東南アジア旅行記2015-ラオス・ルアンパバーンの托鉢

世界遺産の街 ルアンパバーン

ルアンパバーンの托鉢1日目

05:30頃に起床して、同じドミの日本人2人に引っ付いてルアンパバーン名物の托鉢を見に行く。国立博物館の東まで歩いて行くと通り沿いには夜明け前からお坊さんへの供物を売るおばちゃんたちが営業中だ。

欧米人観光客が団体で歩道にゴザを敷いて座って托鉢が始まるのを待っていたりしている。托鉢はルアンパバーンの重要なアトラクションのようだ。06:00頃になると太鼓の音が各地から聞こえてくる。どうやら托鉢の合図のようで僧侶たちが一列で通りに出てきた。

托鉢の光景を撮影する欧米人もいれば、地元民に混じって僧侶たちに供物を捧げる欧米人もいる。

托鉢の出てくる僧侶たちは若い僧侶たちがほとんどだ。年輩の僧侶は少数見られたが、大多数は子供の僧侶だ。

ラオスの僧侶は若い。

供物を上げる方にも子供がおり若い。06:30頃、托鉢が終わったようで欧米人たちが帰り始める。

07:00頃、ホステルに戻り、07:30頃に朝食を食べる。ここのホステルはドミトリーでも無料の朝食が付いている。ホステルの看板を掲げているが朝食付きなのでB&Bと言った感じだ。

09:00頃、メコン川の対岸を結ぶフェリー乗り場へ行ってみる。フェリー乗り場はいくつかあるのだが、ここのフェリーは車も搭載可能だ。あと欧米人のチャリダーが自転車でも来ていた。

ラオスの両替

10:30頃、ラオス外商銀行(BCEL)で500元をラオス・キープへ両替する。レートは1元→1276キープで500元が638000キープになる。

前日に周辺の両替所でレートを確認してみたが1元→1250キープが一番多く、今日も周辺でレート確認をしたが、ラオス外商銀行(BCEL)が一番レートが良かった。

両替は書類にパスポート表記の名前と署名をするだけで手続完了だが、パスポートの確認はなく管理はかなりいい加減な感じだ。

Khammany Inn Guesthouse

11:00頃、LPQ Backpackers Hostelをチェックアウトして、徒歩5分ほどの所にあるKhammany Inn Guesthouseへ移動する。

Booking.comで予約しておいたのでスマートフォンに保存しておいた予約確認書のPDFを見せてチェックインはすぐに終わると思ったら、チェックインは13:00からというので共有スペースでネットをしながら待つ。

バンブーブリッジ

14:15頃、旧市街の脇を流れるメコン川の支流であるナム・カーン川を訪れる。ナム・カーン川には乾季の間に竹で組まれた橋「バンブーブリッジ」が架けられている。

観光用の橋なので通行料は5000キープ(約75円)徴収されており、通行料が翌年のバンブーブリッジ建設費になるらしい。このバンブーブリッジは半島状になっている旧市街から北バスターミナルへの徒歩での近道になる。

オールドブリッジ

14:30頃、ナム・カーン川の1km弱ほど上流にあるオールドブリッジと呼ばれる橋へやって来た。このオールドブリッジは鉄骨で組まれているが路面の部分が木造という構造になっている。

結構高い場所に架けられているので高所恐怖症の人は渡れないだろう。おまけにメンテナンスをちゃんとしていないので歩道の板や金具が外れている部分があったりする。

車道部分のメンテナンス状況は不明だが、自転車やバイクが頻繁に往来している。

ある意味でバンブーブリッジより楽しめるだろう。

北バスターミナル

15:05頃、明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入するために北バスターミナルに到着。

ここからは主に北へ向かうバスが発着している。

運賃表を確認してみるとルアンパバーン→ルアンナムターは90000キープと100000キープの2種類のようだ。発車時刻は「AM」としか表記されていない。これは客が集まり次第という意味か?

とりあえず、窓口で明後日のルアンナムター行きのバスチケットを購入しようと聞いてみたら、運賃は100000キープで、当日の朝8時に来るようにということであった。前もっての購入はできなかった。

再びバンブーブリッジ

15:40頃、再びバンブーブリッジを訪れる。今度は対岸側からバンブーブリッジを見物する。渡ると5000キープ徴収されるので見るだけだ。

橋の架かるナム・カーン川では地元の子供達が泳いで遊んでいる。川の水は濁っており泳いで大丈夫なのか?

ルアンパバーンのビュッフェ屋台

17:10頃、早朝、一緒に托鉢を見物しに行った2人から情報を仕入れてナイトマーケットの近くで10000キープの屋台を見つける。自分で必要な量を盛って食べる方式だ。欧米人が列を作っていたので自分も並んで皿に料理を盛っていく。

これで10000キープは安い!多少衛生上の問題はあるかもしれないが、問題があれば欧米人が列を作るほどの人気はないだろう。昨日は25000キープでお子さまランチぐらいの量の炒飯だったので今日は十分に食べることができた。

メコン川の夕日

18:00頃、船着き場でメコン川の夕日を見物する。
欧米人も集まっており人気があるようだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

LPQ Backpackers Hostel
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
バンブーブリッジ
N 19°53’33.38″
E102°08’23.73″
オールドブリッジ
N 19°53’12.73″
E102°08’33.46″
北バスターミナル
N 19°53’55.87″
E102°09’16.18″
両替

500元→638000キープ

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15000キープ
宿泊費 40000キープ
合計 55000キープ

ルアンパバーンの托鉢2日目

06:00頃、起床して托鉢見物の準備をする。外へ出る準備をしていると欧米人が3人ほどドミとリーにやってきた。この時間だと寝台バスでルアンパバーンに到着したようだ。

06:20頃、国立博物館周辺までやってきた。すでに観光客で賑やかになっている。もちろん周辺には観光客相手に供物セットを売っているおばちゃんもいる。

そして、僧侶たちが托鉢にやってきた。観光客や地元民が供物を捧げているが、途中で僧侶たちが袋やカゴを持った子供たちに供物を渡している。これは一体?

少し考えると2通りの見方ができる。ひとつは僧侶が貧しい者へ喜捨をしている。ひとつはいらない供物を業者に回収してもらっている。

そして、回収された供物はおばちゃんたちが観光客に供物セットとして再販売する。
どちらが答えだろうか?僧侶の中には供物を選んで袋やカゴに入れているので、いらない奴を回収してもらっているような・・・。

托鉢を見物していると撮影している観光客の中にフラッシュをたいている者がいる。ルアンパバーンにある寺には托鉢見物の注意事項が掲げられているのだが、その中にはフラッシュ撮影するなとある。

フラッシュ撮影禁止なので自分はカメラのISO感度は6400に設定して撮影する。それでもシャッタースピードが遅いので少し流れてしまう。

06:30頃になると通りの托鉢はだいたい終了のようで観光客が帰り始める。

しかし、通りを一本裏に入ると寺に戻る僧侶たちがおり地元民が供物を捧げている。

どうやら、裏通りの方が観光客が少なく雰囲気的には良いようだ。

托鉢が終わると通りはおばちゃんが掃除していたり、欧米人たちがミニバンに乗り込んで出発していく光景が見られる。托鉢を見物して、すぐに次の町へ移動のようだ。

宿へ戻るとレセプションに欧米人の兄ちゃんが座っている。そして、欧米人の姉ちゃんが朝食を作っている。昨日はレセプションにはラオス人の兄ちゃんがいたのだが、ここは欧米人経営の宿のようだ。

09:00頃、朝食にスクランブルエッグとトーストを食べる。ここも無料の朝食が付いていた。ルアンパバーンの宿では朝食付きが一般的なのか?10:30頃、部屋に宿帳を持った経営者と思われる欧米人がやって来て、宿泊者にチェックアウトか延泊かの確認をしている。自分はチェックアウトすることを伝え出発の準備をする。

11:40頃、Khammany Inn Guesthouseをチェックアウトする。メコン川沿いの道を歩き、10:45頃、Booking.comで予約しておいたCheng backpackers Hotel 1に到着。

中国人経営の宿なので中国語OKで、老板はさらに日本語OKだ。中国人宿と思っていたが客層の半分は欧米人であった。部屋は6人ドミトリーだがエアコンや扇風機はなし。宿泊客の数に対しトイレの数も少ない・・・。朝が大変かも・・・。

ルアンパバーンの宿はバスチケットの手配もしてくれるのだが、他の宿だと時刻表があっても料金表は出ていなかったりする。これは旅行代理店でも同じで料金は直接聞かないと教えてくれないようだ。

しかし、ここは時刻と料金の両方が表示されていた。料金が分かったので、昨日、北バスターミナルで調べた料金と時刻を比較してみる。北バスターミナル発のルアンナムター行きのバスは所要時間10時間でバスターミナルだと100000キープで、宿手配だと120000キープなので20000キープが手数料だろう。

しかし、国際バスターミナル発のルアンナムター行きのミニバンだと130000キープなのだが宿へのピックアップ付きになっている。おまけに所要時間は8時間なので、国際バスターミナルからのミニバンで行くのが良いだろう。

ということで、宿のお姉ちゃんに明日の国際バスターミナル発ルアンナムター行きのミニバンのチケット手配をお願いして130000キープを支払う。午後に手配が完了するまで待つようにということで、それまで宿の前を流れるメコン川を眺めたりする。

13:00頃にチケットの手配が完了してレシートを受け取る。宿へのピックアップは07:30頃になるので、それまでに準備をしておかないといけない。

17:00頃、ナイトマーケットへ行く。

まだ、日没前なのでほとんどが開店準備中だ。

屋台で夕飯

17:30頃、昨日のナイトマーケット近くの10000キープの屋台で夕飯を食べる。とりあえず腹減っているので山盛りにして食べておく。で、おかわり自由なのか聞いてみたら、やっぱり10000キープ追加であった。さすがに食い放題だと潰れるよな。

2人分の料金を払っているとはいえ山盛りにし過ぎて出入り禁止とかになると困るのでちょっと控えめにしておく。でも、明日ルアンナムターに行くんだったな。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Khammany Inn Guesthouse
N 19°53’17.81″
E102°07’53.15″
Cheng backpackers Hotel 1
N 19°53’19.08″
E102°07’50.54″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 25000キープ
宿泊費 48000キープ
バス 130000キープ ルアンパバーン→ルアンナムター
合計 203000キープ

ルアンパバーン→ルアンナムター

ルアンパバーンの托鉢3日目

05:30頃、起床し托鉢見物の準備をする。06:00頃、流れで同じドミの3人と托鉢見物に出発。中国人のA先生、日本人のB女史とC女史で国立博物館周辺でルアンパバーン名物の托鉢を見物する。

大勢の僧侶が托鉢をする中で太り過ぎの僧侶が混じっている。ラオスの僧侶は肉を食べても大丈夫なのか?でも大多数は痩せているようにみえるのだが・・・。

とりあえず、3人には自分が2日間で調べた托鉢の撮影場所を伝授しておく。

後は自力で撮影場所を開拓するだろう。

ルアンパバーン→ルアンナムター

07:00頃、宿に戻り出発の準備を整える。今日はルアンパバーンからルアンナムターへ移動となり、国際バスターミナルから08:30発車のミニバンに乗車なのだが、すでに8時過ぎだ。やはり、時間通りとは行かないようだ。

08:15頃、ピックアップのトゥクトゥクが到着。トゥクトゥクに乗り込み、08:22に欧米人3人と出発して途中で客を拾いながら、自分を含め11人で国際バスターミナルへ向かうが、途中でトゥクトゥクの屋根から欧米人の兄ちゃんのバックパックが落下して大騒ぎになる。

一部破損しているようだが回収して再び出発し、08:50頃、国際バスターミナルに到着。ミニバンに乗り換える。自分が最後の乗客だったようで助手席に座ることになる。

乗車してレシートが回収され、09:15頃、ミニバンがルアンナムターへ向け発車する。

予定ではこれから約8時間かけて、ウドムサイを経由してルアンナムターを目指す。

道路状況は舗装はされているが、工事区間もありスピードはそれほど出せない。

昼頃、国道のT字路で30分の休憩となる。このT字路で右(東)へ行けばノーンキャウ、左(西)がウドムサイ、ルアンナムターになる。国道の分岐点なので休憩で停車している車が多い。中国のナンバープレートを付けた車も見かける。そして、痰を吐いている人もいる。どこの国の人かな?

昼休憩であるが自分は飲まず食わずで乗り切る。売店で売っている商品はどれも高い。飲料関連はタイか中国から輸入品なので当然高い。ルアンパバーンだと5000キープとか6000キープで売っている500mlの飲料は+1000キープや+2000キープだったりする。

ラオスの物価は高すぎる。もちろん商品に値段は付いていないので外国人ボッタクリ価格ということなのだろう。地元民価格はどれぐらいなのだろうか?中国の方がまだ安い。

中国に飲み込まれるラオス

12:25頃、国道の分岐点を出発する。道路脇の道標を見るとルアンナムターまで196kmの表示が見えた。まだ約200kmあるようだ。

途中の道路工事で通行規制があったが、規制の標識がラオス語でなく漢字で「前方施工」と表記されていた。中国企業が工事を受注しているのだろうが、ラオス語で標識を出さないところが中国らしい。最低限、英語で表示しろよ!地元民には読めなくても中国人が読めれば問題なしのようだ。これがラオスの現実のようで着々と植民地化の道を進んでいるようだ。

13:00頃、再び工事による通行規制で足止めとなる。まだ、雨季に入っていないからよいが、これが雨季になれば泥濘で道路状況は酷い状況になるだろう。ウドムサイまでの道路状況はかなり悪く工事区間、未舗装区間、舗装してあっても補修せず放置され舗装が剥がれた区間が入り乱れている。おまけに標高1200m以上の山岳区間を越えていくので道が曲がりくねっている。

15:15頃、ウドムサイの手前約5kmの地点で、また工事による通行規制で足止めだ。これだとルアンナムターには夜到着だな。ウドムサイの町の入口に新バスターミナルができていた。バスの状況は不明であるが今後に期待したいと言いたいところだが町の中心から約5km南にあるので不便だし、ボッタクリのトゥクトゥクの餌食になること確実だ。

ウドムサイ

15:45頃、ウドムサイバスターミナルに到着する。

ここで欧米人のカップルが降りた。ベトナムのディエンビエンフーへ向かうのか?

荷物を降ろす時間を利用してウドムサイのバスチケットの価格などを調査しておく。

15:55頃、ウドムサイバスターミナルを出発する。ウドムサイからの道路状況は一気に改善し舗装道路を順調に走る。

ルアンナムター到着

18:30頃、ルアンナムター旧市街の長距離バスターミナルに到着する。すでに日没の時間を過ぎており周辺は暗くなってきている。運ちゃんが荷物をミニバンの屋根から降ろしている間にバスの運賃と時刻を確認するがホワイトボードに書かれた内容は消えかかっている。あまりやる気がないようだ。何とか中国の景洪やモンラーからの国際バスが発着しているのは確認できた。

荷物を回収し、これからトゥクトゥクで新市街へ移動するのだが人数が集まらないと高くなるが、ルアンパバーンから一緒に移動してきた欧米人の姉ちゃんたちや長距離バスターミナルで人数が集まるのを待っていた欧米人たちと1人20000キープで移動する。ルアンナムターの南にある旧市街から北の新市街へ20分ほどで移動する。

トゥクトゥクは新市街のナイトマーケットの隣にある銀行前で停車し、ここで全員降ろされる。

これから宿を探さないといけないのだが、とりあえず国道沿いにあったHoumg Heuang Guest Houseに宿泊する。1人部屋、トイレ・シャワー付きで1泊60000キープ(約900円)だ。まあ、寝るだけなら良しとしよう。部屋でWi-Fiも使えた。

寝床を確保したのでナイトマーケットへ行ってみる。

規模はかなり小さいが欧米人が結構訪れている。

夕飯はナイトマーケットで炒飯(10000キープ/約150円)を食べる。

食後に商店で水でも買おうかと思っていたら、ビア・ラオの隣にナムカンビールを発見する。ナムカンビールはビア・ラオに次ぐラオスのビールだ。ラオスのビールは値段が高めだが、話のネタにナムカンビール640ml(10000キープ/約150円)を購入する。明日は7年ぶりに中国国境のボーテンを訪れラオス・中国の陸路国境を越えてみよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20000キープ
宿泊費 60000キープ
トゥクトゥク 20000キープ 長距離バスターミナル→新市街
合計 100000キープ

東南アジア旅行記2015-カンボジア・シェムリアップ

バスでプノンペン→シェムリアップ

シェムリアップ行きツーリストバス

07:15頃、ユースホステルをチェックアウトして、15分ほどでナイトマーケット近くのOrient Express 1907に到着するが、1時間早く来てしまった。バスは、08:45発であった。でも、チケット売り場が開いていたので、そのまま待たせてもらう。08:00頃にはバスがチケット売り場の前に停車しており発車時刻を待つだけとなる。

08:20頃になると欧米人が続々とやって来るが、前もってシェムリアップ行きのチケットを買わずに当日購入で乗り込んできた欧米人もいた。当日購入の欧米人は8ドル支払っていた。一昨日自分が買った時は7ドルだった。08:30頃、バスに乗車する。

バスに乗車するとチケットの確認が行われ、ミネラルウォーターをもらう。まあ、水がついてくるのはベトナムやカンボジアでは当たり前のようだ。

豪華3列シートのバスでシェムリアップへ

そして、今回驚いたのがバスが豪華すぎるということだ。なんと、3列シートになっているではないか!今まで中国で数多くの長距離バスに乗車してきたが、3列シートに遭遇したことはなかった。代わりに通路に座って定員オーバーで移動というのは経験している。

カンボジアのバスはこんなにも凄かったのか・・・。10ドル以下の安いバスは中国並みのハイグレードな仕様で経験したことのないバスの旅を経験すると思っていたのだが・・・。

08:40頃になると欧米人が続々とバスに乗り込んできて車内は9割以上が欧米人だ。そして、何人か遅れてやって来たので、08:45発車が09:00頃に発車となる。どうやら客層からしてOrient Express 1907は体のでかい欧米人に合わせて3列シートで勝負しているようだ。

バスが豪華でも道路状況が・・・

10:00頃、工事渋滞にハマる。

プノンペンを出て直ぐなのに、もう渋滞で動かなくなる。

10:30頃、ようやくバスが動き始めて、11:00頃、ガソリンスタンでトイレ休憩となる。欧米人がトイレや併設されているコンビニへ行っている間に自分はガソリン価格の調査を行う。

ガソリンは2種類表示されているので、ハイオクとレギュラーということなのかな?まあ、ガソリンは1Lで3500リエル(約105円)と3300リエル(約99円)となり、軽油は2600リエル(約78円)であった。日本はレギュラーガソリンが120円台なので、カンボジアのガソリンは結構安いがガソリンに掛かる税金がどうなっているか気になるところだ。

ガソリン価格の調査を終えてバスに戻るが、欧米人のおっちゃんが大きなビニール袋を持ってバスに戻って来た。どうやら、ガソリンスタンドのコンビニでワインを買ってきたようだ。カンボジアのガソリンスタンドのコンビニでは酒を売っているのか・・・。日本でも同じように売っているのかな?

