三国志遺跡 王允墓&渠家大院・曹家大院

山西省旅行記2015

祁県へ

痰吐きの音で目が覚める。ドミトリーが古城の通りに面しているので朝の静寂なかで成金のおサルさんや地元のおサルさんたちの痰吐きの音がよく響いてくる。ここは世界遺産って分かっているのかな?

平遙→祁県のチケット07:00頃、古城の北にある平遥汽車站に到着。祁県行きのバスチケットを購入するが、08:50発の祁県行きのバスが最初のバスということであった。

酸辣米線

酸辣米線中途半端に時間が空くので古城内を散歩して、07:25頃、四川料理の食堂で酸辣米線(6元/約120円)を食べる。四川料理の食堂だったのでスープの唐辛子が滅茶苦茶効いており口の中が火事だ。四川料理を甘く見ると痛い目というか辛い目に遭う。

平遙→祁県

平遙→祁県のバス08:35頃、再び平遥汽車站へ。祁県行きのバスに乗車するが喬家大院と表示されているので喬家大院まで行くようだ。バスは既に乗客でほぼ埋まっている。

渠家大院

渠家大院09:30頃、祁県の駅前通り新建南路で下車する。09:55頃、 昭馀古城の渠家大院に到着。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

渠家大院祁県の県城にある清代古民居で規模はそこそこある。清の乾隆年間に晋中の豪商である渠氏により建てられ200年以上の歴史がある。周辺には渠氏最大の茶庄である長裕川茶庄などがあり渠家大院と共に公開されている。

渠家大院あまり整備はされていないので建物内は空になっているか鍵が掛けられている。特に資料展示とかもなく、そのまま建物を見物となる。

渠家大院明清民居の中では有名ではないようなので観光客はほとんどおらず管理人のおばちゃんたちがいるぐらいで敷地内は静か。10:40頃、渠家大院を離れる。

晋商老街渠家大院の前は晋商老街になっており古鎮として古い街並みが保存されている。

日本製品ボイコットの横断幕

日本製品ボイコットの横断幕晋商老街を散歩していると骨董品屋で面白いものを見つける。日本製品ボイコットの横断幕だ。「勿忘国耻 坚决抵制日货 从我做起」(国辱を忘れるな 日本製品ボイコット 私から始めよう)なんてあるのだが、こんな所で反日横断幕に出くわすなんて思わぬ収穫である。この骨董品屋の老板には是非とも頑張って日本製品ボイコットを実践してもらいたい。スマホや家電製品の買い替えの時に日本製の部品が使われていないか確認するのが大変だろうけど・・・。スマホなんかで日本の部品無しを探すのは至難の業だろうな。

まあ、とにかく日本製品ボイコット頑張ってくれ!自分は中国製品ボイコットとか絶対にありえないから!こちら生産国に関係なく品質と価格で選んでいるから。

三国志遺跡 王允墓

次は祁県の北西にある三国志遺跡の王允墓を目指すがグーグルマップに出てくる4路のバスが見あたらない。県城を出て国道沿いに西へ歩き、途中で郷道を北へ向かう。余所者が歩いているので村民たちがガン見でこちらを見ている。目を合わせると目を逸らすし・・・。何か後ろめたいことでもあるのかよ?

王允墓標識修善村、里村村と入り村の通りを西へと歩く。里村小学、里村中学、修善小学の前を通過して通りの突き当たりを右(北)へと歩くと修善村村民委員会に到着する。ここで王允墓の標識を見つける。

三賢善館そして、標識の近くには三賢善館とかいう記念館みたいなのがある。三賢善館は閉まっていたので王允墓へ向かう。

王允墓西へ歩くと左(南)にそれっぽい壁が見える。壁の方へ行ってみると案内板が見てきた。12:40頃、王允墓に到着する。グーグルマップは実際のGPS座標から東へ600mずれていた。

王允墓墓は整備中であったが日曜で工事は休みなので見物はできた。

王允墓王允はいわずと知れた後漢の司徒、貂蝉の養父で董卓殺害の首謀者である。王允は修善村が故郷であり死後に修善村に埋葬された。

13:00頃、王允墓を離れ祁県へ向かう。修善村には漢の光武帝の頃に活躍した温序の墓もあるが、興味が沸かずにスルーになる。村民にガン見されながら郷道を歩いてバスに遭遇することなく、14:15頃、国道まで戻ってきた。

バス停近くの双友包装厂のバス停から1路のバスに乗車するが運賃箱がない。後払いと思っていたら乗車してくる乗客は運賃を払わず下車しているではないか!どうやら祁県の路線バスは無料化されているようだ。だから長距離の4路は消えたのか?

14:50頃、祁県汽車客運站に到着するがバスターミナルは運用されていなかった。建物は完成しているが何故か運用されていない。路線バスの停車場として運用はされてはいるが・・・。

14:55頃、とりあえず国道で平遥方面へ向かうバスを止めるが高速に乗るバスだったので平遥は素通りという事で次のバスを待つ。15:00頃、介休行きのバスに乗車して平遥へ向かう。運賃は10元、15:30頃、平遥に到着し国道の交差点で降ろされる。バスターミナルには寄らないので国道から南へ1kmほど歩くと平遥古城の北門だ。

だが、この交差点は降車ポイントになっているので常にボリタクが待ち構えている。ボリタクの運ちゃんが声をかけてくるが「金無い」と返答したら「古城までの5元払えないのか!」とか文句言ってるし。ブチ切れているので無視しておく。

香菇炒飯

香菇炒飯16:00頃、古城近くのイスラム食堂で香菇炒飯(10元/約200円)を食べる。香菇は椎茸なので椎茸炒飯だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 8元 平遥→祁県
バス 10元 祁県→平遙
合計 34元

平遙→太谷

向かいの宿の団体客のやかましい声で目が覚める。金持ちの団体客は朝から移動のようで電動カート待ちで外にいるがやかましい。まあ、目覚まし代わりにはなったので良しとするか。

平遙→太谷のチケット06:55頃、バスターミナルの平遥汽車站に到着する。太谷行きのチケットを購入してバスに乗車する。太谷までは15元だ。

平遙→太谷のバスバスは07:20発、太谷経由の晋中(楡次)行きだが時間になっても発車しない。時刻表通りに運行されない中国では遅れるのはいつものことだ。07:40頃、20分遅れでようやく発車する。

太谷汽車站

太谷汽車站09:05頃、太谷に到着するがバスターミナルには入らないので太谷汽車站近くで下車する。

太谷汽車站時刻表太谷汽車站の時刻表を確認しておくがバスは少ない。まあ、国道で待っていれば太原や平遥行きのバスがいくらでも通るので利用価値は低いだろう。

バス停太谷汽車站前のバス停からT01路のバスに乗車して県城へ向かう。運賃は1元で、09:50頃、購物中心のバス停で下車して徒歩5分ほどで無辺寺に到着する。入場料は太谷鼓楼とのセットで25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

無辺寺

無辺寺無辺寺は県城の南寺街に位置しており、元は白塔村と呼ばれており、北周の建徳6年(557)に徒県が置かれていた。言い伝えでは「先有白塔村、后有太谷城」(先に白塔村があり、後に太谷城がある)と言われている。

無辺寺無辺寺の創建は西晋の泰始8年(272)で、無辺寺の名称は「仏法無辺」の意味から名付けられた。寺には白塔があり北宋の治平年間に修復され、「普慈寺」と改額される。北宋の元祐5年(1090)にも修復が行われ、現在の塔は宋代の風格を留めている。元、明、清代に修復が繰り返され、清の光緒年間の修復で旧名の「無辺寺」に戻る。

無辺寺境内は静かで観光客は少ない。僧侶はおらず管理人が住んでいるようだ。寺と言うより博物館になっている感じだ。

「亮剣」の撮影地そして、寺を出るとこんなプレートを見つける。この寺は伝説の抗日ドラマ「亮剣」の撮影地であった。「亮剣」はドラマに出てくる日本兵が全て日本語を話していることになっているのだが、その日本語のクオリティの酷さから一部の日本人にも知られている。10:40頃、無辺寺を離れ鼓楼へ向かう

太谷鼓楼

太谷鼓楼10:50頃、太谷鼓楼に到着する。陝西旅游年票を使い入場料は無料だ。

鼓楼の創建は明の万歴43年(1675)になり、清の康熙21年(1682)、乾隆26年(1761)、光緒34年(1908)などで修復がされてきた。現存する鼓楼にも明末清初の風格が残されている。

建物はかなり傷んでいるが当時の状態が留められているので歴史を感じさせる。

太谷鼓楼周辺周辺は古鎮の太谷古城として町おこしで売り出し中のようで観光開発が始まりつつある。現時点では古い街並みが残っているのだが5年後は土産物屋とレストランが建ち並んでいる可能性がある。

太谷鼓楼周辺古い街並みはカオス度が高いのだが、それが田舎の古い街並みの雰囲気を引き立てているともいえる。11:10頃、太谷鼓楼を離れる。

孔家大院(孔祥熙宅園)

孔祥熙宅園11:15頃、孔家大院の孔祥熙宅園に到着する。入口だけ見て終了。

刀削麺

刀削麺イスラム食堂で昼食に刀削麺(7元/約140円)を食べる。山西省といえば刀削麺が名物の麺料理だ。刀削麺と一口で言っても麺を削る料理人の腕で削り具合、太麺から細麺まで様々にある。この店は他の店より細目の麺が特徴だ。お好みで唐辛子とお酢を入れて食べます。

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)11:55頃、T06路のバスに乗車する。運賃は1元、12:10頃、終点の三多堂(曹家大院)に到着する。入場料は72元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

三多堂(曹家大院)三多堂は太谷県城の南西5kmにある北洸村に位置しており、曹家大院とも呼ばれ、明、清代の豪商の太谷曹家の堂名である。三多堂の三多は邸宅内にある多子堂、多寿堂、多福堂を指している。三多堂の建設は明末清初になり邸宅には部屋数は277部屋になり、壁は厚く楼は高く砦の様になっている。

三多堂(曹家大院)太谷曹家は明末期から明国26年(1937)、約300年間に国内外大小640余りの酒造、運送、金融などを展開していた。大半は中国であるが、東京、パリ、ロンドン、モスクワなどにも進出していた。国内資産は1200万テールになり、37000人以上を雇用していた晋商の筆頭である。

三多堂(曹家大院)しかし、清朝末期の1900年に国立銀行が設立され票号といった銀行に相当する民間金融業が衰退し曹家も損失を出す。

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)そして、張作霖などの軍閥台頭により曹家は東北部での財産を失い、日中戦争により日本軍が太谷を占領し曹家の繁栄は終わる。最終的には日本軍が曹家の家財を運び出していったという事です。

三多堂(曹家大院)三多堂は曹家の財力を物語っており広大な敷地に砦のような楼閣、分厚い壁で邸宅が囲まれている。

三多堂(曹家大院)建物内には古民家の家具が展示されており、収蔵点数はかなり多い。家財は日本軍が運び出したとなっているので、周辺から買い集めて展示しているのだろうか?

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)で、ここも抗日ドラマの「亮剣」の撮影地になっていました。ここは山西省だから晋綬軍が戦っていた場所ですね。

14:00頃、三多堂を出て約1km北の国道108号へ向かう。14:15頃、国道108号に出て平遥方面のバスを待つ。しばらくして霊石行きのバスが通るが空席だらけなのに運ちゃんに無視される。14:40頃、平遥行きのバスに乗車、運賃は15元だ。15:30頃、平遥汽車站に到着するがボリタクの運ちゃんがしつこい。古城まで徒歩10分位なのに何でボリタクに乗る必要があるんだよ!ボリタクを回避して平遙駅へ向かう。15:45頃、平遙駅で明後日の太原南行きの切符を受け取る。

大碗麺

大碗麺16:00頃、駅前の食堂で大碗麺(5元/約100円)を食べる。注文を受けてから製麺機で麺を作り鍋へ麺を投入。手で引っ張って麺を作るのではないので拉麺ではない。まあ、日本のラーメン屋もほとんどは業者から生麺を仕入れているわけだし、これは自家製生麺といったところかな?おそらく醤油系のスープでトッピングに卵が乗っかっている。味玉付きといったところかな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
バス 15元 平遥→太谷
バス 15元 太谷→平遥
バス 2元 路線バス
合計 49元

平遥古城散歩

平遥古城07:20頃、平遥古城の散策に出かける。今日は遠出せずに古城内を歩く。喬家大院も考えたが大院はお腹いっぱいといった感じで次の機会に・・・。

平遥古城この時間だと店は閉まっているが観光客は結構外を歩いている。城壁に上れる南門は団体の観光客がかなり集まっておりやかましい。

平遥古城このまま10月の国慶節までは観光シーズンで賑わっているのだろう。朝食と昼食は昨日購入しておいた饅頭で乗り切る。

木耳鶏蛋蓋麺

木耳鶏蛋蓋麺夕飯は行きつけのイスラム食堂で木耳鶏蛋蓋麺(10元/約200円)を食べる。スパゲッティの親戚とも言える蓋麺。キクラゲと卵にピーマン、玉ねぎを加えて炒め麺の上に乗せている。キクラゲの食感が最高!

いつもの通り西門を通るが城壁に立ち小便の跡が・・・。世界遺産に立ち小便とは恐れいった。やはり武警を警備につけて中国の宝でもある平遥古城保護のためにおサルさんを駆除するのが一番のような気がする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
合計 10元

関羽の故郷・山西省運城 三国志遺跡 解州関帝廟と常平関帝廟

山西省旅行記2015

解州関帝廟

関羽像07:00頃、12路のバスで運城駅へ向かう。運賃は1元、07:10頃、運城駅到着。まず、駅前の黄金関羽像を撮影。07:25頃、駅前から11路のバスで解州関帝廟へ向かう。おばちゃんに運賃4元支払い、08:15頃に到着。

解州関帝廟解州関帝廟の入場料は60元だがctripで予約しておいたので1割引の54元だ。

解州関帝廟解州関帝廟は隋の開皇9年(589)に創建され歴代王朝により修復と増築がされてきた道教建築の廟である。「関廟之祖」「武廟之冠」「関帝祖廟」とも称されており、現存する建築物は明、清代の物になる。

解州関帝廟天井には色々と額が収められていたりもする。

解州関帝廟牌坊も立派であるが少し傷みがあり歴史を十分に感じさせる。

解州関帝廟四大関帝廟(洛陽関林、当陽関陵、常平関帝廟、解州関帝廟)の一つとして三国志聖地としての重要度は非常に高い。

解州関帝廟朝の開門直後の時間帯だったので境内は比較的静かであるが、既に団体客がいるので近づいてくるとやかましいので団体客から離れて見物する。

解州関帝廟やはり土日を避けておいて正解であったようだ。平日でも朝から団体客がいるとなると土日に突撃したら大変なことになっていたであろう。

解州関帝廟さすがに三国志聖地だけのことはあり境内は広い。一部建物で修復工事が行われており見物不可になっていた。そして、殿内は全て撮影不可でおばちゃんが目を光らせている。なので、関羽像は眺めるだけ・・・。

解州関帝廟崇寧殿には乾隆帝が欽定した「神勇」の額がある。09:30頃になると観光客で混雑し始める。平日でも解州関帝廟には多くの観光客が訪れるようだ。10:10頃、解州関帝廟を出る。

10:25頃、11路のバスに乗車し運城駅へ向かう。運賃は4元だが、おっちゃんに5元札で支払うと釣り銭1元出さずにスルー。地元民のおばちゃんがおっちゃん呼んでくれて釣り銭1元取り戻すが余所者だから仕掛けたのか?田舎は油断できない。いや、中国人でさえ騙される中国だから油断できない。

運城関王廟

運城関王廟11:10頃、運城の街中で降りて池神廟の北にある21路のバス出発点を目指すが目の前に寺院が見えてきたので寄ってみると運城関王廟に到着。運城には関帝廟以外に関王廟まであった。関王廟の名称なので明代あたりに建立された古い廟である事が伺える。

運城関王廟は元代に創建され明の正徳5年(1510)から正徳7年(1512)にかけて拡張された。明の嘉靖34年(1555)に地震により倒壊し、万暦25年(1597)に巡塩御史の呉楷偕により再建される。

運城関王廟工事中であったが見物はできるので山門通り境内へ。廟の規模は小さく各所で工事中であった。奥に碑亭があり石碑がある。

運城関王廟壁画もあり文醜が斬られる場面とかがある。

常平関帝廟

11:25頃、関王廟を離れ、11:35頃、池神廟のバス停と運城二中のバス停の間で21路のバスに乗車。11:45頃に発車し、おばちゃんに運賃2.5元払う。12:15頃、常平関帝廟に到着する。入場料は30元だがctripで予約しておいたので1割引の27元になる。

常平関帝廟しかし、ここは中国でイベントは突然発生する。観光客のおっちゃんが常平関帝廟の門前でタバコの箱をポイ捨てした。

常平関帝廟目を疑う光景である。中国人が関帝廟の前でポイ捨てをしている。しかも、四大関帝廟ともいわれる常平関帝廟の門前だ。そして、タバコを吸っている。中国では文化財でタバコを吸うのは大丈夫なのか?

きっとおっちゃんたちは中国人ではないな。昨日の舜帝陵にいた服を着たおサルさんたちの仲間だ。共産党の飼育係の方々にはもっと頑張ってもらいたいのだが、天津港の倉庫爆発でおサルさんたちの調教どころではないのであろう。

常平関帝廟常平関帝廟は常平関帝祖祠、関羽家廟などとも呼ばれており、運城市の南西12kmの常平郷常平村に位置しており、この常平が関羽の故郷とされ関羽だけでなく関羽の祖先も祀られているのが最大の特徴である。

解州関帝廟とは8kmの距離になる。文献によれば常平関帝廟は隋初期に創建され創建時は常平関帝祖祠であったが金代になると廟の字が使われ始める。歴代王朝により修復と拡張が繰り返され、明の嘉靖34年(1555)以来、16度の修復と増築が行われており、現存する建築物の多くは清代の物になる。

常平関帝廟立派な牌坊があり雰囲気を盛り上げてくれます。

赤兎馬そして、山門には赤兎馬像があります。でも、これは新しそうな感じが・・・。

常平関帝廟境内にはいくつもの殿があり関羽や関平、関興の像もありますが、ここも殿内は撮影禁止でおばちゃんたちが目を光らせております。

常平関帝廟唯一撮影出来たのが碑廊にあった関羽像だけでした。

巨大関羽像

関帝聖像景区13:20頃、常平関帝廟を出て、常平関帝廟の南にある巨大関羽像へ行ってみることにする。

関帝聖像景区20分ほど歩くと関帝聖像景区に到着。入場料は30元のテーマパークになっているが周辺には開発途中で放置された建物が多数あり廃墟というか鬼城の気配がする。景区自体も建物が傷んで営業しているのか怪しかったが人や馬がいたので営業はしているようだ。

鬼城とりあえず景区周辺を探索するが開発途中で放置された廃墟が痛々しい。

鬼城これはどう考えても開発失敗だろう。

巨大関羽像

巨大関羽像巨大関羽像の裏手の山に関帝祖塋(関羽の祖父の墓)があるようだが、暑さで山を登る気が起きない。他の観光客と同じように巨大関羽像を拝んで、14:35頃、21路のバスに乗車する。運賃は2.5元、15:00頃、池神廟と運城二中の発着点に到着。15:10頃、9路終点の鐘楼小区で9路のバスに乗車。運賃は1元、地鉱大楼へ移動してユースホステルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
バス 14元 路線バス
解州関帝廟 54元
常平関帝廟 27元
合計 103元

司馬温公祠

運城東バスターミナル07:30頃、9路のバスに乗車、運賃は1元、08:15頃、終点の東バスターミナルの東客運站に到着するが運用されておらず無人であった。建物は完成しているのになぜ運用されていないのだ?

