四川省旅行記2015春 三国志遺跡 剣門関・翠雲廊

四川省へ入る

成都到着

05:00頃、起床する。朝のトイレ争奪戦に巻き込まれる前にトイレでウンコしていたら地球の歩き方を便器に落としてしまった。中国の鉄道では便器にスマートフォンとかを落としたら最後、基本的にそのまま線路に落ちて戻ってくることはない。戻ってきても便器に落ちたスマートフォンとかはもう使えないけど・・・。地球の迷い方とか散々文句を言っていたが、何だかんだ言って利用していたので無くなると痛い。

でも、4年前に買った11-12版の古い奴だし、14-15年版をPDFにして持っているので、まあ何とかなるだろう。それにロンリープラネットの中国語版や走遍中国とか現地のガイドブックも読んでおけばいいし・・・。

05:50頃、成都へ近づいてきたので乗務員による換票証と切符の交換が始まった。成都が終点なので全員が切符と交換する。途中駅だと下車する乗客だけ切符と交換するので寝ていても叩き起こされて寝過ごすことがない寝台車特有の便利なシステムだ。

06:54頃、成都駅に到着する。

07:10頃、駅前広場東側にある切符売場にやってきた。ここでインターネットで予約購入しておいた明日の広元行きの切符を受け取るが、いつも通り窓口に並んで切符を受け取るのではつまらない。

そこで、窓口に制服を着ていない実習生がいたので、実習生の窓口に並ぶ。さて、実習生はパスポートを出されて無事に発券できるだろうか?その前に自分の前のおっちゃんが今日のD2256次、成都東09:24発→合肥南21:15着の無座切符を449.5元払って購入していた。バカ高い高速鉄道なのに11時間51分かけて無座で移動するとはなかなか気合いが入っている。

自分の番がやってきて、パスポートと予約番号の書いたメモ紙を窓口の実習生に出す。ちゃんと端末叩いてパスポート番号入力して発券してくれた。実習生でも一通り端末の操作方法は習得しているようだ。

明日の切符を入手したので、あとはBooking.comで予約しておいたユースホステルへ向かうだけだ。切符売場の裏にある駅東のバス発着場から11路のバスに乗車する。運賃は2元だ。

青羊小区で下車して5分ほど歩いて成都鉄器社国際青年旅舎(Chengdu Blacksmith International Youth Hostel)に到着する。

部屋は11人ドミトリーで1泊30元(会員料金)だ。11人ドミトリーでも比較的部屋は広く、おそらく14人ぐらいは収容可能だろう。周辺はコンビニから食堂まで一通り揃ってるので長期滞在も可能だ。

四川料理の鋪盖麺

朝食兼昼食に雑醤鋪盖麺(杂酱铺盖面)を食べる。値段は大盛り(10元/約200円)だ。鋪盖麺は麺料理の一種で四川料理の一つになる。

街中では重慶鋪盖麺(重庆铺盖面)の看板をよく見かけるので重慶が本場のようだ。鋪盖麺は細長い麺ではなく四角に引き伸ばした麺が特徴である。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
宿泊費 30元 会員料金
バス 2元 路線バス
合計 52元

鉄道で成都→広元

成都駅へ

06:00頃、起床して出発準備を整え始める。
外はまだ夜が明けておらず真っ暗だが地元民の声が聞こえるのですでに営業している店もあるのだろう。08:30頃、ユースホステルをチェックアウトして青羊小区のバス停から11路のバスで成都駅へ向かう。

09:20頃、成都駅に到着するが駅近くの歩道橋では乞食がすでに営業活動中だ。社会主義国には本来は存在しないはずの乞食だが何故か中国にはいる。しかも、職業乞食はかなり儲かるらしい。この乞食も職業乞食なのだろうか?乞食のことはこのくらいにして駅前広場へ移動する。

途中で信号機付きの横断歩道があったのだが誰も信号を守っていない。まあ、交通ルールを守らないのは中国では当たり前の光景で特に驚くほどのことではなく日常の光景だ。しかし、この横断歩道には警杖をもった警官が警備している。しかも、他にも横断歩道から5m以内の場所には電動カートに乗った警官が4人井戸端会議中だ。

警官は赤信号無視を放置している。警官が誘導しているのなら分かるが放置しているというのは・・・。ここまであからさまに警察が機能していないというのは中国は大丈夫なのか?09:25頃、駅前広場に到着するがカオス度が高い・・・。

いつもの切符と身分証の照合、手荷物のX線検査を済まして待合室へ入る。すでに改札が始まる直前で改札口には行列ができている。

今日は駅へ到着するのが遅かったので先頭は確保できなかった。これから乗車バトルに突入することになる。

今日乗車する列車は10:19発、成都→福州のK390次で途中の広元まで319kmを乗車する。席はもちろん硬座だ。運賃は46.5元だ。

09:35頃、改札が始まり乗車バトルの開始となる。割り込まれないようにバックパックを左右に振りながら後方の乗客を近づけないようにして歩く。

改札口を通過したら素早く移動して列車の乗車する。幸いまだ乗客は少なく荷物の置き場所は余裕で確保できた。発車まで時間があるので機関車の撮影へ向かう。

客車を牽引するのは和階型電気機関車のHXD3Cだ。

10:19に定刻通り列車が発車する。広元には15:17到着予定で4時間58分の旅になる。まあ、実際は遅れそうだけど・・・。車内は珍しく若干空席があり荷物棚も半分くらい空いている。

11:50頃、綿陽に到着する。ここで乗客の半分ほどが降りて入れ替わる。乗車している車両は短距離客に切符が割り当てられている様子だ。広元に近づくにつれ山が多くなり山岳区間に入る。そして、線路沿いに菜の花畑が多く見られるようになってくる。3月下旬になると四川省は菜の花が見頃のようだ。

広元到着

15:11、定刻より6分早く広元に到着する。遅れると思っていたが早く到着した。広元で乗客の半分以上が下車していき自分も下車をする。

そして、ホームへ降りると目の前に今年最大の奇跡の光景が広がっていた。何と中国で一列に整列して乗車しているのだ!ここは中国なのに整列して乗車している。まさに奇跡の光景だ!

駅を出てから、まずはバス停を確認する。広元駅は「上西火车站」と呼ばれているようだ。重要な路線は剣門関行きのバスが出ている南河汽車站へ行く6路と28路、そして、光澤寺へ行く20路のバスだ。広元で滞在するユースホステルは19路のバスで市中医院下車になるが、バス停2つなので歩いて行くことにする。

広元のユースホステル

15:30頃、橋を渡り建設路を鳳凰山公園の方へ歩いて行く。広元市公安局の前を過ぎて広元市中医院の前の交差点を左へ進む。15:50頃、右手に広元苴国青年客桟(广元苴国青年客栈)が見えてきた。今回はeLongで4泊予約しており何とか無事に寝床を確保する。

部屋は6人ドミトリーで1泊30元だ。一応はユースホステルということなのだが、共同のトイレ・シャワーが招待所レベルであった。部屋の方はちゃんとしているのに勿体無い。

16:20頃、広元駅の隣にある長距離バスターミナルの広元市長途汽車站を訪れる。

ここでバスの情報を確認するが運賃表はあったが時刻表はなかった。

16:40頃、駅前から6路のバスに乗車して南河汽車站へ向かう。運賃は2元だ。16:55頃、南河汽車站に到着。

南河汽車站の正式名称は「広元市汽車站」で「広元市旅游集散中心」にもなっており、剣門関や昭化古城へのバスが出ている。そして、成都行きのバスも南河汽車站から発着している。バスターミナルの北には川が流れており南河汽車站と呼ばれている。

17:30頃、北門汽車站を訪れる。

北門汽車站からは明月峡へのバスが出ている。

夕飯はイスラム食堂で牛肉炒飯(8元/約160円)を食べるが物足りない。

さらに別の店で牛肉刀削麺(6元/約120円)を食べるが、斜め前の席のおっちゃんがラーメン食べながら床に痰を吐いている。広元は日本と違い独特の生活習慣があるようだ。

夜になりctripで翠雲廊の入場券を予約購入する。ネットで購入することで50元の入場券が10元割引の40元で購入できた。22:00を過ぎて、ぼちぼち寝ようかと思っていたら同じドミトリーの中国人がタバコを吸い出した。禁煙ではないのでタバコを吸うのは問題ないのだが灰皿があるのに何故か灰をゴミ箱に捨てている。

そして、吸い殻もゴミ箱に捨てた。どうやら、おサルさんと同じ部屋になってしまったようだ。タバコの不始末でおサルさんが焼死するのは構わないのだが巻き込まれるのは困る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
宿泊費 120元 1泊30元×4
バス 2元
翠雲廊 40元 ネット購入
合計 181元

三国志遺跡巡り

広元→剣門関→翠雲廊

07:30頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。天気は曇りで雨が降りそうな雰囲気だ。

今日は剣門関近くの翠雲廊へ向かう。

08:00頃、南河汽車站に到着し剣門関行きのチケットを購入する。運賃は20.5元だ。バスは09:00発なので、まだ時間がある。他のバスの情報を確認すると南河汽車站は成都や楽山など南へのバスがあり、他にも重慶、上海などへの長距離バスもある。驚くのはウルムチ(乌鲁木齐)行きのバスが運行されていたことだ。広元からウルムチまで2000km以上は離れているだろう。はなりハードな移動になるのは確実だが一体どれくらい需要があるのだ?

剣門関行きバスは閑散期なのか元々利用客が少ないのかバスは1時間に1本の割合で運行されている。待合室で待機している中国独自開発の股割れズボンを履いたガキが目の前で小便をしている。広元はなかなかハイレベルな所だ。

08:40頃、バス乗り場へ行ってみるとすでにバスが停車しており乗客で埋まっている。乗車して発車を待っていると客が集まったようで、09:00発だったのだが、08:45頃に発車する。

乗車したのは普安行きのバスで途中剣門関を通過する。高速道路を走り剣門関へ向かうが雨が降ってきた。今日の翠雲廊は失敗のようだ。まあ、剣門関周辺の状況を確認して、次の剣門関観光に役立てよう。

09:45頃、游客中心で下車するが、ここは南門の剣門関鎮ではなく北門であった。でも、周辺には土産物屋、レストラン、宿が揃っている。北門の游客中心にも剣門関の入口があるが、今回は剣門関の見物は見送り入場料の確認だけしておく。

剣門関の入場料は115元で滅茶苦茶高い。3月19日までは100元だったが、3月20日から115元に値上げされたばかりだ。天気悪いのに115元を払う勇気はないし、剣門関景区はかなり広く、じっくり全部見物するなら北門の游客中心か南門の剣門関鎮で宿を確保して早朝から見物するのがよいだろう。

金があれば景区内の剑阁仙云客栈に宿泊というのもありだ。なので、今回は周囲の状況確認だけにしておく。游客中心の駐車場からは南門と梁山寺へ行くバスが出ていた。南門まで3元、梁山寺は7元だ。梁山寺も剣門関に3つある入口のひとつになる。

10:00頃、バスに乗車して南門へ向かう。10:10頃、南門のある剣門関鎮に到着するが白タクの客引きが多く酷い。剣門関鎮は古鎮としても売り出し中のようだが、建物のは新しくとても古鎮とは呼べない代物だ。まあ、宿とレストランは一通り揃っている。

剣門関鎮の地図もあったので念のため撮影しておく。

南門の駐車場からは翠雲廊、北門、梁山寺へのバスが運行されている。

しかし、運ちゃんはお昼寝中で実際に運行されているかは・・・。

翠雲廊

剣門関周辺の状況が分かったので、11:10頃、普安行きバスに乗車する。翠雲廊までの運賃は5元だ。11:25頃、翠雲廊の入口で下車する。

入口では張飛の人形が出迎えてくれる。

翠雲楼の地図も撮影しておく。

翠雲廊の入場料は50元だが、昨日ctripであらかじめ購入しておいたのでネット割引で40元だ。中国の観光地は入場券がボッタクリ料金なのだが観光地の公式サイトでネット割引で入場券を販売していたりする。

他にもctripなどの旅行サイトでも各地の観光地の入場券を購入することができる。購入の際には携帯電話のショートメッセージで入場券引き替えの2次元バーコードが送信されるので中国の携帯電話が必要になる。もちろん、ネットバンキング可能な中国の銀行口座やアリペイのアカウントなど支払手段も必要になる。

入場券売場で昨日ctripでチケットを予約購入しておいたので、スマートフォンのショートメッセージを見せて発券するが、入場券の価格が25元と印刷されている。支払ったのは40元なのだが・・・。窓口のお姉ちゃんに聞いてみたら差額の15元はctripの手数料ということであった。

まあ、普通に窓口で購入すると入場券は50元なので、とりあえずは割引料金なのだが入場券は正式な領収書にもなるので差額15元の領収書はどうなるのだ?まあ、損はしていないので、これ以上聞く必要はないので翠雲廊の見物を始める。

まずは漢徳驛にある張飛像。

漢徳驛は劉備が北方の守りのために漢徳県を設置して、この地に漢徳驛が置かれた。

なので、宿場っぽい建物が再現されている。

別の場所にも張飛像がある。

翠雲廊は三国志遺跡のひとつになり、211年に劉備が龐統、黄忠、魏延らを率いて益州を取る際に、この翠雲廊を通り剣門関へ向かっている。

翠雲楼の石碑脇の古木は先主柏と呼ばれている。景区内には張飛柏、隆中対柏、結義柏、阿斗柏、羽扇柏、龐統柏、黄忠柏、魏延柏と名付けられた古木がある。

剣門関へ続く翠雲廊には張飛井と呼ばれる井戸がある。

他にも翠雲廊は唐代には南方のライチを楊貴妃のために長安へ運ぶ輸送路にもなり、安史の乱で玄宗皇帝が楊貴妃と共に翠雲廊を通り落ち延びている。

13:00頃、翠雲廊を出て、13:40頃、広元行きのバスに乗車するが座席はなく定員オーバーである。

14:00頃、北門の游客中心近くでトイレ休憩兼洗車で停車する。高速道路を通り、15:05頃、広元の南河汽車站に到着する。翠雲廊→広元の運賃は20元であった。広元→剣門関は20.5元だったのだが・・・。運賃は運ちゃんの気分次第ということか?

夕飯は雑醤拉麺(6元/約120円)と鶏蛋炒飯(8元/約160円)を食べる。

夜にはctripで昭化古城の入場券を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
バス 20.5元 広元→剣門関
バス 3元 游客中心(北門)→南門
バス 5元 剣門関→翠雲廊
バス 20元 翠雲廊→広元
合計 66.5元

雲南省旅行記2015春3 鉄道で雲南省から四川省へ

沙渓から成都を目指す

沙渓→剣川

07:30頃、起床して荷物をまとめて出発の準備だけしておく。今日は大理へ移動して、夜行列車で昆明へ向かう。10:00頃、行きつけの美美飯店で餌絲(饵丝)の小碗(7元/約140円)を食べる。

ユースホステルへ戻る途中で夕飯の包子を買っておこうと思ったら既に包子屋の営業が終わっていた。売り切れになるとそのまま店を閉めてしまうようだ。

11:30頃、ユースホステルをチェックアウトする。ユースホステルの犬や興教寺とお別れである。

剣川行きの乗り合いタクシーに乗車して発車を待つ。運賃は13元だ。

11:40頃、ミニバンが出発する。剣川まで約1時間の道のりだ。12:30頃、バスターミナルの剣川客運站近くの停車場に到着。

剣川→下関(大理)

剣川客運站に移動して、窓口で大理の下関行きのチケットを購入する。下関までは37元だ。バスは12:50発で15分ほど待機となる。

12:50頃、バスが発車し国道214号から大麗高速へ入り南の大理へと走る。大理までの距離は約100kmなので3時間ぐらいで到着だろうか?14:15頃、高速道路を降りて洱海沿いに走り大理古城まで約30km、新市街の下関まで約42kmの地点まで来た。

14:30頃、喜洲を通過する。どうやら、大理古城の東側を通る幹線道路を走っているようだ。15:00頃、大理古城の東門に到着する。

大理汽車客運北站

15:15頃、北バスターミナルの大理汽車客運北站に到着する。

まずは北バスターミナルのバス情報を確認する。

大理にはいくつかのバスターミナルがあるが一番重要度が高そうなのは、この北バスターミナルだ。

ここのバス情報を抑えておけば困ることはあまりないだろう。

北バスターミナルからは8路のバスで大理駅へ行こうと思ったが時間があるので駅まで歩いていくことにする。15:30頃、大理汽車客運北站を出発する。大理駅までは直線距離で約4kmだ。実際に歩くのは6kmぐらいになるだろうから、2時間もあれば大理駅に着くだろう。

徒歩で大理駅へ

ひたすら歩いて、16:25頃、大理駅まで1.2kmの所、ちょうどタバコ工場の前で休憩する。

16:40頃、再び歩き始める。

16:45頃、イスラム食堂で夕飯にする。

炒飯(10元/約200円)を食べて、17:05頃、再び歩いて、17:10頃、大理駅に到着する。

夜行列車で大理→昆明

切符売場でインターネットで予約購入しておいた切符を受け取るのだが、前に並んでいた農民工のおっちゃん4人組が切符を買うのに時間がかかって待たされるというか、列車番号や発車時刻とか調べずに行き先だけ言って切符を買おうとしている。

事前に調べておけよ!というか、二代身分証持っているなら誰も並んでいない自動券売機で検索しながら切符が買えるだろうが!何で自動券売機を使わないのだ?外国人の自分でも使い方知っているのだから、農民工のおっちゃんだって使えるだろうが!まさか、漢字が読めないとかいうオチはないだろ!

17:30頃、切符を受け取り待合室の入口でパスポートと切符の確認、荷物のX線検査を受けて待合室へ入る。今日乗車する列車は21:23発、大理→昆明のK9638次だ。夜行列車で明日早朝に昆明到着だ。席は一番安い64元の硬座だ。

まだ発車まで3時間以上あるのだが待合室は既に混雑し始めているので、18:00頃、早々と先手を打って改札口の先頭を陣取っておく。これで乗車バトルは有利に進められるだろう。3時間待機している間は待合室に痰吐きや手鼻の音が何度も鳴り響く。ある意味拷問だ。まあ、ひたすら耐えるしかないだろう。

19:30頃になると夕食時なのでカップ麺を食べているおっちゃんとかがいるのだが、カップ麺を食べ終わった後、スープの残った容器をそのままゴミ箱に捨てている。給湯器のそばにスープを捨てるところがあるのだが、スープを捨てにいくという面倒くさい事はしたくないようだ。

20:40頃、改札の放送があり待合室があわただしくなる。既に後方はカオス状態を極めている様子だ。

20:45頃、改札が始まるが自分は先頭に並んでいたので乗車バトルには巻き込まれずに余裕で列車が入線している1番ホームへ。各車両の乗車口には乗務員が待機している。日本の鉄道と違い中国の鉄道は各車両に乗務員が1人乗車している。

先頭で乗車する時は乗務員が整然と待機している光景を目にして旅情を感じられるのだが、乗車バトルに巻き込まれるとカオス状態を極め旅情どころではなくなる。

そして、乗務員は掃除するために乗車しているようなもので、定期的に掃除していないと車内はゴミ溜めと化してしまう。乗客におサルさんが多いので乗務員の仕事はかなり大変なのだ。

改札口を先頭で通過したので余裕で乗車するが、既に車内には茶座から優先乗車していた金持ちだか共産党幹部だかのお嬢様たちがいた。茶座から優先乗車するお嬢様たちなら普通は寝台の硬臥か軟臥だろうが、切符が手に入らなかったのだろう。

硬座の車内は旅行客から農民工のおっちゃんまで幅広い客層だ。夜行列車なので荷物置き場の争奪戦が激しいことを予想はしていたが、早い段階で荷物棚は埋まり、ガキの小便などの汚染水の危険がある座席下しか荷物置き場がなくなっていた。

21:00過ぎになっても荷物置き場の争奪戦は続いている。かなりのカオス状態だ。本当は写真撮影したいところだがカオス過ぎて不可能である。21:21に定刻より2分早く列車が発車する。

そして、まだ荷物置き場を巡るバトルが繰り広げられていた。さらに車内には無座の乗客までいる。ようするに立ち席の乗客だ。久しぶりにカオス度がかなり高い列車に乗車してしまった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
乗合タクシー 13元 沙渓→剣川
バス 37元 剣川→下関(大理北バスターミナル)
合計 67元

昆明到着

03:50頃、車内は静かだが無座の乗客が通路で寝ていたりとカオス度が高い。乗客は皆疲れきっている様子だが、昆明までは約18kmの位置まで来ている。ムーンライトながらで鍛えていても年寄りには久しぶりの硬座での夜間の移動はかなりきつい。

04:50頃、定刻より9分早く昆明駅に到着する。大理から約7時間半の乗り鉄であったが、このまま成都行きの列車に乗車する。

昆明→成都

05:05頃、切符売場でインターネットで予約購入しておいた切符を受け取り待合室へ向かう。切符売場は、05:00に開いたばかりなので混雑していたが、「取票窗口」と表示された切符の受取専用窓口があったので待ち時間なしで切符を受け取れた。待合室の入口で切符とパスポートの確認、荷物のX線検査を受けて待合室へ向かう。

今回乗車する列車は08:38発、昆明→成都のK854次だ。寝台の硬臥で運賃は252.5元だ。さすがに硬座で昆明に到着したばかりで、さらに昆明から成都まで硬座だと途中で倒れそうなので寝台の硬臥で移動する。

待合室で3時間ほど待機になるが、早朝の時間帯なので待合室は空いており静かだ。いや、静かではなかった!早朝からおっちゃんたちの痰吐きの音が全開であった。さらに隣に座っているおっちゃんは歌を唱い始めているし・・・。対面のおっちゃんは手鼻かんでいるし・・・。早朝から少し特殊な人たちがいる環境で待機だ。いや、少しではないな・・・。

そして、乗車バトルに備えて改札口の先頭を陣取っておく。今回乗車するK854次は昆明から東周りで六盤水、内江を経由して成都へ向かう。21時間55分かけて1133kmを走る中距離列車だ。

日本では1000km以上走れば十分長距離列車だが、中国では4000km以上走る列車もあるので、1000km程度は中距離列車になる。もう一つの西周りの西昌経由の成昆鉄道は時間が合わなかったので次の機会に・・・。

08:05頃、改札が始まり乗車バトルが始まるが先頭を陣取っていた自分は後方での戦いに巻き込まれることなくホームへ向かう。乗車後は時間があるので先頭の機関車を撮影に行く。今回客車を牽引するのは和階型電気機関車のHXD3Dで最高速度は160km/hだ。でも、客車の方が25Gなので120Km/hまでだ。

ホームでひと通り撮影して車内へ戻る。長時間ホームで撮影して公安に因縁付けられても困るし・・・。

08:40の2分遅れで発車する。

発車後すぐに乗務員が切符を換票証に交換しに来た。これで下車する駅の前で再び切符に交換するので寝ていても叩き起こされて寝過ごす心配がない。寝台の硬臥は空いており空きが目立つが、おそらく六盤水へ到着するまでには埋まるのだろう。昆明の天気は曇りだが夜の内に雨が降っていたようだ。

10:45頃、曲靖に到着する。外の天気は雨になっていた。曲靖を出て農村地帯を走っていく。昼近くなので食堂車の営業が始まり、盒飯の販売も始まるが盒飯が25元のボッタクリ価格で販売されている。25元もあれば炒飯とラーメン食べて、さらにビールも飲めるぞ!

