東チベット・四川省理塘(リタン) 鳥葬台・白塔公園

四川省旅行記2016春

巴塘(バタン)→理塘(リタン)

04:50頃、起床する。昨日バスターミナルで05:30から理塘行きチケット販売とか言っていたが成都、康定のバスに余りがあればの話だろうからないだろうな。それに窓口のおばちゃんは理塘70元とか白タクより高い運賃言っていたし。

とりあえず夜が明けてから白タクで理塘へ行こう。ということで、もう一度寝る。07:00頃、再び起床して、07:35頃、白タク集結場所のバスターミナル前へ行くが、途中で運ちゃんたちが芒康、理塘、成都、康定、ラサと声をかけてくる。

理塘までは昨日の調査通り1人60元なので白タクに乗車。客が7人集まれば出発になるが現在は自分一人なので運ちゃんは再び客集めに街の中へ。1時間で客が集まればいい方かな?

08:05頃、運ちゃんが客6人連れてきた。思ったより早く客が集まり出発する。今日は標高約2500mの巴塘から標高約4700mの峠を越えて標高約3900mの理塘へ向かう。理塘到着は昼過ぎかな?

車内はチベタン音楽が流れ巴塘が地元の運ちゃんはノリノリで爆走中である。客はチベット人5人、中国人1人、小日本1匹の合計6人と1匹だ。標高3700mを越えると辺りは雪景色に変わる。

チベット人のおっちゃんがタバコを吸い始め、中国人のおっちゃんにもタバコを配る。タバコを吸い終えるとチベット人のおっちゃんは吸い殻を雪山へポイ捨て。そして、09:27頃、中国人もタバコの吸い殻を外へポイ捨てする。

中国って自由ですね!某党を批判すると行方不明になるけど大自然の中へタバコのポイ捨てはOKなようです。中国人が中国の大自然を破壊する自由を行使しているということか?でも、ここってチベットのカムだよな・・・。

09:30頃、国道318号の標高4000m以上の地点を東へ走る。標高約4200mを走行中に放牧中のヤクに遭遇。雪が降る中でもヤクは元気そうだ。あれだけ長い毛があるから寒さは平気なのだろう。

理塘(リタン)到着

10:45頃、標高約3900mの雪が降る理塘に到着する。2時間40分ほどで思ったよりも早く理塘に到着した。ここで運ちゃんに60元支払うが、客によって50元だったり、60元だったりしている。値切れば50元か?それとも地元民料金?運ちゃんは昼食後に客集めて巴塘へ帰るそうだ。

理塘的夏天国際青年旅舍

バスターミナル近くで降ろしてもらったので5分ほど歩いて、10:50頃、理塘的夏天国際青年旅舍(理塘的夏天国际青年旅舍/Litang Summer International Youth Hostel)に到着。約2年ぶりになるがレセプションが道路に面した場所に変わっていた。ここは以前シャワー屋の看板が掛かっていたのだが改装したようだ。

今回はyhachina.comで予約しており1泊30元(会員料金)のドミトリーに6泊する。予約時に一部支払い済みなので残金を支払う。6人ドミトリーはベッドにコンセント、照明、小物を置く台、電気毛布が付いており寒さ対策は万全だ。Wi-Fiも問題なく繋がる。共用のトイレ・シャワーは許容範囲内。屋上は洗濯物が干せるようになっている。

1Fの共用スペースはこんな感じ。

理塘のバス情報

11:50頃、バスターミナルの理塘汽車站を訪れるが白タクの運ちゃん達が康定、成都と声をかけてくる。さっき理塘に到着したばかりなのだが・・・。

とりあえず時刻表と運賃表を確認。理塘始発のバスは康定行きだけで、06:30、07:00、07:30の3本だけだ。

稲城、巴塘などは途中からの乗車になるので席が空いていれば乗車という話になる。相当運が良くないと席は空いていないので通常は白タクになる。

12:10頃、街の西にある白塔公園にやってきた。ダライ・ラマの写真を確認して地元民と一緒にコルラする。

奶湯麺

12:30頃、昼食に奶湯麺(15元/約255円)を食べる。奶湯麺は四川省邛崃市の名物麺料理で、豚骨、豚足などを煮込んでスープを作る。スープが牛乳のように白くなるので奶湯の名がついた。日本の豚骨ラーメンに近い感じだが、それほど白濁しておらず味は塩ラーメンのような感じだ。店によってスープの濁り具合が違うのだろう。

食後に街中を歩いているとやたらと人口密度が高くなってるところがある。よく見ると冬虫夏草の取引が行われていた。もう理塘は冬虫夏草が採れる時期のようだ。

大肉麺

雪が降って寒いので夕飯は近くの食堂で大肉麺(15元/約255円)を食べる。店に入ったら老板に一発で日本人だと見破られた。理塘は田舎だが外国人が多く訪れているだけのことはあり地元民は外人慣れしている。

ユースホテルへ戻ると断水している。シャワーのお湯は出るのだが心配なので今日はシャワー無しで寝ることにする。トイレの水が流れないので、気を利かせて洗面器にシャワーのお湯入れてすぐに流せるようにしておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 30元
宿泊費 162元 1泊30元×6
白タク 60元 巴塘→理塘
合計 252元

朝からウンコ山盛り

昨日の夕方から断水しているのだが、シャワーのお湯は屋上のタンクに貯められているのでシャワーだけは使える。なので、トイレで流す水も洗面器を使えば問題ない。しかし、朝のウンコしにトイレへ行くと既に中華カレー山盛り地獄絵図が展開されていた。昨晩、気を利かせて洗面器にシャワーのお湯入れてウンコ流せるように準備しておいたが、洗面器には冷たくなった水が残ったまま。

ある意味で期待を裏切らない中国だ。中国では気を利かせても無駄である。小さな親切は中国には不要なようだ。中国に必要なのは賄賂か。ウンコ流せよ!

仕方ないので自分が中華カレーを流してトイレをきれいにしておく。で、洗面器に流す水を準備してから、やっと自分のウンコの番だ。自分はやり逃げせずにウンコ流しておきます。昼までには断水は復旧するかな?

ダライ・ラマ7世の生家

08:45頃、理塘(リタン)の鳥葬台へ向かう。ネットで調べて大体の場所は分かっている。街の北西にあるタルチョがたくさんある所だ。まずはタルチョ目指して歩く。

09:00頃、途中、街中でダライ・ラマ7世の生家に寄っていく。生家といっても現在は寺になっており僧侶が修行している。

本殿を見物していくが内部は暗く静かな雰囲気が漂う。

本殿にはご禁制のダライ・ラマの大きな写真が堂々と飾られていた。

しかも、ダライ・ラマの写真が本尊になっている。脇にはパンチェン・ラマの写真もあります。

理塘の鳥葬台

09:20頃、街の外れまでやってきた。遠くにタルチョが見えるので、あそこが理塘(リタン)の鳥葬台だろう。雪の中を鳥葬台へ向かって歩いていくと欧米人とすれ違う。やはり、あそこが鳥葬台か。

でも、欧米人が帰っているという事は今日の鳥葬は終わったようだ。ネットで調べた情報によれば理塘(リタン)の鳥葬は月、水、金の07:30頃からのようで早く終わってしまうようだ。

09:40頃、鳥葬台に到着。もう鳥葬は終わって誰もいない。

周囲を調査してみるが遺体の解体場所がどこなのかは分からない。でも、周辺の丘には鳥たちがいるので近くなのは間違いない。見つかったのは香を焚く敬香台ぐらいだ。

10:15頃、車が集まってきた。10:30頃には僧侶まで到着する。鳥葬は終わったはずだが?とりあえず様子を窺うが丘の上にいる鳥たちに餌を投げているのが見える。丘の上から人が降りてきたので近づいてみると、チベット人のおっちゃんが小川でゴム手袋を洗っている。どうやら鳥葬をやっていたようだ。

しかし、遺体を運んでいる様子はなかったのだが?それに解体している様子も見えなかったし・・・。でも、投げていた餌は肉片ということだよな。子供の遺体なら手早く解体して鳥たちに食べさせることも可能だな。

丘に近づくと斧やナイフが散乱している。どうやら、ここが鳥葬で遺体を解体する場所のようだ。理塘(リタン)の鳥葬は朝だけでなく時間差でも行うようだな。これは観光客対策か?丘の上へ登ると地元民のチベット人の兄ちゃん2人組が籠を担いでいる。冬虫夏草でも探しに来たのか?

丘の上からは理塘周辺の山々が一望できる。眺めは非常によい。そして、下で何やら僧侶たちと一緒の兄ちゃんが呼んでいる。でも、自分を呼んでいるのか?丘の上には地元民の兄ちゃん2人いるしな・・・。兄ちゃんが丘を登ってきて下へ降りるようにいってきた。どうやら丘から降りて欲しいようだ。地元民の兄ちゃんたちも丘を降りる。

理塘の鳥葬が始まる

丘の中腹ではダンボール箱から遺体が取り出された。子供の遺体だ。これから鳥葬が行われるから呼んでいたのか!チベット人の兄ちゃんの話では遠方から運ばれてきた遺体ということで時間が遅くなったという事だ。

11:30頃、鳥葬が始まる。見物人は自分一人で他に観光客はいない。残りは僧侶や遺体解体の職人などの関係者だけだ。とりあえず、どこが見物OKの場所か分からないので僧侶たちの近くから鳥葬を見物する。遺体の解体が終わるが、ラルンガル・ゴンパとは違い鳥たちは降りてこない。鳥たちは丘の上で様子を窺っている。

12:00頃、鳥たちが子供の遺体の上空を飛び始めた。そして、僧侶たちが敬香台で読経を始める。12:07頃、鳥たちが一斉に遺体のある丘の中腹に飛んできた。そして、鳥たちのお食事になるが、ラルンガル・ゴンパの鳥とは違い数が少なく食いつきが良くないので食べ終わるまで時間がかかる。

鳥たちをずっと見ているとチベット人の兄ちゃんが声をかけてきた。中国人でなく外人というのは分かっていたようで何処から来たか聞いてきた。日本から来たことを言うと「ダライ・ラマ見たことあるか?」「中国好きか?」などきわどい質問をしてくる。
周囲には中国人はいないので本音で質問してくる。そして、「自分はダライ・ラマの弟子で中国嫌い」と公安に聞かれたら行方不明になることを堂々といっている。分かってはいたけど堂々と言われるとね・・・。

12:21頃、放牧されているヤクが乱入して解体された肉を食べ始める。

すぐに職人たちがやって来て追い払われる。理塘のヤクは雑食なのか・・・。どうやら、鳥葬ではヤクお断りのようだ。

12:27頃、遺体が細かく捌かれ鳥たちへ投げられる。鳥たちの食いつきはかなりよい。そして、関係者たちが帰り始めている。

12:39頃、斧で頭蓋骨を割られる。他の残った骨も集められ斧で砕かれ鳥たちへ。僧侶たちの読経が周囲に響く。細かく砕かれた骨を鳥たちが食べていく。13:01頃、鳥葬が終わる。

次の鳥葬が始まる

と思ったら、新たな遺体が運び込まれており、ダンボール箱から遺体が出され鳥葬が始まる。今度は大人の遺体だ。風に乗って死臭が漂う。解体中の遺体の近くには既に鳥たちが集まっている。

13:25頃、解体が終わったようで職人が丘を降りてくる。しかし、鳥たちは遺体に食いつこうとしない。近くで様子を窺うだけだ。再び職人が丘を登り遺体を斧で解体する。

13:45頃、解体された手足が鳥たちに投げられると一斉に食いついてくる。理塘(リタン)の鳥たちは細かく食べやすくないと食いつかないようだ。

14:05頃、職人が頭蓋骨などを念入りに砕いて鳥たちに最後の食事の用意をする。遺体を入れていた木箱が片づけられていき、鳥葬がまもなく終わるようだが、放牧中のヤクが肉食べに乱入してきたので地元民が追い払っている。

14:25頃、全ての骨を砕き終わり鳥たちが一斉に食べ始める。職人たちが丘から引き上げてきて鳥葬が終了した。

雑醤麺

15:10頃、理塘(リタン)の県城へ戻り、食堂で雑醤麺(15元/約270円)を食べる。

食後にケサル広場の前を通るがバス停ができている。理塘(リタン)にも路線バスが走るようだ。ユースホステルへ戻ると昨夕からの断水は復旧していたが、今度は停電だ。日本では考えられない事態だが中国の田舎では停電、断水はいつもの事なので、「あー、またか!」となってしまう。

青椒土豆絲蓋麺

夕飯を食べにバスターミナル前のイスラム食堂へ行く。自分の知る限りでは理塘で唯一のイスラム食堂だ。今回は青椒土豆絲蓋麺(15元/約255円)を食べる。

で、会計を済ませて受け取ったお釣りにこんな紙幣が・・・。「共産党に8000万人殺された」というスタンプが押されている。色々と大人の事情があるようだな。

17:30頃、ユースホステルへ戻ると今度は停電だけでなく断水までしている。停電しているからポンプも止まっているということね。18:00頃、停電と断水が復旧する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 30元
合計 30元

白塔公園

09:45頃、白塔公園を訪れる。ここは理塘(リタン)の定番観光地だ。

今日は天気が良いのでコルラしているチベット人が多い。

大チョルテンの所にはダライ・ラマの写真が健在だ。

大チョルテンと巨大マニ車を囲むように公園内にはマニ車が置かれており地元民がコルラをしている。ここは地元のチベット人がほとんどで中国人はほとんどいないのでチベットの雰囲気が味わえる貴重な場所だ。巨大マニ車を地元民と一緒に回して、11:00頃、白塔公園を離れる。

鳥葬台

11:20頃、鳥葬台にやってきた。
今日は鳥葬がなく誰もいない。

いるのは放牧されているヤクと上空を飛んでいる鳥ぐらいだ。今日は誰もいないので鳥葬台をじっくり見てみる。

昨日の鳥葬で出た砕かれた人骨が散らばっている。他の場所にも骨片があるので以前の残りなのだろう。

周囲には斧やナイフ、ハサミが放置されており次の鳥葬で遺体解体に使われるのだろう。昼頃、鳥葬台を離れる。

長青春科爾寺

12:30頃、長青春科爾寺に到着する。長青春科爾寺は理塘寺、リタン・ゴンパとも呼ばれているチベット仏教寺院だ。2014年に訪れた長青春科爾寺は大殿がまだ建設中で各所に資材が置かれ観光には適していない状態だ。

正面左の建物だけが内部を見物することができた。撮影禁止だけど・・・。

で、屋上からは理塘の街を望むことができる。遠くの雪山も見えて景色は良い。

13:30頃、昼食に香菇肉絲炒飯(15元/約255円)を食べる。椎茸と挽肉が入った炒飯だ。

ちなみに理塘では炒飯、麺類は15元が相場になる。成都より5割ぐらい高いかな。

夕飯はチベット料理の店へ行く。東チベットにいながらチベット料理を食べていないので、今更ながらチベット料理を食べてみる。

今回は2014年にも利用したチベット料理の店で咖喱牦牛肉飯(25元/約425円)を食べる。直訳するとカレーヤク飯になるが、長粒種のご飯に薄いカレースープとヤクの肉がかけられている。25元もする高級料理だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 40元
合計 40元

連休は避難生活

今日は5月1日、中国は労働節の連休になり民族大移動が始まった。
基本的に観光地は人民の海になるので、この時期は田舎で大人しくしているのが上策だ。幸い理塘(リタン)は本格的な観光シーズンではないので平和に過ごせそうだ。ただ、夏になるとラサへ向かうチャリダー軍団が押し寄せてくるので一気に賑やかになる。

10:50頃、長青春科爾寺(リタン・ゴンパ)にやってきた。すると寺の門前に2路の路線バスが停車しているではないか!まだ、運行していないと思っていたが運行していた。
ネットでは2016年4月27日から運行開始ってあったけど初めて見た。

ちゃんとバス停もあるのだが理塘(リタン)の街は小さいのでバスに乗らなくても用は足りる。

今日はリタン・ゴンパの巡礼路を通り寺の裏へ向かう。地元民のチベット人と一緒に寺の外周をコルラする。

標高約4000mになるので巡礼路を少し登るだけで息が上がる。途中、後ろを振り返ると理塘(リタン)の街が見える。

更に巡礼路を進んでいくが普段からリタン・ゴンパをコルラしているチベット人は全く息が上がっていない。

ようやく巡礼路を登り終わるところまでやって来た。後ろからはチベット人のおばちゃん達が登ってきて追い抜いていく。おばちゃんたちの体力が完全に上だ。

11:20頃、リタン・ゴンパの裏手までやってきた。理塘(リタン)の街が一望できる。

こちらは息が上がって動けないが、地元民は悠々と巡礼路の坂を下っていく。

少し休んでからリタン・ゴンパの裏山を少し登る。山を登るとリタン・ゴンパ、理塘(リタン)の街、雪山が見える絶景になる。リタン・ゴンパの裏山を越えると遊牧民がテントを張って放牧していたりするのだが、今回は山越えはやめておく。

13:00頃、ユースホステルへ戻り近くの商店へ食料買い出しに向かいインスタントラーメンを6個買っておく。1個3元なのだが大都市なら1個2.5元が相場だ。田舎なので輸送費とかがかさむのだろう。食料を買ったので明日の夕方までユースホステルに籠ろう。籠っている間に悪臭を放つ靴を洗って屋上で乾かしておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
合計 18元

土豆包子

朝から天気が良い。日差しが強く昨日洗った靴が思ったより早く乾きそうだ。昼頃に靴が乾いたので外へ出られる。

昼食はバスターミナル近くのチベット料理の店へ。1件目はメニュー表なくて包子だけとかいうやる気のない店だったので別の店へ。2件目はメニュー表あったけど、何故かメニュー表は野菜と一緒に冷蔵庫の中に保管されていた。値段は出ていなかったので、おばちゃんに聞いて土豆包子(2元/約34円)を5個注文。

土豆包子は簡単にいえば肉まんの具材がジャガイモになっている奴だ。中国の土豆包子とは違ってクロワッサンみたいな形をしている。

食後はケサル王広場へ行ってみる。チベット人の居住地ではケサル王の像が広場によくある。でも、いつ毛沢東像にされてしまうか心配だ。

広場近くの超市で沙棘飲料(5元/約120円)を購入。四川省アバ・チベット族チャン族自治州で生産された特産品のようだ。沙棘はサジーとも呼ばれ健康食品として注目されているらしい。

それと青稞酒(6元/約102円)も購入。チベット自治区ラサで生産されて酒でチベット産青稞を原材料に使用している。

牛肉麺块

夕飯は近くのチベット料理店へ。自分の知る限りではバスターミナルとユースホステル周辺で最もやる気のあるチベット料理店だ。英語、中国語、チベット語のメニュー表がある、お湯出してくる、客も入っているので一番まともだ。

今回は牛肉麺块(20元/約340円)を食べる。英語だとTibetan Local Noodleと表記されていた。麺はラーメンのように細くするのではなく、四角に伸ばしてちぎった麺だ。具材は白菜、トマト、ヤク肉が入っている。スープは野菜や肉を煮込んで作っていると思われる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 41元
合計 41元

新都橋行きのチケット購入

08:35頃、明日のチケットを買うために理塘汽車站にやってきた。08:30営業開始で既に一人先客がいたので並ぶ。そして、チベット人のおっさんが割り込んでくるので後ろへ並ばせる。長年の共産党支配の成果によりチベット人が愚民と化している。ダライ・ラマ不在だと、ここまで愚民になってしまうのか?