バスが再び舗装道路と未舗装の道路を交互に走りながら、14:20頃、昼休憩でレストランで停車する。自分は飲まず食わずで過ごす。恐らく飲んだり食べたりするとカンボジアで野グソになりそうなので、ここは空腹を我慢だ。
14:45頃、バスが出発する。

バスが西へ爆走していくが外は農村の風景だけだ。

高床式の家と椰子の木が続く。

約8時間半でシェムリアップ到着

17:30頃、シェムリアップに到着する。バスの到着場所はOrient Express 1907のチケット売り場の前であった。すぐ近くにはASIA MARKETがあったので大体の場所がすぐに分かった。

プノンペンからシェムリアップまで約8時間半の移動であった。工事渋滞がなければもっと早く到着していただろう。

ここからはGPSを頼りに予約しておいた宿へ向かう。

天気が良く日没間近なので夕日が綺麗だ。
アンコールワットでの夕日鑑賞には最適の天気なのだろう。

シェムリアップのユースホステル

17:45頃、Booking.comで予約しておいたHostelling International Siem Reapに到着する。ここはカンボジアに2軒ある国際ユースホステル連盟の加盟店の一つである。

1泊7ドルのドミトリーを予約しておいたが、中国の会員カードを持っていたので割引してもらえるか試しに提示してみたら、0.35ドル安くなり6.65ドルになった。安くなったのはいいのだが、それよりウェルカムドリンクとミネラルウォーターが出てきたのには驚いた。ドミトリーの客なのにそこまでサービスするなんて!

夕飯はカンボジア料理

夕飯は、とりあえず近くの食堂で炒飯(1.5ドル)と魚と野菜のスープ(2.5ドル)を食べる。

正直言って相場がいくらなのかよく分からないまま注文してしまったが、人民元で計算すると24元ぐらいになるので結構高い。カンボジアの物価は高いのか?

食後はASIA MARKETでビール330ml(0.55ドル)とアクエリアス330ml(0.45ドル)の合計1ドルを購入するが、10000リエル紙幣で払ったら、1ドル=4100リエルで計算されお釣りは5900リエルであった。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
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Me Mates Place Hostel
N 11°34’41.05″
E104°55’25.00″
Orient Express 1907(プノンペン)
N 11°34’25.88″
E104°55’37.42″
Orient Express 1907(シェムリアップ)
N 13°21’25.98″
E103°51’17.37″
Hostelling International Siem Reap
N 13°21’07.01″
E103°51’18.83″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 4100リエル
合計 4100リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 4ドル
宿泊費 6.65ドル
合計 10.65ドル

シェムリアップ

市場

10:00頃、ユースホステル近くの市場を見物する。

地元民用のマーケットでもあるが観光客も結構訪れている。果物、野菜から豚の頭まで色々と売られている。

バナナ

市場で朝食代わりにバナナを購入する。値段は1kgで1ドルだ。プノンペンでは熟していないバナナを食べたが、シェムリアップで熟したバナナをようやく食べた。

それも、日本ではあまり見かけない小さいバナナだ。中国だとこの小さいバナナは高級品なのだが、1ドルだと6元ぐらいなので中国で買うより断然安い。でも、カンボジアだと妥当な金額なのだろうか?

セブンイレブンでなく7Quick

ユースホステルへ戻る途中に7Quickとかいうコンビニを見かける。どう考えてもアメリカ生まれのコンビニのパクリのような気が・・・。

ユースホステルへ戻りマラリア予防薬としてメファキンを飲む。薬価は1錠851.6円だが、購入価格は薬価の倍ぐらいだ。乾季だからマラリアの心配はそれほどしなくても良いのだろうけど、ユースホステルには結構蚊がいて同じドミトリーの欧米人たちが「Mosquito」という単語を連呼していた。

The city premium guesthouse

11:30頃、Hostelling International Siem Reapをチェックアウトして、北へ歩いて国道6号まで出る。昼頃、予約しておいたThe city premium guesthouseに到着する。

ドミトリーが1泊5ドルで4泊することにする。

とらバスを申し込む

寝床を確保したので、国道6号を西へ20-25分歩いて行き、12:50頃、JHCを訪れる。国道沿いに看板が出ていたのですぐに分かった。敷地に入ってすぐの所に土産物屋?があったので日本語で「旅行会社ここですか?」って聞いてみたら、店の人に「Office」と奥の建物を指さして教えてくれて建物へ行くとちょうど日本人のお年寄りの団体が出てきた。

事務所でとらバスのアンコール・トム&アンコール・ワットの1日ツアー申し込みを聞いてみたら現地スタップが対応してくれて、集合場所と時間の確認、支払い、レシート発行は10分ほどで済んで無事に申し込み完了。日本人慣れしているので飛び込みの客にもテキパキと対応してくれた。ツアー代金は30ドル(別途遺跡入場券は自分で購入)だ。

トゥクトゥクなら12ドルぐらいで行けるようだが、現地でトゥクトゥクのおっちゃんたちと料金で揉めて置き去りにされたりするのは困るので、始めから高くても日本語ガイドが付くツアーに申し込んでおく。それに日系旅行会社のツアーがどんな物なのかも確認しておきたいし。

LUCKY MALL

14:00頃、シェムリアップで一番大きいショッピングモールと思われるLUCKY MALLで買い物をする。

1Fのスーパーマーケットでプノンペンビール330ml(0.55ドル)とマレーシアのジュース(0.45ドル)を購入する。他にも価格を調査してみるとミネラルウォーター1.5L(0.5ドル)、ミネラルウォーター500ml(0.25ドル)、パイナップル(1ドル)、コカ・コーラ500ml(0.5ドル)といった感じだ。

夕飯は野菜ビーフン

夕方になりLUCKY MALLの隣にあるLYLY Restaurantで野菜ビーフンを食べる。

値段は2ドルで量はそれほど多くはない。あと2杯は余裕でいけるだろう。でも、味は良い!客が多く入っているので地元の人気店のようだ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

Hostelling International Siem Reap
N 13°21’07.01″
E103°51’18.83″
The city premium guesthouse
N 13°21’56.78″
E103°51’13.26″
LUCKY MALL
N 13°21’43.22″
E103°51’20.22″
JHC ANGKOR TOUR
N 13°22’32.35″
E103°50’11.55″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 5ドル
宿泊費 20ドル 1泊5ドル×4
ツアー代 30ドル とらバス
合計 55ドル

世界遺産アンコール・ワットとアンコール・トム

とらバス

06:30頃に起床して出発の準備をする。今日は昨日申し込んできたJHCのオプショナルツアーの「とらバス日本語定期観光バス アンコールトム&アンコールワット1日観光」に参加する。

08:15頃、集合場所のアンコールホリデーホテルに到着。少しするとベンツのMB140Dがやって来て、現地のガイドさんに声をかけられ名簿確認。車に乗り込み出発する。先客が夫婦の2人で今日の参加者は自分を含めて3人であった。15分ほどでアンコール遺跡の入場券売場に到着。

1日券は20ドル、3日間券は40ドル、7日間券は60ドルとなっており、チケットごとに売場が分かれており、3人共3日間券を購入するので同じ窓口に並ぶ。

アンコール・トム

購入時に写真撮影をしてチケットに顔写真が印刷される。

入場券購入が完了して、車に乗り込みアンコール・トムへ向かう。

5分ほどでアンコール・トムの南大門に到着。まずは南大門を見学するが目の前を象が歩いている。

象に乗ってアンコール・トムにも行けるようだ。

ガイドさんの説明を聞きながらアンコール・トムの南大門を見学していく。

続いてアンコール・トムを見学していく。

この辺の壁画は王様や兵士が描かれておりなかなか興味深い。

アンコール・トムは12世紀後半にクメール王朝のジャヤーヴァルマン7世により建設された都で現在も残る遺跡からクメール王朝の強大な国力が伺える。

ガイドさんの話を聞きながら遺跡の中を歩いて行くが足場があまり良くないのと観光客が多くて歩くのが大変だ。

まあ、恐らく一番有名な世界遺産なので観光客の多さは予想はしていたが中国人観光客が押し寄せていて、かなりやかましい。あの怒鳴り声は止めてほしい。

欧米人も多くいたのだが騒がずにガイドの説明を聞いている光景が多々あった。

外れの方にある壁画へ行くと観光客が少なく静かに見物ができる。

昼食はカンボジア料理

11:30頃、レストランへ移動して少し早めの昼食になる。

昼食はカンボジアカレーだ。昼食後は一旦集合場所のホテルに戻り一時間ほど休憩となり、再度集合となる。

アンコール・ワット

14:15頃、集合場所のアンコールホリデーホテルに着くとちょうど車来て、アンコール・ワットへ向かう。

14:30頃、アンコール・ワットに到着。

午前中のアンコール・ワットは逆光になるが、午後は順光になり撮影は午後からが良いとされる。

ちょうど一番暑い時間帯なので見学するのにもかなりの体力が必要だ。

アンコール・ワットは12世紀前半にアンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によりヒンズー教寺院として建設される。その後、16世紀に仏教寺院に改修される。

遺跡を見て回るが暑さでかなり弱ってきた。

途中で自由行動があっても日陰で休むといった状態だ。休みながらガイドさんと話をしていると、シェムリアップで国際会議を開いており外国のお偉いさんがアンコール・ワットに多く訪れているようだ。

シハモニ国王もシェムリアップの別荘に来ており、明日アンコール・ワットを訪れるという話だ。だから、今日は別荘周辺には警官や自動小銃を持った憲兵隊がやたらと多いのか!昨日はベンチで昼寝している警官もいたのだが・・・。

暑さで弱っているので少し早めに切り上げて車に戻る。16:45頃、アンコールホリデーホテルに戻って解散となった。今日のツアーでアンコール・ワットとアンコール・トムの場所は分かったので明日は自転車で廻ってみよう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール遺跡入場券売場
N 13°23’12.68″
E103°51’50.63″
アンコール・トム
N 13°26’26.63″
E103°51’31.78″
アンコール・ワット
N 13°24’43.05″
E103°52’00.77″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
合計 2000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 6ドル
アンコール・ワット 40ドル 3日券
合計 46ドル

自転車で世界遺産アンコール遺跡を巡る

自転車を借りる

07:30頃、宿で自転車を借りてアンコール遺跡へ向かう。自転車のレンタル料金は2ドル(8000リエル)だ。一緒にミネラルウォーター1.5L(2000リエル)も購入して合計10000リエルだ。

そろそろタイへ行く準備をしないといけないので溜まったリエルを処分にかかる。

アンコール・トム南大門

カンボジアでは、初めてチャリに乗るがチャリが結構ボロい。欧米人はGIANTのチャリに乗っているのをよく見かけるが、自分はとりあえず走るだけのチャリである。

アンコール・ワットの手前にあるチェックポイントで入場券の確認を受けて、今日はアンコール・ワットを素通りしてアンコール・トムへ向かう。シェムリアップの朝は過ごしやすく涼しい。日本の秋のように乾燥して涼しい。でも、昼間は乾燥しているが真夏の暑さだ。08:30頃、アンコール・トムの南大門に到着する。

特に駐輪場とかがないので邪魔にならないように地球ロックしておく。朝から象は欧米人の客を乗せてアンコール・トムへ歩いている。

朝から観光客が多く賑わっているがアジア系の観光客は中国人と韓国人の団体ばかりだ。

特にジャイアニズム国家の方の団体客はおっさんが大声を出してやかましい。もう少し、静かに上品に観光できないのだろうか?

アンコール・トム

09:00頃、アンコール・トムに到着。ここも駐輪場とかがなく自転車はその辺に停められている。

自分は地球ロックが出来る場所を見つけてから、アンコール・トムの見学となる。昨日、とらバスで案内してもらっているので今日は写真撮影に専念する。

象のテラスと呼ばれる場所では国際会議の準備をしているようで警備が昨日よりも厳しくなっている。今日は警察犬まで出動して警備している。

でも、何の会議なのだろうか?シハモニ国王も別荘まで来ているから会議には当然参加するのだろうし・・・。

アンコール・トムを一周りしたので、11:00頃、自転車を置いていた場所へ戻る。気温もかなり上がってきており暑い。

日陰で休みながら次の目的地を考えていると地元のガキが英語で声を掛けてきた。とりあえず「Hello」と返事してあげる。

で、ガキが「どっから来たの?」と聞くので「日本」と答える。その後の英語は分からないが、ノートにサインするように要求してくる。ノートには欧米人の名前と国籍、あと$10とかの金額が記入されている。このパターンは・・・。どこかで似たような経験がある。そうだ!8年ぐらい前に中国の道教寺院で金を巻き上げられた時のによく似ている。

でも、このガキは宗教関係ではない。分かる英単語を総合すると学費を援助して欲しいようだ。で、ガキが日本語で「4000円」とか言ってくる。おいおい!何でそんな中途半端な金額の単語を知っているんだよ。

というか、10ドルより遥かに高い金額じゃねえか!自分は中国で鍛えているので心が狭い。なので、ガキに寄付はしない。相手にせずにいたらガキはどこかへ消えていった。

アンコール・トム北大門

11:20頃、アンコール・トムの北大門に到着する。

南大門とは観光客は殆どおらず静かである。そして、それほど修復されていないようで壊れた部分が多い。でも、それが遺跡の古さを物語っており雰囲気的には良いと思う。

プリア・カン

11:45頃、プリア・カン(Preah Khan)に到着する。

プリア・カンはアンコール・トムの北東に位置しており、ジャヤーヴァルマン7世がチャンパ軍を破り、この地に仏教寺院のプリア・カンを建立した。

しかし、ジャヤーヴァルマン8世の治世になるとヒンズー教の寺院となった。

ガジュマルの木が遺跡を飲み込んでいたりと破壊が進んでおり各所で崩れており、廃墟と化している。

石像の盗難もあるが柱に残る彫刻から立派な寺院であったことが伺える。

13:20頃、プリア・カンを離れる。

ニャック・ポアン

13:40頃、ニャック・ポアン(Neak Pean)に到着する。ニャック・ポアンは、12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世により造営された人工島の仏教寺院だ。

ニャック・ポアンとは「絡みあう大蛇」という意味がある。入口までしか見学できず遺跡内部には入れなかった。

タ・ソム

14:30頃、タ・ソムに到着。

タ・ソムも12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世により造営された仏教寺院だ

遺跡の破壊がかなり進んでおり倒壊した部分やガジュマルの木に飲み込まれた部分がある。

東メボン

15:10頃、東メボンに到着。

東メボンは10世紀に造営されたヒンズー教寺院だ。

この頃になると、かなり疲れてきた。見学するのも少しだけにして宿に戻ることにする。

17:00頃、何とか宿に戻る。アンコール遺跡を自転車で回るのは体力がかなりいる。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール・トム
N 13°26’26.63″
E103°51’31.78″
プリア・カン
N 13°27’42.14″
E103°52’04.91″
ニャック・ポアン
N 13°27’49.69″
E103°53’41.31″
タ・ソム
N 13°27’52.30″
E103°54’44.48″
東メボン
N 13°26’47.87″
E103°55’12.24″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
レンタル自転車 8000リエル
合計 10000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 5ドル
合計 5ドル

自転車で世界遺産アンコール遺跡を巡る2日目

アンコール・ワット

昨日は自転車でアンコールトムやニャック・ポアンなどへ行ったが、今日も07:45頃、宿で自転車を借りてアンコール遺跡へ向かう。自転車のレンタル料金は2ドル(8000リエル)だ。一緒にミネラルウォーター1.5L(2000リエル)も購入して合計10000リエルだ。

朝の涼しい時間帯のうちに自転車でひたすら北へ向かい、アンコール・ワット手前のチェックポイントで入場券の確認を受けて、08:20頃、アンコール・ワットに到着。午前中のアンコール・ワットは逆光なので上記画像のようになる。正面を撮影する場合は午後からが良い。

入口周辺も混雑していたがアンコール・ワット内部もすでに観光客で賑わっている。その半分を中国人と韓国人が占めている。

欧米人も多いのだが中国人や韓国人ほど騒いだりしないので存在感は少ない。いや、観光地にスマートに馴染んでいると言った方が良いだろう。

そして、日本人も一応いるけど少なくて大声で騒いだりしないので存在感はなし。もはや幽霊だ。とにかく中国人と韓国人の存在感は強烈だ。離れていても声が聞こえる。まずは第一回廊の壁画を見て回るが某国の団体客がいる所はうるさいので避けて静かな場所で壁画を見る。

アンコール・ワットは12世紀後半にジャヤーヴァルマン7世によって造営されたヒンズー教寺院だ。15世紀にクメール王朝の首都アンコール・トムがアユタヤ王朝によって陥落すると存在が忘れ去られるが、16世紀になりカンボジア王国のアンチェン1世により未完成部分が完成しヒンズー教寺院から仏教寺院へと変わる。

数百年前の彫刻が残っており技術力の高さが伺える。

第三回廊

09:30頃、中心部の第三回廊へ登る。

石段に手摺付きの階段が設置されているが急でかなり危なく慎重に登る。

第三回廊の柱には彫刻が施されている。

第三回廊からは周辺の景色が一望できる。

11:00頃、アンコール・ワットを離れ自転車で宿へ戻る。

カンボジア・タイ国境ポイペト行きバスチケット購入

13:00頃、シェムリアップの中心街を南北に通るシバサ通りにやって来た。ここにはケンタッキーフライドチキンがあるが、ケンタッキーに用はない。用があるのはケンタッキーの数軒北隣にあるバス会社のNATTAKAN CAMBODIAだ。

このバス会社はカンボジア・シェムリアップ-タイ・バンコクの直行バスを運行している。通常はシェムリアップ-バンコクのバスは国境で乗り換える必要があるのだが、NATTAKAN CAMBODIAの直行バスは乗り換えなしでバンコクへ行ける。

しかし、運賃が28ドルで他のバス会社より高い。とりあえず、チケットを販売している店舗を覗いてみるが、店内には台湾の國泰世華銀行のATMがある。バンコクから到着した客が、ここですぐにドルを引き出せるということだ。カンボジアではATM手数料がかかるけど・・・。でも、便利だ!

