内モンゴル旅行記~硬座・無座鉄道強行軍編

1814次、硬座でチチハル→包頭

neimenggu161昼に陽光招待所を出てチチハル駅へ向かう。列車は1742発なので約5時間半も侯車室で待つことになる。1730頃に改札が始まり列車に乗り込む。

neimenggu162チチハルで降りた乗客が多かったようなので車内は比較的空いていたが硬座なのですぐに乗車率100%になる。1742に定刻どおり発車して包頭までの1808㎞の旅路が始まる。今回の列車もフフホト→チチハルで乗車した1816次と同じように乗務員が次の駅を案内している。

これなら1816次と同様に1814次も乗務員の質は期待できそうだ。トイレに用足しに行くと乗務員に声をかけられる。よく見ると1816次に乗車した時の乗務員ではないか!どうやら、こちらのことを覚えていたようだ。特に日本人ということを伝えていなかったが、停車時間の長い駅でホームをうろついて撮影をしていたり、真夜中でもホーム降りたりしていたので「鉄が乗車しているよ!」というような感じで覚えていたのだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
合計 8元

包頭到着

neimenggu163夜が明けて内モンゴルの草原、砂漠を走り続けるが外は雪化粧している。砂漠に入ると風で巻き上げられた砂が窓の隙間から入ってくる。おかげで車内は砂埃だらけになる。1600過ぎ、集寧南に到着するが包頭までは残り323㎞ある。集寧南は発車するとすぐに日が落ちて夜になる。1900前にフフホトに到着、 ここでほとんどの乗客は降りて車内は比較的空いてくる。2050過ぎ、終点の包頭に到着する。

neimenggu164すぐに今日の宿探しを始めるが客引きは無視して相場を確認すると駅前は一人部屋で35元前後のようだ。既に夜なのでゆっくりと探すことは出来ないので包頭鉄路賓館でまずは部屋を確認すると4人ドミトリーで1泊18 元だったので宿泊することにする。

ドミには先客がいたがこの中国人は「どこから来た?」「何をしている」とかしつこく質問してくる。こちらが「日本人だ」 と答えても通じずに内モンゴルのどこからか来たのだと思い込んで「モンゴル族か」とか更に聞いてくる。こちらの素性をあまり話しすぎると翌朝に荷物が丸ごと無くなっていそうなので聞こえない振りをして無視をする。バックパックはパックセーフを使って防犯対策をしてから食事に出かける。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 18元
合計 30元

包頭駅へ

neimenggu1650600頃に起床する。まだ、ドミにいる中国人3人は寝ている。幸い荷物は無くなっておらず早々に出発準備を整えて包頭鉄路賓館をチェックアウトする。

neimenggu166包頭駅ではまずは神木北行きの切符を購入するが始発→終点でも無座切符だった。

neimenggu167今回の包頭→神木北の距離は207㎞。

neimenggu168侯車室で改札を待ち、駅員が0800に改札を始めるというので並んで待っていると後ろのおっさんが「成吉思汗陵へ行くのか?」と聞いてくるので「もう見て きた」と答えたら、おっさんが「自分もこれから成吉思汗陵へ行くんだ。東勝で降りればいいのか?」とか「どこからバスに乗ればいいんだ」とか聞いてくるので教えるが自分の中国語力が不足しているためにうまく通じず。

neimenggu169しかし、前で聞いていた地元民が話に加わり説明してくれ無事解決。おっさんは「あんた韓国人か?」と聞いてくるので「日本人です」と答えると一斉に周辺の注目を浴びる。ここでは日本人は相当珍しいようで、ほとんど珍獣扱いである。改札が始まり乗車してすぐにホームに降りる。

neimenggu170先頭車両を撮影して後は発車を待つだけである。

4695次で包頭→神木北

neimenggu1710815に定刻どおり発車し黄河を渡り1020頃、東勝に到着する。

neimenggu172列車は少し遅れているようだが神木北には1246定刻どおり到着する。ついに内モンゴ ル自治区を抜けて陝西省へ入った。改札を出ると予想通りタクシーとバスが待機していた。神木北駅→神木駅へ移動しなければならないのでバスとタクシーを探すがタクシーの運ちゃんたちが寄って来るので「神木駅までいくらだ?」と聞くと「こっちだ!こっちだ!黑车(白タク)に乗りな」という。

「神木駅までいくらだ?」と再度聞いても「荷物置いて!」とか明確に答えない。さらに「神木駅までいくらだ?」と聞いてようやく「40元」と、ぼり料金を提示してくる。初めに聞いた時点で「黑车(白タク)に乗りな」と近くに公安がいるのにそのままいう時点で無視するべきだった。他の運ちゃんたちも白タクだがおばちゃんが 「10元」というのでこの白タクに乗る。客が4人集まり出発する。

神木駅

1330頃、神木駅に到着する。10元を払うが駅では自分だけが降りた。すぐに售票処へ行くが既に今日の切符の販売は終了していたが入口で站台票(入場 券)を買って乗車後に補票(精算)するようにといわれる。ダフ屋を無視して入口で站台票を買おうとするが1400から販売だから並んで待つように言われる。

すでに侯車室は満杯で大混雑だ。切符の販売が早く終了してしまうのなら包頭で購入しておくべきだったと後悔しても後の祭りであった。改札が始まり暫くするとようやく站台票の販売が始まる。站台票を購入して改札を通るが站台票は回収されてしまう。せっかくの記念品が・・・。

4903次、無座で神木→西安

neimenggu173ホームに出て、まずは補票をするために12号車へ向かう。

neimenggu17412号車で補票をして加3に乗車する。加3というのは通常の編成に更に増結された車両を意味しており3両目の増結車両ということだ。

neimenggu175補票をする時点で既に座って西安へ行くことを諦めていたが奇跡的に席がまだ少し空いていた。こうして無座にもかかわらず西安まで座っていくことが可能になった。西安までは773㎞の道程だ。

キセル乗車の農民が捕まる

席を確保していつの間にか列車は発車していたが車内は大混雑だ。そして、4903次の乗客の質は酷く、ほとんどが猿もしくは原始人であった。床に痰、唾を 吐き、禁煙でもダバコを吸う。乗務員が注意というか説教しても内容が理解できないようでタバコを吸っている。ゴミも床に散乱して乗務員が清掃するそばから ゴミを床に捨てている。明らかに意図的なポイ捨てだ。このような光景を目撃すると中国人がますます嫌いになってしまう。(深圳市民は除く)

