甘粛省旅行記2014秋-天水三国志遺跡

蘭州脱出

鉄道で蘭州→天水

05:30頃、起床する。今日は1週間滞在した蘭州を離れて天水へ移動する。早めに起きてしまったが出発の準備を整える。08:10頃、ユースホステルをチェックアウトして蘭州駅へ向かう。

蘭州駅までは直線距離で300mぐらいの所なのですぐに到着する。駅の入口で切符と身分証の確認があったが外国人の自分は切符の確認のみでパスポートは中身を見ずに返却される。

蘭州駅

待合室(候车室)へ移動すると改札が始まっており列に並ぶが、おサルさんが大量にいるので列に並んでいる意味がほとんどなかった。08:40頃、列車に乗車する。今回の列車は08:55発、蘭州-深圳西のK132次、座席は硬座で、天水には約4時間で到着する予定だ。

定刻通り08:55に蘭州駅を発車して天水へ向かう。車内は満席であるが深圳西までの長距離列車なのに意外にも荷物棚には空きスペースがある。

蘭州-深圳西の内陸から沿海部への長距離列車となれば出稼ぎの農民工のおっちゃんたちの肥料袋とかの荷物で一杯になるのが定番なのだが、沿海部への出稼ぎは10年前ほどと比べて少なくなったのか?

定西、隴西(陇西)、甘谷と停車していくが、小便しにトイレへ行くがここでイベントが発生する。トイレの扉を開けようとすると開かないのだ。

いや、正確にはちょっと開くけど中から閉められるのだ。どうやらおサルさんがトイレの鍵をせずに入っているようだ。しばらくするとおばちゃんが出てきた。トイレの鍵の掛け方ぐらい、なぜ知らないのだ?

天水に到着

13:23、天水に到着する。

駅のホームには乗車する乗客が並んでいたのだが降車が乗客がいなくなると我先にと秩序が無くなり弱肉強食の無法地帯に変わる。駅員が並ぶように拡声器で呼びかけているがサル山と化しているようで馬の耳に念仏のようで全く効果なし!並べよ!

天水は外国人お断りの宿ばかり

さて天水に到着したのだが駅前周辺で宿を探すが招待所はことごとく外国人お断りの宿ばかりだ。ようやく見つけた鑫盛招待所で何とか泊まれそうで、服務員のおばちゃんがオンライン登記するのを手伝う。

オンライン登記の画面は雲南省で何度も見ているので、操作方法は大体分かってしまっている。ただし、ここは甘粛省なので表示画面が違っている。どうやら省ごとでシステムが違うようだ。でも、入力項目は決まっているので問題ない。

オンライン登記が出来たので、これで一安心で2泊する事にする。1泊50元のトイレ共同、シャワーなし1人部屋だ。トイレは汚いが、Wi-Fiが使えた。それにしても、何で外国人の自分がオンライン登記の操作方法が分かってしまうのだ?

牛肉麺

14:45頃、天水駅前で昼食に7元の牛肉麺を食べる。

数軒の店を見たが天水の牛肉麺の相場は6元か7元だ。

麦積山石窟は大混雑

15:15頃、天水駅前から34路のバスで麦積山石窟へ向かう。運賃は5元だ。16:00頃、麦積鎮まで来たが渋滞にはまる。ここで今日は日曜日で、おまけに国慶節の大型連休中であることを思い出す。

そして、すれ違う麦積山石窟から天水駅へ戻るバスはどれも満員になっている。これから人混みの海に突入することになりそうだ。これはどう考えても麦積山石窟を観光するには条件が悪すぎる。とりあえず入口だけ確認して後日観光することにして引き返した方がよいかもしれない。まずは現地に到着して状況を確認してから決めよう。

16:40頃、麦積山石窟に到着するが人と車が多すぎだ。バス待ちの行列が凄いことになっている。完全に訪れる日を間違えた。

おまけに今日の麦積山石窟の入場券は観光客が多すぎて既に販売終了していた。

これではどうしようもないので入口周辺で麦積山石窟の情報収集をする。

料金表を見ると入場料は70元で、入口から石窟まで3kmほどあるようで、景区内の観光バスでも行けるようだ。

案内の地図を見ると麦積山石窟の景区は結構広いようで石窟以外にも寺や滝がありトレッキングコースにもなっているようなので準備をしっかり整えて1日掛かりの観光をした方が良さそうだ。

これだと国慶節の連休期間中の明日、明後日は見て回るところを考えた方が良さそうだ。まあ、人気のないマイナーな観光地へ行った方がいいな。

17:00頃、天水駅へのバスの行列に並ぶ。18:30頃、天水駅まで戻って来た。夕飯に麻婆豆腐を食べて招待所へ戻るが、老板が派出所で熱烈な指導を受けたようで賓館に移るように言って来た。

オンライン登記ができたから大丈夫かと思っていたが、逆に大丈夫ではなく、老板が呼び出しを喰らったようだ。まあ、外国人お断りの宿ばかりだったから追い出される可能性があることは分かっていたが、既に日が暮れているので今追い出されても困るので「ネットで賓館探しているから!」と何とか今日は追い出されずに済んだ。

でも、明日出て行くことになった。天水での拠点を早く見つけなければならない。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 50元
食費 27.7元
バス 10元 天水駅↔麦積山石窟
合計 87.7元

天水の三国志遺跡

天水でユースホステル発見

インターネットで夜通し天水で外国人が宿泊できそうな宿を探しているのだが、深夜1時頃から女の喘ぎ声が聞こえてくる。全く誰だよ!小姐なんか連れ込んでズッコンバッコンやっている奴は!こっちは泊まる所がなくて困っているんだぞ!

中国では売春は禁止なのだが、実際は野放しというか公安に上納金とか納めていればガサ入れがないという驚きの社会だ。

まあ、日本はソープランドはどうなのかという問題があるが・・・。中国では売春が野放しで日本より安いと言っても手を出してはいけない。病気を移される可能性が非常に高いだろう。

それより、宿の問題が重要だ!ホステルワールドやBooking.comはダメであったが、CtripeLongで調べたら天水小梦想青年之家というユースホステルがあった。CtripとeLongでは料金が違っていたので安い方のeLongで予約することにする。予約には中国の携帯の電話番号が必要なのだが、どうせかかってこないだろうと判断していい加減な番号を入力して予約完了!深夜2時過ぎに寝る。

09:30頃、招待所をチェックアウトする。ユースホステルは天水駅北側の第七中学の裏側にあり徒歩20分ほどで到着する。看板は出ていなかったが万国旗が飾られている建物があったのですぐに分かった。いい加減な電話番号で予約したので大丈夫か心配であったが、ちゃんと予約できており外国人の宿泊もOKであった。

今年の2014年に開業したばかりで、天水で初めての外国人OKのユースホステルということであった。部屋は8人ドミトリーで、7泊するのだが、eLongでの予約だと最初の1泊は55元でそれ以降は35元になり平均で1泊38元になる。

で、どうも宿泊当日の予約や飛び込みでの宿泊だと55元のようなので、事前にeLongなり、Ctripで調べて安い所で予約した方が良さそうだ。国慶節の連休期間中だから混んでいるかと思ったら8人ドミトリーは自分一人であった。まだ知られていないユースホステルのようだ。

天水での拠点を確保したので、今日は天水の中心にある秦州区へ行ってみる。天水駅があるのは麦積区になり天水の中心ではないのだ。それでも、駅前は歩行街があったりして結構にぎわっている。ケンタッキーもあったな。

11:10頃、6路のバスに乗車する。運賃は3元だ。

11:50頃、秦州公交站に到着する。秦州公交站は秦州区の中心にある路線バスのバスターミナルだ。

でも、すぐ近くの南湖車站の天水-蘭州の長距離バスもバスターミナルのスペースの都合で秦州公交站から運行されている。

チケット売場も秦州公交站にあるのだが南湖車站のバスという扱いのようだ。秦州公交站から3分ほど歩くと南湖車站がある。

南湖車站

南湖車站は天水近郊へのバスが出ているバスターミナルだ。基本は客が集まり次第の発車で車内で運賃を払う方式のようだ。

利用しそうな路線は小天水と呼ばれる天水鎮行きのバスだ。
天水鎮は天水関古戦場があり、三国志で魏に仕えていた姜維が蜀に降る舞台だ。さらに周辺には祁山や魏の張郃が討ち取られる木門道も近くにある。

さて南湖車站での情報収集は完了したのだが、交通安全のポスターに目がとまる。事故現場の写真が載っているのだが、死体にモザイクかけずにそのまま写っています。

日本だと抗議殺到のポスターだが、中国だとショック療法で事故が起きるとどうなるかはっきりと写真で分からせるようだ。それでも事故が減らないから交通マナーが相当酷いというのが伺える。いや、そのへん歩いているだけで交通マナーが酷いというのは分かるな。

秦州文廟

12:30頃、秦州公交站の北側にある秦州文廟を訪れる。

元の大徳6年(1302)に創建され700年以上の歴史がある。秦州文廟は秦州区の中心の商業街に位置している。

天水の四合院邸宅 南宅子

13:00頃、天水民族博物館の南宅子に到着する。南宅子は明代の古民居建築群で胡氏古民居建築として全国重点文物保護単位に指定されている。日本で言えば重要文化財に相当する。

南宅子は明の万暦17年(1589)に創建された胡氏の邸宅で四合院建築の明代、清代の建物が修復され博物館として無料開放されている。

四合院建築の邸宅が修復、復元され無料開放されているので見ておいて損はない。

天水の街の中心部を歩いていると歌っている乞食がいた。いつもの事ながら、どうして社会主義国の中国に乞食がいるのか疑問に思ってしまう。社会主義国には乞食はいないはずなのだが・・・。

天水汽車総站

14:30頃、天水の長距離バスターミナルの天水汽車総站に到着。時刻表の確認をする。

甘粛省各地へのバスが多いのはもちろんだが、西安、宝鶏へのバスも1時間に1本あり本数は十分ある。上海や天津へのバスもあるのだが、長距離過ぎて需要があるのか?
14:40頃、遅めの昼食に6元の牛肉麺を食べる。

三国志遺跡の諸葛軍塁

15:30頃、バスターミナル裏の大通りから23路のバスで諸葛軍塁に到着。久しぶりの三国志遺跡で諸葛亮が北伐で魏の司馬懿と対峙するために土塁を築いた場所だ。
バスからでも、それっぽい公園になっているのですぐに分かった。公園には諸葛亮の像があるが、土塁は残っていない。

石碑があったが字はかなりかすれて判読しにくい。

15:50頃、23路のバスに乗車して秦州公交站へ向かう。16:00頃、秦州公交站から6路のバスで天水駅へ戻るが、かなり混雑している。天水駅へ戻る時は途中から乗車すると座れない。16:40頃、天水駅に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 265元 55元+35元×6
食費 15.6元
バス 8元 路線バス
合計 288.6元

南郭寺

08:30頃、ユースホステルを出て9路のバスで天水中心部の秦州区へ向かう。運賃は3元だ。09:20頃、南郭寺のバス停に到着。ここから南郭寺まで上り坂を進んでいく。10:20頃、南郭寺に到着する。入場料は20元だ。

南郭寺は天水の千年古刹で創建時期は不明であるが、唐の詩人 杜甫が天水(秦州)に滞在した時に「山頭南郭寺、水号北流泉・・・」と詩を詠んでいる。宋代には妙勝院とも称していた。清代に乾隆帝より護国禅林院の名を下賜される。現存する建築物は清の順治、乾隆、光緒年間の物である。

杜甫の詩にも出てくる古刹なので観光客が結構いる。駐車場とかは整備されているが、寺の建物は古いままなので雰囲気は保たれている。

一応参考までに入場券と南郭寺のバス停。

李広墓

昼頃、南郭寺のバス停から26路のバスに乗車して眼科医院のバス停で下車して、李広墓を目指すが道を間違えて1時間以上無駄にして、13:35頃、李広墓に到着する。

バス停から李広墓までは5分ほどの距離であった。入場料は20元だが近所の老人や子供が自由に出入りしていた。

李広は前漢 の前将軍で70回以上も匈奴と戦い匈奴から飛将軍と怖れられた名将だ。

14:30頃、24路のバスで秦州西客站へ向い、1路のバスに乗り換えて麦積区の天水駅へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
バス 9元 路線バス
南郭寺 20元
李広墓 20元
合計 61元

街亭へ行こうとして失敗する

今日は天気が曇りだが三国志遺跡の街亭古戦場を目指す。天水から街亭古戦場へ行くには、まず秦安か張家川へ行かなければならない。

08:10頃、天水駅前で秦安行きのバスに乗車する。天水駅前東側には秦安、清水、蘭州などへのバスが待機している。秦安、清水といった近郊へのバスは客が集まり次第の出発のようだ。天水駅前西側の34路の麦積山行きのバス停近くは需要があるか疑問だが上海、深圳といった長距離バスが待機している。

09:00頃、客が集まり出発する。天水→秦安の運賃は30元だ。高速道路をアクセル全開で爆走しながら、10:05頃、秦安汽車站に到着する。

秦安汽車站の時刻表

バスの情報を確認すると、麦積汽車站までの運賃が20元になっている。天水駅前からだと10元も高いじゃないか!失敗したよ。

秦州汽車站からだと15元なので、これだと6路尾のバスで秦州区へ移動して秦安行きのバスに乗車した方が安く済む。それに秦州からの方が10分間隔でバスが運行されているので待ち時間も少ない。

秦安-天水のバスの情報を確認したが、街亭方面へ行く張家川、龍山のバスがない。その辺の路上から出ているのだろうか?

秦安

10:20頃、バスターミナルから5分ほどの所にある興国寺(兴国寺)を訪れる。興国寺は秦安県博物館になっており見物はするが、わざわざ訪れるほどではなかった。

300mほど東にある秦安文廟は閉まっており見物できず。すぐ近くの明や清の街並みを再現した上関明清一条街は、ただの商店街であった秦安は特に見物するところはなさそうだ。

探し方が悪いのか街亭方面へのバスも見つからなかったので、11:05頃、秦安汽車站から天水中心部の秦州へ出発する。11:55頃、天水汽車総站に到着する。

玉泉観

12:25頃、玉泉観にやってきた。入場料は20元だ。

玉泉観は唐代に創建された道教寺院だ。

道士が各所におり建物を撮影しているだけで、線香あげるか聞いてくるので困る。

西湖車站

13:20頃、玉泉観から西湖車站へ行くが、使えそうな路線は無かった。

西湖車站の運賃表

伏羲廟

13:50頃、伏羲廟に到着する。

伏羲は三皇の一人であり中華民族の祖先である。

伏羲廟は元代に創建された伏羲を祀る廟である。

北宅子

14:30頃、伏羲廟から北宅子へ向かう。途中で昼食に牛肉麺を食べて、15:20頃、北宅子に到着する。

北宅子は明の万暦年間に建てられた胡氏の四合院邸宅である。

15:50頃、6路のバスで天水駅へ戻る。ユースホステルに戻り失敗した街亭行きの方法を再度考えたが、よく調べると秦州区の南湖車站から街亭の近くにある龍山(龙山)行きのバスがあった。これで明日は天気さえ良ければ街亭へ行けそうだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
バス 30元 天水駅→秦安
バス 15元 秦安→秦州
バス 3元 路線バス
玉泉観 20元
伏羲廟 40元
合計 125元

三国志遺跡・街亭古戦場

街亭古戦場を目指す

06:20頃、天水駅で6路のバスに乗車する。07:00頃、秦州公交站に到着し、そのまま南湖車站へ移動するが、街亭方面への隴城(陇城)、龍山(龙山)や張川(张川)のバスはまだおらず。

とりあえず待合室で待っていると張川行きのバスが来たので乗車する。
張川行きのバスは天水駅を経由するようなので南湖車站まで来なくてもよかった。

07:50頃、料金徴収が始まり張川までは28元で、運賃表より8元高い。運賃表は2011年の物でインフレで運賃が上がっていた。

08:00頃、南湖車站を出発する。08:30頃、麦積区まで来るが満員なので天水駅には寄らずに張川へ向かう。10:05頃、張川に到着する。

張川→龍山

張川は張家川回族自治県の中心地で街の中はイスラム教徒の回族が多い。バスターミナルは1つだが張川汽車站と張家川汽車站の2つの看板が付いていた。2つの名称が付いていると紛らわしい。だから天水で張家川行きのバスを探しても見つからないわけだ。行き先が張川で表示されていたから・・・。

まあとにかく、まずはバスの情報を確認だ。時刻表を確認すると天水行きは天水駅のある麦石区の麦石汽車站行きが一番多いようだ。これなら秦州区の南湖汽車站から乗る必要はなかったな。

肝心の街亭古戦場のある龍山や隴城方面のバスは少ない。近郊へのバスは農村部だと重要な交通手段で需要があるはずなのだが・・・。バスでなく乗り合いタクシーがあるのか?

バスターミナルを出て周辺を探してみる。バスターミナル前の通りを西へ行くと龍山行きのバスが発車しているのを見つけ、10:30頃、龍山行きのバスに乗車する。運賃は3元だ。11:00頃、龍山に到着する。

バスターミナルの龍山汽車站でバスの情報を収集すると、街亭古戦場近くの隴城(陇城)を通過する秦安行きのバスがあるが本数が少ない。バスターミナル前にタクシーが集結していたので運ちゃんたちに街亭に行くか聞くとすぐ出発ということで乗車する。運賃は5元だ。

ちょうど客が集まり出発するが街亭とは反対の張川の方へ走っているではないか?GPSを確認しても西へ行かずに東へ走っている。隣の兄ちゃんに街亭へ行くのか聞くと「行かない」の返答が・・・。騙されたよ!

ちょうど、おばちゃんが降りたので降りて龍山へ歩いて戻る。すると運ちゃんが金払えと追いかけてきたよ。おいおい!街亭へ行くと言って実際には行かないのでは金払う必要性がないではないか。猿の運ちゃんを相手にしても時間の無駄なので無視していたら諦めたよ。

思わぬ所で騙され3kmも余計に歩く羽目になってしまった。忘れていたが、ここは中国だ!騙す奴より騙される奴の方が悪いという弱肉強食の世界だ。特にタクシーの運ちゃんは信用してはならない。中国人ですらタクシーの運ちゃんに騙されボッタクられるのだから。

龍山→隴城

12:25頃、龍山に戻りバスターミナルから西へ行った所に隴城(陇城)行きのタクシー集結場所を見つける。運賃は5元だ。客が集まり次第の出発で、12:40頃に出発する。

途中で客を乗せたりして、13:00頃、隴城(陇城)に到着するが街亭はどこだ?乗客の兄ちゃんが指さした先にはネットで見たことのある碑亭がある。街亭付近のようだが街亭の石碑は見あたらず龍泉となっている。石碑は山の上に移転したという情報をネットで入手していたので周辺を捜索してみる。

街亭古戦場を探す

周辺を歩いていたら山の上に西番寺という千年古刹があったので見物してみるが、街亭古戦場に関する情報は手に入らず。

隴城(陇城)の通りに戻ってみると観光案内の標識を発見する。街亭古戦場まで2kmのようだ。途中には女媧祠もあるようなので一緒に見物できそうだ。

媧皇故里の牌坊を通り道なりに進むと女媧祠が見えてきた。女媧祠は後回しにして街亭古戦場を目指す。

さらに歩いていくと媧皇故里の石碑が見えてきた。ここで道が分かれており、どちらに進むか迷う。右へ行くと女媧洞があるようなので右へ進む。

女媧洞

女媧洞を通り過ぎてさらに歩くが街亭古戦場には到着しない。道を間違えたようなので引き返して女媧洞に立ち寄る。

小さな洞窟と女禍の壁画があるが詳細は不明だ。

先ほどの分岐点に戻ってきた。今度は左の道を進むが、何やら畑とかばかりで違うような気がする。

街亭古戦場の近くに来ているのは確実なのだが、時間の都合で今回は諦めて女媧祠を見物していく。

女媧祠

女媧祠は元々は隴城の北にある龍泉山に漢代以前に建立されたが清代に現在の場所に移されたそうだが文化大革命で破壊され現在の女媧祠は1989年に再建されたものだ。

女媧祠を見物していると女媧祠の前に観光地図があるのを発見する。観光地図には街亭古戦場が表記されており、どうやらすぐ近くの山のようだ。

それらしい山を登ってみるが畑と民家ばかり見える。畑に地元民のおっちゃんがいたので、ここが街亭か聞いてみたら「石碑はあっち!」と教えてくれた。

街亭古戦場に到着

教えられた方へ進むと街亭の石碑に到着する。

ここが街亭古戦場だ。確かにここは周辺に川はないし、火攻めに遭ったら逃げられないな!

