雲南省旅行記~大理・昆明編

維西→下関(大理)はバスが故障

yunnan2_4760600頃に起床して準備を整え0635頃に宿を出る。夜明け前の維西の街中を歩きバスターミナルへ。大理行きのバスは0730発なのだが昨日は到着時に既に窓口が閉まっており切符を買えなかったが当日でも買うことが出来た。切符には下関(下关)と表記されているがこれは大理の南側の地区である下関のことだ。

大理古城は下関の北側にあるので麗江など大理の北側からのバスは大理古城の脇を通るので運ちゃんに言えば大理古城の手前や脇で降ろしてくれるのだが自分はバスターミナルの情報収集をするので終点まで乗車する。恐らく終点は北バスターミナルの大理汽車客運北站だろう。切符を購入したので早速乗車と思ったがバスはまだ来ておらず待つことになるが発車時刻になってもバスが来ない。

yunnan2_477周囲の乗客たちは気にもせず待っていたが0800頃、バスターミナルの職員が 「バスのエンジンが故障して遅れると連絡があった。あと数分で来る。」と知らせてきたが中国の「すぐ(马上)」「数分(几分钟)」というのは全く当てにならないのだが、予想通りバスは一向に来ない。

yunnan2_478結局バスが来たのは0900頃で発車したのは0920頃で約1時間50分遅れだ。

剣川で再び故障

yunnan2_479バスは維西を出て山道をひたすら走るが自分はバスが石鼓や麗江を経由して大理へ行くのだと思っていたが、予想外にも南の蘭坪の近くを経由して1330頃、 剣川の沙渓古鎮と石宝山石窟への分かれ道の前で昼休憩となったがバスのエンジンからオイルか何かが漏れているのが発覚する。また故障だ。

1400頃、近くの修理工場へ行くのだが時間がかかりそうな雰囲気で先を急ぐ乗客3人が大理行きのバスを拾って去っていった。しかも、運ちゃんに文句を言ったり運賃の一部払い戻しとかを要求せずにだ。そして、エンジンの修理に約2時間を費やし1600頃にようやくバスが発車する。この頃になると乗客も運ちゃんに愚痴を言い始めるが怒る乗客はいなかった。1900頃、ようやく大理汽車客運北站に到着する。

夜の大理古城

yunnan2_480大理汽車客運北站で情報収集をしてから8路のバスに30分ほど乗車して大理古城の西門に到着する。今日の宿は古城の北西にある大理三塔青年旅舎だ。ここは去年開業したユースホステルで試しに宿泊してみるのだが古城西門から三塔の方へ約15分ほど歩いて到着した。

yunnan2_481まだ新しいユースホステルなので設備は新しいが閑散期と古城の外にある立地条件なので宿泊客は少ない。4人ドミトリーに宿泊することにして夕飯を食べに出かけるが周辺にはほとんど店が無いので古城へ向かう。

古城内で夕飯を食べて散歩をするが去年宿泊した四季客桟へ行ってみると閉まっており営業している雰囲気が無い。入口には張り紙が貼られており読んでみると隣でイベントが開催されその駐車場にされているようだ。でも、建物は取り壊されずにいるのでイベントが終われば復活するのかもしれない。で、ユー スホステルに戻るとあることに気が付く、何故かゴミ箱に「四季客桟」と書かれている。大理三塔青年旅舎と四季客桟は何らかの関係がありそうだ。経営者が同じなのか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.8元
宿泊費 60元 1泊20元×3
バス 1.5元 路線バス
バス 71元 維西→下関
合計 151.3元

切符購入

1130頃、古城西門から8路のバスで大理駅へ向かう。1215頃、大理駅に到着し12日の昆明行きの切符と13日の懐化行きの切符を購入する。

大理古城を散歩

yunnan2_4821340頃、大理古城に戻り昼食に鶏肉米線を食べる。鶏肉米線は大理の名物らしく普通の米線とは違い米線に冷たいスープというかタレがかけられている。

yunnan2_483大理古城

yunnan2_484大理古城

両替
JTBグローバルキャッシュ(中国銀行で引き出す) 2500元=37768円 1元=15.1072円

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
鉄道 35元 硬臥代硬座 大理→昆明
鉄道 143元 硬座 昆明→懐化
バス 3.5元 路線バス
発券手数料 5元
合計 203.5元

XPは糞OS

今日はデジカメで撮影したヘボ映像をMOV→AVIに変換してWindowsムービーメーカーで編集をしたのだが100MB以下の軽いファイルは問題なく編集できたのだが複数のファイル(合計300MBぐらい)を1つのファイルに編集しようとするとすぐに落ちてしまい、結局5時間が無駄になった。マイクロソフトにはちゃんと動作するOSとアプリを作って欲しいものだ。まあ、無理だろうな。

スーパーのレジ袋が有料

夕飯を食べた後に古城内のスーパーで明日の食糧を買ったらレジ袋をくれなかったので取ろうとしたらレジ袋が有料で5角だった。去年は無料でくれたのだが・・・。中国は環境保護と資源節約でスーパーのレジ袋が有料化されるので仕方ないだろう。今日の食費は予算超過だが明日の食糧を買っているので、その分は明日節約しよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22.4元
合計 22.4元

大理駅へ

0545頃に起床して出発準備を整え0700頃にYHAを出る。古城西門から8路のバスで大理駅へ向かうが通勤通学のラッシュの時間帯と重なり車内は大混雑。0810頃、大理駅に到着する。まずは切符売場へ行き一昨日買った3/13のK472次 昆明→懐化の切符を今日のT62次 昆明→懐化の切符へ変更してもらおうとしたが昆明発の切符は昆明でなければ変更できないと言われる。買ったのが大理でも変更は駄目だった。この事で切符は購入した駅でなく始発駅で無ければ変更できないというのを覚えた。

N820次 硬座で大理→昆明

yunnan2_485切符は昆明で変更することにして待合室へ向かい改札を待つことにする。

yunnan2_4860845頃に改札が始まり列車に乗車して荷物を置いて列車の先頭へと向かい撮影開始だ。0905に定刻どおり列車は発車する。

yunnan2_487発車してまもなく乗務員の姉ちゃんが禁煙の車内でタバコを吸っていたおっさんからタバコを取り上げ説教を始める。タバコが嫌いな自分にとっては気分の良い光景だが、取り上げたタバコは窓から投げ捨てられたような・・・。

yunnan2_488菜の花畑の見える景色を眺めながら昆明へ向かうが今日乗車しているN820次は硬座なのだが硬臥を硬座として利用している珍しい編成だ。硬臥の車輌なのだ が硬座なので上段、中段のベットには人は乗ってはいけない。その代わりに荷物置き場として利用するのは問題ない。

yunnan2_489珍しい硬臥を硬座として利用している。当然ながら上段、中段のベットには人は乗ってはいけない。

yunnan2_490昆明駅に到着です。


のんびりと久しぶりの鉄分補給をしながら1725に昆明駅へ到着する。因みに大理⇔昆明の鉄道はバスよりも遅い。これは雲南十八怪でも紹介されている。

T62次の切符は取れず

改札を出て售票厅へ行くがT62次の切符は売り切れになっていた。おまけに大理駅で買ったK472次の切符はまだ残っていた。大理で買わずに昆明で買えばよかった。5元損した。明日に懐化へ移動することになったので宿は昆明での定番である昆明大脚氏国際青年旅舎へ向かう。前回は8人ドミが空いていなかったが今回は空いており1泊することにする。

そして、8人ドミには1月に昆明→元陽→河口へ一緒に行ったY先生が宿泊していた。いや、宿泊と言うより住んでいるという表現が良いかもしれない。他にも8人ドミは7ヶ月ほど旅して2ヶ月ドミに住んでいるという日本人もいた。2ヶ月ドミに住んでいるというのはかなりの猛者のようだ。雲南省での旅はこれで終わりにして明日は湖南省へ向けて出発する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.5元
宿泊費 20元
バス 2.5元 路線バス
合計 141元

雲南省旅行記~雲南省最北の街・徳欽編

香格里拉→徳欽

yunnan2_4350720頃に起床する。A氏もちょうど起きており自分は出発準備を始めると欧米人が新たに昆明からやって来た。どこの国の人かは知らないがA氏と英語で会話をしている。A氏は英語が堪能で欧米人と楽しく会話をしている。うーん、凄い!0830頃、準備が整ったのでA氏と欧米人に別れを告げて出発する。1路 のバスで香格里拉汽車客運站へ移動するが徳欽行きのバスはまだ来ていなかった。

yunnan2_4360900頃、徳欽行きのバスが到着して乗車して発車を待つ。

yunnan2_4370920過ぎにバスが発車して香格里拉の街を出て観光地の納怕海の脇を通るのだが生憎自分は右窓側の席で納怕海を撮影することは出来なかった。左窓側なら納怕海の撮影に最適だった。

yunnan2_438納怕海を過ぎて山道越えて1100過ぎに金沙江に沿って走り始める。

yunnan2_439この時も金沙江は左側にあったのだが太陽谷で橋を渡り金沙江が右側になり撮影に最適の位置になった。

yunnan2_4401130頃、徳欽県奔子欄鎮の入口で加水(冷却水補給)で休憩となる。ここでの金沙江の眺めはなかなかの物でここは世界自然遺産 三江併流の一部だ。

yunnan2_441奔子欄鎮周辺は香格里拉→徳欽で一番標高が低く標高2000mぐらいだが奔子欄鎮を過ぎると一気に山道を登り金沙江とも別れて標高3000m以上の雪で覆われた山道を進んでいくが道が細くなり落石が発生していたりと道路状況はかなり悪い。

yunnan2_4421500頃、標高4292mの峠を越えて山道を下り始める。

雲南省最北の街・徳欽

yunnan2_4431600頃、徳欽客運站に到着する。

yunnan2_444まずは宿を探すのだが徳欽は雲南省最北の小さな街だが安宿からそこそこの宿まであるので宿探しには困らない。徳欽客運 站の近くにある呈祥旅社に1泊20元で泊まる事にするが登記の際にパスポートをスキャナーで読み込んだりと田舎の宿なのにかなりのハイテクだ。しかも、使用しているソフトは公安から配布されたもののようで身分証番号や民族などの入力項目があった。

yunnan2_445宿が決まり次は徳欽客運站で明日の維西行きの切符を購入する。切符の購入も済み徳欽の街を散歩してみるが標高3300mぐらいに所にあるので3月でもまだ寒く山には雪が残っている。街を歩いていると飛来寺へのバスを発見する。徳欽は飛来寺と梅里雪山が観光地として有名らしい。

yunnan2_446徳欽の街はチベット風の造りになっている。小さい町だがタクシーが走っており周辺の観光地への足にはなるが料金は不明。

yunnan2_447真っ直ぐ214国道を進むとラサに行けます。

yunnan2_448まあ、今回は寺や山を見に来た訳でなく北へ約90㎞でチベット自治区という雲南省最北の街がどういう所かと瀾滄江(メコン川)に沿って維西へ抜けてみようと思って来たのだ。徳欽は歩いて周れるほどの街でチベット風の建物が多いのだが民族衣装を着た住民はほとんどいない。物価も辺境なので日本のスキー場にある不味いラーメン屋と同じように高い。ジャガイモ炒飯6元、青椒肉絲6元、牛肉麺大盛7元で昆明より1元ほど高いような・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
宿泊費 20元
バス 63元 徳欽→維西
合計 102元

徳欽→維西

yunnan2_4490615頃に起床する。維西行きのバスは0700発なので手早く準備を整え徳欽客運站へ向かう。維西行きのバスに乗ろうとするが寒さでエンジンがかからずに近くの食堂のおばちゃんや別のバスの乗客たちと下り坂まで押しがけをする。エンジンがかかりバスに乗車するが乗客は自分とおっさんの2人だけだ。

yunnan2_450検票員が切符の確認に来たが切符を回収したままでバスが発車しようとするのでおっさんが文句を言うと何故か運ちゃんが一旦払い戻しということにしたい事を言うがおっさんは納得しないようで騒ぎ始める。自分も維西へ本当に行くのか怪しいので一緒に騒ぐが運ちゃんが維西到着時に切符を渡すということでおっさんが騒ぐのをやめたので0715頃、徳欽客運站を発車する。

yunnan2_451徳欽を出ると西に梅里雪山を筆頭に6000m級の山々が見える。と言っても、どれが梅里雪山かは分からない。

梅里雪山?