普段なら車内を撮影したいところなのだが、この混雑と乗客の質の悪さから撮影した場合、翌朝までに荷物が丸ごと無くなっていそうな雰囲気なので断念する。こうして気分が 落ち込んで西安へ向かうが突如として状況が変わる。乗務員たちが検札をしていると1人の農民だか民工だかのおっさんが乗務員に引きずられてきた。よく見る と乗務員の手には破れた切符が・・・。話を聞いているとどうやら古い切符で潜り込んだらしい。

農民は乗務員たちに囲まれ緊迫した雰囲気が辺りを漂い始める。何やら面白そうなことになってきた。乗務員たちの説教と「60元」という金額が車内に響き渡り農民が嫌々ながら60元を支払う。60元を支払い農民は解放されるが不機嫌そうな表情で去っていった。

本日の出費
項目 金額 備考
鉄道 40元 無座 包頭→神木北
鉄道 85元 無座 神木→西安
站台票 1元
タクシー 10元
合計 136元

西安到着

neimenggu176結局、農民や民工たちに荷物が盗まれないか心配で一睡も出来なかった。0550頃、西安に到着する。西安はまだ夜が明けずに真っ暗だった。

neimenggu177こんな早朝なのに、この大混雑とは・・・。

neimenggu1780600になっても西安は夜が明けず。

neimenggu179早朝はまだ空いています。

neimenggu180この時間にユースホステルに行っても今日の宿泊の扱いにしてくれるかも疑わしいので、まずは明日の重慶行きの切符を購入しに售票厅へ向かう。切符は5分も掛からずに購入できたが0645まで駅前で時間を潰すが夜明け前なのに右手の無い障害者の乞食にたかられるが603路バスで南門へ移動する。

それにしても 夜明け前から乞食が活動しているとは・・・。0700過ぎ、西安書院国際青年旅舎に到着する。ここで10/20以来のシャワー兼洗濯をする。きっと周囲には異臭を放っていたのだろうな。

ドミトリーには就職活動中の中国人大学生が・・・

今回宿泊した部屋は前回同様の4人ドミトリーだ。既に3人宿泊客がおり1人が日本人バックパッカー、2人が中国人大学生だ。日本人バックパッカーはラサ経由でネパール、インドへ抜けるようだが、チベットは既に冬でヒマラヤの国境越えは出来るのか?大学生2人は就職活動で西安に来ており新聞やニュース(参考1,2,3) で知った中国人大学生の就職活動の様子が実際に見ることが出来た。

朝、夕の食事は1.6元のインスタントラーメンだけで過ごしており経費節減の為に本当に 激貧生活を送りながら就職活動をしていた。中国では上の階層に属する大学生でも厳しい生活をしながら就職活動をしているとは・・・。一昔前とは全く状況が 変わってしまっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.78元
宿泊費 20元
鉄道 53元 硬座 西安→重慶
バス 1元 路線バス
合計 87.78元

内モンゴル旅行記 ~ジャラントン・NHK中国鉄道大紀行編

嫦娥1号の中継特番を見る

ジャラントンでは特に観光をしないので部屋に籠もってテレビを見るが今日は中国の月探査衛星の嫦娥1号の打ち上げ特番を見て過ごす。中国は国威発揚の意味もあるようで特番にも力が入っている。日本はこういった特番がはっきり言ってない。たまにNHKが打ち上げの中継をするけど、見ている人がいるかは・・・。

まあ、中国にとっては月探査衛星の打ち上げなんて大した事は無いだろう。元々ロケットはICBM(大陸間弾道ミサイル)で培った技術があるので信頼性は高いのだろう。それに比べ日本のH2Aの信頼性は・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.9元
合計

関口さんの到着を見物に行くが・・・

neimenggu146中国鉄道大紀行のジャラントンでの中継は10/28なのだが関口さんがジャラントンに到着すると予想して1324着の6236次と1529着の4192次に乗っていると予想をしてジャラントン駅へ行ってみるが予想は外れてしまった。大体中継地には木曜には到着していたがどうも違うようだ。番組HPを確認すると10/23にはジャグダチ(加格達奇)に2052に到着しているので、乗換駅の牙克石へ行くには10/24の0637発のN96次に乗るはずだ。ジャ グダチ(加格達奇)→牙克石へはこの1本しかないからだ。牙克石→ジャラントンは何本か列車はあるが昼間の到着は先ほどに2本だ。

neimenggu147残りは夜と深夜なので考えにくいのだが・・・。強行軍で既に深夜到着なのだろうか?

関口さんは到着していた

2145頃、NHKの番組HPを確認すると関口さんは既にジャラントンに到着していた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
合計 7.5元

ジャラントンでは既に雪が降る

neimenggu148昼食後に扎蘭屯大橋へ行ってみるが何と雪が降ってきた。まだ10月なのに雪が降るとは・・・。でも、この寒さと風だと雪が降っても不思議ではない。雪は15分ぐらいで止んだが冬だという事を実感させられた。早く南方の暖かい地域に移動したい。

neimenggu149雅魯河。

neimenggu150内モンゴルは既に雪が降る季節。

関口さんは1302次で到着していた

夕方にNHKのHPを確認してみると関口さんは昨日1302次で2112にジャラントンへ到着していることが分かった。昼間到着との予想が外れたが、ここでも木曜到着だった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
合計 11元

中国鉄道大紀行の中継場所を探すが

昼食を食べた後にジャラントン駅へ行ってみるが、駅前広場はいつもと変わらず中継の準備は行われていなかった。1630頃、夕飯を食べに出かけた際にも駅前広場は何もなし。商業地も歩いてみたが特に中継の準備は見当たらず、西安では前日にパラボラを設置していたがジャラントンは駅前ではなく別の場所からの中継のようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
合計 8元

中継の見物失敗

neimenggu1510800頃、チチハル行きの切符を買いに行くが駅前の様子はいつもと変わらず。

neimenggu152せっかく予定変更して重慶→陝西省→内モンゴル→黒龍江省→ジャラントンへと移動してきたのだが・・・。

neimenggu153まあ、重慶に戻って長江沿いに旅を続けよう。それにしても、どこで中継しているんだ?