そして、街亭古戦場は観光開発が行われようとしている。ようするに三国志で町おこしをするようだ。2014年6月現在、地元政府が開発業者を探しているようで、計画では3億元(約54億円)かけて、馬謖陣営などの施設を建設するようだ。

山を降りると女媧祠のすぐ近くに出た。これは案内標識ないと行き方がわからないよ!これじゃ、ただの路地で気づかないよ!

街亭の石碑は女媧祠の南東にある山の上にあった。目印は山に立つ携帯電話の基地局だ。基地局のアンテナが立つ山に街亭の石碑がある。

16:05頃、隴城(陇城)の通りで秦安行きのバスに乗車する。16:30頃、隴城(陇城)を出発する。17:00頃、蓮花(莲花)に到着して、17:30頃、蓮花(莲花)を出発する。18:35頃、バスターミナルの秦安汽車站に到着する。

ここで天水の秦州行きのバスに乗車する。すでにバスターミナルは閉まっており秦州行きのバスが数台停車しているだけで、危うく天水へ戻れなくなるところであった。19:30頃、天水の秦州区に戻り、6路のバスに乗車して、20:05頃、天水駅へ到着する。

1日かかって街亭古戦場へ行くことになってしまった。途中で騙されたりして時間を無駄にした部分があるが何とか目的は達成できた。ユースホステルへ戻るが、今日は宿泊客が多い。団体が来ているようだが、姉ちゃんたちが遅くまで騒いでうるさい。

さらに1つしかないシャワー占領されて使えなかったし、おまけにトイレに籠っている時間が長いよ!トイレに籠もられると洗面台使えないので歯磨いたり顔洗ったりするだけで2時間以上待たされるのは勘弁してほしい。

GPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

南湖汽車站
N 34°34’35.07″
E105°43’07.92″
麦石汽車站
N 34°33’47.03″
E105°53’56.37″
張川汽車站(張家川汽車站)
N 34°59’35.89″
E106°12’25.23″
龍山汽車站
N 35°02’20.70″
E106°05’09.83″
女媧洞
N 34°59’27.15″
E105°59’15.14″
女媧祠
N 34°59’54.63″
E105°58’42.00″
街亭古戦場
N 34°59’46.68″
E105°59’00.86″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
バス 28元 天水→張川
バス 3元 張川→龍山
バス 5元 龍山→隴城
バス 20元 隴城→秦安
バス 15元 秦安→秦州
バス 6元 路線バス
合計 83元

三国志遺跡・姜維墓

鉄道で天水→甘谷

06:30頃、ユースホステルを出て天水駅へ向かう。今日は甘谷の姜維墓を目指す。

まだ夜明け前で真っ暗なのだが、すでにすぐ近くの第七中学の学生が登校しているが、どの自転車のライトも点灯していない。いや、ライトが装備されていないのだ。日本なら無灯火で自転車に乗っていたら警邏中の警官から職務質問受けてしまうが、中国では無灯火、ライト未装備でも問題ないようだ。学校でちゃんと自転車を整備するように指導したりしないのか?中国の交通法規の不備が伺える。

06:50頃に天水駅で甘谷行きの切符を購入する。甘谷までの運賃は12.5元だ。

07:25発のK543次 重慶北→ウルムチ南に乗車して甘谷へ向かう。すでに列車が到着しており乗車して発車を待つ。

甘谷に到着

甘谷までは約30分で到着だ。08:05頃、甘谷に到着するが雨が降っている。

今日は失敗したかも・・・。

とりあえず、甘谷の街を調査してみる。甘谷駅の西に南北に延びる通りがあり路線バスが通っている。県城-水泥廠(县城-水泥厂)の案内板があるのが1路で北へ向かうが周辺農村部へのバスが出ている甘谷県渭北汽車分站行きで、南へ向かうのがバスターミナルの甘谷汽車站や甘谷中心部へ向かうバスだ。

そして、2路のバスが甘谷の観光地である大像山石窟、姜維墓のある六峰鎮へのバスが出ている県疾控中心、バスターミナルの甘谷汽車站や城区客運站へ行く。まずはバスターミナルの甘谷汽車站を調べてみるが蘭州と天水の秦州区へのバスが主要路線だ。

バスターミナル自体は客が少ないというかいなかった。利用客は少ないようだ。

これが甘谷の1路のバスと2路のバスの路線で、2路は環状線のように見えるが実際は甘谷・浙江商貿城が終点になっているので要注意だ。
ある程度調査をして2路のバスで甘谷疾控中心(バス停名は县疾控中心)へ向かう。

姜維祠

10:40頃、天水旅游政务网の情報通り甘谷疾控中心の前に停車している六峰鎮(姜家庄)行きのバスに乗車する。乗務員のおばちゃんに姜維墓へ行くか確認したら行くということで、そのまま待機する。

バスは30分間隔での運行で10:50頃、出発する。11:05頃、姜維墓の近くに到着したようで、乗務員のおばちゃんに目の前の道をまっすぐ行くようにと教わる。

未舗装の道をひたすらまっすぐ歩いていくと、11:15頃、姜公祠(姜維紀念館)に到着する。三国志聖地に到着だ。

姜公祠は名前の通り姜維を祀っている廟だが誰もいない。

扉は開いていたので勝手に見物していく。

雨が降ってきたりと撮影条件は最悪だが我慢である。

姜公祠の一番の見所は「姜維故里」の石碑と本殿の姜維像と姜維の一生を描いた壁画であろう。

特に壁画は力を入れて作成されているようで一見の価値ありだ。

姜維墓に落書きが・・・

次は姜公祠の裏山(南西)にある姜維墓へ向かう。姜公祠の左脇の道から、姜公祠の裏を通り舗装された山道を登っていく。東西に横切る送電線を越えたあたりで道が分かれており、舗装された右の道を進んで行き、12:20頃、姜維墓に到着するが墓碑には落書きがある。

一部の頭の中身がおサルさんな中国人の仕業だと思うのだが、どうして、英雄の墓に落書きをするのだ?
姜維の墓碑に落書きした奴は捕まえて公開処刑でいいような気がする。


12:50頃、姜維墓を離れて甘谷の街を目指す。13:05頃、バスの通り道に出る。徒歩で甘谷の街へ向かうが4kmほど歩くのでバスを待った方がよかった。

14:00頃、2路のバス停の東巷六峰小区(东巷六峰小区)に戻って来た。このバス停が姜維墓に一番近い甘谷の街のバス停だ。このバス停のある交差点から東へ行くと姜維墓へ行くことが出来るが、六峰鎮行きのバスで行って運ちゃんや乗務員に場所を教えてもらわないと迷う確率が高い。

バス停で2路のバスでバスターミナルの甘谷県城区客運汽車站(甘谷县城区客运汽车站)へ向かう。甘谷県城区客運汽車站からは天水の秦州区へのバスが運行されていた。秦州区の南湖車站で見たのと同じ型のバスがあったので南湖車站へ乗り入れているバスがあるのだろう。

再び2路のバスに乗車して甘谷駅へ戻ろうとしたが、2路のバスはバス停の案内だと環状線になっているが実際は甘谷・浙江商貿城が終点で環状線にはなっていなかった。チャイナクオリティの案内に騙される。これには注意が必要だ。

鉄道で甘谷→天水へ戻る

15:30頃、甘谷駅に戻り天水行きの切符を購入するが、購入時に切符に氏名と身分証番号を入力するのだが、氏名の部分が切符にはアルファベットで1文字しか印字されていなかった。

どうやら入力が面倒で1文字だけの入力になったようだ。この事から切符の実名制は外国人に対しては、どうでもよいことが伺える。甘谷→天水の運賃は行きと同じで12.5元だ。待合室(候车室)へ行くが手荷物検査はあったが、切符と身分証の確認はなく甘谷駅の警備は非常に緩いというか田舎の駅なので平和だ。

16:44発、西寧西→成都のK1060次で天水へ戻るのだが列車に遅れが発生しており、16分遅れの17:00に甘谷を発車する。

車内はカオス度がかなり高い。乗客が話している中国語が明らかに上海や北京で聞く中国語とは違う。ただでさえ分からない中国語がさらに謎の言語になっている。
荷物も肥料袋とかが多い。

隣の席の姉ちゃんはスマホをいじっており北京や上海にいても不思議のない今時の格好をしているのだが、その姉ちゃんの足元にはすぐ近くの農民工のおっちゃんが置いた肥料袋が置かれている。さらに車両連結部には、いかにも田舎者ですというおっちゃんたちが座り込んでタバコを吸っている。

同じ車両でこの差は一体何なんだ。日本では決して感じることのないカオス度というか、格差社会というか、この何とも表現の難しい世界が中国だ。

そして、GPSをいじっていると、横からおっちゃんが覗き込んでくる。中国ではGPSをいじっているといつも中国人は覗き込んでくる。日本では誰も一切興味を示さないのに、中国では後ろから覗き込んでいたり、これが何なのか聞いてきたり、値段を聞いてきたりする。

何で他人の物に、そんなに興味を示すんだ?GPSなんて北京の中関村で普通に売られているし、天猫とかのショッピングサイトで誰でも買えるじゃないか!珍しくも何ともないじゃないか!

18:06に天水駅到着。夕食に牛肉麺を食べてユースホステルへ戻る。 ユースホステルに戻るがトイレが2つしかなく、おまけに1つしかないシャワーは1階のトイレと一体型なので宿泊客が多いと全く使えない。

というか、水道水は何故かポンプで汲み上げているので水圧が不安定、いや実際はほとんど断水状態に近い。なので、使い勝手が非常に悪い。天水で貴重なユースホステルなのだが、これでは招待所以下ではないか!

GPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

天水駅
N 34°34’00.40″
E105°53’40.26″
甘谷駅
N 34°45’49.42″
E105°19’42.63″
甘谷疾控中心
姜維墓のある六峰鎮行きバス発車場所
N 34°44’27.86″
E105°19’52.49″
姜公祠
N 34°43’53.11″
E105°22’39.71″
姜維墓
N 34°43’47.70″
E105°22’29.89″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
切符 25元 天水↔甘谷
バス 3元 甘谷→六峰鎮
バス 8元 路線バス
合計 50元

雨で天水観光できず

朝から雨が降っており今日は外へ出られそうもない。おまけに朝からかなり冷え込んでおり寒い。ネットであてにならない中国の天気予報を確認してみるが、今日の天気は雨だ。今日は大人しくしているしかなさそうだ。

天水には木門道や祁山といった三国志遺跡があるのだが、ここ数日天気が悪いし、おまけにユースホステルのトイレ・シャワーは使い勝手が悪く天水にとどまる気が起きない。

天水に別の外国人OKのユースホステルがあればそちらへ移動して天水観光を続けたい。正直言って早く西安まで移動したい。夕方にインターネットの铁路客户服务中心で宝鶏行きの切符を予約購入して天水駅へ受け取りに行く。

夕方には雨が止んでいたが寒い。切符を受け取ったあとは夕飯に酸菜麺と蛋炒飯を食べるが、何やらまだ食べ足りないので牛肉麺を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
切符 23.5元 天水→宝鶏
合計 51.5元

世界遺産 麦積山石窟

今日も朝から雨が降っている。天気は悪いが、07:30頃、天水駅前から34路のバスで世界遺産の麦積山石窟へ向かう。運賃は5元だ。

08:20頃、駐車場に到着し入場券売場へ向かう。入場料は70元だ。

国慶節の時は大混雑していたが、今日は空いており観光客は自分一人だけだ。ここから石窟まで3kmほどあり、景区内の専用観光バスで行くこともできるが歩いていく。往復15元、片道8元と高いし。08:50頃、バスの駐車場に到着する。観光バスを使うほどの距離ではなく徒歩で十分な距離であった。

08:55頃、麦積山石窟に到着する。ここで特別窟の料金表を見つけるが、滅茶苦茶高い!
1つの石窟で400元とか、300元も取られる。まあ、それだけの内容なら誰も文句は言わないだろう。

さて、石窟を見て廻るが団体の観光客とかがいてうるさい。静かに見て廻れないのだろうか?それで、肝心の石窟なのだが、金網付きの扉で閉じられており仏像は金網越しでしか見られない。

蘭州の炳霊寺石窟は金網とかはなく見られたのだが、麦積山石窟は金網付きの扉で守られている。正直いってがっかりです。70元も払って金網越しもしくは扉だけしか見られないとは・・・。

ちゃんと見られるのはごくわずかの仏像だけであった。しかも撮影禁止の看板があるよ。撮影不可じゃ70元払った意味がないではないか!

がっかりしながら金網と扉を見ながら歩いていると、前方に6人ぐらいの団体がいる。そして、ガイドの姉ちゃんが扉の南京錠を開けた。何かと思って近寄って様子をうかがうが、その石窟の番号は特別窟ではなかった。どうやらガイドを頼むと扉を開けて説明をしてくれるようだ。

おまけに団体さんは写真撮影をしている。撮影禁止のはずだが・・・。さり気なくガイドの姉ちゃんに「石窟は撮影禁止でしょ?」と聞いてみたら「撮影できる」の返答が・・・。おいおいOKなのかよ!

念のためにもう一度聞いてみるがOKだった。OKなら遠慮せず撮影しちゃうよ!後からダメと言われても困るので、とにかく撮影だ。

しかし、一部で撮影はできたが、ほとんどの石窟は扉が閉まっているので撮影する機会はない。それと、中国人観光客は普通に撮影している。中国人観光客は許可とかは関係ないようだ。警備員も何も言わないし・・。

そして、扉や金網がある理由が分かった。扉に無数の漢字の落書きがある。扉や金網がなければ一部の心ない中国人観光客が何をするかは容易に想像できる。一部の心ない中国人観光客から世界遺産の麦積山石窟を守るためには扉や金網で石窟を保護しなければならないのだ。石窟保護のためでは、これは致し方ないな。

近くで麦積山石窟を見物するより、少し離れた所から麦積山石窟全体を見た方がいいだろう。まあ、富士山を近くで見るより遠くから見た方が綺麗というのと似たようなものかな?

石窟を出て少し離れた所から麦積山石窟を見るが、やはり1つ1つの石窟より全体を見た方がいい感じだ。あとは天気が晴れていれば文句なしなのだが・・・。天気が晴れていれば、トレッキングコースを歩いて周辺の寺とかを見てもよいのだが、天気が悪くてはトレッキングは無理だ。

昼は牛肉麺

11:40頃、駐車場に戻り天水駅へ戻る34路のバスを待つ。11:50頃、34路のバスに乗車して、12:40頃、天水駅に戻って来た。このままユースホステルへ戻るには時間が早いので6路のバスで秦州区へ向かう。運賃は3元だ。

13:25頃、秦州区中心部の秦州公交站に到着する。この頃になると天気が回復して晴れてきた。朝から晴れてくれれば良かったのに・・・。昼食に6元の牛肉麺を食べて、携帯電話屋を見て廻る。

中国の携帯電話屋

中国に長期滞在する場合は何だかんだ言って携帯電話があった方がよい。そこで中国の携帯電話を持とうと思うのだが、中国の携帯電話事業者はチャイナ・モバイル(中国移动)、チャイナ・ユニコム(中国联通)、チャイナ・テレコ ム(中国电信)の3社があり、中国ではある程度の規模の都市だとその辺を歩いていると必ず携帯電話屋がある。

中国最大手というか世界最大の携帯電話事業者は中国移動なのだが、3Gの電波方式がTD-SCDMAなので、日本では使えない。というか、TD-SCDMAは中国独自規格なので中国以外では使えない。

しかし、最大手なのでそこら中に店があるし端末の種類も多い。チャイナ・ユニコムは中国第2位の携帯電話事業者なのだが、店は少ない印象を受ける。

でも、3Gの電波方式はW-CDMAなのでドコモやソフトバンクと同じなので、SIMフリー端末を持っていれば中国でSIMカードさえ買えば使える。基本的に外国人はチャイナ・ユニコムが一番使い勝手がいいだろう。基本料金も3Gで1番安いのは月20元のプランだ。4Gだと基本料金が月10元のプランもあったりする。

チャイナ・テレコムは3Gの電波方式がCDMA2000でauと同じだ。
元々は固定電話事業者なのだが携帯電話事業もやっている。店舗数も多く、最大手のチャイナ・モバイルに対して攻勢をかけている印象を受ける。事前に各社のWEBサイトで料金プランを比較したのだが、チャイナ・ユニコムが基本料金を抑えられるので、ちょっと店を覗いてみる。

ユースホステルに戻るが同じ部屋の中国人に困っている。話をする限りなら非常に好感の持てる人物なのだが、それゆえに目の前で行われる行為に閉口してしまう。屁をするのは構わないのだが、人前で堂々とするのはやめてほしい。せめて部屋の外でやってくれ!

昨日部屋に来てから何回屁の音を聞かされたかわからない。中国では所構わず痰を吐くだけでなく屁もするのが当たり前なのか?いや、もしかしたら小日本の前で屁をこくように愛国主義教育が行われているのだろうか?小日本は犬猫と同じだから気にするなと・・・。

それと、瓜子の食べかすを床に撒き散らすのもやめてほしい。部屋を汚くしたら老板が掃除するの大変だろうに・・・。行動がその辺の農民工のおっちゃんたちと同じなのはどういうことなのだ?