11:55、宣威に到着するが何故か停車時間が30分もあるのでホームへ出て時間を潰す。12:30になり列車が宣威を発車する。宣威から先は徐々にトンネルが多くなり山岳区間に入る。

14:31に六盤水に到着する。車内放送だと、15:00到着と言っていたのだが・・・。まあ、遅れるよりはマシかな?ホームへ降りてみると機関車の切り離し作業が行われていた。どうやら、進行方向が変わるようだ。

六盤水は貴州省の山奥にある田舎なのだが四川省、雲南省、貴州省の三方から列車が乗り入れ機関車交換をしたりする重要な駅になっている。そのため、列車の本数や利用客が田舎の割に多い。15:13発のはずが4分遅れの15:17に発車するが、何故30分近く早く到着して遅れが発生するのだ?

16:00頃、眠くなってきたので歯を磨いていたら、背後のトイレへ爺さんが入っていた。ここまでは特に何もないが1分か2分後くらいに今度はおっちゃんが背後のトイレへ入ろうと扉を開けてトイレへ入らずすぐに閉めた。どうやら爺さんが鍵を閉めておらず、おっちゃんがウンコ中の光景を目撃してしまったようだ。鍵ぐらい閉めておけよ!このイベントで眠気が吹き飛んでしまった。

18:00頃、昭通に到着する。18:30頃、寝る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 0元
合計 0元

雲南省旅行記2015春2 茶馬古道・沙渓古鎮

沙渓古鎮へ移動

維西→麗江

朝から雨が降っており天気が悪い。07:30頃、宿をチェックアウトしてバスターミナルへ行くが、窓口のおばちゃんが「麗江行きの客が3人しかいないので、07:50発のバスがキャンセルで09:30発のバスに変更」と言ってチケットを回収する。
まあ、客が少ないのではキャンセルもあるだろうが予定が狂ってしまう。

07:45頃、窓口のおばちゃんが「やっぱ麗江行きあるから乗車して!」とバスに乗車するように言ってきて乗車する。おい!おい!さっきキャンセルで今度はやっぱりあるというのはどういうことだ?まあ、予定通りバスが出発するので問題ないが・・・。

08:00頃に乗客3人で発車する。維西を出ると天気は雨から雪に変わり雪道の省道303号をシャングリラ、麗江方面へ進む。

道路状況は舗装された田舎道だがバスは70km/h以上で爆走する。この頃には天気は再び雨になる。09:15頃、長めのトイレ休憩となる。

09:45頃、バスが出発し田舎道を爆走していく。其宗を過ぎると金沙江沿いに走り、10:30頃、小さな町の塔城を通過する。10:50頃、麗江→維西のバスとすれ違う。

11:10頃、巨甸に入り道が広くなる。11:30頃、鶴慶→麗江→維西のバスとすれ違う。この頃には天気が晴れに変わる。

11:35頃、麗江と老君山黎明景区への分岐点の黎明郷中興を通過する。観光地への中継地点なので店や宿が少しある集落になっており、長江第一湾のある石鼓までは約40kmになる。

11:45頃、麗江→維西と下関(大理)→巨甸のバスとすれ違う。12:20頃、石鼓鎮に入り長江第一湾を通過する。13:20頃、麗江市内に入りガソリンスタンドでエンジンをかけたまま軽油を給油する。

日本ではあり得ない給油方法だが、中国ではエンジンかけっぱなしの給油は問題なしのようだ。他にも中国のガソリンスタンドには防爆壁がなかったり日本のガソリンスタンドとは違いが大きい。ちなみに軽油は1Lで5.82元(約116円)、ガソリンはオクタン価93で1L6.55元(約131円)であった。

麗江→剣川

13:30頃、維西から約5時間半でバスターミナルの麗江客運站に到着、ここで剣川行きのチケットを購入するが次のバスが16:00発で2時間半ほど待機となる。
チケット購入の際に身分証が必要でパスポートを提示する。剣川までの運賃は22元だ。

15:50頃、バスに乗車して発車を待つ。15:56頃、乗客が集まったので4分ほど早くバスが出発する。剣川までは約2時間の道のりだ。

17:15頃、予想より早く剣川客運站に到着。

まずは時刻表でバスの状況を確認すると大理の新市街の下関(下关)行きのバスが15分おき出ており一番本数がある。それ以外の麗江、昆明、シャングリラなどは本数が少ない。

剣川→沙渓

バスターミナル前で客待ちしている沙渓行き乗り合いタクシーに乗車する。運賃は13元だ。17:30頃、客が集まり乗り合いタクシーが出発する。乗客は地元民5人とイスラエル人1人、自分の合計7人だ。

18:20頃、沙渓古鎮に到着する。

馬圏46国際青年旅舎

沙渓古鎮での宿は古戯台の隣にあるユースホステルの雲南沙渓馬圏46国際青年旅舎だ。

部屋は8人ドミトリーで1泊25元(会員料金)だ。白族の古民家を利用しており雰囲気は非常に良い。古民家だが入口はオートロックになっており防犯面もしっかりしている感じだ。

ユースホステルには4泊して成都を目指すので、3月23日の大理→昆明、3月24日の昆明→成都の切符をネットで予約購入しておく。それと成都での宿も予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 100元 1泊25元(会員料金)×4
バス 22元 麗江→剣川
ミニバン 13元 剣川→沙渓
鉄道 64元 大理→昆明
鉄道 252.5元 昆明→成都
合計 465.5元

茶馬古道の沙渓古鎮

茶馬古道の石橋・石鰲橋

09:30頃、沙渓古鎮周辺の散策へ出かける。
目的地は沙渓古鎮の南にある大理州最大の城隍廟と茶馬古道の遺跡である石鰲橋(石鳌桥)だ。まずは沙渓古鎮の東門になる東寨門から出て南北に流れる黒恵江に沿って南へ進む。

馬幇たちのキャラバン隊が行き交っていた時代は、大理からのキャラバン隊が東寨門から沙渓古鎮へ入っていった。黒恵江沿いから県道84号に入りひたすら南へ進む。

ロンリープラネット雲南によると南へ4kmの場所に城隍廟があるということであったが見あたらない。そのまま県道を南へ進み渓南村を過ぎると道路左側に石橋が見えてきた。11:45頃、石鰲橋(石鳌桥)に到着する。

沙渓古鎮の南約6kmの場所にある石鰲橋は清代に架けられた石橋で茶馬古道を行き交う馬幇たちのキャラバン隊が、ここから沙渓古鎮へ入っていった。今は石鰲橋以外に茶馬古道の痕跡は見あたらないが、この橋から川沿いに茶馬古道が沙渓古鎮へ延びていたのだろう。

沙渓城隍廟大照壁

12:15頃、橋を後にして県道を戻ると道路脇に怪しい古そうな白族の建物がある。近づいてみると「城隍」の文字が見える。

そして、文物保護単位の石碑を見つける。13:10頃、沙渓城隍廟大照壁に到着する。ロンリープラネット雲南には沙渓古鎮の南4kmとあったが実際は南2kmの場所であった。

沙渓城隍廟は大理ペー族自治州最大の城隍廟照壁が最大の特徴である。しかし、文化大革命では城隍廟は食糧庫として使用され現在も修復されず放置状態で門は閉ざされている。門の隙間から中を覗くと壁に当時の宣伝画が残っており文化大革命の跡がそのまま残されている。

マーケットが開かれる沙渓

13:30頃、沙渓古鎮に戻ってきた。通りではマーケットが開かれており結構賑わっている。7年前に訪れたときはこんなのなかったのだが・・・。

マーケットでは農機具から衣料、食料品、雑貨まで幅広く売られており、饅頭屋とかもあった。

沙渓古鎮はそこそこの規模のスーパーマーケットや安食堂もあるので大理古城なみに長期滞在が可能だ。

しかし、このマーケットの中でお経が聞こえてきた。こういった場所でお経が聞こえてくる場合は、やはり乞食が営業活動をしていた。日本だと乞食は禁止されているのだが、中国も表向きは乞食は禁止らしい。

でも、何故か乞食がいるのだ。今回は僧侶型乞食でお経を流していた。音響設備まで揃えているので職業乞食であることは間違いないであろう。毎月どれぐらいの稼ぎがあるのか興味深いところだ。

夕飯は回鍋肉炒飯(10元/約200円)を食べて、大理ビール610ml(3元/約60円)を飲む。昨日は別の店で6元の炒飯を食べたが、今日の店はスープと漬け物付きだ。

ビールは3元で安いのだが、コカコーラ500mlとペプシ600mlも3元だ。ビールとコーラが同じ値段というのは一体・・・。夜になりネットで成都→広元、広元→西安の切符を予約購入、広元での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
鉄道 46.5元 成都→広元
鉄道 75元 広元→西安
合計 134.5元

朝の沙渓古鎮

07:30頃、起床して朝の沙渓古鎮を散策する。3月下旬になるが朝はかなり冷え込み霜が降りている。玉津橋などを見て回るが朝から観光客が出歩いている。

7年前に訪れたときは昼間でも観光客がほとんどいなかったのに・・・。凄い変わりぶりだ。玉津橋は大理からやって来る馬幇たちのキャラバン隊が渡る橋だ。

現在は大理への茶馬古道は残っていないようだが、橋から東へ延びる畑のあぜ道が茶馬古道の跡なのだろう。

恐らくこの道を進むと大理古城までつながっているのかもしれない。周辺の畑ではすでに農作業が始まっていた。

朝の沙渓古鎮はまだ店が開いておらず観光客が途切れると静かな空間が広がっている。

興教寺

09:30頃、興教寺を見物する。入場料は20元だ。

興教寺は明の永楽13年(1415)に創建された密教寺院で雲南からチベットへ続く茶馬古道に現存する貴重な寺院である。

20元払って見物してみたのだが正直言って内部は見る価値なし!僧侶はおらず博物館として運営されていた。山門で記念撮影すれば十分といった感じだ。

山門の修復に金掛けすぎて内部はパネル展示とかで誤魔化している感じがする。一応は本殿に金ピカの仏像があるのだが山門の仏像に比べるとかなり手抜きのような気がする。

山門の仏像は迫力があり寺の内部も非常に期待を持たせるのだが、実際は期待外れであった。

石宝山景区

09:50頃、剣川行きのミニバンに乗車する。10:15頃、沙渓から約10km離れた途中の石宝山への分かれ道で下車する。運賃は剣川までと同じ13元だ。この分かれ道から石宝山まで2km歩く。

10:40頃、石宝山景区入口に到着する。

入場料は50元から65元に値上げされていた。

10:55頃、まずは海雲居に到着する。海雲居は別名を茶花寺と呼び、清の康煕年間に創建された密教寺院だ。

海雲居

寺は結構古く修復もされていない様子なので歴史を感じさせなかなか良い雰囲気だ。寺院内には何故か関羽像がある。

もちろん周倉と関平の像もあったが由来は不明だ。11:20頃、海雲居を離れ奥へと進む。

宝相寺

11:45頃、宝相寺の入口に到着する。ここには野生の猿がいた。入口から階段を上がっていくと途中で古木が倒れて道を塞いでいる。

昼頃に山門に到着する。宝相寺は元の至正年間に建立された密教寺院で、元々は祝延寺と呼ばれていた。清の康煕年間(1687)に火災で焼失し康煕年間(1690)に再建された。

寺の本殿は絶壁に貼り付くように建てられ、内部には様々な仏像があり見応えがある。

宝相寺には徐霞客の像がある。
徐霞客は明の万暦年間から崇禎年間にかけての地理学者、旅行家である。まあ、バックパッカーの魁のような人物だ。明の崇禎12年(1639)に徐霞客は石宝山を2度訪れている。

絶壁に仏像がありなかなか見応えがる。その分だが階段が多く体力の消耗は激しい。

13:10頃、宝相寺から降りて再び奥を目指す。14:40頃、獅子関石窟区の入口に到着、ここから道路を外れ遊歩道へ入る。

14:50頃、獅子関石窟区に到着するが石窟のある御堂は鍵が掛かっており隙間から中を覗くだけになる。

石鐘寺

しかし、絶壁にあるので対面にある石鐘寺がよく見える。14:55頃、獅子関を通り抜け急な階段を下りていき今度は階段を上っていく。

この時間はかなり暑く半袖でちょうどいい気候だ。朝は霜が降りるほどの寒さであったが昼間は気温が高くなり寒暖差が激しい。体力を著しく消耗して、15:10頃、石鐘寺に到着する。

寺なのだが僧侶はおらず石窟を管理する博物館として機能している。石鐘山石窟には南昭国や大理国時代の石窟が残されており石宝山景区の一番の見所である。

石窟以外には清の光緒年間などの石碑が残っているが石窟などの文物の撮影は禁止となっている。15:40頃、石鐘寺を離れる。

沙渓古鎮へ戻るために山道を下って行くが、ゴミ箱からゴミが溢れていたり、ゴミのポイ捨てとかが酷い。

まあ、中国だから今更驚かなくなったが山でのゴミのポイ捨てとかタバコの吸い殻が本当に多い。中国人は山火事になったらどうするのだろうか?

ひたすら山道を下って行くと途中で沙渓が一望できる場所に出る。菜の花畑による黄色い絨毯が広がっていた。

17:00頃、沙登箐石窟区に到着。南詔国時代の石窟があるが中には入れず外から見るだけになる。

沙渓の菜の花畑

17:10頃、山道を抜けて畑が見え始める。沙坪村を通り県道84号に出た。道路脇には菜の花畑が広がっている。

菜の花畑の中を通り沙渓古鎮へと向かう。

17:45頃、沙渓古鎮に戻る。

夕飯は郵便局近くの情縁飯店で鶏蛋苦菜炒飯(6元/約120円)と雑醤米線の大盛り(8元/約160円)を食べる。この店は沙渓古鎮で数少ない安食堂だ。おまけに量が多いので非常に重宝する。大理や麗江なら10元出さないと同じ量の物は食べられないだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
乗合タクシー 13元 沙渓→石宝山
石宝山景区 65元
合計 95元

欧陽大院

昼頃、沙渓古鎮にある欧陽大院を訪れてみる。欧陽大院は個人宅で現在も人が住んでいる古民家だ。そして、入場料は10元だ。

10元払って中を見るかどうか考えてみたが外から中を覗うと、どうも中は見なくてもいいような気がしてきた。中国の民家だとリビングに冷蔵庫があったりするので入口だけにしておく。

外から門を見る限りは非常に雰囲気が良いのだが、実際に人が住んでいるとなると邸宅の中に家電製品とかがあってがっかりする確率が高い。

雲南名物の餌絲

昼食は沙渓古鎮でのもう一軒の行きつけの食堂の美美飯店へ。

美美飯店で雲南名物の餌絲(饵丝)を大盛り(8元/約160円)で食べる。ここは漬け物とかがお好みでトッピングできるのが特徴だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
合計 16元

雲南省旅行記2015春 梅里雪山と茨中教堂

24時間で河口からシャングリラへ

河口から鉄道で大理到着

06:15頃、目が覚める。まだ外は夜が明けていない。昆明で機関車を交換して進行方向が変わっている。大理到着は、07:22であと約1時間ほどだ。昨日、寝るまでの車内は空いていたが、予想通り乗客で混雑している。自分の寝台の区画は欧米人が5人寝ていた。やはり大理行きの列車は欧米人にも人気があるということかな?06:20頃になり、乗務員が切符と換票証の交換を始まり乗客が起きる。

大理駅到着前に車内放送で大理到着後に8号車で麗江行きの切符を販売すると放送している。このK9690次は大理到着後に麗江行きの列車になるので、そのまま車内精算という形で麗江行きの切符を販売して切符売り場の混雑緩和ということかな?

07:10頃、定刻より12分早くK9690次が大理駅に到着する。

20150312-02列車を降りるが始発駅の河口では半袖でちょうどよかった服装だが、大理ではさすがに半袖は寒すぎる。上着を着なければだめだ。

鉄道で大理→麗江

20150312-04駅を出て、そのまま切符売り場へ行き12306.cnで予約購入しておいた大理→麗江のK9629次の切符を受け取る。切符売り場は少し列が出来ていたが発券自体は1分ほどで終了。そのまま、駅2Fの待合室へ移動。

20150312-03入口で切符とパスポートの確認、荷物のX線検査を受けて待合室で2時間ほど待機するが、朝から痰吐きと手鼻の音が頻繁に響く。タイ、ベトナム、台湾の駅では、このような音は響かないので中国独特の光景といってよい。

20150312-0509:00頃、改札が始まる。

20150312-06改札口の先頭で待機していたので、改札口での乗車バトルはなく楽に乗車する。車内はまだ空いておりホームでは乗車の光景を撮影する。

20150312-07K9629次の発車時間は09:25なので発車まで少し時間があるので先頭の機関車を撮影に行く。機関車は韶山型のSS7Cで塗装が黄色なのは珍しい。今まで見た韶山型は緑系の塗装が多かったので、黄色の塗装は大理だけなのか?

20150312-08そして、行先票は列車番号が多く複雑な運行になっているのがうかがえる。

20150312-09定刻より2分早い09:23に列車が発車する。麗江までは約2時間の道のりだ。車内は平和でヒマワリの種を食べている乗客がいる。定刻より2分早い11:45に麗江到着。

20150312-10麗江の天気は晴れで暖かいというより涼しいといった感じだ。Tシャツの上にもう一枚着ていれば十分である。駅前は自動小銃を持った武警が警備しており、警備がかなり厳重だ。去年の夏はこれほど警備は厳しくなかったのだが、やはり全人代の会期中ということで警備が厳しいのだろうか?