再び9路のバスに乗車して禹王閣近くの摩托街のバス停で下車して禹都停車場へ。今日は司馬温公祠(司馬光墓)を目指すのだが運城の北にある夏県の水頭鎮と禹王郷の間に司馬光墓はある。

下晁行きのバスまず、バスを探さないと行けないのだが、まずは夏県行きのバスに乗車かなと思ったら、禹王という表示のある下晁行きのバスがあったので運ちゃんに司馬温公祠へ行くか聞いてみたら近くの司馬村を通るという事で、09:00頃、禹都停車場から下晁行きのバスに乗車する。車掌の兄ちゃんに話だと司馬で公交車(路線バス)に乗り換えて司馬温公祠へ行けるということであった。

司馬村のバス停09:10頃バスが出発、司馬まで運賃は7.5元だ。かなりの田舎道をバスが走り、09:50頃、省道232号とのT字路で降ろされる。目の前にバス停があり司馬村に到着。ここから路線バスで行けるようだがGPSを確認すると司馬温公祠まで直線距離で約1.6kmなので歩いていくことにする。省道232号を西へ歩いていくと6路の水頭(水头)-夏県(夏县)のバスとすれ違う。どうやら夏県から6路のバスで行けるようだ。

司馬温公祠の標識15分ほど歩くと地元民が道路脇で西瓜や葡萄などの農産物の販売をしている。どうやら観光地が近いという印だろう。道路脇に司馬温公祠の標識が見えてきた。

小晁のバス停10:15頃、省道から司馬温公祠の分かれ道に到着。ちょうど目の前には小晁のバス停があり、夏県から6路のバスでも来られる。司馬村のバス停から徒歩でも十分来られるがトレーラーやトラックの行き来が激しいの注意していないと轢き逃げされそうだ。

司馬温公祠入口分かれ道の所に司馬温公祠と書かれた石が置かれているので見落とすことはないだろう。

道路で干されるトウモロコシ司馬温公祠までの道は地元民たちが収穫したトウモロコシを干している最中であった。

司馬温公祠10:25頃、司馬温公祠に到着する。

司馬光像入口の前にある広場には司馬光像がある。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

司馬温公祠司馬光(1019-1086)は陝州夏県涑水鄉(現在の山西省夏県小晁村)の出身で涑水先生とも称され歴史家で「資治通鑑」の編者として知られ、仁宗、英宗、神宗、哲宗の4人の皇帝に仕え北宋の宰相を務めた人物である。

司馬温公祠故事も多数残っており「破瓮救友」(水瓶の中に落ちた子供を救うために石で瓶を割って救う話)は有名で日本でも知られている。この故事は小学生ぐらいの時に学校で習った覚えがあるが今でも習うのかな?死後に温国公の爵位が追封され司馬温公とも呼ばれ、祠も司馬温公祠と呼ばれている。司馬温公祠は司馬光ら一族が祀られた温公祠堂と墓のある墓区に分かれている。

司馬温公祠司馬光は中国ではかなり有名な人物なのだが観光客は少なく静かだ。解州関帝廟や常平関帝廟は観光客が多かったが、司馬光の知名度からしても司馬温公祠は穴場と言ってもいいかもしれない。奥にある温公祠堂には司馬光だけでなく一族の像が祀られているが撮影禁止でおばちゃんが目を光らせている。

司馬光墓

司馬光墓牌坊墓区の入口には牌坊があり通ると碑亭が見えてくる。

司馬一族の墓墓区には司馬光の親族の墓碑が並んでいる。ここは司馬光だけでなく司馬一族の墓になっているようだ。

司馬光墓神道司馬光墓はきちんと整備され神道もある。

司馬光墓石像綺麗に整備はされているが石像は古く風化しており歴史を感じさせる。

司馬光墓神道の奥に墓が3つあるのだが司馬光墓は真ん中ではなく左側の墓であった。

司馬光墓碑墓碑は新しくごく最近の物のようだ。12:15頃、司馬温公祠を離れる。12:40頃、小晁のバス停から6路のバスに乗車し夏県(夏县)へ移動。運賃は4元で、12:55頃、夏県に到着し終点で降ろされる。

とりあえずスマホで高徳地図を確認する。目の前の東西に伸びる通りが東風西街のようなので東へ歩いて行くと夏県の公安局と人民政府の前を通り過ぎる。地図は間違っていないので、そのまま東へ歩くと県城で最初の信号に当たる。ここで右(南)へ曲がり新建南路を南へ歩くと、13:15頃、運城行きのバスが停車しているのを見つける。鼓楼超市の向かいが発着点になっているようだ。

炒飯運城へ戻るルートが分かったので近くの食堂で昼食に炒飯(7元/約140円)を食べる。
13:45頃、鼓楼超市近くで運城行きバスに乗車。13:50頃、バスが出発、運賃は7元、途中で客を乗せながら運城へ。14:30頃、禹都停車場に到着、12路のバスに乗車して地鉱大楼のバス停で降りユースホステルへ戻る。運賃は1元。

酸菜肉絲麺

酸菜肉絲麺夕飯は近くの食堂で酸菜肉絲麺(8元/約160円)を食べる。酸菜肉絲麺は麺の上に酸菜(漬物)と肉絲(ひき肉の炒めもの)が乗っており、牛肉麺(蘭州拉麺)と並び中国を代表する麺料理である。インスタントラーメンやカップ麺でも酸菜麺が各社から発売されているほどの定番麺料理だ。夜に12306.cnで28日の運城→臨汾の切符を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
鉄道 18.5元 硬座 運城→臨汾
バス 8元 路線バス
バス 7.5元 運城→司馬
バス 7元 夏県→運城
合計 59元

関羽の故郷・山西省運城 池神廟・舜帝陵

山西省旅行記2015

霊宝→運城

霊宝駅07:20頃、賓館というか民工宿をチェックアウトして霊宝駅へ移動。駅前では農民工のおっちゃんが「身分証がないと切符が買えない」と携帯でどこかと連絡を取っている。身分証持ってないと窓口のおばちゃんが切符売ってくれないのは当たり前だろ。というか、身分証不携帯でどうやって公安に捕まらずにここまで来たんだ?

K1887次の切符駅入口で切符を身分証の照合があったのだが駅員パスポートの中身確認せず切符にハンコ押す。どうも朝からやる気無しのようだ。手荷物のX線検査を受けて待合室で待機。今日は08:52発、張家界→太原のK1887次で運城まで移動する。席は硬座、運賃は32.5元だ。

08:45頃、改札が始まるが田舎の駅なので乗車バトルはなく平和だ。混乱もなくのんびりとホームへ向かい列車の到着を待つ。

和諧型電気機関車HXD3列車の到着が撮影でき乗車口へ。今回の機関車は和諧型電気機関車HXD3であった。

K1887次の行先票いつもの行先票を撮影して列車の乗車。7分遅れの08:59に発車となり運城へ向かう。河南省霊宝から山西省運城までは直線距離で60kmぐらいなのだが、鉄道だと大回りして陝西省華山を経由して運城へ入る。それでも、最短距離の三門峡経由のバスルートよりは安い。時間はかかるかもしれないが・・・。

乗車率は5割ぐらいで空いているので3列シート占領して寝ているおばちゃんがいたりといつもの光景だ。まあ、田舎を走る張家界→太原の列車なので空いているだろうなとは思ったが本当に空いていた。

でも、乗客にはおサルさんが混じっており対面のおっさんが床に痰を吐く。函谷関から西は中原の外なので中華文明の外ということか?中国はおサルさんが多くて困る。学校で習った中国とは全然違うじゃねえか。学校で習った中華文明はどこへ行けばあるのだ?

10:03に華山到着。ここで機関車を交換して進行方向が西から東に変わる。

山西省運城

運城駅12:15頃、運城駅に到着する。山西省運城までやってきた。

関羽像駅を出ると駅前広場には黄金の関羽像が出迎えてくれる。やはり関羽の故郷なので三国志で町おこしということかな。

潞塩青年旅舍

潞塩青年旅舍駅からユースホステルまでは12路のバスで行くのが普通だが何となく歩いていくことにするが、ユースホステルまで意外と距離があり真夏の暑さにやられながら、13:10頃、ユースホステルの潞塩青年旅舍(潞盐青年旅舍/The Ancient Salt Youth Hostel)に到着する。

潞塩青年旅舍予約無しであったが部屋は空いており6人ドミトリーで1泊35元(会員料金)だ。
潞塩青年旅舍ドミトリーにはトイレ・シャワー付きで思ったより広い。エアコン、電気ケトル、ロッカーもある。各ベッドには照明が付いているがコンセントの数が微妙に少ない。まあ、OAタップ追加すればよいので大した問題ではない。Wi-Fiの電波は良好でネットの速度は問題なし。

潞塩青年旅舍屋上が開放されているので酒盛り可能で洗濯物も干せる。徒歩10分圏内には食堂やスーパーマーケットもありそこそこ便利だ。路地にあるのでちょっと分かりにくいが三国志観光の長期滞在拠点としては十分使える。

蛋炒飯

蛋炒飯15:00頃、遅めの昼食にイスラム食堂で蛋炒飯(8元/約160円)を食べる。

雪花ビール食後はスーパーマーケットで特売品の冷えた雪花ビール330ml(2元/約40円)を購入。

山西省名物・刀削麺

刀削麺夕飯はイスラム食堂で刀削麺(9元/約180円)を食べる。山西省といえば刀削麺なので山西省の端っこでも本場の味だろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20.6元
宿泊費 215元 1泊35元(会員料金)×7
合計 235.6元

土日は人気観光地を避ける

06:00頃に起床して解州関帝廟や常平関帝家廟へ行く準備をする。ctripで入場券を購入しておこうとしたが今日は土曜日ではないか!田舎とはいえ夏休み中の土曜日では解州関帝廟とか混雑しそうな予感がする。金払って人民の海に飛び込むのは嫌なので、予定変更で人気の無さそうな所へ行くことにする。

07:50頃、地鉱大楼のバス停から9路のバスに乗車。運賃は1元、08:15頃、終点の鼓楼小区で下車。池神廟へ向かうが一つ手前の運城二中のバス停の方が近かった。運城二中と市急救中心のバス停の間で21路のバスが停車しているのを見つける。21路のバスで常平関帝廟へ行けるので場所を覚えておく。

池神廟

08:30頃、池神廟に到着するが開門は09:00なのでしばらく待機。池神廟周辺は観光開発の真っ只中で楼閣やら牌坊やらが建設中だ。

池神廟09:00過ぎに池神廟を見物する。入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

池神廟池神廟は中国有数の塩湖である解池の北側にあり解池の守り神として唐の大歴12年(777)に創建され修復を重ね、現在残っている三大殿は明の嘉靖年間に建立されたものであり、その他の建物は清代に建立された物になる。

池神廟廟自体は解池を見下ろすように建立されており、その規模から守り神としての風格が感じられるが、かなり寂れており参拝客は見あたらず。現在は廟というより解池や塩を中心とした運城の歴史を紹介する博物館として運営されている。

池神廟廟の近くでは楼閣の建設が行われており観光開発の真っ最中だ。唐や明の頃は広大な解池は城壁で囲まれ各王朝の重要な収入源となっており、城壁の一部を再現ということだろうか?

そして、この解池だが三国志の関羽ともいささか関係がある。伝説によると宋の大中祥符年間、解池に蚩尤が現れ災いをもたらすが、道士の張天師が伏魔大帝関羽を召喚し蚩尤を退治する。

しかし、よく晴れており暑い。でも、東京や大阪と違い乾燥した暑さだ。塩田には最適の気候なのだろうが、こちらは暑さにやられる。暑さを避けて北方を移動していたので、この本格的な暑さには体力の消耗が著しい。今日はこれ以上の行動は無理そうなので、10:00頃、池神廟を離れ9路のバスで地鉱大楼のバス停へ戻る。運賃は1元、10:30頃、ユースホステルに戻り寝込む。

蘑菇炒牛肉蓋飯

蘑菇炒牛肉蓋飯16:30頃、イスラム食堂で夕飯に蘑菇炒牛肉蓋飯(11元/約220円)を食べる。ご飯の上にキノコと牛肉の炒めものが乗っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 2元 路線バス
合計 18元

三皇五帝の舜帝陵へ

07:40頃、地鉱大楼のバス停から9路のバスに乗車する。運賃は1元、運城二中で下車して、08:00頃、地神廟近くの停車場から3B路のバスに乗車。バス車内では運ちゃんたちが雑談中。日本なら休憩所で雑談だろうが、中国はどこで雑談しようがお構いなし。終点の舜帝陵まで運賃は1元だ。

09:05頃、舜帝陵に到着するが目の前で徳孝古鎮とかいう古鎮が建設中。そして、テナント募集中であった。これって古鎮とは呼べないのでは・・・。

塩湖区博物館

塩湖区博物館バス停から入口まで神道が整備されそこそこの距離があり、途中の塩湖区博物館に寄って見物する。博物館は無料で見学者そこそこいる。

塩湖区博物館展示内容は舜と塩湖の解池が中心という感じだ。屋外展示に周辺で出土した石像、石碑や墓誌がある。

舜帝陵

09:50頃、舜帝陵入口に到着。入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

舜帝陵舜帝陵は伝説上の三皇五帝の一人である舜の陵墓であり夏の禹により創建され、唐の開元26年(738)に廟が建立され、北魏から明、清まで1400年以上の間、歴代帝王から庶民にいたるまで祭祀が行われてきた。

舜帝像入口には舜の石像があるが作りが雑で残念状態だ。もう少しかっこいい石像に仕上げてくれれば・・・。

舜帝陵石像は残念だが山門は清代の様式で立派に作られている。

舜帝陵山門を通ると舜帝陵に到着。三皇五帝だから巨大な陵墓を想像していたのだが予想外に小さい。

舜帝陵陵墓には石碑が2つあり上が明の万歴年間の石碑になり万歴の文字が読みとれる。

舜帝陵下は元代の石碑になるが風化しているせいなのか元号の文字は確認できず・・・。

舜帝陵・関公祠

関公祠陵墓の隣には関公祠がある。舜帝陵にも関帝廟があり伝承によると関羽も舜帝陵を幾度も参拝しており、後世の人たちが関羽を記念して建立されたそうだ。1100年以上の歴史があるらしいが、はっきりした記録が残っているのは清の康熙年間(1717)に修復された記録である。

関公祠殿内にはおなじみの関羽、関平、周倉の像が祀られている。

関公祠しかし、この関公祠は本殿よりも関公祠書廊の壁画が重要である。関羽にまつわる故事が多数ある。

関公祠

関公祠桃園の誓いより前の関羽は何と髭無しの関羽だ。

関公祠他にもおなじみの華雄や顔良を斬る場面。

関公祠さらにはマイナー武将だけど一度聞いたら忘れない名前の卞喜を斬る場面。

関公祠黄忠との一騎打ちもある。舜帝陵の関公祠は重要度高めだ。

舜帝陵11:00頃、舜が祀られている養頤宮(寝宮)の前で、この旅行記を打ち込んでいるが、金持ち中国人の団体客がやってきた。そして、舜像の前でおっちゃんたちが痰を吐いた。
・・・。

このおっちゃんたち中国人ではないな。中国に生息する服を着たおサルさんに違いない!中国人が三皇五帝の前で痰を吐くなんてあり得ない。中華民族の復興には服を着たおサルさんの駆除が最優先だな。

中心汽車站

中心汽車站12:00頃、3B路のバスに乗車する。運賃は1元、12:40頃、中心汽車站で下車する。運城中心站は名前の通り運城に3つあるバスターミナルで中心となるバスターミナルだ。

中心汽車站省内外へのバスや近郊へのバスが発着している。ただし、内部のカオス度が少々高めだ

中心汽車站

太平興国寺塔

13:00頃、12路のバスに乗車する。運賃は1元、魏豹城の前を通り過ぎて、13:40頃、安邑鎮で下車する。バスを下車する前から仏塔が見えていたので予定変更で仏塔目指して歩く。13:50頃、太平興国寺塔に到着する。

太平興国寺塔太平興国寺塔は唐の貞観年間(627-640)に建立された仏塔で明の嘉靖34年(1555)と万暦年間の地震により塔が裂けた状態になった。訪問時は修復工事が行われており一般公開はまだまだ先のようだ。

魏豹城

魏豹城14:30頃、安邑の南にある魏豹城へ行ってみる。魏豹城は楚漢戦争の遺跡になり間接的に項羽と劉邦の舞台になる。この魏豹城での主役は西魏王の魏豹と漢の大将軍である韓信だ。韓信に魏豹城は攻め落とされている。

魏豹城現在は植物園と山西水利職業技術学院があり、まずは植物園の警備のおっちゃんに聞いてみるが魏豹を知らず会話が成立せず。隣の学校の警備のおっちゃんに聞いたら魏豹城を知っており、既に無くなっているとの事。ただし、石碑が残っているとか残っていないとか・・・。この石碑の話ははっきりしなかった。でも、魏豹城はここであっているということであった。

禹都停車場

禹都停車場時刻表魏豹城の西側に近郊へのバスが発着している禹都停車場がありバス情報を確認する。ここは夏県へのバスが出ている。司馬光墓へ行く場合は夏県へのバスに乗車だ。14:40頃、8路のバスに乗車する。運賃は1元。15:00頃、ユースホステルへ戻る。15:30頃、遅めの昼食に韮菜鶏蛋蓋飯(8元/約160円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.9元
バス 5元 路線バス
合計 18.9元

古都・洛陽 天子駕六博物館と隋唐洛陽城遺址

ラマダン中のイスラム食堂

昼間は部屋に籠ってWEBサイトのWordPress化作業をひたすらやる。レスポンシブデザイン対応にするため試行錯誤の連続だ。夕方になり昨日の行きつけのイスラム食堂へ行くとシャッターが閉まっている。土曜は休みか?いや、ラマダン期間中で昼間は休業なのだ。でも、シャッターは完全には閉まっておらず中で仕込みはやっていそうだ。

番茄炒蛋盖飯まあラマダンでは仕方ないので他の店を探したら別のイスラム食堂は営業していたので番茄炒蛋盖飯(7元/約140円)を食べる。

丹尼斯(Dennis)

丹尼斯(Dennis)洛陽にはカルフールなどのスーパーマーケットがあるのだが、河南省では丹尼斯(Dennis)が一番のおすすめだ。丹尼斯(Dennis)は台湾資本のスーパーマーケットで品揃え豊富で値段が安い。

ライチ今日はライチと処分品のパンを購入しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21元
合計 21元

アマゾンからロンプラ届く

今日も引き籠もっています。一昨日の日付が変わる前にアマゾン中国で注文したロンリープラネットが今日到着予定だ。配送状況を確認すると商品は山東省済南から昨晩発送され、すでに洛陽に到着している。アマゾンの配送センターは済南にもあるようだ。

WEBサイトのWordPressへの移行作業をやりながら待っていると、09:00頃に電話が掛かってきた。もう来たのかと思い電話に出ると自動音声が流れてくる。「快递」と「即将」の単語は聞き取れたが他はわからず。だが、もうじき配達に行くから受け取りの準備をしておけよという電話というのは理解できた。いつでも受け取りに出られるようにして部屋で待つ。

12:50頃、再び電話が掛かってきた。配達のおっちゃんが持ってきたから取りに来てという電話であった。外へ出るとおっちゃんがいたので声をかけると名前を確認して荷物を受け取るが伝票にサインとかはなかった。けっこういい加減だ。いや、日本で例えるとメール便扱いかな?