そして、肝心の運行状況だが、時刻表にはシェムリアップ08:00発、バンコク15:30着と09:00発、16:30着の1日2本が運行されているようだ。運行状況は分かったが今回は直通バスは使わないので、NATTAKAN CAMBODIAとケンタッキーの間にある旅行代理店のBUBBLE ASIA TRAVELへ向かう。

BUBBLE ASIA TRAVELで明後日のタイ国境の町ポイペト行きのバスチケットを購入する。知っている英単語を並べただけで何とかお姉ちゃん分かってくれた。バスはHANG TEP TRABELで運賃は5ドルだ。

無料ピックアップがあるようで窓口のお姉ちゃんに泊まっているゲストハウスを聞かれ答えたがお姉ちゃん分からず。当日の07:30に店集合、08:00出発ということになる。もっとも、明日は別の宿へ移動するので店集合のほうが都合が良かった。

これで、カンボジア・タイ陸路国境越え、シェムリアップ→ポイペト→アランヤプラテート→バンコクへのバスと鉄道の移動準備が整った。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

アンコール・ワット
N 13°24’43.05″
E103°52’00.77″
NATTAKAN CAMBODIA
N 13°21’32.47″
E103°51’16.04″
BUBBLE TRAVEL
N 13°21’31.52″
E103°51’16.20″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2000リエル
レンタル自転車 8000リエル
合計 10000リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 2ドル
合計 2ドル

シェムリアップ街歩き

クロマーヤマトゲストハウス

09:20頃、国道6号沿いのクロマーヤマトゲストハウスで1泊3ドルのドミトリーを確保する。The city premium guesthouseに戻り、荷物をまとめてチェックアウトしてクロマーヤマトゲストハウスへ引っ越す。

シェムリアップにある三大日本人宿(タケオゲストハウス、イキイキゲストハウス、クロマーヤマトゲストハウス)の一つには宿泊しておかないと、せっかくシェムリアップまで来た意味が無い。部屋は6人ドミトリーでマットが6個敷いてあり、いかにも上級者向けの宿という雰囲気が漂っている。

シハモニ国王の別荘・ロイヤルレジデンス

10:30頃、シェムリアップ川と国道6号が交差する付近にあるシハモニ国王の別荘・ロイヤルレジデンスへ行ってみる。

昨日までは国王が滞在していたので警察と憲兵隊が警備しており周辺には立ち入り規制がかかっていたが、今日は別荘の前に警官が2人いるだけになっており、別荘前の公園・ロイヤルガーデンズも自由に入れるようになっていた。

別荘の前にあるロイヤルガーデンズは地元民や観光客が多い。ロイヤルガーデンズには寺院もあり地元民が参拝している。

そして、別荘とロイヤルガーデンズの間を通る国道6号には道路の中央部分に大木と小さな寺院があり、国道が避けて通っている。

アンコールマーケット

11:00頃、アンコールマーケットでバゲット(0.8ドル)と飲み物を購入する。合計金額2ドルになり、10000リエルで支払い、お釣りは1800リエルだ。1ドル=4100リエルで計算されている。

ラッキーモールは1ドル=4200リエルなのでリエル払いならアンコールマーケットの方がレートは良い。

ロイヤルガーデンズで早目の昼食で購入したバゲットを食べる。アンコールマーケットでは数種類のバゲットを売っていたが、このバゲットは柔らかめで美味い。プノンペンで食べた安いバゲットは固めでパサパサしていたが、値段が違うと素材や製法が違うようだ。夕飯には食パン(0.6ドル)やビールを購入して手持ちのリエルを全て処分する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていた等の苦情は受け付けませんのであしからず!

The city premium guesthouse
N 13°21’56.78″
E103°51’13.26″
クロマーヤマトゲストハウス
N 13°21’52.12″
E103°51’13.22″
ロイヤルレジデンス
N 13°21’43.10″
E103°51’34.46″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 12600リエル
合計 12600リエル
本日の出費
項目 金額 備考
食費 1ドル
宿泊費 3ドル
合計 4ドル

北京旅行記2009~世界遺産 明十三陵

世界文化遺産 明十三陵を徒歩で廻る

beijing2009_06505:45頃に起床して06:15頃、徳勝門へ向かう。06:35頃、徳勝門から345快のバスに乗車して昌平東関(昌平东关)で314路のバスに乗換え08:20頃、七孔橋(七孔桥)に到着する。

今日は明十三陵の 未開放になっている陵墓の入口を見物するのだ。予定だと夕方までに10の未開放陵墓の内、思陵を除く9の陵墓を廻る事が出来るだろう。前日にGoogle Earthで確認した地図をデジカメに保存して、GPSに位置情報を入力してあるので準備は万全だ!たぶん・・・。

beijing2009_066因みに開放されている長陵、定陵、昭陵は一昨年見物しているので省略する。七孔橋からGPSを起動して移動距離をリセットする。今日は一体で何km歩くかな?

まずは永陵と徳陵を目指して東へ歩き始める。道路標識にも永陵と徳陵が表記されているのでこれなら楽に辿り着けそうだ。

永陵

beijing2009_067道路標識に従い歩いて行くとそれらしい陵墓が見えてきた。08:30頃、まずは永陵に到着する。入口には何も書かれていない石碑が建っている。これは無字碑と呼ばれている。

beijing2009_068入口の門は閉ざされているのだが中から人の声がする。

beijing2009_069地元民のおっちゃんたちが永陵の修復作業をしているようだ。

beijing2009_070門の隙間から永陵の内部を見るが修復作業はそこそこ進んでいるような感じだ。

beijing2009_071永陵は明朝第12代皇帝嘉靖帝の陵墓だ。嘉靖帝は政治を省みずに紫禁城に引き籠っていた暗君であった。

beijing2009_072

beijing2009_073中へは入れないので外から永陵を見物して0845頃、再び入口へ戻ると門が開いておりおっちゃんたちが資材を運び込んでいる。

beijing2009_074この機会を逃さずに開いている門から永陵の内部を撮影する。永陵から徳陵へ向かう途中で永陵の前を昌55路のバスが通過する。どうやら、路線バスが走っているようだ。どういう経路で走っているかは分からないのが徳陵や他の陵墓へ行く間に徐々に分かるだろう。

徳陵

beijing2009_07509:00頃、徳陵に到着する。

beijing2009_076徳陵は入口周辺が綺麗に整備されており修復がかなり進んでいるようだ。

beijing2009_077徳陵は明朝第16代皇帝天啓帝の陵墓だ。天啓帝は宦官魏忠賢の専横を許し東北部でヌルハチ率いる後金の勢力を拡大させてしまった。

beijing2009_078徳陵はある程度修復が進んでいると思ったら、2002/3/10に修復作業が始まり2004/7/22に修復工事が完了していた。

beijing2009_079徳陵は次の一般公開される陵墓の最有力候補だろう。

景陵

beijing2009_08009:40頃、景陵に到着する。

beijing2009_081ここは元々あった門は崩壊したようで鉄柵の門で閉ざされている。鉄柵の門になっているので柵越しで内部を見る事は出来る。

beijing2009_082景陵は明朝第5代皇帝宣徳帝の 陵墓だ。

beijing2009_083宣徳帝と父の洪熙帝の治世に明朝の最盛期を向かえており宣徳帝は政治に熱心であった。

beijing2009_084景陵から献陵へ向かう途中で一般公開されている長陵を通り過ぎるが昌55路のバスが長陵の前を通り過ぎて献陵の方へ走って行った。長陵の前を昌55路のバスが通過しているので明十三陵の非公開陵墓を訪れるのに使えるだろう。

献陵

beijing2009_08510:20頃、献陵に到着する。

beijing2009_086献陵は外から見る限りは修復作業が進んでいるようだ。

beijing2009_087門の前には地元民のおっちゃんたちの人民チャリやバイクがあり中で修復作業をしていた。

beijing2009_088門は閉ざされていたが隙間から内部を見る事が出来た。

beijing2009_089献陵は明朝第4代皇帝洪熙帝の陵墓だ。洪熙帝は永楽帝の息子であるが在位1年で崩御してしまうが洪熙帝と息子の宣徳帝の治世が明朝の最盛期とされ仁宣の治と称されている。

慶陵

beijing2009_09010:30頃、慶陵に到着する。

beijing2009_091慶陵の門は見事に崩壊しており鉄柵で閉ざされていた。見る限りだと内部もかなり崩壊している様子だ。

beijing2009_092

beijing2009_093

beijing2009_094慶陵は明朝第15代皇帝泰昌帝の陵墓だ。泰昌帝は即位して僅か1ヶ月で崩御してしまうという何か陰謀でもあるのではないかというほどの在位期間の短さだ。

裕陵

beijing2009_09510:50頃、裕陵に到着する。

beijing2009_096裕陵は遠くからでも崩壊が進んでいるのが分かるほど酷い状態だ。

beijing2009_097裕陵は明朝第6代、第8代皇帝英宗の陵墓だ。

beijing2009_098英宗は土木の変で中国の統一王朝で唯一野戦で捕虜となった皇帝として知られている。

beijing2009_099入口の門は崩壊して鉄柵の門になっており内部の様子を窺う事が出来るが痛み具合がかなり激しい。

beijing2009_100でも、中国語と英語の説明の看板があったりして「非公開 じゃなかったのか?」と言いたいのだが他の陵墓でも同じ様に中国語と英語の説明の看板があった。

beijing2009_101中国政府が招待した外国の要人が見物したりしているのか? それとも、旅行会社に金を払って裏ルートで内緒で見物できるのか?

茂陵

beijing2009_10211:00頃、茂陵に到着する。

beijing2009_103茂陵も門は崩壊しており鉄柵の門になっていた。

beijing2009_104茂陵は明朝第9代皇帝成化帝の陵墓だ。

beijing2009_105成化帝は19歳年上の万貴妃を寵愛しており、かなりの年増好きだったようだ。

beijing2009_106茂陵も痛み具合が酷く、崩壊寸前といった状況だ。これは修復できるのか?

beijing2009_107茂陵から泰陵へ歩いて行くと康陵との分かれ道に辿り着く。真っ直ぐ進めば泰陵、左へ行けば康陵だ。まずは泰陵へと向かう。昌55路のバスが通り過ぎて行くので長陵から泰陵までバスで行けるのが確認できた。

泰陵

beijing2009_10811:35頃、泰陵に到着する。

beijing2009_109ここも門は崩壊しており鉄柵の門になっている。

beijing2009_110泰陵は明朝第10代皇帝弘治帝の陵墓だ。

beijing2009_111弘治帝は政治に熱心であり改革を断行し北方の防衛体制強化に努め明中興の祖と称されている。

beijing2009_112

beijing2009_113柵越しで内部を窺う事は出来るが、ここは裕陵や茂陵の様に酷く崩壊は進んでいない様だ。

康陵

beijing2009_11412:05頃、明十三陵で最も奥にある康陵に到着する。

beijing2009_115門の前では観光客が弁当を食べている。

beijing2009_116康陵は明朝第11代皇帝正徳帝の陵墓だ。

beijing2009_117かなりの馬鹿皇帝で親征先で美女を誘拐したりとやりたい放題だったようだ。

beijing2009_118門の隙間から内部を撮影していると観光客のおっちゃんが「何処から来たんや?」と訊くの「日本から来たんや」と答えると「日本から来たんか」と驚いている。

beijing2009_119いくら世界文化遺産の明十三陵と言えども非公開で一番奥の康陵まで来る日本人は少ないだろうから、驚くのも無理は無いな。

beijing2009_120康陵の外側を歩いて中が見られる場所が無いか探すと、鉄柵の門があったの鉄柵越しに康陵の内部を見物する。

beijing2009_121今日の予定は夕方までに康陵までの見物であったが、予想以上に順調に廻れてまだ昼過ぎだ。

beijing2009_122これなら明日訪れる予定だった思陵へも行ってみる事にする。

beijing2009_123永陵から康陵まで徒歩で移動したがGPSを確認すると18.5km歩いていた。康陵から来た道を戻り泰陵と長陵への分かれ道へ戻って来た。ここで昌55路のバスに乗車して長陵まで戻る。運賃は5角で10分ほどで到着する。

長陵

beijing2009_12412:50頃、長陵の戻り最後の思陵へ行く為に314路のバスに乗車して13:30頃、昌平胡庄で下車してひたすら西へと歩く。思陵までは約4kmの道程だ。

思陵

beijing2009_125GPSと地図を確認しながら歩いて行くと北京雪世界滑雪場というスキー場の前を通過する。そろそろ北側に思陵があるので道がある筈なのだが・・・。

beijing2009_126そして、次の集落へ入ると脇道からいかにも観光客というような一団が出てきた。脇道へ入り歩いて行くと王承恩墓に到着。王承恩は崇禎帝に最後まで従った宦官で崇禎帝が首を吊った後に殉死している。思陵はこの奥にあるようだ。

beijing2009_127更に奥へ進み14:30頃、思陵に到着する。

beijing2009_128これで明十三陵を全て制覇した。思陵は明十三陵の中では最も規模が小さく内部には建物が見当たらない。

beijing2009_129思陵は明朝第17代皇帝崇禎帝の陵墓だ。

beijing2009_130崇禎帝は明朝最後の皇帝で明朝建て直しの為に政治に熱心であったようだが明朝滅亡の流れを止める事は出来ず李自成軍により北京が陥落すると紫禁城の北にある景山で首を吊って自殺した。

beijing2009_131地元民のおっちゃんたちが作業をしており門が開いていたので内部を撮影するがあまり広くない。

beijing2009_132外から見て廻っても規模が小さいので5分ぐらいで1周出来てしまう。おまけに北京市でも田舎なので肥溜めの罠が仕掛けられており油断しているととんでもない事になる。

beijing2009_13314:45頃、昌平胡庄に戻り314路のバスで 昌平東関へ戻り345快のバスで北京市内の徳勝門へ戻る。GPSを見ると今日は26km歩いていたようだ。恐らく今日は今までで最も歩いた日になっただろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.7元
バス 3.7元 路線バス
合計 12.4元

キャッシュカードで支払いをしてみる

beijing2009_13410:00頃、北京動物園近くのイトーヨーカ堂でジーパンを買う。まあ、日本での社会復帰に備えての訓練といったところだ。

beijing2009_135続いて、これも北京動物園の近くにあるカルフールで買い物をするがここで中国で初めてキャッシュカードを使って支払いをしてみた。自分はクレジットカードを持たずにニコニコ現金払いで過ごしてきたのでカードでの支払いは初めてだ。

beijing2009_136支払いはカードを通して暗証番号を入力して明細に署名して終了だ。銀行口座からは瞬時に引き落とされるので預金残高の範囲内で利用になり多重債務者の様に使い過ぎの心配は無い。日本のデビットカードに相当する機能だ。

beijing2009_137で、カルフールでは韓国企業のインスタントカレーと海南島産のパイナップルとマンゴーを購入する。カレーは日本へ帰ってからの食料でパイナップルとマンゴーは恐らく日本へ帰ったら食べる機会が無さそうなので今のうちに食べておく。

beijing2009_138海南島産のパイナップルを食べる。

beijing2009_139痛み始めて安売りしていたマンゴー。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 42.6元
バス 0.8元 路線バス
日用品 11.9元
衣類 99元
合計 154.3元

食料調達

09:00頃、ウォルマートで米、インスタントラーメン等の食料を購入する。これらは日本へ帰ってからの食料だ。

交通事故

beijing2009_14014:30頃、交通事故現場に遭遇する。路上におばちゃんが座り込んでいるので轢かれたか接触したのだろう。運ちゃんは携帯電話で何処かへ連絡している。左のおばちゃんが轢かれた?右が運ちゃん?

beijing2009_141そして、事件事故のある所に人民が集結するのは世の常で、既に人民たちが見物に集まっている。

beijing2009_142人民は事件や事故が大好きなようだ。

郵便局で小包を発送

beijing2009_14315:00過ぎに王府井書店で中国の歴史の本と北京のガイドブックを購入する。「今更ガイドブック購入してどうすんねん!」とツッコミを入れられそうだが日本に帰ってから読むのとHP作成のネタにするつもりだ。

16:00頃、購入した本をそのまま郵便局へ持って行き服務台でおばちゃんに梱包してもらい送り状に記入する。送 り状の記入が終わり窓口で郵送費209.8元を支払う。

beijing2009_145本が402元で送料209.8元なので送料が滅茶苦茶高い。それでも一番安い船便だ。まあ、問題なければ1ヶ月後にはボコボコになって日本に到着するだろう。

帰国前に残りの人民元を預金

beijing2009_14616:40過ぎ、郵便局を出て王府井の中国工商銀行で手持ちの小銭を預金をする。営業終了間際で自分が整理券を受け取ると警備員が入口を閉めた。ちょっと遅かったら使えない大量の小銭を日本に持ち帰るところであった。

銀行内には客が数人おり自分の順番まで時間がかかりそうなので預金する人民元がいくらなのか数える事にする。実はこの時点で自分が幾らの小銭を持ってきているか把握していないのだ。なので銀行内で1元札、5角札、1角札などを数え始める。

札束と小銭の山は総額367元8角1分であった。自分の順番が来て窓口に札束と小銭の山を出す。窓口のお姉ちゃんは札束と小銭の山をちゃんと数えているが営業終了間際にこんな事をするのはほとんど嫌がらせだな。

beijing2009_147これが明細で367元8角1分を預金した。

beijing2009_148無事預金を済ませて外へ出ると現金輸送車が停車している。中国の現金輸送車は日本と違って警備員が銃で武装しているので不用意に近づくと撃たれる可能性があるのだが、人民はあまり気にせずに現金輸送車の近くを通ったりしている。

まあ、中国で現金輸送車を襲撃するとその場で射殺されるのは確実なので襲う奴は滅多にいないようだ。中国で現金輸送車を襲撃するよりも日本で現金輸送車を襲撃した方がまだ安全だろう。というか、自分には現金輸送車を襲撃する勇気は無い。

両替
JTBグローバルキャッシュ 12560円→800元

本日の出費
項目 金額 備考
食費 73.7元
バス 2.4元 路線バス
日用品 8.4元
書籍 402元
発送費 221.8元
合計 708.6元

北京旅行記2009~慕田峪長城

天安門広場は人民で溢れる

beijing2009_01708:30頃、天安門広場へやってきた。しかし、天安門広場に入る際に手荷物検査と身体検査が待っていた。一昨年来た時は手荷物検査や身体検査なんか無かったのだが・・・。北京オリンピックは去年だし・・・。今年は建国60周年で中国にとって重要な年だからテロを警戒しているのだろうか?しかし、何故そこまでテロを恐れる?