外見は出張中のビジネスマンという感じなのだが、中身が農民工のおっちゃんと同じというのは・・・。また、自分の中の孔子と孟子の中国が崩れていく・・・。

GPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

麦積山石窟
N 34°21’04.21″
E106°00’09.25″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 16元 路線バス
麦積山石窟 70元
ATM手数料 12.5元
切符 25.5元 宝鶏→西安
合計 144元

陝西省旅行記~五丈原・乾陵編

K918次 硬座でラサ→西寧

shan3xi_0010900過ぎにユースホステルを出て徒歩で公交公司へ向かう。0920頃、武装警察が警備する公交公司に到着する。89路のバスに乗車して1010頃、ラサ駅に到着する。

shan3xi_002K918次の切符

shan3xi_003旅客健康登记卡

shan3xi_004ラサ駅は相変わらずの厳重な警備体制でX線検査で公安がバックパックの中身が怪しく見えたようで中身を見せるが金属製品はノートPC、コップ、盒飯の容器ぐらいだったので結果的には問題無し。改札時間を待っているとユースホステルのドミで一緒だったアムドのチベット族3人組に遭遇する。2人が蘭州へ帰り、1人は見送りという事であった。

shan3xi_005改札が始まりホームへ出て列車に乗り込む。既に車内はかなり混雑している。

shan3xi_006荷物の置き場所は確保できたので外へ出て機関車の撮影へと向かう。

shan3xi_007青海チベット鉄道の機関車といえば米国ゼネラル・エレクトリック社製NJ2型ディーゼル機関車だ。通常はNJ2型が3重連なのだが必要車両数が納入されていないのか購入できていないのか知らないがNJ2型2両+DF4D1両の編成になっていた。

shan3xi_008青蔵鉄路は硬座でも換票がある。

shan3xi_009定刻通り1120に発車するが車内は結構混んでいる。無座の乗客は居ない筈なのだが自分の足元には無座のチベット族のガキがいる。何やら硬座特有のサバイバルに突入しそうな雰囲気が・・・。発車後に乗務員が健康カード(健康登记卡)を回収しに来るが、回収の際に車内の写真撮影は禁止だと言われる。


そして、足元にいる無座のチベタンのガキだが、身長を誤魔化して切符無しで乗車していた様で乗務員に精算する様に言われて親共々連行される。1825頃、世界で最も高い所にある駅であるタングラ峠(唐古拉)を通過して鉄道の世界最高地点のタングラ峠(唐古拉山口)を越えてチベット自治区から青海省へと入る。

本日の出費
項目 金額 備考
バス 1元 路線バス
合計 1元

西寧に到着

shan3xi_0100100頃、ゴルムドにに到着する。ここで機関車交換の為に約20分ほど停車する。ここで一眠りして、0800頃に起きる。0820頃、青海湖を通過して1155頃、西寧に到着する。切符売り場で西安行きの切符を購入して待合室の売店で荷物を預けてタール寺の状況を調査しに向かう。

タール寺は平穏無事?

shan3xi_0111400頃、西寧体育館の近くのバス停・管理站から湟中行きのバスに乗車する。途中で客を乗せながらのんびり走るので1530頃、タール寺に到着する。

shan3xi_012タール寺は武装警察が警戒しているのかと思っていたのだが予想に反して平穏無事で武装警察はいなかった。ラサとは全く状況が違っていた。

shan3xi_013タール寺をちょっと見物するが表面上は特に緊張感は無い。

shan3xi_014大経堂では坊さんが問答をやっており普段通り修行をしているといった感じだ。敢えて言うなら観光客が少ない事ぐらいだ。湟中の街中では坊さんが普通に歩いておりラサでは考えられないほど自由になっている。でも、裏ではどうなっているか・・・。 1600頃、西寧行きのバスに乗車して1730頃、西寧に到着する。

L176次 硬座で西寧→西安

shan3xi_015L176次 西寧→西安の切符

shan3xi_0161800頃、イスラム食堂で夕飯を食べて西寧駅へ向かう。1900頃、西寧駅に到着する。改札は既に始まっており売店で荷物を回収して改札口を通過、そのままホームへ向かい乗車する。

shan3xi_017切符は3号車になっているのだが3号車は閉鎖されており、どうやら客が少ないので座席指定でも空いている席に座らされて自由席扱いらしい。定刻通り1925に発車して西安へと向かう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.5元
鉄道 57元 硬座 西寧→西安
バス 1元 路線バス
バス 11元 西寧⇔湟中
荷物保管 6元
合計 88.5元

トイレ糞塗れで西安到着

shan3xi_0180800過ぎに宝鶏駅に停車中に目が覚める。宝鶏駅を発車して糞をしにトイレへ行くのだが、トイレは凄い事になっていた。人民の糞が山盛りになっているのだ!トイレの水は一応流れるのだが糞は山盛りの状態だ。

そして、便器の外にも人民の糞が・・・。仮に日本ならこういうトイレは使わないのだが、ここは中国だ!このまま糞をせずに出ると西安到着までに確実に漏らす!ここは山盛りの糞を見なかった事にして糞をする。

shan3xi_019しかし、便器の外に人民の糞があるのはどういう事なのだろうか?それにちゃんと便器の穴に糞をしていれば線路に糞が投下されて山盛りにはならないのだが・・・。1010頃、西安に到着する。611路 のバスで鐘楼へ移動する。

西安鐘楼国際青年旅舎

shan3xi_020鐘楼で下車して郵便局の建物内に西安鐘楼国際青年旅舎があるのだが入口が隅にあり少々分かり難い。

shan3xi_021しかし、ドミは空いており10人ドミが会員料金で1泊30元だ。

ひき逃げ事件発生

shan3xi_0221415頃、鐘楼から603路のバスに乗車して青龍寺へ向かう。1520頃、終点の青龍寺で下車して青龍寺へ向かうが途中でひき逃げ事件が発生する。路上に血だらけの兄ちゃんがおり野次馬が大勢集まっている。そして、救急車が到着して血だらけの兄ちゃんが運ばれて行った。路上には血の跡が残り公安が到着して現場検証を始めていた。

青龍寺

shan3xi_0231600頃、青龍寺に到着する。

shan3xi_024ここは隋代に創建され弘法大師空海が密教を学んだ寺として知られているようだ。入場料は10元だが外から見物するだけにしておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.9元
宿泊費 60元 1泊30元×2
バス 4元 路線バス
ユースホステル会員証 50元
合計 159.9元

L7353次 硬座で西安→蔡家坡

shan3xi_0250800頃に起床する。寝坊した!今日は三国志ファンの聖地である五丈原へ行くつもりであったが寝坊した。予定では既に列車に乗っている筈だったのだが・・・。

shan3xi_0260900頃、西安駅へ行き五丈原に最も近い蔡家坡への切符を購入する。

shan3xi_027発車は1212なので駅の待合室で昼寝しながら改札が始まるのを待つ。 1140頃、改札が始まり列車に乗車する。定刻通り1212に発車して1415頃、蔡家坡に到着する。

shan3xi_028蔡家坡駅を出て五丈原行きのバスを探すが路線バスとボリタクしか見当たらない。

shan3xi_029駅前から2路のバスが汽車站へ行くのを見つける。バスには乗らずに歩いて行く事にして駅を出て右(西安方向・東)へ歩いて途中の地下道から線路を越えて蔡家坡の南側へ出る。東西に伸びる通りを2路のバスと宝鶏からのバスが行き来 しているので汽車站に近づいているのは間違いないだろう。

五丈原

shan3xi_030バス停の標識を確認しながら通りを東へ進むと蔡家坡汽車客運站に到着する。1440頃、バスターミナル到着である。

shan3xi_031事前の情報では陝汽行きのバスが五丈原を通過するという事なので車掌のおばちゃんに聞いてみたら五丈原の脇を通るとの事で陝汽行きのバスに乗車する。運賃は2.5元。

shan3xi_032乗客が集まって発車して1500頃、五丈原らしい丘が見えてきた。そして、道路標識にも「諸葛亮廟(诸葛亮庙)」とあり、ここで下車してひたすら歩いて行く。

shan3xi_033前方に五丈原が見える。

shan3xi_0341540頃、諸葛亮廟に到着する。

shan3xi_035ついに三国志聖地である五丈原へやって来た。普段は入口だけ見て帰る自分だが今日は入場券を買って諸葛亮廟を見物する。

shan3xi_036入口の山門には魏延と馬岱の像があり、「この組み合わせはマニアを意識したものか?」といきなりマニアの心を捉えている。(孔明の死後に魏延は馬岱に斬られている)

こちらは魏延。

shan3xi_037馬岱。

shan3xi_038諸葛孔明。

shan3xi_039諸葛亮衣冠塚。

shan3xi_040建物のほとんどは清代の物であるが廟は徐々に拡張されているようで「三国志で村おこし」は確実の様である。廟を一通り見物して五丈原からの眺めを楽しむが曇っていて遠くが見えない。

shan3xi_041五丈原を降りて麓には諸葛泉があったのだが泉とは名ばかりでゴミ捨て場と化していた。「人民よ。三国志で村おこしする前にお猿さんから人に進化する必要があるんじゃないか?」と文句を言いたくなる光景であった。孔明が草葉の陰で泣いているぞ!

shan3xi_042

バスで蔡家坡→西安

shan3xi_0431630頃、バスを拾って蔡家坡汽車站へ戻る。行きは2.5元だったが帰りは2元だった。ぼられたのか?

shan3xi_044蔡家坡汽車站へ戻り西安行きの切符を購入してバスに乗車するが切符代は25.2元になっている。0.2元は站務費となっているのだが、切符を買わなければ25元で西安まで行ける。で、乗客のほとんどは切符を買っていない。さすが中国!切符を買わないほうが安く済む。正直に買うと高くつく。これじゃあ、初めから切符売る必要ないじゃん!

バスの発車時間は1650だが、いつもの事ながら客が集まらないので1700頃に出発して、更に高速の入口で再び客が集まるのを待つ。運ちゃんは落花生を喰いながら同じく客待ちしている運ちゃん仲間と世間話・・・。仕事やる気無しだ。結局、客が集まらないまま1720頃、西安へ向けて高速を走るが高速道路で客を拾いながら走るので危ない!

中国は日本と違って高速道路にバス停は無い。でも、どこからともなく人民が高速道路に侵入してバスをヒッチハイクするのである。なので、何時でも何処でもバスは急停車で危ない。因みに高速道路では人民はバスをヒッチハイクするだけではない。地元の農民が高速道路で勝手にりんごやみかんの直売をしているのだ。中国は何でもありである。1900過ぎに城西客運站に到着する。252路のバスに乗り換えて鐘楼へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
鉄道 15元 硬座 西安→蔡家坡
バス 2元 路線バス
バス 4.5元 蔡家坡→五丈原
バス 25.2元 蔡家坡→西安
合計 76.7元

陝西歴史博物館

shan3xi_0451000頃、西安駅へ行き明後日の杭州行きの切符を購入して、大雁塔の近くにある陝西歴史博物館へ行く。

shan3xi_0461130頃、陝西歴史博物館に到着する。ここも去年から無料化されたのでパスポートがあれば入場券を貰い見物する事が出来るのだ。

shan3xi_047展示内容は陝西省の歴史が中心なので秦、漢、唐の展示物が非常に多い。

shan3xi_048そして、展示物はかなり重要な物があるようで館内は武装警察が巡回しているほどの厳重な警備だ。

shan3xi_049まあ、それだけ展示物が凄いという事だな。自分にはさっぱりであったが・・・。

shan3xi_050

本日の出費
項目 金額 備考
食費 31.8元
鉄道 93元 硬座 西安→杭州
バス 3元 路線バス
合計 127.8元

城西客運站→乾県高速汽車站

shan3xi_0510755に目が覚める。又寝坊した。昨日、西安駅前でバス代45元の乾陵、茂陵、法門寺、咸陽博物館のツアーを見つけて何時に出発するかを聞いたら 0700-0800に出発すると聞いていたのでツアーに参加するつもりであったが見事に寝坊した。仕方が無いので自力で乾陵か茂陵へ行くことにして鐘楼から252路のバスで西安城外の西にある城西客運站へ向かう。

shan3xi_0521000頃、城西客運站に到着して乾陵のある乾県か茂陵の近くを通る興平行きのバスを探すが両方ともある。とりあえず、乾県行きの切符を購入する。高速と普通の2種類あったが奮発して高速の切符を購入する。

shan3xi_0531015頃、バスが出発して高速道路を爆走して1120頃、乾県高速汽車站に到着する。

乾陵

shan3xi_054乾県の街から乾陵までは3路のバスがあるという情報を入手していたので乾県の街を歩くと街の北側から3路のバスが出ているのを見つける。3路のバスに乗車して乾陵まで移動する。途中で懿徳太子墓(則天武后の孫)と泰平公主墓(則天武后の孫)を通り過ぎて1230頃、乾陵に到着する。

乾陵は中国で唯一の女帝である則天武后と唐の第3代皇帝高宗の陵墓である。入場料は45元だが秦始皇陵の時みたいに陵墓の登って終わりのような気がするので外から見るだけにする。

shan3xi_055乾陵の次は懿徳太子墓へ行くがここは入場料が30元で素通り、そして、泰平公主墓は40元でここも外から見るだけにする。

shan3xi_056乾陵博物館になっている永泰公主墓。

人民の集まる所に事件・事故あり

shan3xi_0571430頃、乾県の街に戻りバスターミナルを探していると、やたらと人口密度の高い場所がある。この場合は事件か事故というのが相場だ。近寄って様子を窺うとタクシーが荷台付きのバイクに追突している。まあ、中国ではよくある光景だろう。それにしても野次馬の数が多いな。

shan3xi_058事故現場を離れ乾県汽車站を見つける。ここは高速を走るバスはなく、普通のボロバスが運行しているようで西安行きのバスもあった。バスに乗る前に回族のイスラム食堂で遅めの昼食に炒飯を食べる。

1530頃、西安行きのバスに乗車してのんびり西安へと向かう。途中で漢の武帝の陵墓である茂陵の近くを通るが、さすがに降りて歩いて行く気は無いのでそのまま西安へと戻る。1715頃、西安の城西客運站に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 23.2元
バス 19.5元 西安→乾県
バス 15元 乾県→西安
バス 2.5元 乾県→乾陵
日用品 8.9元
合計 69.1元

南京旅行記~三国志遺跡編

K382次、硬座で漢口→南京

nanjing0011700過ぎにユースホステルを出てバスで漢口駅へ向かう。今回は2008発のK382次に乗車するのだが夜に列車に乗車するのは天津北駅で大同行きの2062次に乗って以来だと思う。夜発の列車は出来れば避けたかったが南京行きの列車がこれしかないのでどうしようもない。

nanjing002584路と603路を乗り継いで1830頃、漢口駅に到着する。

nanjing003漢口駅は子供のスリたちがいるので用心して歩くが見当たらない。夜だから帰ってしまったのだろうか?

nanjing004どちらにせよ無事に駅の待合室へ辿り着くが既に人で一杯だ。

nanjing005こうなれば改札口で先頭を陣取るしかない。

nanjing0061935頃に改札が始まるが先頭にいたので余裕で4番ホームへ向かう。

nanjing007今回は硬座なので車両はYZ25Gだ。もちろん空調付きだ!自分にはかなり豪華な車両であり乗り心地もそこそこ良い。列車は定刻どおり2008に発車するが外は真っ暗で起きていても意味が無いので寝ることにするがここで思わぬ落とし穴が・・・。乗り心地がそこそこ良いYZ25Gだったが寝ようとすると尻が痛くなって眠れない。中国の車両は新しくても眠れるほど乗り心地は良くないようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
バス 2.7元 路線バス
合計 15.5元

南京到着

nanjing008尻が痛くても少しだが眠れたが0530頃に目が覚めた。外はまだ真っ暗だ。0600過ぎにようやく夜が明けてきたが車内放送が始まり列車が遅れていることを知らされる。寝ている間に列車が遅れていたようだ。

nanjing009南京駅には約1時間遅れの0800頃に到着する。

nanjing010久しぶりの南京駅だが駅舎が新しくなっておりホームも近代的で凄い。以前は工事の真っ最中だったが今は南京の玄関口としての立派な駅になっている。しかし、ここで驚いている場合ではなかった。出口を出ると地下鉄があり、路線バスターミナルも新しくなっており以前の南京とは全く違っていた。変わってないのは1元の路線バスが相変わらずのオンボロバスだったぐ らいだ。

南京国際青年旅舎、南京大学

nanjing011南京での拠点は南京国際青年旅舎と決めているので13路のバスで五台山北站へ向かう。南京大学の近くなのでおおよその場所の見当は付いている。

nanjing0130840頃、五台山北站で下車すると目の前に看板が出ていたので地図を確認することも無く南京国際青年旅舎に到着する。とりあえず、3泊することにするが、更に10泊することはほぼ確定している。

南京は物価が高い

nanjing012昼頃、近くの餐厅で昼食を食べるが物価が高いように感じる。確かに内陸部と比べれば高いのだが留学していた時はもっと安かったような気がする。でも、当時は毎日果汁100%のジュースを飲んでいたりと今では考えられない贅沢をしていたから基準が今と比べるとかなり曖昧だな。

昼食を食べた後は13路のバスで莫愁湖公園へ向かうのだが以前南京を訪れた際に購入した公交IC卡を試しに使ってみたら普通に使えた。確か当時は最後の補充日から2年が利用期限だった筈だが問題なかった。唯一違っていたのは割引率が4割から2割になっていたことだ。これは調べてみると原油価格高騰が原因らしい。それと、自分が持っている 公交IC卡は旧式で今月中に現在流通しているのに交換しないといけないようだ。旧式は地下鉄で使えないとか・・・。

nanjing0151250頃、13路のバスで莫愁湖公園に到着する。莫愁湖公園は南京でも有名な公園なのだが入場料が15元もするので当然ながら入口を見るだけにする。

南京大虐殺紀念館

nanjing016莫愁湖公園まで来たのだからついでに南京大虐殺紀念館も見ていくことにするが当然まだ工事中だ。

nanjing01712/13新装オープンなのだがどうなっているかだけ確認しに行くが道路工事の真っ最中だった。

nanjing018敷地内もまだ工事中で期限までに間に合うのかと思ってしまうが、いざとなったら徹夜で仕上げるのだろう。

石頭城、駐馬坡

nanjing0191415頃、石頭城に到着する。石頭城は孫権が建業に築いた城壁の址であり現在は公園となっている。以前は城壁の内側は有料の公園である国防園だったが今 回訪れてみたら無料になっていた。この後訪れた清涼山公園、烏龍潭公園も無料化されていた。

nanjing0201440頃、石頭城に程近い清涼山公園を訪れる。ここには諸葛 孔明が呉を訪れた際に馬を停めて「帝王の地・・・」だとか言った場所だ。駐馬坡を訪れる前に用足しにトイレに行ったのだがここで予想外の光景を目撃することになる。公園のトイレと言っても無料で扉付き、水もちゃんと流れるのだがおっさんが扉を閉めずに脱糞中だった。どうして、扉があるのに開けたままで糞を しているんだ?まさか、中国には脱糞中の姿を人に見てもらいたい変態がいるのか?
nanjing021このおっさんは南京人だろうか?いや絶対違う!きっと農村から来た農民工だろう。おぞましい光景を目撃しながらも用足しを済ませ駐馬坡を見物する。

烏龍潭公園の諸葛飲馬處が撤去されていた

nanjing0221500頃、烏龍潭公園に到着する。以前は有料なのに人気の無い汚い公園だったが訪れてみたら綺麗に整備され散歩する人民がいるではないか!無料になってこんなに綺麗になっているとは凄い。

nanjing023しかし、諸葛飲馬處の石碑が見当たらない。公園が綺麗に整備された際に石碑が撤去されてしまったようだ。三国志遺跡がひとつ消滅してしまった。公園はまだ整備中なので復活してくれれば良いのだが・・・。

ゴミ箱にあった広告

nanjing024南京のゴミ箱にはこんな広告があった。中絶の広告のようだで「3分钟无痛终止(3分で痛み無し)」とあり料金は450元だ。中国には中絶や性病の広告がや たらと多い。それだけ後先考えない輩が多いのだろう。

nanjing025そして、この広告には処女膜修復が400元というのまである。う~ん、処女膜修復しないと都合の悪い人たちがたくさんいるという事なのだろうか?それにしてもこういった広告が学校や幼稚園の傍とか所構わずそこらじゅうにある中国は色々な意味で凄い。日本だと場所を限定して包茎手術の広告で精一杯だろうか?