yunnan2_452雪山が綺麗なのですが下は100m以上の谷底が待っています。

yunnan2_453天気は午前中だけが良いそうで午後は雲がかかるそうです。

yunnan2_4546000m級の山々を西に見ながら南へと進むが道路状況は悪く道を外れれば100m以上の谷底が待っている。因みに徳欽→維西のバスの保険は4元なのだが通常は1元か2元なのでそれだけ危険な道ということなのだが自分は切符購入時に保険を断っている。

瀾滄江(メコン川)に沿って南下

yunnan2_4556000m級の山々と別れ0815頃、谷底に瀾滄江(メコン川)が流れているのが見えてきた。

yunnan2_456瀾滄江(メコン川)は余裕で100m以上の谷底です。

yunnan2_457ここから維西の近くまでメコン川に沿って南下することになるが道路から余裕で100m以上の谷底を瀾滄江が流れている。

yunnan2_458川沿いに集落が点在しています。

yunnan2_459徳欽を出るまでは瀾滄江(メコン川)にタルチョが渡されているのを何度か見かけます。

yunnan2_460瀾滄江の近くまで降りてくるといくつかの集落を通り過ぎるが瀾滄江にタルチョが渡されているのを何度か見かける。この辺りはチベット仏教の影響が大きいようで雲嶺で乗客が乗り込んでくる際にチベット仏教の坊さんも乗り込んできた。

燕門を過ぎて通行止めに

yunnan2_461燕門を過ぎて0930頃に通行止めで立ち往生する。

yunnan2_462今回のバス。外見は綺麗だが車内は瓜子で・・・。

yunnan2_463何時通行止めが解除されるか分からないので気長に待つしかなくバスを降りて周辺を見物するとすぐ近くの橋が茨中橋でどうやらここは茨中らしい。茨中には茨中天主教堂とかいう古い教会があって観光地らしい。

1000過ぎに通行止めが解除されバスが再び走り始 める。道路のあちらこちらに落石の跡がありかなり危険な場所を通過しているようだ。しばらくすると徳欽と維西の境界を越える。

滑車で瀾滄江を・・・

yunnan2_464バスは瀾滄江に沿って南下を続け段々畑に菜の花が咲いているのが見えてきた。どうやら標高が下がって暖かくなってきているようだ。

yunnan2_465まだまだ瀾滄江に沿って南下します。

yunnan2_466菜の花が咲いているので暖かくなっているようです。

yunnan2_467昼過ぎに対岸に集落がある場所で乗客を降ろしていると対岸から滑車を使っておっさんが瀾滄江を渡ってくる。

yunnan2_468バスは一旦動き出すがすぐに停車しておっさんが乗車して来た。テレビで滑車を使って川を渡る光景を見た事があるが実際に見られるとは思ってもいなかった。

yunnan2_469おっさんはこの後バスに乗車します。滑車で川を渡る光景はテレビで見た事があったが実際に見られるとは・・・。

渋滞で立ち往生

yunnan2_4701230頃、リス族の街へ入るが渋滞で約1時間立ち往生する。

yunnan2_471原因は道幅が狭いのに馬鹿な人民どもが所構わずに路上駐車や路上に店を出すからだ。他人の事は構わずに荷物の積み下ろしをしたり互いに道を譲らなかったりと路上に出した店が道路の半分を占拠したりと民度はかなり低いようだ。

女性たちが道を塞ぐ

yunnan2_4721500頃、小維西を通過するがこの時に観光地の小維西天主堂の近くを通り過ぎる。この辺りはキリスト教の影響が強いようだ。小維西を過ぎると一緒に南下していた瀾滄江とも別れ東へと進み始めるが維西までの途中の集落で3度ほど民族衣装を着た女性たちが集団で道を塞ぎ通行する車輌に寄付だか勝手に通行料を徴収している。

yunnan2_473通過する車輌を止めて金を徴収するとは・・・。

香格里拉→徳欽でも同じ光景を見たので香格里拉-徳欽-維西では女性たちによる寄付だか通行料の徴収が日常的に行われているようだ。運ちゃんたちにとっては迷惑かもしれないが民族衣装を着た女性たちを見る機会でもある。

維西

yunnan2_4741645頃、維西客運服務中心站に到着する。バスを降りる際に運ちゃんから切符を受け取るが徳欽→維西の切符ではなく何故か維西→徳欽の切符で、しかも日付は今日の日付だ。途中で維西→徳欽のバスとすれ違う際に運ちゃん同士で話をしていたが切符も受け取っていたようだ。一体何故こんな事をしているんだ?何か不正の匂いがするのは気のせいか?

yunnan2_475大理の下関行きのバスは既に無いので今日は維西で1泊する事になりバスターミナルから坂を3分ほど上った所の瑞豊旅社に宿泊するが、ニーハオトイレで糞をしていると3人の人民が小便をしに来るが3人とも小便をし終わった後に水を流さなかった。人民は水の流し方を知らない のか知ってて流さないのだろうか?確実にいえることは一部を除き大部分の中国人はトイレの水を流さないということだ。勿論自分は糞をし終わったらちゃんと水を流した。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 20元
合計 34元

雲南省旅行記~シャングリラ編

麗江→香格里拉

yunnan2_4050900頃、宿を出て麗江客運站へ向かう。今日はシャングリラ(香格里拉)へ移動するのだ。麗江古城をひたすら南へ歩き0940頃、麗江客運站に到着して香格里拉行きの切符を購入する。バスは1000発で乗車すると最後列の席で自分は最後の切符だった。欧米人旅行客も乗車しており有名観光地へ向かうことを 再認識する。

yunnan2_4061000にバスが発車するのだが今回は久しぶりの空調付きバスなのだが車内は暖かく空調を使う必要は無いのだが中国人は何故か空調を使いたがる。暑ければ窓を開ければよいのに・・・。無駄に空調が効いているのだがやたらとカビ臭い。

バスが拉市海の近くを過ぎて長江第一湾の近くを通る頃、何やら頭が痛く気持ち悪くなってきた。車酔いはしないので高山病かと思いGPSで標高を測ると標高2600mを越えている。自分は高山病にはなった事が無いので 「どうして、ここで高山病なのか?」と疑問を持つ。何故なら一昨日、長江第一湾へ行く時に同じ道を通っているのだ。そして、麗江に到着する前に六庫→蘭坪で標高3060mの峠を越えている。どうして、今日に限って高山病なのかと思いつつ頭が痛いのと気持ち悪いのを耐える。

yunnan2_407昼頃に加水(冷却水補給)で休憩になり乗客たちは店で食糧調達やトイレへ行く。この頃には頭痛と吐き気が無くなり健康状態は一気に改善した。GPSで標高を測ると標高1800mだった。これなら高山病から回復するだろう。休憩が終わりバスは香格里拉を目指し再び山道を登っていく。

標高は3000mを越えているのだが高山病には全くならない。標高2600mで頭が痛くなったのに標高3000mでは不思議なことに何とも無いのだ。どうしてかと考えているとある事に気が付いた。カビ臭い空調が止まっているのだ。どうやら、頭痛と吐き気の原因は高山病ではなく、あのカビ臭い空調のようだ。標高3000mを越えると周囲には雪が残っており春はまだ訪れていないようだ。

迪慶蔵地国際青年旅舎

yunnan2_4081410頃、香格里拉汽車客運站に到着する。ここから1路のバスで香格里拉での拠点にする迪慶蔵地国際青年旅舎まで行けるのだが無謀にも標高3200mの 高地なのに徒歩で向かう。さすがに標高が高い所なので息切れして苦しいし、おまけに通りにも雪が残っているほどの寒さだ。

yunnan2_409バスに乗ればよかったと後悔しながら1450頃、迪慶蔵地国際青年旅舎に到着する。

yunnan2_410お目当てのドミトリーだが会員は1泊15元だった。事前に調べた時は20元だったのだが閑散期だから安いのだろうか?この時はドミトリーには宿泊客はいなかった。

松賛林寺

yunnan2_4111530頃、迪慶蔵地国際青年旅舎の前で3路のバスに乗車して松賛林寺へ向かう。松賛林寺は雲南省最大のチベット仏教寺院ということで香格里拉の定番観光地らしい。まあ、ネタとして見物しておいて損はないだろう。3路のバスに乗車したものの乗客はほとんどいない。観光客は自分だけで地元民も3人ぐらいしか乗車していない。途中でチベット仏教の坊さんが乗車したが、これで採算が取れるか疑問だ。松賛林寺の手前で入場券売場があり、ここで運ちゃんと坊さんに 「入場券買え!」と言われ無理やり降ろされてしまう。

yunnan2_41230元の入場券を買う気は全く無いのでそのまま歩いて松賛林寺へ行こうと思ったが入場券売場のおっさんに因縁つけられそうなので、まずは山の斜面に見える「香格里拉」の文字へ歩いて向かう。牛、馬や豚の放牧地を通り1630頃、「香格里拉」の文字までそこそこ近づいた。

yunnan2_413撮影を終えて次は松賛林寺へ向かうのだが遠くに松賛林寺が見えるので放牧地を通り丘を越えていく。1650頃、丘を登りきると松賛林寺が一望できた。

yunnan2_414後は道に出て松賛林寺へ向かい1710頃、松賛林寺に到着する。入口には土産物屋があり観光客が買い物をしている。

yunnan2_415そして、観光客は入口を自由に出入りし ており、どうやら入口は入場券がなくても入れるようだ。奥にある本堂とかは勝手に入れるかは不明だ。旅行記を読んでいる方の中には「入場券無しでは入れるか本堂まで行け!」とか思っている人もいると思うが、自分はチベット仏教の坊さんがバスの窓からゴミを投げ捨てたり、唾を吐いたりする光景を見て以来、チベット仏教に対して興味が著しく低下しているのでそこまでやる気が無いのだ。

yunnan2_416松賛林寺

徳欽行きの切符を購入

1725頃、3路のバスで県城へ戻る。香格里拉汽車客運站で明後日の徳欽行きの切符を購入、夕飯を食べて迪慶蔵地国際青年旅舎へ戻るとドミに新たに欧米人の男女2人がいた。夜になり2030頃に出かけていた欧米人2人が帰ってきた。そして、2100頃には寝てしまっていた。いままでユースホステルに泊まってきた限りでは欧米人の特徴としては夜遊びで深夜もしくは早朝に帰ってくるのだが、どうやら冬のシャングリラには遊ぶ所が無いらしい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 30元 1泊15元×2
バス 2元 路線バス
バス 47元 麗江→香格里拉
バス 40元 香格里拉→徳欽
合計 137元

朝から・・・

0800頃に起床するが欧米人の男がいないと思っていたら女のベットで一緒に寝ていた。一緒に寝るなとは言わないが他人もいるドミなんだから少しは慎みを持たないのか?