アマゾン中国そして、開封の儀であるがアマゾン中国では書籍の梱包はかなり簡易的になっている。日本だと1冊でも箱で来たりするが、アマゾン中国は書籍4冊でもビニール袋になっている。コスト削減や環境保護の観点からいえば妥当だろう。でも、袋が破れているよ!輸送中の扱いが十分想像できるというか、よく街中で宅配の荷物が放り投げられていたり、地面を転がっていたりするのをよく見かけるし・・・。

ロンリープラネットで、ロンリープラネット山西、東北三省、内蒙古、蒙古の4冊ちゃんと揃っている。誤送で毛沢東語録なんか届いたら気分最・・・。これで東北三省への準備は整った。

青椒土豆絲蓋飯

青椒土豆絲蓋飯17:30頃、行きつけのイスラム食堂へ行く。ラマダン中だから夜にならないと営業しないかなと思っていたが、ちょうど開店したところで青椒土豆絲蓋飯(8元/約160円)を食べる。

特売品ビール

特売品ビールスーパーマーケットの丹尼斯(Dennis)でパンとビールを購入する。ドイツブランドだけど北京で生産された特売品のビール330ml缶(1.4元/約28円)だ。同じ容量の缶のコカ・コーラでさえ2元ぐらいなのだから、これは絶対にビールが買いだ!やっぱり丹尼斯(Dennis)は河南省最強のスーパーマーケットだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.8元
合計 17.8元

天子駕六博物館

朝起きてネットで切符の予約をしておく。ハルビン、撫遠へと一気に中国最東端駅への準備を整える。今日も引き籠もってドミトリー警備員をしていても意味がないので久しぶりに外へ出かけることにする。曇って日差しは弱いが夏の暑さの中、11:30頃、9路のバスに乗車して王城広場で下車する。運賃は1元だ。

天子駕六博物館11:50頃、広場にある天子駕六博物館を見物していく。入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

天子駕六博物館天子駕六博物館は洛陽中心部の周王城広場建設時に発見された周代の車馬陪葬坑であり発掘当時の状態で保存され2003年10月に博物館として開館した。

天子駕六博物館博物館の名前にもあるように目玉は墓に6頭立て馬車があることである。通常はこういった古代墓から兵士の2頭立てや諸侯の4頭立て馬車が発見されることがあるが天子の6頭立て馬車が発掘されるのは考古学上の重大発見である。

天子駕六博物館誰の墓なのかは不明のようだが王の墓であることは間違いなさそうだ。

麻辣豆腐蓋飯

麻辣豆腐蓋飯14:00頃、遅めの昼食に麻辣豆腐蓋飯(7元/約140円)を食べるが唐辛子が多く汗が一気に噴き出る。

サントリーのビール

食料Dennis(丹尼斯)で特売品のペプシコーラ2.5L(5.4元/約108円)、サントリーのビール500ml(2.9元/約58円)、食パン550g(4.9元/約98円)を購入。
ビールが安くてありがたい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20.2元
バス 2元 路線バス
鉄道 251元 硬座 関林→ハルビン
鉄道 124元 硬座 ハルビン→撫遠
合計 397.2元

隋唐洛陽城国家遺址公園

隋唐洛陽城国家遺址公園09:00頃、ユースホステルから西へ10分ほどの隋唐洛陽城国家遺址公園に到着。ここは隋、唐、五代、北宋までの政治、経済、文化の中心地であり、その遺跡の上に唐代の明堂、天堂が復元されている。入場料は120元でボッタクリだ。

隋唐洛陽城国家遺址公園銭がないので外から見るだけであるが、内部では則天武后や宦官、文官たちによる表演が行われている。金持ちは間近で見物であるが、120元を払えない自分や地元民は外から見物である。

洛陽周公廟

洛陽周公廟09:35頃、隋唐洛陽城国家遺址公園の南にある洛陽周公廟を訪れる。

洛陽周公廟周公廟は隋末唐初に建立され、現在残っている建物は明代、清代に建てられたもので全国三大周公廟の一つに数えられており入場料無料である。

洛陽周公廟周公廟は周の武王を補佐した周公旦を祀っている。廟には観光客はほとんどおらず、いるのは地元民ばかりで、完全に地元民の憩いの場になっている。

牛肉烩麺

牛肉烩麺10:30頃、周公廟を離れ老城を歩きユースホステルへ戻る途中でイスラム食堂で牛肉烩麺(7元/約140円)を食べる。17:30頃、夕飯に酸辣白菜蓋飯(7元/約140円)を食べて隋唐洛陽城国家遺址公園へ向かう。

再び隋唐洛陽城国家遺址公園

隋唐洛陽城国家遺址公園18:00頃、隋唐洛陽城国家遺址公園に到着。ちょうど無料開放の時間になり公園内が少し賑わっている。

隋唐洛陽城国家遺址公園昼間は入場料120元のボッタクリだが、18:00-22:00の夜間は建物には入れないが公園が無料開放されていたので見物していく。

隋唐洛陽城国家遺址公園唐代は洛陽の中心地であった場所で天堂と明堂が復元されているが、全て新しく建てられた物ばかりで国家遺址公園といっても、ちょっと微妙だ。ユースホステルへ戻る途中で包子屋に寄って0.5元の包子を10個購入して食べながら老城を歩く。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
合計 19元

阮籍故居

阮籍故居10:00頃、ユースホステルから徒歩5分ほどの所にある阮籍故居へ行ってみる。おそらく洛陽市内唯一の三国志遺跡だ。阮籍は魏に仕え竹林の七賢の一人に数えられ白眼青眼の四字熟語の元になった人物である。阮籍故居は旧市街の老城にあるのだが扉が閉まり閉鎖されていた。修理でしばらく休みらしいが、周辺は再開発で取り壊し中の建物や無人の家屋が多い。

どうも、周辺の雰囲気からして修理でなく建物自体を建て直しても不思議のない雰囲気だ。阮籍故居自体は三国時代の物でなく古くても清代の建物だろうから直接三国志には関係はない。ただこの辺りに阮籍が住んでいたという話なのだろう。

香菇韭菜包と麻婆豆腐包

香菇韭菜包と麻婆豆腐包老城の包子屋で1個0.5元の香菇韭菜包と麻婆豆腐包を朝食兼昼食に5個づつ購入。

麻婆豆腐包麻婆豆腐も包子になっているのは中国らしいし、日本では見たことがないので新鮮だ。

ワンタン

ワンタン夕飯は土豆絲蓋飯(7元/約140円)を食べるが、まだ食べ足りないのでユースホステルの1Fにあるワンタン屋でワンタン(7元/約140円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
合計 19元

シルクロード旅行記2015 西安碑林・世界遺産 小雁塔

西安城壁

西安城壁09:50頃、西安城壁の東門に当たる長楽門にやってきた。今日は長楽門から西安駅のある北側の城壁へ歩いていく。

入場料は55元だが陝西旅游年票を使えば1日1回無料で入場できる。月曜日でも城壁は観光客で人が多い。

西安城壁それと、この時期はツバメが多く飛んでいる。城壁を歩いていくが自転車を借りて回っている欧米人をよく見かける。チャリで城壁を回るのが流行なのか?

西安城壁城壁を歩くが天気が曇っていても結構暑い。

西安駅11:00頃、西安駅前に到着する。

西安駅駅前は公安の警備が厳しい。2000年代前半なんてこんな警備はなく自由だった。昼頃、駅近くの出入口から出て、611路のバスで戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 3元
バス 2元 路線バス
合計 5元

Lenovoのスマホが届く

今日も天気は曇りで雨が降るようなので遠出は出来ない。注文しておいたスマートフォンの配送状況を確認すると一昨日北京から出荷され、すでに西安に荷物が到着して配達に出発しているようだ。これなら今日はスマートフォンが届くのを待つことにしよう。

荷物10:15頃、スマートフォンが鳴っているので出てみると配送業者の兄ちゃんからであった。宿にいるかの確認でこれから向かうという連絡であった。10:50頃、再び電話があり着いたから取りに来てとの連絡で外へ向かうと配送業者の兄ちゃんがおり名前と電話番号を確認、伝票にサインをして荷物を受け取る。一昨日注文したレノボのスマートフォンが届いた。

配達記録注文して3日で北京から西安へ荷物が配達されるというのは予想外に早かった。中国なので遅延や紛失なんて日常茶飯事だと思っていたのだが無事に届いた。配達業者が中国郵政でなく民間業者の順豊速運だったからか?

梱包箱届いたスマートフォンを早速開封してみる。まず袋を開けるとチャイナ・ユニコムの梱包箱が出てくる。梱包はちゃんとしているようだ。

伝票とか梱包箱を開けると製品の箱と伝票だ。

Lenovo A3600-d今回購入したのはLenovo A3600-dでLTE対応の低価格スマートフォンで購入価格は388元だ。

Lenovo A3600-d海外でも販売されているようなのだが、チャイナユニコムのサイトから購入しているので起動すると沃のロゴが出てくる。ソフトはチャイナユニコム専用にカスタマイズされているようだ。そして、選択できる言語は中国簡体字、繁体字、英語の3種類のみで中国国内仕様では英語以外の外国語がなくても当然だな。

SIMスロットはLTEと3GはマイクロSIMでGSMは通常のSIMカードのデュアルSIMだ。で、自分の持っているチャイナユニコムのSIMカードは通常のSIMカードなのでサイズが合わずGSMでしか使えない。まあ、マイクロサイズにカットすればよいのだが、A3600-dはWi-Fi端末として使えれば良いので特に現時点では問題ないと思ったら重大なことに気がついた。

Google Playが入っていない!代わりにLenovoStoreとかが入っている・・・。中国国内向けの端末は中国政府の嫌がらせでGoogle Playが入っていないのだ。中国人には影響ないけど、こちらには大きな影響が・・・。Lenovo糞だよ。まあ、持っているSONYのMT27iもまだまだ使えているし・・・。中国で端末を購入する時は要注意です。国内仕様はGoogle Playが入っていないと思ったほうがいいです。

昼頃になると小雨が降ってきた。遠出は出来ないので徒歩10分位のところにあるウォルマートへ買い物へ出かけ補給物資の調達をする。夜にqunar.comで6月7日の西安→昆明の切符と6月9日の昆明大脚氏国際青年旅舎の予約をしておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 28.3元
宿泊費 30元 昆明大脚氏国際青年旅舎
日用品 24.9元
鉄道 383元 硬臥 西安→昆明
合計 466.2元

西安都城隍廟

09:00頃、ユースホステル近くの西安都城隍廟を訪れる。まだ人の少ない門前町を通ると都城隍廟だ。

西安都城隍廟都城隍廟は明の洪武20年(1387)に建立され、南京、北京と並び当時の三大城隍廟の一つとされ、西北各省の城隍廟を統轄したため都城隍廟と称されるようになった。西安を護る神々は城隍老爺、関聖帝君(関羽)、九天聖母などである。
清の雍正元年(1723)に火災で焼失し、川陝総督の年羹尭が明代の秦王府を解体し資材を都城隍廟の再建に充てた。

西安都城隍廟その後は日中戦争時の1942年に日本軍の爆撃で被災、文化大革命では市場にされる。現在の建物は再建されたもので西安の主要観光地となっている。

西安都城隍廟まだ朝であるが参拝客は既にそこそこいるが、地元民のクソジジイどもが痰を吐いている。どう考えても都城隍廟で痰を吐くとかあり得ないだろ!クソジジイどもにとっては都城隍廟は信仰の対象ではなく痰壺程度の価値しかないようだ。

西安都城隍廟中国五千年の道徳はどこへ行ったのだ?礼儀と道徳の中国が崩壊していく・・・。朝から雰囲気台無しだ。

張学良公館

張学良公館09:40頃、都城隍廟を離れ、10:10頃、張学良公館に到着。張学良公館は西安事変の際に張学良、楊虎城、周恩来、宋慶齢、宋子文らが第二次国共合作を協議した場所である。

張学良公館11:00頃、雨が降ってきたので張学良公館を離れる。

城管ユースホステルへ戻る途中、回民街の一角で城管と公安が歩道を占拠していたイスラム食堂を撤去していた。中国では道路使用許可が下りるか知らないが、法律が機能していないので、やった者勝ちで不法占拠とかが横行しているが、城管も容赦なく取り締まるので庶民から相当恨みを買っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7元
バス 2元 路線バス
合計 9元

スマホがLTEで使えるようになる

朝から雨が降っている。今日も天気が悪いのだろうか?とりあえず、今日は博物館とかの屋内で見物の出来るところへ行くしかないかな?10:00頃、雨が止んだので出かける。軍資金が少なくなってきたので中国工商銀行のATMで現金を引き出しておく。

SIMカード11:00頃、チャイナユニコムの営業庁にやってきた。先日購入したレノボのA3600-Dを使用するのでSIMカードを標準からマイクロに交換してもらう。受付のおばちゃんにSIMカード交換を伝えて整理券をもらう。12人待ちなので1時間で順番がくるだろうか?とりあえず、展示されているスマートフォンを見ながら待っていると、予想より早く30分ほどで順番が回ってきた。整理券を発行してそのままどこかへ行ってしまった客が数人いたので早かったようだ。

LTEで、窓口のお姉ちゃんに標準サイズからマイクロにSIMカードを変更してもらうようにお願いすると、「先にSIMカッターを試す」ということで例の爪切りみたいなSIMカッターでSIMカードを切り抜く。レノボのA3600-Dに挿して動作確認をすると無事に動作してLTEの表示が出た。3分ほどで作業が終わり無料であった。本来はSIMカードの交換手続きをしないといけないのだろうが、手間やお金もかかるので、最初に保証外だが手間のかからないSIMカッターを試して、失敗したら本来の手続きなのだろう。SIMカードのサイズ変更の客なんかはSIMカッターで処理して新規の顧客に時間を割いた方が儲かるだろうし・・・。

シルクロード遺跡 世界遺産 小雁塔

世界遺産 小雁塔12:10頃、小雁塔に到着する。小雁塔は西安博物院の敷地内にあるので入場料無料だ。ただし、小雁塔に登る場合は別途30元必要だ。まずは入口でパスポートを提示して入場券をもらい中へ。

世界遺産 小雁塔小雁塔は707年に唐代の長安城内の荐福寺の仏塔として建立された。荐福寺は経典翻訳で有名で「長安三大訳場」の一つとして知られていた。2014年にシルクロードの一部分として世界遺産に登録された。観光客は小雁塔周辺に多く西安博物院には少ないといった感じだ。

西安博物院西安博物院は西安市の博物館で陝西省の陝西歴史博物館と比べると観光客は圧倒的に少なく空いているが展示物は青銅器、玉器、仏像があり展示内容はなかなかよい感じだ。14:30頃、小雁塔を出る。

西安碑林

西安碑林14:50頃、西安碑林博物館に到着。入場料は75元だが陝西旅游年票で1回だけ無料で入場券がもらえる。西安碑林博物館は元々は孔子をまつる文廟と碑林であり西安碑林は北宋の元祐2年(1087)に建立された。

西安碑林秦代や漢代から近代までの石碑が約4000点収蔵されており中国を代表する碑林である。

西安碑林この西安碑林の特徴は石碑の拓本が購入できるということだ。碑林内では常時拓本が取られており観光客が土産として購入している。

西安碑林そして、この拓本を取る作業も観光客の見物の対象になっている。

司馬芳残碑西安碑林の中には司馬芳残碑という西晋の頃の石碑がある。司馬芳は司馬懿の父親で、その生涯がこの石碑に刻まれている。

司馬芳残碑の説明かなり間接的ではあるが西安碑林にある三国志関連の石碑である。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.7元
バス 2.5元 路線バス
ATM手数料 12.5元
合計 28.7元

世界遺産 漢長安城未央宮遺址

漢長安城未央宮遺址07:25頃、23路のバスで西バスターミナルの城西客運站へ向かう。
今日は朝から天気が良く晴れているので西バスターミナルの北約2kmの所にある世界遺産の漢長安城未央宮遺址へ向かう。08:00頃、西バスターミナルに到着し北へ向かう。08:30頃、漢長安城未央宮遺址に到着する。

漢長安城未央宮遺址漢未央宮は漢代の長安城があった場所である。現在の西安城壁は明代の長安であり、唐代の長安城は現在の城壁と同じ場所であるが規模は倍以上になる。この漢未央宮が最初のシルクロードの起点と言えるだろう。2014年にはシルクロードの一部として世界遺産に登録されている。

漢長安城未央宮遺址2007年に訪れた際は城壁や宮殿の基礎といった土塁が残っているだけで何もない場所であったが、今回訪れてみると公園へと整備途中であったが、残りは博物館を建設するだけのようで、すでに公園内は地元民の憩いの場となっていた。

漢長安城未央宮遺址どうやら大明宮国家遺址公園のように整備するようだ。そういえば周辺には畑や住宅があったような気がするが・・・。記憶違いか?それとも強制立ち退きか?

