込む家族連れの人民が・・・。そして、係員は見逃さずに外に出るように言うが家族連れの人民は言い訳して外に出ようとしない。指示に従おうとしないので係員が2人、3人と集まって結局、家族連れの人民は摘み出された。

そして、案内放送で「痰吐くな」と言っていても後ろのおっさんが痰を吐いた。後ろのおっさんだけではなく、各所で痰を吐く音がするし地面に痰がある。ここは天安門広場で人民たちにとって神聖な場所の筈では?人民たちはこれから毛沢東の遺体を参観するというのにこの有様とは・・・。毛沢東もサルどもの見世物になって、さぞかしあの世で喜んでいるだろう。

09:40頃、ようやく毛主席紀念堂の入口までやって来た。ここで身体検査となり金属類を全て出して金属探知機を通るが自分は安全靴を履いているので当然鳴って色々調べられるが問題無し。いよいよ、毛主席紀念堂に入るが、ここでは人民どもは騒いだり痰を吐いたりはしなかった。

サルでもここでは痰を吐いたら無事に生きて帰れないというのは分かっているらしい。毛沢東の遺体が安置されている部屋へ入り毛沢東の遺体を見物するが30秒足らずで終了。毛沢東の遺体は顔色が不自然な感じであった。本当は蝋人形じゃないの?と疑いたくなるほど不自然だった。

燕京号の乗船券を購入

beijing2009_04613:30頃、バスで建国門にやって来た。これから天津-神戸のフェリーの乗船券を購入するのだ。建国門近くの旅游大厦1Fにある神舟国旅で 燕京号の乗船券を購入する。申込書のパスポート番号、滞在場所の住所、日本の住所などを記入していく。

乗船券は二等Bで1430元、燃料付加費は150元、ターミナル使用料で30元が必要なのだが、今日は乗船券の1430元だけの支払いで、燃料付加費とターミナル使用料は当日、港で支払えば良いとの事であった。

ウォルマートでも公交IC卡で支払える

beijing2009_047乗船券を買った帰りに建国路にあるウォルマートで日本だと入手するのが難しそうな盒飯の容器とかを購入する。

beijing2009_048ウォルマートでも支払いに公交IC卡が使える ようになっていたので試しに使ってみる。北京は公交IC卡が電子マネーとして便利に使えるようになっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.7元
バス 2.4元 路線バス
フェリー 1430元 天津→神戸
日用品 22.8元
合計 1457.9元

慕田峪長城

beijing2009_04907:00頃、特2路のバスで東直門北へ向かう。07:50頃、東直門北に到着、ここから東直門外へ移動して936路のバスに乗車する。今日は世界文化遺産にも登録されている慕田峪長城を見物するのだ。

去年の10月から936路のバスが紅螺寺から慕田峪長城まで路線が延長されたので、今までは916路のバスで懐柔(怀柔)まで行きボリタクで慕田峪長城という行き方しかなかったが、これで936路のバスで慕田峪長城まで行けるのだ。

beijing2009_05008:20頃、東直門外を出発する。慕田峪長城までの運賃は16元なのだが公交IC卡だと6.4元と激安なのだ。しかし、北京市内を出るまで渋滞が酷くなかなか進まない。おまけにバス停で停車するごとに乗客が増えていき車内は明らかに定員超過だ。

11:00頃、紅螺寺に到着してほとんどが下車していく。紅螺寺は有名な観光地のようだ。11:20頃、慕田峪長城に到着する。バス停を見ると慕田峪長城までは毎年3月15日-11月25日までの運行のようだ。観光シーズンだけ慕田峪長城まで来るという事のようだ。

beijing2009_051土産物屋街を通り過ぎて入場券売場で入場券を購入する。40元は高いが万里の長城を見納めという事で見物だ!でも、ロープウェイは使わずに徒歩で山を登り長城へ向かう。

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beijing2009_05311:40頃、慕田峪長城に到着するが既に疲れて帰りたい気分だが、せっかく来たので全部は見ないが見物する事にする。

beijing2009_054で、慕田峪長城も八達嶺同様に落書きが酷い。

beijing2009_055それと、白人さんたちが多い。慕田峪長城は観光客が少ないと思っていたが実際は多かった。

beijing2009_056長城を登って行くが暑くて汗が噴出してくる。城楼の中は涼しくて休むが今日の予想最高気温は26度で夏日だ。ここ数日は急に暑くなっており、既に裸族や腹出し族が出現する条件が整っている。帰国前に肥満の人民の腹を見る事になるのだろうか・・・。

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beijing2009_059慕田峪長城からの景色はなかなかの物だ。そうそう、慕田峪長城は明の中山王徐達が北斉の長城址に築いたのだ。

beijing2009_060あまりの暑さで城楼で涼んで休憩するのだが城楼の中に何故か糞がある。ついでにアンモニア臭も凄い。慕田峪長城には3ケ所トイレがあるのだが、トイレまで辿り着けない観光客がいるようだ。登る前に小便と糞しておけよ!