そして、天安門広場なのだが今日は土曜日、おまけに清明節で今日から3連休で既に天安門広場は人民で溢れていた。今日は清明節で日本で言えば彼岸に相当する日だから毛主席紀念堂で毛沢東の遺体を墓参り感覚で見物しようとおのぼりさんの人民が長蛇の列を作っている。

beijing2009_018しかも、警備体制が厳重で田舎者の人民が割り込みしようとすれば係員や公安に注意されるというかとっちめられている。

beijing2009_019こういう強制力が働いているので珍しく人民が並ぶ光景を見る事が出来た。でも、人民多すぎだろ!

beijing2009_020列は毛主席紀念堂を囲んでおり1km以上の長さになっているだろう。

beijing2009_021今日は天安門広場は避けた方が良さそうだ。

石景山游楽園のその後を見に行く

beijing2009_02209:30頃、前門西から337路のバスに乗車する。これから一昨年ディズニーを怒らせた北京パクリーランドこと石景山游楽園へ向かう。10:45頃、京原路口東で下車して11:50頃、石景山游楽園に到着する。約2年ぶりに石景山游楽園にやって来た。入場券は10元で値上げされておらず誰でも入れるような金額である。


園内に入り現在はどうなっているかを調査してみたがディズニーを怒らせたミッキーマウスそっくりの大きな耳の猫とかはおらず、どうやらカタギの商売をしているようだ。まあ、去年北京オリンピックがあったから共産党の熱烈な指導でパクリはやめて商売するようになったのだろう。

中国人民抗日戦争紀念館

beijing2009_02314:00頃、前門西から301路のバスに乗車して14:40頃、抗戦雕塑園(抗战雕塑园)で下車する。15:00頃、盧溝橋に到着する。ここは 1937/7/7に盧溝橋事件が発生して日中戦争発端となった場所だ。そして、この盧溝橋の隣にあるのが宛平城であり、宛平城内に反日教育施設として知られる中国人民抗日戦争紀念館がある。


ここも去年から無料開放になっており見物していく事にする。無料開放といっても参観券を貰わないといけないのだが身分証明書が必須になっている。なので、窓口でお姉ちゃんに堂々とパスポートを提示して参観券をもらうが、やっぱり驚いていた。で、館内を見物するのだが、一昨年来た時と特に変わっていなかった。16:00頃、301路のバスに乗車して前門へ戻る。

前門

beijing2009_02416:55頃、前門に到着する。天安門広場は朝と比べると混雑は少し緩和されたようだが、それでも人民で溢れていた。

beijing2009_025天安門広場は避けて北京オリンピック直前に工事が終わった前門大街を見物する事にする。前門大街は綺麗に観光商業街へと変わっていたのだが建物の中身はほとんどが空のままだ。工事は終わったがテナントまでは入っていないようだ。

beijing2009_026そして、前門の東には北京鉄路博物館があるのだがここも工事中の様で開館していない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
バス 2.8元 路線バス
石景山游楽園 10元
地図 1元
合計 25.8元

明景泰陵

beijing2009_02707:00頃、西直門から634路のバスに乗車して頤和園を通り過ぎて08:00頃、娘娘府で下車する。

beijing2009_028北京には明十三陵に明朝の皇帝陵墓があると思われているが、実は北京には明十三陵以外の場所にも皇帝の陵墓があるのだ。それは明朝第7代皇帝の景泰帝の陵墓だ。

beijing2009_029今日は一般にはほとんど知られていない陵墓を見物しようと思うのだが、ネットで調べた限りだと明景泰陵への道程は厳しそうだ。バス停からまず周辺の状況確認の為に少し歩く。明景泰陵は北側にある金山の麓にあるので近くまで来ているというのは分かっている。

バス停の近くに路地があるのでここを歩いていくとネットで調べたとおりそれらしい施設がある。そう、それらしい施設とは軍の干休所、軍隊幹部休養所だ。入口には迷彩服着た兵士がいるし普通はこんな所に皇帝の陵墓があるとは思わないだろう。まあ、まずは兵士に明景泰陵への行き方を訊いて敷地内にあるなら見物できるか訊いてみよう。

で、訊いてみたら敷地内にあるのは確認できたが見物させてはくれなかった。ネットで紹介されていたとか言っても駄目だった。「何処から来た?」とか訊かれて「日本から来た」と答えたら兵士が驚いていたので粘ってみたが結局駄目だった。

実際に見物している人はいるので何とかなると思ったが兵士の気分次第か?それとも紅包を用意しないと駄目かな?まあ、見物したい人は正面突破ではなく旅行会社を通して「走后门」で何とかした方が良さそう だ。

カルフールで買い物

beijing2009_03010:30頃、北京動物園の近くにあるカルフールで買い物をする。ここで新しくリュックサックを購入する。今まで使っていたリュックサックは日本を出発した時からファスナーが壊れていたが、日本へ帰る前に北京で新しいのに換えておくのだ。

というか、「日本へ帰る前でなく、日本を出発する前に新しいのに換えておけよ!」とツッコミが入りそうだな。ファスナー壊れていたおかげで広州駅でデジカメ落としたりしていたし・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
バス 3.2元 路線バス
日用品 204.8元
合計 227元

C2015次 二等座で北京南→天津

beijing2009_03106:30頃、ユースホステルを出て104路と20路のバスを乗り継いで北京南駅へ向かう。20路の終点は北京南站なのだが北京南駅の入口は北京南站南广场とややこしくなっており、もう1本バスを乗り継がなければならないのを知らず徒歩で北京南駅へ向かうが、駅周辺は未だに工事中の場所が多く道が分かり難い。

北京オリンピックに合わせて開業した筈だったが南口しか出来ておらず、北口は未だに工事中だ。まあ、面子で無理やり開業していただけで不便である。さて、ようやく北京南駅の入口までの無料送迎バスの乗り場を見つけて北京南駅へ向かう。

08:00頃、北京南駅に到着する。手荷物検査を済ませて駅の中へ入る。待合室と切符売場が一緒になっているのだが切符売場は閉まっている。というか、自動券売機があるので窓口業務は必要無いという事の様だ。自動券売機は壊れておらずちゃんと動いている。

天津までの切符を購入して改札が始まるのを待つが改札口は自動改札になっており、北京オリンピックに合わせて最新機器を投入してオリンピックを見物に来た外国人に中国の先進性を印象付ける作戦なのだろう。でも、台湾ではとっくの昔に自動券売機と自動改札が導入されているな。

beijing2009_03208:30頃、改札が始まりホームへ降りて乗車する。発車まで少し時間があるので先頭車両を撮影するが片方のヘッドライトが消えている。壊れているのか? 昼間にヘッドライト1個が消えたままでの300km/h運転は大丈夫そうだが、ちゃんと整備されているか非常に疑問だ。

この北京南-天津の高速鉄道はCRH3が投入されているがCRH3は独シーメンスのICE3を基にしている。しかし、いくらドイツの技術といっても整備不良のまま走らせられると事故を起こすような気が・・・。

いや、中国政府は高速鉄道は中国独自の技術と謳っているから、CRH3で事故が起きてもドイツは関係ないよな。でも、中国独自の技術と謳っていてもCRH2で事故が起きたら中国政府は「CRH2は中国独自の技術と一言も言った覚えは無い。CRH2は日本の技術を導入している。中国には責任は無い、全て日本が悪い!日本に賠償を要求する!」などと日本が悪いとか因縁つけられそう。

0845に発車して10分足らずで300km/h以上で走行する。オリンピック期間中は350km/hで走行していたようだが、この時は332km/hが最高速度であった。350km/hでの走行はオリン ピックで面子の為にやっていたという事かな?オリンピックが終わってから速度を落としたという事は安全性に問題ありという事かな?09:15に天津駅に到着する。北京-天津が30分で移動できてしまった。普快なら2時間は必要だ。

天津港の新港を下見

beijing2009_03309:30頃、天津駅の路線バスターミナルのA乗り場から621路のバスに乗車して塘沽へ向かう。11:00頃、塘沽駅(塘沽火车站)で下車する。実は塘 沽駅(塘沽火车站)には1日4本、北京南駅からC列車が乗り入れいているので、塘沽駅(塘沽火车站)がどうなっているかちょっと見てみたが、まず目に入っ たのが「危険物を持って列車に乗るとこうなるぞ!」という宣伝掲示板。

beijing2009_034人民は説明しても理解できないようなので生々しい死体の写真を見せて危険物を持って乗車しないように啓蒙活動が行われている。

beijing2009_035そして、塘沽駅(塘沽火车站)にもC列車の自動券売機が導入されていた。因みに北京南-天津-塘沽は56分ぐらいで結ばれている。駅前は新しい建物が多く宿もそこそこあるのである程度は便利そうだ。

beijing2009_03611:10頃、塘沽駅(塘沽火车站)から102路のバスに乗車して、途中で塘沽の中心地と観光地になっている塘沽外灘を通りすぎで11:35頃、終点の新港に到着する。

beijing2009_037ここには天津港客運站があり天津-神戸間を運航しているフェリー燕京号の出港場所になっている。13日にここから日本へ帰国するつもりなので場所の確認に来たのだが乗船券売場があったので窓口のおばちゃんに燕京号の乗船券が買えるか訊いてみたら窓口では運航日の08:30から販売との事であった。

さすがに利用客が少ないといっても当日に神戸行きのフェリーの乗船券を買う勇気は自分には無い。北京に戻って代理店の旅行社で乗船券を買う事にしよう。

beijing2009_03811:30頃、102路のバスに乗車して塘沽駅(塘沽火车站)を過ぎて胡家園で下車する。ここには塘沽のバスターミナルである濱海客運総站がありバスの状況を確認する。北京、青島、大連などへのバスが発着しており路線、本数ともにそこそこありそうだ。

beijing2009_03912:55頃、濱海客運総站から結構離れた所にある津濱軽軌の胡家園駅から軽軌を終点の東海路まで乗り鉄する。

beijing2009_040東海路から一旦軽軌の塘沽駅(塘沽站)で下車して936路のバスで1.5kmほど離れた塘沽外灘へ移動する。

beijing2009_041新港へ行く102路のバスが塘沽外灘を通るので天津市内から軽軌で塘沽へ行き塘沽外灘から102路のバスで新港へ行く事も出来る。1440過ぎに再び軽軌に乗車して天津市区の中山門へ移動する。1540頃、中山門に到着し、803路のバスに乗換えて天津駅へ移動する。

C2082次 一等座で天津→北京南

beijing2009_04216:10頃、天津駅に到着。帰りの北京南行きの切符を購入しようとしたら3時間先の列車の切符まで売り切れになっている。こうなると駅前から北京行きのバスに乗って帰った方が早く着きそうなのだが、やはり鉄ちゃんは列車で帰らなければいけないだろう。

beijing2009_043という事で、2035発のC2082次の切符を購入するがほんの数分迷っていた間に二等座が売り切れてしまったので一等座を購入。

発車まで4時間ほどあるので駅周辺を歩いてみるとウォルマートを発見する。ここでパンと米酒を買って橋の下で飲み食いする。日本へ帰って社会復帰するつもりなのだが、行動は農民工になっているような・・・。人民に同化するのは止めなければ・・・。

beijing2009_04420:20頃、改札が始まり乗車する。

beijing2009_0452035に天津駅を発車して21:05に北京南駅に到着する。駅を出てバスに乗る前に12日の塘沽行きの切符を購入しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.2元
鉄道 58元 北京南→天津
鉄道 69元 天津→北京南
鉄道 70元 北京南→塘沽
地下鉄 10元
バス 12元 路線バス
合計 238.2元

毛主席紀念堂

08:40頃、天安門広場へやってきた。天安門広場に入るには手荷物検査と身体検査があるが、上着が米軍の迷彩服とはいえ見た目が農民工の格好なので公安の姉ちゃんが「何処の省のもんじゃい、、われぇ!」と訊くので、「東京から来たんじゃい!」と答えると驚いて日本語で「どうぞ!」と言ってあっさり通してくれた。どうやら、胡散臭い農民工と思ったら小日本だったので関っている暇は無いらしい。

そして、毛主席紀念堂の長蛇の列に並ぶ。今日は天安門広場の南にある毛主席紀念堂で毛沢東の遺体を見物するのだ。しかし、開館時間は08:30なのに既に1km以上の長蛇の列だ。まあ、気長に待つしか無いだろう。毛主席紀念堂はカメラやリュックサック、飲料水などの持ち込みは厳禁になっているのでカメラ無しで来たのだが並んでいる人民たちの写真が撮れずに残念だ。

人民たちは係員の指示に従い4列で並んでおり、人民もやる気になればちゃんと並べると思った矢先にロープをくぐって列に割り込む家族連れの人民が・・・。そして、係員は見逃さずに外に出るように言うが家族連れの人民は言い訳して外に出ようとしない。指示に従おうとしないので係員が2人、3人と集まって結局、家族連れの人民は摘み出された。

そして、案内放送で「痰吐くな」と言っていても後ろのおっさんが痰を吐いた。後ろのおっさんだけではなく、各所で痰を吐く音がするし地面に痰がある。ここは天安門広場で人民たちにとって神聖な場所の筈では?人民たちはこれから毛沢東の遺体を参観するというのにこの有様とは・・・。毛沢東もサルどもの見世物になって、さぞかしあの世で喜んでいるだろう。

09:40頃、ようやく毛主席紀念堂の入口までやって来た。ここで身体検査となり金属類を全て出して金属探知機を通るが自分は安全靴を履いているので当然鳴って色々調べられるが問題無し。いよいよ、毛主席紀念堂に入るが、ここでは人民どもは騒いだり痰を吐いたりはしなかった。

サルでもここでは痰を吐いたら無事に生きて帰れないというのは分かっているらしい。毛沢東の遺体が安置されている部屋へ入り毛沢東の遺体を見物するが30秒足らずで終了。毛沢東の遺体は顔色が不自然な感じであった。本当は蝋人形じゃないの?と疑いたくなるほど不自然だった。

燕京号の乗船券を購入

beijing2009_04613:30頃、バスで建国門にやって来た。これから天津-神戸のフェリーの乗船券を購入するのだ。建国門近くの旅游大厦1Fにある神舟国旅で 燕京号の乗船券を購入する。申込書のパスポート番号、滞在場所の住所、日本の住所などを記入していく。

乗船券は二等Bで1430元、燃料付加費は150元、ターミナル使用料で30元が必要なのだが、今日は乗船券の1430元だけの支払いで、燃料付加費とターミナル使用料は当日、港で支払えば良いとの事であった。

ウォルマートでも公交IC卡で支払える

beijing2009_047乗船券を買った帰りに建国路にあるウォルマートで日本だと入手するのが難しそうな盒飯の容器とかを購入する。

beijing2009_048ウォルマートでも支払いに公交IC卡が使える ようになっていたので試しに使ってみる。北京は公交IC卡が電子マネーとして便利に使えるようになっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.7元
バス 2.4元 路線バス
フェリー 1430元 天津→神戸
日用品 22.8元
合計 1457.9元

慕田峪長城

beijing2009_04907:00頃、特2路のバスで東直門北へ向かう。07:50頃、東直門北に到着、ここから東直門外へ移動して936路のバスに乗車する。今日は世界文化遺産にも登録されている慕田峪長城を見物するのだ。

去年の10月から936路のバスが紅螺寺から慕田峪長城まで路線が延長されたので、今までは916路のバスで懐柔(怀柔)まで行きボリタクで慕田峪長城という行き方しかなかったが、これで936路のバスで慕田峪長城まで行けるのだ。

beijing2009_05008:20頃、東直門外を出発する。慕田峪長城までの運賃は16元なのだが公交IC卡だと6.4元と激安なのだ。しかし、北京市内を出るまで渋滞が酷くなかなか進まない。おまけにバス停で停車するごとに乗客が増えていき車内は明らかに定員超過だ。

11:00頃、紅螺寺に到着してほとんどが下車していく。紅螺寺は有名な観光地のようだ。11:20頃、慕田峪長城に到着する。バス停を見ると慕田峪長城までは毎年3月15日-11月25日までの運行のようだ。観光シーズンだけ慕田峪長城まで来るという事のようだ。

beijing2009_051土産物屋街を通り過ぎて入場券売場で入場券を購入する。40元は高いが万里の長城を見納めという事で見物だ!でも、ロープウェイは使わずに徒歩で山を登り長城へ向かう。

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beijing2009_05311:40頃、慕田峪長城に到着するが既に疲れて帰りたい気分だが、せっかく来たので全部は見ないが見物する事にする。

beijing2009_054で、慕田峪長城も八達嶺同様に落書きが酷い。

beijing2009_055それと、白人さんたちが多い。慕田峪長城は観光客が少ないと思っていたが実際は多かった。

beijing2009_056長城を登って行くが暑くて汗が噴出してくる。城楼の中は涼しくて休むが今日の予想最高気温は26度で夏日だ。ここ数日は急に暑くなっており、既に裸族や腹出し族が出現する条件が整っている。帰国前に肥満の人民の腹を見る事になるのだろうか・・・。

beijing2009_057

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beijing2009_059慕田峪長城からの景色はなかなかの物だ。そうそう、慕田峪長城は明の中山王徐達が北斉の長城址に築いたのだ。

beijing2009_060あまりの暑さで城楼で涼んで休憩するのだが城楼の中に何故か糞がある。ついでにアンモニア臭も凄い。慕田峪長城には3ケ所トイレがあるのだが、トイレまで辿り着けない観光客がいるようだ。登る前に小便と糞しておけよ!

beijing2009_061でも、世界遺産に放尿や脱糞してさぞかし気分爽快なのだろうな!いや、世界遺産に放尿や脱糞はまずいだろう。やはり、別の場所で立小便や野糞をして世界遺産を守るべきだろう。でも、緊急事態だと世界遺産なんて気にしていられないか・・・。

beijing2009_06212:20頃、麓の駐車場へ向かう。12:45頃、駐車場に到着してバス停で936路のバスを待つが白人さん2人組がバス停にやって来た。どうやら、936路のバスで北京市内に戻るようだ。しかし、ここは中国の観光地だ!中国の観光地では白人さんはあいつらにとって格好の獲物だ。

beijing2009_063そう、ボリタクの運ちゃんが白人さんに声をかけてきた。「懐柔(怀柔)まで行って916路で北京へ行ける」「懐柔(怀柔)まで50元」とか言っている。やはり、ボリタク舐めた事ぬかしている。936路なら公交IC卡だと6.4元で東直門外まで戻れるだろうが!成り行きを見守っていると白人さんたちはボリタクに乗ってしまった。

beijing2009_06413:15頃、936路のバスが到着し乗車する。13:30頃、慕田峪長城を出発して15:45頃、東直門外に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.04元
バス 13.6元 路線バス
慕田峪長城 40元
合計 70.64元

福建省旅行記~永定土楼

5218次、無座で安渓→龍岩

fujian12206:30頃に起床して07:30頃に3路バスで安渓駅へ向かう。今日は永定土楼へ行くために龍岩へ移動するのだがSDカードが壊れているのでデジカメで の撮影は出来ない。08:00頃、安渓駅に到着、08:25頃に列車が到着して乗車するが天気は雨に変わる。

fujian123今回は無座切符だったが座席は確保でき座って龍岩へ向かうが地元民用の列車なので乗客の質は最低だ。目の前でタバコを吸い、吸殻や弁当の容器を窓から投げ捨て、唾を吐く。

不快指数が急上昇の中でデッキでGPSをいじっていると乗警が乗客の身分証確認をしている。程なくして自分にも身分証を提示するように求められるのでパスポートを提示すると、やはり乗警はちょっと驚いていた。乗警がちょっと驚くから周りの乗客が集まってくるし、乗警が「旅行か?どこまで行くの?」とか質問している傍から関係ない乗客まで質問してくる。おまけに乗警が「席は何処?荷物はどれ?」というので座席へ案内する。

乗警が「荷物から目を離さないように」とか色々いうので周囲の乗客に正体がばれてしまった。おかげで龍岩までこれ以降座ったままで大人しく移動することになる。14:05頃、龍岩に到着する。

龍岩に1泊、SDカード調達

fujian124龍岩の天気は雨でこの後どうするかを考える。とりあえずはバスターミナルまで行かなければならないのだが、今日中に永定土楼を目指すか龍岩に1泊するか考えた末に天気も悪いしSDカード調達の為に龍岩に1泊する事にする。

21路のバスに乗り汽車站で下車し龍岩汽車站にある龍宝旅館に1泊する事にするがフロントの姉ちゃんがパスポート見てもよく分からないとか、「パスポートでなく身分証はないの?」とか聞いてくるので「自分は外国人旅行客だからパスポートとビザはあるけど居民証とかは持っていないよ」と返答する。どうも姉ちゃんは中国のビザすら信用していないというよりビザの見方を把握していなかった。

荷物を部屋に置いてSDカード調達に出かけるが何故か既に用の無くなった網吧がそこらじゅうにあるではないか!必要なときに見つからず、不必要になるとどこにでもあるというお約束の展開になっていた。

さて、龍岩はそこそこの規模の街なのですぐにデジカメ専門店を発見する。店に入るとすぐに店員Aが声をかけてきたのでSDカードがあるか聞くと扱っているとの事で見せてもらう。扱っていたSDカードはkingstonの1G、109元と2G、138元の2種類だったの2Gを購入して、その場で動作確認をするがレジの姉ちゃんの店員Bが店員Aに「あの客、南方人?」とか聞いている。店には客が自分ひとりしかいなかったので、どうやら自分は広東省辺りの人間に思われたようだ。SDカードを購入してこれで再びデジカメが使えるようになった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
宿泊費 30元
バス 2元 路線バス
SDカード 138元
合計 183元