6236次でジャラントン→チチハル

neimenggu154昼過ぎに藍天招待所を出て駅の侯車室で待つ。改札が始まりホームに出て列車の到着を待っているとカメラとマイクを持つ集団がいるではないか!近寄って見ると日本人のようなので日本語で話しかけてみたら、やはりNHKの人たちだ。関口さんはどこにいるか聞いてみるとまだ駅の中のようだ。

スタッフの方に「無座 でどうして必ず座れるんですか?」とある意味で禁止事項の質問してみたら、やはり中国側の協力があることが確認できた。更に話を聞くと旅には鉄道部、公安 部も同行で日中のスタッフで10人ぐらいで台本も無い様で関口さんが自由に行く所を追いかけているようだ。

neimenggu155それを表すかのように列車が到着して乗客が乗り降りする混乱の中で関口さんが空いている前のほうの車両へいくとスタッフもそれを追いかけていく。もちろん、自分も一緒に追いかけます。列車に乗車してデッキから関口さんの様子を伺う。

neimenggu1561328頃、チチハルへ向けて列車は発車する。暫くして自分は隣の車両に座って様子を見る。この列車は空いていたので発車後も余裕で席を確保できた。スタッフの方たちもこの車両におりスタッフの一人と話をしながら過ごす。

neimenggu157話をしていると色々舞台裏を知ることが出来た。例えば、スタッフの半分は番組終了までずっと同行で半分はテープを日本へ持ち帰り編集する関係で交代しながら同行している。中継地には木曜着で翌日は休憩と打ち合わせにあてている。木曜までに中継地に到着するようにしており乗車する列車は特に決まっていないということだ。

トルファン→カシュガルは管内快速と普通慢車しかないので、どちらを利用するか聞いたがそれを表すかのようで決まっていないとのことだった。 撮影中ということで関口さん本人には話しかけられなかったがスタッフの方に色々と話を伺うことが出来た。

neimenggu158関口さん一行は碾子山で下車するようで「何故チチハルまで行かないのか?」とスタッフの方に聞くと昼間のうちに撮影するということだった。(後にチチハルはルートから外れていたことに気付く)確かに夜は撮影が出来ない。こんなド田舎で下車するとは色々と大変なようだ。

neimenggu159碾子山で関口さん一行が下車していく。関口さんはお婆ちゃんと話をしながら出口を出て行く。自分はこのままチチハルへ向かう。まあ、中継は見物は失敗したが、撮影現場を見ることが出来たのでジャラントン滞在の目的はほぼ達成かな?

再びチチハル

neimenggu1601800過ぎ、チチハルに到着する。チチハルは既に真っ暗ですぐに宿を探すことにする。とりあえず試しに建物が立派で近寄り難い駅前の白鶴賓館へ行ってみるが一番安い1人部屋が1泊88元だった。どうも、自分にとっては高級ホテルの部類だ。5人ドミトリーも1人28元であったが既に満室であった。

既に夜なので前回宿泊した陽光招待所へ行くと老板たちは自分のことを覚えていた。まあ、日本人の宿泊客なんて珍しいから覚えていたのだろう。30元部屋は空いてい たので泊まることにする。今回は登記無し、保証金無しで宿泊費30元だけで済んだ。

HP作成するがデジカメのデータ吹っ飛び大ピンチ

夕食を食べた後に早速HP作成をするのだが、何とSDカードの画像ファイルが消えている。関口さんの写真が吹っ飛んでいるではないか!これではHPに関口さん目撃の証拠をUPできない・・・。大ピンチだ!

しかし、こんなこともあろうかと某ファイル復旧ソフトを準備してある。すぐにファイルを復旧できるか試してみるとちゃんと復旧できた。危ないところだった。今回のような問題はフフホトで既に起こる前兆があった。

それは、デジカメの電源を入れると液晶画面の表示がおかしく、勝手に望遠になったりと異常動作が頻発していた。まあ、今までに日中40度を越すトル ファンや砂漠で使用していたり、既に冬の内モンゴルで使用したりとかなり酷使しているのでもうじき壊れるのだろう。いつまで使えることか・・・。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 30元
鉄道 12元 無座 ジャラントン→チチハル
合計 57元

内モンゴル旅行記 ~フフホト→チチハル→ジャラントン編

内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎に最後まで驚かされる

neimenggu118今日はフフホトを離れて鉄道で黒龍江省チチハルを目指す。でも、内モンゴル旅行記が終わったわけではない。内モンゴルの扎兰屯(ジャラントン)へ鉄道で行くには一旦、吉林省と黒龍江省を通過しなければならないのだ。

1023発の1816次に乗車するために0840頃、内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎をチェックアウトするが最後の最後でもここでは驚かされた。何と頼んでもいないのに領収書を発行してくれるではないか!今まで宿泊した宿は領収書の発行を拒否したり面倒くさそうに発行したりと明らかに嫌がっていた。ところがここではちゃんと発行してくれるではないか!というか、領収書はちゃんと発行するのが当たり前なのだが・・・。とにかく、4星級ホテルが運営するユースホステルは凄い。

1816次でフフホト→チチハル

neimenggu119ユースホステルを出て34路のバスでフフホト駅へ移動する。0940頃、フフホト駅に到着する。

neimenggu120侯車室で改札が始まるのを待ち、1000頃に改札が始まる。
neimenggu121ここから並ばない乗客たちと一緒に改札を突破してホームへ降りる。1015頃に1816次が到着して、ここからが本当の戦いが始まる。今回は硬座でチチハルまで移動するのでいつもより厳しい移動になる。フフホトまでの乗客が下車すると同時に乗客が我先にと乗車しようとする。駅員や乗務員が注意しても誰もいう事を聞かない。

大混乱の中で何とか乗車するが次は車内で自分の座席へ移動するのに一苦労だ。座席まで辿り着いても荷物の置き場所を確保しなければならない。幸い1816次はフフホトで降りる乗客が多かったので荷物の置き場所には困らなかった。1023に定刻どおり発車してチチハルを目指す。

集寧南で1813次に列車番号を変更

neimenggu1221240頃、集寧南に到着する。ここで進行方向が変わる為に機関車を連結しなおすが進行方向が北京方向から北京から離れる方向に変わるので列車番号も 1816次→1813次に変更になる。1250過ぎに集寧南を発車する。列車は内モンゴルの平原を走り途中の正鑲白旗で停車時にホームに降りてみる。

neimenggu123駅の周辺には建物があるがすぐに平原が広がっている。

neimenggu124再び列車に乗り込み外の景色を眺めるがここで気付いたのだが、この列車の乗務員は発車時には次の駅と到着時刻、到着前には駅名を告げているし車内の清掃もこまめにやっている。今まで緑皮車だとほとんどこんな事は無かったので、この列車の乗務員の質は高いよう だ。乗客は幸い床に痰を吐いたりしていないので多少は快適に列車での移動が出来そうだ。