独克宗古城

yunnan2_4171100頃、昼食を食べてから独克宗古城を散歩してみる。土産物屋が並んでタルチョがあるのでチベットの雰囲気もあります。

yunnan2_418独克宗古城には雪が残っています。

yunnan2_419まだ観光時期ではないので観光客はほとんどおらず土産物屋は開店休業状態かな。

百鶏寺

yunnan2_420独克宗古城を見物していると百鶏寺の標識を見つけてちょっと見物してみる事にする。

yunnan2_421山を登って行き1230頃、タルチョがはためく百鶏寺に到着する。

yunnan2_422百鶏寺は元代に建立されたチベット仏教寺院なのだが文化大革命で破壊され最近になり再建が始まった。百鶏寺はチベット仏教寺院としては規模は小さいのだがタルチョの数がやたらと多い。タルチョ好きにとっては松賛林寺より楽しめるのかもしれない。

yunnan2_423ゴンパの周辺をタルチョが取り囲んでおりチベット仏教の雰囲気はそこそこ楽しめる。

yunnan2_424百鶏寺

yunnan2_425百鶏寺

yunnan2_426百鶏寺からはシャングリラが一望できる。

yunnan2_427百鶏寺から香格里拉の街が一望できて眺めは格別に良い。独克宗古城へ戻る途中では放牧中の牛に遭遇する。

yunnan2_428独克宗古城への帰り道にいた牛。

再び独克宗古城

yunnan2_429独克宗古城に戻り散歩をしていると亀山公園の前にやって来た。公園といっても山頂にはゴンパがある。

yunnan2_430更にすぐ近くには迪慶紅軍長征博物館があるのだが博物館の中に何故かゴンパがあった。

yunnan2_431そして、チベットの坊さん、子供、兵士が仲良くしている像があるのだが何やら政治的意図を感じるのは気のせいだろうか?

yunnan2_432亀山公園の麓には湧き水が流れており地元民が水を汲んだり水路で洗濯をしている。どうやら湧き水は飲めるらしい?

yunnan2_433水路で洗濯をしています

yunnan2_434そして、茶馬古道の石碑があり、昔は雲南とチベットの交易の経路だったようだ。1400頃、宿に戻ると欧米人2人組は出て行った後で新たに日本人A氏がやって来た。麗江→香格里拉→大理と移動するようで、この寒い時期に香格里拉までやって来るとはかなりの兵の様だ。但し、A氏は体調を崩して熱を出しているそうだが見た目は元気そうだ。更に北京人が来ていたが夜に個室へと部屋を変更して出て行った。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
合計 20元

雲南省旅行記~麗江編

剣川→麗江

yunnan2_3750630過ぎに起床して出発準備を整え0735頃、剣川客運站へ向かうが麗江行きのバスはまだ来ていなかった。麗江行きのバスは0800発なのでまだ時間があるので到着を待つが0800になってもバスが来ないので窓口のおばちゃんに聞くと停運(運行中止)と言われる。

yunnan2_376仕方が無いので次の0930発のバスに変更して待合室で時間まで待つ。0915頃、麗江行きのバスが来たので乗車して発車を待つが発車したのは0940頃だった。まあ、中国だから運行中止や遅れは仕方が無い。麗江へ向かいバスは北へ走るが途中で客を乗せたりするがいつの間にか定員超過になっている。山道に入ると隣の席の子供がゲロを吐き始め る。しかも、ゲロ袋が無いので床にゲロが・・・。車内は凄い事になりながらも1220頃、麗江客運站に到着する。

麗江でも宿は老謝車馬店

麗江客運站からは8路と11路が麗江古城へ行くのだが徒歩で向かう事にする。通りを歩いていると麗江古城の万古楼が見えるので進むべき方角は大体見当が付 くので迷うことなく麗江古城に到着するが麗江古城の南端から四方街を目指すが麗江古城の内部は路地が入り組んで迷路のようになっており迷いながら四方街へ辿り着く。ここまで来れば去年宿泊した老謝車馬店まではあと少しだ。1300頃、老謝車馬店に到着して6人ドミに宿泊することにする。

1年ぶりの麗江古城と忠義市場

yunnan2_377観光地化、商業地化されて2度と訪れないと思っていたが1年ぶりの麗江古城を歩いてみると相変わらず観光客が多い。四方街ではナシ族のお婆ちゃん達が踊っており麗江古城入口のケンタッキーも営業中だ。

yunnan2_378麗江古城の入口にあるケンタッキーも健在。

yunnan2_379麗江古城の南端にある忠義市場も相変わらず地元民で賑わっている。古城内は物価が高いので忠義市場で果物とか買うのに重宝する。

yunnan2_380鶏が売られていきます。

yunnan2_381で、豚や鶏が売られている中でやはりいました!犬が鍋の具になるべく檻の中で出荷待ちの状態です。観念している様で大人しく暴れたり吠えたりしていません。

yunnan2_382忠義市場を一通り見物して1串5角のジャガイモの串揚げを食べながら古城へと戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 45元 1泊15元×3
合計 59元

麗江→石鼓

yunnan2_3830930頃に宿を出て麗江客運站へ向かう。今日は去年無謀にも自転車で見物に行った長江第一湾と石鼓鎮へ再び行くことにする。「また長江第一湾と石鼓鎮かよ!」という方もいると思うが今回は交通手段は自転車で無くバスである。というよりもバスで石鼓鎮まで行けるのか確認するためでもある。1010頃、麗江客運站に到着して切符売場へ向かう。運賃表には麗江→石鼓の料金は掲載されていないので切符が買えるのかは窓口で直接聞くしかないの聞いてみると石鼓行きの切符があったので購入する。運賃は10元だ。

yunnan2_384待合室でバスを待つが発車時刻の1050になってもバスが到着しない。少し遅れて魯甸行きのバスが到着する。このバスで石鼓へ向かうのだ。因みに巨甸行きのバスも石鼓を通過する。

yunnan2_3851100頃、バスが発車して石鼓へ向かうが途中は道路工事で渋滞が発生してい た。

長江第一湾と鉄虹橋

yunnan2_3861300頃、長江第一湾に到着する。道路沿いにある長江第一湾の看板の所で下車する。

yunnan2_3871年ぶりにやってきたが観光客がいないのに地元民の土産物屋が営業していた。

yunnan2_388ここでは長江の流れはまだ濁っていません。

yunnan2_389長江第一湾の次は石鼓鎮の鉄虹橋を見物するのだが入場料が2元から5元に値上げされていた。橋を渡ったりしないので当然入場料は払わず撮影だけするのだが 撮影場所には地元民の生活ゴミで溢れていた。こんなゴミの溢れた所で高倉健主演の映画『単騎、千里を走る。』が撮影されていたのかと思うと複雑な心境だ。

yunnan2_390入場料5元の観光地だが実態は住民の生活ゴミで汚染されている。

山の上から撮影してみる

yunnan2_3911330頃、まだ時間もあるので近くの山を登ってみる。長江第一湾が一望とまではいかないがそこそこ見える。

yunnan2_392石鼓鎮はちょうど菜の花が咲いているので菜の花畑に囲まれた石鼓鎮が一望できた。1600頃、麗江行きの乗合タクシーで麗江へ向かう。1800頃、麗江に到着する。乗合タクシーの運賃は13元だった。去年より3元値上がりしていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
バス 10元 麗江→石鼓
タクシー 13元 石鼓→麗江
合計 30.5元

徒歩で白沙古鎮へ

yunnan2_3930930頃、宿を出て徒歩で麗江古城の北約8㎞の所に位置する白沙古鎮へ向かう。以前は6路のバスが白沙まで走っていたらしいのだが現在は運休だか廃止されて走っていない。代わりに麗江市内からは白沙行きの乗合タクシーか普通のタクシーで行く事になる。体力に自身のある方は自転車で行くのも良い。

自分は金が無いので徒歩で玉泉路を北へと歩いていくのだが白沙古鎮の手前に麗江古城と共に世界文化遺産になっている束河古鎮があるのだが何と束河古鎮の近くまでは11路のバスが走っていた。よく確認してみると11路の終点は旅游学院でこのから西へ歩くと束河古鎮へ辿り着くのだ。初めから麗江古城で11路のバスに乗っていれば楽が出来たのだが後の祭りだ。まあ、束河古鎮へは11路のバスで近くまで行ける事が分かったのでよしとしよう。

yunnan2_394更に玉泉路を約3㎞北上すると白沙古鎮への道が見えてきたので左(西)へ曲がり進んで行く。1150頃、白沙古鎮に到着する。白沙古鎮の見所は白沙壁画らしいのだが入場料が30元なので入口だけ見て古鎮を見物することにする。

yunnan2_395白沙古鎮

yunnan2_396それと白沙古鎮にはDr.フー(和士秀)とかいう有名な医者がおりそれらしい看板の出ている診療所があったが興味が無いので素通りする。白沙古鎮はそれなりに観光開発が行われているようだがそれほど観光客は多くは無い。でも、欧米人が訪れているので英語表記の看板が目立ち風情が失われているような。百歩譲って拼音表記なら許すのだが・・・。

yunnan2_397昼過ぎに白沙古鎮の四方街から石畳の道を徒歩で南へ進んでいく。次の目的地は束河古鎮だ。

yunnan2_398路地に入れば古鎮の雰囲気が残っているようだ。

束河古鎮

yunnan2_399石畳の道を南へ進んでいくと舗装された道路へ出た。ここから更に道沿いに南下して行き1300頃、束河古鎮に到着する。

yunnan2_400束河古鎮は麗江古城と共に世界文化遺産になっているのだが古鎮の入口には入場券売場があるのだが80元の文字が・・・。

yunnan2_401昨日ネットで調べた時は30元や70元、80元といった情報があったのだがどうやら80元のようだ。このまま引き下がってもよいのだが試しに知らない振りして入ってみることにする。堂々と切符売場の前を通り過ぎるがおばちゃんは何も言わない。あっさりと束河古鎮に入ってしまった。まあ、束河古鎮の宿泊客は入場券を買わなくてもよいらしいので宿泊客だと思われたのだろうか?

yunnan2_402束河古鎮への潜入が成功したので古鎮を見物してみるが土産物屋や宿が立ち並んでおりしっかりと観光地化されていた。欧米人も多数訪れており束河古鎮もかなり有名になっているようだ。

yunnan2_403でも、麗江古城ほどは賑わっていないので静かに過ごしたい人はこちらの方が良いのかもしれない。束河古鎮を見物して東へ歩いて玉泉路に出て旅游学院で11路のバスに乗車して麗江古城へと戻る。

yunnan2_404それにしても、白沙と束河へ徒歩で行く日本人なんて自分以外にいるだろうか?いないだろうな。まあ、自分は馬鹿だから仕方ないか。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
バス 1元 路線バス
合計 12.5元

雲南省旅行記~六庫・蘭坪・剣川編

騰衝→六庫

yunnan2_3370730頃に起床する。出発準備を整えて0900頃、宿を出る。和順古鎮の入口へ行くとタクシーが数台停まっておりちょうどあと1人客待ちをしていたタクシーに乗り出発する。人民政府前で下車して2路のバスで旅游客運站へ行っても良いのだが1元節約で歩いていく。0940頃、騰衝旅游客運站に到着して六庫行きを買うことにする。無ければ保山行きの切符を買うことして窓口で聞いてみると六庫行きがあったので1000発の切符を購入する。

yunnan2_338バスに乗車して待つが先に乗車していた姉ちゃんがヒマワリの種を食い散らかしており既に車内はゴミが散らかっていた。1010頃にバスが発車するが乗車率は8割ぐらいで予想外に空いていた。

yunnan2_339山道を進んでいくが途中で地元民を乗せるのだがおっさんがビール瓶片手に乗り込んできた。そして、暫くすると空のビール瓶が床を転がっている。発車前から車内はゴミ捨て場と化していたが更に凄いことになってきた。

検問所に2度停車

yunnan2_340バスが怒江に沿って走り始めると六庫と保山の分岐点に孟海公安検査站があり武警が乗り込んできて身分証確認が行われる。武警にパスポートを見せると中身をちょっと確認しただけで特に何も無く検問を通過する。

yunnan2_3411600頃、六庫の手前でも邊防検査站があり武警の身分証確認が行われる。武警にパスポートを見せると登記の為に武警がバスを降りるが運ちゃんがドアを閉めて発車するので武警が4人ぐらいで止めに入る。その中には自動小銃を装備した武警もいた。ここでも自動小銃を装備している武警がいるということは危険人物が出入しようとしているということだろうか?