龍岩→永定客家土楼民俗文化村

fujian12507:00頃に起床して08:00前に宿を出て龍岩汽車站で08:10発の土楼行きのバスに乗車する。

fujian126バスに乗車すると永定土楼で宿を経営しているおっ ちゃんに声をかけられる。おっちゃんは所用で龍岩に来ていて永定土楼に戻るところで旅行者を見つけて声をかけてきたと言う訳だ。おっちゃんの話だと 30~80元まで部屋があるから見ないかというので土楼に到着したら見ることにする。おっちゃんは更に商売熱心で土楼を見に行く観光客にも売り込んでいた。

fujian12708:20頃、10分遅れでバスが発車する。10:30頃、永定客家土楼民俗文化村に到着する。牌坊の奥は公園になっており入場料は50元だ。まずはおっちゃんの宿を見ることにする。

土楼の環興楼に宿泊

fujian128おっちゃんの宿は「土楼人家」という宿であった。ここでおっちゃんの息子に部屋を見せてもらうことになりおっちゃんは同じバスに乗っていた観光客を案内する。部屋を見せてもらったのだが、広くて綺麗なのは分かるが80元や60元の部屋だったので土楼の部屋を案内してもらう。

案内してもらった土楼はすぐ近くの環興楼でおっちゃんたちの実家だ。ここの土楼が30元でトイレは土楼の外、シャワーは宿で、土楼の門限が19:30になっている。土楼に3泊することにしたがおっちゃんの息子が「ほとんどの宿泊客は土楼は1泊しかしないよ」と言ってきた。うーん、これならもっと交渉すれば1泊15元とかでも十分いけた可能性があるな。

そして、宿泊費の支払い時にあることに気付いた。料理のメニュー表が目に留まり見てみると炒飯が15元でぼったくり価格になっているではないか!この瞬間に永定客家土楼民俗文化村が九寨溝に匹敵するぼったくり観光地の可能性があると気付いた。今後の食事は一体どうなることか・・・。

支払いを 済ませるとおっちゃんの息子が情報ノートらしいのを見せてきた。ノートには日本語が書かれておりこの宿に日本人がそこそこ宿泊していることが分かった。更におっちゃんの息子が周辺の土楼への案内を売り込んできたが恐らく車代が凄いことになりそうなので断る。

環興楼を探検

fujian129さて、永定土楼に来てみたが事前に情報収集をほとんどしていなかったので予定が全く決まっていない。まずは宿泊する土楼である環興楼から見るのが良さそうだ。

fujian130環興楼は1550年に建築され450年の歴史がある。1550年というと中国は明代、日本は戦国時代で桶狭間の戦いの10年も前だ。環興楼は4層で、 壁の厚さは1.8m、半径62m、面積は約3800㎡になり土楼の中では円楼という部類に入る。土楼は客家の人々が外敵から身を守る為に建てられており1853年には太平天国の乱で環興楼に太平天国軍が土楼内に侵入して放火されているが幸いこの時は雨により全焼を免れている。

fujian131450年の歴史がある環興楼を探検するが、入口ではお婆ちゃん2人が話をしておりのどかな雰囲気だ。まずは土楼の中心にある祖堂を見るがどうも寂しいような気がする。先祖を祀っている祖堂は大きな位牌とかがあるのが定番なのだが、どうしてこんなに質素なんだ?そして、環興楼は李氏の土楼と分かった。という事は、宿のおっちゃんたちも李さんという事だ。

fujian132さて、土楼を一回りして雰囲気を味わうのだが土楼の規模の割には住んでいる人が少ないようだ。

fujian133皆土楼の外で暮らしているのだろうか?そんなことを考えながら歩いていると糞の臭いがしてくる。

fujian134土楼の内側には豚や鶏、鴨が飼われており臭いの発生源は豚小屋などの家畜小屋だった。

fujian135続いては環興楼の4階から土楼内部を見下ろしてみる。土楼内部が見渡せてなかなかの眺めだ。

fujian135環興楼

fujian136環興楼

fujian137環興楼

fujian138環興楼

fujian139こうして11:30頃に環興楼の探検を終了する。

永定客家土楼民俗文化村の入口周辺

fujian14011:40頃、近くの慶雲楼を見物する。

fujian141慶雲楼は清の乾隆年間(1736-1795)に建築された長方形土楼だ。

fujian142慶雲楼を見物後に周辺の細い道を歩いてみ ると永定客家土楼民俗文化村への道に出てしまった。後ろには售票处があるので、どうやら逃票が出来るようだ。永定客家土楼民俗文化村は明日見物するので今日は来た道を引き返す。

fujian14311:45頃、永定客家土楼民俗文化村の入口周辺を見てみる。土楼汽車站には白人が数人いたがバス待ちのようだ。

fujian144入口の牌坊で観光客が記念撮影です。

fujian145団体の観光客も訪れて賑やかになってきたが、ここで土楼を撮影せずに観光客を撮影する自分が珍しいようでバイクタクシーのおっちゃんが「左の道へ行けば入場券買わなくて済むよ」と言ってくる。ついでに「香港人か?」と聞いてくるので「日本人だよ」と答えると珍しがっていた。

振福楼

fujian14612:30過ぎに土楼ばかりだとつまらないので福建省の田舎の風景を見ながら土楼の手前にある湖坑鎮へ歩いていくが途中にもいくつか土楼があった。

fujian14713:30頃、湖坑鎮に到着する。この後どうするか考えていると案内の表示を見つける。とりあえず、一番近い振福楼へ行ってみることにする。

fujian14813:45 頃、振福楼の手前まで来たが道路脇に售票处があり入場料は40元・・・。ぼったくりだ!内部を見物する気は全く無いのでそのまま素通りして外から振福楼を 眺めるだけにする。振福楼は1913年に建築されたかなり新しい土楼だ。

食事場所を何とか確保

16:15頃に民俗文化村の入口まで戻ってきた。そろそろ夕飯を食べたいのだが九寨溝並みのぼったくり観光地の気配がするので何処で食べるかを考えたが、近くの背包客驛站に入ってみる。メニュー表を見るとやはり高いがご飯は1元で普通だった。ついでに炒飯がいくらか聞くと5元で意外にも普通の価格だった。ご飯が1元で普通の価格だったのでご飯3元分と一番安い青菜5元を注文する。

料理が出来るのを待っている間、老板と話をするが自分が環興楼に3泊することを知っていた。どうやら環興楼に日本人が3泊することが知れ渡っているようだ。因みに老板も近所のおっちゃんと客家語で会話していて「客家語は標準語と違うでしょ」とか言ってきた。

料理が出来て食べるが頼んで無いスープが来るがスープは無料ということで遠慮なくいただくが、いつの間にか老板と老板娘が外へ出かけてしまい会計するにも誰もおらず帰ってくるのを待つ。いくら田舎でも店を空けちゃいけないでしょう。食い逃げの可能性を考えていないのかな?

しばらくして老板が帰ってきてようやく会計を済ます。ぼったくり観光地でも8元で十分食べることが出来た。店を出る際には老板が「明日も来てよ!」と言うが、この冬の閑散期では貴重な客なのだろう。

土楼宿泊には懐中電灯必須

環興楼に戻るが辺りは暗くなってきた。ここで夜に備えて川口浩探検隊のようにヘッドライトを準備する。土楼内は部屋以外は明かりが一切無く夜は完全に暗闇になるのだ。トイレに行く時、いやトイレや便所という表現より厠という表現があの凄い場所には適切だろう。

厠には懐中電灯やヘッドライトは必須だ。そして、22:00頃にヘッドライト装備で用足しに外へ出るが門が閉まっており閂を抜いて厠へ向かうが閂が重いので糞の場合は早めに行動しないと漏らす可能性が非常に高い。色々な意味で凄い所に宿泊してしまった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
宿泊費 90元 1泊30元×3
バス 22元 龍岩→土楼
合計 120元

永定客家土楼民俗文化村

06:40頃に起床して外の厠へ向かうが門がまだ閉まっていたので閂を抜いて門を開ける。外へ出ると既にバスが停車しているのが見えた。こんなに早くからバスで帰る観光客がいるのだろうか?

07:00過ぎに準備を整えて永定客家土楼民俗文化村へ向かう。朝のうちは售票处に人がいなく自由に出入りできるらしいのだが、用心して昨日見つけた裏道を通り景区内へ入る。景区内の土楼群は洪坑土楼群と呼ばれており明代から現代までの土楼が保存されている。まだ早い時 間帯なので観光客は見当たらず地元民しか見当たらない。

まずは景区の奥まで行ってみることにする。小学校を過ぎて橋を渡ると道が細くなり集落の奥まで来たことがわかり更に奥へ行くと地元民に奥に土楼がないことを告げられ引き返しながら土楼を見ていくことにする。

如昇楼

fujian149如昇楼。円楼、林氏民居。清の光緒年間(1875-1908)に建てられる。面積約500㎡、3階建、直径23m、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。洪坑土楼群では小型の土楼である。

fujian150如昇楼

fujian151福祐楼と光祐楼。

福祐楼

fujian152福祐楼。清の光緒6年(1880)に建てられる。面積約7000㎡、前楼2階建、後楼(主楼)5階建になり洪坑土楼群の中でも比較的規模が大きい。福祐楼は全国重点文物保護単位に指定されているが客桟があり宿泊することが出来る。

fujian153福祐楼には客桟があり宿泊することが出来ます。

fujian154福祐楼

東昇楼

fujian155東昇楼。長方形土楼、林氏民居、清の康熙13年(1674)に建てられる。面積約1200㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian156東昇楼

fujian157東昇楼

万盛楼

fujian158万盛楼。方楼、林市民居、清末(20世紀初頭)に建てられる。面積約900㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は1ヶ所ある。

fujian159万盛楼

fujian160万盛楼

光裕楼

fujian161光裕楼。長方形土楼、林氏民居、清の乾隆40年(1775)に建てられる。面積約2500㎡、4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian162光裕楼

慶福楼

fujian163慶福楼。方楼、林氏民居、清の乾隆45年(1780)に建てられ、面積2300㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian164慶福楼

fujian165慶福楼にいた犬

九盛楼

fujian166九盛楼。方楼、林氏民居、清の乾隆年間(1736-1795)に建てられる。面積約1500㎡、3階建、内門1ヶ所、外門1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian167九盛楼

fujian168九盛楼

西成楼

fujian169西成楼。長方形土楼、林氏民居、18世紀末に建てられる。面積約2100㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian170西成楼

fujian171西成楼

拱成楼

fujian172拱成楼。説明の看板がないので建設された年代は不明。崩壊している部分が多く保存状態が悪かった。

fujian173拱成楼

fujian174拱成楼

奎聚楼

fujian175奎聚楼。方楼、清の道光14年(1834)に建てられる。面積約6000㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。全国重点文物保護単位に指定されている。

fujian176奎聚楼

fujian177奎聚楼

朝陽楼

fujian178朝陽楼。U字形土楼、林氏民居、1968年築、面積約4000平方メートル、3階建、階段は2ヶ所ある。珍しいU字形土楼でしかも建築時期も新しい。

fujian179朝陽楼

fujian180朝陽楼

陽臨楼

fujian181陽臨楼。方楼、林氏民居、明の崇禎年間(1628-1644)に建てられる。面積約900㎡、4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian182陽臨楼

fujian183陽臨楼

景陽楼

fujian184景陽楼。方楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1851)に建てられる。面積約2300㎡。4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian185景陽楼

fujian186景陽楼

集源楼

fujian187集源楼。方楼、林氏民居、清の乾隆年間(1736-1795)に建設される。面積約1000㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は2ヶ所ある。

fujian188集源楼

永成楼

fujian189永成楼。方楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1850)に建てられる。面積約1000㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は2ヶ所ある。

fujian190永成楼

fujian191永成楼

福興楼

fujian192福興楼。長方形土楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1850)に建てられる。面積約800㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian193福興楼

fujian194福興楼

振成楼

fujian195振成楼。円楼、民国元年(1912)に建てられる。面積約5000㎡、4階建、俗称「八卦楼」。永定客家土楼民俗文化村の代表的な土楼であり観光客が多い。

fujian196振成楼

fujian197振成楼

慶成楼

fujian198慶成楼。方楼、林氏民居、民国26年(1937)に建てられる。面積約1100㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

fujian199慶成楼

fujian200慶成楼

玉成楼

fujian201玉成楼。方楼、林氏民居、清の光緒元年(1875)に建てられる。面積約1500㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は正面1ヶ所、側門2ヶ所、階段は2ヵ所ある。

fujian202玉成楼

fujian203玉成楼

裏道から入口へ戻る

fujian20411:00頃、一通り土楼を見たので入口へ戻るのだが售票处の前を通るのは避けて裏道から戻るが裏道は慶雲楼へ行く道につながっているので観光客が多数通るのだが皆分かれ道で左の慶雲楼へ向かってしまう。右へ進むとそのまま景区内に行けるのに・・・。左に行けば慶雲楼、右に行くと景区への道に出ます。後ろは景区入口の牌坊に戻ります。

fujian205牌坊の左脇の道を進むと景区への抜け道がある。

土楼人家で昼食

昼食を土楼人家で食べるのだが、もちろん一番安い青菜とご飯だけだ。ちょうど食べている時に老板の息子と観光客3人組が見てまわる土楼について話し合っており3ヶ所見るようなのでどこを見るかは大体予想がついた。田螺坑土楼群、南渓実佳村土楼群、下洋初渓村土楼群の事だろう。車代はそれぞれ150-200 元といっているのでぼろ儲けだろう。

背包客驛站で夕飯

午後はHP作成に励み16:00過ぎに夕飯を食べに背包客驛站へ行く。注文した料理は昨日と同じ青菜とご飯だが、ご飯が昨日よりも少し多くなっている。ご飯を食べていると老板娘が「明日はどこへ行くの?」とか聞いてきた。バイクタクシーの売り込みのようだ。南渓実佳村土楼群が100元とか言っていたが、これは交通費だけだから実際はチャーターとかガイド料とかが掛かる可能性がある。

まあ、どちらにせよ見る気がないので断った。で、今日も老板と老板娘が外へ出かけていった。食い逃げの可能性が低いからといっても店の中を客だけにしないでくれ!結局食べ終わった後は老板が帰ってくるまで待つことになった。まあ、8元であれだけご飯が食べられればよしとしよう!土楼に戻りHP作成をするが19:30頃に寝ることにする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
合計 17元

高北土楼群へ向かう

fujian20706:50過ぎに起床し顔を洗いに行くが婆ちゃんがいたので挨拶すると客家語で何か言っている。どうやら、自分が半袖でいるので「寒くないのか」とでも 言っているのだろう。さすがに土楼での滞在が3日目になると土楼の住人も警戒心をちょっと緩めてくれたようだ。顔を洗って糞をしに厠へ行くが、何時来てもここは凄い。ここの糞尿はやはり畑の肥やしになるのだろうか?

07:15頃、土楼を出て今日の目的地の高北土楼群へ向かう。高北土楼群への途中にも土楼がある。

fujian208高北土楼群は民族文化村から東 へ約3㎞の高頭郷に位置している。

fujian209途中にも土楼がいくつか見えるの撮影しながら進んでいく。道路脇にはこんな杭があった。どうやら到着したようだ。

fujian210途中で道を外れて土楼を見ながらゆっくり進みます。

fujian211高頭郷に入ると土楼の数が増えてきた。高北土楼群には承啓楼とかいう土楼が有名らしい。途中の標識にも「承啓楼」とかあった。そして、歩いていると壁に貼られた貼り紙に目が留まる。バスの運行表のようだ。龍岩⇔高頭は1日5本運行しているようだ。こういう情報を入手しながら08:10頃、高頭に到着する。

承啓楼は外から見るだけにする

fujian212高北土楼群に到着するが售票处が見当たらないので僑福楼から見ていくことにするが僑福楼のおっちゃんが「入場券買え」とか言ってきた。售票处や入場料の表示が無いので無視して外へ出て次の承啓楼の撮影をする。

fujian213承啓楼は有料というのは分かっていたので外から見るだけにしておくが今度は承啓楼のおっちゃんが「入場券買え」と言ってきたので「售票处が無いじゃないか!入場券は買わない!」と言ってやったがおっちゃんがしつこく「入場券買え」と言うので無視して外から土楼を撮影するだけにして立ち去る。

fujian214世澤楼と五雲楼

山の上から土楼を見る

fujian215土楼の近くだと「入場券買え」としつこく言われそうなので承啓楼の裏山に登る。裏山には景観台があったのだが初めは存在に気付かず地元民しか使わない道を登り撮影場所を探していた。09:30頃、民族文化村へ徒歩で帰る。

fujian216土楼の近くに現代の建物があるとちょっと・・・。

fujian217承啓楼と僑福楼

壊れたSDカードから画像を復活

昼食後に壊れたSDカードからのファイル復活を色々試したところ、なんとファイル復活に成功する。検索するセクタをずらしながら試したらうまくいった。これで安渓での画像は失われずに済んだ。

今日も背包客驛站で夕飯

16:30頃に腹が減ったので夕飯を食べに行く。今日も背包客驛站で食べることにするが、老板が仲間のおっちゃんたちとトランプをしていた。今日も青菜とご飯を食べるが、食事は背包客驛站で4回、土楼人家で1回しか食べていなかった。いずれも青菜とご飯だけだ。他にも料理はあるのだが客家料理とかは滅茶苦茶高いからだ。まあ、自分はご飯が腹いっぱい食べられれば文句無しだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
合計 16元

土楼→龍岩

fujian21806:55頃に起床する。今日は土楼を離れて龍岩へ戻り深圳行きのK635次の切符を買う。この行動に「永定行きの朝一のバスに乗れば永定でK635次に 乗車できて夕方までに深圳に着くだろ?」と思う人もいるかもしれないが、これだと龍岩~永定の区間が制覇できないのだ。鉄としては龍岩に1泊してでもK635/K638次で深圳へ行かなければならないのだ。

色々な意味で土楼は面白く3泊したのだが自分以外の宿泊客は見当たらなかった。見物している観光客は見かけるので見るのは人気があっても泊まるとなると本当に土楼は人気が無かった。09:20頃、環興楼を出て土楼人家に鍵を返しに行く。

fujian219老板娘に鍵を返して土楼汽車站で龍岩行きのバスを待つが時刻表を見ると次のバスは09:40発だ。

fujian220バスが来るのを待っていると背包客驛站の老板がやって来た。老板が「帰るの?」と聞くので「帰るよ」と返事する。

fujian22109:30頃、バスが到着してバスに乗り込み発車を待つ。09:40にバスは発車するが乗客は自分ひとりだけ。まあ、冬のこの時期だと観光客が少ないから仕方ないかな?でも、冬と言ってもこの福建省の山奥でも暖かいのでバナナの木に実がなっていた。

fujian222バスが湖坑に到着すると数人の乗客が乗り込んできて龍岩に近づくに連れ客は増えるが満席にはならずに11:45頃、龍岩汽車単に到着して21路のバスで龍岩駅へ向かい明日の深圳行きの切符を購入する。

fujian223切符を購入して後は寝床の確保だ。明日は列車が早いので駅前の西洋旅館に宿泊する。

中国でも「渡る世間は鬼ばかり」が放送

fujian224龍岩でテレビを見ていて知ったのだが中国でも「渡る世間は鬼ばかり」が放送開始のようだ。

fujian225番組名は「冷暖人間」となっている。肝心の放送する局はCCTVであり中国全土で放送だ!

fujian226最近は中国では韓国ドラマばかりだが珍しく日本のドラマが放送される。果たして視聴率は?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.5元
宿泊費 30元
鉄道 99元 硬座 龍岩→深圳
バス 1元 路線バス
バス 21元 土楼→龍岩
合計 165.5元