半坡博物館

半坡博物館09:45頃、漢長安城未央宮遺址を出て、10:30頃、西バスターミナルにある地下鉄1号線の漢城路から半坡へ移動する。運賃は4元で、11:00頃、駅近くの半坡博物館に到着する。

半坡博物館入場料は65元だが陝西旅游年票を使えば1日1回無料で入場できる。

半坡博物館半坡博物館は1954年に発掘された半坡遺跡を保存しており、半坡遺跡は約6000年前の新石器時代の集落跡である。

八仙宮

八仙宮12:10頃、半坡博物館から八仙宮へ向かう。13:20頃、八仙宮に到着する。

八仙宮入場料は3元でボッタクリの中国では良心的な料金設定だが、入口には乞食のおっちゃんたちが多数営業中だ。だいたい乞食の中には偽物も多いようだが、ここは片足がない障害者の乞食がひとりいるのが確認できた。他は五体満足なので職業乞食なのだろう。

八仙宮八仙宮は八仙庵とも呼ばれ、宋代に建立された道教の全真派の道観である。清の光緒26年(1900)に義和団事件で北京を逃れた西太后と光緒帝が西安へ逃れた際に八仙庵に滞在し、「玉清至道」の額を下賜し「勅建万寿八仙宮」に封じられる。これにより八仙宮と呼ばれるようになる。

八仙宮境内は参拝客はいるが人は少なく静かだ。比較的規模の大きい道教寺院なので道士が多い。観光地開発され建物は新しいが観光客は少なく穴場の観光地とも言えるだろう。

拉条干拌麺14:30頃、昼食に拉条干拌麺(9元/約180円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 2.5元 路線バス
合計 12.5元

曲江寒窯遺址公園

曲江寒窯遺址公園ウォルマート前から23路のバスに乗車して大雁塔で22路乗り換えて寒窯路西口で下車する。今日はまず曲江寒窯遺址公園を訪れる。08:45頃、曲江寒窯遺址公園に到着するが、09:00開園なので少し待つことになる。すでに観光客が数人待機しており多少は需要のある観光地のようだ。

09:00になり開園と同時に入場する。入場料は50元であるが陝西旅游年票を使い無料で見物する。曲江寒窯遺址公園は大雁塔の南東の曲江池の東端に位置しておりテーマパークの大唐芙蓉園や二世皇帝陵の近くにある。寒窯遺址は伝説によれば戯曲「五典坡」で王宝釧と夫の薜平貴が暮らしていた場所である。住居跡は西北地域でよく見られるヤオトンだ。

曲江寒窯遺址公園戯曲「五典坡」は簡単に説明すると唐末期に丞相・王允の三女・王宝釧が繍球招親により婿取りを行うが、婿に当たったのが長安城南東の五典坡に住む乞食の薜平貴であった。王宝釧は両親の反対する中、家を出て薜平貴へ嫁ぐ。

曲江池周辺で妖馬が出現し村人が襲われる事件が発生し村人たちは妖馬を恐れて農作業に出なくなる。唐王は妖馬討伐の英雄を募り武芸に秀でた薜平貴が妖馬を討伐し、唐王は大いに喜び薜平貴を後軍督府の職に封じる。

しかし、辺境での戦いが勃発し薜平貴は西涼へと赴く。王宝釧は一人で薜平貴の帰りを待ち18年後に薜平貴が凱旋し2人は幸せに暮らした。

曲江寒窯遺址公園公園として立派に整備され周辺には高級マンションが建ち並ぶが、2007年に二世皇帝陵を訪れた際は、この周辺は畑で何もない田舎であったが日本のバブルを上回る速度で開発が進んでおり、この変貌ぶりには驚くばかりだ。

二世皇帝陵

二世皇帝陵10:30頃、曲江寒窯遺址公園から約1kmの場所にある二世皇帝陵を訪れる。
秦の始皇帝の息子である胡亥の墓だ。

二世皇帝陵ここは去年訪れているので陵墓だけ見物しておく。

西安城壁

西安城壁10:50頃、曲江管委会のバス停から22路のバスで東門へ向かう。11:30頃、東門に到着。西安城壁は入場料55元だが陝西旅游年票を使い無料で入場。天気は晴れで暑いが城壁を歩いて西安駅へ向かう。

西安駅前12:30頃、西安駅までやってきたが、いつもなら三輪車とかのボリタクが屯していて酷い渋滞が発生しているのだが何故か駅前にはボリタクはおらず渋滞も発生していない。公安だか城管だかの浄化作戦でも行われたのか?

12:45頃、西安駅の切符売場で明日の昆明行きの切符を受け取るが農民工のおっちゃんに割り込みされる。後ろに並ぶように言ってみるがおサルさんが服を着ているだけなので無意味であった。唐代の長安でも割り込みは日常茶飯事だったのだろうか?

武警切符を受け取り切符売場を出るが駅前の城壁の下では自動小銃だかショットガンを持った武警が警備している。2007年にはこのような警備はなかったのだが・・・。日本ではありえない厳重な警備をしないといけないほど西安の治安は悪化しているのか?

ビャンビャン麺

biangbiang麺13:00頃、西安駅近くのビャンビャン麺の店でビャンビャン麺(9元/約180円)を食べる。13:45頃、地下鉄の五路口駅近くの公交ICカード販売所で公交ICカードを100元チャージしておく。14:30頃、西門近くのウォルマートで昆明までの食料を購入しておく。これで移動の準備は万端だ。

ウォルマートを出てユースホステルへ戻ろうとするが、出口で口笛を吹く音が聞こえてきた。中国で口笛の音を聞くと高確率でガキの小便なのだが、予想通りウォルマートの出入口でババアがガキを抱えて小便をさせていた。さすが中国、世界最強で格が違う。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 44.1元
バス 4元 路線バス
合計 48.1元

四川省旅行記2015春2 昭化古城・三国志遺跡巡り

広元・昭化古城

広元→昭化

07:30頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。バスターミナルまで25分ほど歩くのだが途中の横断歩道で姉ちゃんが痰を吐いていた。広元は朝からハイレベルだ。

07:55頃、南河汽車站に到着するが窓口には誰もいない。別の場所に臨時のチケット売場が設置されている。機材の更新だろうか?臨時の窓口で昭化行きのチケットを購入するために並ぶが、朝からおサルさんたちが割り込みをして鬱陶しい。

昭化行きのチケットは乗車時購入ということだったので、そのままバスに乗車する。昭化までの運賃は9元だ。08:15頃、昭化行きのバスが発車する。

昭化古城

09:00頃、昭化古城に到着する。

昨日ctripで予約しておいたので、游客中心の入場券売場でのショートメッセージの画面を見せて入場券を購入する。

通常の入場料は58元だがネット割引で39元になる。額面は58元だが入場券には「旅行者专用票」のスタンプが押されている。入場券の裏面を見ると有効期間は2日間となっている。

昭化古城自体は入場券を買わなくても見物できるのだが、三国志遺跡の敬侯祠(費褘墓)のためだけに入場券を購入した。

まずは古城内を散策してみるが第一印象は観光開発された古鎮である。

城門の瞻鳳門をくぐり古城内を歩いて行く。

09:45頃、城隍廟に到着する。

古鎮には必ずと言っていいほど城隍廟があるが、昭化古城の城隍廟は文化大革命で破壊されており、現在の城隍廟は2008年に再建されたものだ。

新しい城隍廟なので綺麗に整備されている。

そして、奥の本殿には管理人がおり、「可以拝托」とか言っている。だいたいここで拝むと御布施を要求されるのが定番なので無視しておく。

10:10頃、城隍廟を出て古鎮を歩くが土曜日なので観光客が多くなってきた。

敬侯祠(費褘墓)

10:20頃、昭化古城の西にある敬侯祠(費褘墓)に到着する。入口にいるお兄ちゃん暇そうでスマホをいじっていたが、自分が入口で写真を撮り始めたら起立してちゃんと仕事を始めた。一応はサービス業なんだし、暇でも表ではちゃんとしていてほしいな・・・。

費褘は諸葛孔明亡き後の蜀を支えた重臣だ。

費褘墓の創建時期は不明だが明代に最大規模を誇っていたことは分かっているが文化大革命で破壊され現在の墓は2008年に新しく再建されたものだ。

新しく再建されたものとはいえ昭化の重要な三国志遺跡だ。

かろうじて墓碑が清の光緒33年の物で、これが現在の費褘墓で最も古いものだろう。

臨清門と戦勝壩

11:00頃、敬侯祠(費褘墓)を離れ、すぐ近くの昭化古城の臨清門にやってきた。

臨清門は明代の完成した城門で現在でも残っている。明代の城門といっても綺麗に修復され古さは感じられない。この臨清門の前の広場が戦勝壩と呼ばれ張飛と馬超が一騎打ちをした場所である。

この戦勝壩の脇にある観光施設で「張飛戦馬超」や「三英戦呂布」というアトラクションをやっており入場料は38元だ。

で、こんなのが見られるらしい。

漢城博物館

11:40頃、漢城博物館を訪れる。

清の乾隆年間に建てられた龍門書院の場所に建てられた博物館で後漢の古代墓から玉や陶器が展示されている。パスポート必須であるが無料で見物できる。古代墓は一見の価値ありだ。

三国時代の剣も展示されており三国志関連で見学するのもよい。

漢城墙遺址

12:15頃、漢城博物館を出る。12:20頃、昭化古城の南城壁の漢城墙遺址に到着。

ここには古い城壁がそのまま残されており昭化古城で数少ない歴史を感じさせる場所だ。

剣刀壩君臣園

城壁から古城を歩き、12:40頃、剣刀壩君臣園に到着。

入場券を買っているのでとりあえず中へ入ると、何と三国志テーマパークであった。竹林の中に劉備や昭化に関わる蜀の重臣たちの像がある。しかも、像の出来がなかなかよい。ここは全く期待していなかっただけに予想外の収穫であった。

黄忠

龐統

姜維

費褘

関索

鮑三娘

霍峻

魏延

張飛

馬超

劉備と的盧

昭化県署

13:00頃、剣刀壩君臣園を出て、古城内を歩く。13:10頃、昭化県署に到着する。昭化の行政府であり、唐代に昭化県署が置かれ戦乱で幾たびも破壊されたが、明の洪武8年と清の道光3年に再建されているが文化大革命で破壊される。

現在の昭化県署は2008年に再建されたものである。新しく建てられた県署なので博物館として見学するにはよいだろう。ただし、他の古鎮にある県署と構造はほぼ同じといった感じだ。15:50頃、昭化県署を出る。

科挙の試験場・考棚

15:55頃、文廟と考棚に到着。まずは考棚から見物する。

考棚は科挙の試験場で案内の看板によれば清の同治年間に建てられたが長年放置され大部分が破損して2008年に修復されたそうだが門にはスローガンが描かれ残っているので、本当は文化大革命で破壊されたのではと疑ってしまう。

文廟

14:20頃、続いて文廟を見物する。

孔子を祭っているが、本殿の大成殿以外は2008年に建てられたものだ。

戦火で古い建物はなくなってしまったようだが、文化大革命で一番破壊されたのではと疑ってしまう。

清の嘉慶22年に建てられた大成殿が唯一古い建物である。

城壁に登るが特に見るべき物は・・・。まあ、漢の旗と城壁から見下ろす戦勝壩ぐらいだろうか?

城壁ではカップルがいちゃついている真っ最中だ。張飛と馬超は夜通し一騎打ちしていたというのに・・・。

15:30頃、広元行きのバスに乗車する。運賃は9元だ。15:45頃、バスが発車する。16:20頃、渋滞にはまるが、1台のフォルクスワーゲンのMAGOTANが反対車線を突進して路線バスの行く手を阻んでいる。そして、交警がやってきてとっちめられている。同乗者が車から降りて飛行機に遅れるようなことを喚いている。こちらのバスの中にまで叫び声が聞こえている。しかし、交警に命令されて車はバックしていく。空港へは時間に余裕を持って行かないとな・・・。

16:30頃、バスが動き出しゆっくりと進む。そして、前方には公安の車両が停車しており、ほどなくしてレッカー車が見えてきた。交通事故が渋滞の原因であった。17:00頃、広元の南河汽車站に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.5元
バス 18元 広元↔昭化
昭化古城 39元
合計 9元

広元観光最終日

鮑三娘墓を探すが・・・

07:00頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。昨夜は雨が降っていたが今日は朝から晴れている。07:30頃、昭化行きのバスに乗車して客が集まるのを待つが、昨日は乗車後に運賃を払っていたのだが、今日は窓口でチケット購入となっていた。一体どうなっているんだ?まあ、とにかく窓口へ行ってチケットを購入、昭化までの運賃は9元だ。

今日は昨日忘れた昭化古城の西にある鮑三娘墓へ行く。その後は広元へ戻り皇澤寺、千仏崖を見物する。08:08頃、満席になりバスが発車する。08:50頃、昭化古城に到着する。

昭化古城を通り抜け臨清門から西へと歩いていくが道を間違えて嘉陵江沿いの道を進んでしまうが、なぜか道路左脇(嘉陵江側)に戦勝壩の石碑がある。臨清門の前が戦勝壩のはずだが、ここは門からかなり離れている。石碑自体は新しく価値はないが、一体どういうことだ?

道を間違えたので引き返して牛頭山方面への山道を進む。グーグルマップによればこの先の蜀道涼亭農家楽の近くに鮑三娘墓がある。

そして、蜀道涼亭農家楽近くに到着するが、ここは涼亭子と呼ばれる場所で昔から東屋があったようで周辺には清の光緒22年に建立された石碑があるが鮑三娘墓は見あたらない。地元のおっちゃんに聞いてみると山の上でなく山の下にあるようなのだが見つからない。

グーグルマップで示された場所に到着してもただの斜面で何もなかった。今回は鮑三娘墓はあきらめて昭化古城へ戻る。11:35頃、広元行きのバスに乗車する。運賃は9元だ。

皇澤寺

12:30頃、バスターミナルの南河汽車站に到着し、20路のバスに乗り換えて皇澤寺へ向かう。12:50頃、皇澤寺に到着する。

入場料は50元だが、昨日ctripで予約購入しているので割引料金で40元だ。入場券売場でスマートフォンに届いているショートメッセージをお姉ちゃんに見せたら入口で処理ということで入口の保安に聞いたら端末叩いて処理してくれて、そのまま入場となった。入場券とかは特に発券されなかった。皇澤寺は中国で唯一の女帝である則天武后を祀られている寺である。

広元は則天武后の故郷であり皇澤寺には則天武后にまつわるものが多く残っている。

皇澤寺の寺自体の歴史は北魏に始まり、元の名称は烏奴寺である。則天武后の即位後に皇澤寺と改名される。北魏から明清までの彫られった石窟の皇澤寺摩崖造像が残っており、特に唐代に彫られた大仏窟が有名である。

皇澤寺の建物自体は新しく古い建物は残っていないが石窟が残っている。

石窟に残る仏像が古代中国の優れた技術を物語っている。

皇澤寺は寺であるが僧侶はおらず博物館として運営されている。

千仏崖と剣門蜀道遺址(金牛道)

14:20頃、皇澤寺を出て20路のバスに乗車する。運賃は2元だ。14:30頃、バスが発車して建設路で女皇温泉行きの5路のバスに乗り換え千仏崖へ向かう。運賃は2元だ。

14:55頃、千仏崖で下車する。観光地として綺麗に整備されており土産物屋や茶楼もある。入場券売り場へ行き、昨日ctripで入場券は予約購入してあるのでスマートフォンに届いているショートメッセージを窓口のお姉ちゃんに見せて入場券を受け取る。入場券といっても感熱紙に印刷されたレシートだが・・・。レシートは入口で回収されて、そのまま見物となった。


ちなみに入場料は50元でネットでの購入は30元である。入口を抜けると北魏後期に創建された大雲寺がある。現在の本殿は清の乾隆19年(1754)に建て直されたものになる。

三国志遺跡・剣門蜀道遺址(金牛道)

千仏崖は名前の通り嘉陵江沿いの崖に掘られた多くの石窟が残っている。元々は蜀から漢中へ抜ける剣門蜀道の金牛道が通っていたが、1935年に国民政府が川陝公路を建設する際に崖を切り開き金牛道や千仏崖を破壊してしまったために、現在ではわずかに金牛道遺址が残るのみである。

わずかに残っているとはいえ、ここも立派な三国志遺跡である。この金牛道を蜀軍が北伐のために通っているのだ。

嘉陵江沿いの崖に北魏から清まで1192の石窟があり、最も盛んに彫られたのが唐代である。

破壊されてしまった物もあれば保存状態が良好な石窟もある。

嘉陵江沿いに石窟があり、石窟の下を金牛道が通っていた。

金牛道はほとんど残っていないが石窟はある程度残っており修復作業も行われている。

そして、これはお年寄りが柵を越えて記念撮影しているところ。

もちろん柵を越えての撮影は禁止になっている。

年寄りには立入禁止とかは関係ないようだ。

柵で入れないようになっているのだが年寄りには関係無いようだ。金牛道も歩いており羨ましい!自分は木道の上から金牛道を見るだけです。

16:50頃、千仏崖を出て5路のバスで広元市内へ戻る。夕飯は素ラーメン(5元/約100円)と牛肉炒飯(8元/約160円)だ。

19:30頃、宿をチェックアウトする。20:00頃、広元駅でインターネットで予約購入しておいた西安行きの切符を受け取り待合室へ移動する。待合室の手前ではいつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査がある。切符と身分証の確認では駅員は外国人には関わりたくないようでパスポートの中身は確認しなかった。

夜行列車で広元→西安

今回乗車する列車は成都→鄭州のK870次で西安へ移動する。21:14発なので、21:00頃には改札が始まるだろう。今回は硬臥で楽をしたりせず硬座で移動する。広元→西安の運賃は75元だ。

待合室で1時間ほど待機になるが、椅子を3つ占領して寝ているおっちゃんとかがおりカオス度が高い。13億人でサバイバル真っ最中のようだ。

20:25頃、予想より早く改札が始まるが広元駅の駅員はやる気があるようで、乗客たちを一列に並ばせている。いつもならカオス状態で乗車バトルが始まるのだが、広元駅には秩序という言葉が存在していた。でも、乗客の中には床に痰を吐いているおサルさんが紛れ込んでいる。

20:34頃、K870次が入線してきた。

20:40頃、ホームへ移動するが、ここでも秩序が存在しており、最初に2号車の乗客から並んで移動する。自分も2号車なので移動する。ホームへ移動して乗車口でも一列に並んで乗車となった。

20:45頃、乗車する。今まで何度も中国の鉄道に乗車したが初めて秩序のある乗車に遭遇した。今年最大の奇跡だ。調教師・・・。いや、駅員たちのやる気があれば文明乗車は中国でも可能なようだ。

でも、車内は無座切符の乗客で溢れカオス度が高い。8時間ぐらいで西安到着だから硬座で楽勝だと思っていたが、この状況からして寝台の硬臥にしておけばよかった。民工列車はレベル高すぎだ。

21:14に定刻通り列車が発車して、広元から西安までは523km、11時間51分の旅の始まりである。車内はエアコンの利きが悪いのか、おっちゃんたちの熱気が凄いのかで暑い。車内はTシャツでも汗が吹き出るほどだ。西安まで無事に到着できるだろうか?