beijing2009_061でも、世界遺産に放尿や脱糞してさぞかし気分爽快なのだろうな!いや、世界遺産に放尿や脱糞はまずいだろう。やはり、別の場所で立小便や野糞をして世界遺産を守るべきだろう。でも、緊急事態だと世界遺産なんて気にしていられないか・・・。

beijing2009_06212:20頃、麓の駐車場へ向かう。12:45頃、駐車場に到着してバス停で936路のバスを待つが白人さん2人組がバス停にやって来た。どうやら、936路のバスで北京市内に戻るようだ。しかし、ここは中国の観光地だ!中国の観光地では白人さんはあいつらにとって格好の獲物だ。

beijing2009_063そう、ボリタクの運ちゃんが白人さんに声をかけてきた。「懐柔(怀柔)まで行って916路で北京へ行ける」「懐柔(怀柔)まで50元」とか言っている。やはり、ボリタク舐めた事ぬかしている。936路なら公交IC卡だと6.4元で東直門外まで戻れるだろうが!成り行きを見守っていると白人さんたちはボリタクに乗ってしまった。

beijing2009_06413:15頃、936路のバスが到着し乗車する。13:30頃、慕田峪長城を出発して15:45頃、東直門外に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.04元
バス 13.6元 路線バス
慕田峪長城 40元
合計 70.64元

チベット旅行記~ラサ・ポタラ宮編

ラサの朝は冷える

tibet_0530930頃、近くの小昭寺へ行ってみたがラサの朝は冷え込む。道路は日陰の部分が凍結している。

tibet_054小昭寺(ラモチェ) へ到着して撮影開始となったがデジカメの電池がすぐ無くなってしまった。おまけに寒さでデジカメの動作がおかしい。気温が上がる昼過ぎまでは外へは出ないほうが良さそうだ。

朝食

tibet_055部屋に戻るとA先生が起きており朝食に誘ってくれたのでお供する事にする。

tibet_0561000頃、チベタン料理の店に到着。

チベット料理のシャパレ

tibet_057ここでシャパレ(夏帕利)という揚げパンの中に肉が入った料理を食べる。中国の肉餅子に似ており具に肉とネギが入っている。肉はもちろんヤク肉だ。1枚1 元で5枚食べる。

tibet_058A先生は客のチベット人の姉ちゃんと話しをしていたが、店のおばちゃんはA先生の事をアムド(青海省と甘粛省のチベット人居住地域)から来たチベット人だと思っていたそうだ。

tibet_059チベット人の姉ちゃんは旅行会社で働いているそうで入境証無しでどうやってラサ行きの切符を買ったか尋ねてきたりとこの辺の事情に興味があるようだ。

小昭寺

tibet_0601400頃、再び小昭寺(ラモチェ) へ向かう。

tibet_061朝と違って小昭寺路はチベット人で賑わっている。

tibet_062チベット人は入場自由なのだが外国人は有料で切符売場の案内があったのでそちらへ行き坊さんに入場券がいくらか聞いてみたが、中国語で尋ねたので坊さんはやたらと警戒している。「なんや、この漢族!いてこましたるで!」とか思っているのだろう。でも、入場料20元というのは教えてくれた。

ドミで焼肉!恐るべし中国人

tibet_063いつの間にか1930を過ぎており辺りが暗くなってきたので夕飯を食べに出かけるが既に店じまいしている店がありラサでは早めに夕飯を済ませないといけない事に気づく。

おまけに営業している食堂を見つけたとしてもチベット人の店ではメニュー表が無いし、聞くにしても中国語だと良い印象をもたれない。イスラ ム食堂を何軒か見つけたのだが、せっかくラサまで来て慣れているイスラム食堂に逃げるのは勿体無いので、昨日のトゥクパの店に行った。幸いおばちゃんが覚えていてくれたので助かった。

チベットに行ったらほとんど中国語は役に立たない。単語だけでもチベット語を勉強しておくべきであった。部屋に戻りHP作成に取り掛かるが、同じドミの中国人たちが携帯用コンロで料理をし始める。室内で料理は止めた方が良いと思うのだが・・・。

暫くすると焼肉の煙が室内に充満し始める。これは宿のおばちゃんに見つかったら追い出されるだろう。共産党が「提高素质」と訴えても人民の左耳から入って右耳から出て行くようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
合計 10元

バルコル周辺

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tibet_065夕方にバルコル(八庙街)周辺を散歩してみる。ジョカン(大昭寺)の近くなので五体投地をしている巡礼者を見かけた。

tibet_066そして、ラサでは痰吐き、唾吐き、手鼻を各所で見る事が出来た。これはチベット人の伝統だろうか?それとも中国政府の漢化政策によるものだろうか?どちらにせよ、この光景を見たらチベット人も中華民族のひとつだと認識してしまう。痰吐き、唾吐き、手鼻は優秀な中華民族五千年の伝統だな・・・。

トゥクパの店へ行く

tibet_067A先生と夕飯に行く事になりA先生行きつけのトゥクパの店に連れて行ってもらう。

tibet_068店のおばちゃんや客に自分の事を漢族だと思われていたようだが日本人と分かるとかなり友好的であった。トゥクパはうどんに似た料理でなかなか美味かった。ここのトゥクパは3元だ。