さて、明日の新都橋行きのチケットを購入する。販売システムはオンライン化されておらずチケットは手書きだ。康定行きの07:00発のバスで新都橋まで行く。新都橋までは運賃68元だ。チケットを購入したのでケサル王広場へ向かう。途中、冬虫夏草の売人たちが集結している場所を通る。

08:50頃、ケサル王広場にやってきた。青海省玉樹のケサル王像に比べれば小さいが理塘のケサル王像も立派だ。

広場にもザルを持った冬虫夏草の売人たちが集まり取引をしている。

09:00頃、ダライ・ラマ7世の生家にやってきた。地元民が集まりお祈りしていた。

鳥葬台へ向かうが途中の道はゴミだらけで、この先に鳥葬台があるなんて初めての人は思わないだろう。まあ、鳥葬台もゴミだらけなんだけどね。

鳥葬台の奥へ

09:40頃、鳥葬台にやってきた。今日は鳥葬がなくヤクが放牧されている。鳥葬台で草を食べているという事はカルシウムが十分補給できるだろう。

で、鳥葬台周辺もご覧のようにゴミだらけだ。

チベット仏教では鳥葬が行われる場所はゴミだらけでも問題ないのか?それともダライ・ラマ不在の影響で中国国内のチベット仏教が堕落しているということか?まあ、共産党による愚民化政策は成功しているだろう。北京、上海の大都会から理塘みたいな田舎まで、そこら中でゴミのポイ捨てしているしな・・・。

10:00頃、鳥葬台から更に西へ歩いてみる。放牧されたヤクたちが草を食べているのが見える。

近づいても人になれているので全く怖がらない。

ここからは理塘の街が一望できる。

街だけでなく草原や雪山も一望でき眺めは非常によい。11:00頃、丘を降りて理塘の街へ向かう。昼食に包子が買い込んで午後はドミに籠もる。

牛肉包子

夕食はいつものチベット料理の店へ。牛肉包子(20元/約340円)を食べる。包子といっても、蒸籠で蒸した包子ではない。油で揚げた包子だが脂っこくないし、包子の中は肉汁が封じ込められている。具材のヤク肉も美味い!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 30元
バス 68元 理塘→新都橋
合計 98元

四川省カンゼ・チベット族自治州 康定(ダルツェンド)・巴塘(バタン)

四川省旅行記2016春

康定行きチケット購入

08:30頃、新南門車站で今日の康定(ダルツェンド)行きのチケットを購入する。

窓口は混んでいるので誰もいない自動券売機へ。

康定行きのチケット残数を確認する。

バスを選択して携帯の電話番号を入力して支払い方法は支付宝を選択する。

券売機は現金非対応なので画面に表示されたQRコードをスマホで読み込んで支付宝で支払う。日本でいえばおサイフケータイに近い感じかな?

今回は10:00発、運賃149元、距離444kmになるが、直線距離では約210kmなのでかなり大回りして走るようだ。ユースホステルへ戻り荷物まとめて出発準備を整えて、09:40頃、成都熊猫夫人青年旅舍をチェックアウトして隣のバスターミナルへ。

成都→康定

チケットとバスを確認して乗車する。

定刻通り10:00にバスが発車する。今日から再びいつも通りの一人旅になる。

成都を出るとバスは高速道路を南西へと爆走し、2時間も走ると風景は都会から山へと変わる。

13:45頃、石棉の料金所で高速を降りて石棉県から省道211を北西へと峡谷に沿って走る。康定までは直線距離でまだ約100kmある。

14:20頃、昼休憩で停車。

休憩場所は工場跡を改造して食堂や売店が営業している。14:45頃、康定へ向けて出発する。省道211から国道318へ入り康定へバスが走る。

18:05頃、バスターミナルの康定汽車站に到着、天気は小雨だ。成都から標高約2400mの康定まで約8時間の道のりであった。康定市は甘孜チベット族自治州の州都でダルツェンドなどとも呼ばれている。

康定貢嘎国際青年旅舍

バスターミナルから2分ほど歩いて予約しておいたユースホステルの康定貢嘎国際青年旅舍(康定贡嘎国际青年旅舍/KangdingKonkaInternationalYouthHostel)に到着する。

1泊30元(会員料金)の8人ドミトリーに2泊する。既に予約時に一部支払っているので残金を支払う。部屋は2014年に宿泊した時と同じ8人ドミトリーだ。

康定汽車站の運賃時刻表

寝床を確保したので康定汽車站へ向かう。とりあえずバスの運賃時刻表を確認しておく。

康定は早朝にバスの発車が集中しており、どの路線も夕方には明日のチケットはほぼ完売だ。

自分は明後日の巴塘行きチケットを購入する。06:00発車で運賃154元だ。巴塘行きは同時刻に3本のバスが運行されるので人気路線のようだ。

そして、康定汽車站の恐ろしい所は早朝6時に20本ものバスが設定されているところだ。一斉に20台のバスが発車となると乗客の数が凄いことになり自分のバスを探すだけで一苦労だ。

抄手

巴塘行きのバスが確保できたので近くの食堂で抄手(15元/約270円)を食べる。抄手はワンタンに似た食べ物になり、あっさりスープにワンタンみたいな抄手が入っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 27元
バス 149元 成都→康定
合計 191元

雪が降っていた康定

朝から冷え込みが厳しい。外を見ると山の上には雪が残っている。
昨晩は康定でも雪が降っていたようだ。もう4月下旬になるのに・・・。

観音閣

10:40頃、跑馬山の麓にある観音閣を訪れる。小さなチベット仏教の寺院であるが地元民と観光客が訪れている。

もちろんマニ車もあります。10:50頃、観音閣から南無寺へ向かう。

南無寺

11:10頃、南無寺(ラモ・ ツェリン・ゴンパ)に到着。南無寺は康定の城区から少し外れた場所にあり、康定有数規模のチベット仏教寺院になる。

歴史は古く清の乾隆帝から扁額を賜ったほどの名刹である。

大きい寺なのだがあいにく工事中だ。

本殿には入れず境内歩いて外から見るだけだ。

11:30頃、南無寺を離れすぐ近くの金剛寺(ドルジェ・ダク・ゴンパ)へ行ってみるが、こちらは本格的に工事中だったので外だけ見て終了。

大肉麺

昼食は城区の食堂で大肉麺(13元/約221円)を食べる。スープは醤油系で唐辛子少なめだが山椒、八角が入っており辛さが唐辛子だけのスープとは微妙に違う。具材は小さめの豚の角肉がいくつか入っている。

昼食後は康定の城区を散歩するが雨が降ってきたのでユースホステルへ引き上げる。天気が悪いのでこのまま明日の準備をして早く寝よう。明日は早朝6時出発で標高4000m以上の高地を通るの体調は万全にしておこう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 26元
合計 26元

康定→巴塘

04:50頃、起床して出発の準備を整える。他の部屋でもバスで移動の宿泊客たちは起きて出発準備中だ。老板たちは寝ているのでベッドのシーツや枕カバーを籠に放り込んで勝手に出ていく準備完了。宿の猫だけが既に起きて「ニャー!ニャー!」鳴いて宿泊客を見送っている。

05:30頃、ユースホステルをチェックアウト。徒歩2分ほどでバスターミナルの康定汽車站に到着。既に各地へ向かう乗客たちで大混雑だ。手荷物のX線検査と改札を済まして巴塘行きのバスを探す。

06:00発車のバスは20台あり乗客たちが暗いバスターミナルを右往左往しながら自分のバスを探す。自分は運良くすぐに巴塘行きのバスを見つけ乗車する。今日の康定の日の出は06:34でまだ外は暗い。

06:00になり各地へのバスが発車し始めるが、巴塘行きのバスは動く気配がない。運ちゃんたちが改札を通らずに乗り込んできた乗客からチケットを回収して人数確認をしている。なぜ改札通らず乗車するのだ?

06:10頃、巴塘行きのバスが発車する。外が少し明るくなってきて周囲の状況もわかるようになってきた。ここでイベントが発生。最前列の乗務員席におっちゃんが勝手に座っており、乗務員に自分の席に戻るようにとっちめられる。まあ、このぐらいのイベントなら大したことないな。巴塘までどんなイベントが待ち受けているやら・・・。

康定を出て国道318号の山道を登り標高3000mを越えてくると白銀の世界に変わる。4月下旬でも季節はまだ冬で春の気配がない。07:10頃、標高4100mを越えてきた。ここまで来ると立ち往生しているトラックが出始める。どうやらスリップして登れなくなっているようだ。そして、タイヤチェーンの装着でバスが停車する。道路が凍結してこの先は登れないようだ。07:23頃、バスが凍結道路を登り始める。

07:28頃、標高約4300mのチョルテンがある峠を越えるが渋滞で停車する。

どうやら交通規制のようだ。この間に外で雪景色を撮影するが寒い。四川省とはいえ富士山より高い標高4200mぐらいだと冬の北海道だ。

待っている間に乗客たちは外に出て時間をつぶす。08:15頃、交通規制が解除される。そして、玉樹→成都のバスとすれ違う。青海省玉樹からのバスが運行されており、昨日玉樹を出発したのだろう。

更に人民解放軍のトラックともすれ違う。

かなりの台数が車列を作って峠を越えようとしていた。09:00頃、雪がなくなりタイヤチェーンを外して走るが緊急事態発生だ。ウンコしたくなってきた。運ちゃんに「トイレ行きてー!漏れる!」と伝えるともう少し待てとのこと。

09:30頃、新都橋でトイレ休憩になるが有料1元ニーハオトイレは既に列が・・・。幸いすぐに順番が来たので漏らさずに済んだ。ちなみに今回のニーハオトイレは水流れません。穴が開いているだけです。

09:40頃、バスが発車して新都橋から雅江への道を進んでいく。再び山道を登り始めると山肌が雪化粧してきた。標高は3700mを越えて富士山より高くなる。

11:20頃、雅江を過ぎて4kmほどの所の雅江驛站で昼休憩になる。自分はまたウンコしたくなったので有料の1元ニーハオトイレへ。先客たちがケツ丸出しでブリブリやピーピーなど大合唱しながら脱糞中だ。自分もブリブリとウンコしておく。今回のニーハオトイレは水洗式で一定時間ごとに水が流れ全員のウンコを流していく。

とりあえずすっきりしたので外で風に当たる。標高約2800mの高地なので風が心地よく天気は晴れで日差しが強くTシャツでちょうど涼しい感じだ。つい3時間ほど前は雪の積もる真冬の世界だったのだが、すごい変貌ぶりだ。

11:50頃、バスが発車し国道318号を走り次の中継地点の理塘へ向かう。理塘までは直線距離で約70kmだ。この辺りからはチベット自治区ラサを目指す中国人チャリダー軍団を多数追い越していく。

12:30頃、標高約4300m地点を通過する。周囲には雪が残っているが日差しが強いので思ったより気温は高そうだ。12:40頃、巴塘→康定のバスとすれ違う。半分ぐらいの道のりを来たということか?

12:50頃、標高約4380mの峠を越える。峠には石を置いてチベット文字が書かれている。チベット語は分からないので意味は不明だ。13:15頃、再び峠を越える。GPSは4464mを記録していた。

レーダー施設?

13:23頃、ヤバそうな施設の前を通過する。

壁は迷彩色だし、門の所にはバリケードがある。

そして、レーダーらしき物体があるし・・・。やっぱ軍事施設かな?とりあえず見なかったことにしておこう。

13:42頃、ゴンパのある集落を通過する。チャリダー軍団のための宿が多いようで「騎友」の看板が目立つ。

14:00頃、理塘の手前約10km地点の交通警察の検査站に到着。理塘県には入ったようで、あと少しで理塘の町だ。

14:25頃、康定を出発してから約8時間でバスターミナルの理塘県汽車站に到着しトイレ休憩になる。標高約3950mの高地にある理塘だが再開発の波が押し寄せ新しい街が建設中だ。

14:43頃、理塘県汽車站を発車する。再び国道318号を走り草原を西へ進む。

そして、理塘河に沿って西へ走っていく。

16:22頃、雪に覆われた標高約4700mの峠を越える。16:50頃、乗務員が乗客の身分証を回収。仕方ないのでパスポート渡す。この先に公安の検査站があるようだ。

16:57頃、巴塘の入口の措拉派出所に到着。ここで乗務員が乗客の身分証を持って降りる。17:02頃、バスが発車する。乗務員が先に自分のパスポートだけ返却してきた。乗客は身分証の束から自分のを探している。どうやら公安から熱烈歓迎の尋問はなしのようで無事に巴塘に入る。

巴塘

18:05頃、巴塘汽車站に到着。康定から約12時間の道のりであった。そして、巴塘の第一印象は「ハエが多い」である。何で大量のハエがブンブン飛んでいるんだ?

とりあえずバスターミナルのバス情報を確認しておくが、成都と康定行きのバスしかない。他のバスは明日確認してみるか。

老巴塘客桟

バスターミナルを出ると白タクの運ちゃん達が芒康、拉萨への客を集めている。外人には関係ないので予約しておいた宿へ向かう。3分ほど歩いて18:15頃、老巴塘客桟に到着。

eLongで予約しておいたがBooking.comでも予約できる外国人OK宿だ。1泊25元のドミトリーを予約しておいたが2人部屋になった。外人は隔離ということか?

部屋にはテレビ、電気ケトル、Wi-Fiがあるので特に問題なしだ。
共用のトイレ・シャワーはとりあえず許容範囲内。

18:30頃、夕飯を食べに巴塘の街を歩く。チベットとの境界の田舎街になるが宿は多い。チャリダーも見かけるので夏に向けてもっと賑わってくるのだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 50元 1泊25元×2
トイレ 2元
合計 64元

巴塘を散歩

08:30頃、巴塘汽車站の通りを南へ歩いていくと巴塘で一番大きい広場に到着。広場には抗戦記念塔と孫文像がある。

チベット色は全く感じられず。大体こういった場所にはチベットの英雄であるケサル大王の像があっても良いのだが・・・。

白タク集結場所

広場から更に南へ行くと新華書店が見えてきた。この新華書店の前が白タクの集結場所になっている。運ちゃんたちに理塘とチベットの芒康への料金を聞いてみると、芒康1人80元、理塘1人60元ということであった。白タクは新華書店の他にバスターミナルにもいるし、何人か客を集めた白タクは街の中を流しながら客を探しているので見つけるのは容易であろう。

康寧寺

09:10頃、康寧寺に到着。康寧寺は巴塘の県城で最も大きいチベット仏教寺院であり、巴塘で最も重要な寺院である。中に入ってみるが本殿の扉が閉まっているのでゴンパの周囲を調査してみる。

ゴンパの外にあるマニ車を回しながら地元民がコルラしている。地元民の信仰が厚いようで熱心にコルラしている。

とりあえず一緒にコルラしながら撮影しておく。

一周終えて再びゴンパへ。寺の内部は敷地は広いのだが本殿はそれほど大きくない。代わりに巴塘康寧寺佛学辨経学院があり本殿と同じくらいの大きさだ。そして、ゴンパの外壁になっている部分は僧侶の宿舎になっているようだ。どうやら康寧寺は僧侶の学校として運営されている様子だ。

今度は本殿の扉が開いているので帽子を取って内部を見物。既に地元民が五体投地しながらお祈りしている。本殿を隅から見ていくとパンチェン・ラマの写真があり、高僧たちの写真があります。

そして、例の写真がやはりありました!ダライ・ラマの大きな写真が2枚飾られていました。こっそりでなく堂々と飾られています。本殿以外でもダライ・ラマの写真が飾られており、4枚までは確認できました。おそらく他の所にも飾られているのでしょう。

帽子を取って寺を見物していると僧侶たちの視線が怪しい。僧侶たちがこちらをガン見です。自分はラルンガル・ゴンパへ行く前に髪切って坊主にしているので、僧侶から見ると坊主なのに観光客というのはかなり怪しいようだ。

10:40頃、康寧寺を離れる。とりあえず、巴塘の見所は康寧寺だけで、あとは理塘へ行くだけになってしまった。宿代は今日の分も払ってしまっているので巴塘の街を歩く。

茶馬古道

康寧寺から新華書店へ歩いていく。この通りは茶馬古道で、昔は茶葉と馬の交易でキャラバン隊が行き交った交易路になる。現在は当時の面影はなく住所表示のプレートで茶馬古道というのが分かる。

新華書店を過ぎて茶馬古道を東へ歩いていくと、10:50頃、関帝廟に到着。

四川省重点文物保護単位になっているが内部は崩壊し廃墟と化していた。

排骨麺

昼頃、バスターミナル近くの食堂で排骨麺(10元/約170円)を食べる。

四川料理の食堂だったのでスープに唐辛子が多めに入って辛い。

食後は康寧寺周辺を散歩。道路標識にはラサ(拉萨)の文字が・・・。チベットへ行きたいが追い返されるだけだからな・・・。

橋の近くにマニ塚があり地元民がコルラしている。日中の巴塘は結構暑くTシャツでちょうど良いくらいだ。でも、地元民の中にはセーター着ている姉ちゃんがいたり厚着の住民が多い。よく汗かかないな。

チョルテン

14:00頃、街の北にあるチョルテンにやってきた。菩提塔と呼ばれ1993年に建立された仏塔だ。看板を見る限り康寧寺が管理しているようだ。

街から離れているが地元民がコルラしている。

14:00頃、巴塘汽車站を訪れる。バスについて確認してみると甘孜行きはなく、成都、康定のバスは確認できた。理塘行きは朝5時半にチケット販売ということであった。成都、康定の余りがあれば販売ということか?バスターミナル前には白タクが集結しており理塘までの料金を確認してみたら1人60元ということであった。まあ、早朝に行ってみればいいか。

県政府近く超市で大理ビールV8(5元/約85円)470ml瓶と青稞酒(6元/約102円)2本を購入。巴塘は四川省だがチベットと雲南省の酒が売られている。物流網はチベット、雲南省とつながっているようだ。

麻婆雲呑

夕飯は近くの食堂で麻婆雲呑(12元/約204円)を食べるが店の中はハエがブンブンでレベルが高い。これはこの店だけではなく他の店でも同じだ。巴塘の衛生局は賄賂をもらうのに忙しくて衛生環境の向上やハエ退治はやってられないようだ。

麻婆雲呑はスープに唐辛子が入ってかなり辛い。雲呑は普通だがスープが普通の雲呑と違うのがポイントだな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 39元
合計 39元

四川省閬中 三国志遺跡・張飛廟と閬中古城

四川省旅行記2016春

成都→閬中

09:20頃、ユースホステルをチェックアウトする。S先生が閬中へ行きたいようなので一緒に向かう。同じドミのM先生も閬中まで一緒に行動となる。新南門汽車站から28路のバスに乗車して一環路北四段站で下車。公交ICカードは残高不足だったので運賃は現金2元だ。