同じドミの大学生は・・・

宿に戻りHP作成中に同じドミの大学生2人が戻ってきた。この2人はこちらが日本人だということを知っていたのだがA女史は日本語を勉強しているようで日本語が少し話せる。もうB女史は英語が専攻なのだがこちらは英語が全く分からない。2人は大学は別々で就職活動か旅行で南京に来ていた。

B女史は西安の大学生でA女史は聞いて無いので分からない。どうやら2人は南京に1人で旅行に来ている日本人が珍しいようで「今までどこを見てきたの?」とか色々聞いてくる。A女史には日本語のちょうど良い練習相手のようだ。西安に行ったことを言うと西安の大学生であるB女史が話に喰らい付いてきた。

B女史が「兵馬俑は行ったでしょ?他にどこ見てきた?」というので、「張学良公館、楊虎城紀念館とか」というと「大学に日本人の友人がたくさんいるけど、張学良や楊虎城を知っている日本人に会うのは初めてです」と驚いた様子で話してきた。確かに張学良や楊虎城を知っている日本人は多いとはいえないだろう。

そして、中国の話題から日本の話題へと移るとB女史が「うちの先生が日本に行った事があって日本の新幹線は高いって言ってたけどどうなの?」とか、A女史が「渋谷は若者の 街なんでしょ」とか聞いてくる。2人とも日本には興味があるようだ。今回宿泊のドミトリーは6人部屋だが外国人は自分一人で、残りは大学生5人だった。

そして、部屋にはエアコンが付いているのだが温度が30度に設定されていた。温度高すぎだろっ!それに自分にとってはエアコンは必要ないので停めておいても、いつの間にか稼動している。中国の大学生はお坊ちゃんやお嬢様ばかりで暑さや寒さを気合で乗り切るということは出来ないようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.7元
宿泊費 90元 1泊30元×3
バス 2.6元 路線バス
合計 110.3元

阮籍墓

nanjing0260930頃、宿を出てまずは阮籍墓へ向かう。バスで集重門近くまで行き1000頃、南京市第四十三中学に到着する。中学校の敷地内に阮籍墓はあるので、門番のおっちゃんに阮籍墓の見学許可を貰い敷地内へ入る。

nanjing027以前来た時は荒れ放題だったのが綺麗に整備されているではないか!南京で数少ない三国志遺跡でしっかりと保存されている。因みに阮籍は竹林の七賢のひとりで白眼、青眼の語源になった人物だ。阮籍墓を見物後は近くで遅めの朝食に3元で炒飯を食べる。この周辺は古い建物が多く安食堂が残っており物価が安かった。

公交IC卡を交換、地下鉄に乗車

nanjing0281100頃、地下鉄の安徳門駅を訪れる。

nanjing029地下鉄の乗車するのと公交IC卡を交換する為に来たのだが、試しに持っていた旧式の公交IC卡を改札機に当てても何の反応も無かった。確かに旧式は使えなかった。そのまま窓口で交換の手続きをして地下鉄に乗車するが安徳門だと地上を走っている。

nanjing030列車に乗車し発車するとVVVF音が聞こえてくる。車両はALSTOMの車両を元に南京で生産されています。

nanjing031車内は清潔で液晶テレビもある。路線バスのようにゴミは散らかっていない。利用客は都市部の人ばかりで農民工は1人だけいた。尿素と書かれた袋を抱えていたので遠くからでもすぐに分かった。地下鉄は運賃が高いのでほとんどの農民工は路線バスを利用するのだが・・・。自分も特に理由が無ければ地下鉄でなく運賃の安い路線バスを利用する。

nanjing032旧式の公交IC卡

nanjing033新しい公交IC卡

南京駅は最先端の駅

nanjing034昼頃、南京駅に来てみたが雨が降っている。これでは外から撮影できないし午後はどこへも行けない。今日は售票厅だけ見て帰ることにする。

nanjing035南京駅の售票厅は 一言で言って凄い。窓口はたくさんあり電光掲示板に表示される切符の状況も見やすい。今まで利用してきた駅の中で最も利用しやすくなっている。中国で最先端の駅と言ってもよいだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
地下鉄 2.85元
バス 3.2元 路線バス
合計 18.05元

中山陵園風景区年票を購入

nanjing0360900頃、20路のバスで明孝陵へ向かう。今日は孫権墓を見るのと世界文化遺産の明孝陵を見るのが目的だ。0930頃、明孝陵に到着するが以前訪れた時と大きく変わっていた。以前は神道の一部が無料で見られたのだが完全に整備され入口まで変更されており入場しないと見られないようになっている。道路も変わりバスの経路も変わっていた。

明孝陵の入場料は70元で、明孝陵、中山陵のセット券(套票)は130元なのだが、一般の観光客は2つのどちらかを購入するのだろうが、自分は南京へ来た当日に道端の掲示板に張られていた南京日報の記事やインターネットで2008年版の年票が発売されていることを知っている。(元ネタ

2008 年版の年票は明孝陵(70元)、中山陵(80元)、美麗宮(15元)、白馬公園(10元)、中山植物園(50元)、紫金山天文台(15元)、山頂公園(4 元)が2008年末まで何度でも利用できるという、まあ簡単に言えば年間パスポートだ。年票は毎年発売されており今年は150元での販売になっている。1年間利用し放題だが各景区に1回行けば元が取れるのでかなりお得だ。

年票の存在を知ってしまうと1回しか使えない套票なんて馬鹿らしくて買おうとは思わな いだろう。入場券売場には年票についてのお知らせは一切無い。一般の観光客が年票の存在を知ってしまったら通常の入場券や套票が売れなくなってしまうからだろう。

で、早速入場券売場で年票を購入するのだが窓口のおばちゃんにちょっと待つように言われる。どうやら端末の設定中らしい。ベンチに座って待っていると関係者が5人ほど集まって設定している。おばちゃんに呼ばれて、ようやく手続き開始だ。まずは年票に貼る写真を渡して、偽造防止の為に指紋登録をする。最後にラミネート加工して年票の完成だ。

入口には年票専用のゲートがあり、ここを通るのだが端末の設定をしていた技術者が周辺の係員を呼んで年票の取り扱いの説明を始める。説明が終わり年票のバーコードをゲートに読ませて指紋確認をするとゲートが開いた。無事に入場をするのだが、考えてみると12/1から2008年版の年票が利用開始になったとはいえ本来は事前に係員に年票の取り扱い方法を説明していなければならないのに何故自分が説明の為の実験台に なっているんだ?

世界文化遺産 明孝陵、孫権墓

nanjing037ここは下馬坊遺址公園。ここで文武百官は下馬して徒歩で明孝陵へ向かいました。

nanjing038孝陵衛

nanjing0391000頃、明孝陵景区に入ったが最初に神道の入口を目指すとどうやら文武百官が下馬していた明孝陵の当時の正式な入口があった下馬坊遺址公園まで遊歩道が整備されているようだ。一旦出入口を出てしまうが年票なので気にすることは無い。

nanjing040四方城

nanjing041石象路神道

nanjing042徒歩で下馬坊遺址公園まで行くと下馬坊遺址公園も大きく変わっていた。新たに出土した石碑などが展示され、当時の軍営まで再現されているでは無いか!3年 ほどでこれほど整備されるとは・・・。下馬坊遺址公園から再び神道を通り途中の梅花山にある孫権墓を訪れる。

nanjing043孫権墓と言っても正確な場所は分かっていないようで現在は孫権像が建てられている。

nanjing044翁仲路神道

nanjing045昼頃になってようやく金水橋までやって来た。以前はここに入場券売場があり道路はバスが行き交っていたが今は遊歩道になり売店があるだけだった。

nanjing0461230頃、明楼までやって来た。

nanjing047明楼の裏の山が宝頂で朱元璋と馬皇后が眠る地下宮殿がある。ちゃんと明太祖之墓とあり朱元璋の墓というのが分かります。

nanjing048明楼に登ると落書きが酷い。よく見るとハングルの落書きまで ある。これは韓国人が書いたのだろうか?それとも韓国語を勉強している中国人か?もっと想像力を働かせると北の将軍様の秘密指令で中韓関係悪化を狙って韓国人旅行客の仕業に見せかけて世界文化遺産に北の工作員が落書きをしたのかも知れない。

美齢宮

nanjing0491515頃、美齢宮に到着する。美齢宮は元の名称を国民政府主席官邸と呼び、蒋介石と宋美齢が過ごしていた場所だ。特に宋美齢がこの場所を気に入っていたので美齢宮と呼ばれるようになった。

nanjing050米国政府が宋美齢に贈った車。

nanjing051美齢宮を訪れてみたが運悪く団体客が訪れていたのと時間が遅かったので後日改めて見学することにする。年票を持っていてよかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
バス 1.6元 路線バス
中山陵園風景区年票 150元
合計 164.1元

湖北省旅行記~荊州

監利→石首

hubei18407:20頃、宿を出て監利汽車客運站で石首行きのバスに乗車する。

hubei185石首には劉備と孫権の妹、孫尚香が結婚した場所である繍林山がある。三国志演義では甘露寺で挙式を行ったことになっているが実際は繍林山らしい。07:40になり監利汽車客運站を出発する。今回は珍しくバスが清潔で快適だ。しかも、いつもなら時間になってもある程度客が集まらないと出発しないのだが客が自分を含めて数人なのに出発した。

hubei186途中で客を拾いながら走り客が徐々に増えてくる。09:30頃、石首の三義寺汽車渡口に到着する。ここからカーフェリーで長江を渡るのだが30分ほど待つことになる。ちょうどフェリーが出た後でした。

hubei187フェリーの順番を待つ車列。

hubei188長江を渡り石首の城区へ入りすぐに石首汽車客運站に到着する。石首では繍林山だけしか見ないし、まだ時間も早いので荷物をどこかに預けていく ことにする。バスターミナル内に「寄存包」の看板を見つけバックパックを預ける。料金は3元だ。

繍林山

hubei18910:30過ぎ、石首汽車客運站から繍林山へ向かうが事前調査で分かっているのは石首市第一中学の裏山という事だけだ。とりあえず、バスターミナル前の建設路を西へ歩いてみるが途中で道が細くなり南へ向かっている。

繍林山は長江沿いにあるから北へ行かないと駄目な気がするので別の道を探す。中山路へ出て北 へ向かうと建設路に戻ってきた。周辺を歩いてみると石首汽車客運站の西にあるロータリーから皇叔街が北へ伸びているのを発見する。皇叔街とは、如何にもという通りの名前だ。近くには三義街もあるし怪しい。

hubei190皇叔街を北へ進みT字路を左(西)へ進むと学校が見えてきた。石首市第一中学に到着だ。裏山が繍林山なので石首市第一中学の脇の道を北へ進むと繍林山の麓に辿り着き山を登る階段があったので登ると繍林山公園の入口に到着する。

hubei191入口は閉まっていたが管理人がいたので入場料1元を支払い中へ入る。11:30頃、山頂に到着し孫尚香像を発見!石首での目的は達成した。

石首→荊州

hubei192昼頃、石首汽車客運站に戻りバスの運行状況を確認する。

hubei193荊州行きのバスは40分間隔で出ているようだ。因みに荊州は沙市とも呼ばれており沙市は荊州の新市街を指しているようだ。これなら今日中にこのまま荊州へ行けるので切符を購入しようとするが窓口ですぐに出発するから乗ってから切符を買うように言われる。

hubei194預けておいたバックパックを回収して荊州行きのバスに乗車するが乗車時に運ちゃんに荊州まで幾らか聞くと「荊州まで20元だよ」といわれる。バスターミナルには28元と表示があったので不思議に思っていると「切符を買うと28元で乗ってからだと20元なんだよ」といわれる。なぜかバスターミナルで乗車しても先に切符を買うのと車内で支払うので運賃が違うとは・・・。このバスだけだろうか?謎だ。

12:20頃、石首汽車客運站を出発し再び三義寺汽車渡口から長江を渡るが長江を渡っている間に運ちゃんたちが弁当を食べているが食べ終わって空容器を長江へ投げ捨てた。中国では既に弁当の容器は生分解性プラスチックの為にポイ捨てしても大丈夫なようだ。さすがリニアなど最先端技術を導入している中国だ。ゴミのポイ捨てをしても自然に分解されるので問題無しのようだ。

日本も中国を見習わなければ・・・。そんなわけ無いだろっ!どうして、ゴミのポイ捨てをするんだ!弁当の容器は発砲スチロールだぞ。石油製品が生ゴミと違うのを中国人は理解しているのか?長江を渡り15:30過ぎに荊州古城内の荊一客中心車站に到着する。

江夏旅社と荊一客中心車站

hubei195まずは宿を探さなければならないのだがバスターミナル近くの江夏旅社に泊まることにする。1泊30元で珍しくトイレ付きだ。登記の際にパスポートを提示するが老板は何故か日本人と気付かず、「どこから来た?」と聞いてくるので「日本から来ました」と答えてようやく目の前に日本人がいることに気付いた。パスポートにちゃんと「日本国」と漢字で書いてあるのにどうして気付かないのだろう?

hubei196そして、今までの宿と同じように「パスポートの見方が分からない」「身分 証番号(身份证号码)はあるの?」とか聞いてくるのビザの欄を見せて「ビザの番号(签证号码)があります」と言って問題は解決する。登記の際に老板は签证 号码だけ控えていた。日本のパスポート番号を控えるより签证号码の方が信用力があるようだ。

hubei197荷物を置いて早速出かける。まずは荊一客中心車站でバスの運行状況を調査してみる。荊一客中心車站からは主に湖北省南部への路線が集中していた。

hubei198荊一客中心車站

hubei199荊一客中心車站

hubei200荊一客中心車站

関帝廟

hubei20116:30頃、関帝廟に到着する。荊州古城の関帝廟は関羽の邸宅跡に建立された廟だ。明の洪武29年(1396)に建立され、1987年春に再建された。

hubei202関帝廟

hubei203関帝廟

hubei204関帝廟

hubei205廟内には立派な関羽像があり、さすが荊州の関帝廟と三国志ファンを喜ばせる立派さだ。そして何よりも珍しく建物が立派なのに入場無料という貴重な観光地だった。

荊州古城南門

hubei206

hubei207

hubei20816:40頃、関帝廟の正面にある南門を見物する。荊州古城の城壁は明・清代の物だが南門を見る限りは城壁の保存状態は良さそうだ。荊州古城の城壁は全長9.3㎞になるようなので明日以降城内を散策してみよう。

hubei209南門を見物後は昼食兼夕食を食べて散歩するが古城内は古い路地から新しいビルまであり新旧入り乱れた形になっている。

hubei210どうせなら古城内は全て明清街にして観光地化したほうがよいと思うのだが・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
宿泊費 30元
バス 20元 石首→荊州
繍林山公園 1元
荷物預かり 3元
合計 65.5元

新東門と公安門

hubei21108:00過ぎに宿を出て荊州古城内の探検に出発する。まずは荊州古城南東にある公安門を目指す。公安門は当時の荊州城で唯一の水門であり荊州の南にある 公安県から劉備が荊州を訪れる際に、いつも船で水門を通っていたので公安門と名づけられた。公安門へ行く途中で新東門を見物する。新東門は道路を通すために作られた新しい門のようだ。

hubei212城壁沿いに南へ歩き08:30過ぎ、公安門に到着する。公安門の内側には刑務所があるので門外からの撮影だけにして退散する。

hubei213公安門周辺の城壁

張飛一担土

hubei21409:00頃、公安門の対岸にある張飛一担土に到着する。

hubei215張飛一担土は民間伝承で関羽と九仙女が築城競争をすることになり、関羽は城の東、九仙女は城の西 を築城する事になった。競争を知った張飛は公安から関羽の応援に土を担ぎ駆けつけたが既に関羽が競争に勝っており張飛は担いでいた土を捨てた場所が張飛一担土となった。張飛一担土に来てみたが小山というより草木が生えているだけで気付かない可能性が高い。

hubei216近くに一担土山庄の看板があるので何とか場所の特定は出来た。

東門

hubei21709:30頃、東門にやって来た。この辺りは観光地化されており土産物屋もあり観光客も見られる。城壁の入場料は20元でちょっと強気の料金設定だ。東門から次は小北門へ向かうが小北門はそれほど大きくは無かった。

hubei218蔵兵洞

hubei219ここからは城壁沿いに歩き途中で城壁に登り大北門へ向かう。

得勝橋と大北門

hubei22011:00頃、大北門に到着するが、まずは城外の得勝橋から見物だ。得勝橋は関羽が荊州城へ凱旋するときに通った橋だ。

hubei221石碑や橋は新しい物だが立派な三国志遺跡だ!

hubei222橋の傍では青空床屋が営業中で平和な光景だ。

hubei223北大門へ戻り見物するが城壁へ登るのは入場料10元になっているので下から見るだけにするが、ここで意外な物を発見する。

hubei224旧日本軍が「大日本バンザイ」と 城壁に刻んだ跡が残っているのだ。荊州にまで旧日本軍が来ていたとは驚きだ。説明には「大日本帝国万岁」と刻まれているとあるが見る限り「大日本バンザイ」と刻まれているだが・・・。帝国なんて文字はないぞ!説明が間違っているぞ。

hubei225

三国公園、荊州博物館

hubei226北大門に続いて三国公園、関公削骨療毒地を訪れる。三国公園は有料なので入口から見える劉備、関羽、張飛の像を見るだけにして荊州博物館へ向かう。

hubei227関公削骨療毒地

hubei228関公削骨療毒地

hubei22911:30頃、荊州博物館を訪れる。入場料が30元と高いが見ていくことにする。

hubei230館内は撮影禁止なのだが展示物に前漢の銅祖とかいう秘密の宝貝が展示されていたのでこっそり撮影する。房中術の必須アイテムだったようだ。

hubei231そして、荊州博物館の目玉の前漢文帝の頃のミイラを見物する。ミイラといっても干乾びておらず新鮮な状態で展示されている。とても紀元前167年のミイラとは思えない。ちゃんと脳や内臓も摘出され一緒に展示されていた。

何も知らずに「現代人の死体」と言われれば何も疑わないだろう。それほど保存状態がよいのだ。撮影禁止で警備が厳重なので撮影できなかったのが残念だ。残念ついでにもうひと つ。外にある関羽像の青龍偃月刀が破損していた。

卸甲山

hubei23213:45頃、新南門に到着する。ここで城壁に卸甲山と書かれているのを発見する。卸甲山は関羽が甲冑を脱いだ場所らしい。

hubei233近くにある説明書きには城内に 卸甲山、松甲山、擲甲山があり荊州三山と呼ばれているらしい。卸甲山は山というよりただの城壁なのだが城楼が建設中で卸甲山を整備して観光地化する計画のようだ。

hubei234新南門

荊州は物価が安い

荊州に来てみて思ったのだが物価が安いのだ。店にもよるが炒飯が3元でも十分量がある。バナナは500gで1.5元が相場のようだ。ミカンは最安で500gが0.4元というのがあった。最近の中国は物価上昇が著しいが久しぶりに物価が安いと実感した。

謝家橋一号墓

hubei235宿に戻りテレビを見ていると荊州電視台で沙市にある謝家橋一号墓の発掘の様子を特番で生中継していた。昨日のニュースで知ったのだが謝家橋一号墓は秦漢の頃の墓のようだが、かなりの大発見らしい。遺跡には見物人が押し寄せ武警が警備するほどになっている。

hubei236特番でも武警だか軍のお偉いさんらしき人まで出ている。地元のテレビ局とはいえ遺跡の発掘を特番で生中継するのは凄い。日本では考えられない。地元の新聞も写真をカラーで紹介しているほどだ。宿の老板までこの話をしてくるし田舎とはいえ荊州は市区で100万人以上の人口を抱える都市、荊州市民は考古学に大きな関心があるようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
宿泊費 30元
荊州博物館 30元
合計 69元

沙市駅へ行ってみるが

hubei23708:30頃、市委から18路のバスで沙市駅へ向かう。荊州にも鉄道が通っているのだが時刻表には載っていないので列車が運行されているかは分からない。そこで、現地へ行き沙市駅の現状を確認してくることにする。10:15頃、沙市駅に到着するが目に前には100万都市の荊州の鉄道駅とは思えないほどの小さな田舎の駅があった。どうやら、貨物列車しか運行していないようだ。

hubei238一応貨物列車が停車していた。

hubei239ただの田舎の駅だった。

沙市汽車客運中心

hubei24011:00頃、沙市区の中心付近にある沙市汽車客運中心を訪れる。沙市汽車客運中心は沙市長途汽車站と並ぶ沙市区の主要バスターミナルだ。

hubei241沙市区には他にも大橋客運站などいくつかバスターミナルがあるが沙市汽車客運中心だけで十分間に合う。

hubei242沙市長途汽車站も十分使えるのだがちょっと建物が古いので新しい沙市汽車客運中心の方が便利だろう。

hubei243荊州古城内はいくつかバスターミナルがあったようだが今では荊一客中心車站しか見当たらない。

hubei244他のバスターミナルは城外へ移転させられているようで荊一客中心車站も城内に残るかは不明だ。因みに荊一客中心車站は江陵車站とも呼ばれている。

フェリー乗り場を探してみるが

hubei245夕方にフェリー乗り場を探しに長江へ行くが対岸への渡し舟は見つかったが武漢、重慶、上海へ向かう船の售票厅が見つからない。土手沿いに歩いていると售票 厅を見つけるが誰もいない。どうも、移転したみたいだ。フェリーが運行しているかの確認は結局出来なかった。

hubei246宿に戻りテレビを見るが、荊州電視台では昨日 に続き、謝家橋一号墓の特番をやっていた。新聞とかだと荊州博物館に展示されている前漢のミイラが発掘された鳳凰山168号墓よりも重要な発見になるかもしれないとか。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
宿泊費 30元
バス 7.5元 路線バス
文房具 0.8元
合計 49.3元

湖北省旅行記~赤壁古戦場

D149次、2等座で武昌→赤壁

hubei13309:20過ぎに武漢探路者国際青年旅舎をチェックアウトする。バスで武昌駅まで行くことも考えたがバスが混んでいそうだし駅が工事で渋滞が酷そうなので徒歩で向かうことにする。約2㎞の道程を30分程かけて10:00前に武昌駅到着。

hubei134武昌駅は工事中だが侯車室は工事中の駅舎の中にある。まだ工事が終わっていない駅舎を普通に使うとは何でもありの中国は凄い。和諧号専用の侯車区で時間まで待つのだが椅子がいつもと違って高そうな椅子がある。

hubei135和諧号の乗客は 扱いが違うようだ。10:35頃に2番ホームへ向かい乗車する。

hubei136今回の列車はCRH1だ。初めて乗車するCRH1だが車内はずいぶんゆったりしている。さすが高い運賃を払っていることだけはある。

hubei137車内は今まで乗車して来た列車とは別世界。

hubei138こちらは一等座。更に上の自分が立ち入ることのできない世界だ。

hubei139興味津々で車内を見るのだが各座席には雑誌とCRH1のサービスマニュアルとCRHのロゴが入ったゲロ袋がある。マニアにはたまらない品々だ。

hubei140ゲロ袋とサービスマニュアル

hubei141雑誌に載っているのはCRH2だった・・・。

hubei14210:53定刻どおり武昌駅を発車するが加速力に驚く!この加速力は中国では初めて体験する加速力だ。数分で100㎞/hを超えて200㎞/hまで出すかと思ったら160㎞/hまでしか出さない。しかも、車内の揺れが激しい。日本の新幹線はここまで揺れは酷くなかったのだが中国ではまだ許容範囲内なのか?