トイレットペーパー盗まれる

tibet_069トゥクパを食べ終えA先生とジョカンをコルラしてドミに戻り、A先生からマオイストに支配されたネパールでもチベット人への迫害が始まっているとかいう話を聞かせてもらう。

夕飯を食べ終えたので糞がしたくなってトイレットペーパーを持ってトイレへと思ったら、枕元に置いておいたトイレットペーパーが無い。・・・。盗まれた。トイレットペーパーはウルムチで盗まれて以来だ。ご機嫌斜めになりつつ新しいトイレットペーパーを持ってトイレへ行く。

糞を終えて戻ってきて、トイレットペーパーを探す。一体何処に消えたのか?床に落ちているかもとベットの下を確認するがやはり見つからず。諦めてHP作成を開始する。暫くしてある事に気がつく。隣のベットで寝ているネパールへ向かうというチャリダー人民の枕元に盗まれたトイレットペーパーと使用量が同じくらいのトイレットペーパーがある。何か怪しい・・・。

そのトイレットペーパーをよく見ると小さく「オレサマ」と書かれている。・・・。人民、いてこましたるで!犯人はチャリダー人民であった。去年の夏にウルムチでトイレットペーパーを盗まれており、ウルムチでの事件を教訓に印をつけていたが本当に役立つと は・・・。

さて、この後どうするかだが、自分は非常に小心者なのでチャリダー人民に喧嘩を売るつもりは無い。きっとダラムサラにいるダライ・ラマも「暴力では何も解決しません。慈悲の心でチャリダー人民を許しなさい。」と思っているだろう。なので、慈悲の心で許してチャリダー人民の天使のような寝顔を撮影する。因みにこのチャリダー人民は昨晩、ドミで携帯用コンロを使い焼肉をした首謀者なのだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
合計 10元

もう1週間滞在

昼前に1週間延泊する事にして宿泊費を払う。料金表にはドミ15元と表記されているのだが、ネットで調べた時は会員15元、非会員20元だったので会員証を使わずに登記していたのだが、試しにチベタンの姉ちゃんに会員証あったら幾らか訊いたら10元との答えが・・・。

会員証を使っておけばと思ったら自分の会員証は有効期限が先月までだったな。そこで姉ちゃんに「会員証を作って!」と頼んだら在庫切れだったが1泊10元にまけてくれた。まあ、言ってみるもんだな。

チベット餃子のモモを食べる

tibet_070

tibet_071昼にA先生とチベット料理のモモを食べに行く。モモは蒸し餃子に非常に似ておりあっさりしている。具はヤク肉だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 70元 1泊10元×7
合計 86元

散歩

tibet_072昼食を食べに出かけたついでに散歩すると中国国旗の五星紅旗を掲げたクリーニング店を見つける。チベットが中国と言ってもラサで五星紅旗を掲げていると 真っ先に襲われそうなのは気のせいだろうか?まあ、武装警察や軍隊が助けてくれるとは思うけど到着前に全焼するのは間違いないだろう。

tibet_073そして、イスラム教のモスクを見つける。モスクの前には回族が礼拝の為に集結している。

tibet_074回族もチベット人同様に漢族が嫌いらしいが回族とチベット人は仲が悪いらしい。少数民族同士で仲良くして欲しいものだ。

ポタラ宮

tibet_075昼食にトゥクパを食べてドミに戻りニコニコ動画に動画をうpしてHP更新をしようとしたらネットに繋がらない。レセプションでチベット人の姉ちゃんに 「ネットに繋がらないニャン」と訊くと「回線工事中だワン」との返答で急遽予定変更でポタラ宮でも見物しようと外へ出る。

ポタラ宮まではバスで行けるのだがラサの市街地は広くないので徒歩で充分だ。というより、徒歩なら催涙弾や自動小銃を持って警備している武装警察が間近で見られてチベットのおかれている状況を理解するのに絶対徒歩がお勧めだ。

tibet_0761315頃、ポタラ宮へやって来た。さすが世界遺産に登録されているだけの事はあり建物大きいし威厳を感じさせる。そして、ポタラ宮前のポタラ宮広場には西蔵和平開放紀念碑がある。和平開放か・・・。・・・・・・。

tibet_077さあ、見なかった事にしてポタラ宮見物開始である。と言っても、入場料は100元なので外から見るだけである。

tibet_078ポタラ宮の前では巡礼者が五体投地しており写真撮影をしているのを気づかれると寄付を求めてくるが中国での乞食の生態を観察していたせいか寄付とかには拒否反応があるので無視する。本当の巡礼者なら寄付しても良いかもしれないが本物か偽者かを見抜ける眼力が自分には無い。

で、画像を見ると分かるのだが巡礼者は歩道で五体投地をしているのだが五体投地をしている所だけ黒く跡が残っているのだ。それだけ巡礼者が多いという事なのだろう。でも、歩道で五体投地は 危険なような気もする。共産党はちゃんと五体投地する為に専用の場所を造れよ!