この辺りは毒品(麻薬、覚醒剤)根絶を目指すスローガンが目立つので麻薬、覚醒剤の取締りなのだろう。それと野生の蘭を不法に採取して国外に売り飛ばす輩もいるそうでその取締りも兼ねているのだろうか?登記が行われている間に荷物検査が行われる。

まあ、荷物検査は登記のついでとこんな所に日本人が現れたということで行われたのだろう。特に問題になるものは無いので荷物検査はすぐに終了する。登記も終わり無事に六庫へ向けてバスは出発するが乗客から「あいつ何者だ?」というような視線を浴びる。

六庫に到着

yunnan2_3421625頃、六庫の瀘水客運站に到着する。宿を迅速に決めて明日の目的地を決める為に瀘水客運站へ再び赴く。運賃表を見ると怒江、瀾滄江(メコン川)を越えて東にある蘭坪へ向かうバスがあった。六庫だと怒江沿いに北にある福貢、貢山か南の保山に行くしかないと思っていたが東の蘭坪へのバスがあるとはこちらにとっては都合が良い。蘭坪行きの切符を購入して明日の準備は万端だ。

yunnan2_343切符を買ったことだし怒江を見物しながら六庫の街を歩くのだが犬3匹に吠えられる。 六庫は世界自然遺産の三江併流への玄関口ともいえる街でここから北へ進むと怒江上流部の険しい峡谷に入るのだ。

yunnan2_344この上流が三江併流です。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 30元
バス 47元 騰衝→六庫
バス 50元 六庫→蘭坪
合計 145元

六庫→蘭坪

yunnan2_3450630頃に起床する。出発準備を整えて0745頃に宿を出る。坂を下りすぐに瀘水客運站に到着。

yunnan2_346蘭坪行きのバスは0820発だがまだ来ていなかったので少し待つことになる。ほどなくしてバスが到着して乗車する。0825頃、バスが発車して怒江を渡り六庫を出る。

yunnan2_347六庫を出るとすぐに邊防検査站があり武警の身分証確認が行われる。パスポートの登記が終わりパスポートが返却されるのだが今回は自動小銃を持った武警がパスポートを返却に持って来てくれた。わざわざ自動小銃を持った武警がパスポートを持って来てくれるなんて何やら今日は良い日になりそうだ。そういえば、瑞麗を出てからの検問には必ず女性の武警が1人いたな。男女平等の社会主義国家というような感じだ。

yunnan2_348六庫を出ると山道を登って行き1000頃に峠を越える。

yunnan2_349峠を越えると瀾滄江(メコン川)が見えてきた。GPSで標高を測ると2300m以上の峠を越えていたようだだった。

yunnan2_3501110頃、昼食の為に休憩となり1200頃に出発する。

yunnan2_351瀾滄江に沿ってバスは進み途中の村で地元民を乗せたり降ろしたりしながら進む。

yunnan2_3521235頃、瀾滄江を越える。地図を見るとあと10㎞ほどで瀾滄江ともお別れのようだ。

yunnan2_353瀾滄江(メコン川)に沿って北上します。

yunnan2_354橋を渡ると道路状況は悪くなり落石や道路が崩れている部分が目立つようになる。かなりの奥地を走っているようだ。

yunnan2_355地元民用の吊橋が見えます。

yunnan2_356この後に瀾滄江(メコン川)とお別れになりました。

yunnan2_357村を通り過ぎます。

yunnan2_358道路が崩れています。

yunnan2_3591300頃、瀾滄江を離れバスは東へ向かうが道路が崩れていたりと相変わらず道路状況は悪い。山道を登っていくが所々に雪が残っている。この辺りまで来ると気温も下がっている。GPSで標高を測っていると標高は3000mを越えている。1430頃、峠を越えるが標高は3060mになっていた。

蘭坪

yunnan2_3601510頃、蘭坪客運站に到着する。まずはバスの状況を確認するが次の目的地の剣川行きのバスは1500発が最終バスであった。もう少し早く到着すれば今日中に剣川に行けたかもしれなかった。仕方が無いので宿を決めて明日の剣川行きの切符を購入するが意外にもシャングリラ(香格里拉)行きのバスで剣川へ行くことになった。時刻表には無かったが蘭坪からもシャングリラ行きのバスが出ていた。

yunnan2_361招待所の部屋から撮影。山に雪が残っている。

yunnan2_362バスの切符を購入したので蘭坪の街を散歩してみる。蘭坪は正式名称を 蘭坪ペー族プミ族自治県と呼ぶのだが市場とかを覗いても誰がペー族だかプミ族だか自分には分からない。漢族ではないというのしか判断できない。蘭坪は小さな町だが町の規模の割りに道路だけは広く整備されている。県の中心だから面子だけでしっかり整備したのだろうか?

公安のお部屋訪問

2200前に寝るが2330頃に服務員がドアを叩く音で目が覚める。今までの経験上ではこういう場合は怪しげな姉ちゃんがいたりするので無視するが何時まで経ってもドアを叩くのでガツンと「不要小姐」とでも言ってやろうと思ったら服務員は公安を5人も連れて来ていた。

見たところ制服には番号も付いているので本物の公安のようなので質問される前にパスポートを提示するが蘭坪の公安は礼儀をわきまえているようでパスポート確認の前に警察手帳?を提示してちゃんと自分たちが公安だということを知らせてからパスポートを確認し始める。

そして、公安が「どこから来た?」「明日はどこへ行く?」とか質問してきたので 「今日、六庫から来ました」「明日は麗江へ行きます」と無難な答えで済ます。パスポートの確認が終わり公安がいくつか注意事項を説明するが全部は理解できなかったが「外国人は賓館に宿泊しないといけません」「夜は出歩かないでください」「何かあったら110番ですよ」「鍵はちゃんと閉めてください」のような感じだ。

本当は蘭坪では外国人は賓館でないと泊まれないようだが特に何も無く公安のお部屋訪問は終了する。そういえば公安がわざわざ部屋にまで身分証確認に来たのは初めてだな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 30元
バス 29元 蘭坪→剣川
合計 95元

蘭坪→剣川

yunnan2_3630600頃に起床する。バスは0820発なのでのんびりと準備をして0745頃に宿を出る。

yunnan2_364蘭坪客運站でバスに乗車して発車を待つがシャングリラ行きのバスには見た目で明らかに金持ちの中国人が乗車してくる。そして、見た目で地元民と分かる中国人も乗車してくる。同じバスに同じ中国人が乗車しているのだが見た目が全く違う。例えるなら皇帝と農民が乗車しているといった感じだ。

yunnan2_365中国の格差社会を見せられながら0820頃、バスが発車する。バスは東へ進み山道を越えていく。1120頃、剣川客運站に到着する。

宿探しに苦労する

yunnan2_366剣川に到着したのでまずは宿探しだが近くの賓館で相場を確認してみると大体50元ぐらいが最低料金のようだ。50元だと高いので招待所や旅社を探すことにするが予想通り「外国人お断り」の宿に遭遇するが何とか東門旅社に泊まることが出来た。といっても、パスポートを見せた時に老板娘が考え込んでいたので追い出される前にビザを見せて何とか追い出されずに済んだ。やはりパスポートだけでなくビザがあると信用度が上がり内緒で泊めてくれるようだ。で、もちろん登記は無しだ。久しぶりの人民レベルの宿で共同トイレは色々な意味で上級者向けの屋外ニーハオトイレだ。

yunnan2_367おなじみのニーハオトイレ

yunnan2_368穴があるだけです

茶馬古道・沙渓古鎮

yunnan2_3691200頃、剣川客運站で明日の麗江行きの切符を購入してバスターミナル前に集結しているタクシーから沙渓行きを探し出し乗車する。剣川での目的は茶馬古道のある沙渓古鎮を見物することであり乗合タクシーで1時間ほど山道を走っていく。途中で剣川で沙渓古鎮と並ぶ観光地の石宝山石窟の近くを通り過ぎ る。1315頃、沙渓古鎮に到着する。

yunnan2_370まずは明の永楽13年(1415)に建立された興教寺を見物するのだが入場券売場が無いので無料化と思って山門をくぐると収費許可証が貼られているのを見つける。確認すると興教寺の入場料は20元だったので奥へは進まず早々に退散する。

yunnan2_371興教寺・山門

yunnan2_372沙渓古鎮を散歩してみるが観光地として売り出し中の古鎮の筈だったのだが観光客はほとんどいないというか一眼レフのデジカメを持って歩いている休暇中の武警しかいなかった。でも、観光客がおらず地元民しかいないので撮影するには都合が良かった。まあ、数年もすれば沙渓古鎮も立派な観光地となって賑わうだろう。

yunnan2_373沙渓古鎮

yunnan2_374沙渓古鎮

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
宿泊費 15元
バス 15元 剣川→麗江
タクシー 16元 剣川⇔沙渓
合計 57元

雲南省旅行記~騰衝編

市場を見物

yunnan2_3110930頃、昼過ぎの騰衝行きのバスの切符を購入して市場を見物に行く。

yunnan2_312市場はタイ族、ミャンマー、パキスタン、インド系など様々な人種に遭遇できて中国ではないような感じだ。

yunnan2_313市場

瑞麗→騰衝

yunnan2_3141130頃、宿を出て瑞麗客運站で騰衝行きのバスに乗車する。

yunnan2_3151220頃、瑞麗客運站を出発してまずは北へ向かい山道を走っていくが道路は舗装されており順調に騰衝へと向かう。途中の道程では地元の少数民族を見ることが出来たりトラックの荷台に無理に乗車している地元民を見たりとなかなか面白い。1620頃、騰衝の手前の梁河客運站に到着する。ここで半分近くの乗客が降りていった。どうやら梁河はそこそこの規模の町の様で見る限りでも店も多く賑わってい た。

yunnan2_316こんな乗り方でいいのか?

梁河を出ると邊防検査站があり検問を受けることになる。武警が2人乗り込んできて身分証確認を始めるが武警A(漢族でない。タイ族かな?)にパスポー トを見せると「旅行か?」「ここで何をしている?」「中国語は分かるか?」などやたらと質問をしてくる。早く騰衝へ行きたいので質問が分からないふりをすると武警B(漢族?)が「標準語じゃないと分からないんだよ」と武警Aに言っている。

こちらは訛っていても何とか聞き取れているが周りの乗客は笑っている。この笑いは「あの日本人は中国語が分からないんだよ」という笑いか、それとも武警Aの訛りに笑っているのだろうか?武警Aは質問が通じないと判断する とパスポートに登記を始める。待っている間に外にいるAK47とヘルメット、防弾チョッキの完全武装の武警を見物する。登記が終わりバスが出発するが 1740頃に和順鎮の近くを通り過ぎる。今日の目的地は和順鎮なのだがとりあえずそのまま騰衝へ向かい1800頃、騰衝客運站に到着する。

騰衝→和順

騰衝客運站からは騰衝県人民政府を通る2路のバスを探して歩くが運良く騰衝県人民政府の前に来てしまった。人民政府の前からは和順へ行く乗合タクシーが出ており地元民が乗合タクシーを拾っているのを見つけすかさず乗車する。和順までの運賃は2元でぼったくりに遭わず無事に和順に到着するのだが到着した場所が和順古鎮の裏口だった。

宿へ向かう

和順古鎮の裏口に到着した為に宿にする老謝車馬店がどの辺りにあるのか分からなくなってしまった。とりあえず、表の入口へ行き、そこから老謝馬店へ向かう事にする。古鎮内を歩いていくが夕方なのか観光シーズンではないからなのか観光客は少なめだ。当然、土産物屋は閑古鳥だ。歩いているとちょうど老謝馬店の前に到着する。何とか今日の目的地に到着した。

台湾人と話す

ようやく寝床を確保して敷地内を探検していると台湾人の旅行客と知り合う。名前は聞かなかったのでA先生としておこう。A先生は大理、麗江、シャングリラ周辺を見てきたと言いこの後は瑞麗から国境沿いに南下して行き磨憨まで行くということだった。

自分が南京へ行ったことがあるのを知るとA先生が「南京は中山陵とか名所がたくさんありますね。雨花台には行ったことある?」と聞いてきたので「勿論見に行きましたよ。雨花台は良い所ですね。」と返答するとA先生が「雨花台は国民党の処刑場だったので僕は行った事が無いんだよ。」と意外な言葉が出てきた。

A先生は国民党支持者なのだろうか?複雑な問題で雨花台には近づきたくないようだ。まあ、色々と話をしているうちに自分が磨憨から寧洱を経由してさっき瑞麗から来たことを聞いたらA先生が「ここまでのバスの切符はまだ持っている?」と聞くので持っている事を伝えると「料金と移動時間を教えて!」と言うのでバスの切符を持ってきて見せてあげる。どうやらA先生はこの先のバスの状況がどうなっているか分からないようで自分が通った経路を参考にするようで各地の町の規模やバスの本数などを教えてあげる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
宿泊費 60元 1泊15元×4
バス 45元 瑞麗→騰衝
タクシー 2元 騰衝→和順
合計 114元

老謝車馬店

yunnan2_317騰衝での拠点である老謝車馬店は和順古鎮内にありなかなか雰囲気が良い。

yunnan2_318田舎だから設備は駄目かと思っていたがこれなら十分長期滞在も出来る。因みに老謝車馬店は麗江にもある老謝車馬店の系列店だ。

和順古鎮をちょっと散歩

yunnan2_3191100頃、和順古鎮をちょっと散歩してみる。

yunnan2_320まずは入口の牌防を見物に行くが和順古鎮は入場料が50元なのだが古鎮に宿泊する場合と1700以降は入場券売場も閉まるのでは入場料を払わなくても良いのだ。

yunnan2_321古鎮内にある博物館とかを見たい場合は入場券は必要だが古鎮を散歩するだけなら入場券は必要ないだろう。

yunnan2_322幼稚園も景観を損なわないように古鎮らしくなっている。

yunnan2_323和順古鎮は明の洪武年間にやって来た明軍が屯田したのが始まりらしい。既に約600年の歴史がある古鎮で古い建物が各所にあり保存状態も良さそうだ。そして、観光開発も行われており土産物屋や宿もそこそこあり新しい建物も景観を損なわれないように建設されている。麗江や大理みたいに観光客が押寄せていないので静かで古鎮としての雰囲気は十分楽しむことが出来る。