もしかして、160㎞/hでこの揺れだから200㎞/hは出せないのだろうか?せっかく高い切符を買ったのにがっかりだ。これではCRHを走らせる意味が無いし、特快を走らせるだけで十分じゃないか!

hubei143不満が残る中で検札が始まるがミネラルウォーターを一緒に配っているではないか。確かチベットのミネラルウォーターを配っている筈だ。乗客は目の前にミネラルウォーターという餌があるために率先して切符を出している。今まで検札では乗客は嫌々切符を出していたがこういう時は別なようだ。

hubei144CRH専用です。

hubei145積まれていたミネラルウォーター。

hubei14611:56定刻どおり赤壁に到着する。

hubei147赤壁駅からは2路と4路のバスで市内へ行くことができるが2路のバスで市内へ向かう。

赤壁古戦場

hubei1482路のバスで長途車站で下車するはずだったが乗り過ごし徒歩で戻ることになる。おまけにバスターミナルが見つからないので、13:00頃、とりあえず市中心部にある赤壁招待所に1泊することにする。すぐに赤壁古戦場へ向かうべく城西停車場を探す。13:20頃、城西停車場を見つけ赤壁鎮行きのバスに乗車、客が集まり発車して1420頃、赤壁鎮に到着する。

hubei149正面には牌坊が2つあり古い牌坊をくぐり進むと入口に到着する。

hubei150入場料は40元で迷わず入場だ!まずは龐統が隠棲してた鳳雛庵から見物して拝風台、東風閣、赤壁大戦陳列館と見物していく。ここは鳳雛庵。龐統が隠棲してた場所。

hubei151拝風台

hubei152東風閣

hubei153赤壁大戦陳列館

hubei154そして、出来の悪い周瑜像の後に赤壁を見物する。

hubei155赤壁

hubei156対岸には烏林があるが明日は烏林へ行くつもりだ。赤壁の文字を見ることが出来て目的達成だ。帰り際に周瑜像をもう一体発見!こっちの方が遥かに出来が良いではないか。

hubei157それに桃園結義の像まであり、ちょっと赤壁の戦いから外れているが三国志ファンには満足できる場所であった。

hubei158赤壁市へ戻るバスに乗車するが運ちゃんが覚えていたようで「1時間で戻ってきたの?早いね。」と話しかけてきた。確かに1時間で見て回ったのは早かったと思う。

洪湖行き切符を購入

hubei15916:30頃、城西停車場に到着する。次は長距離バスターミナルを探さなければならないが車站路を歩いていたらすぐに浦圻客運站が見つかった。明日の洪湖行きの切符を購入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 20元
バス 1元 路線バス
バス 16元 赤壁市⇔赤壁鎮
バス 17元 赤壁→洪湖
赤壁名勝風景区 40元
切手 32.4元
合計 138.4元

赤壁→洪湖

hubei16007:20頃、赤壁招待所を出て浦圻客運站へ向かう。洪湖行きバスに乗車して発車を待つ。

hubei16108:15にバスが発車して09:30頃、赤壁鎮に到着する。

hubei162ここでバスはフェリーに乗るために1時間ほど待つことになる。

hubei16310:45頃、フェリーで対岸へ向かうが、何とフェリー乗り場から赤壁が見られた。しょぼい周瑜像とか見る必要のない人にとってはフェリー乗り場で赤壁見 物をするので十分だろう。

hubei164フェリーからも赤壁が見えます。

hubei165昼前に洪湖汽車客運站に到着して、バスターミナル前の広順招待所に宿泊することにする。1泊30元だが部屋は広く綺麗だ。

烏林へ行こうとするが

hubei166昼過ぎに洪湖汽車客運站でバスの運行状況を確認する。

hubei167そして、今日の目的は烏林古戦場へ行くことだが赤壁のフェリー乗り場の北にあることが分かっており、フェリー乗り場まで戻れば何とかなる。

hubei168洪湖へ行く途中に2路のバスとすれ違っていたので2路のバスで近くまで行けそうだ。洪湖汽車客運站から1路のバスに乗車して老洪中で2路のバスに乗換えて終点の四屋門へ向かうが、ここで予想外の事態に遭遇する。
hubei169終点の四屋門に到着したが烏林まで約10㎞、フェリー乗り場まで約5㎞もあった。仕方ないのでそのまま道沿いに歩いていくが烏林行きや黄蓬行きのバスが通り過ぎる。

hubei170このバスに乗れば烏林へ行くことができるが、とりあえずフェリー乗り場のある胡范まで歩いてみる。胡范で黄蓬行きのバスに乗車して烏林へ向かうが途中で道路左に烏林村の入口を発見するがそのまま終点まで行ってみるがこの判断は間違いであった。14:00頃、終点の黄蓬に到着して近くの川沿いに烏林村のある西へ歩いていくが途中で犬に何度も吠えられるし道は悪いしGPSで烏林村の入口へ向かうが疲れるだけで散々な目にあった。

烏林古戦場

hubei17115:30頃、ようやく烏林村の入口に辿り着いた。

hubei172烏林村の入口。

hubei173烏林村へ入っていくとまずは烏林寨の石碑を発見!ここが烏林古戦場だ。しかし、曹操湾の石碑が見つからない。周辺を歩き回ったがそれらしい石碑は全て墓石だった。こうなっては人民に聞くしかないので烏林寨の石碑近くで聞き込み開始!

hubei174おばちゃんに聞いてみると「すぐそこ!」というので指差す方向へ行くと曹操湾ではなく曹公祠があった。

hubei175曹操湾ではなかったが、十分な収穫だ。そして、烏林村は曹さんが多いことも判明する。村の掲示板に戸口(戸籍)に関する掲示があり、ほとんどが曹姓であった。これは偶然か?それとも曹操との関係があるのか?曹操湾については聞き込みをしても「曹操廟はあっち!」とか言われ曹公祠ばかり案内される。

発音が悪いから通じないのだろうか?16:00を過ぎて夕 方になっているのでバスがなくなると困るので洪湖へ戻ることにする。帰りは嘉魚からバスに乗車して洪湖に戻るが嘉魚の他にも老湾、龍口へ行くバスも烏林村の前を通ることを確認した。洪湖汽車客運站で明日の監利行きの切符を購入して準備を整える。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.6元
宿泊費 30元
バス 3元 路線バス
バス 4元 烏林→洪湖
バス 22元 洪湖→監利
合計 66.6元

洪湖→監利

hubei17607:05頃、宿を出て洪湖汽車客運站で監利行きのバスに乗車する。07:30過ぎに出発し監利へ向かう。途中で濃い霧の中を走り09:30頃、朱河鎮を通過する。朱河鎮を通過すると次は上車湾鎮だ。上車湾鎮に今日の目的地の華容古道がある。北へ進み上車湾鎮に入りT字路を左折、西へ向かう。このT字路が紅南橋で華容古道を探す際の目印だ。

hubei177紅南橋から西へまっすぐ進み10:30頃、監利汽車客運站に到着する。すぐに宿を探し楚天飯店に1泊することにする。 宿代は20元だが登記無しだった。洪湖でも登記無しだったし、この辺は公安の監視が甘いようだ。

華容古道

hubei178監利汽車客運站から三洲行きのバスで上車湾鎮へ向かうがわざわざバスターミナルからバスに乗る必要は無かった。バスターミナル前の容城大道から朱河、尺八、剅口など上車湾へ行くバスが頻繁に出ていた。上車湾でバスを降りて徒歩で紅南橋へ向かう。なぜ、紅南橋までバスで行かないのかと思うだろうが、事前調 査で道路沿いに華容古道に関する史跡がありそうな雰囲気だったので上車湾から紅南橋まで歩いてみたが関廟村とか気になる名前の村があったが特に何も無かった。

ちょっと時間をロスしたが昼頃、紅南橋から東へ進み途中で北へ向かう。まずは太平橋を探す。因みに今日の目的地の華容古道は赤壁の戦いで敗走した曹操 が通った道だ。太平橋の大体の位置は分かってはいるが詳細は不明のままだ。GPSと手書きの地図を頼りに歩き途中までは地図通りに進むが、やはり道に迷っ た。華容古道の近くに来ているのは分かっているが太平橋へは辿り着けない。

太平橋には華容古道の石碑があるらしいのだが、疲れてやる気が無くなってきたの で帰ることにする。南へ伸びる道を歩き省道へ向かう。14:00頃、前方の道路脇に怪しげな石碑らしきものを見つける。いつもなら墓石というオチなのだがよく見ると華容古道の石碑だった。

場所は太平橋ではなく曹橋村だった。諦めていた華容古道に辿り着いたのだ。どうやら知らない間に華容古道を通り過ぎてい たようだ。これでは見つかるはずが無い!早速撮影だが牛がのんびりと草を食べている。

hubei179華容古道。奥は赤壁方面。

hubei180曹操が逃げた華容古道も今では農村のあぜ道になっていた。このまま東へ行けば太平橋なのだが太平橋の石碑は断念して曹橋村の石碑で今回の目的は達成と判断して南の省道へ向かう。

hubei18114:45頃、ようやく省道に出た。最短経路の入口は紅南橋の手前の関廟村と周門寺村の間の北へ伸びるドブ川(水路)脇の道だった。

hubei182右の橋は南への道。奥が東。左が北で華容古道への道。

hubei183監利行きのバスに乗車して15:15頃、監利汽車客運站に戻る。運賃は2.5元。監利汽車客運站で明日の石首行きの切符を購入して、遅い昼食兼早い夕飯を食べに行く。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 20元
バス 4.5元 路線バス
バス 17元 監利→石首
合計 53.5元

湖北省旅行記~宜昌・当陽・襄樊

宜昌に到着

hubei00103:00頃、一旦目が覚めるが船のエンジン音が聞こえないので宜昌に到着しているようだ。外は真っ暗で何も見えない。まあ、真夜中に追い出されずに朝まで寝ていられそうだ。05:50頃、起床する。06:00過ぎに船内放送があり宜昌に到着していることを確認する。外は未だに真っ暗で、この状況で追い出されると非常にまずい。夜が明けるまでか船を追い出されるまで船内に留まる事にする。

06:30頃、夜が明け始めてきたので下船する。宜昌港を出てバス停を探す。4路のバスに乗車して宜昌駅へ向かう。07:00頃、宜昌駅に到着する。まずは、宿を探さなければならないが相場の確認の為に宜昌駅の隣にある鉄路大酒店へ行く。一番安い部屋が1泊80元だったので当然ここには泊まらない。周辺の様子を伺いながら駅前の東山大道にあった宜建招待所に2人部屋を1泊 25元で宿泊する。

宜昌では三国志観光

09:00頃、宿を出て宜昌での三国志観光へ出かける。まずは10路と102路のバス停を探すのだが10路は宜昌港のバス停「三码头」から10路のバスが出ており宜昌駅からは夷陵広場か移動通信広場が近いことが分かっているので、とりあえず東山大道を歩いてみると102路のバスが通り過ぎる。

102路が駅前を通り過ぎるのを確認できたので、10路のバス停を探す。東山大道沿いに歩くと10路のバスを発見する。そのまま10路のバスに乗車して終点の三游洞へ向かう。途中で道路工事があり渋滞を通過するのにかなりの時間が掛かる。

三游洞で劉封城遺址、張飛擂鼓台

hubei00210:20頃、三游洞に到着。三游洞には劉封城遺址と張飛擂鼓台がある。三游洞の入場料は48元で高いのだが三游洞は唐の詩人・白居易、白行簡(白居易の 弟)、元稹や陸游らが訪れた地というのを前面に出しているので仕方ないだろう。劉封城遺址と張飛擂鼓台ならこんなに高いはずはない。

まあ、三游洞も見物することにして48元を支払う。恐らく、この旅行記を読んでいる人の中には「40元の張飛廟は見物せずにどうして48元の三游洞は見物するんだ?」と思う人もいるだろう。三峡下りで白帝城と張飛廟を見物しなかったのは三峡下りで日本人がけっこう訪れていそうだからだ。それに張飛廟は三峡ダム建設で移転して新しすぎる。それに予算の都合もあるので、どうせなら日本人が訪れそうもないような所を見物することにした。

hubei003白行簡、白居易、元稹の像。三游洞の主人公は唐代の詩人たちです。

hubei004まずは劉封城遺址から見物するが説明の石碑があるだけでがっかりする。でも、劉封城があったことは確認できた。

hubei005この説明の石碑だけが劉封城の存在を示しています。

hubei006張飛擂鼓台には張飛がこの地で練兵をしていたそうで太鼓を叩く?張飛像がある。これはなかなか様になっている張飛像だ。

hubei007石碑も用意されています。

hubei008更にここには張飛擂鼓台だけでなく三峡の起点を示す石碑まである。ある意味貴重だ。

hubei009こういう崖に遊歩道があったりします。

hubei010三游洞。

hubei011そして、三游洞は白居易達が訪れた場所なので宜昌では有名な観光地のようで観光客も多い。ここで白居易達が詩を詠んだらしいです。それに目の前に三峡の西陵峡が広がっている。

hubei012三游洞南宋軍事遺址。三游洞には南宋の遺跡まであります。

hubei013三游洞の入場券(表)

hubei014三游洞周辺には龍泉洞、白馬洞や嫘祖廟もあり宜昌の一大観光地のようだ。

猇亭古戦場

hubei01513:20頃、宜昌駅に戻り東山大道沿いにある宜昌長途汽車站のバス停から102路のバスで猇亭へ向かう。

hubei016猇亭は夷陵の戦いで劉備が陸遜に敗れた場所だ。

hubei01714:15頃、猇亭古戦場の前をバスが通過する。すぐに停車してもらうように頼むが車掌が「どこで降りるの?」と聞くので「猇亭古戦場で降りる」というと 「もう少しすると正門だからそこで止める」とのことで正門で下車する。立派な入口があり、しっかり整備されているようで期待できそうだ。

hubei018

hubei019入場料は40元で入場券を買うが何故か入場料は39元だった。料金表は40元とあるのだが一体どういうことだ?猇亭古戦場へ入るとそこは三国志テーマパークになっていたのだが客がいない。古戦場には関帝廟が2ヶ所ほどあったが1ヶ所は怪しげな坊さんがいるし、もう1ヶ所は荒れ果てて放置されていた。

hubei020というより、猇亭古戦場自体が荒れ果てており客がおらず何時潰れても不思議のない状態だ。

hubei021長江の崖に沿って猇亭古戦場があります。

hubei022玄徳御営というのがあるが既に廃墟に・・・。他にも関興営などあるが同じく廃墟に・・・。

hubei023桃園結義の像があるが破壊されて杯が無くなっているし、廃墟となっている建物もあるし、草は伸び放題、典型的な潰れそうなテーマパークだ。ただでさえ長江の崖に作られているのだから作りっぱなしで整備されずにそのまま立ち入り禁止の場所まである。これでは、劉備や陸遜も悲しんでいるだろう。39元返せ!

当陽行き切符を購入

hubei02416:00頃、宜昌駅で明日の当陽行きの切符を購入する。

hubei0251166次の切符

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.5元
宿泊費 25元 宜昌→当陽
鉄道 5.5元
バス 8.5元 路線バス
三游洞 48元
猇亭古戦場 39元
合計 142.5元

1166次、硬座で宜昌→当陽

hubei02610:45過ぎに宿を出る。宜昌駅までは坂道を登るが徒歩5分ほどで到着する。入口の荷物検査を通過するが、公安が人民たちに「身份证登记一下」と身分証 の確認をしている。しかも、全員ではなく怪しそうな人民に身分証提示を求めている。自分は声もかけられずにそのまま侯車室へ向かう。

hubei027今回乗車する1166 次は11:33発だ。既に改札口には列というか群れができている。自分もこの群れに加わり改札が始まるのを待つ。11:00過ぎに改札が始まるが大きな混乱もなく無事に改札を通過する。人民達の割り込みは当然あったが・・・。列車に乗車して11:33に定刻どおり列車は発車する。車内では幸い痰吐きは無かったがタバコを吸っている人民がおり乗務員に注意されていた。

hubei02812:25頃、当陽に到着するが案内の放送とかは一切無いのでホームに入線したところで 「当陽」の文字を確認して、すぐに下車する。やはり、停車駅についても案内が無いのが人民鉄路の基本のようだ。駅前から1路のバスに乗車して当陽市内へ向 かう。終点がバスターミナルのようなので、とりあえずバスターミナルで降りることにするが、ちょうどバスターミナルが趙雲像の目の前だった。いよいよ当陽 での三国志観光の始まりだ!

長坂坡

hubei029趙雲像の目の前で下車して、すぐ近くの雄風賓館に宿泊することにする。1泊20元だ。

hubei030少し休憩して1400頃、まずは趙雲像を見物する。ここの趙雲像は凄くかっこいい!

hubei031趙雲は当陽でも英雄のようだ。趙雲像の次はすぐ近くの長坂坡を見物だ。

hubei032長坂坡は趙雲が阿斗(劉禅)を救い出す趙雲ファンにはたまらない名場面の場所だ。

hubei033長坂坡は公園として整備されているが、それも長坂坡での趙雲の活躍を再現した三国志ファンの為の公園になっている。こちらはちょっとぼろい趙雲像。懐には阿斗を抱えています。

hubei034劉備が阿斗を放り投げる場面。

hubei035趙雲像。

hubei036曹操と徐庶。

hubei037しかし、あまり手入れされていないようで各所で痛みが激しい。一部では既に廃墟と化している場所も・・・。それでも人民の憩いの場、そして、三国志ファン、特に趙雲ファンにはたまらない場所だ。

太子橋

hubei03815:00頃、太子橋に到着。太子橋は趙雲が曹操軍の包囲を突破して、劉備の元に阿斗を届けた場所だ。一応は公園というか広場として整備されているが太子 橋の石碑が無ければ気付かないだろう。ちょうど訪れた時は太子橋の石碑に地元の子供たちが群がっていた。

hubei039三国志の名場面の地だが完全に遊び場と化していた。

娘娘井を探すが・・・

太子橋の次は娘娘井へ行こうとするが、情報が少なくはっきりした場所が分からず途中で人民に聞いても「知らない」とか訛りがきつすぎて全く会話が成立しなかったりして諦めて宿へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
宿泊費 20元
バス 1元 路線バス
合計 28.5元

娘娘井を発見

hubei040今日は昨日発見できなかった娘娘井を再度探すことにして09:00頃、天気が雨で条件が悪い中、宿を出発する。昨晩、再度情報収集をしておりGoogle Earthでも確認できたので大体の場所は分かっている。09:20頃、当陽市畜牧局の裏手の路地にある娘娘井に到着。

hubei041石碑と井戸があるだけの広場だが、 ここで糜夫人が趙雲に阿斗を託して井戸に身を投げた場所だ。

hubei042娘娘井

周倉墓

hubei043当陽市内を散歩して昼過ぎに当陽市汽車客運站(客運中心とも呼ばれているらしい)から河溶行きのバスに乗車するが、售票厅で「两河行きの切符ください」というと「乗車してから切符買え」とのこと。バスターミナル内には河溶行きのバスが何台か停車しており、客が乗車しているバスを見つけ車掌のおばちゃんに 「两河へ行きますか?」と聞くと「两河?通るよ!乗って!」とのこと。

hubei044ついでに「周倉墓の近くは通りますか?」と聞くと「周倉墓、知ってるよ。周倉墓に行 くのね。」と、さすが地元民、周倉墓を知っていた。客が集まり12:45頃、当陽市汽車客運站を出発して1315頃、两河に到着。道の右には糜夫人像があった。

hubei045周倉墓はすぐ近くだ。糜夫人像を過ぎてすぐに周倉墓に到着しバスを降りる。周倉墓に到着したが特に「周倉墓」という看板とかは一切無い。門に閉ざされた墓があるので周倉墓というのはすぐに分かったが、門はしっかり鍵がかけられており中に入れないが撮影はできた。もし、管理人を探して鍵を開けさせると確実に入場料を取られるだろう。これ以上の深追いはやめておこう。