tibet_079ポタラ宮の周りにはマニ車がある。

tibet_080五体投地する巡礼者に影響されてか無信仰の自分がコルラし始める。ポタラ宮の周囲にはマニ車があるので回していく。マニ車を回すとお経を一回読んだのと同じ功徳が積めるらしいがマニ車を回しながらある考えが思い浮かぶ。マニ車に発電機付けてポタラ宮の電力の一部を賄う。マニ車を回せば功徳を積めるだけでなく環境保護にもなって一石二鳥じゃないかな?

tibet_081木にはタルチョが巻かれている。

tibet_082ポタラ宮の東側。

tibet_083巡礼者はマニ車を回して行く

タラルグ寺

tibet_084タルチョが掲げられた通りを行く

tibet_085査拉魯普石窟

tibet_086ポタラ宮広場の西にあるタラルグ寺(查拉鲁普寺)には査拉魯普石窟があって入場料は20元。もちろん外から見るだけです。

ラサの治安は万全

tibet_087さて、ラサの治安状況について解説しましょう。はっきり言ってラサは安全です。ポタラ宮の前を警備車両が巡回していたり、武装警察も警棒と盾を持って巡回しています。

tibet_088通りの要所では催涙弾や自動小銃を携帯した武装警察が不穏分子に対して睨みを利かせています。

tibet_089武装警察が市内の各地で警備しているおかげでラサの治安は保たれています。これなら漢族も枕を高くして安心して眠れますね。でも、ラサは安全なはずなのに外国人観光客がいませんね。どうしてなのかな?でも、今日は白人を4人見かけましたから外国人観光客は来ていますね。たった4人だけど・・・。

tibet_090ラサは観光で成り立っていると思うのだけど。安全ならたくさんの欧米人に来てもらって土産物屋、仏具屋でお金を使ってもらえばチベットの経済が潤うと思うのだけど。 共産党はチベットの経済が発展しなくていいのかな?

シャムデを食べる

tibet_0911730頃、A先生と夕飯に出かける。今日はチベット料理のシャムデを食べるのだ。連れて行ってもらったバナクショーホテル対面の店は外に看板が出ておらず一見すると何の店だか分からない。いや、店という事自体分からないだろう。中に入ると食事をする所というのは分かるのだが・・・。

tibet_092で、肝心のシャムデはカレーのような料理でジャガイモとヤク肉が入っている。値段は8元。カレーのような味でなかなか美味い!美味しい料理が出せるのだからせめてチベット語の看板出して営業すればいいのに・・・。出来たら漢字と英語の看板も出せば尚良いだろう。チベット人は商売には力を入れていないのかな?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
合計 15元

ポタラ宮には観光客がいない

tibet_093今日はノルブリンカにでも行ってみようと思い1000頃に出かける。ユースホステルからは106路のバスに乗ってノルブリンカで降りればよいのだが、ラサの治安を守る武装警察の働き振りを見るために徒歩でノルブリンカへ向かう。

北京東路の各所で武装警察が催涙弾や自動小銃を持って警備している。毎日、警備しており朝はまだ冷え込むので仕事とはいえ正義の味方も大変である。これならチベット人も悪さできないだろう。自分としてはラサの治安を守る正義の武装警察の勇姿を撮影して世界に配信したいのだが、武装警察は非常に恥ずかしがりやさんなので撮影出来ないのだ。決して撮影するとカメラ没収やボコボコにされる訳ではない。

tibet_094ポタラ宮に着くと巡礼者がコルラしていたり、ポタラ宮の前で五体投地している。巡礼者は多いのだがポタラ宮の入口には観光客がいない。ポタラ宮の入場券は入手困難だと聞いていたが・・・。ラサは安全な筈なので観光客で賑わっていなければいけない筈だが、どういう事なのかな?まさか中国政府が何か隠し事でもしているのかな?

tibet_095巡礼者は横一列に並んで五体投地の真っ最中。

ノルブリンカ

tibet_0961100頃、ノルブリンカ(罗布林卡)に到着する。

tibet_097ノルブリンカはダライ・ラマ7世の時代に造営が始められた離宮だそうで、夏の間はダライ・ラマが政務を執り式典を行っていた。1959年にダライ・ラマ14世はノルブリンカからインドへ脱出したとされている。世界文化遺産だが入場料は60元なので入口を見て終了である。

西蔵博物館

tibet_098ノルブリンカのほぼ対面にあるのが西蔵博物館なのだが暫く休みのようだ。

tibet_099でも、「西蔵今昔」という展示だけは見られるようになっていたが、疲れたのでユースホステルに戻る。あっ、入場料いくらか調べるの忘れた。まあ、いいや。

ラサの輪タク

tibet_100ラサには輪タクがいる。「中国の田舎なら何処にでもいるだろっ!」と言われるかも知れないが、ここはラサだ。富士山よりも高い所だ。そんな高地でチベット人が輪タクをしているのだ。

tibet_101日頃から農作業で鍛えている漢族のおっちゃんたちでも恐らくこの高地では耐えられないだろう。自分なら10分以内に高山病で病院送りになる自信があるぞ。チベット人凄すぎ!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
合計 15元