騰衝を散歩

yunnan2_3241130頃、和順から徒歩で騰衝へ向かうことにする。騰衝までは6㎞の道程だが日頃運動不足なのでちょうど良い運動になる。約40分ほど歩いて騰衝に到着、騰衝を見物するのだが何があるかは全く分からない。とりあえず歩いてみると李根源故居を見つける。

yunnan2_325説明には李根源は国民党元老で著名な愛国人士とある。入場料は10元だが特に見る必要はなさそうなので外から撮影するだけにする。

yunnan2_3261330頃、薬王宮を見つける。薬王宮は明代(1626)に建立された道観で唐代の名医である孫思邈が祀られている。

yunnan2_327夕方になり新客運站と呼ばれている騰衝旅游客運站の場所を確認してタクシーで和順へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.8元
バス 2元 路線バス
タクシー 2元
合計 20.8元

YHAに籠る

昨日、靴を恐らく2年ぶりぐらいに洗ったので今日はどこにも行かずに籠ることにする。食糧も昨日騰衝へ行った時に饅頭を買い込んであるので問題ない。久しぶりにHP作成に取り掛かる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 0元
合計 0元

和順古鎮を散歩

yunnan2_3280930頃、和順古鎮の散歩に出発する。2月下旬の和順古鎮は暖かく周辺の畑には菜の花が咲いており眺めはなかなかのものだ。

yunnan2_329近くの川ではおばちゃん達が洗濯や野菜を洗っているのだが川はかなり汚れているように見えるのだが大丈夫なのだろうか?

yunnan2_330山の方へ登り和順古鎮を一望する。

yunnan2_331和順古鎮は細い路地が入り組んでおり、この路地に古鎮らしさが残る古い建物が残っている。

yunnan2_332路地には古い建物が残っている。

yunnan2_333こういう古さが残っていると見ていて面白い。

yunnan2_334こういう細い路地がたくさん残っている。

yunnan2_335観光客向けに綺麗に整備された所もある。

yunnan2_336路地には古い建物が残る一方で表の通りは観光客向けに観光整備が進んでおり土産物屋が営業している。まあ、和順古鎮の面白さは裏の路地を歩くと実感できる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
合計 7元

雲南省旅行記~瑞麗編

南傘→芒市

yunnan2_2740615頃、宿を出て南傘客運站へ向かう。外はまだ夜明け前で道路には街灯もなく真っ暗闇の中を歩く。新城に入ると街灯もあり0630頃、南傘客運站に到 着する。

yunnan2_276バスに乗車して発車を待つが発車15分ぐらい前になって乗客が集まり始める。0730発の筈だったが0740になって南傘客運站を出発する。

yunnan2_275芒市への道路状況は悪く途中の龍陵まではほとんどが未舗装の山道で何度か崖から落ちるのではないかと思う事があった。1150頃、怒江を越えると舗装された道 路に変わり1200頃、昼食の為に休憩となる。

yunnan2_27730分ほどの昼食休憩になるが自分は昼食を食べずにそのまま待つ。

yunnan2_278バスが再び出発して山道を越えていくが今度は崖から落ちそうになるのでなく何度もトラッ クと正面衝突しそうになる。急カーブが連続しており道幅が狭いので危険度はやたらと高い。1730頃、芒市客運站に到着する。すぐに瑞麗行きのバスがある か切符売場で確認するが明日のしかなかったので明日の瑞麗行きの切符を購入する。

宿のトイレ

yunnan2_279今日の寝床を探すのだが芒市客運站の周辺はちょうどよい安宿が無く、とりあえず1泊20元で総段招待所に泊まるがここのトイレがニーハオトイレでもかなりの上級者向けでやたらと臭かった。

yunnan2_280おなじみ中国のニーハオトイレ

yunnan2_281ニーハオトイレ

久しぶりに酒を飲む

yunnan2_282夕飯を食べた後にスーパーへ行ってみると大理ビール(350ml)が2.1元、安ワイン(750ml)が3.9元だったので買ってみた。数ヶ月ぶりに酒を飲むのだが大理ビールはビールの味がしたが安ワインはアルコールが入っていないようで葡萄の味しかしない。偽ワインだったか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 20元
バス 23元 芒市→瑞麗
合計 63元

芒市→瑞麗

yunnan2_2830650頃に起床して出発の準備を整える。0800頃、宿を出て芒市客運站で瑞麗行きのバスを待つが出発時間の0840になってもバスが来ない。

yunnan2_284どうなっているのかと思っていたらバスが来て乗車するが既に乗客を別の場所で乗せていたようで芒市客運站では2人乗車して出発するがすぐに芒市客運南站でも乗客を乗せる為に停車する。

yunnan2_2850900頃、今度は本当に出発する。バスは国道を西へ進み1100頃、瑞麗に到着するがバスターミナルでなくその辺の交差点で降ろさ れてしまう。とりあえず南へ5分ぐらい歩いてみると運良く瑞麗客運站を見つける。

宿は紅星旅社

yunnan2_286次は宿探しだが瑞麗客運站の周辺は宿がちょっと少ないようで安宿探しに手間取るが紅星旅社に1泊することにする。初めは「外国人お断り」だったが老板娘にビザを見せて「芒市では招待所に泊まった」と説明すると泊めてくれた。で、もちろん登記は無しだ。

畹町口岸

yunnan2_2871200頃、瑞麗客運站近くで畹町行きのタクシーを拾うが相場が分からないので1台目は料金を聞くだけにして2台目で畹町へ向かう。畹町までは約30分で運賃は10元だ。

yunnan2_2881235頃、畹町に到着して少し歩くとすぐに畹町口岸を見つける。武警が警備しているのだが観光地にもなっている為に観光客が記念撮 影をしていたので遠慮なく撮影を開始する。

yunnan2_289畹町口岸は日中戦争時は援蒋ルートにもなっていたらしい。その為に畹町橋には古い鉄橋もある。

yunnan2_290因みに畹町は雲南十大名鎮と称されているようで観光開発の真っ最中のようだ。

国界公園は抜け道

yunnan2_2911315頃、畹町口岸から西へ5分ぐらいの所にある国界公園を訪れる。

yunnan2_292ここには国境を示す石碑があるのだが公園はちょうど建設中で古い石碑と国境線までを示す看板があるだけだった。

yunnan2_293しかし、ここでは石碑よりも面白い光景が目に出来る。それは、地元民が中国とミャンマーを普通に行き来する光景だ。

yunnan2_294国境の川を歩いていると地元のおっちゃんに「出境吗?(出国する?)」とか聞かれてしまう。よそ者が国境の川をうろついているのでかなり目立つようだ。

yunnan2_295さすがに川を渡ってまでミャンマーへ行く気は無いので見るだけにするが数m先にはミャンマーの住民がいるのが何とも不思議だ。

yunnan2_296そして、柵も何も無い国境では予想通り地元民が堂々と中国とミャンマーを行き来していた。

yunnan2_297地元民は普通に国境を行き来しているがこれは立派な違法行為なので公安に見つかったら無事では済まないだろう。

yunnan2_298でも、そんなことは全く気にしていない様子だ。国境を渡ってくる様子を撮影していても隠れもせずに堂々と渡ってくる。

yunnan2_299中には自転車を押してまでして国境を渡ってくる。

yunnan2_300住民は普通に国境を行き来しているようです。

yunnan2_301地元民が普通に国境を越えてくるのは見ているだけでも楽しい。1330頃、タクシーに乗り瑞麗客運站へ戻る。

班岭口岸

yunnan2_3021415頃、瑞麗客運站で班岭口岸行きのバスに乗車する。当初は弄島にある口岸へ行くつもりだったが班岭口岸行きのバスは0700と1430の2本しかないのでかなりの辺境にある口岸のようで面白そうなので行って見ることにする。

yunnan2_3032時間近くかけて山奥の班岭に到着する。車掌のおばちゃんに班岭口岸がどこにあるか聞くと向かいの山がミャンマーだといわれる。バスはすぐに瑞麗へ戻りそうだったので10分待ってもらうように頼み走ってミャンマーへ向かう。橋を渡り坂を上っていくと検問所が見えてきた。

yunnan2_304検問所があって進めない。この先に班岭口岸があるのか?それともこれが班岭口岸?

yunnan2_305どうもこの先へは行けそうな雰囲気ではない。特にこんな辺境で外国人がうろついていたら職務質問されるか身柄拘束だろう。バスも待たせているので引き返すことにする。

瑞麗口岸

yunnan2_3061830頃、瑞麗客運站の近くで姐告行きのタクシーを拾うが初めは15元とかのぼったくり料金だったので無視したら5元になったので利用したがこれでも1元ぼられていた。1900頃、瑞麗口岸に到着する。
瑞麗口岸は姐告にあり瑞麗の南東にある地区で国境線になっている瑞麗江の対岸にあり飛び地になっている中国領だ。なのでミャンマーとは陸続きなので国境線は柵で仕切られているのだが人が通れるような場所も見られる。瑞麗口岸はゲートは1ヶ所かと思っていたら他にも2ヶ所ゲートがあった。この2ヶ所は地元民用なのだろうか?

そして、やはり地元民は自由に国境を行き来していた。しかも、ここの住民は気合が 入っているようで柵に穴が開いていなければをよじ登って越えている。これでは既に国境の意味が無い。

yunnan2_307やっぱり秘密の抜け道がありそうだ。

yunnan2_308瑞麗口岸

yunnan2_309これも地元民用の出入国管理所?

yunnan2_310瑞麗口岸を見物後は姐告の街を見物するが国境貿易で賑わっておりミャンマー人の他にもインド人、パキスタン人らしき外国人も見受けられる。レストランも中華料理以外の店が目立ち異国情緒たっぷりだ。1930頃、乗合タクシーを拾い瑞麗客運站へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
宿泊費 15元
バス 36元 瑞麗⇔班岭口岸
タクシー 20元 瑞麗⇔畹町
タクシー 9元 瑞麗⇔姐告
合計 88元

雲南省旅行記~南傘口岸編

勐腊→寧洱

yunnan2_2440550頃、宿を出て勐腊北站で寧洱行きのバスに乗車するが当然ながら夜は明けていない。久しぶりに朝一のバスに乗車するが寧洱到着は昼過ぎだろうか?

yunnan2_2450610頃、勐腊北站を出発して真っ暗な道を走っていく。0810頃、勐侖汽車站に到着し10分ほど休憩をして出発する。途中で建設途中の高速道路を 走り寧洱へ向け順調に進む。

yunnan2_2461130頃、普洱客運站に到着して乗客が半分ほど下車し再び発車する。山道に入ると茶畑が広がっており途中で白嘟琪という場所 で茶馬古道の石碑を見つける。地図を見ると那柯里茶馬古道のようだ。すでに茶馬古道に沿って寧洱へ向かっているようだ。1230頃、寧洱客運站に到着す る。

茶馬古道とは?