本日の出費
項目 金額 備考
バス 1元 路線バス
合計 1元

深夜の1813次は空いていた

neimenggu125今回乗車した1813次はチチハル、ハルビンまで走る長距離列車であるが内モンゴルの田舎を走る間は乗車率は9割ぐらいだったが夜になると乗客は減り深夜には更に減り通遼に到着すると横になって寝る乗客が多数目撃できるほどになっていた。

neimenggu126通遼到着時にはホームに降りてみるが発車前の合図の笛がなると乗務員が一斉に動き始める。こんな真夜中でも軍隊のように統率の執れた動きに感心する。

neimenggu127車内はこんな感じ。

吉林省を抜け黒龍江省チチハル到着

neimenggu128通遼を発車して内モンゴルを一旦出て吉林省白城を経由して1030頃、約10分遅れで黒龍江省チチハル(齐齐哈尔)に到着する。

neimenggu129チチハルに到着したのだ が、このまま1519発の6255次でジャラントン(扎兰屯)へ行ってもよいのだがそうするとジャラントンは1915着で夜になってしまう。

neimenggu130夜に宿を探すのは嫌なのとジャラントンへはすぐに行かなくても大丈夫なので今日はチチハルに宿泊し明日ジャラントンへ向かうことにする。先に售票厅で明日のジャラントン行きの切符と29日の包頭行きの切符も購入しておく。

neimenggu131切符を購入して宿を探すが何件か料金を聞くと30元ぐらいでそこそこの部屋があると分かり駅の近くの陽光招待所に1泊する事にする。

龍沙公園

neimenggu132とりあえずチチハルに来たので龍沙公園が有名らしいので1230頃、駅前から15路のバスで第一医院下車する。すぐ目の前に龍沙公園があり見物していく。 龍沙公園は清朝により1907年に造営された公園で国家AAA級旅游景区に指定されている。こちらは光緒33年(1907)に建設された望江楼。

neimenggu133関帝廟は清の乾隆4年(1739)に建立され公園より歴史が古い。

neimenggu135園内は労働湖や関帝廟、遊園地、動物園などがある。それに何故 か周恩来、朱徳、劉少奇、鄧小平が視察時に搭乗した航空機Ah24Aが展示されている。因みに説明にはカンボジアのシアヌーク殿下(当時)がハルビン訪問時に搭乗したとある。

清真寺

neimenggu1361400頃、龍沙公園の北東にあるイスラム寺院の清真寺を訪れる。ここは清の康熙23年(1684)に建立され黒龍江省最大規模の清真寺である。

neimenggu137入場料は分からないが有料の看板があったので、とりあえず外から見るだけにしておいた。チチハルでの観光はこれで終わりだ。チチハルで最も有名な観光地といえる丹頂鶴で有名な扎龍自然保護区は既に観光時期は過ぎているようなので行かない。というよりもお金が無くて行けない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 3元
宿泊費 30元
バス 2元 路線バス
鉄道 12元 チチハル→扎兰屯
鉄道 102元 チチハル→包頭
合計 149元

6235次でチチハル→ジャラントン

neimenggu1380600前に起床して招待所を出る。駅に着くと既に改札が始まっており列車に乗り込む。

neimenggu139田舎を走る普慢なので乗客は少ないと予想していたが見事に予想は外 れた。乗車率100%を超えていた。0654に定刻どおりチチハル駅を発車する。混雑した車内だったが4駅目の富拉尔基に到着すると車内はかなり空いてきた。ここからは駅に到着するたびに乗客が降りていく。空いているのと乗客の質もそこそこ良いようでゴミのポイ捨て痰吐きは無い。但し、3人掛けシートで横になって寝ている乗客がいたが空いている席もあるし特に害は無いので問題なし。普慢で快適な旅が続く。

neimenggu140途中でチンギス・ハン駅(成吉思汗)に到着しホームに降りてみる。今回この列車に乗車した目的のひとつがチンギス・ハン駅を見る事だったが、ただの田舎の駅で完全に名前負けしていた。正直がっかりした。チンギス・ハンの名前を駅名にするのだからチンギス・ハンの銅像とか豪華なモンゴル風の駅舎を想像していたが普通の田舎の駅で周辺には何も無かった。

neimenggu141がっかりしながら再び列車に乗車してジャラントンへ向かう。1115頃、ジャラントン(扎兰屯)に到着する。

neimenggu142ジャラントンでも乗客は並んでいない。並んだ方が早く乗れると思うのだが・・・。

ジャラントンは有名な観光地らしいが・・・

ジャラントンに到着したのは良いがド田舎に来てしまったような気がする。インターネットでジャラントンについて調べたら中国優秀旅游城市、国家重点風景名 勝区と紹介されていたので観光で発展しているのかと思い込んで訪れてしまった。ジャラントンには10/28まで滞在するので、まずは宿を探さなければならないが幸い駅前には招待所、旅社が多数あるのですぐに宿は決まった。

藍天招待所に1泊10元で宿泊することにする。部屋は今までで一番狭く1畳半ぐらい広 さの部屋でテレビとベットがあるだけだけなのだが、老板がすぐ近くに同じ料金でもう少し広い部屋があるというので対面のアパートに移動する。こちらの部屋 は少し広く日の光が入るのだがベランダを改造した部屋だった。アパートの部屋に宿泊することにするが後に包间(貸切)の客が現れ元の狭い部屋に移動する。

ジャラントンを散歩する

neimenggu143昼頃にジャラントンの街を散歩してみる。まずは駅周辺なのだが、あまり人がいない。

neimenggu144まあ、昼間は列車が5本ぐらいしか停車しないので当然かな?

neimenggu145比較的賑わっているのは駅の南西だ。ジャラントンに到着した時はド田舎と思ったが商業地がちゃんとあるのでそこそこの規模の都市と再認識する。でも、田舎かな?