10:00頃、北門客運站に到着。相変わらずカオス度高い。

閬中までの運賃は93元。次のバスは11:20発なので1時間ほど待機となる。S先生とM先生は周辺の散歩へ行くということ外へ出て行き、11:00頃に戻ってくる。

11:20頃、乗車が始まる。11:30頃、約10分遅れでの発車となる。高速道路に入り東へとバスが走る。

13:30頃、高速道路の服務区でトイレ休憩になる。

閬中

15:00頃、バスターミナルの閬中客運中心に到着する。閬中の天気はあいにくの小雨だ。

とりあえずバス情報を確認しておく。成都、重慶、都江堰など基本的に四川省内各地へのバスが出ている。

バスターミナルからS先生とM先生を連れて塔山街を北へ歩いていく。10ー15分ほど歩いて行き、15:30頃、Booking.comで予約しておいた塔山賓館に到着。予約しておいたのは1泊90元の2人部屋なのだが、M先生が日帰りから急遽宿泊となったので老板娘に相談して1人部屋を確保。M先生の1人部屋は1泊60元になる。

部屋はテレビ、エアコン、電気ケトル付きになる。

部屋のトイレ・シャワーはとりあえず許容範囲内。WiーFiはちょっと電波弱めだがちゃんとつながる。で、登記はオンラインでパスポート情報を入力かと思ったら派出所まで届け出に行かないといけないということでパスポートが返ってくるまで待機になる。

そして、派出所の担当者不在だったなどで状況が二転三転して公安がわざわざ出向いてくるということになり待っていると、本当に公安2人が出向いてきた。で、閬中までの交通手段、閬中での行き先を聞かれる。とりあえず地球の歩き方を見せて観光客というのをアピールする。結局パスポートの顔写真、ビザ、入国スタンプのコピーをとるだけでOKであった。登記を済ますのに待たせたという事で老板に車で古城まで送ってもらう。

老板の話だと観光客は古城に泊まるのが一般的で新市街の開発区に宿泊するのは珍しいらしい。どうも、新市街の方に日本人3人が乗り込んできたので公安が驚いて様子を見に来たっぽい。

バスターミナルから古城までの交通手段がわかっていれば古城に宿を予約したのだが、今回は複数人だったのでバスターミナル近くに宿を取ってしまった。自分一人だったら徒歩で古城まで行ってしまうのだが・・・。

閬中古城

17:20頃、閬中古城に到着。

天気は雨なので今日は古城内の様子を確認するだけで明日本格的に見物ということにする。

夕飯は古城近くの食堂で羊肉麺(9元/約153円)を食べる。8路のバスで新市街へ戻る。夜は康定での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
宿泊費 45元 1泊90元(割り勘)
宿泊費 33元 予約:康定貢嘎国際青年旅舍
バス 4元 路線バス
バス 93元 成都→閬中
合計 184元

閬中古城散策

07:30頃、賓館を出てS先生とM先生と共に6路のバスに乗車して市医院で下車し閬中古城へ向かう。昨日は小雨で観光には向かなかったが今日は晴れており観光にはちょうど良い。

閬中古城は四川省北東部、長江の支流である嘉陵江中域に位置しており巴蜀に現存する最大の古鎮である。閬中は三千年の歴史を持ち周代は巴国の都であり、唐代には「閬苑」が造営され、宋、元、明、清において拡張されてきた。閬中は西南地方統治における重要拠点でもあり、郡、州、府、道、軍治所が置かれ清代初期には20年間四川省の省都となった。

まだ朝の時間帯なので観光客は少ないが既に営業している土産物屋もある。閬中ではお酢を売っている土産物屋が多い。

大きな瓶での量り売りから小瓶まで売り方も様々だ。

張飛廟

08:15頃、張飛廟に到着。重要な三国志遺跡である。

入場料は58元で高いが他の観光地とのセットなら割引で少し安い。張飛廟は人気があるから単体でもボッタクリ料金に設定しているようだ。

まあ、他の所も一緒に見るのでセット券の120元の連票を購入。

閬中は三国時代に張飛が治めており配下の張達、范彊に殺害された場所でもあり、廟と墓が作られた。

廟には張飛像が鎮座している。

でも、この姿は普段思い浮かべる張飛の姿とは違う。

こちらは張飛の息子である張苞の像だが、どうもザコ武将にしか見えない。

墓亭にやってきた。ここが張飛墓になり蜀漢の頃に建立され清代に再建され、張飛像が鎮座している。

こっちの張飛像はイメージ通りの張飛だ。一目見て張飛と分かる。

張飛像の裏手が墓になる。

墓亭の左右には張飛を殺害した張達、范彊の像がある。

どちらが張達なのか、范彊なのかは不明だ。08:55頃、張飛廟を出る。

閬中県文廟

09:25頃、閬中県文廟にやってきた。入場料40元だがセット券の連票で見物。

文廟は孔廟とも呼び、儒教の孔子を祀る廟である。閬中には元々は保寧府文廟と閬中県文廟があり、県文廟は元々県城の北にあったが、明の崇禎年間に東門の外へ移され、清の咸豊元年(1850)に現在の場所に移された。2013年に全面修復が行われ現在に至る。

古い建物は残っていないようで全て新しい。奥の大成殿には立派な孔子像がある。09:45頃、閬中県文廟を出る。

貢院

09:55頃、貢院に到着。観光客でかなり賑わっている。

入場料55元だが連票で入場。貢院は科挙の試験場でイベントをやっていた。どうやら科挙の地方試験である郷試のイベントみたいだ。

10:10頃、貢院を出ると外でもイベントをやっている。

清代の役人の行列を再現しているようだ。

行列は貢院の隣りにある川北道署へ入っていった。

中天楼

10:20頃、中天楼に到着。入場料20元だが連票で入場。中天楼は閬中古城が一望できる楼閣で待ち合わせの目印にもなる建物で観光客でかなり賑わっている。

こんな感じで中天楼からは閬中を見渡せる。屋根ばかりなのだが・・・。

華光楼

10:40頃、華光楼に到着。こちらも楼閣で入場料20元だが連票で入場。

閬中の街並みが見渡せる。

それと閬中の脇を流れる嘉陵江が見える。11:00頃、中天楼でS先生と合流。M先生は昼までに賓館に戻るということでS先生とバス停へ向かう。8路のバスで新区へ戻る。

12:00頃、宿に戻るとM先生が戻っており、こちらも荷物をまとめてチェックアウトをする。10路のバスで閬中駅まで行く予定であったが老板に車で駅まで送ってもらう。今まで駅やバスターミナルなどに送ってもらうなんてほとんどなかったので驚きである。

昨日、公安に3人組をちゃんと閬中から追い出すように言われたのだろうか?老板に車で送ってもらうが、実は老板まだ閬中駅へ行ったことがないということで道を間違える。閬中駅はまだ新しく出来たばかりという事で場所を知らない地元民も多いようだ。

鉄道で閬中→成都

12:50頃、閬中駅に到着する。駅舎は新しく駅前はまだ工事中だ。老板にお礼を言って駅舎へ移動。まずは切符売場へ。一人一人で購入していると窓口のお姉ちゃんがぶちきれる可能性があるので成都までの切符を3人分まとめて購入。待合室は14:00頃に開くということで外で約1時間待機。

14:00頃、待合室へ移動する。入口でいつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませる。新しい駅舎なので待合室は広いし、当然だが自動改札でホームも高いので高速鉄道にも対応できるようになっている。

今回乗車する列車は15:09発、広元→成都のK9444次だ。席は硬臥代硬座、運賃49.5元になる。今回珍しく席が寝台を座席として利用する硬臥代硬座なので、ちょっと得した感じだ。

14:45頃、改札の先頭を陣取る。途中駅なので乗車バトルが予想されるので早めに手を打っておくということだ。駅員が出てくると改札が始まる前触れになり一斉に改札口に人が集まり混雑してくる。そして、駅員が自動改札機の使用方法を説明する。

14:55頃、改札が始まりホームへ移動し列車の到着を待つ。一応決められた乗車口番号に先頭で陣取っておくが、おそらく正確には停車できないだろうな。

列車が入線してくるが予想通り停車位置がずれる。幸い割り込みはなく先頭で乗車するが、やはり途中駅からなので既にカオス度が高い。何とか席を確保するが足下には農民工のおっちゃんたちのバケツが陣取っている。15:09に定刻通り発車する。

行先票を見る限りだと成都-昆明が主な運行経路で残りの経路は時間調整で運行している感じだ。

終点の成都までは約4時間半の乗り鉄になる。席が硬臥代硬座なので寝台車両だけど座席としての利用となる。硬臥代硬座にはあまり遭遇しないので得した気分だ。閬中からは結構乗客がいたのだが南充北駅でほとんどの乗客が下車して成都まで静かになる。

成都駅到着

19:30頃、成都駅に到着。19:45頃、28路のバスに乗車し、運賃2元、新南路站で下車する。

そして、交通飯店の敷地内にある熊猫夫人青年旅舍に戻ってきた。

eLongで6人ドミトリーを予約しておいたが満室で3人部屋に変更になった。料金は40元のままであった。

晩御飯はM先生とS先生が東道主で近くの食堂で醤肉絲、炒空心菜、麻婆豆腐を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 0.5元
宿泊費 40元 1泊40元×1
鉄道 49.5元 硬臥代硬座 閬中→成都
バス 6元 路線バス
閬中古城 120元
合計 216元

四川省色達(セルタ) ラルンガルゴンパの鳥葬

四川省旅行記2016春

丹巴(ロンタク)→色達(セルタ)

06:00頃、昨晩のうちにチェックアウトは済ましてあるのでユースホステルを勝手に出ていき、S先生と共にバスターミナルへと向かう。まだ夜明け前で空が明るくなり始めた頃で外は暗い。

06:30頃、バスターミナルの丹巴客運站に到着。今日は色達(セルタ)まで行くが、まずは甘孜(ガンゼ)行きバスで炉霍(ダンゴ)まで向かう。外に甘孜(ガンゼ)行きバスが停車しており、運ちゃんに行き先を聞かれ炉霍(ダンゴ)で降りることを伝えると康定→色達のバスに乗れるように連絡してくれることになる。

で、バスに乗車するがここでチベット人のおっちゃんと座席バトル発生。S先生の3番席におっちゃんが座っており退くように言うが嫌がっている。まあ、こういう事はよくある。運ちゃんの助けを借りておっちゃんを退かす。

発車時間の06:50になるが23番の客が来ずに定刻になっても発車できない。23番を置いて8分遅れで発車となる。丹巴→八美→道孚→炉霍→甘孜という経路でバスは走る。

07:03頃、乗務員のおっちゃんの携帯に23番が来たと連絡が入る。タクシーで追いかけているということで、07:08頃、バスが停車、07:11頃、23番がタクシーで追いつきバスが再び発車する。峡谷に沿って南西の八美へと進む。道路状況は良好で順調にバスが走る。08:10頃、道孚→成都のバスとすれ違い峡谷から山を登り始める。

08:30頃、標高約3900mの疙瘩梁子を越えて峠を下っていく。08:50頃、八美に到着、09:00頃、八美の外れでトイレ休憩。09:10頃、次の道孚へ向かう。ここからは進路を北西へを変える。10:10頃、甘孜→成都のバスとすれ違う。10:30頃、甘孜→康定のバスとすれ違う。

色達(セルタ)行きバスに乗り換え

10:35頃、道孚の手前で早めの昼休憩で田舎のレストラン竹香園餐館に停車。自助餐は25元でボッタクリ料金。

ここは標高約3000mになり各地からのバスが停車しており甘孜→康定、甘孜→丹巴、康定→徳格、康定→白玉2台の合計5台のバスが停車中。

バスで発車を待っていると、10:55頃、康定-色達のバスの営業許可のプレートを持ったおっちゃんが、「色達、色達」と迎えに来た。どうやらここでバスの乗り換えだ。いつの間にか色達行きのバスや知らないバスも増えていた。

荷物を載せ替えて色達(セルタ)行きのバスに乗り換える。他の色達行きの客や徳格、白玉などの客も乗り換えとなる。ここは昼休憩だけでなく各方面からのバスの乗客を乗り換えさせるためにも停車させているようだ。

11:20頃、乗り換えた色達(セルタ)行きバスが発車する。乗務員のおっちゃんが乗り換え客から料金徴収を始め、こちらは丹巴→炉霍のチケットを持っているので炉霍→色達で運賃60元となる。2014年に白タクで炉霍→色達を移動した際は70元だったのでバスの方が10元安い。

12:50頃、炉霍(ダンゴ)に到着。バスターミナルでトイレ休憩となる。標高約3170mになるが日差しが強くTシャツでちょうどよいくらいだ。色達(セルタ)までは直線距離で残り約100kmになるが実際は150kmぐらい走るのだろうか。13:00頃、炉霍から色達へ向けてバスが出発する。

炉霍から先の道路状況はまだ舗装道路なの良好だがヤク優先になるのでヤクに道路を塞がれていたりする。13:45頃、標高3700mを越え、富士山より高い所をバスが走る。

13:50頃、未舗装道路の山道を登っていく。14:10頃、タルチョで飾られた峠を越えていく。GPSでは4275mを記録していた。

14:22頃、峠を下り舗装道路に出た。14:35頃、色達、馬爾康、炉霍の分岐点になる翁達路口を通過。色達まで直線距離で残り約57kmになる。

2014年に通った際は工事で悪路になっていた道は新しい舗装道路になり渋滞もなく順調にバスが走っていく。予想外にバスが順調すぎて正直驚いている。

15:55頃、ラルンガル・ゴンパの門前町の手前で中国人観光客たちが降りていく。門前町の道路は工事中なのでバスは通らずに新道を走り色達の県城へ向かう。県城までは残り約20kmになる。

色達(セルタ)

16:22頃、標高約3800mのバスターミナルの色達客運站に到着する。富士山よりも高い場所だ。今回は新しい道ができておりバスでの移動は渋滞もなく順調すぎて楽勝であった。秘境と言われていたラルンガル・ゴンパだが道路事情は劇的に改善され、もはや秘境ではなく一大観光地である。色達は結構寒いと思っていたがTシャツでも大丈夫なぐらいだ。夜は冷え込むのだろうけど。S先生と予約しておいた宿へ向かう。

色達西渡国際青年旅舍

16:30頃、ユースホステルの色達西渡国際青年旅舍(色达西渡国际青年旅舍/Xidu International Youth Hostel)に到着。通常は1泊65元だがQunar.comでクーポン使って60元である。
支払いは昨晩予約時に支付宝で支払い済みだ。老板の話しによれば今日は既に日本人5人いるそうだ。日本人多すぎる。

部屋は8人ドミトリーでベッドにはコンセント、照明、小物を置く台がある。あと高地なので部屋にエアコンはないが電気毛布が付いている。

共用スペースはこんな感じ。結構広めだ。

宿の対面は武警の駐屯地のようで訓練に励んでいます。

夕方はS先生と色達の中心部を歩く。金馬広場と農貿市場の辺りを見ていく。夕方になると急に冷え込んできて上着を着ていないとダメだ。寒暖の差が激しい。

中心部には中国農業銀行が出来ており、2014年に訪れた際は建設中であったが完成し、ATMコーナーまである。ATMにはVISA、MASTERのマークがついている。これなら海外のカードで現金が引き出せる。

抄手

腹減ったので食堂で涼麺(5元/約90円)を食べるが量が足りず、よさげな他の店を探す。中心部で新たな店を見つける。

自分は抄手(15元/約270円)を食べる。抄手はワンタンの事で四川省では抄手と呼ばれている。外の天気が悪くなってきたのでユースホステルへ戻る。

19:45頃、停電発生!でも、色達はまだ夕方。今日の色達の日の入りは19:50だ。外は4月なのに雪が積もってエライ事になっている。色達は4月でもまだ雪が降る季節なのだ。今日はもう寝たほうがいいな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 60元 炉霍→色達
合計 80元

朝からバスチケット争奪戦

07:00頃に起床するが色達の朝は冷え込む。まずは朝一で成都行きのバスチケットを購入しないといけないので同じ宿に宿泊している日本人、ニュージーランド人、中国人と共にバスターミナルへ。

08:45頃、バスターミナルの色達客運站にやってきた。チケット販売は09:00からなのだが既に群れが出来ている。幸いおばちゃんの機嫌がよいようで販売は始まっているが販売のスピードが遅い。

よく見るとチケットは手書きになっておりプリンタで印字ではない。オンライン化されていないので時間がかかるわけだ。そういえば2年前に馬爾康行きチケットを買ったときもそうだったな。色達→成都のバスのチケットは207元だ。05:30に客運站集合、06:00出発になる。他の地域へ行くバスも同時刻発車なのでかなりの混乱が予想できる。

集団で朝食

09:15頃、宿に一度戻る。宿に宿泊している中国人4人、ニュージーランド人1人、日本人4人の合計9人の団体でから一緒にラルンガル・ゴンパへ向かう。まずは食堂により朝食となるが9人の大人数だと注文を取るだけでも一苦労。団体行動は時間がかかるな。

注文したのは素麺条(10元/約170円)で簡単に言えば素麺だ。薄味の醤油系スープで生姜とかが入っており味はなかなか良い。

色達→ラルンガル・ゴンパ

乗り合いタクシーは色達→ラルンガル・ゴンパの運賃は1人7元だ。10:15頃、出発するが乗客10人(自分たち9人+尼僧1人)、運ちゃん1人の合計11人だ。完全に定員超過だ。

ラルンガル・ゴンパまで約20kmの道のりになる。

停車場に到着して一緒の中国人が運ちゃんに鳥葬台までのチャーターの交渉を始める。相場は1人20元だが10元で押し切った。13:00に停車場出発ということでラルンガル・ゴンパ観光を開始。

ラルンガル・ゴンパ

2014年に訪れて以来のラルンガル・ゴンパになるが相変わらずの僧坊の密集は凄い。

とりあえずは奥の方へ歩いて行くがすれ違うのはほとんど僧侶だ。

この辺りは尼僧が集まって読経を上げている。

とにかく僧侶の数がすごい。

再び奥へ進む。

一番奥まで行き斜面に沿って歩いて行く。目の前は僧坊ばかりだ。

よくこの斜面にこれだけの僧坊を密集して建てたものだ。

ラルンガル・ゴンパ鳥葬台へ

12:55頃、停車場に戻り無事全員合流するが車がいない。中国人のお姉ちゃんが携帯で連絡を取るとこちらに向かっているようだ。

しかし、大人しく待っているお姉ちゃんではなかった。この間に他の運ちゃんたちとチャーター料金の交渉を初めて70元で交渉成立させ、13:05頃、チャーターで出発する。8人乗りを10人乗りで完全に定員超過だ。で、最初の運ちゃんにキャンセルの電話をする。

13:20頃、鳥葬台(天葬台)に到着。観光用のモニュメントがお出迎えだ。

ここが遺体の解体場所で腐敗臭が漂っている。遺体の臭いだ。遺体を解体する包丁も置かれている。

観客席に移動して鳥葬が始まるのを待つ。2年前と違い観光開発が進み柵や観客席が出来ている。鳥葬は完全にアトラクションと化している。

14:10頃、遺体が運び込まれるが4体ぐらいで大量だ。

遺体の搬入が終わると幕で目隠しがされる。遺体解体作業を観光客に見せないのと遺体を食べるハゲワシたちを近づけないためだ。簡単にいえばハゲワシたちの御食事の合図に使用している。