さて今回の寧洱滞在の目的は普洱茶の本場である寧洱で茶畑と茶馬古道を見物することだ。普洱茶は日本でも有名なのでここで説明する必要は無いが茶馬古道はまだ日本でも知名度が低いのでちょっと解説しておこう。

茶馬古道は唐代にできた主に雲南、四川、チベットの間をつなぐ古代の貿易路で名前の通り主に中国の茶とチベットの馬が取引されていました。一般的に茶馬古道といえば中国では普洱~大理~麗江~ラサの経路が有名だが他にも普洱~勐腊~ラオス、普洱~江 城~ベトナム、普洱~ミャンマー、普洱~昆明~北京などの経路がある。

チベット人はヤクなど肉類中心の食生活なので野菜不足を補うのに茶を飲んでおり茶を手に入れるのに馬と交換していたのです。茶を馬に積み普洱を出発してラサへ到着するのには数ヶ月の日数がかかりその間に茶葉が熟成され味も相当良くなったらしい。といった感じで茶馬古道はこんな概要ですね。参考

予想外の寧洱滞在断念

さて、寧洱で宿を探さなければならないのだが、寧洱はバックパッカーが滞在できるような場所ではなかった。8件以上宿泊拒否に遭いました。高いところは勿論外国人でも大丈夫なのだが招待所や旅社は追い出されます。外国人が宿泊可能な宿で1番安かったのが寧洱賓館の1泊60元だ。

初めは寧洱賓館の1泊15元の部屋に泊まろうとしたらおばちゃんに「外国人はあっちの建物じゃないと泊まれない」とか言われるが「自分は全く問題ない」と言い返して居座ろうとしたが結局駄目だった。

さすがに1泊60元払ってまで寧洱に滞在する価値はなさそうなのでこのまま景谷まで移動することにする。まあ、国道沿いにお茶屋がたくさんあるのが確認できたし茶畑や茶馬古道の石碑を見たのでよしとしよう。写真を撮っていなかったのが悔やまれるが・・・。景谷へ移動することを決めたが手持ちの軍資金が100元をきっているので中国建設銀行で2000元を引き出す。

寧洱→景谷

yunnan2_2471400頃、寧洱客運站で景谷行きの切符を購入しようとするが相変わらず人民は並んでいなかったので、とりあえず並んで割り込んでくる人民を妨害しながら購入する。

yunnan2_248バスに乗車して1430頃に出発する。山道を2時間ほど走り1630頃、山に囲まれた景谷に到着する。

yunnan2_249景谷はそこそこの規模の町のようで路線バ スも走っている。さて、宿を探さなければならないのだが景谷でも宿泊拒否に遭いそうな予感がしていたが、1件目の金三角客桟で宿泊できてしまった。どうや ら、景谷は公安が厳しくないようだ。

市場は蝿が・・・

yunnan2_250宿も決まり夕飯を食べに出かけた時に市場を見つけたので見物してみる。

yunnan2_251まあまあの広さで色々店があるのだがそこらじゅうに野菜や果物の屑が散らかっており蝿が大量発生しており店によってはハエ捕り紙を設置しているが既に蝿で真っ黒になっていた。

yunnan2_252こういう光景を見ると中国の衛生環境は日本と比べると数十年は 遅れているのではないかと考えてしまう。

両替
JTBグローバルキャッシュ(中国建設銀行で降ろす) 2000元=31618円 1元=15.809円

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.5元
宿泊費 30元
バス 22元 寧洱→景谷
バス 38元 景谷→臨滄
合計 98.5元

景谷→臨滄

yunnan2_2530900頃、景谷客運站でバスに乗車するが隣の乗客(漢族ではない)が酒を飲んでいる。まだ、朝なのに酔っているようで酒を勧めてきたりと絡んでくるので無視する。

yunnan2_254乗客が集まり定刻から5分遅れの0935頃、景谷客運站を出発する。かなりの田舎のようで乗客のほとんどは見た目で漢族でないのが分かる。言葉も普通話ではないので何を話しているかはさっぱり分からない。1045頃、永平客運站に到着して休憩と冷却水の補給をして1120頃、永平客運站を出発するが道が未舗装の悪路に変わり速度がかなり遅くなる。臨滄まではまだ90㎞程あるのだがこれだと何時に到着するか分からなくなってきた。

yunnan2_255冷却水を補給中。未舗装の悪路を進んできます。

yunnan2_2561300頃、とある集落で冷却水の補給で休憩をして再び出発するがバスが停車して運ちゃんが後輪部分をいじり始めた。どうやら故障のようだ。暫くして直らないようなので集落へ戻り修理屋で応急修理ということになる。

修理に30分ほどかかったのだが、随分とでかい部品を取り外して修理完了のようだ。バスは再び出発するのだが部品を外したまま走って大丈夫なのだろうか?山の中の悪路をひたすら進み酷い土埃で車内では乗客が痰をそこらじゅうで吐いている。この劣 悪な環境の中で瀾滄江(メコン川)を越えていく。

yunnan2_257瀾滄江(メコン川)を越えて更に山を越えるとようやく舗装された道路に出た。ここは圏内という場所のようで圏内からは菜の花畑が広がっていた。

yunnan2_258圏内は春が訪れているようです。

yunnan2_2591700頃、臨滄客運站に到着する。時刻表を確認すると今日はこれ以上先へは行けないようだ。とりあえずは宿を決めてからどうするか考えることにするが宿を探しているうちに臨滄客運站から100mも離れていない所に臨翔区客運中心站を見つける。臨滄はどうやらバスターミナルが2ヵ所あるようだ。

そして、宿はバス ターミナル近くの徳安旅店に決めて臨滄客運站で明日の鎮康行きの切符を購入しようとしたら窓口のおばちゃんに「風尾の方、それとも南傘の方?」と聞かれる。よく分からないので説明を聞いたら風尾は老県城で南傘は新県城ということだった。バスの発車時間を聞いたら風尾行きが0730発で早かったので鎮康の 風尾行きを買う。

ご飯お代わり自由の快餐を見つける

切符を購入したので夕飯を食べに行くがバスターミナル近くの快餐で三菜二葷(野菜3種類、肉類2種類)で6元なので食べることにするが実はこの快餐はご飯のお代わりは自由だった。ご飯を5杯お代わりして久しぶりに満腹になった。中国はインフレが進行中なのだがこういう快餐は貴重だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
宿泊費 20元
バス 59元 臨滄→鎮康
合計 85元

臨滄→鎮康

yunnan2_2600650頃、宿を出て臨滄客運站で鎮康行きのバスに乗車する。今日は鎮康県南傘鎮が目的地だ。南傘鎮はミャンマーとの国境の町で国境貿易が行われているらしい。

yunnan2_2610730頃、臨滄客運站を出発して山道をひたすら進む。乗客は漢族でない地元民ばかりで何を話しているのか全く分からない。おまけに痰や唾をそこらじゅうに吐くし、瓜子の食べかすを床に散らかしている。まあ、はっきりいって人の姿をした猿が乗車しており共産党がもっとしっかり教育して文明人に進化させなくてはならないだろう。1100頃、山の中の食堂で昼食の為に休憩するが自分は呑まず食わずで過ごす。

yunnan2_262山の中なので棚田だか段々畑がある。

yunnan2_2631350頃、永徳客運中心站に到着して10分ほどの休憩になる。

yunnan2_2641400頃、出発して山を越えていき1540頃、鎮康汽車站(風尾客運站)に到着する。バスはここが終点なので南傘行きのバスを待つことにするが、鎮康止まりのバスに乗車したのが間違いというか悲劇の始まりだった。鎮康からは南傘へのバスは無 くタクシーしかなかったのだ。

タクシーだと南傘まで25元もする。値切っても20元だった。一応バスだと11元なのだが、そのバスが運行されていない。そうなると、鎮康を通過する南傘行きのバスを捕まえるしかないのだが、この時間だと昨日臨滄で買うのをやめた南傘行きのバスしか期待できない。1時間後くらいにはここを通過する筈なので待つことにするが南傘行きのバスは席が無くて乗せてくれなかった。

田舎だと大体席が無くても乗せてくれるのだがこういう時に限って運ちゃんは何故か法律を守ろうとする。今まで中国のバスは定員超過は当たり前だったのにここでは違っていた。こうなるとタクシーも交通手段に考えたが無理して今日中に南傘へ行く必要は無いので風尾で1泊する事にする。昨日、南傘行きの切符を買うべきだった。明日の午前中にバスを拾うことにしよう。

部屋に鼠がいた

HPを作成している時に床を黒い物体が移動しているのを目撃する。黒い物体はベットの下に隠れて出てこないが何かをかじる音が聞こえてくる。何と部屋に鼠 がいるのだ。追い出そうとしてもベットの下からは出てこず結局どうすることも出来ずベットの下に鼠がいるまま寝ることになるが当然眠ることが出来ない。この時、ドラえもんの気持ちが少し理解できたような気がした。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
宿泊費 25元
合計 31元

鎮康→南傘

0815頃、眠ることが出来ずにボロ宿を出る。南傘を通るバスを拾わなければならないのだが昼までに4本バスが通ったが全て満員で乗車拒否されてしまっ た。こうなっては進退窮まると言った所だろうか仕方ないので乗合タクシーを拾うことにするが昨日大体の相場を把握しているので南傘までは20元でなければ乗らない事にして運ちゃんに声をかける。

乗合タクシーに乗り、客をあと2人乗せて南傘へ行くのだが客がなかなか見つからずに結局1300頃に鎮康を出発して1400頃、南傘に到着する。運ちゃんにバスターミナルはどこか聞くと新城にあるという事だったので言われた方向へ歩いていくが宿が少なくなってきたので引き返してとりあえず宿を決める。

山に登る

yunnan2_265バスターミナルを探さなければならないのだが再び西の方へ歩いていくと急に新しい道になり区画整理された街が目の前に出現した。この時、運ちゃんが新城と言っていた意味が理解できた。南傘は昔からある街と行政の中心地として新しく作られた街に分かれていたのだ。

新城を歩いていると山の上に景観台みたいのが あるので登ってみることにする。息切れしながら登りきると南傘が一望できミャンマーも見ることが出来た。

yunnan2_266
yunnan2_267左奥はミャンマーです。

南傘客運站

yunnan2_2681550頃、南傘客運站を発見する。バスターミナル周辺は新しい宿が多数あり便利そうだ。自分が泊まっている宿は南傘の古い街の方なのでバスターミナルまで1.5㎞ほど離れている。

南傘口岸

yunnan2_269一旦宿に戻り南傘口岸を探すのだが手がかりになる道路標識が一切ないので三輪バイクタクシーを利用する事にするがぼったくられないように数人の運ちゃんに料金を聞いてから利用する。旧街から南傘口岸まで5元で1650頃に到着する。南傘口岸からはミャンマーのイミグレが見えており、すぐ近くにミャンマーが ると認識させられる。

そして、南傘口岸には「人民はミャンマーで賭博をするな!」というような看板が出ていた。中国人はミャンマーで相当博打にのめり込ん でいる様だ。南傘口岸まで来たが自分はミャンマーのビザを持っていないし、南傘口岸は打洛口岸と同じ二類口岸なので外国人の通行は許可されていないのでこれ以上進むことは出来ない・・・。

yunnan2_270しかし、ここで引き下がる訳には行かない。どこかに抜け道がある筈だと思い探してみると、やっぱりありました。国境の金網が破られ地元民が中国とミャンマーを普通に行き来しています。恐らくこの状況を政府は把握しているが黙認しているのでしょう。

yunnan2_271見たとおり国境線が引かれているのですが網が破られている所も・・・。奥にミャンマーのイミグレーションがあります。

yunnan2_272ミャンマー側から撮影。左奥にミャンマーのイミグレーション、右奥に中国の南傘口岸があります。

yunnan2_273周囲を見渡して警備兵がいないのを確認して知らない振りして金網の向こう側へ行きますが地元のおばちゃんに「这里是老街(ここは老街)」と言われよそ者というのが既にばれていた。というより、南傘でなくミャンマー側の地名を言っていたので国境を越えていたことが確認できた。因みに南傘は旧日本軍がミャン マーから侵入して攻撃を受けた過去がある。参考

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 20元
バス 85.5元 南傘→芒市
タクシー 20元 鎮康→南傘
バイクタクシー 5元
合計 142.5元

雲南省旅行記~打洛口岸・磨憨口岸編

景洪→打洛

yunnan2_2030850頃、宿を出て景洪汽車客運站で打洛行きのバスに乗車する。バスは0930発なのでまだ時間があるのでバスターミナルを見物していると公安の懸賞通告を見つける。浙江省で起きた事件の懸賞通告だが情報提供を呼びかける為に被害者の遺体の写真も掲載されている。

日本だと似顔絵とか公開するが中国では似顔絵なんて面倒な事はせずに写真をそのまま掲載して情報提供を呼びかけている。ちょっと過激だがこのほうが情報が集まるのだろう。日本だと苦情殺到だろうけど・・・。

yunnan2_2010930頃、景洪汽車客運站を出発して西へと走ると茶畑を良く見かけるようになる。どうやら勐海に入ったようだ。勐海は日本ではあまり知られ ていないが茶馬古道の経路のひとつらしい。茶馬古道は普洱を起点とした茶と馬の交易路なのだが茶馬古道というと中国では普洱~大理~麗江~ラサの経路が有 名だ。因みにビザ切り替えでラオスへ出国する為に勐腊へ明日移動する予定だが勐腊もラオスへ抜ける茶馬古道の経路のひとつだ。

yunnan2_2021050頃、勐海客運站に到 着する。勐海客運站で半分ぐらいの乗客が入れ替わり1100頃に出発する。勐海の街はそこそこの規模で高そうな宿も何件か見受けられる。勐海を出ると道路状況は悪くなり工事中の区間を走り1300頃、打洛汽車站に到着する。

打洛は宿が少ない

yunnan2_204打洛汽車站は打洛鎮の入口にあり道なりに更に歩くと宿が何件かあったので打洛旅行社賓館に1泊することにする。打洛は小さな町なのでバスターミナルから数百mもあるけば町外れになってしまうほどで食堂は数件しかない。

yunnan2_205地図を見る限り打洛口岸まで道なりに真っ直ぐ行けば良いみたいだ.