ジャラントンに来た理由

ジャラントンでは10/28にNHKの「関口智宏の中国鉄道大紀行」の中継があるので、それを見物するために来たのだが、まだ日数がある。そこでジャラントンでどう過ごすかだ。郊外には旅游景点がいくつかあるのだが興味があったのは30㎞ほど離れた所にある金長城だけだが路線バスは出ていない。ぼったくり タクシーは危険だし・・・。まあ、ジャラントンでの観光はやめておこう。

代わりに関口さんのジャラントン到着を見物することを計画する。時刻表と番組のHPを確認して满洲里、海拉尔方面の牙克石から来るようで関口さんの行動パターンを調べると昼間の到着が多いようなので6236次か4192次を利用する確率が 高そうだ。それに夜の移動だと内モンゴルの大草原とかが撮影できないだろうし。で、肝心の到着日が何時かが問題だ。恐らく10/26までには到着するはずなので番組HPを確認しながら毎日駅前で網を張ってみよう!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.3元
宿泊費 10元
合計 18.3元

内モンゴル旅行記~フフホト編

妙法禅寺へ行ってみるが

neimenggu0920630頃に起床する。今日はフフホトへ移動するのだが朝のうちに妙法禅寺へ行ってみることにする。0800頃、宿を出て駅前通りの南門外大街を北へひた すら歩く、途中で和平路に変わるが更に進むとだんだん商業地から田舎の光景に近づいてくると財神廟に辿り着くがここは無視して更に進むと左手に教会と寺らしき建物が見えてきた。寺に向かうとやはり妙法禅寺だった。駅から徒歩20分ほどの距離だった。

neimenggu093妙法禅寺は呂洞賓を祀った廟で簡単に言えば各地にある呂祖廟だ。しかし、各所で工事中のようで入場券売場も見当たらない。勝手に入って見物するが敷地は広いが建物はどれも新しい。どうやら見る価値はなさそうだ。

neimenggu094工事が終わり完成すると金を取り始めるのだろうか?

1718次で包頭東→フフホトへ

neimenggu0951030過ぎに宿を出て包頭東駅へ向かう。フフホト行きの切符を購入して侯車室へ向かうが入口には武警が2人おり切符の確認をしている。

neimenggu096駅員でもないのに何故切符の確認をするんだ?武警なら身分証の確認だろう!ちょっと疑問に思いつつ侯車室へ。大きな駅だと壁画とかがあるけど包頭東駅は王召君を題材にしているようだ。

neimenggu0971100頃、改札が始まりホームで列車の到着を待つ。

neimenggu0981718次が到着して乗車するのだが1718次の終点がフフホトなので既にほとんどの乗客が降りている。おかげで車内は空いておりいつものように我先に乗車する必要が無いので乗客は比較的並んでいる。
neimenggu099しかし、車内の汚れ具合は物凄くどういった乗客が利用していたかはすぐに理解できた。列車は定刻どおり1135に発車する。

neimenggu100すぐに外は田舎の景色に変わるが、この景色がなかなか綺麗で乗客の中にも外を眺めている者がいる。

neimenggu1011323にフフホトに到着する。

neimenggu102フフホトでの拠点は内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎に決めているので出口を出て34路のバスに乗車する。

内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎は凄い

neimenggu10334路のバスに乗車したのは良かったが駅前の渋滞が酷くバスはなかなか進まない。渋滞を抜けてフフホトの中心部を抜けて内蒙古師範大学で下車するがバス停が農業大学になっていた。間違えたかと思ったら目の前に内蒙古師範大学と内蒙古農業大学があった。バス停の表示が違っていたが降りる場所は間違っていなかった。

目的地の内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎を目指すが既に目の前に賓悦大酒店と看板のある大きな建物がある。ユースホステルを目指しているはずが自分が近寄ることが出来ない高級ホテルを目指して歩いている。恐る恐る近づくと内蒙古賓悦大酒店の隣に見慣れたユースホステルのロゴが付いた建物がある。内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎に到着だ。左が内蒙古賓悦大酒店で右の小さな建物が内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎です。

neimenggu104内蒙古賓悦大酒店は4星級の高級ホテルで自分のような貧乏人は近づくことも出来ないのだがユースホステルの方には近づける。宿泊する部屋は4人ドミトリーで1泊40元(非会員50元)だ。フロントの服務員は目の前の客が日本人とは気付かずパスポートを見てようやく気付いた。雑談をしながら登記をするが「今日は寒いでしょう。もう少し早めに来れば良かったのに。」と言われる。確かにあと1ヶ月ほど早く来るべきだったと思った。とりあえず3泊する。

ICカードを受け取り部屋へ向かう。肝心の部屋なのだが一応は4人ドミトリーなのだがテレビ、シャワー、トイレが付いている。おまけにLANコンセントが付いていてノートPCさえあればネットにつなげる。あと電話もあった。もちろん部屋自体清潔だ。さすが4星級ホテルのユースホステルだ。これで1泊40元は凄い。

今まで1泊40元だと汚い個室で ニーハオトイレという宿もあり、この差に改めて驚く。これだと招待所や旅社はぼったくり宿に思えてくる。部屋には既に白人さんが一人宿泊していたがまだ外出したままだった。まあ、ちょうど外出していたので自分は約1週間ぶりにシャワーと洗濯をする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11元
宿泊費 120元 1泊40元×3
鉄道 12元 無座 包頭東→フフホト
バス 1元 路線バス
合計 144元

席力図召と大召の外だけ見物

neimenggu1050700頃に起床する。メール確認と今日はどこに行くか情報収集をする。0920頃、内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎の南にあるバス停「賽罕区医院」から38路のバスに乗車して大召で下車する。まずは席力図召と大召を見物する。

neimenggu1060945頃、席力図召から見物することにする。席力図召は明の万暦13年(1585)に創建され清の康熙年間に拡張されフフホト最大のチベット仏教寺院となる。その後も清の雍正、咸豊、光緒年間にも拡張されている。400年以上の歴史があるチベット仏教寺院なのだがフフホトの市街地にあるために建物が綺麗に整備されている。

neimenggu107入場料は20元なのだが、入口から中を見る限り見物しても後悔しそうな雰囲気が漂ってくる。内部も古臭い建物が見当たらず綺麗になっている。これなら入口から覗いて終わりにするだけで十分なようだ。