麦城遺址

hubei046周倉墓を見物したからには麦城遺址も見物しなければならないだろう。実は周倉墓は两河鎮にあるのだが、两河鎮麦城村にあるのだ。麦城といえば関羽が荊州を 奪われ逃れた地だ。周倉墓の東約1.5㎞に麦城遺址があるので周倉墓から糜夫人像の方へ少し戻った所にある東へ伸びる道を進む。

1400頃、麦城の脇を流 れる沮河に到着する。土手を登り周辺を見渡すがそれらしい石碑とかは見当たらない。とりあえず、周辺を探索してみる。周辺にはいくつか墓石があり麦城の石 碑かと思い見てみると墓石だったり、牛が放牧されているので、そこらじゅうが牛糞だらけ、雨で足元も悪く苦戦する。

15:00頃、近くに畑になっている丘の存在に気が付く。なんか怪しいので近づいてみると石碑があるではないか!文字は消えかかっているが麦城遺址の石碑だ。

hubei047ようやく麦城遺址に到着した。麦城遺址は遺跡ではなく人民の畑となっていた。石碑が無ければ地元民以外は分からないだろう。

hubei048麦城遺址

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.9元
バス 10元 当陽⇔两河
合計 25.9元

廻馬坡

hubei04907:50頃、宿を出てすぐ隣の当陽市汽車客運站長坂坡発車点で遠安行きのバスに乗車する。運賃は12元。08:20頃、客が集まったので発車する。関陵の脇を通り過ぎ80㎞以上で飛ばしていく。途中で土砂崩れがあり迂回するが09:30頃、遠安客運西站に到着する。

hubei050ここで真金行きか馬良行きのバスに乗換えるのだが真金行きが先に出発するので真金行きに乗車する。廻馬坡までの運賃は5元だ。バスがすぐに発車して沮河に沿って走っていく。徐々に山道に入って行き10:15頃、道路の左側に廻馬坡の碑亭を発見し下車する。橋を渡り碑亭に到着。

hubei051ここが呉の軍勢に関羽が捕らわれた場所だ。今はこの碑亭がひっそりと残っているが石碑は清の同治7年に建立され碑亭は1983年に建てられている。

hubei052山の中で誰もいないのだが廻馬坡を訪れる人はいるようだ。その証拠に落書きが多い。石碑はもちろん、何故か亭の天井にも落書きや破壊された跡がある。石碑をよじ登らなければ天井に落書きはできない筈だ。

優秀な中華民族にとって関羽は尊敬する人物のはずだが、廻馬坡の惨状は一体?中国人にとっては関羽はもはや尊敬の対象ではなくなってしまったのだろうか?中国政府は人民どもに文化財を大切にするようにちゃんと教育しろっ!

hubei053わざわざ天井にまで落書きとは・・・。さすが優秀な中華民族、自分はここまで思いつきません!

hubei054廻馬坡

hubei05511:30頃、遠安客運西站に戻り当陽行きのバスに乗車する。11:50頃、遠安客運西站を発車、1300前に当陽市汽車客運站長坂坡発車点に到着する。

玉泉寺

hubei056長坂坡から2路のバスに乗車して13:20頃、玉泉路口に到着する。

hubei057ここから玉泉寺まで乗合タクシーが出ているが徒歩で向かう。14:20頃、玉泉寺の山門に到着するが遠くに「售票処」という文字の書かれた建物がある。有料らしいが建物には人の気配が無い。とりあえず山門をくぐり勝手に入っていく。售票処に人がいなくても別の場所で入場料の徴収をしている事があるので恐らく本殿の前とかで坊さんが待ち構えているのだろう。

hubei058玉泉寺は後漢の建安年間に普浄禅師により寺が開かれ、隋代には文帝より玉泉寺の名を賜る。北宋の天禧年間に最盛期を迎える。寺には北宋の嘉祐6年(1061)に建立された高さ16.9mの鉄塔が残っており、これは中国で最も保存状態の良い鉄塔である。

hubei059そして、忘れてはならないのが三国志演義の第77回で関羽の霊が出た場所でもある。

hubei060明の万暦年間に漢雲長顕聖處の石碑、清の嘉慶年間に最先顕聖之地の石碑が建立されている。

hubei061そして年代は不明だがが関公磨刀石が建立され現在も残っている。

hubei062三国志関連の遺跡を見物した後に玉泉寺を見物するのだが、あいにく工事中で見物できるような場所はわずかしかなかった。

hubei063まあ、1年もすれば新しい建物ができて観光客を呼び込むのだろう。

hubei064しかし、工事中の境内で見てはいけないものを見てしまった。鐘と鼎が無残に放置されている。いつの時代のものかは知らないが古そうだ。やはり中国はこういう部分はしっかり社会主義のようで宗教に対しての考えはこの程度の物なのだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 2元 路線バス
バス 24元 当陽⇔遠安
バス 10元 遠安⇔廻馬
合計 46元

張翼徳横矛處

hubei06507:45頃、長坂坡から1路のバスで当陽駅へ向かう。08:00頃、当陽駅に到着し駅前の通りを東へ歩き08:15頃、張翼徳横矛處に到着する。

hubei066張翼徳横矛處はここで張飛が立ちはだかり曹操軍を食い止めた長坂橋があった場所だ。今は橋は無く碑亭が残るだけで石碑は清の雍正9年に建立されたものだ。周辺を 見る限り長坂橋の名残は何も無い。この碑亭のみが語っていた。張翼徳横矛處を見物後は当陽駅で襄樊行きの切符を購入して1路のバスで長坂坡へ戻る。

関陵

hubei06708:50頃、長坂坡から4路のバスで関陵へ向かう。09:15頃、関陵に到着するが観光客の気配が無い。

hubei068当陽の関陵は関羽の胴体が葬られ、三大関帝廟のひとつの筈なのだが・・・。入場料30元払い中へ入るが、やはり観光客はいない。

hubei069しかし、見ごたえ十分だ。ほとんどの建物は明代に建設されたもので、さすがは三大関帝廟に数えられることだけはある。

hubei070関陵の入場券(表)

hubei071久しぶりに入場料と内容に納得できる場所を訪れることができた。

1166次、無座で当陽→襄樊

hubei07211:00頃、荷物をまとめて宿を出る。1路のバスで再び当陽駅へ。侯車室で時間まで待つのだがハエが多いし、人民が痰や唾を吐きまくっている。おまけに手鼻を噛むおっさんもいる。

hubei073サルや原始人の人民たちと一緒に改札が始まるのを待ち12:15頃、改札が始まる。田舎の駅なので乗車する乗客が少ないので比較的混乱も無くホームへ出られた。列車が到着して乗車するが空席が結構あり簡単に席が確保でき定刻どおり12:27に発車する。

hubei07414:30頃、襄樊に到着 する。

馬躍檀渓遺址

hubei075襄樊駅近くの実惠招待所に1泊20元で泊まることにして、すぐに駅前のバス停から15:25頃、14路のバスで環山路へ向かう。まずは馬躍檀渓遺址から見物するのだが馬躍檀渓遺址は蔡瑁に殺されそうになった劉備が的盧に乗り檀渓を飛び越え難を逃れた場所だ。

hubei07615:55頃、降りるはずだった環山路を何故かバスが通り過ぎてしまう。とりあえずそのまま行くことにすると道路右側に馬躍檀渓遺址があり通過する。ほどなくして次の終点の東風汽車電気公司に到着する。来た道を5分ほど戻ると馬躍檀渓遺址に到着する。

hubei077馬躍檀渓遺址

hubei078的盧の蹄跡。もちろん誰かが作った。

hubei079馬躍檀渓遺址には水は流れておらず、的盧が足をかけたとされる岩が残るだけではなく、ゴミ捨て場と化していた。そして、自分の背後には恐らく昔は檀渓だったドブ川が流れていた。人民はどうして文化財を大切にしないのだろうか?

バスターミナルを調査してみる

hubei080馬躍檀渓遺址を見物後は襄城汽車客運站に寄ってみる。水鏡庄や徐庶廟がある南漳行きのバスを確認するためだ。南漳行きは客が集まり次第出発するようなので頻繁に出ていそうだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
宿泊費 20元
鉄道 14元 無座 当陽→襄樊
バス 8元 路線バス
関陵 30元
合計 83.5元

朝から雨・・・

hubei08107:00過ぎに起床するが雨が降っている。雨の日は外に出るとろくなことが無いのだが早く武漢へ移動したいので強行軍で南漳の徐庶故里と水鏡荘を見物しに行くことにする。08:15頃、駅前から14路のバスで襄城汽車客運站へ移動する。襄城汽車客運站で南漳行きのバスに乗車する。運賃は11元。客が集まり09:15頃に出発する。10:30頃、南漳のバスターミナルに到着する。

水鏡荘

hubei082バスターミナル脇に徐庶路があったので徐庶故里から見物しようと徐庶路を北へ歩くが見つからない。徐庶故里を後回しにしてバスターミナル前の通りを西へ歩 き水鏡荘を目指す。歩いていると道路左手に水鏡荘の牌坊を発見し、南へ進むと川に掛かる吊橋に辿り着く。

hubei083奥には水鏡荘が見える。吊橋を渡るが板が腐ってい たりして少々危険であったが11:15過ぎ、水鏡荘に到着する。

hubei084水鏡荘

hubei085司馬徽像

hubei086水鏡荘は水鏡先生すなわち司馬徽が隠棲していた場所だ。

hubei087入場料30元を払い見物する。

hubei088内部は司馬徽が隠棲していた建物が再現され裏の玉玺山と見事に融合し隠棲するには最高の地という雰囲気を出している。

hubei089草庵

hubei090草庵

hubei091水鏡塚。即ち墓。なぜかここに司馬徽の墓がある。

hubei092あいにくの雨であったので観光客は自分ひとりだけであった。玉玺山にも登ってみたが雨が降っていたので何も見えず。山の中は霧が出ており仙人でも出てきそうな雰囲気でちょっと楽しい。

hubei093時間と体力の都合で山全体を調べることはできなかったがなかなか楽しめた。

徐庶故里

hubei094水鏡荘を後にして再び徐庶路に戻ってきた。バスターミナル近くに徐庶故里があるはずなので徐庶路をもう一度歩いてみると城関派出所の対面に怪しげな建物がある。近づいてみると・・・。徐庶故里であった。こんな近くにあるとは・・・。

hubei09512:55頃、徐庶故里に到着する。

hubei096まあ、これで南漳での目的が達成できそうだ。

hubei097まずは徐庶故里の右隣の博物館で入場料を払い門を開けてもらわなければならないのだが、博物館にいる犬に吠えられ管理人を探すことができない。犬を追い払っていると異常に気付き管理人がやってきた。管理人に徐庶故里を見物することを伝え入場料3元支払う。門を開けてもらい徐庶故里を見物する。

hubei098敷地は狭く建物も小さいが奥には徐庶像がある。入場料3元なら徐庶像があるだけで十分満足だ。

宿に戻るが・・・

hubei099水鏡荘、徐庶故里と南漳での目的は達成した。バスターミナルに戻り襄陽行きバスに乗車する。13:40頃、客が集まり出発する。14:25頃、襄城汽車客運站に到着。14路のバスで駅前に戻り宿に戻るが、何と部屋では雨漏りが発生しベットが水浸しになっていた。昨夜は天井裏を鼠が走っていたが、昼間は雨漏りか・・・。まだ、ベットがもう1つあるから何とかなる。この天気で宿を変えるのも面倒だし、頑張って、あと2泊乗り切ろう。武漢へ行けばユースホステルが待っている!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 20元
バス 2元 路線バス
バス 22元 襄樊⇔南漳
水鏡荘 30元
徐庶故里 3元
合計 87元

漢口行きの切符を買って、襄陽城を見物

hubei10007:30頃に起床する。いつもより遅めに起きたが天気は曇りで雨は降っていないが寒い。08:30頃、襄樊駅で明日の漢口行きの切符を購入する。襄樊駅 は比較的大きな駅なのだが售票厅は空いており奇跡的に待ち時間無しで切符が買えた。次は襄陽城を見物するためバス停へ行こうとするが、售票厅の出入口付近で公安3人と床に座り込んで泣き出しそうな農民工1人を発見する。

農民工が何か事件を起こして逮捕されるのかと思い様子を伺うと、公安3人の口調が妙に落 ち着いて優しい。どうも農民工は逮捕される雰囲気ではない。むしろ保護されているようだ。農民工は半泣きで話をしているので何を言っているか分からなかったが、場所が駅だから切符でも失くしたのだろうか?

ここで撮影をしたいところだが、售票厅は人が少なく公安に見つかると面倒なことになりそうなので断念する。09:00頃、バス停へ行き1路のバスで東門口で下車し襄陽城の城壁へ登り歩いてみる。

hubei10109:30頃、襄陽城の東南にある仲宣楼に到着する。

hubei102仲宣楼は 劉表、曹操に仕えた王粲を記念して立てられた楼だ。10:00頃、襄陽城の中心にある鼓楼に到着し、北門へと歩く。

hubei103この辺は古い町並みが再現されているが、所々で裏にある普通のビルが見えたりして中途半端な街並みの再現だった。襄陽城も三国志の舞台になってはいるが、現在残っている城壁は明代のもので街並みも明代の街を再現しているのだろうか?

hubei10410:20頃、1路のバスで襄樊駅へ戻り512路のバスに乗換えて古隆中へ向かう。

古隆中

hubei10511:30過ぎ、古隆中に到着する。

hubei106古隆中は「三顧の礼」の舞台で諸葛孔明が隠棲していた場所だ。バス停から奥の道を歩いていくと10分ほどで入口に到着。

hubei107入場料は60元で高い!完全に観光客の足元を見ている。不満ではあるが「三顧の礼」の舞台では引き下がる事はできない。仕方なく入場料60元を支払 う。

hubei108三顧堂

hubei109孔明と劉備、あと一人は?

hubei110内部は草庵、三顧堂、武侯祠、畑などがあり、草庵は漢代の建築で再現されており孔明が晴耕雨読していた雰囲気が味わえるように観光整備されている。一部全く関係ない施設もあるが・・・。

hubei111草庵

hubei112でも、60元はぼったくりだ。観光客も少ないし・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
鉄道 40元 硬座 襄樊→漢口
バス 4元 路線バス
古隆中 60元
合計 115元

長江三峡下り旅行記~三峡下り

重慶港へ

3xia01818:00前に重慶南濱国際青年旅舎を出て南坪の路線バスターミナルから382路のバスで朝天門へ向かう。19:00前、朝天門に到着する。降ろされた終点のバス停から重慶港までは徒歩10分ほどだ。重慶港に到着して3号码头(埠頭)へ行かなければならないのだが乗客たちは重慶港の售票大厅からケーブルカーで埠頭へ下りて行くが、このケーブルカーは有料で2元もする。

自分は金が勿体無いので歩いて行くことにするが徒歩ではどこから下りていけばよいか分からないので、とりあえず、荷物の検査を受けてそのままケーブルカーの方へ進むが予想通り切符を買っていないので係員から追い出される。係員に「歩いて埠頭へはどう行けばよいのですか?」と聞くが無視される。無視されて機嫌が悪くなったので改札口をわざと塞ぎ乗客が通れないようにして再び聞くが「切符を買え」「2元だ」とか言って教えてくれない。

後ろの乗客たちには悪いが改札口を塞いだままでしつこく聞くとようやく「4号埠頭から行け」と横柄な態度で返答。後ろの乗客たちは「韓国人だ!」とか騒いでいる。残念ながら韓国人ではなく小日本が目の前にいるのだが・・・。まあ、歩いて下りるので十分です。係員の態度も貧乏人には横柄だし。

3xia019售票大厅を出て朝天門広場へ向かうと 「4・5・6号码头」と書かれた表示を発見する。暗い階段を下りて行き途中の乞食を無視して進むと埠頭が見えてきた。ケーブルカーが降りていく所が3号埠頭なので周囲を確認して4号埠頭から3号埠頭へ行けそうな道を見つける。

3xia0204号埠頭を通り3号埠頭へ何とか辿り着き江山10号に乗船する。

江山10号で重慶港を出港

3xia021江山10号に乗船してフロントで部屋の割り当てを受けて部屋へ行く。宿泊する部屋は8人部屋でテレビ・トイレ・シャワー付きなのだがドアノブが壊れており、ついでにトイレのドアには鍵がない。4星級と言っても3等室だと星無しの扱いだ。

3xia022おまけに1番眺めが良さそうな最上階の5階は景観台(观景台)になっており60元払わなければ立ち入ることが出来ないし、3階の船首は喫茶店になっている。4階は操舵室、2階は乗客立ち入り禁止で船首から三峡を見ることは出来ない。遠まわしに「金のない貧乏人には用はない。客でなく荷物扱いだ。」と言われているようだ。旅游船と唄っているので金持ちには優しく貧乏人には厳しそうだ。

船内には白人旅行客も数人確認できたが1等室とかの乗客なのだろう。フロントで日程を確認すると11/6 23:00重慶発、11/10 02:30宜昌着となっている。真夜中に宜昌着とは・・・。それと、食料はカップ麺3個しかない。3等室で見かける乗客はカップ麺を1箱とかお菓子を大量 に買い込んでいる。船内や上陸地点では食料は高いから事前に準備しているのだろう。自分もカップ麺を1箱とか買い込んでおけばよかった。でも、中国のカッ プ麺は唐辛子をやたらと使っているので辛いだけで美味しくないから・・・。

3xia02322:00頃、部屋にいた乗客たちが寝始めたので自分も寝ることにする。明日は 06:30に豊都鬼城着となっているので皆早寝のようだ。寝ていると警笛が鳴るのでGPSで時間を確認すると23:00だった。出港したようだ。明日起きたら豊都鬼城だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 1元 路線バス
合計 21元

豊都鬼城

3xia02405:30頃に起床する。外はまだ夜が明けていないが乗客たちは既に起きている。06:30を過ぎても豊都鬼城には到着しておらず結局到着したの07:00頃だった。

3xia025豊都鬼城は09:30までに乗船、10:00出港でそれまでは自由行動だ。自分は徒歩で豊都鬼城へ向かうが乗客は電動カートで移動していく。豊都鬼城は伝説によれば人は死ぬと皆この地に帰ると言い伝えられており仏教と道教を合わせて地獄を表現している。まあ、日本の恐山のような所だ。

3xia02607:20過ぎ、豊都鬼城の入口に到着するが入場料は80元なので予定通り船へ引き返すことにする。分かっているが入場料高すぎだ!途中で朝食にワンタン麺(馄饨面)を5元で食べる。やはり観光地での食事は高い。通常は3元前後だろう。でも、カップ麺よりはましだろうか?悩むところだ。

3xia027五雲楼

3xia028江山10号

3xia02908:00頃、船に戻るがほとんど乗客はおらず静かだった。10:00になり出港の時間なのだが遅れているようで10:15頃に豊都鬼城を出港する。次の青龍瀑布は16:00到着になっている。それまでは、長江の景色を見て過ごすことになりそうだ。

青龍瀑布はバスで・・・

3xia03016:00頃、青龍瀑布埠頭(庆龙瀑布码头)に到着するがフェリーに乗船しているガイドに聞くと青龍瀑布まではここから更にバスで40分、見学は40分ということだった。

3xia031見学40分では青龍瀑布だけで甘寧墓までは見ることは出来ないだろう。それに入場料80元は高すぎる。青龍瀑布は止めておくことにしよう。船は青龍瀑布へ行く乗客を降ろすとすぐに出港する。先に進んで19:00頃に青龍瀑布へ行った乗客と万州で合流するということだった。

万州に寄港

18:30頃、万州に寄港する。ここで青龍瀑布から戻ってくる乗客を待つのだが下船することは出来ない。でも、埠頭の売店とかを利用するのは大丈夫だが外へは出られなくなっていた。19:00頃、青龍瀑布から乗客が戻ってきて19:30頃出港する。