ハゲワシたちも鳥葬が始まることがわかっているようでハゲワシたちが斜面や山の上に集まり始めている。

遺体解体が始まりしばらくすると気の早いハゲワシたちは幕の前で待機している。

そして、フライングさせないように遺体解体の職人たちがハゲワシを追い払い睨みを効かせる。

14:58頃、幕がどかされ解体された遺体がハゲワシたちの目の前に現れる。

解体された遺体へ向かってハゲワシたちが斜面を駆け下りていく。

そして、ハゲワシたちが遺体を食べる。

これが鳥葬の最後である。

ハゲワシたちが遺体を食べ始めると観光客は帰り始めるが最後まで見ていく観光客もいる。人の死を考えさせられる光景なので、それぞれ色々な思いで見ているのだろう。

ラルンガル・ゴンパへ戻る

15:45頃、停車場に戻り1人8元徴収。停車場から山の上まで階段を上っていくが、ここで中国人たちとはお別れ。

山の上ではテレビか何かの撮影をしておりインタビューを受けるがプロパガンダ臭がするので徐々に離れ一緒の日本人2人にお任せして絶景を堪能する。

この光景を見ているだけでチベット仏教の凄さを感じさせられる。17:10頃、5人(日本人4人+ニュージーランド人1人)で色達へ出発。途中、尼僧2人をラルンガル・ゴンパの山門まで乗せる。

夕飯は大肉麺

夕飯は昨日寄った食堂へ。自分は大肉麺(12元/約204円)とご飯(2元/約34円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 24元
バス 207元 色達→成都
タクシー 7元 色達→ラルンガル・ゴンパ
タクシー 7元 ラルンガル・ゴンパ→色達
タクシー 8元 ラルンガル・ゴンパ-鳥葬台 往復
合計 256元

色達(セルタ)→成都

外は雪が降っている。日本人4人、中国人1人で宿を出てバスターミナルへ。05:05頃、バスターミナルに到着。まだ誰も来ておらず一番乗りだ。

運行されているバスは康定、馬爾康、成都になり、成都行きは3台での運行だ。05:25頃に客が集まり始める。

05:30頃、バスのエンジンが掛かり始めたので運ちゃんにチケット見せて成都行きのどのバスか聞いてみたら、ちょうどこのバスだったので荷物を載せてバスに乗車し発車を待つ。

06:00に定刻通りバスが発車する。色達の日の出は06:43なので、まだ外は真っ暗だ。
標高約3800mの色達から標高約500mの成都へと向かう。色達から成都までは直線距離で約400kmになる。

夜が明けると外は雪に覆われた白銀の世界だ。

雪もかなり降っており天気はかなり悪い。07:30頃、色達、炉霍、馬爾康の分かれ道になる翁達を通過し国道317の馬爾康への道を進む。ここからは工事区間の未舗装道路が続く。

08:15頃、トイレ休憩で停車。目の前の川で用足しになる。この頃には天気は曇りになり、このままだと太陽が出てきそうな雰囲気だ。

09:25頃、急ブレーキで停車。電柱から垂れ下がった電線だか通信ケーブルを引っかけていた。

11:15頃、観音橋鎮を通過。標高約2500mまで降りてきた。観音橋からは舗装道路なのでバスは順調に飛ばしていく。11:20頃、約5分のトイレ休憩。馬爾康まで直線距離で残り約55kmになる。

13:00頃、標高約2600mの馬爾康を通過。とりあえず成都までの中間地点通過といったところかな?2014年に色達→馬爾康の移動では到着が18:00ぐらいだったので5時間ぐらい短縮されている。で、どうやら昼食休憩なしで一気に成都まで走る気配がしてきた。まあ、自分は食べなくても問題ないので成都まで爆走してくれた方が到着が早くなるので都合がよい。他の乗客のことは知らんが・・・。

13:50頃、紅原、理県、馬爾康の三叉路を通過。理県方向へとバスが進み、標高は約3100mになる。山道を登っていくので標高は3200m、3300m、3400mと急上昇して峠越えだ。

14:30頃、理県米亜羅鎮で昼食休憩。標高約2700mまで降りてきた。14:55頃、出発する。成都茶店子客運站までは直線距離で残り約155kmになる。

16:30頃、洗車とトイレ休憩になる。ちょうど理県の桃坪羌寨の手前で標高約1500mになる。

17:00頃、汶川を通過、成都の茶店子客運站までは直線距離で残り約95kmになる。汶川は2008年に発生した四川大地震の震源地になる。大きな被害が出ていたが復興工事で全く別の街に変わっていた。

汶川からは高速道路に入り成都へ向かう。17:30頃、渋滞にはまる。おそらく事故渋滞だろう。高速道路上に人がいるので長時間の渋滞になっているのだろう。せっかく順調に成都へ爆走していたのに・・・。

18:00頃、事故処理が終わりバスが動き始めるが、ここは中国なので我先にと無理な追い越しが発生する。目の前で事故が起きていたというのに何やってんだか・・・。今日も絶好調の中国だ。

18:05頃、再び渋滞にはまる。今回は事故でなく料金所渋滞で、18:25頃、料金所を通過する。

成都に戻る

日没前の19:30頃、バスターミナルの茶店子客運站に到着。今日の成都の日の入りは19:35だ。色達から成都まで約13時間30分の移動であった。まあ事故渋滞がなければ13時間だったな。2014年より道路事情がかなり良くなり13時間で色達→成都の移動が可能なので、はっきり言って楽勝だ。色達は雪が降っていたが成都はTシャツで十分である。同じ四川省でも気候が全く違う。

S先生らと共に茶店子公交站から82路のバスに乗車、新南門站で下車して成都熊猫夫人青年旅舍に到着。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 40元 1泊40元×1
バス 1.8元 路線バス
合計 51.8元

四川省丹巴 チベット人の村「梭坡郷・中路郷」

四川省旅行記2016春

成都→丹巴(ロンダク)

06:00頃に起床して、07:30頃、朝食を食べる。今回のホテルは珍しく朝食付きだ。08:15頃、金玉大飯店をチェックアウトする。今日はS先生と共に丹巴(ロンダク)へ向かう。バスターミナルは斜め向かいになるが横断歩道まで迂回して歩いていく。

08:40頃、バスターミナルの茶店子客運站に到着。

今日は成都から丹巴まで直線距離で約200kmを移動する。チケットは昨日購入しており運賃は105元だ。

08:55頃、丹巴行きのバスに乗車し、09:00頃、バスが発車する。乗客は漢族とチベット人が多く欧米人が少しいる程度だ。斜め後方のチベット人のおっちゃんはお経を唱えていたりする。

高速を通るが、高速を降りて303省道に入り10:30頃に道が悪くなる。映秀から臥龍までは工事区間で悪路が続く。バスが揺れっぱなしでかなりの悪路だ。昼頃、工事区間を抜けて道路状況が少し改善されるが、それでも曲がりくねった山道だ。

12:30頃、臥龍で昼休憩になりレストランに停車。自分は有料トイレへ行きウンコである。入口の徴収係のおばちゃんに1元渡す。トイレはお約束のニーハオトイレ、扉なしで低い壁だけという奴でおっちゃんたちと一緒にケツ丸出しでウンコだ。

ウンコ済ませたら出発までのんびりだ。標高1900m以上の高地なので成都よりかなり涼しいし空気も澄んでいる。臥龍はパンダの生息地とも知られている場所なので自然環境がよいのは当然である。

13:10頃、丹巴へ向けバスが走り出す。13:35頃、標高2500mを越えてきた。ここからは高山病の危険性が出てくる高さだ。

13:50頃、標高3000mを通過する。道路脇には雪が残り山は雪化粧している。まだ季節は冬であった。14:20頃、標高4000mを越えた。14:40頃、標高4400mの峠を越えて道を下り始めた。後ろには09:30発の丹巴行きのバスが追いついている。

15:00頃、標高4000m付近でトイレ休憩になる。先に発車していた四姑娘山への小金行きのバスも停車している。トイレ休憩の場所なので景色は大して良くない。一応雪景色だけど・・・。用足しの乗客は茂みへと消えていく。

少し外を歩いただけで軽い頭痛がするので高山病の前兆だろう。大人しくじっとしていればすぐに治まるので無理はしないようにしよう。

15:10頃、再び出発するが、15:30頃、道路工事で交通規制が敷かれ16:00まで足止め。16:00になりバスが走り始めるとすぐに四姑娘山への入口になる日隆鎮に入るが道路工事の真っ最中なので土埃が酷く、まだ観光シーズンといえる状態ではなかった。17:30頃、小金の県城を通過する。

丹巴(ロンダク)到着

19:00頃、丹巴に到着。ユースホステルの前を通過したがそのまま終点まで乗っていきバスターミナル近くで降ろされS先生と共に荷物を回収する。

バスターミナルでセルタ(色達)行きのバスについて聞いてみると直通はなくガンゼ(甘孜)行きのバスで炉霍まで行き白タクで向かうという経路であった。やはり事前調査で判明していた方法しかなさそうだ。ガンゼ行きのバスは06:50発の1本だけなので要注意である。
続いて先ほど通り過ぎたユースホステルへ向かう。途中でチベット人の村の中路行きタクシー乗り場を見つける。タクシー確認していると運ちゃんが声をかけてきたが値段を聞き出すだけにしておく。中路まで客集まり次第の出発で1人15元、片道チャーター70元ということであった。ちと高いような・・・。

扎西卓康国際青年旅舎

19:30頃、ユースホステルの扎西卓康国際青年旅舍(扎西卓康国际青年旅舍/zhaxizhuokang International Youth Hostel)に到着。

ドミトリーで1泊30元(会員料金)だがS先生と2人なので2人部屋になる。

標高1900m以上の高地なのでエアコンはないが部屋にはテレビ、電気ケトル、電気毛布がある。Wi-Fiは問題なくつながる。

鶏雑麺

夕飯は近くの食堂で鶏雑麺(12元/約204円)を食べる。名前の通り具材は鶏ホルモン、スープは醤油系になる。

宿に戻り明日の予定を立てる。老板娘の提案で明日の朝にガンゼへのバスチケットを購入して、午前中は梭坡、午後は中路の2つのチベット人の村を見物、明後日の早朝にバスで炉霍へ移動、炉霍から白タクで色達(セルタ)へ移動することにする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 60元 1泊30元×2
トイレ 1元
合計 73元

梭坡郷

08:10頃、丹巴観光にS先生と出発。まず先に丹巴客運站で明日の炉霍行きのチケットを購入する。甘孜(ガンゼ)行きのバスで途中下車になるが運賃は72元だ。

明日のバスを確保したので川沿いに歩いて丹巴(ロンタク)の街を出る。

街を出てしばらくすると橋が見えてきた。

09:15頃、橋を渡り川沿いを歩いて行く。

川の対岸にはチベット人の集落が見える。チベット様式の立派な建物が並んでいるが背後の山の景色も凄い。桃源郷とか呼ばれるのもうなずける。

10:00頃、梭坡郷莫洛村に到着。ここが丹巴で3つある見所のチベット人の村の一つである。チベット人と言っても丹巴(ロンタク)に住むチベット人はギャロン・チベット人と呼ばれている。階段を上がりひたすら村の上を目指す。梭坡郷には古石碉楼と呼ばれる石造りの塔が山の斜面にいくつも建てられている。

梭坡郷には石造りの塔が80以上あるようだが観光用に整備された莫洛村には3つほどあるだけだ。しかも、古石碉楼は個人宅にあるので村は入場無料でも古石碉楼を登るのには20元とられる。

まあ、村自体は入場料無料なので歩きながら撮影していく。

周辺の集落にも古石碉楼が見えるので他の集落へも足を伸ばすのも良いかもしれないが梭坡郷は峡谷の中にあるので歩いて回るのが大変そうだ。

莫洛村を歩くだけでも結構疲れるが風景には満足だ。11:30頃、村の入口に戻ってきた。ここから丹巴の県城へと戻っていく。

12:30頃、ユースホステルに到着、昼休憩となる。午後は中路郷を目指すがユースホステルの老板に中路郷への料金相場を確認すると1人15ー20元、チャーター80元ということであった。

中路郷

13:10頃、再び出発して、まずは周辺の村に向かうタクシーが集結している省道沿いの停車場へ向かう。停車場へ向かう途中でチベット人の白タクの兄ちゃんが声をかけてきた。甲居へ行かないか声をかけてきたが、こちらは中路郷へ行く事を伝えると「チャーター100元でどう?」ときた。自分一人なら乗り合いタクシーで行くのだが、今回は2人行動なのでS先生に聞いてみる。

そして、運ちゃんと料金交渉になりチャーター80元で交渉成立となる。80元なら1人あたり40元となる。運ちゃんは甲居に住んでいるということで甲居を頻繁に勧めてくるが今回の目的地は中路郷だ。川沿いに車が走り橋を渡り山道を上っていく。道路状況はかなり悪く揺れが酷い。

道を登り切ったところが中路になる。山の上に平地があり奥に更に山がある。チベット様式の建物と青空と山が見え、話に聞いていた通りの風景だ。中路郷の方が桃源郷という言葉がふさわしいな。

山の中に広がるのどかな風景がなんとも言えない。

山の斜面近くには石造りの塔が見える。

小規模の塔なら近くにもある。

運ちゃんの車に乗って山を降りていきます。

途中、S先生のご要望により停車して撮影タイムとなる。これは丹巴県古石碉群の四川省重点文物保護単位の石碑。

斜面からは絶景が広がる。15:00頃、ユースホステルに到着、運ちゃんに80元を支払う。

19:00頃、夕飯を食べに出かけ、今回は丹巴(ロンタク)の県城中心あたりまで行く。安そうな店がないか探しているとS先生が店に目星をつけたようでそこへ向かう。店は火鍋屋でちょっと高いところだ。とりあえず鍋は紅鍋(20元/約30円)にして具材は串に刺さった奴を自分で選んでいくという方式だ。で、ここで資金を使ってしまうと今後に響くので食べる量は抑えておく。最終的に会計は2人で44元となり割り勘で1人22元である。

夜にチェックアウトの手続きを済ましておく。これで明日は早朝に勝手に出ていくだけである。色達(セルタ)での宿はQunar.comで予約して支払いも済ませておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22元
宿泊費 120元 予約:色達西渡国際青年旅舎
バス 72元 丹巴→炉霍
白タク 40元 丹巴-中路のチャーター割り勘
合計 254元

四川省成都 成都大熊猫繁育研究基地・宝光寺

四川省旅行記2016春

成都楽浮国際青年旅舎

09:30頃、ユースホステルをチェックアウトする。近くのバス停から166路のバスに乗車、運賃1.8元、予約していたユースホステルの前をバスが通過して太升北路站で下車。

来た道を5分ほど戻り、10:10頃、成都楽浮国際青年旅舎(成都乐浮国际青年旅舍/nova traveller’s lodge)に到着する。

Qunar.comでドミトリーがセールで39元だったので予約した。予約時に宿泊費は支払い済みで貯めておいたキャッシュバックを使ったので実質0元だ。

部屋は6人ドミトリーでエアコン、電気ケトルがある。鍵はICカードだ。ベッドにコンセント、照明あり、ロッカーも付いておりそこそこ良い部屋だ。それとWi-Fiもつながるし、ちゃんと窓も付いているので換気も良好だ。

共用スペースは広めになっており感じはなかなか良い。問題の共用のトイレ・シャワーは問題ない。ちゃんとトイレの水も流れます。宿泊客は少なめで静かなので、ここは狙い目だな。

怪味麺

近くの食堂で成都の名物麺料理の怪味麺(11元/約187円)を食べる。スープは唐辛子が多いので赤っぽい。具材は椎茸、豚肉、豆なのだが、とにかくスープが辛い。汗がどんどん吹き出てくる。四川料理だから辛いのは当たり前だな。

成都大熊猫繁育研究基地

11:00頃、53路のバスで昭覚寺公交站へ移動する。11:30頃、昭覚寺公交站に到着するが、この路線バスターミナルはカオス度が少し高い。バスを降りてすぐ目の前でおっちゃんがデカい音出して痰吐いているし・・・。成都は四川省の中心都市のはずなのだが・・・。

昭覚寺公交站では87路のバスに乗り換えて熊猫基地站へ向かう。11:45に出発、運賃1.8元で12:05頃、熊猫基地站で下車する。

成都大熊猫繁育研究基地の入場料は58元、9年前の2007年は30元だったのだが・・・。

名前の通りパンダの繁殖施設でパンダたちが屋外で飼育されている。何といっても大きな特徴が屋外でパンダが見られるという事だ。上野動物園のようにガラス越しではないのだ。成都の人気観光地でもあるので平日でも観光客が多い。

こんな感じでパンダがまとまっているのだ。しかも風向きによっては何やら獣臭がする。
どうやらこれがパンダの臭いのようだ。ちかくのおっちゃんの体臭ではない。

場所によっては1頭だけでくつろいでいるパンダもいる。

こちらは木登り中のパンダ。

このパンダは観光客のためにポーズをとっている。こんな感じで観光客を魅了している。営業熱心なパンダである。

ちょうど昼時なのでお食事中のパンダもおりタケノコを食べていた。

先ほどの木登りパンダは飽きたようでちょうど降りてきた。

この時期の成都は既にかなり暑いので水浴び中のパンダもいる。ここは観光客が集中しており撮影の順番待ちが長かった。

ここのパンダは観光客にケツを向けて昼寝モードだ。いや、既に「本日の営業は終了しました。」になっているのかもしれない。

こちらのパンダは観光客の方を向いて横になっている。ある意味でまだ営業中だな。13:30頃、成都大熊猫繁育研究基地を出る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20.2元
バス 7.2元 路線バス
大熊猫繁育基地 58元
合計 85.4元

成都金陵路4号国際青年旅舍

09:50頃、ユースホステルをチェックアウトする。バスで移動しようと思ったが混んでいたので地下鉄で行くことにする。太升南路駅から地下鉄4号線に乗車、10:10頃、騾馬市(骡马市)駅で1号線に乗り換え、10:20頃、省体育館駅で下車する。運賃は1.8元でバスで移動するのと同じ運賃であった。

10:30頃、成都金陵路4号国際青年旅舍(成都金陵路4号国际青年旅舍/CHENGDU No.4 JINLING INTERNATIONAL YOUTH HOSTEL)に到着する。これで成都で7軒目の宿だ。1泊35元(会員料金)の8人ドミトリーに宿泊するが、今回はQunar.comの特価で9元(約153円)、予約時に貯めておいたキャッシュバックを使い実質0元である。

部屋の8人ドミトリーは天井高くて広く感じる。エアコン付きで窓も大きく換気も良好。各ベッドにはコンセント、小物を置く台がある。照明はベッドによってあったりなかったりでちょっと惜しい。

共用のトイレ・シャワーは許容範囲内だ。屋上もあり洗濯物が干せるようにもなっており使い勝手が割と良い。

こちらは1Fの共用スペースでのんびりできそうだ。周辺には地元民用食堂が数軒あるし地下鉄の駅も近い。ここは長期滞在にかなり向いている感じだ。ただし、周辺が再開発の真っ直中でここにも再開発の魔の手が伸びて追い出されそうな雰囲気が・・・。

北門客運站→新都

11:25頃、省体育館站から99路のバスに乗車、車両は連結バスで新しいのだが爺さんの膝の上に乗った小学校低学年ぐらいのガキがおっさん並みの音を出して床に痰を吐いているが爺さん注意せず放置だ。これが成都独特の躾なのだろう。中国全土ではないと思いたいのだが・・・。無理かな・・・。

11:55頃、梁家巷站で下車、100mほど歩いて北門客運站へ向かうがボリタクのおっちゃんたちが多い。

成都の北郊外の新都区へ移動するが北門客運站から出ている650路のバスはこちらの入口から乗り場へ向かう。新都行きの650路のバスに乗車するが、成都の公交ICカードの天府通は使えない。使える公交ICカードは新都区の香城通であった。新都区だって成都市なのになぜ天府通が使えんのだ?