麗江客運站

20150312-11麗江駅からは18路のバスで古城の近くまで行き、徒歩でバスターミナルの麗江客運站へ向かう。

20150312-1212:30頃、麗江客運站に到着し、バスの時刻表と運賃を確認するが去年の夏に訪れた時と変わっていないようだ。

20150312-13

20150312-14去年と同じでも念のため時刻表と運賃表を撮影しておく。

バスで麗江→シャングリラ

20150312-1513:00発、シャングリラ行きのバスのチケットを購入する。運賃は67元、観光客が多い路線なのでバスは結構綺麗だ。

20150312-1613:00に定刻通りバスが出発して高速道路を北へと爆走していく。14:15頃、トイレ休憩で停車するが有料トイレで料金徴収の爺さんがおり、文句言っている中国人がいた。

15:50頃、シャングリラの30km手前で検問がある。乗客全員が下車して身分証登記を行う。自分はパスポートを警官に提示するが登記はなしで顔写真との照合とビザを確認しただけで終了。全人代の関連の警備強化かと思ったが、ここはチベットだ。2008年3月14日のラサ暴動から7年になるが、やはり3月14日が近づくと外国人が多数訪れるシャングリラでも大人の事情で警備が厳しくなるようだ。

16:25頃、シャングリラの入口で再び検問。自動小銃を持った公安が乗車してきて身分証確認。自分はパスポートを提示するとパスポートの情報を台帳に記入して返却。特に問題はなし。

20150312-172路の路線バス終点である白塔には自動小銃を持った武警が3人で警備中。シャングリラの警備が厳しい。普段とは違う緊迫したシャングリラなので、こっそり武警の活躍する姿を撮影しておく。

20150312-1816:40頃、バスターミナルの香格里拉汽車客運站に到着。

20150312-19

20150312-2017:00頃、徳欽行きバスの状況を確認してから7路のバスに乗車する。運賃は1元だ。大きな交差点を通過すると武警が警戒にあたっており、シャングリラがいつもと違う状況に置かれていることがうかがえる。

一体何を恐れているのだろうか?シャングリラでテロでも起きるのか?4つ目の信号機のある交差点手前の二中路口のバス停で下車してユースホステルの香格里拉国際青年旅舎へ向かう。

香格里拉国際青年旅舎

20150312-21バスを降りて徒歩10分ほどで香格里拉国際青年旅舎に到着する。予約なしで乗り込んだけと寝床は確保できた。部屋は12人ドミトリーで1泊25元(会員料金)だ。

20150312-22ニーハオトイレなのだが宿代が安いし近くには食堂やスーパーもあるので、何だかんだ文句を言ってもここが一番である。古城内だと宿代が安くても周辺には高くて量の少ない観光用のレストランやボッタクリ食堂しかないので、総合的には高くついてしまう。

20150312-23夕飯は行きつけの食堂で香菇鶏麺(10元/約200円)と酸菜肉絲炒飯(10元/約200円)を食べるが、インフレで1元づつ値上がりしていた。

20150312-24去年は10元で大盛りだったのが、10元で中盛になってしまった。20:00頃、部屋で溜まったデータを整理していると同じ部屋の若者たちがこの後チベットへ行くなど楽しそうに旅行の計画を話している。

外国人の自分からするとシャングリラでの武警の警備状況からして中国の若者は何も違和感を覚えないのだろうか?なぜシャングリラにこれほどの武警が配置されているか考えないようにしているのだろうか?全人代の会期中というだけの理由でないことは薄々気付いているとは思うのだが・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
宿泊費 75元 25元×3泊
バス 67元 麗江→香格里拉
バス 2元 路線バス
合計 164元

古城近くの百鶏寺

07:30頃、起床するが3000m以上の高地にあるシャングリラの朝は冷え込む。シャングリラには表向きは高地順応のための滞在だが、裏の目的は、3月14日のシャングリラの様子を確認だ。

09:45頃、ユースホステルから徒歩で独克宗古城へ向かう。朝の散歩をかねて30分ほどかけていくが武警の巡回に遭遇する。何かのテロを警戒しているのか?シャングリラではアルカイダやイスラム国のテロ警戒ではなさそうだが・・・。

20150313-0110:15頃、独克宗古城に到着。

20150313-02去年の大火災から1年経過して一部では新しい建物の建設が始まっているが、まだ古い土台が残ったままの場所もあり復旧はまだまだ先のようだ。

20150313-03古城近くの山にある百鶏寺へ向かい、11:00頃、百鶏寺に到着する。GPSを確認すると3428mの場所で富士山より高い場所だ。

20150313-04チベット仏教の小さな寺院だが、地元民が参拝に訪れている。さすがに寺には公安はおらず表向きは平和そうだ。

20150313-05百鶏寺は元代にチベット仏教カギュ派の寺院として創建され、清の康煕13年にゲルク派の寺院に改められる。その後、災害が発生するたびに寺には祈祷のために鶏が放たれ百羽、千羽と増えていくうちに百鶏寺と呼ばれるようになった。

20150313-0613:00頃、スーパーで大理V6ビール470ml(2.8元/約58円)と康師傅のインスタントラーメン2袋(1袋3元/約62円)、統一のインスタントラーメン2袋(1袋2.5元/約62円)を購入する。「高地にいるのにビールなんか飲んでいるのか?」というツッコミはなしで!ユースホステルへ戻り昼食にインスタントラーメンを食べてビールを飲む。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 23.8元
合計 23.8元

警備の厳しいシャングリラ

20150314-01 09:30頃、シャングリラの独克宗古城へ向かう。今日は3月14日で中国政府にとってはチベット人の居住地に外国人が一番いてほしくない日とも言える。チベット自治区はパーミットの発給を停止して外国人を閉め出しているが、そのほかの地域は表向きは外国人旅行者は訪れることが出来る。

20150314-02まあ、シャングリラとかまで立ち入り禁止にすると欧米のマスコミが喜んで記事にしてしまうので、中国政府も表向きは外国人観光客歓迎ということだ。まあ、今の時期はオフシーズンだから外国人が少なく影響も少ないのだろう。

で、シャングリラの街を歩いてみると公安や武警が大きな交差点では警備についている。本当は写真を撮りたいのだが観光客がいないので、すぐバレて熱烈な指導を受けてしまいそうなので撮影は出来ない。

20150314-03大人しく古城を散歩して昼前にユースホステルへ戻る。

20150314-04昼食は節約のためインスタントラーメンで乗り切り、夕飯は回鍋肉炒飯を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21元
合計 21元

シャングリラ→徳欽→飛来寺

バスで徳欽へ

06:30頃、起床して出発の準備を整える。今日は徳欽の飛来寺まで移動する。07:50頃、ユースホステルをチェックアウトしてバス停へ向かうが今日のシャングリラの天気は曇りでかなり冷え込む。

昨日、一昨日は春の陽気であったが今日は冬の天気だ。7路のバスでバスターミナルのシャングリラ汽車客運站へ移動する。運賃は1元だ。昨日まで大きな交差点では朝から武警や公安が警備していたのだが、今日は誰もいなくなっており、どうやら3月14日を過ぎれば警備は解除のようだ。

20150315-0108:20頃、シャングリラ汽車客運站に到着し、窓口で徳欽行きのチケットを購入しようとすると、08:20発のバスにまだ乗車できるということで検票口で精算して乗車する。

20150315-02運賃は67元で座席は一番先頭の補助席であった。08:26頃、バスが発車して国道214号を北上する。

20150315-0309:50頃、奔子欄の手前で検問により停車し運ちゃんが乗客の身分証を回収、登記しに行く。自分はパスポートを運ちゃんに渡す。登記が終わるまで休憩となり自撮り棒で金沙江を背景に記念撮影している乗客などがいる。

20150315-04検問所は公安以外にも自動小銃を持った武警が監視塔から警備しており田舎に似つかわしくない厳しい警備体制だ。

20150315-0510:05頃、登記が終わり運ちゃんが戻ってきてバスが出発となる。外国人の徳欽行きは従来通り特に規制なしのようだ。10:20頃、金沙江大湾(金沙江第一湾)を通過する。

20150315-0610:55頃、トイレ休憩で停車する。天気は晴れになり日差しは強いが気温は低く周辺の山は雪化粧したままだ。11:05頃、バスが出発して山道を登っていく。

世界自然遺産 三江併流・白馬雪山

20150315-0711:30頃、峠を越えたところで5分間の休憩となり白馬雪山を撮影する。

20150315-08白馬雪山は自然保護区に指定されており、世界自然遺産・三江併流の一部である。12:30頃、運ちゃんが飛来寺行きの乗客がいるか聞いてきた。そして、飛来寺行きの乗客が全部で10人おり1人5元で飛来寺まで行ってくれることになる。

20150315-0912:40頃、徳欽汽車站に到着。12:55頃、バスが臨時で飛来寺へ出発する。運賃は5元だ。13:00頃、西当から徳欽へ戻るバスとすれ違う。雨崩村へ行く場合は、西当へのバスに乗車して終点の西当温泉で下車し、その先は徒歩か馬になる。

20150315-1013:10頃、飛来寺に到着する。正確には飛来寺景区の景観台の前に到着だ。

飛来寺覚色滇郷青年旅舍

20150315-11ここから徒歩5分ほどでユースホステルの飛来寺覚色滇郷青年旅舍に到着する。

20150315-12オフシーズンなので宿泊客はほとんどおらず1泊20元(会員料金)の10人ドミトリーは自分を含めて3人だけだった。

20150315-13国道沿いに歩いて梅里雪山や麓の西当村、瀾滄江(メコン川の上流)の景色を見るが梅里雪山は雲に隠れている。

20150315-14眼下には瀾滄江(メコン川)が流れている。

本日の出費
項目 金額 備考
宿泊費 20元
バス 67元 シャングリラ→徳欽
バス 5元 徳欽→飛来寺
合計 92元

梅里雪山

飛来寺明珠拉卡景観台

07:30頃、起床して梅里雪山の見物へ向かう。外はかなり冷え込んでいるが天気は晴れですでに飛来寺景区(飛来寺明珠拉卡景観台)には観光客が多く訪れている。

20150316-01入場料は金沙江大湾とかのセット券で150元するが、昨夏に明永氷河や雨崩村へ行った時の入場券があり、まだ飛来寺景区は未使用で試しに使ってみたらそのまま使えた。

20150316-02昨日は雲に覆われていた梅里雪山だが、今日は朝から天気が良く梅里雪山が一望できる。

20150316-03朝のうちは観光客で賑わっているが、ほとんどが雨崩村へ行ったり、シャングリラや麗江へ戻るので、09:00頃になると観光客はほとんどいなくなる。いるのは巡礼で訪れているチベット人ぐらいになる。

20150316-0410:30頃、ユースホステルへ戻るが宿泊客ほとんどチェックアウトしており残っているのは自分ともう一人だけだ。去年の夏に宿泊した時は賑わっていたのだが、閑散期になるとこれほど客がいなくなるとは・・・。まあ、他の宿も開店休業状態で似たような感じだ。

でも、11月-3月が晴天の確率が一番高く梅里雪山を見るのには最適な季節だが、かなり冷え込む季節というのが難点であるが・・・。

昼前にユースホステルをチェックアウトして国道沿いで徳欽の県城へ向かうバスが通過するのを待つ。昼ぐらいに西当温泉から徳欽へ戻るバスが発車しているはずなので、13:00前後に飛来寺を通過するので、それを狙って待つのだが老板が徳欽の県城へ行く用事があるようでタクシーで一緒に徳欽の県城へ向かう。タクシー代は10元だ。

徳新楼

20150316-05昼頃、徳欽の県城に到着しバスターミナルで茨中行きのバスがあるか確認したら今日は既にバスがなく明日朝の維西行きのバスで茨中橋から徒歩ということだった。まあ、バスがないので徳欽で1泊することになり、去年も利用した徳新楼へ。1泊40元だが外国人OKの宿なので追い出される心配はない。

20150316-06時間が出来たので何も見るところのない徳欽の街を散歩して過ごす。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.6元
宿泊費 40元
タクシー 10元 飛来寺→徳欽
合計 64.6元

フランス人宣教師が建てた茨中教堂

徳欽→茨中橋

06:40頃、起床するがすでに巡礼者と思われるチベット人たちは起きて出発の準備をしている。こちらも出発の準備を整えるがウンコしにトイレへ行くと茶色い大きなバナナが山盛りだ。ウンコぐらい流せよ!どうやら、中国人のチベット人はダライ・ラマたちのチベット人とは全く違うのかもしれない。

20150317-0107:20頃、宿をチェックアウトして徒歩2分ぐらいのバスターミナルへ移動。茨中行きのチケットを買おうとしたが茨中への直通バスは運行されておらず、茨中の入口になる茨中橋までチケットを購入。

20150317-0208:00発車の維西行きのバスに乗車する。運賃は26元だ。

20150317-0308:00頃、バスが発車して省道233号を瀾滄江に沿って南下していく。バスは25人乗りだが乗客は自分を含めて4人だけだ。維西へは、12:30-13:30到着ということであった。

20150317-04そして、当然だが途中で客を乗せながらバスは走る。維西への道は7年前の2008年とは違い新道ができており道路状況はよいが梅里雪山は見えなくなっていた。旧道は道が悪くても梅里雪山が見える絶景だったのだが・・・。

標高3200mの徳欽から峡谷を下っていくが途中で雨が降り始める。標高2600mぐらいまで下がってくると瀾滄江沿いに樹木が見え始める。徐々に高山帯の気候から変わっているようだ。

茨中橋から徒歩で茨中へ

20150317-0509:20頃、茨中橋手前の燕門を通過して、09:40頃、茨中橋に到着する。ちょうど雨はやんで晴れ間が見えてきた。茨中橋で下車したのは自分一人だ。瀾滄江の対岸にある村に教会が見えるので、あれが茨中教堂(茨中天主教堂)だろう。

20150317-06峡谷の下にある吊り橋が茨中橋だ。7年前に通ったときは道路は橋の脇を通っていたが、今は旧道は放置され新道が峡谷の上を通っている。

20150317-07谷を下り吊り橋の茨中橋を渡るが「危橋」の標識がある。吊り橋はかなり傷んでいるようだ。吊り橋の脇ではコンクリートの新しい橋が建設中だ。今は歩いて吊り橋を渡っていくという秘境への旅という雰囲気が出ているが、あと1年もすれば新しい橋が完成して茨中への交通の便がよくなれば秘境ではなくなるだろう。

20150317-08橋を渡り村とは逆の左(南)へ道が延びている。道なりに上り坂を歩いて行くと道が左右に分かれ、ここで右(北)へと歩いていく。そして、ひたすら未舗装の道を歩いていくと茨中教堂が見えてきた。10:30頃、茨中教堂に到着する。とりあえず、教会の近くにあるナシ族の納西閣劉老客桟に1泊する事にする。

20150317-09部屋は3人ドミトリーで1泊40元だ。設備からすると料金は高いが辺境の土田舎でも茨中教堂というそこそこ有名な観光地があるので、この料金なのだろう。

20150317-10でも、トイレは壁と屋根と穴があるだけだ。しかも、穴にしたまま水を流さないニーハオトイレなので穴の底はウジだらけの地獄絵図だ。夏はハエが大量発生して衛生状態はかなり悪いといえる。

茨中教堂

20150317-11茨中は食堂とかがなさそうな村なので老板娘に昼食と夕飯を1食30元ということでお願いしておく。11:00頃、茨中教堂へ行ってみるが神父が昼食の準備で教会を閉めるということで追い出される。

20150317-12入口の貼り紙には午前中の見学は08:00ー12:00となっているのだが・・・。仕方がないので村の中を歩いて撮影場所を探す。

20150317-13周辺を歩いて茨中教堂を撮影しつつ村の中を探検してみるが教会以外には特に見どころはない。

20150317-1414:00頃、遅めの昼食になり老板娘たちとお昼ご飯を食べる。30元も取るので二葷一菜で食べ放題というか量多すぎだ。あとバター茶付きだ。料理の味は申し分なし!まさに本格中華料理だな。

残しては悪いと思い遠慮なくどんどん食べていくが、おかずがなくなりかけると老板娘がおかずを補充してきた。ナシ族でも食べきれないほどの食事を出すという中国伝統の悪習があるのか?残してはもったいないと思いどんどん食べたが、やはり食べきれなかった。

残ったおかずがもったいないのだが、この客桟には豚が飼われており、豚の餌になるのだろう。しっかり、リサイクルシステムが確立されてはいるのだが、老板娘がせっかく作った料理が豚の餌になってしまうのは少々納得がいかない。

20150317-15食後に周辺を散歩するが建設中の橋が完成すると茨中への交通の便が格段によくなるのだが、橋ができると村の中にそれなりの道路が通ることになる。そうすると観光開発の波が押し寄せて教会のある静かな村が・・・。

20150317-16茨中教堂は2年か3年後には騒がしいレストランや土産物屋だらけの観光地になりそうな気配が・・・。すでに橋の建設現場周辺の畑には教会の方へ向けて規制線がある。これは道路を通すという意味か?

20150317-17教会へ向かいながら麦畑とブドウ畑を見ていく。麦畑はちょうど実がなっており来月辺りには刈り入れになるのだろう。

20150317-18ブドウ畑は枝から芽が出ており、これから育っていくといったところだ。ブドウの収穫は9月中旬辺りのようなので半年も先になる。

20150317-1915:30頃、教会へ行くが観光客は誰もいない。いるのは神父だけであった。茨中教堂(茨中天主教堂)はプロテスタントの教会で元々は19世紀にキリスト教の伝道のためにやってきたフランス人宣教師によって茨中村の南にある茨姑村 に教会が建てられたが清の光緒31年(1905)にキリスト教排斥運動で破壊され、清の宣統元年(1909)にフランス人宣教師によって茨中村で再建が始まり1921年に完成した。

20150317-20そして、フランス人宣教師がキリスト教と共にワインの製造技術とブドウの苗を伝えた。このブドウの苗がローズハニーと呼ばれる品種でフランスでは絶滅してしまった品種で、このローズハニーを使ったワインは珍品として世界中のワイン愛好家に知られている。

教会のその後は文化大革命で小学校として使用されていたため他の教会や寺院などのような壊滅的な破壊は免れた。現在はチベット仏教が信仰される地域に残る教会、そして、フランス人宣教師が建てた教会とローズハニーで作られたワインという歴史的背景により、茨中教堂は広く知られている。

20150317-2115:55頃、茨中橋を渡るバスを発見する。よく見ると徳欽-茨中のバスであった。昨日は茨中行きのバスはないといわれていたのだが、隔日運行とかなのか?それともバスターミナル発でなく乗り合いタクシーとかの乗り場から出ているのか?

20150317-22まあ、どちらにせよ徳欽-茨中のバスが運行されていることはわかった。この時間に茨中橋を通っているので、徳欽を14:00ー14:30ぐらいに出発かな?16:30頃、タルチョの見える岩山に上ってみると茨中の村が一望できる場所であった。

20150317-23

20150317-24タルチョがたなびく岩山から茨中の村を眺めながら過ごす。

20150317-25そして、岩山の裏側はキリスト教徒の墓地になっていた。

20150317-26この村はチベット仏教とキリスト教が共存する村であった。村を散歩してみて分かったのが看板の出ている宿は4軒だけであった。売店は教会の近くで1軒営業していた。

夕食後は教会とブドウ畑以外は何もない村なのであとは寝るだけとなる。老板娘たちは中国のドラマで最大の娯楽ともいえる抗日ドラマを見ており、時折変な日本語が聞こえてくる。ドラマの中で無理に日本語を使おうとしてデタラメな日本語になるのだろう。視聴者は正しい日本語がわからないのでデタラメな発音や文法でも問題ないようだ。抗日ドラマで手っ取り早く視聴率を稼ぐが視聴者の無知につけ込んでいい加減な日本語でも問題なしということか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 60元
宿泊費 40元
バス 26元 徳欽→茨中橋
合計 126元

徒歩で茨中→茨中橋

05:00頃、ウンコしたくなったので外のニーハオトイレへ行く。もちろん、灯りはないのでヘッドライトをつけてでないと真っ暗でなにも見えず板を踏み外してウジの湧いたウンコへ落ちてしまう。かなり上級者向けのトイレだ。

20150318-0107:00頃、起床する。08:00頃、客桟を出て谷の向かい側の省道へ向かう。

20150318-02昨日来た道を戻り谷底にある吊り橋の茨中橋を渡る。

20150318-03瀾滄江を越えて再び谷を上り、08:45頃、省道233号に到着。道路脇には売店があり、ここで物資補給したり、バスが来るのを待つことができる。

20150318-04それと、売店の隣は武警の詰め所になっており、道路上にはパイロンが置かれ車は一時停止するようになっている。バイクはそのまま素通りしているので、ここはそれほど警備は厳しくない。身分証確認なしで車内を一目見るだけで終わっている。

茨中橋→維西

20150318-0509:00頃、昨日、徳欽から茨中へ来たバスが通り徳欽へ戻っていった。おそらくバスは毎日運行の可能性がある。省道脇の売店で維西行きのバスが通のを待つが、昨日、徳欽から来たときには、09:40頃、茨中橋に到着したので30分ほどの待機で済むだろう。

20150318-0609:15頃、予想より早く維西行きのバスがやってきた。バスに乗車して瀾滄江に沿って維西へ向かう。運賃は60元だ。

20150318-0709:35頃、烏弄龍水力発電所で通行規制のため停車となる。10:30頃、通行規制が解除されバスが出発する。10:45頃、維西からの徳欽行きバスとすれ違う。10:50頃、巴迪郷を通過してトイレ休憩となる。

ウンコしたいので1元の有料ニーハオトイレへ駆け込む。ニーハオトイレはウンコまみれの地獄絵図を覚悟していたが、運良くウンコが流れていく側溝は水が流れておりウンコなしで、シャングリラバスターミナルのウンコ山盛り有料トイレと比べれば100万倍以上良好であった。ちゃんと掃除してあれば有料のニーハオトイレでも料金は払ってもいいだろう。ウンコしたら掃除のおばちゃんに1元払ってバスへ戻る。

20150318-0811:05頃、バスが建設中の里底水力発電所の脇を通過する。瀾滄江ではいくつかの水力発電所が建設されている。水量のある瀾滄江ならかなりの発電量を期待できるだろうが、ダムで水をせき止めたりするのでメコン川下流域の国々への影響が心配だ。12:15頃、小維西を通過。12:45頃、維西→徳欽のバスとすれ違う。

維西客運服務站

20150318-0913:10頃、維西のバスターミナルである維西客運服務站に到着する。昨日食べ過ぎたので、またウンコしたくなってバスターミナルの1元の有料ニーハオトイレへ行く。すでに先客3人ほどがウンコ中であった。

20150318-10ウンコをした後は窓口のオバちゃんに剣川行きのバスがあるか聞いてみるが、剣川行きはなく、今日の麗江やシャングリラ行きのバスも終わっているということなので明日朝の麗江行きのチケットを購入する。とりあえず維西のバスの運賃時刻表も確認しておく。

興隆賓館

20150318-11続いて宿探しだが周辺にはボロ宿から値段の高そうな賓館まで揃っている。今回はバスターミナルの斜め向かいにあった興隆賓館に宿泊することにする。

20150318-121泊40元でトイレ共同、シャワーなしだが、窓のある部屋なのでまあ良いだろう。登記の際にオンラインでパスポート情報を入力できず、台帳に記入していたので本当は外国人の宿泊はダメな宿のようだが何とか泊めてくれた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.5元
宿泊費 40元
バス 60元 茨中橋→維西
バス 69元 維西→麗江
トイレ 2元
合計 189.5元

東南アジア旅行記2015-ラオス・中国・ベトナム陸路国境越え

ラオス・中国ビザラン

近距離バスターミナル

06:00にルアンナムターの防災無線だろうか?時報、ニュース、歌で目が覚める。これは日本に例えると湯沢町や片品村とかの田舎の防災無線で朝6時に時報とNHKニュースを放送するようなものだ。日本なら「朝からうるせーよ!」と苦情殺到だろうが、ラオスでは問題なくちょうど良い目覚ましのようだ。

06:30頃、新市街の短距離バスターミナルへ行く。新市街の北にあるゲストハウスからナイトマーケット前を通り過ぎ新市街の南東にある短距離バスターミナルまで徒歩5-10分だ。新市街はそれほど小さい。ルアンナムターのバスターミナルは旧市街の長距離バスターミナルと新市街の短距離バスターミナルに分かれる。

昨日、長距離バスターミナルの状況を確認しておいたので、今日は短距離バスターミナルを確認しておく。早朝だったので、まだ窓口は開いていなかったがミニバンが数台停車しており、地元民も数人待機しているのでバスターミナルはやっているようだ。とりあえず窓口には「Boten25000」と表示されているので運賃は分かった。時刻表らしい表はあったのだがラオス語だけで英語はなく内容不明だ。