neimenggu108続いて通りの反対側にある大召へ行くがこちらも観光地として綺麗に整備されている。

neimenggu109大召は明の万暦7年(1579)に創建され、フフホトで最も古いチベッ ト仏教寺院である。

neimenggu110大召の入場料は30元でこちらもちょっと高い。特に中を見なくてもよさそうな雰囲気なので外から見物するだけにする。

neimenggu111大召周辺は綺麗に整備されています。

neimenggu112大召周辺は観光開発の最中のようで工事中の建物が目立つが古い街並みが残る塞上老街もあり観光地観光地開発に力を入れているようだ。

neimenggu113塞上老街

将軍衛署

neimenggu114昼頃に将軍衛署を訪れる。

neimenggu115将軍衛署は清の乾隆2年(1737)に創建されフフホト周辺の辺境防衛の任を負う綏遠将軍の公務と生活の場である。乾隆2年から民国6年まで歴代74人の綏遠将軍が任に就いている。

neimenggu116将軍衛署

チチハル行き切符を購入

neimenggu1171230頃、フフホト駅に到着。11月上旬までフフホトに滞在しようと思ったが予定を変更してジャラントン(扎兰屯)へ行くことにして21日の1816次のチチハルまでの切符を購入しようとするが售票厅の電光掲示板を見るとチチハルは売り切れになっているがハルビン東は切符がまだある。

チチハルとハルビン東の料金の差は12元なのでハルビン東まで買ってハルビンまで行くかチチハルで降りるか判断に迷う。一旦ユースホステルに戻り時刻表を再度確認することにする。

1600頃、再びフフホト駅を訪れハルビン東まで切符を買うことにする。念のため窓口でチチハルまでの切符があるか確認すると何とあるではないか! 迷わずチチハルまでの切符を購入する。電光掲示板では売り切れなのにどうして窓口で聞くとあるんだ?今回の経験で電光掲示板で売り切れと表示されていても 試しに聞いてみるというのを学んだ。

内蒙古賓悦大酒店国際青年旅舎は本当に凄い

切符を買う前に一度ユースホステル戻った際の事だが部屋がきちんと掃除されていた。ただ掃除されていたのなら特に何も感じないのだが、ベットのシーツが取り替えられ、昨日紅茶をこぼした所は綺麗に掃除されて、一人だからと使いっ放しの電気ポットも綺麗に元の位置に戻されテレビのリモコンまで所定の位置に戻してあった。

今まで宿泊したユースホステルは3日~10日ぐらいはシーツをそのまま使っていたが一日で交換されるとは思ってもいなかった。まあ、前日に白人さんが出て行ったからついでに交換してくれたようだが4星級ホテル運営のユースホステルだと掃除も徹底しているようだ。本当に驚かされる。これが中国の標準 ならどれだけ良いか・・・。その辺の招待所ではいい加減な掃除で、同じ中国の宿泊施設でもこの差は大きい。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.8元
鉄道 95元 硬座 フフホト→チチハル
バス 6元 路線バス
合計 120.8元

今日は籠って休む

フフホトでの観光は昨日の一日だけにしておく。他にも見るような所はあるのだが軍資金が少なくなってきているので節約のために行くのをやめる。行っても入場料が高いだろうし。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.8元
合計 14.8元

内モンゴル旅行記~包頭編

1116次で東勝→包頭東へと思ったが

今日はオルドスを離れて包頭へ戻る。昼頃に宿を出て1路のバスで東勝駅へ向かう。東勝駅の售票厅にやって来たが狙っていた北京西行きの1116次が今月は奇数日にしか運行していないことに気付く。一昨日来た時に良く調べておくべきだった。

1116次は非空調なので運賃が安いのだが、運行していないとなると包頭までの4696次を利用するしかない。しかし、空調が付いているので包頭まで21元で1550発だ。これなら、4時間近く待つよりバスで包頭へ向かったほうが早い。ということで、徒歩で東勝汽車站へ向かう。

東勝汽車站→包頭汽車站

neimenggu0671300頃、東勝汽車站に到着し包頭行きのバスに乗車する。バスが発車し市街地を出ると検問で停車する。乗客2人が公安に身分証提示を求められバスを降り詰め所で質問を受けているようだ。5分ぐらいで乗客2人が解放されバスは再び発車する。

neimenggu068高速を走り包頭汽車站に1500過ぎ到着。包頭汽車站は包頭東駅の前にあるので周辺の状況は把握できている。まずは寝床を確保しなければならないのだが一昨日までいた招待所へ行ってみたが20元の部屋は満室だったので他の宿を探す。何軒かは外国人お断りだったが、何とか20元で泊まれる康華旅館を見つける。もともとは駅の近くにある旅館だったが20元の部屋があるか聞いたら別の場所に20元の部屋があると案内された。別館?のある旅館だったが、でも、ここは看板は出ているがアパートの一室を改造した別館?だった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.4元
宿泊費 20元
バス 1元 路線バス
バス 26元 東勝→包頭
合計 61.4元

五当召へ行こうとしたが

neimenggu0690715頃に起床する。今日は清の乾隆年間に建立されたチベット寺院の五当召へ行く計画だ。事前にネットで調べて情報を元に0830頃、包頭東駅前で五当召行きのバスを探していると0845過ぎにバスが駅前にやってきた。運賃を聞くと10元だったので乗 車して待つが0930頃、客が集まらないという理由で運行中止になる。乗務員が石拐行きのバスに乗車して石拐で乗り換えてくれというので石拐行きのバスに乗車する。

neimenggu0701000頃、バスが発車して石拐へ向かう。石拐までの運賃は7元だ。石拐への途中で偶然にも戦国趙北長城遺址の前を通過していることに気付く。これで帰りは戦国趙北長城遺址に寄ることが決定する。1100頃、石拐に到着するが五当召行きのバスは見当たらない。周辺を歩いてみたがやはり無い。タクシーの運ちゃんが声をかけてきたので五当召までいくらか聞くと「40元」とボリ料金を提示してきたので断ると「30元」と下げてきたが五当召へ行く気は無くなった。このまま石拐から包頭へ戻る7路のバスに乗車する。

戦国趙北長城遺址を訪れる

neimenggu0711145頃、戦国趙北長城遺址の前に来たので下車する。他の乗客は「何でここで降りるんだ?」という感じで不思議そうに見ていた。石拐→趙長城までは運賃は6元で何故か高い。長城には一応新しい石碑があり長城遺址ということが分かる。

neimenggu072モンゴル文字が併記されています。

neimenggu073石碑は2006年10月に建立されたようですので、開発というか保護はこれからかな?