仕方なく現金で運賃2元になる。12:05頃、バスが出発する。途中で地下鉄3号線の工事で道が狭くなっていたりする。どうやら新都区まで地下鉄が伸びるようだ。12:55頃、鐘楼站で下車する。

桂湖公園

13:15頃、桂湖公園に到着。入場料は20元(約340円)。

桂湖は隋から唐にかけて城壁に使用する土砂採取ででき元は南亭と呼ばれ、隋唐代の園林湖池遺跡になる。湖にある城壁は隋の開皇18年に建設されている。成都に残る貴重な古典園林になる。

ここの桂湖碑林に三国志遺跡が隠されている。

碑林には征西将軍馬超墓碑が納められているが文化大革命で馬超墓は破壊されており、その残骸が墓碑になり状態はかなり悪い。

説明によれば1989年に桂湖碑林へ移設された。

こちらは復元された墓誌になる。14:40頃、博物館を出る。

宝光寺

14:50頃、宝光寺に到着。

入場料は5元で良心的な料金設定だ。

宝光寺は後漢の創建と伝えられる千年名刹で文献に登場するのは唐代(713)になってからである。明の崇禎年間に破壊され清の康熙9年に笑印密和尚により再建され、長江流域の「四大僧林」の一つに数えられる。

参拝客はそこそこおり線香が絶えることはない。

こちらの仏塔は途中で微妙に曲がっているような・・・。

天王殿や大雄宝殿などの建物は結構大きく飾られている扁額も清代の物で歴史があり大きい。

殿内では僧侶が読経していたりと雰囲気的によい。17:00頃、650路のバスに乗車、18:00頃、成都市内の北門客運站へ戻る。

鶏雑麺

夕飯はユースホステル近くの麺屋で鶏雑麺(11元/約187円)を食べる。鶏雑という名前の通り具材は鶏ホルモンになる。コリコリしており、なかなか良い味だ。スープは四川省なので唐辛子で赤っぽく辛い。あと八角の味がかなり効いていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
バス 7.6元 路線バス
地下鉄 1.8元
桂湖公園 20元
宝光寺 5元
合計 45.4元

成都熊猫夫人青年旅舍

09:00頃、ユースホステルをチェックアウトして宿の移動を開始する。次の宿は新南門車站近くの成都熊猫夫人青年旅舍(Chengdu Mrs Panda Hostel)だ。2kmほどの距離なので歩いて向かうが途中、四川大学の前を通り、10:00頃に到着。交通飯店の入口の所に看板が出ている。

場所は非常に簡単で交通飯店の敷地内で交通飯店の正面入口から20mぐらい奥に成都熊猫夫人青年旅舍がある。今回はeLongで予約しており40元の6人ドミトリーに1泊する。部屋に案内してもらうが部屋は交通飯店の建物内にあった。通路も交通飯店のロビーにつながっているし、部屋のICカードにも交通飯店って書いてあるし、どうなっているんだ?経営者同じ?

6人ドミトリーは鍵はICカード、エアコン、電気ケトルがあり、ベッドにはコンセント、照明あり。小型ロッカーもある。Wi-Fiは問題なくつながるがSSIDが交通飯店になっているのだが・・・。共用のトイレ・シャワーは特に問題なし。

共用スペースはこんな感じだ。で、バスターミナルの新南門車站近くという立地もあり欧米人もそこそこいる。

洛帯古鎮

10:30頃、新南路站から10路のバスに乗車、10:50頃、五桂橋公交站で219路のバスに乗り換える。これから成都近郊の洛帯古鎮へ向かうが乗客の爺さんたちの痰吐きの音が響きまくる。これから有名観光地へ向かうはずなのだが、なぜ原始人の集落へ行く雰囲気なのだ?

11:50頃、終点で降りて洛帯古鎮に到着。9年ぶりに洛帯古鎮にやってきた。この洛帯古鎮の「洛帯」は元々は「落帯」と呼ばれ伝説では蜀の劉禅がこの地で玉帯を八角井に落とした事から由来する三国志遺跡である。

一応古鎮には八角古井が復元されているけど実際は井戸ではなくドブになっていました。

そして、四川省で最も保存状態の良い客家古鎮として知られ、鎮内の住民85%以上が客家の末裔で客家語を話すということだ。

観光地化されている古鎮なので土産物屋が並ぶが調味料で豆鼓とかが売られているのを見かけると足が止まってしまう。でも、買わないけど・・・。いや、買うカネがないな。

ここは湖広会館になり清の乾隆8年(1743)に湖広籍の移民たちの寄付により建設され、禹を祀っているため「禹王宮」とも呼ばれる。

広東会館は清の乾隆11年(1746)に広東籍の客家の人々の寄付により建設された。南華真人を祀っており南華宮とも呼ばれる。

老街から外れたところにあるのが燃灯寺になる。隋の開皇年間(581ー600)には祠が建てられており「信相祠」と呼ばれた。宋の大中祥符2年(1009)に真宗より「瑞応禅院」の名を賜り、その後は興廃を繰り返し清代中頃に燃灯仏を祀ったことにより寺が広く知られるようになり燃灯寺と呼ばれるようになった。

古鎮には土産物屋など色々とあるのだが3元ショップを見かける。日本で言う100均に相当するのだが看板をよく見ると数字を修正した後がある。

おそらく以前は2元だったのだろう。相変わらずインフレは進んでいるようだ。

客家の古鎮ということで土楼まで建設されているのだが観光開発のやり過ぎのような・・・。開発状況からして三国志で町おこしは考えていないようで客家で町おこしになっている。まあ、三国志でも劉禅では町おこしは苦しいか。

今日は久しぶりに晴れてかなり暑い。どれぐらい暑いかというと腹出し族が出没するほど暑いのだ。ちなみに古鎮では文明旅游を呼びかけており各所に保安が配置されているが特に注意とかなしだ。腹出し族は文明旅游なのか?

14:00頃、バスターミナルに戻り219路のバスに乗車する。運賃1.8元で15:20頃、終点の五桂橋公交站に到着、10路のバスに乗り換え新南路站で下車してユースホステルへ戻る。

清湯素麺

夕飯は近くの麺屋で清湯素麺(9元/約153円)を食べる。スープは薄塩味で具材はネギだけのシンプルなやつだ。唐辛子の効いた麺ばかりだと辛くて嫌になるので、たまにはあっさりした麺を食べるのも良いだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
宿泊費 40元 1泊40元×1
バス 7.2元 路線バス
合計 60.2元

旅仲間ができる

朝起きると同じドミトリーに日本人がいることが判明。四姑娘山と丹巴へ自転車で行こうとしていたS先生と知り合う。で、色々と話しをしていたら東チベット旅行倶楽部の中の人のT先生が成都に帰ってくるという情報を入手する。

チベット族の居住地を目指す人には名が知られており、ある意味で業界の有名人なので一度は会っておきたい。そこでS先生に便乗させてもらいT先生に会ってみることにする。そして、S先生とセルタ(色達)のラルンガルゴンパへ向かうということになる。自転車は宿に預かってもらってバスで一気にセルタへ向かい成都への帰り道に四姑娘山と丹巴に寄るという計画だ。

昼前にS先生とバスターミナル近くで担担麺(10元/約170円)を食べる。とりあえず四川料理ということで担担麺にしておいた。宿に戻り明日また会うということで自分は次の宿へと向かう。

成都四号工廠国際青年旅舍

13:50頃、成都四号工廠国際青年旅舍(成都四号工厂国际青年旅舍/The Loft Design Hostel)に到着。名前の通り昔の工場をユースホステルに改装して営業している。成都の老舗ユースホステルになるがWEBサイトのドメインがhttp://dragontown.com.cnなので龍堂の系列店か?

今回は40元(会員料金)の6人ドミトリーに1泊する。予約時に4元支払い済みなので残金を支払う。部屋はエアコン付きで天井が高めで広めに感じる。ベッドにはコンセント、照明、小物を置く台があり使い勝手はよい。中型ロッカーもあるので荷物の収納も良好。Wi-Fiの電波状況は良好で問題なくネットにつながる。

屋上は洗濯物が干せるようになっており洗濯物が多い。長期滞在者が多いのか?1Fにはカフェだかバーが併設されている。

茶店子客運站

14:30頃、寛窄巷子(宽窄巷子)駅から地下鉄4号線に乗車、次の中医大省医院駅で2号線に乗り換える。

14:50頃、茶店子客運站に到着。セルタ(色達)行きのバスを確認して置くが明日のチケットは既に完売。明後日のはまだ残っているが人気が高いようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
宿泊費 36元
地下鉄 3.6元
バス 1.8元 路線バス
合計 51.4元

朝から騒がしい

06:30頃、廊下で欧米人たちが騒いでうるさくて目が覚める。どうやら酒飲んで朝帰りのようだが、うるさすぎで他の部屋の客がブチ切れて苦情を言っている。何やら朝からイベント発生だ。

09:00頃、ユースホステルの近くで床屋を見つけて髪を切る。20元で坊主にしてもらいラルンガルゴンパ行きの準備を整える。

成都の大物降臨

昼頃にユースホステルの成都四号工廠国際青年旅舍をチェックアウトするが荷物は夕方まで預かってもらう。12:40頃、昨日の成都熊猫夫人青年旅舎を再び訪れS先生と合流する。

今日は成都や東チベットへ頻繁に訪れる人には名が知られているT先生に会う。T先生はバスでこちらへ向かっているという話でしばらく待っているとT先生が現れる。東チベット旅行倶楽部の中の人でチベット文化圏を目指す旅行者にとっては業界の大物ともいえる人物である。色々と話をさせてもらい夕方に茶店子客運站へS先生と向かう。

丹巴行きチケット購入

途中、成都四号工廠国際青年旅舍で預けておいた荷物を回収して地下鉄で移動。バスターミナルの茶店子客運站で明日の丹巴行きのチケットを購入する。

窓口で並ぶのは面倒なので誰も使っていない自動券売機で購入。現金・キャッシュカード非対応で支付宝と微信にしか対応していないのでスマホを使って支付宝で支払う。

成都→丹巴の運賃は105元だ。もちろん2枚購入でS先生の分も一緒だ。バスチケットを確保したので次は宿へ移動だ。予約しておいたホテルはバスターミナルの斜め向かいにあるのだが交通量が多いので無理に渡れば確実にひき殺されます。なので、遠回りして横断歩道を渡り歩いていく。

金玉大飯店

バスターミナルから15分ぐらい歩いて、Qunar.comで予約しておいた金玉大飯店に到着。
ホテルの名前にかなりインパクトがある。

最初に正面の建物に入るとレセプションが建物左側奥にあるという事で奥へ進む。どうも、本業は結婚式場みたいな感じだ。レセプションでのチェックインは外国人があまり来ないようなのでオンライン登記に苦戦している。先に支払いだけ済ませて後でパスポート回収ということにする。

部屋は1泊135元の2人部屋だ。テレビ、エアコン、トイレ・シャワー付きになる。テレビが今時珍しいブラウン管なのにCATVの端末がつながっている。CATVになっているのならテレビも液晶に交換してもいいのではないだろうか?WiーFiも使えるがレセプションでパスワードを聞かないといけない。

トイレ・シャワーは無駄に広い。半分ぐらいの広さで十分だ。1人で宿泊だと高いが今回は2人なので割り勘ということで自分の負担は68元だ。

カルフール

S先生と共にレセプションでパスポートを回収して茶店子客運站から地下鉄で1駅移動。カルフールが駅に直結しているので外へ出る必要なしで食料を調達する。

夕飯はカルフール近くのイスラム食堂で洋葱炒肉蓋飯(12元/約204円)を食べホテルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 39.1元
宿泊費 68元 1泊135元(割り勘)
バス 3.6元 路線バス
バス 105元 成都→丹巴
理髪 20元
合計 235.7元

四川省成都 三国志遺跡・九里堤

四川省旅行記2016春

成都懶骨頭鉑泊客青年旅舍

11:00頃、老宋国際青年旅舎をチェックアウトして、Booking.comで予約しておいた成都懶骨頭鉑泊客青年旅舍文殊院店(成都懒骨头铂泊客青年旅舍文殊院店/Chengdu Lazybones Hostel Templeside Poshpacker)へ移動する。20分ほど歩いて11:20頃に到着。

2016年3月12日に開業したばかりのユースホステルで文殊院まで徒歩10分、ウォルマートまで徒歩5分ほどの好立地だ。実はここ老舗外人宿のMix Hostelの系列店になる。今回は35元の4人ドミトリーに1泊する。

部屋の設備は新しくエアコン、ドライヤー、トイレ、シャワー付きで快適だ。ベッドにはコンセントがあり、ロッカーは50Lのバックパックが収納可能な大きさだ。ベッドに照明がないのがちょっと痛いが、WiーFiは問題なく使えネットの速度も問題ない。まだ午前中なので4人ドミは自分一人だけだ。

永陵博物館

12:40頃、大安西路西站から127路のバスに乗車、運賃1.8元、永陵路口で下車する。12:55頃、永陵博物館に到着。入場料は20元(約340円)で2007年に見物した時と同じで珍しく値上げせずに頑張っている。

永陵は五代十国の前蜀の初代皇帝である王建の陵墓である。永陵は1940年に発見され1942年に発掘された。

正門から入るとまずは目の前に陵墓は続く神道があり両脇に石像が置かれている。成都市内の有名観光地なので欧米人も訪れている。

神道を進むと墓室への入口だ。

更に進むと扉があり、この奥が棺が置かれていた中室と王建像がある後室となる。

ここが棺が置かれていた中室になる。墓室は外よりかなり涼しく夏は涼むのに良さそうだ。地下の墓室は広いのだが照明が暗くよく見えない。もう少し明るくして欲しいのだが・・・。

2007年に一度見物しているのだが、かなりきれいに整備されており、続いて陵墓の裏手にある博物館を見物していく。

博物館は前蜀と後蜀に関する展示になっている。

青羊宮

14:40頃、永陵博物館を出てバスを乗り継いで15:45頃、青羊宮に到着。

入場料10元(約170円)で比較的良心的だ。

青羊宮は「川西第一道観」とも称される道教寺院である。創建は西周にまでさかのぼり、青羊肆、青羊観、玄中観とも呼ばれていた。

唐の僖宗が中和元年(881)に黄巣の乱を避け、この道観に一時避難した際に修復しており、僖宗が乱を平定し長安へ戻ると青羊宮の名を賜る。明末期の兵火により唐代に建てられた建物は失われ、現在の建物は清の康熙年間に再建された物になる。

入場料を取っているので無料により観光客であふれる文殊院とは違い静かである。

古娘娘廟を再調査

16:40頃、42路のバスで文殊院へ戻る。昨日訪れた文殊院裏手の三国志遺跡の古娘娘廟をもう一度訪れてみる。既に夕方なので廟にある茶館は営業終了で客の地元民は皆帰っており廟内は静かだ。昨日は遠慮して奥の方は見なかったが、今日はしっかり確認しておく。何か三国志関連の物でもあるか探してみる。

すると本殿の片隅に新しいけど石碑を発見する。「蜀漢北地王妃廟」の文字が刻まれている。これは大きな収穫だ!

夕飯は近くの食堂で回鍋肉炒飯(8元/約136円)と雑醤麺(8元/約136円)を食べる。回鍋肉炒飯はちゃんと回鍋肉が入っていたが油が多すぎだ。

雑醤麺は唐辛子なしで頼んでおいたので食べやすく雑醤の味付けがよい。

ユースホステルへ戻るとドミに荷物が増えている。どうやら2人新たに来たようだ。しばらくすると欧米人2人が戻ってきたがすぐに出て行ってしまった。夜遊びかな?こちらはさっさと寝よう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.3元
宿泊費 35元 1泊35元×1
バス 7.2元 路線バス
永陵博物館 20元
青羊宮 10元
合計 90.5元

ドミで公開プレイ?

07:50頃、緊急事態が発生する。
緊急事態といってもウンコしたいのにトイレが塞がっているという奴ではない。同じドミの欧米人の兄ちゃん2人組のことだ。

隣下段のBベッドがずっとギシギシと音を出して、Bの息遣いが「ハァ!ハァ!」と荒いのだ。まさか上段のAと男同志だったのかと思ったら女の声がするやん!彼女と朝から一発始めてしまったようだ。というか、深夜に帰ってきたのは知っていたが野郎ドミに彼女連れ込んで寝てたんかい!ドミトリーでやり始めてしまうのはどういう事?これは観客がいないと燃え上がらないという奴なのか?

正直言ってジジイのこちらは困ってしまう。ずっとベッドはギシギシ鳴りっぱなしで息づかいも荒いし・・・。で、ようやく静かになったので終わったようだ。

Bがゴソゴソと荷物をいじっていると「sorry」とかいっている。Bの上段のAが起きていたようだ。いや、ベッドをギシギシと揺らされたら絶対起きるよな。これで静かになったと思ったら、またギシギシ鳴り始める。2回戦目かよ・・・。荷物いじっていたのはゴムの補充だったようだ。ズッコンバッコン激しくやっていると上段のAがキレるだろうし、ドミトリーで2発目って、ちょっとやりすぎではないでしょうか。

09:00頃、ようやく終わったようで彼女は部屋へ戻っていった。そして、上段のAが「This Morning」とか言っており、おそらく会話の口調からして「朝から何やり始めてんだよ!」とか言っているのだろう。で、こちらが荷物をまとめているとBが「sorry」とか言っていたのはわかったのだが他の単語は理解できず。こちらは笑って答えるしかなかった。

Mix Hostel

10:30頃、宿をチェックアウトして5分ほど歩いて成都驢友記青年旅舍(成都驴友记青年旅舍/Chengdu Mix Hostel)に到着。成都驢友記青年旅舍よりMix Hostelの名称で外国人には知られているだろう。Mix Hostelは2004年ぐらいから営業している成都の有名老舗ホステルである。Qunar.comでの予約時に支払いは済ませてあり30元の4人ドミトリーに宿泊する。今回は前払いで27元になっていた。

部屋は少し狭めだが4人部屋なら許容範囲内の広さだ。ベッドにはコンセント、照明、小物を置く台が付いている。ロッカーは中型のがあるので荷物の収納に十分使える。WiーFiは問題なくつながりネットの速度はまあまあかな。あとエアコンがあるので夏の暑さも乗り切れるだろう。共用のトイレがボロいので不満だが料金考えれば仕方ないかな。

四川省博物院

13:05頃、大安西路西站から42路のバスに乗車、運賃1.8元、青羊宮で下車して10分ほど歩いて、13:35頃、四川省博物院に到着。今日は土曜日でどこへ行っても混雑しているだろうから博物館だけにしておく。入場料無料でパスポート提示して入場券を受け取る。

巴蜀の青銅器は展示量多いけど少し見るだけにしてチベット仏教の所へ。仏像は大きいのはあまりなく小さいのが多い。大きい仏像は紅衛兵が破壊済みということかな?