南京旅行記~三国志遺跡編

K382次、硬座で漢口→南京

nanjing0011700過ぎにユースホステルを出てバスで漢口駅へ向かう。今回は2008発のK382次に乗車するのだが夜に列車に乗車するのは天津北駅で大同行きの2062次に乗って以来だと思う。夜発の列車は出来れば避けたかったが南京行きの列車がこれしかないのでどうしようもない。

nanjing002584路と603路を乗り継いで1830頃、漢口駅に到着する。

nanjing003漢口駅は子供のスリたちがいるので用心して歩くが見当たらない。夜だから帰ってしまったのだろうか?

nanjing004どちらにせよ無事に駅の待合室へ辿り着くが既に人で一杯だ。

nanjing005こうなれば改札口で先頭を陣取るしかない。

nanjing0061935頃に改札が始まるが先頭にいたので余裕で4番ホームへ向かう。

nanjing007今回は硬座なので車両はYZ25Gだ。もちろん空調付きだ!自分にはかなり豪華な車両であり乗り心地もそこそこ良い。列車は定刻どおり2008に発車するが外は真っ暗で起きていても意味が無いので寝ることにするがここで思わぬ落とし穴が・・・。乗り心地がそこそこ良いYZ25Gだったが寝ようとすると尻が痛くなって眠れない。中国の車両は新しくても眠れるほど乗り心地は良くないようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
バス 2.7元 路線バス
合計 15.5元

南京到着

nanjing008尻が痛くても少しだが眠れたが0530頃に目が覚めた。外はまだ真っ暗だ。0600過ぎにようやく夜が明けてきたが車内放送が始まり列車が遅れていることを知らされる。寝ている間に列車が遅れていたようだ。

nanjing009南京駅には約1時間遅れの0800頃に到着する。

nanjing010久しぶりの南京駅だが駅舎が新しくなっておりホームも近代的で凄い。以前は工事の真っ最中だったが今は南京の玄関口としての立派な駅になっている。しかし、ここで驚いている場合ではなかった。出口を出ると地下鉄があり、路線バスターミナルも新しくなっており以前の南京とは全く違っていた。変わってないのは1元の路線バスが相変わらずのオンボロバスだったぐ らいだ。

南京国際青年旅舎、南京大学

nanjing011南京での拠点は南京国際青年旅舎と決めているので13路のバスで五台山北站へ向かう。南京大学の近くなのでおおよその場所の見当は付いている。

nanjing0130840頃、五台山北站で下車すると目の前に看板が出ていたので地図を確認することも無く南京国際青年旅舎に到着する。とりあえず、3泊することにするが、更に10泊することはほぼ確定している。

南京は物価が高い

nanjing012昼頃、近くの餐厅で昼食を食べるが物価が高いように感じる。確かに内陸部と比べれば高いのだが留学していた時はもっと安かったような気がする。でも、当時は毎日果汁100%のジュースを飲んでいたりと今では考えられない贅沢をしていたから基準が今と比べるとかなり曖昧だな。

昼食を食べた後は13路のバスで莫愁湖公園へ向かうのだが以前南京を訪れた際に購入した公交IC卡を試しに使ってみたら普通に使えた。確か当時は最後の補充日から2年が利用期限だった筈だが問題なかった。唯一違っていたのは割引率が4割から2割になっていたことだ。これは調べてみると原油価格高騰が原因らしい。それと、自分が持っている 公交IC卡は旧式で今月中に現在流通しているのに交換しないといけないようだ。旧式は地下鉄で使えないとか・・・。

nanjing0151250頃、13路のバスで莫愁湖公園に到着する。莫愁湖公園は南京でも有名な公園なのだが入場料が15元もするので当然ながら入口を見るだけにする。

南京大虐殺紀念館

nanjing016莫愁湖公園まで来たのだからついでに南京大虐殺紀念館も見ていくことにするが当然まだ工事中だ。

nanjing01712/13新装オープンなのだがどうなっているかだけ確認しに行くが道路工事の真っ最中だった。

nanjing018敷地内もまだ工事中で期限までに間に合うのかと思ってしまうが、いざとなったら徹夜で仕上げるのだろう。

石頭城、駐馬坡

nanjing0191415頃、石頭城に到着する。石頭城は孫権が建業に築いた城壁の址であり現在は公園となっている。以前は城壁の内側は有料の公園である国防園だったが今 回訪れてみたら無料になっていた。この後訪れた清涼山公園、烏龍潭公園も無料化されていた。

nanjing0201440頃、石頭城に程近い清涼山公園を訪れる。ここには諸葛 孔明が呉を訪れた際に馬を停めて「帝王の地・・・」だとか言った場所だ。駐馬坡を訪れる前に用足しにトイレに行ったのだがここで予想外の光景を目撃することになる。公園のトイレと言っても無料で扉付き、水もちゃんと流れるのだがおっさんが扉を閉めずに脱糞中だった。どうして、扉があるのに開けたままで糞を しているんだ?まさか、中国には脱糞中の姿を人に見てもらいたい変態がいるのか?
nanjing021このおっさんは南京人だろうか?いや絶対違う!きっと農村から来た農民工だろう。おぞましい光景を目撃しながらも用足しを済ませ駐馬坡を見物する。

烏龍潭公園の諸葛飲馬處が撤去されていた

nanjing0221500頃、烏龍潭公園に到着する。以前は有料なのに人気の無い汚い公園だったが訪れてみたら綺麗に整備され散歩する人民がいるではないか!無料になってこんなに綺麗になっているとは凄い。

nanjing023しかし、諸葛飲馬處の石碑が見当たらない。公園が綺麗に整備された際に石碑が撤去されてしまったようだ。三国志遺跡がひとつ消滅してしまった。公園はまだ整備中なので復活してくれれば良いのだが・・・。

ゴミ箱にあった広告

nanjing024南京のゴミ箱にはこんな広告があった。中絶の広告のようだで「3分钟无痛终止(3分で痛み無し)」とあり料金は450元だ。中国には中絶や性病の広告がや たらと多い。それだけ後先考えない輩が多いのだろう。

nanjing025そして、この広告には処女膜修復が400元というのまである。う~ん、処女膜修復しないと都合の悪い人たちがたくさんいるという事なのだろうか?それにしてもこういった広告が学校や幼稚園の傍とか所構わずそこらじゅうにある中国は色々な意味で凄い。日本だと場所を限定して包茎手術の広告で精一杯だろうか?

同じドミの大学生は・・・

宿に戻りHP作成中に同じドミの大学生2人が戻ってきた。この2人はこちらが日本人だということを知っていたのだがA女史は日本語を勉強しているようで日本語が少し話せる。もうB女史は英語が専攻なのだがこちらは英語が全く分からない。2人は大学は別々で就職活動か旅行で南京に来ていた。

B女史は西安の大学生でA女史は聞いて無いので分からない。どうやら2人は南京に1人で旅行に来ている日本人が珍しいようで「今までどこを見てきたの?」とか色々聞いてくる。A女史には日本語のちょうど良い練習相手のようだ。西安に行ったことを言うと西安の大学生であるB女史が話に喰らい付いてきた。

B女史が「兵馬俑は行ったでしょ?他にどこ見てきた?」というので、「張学良公館、楊虎城紀念館とか」というと「大学に日本人の友人がたくさんいるけど、張学良や楊虎城を知っている日本人に会うのは初めてです」と驚いた様子で話してきた。確かに張学良や楊虎城を知っている日本人は多いとはいえないだろう。

そして、中国の話題から日本の話題へと移るとB女史が「うちの先生が日本に行った事があって日本の新幹線は高いって言ってたけどどうなの?」とか、A女史が「渋谷は若者の 街なんでしょ」とか聞いてくる。2人とも日本には興味があるようだ。今回宿泊のドミトリーは6人部屋だが外国人は自分一人で、残りは大学生5人だった。

そして、部屋にはエアコンが付いているのだが温度が30度に設定されていた。温度高すぎだろっ!それに自分にとってはエアコンは必要ないので停めておいても、いつの間にか稼動している。中国の大学生はお坊ちゃんやお嬢様ばかりで暑さや寒さを気合で乗り切るということは出来ないようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.7元
宿泊費 90元 1泊30元×3
バス 2.6元 路線バス
合計 110.3元

阮籍墓

nanjing0260930頃、宿を出てまずは阮籍墓へ向かう。バスで集重門近くまで行き1000頃、南京市第四十三中学に到着する。中学校の敷地内に阮籍墓はあるので、門番のおっちゃんに阮籍墓の見学許可を貰い敷地内へ入る。

nanjing027以前来た時は荒れ放題だったのが綺麗に整備されているではないか!南京で数少ない三国志遺跡でしっかりと保存されている。因みに阮籍は竹林の七賢のひとりで白眼、青眼の語源になった人物だ。阮籍墓を見物後は近くで遅めの朝食に3元で炒飯を食べる。この周辺は古い建物が多く安食堂が残っており物価が安かった。

公交IC卡を交換、地下鉄に乗車

nanjing0281100頃、地下鉄の安徳門駅を訪れる。

nanjing029地下鉄の乗車するのと公交IC卡を交換する為に来たのだが、試しに持っていた旧式の公交IC卡を改札機に当てても何の反応も無かった。確かに旧式は使えなかった。そのまま窓口で交換の手続きをして地下鉄に乗車するが安徳門だと地上を走っている。

nanjing030列車に乗車し発車するとVVVF音が聞こえてくる。車両はALSTOMの車両を元に南京で生産されています。

nanjing031車内は清潔で液晶テレビもある。路線バスのようにゴミは散らかっていない。利用客は都市部の人ばかりで農民工は1人だけいた。尿素と書かれた袋を抱えていたので遠くからでもすぐに分かった。地下鉄は運賃が高いのでほとんどの農民工は路線バスを利用するのだが・・・。自分も特に理由が無ければ地下鉄でなく運賃の安い路線バスを利用する。

nanjing032旧式の公交IC卡

nanjing033新しい公交IC卡

南京駅は最先端の駅

nanjing034昼頃、南京駅に来てみたが雨が降っている。これでは外から撮影できないし午後はどこへも行けない。今日は售票厅だけ見て帰ることにする。

nanjing035南京駅の售票厅は 一言で言って凄い。窓口はたくさんあり電光掲示板に表示される切符の状況も見やすい。今まで利用してきた駅の中で最も利用しやすくなっている。中国で最先端の駅と言ってもよいだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
地下鉄 2.85元
バス 3.2元 路線バス
合計 18.05元

中山陵園風景区年票を購入

nanjing0360900頃、20路のバスで明孝陵へ向かう。今日は孫権墓を見るのと世界文化遺産の明孝陵を見るのが目的だ。0930頃、明孝陵に到着するが以前訪れた時と大きく変わっていた。以前は神道の一部が無料で見られたのだが完全に整備され入口まで変更されており入場しないと見られないようになっている。道路も変わりバスの経路も変わっていた。

明孝陵の入場料は70元で、明孝陵、中山陵のセット券(套票)は130元なのだが、一般の観光客は2つのどちらかを購入するのだろうが、自分は南京へ来た当日に道端の掲示板に張られていた南京日報の記事やインターネットで2008年版の年票が発売されていることを知っている。(元ネタ

2008 年版の年票は明孝陵(70元)、中山陵(80元)、美麗宮(15元)、白馬公園(10元)、中山植物園(50元)、紫金山天文台(15元)、山頂公園(4 元)が2008年末まで何度でも利用できるという、まあ簡単に言えば年間パスポートだ。年票は毎年発売されており今年は150元での販売になっている。1年間利用し放題だが各景区に1回行けば元が取れるのでかなりお得だ。

年票の存在を知ってしまうと1回しか使えない套票なんて馬鹿らしくて買おうとは思わな いだろう。入場券売場には年票についてのお知らせは一切無い。一般の観光客が年票の存在を知ってしまったら通常の入場券や套票が売れなくなってしまうからだろう。

で、早速入場券売場で年票を購入するのだが窓口のおばちゃんにちょっと待つように言われる。どうやら端末の設定中らしい。ベンチに座って待っていると関係者が5人ほど集まって設定している。おばちゃんに呼ばれて、ようやく手続き開始だ。まずは年票に貼る写真を渡して、偽造防止の為に指紋登録をする。最後にラミネート加工して年票の完成だ。

入口には年票専用のゲートがあり、ここを通るのだが端末の設定をしていた技術者が周辺の係員を呼んで年票の取り扱いの説明を始める。説明が終わり年票のバーコードをゲートに読ませて指紋確認をするとゲートが開いた。無事に入場をするのだが、考えてみると12/1から2008年版の年票が利用開始になったとはいえ本来は事前に係員に年票の取り扱い方法を説明していなければならないのに何故自分が説明の為の実験台に なっているんだ?

世界文化遺産 明孝陵、孫権墓

nanjing037ここは下馬坊遺址公園。ここで文武百官は下馬して徒歩で明孝陵へ向かいました。

nanjing038孝陵衛

nanjing0391000頃、明孝陵景区に入ったが最初に神道の入口を目指すとどうやら文武百官が下馬していた明孝陵の当時の正式な入口があった下馬坊遺址公園まで遊歩道が整備されているようだ。一旦出入口を出てしまうが年票なので気にすることは無い。

nanjing040四方城

nanjing041石象路神道

nanjing042徒歩で下馬坊遺址公園まで行くと下馬坊遺址公園も大きく変わっていた。新たに出土した石碑などが展示され、当時の軍営まで再現されているでは無いか!3年 ほどでこれほど整備されるとは・・・。下馬坊遺址公園から再び神道を通り途中の梅花山にある孫権墓を訪れる。

nanjing043孫権墓と言っても正確な場所は分かっていないようで現在は孫権像が建てられている。

nanjing044翁仲路神道

nanjing045昼頃になってようやく金水橋までやって来た。以前はここに入場券売場があり道路はバスが行き交っていたが今は遊歩道になり売店があるだけだった。

nanjing0461230頃、明楼までやって来た。

nanjing047明楼の裏の山が宝頂で朱元璋と馬皇后が眠る地下宮殿がある。ちゃんと明太祖之墓とあり朱元璋の墓というのが分かります。

nanjing048明楼に登ると落書きが酷い。よく見るとハングルの落書きまで ある。これは韓国人が書いたのだろうか?それとも韓国語を勉強している中国人か?もっと想像力を働かせると北の将軍様の秘密指令で中韓関係悪化を狙って韓国人旅行客の仕業に見せかけて世界文化遺産に北の工作員が落書きをしたのかも知れない。

美齢宮

nanjing0491515頃、美齢宮に到着する。美齢宮は元の名称を国民政府主席官邸と呼び、蒋介石と宋美齢が過ごしていた場所だ。特に宋美齢がこの場所を気に入っていたので美齢宮と呼ばれるようになった。

nanjing050米国政府が宋美齢に贈った車。

nanjing051美齢宮を訪れてみたが運悪く団体客が訪れていたのと時間が遅かったので後日改めて見学することにする。年票を持っていてよかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
バス 1.6元 路線バス
中山陵園風景区年票 150元
合計 164.1元

湖北省旅行記~鐘祥・武漢

沙市→鐘祥

hubei24707:00前に宿を出てバス停で1,101,102,103路のバスを待つ。103路バスが来たので乗車して沙市汽車客運中心へ向かう。一医で下車して 07:30頃、沙市汽車客運中心に到着する。

hubei248鐘祥行きの切符を買い08:20発のバスに乗車するが、まだ乗客は自分だけだ。08:00を過ぎてようやく乗客が増えてきて08:20頃に満席ではないが出発する。

hubei249荊州古城の脇を通り207国道を北上する。料金所を通過すると道路左側に紀南故城の石碑を発見する。荊州古城の北に紀南故城があるのは知っていたが、これなら荊州古城内でレンタサイクルを借りて訪れることが十分可能だ。荊州古城からは998路のバスも通っているので簡単に訪れることが出来るだろう。11:50頃、鐘祥汽車客運中心に到着する。すぐに宿探しを始めてバスターミナル近くの龍門客桟に宿泊することにする。

鐘祥汽車客運中心

hubei25012:10頃、再び鐘祥汽車客運中心を訪れる。

hubei251まずはバスの運行状況を確認するが時刻表は特に見当たらず運賃表のみある。まあ、ちゃんと運賃表があるだけましだろう。

hubei252鐘祥汽車客運中心は見る限りまだ新しいバスターミナルのようだ。路線バスのバス停も「新車站」になっている。但し、まだ新しくちょっと町外れ にあるので餐厅は少ない。宿は比較的新しい安宿や賓館が周辺にかなりあった。これから周辺が発展していくのだろう。

世界文化遺産 明顕陵

hubei253鐘祥汽車客運中心での調査を終わらせて鐘祥での最大の目的地である明顕陵へ向かう。

hubei254明顕陵は鐘祥市東北の純徳山に位置しており、明の嘉靖帝の父である恭叡献皇帝朱祐杬と母である章聖皇太后の合葬墓である。2000/11/30にはユネスコの世界文化遺産に登録されている。

hubei255湖北省の世界遺産といえば普通は武当山なのだが実は鐘祥にも世界遺産があるのだ。とりあえず、大体の場所は分かっているので徒歩で向かう。途中で莫愁湖の湖畔を歩いていると6路のバスが通り過ぎる。

hubei256事前の調査では2007/10/1から6路のバスが運行開始というのを知っていたが本当に運行していた。(元ネタ) 中国だから予定は未定だと思っていたが・・・。

hubei25713:30頃、明顕陵の入場券売場に到着する。入場料は50元だ。入場券売場から更に400mほど歩くがバ イクタクシーや線香売りのおばちゃんがしつこい。

hubei258入口の新紅門を通り奥へ進む。世界文化遺産なのだが平日とはいえ観光客がほとんどいない。ほとんど貸切り状態に近い。

hubei259陵墓のある明楼まで来てようやく観光客に遭遇した。世界文化遺産なのにこれほど空いているとは・・・。

hubei260明楼を見物して陵墓を一周してから戻るときになりようやく団体客が現れ観光地らしくなったのだが外国人は自分だけだ。

hubei261まあ、明顕陵を訪れる外国人はまだまだ少ないだろう。完全に穴場と化している。ロンプラや歩き方に紹介されれば状況は変わるかな?

hubei262明顕陵の入場券(表)

hubei263明顕陵の入場券(裏)

鐘祥駅

hubei26415:00頃、6路のバスで鐘祥市内へ戻る。とりあえず、終点まで行ってみるが途中の四医院で2路に乗換えれば鐘祥汽車客運中心と鐘祥駅へ行くことが分 かった。終点の承天広場から市内を歩きながら2路のバス停を探す。2路のバスに乗車してバスターミナルの新车站を経由して火车站へ向かう。

hubei265火车站に到着するとまだ新しい鐘祥駅があった。切符も販売しており宜昌、漢口への切符が買える。これは当然ながら明日の漢口行きの切符を購入する。明日は武漢に戻るのだ が漢口駅には子供のスリたちがいる。1度は捕まえたとはいえ明日も懲りずに盗もうと狙ってくるだろう。明日は厳戒態勢で漢口駅へ向かうことになる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
宿泊費 15元
鉄道 28元 鐘祥→漢口
バス 4元 路線バス
バス 35元 荊州→鐘祥
明顕陵 50元
合計 139元