yunnan2_206田舎なので衛生環境は最悪だ!蝿が大量発生しており食堂、市場などでは蝿捕り紙が真っ黒になっていた。蝿を媒介とする伝染病が発生すれば打洛は全滅するのは確実だ。

打洛口岸

yunnan2_2071330頃、打洛口岸へ徒歩で向かう。バイクタクシーや乗合タクシーを利用しても良いのだが距離が分からないのでまずは歩くことにする。バスターミナルに あった地図を参考に道なりに進んでいくと賓館の看板がいくつか見えてきた。

yunnan2_208そして、前方に中国農業銀行が見える。こんなド田舎に中国農業銀行があるのは非常に不自然だ!更に近づくと左手に打洛口岸が見えてきた。

yunnan2_2091415頃、打洛口岸に到着する。打洛口岸はひっそりと静まり返っているが武警がおり国境はちゃんと開いているようだ。でも、行き来する人はおらず観光客や国境貿易で賑わっているとの予想は外れた。確か、ミャンマー側の勐拉はミャンマーであるが人民 元が流通してカジノがあって中国人観光客で賑わっている筈なのだが・・・。それにド田舎の打洛口岸に中国農業銀行があるのは金持ちがカジノの軍資金を引き出す為に存在しているのだと思うのだが・・・。

yunnan2_210まあ、打洛口岸まで来たので打洛での目的は達成だ。

yunnan2_211打洛口岸の奥には寺院が見えるので、あちらはミャンマー領なのだろう。打洛口岸からは外国人は出入国できない様なので、これ以上いても意味が無いので立ち去る。

150mほどミャンマーへ密入国していた

yunnan2_212打洛口岸から来た道を戻るがまだ時間もあることだしミャンマーとの国境線ギリギリの所まで行くことにする。国境線には柵とかがあるはずだからこの国境線を撮りに行くのだ。南に見える山を越えるとミャンマーのようなので山へ入っていく道を探すと独樹成林公園へ行く道を進むとT字路に成っており右へ行くと独樹成林公園で左へ行くと民家への道が続くので民家の方へ歩くと山の方へ行く道があるので、右へ曲がり山の方へ進む。

とりあえず独樹成林公園とは反対側へ進みます。後ろへ行くと独樹成林公園です。

yunnan2_213ここで右の道へ進みます。

yunnan2_214このまま真っ直ぐ進みます。

yunnan2_215山道へ入り山を登っていくと前方に検問所が見えてきたが誰もおらずそのまま進む。検問所は窓ガラスが割れていたりしているので長期間放置されているようだ。検問所を超えたのでこの道も国境線まで行けば柵とかで封鎖されているのだろう。

yunnan2_217山道を登りきり下り坂に差し掛かると前方に村が見えてきた。まだ、村があったようだが道の脇に看板があったので何が書いてあるか見てみると「注意:距国境线150米(国境線まで150m)」とある。

この標識から150m先が 国境線ということなのだが、この標識はミャンマー側からの通行人に見えるように建てられている。ということは、自分は既に国境線を越えてミャンマーに入っ ていることになる。1440頃、予定に無かったがミャンマーへ150mほど密入国していた。

yunnan2_216本当に国境線を越えていたのか疑問に思って前方の建物の様子を伺うが「緬甸撣邦東部第四特区聯検站」という表示があるので、あれはミャンマー側の検問所のようで本当に国境を越えてしまった。これ以上進むのは危険なので速やかに中国へ戻ることにする。

yunnan2_219前方の建物の様子を伺うが「緬甸撣邦東部第四特区聯検站」と表示されている。

yunnan2_218ミャンマーの村

yunnan2_220しかし、国境線を示す表示がどこにも無かったが何時国境を越えたのだろうか?中国へ戻るついでにGPSで距離を測りながら国境線を探してみることにする。標識から150m先が国境線なのだが150m進むと中国側の検問所まで戻っていたのだが石碑とか国境線を示すものは見当たらない。ちょっと考えてみると道路上に車が通行できないように障害物があり、どうやらこれ が国境線のようだ。国境線は柵とかで自由に通れないようなっているのが普通だと思っていたがここは何も無いようだ。

そして、検問所にいる間に地元民がバイ クでミャンマーへと抜けていった。しかも、1台ではない3台以上だ。地元民は内緒でというか普通にミャンマーへ出かけているようだ。外国人や中国人観光客 もバイクタクシーの運ちゃんに頼めばミャンマー側の勐拉へ裏道から日帰り観光できるらしい。1500頃、中国へ戻り徒歩で打洛鎮へ向かう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
宿泊費 40元
合計 51元

打洛→景洪

yunnan2_2210900頃、宿を出てバスターミナルへ向かう。景洪行きの切符を購入してバスに荷物を載せて発車まで外で待つ。

yunnan2_223田舎の小さいバスターミナルだが景洪行きのバスは大体20分間隔で運行されているようだ。

yunnan2_2220920頃、打洛汽車站を出発して景洪へ向かうが悪路にもかかわらずバスはスピードを出して爆走していくので後ろに座っていた子供がゲロを吐いていた。そして、1本前のバスに追いつき追い越していく。こうして1130頃、勐海客運站に到着し新たに客を乗せ出発 する。勐海からは道は良いので順調に走り1300頃、版納客運站に到着する。

景洪→勐腊

yunnan2_224勐腊行きの切符を購入するがバスは1350発なので少し時間があるので待合室で待つことにする。

yunnan2_2251330頃、バスに乗車すると乗客が全員揃い予定より早く 1340頃に出発する。

yunnan2_226山道を通り1530頃、勐侖汽車站に到着して10分ほど休憩する。勐侖汽車站を出発すると再び山道を走り1800頃、勐腊汽車站に到着するが勐腊汽車站にはラオスへ向かう観光客を狙ったバイクタクシーや自転車タクシー、両替屋が待ち構えていた。

因みに両替は国境のイミグレーション前にいるおば ちゃんたちの方がレートが良いらしい。今回は前回の事もあり彼奴らは無視して宿を探す事にするがバスターミナル近くの旺角楼酒店がそこそこの部屋だったので泊まることにする。シャワーのお湯がちゃんと熱かったので昆明を出て以来ようやく体を洗うことが出来た。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.5元
宿泊費 30元
バス 40元 打洛→景洪
バス 35元 景洪→勐腊
合計 113.5元

勐腊→磨憨

yunnan2_2270800頃、勐腊北站へバスの運行状況を確認しに行くと白人バックパッカーが自転車タクシー兼両替屋のおっさんと話しているのを見つける。自分は去年この自転車タクシー兼両替屋のおっさんから5元ぼったくられているので白人バックパッカーもカモになるのかと様子を伺う。

白人バックパッカーが荷台に荷物を置いたので勐腊南站へ移動するようだ。ここは予定を変更して勐腊南站へ向かい、この白人バックパッカーが無事にラオスへ抜けられるか陰ながら見守ることにす る。悪く言えばストーカーかな?徒歩で勐腊南站へ行き白人バックパッカーが到着するのを待つ。自転車タクシーは少ししてから到着して白人バックパッカーが切符売場へ行くのかなと思ったら、既に発車して出口で停車していた磨憨行きのバスに乗車したので自分も運賃を聞いて急いで同じバスに乗車する。

今回は切符を買わずに磨憨へ行くことになった。白人バックパッカーが運ちゃんに料金を聞いており運ちゃんが「15元」とか自分が聞いた時と違う金額を言うので、思わず自分は「14元だろ」とか文句を言ったら運ちゃんは「1元は保険だ」とか言うので「保険はいらない」と言い返して、自分は運ちゃんに14元を払うが運ちゃんは白人バックパッカーからは15元徴収していた。

yunnan2_228バスは磨憨へ向け走るが去年工事中だった高速道路はまだ未完成のままだった。

yunnan2_229白人バックパッカーに話しかけてみたら少し中国語が話せるようでスペイン人ということが分かった。0945頃、磨憨口岸に到着する。

ラオス・ボーテンを散歩

yunnan2_230磨憨口岸で出国手続きを済ませスペイン人とラオスへ徒歩で向かう。スペイン人はルアンパバンへ行くようで「ボーテンでバスを探す」と話してきた。

1015頃、ラオスの入国管理所に到着、スペイン人はビザが必要なようで窓口でビザを申請している。自分は入国カードに必要事項を記入して1030頃、ラオスに入国する。ボーテンにはバスターミナルは無いのでスペイン人はその辺に停車していたバスの運ちゃんにルアンパバン行きかを確認してバスに乗車して出発して行った。

yunnan2_231ラオスなのだが漢字表記が目立つ。

yunnan2_232ボーテンにはチャイナモバイルの販売店がある。更によく見ると「住宿」も文字が・・・。ボーテンには宿もある。

yunnan2_233自分はボーテンを散歩兼調査するがボーテンにはチャイナモバイルの販売店があるのだが、これは去年訪れたときに分かっていることで、新たに宿と網吧が1件あるのを確認して1100頃、ラオスを出国する。

yunnan2_234ボーテン

yunnan2_235勐腊⇔ルアンナムターのバス

磨憨口岸は新しくなるようだ

yunnan2_236中国へ戻る途中で工事中の建物の工程概況をみると、これが磨憨口岸になるようで将来は中国らしく立派な口岸が完成するようだ。

yunnan2_2371145頃、入国手続きを済まして無事に中国に入国して勐腊行きのバスというかタクシーに乗車する。

yunnan2_238磨憨口岸完成予想図

勐腊のバスターミナル

yunnan2_2391345頃、勐腊南站に到着する。

yunnan2_240分かり難いがこれが勐腊南站の入口。

yunnan2_241勐腊南站は通りから見るとどこにも看板が無いので非常に分かり難いのだが隣に中国人民銀行があるのでこれが目印になる。

yunnan2_2421430頃、勐腊北站でバスの運行状況の調査と明日の行き先を決める。このまま景洪へ戻るのではつまらないので江城へ行こうと考えたが寧洱行きがあったので寧洱行きの切符を購入する。

yunnan2_243切符を購入して宿へ戻る途中で白人バックパッカーがあの自転車タクシー兼両替屋のおっさんの餌食になりそうになっているではないか!遠くから見守っていると白人バックパッカーはおっさんをやり過ごし勐腊南站の方へ進んでいった。勐腊ではこの自転車タクシー兼両替屋のおっさんには要注意だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
宿泊費 30元
バス 14元 勐腊→磨憨
バス 14元 磨憨→勐腊
バス 68元 勐腊→寧洱
合計 137元

雲南省旅行記~景洪編

宿の老板娘が保証金を返さないので

今日は河口を離れるのだが0820頃、宿を出る際に老板娘が「春節期間中は本当は20元だ」とかほざいて保証金10元を返そうとしないので強気に対応したら10元返してきた。最初に春節期間中は高くなるとか言っていれば良かったのに婆が後から金を巻き上げようとする態度に腹が立った。目先の金に目がくらんで春節期間中の料金を考慮していなかった婆が悪い。

河口→箇旧

rp_yunnan2_159.jpg河口客運站で元陽行きの切符を購入しようとするが今日は元陽行きのバスが運休だった。本当は金平へ行こうと思い昨日切符を買いに行った時も「没有」で元陽行きも「当日じゃないと分からない」見たいな事を言っていたが結局運休だった。元陽行きは諦めるしかないかと思ったが緑春行きのバスに乗れば途 中で元陽を通過するので緑春行きに乗ることも考えたが元陽の天気が悪そうな気がするので、とりあえず箇旧へ行くことにする。

yunnan2_1600930発のバスに乗車するが 発車時にエンジンがかからずに白煙を上げている。どうやらちゃんと整備していないようでやっとの事でエンジンが動き出す。河口を出発して山道を進むが1130頃、バスが白煙を上げて停車する。故障だ!運ちゃんが直るかどうか試すが駄目なようで新街まで業者を呼びに行ったが乗務員は勤務中なのに酒を飲んでいる。

運ちゃんが業者を連れてきたが直らないようで再び新街まで代わりの車を手配しに行くが乗務員は酒を飲んでおり既に酩酊状態で、このどうしようもない車 掌に乗客の姉ちゃんがぶち切れた。どこかへ電話して抗議している。話を聞いていると交通局に文句を言っているらしい。車掌はでかい声で姉ちゃんに何か言っているが周りの乗客も何を言っているか分からないようだ。

yunnan2_1611545頃、運ちゃんがタクシーを2台引き連れて戻ってきた。約4時間立ち往生したがようやく乗客は2台に分乗して出発する。新街の邊防検査站に到着すると武警が全員の身分証の提示を求めてきたので自分だけパスポートを提示すると「登記するので待つように」と運ちゃんに指示する。周りの乗客は「こいつ一体何者だ?」というような視線を送ってくる。