一旦ゲストハウスに戻りPDFで購入しておいたロンリープラネットでルアンナムターのバスを確認する。中国国境のボーテン行きは、08:30から1日6本あるようだ。07:30頃、ゲストハウスをチェックアウトして短距離バスターミナルへ移動する。窓口でボーテン行きのチケットを買おうとしたら発車時間が、11:00ということであった。

ルアンナムター→ボーテン

ボーテン行きのミニバンは停車してはいるが運行本数が減っていた。利用客が少ないようだ。まあ、トゥクトゥクで旧市街の長距離バスターミナルへ移動するのも人数が集まらないと高いし面倒だし・・・。ボーテン行きのチケットを購入してのんびり待つことにする。ボーテンまでの運賃は25000キープ(約425円)だ。

それにしても、なぜ旧市街と新市街の両方にバスターミナルを設置しているのだ?外国人観光客なんか皆新市街へ移動してしまうし、バス自体の運行本数も少ないから一つにまとめた方が維持費とか安くすむだろうし。トゥクトゥクのおっちゃんが儲からなくなるからか?中国からの国際バスは長距離バスターミナルに発着しており利便性がかなり悪い。

08:00になると短距離バスターミナルのテレビからタイの国王賛歌が聞こえてきた。ラオスの北部でもタイのテレビが放送されていた。08:30頃になるとムアンシン行きの欧米人たちが集まっている。

出発時間の11:00になるがミニバンが発車する気配がない。やはりラオス時間で遅れるのだろう。

そして、窓口のおっちゃんが声をかけてきた。ようやく出発のようだがボーテン行きの所に停車しているミニバンでなく、その近くに停車しているボロ車がボーテン行きの車であった。

11:25頃、自分を含め客5人でボーテンへ向かう。ラオスの田舎道を走り中国国境へと向かう。11:52頃、途中の村で地元民2人が降りる。続いて上り坂で中国ナンバーのクレーン車が立ち往生している脇を通過する。11:59に再び途中の村で乗客2人を降ろし、乗客は自分1人になった。ボーテン近くになると道路沿いのレストランで水や食料を降ろしており宅配業も兼ねているようだ。

ラオス・中国陸路国境越え

12:35頃、ボーテンのイミグレーション前に到着する。イミグレーションに入り出国カウンター向かう。列はできていたが、ほとんど待ち時間なしで順番がやってきた。出国カードを出すのを忘れていたが、何も言われずに出国スタンプを押される。

12:45頃、ラオス側イミグレーションを出る。外には両替屋のおっちゃんが待機中ですぐに声をかけてきた。とりあえず、ラオス・キープ→人民元の両替レートを聞くと、1350キープ→1元であった。元々両替する必要がないので、そのまま行こうとしたら1320キープ→1元に下げてきた。それでも、銀行レートより悪い。両替は断って徒歩で中国側へ向かう。

12:50頃、国境の標識に到着する。7年ぶりのラオス・中国国境である。

徒歩で中国・モーハンから入国

国境の石碑を撮影しようと準備をしていると中国側からやかましい集団がやってきた。まあ、この集団が消えるまで待機となるが、とにかくやかましい!そんなにでかい声出さなくても聞こえるだろうに・・・。トラックの行き交う音しかしない国境が中国の喧噪の中へと入る。

ポーズ決めて記念撮影なんかしていなくていいから早くラオスへ行ってくれ!7年前は中国人観光客なんていなかったのだが、時代は大きく変わった。でも、マナーは変わっていないような・・・。やかましいので先に中国へ行きラオスへの帰りに石碑を撮影することにする。

国境を越えて中国へ入ったので時間も1時間早くなる。ラオス時間の13:15から北京時間の14:15に変わる。中国側イミグレーションの磨憨口岸に入り出入国カードに記入していると係官がやってきた。

窓口が暇なようで先にパスポート見せてくれということであった。入国待ちの列というか人がいないので入国手続きはすぐに完了。税関には誰もおらず検査なしで通過。検疫は見あたらなかったので、いつの間にか通過していたようだ。

14:25頃、中国側イミグレーションの磨憨口岸を出る。外には両替屋のおっちゃんたちが待機しており、両替レートは1320キープ→1元ということであった。確認だけなので両替を断っていたら1300キープ→1元まで下げてきた。

磨憨客運站

磨憨口岸から10分ほど坂を下って歩くと右手にバス乗り場の磨憨客運站が見えてきた。

ウドムサイ行きのバスを確認するが今日はすでに12:30のバスが出た後であった。

バスの時刻表兼運賃表を確認するとビエンチャン、ルアンパバーン、ルアンナムターだけでなく麻薬地帯と知られたゴールデントライアングル(金三角)行きの国際バスまであった。

バスターミナルを出るとモンラー(勐腊)行きのミニバンが前を通過していった。まだ時間がそれほど遅くないのでラオス側ボーテンでウドムサイ行きの車を探しに、再び磨憨口岸へ向かう。

モーハンの両替屋

今度は来た方向を戻るので坂を上っていくと右手に両替屋がある。

ちゃんとした店舗の両替屋は磨憨ではここだけかもしれないので、念のためレートを確認しておく。1元→1299キープで最初に提示しているレートだと、ここが一番高い!

ラオスへ戻る前に近くの商店で康師傅(康师傅)の水1.5L(3元/約60円)と氷紅茶500ml(3元/約60円)を購入する。国境地帯の辺境なので輸送費の関係で値段は少し高めだが、ラオスで同等の物を買うよりは少し安い。

徒歩で中国出国

14:56頃、中国側イミグレーションの磨憨口岸に戻ってきた。右側の出国者用入口前には両替屋のおばちゃんたちが多数待機している。念のために、おばちゃんたちに両替レートを確認してみると、おばちゃんによっては1元→1250キープや1280キープと開きがあった。

確認だけなので断ってイミグレーションの建物へ入ろうとすると1元→1300キープを提示してきたが、とりあえず手持ちのキープは何とかなっているので建物に入ったら「いくら希望?」とか聞いてきた。もう少し行けるのかな?でも、1元→1300キープはルアンパバーンで両替するよりレートは良い。

中国側の出国カウンターへ向かうが、先に検疫カウンターを通過した際に係官はいるのだが素通りしても何も言われず。出国カウンターは係官1人だけで何も言われず出国スタンプを押される。ただし、パスポートの顔写真と何度も確認される。さっき入国したのに出国するので別人と疑われたか?

15:09にイミグレーションの建物を出てラオス側イミグレーションへ向かう。いつの間にか税関も素通りしていたようだ。暇だと税関検査する時間が十分とれるから係官のやる気があると思っていたが、暇すぎてやる気なしで係官不在のノーチェック素通りといったところだろうか?

国境の石碑に再びやって来た。ここで時刻が1時間遅くなり北京時間15:15からラオス時間14:15に変わる。国境はやかましい集団がおらず静かに時間が流れている。

ラオス・中国ビザラン完了

たまに中国とラオスを往来するトラックが行き来したりするが、この時は静かであった。

14:25頃、ラオス側ボーテンのイミグレーションに入る。入国カウンターではパスポートだけ提出で入国カード記入なしで、14:25頃、ボーテンからノービザ入国。

イミグレーションの出口には運ちゃんたちが待機中でウドムサイまで人数が集まれば1人50000キープ、チャーターだと300000キープということであった。集まるまでイミグレーションの出口で運ちゃんたちと待機である。

ボーテン→ルアンナムター

15:20頃、景洪からのルアンナムター行き国際バスが通りかかり乗客を乗せているので乗車してルアンナムターに戻ることにする。ウドムサイに行くつもりがルアンナムターへ戻ってしまった。国境までビザランをしに来ただけであった。まあ、このまま待っていても人数集まらないだろうし、ボッタクられるのも困るし・・・。

15:44頃、国際バスが出発する。運賃は25000キープだ。人民元だと20元ということであった。バスには空席があるが何故か人参やセロリとかの野菜が大量に積まれていた。ラオスでも野菜は売っているのだが、中国で買ったほうが安いのか?

ボーテンは中国企業が開発をしているが正直言って鬼城というゴーストタウンに近い。仮に国境で1泊する場合は必ず中国側の磨憨に宿泊した方がまだましだ。宿、食堂、商店がそれなりにある。何よりバスターミナルがあるのでバスチケットさえ押さえれば翌日にラオスのルアンナムター、ウドムサイ、ルアンパバーンに行ける。もちろん、昆明や景洪へも抜けられる。

17:00頃、ルアンナムターの長距離バスターミナルに到着するが長距離バスターミナルには入らず一部の客を降ろして再び走り始める。客を降ろしながら新市街へ向かい、17:20頃、ナイトマーケット脇のラオス外商銀行(BCEL)の前で下車する。

昨日、旧市街の長距離バスターミナルからトゥクトゥクで新市街へ移動した際もここで降ろされた。てっきり、旧市街の長距離バスターミナルが終点だと思っていたが新市街まで運行していた。運ちゃんに中国へ戻るバスが毎日、銀行の前を通るのか聞いたら、07:30にナイトマーケット脇の銀行前を通るということであった。

そして、バスは残りの客を乗せて出発していった。そういえば、終点はどこなんだ?聞くのを忘れた!まあ、国際バスが新市街まで走ってくれることが分かっただけ収穫だな。

DokchampaHotel

今日の宿は南へ徒歩1分ほどの所にあるDokchampa Hotel(占芭大酒店)にする。

1人部屋で60000キープ(約900円)だが、昨日のゲストハウスとは全く格が違って、部屋キレイだし、設備もちゃんとしている。ここは当たりのようだ。客層は欧米人と中国人が多いようだ。ホテル内は英語はもちろんだが漢字表記も多い。

18:00頃、Dokchampa Hotelの向かいにある旅行代理店で明日のウドムサイ行きのバスチケットを購入する。トゥクトゥクで旧市街の長距離バスターミナルまでのピックアップ付きで60000キープ(約900円)だ。バスは08:30発車なので、07:30までに旅行代理店集合ということになった。

18:10頃、夕方なのだがモーニングマーケットでバナナを2房購入する。1房8000キープ(約120円)で合計16000キープ(約240円)だ。

物価の高いラオスだとバナナが中国の饅頭の代わりと言ったところだろうか・・・。それにしても、ルアンナムターの観光地図だと市場の名称がモーニングマーケットなのに夕方までやっているのは一体・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
合計 6元
本日の出費
項目 金額 備考
食費 16000キープ
宿泊費 60000キープ
ミニバン 25000キープ ルアンナムター→ボーテン
バス 25000キープ ボーテン→ルアンナムター
ミニバン 60000キープ ルアンナムター→ウドムサイ
合計 186000キープ

ルアンナムター→ウドムサイ

トゥクトゥクでバスターミナルへ

07:20頃、Dokchampa Hotelをチェックアウトして向かいの旅行代理店へ行く。

すでにピックアップのトゥクトゥクが待機しており、これで長距離バスターミナルまで移動するのだろう。

バスのチケットを旅行代理店のお姉ちゃんに見せると、やはりこのトゥクトゥクに乗車となった。まだ人数が集まっていないので、それまでにバスの料金時刻表を撮影しておく。

バスターミナルまでトゥクトゥクの送迎付きなのでバスターミナルの運賃表より20000キープほど高くなっているが十分利用価値がある。時刻表にはベトナム・ディエンビエンフーやタイ・バンコク行きがあるが、かなりハードな移動になることは確実だ。

07:35頃、欧米人たちが集まって、自分を含めて11人で長距離バスターミナルへ向かう。

ルアンナムター→ウドムサイ

08:10頃、旧市街の長距離バスターミナルに到着し、そのままウドムサイ行きのバスに荷物を載せる。バスの席は早い者勝ちなので皆荷物を席において確保していく。

08:30頃、時刻表通りにバスが発車してウドムサイへ向かう。山道を爆走しながら、11:30頃、ウドムサイバスターミナルに到着する。

今日の移動はここまでなので、バスターミナルの向かいにあるウドムサイゲストハウスに宿泊するが失敗であった。

部屋は1泊80000キープ(約1200円)だが、トイレの水は桶で流す方式であった。おまけにWi-Fiなしでこの料金はボッタクリだ。もう少し歩いて探せば良かった。

ウドムサイ新バスターミナル

14:00頃、ゲストハウスから国道を南へ歩いて行く。7kmほど歩いて、15:55頃、ウドムサイ新バスターミナルに到着する。

ルアンパバーン→ルアンナムターの移動時に見つけたので確認しに来たのだ。

町からかなり離れた不便な所に新バスターミナルがあり、移動はトゥクトゥクでないとキツイだろう。新バスターミナルと旧バスターミナルの運賃時刻表があったが、ビエンチャンやルアンパバーン行きは新バスターミナルからの発着になっているので、利用時は注意が必要だ。

とりあえず、情報は集めたので近くの売店でペプシ500ml(5000キープ/約75円)を購入する。今日はこれが夕飯になった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 5000キープ
宿泊費 80000キープ
合計 85000キープ

ラオス・ベトナム陸路国境越え

ベトナム・ディエンビエンフー行きチケット購入

06:50頃、ゲストハウスの向かいにあるウドムサイバスターミナルへ行く。今日はラオスからベトナム・ディエンビエンフーへ向かう。窓口には欧米人が数人おり窓口が開くのを待っている。

07:00になりチケット販売が始まる。ディエンビエンフーへのチケットは95000キープだが手持ちのキープがないのでタイ・バーツで支払いを試みる。ルアンパバーンでレートを確認した時は40バーツ=10000キープだったので、380バーツ=95000キープになる。で、窓口でバーツ払いをしようとしたら、「400バーツ!」とか言っている。足元見られているようだ。

人民元で支払いを試みたら、1元=1200キープで今までで一番レートが悪い。ウドムサイでは人民元でのレートが良いと聞いていたのだが・・・。とりあえず、窓口のおっちゃんに「ちょっと待って!」とお願いして一旦窓口を離れて考えることにする。

バーツで支払っても良いと思うのだが、そういえばラオスのATMで現金を引き出したことがないな。おそらく、タイやベトナムみたいに引き出し手数料がかかるのだろうが・・・。まあ、手数料高くても引き出してみるか。ということで、近くのBCELのATMで100000キープを引き出す。

手数料は20000キープであった。1回の引き出し限度額は1000000キープかな?ATMはラオス語、英語以外に中国語があったので自分にとっては引き出しは簡単であった。しかし、ここにも中国の影響が・・・。

ディエンビエンフー行きのチケットを購入して、ゲストハウスに戻り荷物をまとめて、07:40頃、チェックアウトする。

ラオス・ウドムサイ→ベトナム・ディエンビエンフー

バスターミナルでバスを待っていると、07:45頃、ディエンビエンフー行きバスが到着する。バスに乗り込み発車を待つが席は自由で早い者勝ちとなっている。席は満席でかなり狭い。欧米人は4人乗車しており、残りは地元民か?08:25頃、チケットの確認が行われ、08:42頃、12分遅れでバスが発車する。

時刻表だとディエンビエンフーまで7時間で到着らしいが・・・。当てにはならないな!途中で客や荷物を載せて定員オーバーでバスは走る。山の中で道路状況はかなり悪い。ほとんどが未舗装もしくは舗装が剥がれた区間だ。

そして、乗客の質もかなり悪い。中国同様に痰吐きが酷い。中国の裏庭と称される事もあるラオスだが、まさに中国化している。

11:30頃、ムアンクアに到着する。ムアンクアを過ぎると勾配とカーブがきつくなり本格的な山岳区間に入るが、道路はおおむね舗装されており路面状況は幾分ましだ。ただし、勾配とカーブの連続で2つ前の席の婆さんがゲロを吐きまくっているので飛沫を浴びないように窓は閉めきりにする。

12:30頃、昼休憩で30分ほど停車する。食堂はフォーとかを出しているようだがラオス語のメニュー表には、10000や15000の数字が並ぶ。一人あたりのGDPが3000ドル台のラオスにしては、やはり物価は高い。

もちろん、自分は食べずに飴と水だけにしておく。この辺境では食べた後にウンコしたくなったら確実に野糞確定だ。おまけにあたって下痢ピーピーになったら大変なんて物ではないだろう。

ラオス側PANG HOKのイミグレーション

13:07にバスが出発して山道を爆走していくが、途中で欧米人のチャリダーとすれ違ったり追い越したりする。この山岳地帯の国境を自転車で越えるというのは凄すぎる!13:51頃、ラオス側PANG HOKのイミグレーションに到着し、バスを降りて出国窓口へ。

PANG HOKのイミグレーションはベトナム政府が建設費を15億ベトナム・ドン(約900万円)出しているようで記念碑があった。ベトナムにとってもこの国境が重要だからお金を出したのだろう。
それだけ貿易で稼げる国境ということなのだろう。

出国手続きは外国人から先に処理が始まり、パスポートを提出する。


オンライン化されていないようで台帳記入してパスポートに出国スタンプを押して処理完了。

14:03頃、バスに乗車して、14:08にバスが出発。

ラオス・ベトナム国境の緩衝地帯をバスが走って行くがすれ違う車両はなかった。

ベトナム側TAY TRANGのイミグレーション

14:17頃、ベトナム側TAY TRANGのイミグレーションに到着し、入国カードなしで窓口にパスポートを提出する。ここでも外国人のパスポート処理から始まるが、ここの係官は英語ペラペラでディエンビエンフーからのハノイ、サパなどのバス情報など旅行者が必要な情報を説明してくれた。

自分は全く英語が分からないので理解できずだけど・・・。欧米人たちにはこの説明が非常に好評の様子であった。他にも係官の兄ちゃんが外貨のベトナム・ドンへの両替をしており、レートはどうなのか不明だが欧米人たちは不要になったラオス・キープを両替していた。

両替はイミグレーションとしてのサービスか、係官の兄ちゃんの副業かは不明だが、ボロボロのラオス・キープを欧米人たちは処分できたので結構うれしそうであった。まあ、ピン札のラオス・キープなら記念品にいいかもしれないが、ボロボロじゃ、レート悪くても処分した方がよいだろうな。

そうそう、ベトナム側のパスポート処理はオンラインであった。自分のパスポートが処理されているときに担当係官が英語ペラペラの係官に何かを確認している。

「40day」とか言っていたのでノービザ入国30日ルールに引っかからないかの確認だったようだ。自分は前回のベトナム出国から40日以上経過しているので問題なくパスポートを受け取りイミグレーションの出口へ向かうが検疫や税関検査はなく出口でパスポートの確認のみであった。

出口で2分ほど待機するとバスがベトナム側に入国し、待機していた乗客が乗車する。ベトナム側のイミグレーション前にはフォー屋が一軒あった。係官たちの行きつけの食堂か?国境越えのチャリダーには貴重な補給場所だろう。

バスが出発しディエンビエンフーへ向かう。道路状況は悪く舗装が剥がれている部分が多い。雨季になるとかなりの悪路になるのだろう。

山道を抜けて平地へ入ると水田が広がっている。

ここからは道路状況は良くなりバスのスピードはさらに上がっていく。

ディエンビエンフーバスターミナル

15:45頃、ディエンビエンフーのバスターミナルにほぼ時刻表通りでラオス・ウドムサイから7時間ほどで到着した。

バスを降りるとハノイやハロン湾へのバスの客引きから宿の客引きまで大勢押し寄せてくる。欧米人たちが客引きに囲まれている間に自分は荷物回収に動く。

続いてバスの運行状況を確認するとラオカイ行きの寝台バスがあるではないか!ディエンビエンフーで1泊する事を考えていたが寝台バスで一気にラオカイもありかもしれない。しかし、中国での経験上では寝台バスは非常に臭く過酷な移動になる。

しかも、ラオカイまでは山岳区間で道は険しい・・・。

まあ、ベトナムの寝台バスがどのようなものか試しに実験台になってみよう!ということで、17:30発のラオカイ行き寝台バスのチケットを購入する。料金は210000ドン(約1260円)だ。

発車まで時間があるのでバスターミナル近くの食堂でフォー・ガー(30000ドン/約180円)を食べる。

寝台バスでディエンビエンフー→ラオカイ

栄養補給が済んでバスターミナルへ戻ると寝台バスが停車しているのでバックパックを預けて車外で待機となる。バスにはやたらとハングル文字があるので韓国の中古車か?

17:20頃、チケットの確認と乗車が開始となる。今回の自分の寝台は3列の真ん中上段最前列だ。窓際でないのは不満であるが最前列なので場所としては良い方だ。ウンコしたくなったらすぐに運ちゃんに声をかけられるからな!