遼寧省旅行記~瀋陽

4302次 硬座で丹東→瀋陽

liaoning_0560530頃に起床して0650頃、丹東駅へ向かう。丹東駅は新駅舎を建設中で現在は仮駅舎となっている。

liaoning_0570705頃に改札が始まりホームへ向かう。

liaoning_058ホームを歩いていると何と丹東→新義州の列車が停車しているではないか!まさか北朝鮮への国際列車を目撃できるとは思っていなかった。この機会を逃すことはできないので、まずは車内に荷物を置いて急いで撮影へと向かう。

liaoning_059北朝鮮行きの列車を撮影していると駅員のおばちゃんが何か言っている。

liaoning_060いつもの事ながら中国では鉄はまだ珍しいようで行動を理解してくれないようだ。もっとも国境の駅という事もあるのかもしれないが・・・。日本なら「撮り鉄か」で終わってしまいそうなのだが中国はまだその域に達していない。

liaoning_0610730に定刻 どおり丹東を発車して瀋陽へ向かう。今回は座席が窓側ではなかったので昼寝して過ごす。何もしないまま瀋陽へ行ってもつまらないので瀋陽に近づいてきた所で香港でもらった法輪功の大紀元時報と人民報を人民が自由に見られるように車内において瀋陽駅へ降りた。人民はあの新聞を読んでどう反応するだろうか?

帥府国際青年旅舎

liaoning_0621230頃、瀋陽駅前から環路のバスに乗車して故宮で下車する。西へ歩いて瀋陽故宮を通り過ぎた所に瀋陽での拠点にする帥府国際青年旅舎がある。このユースホステルは国際ユースホステル連盟の国際青年旅舎HPの加盟リストには入っていないのだが入口にはおなじみのロゴがある。別のユースホステル団体の中国青年旅舎には加盟しているので、そちらのロゴは目立つようになっている。ちょっと胡散臭いのだが会員証は使えて料金は1割引になった。

瀋陽の電脳街「三好街」

liaoning_0631430頃、環路のバスで三好街へ向かう。三好街は瀋陽の電脳街で日本の秋葉原みたいな所だ。PC関連の店はメーカー製からパーツまで豊富にある。パーツに関しては中古品も豊富だ。それにゲーム関連の店もありXBOX360などが売られていたが店員は商売よりゲームに熱中しているのが多かった。

liaoning_064但し、三好街の特徴としては商品に価格表示がないのだ。人によって価格が高くもなるし安くもなるという事だ。まあ、これは中国共通かな?試しにデジカメの価格を数店で聞いてみたが安い所もあるが少し高めの所もある。中国語が少し話せて見た目が外国人でなければぼったくりに遭遇する確率は低く抑えられそうだ。

人民と裸の付き合い

宿に戻り1週間ぶりにシャワーを使おうと思ったら壊れていた。代わりに同じ建物内のシャワー屋が利用できるようになっていたのでシャワー屋へ行ってみたら 日本の銭湯に近い方式だったので人民たちと強制的に裸の付き合いになってしまう。これは欧米人の方々にとってはかなりの試練かもしれない。自分にとってもかなりの試練だった。どうして、ここまで来て見たくもない人の裸を見なきゃいけないんだ。

何故か廊下に糞が・・・

3kg1.5元で安売りされていた梨を買って部屋で食べて後片付けをしていると廊下でおばちゃんが掃除をしていたのだがこの時は特に気にしていなかったが、トイレに糞があるのを発見してしまう。糞があるというのは糞を流していないという意味ではなく便器からかなり離れた所に糞があるという意味である。

どうやら誰かが糞を漏らしたらしい。そして、部屋へ戻る途中で廊下でおばちゃんが片付けていたのは何と糞であった。廊下でも誰かが糞を漏らしたようだ。いや、これは漏らしたというよりも意図的に脱糞したのではないかと疑ってしまう。いくら仕事とはいえおばちゃんも大変だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.1元
宿泊費 144元 1泊36元×4
バス 3元 路線バス
合計 164.1元

瀋陽故宮

liaoning_065午前中にカルフールで充電池を購入して午後は瀋陽故宮へ行ってみる。

liaoning_066瀋陽は1625年に後金の都になり、瀋陽故宮は清の建国式典が行われた場所でもあり世界文化遺産に登録されている。入場料は50元で金持ちしか見られないようになっているので、いつもの事ながら外から眺めて終了である。

張氏帥府

liaoning_067東北軍閥といえば張作霖だ。この張氏帥府は張作霖と長男の張学良の官邸兼邸宅であり大帥府や小帥府とも呼ばれている。

liaoning_068瀋陽故宮の南にあるので徒歩10分ほどで辿り着ける。入場料は50元で張氏帥府と近くの金融博物館などが見学できるようになっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
雑貨 35元 充電池
合計 43元