neimenggu074こういった石碑がなければ素通り100%です。

neimenggu075石碑は立派ですが周辺には何もありません。ゴミは散らかってましたが・・・。

neimenggu076誰もが想像する石造りの長城ではなく土を盛っただけの長城は石碑がなければ誰も気付かないのは確実だ。戦国趙北長城遺址は春秋戦国時代に趙が築いた長城で秦が築いた万里の長城よりも古い。

neimenggu077長城を歩いてみました。

neimenggu078何も無い所なのだが左の広場には銅像か何かを建てるつもりなのだろうか?

neimenggu079こんな所を訪れた日本人は今までに何人いるだろうか?長城を歩いたりしてから7路のバスに再び乗車するがここでは乗客の「何でここから乗るんだ?」という ような視線を浴びる。1250頃、包頭東駅に戻ってくる。趙長城→包頭までは7元だった。「途中からなのにどうして6元とかじゃないんだ」と思ったが後か ら乗車してきた人民も7元払ってたし、運賃設定に謎が残る。

美岱召へ

neimenggu0801300頃、6路のバスで薩拉斉へ向かう。まだ時間があるので美岱召へ行くことにする。美岱召は成吉思汗の末裔の阿勒坦汗が明の嘉靖44年(1565)に 城を築き、明の万暦34年(1606)にチベット仏教寺院となり内モンゴルでもかなり有名な寺院のようだ。因みに内モンゴルでは「召」というのは寺という意味で使われている。1440頃、薩拉斉に到着する。

neimenggu081バスの運ちゃんに通りで6路のバスが美岱召へ行くことを教えてもらい6路のバスに乗車する。途中で包 頭→薩拉斉→美岱召のバスを見かけたが本数は少なそうだ。1530過ぎ、美岱召の前で降ろされる。牌坊をくぐり奥へ進むと城壁が見えてくる。美岱召に到着だ。駐車場もあり整備はされているが観光客はいない。まあ、この時期では観光客は来ないだろうな。

neimenggu082大雄宝殿

neimenggu083大雄宝殿は撮影禁止なので入口の像までしか撮影できず。

neimenggu084阿勒坦汗の頃に掘られた井戸。亭は1985年に建てられた。

neimenggu085チベット仏教の寺院ということなので坊さんがいるのかと思ったが坊さんは一人もおらず完全に観光施設になっていた。

neimenggu086達賴廟

neimenggu087羅漢堂の像は新しかったような・・・。

neimenggu088八角廟の大威徳金剛尊神。明代の城壁が残っており明や清の建物もあり雰囲気としては良い。ただ訪れたときは城壁は修復中で登ることが出来なかった。

neimenggu089これは翌日に包頭東駅前で見かけた美岱召行きバス。

neimenggu090美岱召の入場券(表)

neimenggu0911610頃、美岱召を離れ6路のバスで薩拉斉へもどり1700頃、包頭行きの6路のバスに乗車し1810頃、包頭に到着する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 3元
宿泊費 20元
バス 7元 包頭→石拐
バス 6元 石拐→趙長城
バス 7元 趙長城→包頭
バス 20元 包頭⇔薩拉斉
バス 10元 薩拉斉⇔美岱召
美岱召 30元
合計 103元

内モンゴル旅行記~成吉思汗陵編

内モンゴルに到達!包頭東へ

neimenggu0280530過ぎ、目が覚めるとちょうど山西省大同を過ぎたところだった。大同からは列車番号も1673次に変更になる。これは今まで北京方面へ向かっていたので偶数の列車番号だったが大同からは北京から離れて行くので奇数の列車番号に変更となる。ついでに大同では進行方向が逆になるので機関車の交換が行われ1両だったのが大同からは2両になり重連運転で内モンゴルへ向かう。

neimenggu029それにしても、車内が寒い。外もかなり寒そうだ。フフホトの手前の卓資山を過ぎた頃には山が雪化粧していた。標高の高いところを通過しているとはいえ、10月中旬で雪が降っているとなると内モンゴルは既に秋から冬に変わっているということだ。どうやら、訪れる時期を間違えたようだ。

1030頃、フフホトに到着する。今日はこのまま包頭東へ向かうのでフフホトでは下車せずに素通りする。フフホトは後日訪れることにする。1230頃、包頭東駅に到着する。

10月の内モンゴルは既に冬

包頭東駅に到着したのは良いのだが寒さで体中がガタガタ震える。既に内モンゴルは秋を過ぎ冬になっていた。駅を出ると東勝行きのバスの客引きが待ち構えていたが、無視して駅の售票厅へ向かう。 事前の調査では時刻表には載っていない東勝行きの列車があるはずだったが無かった。代わりに48011次など別の時刻表に載っていない列車を見つけた。

でも、包頭駅からは東勝への列車が出ているようなので、とりあえずは今日は包頭に泊まり明日の朝に包頭駅へ行き東勝へ向かうことにする。予定を決めたので次は寝床の確保だ。包頭東駅の周辺が包頭では一番賑わっているらしいので近くの招待所で1泊20元で宿泊する。

冬の服装に変えて周辺を散歩と昼食を食べる。 昼食に牛肉麺を食べるがこの時にスープで3日ぶりに水分を摂る。3日間、水を飲まずに饅頭だけで過ごしてきたが、まあ大丈夫だった。この寒さでは水を飲む必要は無いだろう。夕方になり宿に戻り久しぶりにテレビを見るが天気予報は包頭の最低気温を1度と報じていた。やはり内モンゴルは既に冬だった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10.05元
宿泊費 20元
バス 2元 路線バス
合計 62.05元

包頭駅へ移動

neimenggu0300615頃に起床する。すぐに出発の準備をして0650頃に招待所を出る。招待所のすぐ近くにバスの停留所があり133路のバスに乗車して包頭駅へ向かう。路線バスなので包頭駅まで客を拾いながらゆっくりと走る。おまけに外は冷え込んでおり霜柱が立っている。

neimenggu0311時間ほど掛かり0750頃、包頭駅に到着する。售票厅へ向かい東勝行きの列車を確認するが時刻表は見当たらなかったが、東勝、神木北行きの窓口があった。東勝行きの切符を買いすぐに待合室へ向かう。