17:38に8分遅れでバスが発車する。ラオカイまでの夜行寝台バスの旅が始まりだ。谷底に落ちずに無事ラオカイに到着するだろうか?そういえばラオカイまで何時間かかるか聞いていないな・・・。夜明け前の到着はできれば勘弁してほしいな。

バスは運ちゃん2人、車掌?1人の3人態勢だ。道路状況は舗装されており問題はなさそうだ。ただし、水牛優先になっているようだ。

そして、途中で客を乗せて通路にも客が・・・。定員オーバーのような気がする。19:10頃、トイレ休憩で停車する。19:20頃、バスが出発する。

両替
ATMで引き出し2069円→120000キープ(10000キープ=172.5円)

本日の出費
項目 金額 備考
バス 95000キープ ラオス・ウドムサイ→
ベトナム・ディエンビエンフー
ATM手数料 20000キープ
合計 115000キープ
本日の出費
項目 金額 備考
食費 30000ドン
バス 210000ドン ディエンビエンフー→ラオカイ
合計 240000ドン

ベトナム・中国陸路国境越え

ラオカイ到着

03:30頃、サパに到着するが雨が降っている。気候が変わってきているようだ。05:00頃、ラオカイ駅の南にあるラオカイバスターミナルに到着する。

まだ夜は明けておらず周囲は真っ暗だが、バスターミナルは宿の客引きやバイクタクシーのおっちゃんたちで賑わっている。とりあえずまずはラオカイのバスの運行状況を確認する。

ハノイ、ディエンビエンフー、バックハーなど各地へのバスが運行されており利便性は非常に高い。

そして、ラオカイ-サパのバス運行案内を見つける。これを読むとバスターミナルの向かい200-300mの所にあるラオカイの駅前広場からサパ行きのバスが運行されており、運賃は1人28000ドンだ。バス情報を集めたら次はどうするかだ。国境へ行っても、まだ国境は開いていないし・・・。

国境が開くのが、07:00だからまだ時間があるが、05:45頃、国境へ向かうことにする。まずはラオカイ駅前のフォー屋でベトナム料理の食べ納めにフォー・ガー(30000ドン/約180円)を食べる。

ベトナム・ラオカイから陸路出国

06:00頃、国境へ向け歩き始める。あたりは明るくなり歩きやすくなってきたが車の通行量は増えてきたので注意しなければならない。

06:25頃、ベトナム・ラオカイのイミグレーションに到着。イミグレーションの建物は開いていたが窓口はまだ閉まっている。

しかし、イミグレーション内の両替屋のおっちゃんは営業中で話しかけられたので、とりあえず参考のためにレートを聞いてみると10000ドン→3元ということであった。とりあえず、出国カウンターの前に地元民が屯しているので一緒に待つことにする。この待ち時間を利用してモーハン口岸で余計にもらっておいた中国の出入国カードに記入しておく。

07:00に窓口が開くが検疫や税関検査はなしでパスポートを窓口に提出する。出国カードは入国時にもらっていないのでなしだ。パスポートに出国スタンプが押され、07:05にベトナム・ラオカイのイミグレーションを出る。

すでにおばちゃんたちが国境の橋を急いで渡って中国へ向かっている。

急ぐ必要はないが自分も急いで橋を渡るが、橋の中間地点が国境線なので、ここでは一度止まり中国へと入る。ここからは時間が1時間早まり、ハノイ時間の07:07に国境線を越えて、北京時間の08:07に変わる。

08:08に中国側イミグレーションの河口口岸に到着する。荷物満載の行商のおばちゃんたちはすでに外にある専用の窓口に並んでいる。

中国・河口陸路入国

自分は建物に入り入国窓口へ行こうとするが、係官に呼び止められ検疫カウンターでパスポート情報を入力する。続いて入国カウンターの外国人窓口に並ぶが、外国人窓口でも地元のおばちゃんが並んでいる。窓口分ける意味あるのか?地元民のおばちゃんたちが並んでいるけど一応「外国人」と表示された窓口に並ぶと列を整理していた係官の姉ちゃんがパスポートの確認をする。

そして、自分の番が来てパスポートと出入国カードを提出する。地元民のおばちゃんたちはパスポートでなく通行証なので20秒ぐらいで処理が終わるのだが、外国人のパスポートだとビザ情報の入力やカメラで顔を撮影したりするので時間がかかる。後ろのおばちゃんが文句言っているので、窓口の看板を指さして「ここは外国人窓口って書いてあるぞ!両脇の地元民用の窓口に並べよ!」と言っておく。

入国手続きが完了して次は税関検査だが、珍しく係官がおり荷物のX線検査を受ける。そして、バックパックの中身を見せるように言ってきた。といっても、ノートPCの下に何があるかということなので、中国で買った道路地図と観光地の入場券が入った袋を見せて、検査は30秒足らずで終了。本当は他にもチベットの高僧・・・。

08:19頃、河口口岸の建物を出る。とりあえず、ボロ宿の湘中招待所へ行く。老板はまだ寝ていたが起こして30元の部屋を確保する。上級者向けの超ハイクオリティな部屋で早速電池の充電やネットで夕方の河口北→大理の列車の切符などを予約する。まあ、ここは宿泊でなくトイレ、荷物置き場と充電とかの準備で使うだけである。

河口汽車客運站

11:15頃、旧バスターミナル跡地付近から路線バスで新バスターミナルの河口汽車客運站へ向かう。運賃は1元。

11:25頃、河口汽車客運站に到着する。

バスの情報を確認すると、旧バスターミナルの頃より路線がかなり増えて便利になっている。

シャングリラ行きの路線があったのだが、客が集まり次第のようなので集まらなければキャンセルということもあるのだろう。これはバスというよりミニバンとかでの乗り合いタクシー方式で、大きな町で何度も乗り換えて行く方式のような気がする。

昼頃、旧バスターミナル跡地へ戻り、紅河の対岸のベトナムを見物して散歩である。

河口のおねえちゃんたちのいる市場を通っていく。旧バスターミナル跡地は高層ビルが建設中で辺境の街にも不動産開発の波が押し寄せている。

市場近くの10元食べ放題の自助餐で昼食を食べるが、あまり食べ過ぎておばちゃんから追加料金徴収されたり出入り禁止になると困るので気付かれないようにご飯だけお代わりして食べまくる。でも、地元民のおっちゃんたちは遠慮なく喰いまくっていたな!

14:00頃、招待所を出て、14:10頃、旧バスターミナル跡地から路線バスで河口北駅へ移動する。運賃は2元だ。

鉄道で河口北→大理

14:25頃、河口北駅に到着するが切符売り場に行列が出来ている。河口北駅はまだ新しい駅なのだが自動券売機は設置されていない。設置されていても外国人は使用不可だから意味ないけど・・・。

行列が出来て混雑しているのだが、切符を購入しようとしている客は行き先だけ窓口のお姉ちゃんに伝えて、列車番号はもちろんだが、発車時間とかも決まっていないので条件に合う切符を購入するのに時間がかかっている。予めインターネットで調べるとか予約購入するとかいうことをしないのだろうか?

この駅には自動券売機はないのだが、自動券売機で簡単に購入している人たちと窓口で行き先しか伝えられないない人たちを見ていると同じ中国人なのにこのオーラの違いは何だと思ってしまう。同じ国籍でも住む世界が違うということなのか?弱肉強食の中国の一面を映しているのかもしれない・・・。

約30分並んで今朝インターネットで予約購入した河口北→大理のK9690次の切符を受け取る。発券自体は1分もかからなかった。

続いて待合室へ向かうが、まずは入口でお約束の切符と身分証の確認だ。田舎の駅だと外国人は見なかったことにしてパスポート確認せずに待合室へ行けるのだが、国境地帯の駅ということなのか、駅員がちゃんとパスポートを確認している。

切符と身分証の次は手荷物のX線検査だ。これはいつも通り通過するが、続いて公安のパスポートと切符の確認があり、スマートフォンでパスポートと切符を撮影する。最後に駅員が切符に鋏を入れて、さらに駅員と一緒にいる別の公安がパスポートと切符の確認する。

15:00頃、待合室に入り待機となる。河口北駅の駅員と公安はやる気があるようだ。それとも、今は全人代の会期中だから特別にやっているだけか?

15:30頃に改札口の先頭を陣取っておく。周囲の様子からしてお行儀よく乗車するような人たちには見えないので、先に手を打っておく。改札口が混雑してくると隣の婆さんが床に痰を吐いた。やはり、ここは中国だ。ベトナムやタイとは違う。

16:05頃、乗車が始まり乗客がホームへ一斉に雪崩込む。自分は先頭なので悠々とホームを歩くが後方には秩序はなくカオス状態があるだけである。

今回は大理までの硬座の切符が売り切れであったので寝台の硬臥で大理へ向かう。

16:22に定刻通りK9690次が発車する。硬臥の車内は乗客が10人ほどで非常に静かだ。おそらく昆明到着までには全ての寝台が埋まるのであろう。硬座の方はホームですでにカオス状態だったので、車内もカオス状態なのだろう。

発車後に乗務員が切符と換票証を交換に来た。これで、下車する駅の前で換票証を切符に交換しに来てくれるので寝ていても起こされ寝過ごすことがない。蒙自まではほとんどの区間がトンネルになっており、列車はトンネルをひたすら走っていく。

蒙自へ到着する前の17:30頃、かなり早いが眠ることにする。24時間でラオス・ウドムサイ→ベトナム・ディエンビエンフー→ラオカイ→中国・河口へと強行軍で移動したので疲れた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 30000ドン
合計 30000ドン
本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 30元
鉄道 206.5元 河口北→大理
鉄道 34元 大理→麗江
バス 4元 路線バス
合計 284.5元

東南アジア旅行記2015-ラオス・ルアンパバーンの托鉢

世界遺産の街 ルアンパバーン

ルアンパバーンの托鉢1日目

05:30頃に起床して、同じドミの日本人2人に引っ付いてルアンパバーン名物の托鉢を見に行く。国立博物館の東まで歩いて行くと通り沿いには夜明け前からお坊さんへの供物を売るおばちゃんたちが営業中だ。

欧米人観光客が団体で歩道にゴザを敷いて座って托鉢が始まるのを待っていたりしている。托鉢はルアンパバーンの重要なアトラクションのようだ。06:00頃になると太鼓の音が各地から聞こえてくる。どうやら托鉢の合図のようで僧侶たちが一列で通りに出てきた。

托鉢の光景を撮影する欧米人もいれば、地元民に混じって僧侶たちに供物を捧げる欧米人もいる。

托鉢の出てくる僧侶たちは若い僧侶たちがほとんどだ。年輩の僧侶は少数見られたが、大多数は子供の僧侶だ。

ラオスの僧侶は若い。

供物を上げる方にも子供がおり若い。06:30頃、托鉢が終わったようで欧米人たちが帰り始める。

07:00頃、ホステルに戻り、07:30頃に朝食を食べる。ここのホステルはドミトリーでも無料の朝食が付いている。ホステルの看板を掲げているが朝食付きなのでB&Bと言った感じだ。

09:00頃、メコン川の対岸を結ぶフェリー乗り場へ行ってみる。フェリー乗り場はいくつかあるのだが、ここのフェリーは車も搭載可能だ。あと欧米人のチャリダーが自転車でも来ていた。

ラオスの両替

10:30頃、ラオス外商銀行(BCEL)で500元をラオス・キープへ両替する。レートは1元→1276キープで500元が638000キープになる。

前日に周辺の両替所でレートを確認してみたが1元→1250キープが一番多く、今日も周辺でレート確認をしたが、ラオス外商銀行(BCEL)が一番レートが良かった。

両替は書類にパスポート表記の名前と署名をするだけで手続完了だが、パスポートの確認はなく管理はかなりいい加減な感じだ。

Khammany Inn Guesthouse

11:00頃、LPQ Backpackers Hostelをチェックアウトして、徒歩5分ほどの所にあるKhammany Inn Guesthouseへ移動する。

Booking.comで予約しておいたのでスマートフォンに保存しておいた予約確認書のPDFを見せてチェックインはすぐに終わると思ったら、チェックインは13:00からというので共有スペースでネットをしながら待つ。

バンブーブリッジ

14:15頃、旧市街の脇を流れるメコン川の支流であるナム・カーン川を訪れる。ナム・カーン川には乾季の間に竹で組まれた橋「バンブーブリッジ」が架けられている。

観光用の橋なので通行料は5000キープ(約75円)徴収されており、通行料が翌年のバンブーブリッジ建設費になるらしい。このバンブーブリッジは半島状になっている旧市街から北バスターミナルへの徒歩での近道になる。

オールドブリッジ

14:30頃、ナム・カーン川の1km弱ほど上流にあるオールドブリッジと呼ばれる橋へやって来た。このオールドブリッジは鉄骨で組まれているが路面の部分が木造という構造になっている。

結構高い場所に架けられているので高所恐怖症の人は渡れないだろう。おまけにメンテナンスをちゃんとしていないので歩道の板や金具が外れている部分があったりする。

車道部分のメンテナンス状況は不明だが、自転車やバイクが頻繁に往来している。

ある意味でバンブーブリッジより楽しめるだろう。

北バスターミナル

15:05頃、明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入するために北バスターミナルに到着。

ここからは主に北へ向かうバスが発着している。

運賃表を確認してみるとルアンパバーン→ルアンナムターは90000キープと100000キープの2種類のようだ。発車時刻は「AM」としか表記されていない。これは客が集まり次第という意味か?

とりあえず、窓口で明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入しようと聞いてみたら、運賃は100000キープで、当日の朝8時に来るようにということであった。前もっての購入はできなかった。

再びバンブーブリッジ

15:40頃、再びバンブーブリッジを訪れる。今度は対岸側からバンブーブリッジを見物する。渡ると5000キープ徴収されるので見るだけだ。

橋の架かるナム・カーン川では地元の子供達が泳いで遊んでいる。川の水は濁っており泳いで大丈夫なのか?

ルアンパバーンのビュッフェ屋台

17:10頃、早朝、一緒に托鉢を見物しに行った2人から情報を仕入れてナイトマーケットの近くで10000キープの屋台を見つける。自分で必要な量を盛って食べる方式だ。欧米人が列を作っていたので自分も並んで皿に料理を盛っていく。

これで10000キープは安い!多少衛生上の問題はあるかもしれないが、問題があれば欧米人が列を作るほどの人気はないだろう。昨日は25000キープでお子さまランチぐらいの量の炒飯だったので今日は十分に食べることができた。

メコン川の夕日

18:00頃、船着き場でメコン川の夕日を見物する。
欧米人も集まっており人気があるようだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

LPQ Backpackers Hostel
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
バンブーブリッジ
N 19°53’33.38″
E102°08’23.73″
オールドブリッジ
N 19°53’12.73″
E102°08’33.46″
北バスターミナル
N 19°53’55.87″
E102°09’16.18″
両替

500元→638000キープ

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15000キープ
宿泊費 40000キープ
合計 55000キープ

ルアンパバーンの托鉢2日目

06:00頃、起床して托鉢見物の準備をする。外へ出る準備をしていると欧米人が3人ほどドミとリーにやってきた。この時間だと寝台バスでルアンパバーンに到着したようだ。

06:20頃、国立博物館周辺までやってきた。すでに観光客で賑やかになっている。もちろん周辺には観光客相手に供物セットを売っているおばちゃんもいる。

そして、僧侶たちが托鉢にやってきた。観光客や地元民が供物を捧げているが、途中で僧侶たちが袋やカゴを持った子供たちに供物を渡している。これは一体?

少し考えると2通りの見方ができる。ひとつは僧侶が貧しい者へ喜捨をしている。ひとつはいらない供物を業者に回収してもらっている。

そして、回収された供物はおばちゃんたちが観光客に供物セットとして再販売する。
どちらが答えだろうか?僧侶の中には供物を選んで袋やカゴに入れているので、いらない奴を回収してもらっているような・・・。

托鉢を見物していると撮影している観光客の中にフラッシュをたいている者がいる。ルアンパバーンにある寺には托鉢見物の注意事項が掲げられているのだが、その中にはフラッシュ撮影するなとある。

フラッシュ撮影禁止なので自分はカメラのISO感度は6400に設定して撮影する。それでもシャッタースピードが遅いので少し流れてしまう。

06:30頃になると通りの托鉢はだいたい終了のようで観光客が帰り始める。

しかし、通りを一本裏に入ると寺に戻る僧侶たちがおり地元民が供物を捧げている。

どうやら、裏通りの方が観光客が少なく雰囲気的には良いようだ。

托鉢が終わると通りはおばちゃんが掃除していたり、欧米人たちがミニバンに乗り込んで出発していく光景が見られる。托鉢を見物して、すぐに次の町へ移動のようだ。

宿へ戻るとレセプションに欧米人の兄ちゃんが座っている。そして、欧米人の姉ちゃんが朝食を作っている。昨日はレセプションにはラオス人の兄ちゃんがいたのだが、ここは欧米人経営の宿のようだ。

09:00頃、朝食にスクランブルエッグとトーストを食べる。ここも無料の朝食が付いていた。ルアンパバーンの宿では朝食付きが一般的なのか?10:30頃、部屋に宿帳を持った経営者と思われる欧米人がやって来て、宿泊者にチェックアウトか延泊かの確認をしている。自分はチェックアウトすることを伝え出発の準備をする。

11:40頃、Khammany Inn Guesthouseをチェックアウトする。メコン川沿いの道を歩き、10:45頃、Booking.comで予約しておいたCheng backpackers Hotel 1に到着。

中国人経営の宿なので中国語OKで、老板はさらに日本語OKだ。中国人宿と思っていたが客層の半分は欧米人であった。部屋は6人ドミトリーだがエアコンや扇風機はなし。宿泊客の数に対しトイレの数も少ない・・・。朝が大変かも・・・。

ルアンパバーンの宿はバスチケットの手配もしてくれるのだが、他の宿だと時刻表があっても料金表は出ていなかったりする。これは旅行代理店でも同じで料金は直接聞かないと教えてくれないようだ。

しかし、ここは時刻と料金の両方が表示されていた。料金が分かったので、昨日、北バスターミナルで調べた料金と時刻を比較してみる。北バスターミナル発のルアンナムター行きのバスは所要時間10時間でバスターミナルだと100000キープで、宿手配だと120000キープなので20000キープが手数料だろう。

しかし、国際バスターミナル発のルアンナムター行きのミニバンだと130000キープなのだが宿へのピックアップ付きになっている。おまけに所要時間は8時間なので、国際バスターミナルからのミニバンで行くのが良いだろう。

ということで、宿のお姉ちゃんに明日の国際バスターミナル発ルアンナムター行きのミニバンのチケット手配をお願いして130000キープを支払う。午後に手配が完了するまで待つようにということで、それまで宿の前を流れるメコン川を眺めたりする。

13:00頃にチケットの手配が完了してレシートを受け取る。宿へのピックアップは07:30頃になるので、それまでに準備をしておかないといけない。

17:00頃、ナイトマーケットへ行く。

まだ、日没前なのでほとんどが開店準備中だ。

屋台で夕飯

17:30頃、昨日のナイトマーケット近くの10000キープの屋台で夕飯を食べる。とりあえず腹減っているので山盛りにして食べておく。で、おかわり自由なのか聞いてみたら、やっぱり10000キープ追加であった。さすがに食い放題だと潰れるよな。

2人分の料金を払っているとはいえ山盛りにし過ぎて出入り禁止とかになると困るのでちょっと控えめにしておく。でも、明日ルアンナムターに行くんだったな。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Cheng backpackers Hotel 1
N 19°53’19.08″
E102°07’50.54″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 25000キープ
宿泊費 48000キープ
バス 130000キープ ルアンパバーン→ルアンナムター
合計 203000キープ

ルアンパバーン→ルアンナムター

ルアンパバーンの托鉢3日目

05:30頃、起床し托鉢見物の準備をする。06:00頃、流れで同じドミの3人と托鉢見物に出発。中国人のA先生、日本人のB女史とC女史で国立博物館周辺でルアンパバーン名物の托鉢を見物する。

大勢の僧侶が托鉢をする中で太り過ぎの僧侶が混じっている。ラオスの僧侶は肉を食べても大丈夫なのか?でも大多数は痩せているようにみえるのだが・・・。

とりあえず、3人には自分が2日間で調べた托鉢の撮影場所を伝授しておく。

後は自力で撮影場所を開拓するだろう。

ルアンパバーン→ルアンナムター

07:00頃、宿に戻り出発の準備を整える。今日はルアンパバーンからルアンナムターへ移動となり、国際バスターミナルから08:30発車のミニバンに乗車なのだが、すでに8時過ぎだ。やはり、時間通りとは行かないようだ。

08:15頃、ピックアップのトゥクトゥクが到着。トゥクトゥクに乗り込み、08:22に欧米人3人と出発して途中で客を拾いながら、自分を含め11人で国際バスターミナルへ向かうが、途中でトゥクトゥクの屋根から欧米人の兄ちゃんのバックパックが落下して大騒ぎになる。

一部破損しているようだが回収して再び出発し、08:50頃、国際バスターミナルに到着。ミニバンに乗り換える。自分が最後の乗客だったようで助手席に座ることになる。

乗車してレシートが回収され、09:15頃、ミニバンがルアンナムターへ向け発車する。

予定ではこれから約8時間かけて、ウドムサイを経由してルアンナムターを目指す。

道路状況は舗装はされているが、工事区間もありスピードはそれほど出せない。

昼頃、国道のT字路で30分の休憩となる。このT字路で右(東)へ行けばノーンキャウ、左(西)がウドムサイ、ルアンナムターになる。国道の分岐点なので休憩で停車している車が多い。中国のナンバープレートを付けた車も見かける。そして、痰を吐いている人もいる。どこの国の人かな?

昼休憩であるが自分は飲まず食わずで乗り切る。売店で売っている商品はどれも高い。飲料関連はタイか中国から輸入品なので当然高い。ルアンパバーンだと5000キープとか6000キープで売っている500mlの飲料は+1000キープや+2000キープだったりする。

ラオスの物価は高すぎる。もちろん商品に値段は付いていないので外国人ボッタクリ価格ということなのだろう。地元民価格はどれぐらいなのだろうか?中国の方がまだ安い。

中国に飲み込まれるラオス

12:25頃、国道の分岐点を出発する。道路脇の道標を見るとルアンナムターまで196kmの表示が見えた。まだ約200kmあるようだ。

途中の道路工事で通行規制があったが、規制の標識がラオス語でなく漢字で「前方施工」と表記されていた。中国企業が工事を受注しているのだろうが、ラオス語で標識を出さないところが中国らしい。最低限、英語で表示しろよ!地元民には読めなくても中国人が読めれば問題なしのようだ。これがラオスの現実のようで着々と植民地化の道を進んでいるようだ。

13:00頃、再び工事による通行規制で足止めとなる。まだ、雨季に入っていないからよいが、これが雨季になれば泥濘で道路状況は酷い状況になるだろう。ウドムサイまでの道路状況はかなり悪く工事区間、未舗装区間、舗装してあっても補修せず放置され舗装が剥がれた区間が入り乱れている。おまけに標高1200m以上の山岳区間を越えていくので道が曲がりくねっている。

15:15頃、ウドムサイの手前約5kmの地点で、また工事による通行規制で足止めだ。これだとルアンナムターには夜到着だな。ウドムサイの町の入口に新バスターミナルができていた。バスの状況は不明であるが今後に期待したいと言いたいところだが町の中心から約5km南にあるので不便だし、ボッタクリのトゥクトゥクの餌食になること確実だ。

ウドムサイ

15:45頃、ウドムサイバスターミナルに到着する。

ここで欧米人のカップルが降りた。ベトナムのディエンビエンフーへ向かうのか?