世界文化遺産 清昭陵

liaoning_069今日は明け方から雨が降っていたのだが0830頃に雨が止んだので0930頃に清昭陵へ向かうことにする。バスに乗車して1040頃、清昭陵のある北陵公園に到着する。

liaoning_070世界文化遺産に登録されているだけの事はあり綺麗に整備されている。入場料は北陵公園6元、清昭陵30元となっていた。自分は皇帝や王の陵墓はなるべく見物するようにしているのだが今回は入口だけの見物にしておいた。

まあ、これは自分が清朝の皇帝にあまり関心がないのと世界文化遺産に登録されている有名観光地で、瀋陽には日本総領事館があるほど日本人が多く訪れそうな場所だからだ。やはり見物するならマニアックな皇帝や王の陵墓で日本人が少ない場所でないとな。

張作霖爆殺現場

liaoning_0711130頃、瀋陽駅と瀋陽北駅の中間にある京哈線と瀋大線が交差する張作霖爆殺事件の現場を訪れる。東北軍閥の張作霖が北京で蒋介石の国民党軍に破れ列車で奉天へ戻る際に関東軍の独断により列車ごと爆殺されたという場所だ。この事件では時の首相であった田中義一が昭和天皇に内閣総辞職を迫られて総辞職するほどの事態になっている。

liaoning_072上の線路が北京からの張作霖が乗る列車が通過した京哈線で、関東軍がこの橋脚の部分に爆弾を仕掛けて列車ごと張作霖を爆殺した。下は大連-瀋陽を結ぶ瀋大線。

liaoning_073張作霖爆殺事件は中国では「皇姑屯事件」と呼ばれ現場には皇姑屯事件発生地の石碑がある。

liaoning_074そして、現在の現場は人民のゴミの不法投棄場所と化していた。教科書にも出てくる重大事件の発生現場なのに一体どういう事なんだ?もはや、人民にとっては張作霖爆殺事件はどうでもよい事なのか?この惨状にはがっかりさせられた。

雨が降り宿へ戻る

午後になり曇り空だった天気が一気に悪くなり雨が激しく降ってくる。これ以上の市内見物は無理と判断して宿へ戻り大人しくする事にする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 3元 路線バス
合計 17元

満州事変発端の地・柳条湖と九一八歴史博物館

liaoning_0750730頃、宿を出て満州事変発端の地である柳条湖へ向かう。満州事変は1931年9月18日22時30分頃に瀋陽郊外の柳条湖付近で関東軍参謀・石原莞爾、板垣征四郎の指揮で南満州鉄道を爆破し中国側の仕業として各地で軍事行動を開始し東北部を占領した事件だ。まあ早い話がこれ以後の戦争の発端となったという事だ。0800頃、九一八歴史博物館に到着。

liaoning_076以前は入場料20元だったらしいが無料になっていた。で、ここには関東軍司令官・本圧繁により書 かれた奉天忠霊祠石碑と関東軍により設置された記念碑の柳条湖爆破地点碑が展示されているのだが、わざわざ倒して展示している。それほど日本嫌いなら産業廃棄物処分場にでも捨ててしまえばと思ってしまうのは自分だけだろうか?そして、博物館は閉まったままになっており建物内に入れなかった。改装中なのだろうか?

liaoning_077九一八事変柳条湖爆破地点碑

liaoning_078博物館だから色々と日本鬼子の展示が満載だと期待していたのだが、かなりがっかりさせられてしまった。代わりに爆破現場がどこなのか線路沿いに歩いてみるがそれらしい記念碑が見当たらない。まあ、線路沿いに紀念館を建設して終わりのようだ。自分としては具体的にどの場所が爆破現場だったのか知りたかったのでがっかりだ。せっかく線路沿いにいるので柳条湖事件の現場付近で撮り鉄を開始する。

liaoning_079中国では尋ね人の貼り紙をよく見かける。どうやら行方不明になる人が多いらしい。

世界文化遺産 清福陵

liaoning_080325路のバスで瀋陽北駅へ移動して1030頃、168路のバスで東陵公園へ移動する。東陵公園には世界文化遺産の清福陵がある。

liaoning_081福陵は清の太祖ヌルハチ(努尔哈赤)と孝慈高皇后のエホナラ氏(叶赫纳喇氏)の陵墓である。1140頃、東陵公園に到着する。入場料は30元なので入口だけ見物して早々に立ち去る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.9元
バス 10元 路線バス
合計 19.9元

端午節の振り替え休日なのに公安庁へ

今日は月曜なのでビザ申請に遼寧省公安庁出入境管理局へ行ってみたが昨日が端午節だったので今日は振替休日というのを忘れてうっかり来てしまい警備のおっ ちゃんに「今日は休みだよ」と言われてしまった。仕方ないので歩いて宿へ戻るついでに瀋陽市公安局出入境管理処の場所も確認してみるが調べた場所にはそれらしい建物や看板すらなかった。
宿に戻り念のためにビザ申請で必要になるかもしれない臨時宿泊登記証明をもらうが、この時に老板が瀋陽市公安局出入境管理處の行き方を教えてくれた。どうやら北陵公園の対面に移転したようだ。それにしても、瀋陽はやたらと暑い。今日の最高気温は28度らしい。どうりで東北部 でも外に裸族が出没しているわけだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 72元 1泊36元×2
バス 1元 路線バス
合計 87元

遼寧省公安庁ではビザ手続きをしていなかった

1000頃、瀋陽北駅から217路のバスで遼寧省公安庁出入境管理局にやってきた。公安庁は各地の公安局を束ねる場所で日本なら県警本部に相当する機関だ。今回は公安局でなく親分の公安庁でビザ申請を受理してくれるか試すという事だ。出入境管理局は公安庁の対面のビルにあるのだが警備のおっちゃんがなかなか通してくれなかったのだが日本人と気づいたらすんなり「3Fだよ」との事。下手くそな中国語なんだからすぐに外人だと気づいてくれよ!