予定より少し遅れているが22:00頃、次の張飛廟到着と知らされる。それまでは船内でくつろぐのだが、この江山10号の乗客の質は、まあ、はっきり言って凄い。そこらじゅうで優秀な中華民族が痰を吐く音を奏でている。同じ部屋の乗客も、あの「かー、ぺっ!」と音を出して痰を吐いている。やはり中国人が利用する観光フェリーということだ。乗客は皆、旅行客だから収入が高くてマナーもしっかりしていると思ったが、その辺の農民と同じだった。

張飛廟

3xia03222:00頃、張飛廟に到着する。下船して張飛廟まで歩いていくが入場料が40元なので入口を見て終わりにする。船に乗船しているガイドが「張飛廟見る の?」と聞くので「入口だけ」と答える。このガイドは船会社のガイドらしく乗船時に部屋の割り当てとかをしてくれた。それに、こちらが日本人ということも 知っている。各旅游景点で下船するたびに「見るの?」とか言って入場券の売り込みもしっかりしている。まあ、小日本がうろちょろしているので目に付くのだ ろう。

3xia033張飛廟は18:00には閉まってしまうのだが夜に三峡下りのフェリーが寄港するので実際はフェリーが来る限りは入れるようだ。張飛廟は見物するか迷ったがお金が勿体無いので張飛廟の入口だけ見物して船へ戻る。途中、食堂で素麺を4元で食べるが張飛廟から戻ってきた乗客達が「張飛廟は小さな廟だった」と話しているのが聞こえた。どうやら40元払って見物するほどの物ではなさそうだ。

3xia034船に戻り23:00頃、就寝する。明日は06:30頃、白帝城到着だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
合計 15元

白帝城到着と思ったら

3xia03506:30頃、白帝城に到着したと思ったら手前の奉節に到着していた。白帝城へ行く乗客はここから小型船に乗換えて向かうことになっていた。小型船は白帝城の入場券(90元)を買った乗客しか乗れないので自分は埠頭を散歩するしか出来なかった。

3xia036奉節の埠頭

3xia037三峡ダムの175m水位標識

3xia03810:00過ぎに白帝城から乗客が戻って来たが2隻の小型フェリーを繋げて戻ってきた。

3xia039連環の計をやっているようだ。風向きもちょうど良いので火舟を突入させたらと考えてしまう。

3xia04010:30に奉節を出港するが予定では10:00出港だったのだが・・・。

白帝城と瞿塘峡では痰、唾が降る

3xia041奉節を離れて10分ほどで白帝城を通過するが、ただの小島で三峡ダムのせいで想像とかなり違っていた。

3xia042白帝城を通過する頃から風景もいよいよ三峡らしくなってきた。瞿塘峡を通過するようだ。

3xia043瞿塘峡に入ると金持ちの中国人たちは5階と3階の船首から三峡下りを満喫するのだが、金のない貧乏人の小日本は2階の船首近くで瞿塘峡を見物する。でも、 前方に広がる瞿塘峡をすべて見ることは出来ない。今更60元払って5階の景観台から見物しようにも場所はないだろう。

3xia044まあ、貧乏人らしく通路から瞿塘峡を 見物するのだが、上から頻繁に痰、唾が降ってくる。白帝城を通過する頃からだ。そう、3階と5階にいる金持ちの中国人たちが吐いた痰、唾だ。痰、唾だけで はなく、ついでにゴミも降ってくる。さすが5000年の歴史を持つ中国だ。三峡下りでも痰吐き、ゴミのポイ捨ては健在だ。上から痰やゴミが降ってくる中で瞿塘峡の撮影を撮影をする。

3xia045瞿塘峡の景色は良いのだが上から絶えず痰が降ってくる。優秀な中華民族は三峡下りでも痰吐きは忘れないようだ。自分のような小日本にはとても真似出来ない。一等国の中国の人民たちの行動は三等国の小日本には理解することが出来ないだろう。小日本も優秀な中華民族に見習い三峡下りで痰を吐くようにしなければならないのだろうか?

中国政府は「痰を吐くな、ゴミのポイ捨てするな」と宣伝しているが、三峡は「痰吐き、ゴミのポイ捨て」が常識のようで中国政府の統治が行き届いていないようだ。

巫山から小三峡

3xia04612:15頃、巫山港に寄港する。ここから小三峡へ小型船で向かうのだがお金のない自分は小三峡の入場料210元が払えないので埠頭で小三峡へ向かう小型船とお金持ち中国人たちを見送る。もちろん、白人も数人いた。

3xia047巫山港は明日の05:00出港予定なのでそれまで自由行動なのだが、港から巫山の街まで登る気は起きないので港の食堂で4元の炒飯を食べるが三峡下りでようやくそこそこ量のある食事ができた。

3xia048今までは量が少ない餛飩や素麺とかだったが巫山で値段と量がまあまあ妥当な店があった。18:45頃、小三峡から乗客が戻ってきた。恐らく小三峡の景色は絶景だったのだろう。まあ、貧乏人の小日本には訪れることの出来ない場所だ。

ぼったくり食堂に遭遇

夕飯を食べに下船して港にある食堂で夕飯を食べるが、ここはぼったくり食堂だった。土豆丝と米饭を3杯で会計時にご飯が1杯3元とか老板がほざくので、文句を言うとメニュー表を老板が持ってきて「1杯3元だろ」とか言うがメニュー表には「米饭3元/人」と書いてある。「1人3元じゃないか」と言って8元払うが老板は「お前韓国人だろ」とか言うが無視する。

どうやら漢字が読めないと思って騙そうとしたようだ。韓国人でも漢字は読めると思うのだが・・・。どうして優秀な中華民族は騙して商売しようとするのだろうか?騙して商売するのは中華民族の伝統なのだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
合計 20元

巫峡

3xia04906:00頃、巫山港を出港する。予定だと05:00出港だったのだが遅れての出港だ。恐らく夜明け前なので明るくなってから巫峡を通過するように調整したのだろう。06:30頃に夜が明けてきた。

3xia050早朝ということもあり外は結構寒い。

3xia051巫峡。

3xia05207:00頃、船内放送で女神峰を通過していることを知る。左舷には旅行客が溢れており皆撮影をしている。近くで団体客がガイドの説明を聞いており一緒に 説明を聞く。女神峰を見てすぐに船内へ戻る。さすがに長時間外にいるのは寒くて辛い。

3xia053船内に戻り07:30頃、重慶市から湖北省へ入る。
3xia054巫峡

巴東を過ぎて屈原故里へ

3xia055湖北省へ入り巴東を通過する。10:20頃、梯帰の屈原故里に到着する。

3xia056屈原は春秋戦国時代の楚国の政治家、詩人である。屈原故里は入場料が90元なので当然ながら見物しない。

3xia057旅游区に入るだけでも2元取られるので埠頭から屈原故里を見るだけにする。

西陵峡

3xia05813:00頃、西陵峡を通過する。

3xia059西陵峡が三峡下り最後の峡谷のようで一番の見せ場らしい。

3xia060トラックを積んだ船を追い越します。

3xia061西陵峡は三峡ダムを通過したあたりまであるようだ。

3xia062西陵峡を眺めながら過ごす。

三峡ダム

3xia06314:15頃、三峡ダムに到着する。ここで三峡ダム近くの太平渓港に寄港して三峡ダムを見物する乗客が下船していく。更に宜昌へ行かずに武漢へ行く団体? の乗客は荷物を持って下船し、三峡ダム見学後にそのままバスで武漢へ向かう。ここで気付いたのだが、この船には白人が16人乗船していることが分かった。 まあ、恐らくもっといるかもしれない。
3xia064自分は当然のことながらお金がないので太平渓港を見物して船に戻る。予定では17:00出港なので、それまでHP作成で過ごすことにする。

三峡下り最大の失敗

17:00頃、三峡ダムから乗客たちが見物から戻ってきた。船内放送では夕食の案内を放送しており、最後の食事だからと2階の餐厅へ行く。ここで什锦炒饭 (10元)と青椒土豆丝(8元)を食べるが、何とご飯が食べ放題だった。この時、三峡下り最大の失敗に気付く。ご飯が食べ放題ならわざわざカップ麺を食べたり、港や観光地の高い食堂を利用する必要はなかった。

1日2食、青椒土豆丝だけで十分乗り切れたのだ。ご飯1杯1元と換算しても4,5杯は十分食べられ るので余裕で元は取れるではないか!反省しながら什锦炒饭と青椒土豆丝を食べるが少しでも元を取るべく、更にご飯を3杯食べるが、ここで追い討ちをかけるように緊急事態発生!ご飯のお代わりに行っている間にテーブルの青椒土豆丝が片付けられているではないか!すぐに服務員に言ったが既に時遅しで青椒土豆丝は処分されていたが、代わりに麻婆茄子(10元位)を持ってきてくれた。

まあ、炒飯食べて更にご飯を食べている客なんて普通はいないから片付けられても不思議はない。でも、代わりに麻婆茄子とは・・・。茄子は嫌いなのだが・・・。しかし文句は言っていられない。麻婆茄子もしっかり食べて満腹の状態で餐厅を後にする。大食いで米さえ食べられれば良い人にとっては江山10号はある意味で天国だ。自分は天国を見つけるのが遅すぎた。

三峡ダムを通過

3xia065ちょうど餐厅で食事をしているときに江山10号が太平渓港を出港して三峡ダムへ向かう。

3xia066三峡ダムのロック式ゲートを通過するのだが、このゲートがやたらとでかい。ゲート内には既に何隻かの船がいます。さすが中国が誇る三峡ダムだ。18:45頃、ゲートへ突入する。

3xia067水位は156m前後です。

3xia068最初のゲートが閉まりました。

3xia069水位が徐々に下がります。

3xia070ゲート内の水位が下がり、次のゲートへ向かうのだが、この間に1時間近くの時間が掛かる。

3xia071船が次の区画に移動するとゲートが閉まります。

3xia072乗客も撮影に夢中です。

3xia073巨大な扉が閉まると放水が始まり水位が下がり次の区画へ進みます。初めは乗客たちと一緒に写真撮影をしていたのだが徐々に食後の眠気が・・・。部屋に戻り寝ることにする。ゲート通過後に三峡ダムを撮影しようと思ったが夜ではほとんど見えない可能性があるので宜昌まで寝ることにする。宜昌には明日の02:00到着予定だ。

三峡下りを振り返る

今回の三峡下りを振り返ってみるが江山10号については不満が多い。船首部分から三峡の風景を楽しむには5階の展望台と3階の喫茶店からしか見ることが出来ない。5階の展望台は60元を払わなければ立ち入ることはできないし、3階の喫茶店は当然利用することもない。これは金のない客の締め出しで金持ちしか利用できない。

貧乏人は船尾から三峡の全景を見ることができるが船首から見るのと比べれば見劣りするだろう。船室はドアノブが壊れているしトイレの鍵はない。シャワーはあるがトイレとシャワーが一体になっているので鍵無しで使うのは・・・。

乗客についてはほとんどは中国人で常に痰吐きの音を聞いたり、長江に痰を吐いたりゴミを捨てる光景が目撃できる。白人の乗客もいるが白人は一等室とかだろうからあまり不快な思いはしてはいないだろう。餐厅はご飯が食べ放題だから大食いにとっては非常に助かる。まあ、総合的に考えれば今回の三峡下りは料金の割にはあまり良いとはいえなかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
合計 18元

四川省旅行記~綿陽編

鉄道で綿陽へ三国志遺跡の旅

sichuan2370630頃、宿を出て0700過ぎに成都駅に到着する。

sichuan238既に7404次の改札が始まっていたが鈍行列車の普通慢車なので乗客は少なめであった。途中の田舎の駅で人民が乗り込んでくるのだろう。

sichuan2390732に定刻どおり発車する。予定では綿陽には1031着であり約3時間の列車の旅になる。乗客が少ないので車内 で唾や痰を吐いたり、窓からゴミを捨てるような民度の低い人民には幸い遭遇しなかった。おかげで快適に綿陽まで乗車できた。

「涪城の会」の舞台、富楽山公園へ

sichuan2401031に定刻どおり綿陽に到着する。

sichuan24151路で富楽山公園近くの芙蓉橋へ移動します。

sichuan242綿陽駅からは51路のバスに乗車して芙蓉橋で下車する。徒歩5分ほどで富楽山公園の入口に到着する。入口の手前には劉備、関羽、張飛の桃園三結義の像が訪れる観光客を出迎えてくれる。

sichuan243「涪城の会」の壁画

sichuan244富楽閣

sichuan245劉備、龐統の像

sichuan246富楽山公園は劉備と劉璋が対面した場所であり三国志の名場面である「涪城の会」の舞台となっている。こちらは「涪城の会」を再現した像。

sichuan247公園内には「涪城の会」を再現した壁画や銅像、五虎大将、劉備、諸葛孔明、龐統などの銅像があり三国志ファンの為の公園と化している。

sichuan248蜀漢四英

sichuan249富楽山公園の入場券(表)

sichuan250昼頃まで富楽山公園を見物して西山公園へ向かう。

蒋琬墓がある西山公園

sichuan25158路、48路のバスを乗り継いで1330頃、西山公園に到着する。西山公園には諸葛孔明の後継者の一人である蒋琬の墓がある。
sichuan252蒋琬墓

sichuan253恭侯祠の蒋琬像

sichuan254足早に蒋琬墓、蒋琬を祀った祠の恭侯祠、姜維、蒋琬、諸葛瞻が駐屯していた営盤嘴を見物する。営盤嘴は林の中にあった為に捜索に手こずってしまった。

sichuan255西山公園の入場券(表)

sichuan256西山公園の入場券(裏)

sichuan2571450頃、綿陽駅へ戻り成都行きの切符を購入する。今回初めて手ぶらで鉄道の日帰り旅行を達成できた。でも、帰りは無座で成都まで2時間立ったままで帰る破目になった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.8元
鉄道 19元 無座 綿陽→成都
バス 7元 路線バス
富楽山公園 5元
西山公園 2元
合計 44.8元

今日はのんびり休息

sichuan25822日に鉄道で宜賓まで移動するのだが、それまでは成都でのんびり過ごすことにする。まだ成都周辺には三国志関連の遺跡が多数あるのだがまたの機会にす る。22日までHP作成で過ごすのだが成都はかなり居心地がよい。夕飯は宿に宿泊する日本人たちと食べに出かけ色々とうまいものを食べる。1人だと注文できない高い料理でも7人ぐらいだと割り勘で色々と食べられてありがたい。

sichuan259みんなで食べに行く時はたくさん食べて食溜めします。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
合計 16元

成都のイトーヨーカ堂へ行ってみる

sichuan260今日は午前中に成都のイトーヨーカ堂へ 行ってみた。成都には2店舗あるのだが最初にできた市中心部にある店舗に行ってみるが隣に伊勢丹があった。イトーヨーカ堂は北京では华堂商场という名称だったが成都では伊藤洋华堂になっていた。

sichuan261成都のイトーヨーカ堂は反日デモで標的にされていたが今ではそのようなことがあったとは思えないほど賑わっていた。正直言って日本より客が入っている。ここのアンパンが美味しいという情報を宿で聞いたので地下食品売場で買って帰る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.9元
合計 18.9元

陳麻婆豆腐で麻婆豆腐を食べる

sichuan262成都に来たので話のネタになると思い陳麻婆豆腐へ行ってみる。陳麻婆豆腐は清の同治元年(1862)創業の成都で最も有名な麻婆豆腐の店だ。成都には陳麻婆豆腐が2店舗あるが新華公園の対面にある双林店に行ってみる。1100過ぎ、陳麻婆豆腐双林店に到着。見たところテレビで紹介されている店ではないようだが、まあ大きな店だ。因みにテレビで紹介されている方は青華路の店舗のようだ。

sichuan263早速店に入るが昼前なので客は1人だけだった。席に座り服務員が水とメニュー表を持ってくるのを待つが一向に持ってくる気配は無い。服務員たちは話をしておりこちらの事は無視である。仕方が無いので自分でカウンターからメニュー表を持ってきて見始めると、ようやく服務員が来るが注文を聞きに来ただけである。麻婆豆腐とご飯を注文して待つのだが、どうもテレビで紹介されている陳麻婆豆腐とはイメージが違う。

テレビで紹介される店舗では無いのだが服務員の対応が悪い。やはりテレビで紹介される時と普段は違うのだと理解する。麻婆豆腐が来て写真を撮ってから食べるが美味しいとは思 わなかった。その辺の安食堂の麻婆豆腐よりは食べやすいのだが話のネタに1度食べれば十分という程度だった。味より陳麻婆豆腐という看板に客が来ているのだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
バス 2元 路線バス
日用品 1.2元 石鹸
合計 22.2元

漢中旅行記2007

西安から鉄道で漢中へ

hanzhong00109:55頃に西安七賢国際青年旅舎をチェックアウトする。今日は珍しく天気は雨で傘をさして西安駅へ向かう。西安駅に到着したときにはN360次の改札が始まっており急いでホームに向かう。列車に乗車したが荷物の置き場所の確保に苦労するが何とか網棚にバックパックを置けた。

hanzhong00210:40に出発するはずだったのだが9分遅れで発車する。車内は満席だったか途中の安康を過ぎると空席が多くなってきた。

hanzhong00318:30頃に漢中に到着する。漢中は雨は降っておらず夕日が見えていた。

hanzhong004日没までまだ時間があるのでこのまま勉県に向かうことにして漢中駅の西にある長 征集団中心客運站へ向かう。ちょうどバスターミナル近くで勉県行きのバスが停まっていたので料金を聞いて乗り込む。勉県まで6.5元で高速道路並みに飛ば して1時間ほどで陝西長征運輸集団勉県汽車站に到着する。

陝西長征運輸集団勉県汽車站から解放北路を南に歩いて和平路の周辺で宿を探す。何軒かの招待所を聞いてみるが1人部屋トイレ・シャワー共同で25~30元が相場だと分かるが外国人は宿泊拒否であったが和平中路にある房産招待所が1泊30元で宿泊可能 だったので泊まる事にする。場所も勉県人民政府から東へ徒歩30秒と勉県の中心にある。とりあえず寝床は確保したので明日はいよいよ三国志観光だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 60元 1泊30元×2
バス 6.5元 漢中→勉県
合計 76.5元

古陽平関、諸葛亮読書台へ行く

hanzhong005朝から雨が降っており雨の中で古陽平関へ向かう。人民政府の近くで3路のバスに乗車して09:00頃に終点の水磨湾で降りる。

hanzhong006すぐ目の前のガソリンスタンドの脇に文物保護単位の石碑があったのですぐに見つかった。

hanzhong007石碑の脇の吊り橋を渡ると古陽平関だ。

hanzhong008予想はしていたが観光客はいなかった。古陽平関を見物して108国道を500mほど戻ると北側の丘に石碑が2つあるのを見つける。

hanzhong009諸葛亮読書台だ。畑を突 き進み丘を登り諸葛亮読書台の目の前まで来たが道がぬかるんでいた動きにくい。雨は止んでいたが道は最悪だ。丘を登りきろうとしたが滑って転んで泥だらけになる。

hanzhong010何とか丘を登りきり石碑を見る。丘を降りる際も滑って転げ落ちてしまう。泥だらけになりつつも武侯祠へ向かう。

武侯祠、馬超墓

hanzhong0113路のバスで10:30頃に武侯祠到着。ここは結構観光客がいて賑わっている。

hanzhong012見学は45分ほどで終え土産物屋で紀念葉書セットでも買おうと思ったが一応 は武侯祠や馬超墓など三国志関連の葉書があるのだが全く関係ないものも混ざっておりがっかりする。

hanzhong013しかも10枚ぐらいで入場料と同じ25元のボッタクリ価格なので買わずに馬超墓へ向かう。

hanzhong014武侯祠から約300m歩いて馬超墓に到着。

hanzhong01510元で見学するが実は馬超墓は脇の水田から自由に出入りできる状態になっていた。ようするに逃票可能だった。

hanzhong016馬超墓を見学後は馬超墓と国道の料金所の間にある漢丞相諸葛武侯墓を見物する。

武侯墓、定軍山

hanzhong018人民政府前の和平中路に戻り次は5路のバスで武侯墓へ向かう。12:30頃に武侯墓の近くで降りる。バスは右へ曲がり西へ進んでいったが、自分はそのまま南へ歩く。

hanzhong017すぐ目の前に武侯墓の看板があり3分ぐらいで武侯墓に到着。30分ほど見学して定軍山へ向かう。

hanzhong019定軍山には古定軍山の石碑があるらしいのだが場所が良く分からないので定軍山を登る事にする。バスを降りた場所と武侯墓の間に道が3つに分かれており1つ が武侯墓、残りが定軍山へ向かう道である。とりあえず左の道を進んでみるが途中で舗装された道が東に伸びていたので東へ進む。

hanzhong0201kmほど進むと定軍山への道が伸びていたのでそのまま定軍山を登る。道を登りきると何やら农家菜の看板が・・・。レストランらしきものがあるだけで他には何も無かった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
バス 6.5元 路線バス
武侯祠 25元
馬超墓 10元
武侯墓 30元
合計 83元