荷物を降ろす時間を利用してウドムサイのバスチケットの価格などを調査しておく。

15:55頃、ウドムサイバスターミナルを出発する。ウドムサイからの道路状況は一気に改善し舗装道路を順調に走る。

ルアンナムター到着

18:30頃、ルアンナムター旧市街の長距離バスターミナルに到着する。すでに日没の時間を過ぎており周辺は暗くなってきている。運ちゃんが荷物をミニバンの屋根から降ろしている間にバスの運賃と時刻を確認するがホワイトボードに書かれた内容は消えかかっている。あまりやる気がないようだ。何とか中国の景洪やモンラーからの国際バスが発着しているのは確認できた。

荷物を回収し、これからトゥクトゥクで新市街へ移動するのだが人数が集まらないと高くなるが、ルアンパバーンから一緒に移動してきた欧米人の姉ちゃんたちや長距離バスターミナルで人数が集まるのを待っていた欧米人たちと1人20000キープで移動する。ルアンナムターの南にある旧市街から北の新市街へ20分ほどで移動する。

トゥクトゥクは新市街のナイトマーケットの隣にある銀行前で停車し、ここで全員降ろされる。

これから宿を探さないといけないのだが、とりあえず国道沿いにあったHoumg Heuang Guest Houseに宿泊する。1人部屋、トイレ・シャワー付きで1泊60000キープ(約900円)だ。まあ、寝るだけなら良しとしよう。部屋でWi-Fiも使えた。

寝床を確保したのでナイトマーケットへ行ってみる。

規模はかなり小さいが欧米人が結構訪れている。

夕飯はナイトマーケットで炒飯(10000キープ/約150円)を食べる。

食後に商店で水でも買おうかと思っていたら、ビア・ラオの隣にナムカンビールを発見する。ナムカンビールはビア・ラオに次ぐラオスのビールだ。ラオスのビールは値段が高めだが、話のネタにナムカンビール640ml(10000キープ/約150円)を購入する。明日は7年ぶりに中国国境のボーテンを訪れラオス・中国の陸路国境を越えてみよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20000キープ
宿泊費 60000キープ
トゥクトゥク 20000キープ 長距離バスターミナル→新市街
合計 100000キープ

東南アジア旅行記2015-タイ・ラオス陸路国境越え&メコン川スローボート

タイ・ラオス陸路国境越え

チェンライ第1バスターミナル→第2バスターミナル

06:30頃、起床し出発準備をする。同じドミトリーの欧米人5人はまだ夢の中だ。07:10頃、ユースホステルをチェックアウトする。2分ほどでチェンライ第1バスターミナルに到着し、第2バスターミナル行きソンテウに乗車する。運賃は15バーツ。

待機しているとフランス人の夫婦が乗車してきた。そして、「昨日メコン川で見たよ!」と話しかけてきた。昨日、ゴールデントライアングルからチェンセーンへ戻るときに乗ったソンテウに乗車していた夫婦であった。

07:40頃、ソンテウが発車するが客は自分を含めて、フランス人2人、地元民1人の4人。客が少ないので運ちゃんが1人20バーツとか言っているが、正規運賃は15バーツだ。昨日小銭のバーツをすべて使いきってしまったので、15バーツしかない。

そのまま15バーツ払ってみたら何も文句言われずにすむ。文句言われたら歓迎されない500バーツ札とかの高額紙幣で払うところであった。他の3人は20バーツを払っていた。

07:50頃、チェンライ第2バスターミナルに到着する。昨日購入したラオス・フアイサーイ行きチケットをTHE TRANSPORTの窓口で正式なチケットに交換する。窓口のお姉ちゃんにパスポートを渡して3分ほどで手続き完了。

出発時間の10:00まで待合室で待機となる。ちなみにチケットにはBOKEOと表記されているが、これはフアイサーイ(Huay Xai)の所在地であるボーケオ県を示しており、地元民はBOKEOと呼ぶのが一般的である。

タイ→ラオス国際バス

そして、バスターミナルにいる犬たちが突然吠え始めた。さらに周辺のタイ人が全員起立している。これは8時のあれか!そう、タイでは毎朝8時に公共の場所で国王賛歌が流れるのだ。郷に入れば郷に従えで自分も起立する。

近くの欧米人の姉ちゃん2人は状況が分からず座ったまま周囲をキョロキョロしている。まあ、外国人は知らなくて当然だろう。バスターミナルの犬たちは日課になっているようで吠えている。犬たちも王様への忠誠心があるということか?

08:50頃になるとTHE TRANSPORTの窓口に欧米人旅行者が見え始めた。ラオス行きの客のようだ。ラオス行き国際バス発車時間10:00になったが、まだバスがこない。欧米人旅行者たちとそのままバスが来るのを待つ。

チケットオフィスには欧米人旅行者がラオス行きのチケットを購入しているので、余りがあれば当日出発直前でも購入可能なようだ。でも、実際は発車時間が、とっくに過ぎているのだが、バスが来ていなければ販売するようだ。10:20頃、ラオス・フアイサーイ行きの国際バスが到着し乗車する。

乗客は自分を含めて14人で、半分が欧米人で、残りはタイもしくはラオスの地元民かな?乗車率は4割ぐらいで空いておりラオス行き国際バスの人気はそれほど高くないようだ。10:40頃、40分遅れでチェンライ第2バスターミナルを出発する。

国道1号(アジアハイウェイ2号)からすぐに国道1020号、国道1152号のアジアハイウェイ3号へ入りラオスとの国境の町チェンコーンのある北東へ向かう。12:30頃、チェンコーンの町と第4友好橋の分岐点になる交差点を過ぎて、チェンコーンバスターミナルで5分ほどトイレ休憩となる。

タイ・ラオス陸路国境

12:40頃、バスターミナルを出て交差点まで戻り、国道1356号に入り、12:45頃、チェンコーンの第4友好橋に到着する。ここでバスを降りてタイ側イミグレーションで出国手続きをする。

出国カウンターの手前でパスポートと出国カードの確認があり、出国カードをスーツケースに入れたままの欧米人がバスまで出国カードを取りに戻っていた。バスがまだ入口に停まっていたからいいが、出口側に行ってしまったらどうするのだ?

出国手続きを終えてイミグレーションを出る。友好橋のシャトルバスのチケット売場のお姉ちゃんが乗ってきたバスが来るまで待つようにと指示。少ししてバスが出口に到着、バスに乗車して全員が揃うのを待つ。

13:00頃、乗客全員が揃いバスが発車してタイからラオスへ。

橋の手前で左側通行から右側通行へ変わり第4友好橋を渡り、13:07にラオス側フアイサーイのイミグレーションに到着。バスを降りて入国カードを入手して記入する。

欧米人はアライバルビザの申請窓口に並んでいるが、自分は入国カウンターへ向かうが、入国カウンター手前の売店近くにラオス開発銀行(LDB)の両替所があったので500元をラオス・キープに両替する。500元が690500キープになった。

続いて入国カウンターへ行くが窓口に誰もいない・・・。人を捜していたら係官のお姉ちゃんがやってきた。15日のノービザで入国スタンプをもらい、13:25頃、誰もいない税関の机の前を通過してイミグレーションを出る。ラオスの出入国管理体制って・・・。

イミグレーションを出たところにもラオス外商銀行(BCEL)の両替所があった。

レートを確認したら、ラオス開発銀行(LDB)よりレートがいいではないか!500元で大瓶のビア・ラオ2本分の差になる。一つ勉強になった。

ラオス・フアイサーイ

欧米人たちのビザ待ちで待機となり、13:40頃、バスが発車する。

13:50頃、フアイサーイバスターミナルに到着する。

まずはフアイサーイのバスの状況を確認する。運賃表兼時刻表を見てみると中国やベトナム行きのバスがあるが、ディエンビエンフーやハノイ行きのバスは相当きつそうな気がする。

次の目的地のルアンナムター行きのバスは運賃は60000キープだが時刻は出ていない。とりあえず、窓口でバスがあるか聞いてみると今日のバスはなく、明日の08:30にミニバンのルアンナムター行きがあるという話であった。

今日のルアンナムター行きのバスがないのでフアイサーイで1泊することになるが、バスターミナルからフアイサーイの町は直線距離で6kmぐらい離れている。トゥクトゥクはさっき欧米人たちを乗せて出払ってしまったし、14:00頃、とりあえず歩いて行くことにする。

しかし、この歩くという選択は間違いであった。炎天下の中歩くのは自殺行為であった。おまけにフアイサーイの町までいくつもの上り坂があった。途中でトゥクトゥクがクラクション鳴らしてくるが、ここまで来たら意地でも歩いてフアイサーイの町まで歩いていかなければ・・・。

FRIENDSHIP GUESTHOUSE

2時間歩いて、16:00頃、FRIENDSHIP GUESTHOUSEに到着する。やっぱトゥクトゥクに乗るべきであった。

FRIENDSHIP GUESTHOUSEに1泊するが、部屋は4人ドミトリーで1泊50000キープ(約750円)だ。夜に欧米人のおっちゃんが1人来て4人ドミトリーを2人で使用する。

スローボート船着場

ルアンナムターへ行こうと考えていたが、急遽予定変更でスローボートでルアンパバーンへ行くことにする。そこで、スローボートの船着場へ向かう。16:30頃、スローボートの船着場に到着というか、イミグレーションがある。ここから対岸のタイ・チェンコーンへ行けるのか?

イミグレーションの隣にスローボートのチケットオフィスがあったのだが窓口閉まっている。近くのおっちゃんに聞いたらハンモックで昼寝中の兄ちゃんを指さし、そして、起こしてくれた。兄ちゃんにスローボートのチケットを購入したいことを言うと今日は営業時間終了で、明日の08:00から販売ということを確認する。

ラオス料理

ラープ16:45頃、通り沿いのレストランで夕飯を食べる。ラオス語と英語メニューがあったがおばちゃんに地球の歩き方を見せながら聞いてラープ(25000キープ/約375円)とカオニャオ(5000キープ/約75円)を注文する。

カオニャオこちのご飯はカオニャオと呼びます。

17:30頃、フアイサーイ-チェンコーンの渡し船の船着場にやって来たが誰もいない。廃墟になっている。どうやら、ここの船着場は廃止され、スローボートの船着場にイミグレーションが引っ越したようだ。

メコン川の夕日を見ながらビア・ラオ640ml(10000キープ/約150円)を飲む。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

City Home Guest House
N 19°54’19.85″
E099°49’59.72″
チェンライ第1バスターミナル
N 19°54’16.82″
E099°50’04.67″
チェンライ第2バスターミナル
N 19°51’30.52″
E099°49’14.56″
チェンコーンバスターミナル
N 20°13’36.48″
E100°24’10.90″
タイ側チェンコーンのイミグレーション
N 20°12’58.40″
E100°26’06.14″
ラオス側ファイサーイのイミグレーション
N 20°13’01.74″
E100°27’42.04″
ファイサーイバスターミナル
N 20°15’05.26″
E100°27’10.95″
FRIENDSHIP GUESTHOUSE
N 20°16’33.60″
E100°24’43.29″
スローボート船着場(ファイサーイ)
N 20°16’34.49″
E100°24’37.83″
両替

500元→609500キープ

本日の出費
項目 金額 備考
ソンテウ 15バーツ 第1バスターミナル→第2バスターミナル
合計 15バーツ
本日の出費
項目 金額 備考
食費 40000キープ
宿泊費 50000キープ
合計 90000キープ

メコン川のスローボート1日目

スローボートのチケット購入

07:50頃、ゲストハウスを出てルアンパバーン行きスローボートの船着き場へ向かう。途中、フアイサーイールアンパバーンと表記されたMINI VANが欧米人を乗せていたので、バスターミナル発以外のツーリストバスみたいなのが運行されているようだ。料金は割高かもしれないが、わざわざバスターミナルまで行く必要がなければ需要はあるだろう。

08:05頃、スローボートの船着き場に到着するが、すでにドイツ人の姉ちゃん2人組がルアンパバーン行きのチケットを購入していた。

そして、自分もスローボートのチケットを購入するが、まず乗船名簿に名前、パスポート番号、国籍、性別、行き先のルアンパバーンにチェックを入れて220000キープ(約3300円)を支払う。

乗船名簿は自分より前の7人全員がドイツ人女性であった。スローボートは欧米人に人気というのは聞いてはいたが、特にドイツ人女性に大人気なのか?それとチケットオフィスの隣にイミグレーションがあり地元民が出国手続きをしていた。やはり、ラオス・フアイサーイ-タイ・チェンコーンの渡し船はスローボートの船着き場に移動していた。

チケットを購入したのであとは出航時間の11:00まで時間があるので、ラオス・フアイサーイ-タイ・チェンコーンの渡し船があった旧船着き場へ行ってみる。やはり、渡し船は出ておらずここのイミグレーションは閉鎖されていた。

寺からメコン川を見る

08:30頃、続いて近くの寺院のVAT CHOME KHAOU MANIRATNへ行ってみる。

階段を上りきると眼下にメコン川が見える。

寺の本殿では地元民が読経をあげている。

この寺とラオス・タイ国境を流れるメコン川以外はフアイサーイに観光地と呼べる場所はないだろう。

フォーを食べてスローボート船着場へ

寺を見物したあとは近くのフォー屋で鶏肉のフォーを食べる。値段は15000キープ(約225円)だ。

10:20頃、ゲストハウスをチェックアウトというか鍵をカウンターに置いて勝手に出ていく。10:35頃、スローボートの船着き場に到着。

乗船する船がよく分からないのでチケットオフィスのおばちゃんに聞いてみると、「No.47」と言っているので47番の船を探すと、チケットオフィスの下に47番の船が停泊していた。

スローボートでフアイサーイ→パークベン

すでに欧米人が多数乗船している。とりあえず空いてる席を確保して近くの売店で水と食料を調達。ラオ・ビアを製造しているLBCのミネラルウォーター1.5L(8000キープ/約120円)、ツナサンド(15000キープ/約225円)だ。

出航時間の11:00になるが、遅れてくる欧米人がおり出航の気配がない。隣の欧米人の兄ちゃんと姉ちゃんはビア・ラオをがぶ飲みし始めている。まだ、出航していないぞ!そういう自分もツナサンドを食べてしまったが・・・。

11:40頃、チケットの確認が始まり、ようやく出航のようだ。55分遅れの11:55頃、船が出航する。隣の船にも欧米人が乗船しており、そちらもルアンパバーン行きのようで同時に出航し2隻でメコン川を下る。

船から対岸のタイ・チェンコーンを見ながらルアンパバーンへ向かう。

ルアンパバーンまでは1泊2日の船旅だ。まずは今日の目的地パークベンを目指す。パークベンまでの距離は直線距離で約85kmだ。実際は倍近くの距離になるであろう。船は約25km/hで南へと進んでいるので、日没までにパークベン到着だろうか?

船内の状況は乗船率9割以上のほぼ満席で乗客の9割以上が欧米人だ。皆賑やかに話しており船旅を楽しんでいるようだ。そして、欧米人の兄ちゃんが船内の売店で大瓶のビア・ラオを購入して飲み始めている。

スローボートがラオス・タイの国境線であるメコン川を下っていくがタイ側は護岸工事がされている場所が見受けられたが、ラオス側は自然の地形そのままになっている。これは両国間の国力差なのか?それとも治水に対する考え方の違いだろうか?

13:30頃、メコン川の両岸がラオスになった。タイとの国境線は陸続きになりビエンチャンの手前で再びメコン川が国境線になる。15:00頃、船の針路が南から東へと変わったので半分ぐらいの距離を進んだようだ。

この頃になると欧米人たちは疲れたようで眠ったりするようになるが、足を投げ出す輩も出てきた。

パークベン到着

17:50頃、パークベンの船着き場に到着。船着き場近くで宿を確保しておいた方が楽なので坂を登り宿を探す。

坂を登っていると目の前で地元のおっちゃんが「カーッ!ペッ!」と痰を吐いた。ここはラオスだよな?目の前にいるのは中国人?いや、中国語ではない言語を話しているからラオス人だな。パークベンで久しぶりに痰吐きに遭遇する。

Villa SALIKA Guest House

坂を登って右側にVilla SALIKA Guest Houseがあったのでここにしておく。後ろからは欧米人が続々とやって来ているので他と比べていたら宿の確保が難しくなりそうだ。で、宿のお姉ちゃんに部屋を見せてもらい料金を聞くと100000キープということなので泊まることにする。

そして、値切り交渉していないのに90000キープ(約1350円)にしてくれた。

ゲストハウスにはレストランが併設されていたので焼きうどん(20000キープ/約300円)みたいなのを食べる。

レストランからはメコン川の景色を見ることができた。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

FRIENDSHIP GUESTHOUSE
N 20°16’33.60″
E100°24’43.29″
VAT CHOME KHAOU MANIRATN
N 20°16’36.85″
E100°24’46.00″
スローボート船着場(ファイサーイ)
N 20°16’34.49″
E100°24’37.83″
スローボート船着場(パークベン)
N 19°53’30.94″
E101°07’44.66″
Villa SALIKA Guest House
N 19°53’34.94″
E101°07’48.38″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 58000キープ
宿泊費 90000キープ
スローボート 220000キープ フアイサーイ→ルアンパバーン
合計 368000キープ

メコン川のスローボート2日目

パークベンの朝

06:30頃、鶏の鳴き声で目が覚める。パークベンの朝は涼しい。とりあえずパークベンの村を歩いてみる。すでに店も開いており散歩している欧米人もいる。

しかし、痰吐きの音が聞こえてくる。ベトナム、カンボジア、タイではほとんど聞かなかった音だが、パークベンでは頻繁に聞く。ここは中国か?フアイサーイでは聞かなかったのだが・・・。ラオスが中国化しているのか?

市場

村の通りの坂を上っていくと市場に到着。市場の前にはVISAやMASTERのマークが付いたラオス外商銀行(BCEL)とラオス開発銀行(LDB)のATMが2台あった。外国人が多く訪れるので、田舎でもクレジットカード対応のATMが設置されているようだ。

市場でバナナを2房購入する。1房(15ー17本)7000キープだ。相場の確認のために数カ所で値段を聞いたが船着き場では1房10000キープで市場では15000キープとかのところもあった。
外国人からぼったくろうとする所もあるので要注意だ。

市場からゲストハウスへ戻る途中で托鉢中の小僧3人を見かける。パークベンにも寺があるようだ。ゲストハウスに戻り気づいた。托鉢の写真を撮るのを忘れた!

パークベン船着場

07:30頃、ゲストハウスをチェックアウトして船着き場へ向かう。昨日、47番の船だったので同じ船に乗船しようとしたら、今日のルアンパバーン行きのスローボートは103番ということで船が変更になっていた。昨日の47番の船はフアイサーイへ戻るということであった。一番乗りで船に乗船して出航を待つ。

07:45頃、欧米人が少しづつ乗船してきた。07:50頃、昨日の47番の船がフアイサーイへ向けて出航していった。欧米人が数人乗船しているだけで、ほぼ貸し切り状態であった。スローボートはルアンパバーンからフアイサーイへの逆方向のルートは人気がないのだろうか?

08:05頃、メコン川の対岸に象が1頭いるのを見つける。観光用で飼っているのだろうか?08:15頃、船が09:00頃の出航ということが分かる。でも、昨日は11:00出航が昼近くなっていたから、今日も1時間ぐらい出発が遅れそうな気がする。

そして、今日のルアンパバーン行きのスローボートはこの1隻だけということであった。昨日、フアイサーイから2隻でパークベンまで来たのだが、1隻分の欧米人たちは団体だったのかどこかへ消えていた。

08:40頃、船着き場が混雑してきた。出航時間が近くなり欧米人たちが続々と乗船してくる。昨日はビア・ラオを持ち込んでいる乗客が多かったが、今日はバナナやパンを持ち込んでいる乗客が多い。

出航を待ちながらメコン川の景色を眺めてると前方の船から地元民がビニールをメコン川に捨てやがった。プラスチック系のゴミはまずいだろ!野菜クズとか自然に分解されるものは、まあ百歩譲って良いとしても、プラスチック系はさすがに・・・。自分の前の席の欧米人のおっちゃんも「Oh!Shit!」とか声を出していた。

スローボートでルアンパバーンへ

出航時間の09:00を過ぎるがまだ出航しないというか、欧米人の兄ちゃん3人組が遅れてやってきた。さらに、09:15頃、欧米人の姉ちゃん8人、兄ちゃん5人がやってきた。

09:30頃、チケットの確認と回収が行われる。チケット未購入者はその場で110000キープを支払っている。見た感じだと3割くらいの乗客が現金を支払っているのでパークベンで滞在したり途中乗船の乗客のようだ。

09:45頃、ようやく船が出航してルアンパバーンまで直線距離で約100kmの船旅だ。出航したと思ったら、欧米人のカップルが遅れてやってきて再び接岸する。カップルが乗船して、今度は本当に出航となる。やはり、出発は45分遅れた。

ようやくスローボートでのルアンパバーンまでのメコン川クルーズが始まる。今日も乗客は欧米人が9割以上だ。皆楽しそうに会話をしたり、お菓子を食べたりと賑やかにしている。そして、早々と船内の売店でラオ・ビアを購入している者もいる。

船が出発して2時間ほど過ぎ昼ぐらいになると昼寝をしたり、読書をしたり、ギターを弾いたりと各自でのんびりとメコン川クルーズを楽しんでいるのが見られる。

途中、いくつかのメコン川を上る船とすれ違ったり、川辺の村を通り過ぎる。12:30頃、ルアンパバーンまで約50kmの所まで来た。ちょうど直線距離でパークベンとルアンパバーンの中間地点になる。これだと16:00頃に到着だろうか?