暑さで眠れず体力の消耗が激しい。乗客の中には窓を開けようとするが鍵が掛かっているので開けられず。乗務員はやる気がなく窓を開けたりエアコンの温度調整をしたりといったことをしない。なので、車内に裸族が出現し始める。ただの民工列車だと思っていたがサバイバル仕様の民工列車であった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
バス 18元 広元↔昭化
バス 8元 路線バス
鉄道 115元 西安→西寧
合計 154元

四川省旅行記2015春 三国志遺跡 剣門関・翠雲廊

四川省へ入る

成都到着

05:00頃、起床する。朝のトイレ争奪戦に巻き込まれる前にトイレでウンコしていたら地球の歩き方を便器に落としてしまった。中国の鉄道では便器にスマートフォンとかを落としたら最後、基本的にそのまま線路に落ちて戻ってくることはない。戻ってきても便器に落ちたスマートフォンとかはもう使えないけど・・・。地球の迷い方とか散々文句を言っていたが、何だかんだ言って利用していたので無くなると痛い。

でも、4年前に買った11-12版の古い奴だし、14-15年版をPDFにして持っているので、まあ何とかなるだろう。それにロンリープラネットの中国語版や走遍中国とか現地のガイドブックも読んでおけばいいし・・・。

05:50頃、成都へ近づいてきたので乗務員による換票証と切符の交換が始まった。成都が終点なので全員が切符と交換する。途中駅だと下車する乗客だけ切符と交換するので寝ていても叩き起こされて寝過ごすことがない寝台車特有の便利なシステムだ。

06:54頃、成都駅に到着する。

07:10頃、駅前広場東側にある切符売場にやってきた。ここでインターネットで予約購入しておいた明日の広元行きの切符を受け取るが、いつも通り窓口に並んで切符を受け取るのではつまらない。

そこで、窓口に制服を着ていない実習生がいたので、実習生の窓口に並ぶ。さて、実習生はパスポートを出されて無事に発券できるだろうか?その前に自分の前のおっちゃんが今日のD2256次、成都東09:24発→合肥南21:15着の無座切符を449.5元払って購入していた。バカ高い高速鉄道なのに11時間51分かけて無座で移動するとはなかなか気合いが入っている。

自分の番がやってきて、パスポートと予約番号の書いたメモ紙を窓口の実習生に出す。ちゃんと端末叩いてパスポート番号入力して発券してくれた。実習生でも一通り端末の操作方法は習得しているようだ。

明日の切符を入手したので、あとはBooking.comで予約しておいたユースホステルへ向かうだけだ。切符売場の裏にある駅東のバス発着場から11路のバスに乗車する。運賃は2元だ。

青羊小区で下車して5分ほど歩いて成都鉄器社国際青年旅舎(Chengdu Blacksmith International Youth Hostel)に到着する。

部屋は11人ドミトリーで1泊30元(会員料金)だ。11人ドミトリーでも比較的部屋は広く、おそらく14人ぐらいは収容可能だろう。周辺はコンビニから食堂まで一通り揃ってるので長期滞在も可能だ。

四川料理の鋪盖麺

朝食兼昼食に雑醤鋪盖麺(杂酱铺盖面)を食べる。値段は大盛り(10元/約200円)だ。鋪盖麺は麺料理の一種で四川料理の一つになる。

街中では重慶鋪盖麺(重庆铺盖面)の看板をよく見かけるので重慶が本場のようだ。鋪盖麺は細長い麺ではなく四角に引き伸ばした麺が特徴である。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
宿泊費 30元 会員料金
バス 2元 路線バス
合計 52元

鉄道で成都→広元

成都駅へ

06:00頃、起床して出発準備を整え始める。
外はまだ夜が明けておらず真っ暗だが地元民の声が聞こえるのですでに営業している店もあるのだろう。08:30頃、ユースホステルをチェックアウトして青羊小区のバス停から11路のバスで成都駅へ向かう。

09:20頃、成都駅に到着するが駅近くの歩道橋では乞食がすでに営業活動中だ。社会主義国には本来は存在しないはずの乞食だが何故か中国にはいる。しかも、職業乞食はかなり儲かるらしい。この乞食も職業乞食なのだろうか?乞食のことはこのくらいにして駅前広場へ移動する。

途中で信号機付きの横断歩道があったのだが誰も信号を守っていない。まあ、交通ルールを守らないのは中国では当たり前の光景で特に驚くほどのことではなく日常の光景だ。しかし、この横断歩道には警杖をもった警官が警備している。しかも、他にも横断歩道から5m以内の場所には電動カートに乗った警官が4人井戸端会議中だ。

警官は赤信号無視を放置している。警官が誘導しているのなら分かるが放置しているというのは・・・。ここまであからさまに警察が機能していないというのは中国は大丈夫なのか?09:25頃、駅前広場に到着するがカオス度が高い・・・。

いつもの切符と身分証の照合、手荷物のX線検査を済まして待合室へ入る。すでに改札が始まる直前で改札口には行列ができている。

今日は駅へ到着するのが遅かったので先頭は確保できなかった。これから乗車バトルに突入することになる。

今日乗車する列車は10:19発、成都→福州のK390次で途中の広元まで319kmを乗車する。席はもちろん硬座だ。運賃は46.5元だ。

09:35頃、改札が始まり乗車バトルの開始となる。割り込まれないようにバックパックを左右に振りながら後方の乗客を近づけないようにして歩く。

改札口を通過したら素早く移動して列車の乗車する。幸いまだ乗客は少なく荷物の置き場所は余裕で確保できた。発車まで時間があるので機関車の撮影へ向かう。

客車を牽引するのは和階型電気機関車のHXD3Cだ。

10:19に定刻通り列車が発車する。広元には15:17到着予定で4時間58分の旅になる。まあ、実際は遅れそうだけど・・・。車内は珍しく若干空席があり荷物棚も半分くらい空いている。

11:50頃、綿陽に到着する。ここで乗客の半分ほどが降りて入れ替わる。乗車している車両は短距離客に切符が割り当てられている様子だ。広元に近づくにつれ山が多くなり山岳区間に入る。そして、線路沿いに菜の花畑が多く見られるようになってくる。3月下旬になると四川省は菜の花が見頃のようだ。

広元到着

15:11、定刻より6分早く広元に到着する。遅れると思っていたが早く到着した。広元で乗客の半分以上が下車していき自分も下車をする。

そして、ホームへ降りると目の前に今年最大の奇跡の光景が広がっていた。何と中国で一列に整列して乗車しているのだ!ここは中国なのに整列して乗車している。まさに奇跡の光景だ!

駅を出てから、まずはバス停を確認する。広元駅は「上西火车站」と呼ばれているようだ。重要な路線は剣門関行きのバスが出ている南河汽車站へ行く6路と28路、そして、光澤寺へ行く20路のバスだ。広元で滞在するユースホステルは19路のバスで市中医院下車になるが、バス停2つなので歩いて行くことにする。

広元のユースホステル

15:30頃、橋を渡り建設路を鳳凰山公園の方へ歩いて行く。広元市公安局の前を過ぎて広元市中医院の前の交差点を左へ進む。15:50頃、右手に広元苴国青年客桟(广元苴国青年客栈)が見えてきた。今回はeLongで4泊予約しており何とか無事に寝床を確保する。

部屋は6人ドミトリーで1泊30元だ。一応はユースホステルということなのだが、共同のトイレ・シャワーが招待所レベルであった。部屋の方はちゃんとしているのに勿体無い。

16:20頃、広元駅の隣にある長距離バスターミナルの広元市長途汽車站を訪れる。

ここでバスの情報を確認するが運賃表はあったが時刻表はなかった。

16:40頃、駅前から6路のバスに乗車して南河汽車站へ向かう。運賃は2元だ。16:55頃、南河汽車站に到着。

南河汽車站の正式名称は「広元市汽車站」で「広元市旅游集散中心」にもなっており、剣門関や昭化古城へのバスが出ている。そして、成都行きのバスも南河汽車站から発着している。バスターミナルの北には川が流れており南河汽車站と呼ばれている。

17:30頃、北門汽車站を訪れる。

北門汽車站からは明月峡へのバスが出ている。

夕飯はイスラム食堂で牛肉炒飯(8元/約160円)を食べるが物足りない。

さらに別の店で牛肉刀削麺(6元/約120円)を食べるが、斜め前の席のおっちゃんがラーメン食べながら床に痰を吐いている。広元は日本と違い独特の生活習慣があるようだ。

夜になりctripで翠雲廊の入場券を予約購入する。ネットで購入することで50元の入場券が10元割引の40元で購入できた。22:00を過ぎて、ぼちぼち寝ようかと思っていたら同じドミトリーの中国人がタバコを吸い出した。禁煙ではないのでタバコを吸うのは問題ないのだが灰皿があるのに何故か灰をゴミ箱に捨てている。

そして、吸い殻もゴミ箱に捨てた。どうやら、おサルさんと同じ部屋になってしまったようだ。タバコの不始末でおサルさんが焼死するのは構わないのだが巻き込まれるのは困る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19元
宿泊費 120元 1泊30元×4
バス 2元
翠雲廊 40元 ネット購入
合計 181元

三国志遺跡巡り

広元→剣門関→翠雲廊

07:30頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。天気は曇りで雨が降りそうな雰囲気だ。

今日は剣門関近くの翠雲廊へ向かう。

08:00頃、南河汽車站に到着し剣門関行きのチケットを購入する。運賃は20.5元だ。バスは09:00発なので、まだ時間がある。他のバスの情報を確認すると南河汽車站は成都や楽山など南へのバスがあり、他にも重慶、上海などへの長距離バスもある。驚くのはウルムチ(乌鲁木齐)行きのバスが運行されていたことだ。広元からウルムチまで2000km以上は離れているだろう。はなりハードな移動になるのは確実だが一体どれくらい需要があるのだ?

剣門関行きバスは閑散期なのか元々利用客が少ないのかバスは1時間に1本の割合で運行されている。待合室で待機している中国独自開発の股割れズボンを履いたガキが目の前で小便をしている。広元はなかなかハイレベルな所だ。

08:40頃、バス乗り場へ行ってみるとすでにバスが停車しており乗客で埋まっている。乗車して発車を待っていると客が集まったようで、09:00発だったのだが、08:45頃に発車する。

乗車したのは普安行きのバスで途中剣門関を通過する。高速道路を走り剣門関へ向かうが雨が降ってきた。今日の翠雲廊は失敗のようだ。まあ、剣門関周辺の状況を確認して、次の剣門関観光に役立てよう。

09:45頃、游客中心で下車するが、ここは南門の剣門関鎮ではなく北門であった。でも、周辺には土産物屋、レストラン、宿が揃っている。北門の游客中心にも剣門関の入口があるが、今回は剣門関の見物は見送り入場料の確認だけしておく。

剣門関の入場料は115元で滅茶苦茶高い。3月19日までは100元だったが、3月20日から115元に値上げされたばかりだ。天気悪いのに115元を払う勇気はないし、剣門関景区はかなり広く、じっくり全部見物するなら北門の游客中心か南門の剣門関鎮で宿を確保して早朝から見物するのがよいだろう。

金があれば景区内の剑阁仙云客栈に宿泊というのもありだ。なので、今回は周囲の状況確認だけにしておく。游客中心の駐車場からは南門と梁山寺へ行くバスが出ていた。南門まで3元、梁山寺は7元だ。梁山寺も剣門関に3つある入口のひとつになる。

10:00頃、バスに乗車して南門へ向かう。10:10頃、南門のある剣門関鎮に到着するが白タクの客引きが多く酷い。剣門関鎮は古鎮としても売り出し中のようだが、建物のは新しくとても古鎮とは呼べない代物だ。まあ、宿とレストランは一通り揃っている。

剣門関鎮の地図もあったので念のため撮影しておく。

南門の駐車場からは翠雲廊、北門、梁山寺へのバスが運行されている。

しかし、運ちゃんはお昼寝中で実際に運行されているかは・・・。

翠雲廊

剣門関周辺の状況が分かったので、11:10頃、普安行きバスに乗車する。翠雲廊までの運賃は5元だ。11:25頃、翠雲廊の入口で下車する。

入口では張飛の人形が出迎えてくれる。

翠雲楼の地図も撮影しておく。

翠雲廊の入場料は50元だが、昨日ctripであらかじめ購入しておいたのでネット割引で40元だ。中国の観光地は入場券がボッタクリ料金なのだが観光地の公式サイトでネット割引で入場券を販売していたりする。

他にもctripなどの旅行サイトでも各地の観光地の入場券を購入することができる。購入の際には携帯電話のショートメッセージで入場券引き替えの2次元バーコードが送信されるので中国の携帯電話が必要になる。もちろん、ネットバンキング可能な中国の銀行口座やアリペイのアカウントなど支払手段も必要になる。

入場券売場で昨日ctripでチケットを予約購入しておいたので、スマートフォンのショートメッセージを見せて発券するが、入場券の価格が25元と印刷されている。支払ったのは40元なのだが・・・。窓口のお姉ちゃんに聞いてみたら差額の15元はctripの手数料ということであった。

まあ、普通に窓口で購入すると入場券は50元なので、とりあえずは割引料金なのだが入場券は正式な領収書にもなるので差額15元の領収書はどうなるのだ?まあ、損はしていないので、これ以上聞く必要はないので翠雲廊の見物を始める。

まずは漢徳驛にある張飛像。

漢徳驛は劉備が北方の守りのために漢徳県を設置して、この地に漢徳驛が置かれた。

なので、宿場っぽい建物が再現されている。

別の場所にも張飛像がある。

翠雲廊は三国志遺跡のひとつになり、211年に劉備が龐統、黄忠、魏延らを率いて益州を取る際に、この翠雲廊を通り剣門関へ向かっている。

翠雲楼の石碑脇の古木は先主柏と呼ばれている。景区内には張飛柏、隆中対柏、結義柏、阿斗柏、羽扇柏、龐統柏、黄忠柏、魏延柏と名付けられた古木がある。

剣門関へ続く翠雲廊には張飛井と呼ばれる井戸がある。

他にも翠雲廊は唐代には南方のライチを楊貴妃のために長安へ運ぶ輸送路にもなり、安史の乱で玄宗皇帝が楊貴妃と共に翠雲廊を通り落ち延びている。

13:00頃、翠雲廊を出て、13:40頃、広元行きのバスに乗車するが座席はなく定員オーバーである。

14:00頃、北門の游客中心近くでトイレ休憩兼洗車で停車する。高速道路を通り、15:05頃、広元の南河汽車站に到着する。翠雲廊→広元の運賃は20元であった。広元→剣門関は20.5元だったのだが・・・。運賃は運ちゃんの気分次第ということか?

夕飯は雑醤拉麺(6元/約120円)と鶏蛋炒飯(8元/約160円)を食べる。

夜にはctripで昭化古城の入場券を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
バス 20.5元 広元→剣門関
バス 3元 游客中心(北門)→南門
バス 5元 剣門関→翠雲廊
バス 20元 翠雲廊→広元
合計 66.5元

河南省旅行記2014秋2 古都・洛陽とシルクロード遺跡

洛陽易家国際青年旅舍へ戻る

09:20頃、ユースホステルの洛陽中原驛国際青年旅舎をチェックアウトするが、この地区を担当している公安の表示が路地に貼られているが顔写真の部分が穴だらけだ。これは住民から恨みを買っているということなのか?

七里河のバス停から9路のバスに乗車して青年宮で下車する。09:45頃、ユースホステルの洛陽易家国際青年旅舍(洛阳易家国际青年旅舍/ Luoyang Yijia International Youth hostel)に戻ってきた。昨日、YHAchinaのWEBサイトで1週間分予約してあり残金を支払う。今回の部屋は前回と同じ6人ドミトリーだがベッドに照明とコンセントが付いている。

世界文化遺産 定鼎門遺址

10:10頃、青年宮のバス停から58路のバスに乗車して、10:30頃、洛陽国際学校で下車する。10:40頃、定鼎門遺址にやってきた。定鼎門遺址は2014年に世界文化遺産に登録されたシルクロード遺跡だ。

定鼎門は隋の大業元年(605)に建設が始まった洛陽城の南門で隋、唐の王朝で都の正門としても機能している。現在は定鼎門遺址博物館となっている。定鼎門遺址の前には唐代のシルクロードを往来した商隊の轍、ラクダや人の足跡が保存されている。

定鼎門の遺跡の上に定鼎門遺址博物館があり入場料は30元で世界遺産の中では比較的入場料が安い。
館内には定鼎門の遺跡がそのまま保存されており、その巨大さから隋や唐の国力が伺い知れる。こういった古代中国の遺跡を見ると中国は凄いと感心する。

それなのに外では現代中国人が痰吐き、割り込み、交通ルール無視など行い中国のイメージを壊している。本来中国は尊敬されるはずなのだが現代中国人のあまりのサルぶりに中国が尊敬されていないことに現代中国人は気づいていないのだろうか?