タンカとかも少し展示されていた。

漢代の石刻とかも展示されていた。

最後に少数民族の展示を見て見物完了。

16:00頃、夕飯に干雑麺(11元/約187円)を食べる。具材は大豆や挽き肉などでスープなしの麺料理だ。

食後にウォルマートに寄っていく。

店内見て回るがレジ周辺には途中でいらなくなった商品が放置されている。

中国には整理整頓や元の場所に戻すという習慣がないようで、途中でいらなくなったらその場に投棄していくようだ。

中にはこのようにわざわざ切ってもらったスイカまで置き去りにされているのだ。これは嫌がらせとしか思えない。小日本には理解できない世界です。

夜はネットで1週間先の宿まで予約しておく。とりあえず日替わりで成都のユースホステルを渡り歩きます。長期滞在に最適な宿は見つかるかな?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.8元
宿泊費 4元 予約:成都四号工廠国際青年旅舍
バス 3.6元 路線バス
合計 21.4元

成都懶骨頭青年旅舍

08:00頃に起床してウンコしにトイレに行くが既にウンコが便器の中に・・・。水流せよ!10:00頃、Mix Hostelをチェックアウトする。次の宿は比較的近いので徒歩で向かう。

10:30頃、成都懶骨頭青年旅舍(成都懒骨头青年旅舍/Chengdu Lazybones Lounge Hostel)に到着。ここもMix Hostelの系列店になり地下鉄の騾馬市(骡马市)駅が近いので交通の便は非常によい。

部屋は35元の8人ドミトリーで1泊する。宿泊費はQunar.comでの予約時に支払い済みだ。今回はQunar.comで貯めておいたキャッシュバックを使ったので支払いは実質0元になる。

ベッドにはコンセント、照明、小物を置く台が付いている。ロッカーは小型のがある。Wi-Fiは部屋でも問題なくつながる。

三国志遺跡・九里堤

11:10頃、ユースホステルを出てバス停へ移動。11:20頃、羊市街站から109路のバスに乗車、運賃1.8元、11:45頃、九里堤中路北站で下車する。そのまま道なりに3分ほど歩いて三国志遺跡の九里堤遺址に到着。

九里堤は成都市北西の府河西岸に位置しており堤の全長は名称の通り約9里になる。伝説のよれば諸葛亮により築かれ、成都府志・山川には「九里堤、府城西北隅。其他窪下、水勢易超。諸葛亮築堤九里捍之」と記載されている。

唐代乾符年間に剣南西川節度使により九里堤の補修が行われ、宋初期に洪水により堤が破壊されるが成都知府の劉熙古により修復される。後に堤の上に劉公祠が建立され劉公堤とも呼ばれる。さらに劉熙古が兵部侍郎だったこともあり侍郎堤とも呼ばれた。

九里堤は諸葛堤とも呼ばれているが、それは蜀の人々が諸葛亮に対し敬仰と懐念を持っているためである。清代中頃から九里堤の名称が一般的になり、劉公祠は諸葛廟へと変わっていった。

民国以降は川の流れが変わり九里堤は堤としての役割を終え、現在は長さ約28m、幅6mが残るのみになり、2012年に九里堤の修復と諸葛廟の再建が行われ2013年に完成した。

再建された諸葛廟には黄金の孔明像が鎮座しており、壁には隆中対と収姜維の絵がある。

洗面橋

12:50頃、九里堤中路北站から再び109路のバスに乗車して来た道を戻っていく。13:30頃、電信南街站で下車し来た道を戻り、3分ほどで交差点の北西角にある洗面橋文化広場に到着。

この洗面橋の南には関羽を祀った衣冠廟があった場所があり、現在の一環路衣冠廟立交橋を中心とした場所になる。劉備が成都を出る際には毎回この洗面橋で沐浴と香を焚き衣冠廟で祭祀を執り行っていた。

衣冠廟に関しては清の嘉慶年間の四川通志・陵墓に「関帝墓在県南万里橋側。帝没于呉、昭烈以衣冠招魂、葬此。」と記載されている。衣冠廟は清の康熙46年(1707)に四川巡撫の能泰により再建され、清の道光年間に修復され抗日戦争時にも廟は尚残っていた。その後、廟は破壊され地名のみが残っている。抗日戦争時にはまだ廟があったという事は、文革で紅衛兵が破壊ということか?

現在は洗面橋文化広場が整備され顔を洗う劉備と馬(的盧?)の像が置かれている。地元民は劉備像とか全く気にしておらず完全にスルーだ。

そして劉備像の近くでガキの放尿イベント発生。毎日イベント盛りだくさんでディズニーやUSJにも負けないワンダーランドです。ある意味で期待を裏切らない中国だ。

天府広場

14:50頃、成都の中心になる天府広場にやってきたが公安が多い。自動小銃を持った武警も巡回しているし色々と大人の事情があるようだ。

で、広場の北側に毛沢東像があり見所であるが、自分にとってはやたらと多い公安と武警が見所である。

夕飯はイスラム食堂で牛肉麺(9元/約153円)と鶏蛋炒飯(9元/約153円)を食べる。久しぶりのイスラム食堂での牛肉麺だ。味はいつもと同じ味付けである。

部屋臭い

ユースホステルに戻るが部屋が臭い。原因は部屋にあるトイレ・シャワーで湿気が籠もってカビが発生している。換気扇つけっぱなしにするが既に手遅れの様子。さらに特定のベッドから体臭が漂ってくる。主は出払って不在だが臭いがきつい。どうもここは失敗の感じだ。設備古くてもMix Hostelの方がいいな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
バス 5.4元 路線バス
合計 23.4元

成都拖板鞋青年旅舍

10:30頃、騾馬市(骡马市)站から48路バスに乗車して運賃1.8元で春熙路口南站にて下車。
10分ほど歩いて10:50頃、成都拖板鞋青年旅舍(Chengdu Flipflop Lounge Hostel)に到着する。ここもMix Hostelの系列店になり、今回はBooking.comで35元の10人ドミトリーを予約しておいた。

共用スペースは結構広く欧米人も見かけた。雰囲気的にはなかなか良い感じだ。

さて、部屋の方だが扉を開けて足を踏み入れるが第一印象は口臭がすごい!10人ドミトリーで口臭の酷い奴が宿泊しているという最強の条件を満たしているので扉は開放したままでないといけない。そして、部屋にトイレ・シャワーが付いており湿気が酷い。失敗したな。

ベッドにはコンセントと照明があり、一応ロッカーもある。Wi-Fiは問題なく使えるので部屋に籠もることも可能だが口臭が酷いので共用スペースで過ごした方が良いだろう。ここは10人ドミは避けた方がよい。共用スペースはいい感じなので宿泊するなら10人ドミ以外で換気の良い部屋だな。

明蜀王陵

11:40頃、ユースホステル近くの紅星路四段站から6路のバスに乗車。游泳池站で80路のバスに乗り換え、12:30頃、成都大学で下車。

明蜀王陵へ向かうが周辺が青龍湖水庫として整備されており湿地公園になっていた。9年前の2007年に訪れた際は砂利道で地元民用の山荘があったぐらいだ。物凄い変貌ぶりだ。

12:40頃、明蜀定王次妃墓に到着。ここは妃の墓で以前内部を見物済みだ。外部だけ見物して次へ移動。

13:20頃、朱熹公祠に到着するが門が閉じられている。修復工事をやるようで閉鎖されていた。朱熹公祠は宋代の儒学者であり朱子学の創設者である朱子を祀っている。

来た道を戻り途中休みながら明蜀定王次妃墓へ歩く。墓を過ぎると明蜀王陵の石碑が見えてきた。

14:30頃、明蜀王陵に到着。入場料12元だが以前見物しているので今回は外だけの見物だ。内部の撮影禁止だし・・・。

明蜀王陵は青龍湖の北岸に僖王陵など4つの陵墓と南岸に昭王陵など6つの陵墓で構成されている。僖王陵は明朝第3代蜀王、明太祖朱元璋の曾孫である朱友壎の陵墓になる。24歳で蜀王を継ぐが26歳で逝去する。

昭王陵は第8代蜀王、朱濱瀚と妃劉氏の合葬墓になる。昭王は15歳で蜀王を継ぎ29歳で逝去する。

15:00頃、80路のバスに乗車して成都市内へ戻る。

伊勢丹とイトーヨーカドー

バスを下車してからは歩いてユースホステルへ向かうが途中で伊勢丹とイトーヨーカドーを見つける。ここは反日暴動で襲撃されていた所なのだが、普通にお客さんが入っている。

ちょっと店内を覗こうと思ったが伊勢丹のような高級店は田舎者の群馬や栃木などの県民や道民は立ち入り禁止なのでイトーヨーカドーだけ覗いておく。地下の食品売場だけ見ていくが混雑酷く人多すぎだ。繁盛しているように見えるが反日暴動を起こされれば破壊や略奪をされるのだろう。

宜賓燃麺

夕飯はユースホステル近くの食堂で素燃麺(11元/約187円)を食べる。燃麺は四川省宜賓の名物麺料理だ。スープ無しで細い平麺に唐辛子などの具材で味付けされており点火すると燃えることから燃麺の名称がついた。味は辛くて汗が吹き出します。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 35元 1泊35元×1
バス 7.2元 路線バス
合計 57.2元

鉄道で重慶から成都へ 三国志遺跡・蜀漢広生宮

四川省旅行記2016春

成田→重慶

07:00頃、京成線で空港第2ビル駅に到着。成田空港第2ターミナルから歩いて成田空港第3ターミナルへ移動する。今日は中国重慶へ移動で再び貧乏旅行の開始である。

今回利用する航空会社は以下の通りだ。
春秋航空日本
IJ1021便
クラス:ラッキースプリング

運賃内訳
航空券金額:6000円
空港施設使用料:1020円
燃油サーチャージ:1500円
受託手荷物(10kg):4500円
旅客保安サービス料:520円
合計金額:13540円
(別途カード支払手数料:430円)

使用機材:B738

東京(成田)
成田国際空港10:00出発
重慶
江北国際空港14:15到着
所要時間:5時間15分

07:10頃、第3ターミナルに到着、既に春秋航空日本の重慶行きの飛行機を待つ金持ち中国人の団体が長蛇の列を作っている。重慶行きのIJ1021便は10:00出発で搭乗手続きは出発2時間前からになるが、金持ち中国人の団体襲来で07:40頃から搭乗手続きが始まる。爆買いした大量の荷物を早くさばいて定刻通り出発させるのだろうか?

目の前にはLAOXで購入された温水便座が並んでいる。新聞とかで報道されているとおり金持ち中国人が炊飯器や温水便座を買い込んでいる。中国人の購買意欲は依然として高いようだ。

今日は中国では二十四節気の清明節になり家族で墓参りへ行く日本でいうお盆のような時期になり連休になる。連休なので旅行へ行く中国人も当然多い。東京は桜が満開なのでこの時期に訪れた中国人は一番良い時期に旅行したと言っても過言ではないだろう。

07:50頃、順番が来て搭乗手続きを済ますが座席が非常口座席になっている。緊急時に客室乗務員の補助をするということか・・・。何で非常口座席なんだ?中国人だと勝手に非常口開けるからとかいうオチか?ちなみに今日は満席ということであった。まあ、中国では下記のような事件が起きているしな。

07:55頃、セキュリティチェックに並び5分ほど並んで通過。08:06頃、イミグレーション出国手続き完了。免税店を少し見物する。

08:15頃、150Aゲートに到着するが、まだ誰もいない。金持ち中国人たちは免税店で最後の爆買いだろうか?外は天気が悪く雨が降っている。09:00頃になり徐々に混雑してた。

09:20頃に搭乗開始となるが係員のお姉ちゃんの誘導が後手後手になり列が崩壊している。ちゃんと誘導しないと百戦錬磨の中国のおばちゃんたちは並ばないぞ!

成田空港第3ターミナルはLCC専用ターミナルなのでボーディングブリッジはなくバスに乗車して飛行機まで移動する。

09:45頃、機内に入るが混雑しており座席まで5分ほどかかる。

今回は非常口座席なので通常の座席より前の座席との間隔が少し広くなっている。しばらくすると客室乗務員から緊急時の非常口使用方法について説明がある。自分の隣は中国人の兄ちゃんであったが英語で説明を受けていた。英語わかるとは凄い!

席がどんどん埋まっていくが両手に荷物を持ったおばちゃんやお姉ちゃんが多く荷物の収納が終わらない。免税店で最後の爆買いをしてきたようだ。

09:55頃に扉が閉まり、10:00ちょうどに滑走路へと向かう。長い誘導路を15分走り10:15頃に離陸、雨雲を抜けると青空が広がっており重慶まで約5時間の空の旅となる。

中国国内へ入り時刻は日本時間から1時間遅れの北京時間に変わる。

春秋航空日本なので春秋航空みたいに機内で体操とか、実演販売みたいな売る気満々の機内販売があるかと思っていたら、春秋航空日本は体操無し、機内販売はいたって普通だ。同じ企業グループでも春秋航空と春秋航空日本ではやり方が違うようだ。それに客室乗務員も日本人が多いようで機内放送は日本語が先になっている。乗客の割合からして中国語と英語だけで十分じゃないか?

重慶

14:20頃、江北国際空港に到着、国際線の第1ターミナルへ入る。重慶の天気は晴れ、気温26度で初夏の陽気だ。イミグレーションは武警が担当しており自分が並んだところは珍しく武警のおばちゃんであった。いつもは武警といったら兄ちゃんなのだがおばちゃんもいるのか。

14:40頃、入国手続き完了。税関検査を済ませて到着ロビーへ出てATMを探すが中国農業銀行とハルビン銀行しか見あたらない。重慶なのになぜハルビン銀行のATMがあるのだ?

外へ出て国内線の第2ターミナルへ歩いて向かう。第1ターミナルとの連絡バスがあるのだがバスを待つより歩いた方が早いし、ほとんどの利用客も歩いている。

実際10分ほどで第2ターミナルに到着しATMを探す。15:05頃、第2ターミナルの2Fにあった中国工商銀行のATMから現金を引き出す。ここは工商銀行、農業銀行、建設銀行がまとまってあるので便利だ。中国銀行が見あたらなかったがどこかに設置してあるのだろう。

続いて第2ターミナルにある江北機場駅へ移動。窓口で公交ICカードを購入、カードは25元、75元をチャージしておく。15:30頃、軌道交通3号線に乗車するが車内はすぐに殺人的な混雑になる。

16:30頃、両路口で1号線に乗り換えるが目的地の磁器口とは反対の小什字行きに乗車する。両路口も混雑が酷くとても座って移動はできないので3駅先の小什字が終点なので、小什字で乗り換えて座って磁器口へ向かう。

16:45頃、小什字で乗り換えて座って移動、車内は空いており無事に座れ作戦成功である。しかし、すぐに通勤ラッシュなみの混雑になる。

磁器口

17:20頃、磁器口で下車する。運賃は7元のところが公交ICカードで1割引の6.3元になる。

磁器口は磁器口古鎮があり重慶の有名観光地である。9年ほど前の2007年に訪れており再びやってきたが清明節なので観光客であふれている。今日の宿は以前宿泊したユースホステルの磁器口純真年代国際青年旅舎だ。

磁器口純真年代国際青年旅舎

人であふれて芋洗い状態の磁器口古鎮に突入してユースホステルへ向かう。17:30頃、磁器口純真年代青年旅舎に到着。ドミトリーを予約しており1泊40元で2泊する。

部屋は7人ドミトリーで広さは問題なし。各ベッドにはコンセントがあり電源の確保可能だが、照明がない。エアコン、電気ケトル、50Lぐらいのバックパックが収容可能なロッカーがある。設備は許容範囲内だが問題がひとつある。磁器口古鎮の中にあるので夜になっても賑やかで結構うるさい。うるさいのだが雰囲気はよいので一長一短だな。

鋪蓋麺

18:00頃、夕飯に古鎮の外にある食堂で鋪蓋麺(10元/約170円)を食べる。鋪蓋麺は重慶や四川省でよく見かける名物麺料理で麺が四角に伸ばされているのが特徴だ。見た目は麺料理ではないのだが、これも麺料理になる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
宿泊費 80元 1泊40元×2
軌道交通 6.3元
公交ICカード 25元
合計 124.3元

磁器口古鎮

08:30頃から磁器口古鎮を散歩する。清明節の連休は終わったが朝から観光客が多く訪れている。

磁器口古鎮は北宋の咸平年間に作られ、明代以前は山の上に白い巨石があることから白岩鎮と呼ばれていた。その後は明の第二代皇帝の建文帝が叔父である燕王朱隷に敗れ出家した建文帝がこの地にあった宝輪寺へ逃れ隠棲したという伝説から龍隠鎮とも呼ばれる。古鎮の奥にある文昌宮の近くには建文帝の像がある。清朝の康熙年間になると磁器口周辺では陶器の生産が盛んになり港として発展し磁器口と呼ばれるようになった。

ちなみにこれも古鎮にある銅像で母親がガキを抱えて小便させるというものだ。中国の日常を紹介した銅像のようだが銅像にしなくても中国ではよく遭遇する光景だ。

そして、宝輪寺の門前では盲目の乞食のおっちゃんたちが既に営業準備中だ。弱肉強食の13億のサバイバルが始まっている。学校では社会主義は平等と習ったのだが。これはどういうこと?

それに乞食のおっちゃんたちは個人営業なのだろうか?どこぞの組織に所属して営業しているのだろうか?