13:20頃、流れの急な場所を通過した際に自分を含め左舷側の乗客がメコン川の水をかぶる。自分も水をかぶってしまった。左舷側の乗客は散々だが、右舷側の乗客は爆笑していた。

13:40頃、メコン川沿いの村に立ち寄る。

欧米人たちは村や村人が珍しいのか撮影しているが、逆に村人たちは外国人が珍しいのか、それとも「今日も来てるよ!」とか思って船の方を見ている。

ルアンパバーン到着

14:00頃、船が再びメコン川を下り始める。16:00頃、ルアンパバーンまで約10kmの地点まで来て、16:40頃、ルアンパバーンの外れにあるスローボートの船着場に到着。

荷物が船から降ろされるが自分の荷物は最後の方に降ろされて、船着場の上にあるトゥクトゥクチケット売場へ向かう。

16:55頃、チケット売場の行列に並ぶ。

市中心部まで20000キープ(約300円)だ。

待機しているトゥクトゥクの屋根にバックパックやスーツケースが載せられて出発準備が整うとチケットが回収され、17:00頃、出発する。乗客は自分以外は欧米人でルアンパバーン中心部へ向かう。発車してまもなく道路脇をバックパック背負って市中心部へ向かっている欧米人がいた。

しかも、スローボートの船内でギター弾いていたおっちゃんだよ!他にも欧米人とアジア人のコンビが徒歩で市中心部へ向かっているのが確認できた。

フアイサーイでバスターミナルから町まで歩いてしまった自分からすると、絶対にトゥクトゥクに乗ったほうがいいと思う。船着場から市中心部までは直線距離で約6kmだが実際は大きく迂回して市中心部へ行くので10km以上は確実だ。

17:25頃、市中心部のプーシーの丘の西側にある通りのChao Fa Ngum Rdに到着。ここが終点のようで後から出発したトゥクトゥクも続々と到着していた。

LPQ Backpackers Hostel

Chao Fa Ngum RdからGPSを頼りに3分ほど歩いて、Booking.comで予約しておいたLPQ Backpackers Hostelに到着する。

レセプションでスマートフォンにPDFで保存しておいた予約確認書を見せてチェックインは問題なく完了。ドミトリーで1泊5.9ドルだ。

ラオス・キープでは47200キープだが50000キープ払ってお釣りは3000キープであった。500キープ以下の紙幣は流通していないのか?部屋は8人ドミトリーで扇風機とエアコンが付いていた。

物価の高いルアンパバーン

腹が減ったので夕飯を食べに出かけるが、とりあえずメコン川の夕日を見ながらその辺を歩いてみる。

で、レストランに入って炒飯を注文するが、25000キープ(約425円)もするのだが空腹で考えずに注文してしまった。よくよく考えてみたら25000キープは100バーツではないか!タイ・チェンマイだったら79バーツの食べ放題のそうめん屋でお釣りが来る金額だぞ!

これは完全に失敗してしまった。おまけに炒飯の量がめちゃくちゃ少ない。これじゃ、お子様ランチの量じゃねえか!いきなり物価の高いルアンパバーンの洗礼を受けてしまった。食後は大瓶のビア・ラオ600ml(9000キープ/約135円)を飲むが、明日から予算計画を見直さなければ・・・。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Villa SALIKA Guest House
N 19°53’34.94″
E101°07’48.38″
スローボート船着場(パークベン)
N 19°53’30.94″
E101°07’44.66″
スローボート船着場(ルアンパバーン)
N 19°55’30.37″
E102°10’48.69″
Chao Fa Ngum Rd(旧市街トゥクトゥク到着場所)
N 19°53’20.63″
E102°08’00.02″
LPQ Backpackers Hostel
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 48000キープ
宿泊費 47000キープ
トゥクトゥク 20000キープ
合計 115000キープ

東南アジア旅行記2015-タイ・ミャンマー・ラオス国境地帯ゴールデン・トライアングルへ

国境の町メーサイへ

チェンマイバスターミナル3

03:30頃に起床して、04:00頃、ゲストハウスを出る。前日、早朝に出ていくことは伝えてあり、勝手に出ていくといった感じだ。

旧市街のお堀沿いを歩いているとソンテウがクラクションを鳴らしてくる。どうやら乗らないか聞いているようだが、この時間なら歩いていっても、バスに間に合うのでソンテウは利用せずに歩く。この時間のソンテウだとチャーターになるからチェンマイバスターミナル3までだと100バーツぐらいだろうか?

05:35頃、チェンマイバスターミナル3に到着する。すでにバスターミナルにはバンコクなどの各地へ行く乗客が集まっている。バス会社のチケットオフィスも営業している。05:50頃、メーサイ(MaeSai)行きのバスが到着。

これはチェンマイ→メーサイのバスのチケット。

まずは荷物を預ける。係員がチケットを確認して荷物を預かり札をつけていく。チケットには引換券が付けられて返される。

06:10頃、10分遅れで出発する。山間部を走り抜けてチェンライ、メーサイへと向かう。

チェンライ第2バスターミナル

08:45頃、チェンライ第2バスターミナルに到着、ここで15分ほど休憩となる。

チェンライ第2バスターミナルからはラオス・ファイサーイ行きのバスがあるようだ。09:05頃、チェンライ第2バスターミナルを出発し、09:15頃、チェンライ第1バスターミナルに到着する。ここで数人の乗客が降りていく。09:20頃、バスが発車してメーサイへ向かう。

09:55頃、チェンライとメーサイの中間にあるメーチャン手前で検問のため停車。警察の身分証確認があり15分ほど停車する。警官にパスポートを見せるが外国人には用がないようですぐに返却となるが、ここで乗客4人が降ろされて警官に連れていかれる。理由は不明だ。身分証に不備でもあったのか?4人が戻ってくるまで待機となる。

10:10頃、バスが発車し、10:40頃、再び検問で5分ほど停車する。ここでも警察の身分証確認があったが、自分はパスポートを見せただけで中身の確認はなかった。

ミャンマー国境メーサイ到着

10:50頃、メーサイバスターミナルに到着する。バスターミナルにはミャンマー国境へ向かうソンテウが待機している。国境までは15バーツだ。

11:00頃、満員になりソンテウが出発する。荷台部分の乗客は17人だ。定員オーバーのような気がするが、メーサイでは問題にはならないようだ。ソンテウはバスターミナル近くのテスコ・ロータスで6人ほど降ろして、あとは国境まで客を拾ったり降ろしたりを繰り返して、11:20頃、国境のイミグレーション前に到着する。

ソンテウの発着場所はちょうどセブンイレブンの前あたりになっており、運賃の看板が出ている。

イミグレーションの脇の通りを進み国境の橋の下を通って行く。

Mae Sai Complex Hotel

11:30頃、予約しておいたMae Sai Complex Hotelに到着。紫色の建物が目印なのですぐに分かった。PDFでスマートフォンに保存しておいた予約確認書を見せてチェックインは問題なくできた。

部屋は1泊350バーツでトイレ・シャワー付きだが設備は古めだ。これだとちょっと料金が高いような・・・。

タイ・ミャンマー国境

荷物をおいてイミグレーションへ向かう。イミグレーションまでは徒歩3分弱といったところだ。国境の橋は多くの人や車が行き交っている。

橋の脇にはタイ最北端のアーチがあるが、ここが本当にタイ最北端の地なのだろうか?

タイ・メーサイから出国

11:45頃、メーサイのイミグレーションに到着。

タイは左側通行なので出国手続きはゲートの左側だ。出国カウンターは列ができているので列に並ぶ。

待っている間にタイでのノービザが適用される国のリストを見つける。リストを見ると日本などのG7は30日のノービザが適用されている。リストを少し見ているうちに順番が回ってきて、それほど待つことなく、11:55頃、出国手続きは完了する。

国境の橋を渡るが中間地点で左側通行から右側通行へと変わるので右側の方へ移る。ミャンマーの入国窓口も右側にある。

橋の中間地点から国境の川を撮影してみた。右がミャンマー、左がタイだ。中間地点を過ぎてミャンマー側に入り右側の歩道を歩いてイミグレーションへ向かう。

ここからタイ時間(UTC+7)からミャンマー時間(UTC+6.30)で表記する。ミャンマー時間はタイ時間より30分遅れになる。

ミャンマー・タチレクから入国

11:27頃、ミャンマー・タチレクのイミグレーションに入る。「PASSPORT」とか看板の出ている部屋にはいると写真撮影の行列ができており、パーミット申請者が大勢滞留している。

部屋に入ると右側の机に座っていた係官が声を掛けてきた。係官にパスポートを渡すと「Today・・・」と聞いてきたので日帰りかの確認のようだ。「日帰り」と答えるとその場で入国と出国のスタンプを押してノートに記帳して「500バーツ!」とパーミット費用を請求してきた。

地球の歩き方だと10ドルとあったので米ドル払いを試したが米ドルは不可であった。500バーツ支払うとパスポートを返され「OK!」と一言。日帰りはパーミット無しで入国時に出国スタンプも押してタチレクを観光できるようだ。

11:30頃、イミグレーションを出た。パーミット申請者は長時間待たされるようだが、日帰りだとパーミット無しで500バーツだけで手続完了だ。ミャンマーに3分かからずに入国できた。

イミグレーションを出でるとすぐに「トゥクトゥク」「置屋!置屋!」「バイアグラ!バイアグラ!」と声をかけられてきた。もう、日本人というのがバレバレのようです。とりあえず、おっちゃんたちは相手にせず正面の通りを右へ向かう。

タチレク日帰り観光

11:35頃、タチレクの通り沿いにあるバインナウン像にやってきた。

説明によればバインナウンは16世紀のビルマ王だ。

12:00頃、路地に入ったところに寺があったので見物していく。寺の名前はミャンマー文字で書いてあるようだが読めずに不明だ。大きな寺であるが賑やかな通りとは違い静かだ。建物の様式もタイとは雰囲気が違っている。

本殿の隣にある建物では僧侶たちが授業を受けており学校の役割もあるようだ。

本殿を覗いてみるとテレビで見るミャンマーの寺と同じで仏像に電飾が付いている。

川1本隔てただけで寺の建築様式から仏像までタイとは大きく違う。

12:20頃、丘の上にある黄金の仏塔TACHILEIK SHWEDAGON PAGODAに到着。

工事中であったが地元民の憩いの場となっている。仏塔のある丘からはタチレクの街が見られる。

14:40頃、イミグレーション近くの露天でミャンマービール330mlを買う。45バーツ(約180円)で高い。Heinekenより高いぞ!20バーツぐらいの気もするがぼったくり外国人料金なのだろう。

まあ、話の種に飲んでおく。味は苦みが少し強い感じだ。ビールを飲んでからはイミグレーション周辺の市場を見物する。中国とタイの商品が多いように見受けられるが模倣品も多い。それとタバコを売り歩いているおっちゃんが「置屋!置屋!」と声をかけてくる。

ミャンマー・タチレクから出国

14:30頃、タイ・メーサイへ戻るためイミグレーションへ戻って来た。

出国カウンターへ向かうが、建物内にそれらしい窓口が見当たらない。

建物内を進んでいくと、そのままイミグレーションを出てしまった。

外に係官がおり地元民が身分証を見せているので自分もパスポートの出入国スタンプを見せる。係官はスタンプを確認するとタイ側を指差しているので通っても大丈夫なようだ。

14:31頃、ミャンマー・タチレクから国境の橋を渡りタイ・メーサイへ戻る。橋の中間地点で右側通行から左側通行へ戻る。

そして、時間もミャンマー時間(UTC+6.30)から30分早めてタイ時間(UTC+7)へ戻す。15:04頃、タイ・メーサイのイミグレーションに到着。

タイ・メーサイへ戻りビザラン完了

入国カードをもらい必要事項を記入して入国カウンターへ向かう。手続きは簡単に終わり入国スタンプを確認するとノービザで30日滞在となった。

税関は検査なしの素通りで、15:15頃、メーサイに戻った。すぐ近くのセブンイレブンの前にはバスターミナル行きの赤のソンテオが客を集めていた。

Wat Doi Wao

15:30頃、メーサイの西にあるWat Doi Waoを訪れる。山の頂上へ続く階段があり頂上には仏塔があるそうだ。

頂上には立派な仏塔がある。

山の頂上からはメーサイとタチレクの町が一望できる。思ったより短時間でタチレクとメーサイの見物ができた。

これならメーサイで1泊よりチェンライで1泊の方が良かったかもしれない。いや、朝一のバスならチェンマイからでも帰りのバスさえ確保できれば十分日帰り可能だな。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
チェンマイバスターミナル3
N 18°48’00.12″
E099°01’03.91″
チェンライ第2バスターミナル
N 19°51’30.52″
E099°49’14.56″
チェンライ第1バスターミナル
N 19°54’16.82″
E099°50’04.67″
メーチャン検問所
N 20°07’05.83″
E099°52’12.09″
メーサイ検問所
N 20°19’20.95″
E099°52’57.15″
メーサイバスターミナル
N 20°24’17.86″
E099°52’55.46″
Mae Sai Complex Hotel
N 20°26’40.22″
E099°52’52.84″
タイ・メーサイのイミグレーション
N 20°26’36.66″
E099°52’51.28″
ミャンマー・タチレクのイミグレーション
N 20°26’44.42″
E099°52’47.55″
バインナウン像
N 20°26’51.89″
E099°52’46.59″
TACHILEIK SHWEDAGON PAGODA
N 20°27’18.16″
E099°53’03.15″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 116バーツ
宿泊費 350バーツ
ソンテウ 15バーツ
パーミット 500バーツ
合計 981バーツ

国民党の残党が暮らす村メーサロン

メーサイ→バンパサーン

07:30頃、ホテルをチェックアウトしてソンテウ乗り場へ向かう。国境の橋の横を通り、07:40頃、国境のセブン-イレブン近くから赤ソンテウでメーサイバスターミナルへ移動。

運賃は15バーツ。国道1号(アジアハイウェイ2号線)を南下して、07:50頃、メーサイバスターミナルに到着。

バスターミナルのツーリストマップを確認するとメーサロン行きのバスがありそうなのでグリーンバスのチケットオフィスで聞いてみたら5番乗り場のバスに乗ってメーチャンで乗り換えということであった。やはり直通バスはなかった。地球の歩き方の情報と大体同じだ。

で、バスの運ちゃんにも聞いてみたらメーチャンで乗り換えとの事。5番乗り場から08:00頃、チェンライ行きバスでメーチャンへ。

08:15頃、メーサイを出た所の検問で停車。パスポート確認とボディチェックが行われる。検問の様子から麻薬取り締まりが目的のようだ。ついでに運ちゃんがここで料金徴収を開始する。メーチャンまでは20バーツだ。検問は特に問題なくバスが再び走り出す。

バンパサーン→メーサロン

08:50頃、国道1号(アジアハイウェイ2号線)とメーサロンへの国道1130号との分岐点のT字路に到着。運ちゃんに「メーサロン!」と西へ向かう道を指差され、ここでバスを降ろされる。

自分はここがメーチャンだと思っていたが後にバンパサーン(Ban Pa Sang)という、もう一つのメーサロン行きソンテウ乗り場であった。メーサロンへの道路脇に青色のソンテウで停められている。運ちゃんが見あたらないが、この青色ソンテウがメーサロン行きだろう。

ソンテウの前で少し待っているとすぐ近くのレストランから運ちゃんが「メーサロン?」と声をかけてきた。やはり、この青色ソンテウがメーサロン行きであった。ソンテウに荷物を載せて客が集まるのを待つ。客が集まるまではレストランで待機っぽい。この時点で集まっている客は自分を含めて2人だけだ。とりあえず、これでメーサロンまでの交通手段は確保できた。

09:40頃、チェンライ→メーサイのバスから日本人の客が1人来た。これで3人だが、まだまだ、人数が少ないが、メーサロンまでチャーターだと500バーツということなので、3人で170バーツづつ出してすぐに出発してもらう。人数が集まった場合の運賃は1人70バーツぐらいということであった。

10:00頃、3人で出発してソンテウが国道1130号の急な山道を登っていく。徐々に茶畑が見られるようになってきてメーサロンに近づいているようだ。

途中で国道1234号に変わりさらに山奥へ走って行く。

メーサロン

11:00頃、メーサロンのソンテウ発着場所のセブン-イレブンが見えてきたが、セブン-イレブンを通過して泊まろうと考えていた美斯樂新生旅館に到着する。美斯樂新生旅館が終点で、運賃170バーツ支払う。ソンテウには、そのまま美斯樂新生旅館に宿泊していた欧米人2人が乗り込みバンパサーンへと出発していった。

自分は美斯樂新生旅館に一泊するつもりなので、老板に100バーツと150バーツの部屋を見せてもらい、100バーツの部屋に宿泊することにする。

メーサロンは国民党軍の残党の村なので、もちろん老板は中国語OKだ。で、宿代払おうとしたら老板にチェックアウト時の後払いでいいと言われる。中国だったらありえないぞ!

11:45頃、メーサロンを歩いてみる。かなり山奥の村なのだが、すでに欧米人を数人見かけている。観光地として結構有名なようだ。

だから山奥の辺境でもセブン-イレブンがあるのだろう。銀行も1軒ありVISAやMASTERなどが使えるATMもある。外国人は不自由なく観光できそうだ。

Phra Boromathat Chedi

11:50頃、新生旅館の裏山を行く。延々と続く階段を上りきると大きな仏塔のPhra Boromathat Chediに到着する。

仏塔からは村が一望できるがかなり疲れる。それと2月でも暑い!標高1000mぐらいの場所なのだが半袖でも汗が吹き出る。

泰北義民文史館

12:30頃、仏塔から山道を下り、13:30頃、泰北義民文史館に到着する。

入場料は20バーツで入口近くの土産物屋が入場券売場になっている。もちろん土産物屋のおばちゃんは中国語OKだ。

泰北義民文史館は国民党軍の英霊が奉られているが、国民党軍がメーサロンまで行き着いた経緯や郷土史の資料館となっている。

段将軍陵園

15:00頃、段将軍陵園を訪れる。段将軍陵園には国共内戦で雲南省からミャンマーへ逃れタイ北部のメーサロンまで移動してきた国民党軍を率いていた段希文将軍の墓がある。

山の中に立派な墓があるのだが、墓では軍服を着て国民党の青天白日旗のマークの入ったヘルメットを被った男が掃除をしていた。武装解除をして平和に暮らしているとはいえ、ここが国民党軍の村であることを実感した瞬間だ。そして、男は掃除を終えるとバイクでどこかへ去っていった。

タイの山奥に中華様式の立派な墓が建てられている。

段希文将軍の墓からメーサロンが見渡せるようになっている。墓は立派で墓前には供物が供えられている。将軍がメーサロンの人たちからどのように思われているのかを表している。

宿へ戻り併設されているレストランで夕飯を食べることにするがレストランには欧米人が10人ぐらいもいる。ミャンマーとの国境まで直線距離で約8kmの辺境地域にこれほどの欧米人が集まっているというのには驚かされる。

炒麺(30バーツ/約120円)と炒飯(40バーツ/約160円)を頼んで食べる。そして、会計はチェックアウト時にまとめてで良いということでツケになる。中国ではありえない商売方法だ!絶対踏み倒されるぞ!メーサロンでは信用による商売が行われていた。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Mae Sai Complex Hotel
N 20°26’40.22″
E099°52’52.84″
タイ・メーサイのイミグレーション
N 20°26’36.66″
E099°52’51.28″
メーサイバスターミナル
N 20°24’17.86″
E099°52’55.46″
メーサイ検問所
N 20°19’20.95″
E099°52’57.15″
バンパサーン(Ban Pa Sang)ソンテウ乗り場
N 20°10’21.29″
E099°51’08.50″
メーサロンのセブン-イレブン
N 20°09’54.96″
E099°37’38.45″
美斯樂新生旅館
N 20°09’56.66″
E099°37’32.08″
Phra Boromathat Chedi
N 20°09’56.66″
E099°37’32.08″
泰北義民文史館
N 20°09’08.97″
E099°37’18.34″
段将軍陵園
N 20°09’49.65″
E099°37’15.58″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 25バーツ
ソンテウ 15バーツ 国境→メーサイバスターミナル
バス 20バーツ メーサイバスターミナル→
バンパサーン(Ban Pa Sang)
ソンテウ 170バーツ バンパサーン(Ban Pa Sang)→メーサロン
泰北義民文史館 20バーツ
合計 250バーツ

烏龍茶の産地メーサロン

メーサロンの茶畑

05:00頃、目が覚める。まだ夜明け前だが近くの市場が朝市が始まっているようで外は車やバイクが行き交っている。06:00頃、メーサロンの東約5kmの所にある茶畑の101 TEA PLANTATIONへ向かう。市場の前を通り過ぎるが結構人が集まっている。近くのセブンイレブンは閉まっており、さすがに田舎だと24時間営業とはいかないようだ。

真っ暗な国道を歩いていく。山の中なので早朝は涼しく過ごしやすい。夜が明けて、07:00頃、101 TEA PLANTATIONに到着する。

101 TEA PLANTATIONはメーサロン周辺でもかなり規模の大きな茶園だ。メーサロンの茶農家は栽培から製茶技術まで台湾の援助を受けているので台湾茶のような茶葉が入手できる。

茶栽培が主要な産業なのでメーサロンにはお茶屋が多い。観光客も特産の茶葉をもちろん土産として購入している。

08:30頃、101 TEA PLANTATIONから来た道を戻りながら、途中で別の茶畑も見物していく。

この頃になると気温がかなり上がってきて暑い。標高1000m以上の場所でも汗が吹き出てくる。

山の斜面に広大な茶畑が広がっている。

昔は芥子畑だったのかな?