定鼎門遺址博物館には観光客がほとんどおらず静かに見学ができ貸し切り状態に近く世界遺産としては穴場ともいえる。

北宋の宰相 呂蒙正故里

12:50頃、定鼎門遺址博物館を離れ、53路のバスに乗車して、13:30頃、西関で86路のバスに乗り換える。昨日、二里頭遺跡へ行った際に、偃師の7路のバスへの乗り継ぎに失敗しているので洛陽から二里頭遺跡への路線バス経路確立のために終点の相公庄東まで行き偃師の7路の乗り場を確認する。

で、86路のバスに乗車したが滅茶苦茶混んでおり、始発の西関で乗車しなければ座ることができない。運行本数が少ないので埼京線並みの混雑になるのだろう。14:10頃、終点の相公庄東に到着するが、偃師の7路のバスには接続しておらず、代わり偃師の11路のバスが通っていた。

そして、ここで思わぬ収穫があった。相公庄東の近くに呂蒙正故里の石碑を発見する。

呂蒙正は北宋の第2代皇帝の太宗 趙匡義の治世において科挙で状元となり、後に宰相となった人物である。

洛陽→二里頭遺跡ルート打通作戦

14:30頃、呂蒙正故里から農道を東へ歩いてみる。途中で北へ向かい、GPSを頼りに、昨日、偶然見つけた漢魏洛陽故城の南の城壁跡へ向かう。

偃師の7路のバスが通る道に出たら南へ向かう。偃師の7路のバスが目の前を通り過ぎて行くので道は間違っていない。そのまま南へ歩くと90路のバスが停車している。15:10頃、90路のバスの終点である東大郊に到着する。

バスの終点にあった功徳碑を見ると「漢魏」の文字がありこの辺りが漢魏洛陽故城に関係しているのが伺える。実際この北に昨日偶然見つけた漢魏洛陽故城の南側城壁跡がある。

そして、バスの終点の前を偃師の7路のバスが通り過ぎていくおり、90路のバスが二里頭遺跡へ行く偃師の7路のバスと接続していた。今日の目的は達成できたが、この経路は黄庄の通りが工事中のために臨時でバスの経路が変更されているものなので道路工事が終われば元の経路に戻ると思われる。15:30頃、90路のバスで洛陽市内へ向かう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽中原驛国際青年旅舍
N 34°39’47.46″
E112°24’42.57″
洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
定鼎門遺址博物館
N 34°37’58.20″
E112°27’38.24″
呂蒙正故里
N 34°40’35.09″
E112°37’38.44″
相公庄東(86路バス終点)
N 34°40’30.16″
E112°37’40.42″
東大郊(90路バス終点)
N 34°41’17.59″
E112°37’53.67″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 220.5元 1泊35元×7
(ネット予約の残金)
バス 5.5元 路線バス
定鼎門遺址博物館 30元
日用品 2.6元
合計 276.6元

三国志遺跡・新安漢函谷関遺址

洛陽→新安

07:00頃、ユースホステルを出て41路のバスで洛陽駅へ向かう。07:40頃、洛陽駅の西隣にある錦遠汽車站で新安県行きのバスのチケットを購入する。

購入は自動券売機で支払いは銀行のキャッシュカードでするというか、現金非対応で銀聯マークのあるカードしか使えない。カードのみというのは、中国では珍しく最先端といえるかもしれない。

世界文化遺産 新安漢函谷関遺址

新安県までの運賃は8元で08:02発車だ。三門峽行きのバスに乗車して新安県まで行く。乗車率3割ぐらいで、08:04にバスが発車し新安県を目指す。もちろん、途中で客を拾いながらだ。

途中で洛陽-新安の路線バスが走っているのを見つける。洛陽汽車站から出ているバスだろう。一般的には新安までは洛陽-新安の路線バスを利用するようだ。08:30頃、どこかの交差点で客待ちの停車をして新安行きの客が乗車してくる。

09:00頃、満員になりというか定員オーバーでバスが爆走し始めて対向車線もお構いなしで新安へ向かう。日本なら白バイに追いかけられるレベルの運転だが中国では問題ないようだ。

09:30頃、新安漢函谷関遺址近くの国道と線路の交差地点でバスを降りて陸橋脇の下り坂を降りて函谷関へ向かう。09:40頃、新安漢函谷関遺址に到着するが、周辺の住民は移転させられ函谷関はきれいに整備されていた。

そして、柵で囲まれ中に入れないように封鎖されていた。中には警備員が常駐しており柵を越えたりして勝手に入れないようになっていた。

内部には案内標識があるので一般公開に向けた準備はしているようだ。でも、確実に有料だろうな。

世界遺産の脇で撮り鉄

函谷関周辺を歩いてみるが、すぐ近くの線路脇に道があり地元民も殆ど通らないので撮り鉄をしていく。

11:30頃、函谷関を離れて陸橋脇で洛陽行きのバスに乗車する。運賃は7元だ。

洛陽へ戻る途中で国道脇に漢函谷関遺址と表示されたゲートがあった。もしや、ここが入口なのか?確認する必要があるな。明日もう一度訪れて確認しよう。12:45頃、洛陽汽車站に到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
新安漢函谷関遺址
N 34°43’13.73″
E112°09’57.44″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.9元
バス 8元 洛陽→新安
バス 7元 新安漢函谷関遺址→洛陽
バス 2元 路線バス
合計 35.9元

洛陽→千唐誌齋(千唐志斋)

06:50頃、41路のバスで洛陽駅へ向かう。07:25頃、洛陽駅に到着しバスターミナルの洛陽汽車站で千唐誌齋(千唐志斋)行きのバスのチケットを自動券売機で購入する。支払いは銀聯カードで運賃は10元だ。


07:45頃、バスに乗車し、07:49に発車するが乗車率が5割ぐらいなので途中で客を乗せながら走るのだろう。今日訪れる千唐誌齋(千唐志斋)は、昨日訪れた新安漢函谷関のある新安県鉄門鎮にある主に唐代の墓誌を約2000枚も集めた博物館だ。

中国最大の墓誌博物館 千唐誌齋(千唐志斋)

09:30頃、千唐誌齋(千唐志斋)に到着する。バスを降りると目の前が千唐誌齋(千唐志斋)で新安の2路のバスも停車していた。千唐誌齋(千唐志斋)の入場料は無料でパスポートを提示して入場券を受け取る。

一応一日の入場者数に制限があり平日500人、休日1000人となっているが見学者は殆どいない。

千唐誌齋(千唐志斋)は中華民国から中華人民共和国にかけての将軍で鉄門鎮出身の張鈁が収集した唐を中心とした西晋、北魏、隋、宋の墓誌の収蔵地を指す。

中華民国の頃、洛陽周辺では墓地の盗掘被害が深刻であり、張鈁は墓誌を収集し自身の園林「蟄廬」の一部分に保管した。収集した墓誌は約2000枚になり、その歴史的価値は非常に高い。これが現在の千唐誌齋である。

墓誌の陳列室は撮影禁止なのだが、唐の武宗の治世で宰相を務めた李徳裕則天武后の治世で宰相を務めた狄仁傑の墓誌があったりして非常に興味深い。かなりマニアックな展示物ではあるが個人的には一見の価値ありである。

そして、千唐誌齋で興味深かったのは「蟄廬」と書かれた額だ。康有為の署名があるではないか!

康有為は清の光緒帝に仕え戊戌変法を推し進め清朝の政治改革をしようとした人物だ。
どうやら、張鈁と康有為は付き合いがあったようだ。

それと千唐誌齋には北魏石窟がある。

元々は新安県西沃郷にあったものを移設しており、黄河中下流域で北魏時代唯一の石窟である。

交通事故現場に遭遇

10:45頃、千唐誌齋(千唐志斋)を離れて2路のバスで新安の県城へ向かう。運賃は1元だ。11:40頃、新安の県城に到着し、徒歩で漢函谷関へ向かう。

線路を越える陸橋の手前で大型トレーラーと乗用車の接触事故が目の前で起こる。

原因はフォルクスワーゲンが左右を十分確認せずに右折しようとして国道を走っていた大型トレーラーの横っ腹に突っ込んだからだ。簡単にいえば中国でよくある割り込みが原因だ。


大型トレーラーの損傷は見た目はなさそうだが、乗用車のフォルクスワーゲンはフロントが破損している。運ちゃんたちはすぐに公安に通報して事故発生から5分ほどで公安が到着する。事故現場は渋滞が発生しているが事故処理が終わるまでは仕方ないだろう。

新安漢函谷関遺址は閉鎖中

12:15頃、昨日見つけた国道310号沿いの新安漢函谷関遺址の入口に到着するが整備中で閉まっていた。門番のおっちゃんにいつ開放されるか訊ねてみたが、未定ということであった。残念である。

新安漢函谷関遺址が閉まっていたので洛陽行きのバスに乗車して洛陽へ戻ることにする。洛陽-新安のバスに乗車して、12:55頃、谷水で下車する。運賃は5元だ。

13:00頃、谷水西のバス停から101路のトロリーバスで西関まで戻る。13:40頃、西関からは徒歩でユースホステルへ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽汽車站
N 34°41’08.10″
E112°25’56.31″
千唐誌齋(千唐志斋)
N 34°44’20.58″
E112°00’50.94″
新安漢函谷関遺址入口
N 34°43’05.86″
E112°10’21.17″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
バス 10元 洛陽→千唐誌齋(千唐志斋)
バス 5元 新安漢函谷関遺址→谷水
バス 3元 路線バス
合計 33元

漢光武帝陵と三国志遺跡 曹休墓

漢光武帝陵

07:00頃、ユースホステルを出て9路のバスで東花壇へ向かう。07:35頃、東花壇(东花坛)のバス停で85路のバスに乗り換えて、08:10頃、雷河で下車する。東花壇-雷河の運賃は2元。

雷河から漢光武帝陵までは約3km離れている。まずは西へ歩き龍馬負図寺(龙马负图寺)の前を通り過ぎひたすら歩く。

08:50頃、漢光武帝陵に到着する。漢光武帝陵の前を白鶴-洛陽のバスが通過していたのでバスターミナルの洛陽汽車站からも行けるようだ。神道を通り漢光武帝陵の入口にやってきた。漢光武帝陵の入場料は30元だ。

漢光武帝陵は後漢の初代皇帝・劉秀の陵墓だ。

洛陽の主要観光地の一つであるはずなのだが観光客がいなかった。

陵墓の隣には光武帝を祀った光武祠がある。

墓碑は清の乾隆年間のものであるがよく見ると「刘」とか彫られている。どこのサルが落書きしているんだよ!

中国人が漢を中興した劉秀の墓に何で落書きなんかするんだよ!後漢を建国した光武帝は中国人から尊敬されていないのだろうか?皇帝陵墓で中国人の文化財に対するマナーの悪さを見せられるとは・・・。

龍馬負図寺

10:10頃、漢光武帝陵を離れ来た道を戻る。10:50頃、龍馬負図寺(龙马负图寺)に到着する。龍馬負図寺の入場料は30元だ。

龍馬負図寺は河図発祥地であり晋の懐帝の永嘉年間に伏羲の功績を讃えるために創建された。

風水や八卦に関して非常に重要な地であるため敷地内には三皇、孔子、周の文王が祀られている。

漢安帝陵

昼頃、雷河のバス停から85路のバスに乗車するが、途中の邙山に差し掛かると朝通った時には気づかなかったが、周辺に小さな山が多数ある。邙山陵墓群のようだ。古代墓マニアにとってはかなり興味深い地であろう。

12:15頃、三十里鋪で下車する。雷河-三十里鋪の運賃は1元だ。南へ向かい歩いていくと曹休墓のある連霍高速の洛陽服務区が見えてきた。曹休墓はお楽しみにとっておいて先に前方に見える漢安帝陵へ向かう。

12:30頃、漢安帝陵に到着する。一応は文物保護単位の石碑があり漢安帝陵と分かるが石碑がない場合は判別が難しいだろう。

安帝は13歳で後漢の第6代皇帝に即位するが、安帝の治世から後漢は衰退への道を進んでいく。

まずは陵墓を一周して墓碑の有無を確認すると南側に埋もれた墓碑を発見する。墓碑には漢明帝の文字がある。安帝ではないのか?墓碑の損傷が酷く文字が判読できず墓碑が建立された年代は分からず。

曹休墓を探す

陵墓の上からは周辺が見渡せるが大気汚染の影響で遠くは見えない。ただ周辺には大小いくつかの陵墓が見える。周辺には後漢の皇帝陵墓があるようなので、これらの陵墓の中に皇帝陵墓があるのだろう。

それと曹休墓のある洛陽服務区も見える。

13:00頃、漢安帝陵を離れて曹休墓のある洛陽服務区へ向かう。ネットのニュース記事によれば高速道路のサービスエリア内で曹休墓が発見されたそうなので、まずは洛陽服務区に入らなければならないのだが、当然ながら外部からは進入できないようになっている。

しかし、ここは中国だ!必ずどこかに抜け道があるはずだ。まずは洛陽服務区の外側を歩いて抜け道を探すと3ヶ所の抜け道があった。そこで地元民に紛れて洛陽服務区へ入り曹休墓を探してみるが見あたらない。

洛陽服務区の南側に建設中の博物館があるようなのだが、それらしい建物が見当たらない。洛陽服務区の北側も探してみるが、こちらにもない。本当に洛陽服務区に曹休墓があるのだろうか?

三国志遺跡 魏征東大将軍 曹休墓

洛陽服務区を出て外側をもう一度歩いてみると洛陽服務区の東側で最初に見つけた抜け道にプレハブ小屋が見える。何か怪しい。

でも、博物館建設中というから、これも違うような・・・。念のためプレハブ小屋へ行ってみると奥に「考古重地」の看板と建設中の建物が見えるではないか!

プレハブ小屋に人がいそうなので呼んでみると管理人のおっちゃんがいた。曹休墓か聞いてみると、やはりここが曹休墓であった。

14:20頃、三国志遺跡の曹休墓に到着する。

見学できるか聞いてみるが、やはり内部見学は不可であった。でも、外から見るのはOKであった。

魏の大将軍 曹休の墓は2010年に発見されたそうで洛陽ではかなり大きな考古学的発見となり、発見当時は大きなニュースになった。14:50頃、曹休墓を離れ、15:20頃、85路のバスで洛陽市内へ戻る。運賃は1元だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
漢光武帝陵
N 34°50’37.25″
E112°35’21.09″
龍馬負図寺
N 34°49’52.06″
E112°37’00.18″
漢安帝陵
N 34°46’31.15″
E112°34’58.36″
曹休墓
N 34°46’27.34″
E112°35’28.30″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
バス 6元 路線バス
漢光武帝陵 30元
龍馬負図寺 30元
合計 76元

古代墓マニア必見!洛陽古代芸術博物館

07:15頃、ユースホステルを出て41路のバスで洛陽駅へ向かう。洛陽駅近くのバスターミナルの洛陽汽車站から北宋の皇帝陵墓がある鞏義(巩义)行きバスに乗車しようと思ったが天気が悪いので、今日は予定変更で洛陽古代芸術博物館へ行くことにする。

まあ、これは天気が悪いというよりも大気汚染が深刻と言った方がいいかもしれない。遠くだけではなく近くのビルもよく見えない。

08:00頃、洛陽駅で83路のバスに乗車して、08:30頃、洛陽古代芸術博物館で下車する。洛陽古代芸術博物館は河南古代壁画館とかの名称もあり少しややこしい。

洛陽古代芸術博物館は、9時開館ということで、まだ閉まったままであったが、開館前に来る奴が珍しかったようで警備のおっちゃんが「どこから来た?」とか 聞くので日本から来たことを言ったら博物館の職員がまだ出勤していないから待つようにという事であったが、ちょっと待っていたら警備のおっちゃんが開館時 間前でも中に入れてくれた。

開館前にやってきた日本人が珍しかったようだ。洛陽古代芸術博物館は洛陽周辺で出土した古代墓を移設して展示しており無料で見学ができる。日本にはこういった古代墓を集めた博物館は無いだろう。

漢から唐、宋、金までの古代墓が展示されており時代が変わるごとに墓の様式が変わり唐や宋になると墓の作りが複雑になっている。これは一見の価値ありだ。

開館時間を過ぎると土曜日という事もあり見学者が多い。洛陽市民は古代墓マニアなのか?

個人的にはかなり満足度の高い博物館であるが、展示されている古代墓を見ていると落書きが・・・。どうして文化財に落書きするアホが中国には多いんだ?中国は人口が多いからアホが多くても仕方ないが、貴重な文化財が傷付けられるのは残念である。

他にも敷地内奥に河南古代壁画館があり壁画の展示を見学できる。こちらは土足厳禁で靴のカバー代1元が必要であったが、その展示物は素晴らしいの一言である。壁画マニアが確実に満足する内容だろう。ただし、撮影禁止なのが残念であるが、ここは見る価値ありだ。

北魏宣武帝の景陵

そして、洛陽古代芸術博物館の敷地内には北魏の第8代皇帝宣武帝の陵墓である景陵がある。

景陵の墓室は公開されており内部を見学することが出来る。

皇帝陵墓の墓室が公開されているのは珍しいので結構興味深い。

11:10頃、洛陽古代芸術博物館を出て83路のバスで洛陽駅へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
洛陽駅
N 34°41’09.60″
E112°25’48.31″
洛陽古代芸術博物館
N 34°43’57.97″
E112°24’31.61″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.8元
バス 4元 路線バス
鉄道 46.5元 洛陽→安陽
河南古代壁画館 1元 靴のカバー代
合計 69.3元

洛陽老城と三国志遺跡 阮籍故居

洛陽老城

今日も天気が悪いというか大気汚染が酷い。雨は止んでおり曇だがビルが霞んでいる。ネットで洛陽のAQIを確認すると200を超えて6段階の上から2番目の重度汚染になっている。

昼頃に近くの洛陽老城を歩いてみる。大気汚染の影響なのか城門が霞んで見える。洛陽老城は古い街並みが残っており洛陽中心部の観光地にもなっている。

三国志遺跡 阮籍故居

老城を歩いていると阮籍故居の表示を見つける。こんな所にも三国志遺跡があるようなので寄って行ってみるが閉まっていた。午後は3時から開くようなので出直すことにする。

15:10頃、阮籍故居を再び訪れる。今度は扉が開いており内部を見学していくが、いきなり酒と書かれた瓶が置かれている。酒飲みの阮籍を意識した演出だ。

阮籍竹林の七賢の一人で魏に仕えた人物で白眼、青眼の語源ともなっている人物だ。

建物などは復元したものだろうが雰囲気的には良い。周辺は再開発の波が押し寄せているようで取り壊しを意味する「折」の文字が書かれた建物が多い。恐らく観光用に明清建築の建物が建つのだろう。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
阮籍故居
N 34°40’57.23″
E112°23’29.27″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
合計 9元

洛陽駅で安陽行きの切符を受け取る

今日も大気汚染が酷くビルが霞んでいる。ネットで洛陽のAQIを確認すると今日も200を超えて6段階の上から2番目の重度汚染になっている。

洛陽駅で明日の安陽行きの切符を受け取りに行く。窓口は空いておりほとんど待ち時間なしで切符を受け取れた。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

洛陽易家国際青年旅舍
N 34°41’06.99″
E112°28’36.89″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.9元
バス 2元 路線バス
合計 11.9元

陝西省旅行記2014秋5 シルクロード世界遺産 張騫墓

漢中三国志遺跡

バスで勉県→漢中へ

09:00頃、ホテルの聚仙楼大酒店をチェックアウトしてバスターミナルの勉県汽車站へ向かう。

勉県汽車站ではバスの時刻表と運賃を確認する。

漢中行きのバスは10分間隔で運行されており、窓口で切符は買わずに乗車して運賃を払う方式だ。漢中までの運賃は10元だ。

勉県汽車站からは四川省行のバスもあり、成都、綿陽、広元へのバスがある。

漢中行きのバスに乗車し、09:15頃、バスが出発するが、車内の雰囲気が北京や上海のバスとは全く違い完全に田舎のバスだ。

乗客の中国語は何を言っているのか全く分からないし、雰囲気が上海や北京の中国人とは全く違う。田舎者のオーラが出ているというか床に唾吐いたりと行動が田舎者、いや、おサルさんだ。
別の意味でレベルが高い。

10:10頃、40kmの道のりを約1時間かけて漢中のバスターミナルである漢中汽車站に到着する。

漢中のホテル・御庭酒店

まずは、宿を確保しなければならないのだが、eLongでホテルを予約してあるのでホテルを目指す。念のため路線バスで行けるかバスターミナル近くの石馬路のバス停でバスを確認するが、どのバス停なのか分からない。

仕方ないので徒歩で漢中駅の北へ向かう。後で分かったのだが石馬路のバス停から106路で鉄路医院のバス停で下車すれば徒歩3分ほどで辿りつけた。それと106路のバスは漢中駅前も通っており人民路のバス停で下車すれば漢中駅にもいける。

陸橋を越えて、10:40頃、ホテルの御庭酒店に到着するが、フロントでパスポート提示すると服務員のお姉ちゃんが老板娘を呼んでいる。おまけに「韓国人?」と訊かれる。おいおい、さっきパスポート確認していただろう。

何やら外国人お断りの気配が漂ってきた。老板娘がフロントに来て何やら確認している。で、老板娘が「先に派出所で登記してきて!」とか言ってくる。おいおい!派出所への登記はホテル側が通常はやる事だろう!