で、3Fの窓口でビザ申請に来たことを伝えると後ろの方にいたお偉いさんが「ここじゃやってないんだよ!北陵公園の対面に公安局があるからそこで申請して!」みたいな事 を言われる。公安庁でもやっていると思ったが考えが甘かった。

瀋陽市公安局出入境管理處

公安庁を出て通りをそのまま北へ歩いて1030頃、北陵公園の対面にある瀋陽市公安局出入境管理處に到着するがビザ申請の4Fは大混雑で既に今日の番号札の発券は終了していた。1030で既に満杯とはどういうことなんだ?この後訪れた人たちは保安に「明日来て」と追い返されていたが自分は今日申請しないと不受理だった場合に深圳へ退避が間に合わなくなってしまう。

保安に「今日申請しないと間に合わない」と言ったら課長(科长)に相談するように言われて4時間待って課長(科长)にノービザの期限が迫っていることを告げて何とかならないかお願いしたら足りない書類や申請書のチェックをしてくれて「座って待つように」と一言。書類に不備は無さそうでノービザ申請も大丈夫なようだ。更に2時間待って1600過ぎに番号札を持っていない人の受付が始まったが、ここで思わぬ災難が・・・。キャッシュカードは預金証明にならないということで不受理になってしまった。

これには課長も「カードじゃ駄目なんだよ。銀行で預金証明書をもらって明日また来て」みたいな事を言ってくるが中国銀行の口座には2万元の残高はないし、国際キャッシュカードも10万円くらいしかないので全額引き出しても足りない。この瞬間、ノービザ申請の野望は消えうせて深圳へ退避する事を決意する。

深圳行きの切符を購入

1730頃、瀋陽北駅にやって来た。今やらなければいけない事は13日がビザの期限なので、それまでに深圳に辿り着き香港へ出る事だ。で、ここで買わなければいけない切符は明日のT188次 瀋陽北-深圳の切符か明日、明後日の瀋陽北-広州東の切符だ。何れかの切符が買えなければ進退窮まる事になる。切符売り場の列に並び20分ほどで順番が回ってきた。
明日の深圳行きがあるかを聞いたら奇跡的に残っていた。もちろん硬座の切符を購入する。これで、今回の旅で最長距離である3152㎞を硬座で移動する事になる。おまけに車内2泊で35時間23分の乗り鉄の旅だ。硬臥でもこれほどの移動をした覚えがないのでどうなる事か・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
鉄道 320元 硬座 瀋陽北→深圳
バス 5元 路線バス
コピー 1元
合計 336元

6381次 無座で瀋陽→世博園

liaoning_0820500頃に起床して朝一の環路のバスで瀋陽駅へ向かう。

liaoning_0830550頃、瀋陽駅に到着して世博園行きの切符を購入する。ついでに6/15の深圳西→重慶北の 切符も購入する。世博園は2006年に世界園芸博覧会が開催された場所で元々は瀋陽植物園だった場所だそうで現在は博覧会跡地を園芸関係のテーマパークにして瀋陽の定番観光地になっているらしい。

liaoning_084よく見るとこの1編成で普慢からN列車、A列車まで運用されているようだ。

liaoning_085で、何でこんなつまらない確率99%の場所に早起きして行くのかというとここに瀋陽市蒸気機関車博物館(沈阳市蒸汽机车博物馆)があるらしいという情報を得たからだ。細かい情報を集めていないので本当にあるかは分からない。でも、調べる価値はありそうなので行ってみる事にした。列車に乗り込むが早朝の列車なので各車両に乗客は4,5人しか乗車していない。

liaoning_086列車が発車して張作霖爆殺事件の現場を通り過ぎ瀋陽北駅へ。

liaoning_087そして、世博園に到着するが開園は0900からになっている。とりあえず、園内の地図を確認するのだが蒸気機関車の博物館が見当たらない。どうも、怪しい。おまけに入場料 50元で貧乏人からすればぼったくりだ。

悩んだ挙句にもっと情報を集めてから出直す事にして168路のバスで瀋陽市内へ戻る。後日結果としてこの判断が正しい事だった判明する。瀋陽市蒸気機関車博物館は世博園(瀋陽植物園)にあったのだが鉄西区へ移転している事が分かった。危うく50元をドブに捨てるところだった。