ここはおそらく磁器口古鎮で一番繁盛しているお菓子屋の陳麻花だ。

看板の通りで麻花を売っており、この麻花が重慶の特産で観光客が行列を作って購入している。

混雑してきた古鎮を歩いていく。

こんな感じで兎頭(ウサギの頭)とかも売られています。離れているとよくわからないのだが近くで見るとちゃんと原型を留めているのが分かる。

龍頭寺長途汽車南站

10:30頃、磁器口から202路のバス(運賃1.8元)に乗車して龍頭寺長途汽車南站へ向かう。

11:45頃、龍頭寺長途汽車南站(龙头寺长途汽车南站)に到着。龍頭寺長途汽車南站は重慶北駅の近くにあるバスターミナルになり重慶郊外、四川省など各地へのバスが出ている。

自動券売機が30台稼働しており窓口に並ぶ必要がないと思ったら重慶は色々と大人の事情があるようで二代身分証が必要で外国人にとってはただの箱であった。外人は窓口に並ぶのか・・・。ちなみに世界遺産の大足石刻がある大足行きのバスは43元であった。重慶北駅からD列車だと46.5元で運賃の差は少ないがバスの方が大足市街地に行くからバスの方が便利だろう。

重慶北駅南広場

12:30頃、バスターミナルから徒歩5分ほどのところにある重慶北駅南広場にやってきた。

切符売場で12306.cnで予約購入しておいた明日の成都東行きの切符を受け取る。窓口のおばちゃんは投げパスポート、投げ切符の中国独自の服務で対応してくれた。ちなみ重慶北駅は北広場と南広場に分かれており、北広場にG列車、D列車と一部のZ列車、K列車の改札口があり、その他の列車は南広場の改札口からの乗車になるので注意が必要だ。

13:05頃、重慶北駅南広場の路線バスターミナルから202路のバス(運賃1.8元)に乗車して磁器口へ向かうが途中でおっちゃんが床に痰を吐きやがった。まあ、痰吐きは昨日の中国入国直後から遭遇しておりいつもの正常運転の中国なのだが、いつになったら痰吐きのない中国になるのだか・・・。重慶大学近くのウォルマートで石鹸や歯磨き粉を購入して、220路のバス(運賃0.9元)で磁器口へ戻る。

磁器口は平日にも関わらず観光客で賑わっている。そして、片足のない乞食が営業活動を行っている。

ユースホステルの近くでは盲目の乞食が営業中だ。日本で同じ事をやったら110番や役所へ通報されてしまうだろう。しかし、中国では乞食の取り締まりが少なく公安も見て見ぬ振りで、かなり自由に乞食の営業ができる。でも、社会主義国なのだから障害者年金とか出ないのか?

雑醤鋪蓋麺

昼食兼夕飯は古鎮の外にある食堂で雑醤鋪蓋麺(12元/約204円)を食べる。昨日の鋪蓋麺から少しだけ豪華になった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.4元
バス 4.5元 路線バス
日用品 22.7元
合計 41.6元

重慶→成都

06:00頃に起床するが朝から天気は小雨だ。ウンコして顔洗って部屋に戻ると物凄い口臭が漂っている。暗くて部屋の様子は分からないが口を開けて寝ている奴がいるようだ。とりあえずドア開けて空気の入れ換えをしつつ出発準備を整える。

07:15頃、ユースホステルをチェックアウトして磁器口古鎮を出る。202路のバスに乗車して終点の重慶北駅へ向かう。運賃1.8元、渋滞が酷く約2時間の道のりになる。

09:20頃、終点の重慶北駅に到着。南広場で降ろされ50mほど移動して重慶北駅北広場行きの663路のバスに乗車。運賃1.8元、客が集まり次第の発車で約15分の移動となる。重慶北駅は南広場と北広場の連絡通路が未完成のようでバスでの移動となる。ちなみに軌道交通3号線だと南広場は重慶北駅、北広場は龍頭寺で下車となる。

09:30過ぎに客が集まり発車、09:50頃、重慶北駅北広場に到着する。おなじみの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませて待合室へ移動。

高速鉄道用の駅舎なので待合室は北京南駅のように広く最新設備になっている。ただし、一部の乗客が旧式なので床に痰が吐かれている。

今日は重慶から四川省成都へ移動する。乗車する列車は11:04発、D5131次、重慶北→成都東、席は二等座、運賃96.5元になる。

10:40頃、自動改札機の先頭を陣取る。

10:49に改札が始まり先頭でホームへ移動。荷物の置き場を確保して発車までの10分ほどの時間を利用して車両の撮影開始。

今回の編成はCRH380Dの16両編成(8+8)になる。D列車なので最高速度250km/hなのだが車両は380km/hまで対応になる。かなりオーバースペックのような気がする。

定刻通り11:04に発車する。D列車なので250km/hまで速度を上げると思っていたら198km/hまでしか速度を出していない。何か速度を出せない事情があるのだろうか?

途中駅の合川を過ぎて、11:45頃、車内検札があるがD列車やG列車の乗務員は基本お姉ちゃんなので穏やかに車内検札が行われる。これがK列車や数字だけの普快だと、おばちゃんやおっちゃんたちによる高圧的な中国独自の服務による車内検札になる。

合川から先は160km/h以下での走行が続き紅皮車を追い抜いて行くので在来線と併用になっているようだ。だから速度が上がらないのか?CRH380Dなのにこの速度はもったいない感じだ。12:20頃になると速度が上がり197km/hでの走行になるが、それでも本来の性能の半分程度だ。

四川省成都

13:11頃、成都東駅に到着する。まずは公交ICカードを購入しようと思ったが地下鉄の窓口は切符の販売だけのようだ。百度で調べてみると成都駅の公交站で売っているようなので成都駅へ向かうことにする。

13:50頃、2路のバスに乗車して終点の火車北站公交站へ向かう。運賃2元、約1時間かけて、14:50頃、火車北站公交站に到着。

「公交卡加值」の看板があるパチンコ屋の景品交換所みたいな窓口で公交ICカードを購入。100元札を出して、おばちゃんに全部チャージでお願いしたらお釣り6元で返ってきた。レシート見たらデポジット20元、チャージ70元になっていた。残り4元はどうやらカードケースのようだ。続いて15:00頃、34路のバスに乗車して運賃1.8元で一環路北四段で下車する。

老宋国際青年旅舎

15:20頃、Qunar.comで予約しておいたユースホステルの老宋国際青年旅舎に到着。ここは昔の老沈青年旅舎で前経営者の奥さんが日本人でロンリープラネットに紹介されていた外国人定番の宿だ。日本人旅行者にはシムズと呼ばれていた宿だ。今回は1泊45元の8人ドミトリーに2泊するが、ドミトリーは中国人ドミ、外国人ドミ、日本人ドミに分かれているようだ。

で、割り当てられた8人ドミには欧米人と韓国人がいたので外人ドミになったようだ。部屋については各ベッドに照明、コンセントや小物置き場があり使い勝手がよい。ベッドの下はロッカーになっておりバックパックを収納できるようになっている。ただし、南京錠を持参しておかないといけない。

他にはエアコン、扇風機、電気ケトルがあり、部屋にはトイレとシャワーが別々でついているが、部屋に湿気が籠っている。Wi-Fiは部屋でもつながるのでまあまあかな。しかし、今は中国人宿でシムズほどの快適さはない。シムさん&マキさんの頃が一番だな。特に文殊院近くの頃ね。

怪味麺

夕飯は近くの食堂で怪味麺(10元/約170円)を食べる。名前からして怪しいのだが怪味麺は成都の名物麺料理になる。具材はタケノコ、椎茸、青菜、挽き肉でスープは醤油系や色々な調味料を配合しているみたいだが四川省という土地柄でスープの表面は唐辛子で真っ赤っかだよ。味は濃い口で唐辛子がきいているが、これはかなり美味い!

食後はユースホステルの近くにあるスーパーマーケットの人人楽でビールと水筒を購入しておく。

ビール500ml(2.5元/約44円)がコカコーラ500ml(3元/約51円)より安かったので自然とビールを選んでしまう。でも、中国のスーパーマーケットなので冷えていないビールです。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.5元
宿泊費 90元 1泊45元×2
バス 7.4元 路線バス
公交ICカード 25元
日用品 19.9元
合計 158.8元

成都の古刹・文殊院

09:00頃、ユースホステルを出て文殊院へ向かう。途中で北門汽車站の様子を確認して歩いていくがボリタクの運ちゃんがしつこい。成都はボリタクでも公安を心配せず商売が自由できるようだ。公安はお茶を飲んだり世間話で忙しいのか?

09:40頃、文殊院に到着。入場料無料だが小山門の門前には大量の乞食たちが営業中でカオス度がかなり高い。

見た目健康で五体満足の乞食から手足が欠損、変形している五体不満足の乞食までいる。小山門の壁にはお椀を地べたに置いて乞食たちが臨戦態勢に入っている。文殊院は凄すぎる。

文殊院は隋の大業年間(605ー617)に創建され、創建当初は信相と呼ばれ、唐、五代、宋、元、明の歴代王朝で興廃を繰り返し清の康熙36年(1697)に慈篤海月禅師により再建された。

ある夜に夜空に光が現れ人々が光を追うと慈篤海月禅師が修行している場所で文殊菩薩が現れたことから文殊院と呼ばれるようになった。清の康熙40年(1701)には康熙帝から「空林」の額を賜り文殊院は空林堂とも呼ばれている。

文殊院は成都の有名古刹なので参拝客で溢れかえり熱心にお祈りをしている。

山門から出ると門前には大勢の観光客を狙って乞食が営業中だ。欧米人の観光客もいるのだが、この光景は中国のイメージダウンになるので見られたくないのでは?

壁沿いには乞食たちが観光客に声をかけている。カオス度が高すぎる。

三国志遺跡・蜀漢広生宮古娘娘廟

10:55頃、文殊院裏手にある蜀漢広生宮古娘娘廟を訪れる。古娘娘廟は元の名は広生宮と呼び三国時代に創建され1800年以上の歴史を持つ道教寺院であり三国志遺跡でもある。

221年に劉備が蜀へ入り蜀漢を建国し諸葛亮が宗廟を建立場所を選ぶ。諸葛亮は古代蜀の王妃墓東のこの地に宗廟を建立する。これが現在の西馬道街の古娘娘廟である。

宗廟は蜀漢皇家の祭祀を執り行っていたが263年に魏が蜀へ侵攻すると蜀が降伏。この廟が劉禅の第五子である北地王劉諶が魏への降伏を拒み妻子と共に殉国した場所で伝統戯劇「殺家告廟」の舞台である。そして、宗廟は道観へと変わり、現在は古娘娘廟として残っている。

実はこの古娘娘廟の存在自体は2007年に文殊院近くにあった日本人宿のシムズに宿泊した時に見つけて知っていたが、初心者だった自分は入口にビビって入れず約9年が経過してしまった。今回ようやく内部を見物できたが普通の古い道教寺院で茶館があり地元民がお茶を注文して世間話をしており、地元民の憩いの場のようだ。

11:30頃、文殊院に戻るが牌坊から山門、小山門へと歩きながら乞食の数を数えてみるが36人まで数えたがそれ以降は多すぎて測定不能であった。

少なくても40人以上の乞食が文殊院の門前で営業しているようだ。弱肉強食の超格差社会が文殊院に凝縮され中国の姿が目の当たりにできる。

新南門汽車站

11:50頃、万福橋站から55路のバスに乗車して新南路站で下車する。運賃1.8元、12:20頃、新南門汽車站に到着。

新南門汽車站には成都旅游集散中心があり四川省内の観光地へのバスが出ている。

とりあえずバス時刻表と運賃表を確認しておく。バスターミナル前は地下鉄の工事をしており少し歩くのに不便だが地下鉄が開通するまでの辛抱だ。しかし、地下鉄ができる割にはバスターミナルの建物がかなり老朽化しており屋根に草が生えている。

昭覚寺汽車站

12:50頃、新南路站から49路のバスに乗車、運賃1.8元で終点の昭覚寺公交站で下車する。

13:20頃、昭覚寺汽車站でバス情報を確認しておく。

昭覚寺

13:30頃、昭覚寺に到着。昭覚寺は唐の貞観年間に創建され、創建時は建元寺と呼ばれ、唐の僖宗の治世で正覚寺と改名し、宋代には「川西第一禅林」と称された。

明末期に寺は荒廃し清の康熙年間に再建されるが文化大革命で再び破壊され、1987年に再建された。

入場料無料で参拝客が多く賑わっている。境内はかなり広く成都で一番の規模かもしれない。

広い境内では線香が絶えることなく常に参拝客が線香を供えている。

奥の方にはチベット仏教の建物があったりしてチベット族の参拝客もみられる。14:50頃、昭覚寺公交站から49路のバスに乗車し、運賃1.8元、15:10頃、ユースホステルに近い府青路一環路立交橋站で下車する。

見つけた食堂で昼食兼夕食に咖喱炒飯(9元/約153円)を食べる。値段が安いので具材はほとんどなしだ。夜は今後の宿を数軒予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.2元
宿泊費 27元 予約:成都驢友記青年旅舍
バス 5.4元 路線バス
合計 44.6元

鉄道で西安→成都→昆明 成昆鉄路を乗り鉄

鉄道で西安→昆明 1日目

午前中はのんびりと昆明行きの準備を整える。回民街を散歩していると先週あたりから出回り始めたライチが500gで6元に値下がりしている。最初は8元であったが流通量が増えてきているようだ。それとバナナも500gで3元だったのが2.5元に下がってきた。バナナは経験上2.5元以下なら買いなので流通量が一番多い時期に入ったのだろう。

昼前にユースホステルをチェックアウトする。掃除のおばちゃんたちは愛想良かったのだがネットが激遅なのが痛かった。でも、一番痛かったのは野郎の客層が野生のサルばかりで寝タバコなどが酷かったことだ。ここは二度と宿泊することはないだろう。

西安駅200路のバスで西安駅へ移動して待合室にはいるが切符と身分証の確認は駅員のやる気がないようでパスポート確認せずにそのままハンコ押して返却。手荷物のX線検査とボディチェックは特に問題なし。

K165次の切符今日は22:15発、西安→昆明のK165次に乗車する。運賃は383元で硬臥の中段だ。寝台なので昆明までは余裕だが、何せ時間がかかり、西安-昆明の1942kmを35時間5分掛けて走り、昆明到着は明後日の朝だ。あと200元ぐらい出せば飛行機で昆明まで楽勝で行けるのだが、K165次は世界有数の山岳鉄道とも呼ばれる成昆鉄路を通るので乗り鉄しなければならない。

成昆鉄路についてはNHKハイビジョンスペシャル「走れ 大峡谷を縫って~中国 成昆鉄道1100キロ~」を参考にすると良いだろう。

西安駅の待合室まあ、まずは発車時間まで10時間ほどあるので待合室で待機だ。ユースホステルのネットがちゃんと使えればチェックアウトだけして夜まで待てばいいのだが、ネットが激遅では意味がないので駅寝して待つことにする。

しかし、駅寝は無理であった。農民工のおっちゃんたちは横になって気持ちよさそうに寝ているのだが、自分はさすがに横になって寝るほどの度胸はない。まあ、横にならなくても少しは眠れるが痰吐きや手鼻の音が響いて結局眠ることは困難であった。中国はレベルが世界最強である。

19:00頃になると農民工のおっちゃんたちが増えてきた。どうやら夜行列車で大都市へ移動のようだ。農民工が増えてきたということで待合室のカオス度も急上昇だ。通路には肥料袋、バケツ、天秤棒などが置かれている。

改札口前20:00頃、改札口の先頭を確保する。これでおサルさんたちとの乗車バトルに巻き込まれずに乗車できる。自分が改札口に陣取ると農民工のおっちゃんたちも肥料袋を置いて場所取りを始める。待合室の雰囲気からして乗車バトルはかなり厳しいと思われる。というか、隣の最前列のおばちゃんは床に唾吐いているしハイレベルな客層が揃っていることは間違いなさそうだ。

西安駅ホーム21:45頃、改札が始まり乗車バトルが始まる。先頭の自分は余裕でホームへ向かい乗車するが、後方では予想通りというかお約束の割り込みで無法地帯と化している。

K165次の行先票まずは乗車前に行先票を撮影しておく。

寝台(硬臥)今回も日本のB寝台に相当する硬臥なので昆明までは寝て移動できるので楽だ。問題は硬臥の客層がどうなのかだが・・・。見た目は農民工やおサルさんはいなさそうなのだが、どうか頼むからヒマワリの種を床に食い散らかさないでくれよ!と思っていたら、後方の洗面台から「カーッ!ペッ!」と痰を吐く音が鳴り響く。やはり、無理な願いであったか・・・。中国のマナー向上は恐らく核軍縮よりも遙かにハードルが高いような気がする。22:15になり定刻通り列車が発車する。

換票証発車後は乗務員が切符を換票証に交換しにくる。これで下車駅の手前で乗務員が切符に交換しにくるので寝過ごす心配はない。とりあえず、あとは歯磨いて、顔洗って寝よう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 1元
バス 1元 路線バス
合計 2元

鉄道で西安→昆明 2日目

車窓06:40頃に起床する。外はすでに夜が明けて明るくなっている。列車は陝西省の南西にある略陽を通過したところだが、この場合は漢中の近くまで来たといった方が分かり易いだろう。峡谷沿いに列車は南下して四川省へ向かう。この峡谷の区間は一部が三国志の蜀桟道と重なるのである意味重要である。

インスタントラーメン朝食にインスタントラーメンを食べて過ごすが中国のインスタントラーメンは油が多すぎるし、唐辛子もやたらと使っている。08:00頃、陽平関に到着する。陽平関といっても、ここは馬超が守っていた陽平関ではない。別の時代の陽平関があった場所だ。陽平関が陝西省最後の停車駅で次は四川省の広元だ。

いよいよ陝西省から四川省へと入るが広元手前の朝天付近で嘉陵江沿いに蜀桟道が見えた。09:25に四川省最初の停車駅である広元に到着。広元で成都行きの乗客が大量にいると予想していたが意外にも乗降客は少なかった。バスで成都へ行くのが主流なのか?それと寝台に空きがあるようで12号車で変更手続きやっていることを車内放送していた。寝台は人気ないのか?まあ、200元ぐらい追加して飛行機で西安から昆明へ行った方が速いし楽だからな・・・。

成都駅で撮り鉄

SS7D14:25頃、成都に到着し機関車を切り離し交換するが、進行方向まで反対になるので機関車の切り離しは撮影できても連結は撮り逃す。

SS7D西安から客車を牽引していたのは韶山型電気機関車のSS7Dだったようだ。

SS3C成都駅での停車中にSS3とCRH2の撮り鉄で時間を潰す。

CRH2成都は機関車交換で停車時間が長いので撮影には良さそうだ。15:02頃、成都を出発して、成昆鉄路に入る。17:20頃、峨眉に到着する。峨眉を過ぎるといよいよ本格的に山岳区間になり成昆鉄路らしくなってくる。

日が暮れたら外の景色は見えないので寝るだけになると思ったらイベント発生だ。乗務員のおばちゃんが車内清掃でおサルさんたちが床にポイ捨てしたゴミを回収していくのだが、1匹のオスザルが掃除が終わってすぐにポイ捨てをして乗務員のおばちゃんに見つかりおばちゃん激怒する。オスザルは言い訳している様子だがおばちゃんの説教は終わらず「你是孫子!」とまでいってしまうほど怒り心頭だ。「你是孫子!」は中国語で罵るときの言葉である。でも、おサルさんには意味がないようである。この場合は調教師として乗警のおじさんを呼んだ方が効果があるだろう。

鉄道で西安→昆明 3日目

04:30頃、乗務員が次の駅で下車する乗客を起こして換票証を切符に交換して回るので目が覚める。04:50頃、攀枝花に到着する。攀枝花が四川省最後の駅になり次は雲南省の広通北になる。もう一眠りしようとするが列車内がウンコ臭くて眠れない。他の起きている乗客は何も気にしていないように見えるが、このウンコ臭さにおかしいと思わないのか?
原因は経験上だいたい見当がつくが、トイレへ行ってみると扉が開いたままで便器に中華カレーが山盛りになっている。今回の列車のトイレは垂れ流し式でなく、日本と同じタンクに吸引して溜める方式なのだが、おサルさんたちはウンコした後にボタンを押さずにやり逃げしているようだ。ボタンを押すということを知らないのか?仕方なくおサルさんたちが残した中華カレーを処理するために悪臭の中でボタンを押すが水が流れず中華カレーがほとんど残ったままだ。

さすが中国!やってくれるぜ!トイレの定期点検や修理はせずに運行かよ。ちゃんとメンテナンスしておけよ!なのに、どうして列車に乗ると頻繁にトイレの故障やタンク満杯で使用不可とかに遭遇するんだよ。仕方ないので扉を閉めるしか対処できなかった。用足しの時は別のトイレを使用するしかないな。

車窓夜が明けて雲南省に入る。外の風景は変わり赤土が目立つようになる。そして、あることに気が付く。すれ違う列車の機関車が韶山型ばかりだ。どうやら、昆明鉄路局では和諧型の配備が進んでいないようだ。いや、各地で不要になった韶山型の受け入れ先になっているのか?