どうも、自分が初めて来た外国人のような気配が・・・。派出所の場所なんか知らないし、公安に説明する中国語力もないので老板娘に一緒に来てもらうように頼んで、老板娘の車で派出所へ向かう。駅へ向かう陸橋を越えた所にある派出所に到着するが、ここはバスターミナルから歩いて来た時に通りすぎた所であった。

派出所で老板娘が公安に説明するが何故か日籍華人とか説明している。自分はコテコテの日本人なのだが・・・。公安がどこかに電話で確認してパスポートのビザと写真の部分のコピーを取って派出所での登記は完了する。

12:00頃、派出所から戻り、ようやく宿泊できる。しかし、老板娘はさらに公安局のどこかにパスポートのビザと写真の部分のコピーを提出しに行くことになる。出入境関連の部署だろうか?

宿泊する部屋は1泊91元の1人部屋だ。料金表には136元とか表示されているのでネットでの予約は重要だ。部屋は思ったよりも広く、テレビが液晶だし、トイレ・シャワーが広い。部屋の壁紙が剥がれている所があるが掃除はちゃんとしてある。Wi-Fiも使えるし、勉県のホテルより格段に設備が良い!これで、1泊91元なら文句はない!

魏延が馬岱に斬られた古虎頭橋

13:00頃、鉄路医院のバス停から106路のバスで漢中汽車站のある石馬路のバス停で下車する。13:20頃、古虎頭橋に到着するが、工事中で外からしか石碑を覗けない。少々残念ではあるが仕方がない。

古虎頭橋は諸葛亮の死後に反乱を起こした魏延が馬岱に斬られた場所だ。漢中の中心部にありバスターミナルの漢中汽車站の対面に位置している。三国志遺跡で最も都会にある遺跡でもある。

古漢台

古虎頭橋のすぐ近くにある中心広場のバス停から9路のバスに乗車して古漢台で下車する。14:00頃、古漢台を見物する。

古漢台は劉邦が漢王を名乗った場所だ。現在は漢中市博物館になっており無料で見物できる。ただし、パスポート必須である。

張嶷墓碑

古漢台の碑林には蜀に仕えた張嶷の墓碑があるので探してみると、しっかりと残っており健在であった。

勉県張魯城遺址の場所

そして、展示物を見物していると漢中の仏教遺跡の地図に張魯城遺址が掲載されているではないか!勉県の古陽平関の奥の山にあるという情報を以前に入手していたが、奥は奥でもかなり奥地で小砭河という僻地の周辺のようだ。徒歩では無理だし、勉県からボリタクでも行けるか怪しいほど奥地にある。

劉邦の飲馬池

14:50頃、古漢台の南東にある飲馬池を訪れる。飲馬池は紀元前206年に劉邦が漢中に駐軍した際に、この池で馬に水を飲ませたという故事が残っている。

韓信の拝将壇

15:15頃、拝将壇にやってきた。
拝将壇の入場料は20元で高い!見物してみるとパネル展示が少しあって、他には韓信の像と石碑があるだけだ。これで20元はボッタクリではないか?

2007年に訪れた時は地元民の公園であったが、2014年に訪れたら観光客用の施設となって地元民はいなかった。

これは地元政府が拝将台の使用権とかを開発業者に売ったのかな?

GPSデータ

あくまで参考データです。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

勉県汽車站
N 33°09’20.38″
E106°40’29.37″
漢中汽車站
N 33°05’02.02″
E107°01’21.92″
御庭酒店
N 33°05’44.53″
E107°01’23.69″
古虎頭橋
N 33°04’57.37″
E107°01’23.28″
古漢台
N 33°04’18.53″
E107°01’44.25″
飲馬池
N 33°04’12.42″
E107°01’52.96″
拝将壇
N 33°03’58.67″
E107°01’36.74″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.9元
宿泊費 293元 91元×3
バス 10元 勉県→漢中
バス 4元
拝将壇 20元
合計 341.9元

シルクロード遺跡・世界遺産 張騫墓

漢中→城固

08:30頃、鉄路医院のバス停から106路のバスでバスターミナル近くの石馬路のバス停へ向かう。今日は2014年に世界遺産に登録された城固の張騫墓を訪れる。

08:45頃、バスターミナルの漢中汽車站に到着し城固行きのバスのチケットを購入。運賃は8.5元だ。

バスに乗車する前にバスの時刻表を確認しておく。漢中汽車站からは西安や宝鶏など陝西省内のバスの他に四川省、重慶、甘粛省へ伸ばすも出ている。

08:50頃、城固行きのバスが出発する。出発時に乗客は自分を含めて3人だけだったが、途中で客を乗せながら城固へ向かう。

城固汽車站

09:50頃、バスターミナルの城固汽車站に到着し、まずはバスの時刻表を確認する。

陝西省内の路線はもちろんだが北京、上海、深圳、蘇州、南京といった長距離バスも運行されている。

張騫広場の張騫像

バスターミナルのすぐ近くにある張騫広場の張騫像を見物する。

張騫広場の脇にバス停があり路線バスを確認するが張騫墓行きのバスはないようなので、10:15頃、徒歩で張騫墓へ向かう。

世界文化遺産 張騫墓(張騫紀念館)

張騫墓は城固の県城から西へ3kmほどの場所に位置しており、案内標識もあるので問題なくたどり着けそうだ。11:05頃、張騫墓に到着する。

張騫墓は張騫紀念館としても運営されている。張騫墓の入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

張騫は前漢の武帝の命により匈奴討伐の為に匈奴の西にいる大月氏と同盟を結ぶために西域へ赴き、当時、漢が知らなかった西域の情報を持ち帰り、後のシルクロードの交易に大きな影響を与えている。

2014年に世界文化遺産に登録されたが観光客は少なめだ。

ゆっくり静かに見物でき張騫墓は穴場の世界遺産だ。

しかし、静かな世界遺産にも、あの不快で不衛生な音が響いてきた。そう、痰を吐くサルどもがいたのだ。張騫墓の前で三匹のサルが痰を吐いている。

ここは世界遺産で中華民族の偉大な先人が眠る墓だぞ!中国の素晴らしい歴史を感じていたのに、この三匹のサルのおかげで台無しだ。それにしても、どうして中国では毎日、痰や唾を吐くサルに遭遇するのだ?孔子の教えを受け継ぐ本当の中国人に未だに出会えていない。

一体どこに行けば孔子や孟子の教えを守る中国人に会えるのだろうか?張騫も墓の中で嘆いているだろう。中国が痰吐きのサルで溢れていることに・・・。

12:30頃、張騫墓を離れて、城固の県城へ向かう。13:10頃、城固の県城に戻ってきた。
城固中心を南北に通る労働路で、13:25頃、5路のバスに乗車し上元観へ向かう。上元観まで運賃は4元だ。

途中、張騫像のある張騫広場の前で時間調整の停車をして、城固汽車站の前を通過していく。14:30頃、上元観に到着するが、ロンリー・プラネット陝西によると上元観古鎮があるそうなのだが案内標識とか一切ない。

とりあえず百度地図に上元観古鎮が出ていたので、その場所へ行ってみるが明清建築の古い建物は見あたらない。周辺を歩いても中途半端に古いボロ家屋しか見あたらない。

情報不足のまま来てしまったので、これ以上無駄に歩いても意味がないので、15:05頃、漢中行きのバスに乗車する。漢中までの運賃は5.5元だ。15:10頃、バスが漢中へ向けて出発する。16:00頃、バスターミナルの漢中汽車站に到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。

実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

漢中汽車站
N 33°05’02.02″
E107°01’21.92″
城固汽車站
N 33°08’43.08″
E107°19’26.14″
張騫墓
N 33°09’31.13″
E107°17’27.98″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
宿泊費 8元 ネット予約金:西安雁影国际青年旅舍
バス 8.5元 漢中→城固
バス 5.5元 上元観→漢中
バス 6元
合計 36元

張良廟行き失敗!石門桟道で引き返す

漢中→留壩

07:10頃、まだ夜明け前だがバスターミナルの漢中汽車站にやってきた。今日は漢中の北の留壩(留坝)にある張良廟へ向かう。留壩(留坝)までの運賃は18.5元だ。バスは07:50発車なので乗車して待つ。

07:50頃にバスが留壩(留坝)へ向けて出発する。留壩(留坝)まで88km、約2時間の道のりだが、隣のおっさんの体臭が酷い。この納豆を酷くしたような臭いは何なんだ。一体何日風呂に入っていないんだ?

バスが留壩(留坝)へ向けて爆走するかと思ったら5分ほどで停車して、運ちゃんが朝食に油条を購入している。おいおい!何しとんねん!さっさと留壩(留坝)へ行けよ!中国の長距離バスの水準がよく分かる一幕である。日本で同じ事をしたら問題になるだろう。

そして、隣の体臭の酷いおっちゃんは小餅を購入して食べているのだが食べ終わったら袋を床に投げ捨てた。サル死ねや!何で中国のイメージを壊すような事を目の前でするんだよ!

人が張良廟へ行って中国の歴史の凄さを感じようとしているのに・・・。こんなサルが中国にいるなんて張良も泣いているだろう。

工事渋滞で張良廟行き失敗

08:40頃、石門桟道の近くで工事渋滞にはまる。片側交互通行なのだが対向車線が空いていると後続車がそのまま突っ込んでいきバックして帰ってくる。自分の事しか考えていないので渋滞を酷くしている。

そして、コンクリートミキサー車が突っ込んでいったが、しばらくすると対向車のクラクションを浴びながらバックして帰ってくる。はっきり言って馬鹿である。中国人にはこんなにも馬鹿が多いのか?

五千年の歴史があり伝統と格式を持ち、孔子、孟子、杜甫や李白といった偉人を輩出していおり、深い教養や知識を持っているのが中国人のはずなのだが・・・。一体どうなっているのだ?

10:10頃、ようやくバスが動き始めた。10:30頃、再び渋滞にはまる。

石門桟道

今日の張良廟行きは完全に失敗だ。これだと留壩(留坝)に着いてもすぐに引き返すことになるな。11:10頃、留壩(留坝)行きを諦めてバスを降り徒歩で引き返す。渋滞の車列が延々と続いており車は全く動かない。

石門ダムのダム湖沿いの国道を戻っていくが、この辺りが石門桟道で、楚漢戦争で劉邦軍が通ったり、三国志では諸葛亮が北伐で通った場所だ。ダム湖の対岸には桟道が復元されており石門桟道風景区となっているが入場料が80元でボッタクリだ。2007年に訪れたことがあるが、80元の価値はない。12:50頃、河東店に到着し、102路のバスで漢中汽車站へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.9元
宿泊費 8元 ネット予約金:西安雁影国际青年旅舍
鉄道 54.5元 西安→洛陽
バス 18.5元 漢中→留壩
バス 3元
合計 36元

漢中から西安へ戻る

08:25頃、ホテルをチェックアウトして鉄路医院のバス停から106路のバスに乗車して、石馬のバス停で101路のバスに乗り換え、08:45頃、終点の高客站で下車する。今日はバスターミナルの漢中高速客運汽車站(略称:高客站)から西安へ移動する。

漢中高速客運汽車站は西安行きのバスが一番多く出ており、約20分間隔で運行されている。上記の時刻表を見ればわかるが他にも上海や深圳などの長距離バスも数多く運行されている。

まずは切符売場で西安行きのバスのチケットを購入するが、運賃は94.5元で西安行きは西バスターミナルの城西客運站と南バスターミナルの城南客運站の2つがあり、南バスターミナルの城南客運站行きのバスの切符を購入する。09:10発のバスですぐに改札が始まる。

バスに乗車して、定刻通り09:10にバスが出発する。西安までは274km、約4時間の道のりだ。乗車率は約9割で高速道路に入り、まずは秦嶺山脈へ向けて爆走していく。今日のバスは車内が静かで平和だ。

見た目が床に痰を平気で吐きそうなおっちゃんが乗車しているが幸い昼寝しているので、このまま西安まで寝ていて欲しい。

途中サービスエリアでトイレ休憩の停車をして、秦嶺山脈を越えていき、12:45頃、西安の南バスターミナルの城南客運站に到着する。

西安雁影国際青年旅舍

近くのバス停から401路のバスに乗車し大雁塔南広場のバス停で下車し5分ほど歩くとユースホステルの西安雁影国際青年旅舍(西安雁影国际青年旅舍/Yan Ying international Youth Hostel)に到着する。1泊40元(会員料金)の4人ドミトリーをネットで予約しており残金を支払う。

部屋の状況はベッドにコンセントや照明がないので使い勝手が悪く、部屋の照明が暗い。部屋にトイレとシャワーが付いているがドミトリーなら共同のトイレとシャワーでも十分なのだが・・・。Wi-Fiは部屋まで信号が届かずバーでしか使えないのが痛い。

西安駅で洛陽行きの切符を受け取る

大雁塔南広場のバス停から30路のバスに乗車して、15:00頃、西安駅にやって来た。切符売場で铁路客户服务中心で予約購入しておいた明後日の洛陽行きの切符を受け取り、41路のバスで大雁塔南広場へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

漢中高速客運汽車站
N 33°04’41.83″
E107°02’58.49″
城南客運站
N 34°11’13.91″
E108°55’59.28″
西安雁影国際青年旅舍
N 34°13’03.76″
E108°57’48.39″
西安駅
N 34°16’42.05″
E108°57’30.70″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.8元
宿泊費 72元 1泊40元×2 ネット予約の残金
バス 94.5元 漢中→西安
バス 4元
合計 186.3元

金庸武侠小説の舞台・終南山

08:00頃、大雁塔南広場のバス停から500路のバスで南五台へ向かう。南五台までの運賃は3元だ。

今日は金庸武侠小説の舞台にもなっている終南山へ向かう。
それと終南山は三国志演義で馬超との戦いで曹操に氷の城を進言した夢梅道士が隠棲していた場所でもある。

終南山はいくつかの風景区に分かれており南五台が風景区のひとつになっている。
そして、終南山は世界ジオパークにも登録されている。500路のバスは大混雑しており、これなら始発の西安駅から乗車した方が良かったかもしれない。
09:00頃、南五台に到着し、そのまま徒歩で南の山の方へ向かう。09:20頃、南五台風景区の入口に到着する。入場料は50元で、ここから10km離れた駐車場まで観光車で向かう。

徒歩でも行くことは出来るのだが山中で一泊することになる可能性が高いので往路だけ観光車を利用する。観光車と言ってもワゴンだけど・・・。観光車は4人以上だと1人20元で、客が集まり次第の出発となる。

09:30頃、客が5人集まりワゴンが出発する。山道を登っていき、10:00頃、駐車場に到着する。ここからは徒歩で山を登っていく。

南五台風景区

ここは紫竹林と呼ばれる南五台で最も古い千年古刹。南五台は終南山の中でも仏教聖地として位置づけられており、山中に寺院がいくつかある。

南五台の山の上からの風景で、ここは標高1600mくらいの場所だ。南五台は終南山の一部なので奥にある主峰は標高2604mにもなる。

南五台にある寺院は古い建物で歴史を感じさせるのだが、観光開発の波が押し寄せており各地で工事が行われていた。

古い寺院が観光開発で建て替えられてしまう可能性が高いような・・・。

12:30頃、終南山を徒歩で降りていくが、南五台景区の入口までは約10kmの道のりだ。

15:00頃、南五台景区の入口に戻ってきた。南五台景区の入口から4-04路のバスで長安区へ戻ることができるが、景区入口から1kmほど更に戻ると南五台のバス停があり500路のバスで西安駅まで戻ることが可能だ。

ただし、最終バスの時間に要注意だ。バス停は関中民俗博物院の入口付近にある。

関中民俗博物院(关中民俗博物院)は明清古民居を収蔵している博物館で、明代や清代の古民家が移築されているらしい。入場料が120元で滅茶苦茶高く見物には勇気がいる。陝西旅游年票を使うと半額になるのだが、それでも60元だ。今回は入口だけの見物にしておく。

500路のバスが来るのを待っていたが来る気配がなく、4-04路のバスが3本くらい通過していった。待っていても時間の無駄になりそうなので、16:00頃、4ー04路のバスに乗車して長安区へ向かう。

とりあえず終点の長安客運公司まで行くことにする。運賃は3.5元だ。16:50頃、長安客運公司に到着し、すぐ近くの樊家什字のバス停から500路の区間車に乗車して西安市内へ戻る。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

南五台風景区
N 34°01’12.94″
E108°58’01.01″
関中民俗博物院
N 34°01’48.01″
E108°58’02.87″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 7.5元
ワゴン 20元
南五台 50元
合計 91.5元

陝西省旅行記2014秋4 漢中三国志遺跡

三国志聖地の勉県へ

西安から三国志遺跡の勉県へ

06:00頃、起床して出発の準備をする。同じドミトリーの中国人はまだ夢の中だ。廊下から英語が聞こえてくる。どうやら、欧米人の姉ちゃんたちも出発の準備をしているようで、朝の列車かバスで移動なのだろう。

準備を整えていると、同じドミトリー中国人が起きた。どうやら起こしてしまったようだ。と思ったらトイレへ行った。小便で目が覚めただけのようだが、Tシャツとパンツだけでトイレへ行くのはよくないだろ!