N342次、硬座で鐘祥→漢口

hubei26608:20頃、宿を出て2路のバスで鐘祥駅へ向かうがバスに肥料袋に荷物を詰めた農民工が多数乗車してくる。農民工が多数乗車してくるのは構わないのだが肥料袋を大量に持ち込んでくる。おかげで車内は荷物置き場と化し後から乗車してくる客が文句を言っている。

hubei267鐘祥駅に到着すると駅前に武漢の漢口、武昌へ行くバスが停車している。列車で武漢の漢口へ行く客をバスの客にするつもりのようだ。客引きも気合が入っており鉄道からバスに変える客もいる。因みに漢口、 武昌までのバスの運賃は30元でかなり安い。

hubei268バスターミナルだと武昌までの切符は53元で鉄道だと閑散期の割引で28元だ。鉄道とも十分競える運賃設定だが、バスターミナルからの運賃との差が大きすぎる。バスターミナルを利用しないという理由で安いのは分かるがこの運賃の差はどういうことだ?

hubei269鐘祥駅の侯車厅で改札を待つが、実は鐘祥駅には三品検査が無かった。どういうことかというと、入口での荷物検査が無いのだ。どこの駅(ド田舎の一部は除く)でもX線の検査機があるのだが鐘祥駅には無かった。

hubei270新しく立派な駅舎なのにどうして三品検査が無いんだ?これだと農民工が危険物を平気で持ち込むかも しれないのだが・・・。09:40頃、改札が始まりホームへ出る。

hubei271どうしてそんなにでかい荷物を持っているんだ?

hubei272肥料袋(荷物袋)を担いだ農民工や見た目は都会人の人民、軍人など多数の乗客がホームへ出るが車両に停車位置が表示されていない。これで、到着時に誰も並ばないのが確定した。列車が到着し我先にと並ばず乗車する人民に混じり乗車する。

hubei273定刻どおり09:58に鐘祥を発車して漢口へ向かう。車内では田園風景を眺めながらGPSで速度や位置を確認するが、隣の爺さんがGPSを覗き込んでくる。爺さんはGPSが珍しいらしいが、これが何かは分からないだろう。それにしても、どうして田舎の中国人はGPSやデジカメを使っていると覗き込んでくるんだ?上海や北京では覗き込んでくるのはいなかったのだが・・・。田舎だ とGPSはともかく、まだデジカメですら珍しいのか?

hubei27412:15頃、漢口駅に到着する。

hubei275予定だと1219着なので少し早く到着だ。

南京行きの切符を購入

hubei276改札を出てまずは售票厅で11/30の南京行きの切符を購入する。售票厅は混雑していたが並んでから5分もかからず順番が来たが、ここで姉ちゃんがすかさず割り込んでくるので「並べ」と言って撃退する。

hubei277他の窓口でも割り込んでくる民度の低い馬鹿どもが駅員に説教されたり、冷たくあしらわれて追い返されたり、並んでいて割り込まれた中国人の逆鱗に触れて怒鳴られたりしている。

售票厅では中国人の中にもちゃんと並ぶ人から意識改革が出来ず時代に取り残された民度の低い馬鹿まで今の中国を象徴するさまざまな種類の人を見ることが出来る。ある意味で中国の縮図といえるかもしれない。

やはり漢口駅には子供のスリがいた

切符を購入してバスに乗るのだがあの場所を通ってみると彼奴がいた。そう、あの1度は捕らえたウイグル系の子供のスリだ。しかも、大人たちと話をしている。やはり、仲間がおり組織化されているようだ。平日の昼間に漢口駅にいるということは当然ながら学校には行っていないのだろう。どう見てもまだ義務教育の年齢なのだが・・・。

ここで写真を撮りたいところだが面が知れているので気付かれると殺される可能性もあるので素通りする。武漢の公安は一体何をしているのだろうか?漢口駅にスリをのさばらせたままにしているとは・・・。武漢の公安は腐っているのか?

再び武漢探路者国際青年旅舎へ

14:30頃、再び武漢探路者国際青年旅舎へやって来た。武漢には他にも2軒のユースホステルがあるようだが一番料金が安いのが武漢探路者国際青年旅舎なのでここに戻ってきたわけだ。そして、宿の人も覚えていてくれて「荊州から帰ってきたの?」と声をかけてきた。部屋もベットも前回と同じだ。当然、この後の行動はシャワー兼洗濯といつものパターンだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
宿泊費 105元
鉄道 113元 硬座 漢口→南京
バス 3.7元 路線バス
合計 228.7元

フェリーで長江を渡ってみる

hubei27812:30頃、亀山公園の魯粛墓を見物しようと出かけるが色々調べてみると亀山公園の入場料は15元で以前は3元だったとか・・・。100体ぐらいあった 三国志の武将像は景観の問題でほとんどが撤去され見るものがほとんど無いという。魯粛墓も衣冠塚だし・・・。とりあえず、中華路まで出てきてみた。

hubei279対岸に 亀山公園が見えるがここでフェリー乗り場を発見する。対岸へ向かうフェリー、この場合は渡し舟の方が似合っているかな?まあ、とにかくフェリーが出ているので乗船してみることにする。

hubei280運賃は1元だが切符売場には乞食が待機している。「ここは社会主義国なのにどうして乞食がいるのだろう?」と疑問に思うが、 切符売場で5元札を出し切符とお釣りの4元を受け取る。ここで乞食がお碗を出して必死の訴えをするが、当然ながら銭をやるほど心が広くない。

むしろ中国で鍛えられ人間不信のひねくれた人間になった自分は乞食たちに1元札がしっかり見えるようにゆっくり釣銭を数えてお碗に1元札を入れる期待を持たせてからしっかり釣銭をポケットに入れる。我ながらここまで心の狭い人間になったかと認識する。

武漢港

hubei281フェリーで対岸へ向かうが亀山公園の辺りに行くかと思ったら少し下流の埠頭へ向かう。下船して周辺を探検するがすぐ近くに武漢港があった。武漢港と言っても港だけでなくバスターミナルもありバスも結構ありそうだ。

hubei282武漢港

hubei283乗船券売場

再びフェリーで長江を渡る

hubei28415:15頃、武漢関碼頭に戻りフェリーに乗船する。

hubei285運賃が1元なので船内はそこそこ混雑している。

hubei286こういった庶民の足の船は香港のスターフェリー以来 だ。いや、四川省の楽山大仏を見に行った時にも乗っていたな。でも、あれはフェリーと言うよりも本当に渡し舟だったな。

hubei287フェリーが出港し10分ほどで対岸へ到着する。

hubei288今日の行動はフェリーに乗ったのと武漢港を調べたので終わりとする。

hubei289帰りに処分価格のバナナを500g1元で1kg購入して夕飯の一部にする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.7元
フェリー 2元
合計 11.7元

宿に籠もる

今日は宿に籠もってHP作成だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.5元
合計 8.5元

重慶旅行記~世界遺産 大足石刻

7411次で内江→大足

chongqing00109:05頃に宿を出て内江駅へ向かう。

chongqing002駅ではちょうど改札が始まり待ち時間無しで乗車するが車内は空席が目立つ。乗客は自由に席に座っており乗車率は2割になるかどうかという程度だ。

chongqing003やはり普通慢車は地元民しか利用しないのと重慶方面へ行くならバスのほうが圧倒的に速いのでこれだけ空いているのだろう。

chongqing004車両編成は22Bと22Cを使用した混成だ。おり09:40に定刻どおり発車する。駅のホームには音楽が流され、いかにも社会主義っぽい演出がされてい る。

chongqing005こちらは22Cです。それにしても窓枠の錆が酷い。

chongqing006自分は最後尾の1号車3番の座席に座っていたので乗務員Aが「どこから来たの?」「どこまで行くの?」のと聞くので「大足まで行きます。日本人で す。」と答えるが乗務員Aは行き先は理解したが日本人と言うのは理解できず日本と発音の似た宜宾と解釈して「宜宾人か?」と聞いてくるので四川話で「日本人です。」と再度答えるが理解してもらえなかったが、少しして「日本人か!」と驚いた口調で気付いてくれた。

気付いた後は質問攻めで「石刻を見に行くのか?」とか色々聞かれる。普段地元民しか利用しない列車に日本人なんかが乗車しているとちょっとした騒ぎになるようで1号車にくる乗務員たちに乗務員Aが 「日本人が乗車しているぞ!少し中国語が話せるぞ!」とわざわざ教えるので乗務員たちから何度も似たような質問をされる。おかげでGPSで停車駅の座標を記録する暇を与えられず外の景色も眺めることができない。しかし、次第に話題が無くなってくるとようやく外を眺める余裕が出てきた。

chongqing007大足が近づいてくると乗務員Aが「次が大足だよ」と教えてくれ余裕を持って下車の準備をする。

chongqing00812:45頃、大足に到着する。大足駅は大足の中心部から南に30㎞ほど離れているので駅前で大足行きのバスに乗車する。運賃は6元。途中で客を乗せながら走るが龍川汽車站で別の大足行きのバスに乗り換えさせら 14:00頃、重慶大足汽車站に到着する。

chongqing009バスターミナル前の旅社に1泊する事にしてすぐに石刻の見物に出かける。大足周辺の地図はこちらを参考にすると分かりやすい。

北山石刻

chongqing011まずは徒歩で北山石刻へ向かうことにする。大足から徒歩で行けるのは北山石刻と南山石刻の2ヶ所で距離は1.5~2㎞ぐらいだ。北山石刻には約30分ほどかかって14:45頃到着。

chongqing010まずは世界遺産ではないがすぐ近くにある無料で見物できる多宝塔を見物する。多宝塔の後に北山石刻を見物する。

chongqing012北山石刻

chongqing013釈迦牟尼佛龕

chongqing014唐の景福元年(892)に彫られた釈迦牟尼佛龕の天井部分にはまだ鮮やかに色彩が残っています。

chongqing015北山石刻を見物するが意外にも観光客は少なく世界遺産にしては寂しい。以前訪れた北京の周口店と同じ状況だ。

chongqing016古文孝経碑と趙懿簡公神道碑。南宋の孝宗年間(1183-1189)の物です。

chongqing017北山石刻

chongqing018石刻はしっかりと残っており中には色の残った石刻もある。

chongqing019北山石刻

chongqing020北山石刻

chongqing021見物をしていると白人の観光客を3人発見する。

chongqing022北山石刻

chongqing023北山石刻

chongqing024観光客が少なく寂しいと言ってもやはり世界遺産だ。外国人も訪れていた。

南山石刻へ行くが・・・

chongqing02515:30過ぎに北山石刻を離れ南山石刻へ行こうとしたが途中で大足にもうひとつあるバスターミナルの大足汽車客運中心を探すがなかなか見つからず小さな大足の街を彷徨ってしまうが16:30頃に大足汽車客運中心を発見する。バスの発着状況を確認すると宝頂山石刻へはここからバスが出ていた。

chongqing026石篆山石刻の三駆鎮には重慶大足汽車站、石門山石刻の石馬鎮には大足汽車客運中心からバスが出ていた。大足汽車客運中心で調査を終えて南山石刻へ向かうがすぐに重慶大足汽車站に到着する。2つのバスターミナルがすぐ近くにあることを知り時間を無駄にしたことを悔やみつつ南山石刻へ向かう。

chongqing02717:00過ぎ南山石刻に到着 するが入口で警備員に「今日は終わりだよ」と言われるが「どこから来たの?」と聞かれ「日本人です」と答えると気を利かせてくれて入れるかどうか連絡を取ってくれたが駄目だった。南山石刻は明朝に見物することにする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.5元
宿泊費 30元
バス 6元 路線バス
大足石刻 120元 北山、宝頂山
合計 175.5元

南山石刻

chongqing028昨日、訪れる時間が遅かった南山石刻へ08:00頃に再び訪れるが開園は08:30でまだ閉まったままだったが掃除をしていた管理人が気を利かせてくれて早く開けてくれた。おかげで世界遺産を貸し切り状態で見物することができた。

chongqing029南宋の紹興年間(1132-1162)に彫られた三清古洞。

chongqing030三清古洞。

chongqing031南山石刻

chongqing032南山石刻はそれほど石刻は無いのだが一番の見所は南宋時代に彫られた石龍だ。

chongqing033石龍

chongqing034石刻の数が少なくても世界遺産で入場料5元というのはかなり安いし観光客が訪れている様子も無い。といっても開園前に見物しているので観光客がいないのは当然だな。

chongqing035南山石刻の入場券(表)

chongqing036南山石刻の入場券(裏)

宝頂山石刻

chongqing03708:30頃に南山石刻を離れ09:00頃、大足汽車客運中心に到着する。ここで宝頂山行きのバスに乗車して09:30に出発するが北環東路のバスが集結 している所で別のバスに乗り換えさせられる。どうやら、ここもバスターミナルのような機能を持っているようで地元民が次々の乗車してくる。席が客で埋まるとようやく宝頂山石刻へ出発する。

chongqing03810:30頃、宝頂山石刻に到着する。ここからは徒歩で約10分ほどかけて宝頂山石刻まで行くが、途中でバイクタクシーなどが待ち構えているが無視をする。

chongqing039北山石刻と宝頂山石刻の聯票(裏)

chongqing040ようやく宝頂山石刻に到着するが外からでも一部の石刻が見える状態になっていた。

chongqing041節約観光ならこれで帰るのも良いかもしれないが北山石刻、宝頂山石刻の聯票を購入しているので中に入り見物していくことにする。

chongqing042宝頂山石刻

chongqing043宝頂山石刻は入場料が80元と高額なのだが確かにそれに値する石刻が見られる。

chongqing044牧牛図

chongqing045護法神龕

chongqing046六道輪回図

chongqing047華厳三聖像

chongqing048北山石刻、南山石刻とも比べ物にならない数と大きさの石刻が残っている。

chongqing049巨大な釈迦の石刻もあります。

chongqing050宝頂山石刻

chongqing051大足の一番の観光地なので観光客も最も多いがそれでも世界遺産にしてはまだ少ない。

chongqing052千年近く経っていても石刻に色が残っているのには驚かされます。

chongqing053外国人も数人見かけた程度でまだまだ知名度は低いようだ。
chongqing054でも、知名度が低いほうが観光客が少なくゆっくり見物や撮影ができる。九寨溝のようになったら観光どころではなくなるだろうな。

石馬山石刻、石篆山石刻は断念

chongqing05511:10頃、宝頂山石刻を離れ11:30頃、北環東路のバスが集結している所に戻ってきた。バスは大足汽車客運中心まで戻らないようで乗客は全員ここで降ろされる。仕方ないので徒歩で大足汽車客運中心まで戻り銅梁行きのバスに乗車して12:00に出発する。銅梁行きが石馬を経由しているので石馬山石刻へ は銅梁行きのバスを利用するのが良い。途中で客を乗せながら走り12:30頃、石馬に到着する。

石馬から石馬山石刻へは北へ4㎞ほど離れておりここからは バイクタクシーを利用するしかない。しかし、バイクタクシーと言ってもボリタクしかいなかった。4㎞しか離れていないのに20元は観光客から搾り取ることしか考えていないようだ。正確な場所が分かっていれば徒歩圏内なのだが暑さでやる気もなくなってきたので大足へ戻ることにする。

それと、石篆山石刻の見物もやめることにした。大足は宝頂山石刻から石馬山石刻、石篆山石刻まで世界遺産登録部分を全て見る場合は金があれば重慶の旅行会社に手配を依頼するのが無難なようだ。貧乏人が個人で訪れる場合は宝頂山石刻、北山石刻、南山石刻の3ヶ所が無難なようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.3元
宿泊費 30元
バス 7元 大足⇔宝頂山
バス 5.5元 大足⇔石馬
合計 63.8元

四川省旅行記~楽山・都江堰編

楽山大仏

sichuan2020710頃に起床する。天気予報だと今日までが晴れのようなので楽山へ行くことにする。

sichuan2030820に成都旅游集散中心で楽山行きのバスに乗車する。

sichuan2040830にバスが出発し1030頃、楽山の肖壩旅游車站(肖壩旅游车站)に到着する。

sichuan205ここから楽山大仏まで2元で乗合タクシーが出ているが無視して徒歩で楽山港の方へ向かう。目印の楽山師範学院。この正面に渡し舟の船着場があります。

sichuan206船着場の看板

sichuan207途中で大件埠頭(大件码头)を過ぎて楽山師範学院の前の李埠頭(李码头)で渡し舟に乗り対岸の大佛壩埠頭(大佛坝码头)へ渡る。

sichuan208対岸からは楽山大仏が正面から見物することができる。しかも、タダで見物できる。ここは、同じドミに宿泊する日本人から教えてもらった場所でわざわざ70元の入場料を払わなくても世界遺産の楽山大仏が見物できる。

sichuan209対岸の楽山大仏を見物して再び渡し舟の乗船して戻る。

sichuan2101路のバスで肖壩旅游車站に戻り1330発のバスに乗車して成都へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
バス 4元 路線バス
バス 86元 成都⇔楽山
フェリー 2元 渡し舟
合計 100元

街中の切符売り場を利用してみる

sichuan211今日は朝から雨だ。昨日、一昨日は晴れていたが今日は天気が悪い。天気が悪く午前中は外へは出なかったが午後になってから切符を買いに出かける。今回は初めて駅では無く街中にある切符売り場を利用してみることにする。

sichuan21218日の綿陽行きと22日の宜賓行きの切符を購入してみる。

sichuan2132枚の切符を購入して発券手数料は10元で1枚当たり5元だ。かなり高いというかぼったくりだ。だから成都駅の切符売り場は大混雑していて成都市内の各地にある切符売り場は空いている のだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
鉄道 8元 成都→綿陽
鉄道 25元 成都→宜賓
発券手数料 10元
合計 52元

都江堰

sichuan214今日は世界遺産の都江堰と青城山を見物しに行く。0730頃、文武東路から341路で茶店子汽車站へ向かう。0830頃、茶店子汽車站に到着。

sichuan215都江堰行き バスに乗車して約1時間かけて都江堰市客運中心に到着する。

sichuan216すぐ近くのロータリーにある李冰、李二郎親子の像を見てから、4路のバスで都江堰景区へ向かう。

sichuan2171000頃、都江堰景区に到着する。

sichuan218都江堰は秦代に李冰が設計工事した灌漑施設で李冰の死後は息子の李二郎が受け継ぐが完成したのは数世紀後になる。司馬遷の史記にも都江堰は記載されているほどの大規模な灌漑施設だ。

sichuan219入場料は90元と激高だがここは見物したいので仕方なく入場券を購入する。都江堰には実は諸葛孔明の像があったりする。

sichuan220景区内には庭園とかがあるのだが無視してまずは宝瓶口を見物する。

sichuan221この辺はまだ観光客は少なめだったが人字堤、金剛堤と進むに連れて観光客の数が多くなってくる。金剛堤で岷江と内江に分かれており都江堰の一番の見所の為に観光客が多すぎる。

sichuan222岷江、金剛堤、内江に架かる安潤索橋は清代に架けられた吊橋で金剛堤から安潤索橋、二王廟までが観光客で賑わっている。

sichuan223二王廟を見物して都江堰が見渡せる秦堰楼へ登る。

sichuan224やはり、都江堰全体が見渡せないとせっかく来た意味が無いだろう。奥が外江、手前が内江、中洲が金剛堤、橋が安潤索橋。

sichuan225秦堰楼から都江堰を見て次の青城山へ向かう。

sichuan226都江堰の入場券(表)

sichuan227都江堰の入場券(裏)