T188次 硬座で瀋陽北→深圳

liaoning_088昼頃に宿を出て333路のバスで瀋陽北駅へ向かう。今日は1750発のT188次に乗車して深圳へ移動するという強行軍を開始するのだ。それも、硬座で3152㎞の旅で今までの旅で最長距離の移動になる。おまけにダイヤ通りに運行されると35時間23分の旅だ。さすがに青春18きっぷと大垣行臨時夜行で鍛えた鉄でも乗りたくない列車だろう。

liaoning_089発車まで5時間ほど時間があるので待合室で気長に待つことにする。

liaoning_090そして、1720頃に改札が始まり列車に乗車して 荷物を置いて発車時間まで撮り鉄開始である。

liaoning_091今回は特快で車両は25Kで典型的な藍皮車(蓝皮车)なのだが、乗客が乗車している間は食堂車(餐车)では乗務員が整列して出迎えている。これが普快の緑色の車両の緑皮車(绿皮车)なら食堂車の乗務員は確実に休憩でくつろいでいるだろう。さすが特快となれば乗務員の質も格段に高い。たまに例外もあるが・・・。T185次は瀋陽北-深圳の運行だし乗務員の質も高そうなので広州鉄路局の運行かと思っていたが後で車内放送とかで瀋陽鉄路局による運行だと分かった。

liaoning_092そして、撮り鉄をしているといつの間にか隣のホームにCRH5が停車しているではないか!CRH5はフランスのTGVを製造しているアルストムの技術を導入している高速鉄道だ。まあ、TGVの兄弟分ってところかな?

liaoning_093CRH5の撮影をして車内に戻り1750定刻どおりに列車は発車する。発車後は中国の鉄道ではおなじみの車内放送で音楽が流れ始めるのだが、しかし、乗客は中国人である。大人しく車内放送を聴いているわけがない。

各自携帯電話で音楽を流し始める。中国は日本と違い車内で携帯電話を使うのは問題ないのだが、その使い方には特徴があるのだ。周囲を気にせず大声で話すのはもちろんの事だが、音楽も大音量で流すのだ。中国ではヘッドホンを使うという習慣は無い様で音楽を聴くときも周囲を気にせずに大音量で聞くのだ。

どうして大音量で音楽を聞くのかというのは人民に質問した事がないので不明なのだが、推測としては、ヘッドホンを買う金がない。周囲に携帯電話を持っている事を自慢したい。というのが 思い浮かんだのだが、どちらにせよ中国人の不思議な習慣である。

夜になり乗警(乘警)の身分証確認が始まるのだが、パスポートを提示すると乗警はパスポー トの中身すら確認せずにすぐに返してきた。どうやら、見なかった事にしたらしい。周囲の乗客は「コイツ何者だ?」という目で見ているのだが、この後に予想外の展開が発生する。2人掛けシートの4人ボックス席なのだが自分以外の3人の人民が全て身分証不携帯だったのだ。乗警は特に怒りもせずに名前だけ聞いて端末に入力してお咎め無しなのだ。

身分証の携帯は義務の筈なのに、どうして逮捕しないんだ?どう考えても彼奴らは怪しいだろっ!身分証不携帯で罪にならないのでは一体何の為の身分証確認なんだ?こうして、身分証不携帯の怪しげな人民3人に囲まれて車内1泊目へと突入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 5元
鉄道 1.5元 無座 瀋陽→世博園
鉄道 231元 硬座 深圳西→重慶北
バス 5元 路線バス
発券手数料 5元
合計 247.5元

特快といえども硬座は民工列車と化す

liaoning_094夜も明けて何時の間にやら天津を過ぎて山東省を走行していた。途中で水滸伝の梁山泊がある梁山を停車することなく通過して安徽省に入る。そして、阜陽(阜阳)を過ぎる頃になると車内がやたらと混んできた。昼食にカップ麺を食べる為にお湯を入れに行くが、連結部と洗面台に無座の乗客とおなじみの尿素と書かれた肥料袋の荷物が溢れていた。

そう、既に特快も出稼ぎ労働者の民工が溢れる民工列車と化していたのだ。というか、民工は連結部で寝るなっ!通行の邪魔だろっ!因みに今回の35時間23分の旅での食事はこのカップ麺1個だけである。それにしても、民工で溢れ始めたのに気付いてからは連結部以外でも乗車率が徐々に上がって行き南昌を過ぎる頃には3人掛けシートが4人掛けになっていたり通路に座り込む人民、タバコを吸う人民や床にポイ捨てされたゴミも見かける ようになる。

どうして、民工が乗り込んでくると車内環境が悪化してくるのだろうか?はっきり言って民工どもには特快に乗って欲しくない!いや、民工は特快に乗るなっ!普慢と普快だけに乗れっ!こうして、車内はゴミ捨て場へと変貌しそうだったのだが乗務員が頻繁に清掃作業をするので座席周辺だけはとりあえず 衛生状態を保つことに成功する。さすが特快の乗務員だ。しかし、連結部は民工たちの溜まり場なのでゴミと痰とタバコの吸殻で溢れていた。こうして車内2泊目へと突入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 0元
合計 0元