08:30頃、広通北に到着。次は終点の昆明だ。08:50頃、乗務員が換票証を切符に交換しにきた。列車は1時間ほど遅れて運行しているようで10時過ぎに昆明到着のようだ。

昆明到着

昆明駅09:55頃、約35分遅れで昆明駅に到着する。昆明駅前は相変わらず公安や武警が多い。昆明もウルムチ同様にテロ警戒で自動小銃を持った武警や装甲車で警備が厳しい。駅前から64路のバスに乗車して雲南日報社のバス停で下車する。運賃はICカードなので0.9元だ。

昆明大脚氏国際青年旅舎今回も定番の昆明大脚氏国際青年旅舎に宿泊する。今回はqunar.comで予約しており8人ドミトリーで1泊30元だ。宿泊費は予約時にネットで支払い済みだ。ドミトリーは先客の兄ちゃん2人が寝ていた。

ICカード11:40頃、ウォルマート近くの公交ICカードの販売所へ行き古いICカードを新しいICカードにしてもらう。正確には払い戻しして新しいカードを購入になる。これで地下鉄でもICカードでも乗車できるようになる。

蛋炒飯昼食にイスラム食堂で蛋炒飯(8元/約160円)を食べる。昆明では牛肉麺と炒飯類は8元ぐらいからが相場だがインフレでこの先どうなることか・・・。

12:20頃、64路のバスに乗車して昆明駅で地下鉄1号線に乗り換えて南バスターミナルの南部汽車站へ向かうのだが、昆明駅での乗り換えが非常に面倒で地下鉄駅は駅前広場の昆明駅北側でなく裏の南側にあるので最低700mは歩かなければならない。おまけに途中にある地下道はファイナルファイトの世界になっているので中国初めての人はビビって通れないだろう。

地下鉄1号線地下鉄の運賃は4元だがICカードは1割引の3.6元だ。地下鉄と言っても途中からは地上に出て高架区間になる。

ルアンパバーン行きチケット購入

南部汽車站13:30頃、昆明南バスターミナルの南部汽車站に到着する。公安や武警が警備しているがチケット売場は手荷物検査なしで入れるのでウルムチと比べると警備はないに等しい。

昆明はテロ事件の影響で駅前だけ警備が厳重なようだ。武警は2人しかおらず、地下鉄の切符売場に自動小銃を持った武警、バスターミナル前に警棒を持った武警だけで警備は緩い。車両も装甲車ではないので警戒レベルは低いようだ。それでも、日本と比べると異常な警備ではある。

案内まずはバスの運賃時刻表を確認するが、どうやらベトナム行き国際バスの運行準備が進んでいるようだ。今後に期待だ。

南部汽車站時刻表

南部汽車站時刻表窓口で明日のラオス・ルアンパバーン行きのチケットを購入する。運賃は398元で座席番号が1番であった。これだと当日直前でも買えそうな雰囲気だな。今日のチケットもまだ残っているのだろうな。

13:55頃、地下鉄1号線で昆明駅の次の環城南路で下車する。さすがにもう一度ファイナルファイトの地下道は通りたくないので下車する駅を変えた。環城南路駅は外へ出ると徒歩30秒ほどで64路のバスが通る双龍商場のバス停なので、こちらの方が便利であった。

一度ユースホステルへ戻ると先客の兄ちゃん2人が1つのベッドで一緒に寝ながらスマートフォンを仲良くいじっている。これは男同志って奴か?ここに居ては危険だと野生の勘が警告するのでウォルマートへ物資調達へ出かける。ラオスは物価が高いので、とりあえず3日分の食料を購入しておく。ウォルマートの後は夕飯を食べに行きつけのイスラム食堂へ行くと、ファストフード店に変わっていた。何てことだ!イスラム食堂が潰れていた。この1年で行きつけの快餐とイスラム食堂の2件を失った。新たに安食堂の発掘が必要になってきている。

マンゴー出回り始める

マンゴー仕方がないので市場で1個0.6元の包子5個と処分品の1kg/5元のマンゴーを5.8元購入する。昆明にもライチやマンゴーが出回っており、ライチは1kg/10元が底値になっている。マンゴーは1kg/8元とが底値で、自分が購入したのは処分品で皮にシワができている奴なので本当にどうしようもない奴である。貧乏人にはこれで精一杯である。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 39.4元
バス 2.7元 路線バス
バス 398元 昆明→ルアンパバーン
地下鉄 7.2元
ICカード 20元
日用品 10.9元
合計 478.2元

四川省旅行記2015春2 昭化古城・三国志遺跡巡り

広元・昭化古城

広元→昭化

07:30頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。バスターミナルまで25分ほど歩くのだが途中の横断歩道で姉ちゃんが痰を吐いていた。広元は朝からハイレベルだ。

07:55頃、南河汽車站に到着するが窓口には誰もいない。別の場所に臨時のチケット売場が設置されている。機材の更新だろうか?臨時の窓口で昭化行きのチケットを購入するために並ぶが、朝からおサルさんたちが割り込みをして鬱陶しい。

昭化行きのチケットは乗車時購入ということだったので、そのままバスに乗車する。昭化までの運賃は9元だ。08:15頃、昭化行きのバスが発車する。

昭化古城

09:00頃、昭化古城に到着する。

昨日ctripで予約しておいたので、游客中心の入場券売場でのショートメッセージの画面を見せて入場券を購入する。

通常の入場料は58元だがネット割引で39元になる。額面は58元だが入場券には「旅行者专用票」のスタンプが押されている。入場券の裏面を見ると有効期間は2日間となっている。

昭化古城自体は入場券を買わなくても見物できるのだが、三国志遺跡の敬侯祠(費褘墓)のためだけに入場券を購入した。

まずは古城内を散策してみるが第一印象は観光開発された古鎮である。

城門の瞻鳳門をくぐり古城内を歩いて行く。

09:45頃、城隍廟に到着する。

古鎮には必ずと言っていいほど城隍廟があるが、昭化古城の城隍廟は文化大革命で破壊されており、現在の城隍廟は2008年に再建されたものだ。

新しい城隍廟なので綺麗に整備されている。

そして、奥の本殿には管理人がおり、「可以拝托」とか言っている。だいたいここで拝むと御布施を要求されるのが定番なので無視しておく。

10:10頃、城隍廟を出て古鎮を歩くが土曜日なので観光客が多くなってきた。

敬侯祠(費褘墓)

10:20頃、昭化古城の西にある敬侯祠(費褘墓)に到着する。入口にいるお兄ちゃん暇そうでスマホをいじっていたが、自分が入口で写真を撮り始めたら起立してちゃんと仕事を始めた。一応はサービス業なんだし、暇でも表ではちゃんとしていてほしいな・・・。

費褘は諸葛孔明亡き後の蜀を支えた重臣だ。

費褘墓の創建時期は不明だが明代に最大規模を誇っていたことは分かっているが文化大革命で破壊され現在の墓は2008年に新しく再建されたものだ。

新しく再建されたものとはいえ昭化の重要な三国志遺跡だ。

かろうじて墓碑が清の光緒33年の物で、これが現在の費褘墓で最も古いものだろう。

臨清門と戦勝壩

11:00頃、敬侯祠(費褘墓)を離れ、すぐ近くの昭化古城の臨清門にやってきた。

臨清門は明代の完成した城門で現在でも残っている。明代の城門といっても綺麗に修復され古さは感じられない。この臨清門の前の広場が戦勝壩と呼ばれ張飛と馬超が一騎打ちをした場所である。

この戦勝壩の脇にある観光施設で「張飛戦馬超」や「三英戦呂布」というアトラクションをやっており入場料は38元だ。

で、こんなのが見られるらしい。

漢城博物館

11:40頃、漢城博物館を訪れる。

清の乾隆年間に建てられた龍門書院の場所に建てられた博物館で後漢の古代墓から玉や陶器が展示されている。パスポート必須であるが無料で見物できる。古代墓は一見の価値ありだ。

三国時代の剣も展示されており三国志関連で見学するのもよい。

漢城墙遺址

12:15頃、漢城博物館を出る。12:20頃、昭化古城の南城壁の漢城墙遺址に到着。

ここには古い城壁がそのまま残されており昭化古城で数少ない歴史を感じさせる場所だ。

剣刀壩君臣園

城壁から古城を歩き、12:40頃、剣刀壩君臣園に到着。

入場券を買っているのでとりあえず中へ入ると、何と三国志テーマパークであった。竹林の中に劉備や昭化に関わる蜀の重臣たちの像がある。しかも、像の出来がなかなかよい。ここは全く期待していなかっただけに予想外の収穫であった。

黄忠

龐統

姜維

費褘

関索

鮑三娘

霍峻

魏延

張飛

馬超

劉備と的盧

昭化県署

13:00頃、剣刀壩君臣園を出て、古城内を歩く。13:10頃、昭化県署に到着する。昭化の行政府であり、唐代に昭化県署が置かれ戦乱で幾たびも破壊されたが、明の洪武8年と清の道光3年に再建されているが文化大革命で破壊される。

現在の昭化県署は2008年に再建されたものである。新しく建てられた県署なので博物館として見学するにはよいだろう。ただし、他の古鎮にある県署と構造はほぼ同じといった感じだ。15:50頃、昭化県署を出る。

科挙の試験場・考棚

15:55頃、文廟と考棚に到着。まずは考棚から見物する。

考棚は科挙の試験場で案内の看板によれば清の同治年間に建てられたが長年放置され大部分が破損して2008年に修復されたそうだが門にはスローガンが描かれ残っているので、本当は文化大革命で破壊されたのではと疑ってしまう。

文廟

14:20頃、続いて文廟を見物する。

孔子を祭っているが、本殿の大成殿以外は2008年に建てられたものだ。

戦火で古い建物はなくなってしまったようだが、文化大革命で一番破壊されたのではと疑ってしまう。

清の嘉慶22年に建てられた大成殿が唯一古い建物である。

城壁に登るが特に見るべき物は・・・。まあ、漢の旗と城壁から見下ろす戦勝壩ぐらいだろうか?

城壁ではカップルがいちゃついている真っ最中だ。張飛と馬超は夜通し一騎打ちしていたというのに・・・。

15:30頃、広元行きのバスに乗車する。運賃は9元だ。15:45頃、バスが発車する。16:20頃、渋滞にはまるが、1台のフォルクスワーゲンのMAGOTANが反対車線を突進して路線バスの行く手を阻んでいる。そして、交警がやってきてとっちめられている。同乗者が車から降りて飛行機に遅れるようなことを喚いている。こちらのバスの中にまで叫び声が聞こえている。しかし、交警に命令されて車はバックしていく。空港へは時間に余裕を持って行かないとな・・・。

16:30頃、バスが動き出しゆっくりと進む。そして、前方には公安の車両が停車しており、ほどなくしてレッカー車が見えてきた。交通事故が渋滞の原因であった。17:00頃、広元の南河汽車站に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.5元
バス 18元 広元↔昭化
昭化古城 39元
合計 9元

広元観光最終日

鮑三娘墓を探すが・・・

07:00頃、宿を出て南河汽車站へ向かう。昨夜は雨が降っていたが今日は朝から晴れている。07:30頃、昭化行きのバスに乗車して客が集まるのを待つが、昨日は乗車後に運賃を払っていたのだが、今日は窓口でチケット購入となっていた。一体どうなっているんだ?まあ、とにかく窓口へ行ってチケットを購入、昭化までの運賃は9元だ。

今日は昨日忘れた昭化古城の西にある鮑三娘墓へ行く。その後は広元へ戻り皇澤寺、千仏崖を見物する。08:08頃、満席になりバスが発車する。08:50頃、昭化古城に到着する。

昭化古城を通り抜け臨清門から西へと歩いていくが道を間違えて嘉陵江沿いの道を進んでしまうが、なぜか道路左脇(嘉陵江側)に戦勝壩の石碑がある。臨清門の前が戦勝壩のはずだが、ここは門からかなり離れている。石碑自体は新しく価値はないが、一体どういうことだ?

道を間違えたので引き返して牛頭山方面への山道を進む。グーグルマップによればこの先の蜀道涼亭農家楽の近くに鮑三娘墓がある。

そして、蜀道涼亭農家楽近くに到着するが、ここは涼亭子と呼ばれる場所で昔から東屋があったようで周辺には清の光緒22年に建立された石碑があるが鮑三娘墓は見あたらない。地元のおっちゃんに聞いてみると山の上でなく山の下にあるようなのだが見つからない。

グーグルマップで示された場所に到着してもただの斜面で何もなかった。今回は鮑三娘墓はあきらめて昭化古城へ戻る。11:35頃、広元行きのバスに乗車する。運賃は9元だ。

皇澤寺

12:30頃、バスターミナルの南河汽車站に到着し、20路のバスに乗り換えて皇澤寺へ向かう。12:50頃、皇澤寺に到着する。

入場料は50元だが、昨日ctripで予約購入しているので割引料金で40元だ。入場券売場でスマートフォンに届いているショートメッセージをお姉ちゃんに見せたら入口で処理ということで入口の保安に聞いたら端末叩いて処理してくれて、そのまま入場となった。入場券とかは特に発券されなかった。皇澤寺は中国で唯一の女帝である則天武后を祀られている寺である。

広元は則天武后の故郷であり皇澤寺には則天武后にまつわるものが多く残っている。

皇澤寺の寺自体の歴史は北魏に始まり、元の名称は烏奴寺である。則天武后の即位後に皇澤寺と改名される。北魏から明清までの彫られった石窟の皇澤寺摩崖造像が残っており、特に唐代に彫られた大仏窟が有名である。

皇澤寺の建物自体は新しく古い建物は残っていないが石窟が残っている。

石窟に残る仏像が古代中国の優れた技術を物語っている。

皇澤寺は寺であるが僧侶はおらず博物館として運営されている。

千仏崖と剣門蜀道遺址(金牛道)

14:20頃、皇澤寺を出て20路のバスに乗車する。運賃は2元だ。14:30頃、バスが発車して建設路で女皇温泉行きの5路のバスに乗り換え千仏崖へ向かう。運賃は2元だ。

14:55頃、千仏崖で下車する。観光地として綺麗に整備されており土産物屋や茶楼もある。入場券売り場へ行き、昨日ctripで入場券は予約購入してあるのでスマートフォンに届いているショートメッセージを窓口のお姉ちゃんに見せて入場券を受け取る。入場券といっても感熱紙に印刷されたレシートだが・・・。レシートは入口で回収されて、そのまま見物となった。


ちなみに入場料は50元でネットでの購入は30元である。入口を抜けると北魏後期に創建された大雲寺がある。現在の本殿は清の乾隆19年(1754)に建て直されたものになる。

三国志遺跡・剣門蜀道遺址(金牛道)

千仏崖は名前の通り嘉陵江沿いの崖に掘られた多くの石窟が残っている。元々は蜀から漢中へ抜ける剣門蜀道の金牛道が通っていたが、1935年に国民政府が川陝公路を建設する際に崖を切り開き金牛道や千仏崖を破壊してしまったために、現在ではわずかに金牛道遺址が残るのみである。

わずかに残っているとはいえ、ここも立派な三国志遺跡である。この金牛道を蜀軍が北伐のために通っているのだ。

嘉陵江沿いの崖に北魏から清まで1192の石窟があり、最も盛んに彫られたのが唐代である。

破壊されてしまった物もあれば保存状態が良好な石窟もある。

嘉陵江沿いに石窟があり、石窟の下を金牛道が通っていた。

金牛道はほとんど残っていないが石窟はある程度残っており修復作業も行われている。

そして、これはお年寄りが柵を越えて記念撮影しているところ。

もちろん柵を越えての撮影は禁止になっている。

年寄りには立入禁止とかは関係ないようだ。

柵で入れないようになっているのだが年寄りには関係無いようだ。金牛道も歩いており羨ましい!自分は木道の上から金牛道を見るだけです。

16:50頃、千仏崖を出て5路のバスで広元市内へ戻る。夕飯は素ラーメン(5元/約100円)と牛肉炒飯(8元/約160円)だ。

19:30頃、宿をチェックアウトする。20:00頃、広元駅でインターネットで予約購入しておいた西安行きの切符を受け取り待合室へ移動する。待合室の手前ではいつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査がある。切符と身分証の確認では駅員は外国人には関わりたくないようでパスポートの中身は確認しなかった。

夜行列車で広元→西安

今回乗車する列車は成都→鄭州のK870次で西安へ移動する。21:14発なので、21:00頃には改札が始まるだろう。今回は硬臥で楽をしたりせず硬座で移動する。広元→西安の運賃は75元だ。

待合室で1時間ほど待機になるが、椅子を3つ占領して寝ているおっちゃんとかがおりカオス度が高い。13億人でサバイバル真っ最中のようだ。

20:25頃、予想より早く改札が始まるが広元駅の駅員はやる気があるようで、乗客たちを一列に並ばせている。いつもならカオス状態で乗車バトルが始まるのだが、広元駅には秩序という言葉が存在していた。でも、乗客の中には床に痰を吐いているおサルさんが紛れ込んでいる。

20:34頃、K870次が入線してきた。

20:40頃、ホームへ移動するが、ここでも秩序が存在しており、最初に2号車の乗客から並んで移動する。自分も2号車なので移動する。ホームへ移動して乗車口でも一列に並んで乗車となった。

20:45頃、乗車する。今まで何度も中国の鉄道に乗車したが初めて秩序のある乗車に遭遇した。今年最大の奇跡だ。調教師・・・。いや、駅員たちのやる気があれば文明乗車は中国でも可能なようだ。

でも、車内は無座切符の乗客で溢れカオス度が高い。8時間ぐらいで西安到着だから硬座で楽勝だと思っていたが、この状況からして寝台の硬臥にしておけばよかった。民工列車はレベル高すぎだ。

21:14に定刻通り列車が発車して、広元から西安までは523km、11時間51分の旅の始まりである。車内はエアコンの利きが悪いのか、おっちゃんたちの熱気が凄いのかで暑い。車内はTシャツでも汗が吹き出るほどだ。西安まで無事に到着できるだろうか?

暑さで眠れず体力の消耗が激しい。乗客の中には窓を開けようとするが鍵が掛かっているので開けられず。乗務員はやる気がなく窓を開けたりエアコンの温度調整をしたりといったことをしない。なので、車内に裸族が出現し始める。ただの民工列車だと思っていたがサバイバル仕様の民工列車であった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
バス 18元 広元↔昭化
バス 8元 路線バス
鉄道 115元 西安→西寧
合計 154元