青城山

sichuan2281300頃、都江堰市客運中心から101路のバスで青城山へ向かう。青城山には前山と後山の2つが101路は前山へ向かう。後山へも都江堰市客運中心からバスが出ており運賃は9.5元だった。1330過ぎ、青城山に到着する。

sichuan229一般的には青城山というと前山を指しており、観光客で賑わっていて道教寺院が多く点在するのがこの前山である。

sichuan230それに対して後山は仏教寺院が点在している。

sichuan231青城山は後漢の頃に張陵が五斗米道の布教を始めた地であり道教の聖地として知られている。さて、青城山に来てみたものの入場料が90元、ロープウェイが片道35元、往復60元と高い。

sichuan232さすがに金が勿体無いし山登りは疲れるので入口と無料で見物できる建福宮を見る節約観光で済ませることにする。

sichuan233帰りのバスから青城山を撮影

sichuan234101路の路線表

sichuan235路線バスの客票

sichuan236都江堰市客運中心からのバスの料金表

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
バス 9元 路線バス
バス 32元 成都⇔都江堰
都江堰 90元
合計 138元

四川省旅行記~黄龍・九寨溝編

郎木寺→若尔盖(ゾルゲ)

sichuan0010500頃に起床する。外は真っ暗で様子はよく分からないが雨が降っているようだ。出発時間までに止んでくれれば良いのだが。今日はいよいよ四川省へと向う。でも、郎木寺で既に四川省側にも入っているか!若尔盖へ抜けて九寨溝と黄龍寺に近い川主寺まで行こうと思う。まあ、バスの運行状況が分からないので行き当たりばったりになる。

0630頃、郎木寺賓館を出て他の旅行者たちと同じように通りでバスが来るのを待つ。バスを待っていると後ろから日本語の会話が聞こえてくる。日本人バックパッカー2人組がいたので声をかけてみると2人も若尔盖まで行くとのこと。バスがやってきて一緒にバスに乗り込む。若尔盖まで 一緒に移動することになる。0700過ぎにバスは出発して四川省へ入り国道213号を南へ向う。

sichuan002途中の遊牧民の住居

sichuan003途中で村に寄ったり国道で客を拾ったりしながら0915頃に若尔盖到着。但し、バスターミナルの手前で乗客全員降ろされてしまう。運ちゃんにバスターミナルの場所を聞いて日本人3人と一緒に乗り合わせたイスラエル人3人でバスターミナルへ向う。

若尔盖→川主寺

sichuan004バスターミナルで運行状況を確認すると川主寺、松藩へのバスは0600に既に出発しており明日までバスが無いがイスラエル人たちは松藩へ行くのでタクシーを使うことを提案したので料金しだいで利用することに賛成した。

こちらがバスの運行状況を確認している間にイスラエル人たちはタクシーの運ちゃんたちと交渉しており、その中に新たに上海人2人が加わり交渉している。こちらの日本人3人は1人が阿坝へ行くのでここで離脱して若尔盖で1泊する。合計7人が川主寺と松藩までの料金交渉を行い1人50元で交渉が成立する。

sichuan0050930頃に車に荷物を積み込み出発する。出発するがすぐにガソリンスタンドで停車するが給油するかと思ったがタイヤがパンクしていた。タイヤ交換を終えて給油かと思えばガソリンが売り切れで対面のガソリンスタンド(見た目は只の個人商店)に行くが運ちゃんがここで車2台に分乗するように行ってくる。どうやら理由は重量オーバーでタイヤがパンクしたということだ。確かに定員ちょうどで各自それなりの重量の荷物を車の屋根に載せていたからパンクする可能性はある。

運ちゃんたちは荷物を川主寺行きと松藩行きに分けて出発しようとするが交渉を一手に引き受けていた上海人が松藩行きのイスラエル人3人の料金が1人50元から3人で200元になったことを告げてイスラエル人3人が騒ぎ始めるがいつの間にか上海人が車に乗り込み川主寺行きの乗り合いタクシーは出発する。上海人は交渉を一手に引き受けていたのにどうやらイスラエル人3人を見捨てていた。

sichuan006乗り合いタクシーは川主寺へ向けて走るが1100頃に道路工事で通行止のために工事が終わるまで待つがイスラエル人3人を乗せたタクシーも後ろに いたので問題は解決したらしい。

sichuan007国道213号は道路工事で通行止でご覧のような大渋滞です。この後も道路工事で未舗装の道や通行止めで足止めになったりしながら1340過ぎに川主寺到着。

宿を探す

sichuan008とりあえず、川主寺には2泊するつもりで宿を探さなければならない。タクシーの中で同乗していた日本人バックパッカーと黄龍、九寨溝へ一緒に行くことを話していたので宿を探すが、どうも川主寺は安宿といえる宿が無さそうな雰囲気だ。川主寺を彷徨った末に2人部屋で1泊100元の部屋に宿泊することにする。寝床を確保した後は遅くなったが昼食を食べに行き明日の黄龍行きのバスの切符を購入する。

sichuan009紅軍長征紀念碑を遠くから見ましたが入場料が60元と共産党関連の観光地では異例の高額入場料に驚く。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 100元 1泊50元×2
バス 20元 郎木寺→若尔盖
バス 21元 川主寺→黄龍
タクシー 50元 若尔盖→川主寺
合計 209元

川主寺→黄龍

0530頃に起床する。0630頃に日本人バックパッカーとともにバスターミナルへ向う。黄龍行きのバスは0650発だがバスターミナルに見当たらないので切符売場で聞くと綿陽行きのバスが黄龍経由ということを教えてもらう。綿陽行きのバスに乗車して、少し遅れて0700頃に川主寺を出発する。天気は曇りであったが山を登るにつれて雨になり雲の中に入り視界はほとんど無い状態で黄龍へ向う。0800頃、黄龍に到着する。

黄龍

sichuan010入場券売場で200元もする入場券を購入して入口を通る。当然新しくできたロープウェイは金が勿体無いので券は買っていないので徒歩で4.3㎞離れた五彩池まで歩いていくことになる。

sichuan011山の中を歩いていくと上り下りに道が分岐していたので上りの道を進んでいくが上りは森の中を通るので交流の水の流れは時々景観台みたいのがあるのでそこで見られるだけだった。どうやら行きはひたすら五彩池を目指して登って行き帰りに黄龍の絶景を見ながら降りて行くという経路のようだ。

sichuan012天気は曇りで幸い雨は降っていなかったが山の天気なのでどうなるかは分からない。途中で休憩しながら0945頃、黄龍中寺に到着する。黄龍中寺に到着した時には天気は雨に代わりこれ以後出口まで傘を差して歩くことになる。

sichuan013天気が悪くて徐々に傘を差す観光客が増えてきました。

sichuan0141010頃、黄龍古寺に到着。。

sichuan015五彩池は黄龍古寺の裏にあるのでほぼ到着した状態だ。黄龍古寺と黄龍洞を見物して五彩池へ向う。

sichuan016五彩池は雨が降っていても水は濁っておらず透き通ったままだ。

sichuan017テレビで見た風景が目の前に広がっている。でも、テレビは晴れの日の映像だけど・・・。せっかく黄龍に来たのにこの天気です。

sichuan018雨の五彩池を見ながら休憩をして1100過ぎに下山を始める。

sichuan019明鏡倒映

sichuan020盆景池

sichuan021下山しながら黄龍の各見所を見物していくが雨が降っているのが残念でならない。

sichuan022洗身洞

sichuan023蓮台飛瀑

sichuan024帰りは行きと違い足取りは軽く各場所で撮影をしていく。

sichuan025飛瀑流輝

sichuan0261300頃、黄龍の入口まで戻っきた。そのまま外へ出て周辺に川主寺行きのバスが無いか探してみるが、どうも見当たらない。駐車場で川主寺経由九寨溝行きのバスが停車していたので運ちゃんに聞いてみると川主寺に行くとのことで乗車する。

発車は1500なのだがぼったくりのレストランや土産物屋を利用する気は無いので車内で待つことにする。1時間半ぐらい車内で待ち1500になるがバスは出発しない。客と運ちゃんの会話を聞いていると1530頃に出発するよ うだったが結局乗客2人が遅刻して1550過ぎに出発して1700頃、川主寺に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
バス 41元 川主寺⇔黄龍
黄龍 200元
合計 258元

川主寺→九寨溝

sichuan0270500頃に起床する。メール確認やニュースを見ながら過ごす。今日は九寨溝へ行くのだが相部屋の日本人バックパッカーは昼ぐらいに九寨溝へ行くというので0700過ぎに一足先に宿を出る。松藩→九寨溝のバスが0700に出発しているので、このバスを狙って道路脇で待機する。

待機中にぼったくりタクシーの運ちゃんが声をかけてくるが無視や「九寨溝まで20元で乗せろ」とからかってあげる。0730頃、道路脇で待っていると九寨溝行きのバスがやって来た。手を振り停車させて料金を聞いて乗車する。当初は満席で通路に座ると思っていたが白人4人と他に数人の乗客がいるだけで余裕で座れた。

バスは途中で地元民を乗せながら走る。九寨溝が近くなってきたので宿泊予定の九寨溝青年旅舎がどの辺りなのか外を見ながら確認していると目印の夢幻九寨を通り過ぎた。ここで降りても良いのだが、九寨溝のバスターミナルまで行くことにする。0920頃、九寨溝客運中心に到着する。

九寨溝青年旅舎へ

sichuan028これが九寨溝青年旅舎の入口。HPでは九寨溝青年旅舎になっているが看板は「郎介の家」や「郎介之家」となっている。

sichuan029ここから徒歩で約5㎞来た道を戻る。九寨溝の入口である九寨溝口を歩いていると日本人のおばちゃんたちが話をしていたので声をかけ少し話をして再び歩き始める。バックパックを背負っているので宿の客引きが寄ってくるが無視をする。さすがに1泊50元や80元ではこの貧乏旅行者の心は動かせない。

歩きながら朝食に林檎を食べてひたすら歩くが5㎞ぐらい歩くのは慣れているのだが、さすがにバックパックを背負っての5㎞は辛かった。1030過ぎにようやく九寨溝青年旅舎に到着する。ドミトリーが1泊30元なのでとりあえず3泊することにする。今日は九寨溝に到着してから天気が晴れたのだが今日は九寨溝を見物するのはやめておく。明日以降の晴れの日に見物することにする。

九寨溝の物価は高い

昼食を食べに行くが川主寺と同様に九寨溝の物価は非常に高い。その辺の食堂でも牛肉麺が10元もする。北京では3元で食べていたのに・・・。さらに値段の表示が無い店ばかりで怪しさ倍増である。これなら九寨溝青年旅舎で食事をするのが一番安全なようだ。九寨溝青年旅舎はちゃんとメニュー表があったし値段も他よりは安かった。老板が「うちは他よりは少し安くしているよ」と言っていたほどだ。

夕食に麻婆豆腐と鶏蛋炒飯を食べる。2品で11元だ。昼に行ってみたぼったくり食堂と比べると十分安く量もあり腹一杯になった。食後に明日の九寨溝で食べるための果物を買いに出かける。路上で桃や梨を買うが、ここの婆さんが釣銭をごまかすので文句を言うと渋々金を出してきた。梨と桃なら水分補給と糖分補給ができるので九寨溝の景区内で水、食料を更に酷いぼったくり価格で買う必要もないだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 40元
宿泊費 90元 1泊30元×3
バス 25元 川主寺→九寨溝
合計 155元

九寨溝へ向う

sichuan0302日間有効の入場券にすると葉書の部分にバーコードと写真が印刷されます。

sichuan0310700に起床する。少し寝坊してしまったがすぐに出発の準備を整える。確か九寨溝青年旅舎は朝方に九寨溝まで無料で車で送ってくれるのでフロントの小姐に聞いてみると「あと2人集まったら出発だけど乗る?」というのでもちろん乗ることにする。0720頃に出発して10分ほどで九寨溝の入口に到着する。

ぼったくりの入場券と景区内のバスの切符を購入する。入場券は2日間有効なのだが入場券売場の隣で写真撮影をして入場券に顔写真を撮影しないと2日有効にはならない。写真撮影を済ましていよいよ入場する。

九寨溝

sichuan0320800に入場してバスに乗り込むとすぐに出発する。中間地点の諾日朗服務中心で右の道へ進み0840頃、原始森林に到着する。

sichuan033原始森林

sichuan034観光客は記念写真に夢中のようです

sichuan035草海

sichuan036草海

sichuan037原始森林を散策して1000頃、草海と天鵝海を散策する。原始森林は観光客で賑わっていたが草海と天鵝海は比較的観光客は少ないようだ。

sichuan038箭竹海

sichuan039箭竹海瀑布

sichuan040天鵝海からバスに乗車して箭竹海へ向い1050頃到着。箭竹海と箭竹海瀑布を見物して道を戻りバスで熊猫海へ向う。5分ほどで熊猫海に到着。バス停から熊猫海まで桟道を約3㎞ほど歩く。

sichuan041熊猫海

sichuan042熊猫海瀑布

sichuan043周りの風景を楽しみながら熊猫海瀑布、熊猫海を見物する。そのまま桟道を歩いて熊猫海から五花海、珍珠灘へ向う。

sichuan044昼頃、五花海に到着する。

sichuan045五花海を見物して桟道を約2㎞歩いて1250過ぎ、珍珠灘に到着。

sichuan046かなり歩いて疲れているので昼食に梨を食べる。昼食後は珍珠灘瀑布を見物してバスで鏡海へ向う。

sichuan0471325頃、鏡海に到着。ここはほとんど観光客がおらずバスを降りる人もいなかった。

sichuan048再びバスに乗車して1335頃、諾日朗服務中心に到着する。

長海

sichuan049諾日朗服務中心は原始森林と長海への道の分岐点であり、ここで原始森林、長海へのバスに乗り換えたり、レストランや土産物屋で食事、買い物をしたりと景区内の重要拠点である。1340頃、長海へのバスに乗車する。長海までは約20分の道のりだ。山道を登っていき1405頃、長海に到着する。長海を見物していると時折日本語が聞こえてくる。やはり日本人観光客が訪れているようだ。長海を後にして桟道を歩いて五彩池へ向う。

sichuan0501425頃、五彩池に到着するが、ここも長海と同じように観光客が大勢いる。素早く写真撮影を済ましてバス停へ向う。

sichuan0511440頃、バスに乗車して諾日朗服務中心へ戻る。これで諾日朗服務中心から奥の原始森林、長海は見物終了である。後は諾日朗服務中心から入口に向って見物していくだけだ。

諾日朗瀑布から樹正寨

sichuan052諾日朗服務中心からは桟道を歩いて1510頃、諾日朗瀑布に到着する。諾日朗瀑布は滝の幅が320mあり九寨溝で最大の幅を持つ滝である。この辺りはまだ観光客が多く写真撮影は人が入らないようにするのが難しく「人多すぎ」とか文句を言いたくなってしまう。

sichuan053諾日朗瀑布から更に桟道を歩き1545頃、犀牛海に到着する。犀牛海は長海に次ぐ、九寨溝2番目の大きさの湖である。

sichuan054犀牛海に沿って桟道を歩き1600頃、老虎海に到着。

sichuan055樹正瀑布

sichuan056磨房

sichuan057老虎海、樹正瀑布、磨房を見物して1620頃、樹正寨に到着する。さすがに諾日朗服務中心から樹正寨まで歩いてくるのは疲れる。樹正寨から入口までは明日見物することにして今日はここでバスに乗車して入口へ向うがバス乗り場の混雑と並ぶことを知らない中国人で大混乱だった。

原始森林や諾日朗服務中心のバス乗り場には武警が警備しており皆並んで文明乗車をしていたが武警がいない樹正寨では中国人本来の姿である並ばず我先に乗る姿が見られた。バスの運ちゃんが「文明乗車」と言っても人民には聞こえないようで勢い余って転倒する人民もいた。

九寨溝を訪れるような富裕層の中国人でも本質は所構わず痰や唾を吐く出稼ぎ労働者と変わらないようだ。中国人本来の姿を見ながら1650に入口に戻ってきた。ここから更に1時間かけて約5㎞離れた九寨溝青年旅舎に徒歩で帰る。

九寨溝にもいる世界最強中国人観光客

sichuan058草海近くで目撃した広東語を話す観光客。南方から観光に来たようだが桟道を外れて記念撮影をしていた。

sichuan059広東語を話す観光客の仲間は禁煙区域なのに一服しています。原始森林が近くにあることを理解しているのでしょうか?。

sichuan060桟道にはこういった「桟道から離れるな」という看板があるのですが・・・。

sichuan061桟道から離れて何やっているんだ。

sichuan062熊猫海で目撃した普通話を話す中国人観光客。桟道から降りてわざわざ熊猫海の間際で撮影のようです

sichuan0631日かけて九寨溝を見物してきたのだが、大多数の観光客は節度を持って観光をしているがやはりここでも中国人観光客はやってくれました。禁煙のはずの森林でタバコを吸ったり、桟道から外れて撮影や弁当とやりたい放題です。中国が誇る世界遺産でも保護をするといった考えを持たない人民が紛れ込んでいるようです。

sichuan064桟道から外れて弁当のようです。

sichuan065ご飯を食べるのは構わないが休憩所で食べようとは思わないのかな?この観光客たちも普通話を話してました。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
九寨溝 220元
バス 90元
合計 321元

九寨溝を歩く

sichuan0660650頃に起床する。朝食に鶏蛋麺を食べて0740頃、宿の車で九寨溝へ送ってもらう。九寨溝の入口近くには九寨溝の水と他の水の合流地点があります。色が違うのではっきり違いが分かります。左の青い水が九寨溝の水です。

sichuan067九寨溝到着後はまず先に九寨溝客運中心で明日の松藩行きの切符を購入する。明日の0730発のバスだが座席番号がすで21番になっており九寨溝では2日前には切符を確保しないと危ないようだ。

sichuan0680830頃、入口を通るがバスの切符を持たない徒歩の客は左端の入口から入場して桟道を進んでいく。桟道を歩いていくと桟道が川沿いに延びており川沿いに奥へ歩いていく。0950頃、荷葉寨に到着する。九寨溝は9つの寨があるから九寨溝と呼ばれるが荷葉寨はそのうちの1つである。現在の九寨溝には7つの寨しかなく残りの2つの寨は自然保護の為に移住してなくなったらしい。

sichuan069盆景灘

sichuan070樹正群海

sichuan0711000過ぎ、盆景灘に到着。1030頃には芦葦海の黒角橋の脇を通り過ぎ1045頃、双龍海を通過。1110頃、樹正群海に到着。昨日の樹正寨まではあと少しのところまで来た。1125頃、磨房に到着する。ようやく昨日見物したところまで来た。

sichuan0721130には樹正寨に到着。

sichuan073集落全体が土産物屋と化しているような。

sichuan074樹正寨を見物するがチベット人の集落というのは分かるのだが集落全体が土産物屋になっているようで特に見るべきものは無かった。

徒歩で九寨溝青年旅舎へ戻る

昼頃に樹正寨でバスに乗り入口へ向う。車内で入場券の確認があり、バスの切符は持っていなかったがうまく乗り切った。老虎海で日本人4人が乗車してきたので入口まで話をしながら過ごす。1215頃、入口に到着して景区の外へ出る。昨日と同様に九寨溝青年旅舎まで約5㎞の道程を1時間かけて歩いて戻る。途中で雨が降り出すがそれほど強くは無いので傘は差さずに済んだ。1330頃、九寨溝青年旅舎に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21元
バス 29元 九寨溝→松藩
合計 50元