メーサロン→チェンライ

途中セブンイレブン前にメーサロン-Tha Tonの黄色ソンテウが停車しているのを見かける。10:15頃、美斯樂新生旅館に戻り、10:40頃、チェックアウトする。宿泊費100バーツと夕飯70バーツの合計170バーツを支払う。

宿泊費とか後払いの宿は初めてだ。同じ中国語を話しても人口13億の国なら確実に宿代踏み倒しとか続発するだろうに・・・。メーサロンはすごい!恐らく本当の中国がメーサロンで存続しているのだろう。

今日はチェンライへ移動するのだが、まずはメーチャンに戻り、チェンライ行きのバスに乗り換える。メーチャン行きのソンテウは11:00出発ということなのでそのまま待機となる。

11:00頃、緑色ソンテウがやってきた。メーチャン行きのソンテウに乗車して、11:10頃、ソンテウが発車する。乗客は自分と地元の少数民族のオバちゃん1人だけだ。まずソンテウは西へ走り土産物屋やお茶屋の並ぶ通りで5分間の客待ちをする。ここで少数民族のオバちゃんが1人追加となり再び西へ走る。

国道1089号を走りメーサロンを出た所で欧米人とアジア人2人組が乗車してきた。どうやらリス族の村へ行きたいらしい。そして、リス族の村に到着するオバちゃんたちも降りた。どうやらオバちゃんたちはリス族だったようだ。

それと、20バーツ払っていたのでメーサロン→リス族の村までは20バーツのようだ。
欧米人とアジア人の2人組は途中から乗ったから10バーツにしてもらうように値切り交渉していたが・・・。

12:00頃、Tha Tonとの分岐点にある検問所に到着するが、特に検査はなくそのまま近くの駐車場で5分間の休憩となる。山奥の駐車場だが売店があり品揃えも豊富だ。観光客が頻繁に通るのだろうか?再びソンテウが走りだし、今度は進路を東に変えて山道を下っていく。そして、漢字表記の看板が見えなくなった。

チェンライ到着

13:00頃、メーチャンに到着し警察署近くのロータリーで降りる。メーサロンからメーチャンまで運賃は60バーツだ。

そして、1分も経たないうちに目の前をチェンライ行きのバスが通りかかり運ちゃんが「チェンライ?」と声をかけてきて、そのまま乗車する。運賃は20バーツだ。

13:50頃、チェンライ第1バスターミナルに到着する。

City Home Guest House

今日の宿は予約していないのだが、バスターミナル近くにユースホステルがあるので向かう。13:55頃、バスターミナルから200mぐらいのCity Home Guest Houseに到着。ドミトリーが空いていたが飛び込みは1泊180バーツだ。ネット予約なら140バーツだったのだが・・・。

まあ、2泊することにする。会員証があるので1割引きが適用され2泊で324バーツだ。部屋はエアコンなしで扇風機だ。寝床は確保したので再びバスターミナルへ向かう。

バスターミナルでバスの運行状況を確認する。時刻表があったのでこれでチェンライ第1バスターミナルの状況は分かった。

ゴールデントライアングル行きのバスもあるようなので、明日はゴールデントライアングル、チェンセーンを廻ってみよう。

不味い酒Siamsato

17:20頃、近くのセブン-イレブンでパンと酒を購入する。

17:00-24:00まで酒の販売時間なのでタイミングがちょうどよかったが、大瓶の安いビールだと思って買った酒だが、Siamsato(32バーツ)と呼ばれるタイの安酒であった。はっきり言って不味い!コーラとか他のもの買っておけば良かった。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

美斯樂新生旅館
N 20°09’56.66″
E099°37’32.08″
101 TEA PLANTATION
N 20°09’38.44″
E099°39’38.50″
メーチャン検問所
N 20°07’05.83″
E099°52’12.09″
チェンライ第1バスターミナル
N 19°54’16.82″
E099°50’04.67″
City Home Guest House
N 19°54’19.85″
E099°49’59.72″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 192バーツ
宿泊費 100バーツ
宿泊費 324バーツ 1泊162バーツ(会員料金)×2
ソンテウ 60バーツ メーサロン→メーチャン
バス 20バーツ メーチャン→チェンライ
合計 696バーツ

ゴールデントライアングル

チェンライ→チェンセーン

06:00頃、起床してチェンライ第1バスターミナルへ向かう。ユースホステルを出て2分ほどでバスターミナルに到着。6番乗り場のバスがチェンセーン、ゴールデントライアングル行きのバスだ。

念のため近くのおばちゃんにチェンセーン、ゴールデントライアングルに行くか聞いてみるとバスを指さして乗るよう促すので、このバスであっているようだ。とりあえず、バスに乗車して待っていると、さっきのおばちゃんが「チェンセーン!チェンセーン!」と呼び込みをしている。バスの車掌だったようだ。

時刻表だとバスは20分おきの発車なのだが、実際は違っており40分ほど待って、07:10頃、バスが発車する。運賃は時刻表に記載されていた38バーツのはずなのだが、実際はなぜか37バーツであった。

バスはメーチャンを経由してチェンセーンに到着する。時刻表だとゴールデントライアングルまで行くことになっていたが、実際はチェンセーンまでの運行であった。チェンセーンからはソンテウでゴールデントライアングルへ向かう。08:40頃、チェンセーンに到着。

チェンセーン→ゴールデントライアングル

メコン河を少し見て、すぐ近くのゴールデントライアングル、メーサイ行きの青ソンテウの乗り場で発車を待つ。運賃は20バーツだ。

英語の運賃表はないが中国語表記があるので漢字が読めればだいたい分かる。「清盛」がチェンセーン、「金三角」がゴールデントライアングル、「美塞」がメーサイだ。最初は「清盛」と表記してあるので平清盛を思い浮かべてしまった。09:20頃、ソンテウが発車する。

タイ・ラオス国境

15分ほどでゴールデントライアングルに到着なのだが、土産物屋とかが見え初めて途中停車したところで「金三角过境码头」という看板を見つける。そして、観光客の姉ちゃんがスーツケースを持って降りている。どうも国境の気配がするので試しに降りる。

看板をよく見るとラオスへのイミグレーションであった。ここから船で対岸のラオスへ渡るようだ。しかし、ここは外国人には開放されていない国境なので通ることはできないのでゴールデントライアングルへ向けて歩く。

オピウム博物館

09:45頃、店が多くなって賑やかになってくると左手にオピウム博物館が見えてきた。オピウムとはアヘンのことで、つまりアヘン博物館ということである。入場料は50バーツで良心的な料金だ。その代わり土産物屋が併設されている。

館内はこの地が芥子の栽培地帯であったことから阿片などの麻薬について吸引器とかが展示されている。博物館の規模はそれほど大きくはないが、欧米人と中国人で賑わっていた。

10:00頃、オピウム博物館を出るとすぐ近くにセブンイレブンがある。ゴールデントライアングルにもセブンイレブンが進出していた。

このセブンイレブンがこのあたりの中心地になっているようで、駐車場や大きな金色の大仏、ゴールデントライアングルのモニュメントなどが徒歩圏内になっている。

ゴールデントライアングル

10:05頃、ゴールデントライアングルのモニュメントにやってきた。ここからタイ、ラオス、ミャンマーが見渡せるようになっている。

現在は観光地として開発されているが20年ぐらい前までは、この3カ国の国境地帯が麻薬の一大生産地となっておりゴールデントライアングルと呼ばれるようになった。

タイ・ミャンマー国境

ゴールデントライアングルのモニュメントから1分か2分の所にミャンマーへのイミグレーションがある。

外国人は利用不可だが、ここからミャンマーへの渡し船が出ている。

ここがタイ側の船着場で奥に見えるのがメコン川とラオス。

ミャンマー側船着場こちらがミャンマー側の船着場で手前の陸地がタイ。泳いで渡れる距離です。

ミャンマー側船着場

Wat Phra That Phukhao

10:50頃、セブン-イレブン前にあるWat Phra That Phukhaoを訪れる。

階段を登り山の上へ向かいます。

山の上からはゴールデントライアングルが一望できます。

そして、ここには第二次世界大戦での戦没者慰霊碑がある。

11:30頃、セブン-イレブン前でチェンセーン行きのソンテウが通るのを待つ。11:45頃、ソンテウが来たので両手を振って停める。ソンテウには欧米人が2人乗っておりメーサイからチェンセーンへ向かうようだ。チェンセーンまでの運賃は20バーツだ。

12:00頃、チェンセーンに到着するが、ちょうどチェンセーンのイミグレーション前だ。
と言っても、外国人利用不可のイミグレーションだ。ここからメコン川を挟んだラオスへの渡し船が出ている。

チェンセーン→チェンライ

メコン川には中国からの船も停泊している。

13:00頃、チェンライ行きのバスに乗車して発車を待つ。13:20頃、バスがチェンライへ向けて発車する。15:20頃、チェンライ第1バスターミナルに到着。

そのまま、チェンライ第2バスターミナル行きのソンテウに乗車する。運賃は15バーツ。

時刻表だと10分間隔で運行のようだが客が多いとすぐに発車となる。ただし、客が少ないと・・・。

チェンライ第2バスターミナル

15:25頃、ソンテウが出発して途中のBig Cで客を降ろしていたので、買い物客もバスターミナルからソンテウを利用するようだ。15:40頃、チェンライ第2バスターミナルに到着する。

これから明日のラオス行きのバスチケットを購入するのだが、ラオス行きのバスはグリーンバスともう1社の2社で運行してしており、グリーンバスはルアンナムター、ルアンパバーン、昆明までのバスを運行している。

でも、時刻表をよく見ると出発地点がBOKEOになっている。そして、時刻表の一番下にチェンイ-BOKEOの表示が・・・。どうやら、前日の夕方にチェンライ→BOKEOまで移動して、翌日に昆明などへ移動のようだ。

まあ、今回はBOKEOまでの移動にしておく。グリーンバスはラオス行きが夕方の1本だけなので、もう1社のTHE TRANSPORTの方にしておく。こちらは午前と午後の1本づつある。でも、窓口の時刻表には紙で隠されている部分がある。元々は午前と午後に2本づつあったようだ。

ラオス・フアイサーイ行きは220バーツ。チケットにはフアイサーイの所在地であるボーケオ県を示すBOKEOとある。発車時間は10:00だが、09:00に窓口でチケットの引き換えをするようにとのことである。

ラオス行きのチケットは確保した。

16:00頃、青色ソンテウに乗車して出発を待つ。運賃は15バーツ。16:20頃、満員ではないが発車する。これならBig cで買い物した後でもソンテウに乗って第1バスターミナルへ戻れるな。16:40頃、チェンライ第1バスターミナルに到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

City Home Guest House
N 19°54’19.85″
E099°49’59.72″
チェンライ第1バスターミナル
N 19°54’16.82″
E099°50’04.67″
チェンライ第2バスターミナル
N 19°51’30.52″
E099°49’14.56″
メーチャン検問所
N 20°07’05.83″
E099°52’12.09″
チェンセーン検問所
N 20°21’13.32″
E100°04’55.16″
バス乗り場(チェンセーン→チェンライ)
N 20°16’26.94″
E100°05’14.28″
ソンテウ乗り場(チェンセーン→ゴールデントライアングル)
N 20°16’27.16″
E100°05’09.32″
オピウム博物館
N 20°21’05.54″
E100°04’54.29″
ゴールデントライアングル
N 20°21’10.56″
E100°04’58.58″
タイ→ラオスのイミグレーション(ゴールデントライアングル)
N 20°20’44.41″
E100°05’00.87″
タイ→ミャンマーのイミグレーション(ゴールデントライアングル)
N 20°21’13.32″
E100°04’55.16″
Wat Phra That Phukhao
N 20°21’10.27″
E100°04’54.43″
タイ→ラオスのイミグレーション(チェンセーン)
N 20°16’26.39″
E100°05’17.61″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 130バーツ
バス 74バーツ チェンライ第1バスターミナル↔
チェンセーン
ソンテウ 40バーツ チェンセーン↔
ゴールデントライアングル
バス 220バーツ チェンライ第2バスターミナル→
ラオス・フアイサーイ
オピウム博物館 50バーツ
合計 514バーツ

東南アジア旅行記2015-タイ・チェンマイ寺巡り2

チェンマイの古刹

Wat Jed Yod

07:45頃、そうめん食べ放題の店の近くにあるWat Jed Yodを訪れる。15世紀に建立された寺院で敷地はかなり広い。

Jed Yodは7つの尖塔という意味があり、本殿には7つの仏塔が立っている。外観はかなり傷んでいるが古さを感じさせて趣があり雰囲気的には良い。本堂内部は綺麗になっており金ピカの本尊が鎮座している。

外壁には風化しつつある彫刻が残っており歴史を感じさせる。

境内には壊れた古い仏塔がそのままになっていたりして、なかなか良い雰囲気を保っている。

仏像や僧侶の像が祀られていたりします。

大木の下には白い棒が供えられています。神社に例えると御神木に絵馬を供えるといったところでしょうか?数は少ないが朝から参拝客が訪れていたりする。

ただし、犬が放し飼いになっているのは困る。飼い犬でなく野良犬なのか?

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
Wat Jed Yod
N 18°48’32.24″
E098°58’18.17″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 79バーツ
合計 79バーツ

今日もそうめん食べ放題の店

今日もスーパーハイウェイ沿いのそうめん食べ放題の店へ行く。

まずは焼きそばとご飯からです。

1日1食、ここでしっかり食べてチェンマイ滞在を乗り切る。

今の時期は旧正月の春節で各地に中国人が溢れているので、大人しく嵐が過ぎ去るのを待つ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 79バーツ
合計 79バーツ

チェンマイ

Wat Rajamontean

07:00頃、旧市街北のお堀沿いにあるWat Rajamonteanを訪れる。

まだ夜が明けたばかりだが既に寺は開いている。

外に鎮座している大きな仏様がこの寺の特徴だ。

Wat Phan Tao

07:40頃、旧市街の中心付近にあるWat Phan Taoに到着。

本殿の脇に旗がたくさん置かれている。

黄金の僧侶の像があったりする。

本殿の後ろにある仏塔は工事中だ。

Wat Chedi Luang

07:45頃、Wat Phan Taoの隣にあるWat Chedi Luangを訪れる。

Wat Chedi Luangは14世紀に建立された寺院で旧市街中心部に位置している。チェンマイ最大規模の古い仏塔があり寺の歴史を感じさせる。

>08:00頃、僧侶が鐘を鳴らし境内に鐘の音が鳴り響いている。時報の鐘のようだ。

境内の各所に仏像が置かれている。

涅槃像もある。

08:30頃、本殿へ行ってみると僧侶たちが読経を上げている。

僧侶たちの側には犬が一匹・・・。本殿には犬は出入り自由なのだろうか?

タイの寺の注意標識

タイの寺では観光客向けに注意事項の看板があるのだが、よく見ると7番目の「寺でキスするな!ハグするな!」の絵が・・・。

どうも百合系の絵に見えるのは気のせいか?

タイまで自家用車で来る金持ち中国人

Wat Chedi Luangで見かけた中国ナンバーのレクサス。ナンバープレートが「宁A」とあるので寧夏回族自治区銀川の車ということが分かる。銀川から運転してきたとなると1週間ぐらいかけて来たということになるだろう。

それにレクサスを乗り回しているとなるとかなりの金持ちだ!レクサスなんか乗っていたら反日暴動の時に襲撃されるだろうに・・・。大丈夫なのか?

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
Wat Rajamontean
N 18°47’43.62″
E098°58’58.06″
Wat Phan Tao
N 18°47’15.74″
E098°59’16.35″
Wat Chedi Luang
N 18°47’13.32″
E098°59’16.37″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 79バーツ
合計 79バーツ

チェンマイ→メーサイのバスチケットを購入

チェンマイバスターミナル3

06:00頃、ゲストハウスを出てチェンマイバスターミナル3(アーケードバスターミナル)へ向かう。今日はミャンマー・メーサイ行きのバスチケットを購入する。まだ夜が明けておらず旧市街のお堀脇の道は車が少ないがソンテウは既に走っている。

そして、何よりも涼しい!昼間のチェンマイは暑いが、午前中は10時位までは涼しい。お堀を通り過ぎて、07:00頃、旧市街の北東にあるチェンマイバスターミナル3に到着する。バスターミナル内にはバス会社ごとにチケットオフィスがあり、ほとんどはバンコク行きの路線だ。

ミャンマー国境のメーサイ、ラオス国境のチェンコーン、麻薬取引で有名なゴールデントライアングルへのバスはグリーンバスが運行している。バスターミナルに入り左手にグリーンバスのチケットオフィスがある。まあ、大きなチケットオフィスでカウンターの色も緑を基調としているのですぐに分かる。

チケットオフィスの右端に番号札の発券機があるので該当する項目のボタンを押す。1番は当日券、2番は明日以降なので2番のボタンを押して発券して順番を待つ。朝の空いている時間なので5分ほどで順番が回ってきて、番号札と一緒に出発日、出発地、到着地を書いたメモを窓口のお姉ちゃんに渡す。端末で検索してくれて時間と枚数を確認する。

運賃と時刻表はグリーンバスのウェブサイトで確認していたので26日の朝一番06:00発のチェンマイ→メーサイのチケットにする。運賃は175バーツだ。この時、パスポートは必要なかったがチケットに名前が印字された。これで、26日のメーサイ行きの準備が整った。

GPSデータ

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グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
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SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
チェンマイバスターミナル3
N 18°48’00.12″
E099°01’03.91″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 85バーツ
バス 175バーツ チェンマイ→メーサイ
合計 260バーツ

チェンマイ寺巡り

Wat Jedlin

07:30頃、旧市街南側のWat Jedlinを訪れる。本殿は新しいが16世紀に建立された古い仏塔がある。

この金ピカの仏像が本尊かな?

境内には古そうな石仏の頭が置かれている。特別な石仏なのだろうか?

こちらには5つ目の動物像がある。動物というより怪物かな?

Wat Chang Taem

07:50頃、Wat Jedlinの北にあるWat Chang Taemに到着。

寺の詳細は不明だが、新しい建物を建設しており規模拡張中であった。

GPSデータ

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実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
Wat Jedlin
N 18°47’01.89″
E098°59’18.18″
Wat Chang Taem
N 18°47’06.57″
E098°59’16.74″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 79バーツ
合計 79バーツ

チェンマイ最後の食べ放題

14:00頃、今日もスーパーハイウェイ沿いの食べ放題の店にやって来た。

明日、メーサイへ移動するので今日が最後の食べ放題だ。完全に店員に顔を覚えられているので自分だけフォークとスプーンに箸が追加される。

いつも遅めの空いてる時間帯に訪れるので、いつも同じ席だ。席を確保したら後はひたすら喰いつくのみ!

そうめんのタレはタイ式なのでグリーンカレーとかだ。4皿食べて最後のデザートに白玉を細くしたようなやつを3杯食べる。見つけてからほぼ毎日通ったがここは貴重な栄養補給場所であった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 80バーツ
合計 80バーツ

東南アジア旅行記2015-タイ国鉄の24系客車

タイ国鉄の24系客車その1

ターペー門

08:15頃、旧市街東側のターペー門にやって来た。門や城壁は復元されたものだが旧市街の表玄関となっており、多くの観光客がターペー門を訪れている。このターペー門周辺にゲストハウスが多くあり欧米人バックパッカーをよく見かける。いや、旧市街周辺はどこを歩いても欧米人だらけだ。5分も歩けば確実に欧米人に出会う。

そして、今日は旧正月の春節だ。そこら中に中国人がいる。この時期はどこの観光地もやかましいし、宿の確保も難しいので春節の前後一週間は大人しくしているのが一番だ。とにかくイナゴの大群が過ぎ去るのを待つだけだ。

タイの線路と腕木式信号機

09:20頃、チェンマイ駅の南側にやって来た。今日はバンコクから到着する夜行列車を撮影するのだが、まずは周辺の状況を確認して撮影場所を決める。駅から離れると線路沿いには柵がなく線路への出入りが自由になっている。踏切は駅の近くに1ヶ所あるが、他の場所には線路を横切る地元民用の道ができている。

で、地元民用の道を通り撮影場所を探す。線路には腕木式信号機があったりしてなかなか風情がある。

タイ国鉄24系客車

線路脇の駐車場に陣取って列車を待つ。09:45頃、バンコクからの夜行列車がやって来た。

この編成に日本で使われていた24系客車が入っている。

日本ではブルートレインが絶滅寸前の状況の中で、タイでは24系客車が今でも現役だ。

日本の国鉄時代の雰囲気が漂う。

今日も食べ放題の店

昼頃に今日も食べ放題の店へ行く。毎日通っているが、この店は結構お客さんが入っており繁盛している。

Googleストリートビューだと、この場所は荒れ地になっている。2011年撮影のようなので開業してから4年経っていないようで、まだ比較的新しい。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
ターペー門
N 18°47’15.91″
E098°59’35.85″
そうめん食べ放題の店
N 18°48’34.21″
E098°58’26.88″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 79バーツ
合計 79バーツ

タイ国鉄の24系客車その2

チェンマイ駅

15:30頃、チェンマイ駅にやって来た。今日も24系客車の撮影だ。

16:00発のバンコク行きの夜行列車が24系客車の編成だ。まずは先頭車両のディーゼル機関車から撮影する。

24系客車

タイでは駅に改札口がなく自由に出入りができるのでホームには見送り客が多い。

見送り客に混じって自分は24系客車を撮影。

客車には「日本国有鉄道」の文字があり国鉄時代の面影が残りこれはかなり重要度が高い。

あと行先票もプレート式なので、もちろん重要度は高い。タイはプレート式だが、中国はシール式に変わってプレート式の行先票は絶滅の危機だ。

客車には発電機が付いているが、これはタイ仕様で付けられたのかな?

16:00頃、チェンマイ駅を発車した列車を撮影。

非電化区間なので電柱とかがなくて撮影条件は比較的良い。ただし、太陽の位置が少し悪いので完全な順光とはならない。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

SlowHouse
N 18°47’51.14″
E098°58’23.02″
チェンマイ駅
N 18°47’02.01″
E099°01’00.31″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 66バーツ
合計 66バーツ