待っている間に外の様子を伺うがここは武警が3人か4人で警備しているようで1人が防弾チョッキとヘルメットを着用しておりかなり物々しい。それだけの危険人物が突破しようとしているのだろうか?それにしても、武警はどこに行っても真面目に職務に当たっている姿しか見かけない。それに比べて公安は・・・。

内モンゴルに行った時は人民とトランプに興じて いる姿を見たなぁ。5分ほどするとパスポートが返却され箇旧へ向けて出発するが何故か建設中の高速道路を走っている。日本ではありえないことだ。中国では建設中でも通るのが当たり前らしい。

yunnan2_162蛮耗に到着して金平と箇旧、元陽方面への分かれ道で手配されていた箇旧行きのバスに乗車する。紅河沿いに走るが天気が曇りのままだったので元陽に行っても霧の中でまだ棚田は見られないだろう。1900頃、ようやく箇旧汽車客運中心に到着する。長い道程だった。

宿探しに苦労する

yunnan2_163今日はこれ以上先へは進めないので箇旧で1泊する事にするが箇旧の公安は厳しいようで招待所や賓館で5件ほど宿泊拒否に遭う。日も沈み辺りは真っ暗になる が嘉和住宿部で奇跡的に泊まることが出来た。

yunnan2_164しかも、期待していなかったが部屋がちゃんと掃除されていた。今日は宿を出るときから災難続きだったが何とか寝床を確保できた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6.9元
宿泊費 30元
バス 44元 河口→箇旧
合計 80.9元

箇旧→石屏

yunnan2_1650900前に宿を出てバスターミナルへ向かう。石屏行きの切符を買いバスに乗車するとすぐに発車する。

yunnan2_1661045頃、建水汽車客運站に到着。1100発という事のなので建水からのバスの運行状況を調べようとするが運賃表と時刻表が見当たらない。去年来た時は運賃表はあったのだが・・・。まあ、無いものは仕方ないので代わりにバスターミナルに停車しているバスを確認すると元陽行きのバスが数台停車している。しかも、南沙止まりは少ない。元陽へ行く場合は箇旧より建水からの方が便利なようだ。

yunnan2_1671100に建水を出発して高速を西へと走る。1200頃、石屏汽車客運站に到着するが、ここから西へのバスは少ないようで一気に進むことは出来ないようだ。

石屏→元江

yunnan2_168とりあえず、元江行きの切符を購入するが1430発になっており何故か時刻表には無いバスだ。切符を良く見ると「加班」の文字が・・・。春節期間中だから臨時のバスのようだ。

yunnan2_169石屏で2時間半の乗継待ちをして1430頃、石屏を出発する。今回のバスはやたらと農村の雰囲気が漂っておりバスには鶏と子犬も乗車している。勿論ここで撮影をしたかったのだがバスの乗客を見る限り撮影できる雰囲気ではない。

乗客の中で明らかに自分だけよそ者というのが分かる。元江までは129㎞離れており3時間ぐらいの道程だ。石屏を出ると山道に入り道路は舗装されているものの道路状況はかなり悪い。しかも、山の中で地元民を次々と乗せるのだが席は無い。これは完全に交通違反のような気がするのだが・・・。

yunnan2_1701800頃、元江汽車客運站に到着する。今日はこれ以上は進めないので元江で1泊だ。

旅館の姉ちゃん騒ぎすぎ

さて、元江で寝床を確保しなければならないのだが、昨日は5件ほど宿泊拒否に遭っているので今日はどうかと思っていたが1件目の雅佳旅館であっさり宿泊できた。しかし、旅館の姉ちゃんはパスポートを見ても「見ても分からない」とか言うのでビザの部分を見せるが今度は「名前はどれ?」とか言うのでパスポート の署名部分を見せて「これが漢字の名前」と答える。

宿帳に記入をし始めるが姉ちゃんが「どこから来たの?」とかいうので「日本から来た」と答えるがうまく 伝わらず。パスポートの「日本国」の文字を見てようやく日本人ということに気付くと急に驚いて周りの姉ちゃんを呼んで騒ぎながら宿帳に記入する。確かに元江に日本人が訪れるのは珍しいだろう。収据と鍵を受け取り部屋に戻るが今度は宿の兄ちゃんを呼んで日本人が来たことを話している。姉ちゃん騒ぎすぎだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
宿泊費 20元
バス 30元 箇旧→石屏
バス 32元 石屏→元江
合計 99元

元江→墨江

yunnan2_171今日はどこまで行けるか分からないが0815頃、元江汽車客運站で墨江行きの切符を買うが共産党の教育が行き届いていない田舎の人民が割り込みしてくるの で「並べ!」と言って追い払う。切符購入後は速やかにバスに乗車する。

yunnan2_172バスは0850発だったが切符には滚动发车(客が集まり次第発車)と表示されていた。徐々に客が集まってくるが地元民ばかりなので発車前からタバコを吸うし、痰を吐き始めるし、この後が大変な事になると予想できてしまった。0850頃、時刻表通りにバスが発車する。車内はタバコの煙だらけで不快指数が急上昇する中で1015頃、墨江客運站に到着する。

墨江→普洱

yunnan2_173墨江客運站は田舎の長距離バスターミナルにしてはそこそこの規模だが春節期間中だったので通常の普洱行きや景洪行きの切符が全て売り切れだったが臨時便が 出ておりとりあえず普洱行きのバスに乗車するが運賃が60元もするぼったくりバスだった。通常のバスなら42元なのだが春節期間中の臨時バスとなると当然ながら足元を見るという事のようだ。

yunnan2_174周りの乗客は文句を言わずに60元を払っていたが、自分は中国を旅するうちに心が荒んできた為に10元札だけ出してとぼけていたが、やっぱり駄目だった。1130頃、バスが発車するのだが行き先はガソリンスタンド・・・。やはり、人民レベルの服務なのであらかじめ給油して準備を整えておくという考えは無いらしい。

yunnan2_175給油を終えてようやく高速を走り始める。高速を降りると寧洱県を走っていることに気付く。寧洱県は以前、普洱県の名称だったが2007年4月に思芧市が普洱市に名称変更したときに寧洱県となっている。つまり、寧洱県は普洱茶の本場なのだ。寧洱県に滞在も考えたが今日はこのまま素通りすることにする。1420頃、普洱客運站に到着する。

普洱→景洪

yunnan2_176普洱の天気は晴れでほぼ1週間ぶりにお天道様を拝むことが出来た。ここまで南に来ると少し暖かくようやく雲南に来たと実感できる。ここ最近の大雪とかの影響で河口にいた時は天気は悪く寒く雲南の気候とは思えないほどだった。

yunnan2_177さて、ここからは景洪を目指すのだがここでも通常の景洪行きのバスの切符は全て売り切れだったが臨時バスの切符が購入できた。しかも、料金は通常のバスと同じ35元だった。

yunnan2_1781620頃にバスが発車し高速を南へと走る。1810頃、景洪汽車客運站に到着する。

宿探しに一苦労

景洪に到着して宿を探すが何件か当たってみるがどこも設備が最低で汚く料金が高い。極めつけはやる気の無い従業員だ。「部屋を見せてくれ」と言っても 「あっち」とか言うだけでやる気が無い。いくら田舎でもここまでやる気の無い宿が多いのには驚かされる。といっても、こういう駄目な宿は古い建物で入口が怪しいという共通点がある。

そこそこの宿は入口が綺麗だし部屋を見たいことを言えばちゃんと案内してくれるが、料金が高いので泊まれない。景洪の街を彷徨った末に何とか1泊30元でトイレ・シャワー付きの部屋を見つける。但し、シャワーは太陽熱で沸かすので晴れていないと使えない。

人民の衛生感覚は糞

夕飯を食べに外へ出るのだが安食堂で炒飯と水餃子を食べていたのだが安食堂の老板娘がフライパンを洗った際に水道水で濯がずに洗物の入った桶の汚れた水で濯いだ後に調理を始めた。自分の食べた炒飯もちゃんと洗っていないこのフライパンを使ったのか!

優秀な中華民族は「研究衛生」とか言ってもこれでは全く意味が無いし高級ホテルの厨房とかも怪しく思えてしまう。中国人の衛生感覚は日本人と比べると相当違うようだ。まあ、蝿が大量発生している店でも衛生許可証があったりするから監督指導する衛生局にも問題があるのだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.9元
宿泊費 30元
バス 16元 元江→墨江
バス 60元 墨江→普洱
バス 35元 普洱→景洪
合計 174.9元

景洪港

yunnan2_1790930頃、宿を出て景洪港へ向かう。西版納大橋を渡り道を左へ曲がると景洪港に到着した。

yunnan2_180景洪港には欧米人2人がいたが他には誰もおらず。一応乗船券の販売カウンターはあるようだが今日は運行していないのだろうか?

yunnan2_181まあ、これ以上長居する必要も無いので誰もいないイミグレーションを撮影して景江市内へ戻る。因みに景洪港からはタイの清盛港までの高速船が運航されている。参考

バスターミナルを調査

yunnan2_1821045頃、景洪市内の南にある景洪客運南站を訪れる。景洪客運南站は昆明、大理、麗江などの長距離から勐腊、打洛など景洪近郊へのバスが出ている。景洪の南のはずれにあるので版納客運站と景洪汽車客運站の補助として存在している感じだ。

yunnan2_183続いて1115頃、版納客運站を訪れる。ここは一応は大理、保山への バスがあるが主力は勐腊、打洛など景洪近郊へのバスだ。運行間隔も路線によっては20分に1本と本数も十分ある。景洪周辺の観光ではここが起点となるだろう。

yunnan2_184最後に1145頃、景洪汽車客運站を訪れる。景洪汽車客運站は昆明、大理、麗江などの長距離から勐腊、打洛など景洪近郊が出ている。昆明行きのバスは 夕方から夜に集中している。

勐罕を探検

yunnan2_1851230頃、景洪汽車客運站で勐罕行きのバスに乗車する。

yunnan2_186景洪市内は特に見たいような観光地が無いので景洪から約30㎞程離れた勐罕へ行ってみる事にする。勐罕は去年勐腊へ行く際に通ったのだがタイ族の建物がそこそこ見えたので機会があれば調査してみようと思っていた場所だ。1245頃、景洪汽車客運站 を出発して1330頃、勐罕に到着する。

yunnan2_187勐罕は小さな街で観光地としては期待できないので、まずは澜沦江(メコン川)を見に行くと渡し場があるのを見つける。

yunnan2_188ここは勐罕渡口と呼ぶようで渡し舟で対岸まで人と車を運んでいる。

勐罕農貿市場

yunnan2_1901430頃、勐罕農貿市場を訪れるがアーケード商店街のように縦長の市場に成っており、更に高低差があるので高い所から見るとなかなかの眺めだ。

yunnan2_191食料品から衣料品、雑貨品まで揃っています。

yunnan2_192市場。

渡し舟でメコン川を渡る

yunnan2_1931445頃、勐罕渡口から対岸まで渡し舟に乗る。

yunnan2_194対岸へ渡ると道の脇でゴムの木が栽培されているのを見つける。この辺りでは天然ゴムも採取しているようだ。

yunnan2_195そして、本命のタイ族の高床式住居がいくつか見えてきた。勐罕の街でもタイ族の住居は見ることが出来るのだが街の中にあるので雰囲気としてはちょっと物足りないのだ。

yunnan2_196しかし、ここでは畑の中にもタイ族の住居があるので雰囲気としてはまあまあだ。

yunnan2_1971520頃、渡し場から街へと戻る。

勐罕汽車客運站

yunnan2_198勐罕汽車客運站へ向かう途中でパイナップルを3元で購入するが日本で売られているパイナップルよりも2回りぐらい大きい。今まで中国ではあらかじめ切り売 りされていたパイナップルを買って食べたが見事に中り酷い下痢になっていたが今回はそのまま買って自分で切る事にする。1540頃、勐罕汽車客運站でバス に乗車して景洪へ戻る。

yunnan2_199勐罕→景洪のバスの切符。

yunnan2_200景洪へ戻ります。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 30元
バス 8元 景洪→勐罕
バス 8元 勐罕→景洪
バス 40元 景洪→打洛
フェリー 2元
合計 104元