張魯女墓を見る

hanzhong02105:30に起床して張魯女墓を見に行く。まだ朝早くなのでバスはほとんど走っておらず、とりあえず和平中路の東端の諸葛亮像のある三国広場で待つことに する。06:30頃になって6路のバスが来たので乗車して終点の光明まで行く。07:15頃、光明に到着する。

hanzhong022バス停からさらに奥へ500m歩くと張魯女墓の文物保護単位の石碑を見つける。水路の橋を渡り左に進んで丘を登る。

hanzhong023廟が見えてきて廟の裏に張魯女墓があった。他に何か無いか周辺を捜索するが小麦畑 しかなかった。

漢中へ戻る

09:30に張魯女墓から三国広場に戻ってきたが次は漢中王設壇処へ行こうとするが、ここに行くには1路のバスで旧州に行くのだが1路のバスに乗ると何故 か旧州には行かないようで降ろされてしまう。他にも見てみたい場所があるのだがバスで行くのがやや困難なところばかりなので漢中に戻ることにする。 10:30頃に房産招待所をチェックアウトして和平中路の東にある勉県汽車站から漢中汽車站へ移動する。12:00頃に漢中汽車站到着。徒歩で漢中駅へ向かい駅前の江蘇南方招待所を今日の宿に決める。

石門風景区

hanzhong02412:45頃に漢中駅前から102路のバスで褒河へ向かう。13:30頃、褒河に到着。徒歩で石門風景区に進むが帰りに気付いたのだが降りるバス停が早すぎたようで102路は風景区へ続く道の前を通過していた。徒歩で歩くこと30分、14:00頃に風景区の東大門に到着。入場券を買ってダムへ向かう。

hanzhong025ここは諸葛孔明が北伐の時に使用した桟道があった場所でほとんどがダムに沈んだそうだが一部が復元されている。

hanzhong026桟道を歩くが疲れて途中で引き返す。16:30頃に河東店から21路のバスで古漢台に向かう。

古漢台と古虎頭橋

hanzhong02717:15過ぎに古漢台到着。

hanzhong028碑林を見学して古虎頭橋へ向かう。

hanzhong02918:10過ぎに古虎頭橋到着。万宝商城の1階にあるのだが隣がケンタッキーだった。

hanzhong030石碑が保護されているのはよいが周辺との雰囲気の差が大きすぎる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 30元
鉄道 22元 硬座 漢中→旬陽
バス 2元 路線バス
バス 6.5元 勉県→漢中
石門風景区 30元
古漢台 30元
合計 120.5元

拝将壇

hanzhong03108:00頃に駅前の人民路から21路のバスで古漢台へ行く。古漢台から徒歩で5分ほどの所に韓信像のある拝将壇に到着する。

hanzhong032入口に料金徴収係らしき爺ちゃんがいるが地元住民と一緒に入場する。特に何も言われずそのまま韓信像を見物する。

hanzhong033帰りに拝将壇の前に5路のバス停があることに気付く。そのまま5路のバスで漢中駅前に戻る。

漢中から鉄道で旬陽へ

hanzhong034漢中駅で安全検査を終えると身分証確認がありほとんどの乗客が並ばされる。自分も並ばされパスポートを提示する。公安の人はパスポートを提示されるとは思っていなかったようで念入りに確認(日本のパスポートなんか見たこと無いと思う)するのでビザの欄を見せたら、あっさり「行っていいよ!」とのこと。やはりビザがあると何かと融通が利く。ビザ無しはもっと時間が掛かるだろうな。

hanzhong03513:30に漢中から1188次で旬陽へ向かう。車内で乘警が身分証の確認をしておりパスポートを提示する。周辺の乗客は「コイツ何者?」というような感じ見ているが身分証確認は無事終了。まあ、広州行きの列車だから厳しいのだろうか?

hanzhong03618:20頃に旬陽到着。駅前の祥和旅館を今日の宿に決めて孟達墓探索に向かう。

hanzhong037橋を渡り旬陽の中心街を東に歩く。

hanzhong038途中で十字路で西安方面と安康、老県城へ分かれていたので安康、老県城へ向かう。

hanzhong039トンネルを抜けT字路を老県城へ向かうと正面に孟達墓のある文星塔が見えてきたが漢江を渡る橋が無い。どうやら十字路で西安・白河方面の道を進むべきだったようだ。日没まで時間が無いので大体の道を確認できたので明日再び孟達墓へ向かう。

両替
JTBグローバルキャッシュ 2000元(中国建設銀行で引き出す) 1元=16.7665円

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.4元
宿泊費 20元
バス 2元 路線バス
合計 33.4元

孟達墓へ向かう

hanzhong04006:30頃に孟達墓へ向けて出発する。城区から橋を渡り漢江の南側を319国道にそって約20分ほど歩くと昨日老県城から見えた文星塔の下へ来た。文星塔へ登る場所を探しながら白河方面へ歩くと幾つか怪しい小道があるが登ってみると民家に辿り着いたりと違っていた。

かなり歩いたところで再び小道を登ると民家の脇を抜け畑に出る。畑のあぜ道が遠回りだが塔の方へ向かったいる。畑にいた農民の脇を過ぎ塔へ向かう。途中で崖の脇を通り集落に迷い込む。集落から漢江の橋が見えるので文星塔は近いようだ。集落を歩くと目の前に文星塔が現れた。

hanzhong041文星塔の裏にある塚が孟達墓だ。

hanzhong042文物保護単位の石碑は破壊され残骸だけが残っていたが何とか旬陽での目的は達成できた。

hanzhong043

hanzhong044

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hanzhong046帰りは文星塔の下の道を降りていくと橋のすぐ近くの民家の裏に辿り着き民家の脇を通り城区へ戻る。

1187次で旬陽→安康

hanzhong04709:00頃、城区に戻り旬陽汽車站で西安行きのバスを確認する。運賃は50元とあったので窓口で出発時間を聞くと西安行きは無いといわれる。困った事態になった。旬陽→西安のバスが無いと鉄道しかないのだが実は西安行きの列車は旬陽と旬陽北に停車しないのだ。こうなると思いつく方法は漢中方面に戻る形になるが安康に移動して安康から西安に戻る方法だ。時刻表を調べると1187次で安康へ戻れば漢中発西安行きのN358次に間に合う。

hanzhong04810:00頃に祥和旅館をチェックアウトして旬陽駅へ。

hanzhong049

hanzhong050

hanzhong051無座切符(旬陽駅は硬座の割り当て無し)を購入して無座で列車の最後尾車両から線路を見ながら安康へ。

hanzhong05211:23頃、安康に到着してホームを歩いていると車両から担架で誰か降ろされている。急病人のようだ。しかしよく見ると病人の顔は黒く変色している。病人で無く死体であった。駅員が4人で死体を乗せた担架を運んでいく。出口へ向かう乗客たちは足を止め見ている。中国では乗客と一緒に死体も運ばれていた。日本ではありえない事だ。せめて分からないようにシートで全体を隠してほしい。わざわざ黒く変色した顔だけ見えるようにしているとは・・・。

N358次で安康→西安

hanzhong053出口を出てそのまま切符売り場へ直行する。列に20分ほど並び無座切符を購入して待合室へ行く。

hanzhong05412:30過ぎに改札が始まり列車に乗り込む。車内は空いていたが安康で乗車する乗客が多くすぐに車内は大混雑になる。約4時間立ったままで西安へ向かう。長い道のりだが唯一の救いはバックパックを網棚に置けた事だろう。

hanzhong05516:45頃に西安到着。西安到着時には列車番号はN359次に変更されていた。

湘子門国際青年旅舎に宿泊

hanzhong056今日の宿は南門近くの湘子門国際青年旅舎にしようと思い西安駅から603路のバスで南門へ移動する。17:15頃、湘子門国際青年旅舎に到着。ドミトリーが空いているか聞くと6人部屋が空いており1泊35元なので2泊することにする。ここの建物は明清建築の四合院を利用しており正直言ってユースホステルとは思えないぐらい豪華になっている。恐らく西安にあるユースホステルでは1番の設備かもしれない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 70元 1泊35元×2
バス 1元 路線バス
鉄道 4.5元 無座 旬陽→安康
鉄道 37元 無座 安康→西安
合計 122.5元

北京旅行記~三国志紀行 涿州

劉備の故郷・涿州へ向かう

beijing391今日はいよいよ劉備の故郷・涿州を訪れることにする。05:20頃に起床して急いでメールを確認してから宿を出発するが・・・。しかし、雨が降っている! 涿州行きをやめようかと思ったが先日、坦克博物館へ行くときのようにすぐに雨が止むと判断して傘を差して出発する。06:20頃に天橋のバスターミナルで 917路の涿州開発区行きのバスに乗車する。

beijing39217路は支線がいくつかあるのだが涿州行きは917路支4になる。06:30頃に天橋を出発して盧溝橋を通り過ぎ2時間ほどで涿州に入る。市内に入ると鼓楼大街を過ぎて、すぐに市政府で停車する。鼓楼大街は劉備、関羽、張飛が知り合ったというところだ。バスを降りようと思ったが終点まで行ってみることにした。

beijing39308:30頃に終点の涿州開発区に到着する。終点は意外にも天下第一州の牌坊の前であった。天下第一州 の牌坊は三国志とは関係ないのだが清の乾隆帝が南巡の際に涿州を訪れた時に”天下第一州”と書に記したそうだ。牌坊自体は新しいのだがこういう故事が残っているので写真撮影をして1路のバスに乗車して鼓楼大街へ向かう。

鼓楼大街を散歩して涿州駅へ

beijing3941路のバスに乗車して鼓楼大街へ向かう。バス停名が分からないので乗務員さんに「市政府へ行きますか?」と聞いて大丈夫だったので運賃1元を支払いそのまま 乗車する。しばらくして09:00頃、市政府前に到着して下車する。ここのバス停は東大街というようだ。

市政府近くで徒歩1分ほどで鼓楼大街の入口に到着する。「ここが劉備たちが知り合った場所なんだ」と思いながら鼓楼大街を散歩するが特に記念碑も無く普通の商店街であった。鼓楼大街は牌坊以外は何も無いので涿州駅へ向かうことにした。

beijing39509:25頃、徒歩10分弱で涿州駅に到着する。

beijing396涿州駅前はバスターミナルになっており涿州の交通の拠点になっている。もち ろん、三国志観光の拠点にもなる。まずは涿州駅の写真撮影をするが駅前の売店に「地図」の文字を発見する。売店では涿州と保定の地図が売られていたので涿州の地図を2元で購入する。

続いてバスで移動なのだが、ちょうど三義宮へ行く7路のバスが出て行ったので4路のバスで中央電視台中国影視城へ向かうことに した。影視城へ行く途中に盧植墓もあるようだがまずは影視城へ行く。

影視城は広い!

beijing39709:30頃に涿州駅を出発して10:30頃、影視城に到着する。影視城は三国演義や大漢天子などが撮影された場所で、無錫の三国城などと並ぶ中央電視台の撮影基地である。

beijing398入場料50元を支払い入場するが平日なので観光客はそれほど多くはないのだが、ガイドのお姉ちゃんたちが待ち構えていたので無視して進 む。

beijing399お金があればガイドをお願いしてミニバスで楽々移動するのだがあいにく貧乏人なので広い影視城を徒歩で移動する。まずは入口付近を見て回るがとにかく広い。

beijing400東大殿では撮影をしていたので見物できずに他を見ようにも広すぎて疲れるので銅雀台を見物して退散することにした。

beijing401疲れながらも銅雀台に到着するがとにかく大きいのに驚く。ついでに痛んでいる場所も多いのに驚く。銅雀台には観光客が記念撮影したりして影視城の中では賑わっている方だ。それと、何故か雀が多かった。銅雀台は雀には良い住処になっているのだろうか?

beijing402銅雀台の対面の三号城楼では撮影が行われており周辺では兵士を見ることができた。

beijing40311:30頃に影視城から盧植墓へ向かう。

盧植墓は閉まっていた

beijing4044路のバスで卢家场へ向かうがバスの乗務員さんに卢家场のどこで降りるか聞かれメモを見せて盧植墓で降りることを告げると乗客に「韓国人か?」と聞かれ、いつものことながら面倒なので「そうです」と答える。そうすると乗務員さんや乗客が妙に親切に話しかけてきて盧植墓の前で停車してくれた。乗務員さんや乗客が妙に親切な理由は三義宮を訪れたときに判明する。

beijing405バスを降りて畑の奥に廟らしきものが見えるので歩いていくと盧植墓であった。しかも、ここは盧植墓だけでなく盧氏発祥の地らしく、どうやら盧氏総本家の墓でもあるようだ。盧植墓まで来てはみたものの扉は閉まっており扉の隙間から盧植墓が見えるだけだ。

beijing406周囲に民家はあるものの誰もいない。壁に穴でも開いていないかと周囲を見て回るが駄目であった。諦めて盧植墓を後にして昼頃に涿州駅へ戻る。

三義宮を訪れる

beijing40712:40頃、涿州駅から7路のバスで107国道を南に進み三義宮へ向かう。張飛廟を過ぎて1km程走り13:20頃、三義宮に到着する。バスを降りると 目の前には三義広場があり劉備、関羽、張飛の銅像がある。もちろん、写真撮影をする。三義広場で休憩をして14:10頃、三義宮に到着する。

beijing408三義宮には観 光客が少人数であるが訪れていた。三義宮の前は広場になっており地元のお年寄りが寛いでいた。広場には涿州の観光地が紹介されており、ここで盧植墓の意外な事実を知った。盧植墓が盧氏発祥の地になっていることは盧植墓を訪れたときに知ったが実は韓国の盧氏は分家筋にあたるらしい。盧武鉉、盧泰愚といった韓国の大統領も盧氏の家系となっている。だから、盧植墓へ行くときに「韓国人だろ!」と言われた訳だ。妙に親切だった訳も分かった。

beijing409盧植墓でのことも分かり入場料20元を支払い三義宮を見物するが管理人らしき老人が頼んでもいないのに三義宮の説明を始める。

beijing411途中で「どこから来たの?」と聞かれ「日本から来たと」と答えると三義殿に案内され「線香を挙げるか?」聞かれ金を取られそうな気配を察知して断ると説明はここで終わった。

beijing412しかも、三義殿には何やら怪しげ な占い師だか道士が2人いたが観光客がお金を支払っていたので無視をする。

beijing410劉備たちの像を見て桃園三結義碑の写真撮影をするだがちょっと来る時期が早かったようだ。碑の周囲には予想通り桃の木が植えてあったのだが咲き始めの頃 だった。北京では満開の桃の花を見たのでちょうどいいと思ったが品種が違うせいなのかちょっと早かったようだ。

張飛廟へ

beijing41315:00頃に三義宮から張飛廟へ徒歩で移動する。約2~3km程の道のりを歩き15:30頃に到着する。

beijing415入場料20元を支払い見物する。

beijing414張飛廟には張飛廟のほかに張飛古井と桃園三結義原址がある。ここでも何故か怪しげな占い師だか道士がいたのだが金を取られそうなので無視をする。

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beijing418張飛廟を見物して107 国道に戻るのだが途中で16路のバスとすれ違う。16路のバスが張飛廟を通過していく路線と分かったのだが、「この道が路線バスの経路なのか?」と思うほどの細い道を通っていく。国道から13路のバスで涿州駅へ戻る。

漢昭烈皇帝劉備故里碑を訪れる

beijing41916:45頃、涿州駅に戻ってきた。駅の切符売り場で北京行きの列車を確認するがとっくに出発した後だった。しかも、切符売り場も閉まっていた。でも、切符売り場の天井に劉備、関羽、張飛の絵が描いてあるのを発見して迷わず撮影する。17:00頃に3路のバスで大樹楼桑村へ向かうがよそ者が大樹楼桑村に行こうとするので乗務員さんに色々聞かれる。

乗務員:「大樹楼桑へ何しに行くの?」
自分:「ここに漢昭烈皇帝劉備故里碑があるから見に行きます。」
乗務員:「劉備故里碑?聞いたこと無いよ!」
周りの乗客もなんか騒いでいる
自分:「大樹楼桑村までいくらですか?」
乗務員:「4元だよ。最終バスは5時だよ!帰りのバス無いよ」
自分:「構いません」
4元支払う

まあ、周囲は騒いでいるが自分は大樹楼桑村へ向かうことしか頭に無い。バスは南に向かい走るが乗客たちは相変わらず騒いでいる。話の内容は自分の事だとい うのは分かっている。「大樹楼桑に外国人が来た事なんてないよ!」とか一部聞き取れた。17:30頃、大樹楼桑村の入口に到着する。

バスを下車すると一緒に下車した地元のお姉ちゃんが「劉備の碑まで案内してあげるよ」というので普段なら無視するところだが案内してもらうことにした。地元の人はさすがに知っているようだ。先にお姉ちゃんの家によってからということで話をしながら畑のど真ん中を歩いていく。お姉ちゃんの家に到着するとお婆ちゃんがいて、さらに 子供が遊んでおり、実はこのお姉ちゃん結婚していて子供がいた。お婆ちゃんは妙に親切にしてくれて飲み物まで出してくれたがさすがに悪いので遠慮した。

お姉ちゃんがお婆ちゃんに「劉備の碑は学校のそばでしょ」と聞いており目印は学校と覚える。お姉ちゃんに連れられ石碑へ向かうが途中で地元住民に会うたびに 「この人、劉備の碑を見に来たんだよ」と言っている。何やら大々的に宣伝されている。恐らく明日までには大樹楼桑村のほとんどの住民が外人が来たことを知っていそうだ。

beijing420少し歩くと畑の中に石碑があり、17:50頃ついに漢昭烈皇帝劉備故里に到着である。さっそく写真撮影し始めるが石碑には落書きが・・・。すぐ近くに学校 があるので子供がやったことはすぐに分かったのだが、ちょっと残念。石碑を撮影したので帰らなければならないのだが3路のバスは既に無い。

beijing421道は分かっているので歩いて涿州駅まで戻れないことは無いが917路の最終バスが何時なのか分からない。お姉ちゃんが「タクシーで帰るならすぐ呼べるよ」 というので呼んでもらうことにする。石碑の近くのタクシーの運ちゃんが住んでいるようなので運ちゃんの家に行くが運ちゃんがあいにく不在だったが家の人が携帯に電話して呼んでくれた。

しばらく、運ちゃんの家でお姉ちゃんと運ちゃんの家族の話を聞きながら待つ。運ちゃんが戻ってきてお姉ちゃんに礼を言って 18:15頃に大樹楼桑村を出発、18:30頃に917路が停まるバス停に到着、運ちゃんに40元支払う。

バス停の標識に917路の最終時間が表記されていなかったので運ちゃんが近くで917路の最終時間を聞いてくれて、まだ大丈夫なことが分かった。運ちゃんに礼を言うと、運ちゃん早速帰る。バス停で少し 待っていると北京方面へ行く人が集まってきてバスもやってきた。18:40頃に涿州から北京へと出発して20:30頃、天橋に到着する。

今回の長旅はタクシーで思わぬ出費と917路の始発バスに乗れなかったことが反省すべきことだろう。1日だけで涿州の三国志観光をするには始発バスに乗るのが第一条件だ。漢昭烈皇帝劉備故里も夕方前に訪れるのが良さそうだ。お金があればタクシーか三輪バイクタクシーをチャーターするのが良いが、漢昭烈皇帝劉備故里と 三義宮、張飛廟の3ヶ所は涿州駅前にレンタサイクルがあるのでこれを使えばバス待ちの時間も必要無いので意外と使える可能性がある。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
バス 42.2元 路線バス
タクシー 40元
影視城 50元
三義宮 20元
張飛廟 20元
地図 2元
合計 183.2元