廊下は欧米人の姉ちゃんたちが出発の準備でいるんだぞ!Tシャツと赤ブリーフの野郎がうろついてたら、どう考えても変態だろ!朝から勘弁してくれよ。孔子や孟子たちが築いた伝統と格式ある中国が崩れていく・・・。

07:00頃、ユースホステルをチェックアウトして南門のバス停から46路のバスで西安の南バスターミナルの城南客運站へ向かう。今日は西安から漢中の勉県へバスで移動する。勉県は諸葛孔明や馬超の墓などの三国志遺跡が多数ある三国志ファンにとっては重要な場所だ。

07:40頃、南バスターミナルの城南客運站に到着する。まずは服務台へ行き、先日、自動券売機で購入した勉県行きの切符のお釣り0.5元が払ってもらえるか聞いてみたら、ちゃんとお釣り払い戻してくれた。

まあ当然だな!この服務台で釣り銭を受け取るという面倒な手続きの原因は、城南客運站の自動券売機は1元未満の釣り銭に対応しておらず、西安→勉県の運賃が109.5元なのだが、自動券売機では110元で購入となっている。

しかし、バスの切符の画像を見れば分かるのだが明細は票价108元、站务费1.5元となっているが、合計110元となっている。0.5元の差額が発生しており、自動券売機には「0.5元(5角)の釣り銭必要な人は服務台へ」と案内があるのだ。

釣り銭を受け取ったので待合室でバスを待つが、思ったより早く着いたので、まだ08:00発の勉県行きのバスが待機している。これなら09:10発でなく08:00発の勉県行きのバスでもよかったかな?

勉県のホテル

09:00頃、改札が始まり、09:10にバスが発車する。漢中の勉県まで約4時間半、315kmの道のりだ。バスはおそらく今までで一番豪華なバスでトイレ付きだ。

バスは高速道路を漢中へ向けて爆走し、10:00頃、秦嶺山脈の山岳区間へ入ってく。11:05頃、寧陝服務区でトイレ休憩となる。11:15頃、バスが出発して再び秦嶺山脈を爆走していく。13:50頃、バスターミナルの勉県汽車站に到着する。

いつもなら宿探しが始まるのだが、今回はeLongでホテルを予約してある。勉県には2007年に訪れたことがあるが外国人お断りの宿が多かったので、外国人でも大丈夫そうな所を初めから抑えておけば追い出されることもないと思い予約したのだ。

通りの和平中路を西へ歩き、勉県人民政府を通り過ぎて、14:00頃、予約していた聚仙楼大酒店に到着する。

部屋は1泊98元の1人部屋で4泊する。料金表には1人部屋は200元と表示されていたので、飛び込みだと足元を見られるようだ。

肝心の部屋だが設備が結構古い。テレビがブラウン管テレビだし、壁紙剥がれてるよ。招待所と比べれば悪くはないが、ホテルとしてはダメだな。

まあ、寝るのには問題ないし、外国人OKなので追い出される心配はないので、存分に三国志遺跡をめぐることが出来る。でも、1泊98元は高いよ!

勉県武侯祠

14:45頃、和平中路から3路のバスに乗車する。運賃は2元だ。15:00頃、武侯祠で下車する。武侯祠は諸葛亮を祀っているのだが、勉県武侯祠は中国で最も古い武侯祠だ。

観光開発されて駐車場や賓館があり、2007年に訪れた時とは大きく変わっていた。入場料も値上げされ足元を見られて60元になっている。

平日でも観光客が多くうるさく雰囲気台無しだが、団体客のいない所へ行けば静かな空間が広がっている。

「泣いて馬謖を斬る」など壁画とかもあったりして孔明ファンには嬉しい。

大殿には孔明の像がある。16:00頃、武侯祠を出て徒歩で馬超墓へ向かう。武侯祠から馬超墓までは遊歩道が整備されており観光整備が進んでいる。

馬超墓

16:10頃、馬超墓に到着する。

馬超墓は綺麗に整備されており、2007年に訪れた時は野ざらしの墓碑と塚だけだったのが、墓碑はガラスで保護されたり、立派な塚に変わっていたりと随分と馬超の待遇も改善されたものだ。

ちなみに馬超墓は入場料20元みたいなのだが、武侯祠から遊歩道を通って行ったら裏口から無料で見られた。

恐らく国道側の正面から入ると入場料を取られるのだろう。武侯祠から来る客は殆どいないから裏口には門番はいないのか?

漢征西将軍馬公超墓の墓碑

馬超墓と国道を挟んで対面にあるのが漢征西将軍馬公超墓の墓碑だ。馬超墓があるのに対面になぜかあるもう一つの馬超墓の墓碑だ。

この墓碑は清の乾隆年間に建立されたもので、2007年当時はゴミ捨て場になっていたが、今回訪れたら碑亭が作られて整備されていた。

漢丞相諸葛武侯墓

馬超墓から東へ100mほどの所にあるのが漢丞相諸葛武侯墓の墓碑だ。馬超墓の近くになぜかある武侯墓だ。武侯墓といっても墓碑がひとつあるだけなのだが、一体なぜ武侯墓があるのかは不明だ。
墓碑もかなり風化しているので建立された年代は不明だ。墓碑は野ざらしで荒れ放題で、馬超墓のような碑亭もなく待遇は劣悪だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

西安湘子門国際青年旅舍
N 34°15’15.58″
E108°56’23.79″
城南客運站
N 34°11’13.91″
E108°55’59.28″
勉県汽車站
N 33°09’20.38″
E106°40’29.37″
聚仙楼大酒店
N 33°09’19.22″
E106°39’56.00″
勉県武侯祠
N 33°09’09.73″
E106°37’51.03″
馬超墓
N 33°09’20.02″
E106°38’09.08″
漢征西将軍馬公超墓
N 33°09’13.45″
E106°38’11.49″
漢丞相諸葛武侯墓
N 33°09’14.67″
E106°38’18.30″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.2元
宿泊費 392元 1泊98元×4
バス 5元 路線バス
武侯祠 60元
合計 474.2元

三国広場の諸葛亮像

08:15頃、和平中路の東にある三国広場を訪れる。三国広場には諸葛亮像があるが、広場ではおばちゃんたちの集団が太極拳やダンスをしている。他には特にない。

それよりも、5路バスが武侯墓行きから定軍山東門行きになっていた。元々は5路が武侯墓行きだったのだが、武侯墓へは2路のバスで行けるようになっていた。

勉県の路線バスは1路、2路、3路、5路、6路、8路が運行されており、運行本数は3路が一番多く、次に1路、2路となるが、5路、6路、8路は運行本数が少ないので要注意だ。

馬超像と古陽平関

08:35頃、3路のバスに乗車して終点の水磨湾へ向かう。運賃は2元だ。水磨湾は古陽平関がある場所だ。

09:00頃、水磨湾に到着、目の前に馬超像がある。馬超像はとても格好良いのだが周りに電線があって撮影には向かない。せっかくの馬超像が・・・。

すぐそばの廃止されたガソリンスタンドの脇から吊り橋を渡るが、手入れされていないようで板が腐っている。吊り橋を渡ると古陽平関に到着だ。

古陽平関は前漢の蕭何が築いた蜀と漢の境界にある軍事上の要所だ。

馬超が諸葛亮の命を受けて陽平関の守備についているのだが、現在は復元された陽平関が三国志の舞台であったことを物語っている。陽平関の目の前は畑と農村があるだけの田舎だが、すぐ近くに国道が通っているので車のクラクションがうるさい。

国道はもちろん四川省へ続いており、成都までつながっている。勉県の観光案内図によると古陽平関の奥の山の上に張魯城遺址があるのだが正確な場所や距離が不明なので今回は探索はやめておく。

漢諸葛武侯読書台

09:40頃、古陽平関から漢諸葛武侯読書台へ向かう。吊り橋を渡り国道へ戻るが吊り橋に「危橋禁止通行」の表示があった。吊り橋から100mほど勉県側に戻ると古陽平関への案内標識があった。現在は吊り橋ではなく、こちらから古陽平関へ行かないといけないようだ。

国道を300mほど戻ると北側の丘に漢諸葛武侯読書台が見えてきた。といっても、ほとんど木に隠れているので初めて訪れる場合は見つけにくいだろう。

09:50頃、漢諸葛武侯読書台に到着する。石碑が2つあるが1つは勉県人民政府が建立したもので新しくそれほど価値があるとは思えない。価値がありそうなのは中華民国の頃に建立された石碑の方だろう。

諸葛孔明の墓・武侯墓

10:15頃、水磨湾から3路のバスで勉県へ戻る。運賃は2元だ。10:30頃、勉県の県城に到着し、和平中路にあるバス停から2路のバスを待つが来る気配がない。

11:15頃、徒歩で武侯墓へ向かい橋を渡り漢江を渡るが橋は車が通れないようになっている。そして、橋を渡りきると目の前の十字路を2路のバスが横切った。なぜ2路のバスが来ないか分かった。

橋が老朽化して車が通れなくなり、下流の新しい定軍大橋を通っていたのだ。これではいくら待っても2路のバスが来るわけがない。というか、バス停の表示を直せよ!チャイナクオリティに騙された。2路のバスは三国広場のある和平中路の東側で待たなければいけない。

昼も近くなってきたのでイスラム食堂で蛋炒飯を食べて、2路のバスに乗車する。終点の武侯墓に、12:30頃、到着する。武侯墓は諸葛亮の墓で三国志聖地だが、入場料が70元で完全に足元を見られた料金設定になっている。武侯祠と比べると観光客は少なく比較的静かだ。

これは山門。

三顧の礼とかの壁画。

ここは本殿にあたる大殿。

これが武侯墓の墓碑で明の万暦年間と清の雍正年間の2つの墓碑がある。

武侯墓の墓塚。

定軍山

14:20頃、定軍山の西の入口に到着する。観光開発はされているが、まだ入場料無料だ。長いこと放置されているような気配があり開発が止まっているようだ。開発業者の資金切れか?

定軍山を登っていくと廃墟と化した陣営があったりと荒れているが、定軍山の中心にやってくると農家楽とかがあり道路も通っており観光客がそこそこいる。2007年に定軍山を登ったときは道路は途中までしかなかったような・・・。

漢諸葛武侯井と督軍台

15:00頃、定軍山の石碑が見えてきた。ロンリー・プラネット陝西によれば山の上に新たな石碑が建立されているとあったので、ここのようだ。

そして、漢諸葛武侯井に到着する。なんと定軍山の石碑ではなく、全く知らない三国志遺跡に到着する。でも、綺麗に整備された井戸はあるけど、石碑の状態を見ると新しい感じがする。建立された年月もないし、由来の説明も何もないので、どうも、町おこしで勝手に遺跡を作ったような感じがする。

他にも督軍台とかいうのまであるが、古定軍山の石碑は見つからなかった。

黄忠刀劈夏侯淵

定軍山を降り始めると、黄忠が夏侯淵を斬る場面の像を見つける。

しかし、三国志テーマパークを途中まで開発したけど放置され荒れてしまうのは勿体無い。まあ、放置されたおかげで無料のままで見物ができるから別にいいかな?

15:30頃、定軍山を降りて、16:15頃、武侯墓まで戻り2路のバスに乗車する。
運賃は2元だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

古陽平関
N 33°08’51.41″
E106°36’35.00″
漢諸葛武侯読書台
N 33°09’01.35″
E106°36’45.72″
武侯墓
N 33°07’34.33″
E106°38’59.32″
定軍山西入口
N 33°06’52.42″
E106°39’08.57″
漢諸葛武侯井
N 33°06’46.94″
E106°39’44.34″
定軍山北入口
N 33°07’21.06″
E106°39’52.84″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 23.2元
バス 8元 路線バス
武侯墓 70元
合計 101.2元

張魯娘墓

07:00頃、起床してトイレでウンコしたら詰まりやがった。今までトイレが詰まるトラブルに遭遇した事がなかったのに詰まるとは・・・。初日からトイレの流れが悪いなとは思っていたのだが、とうとう詰まった。仕方ないので服務員のおばちゃんに助けを求める。

服務員のおばちゃんが吸盤の奴を持ってきて流れるようにしてくれる。助かった!
ありがとう!服務員のおばちゃん!

08:50頃、和平中路の西にある1路のバスの出発地点である勉県医院のロータリーの南で温泉行きの6路のバスに乗車する。運賃は2元だ。ここは6路と8路のバスの出発地点になっている。6路は張魯娘墓のある光明村、8路は諸葛亮制木牛流馬処の黄沙鎮に行く。

09:00頃、6路のバスが発車するが、県城の中心部を東西に横切る和平中路を通らず国道を通っていく。通りで和平中路のバス停に6路の案内が出ていても6路のバスが通らないわけだ。勉県のバス案内は要注意だ。

国道を通り県城の東で和平中路に入り、三国広場の前を通過していく。09:45頃、終点の光明村に到着する。7年ぶりに訪れたので道に少し迷ったが道を思い出し左へカーブしていく舗装された道路から前方の未舗装の道を進み集落脇を通り山の上に登っていく。

荒れた道教寺院があり奥へ進み、09:55頃、張魯女墓に到着する。張魯女墓は張魯の娘である琪瑛の墓だが文物保護単位の石碑にある説明には墓は西晋に建てられたとある。張魯女墓は手入れされておらず荒れ放題だ。

10:15頃、張魯女墓からバスの発着地点に戻る。10:30頃、6路のバスに乗車し勉県の県城を目指す。6路のバスは約30分間隔で運行されているようだ。

諸葛亮制木牛流馬処

11:15頃、勉県の県城に戻り、8路のバスに乗り換える。黄沙鎮までは3.5元だ。11:20頃、バスが出発し国道で道路工事の渋滞にはまる。12:20頃、黄沙鎮で下車し、バス停から50mほど歩いて右側に見えてきたのが諸葛亮制木牛流馬処だ。

道路沿いに面しているので8路のバスが目の前を通り過ぎていく。ここが諸葛亮が木牛流馬を作らせた場所とされており、清の同治年間建立の石碑が残されている。

碑亭の天井の梁には屯田兵や木牛流馬の絵が描かれており雰囲気を盛り上げてくれる。

劉備称漢中王設壇処

13:00頃、諸葛亮制木牛流馬処から楊修墓のある柳営村へ徒歩で向かうが、正確な場所が分からないので、とりえず道沿いにある墓を確認しながら向かう。楊修墓はレンガ工場に土の採取で消滅の危機にあったようなのだが、詳細な位置情報がなかったので断念して旧州村へ向かう。

橋近くのガソリンスタンドから南へ向かい突き当たりを右(西)へ向かうと劉備称漢中王設壇処があるのだが、自分は間違えて左(東)向かい30分くらい時間を無駄にする。

15:10頃、旧州村の劉備称漢中王設壇処に到着するが門が閉まっている。管理人が近くに住んでいるらしいのだが見つからず外から見物するだけにする。外から覗いた限りだと内部は清の光緒年間に建立された石碑はあるが荒れ放題で廃墟状態だ。

で、撮影していると村人の視線が痛い。恐らく「あ~、また三国志オタクが来てるよ!」とか思っているのだろう。15:50頃、劉備称漢中王設壇処を離れ国道へ出て1路のバスに乗車して勉県の県城へ戻る。運賃は2元だ。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

6路、8路のバス発着点
N 33°09’14.36″
E106°39’47.63″
張魯女墓
N 33°07’21.70″
E106°46’25.22″
諸葛亮制木牛流馬処
N 33°08’16.45″
E106°47’45.96″
劉備称漢中王設壇処
N 33°09’03.14″
E106°42’19.04″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.9元
バス 9.5元 路線バス
合計 29.4元

三国志遺跡 天蕩山

08:00頃、勉県の県城から解放路をひたすら北へ向かう。今日は曹操軍の陣営があった天蕩山を目指す。勉県の県城から見える塔のある山が天蕩山で、勉県の県城から4-5kmほどの距離がある。

大きな目印があるので塔を目指して歩いていけばよい。解放路を北に歩いて行き踏切を渡る。踏切周辺は畑があり開けているので撮り鉄にいいかもしれない。集落を通り過ぎて左(西)へ進むと広い道に行き着き天蕩山の牌坊が見えた。

天灯禅寺

天蕩山の牌坊を通り山を登っていき、09:00頃、天蕩山の中腹にある天灯禅寺に到着する。天灯禅寺は工事中の場所が多く、どうやら観光開発中のようだ。

でも、三国志に関連したものは一切ない。10:00頃、天蕩山の塔までやってきたが工事中で塔には登れず天蕩山を降ることになる。

中国は鉄道事故現場の写真で安全啓発

天蕩山を降りて勉県の県城へ戻る途中の踏切で撮り鉄をする。踏切には安全啓発のために事故写真を載せた看板があるが、事故現場の写真がそのまま載せてある。

これは文章で説明するよりも死体が転がっている写真とかを載せないと理解できずに平気で線路上を歩くということか?日本で同じ内容の看板立てたら抗議殺到の内容だ。


貨物列車を1編成撮影しておくが、長時間踏切に居座っていると踏切を警備しているおっちゃんに文句言われそうなので退散する。
11:30頃、勉県の県城に到着する。

GPSデータ

あくまで参考データです。
グーグルマップとGPS座標にズレが生じます。
実際に使用してデータが違っていたとか、公安に捕まった等の苦情は受け付けませんのであしからず!

天灯禅寺
N 33°11’15.40″
E106°39’59.12″
本日の出費
項目 金額 備考
食費 24.4元
合計 24.4元