4695次に乗車する

neimenggu032改札口では既に改札が始まっており地元民が列を成していた。

neimenggu033地元民に混じりバックパックを背負い明らかに旅行中と分かる日本人が乗車する。

neimenggu034切符は始めから無座なので席は諦めていたが予想に反してあっさりと席が確保できてしまった。しかも、車両は25DTなので空調付きで豪華だ。

neimenggu035時刻表に載っていない路線なので22Bあたりだと思っていたがなにやら凄い。

neimenggu036乗務員の態度もなにやら丁寧な気がする。0819に4分遅れで包頭を発車して神木北へ4695次が走り始める。

包神鉄路で包頭→東勝

neimenggu037時刻表に乗っていない路線なので、どれだけ古い車両に乗車できるのかなと思っていましたが予想外の空調付き車両で東勝へ向かう。空調付きなので窓が開けら れず景色を撮るのには不利なのが問題だ。途中で黄河を越えて目的地の東勝まではいくつかの駅があるのだが、観光客が利用しそうなのは响沙湾だろう。响沙湾は中国人には有名な観光地のようで、簡単に言えば敦煌の鳴沙山のように砂漠を見物することが出来る。但し、停車する列車は朝と夕方の2本しかないし、駅と言っても「响沙湾旅客乗降所」と表示されている。

neimenggu038まあ、ここに来る観光客はツアーかタクシーをチャーターして訪れるのが一般的だろう。响沙湾を発車するとすぐにロープウェイらしき施設が見えたので観光開発は進められているようだ。

neimenggu039この列車に乗車していて気付いたのだが、ちゃんと駅に停車する前に乗務員がトイレの鍵を掛けている。大体この手の田舎の路線はトイレの鍵なんて掛けないのだが、これは車両が良いと乗務員の質も高いのだろうか?そういえば乗務員は女性ばかりだった。

neimenggu0401020頃、東勝に到着する。

neimenggu041駅舎は大きく田舎のボロイ駅を予想していた自分にとっては少々驚きだ。さて、いつもなら駅前で寝床を探すのだが安宿は少ない ように感じられる。高そうな所はあるのだが・・・。まあ、明日はチンギス・ハン陵(成吉思汗陵)へ行くので東勝汽車站まで歩きながら宿を探すことにする。

東勝汽車站と東勝駅

neimenggu043利用客の数の割りにやたらと豪華な東勝駅。

neimenggu044東勝駅前。田舎だと思っていたら立派な都市になっていました。

neimenggu042東勝といってもほとんどの人は「聞いたこと無い」と思うでしょう。東勝というのはオルドス市東勝区の事を指している。オルドスなら聞いた事のある人は少しぐらいいるだろう。まあ、東勝はオルドスの市街地と考えておくと良いだろう。オルドスでも決して駅を出たら大草原なんて事はありませんので!駅前から1路のバスで東勝汽車站へ行けるのだが徒歩で東勝汽車站へ向かう。途中で道を間違えたが何とか到着する。

やはり、バスターミナル周辺の方が宿が多い。早速寝床を探すが30元ぐらいが相場のようだ。何件かは40元とか提示してきたので他を探すがようやく30元の宿を見つける。部屋を確認して寝るだけなら十分な設備なので2泊することにする。

寝床を確保して次は東勝汽車站でチンギス・ハン陵を通過する烏審旗行きのバスを確認し、再び東勝駅で情報収集をする為に1路 のバスに乗車する。再び東勝駅を訪れ售票厅へ向かう。售票厅で神木北と包頭行きの列車を確認して東勝駅を後にして1路のバスに乗車する。

オルドスは都会になっていた

neimenggu045東勝駅から1路のバスで市中心部に戻ってきたが、立派な商業施設がありケンタッキーもちゃんとある。

neimenggu046しっかりと都市化しています。

neimenggu047これだけ発展していればもはや田舎ではなくなっている。大草原は一体どこへ行ってしまったのだろうか?

馬乳酒と内モンゴルのビール

neimenggu048まあ、都市化していてもきっと郊外は草原が広がっているのだろう。明日、チンギス・ハン陵へ行く途中で本来のオルドスの風景が見られるはずだ。今日はこれ で調査は終わりにしてスーパーで馬乳酒と内モンゴルのビールを購入する。やはり内モンゴルまで来たのだから内モンゴル特産の馬乳酒を飲まなければ!ビール は他のビールと同じだろうけど馬乳酒は飲んだことが無いのでちょっと楽しみだ。

因みにビールは2.5元、馬乳酒は9.8元だ。宿に戻り早速、馬乳酒を飲むがこれが美味い!一番安い馬乳酒を買ってきたが高いのはもっと美味いのだろう。でも、この味ならビール並みに安ければ毎日飲むのだが・・・。夕飯はバス ターミナル近くの餐厅で食べるがメニュー表に蒙餐(モンゴル料理)があり蒙古餃子というのが10元であったので奮発して食べてみたが普通の水餃子だった。 蒙古の「も」の字も感じられなかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 25.8元
宿泊費 60元 1泊30元×2
鉄道 21元 硬座 包頭→東勝
バス 4元 路線バス
合計 110.8元

成吉思汗陵へ向かう

neimenggu0490630頃に起床する。0730頃、東勝汽車站で成吉思汗陵(チンギス・ハン陵)行きの切符を購入しようとするが窓口では販売しておらずバスに乗車してから切符を購入することになる。烏審旗行きのバスが成吉思汗陵へ行くと聞いていたが、售票処で伊旗行きに乗車するように言われる。

ここで解説しておくが伊旗とは伊金霍洛旗の略である。地元民は皆、伊金霍洛旗を伊旗と呼んでいる。伊金霍洛旗だと長くて言い辛いからだろう。それと同じように伊旗の中心地である阿 勒騰席熱鎮も阿鎮と省略されるが、伊旗行きのバスは阿鎮が終点なので伊旗=阿鎮と考えた方がよさそうだ。

neimenggu050成吉思汗陵までの運賃は20元で0830頃にバスが発車する。オルドス市内を出ると草原が広がっていた。何とか内モンゴルらしい風景にめぐり合えた。0930頃、阿鎮汽車站に到着するがここが終点の伊旗のようで、ここから先に行く乗客はバスターミナル内に停車していた別のバスに乗り換えさせられる。

neimenggu051伊旗から成吉思汗陵までは10元なのだが東勝から伊旗までは8元だ。単純に合計は18元のはずだが、東勝でバスに乗車した時は20元だったぞ!紅碱淖行きのバスに乗り換えて0940頃にバスが出発する。草原の中をひたすら走り1030頃、ロータリーでバスが停車する。成吉思汗陵がある伊金霍洛鎮に到着だ。到着と言ってもここから3㎞ほど歩くことになる。ロータリーにはタクシーの運ちゃんたちが待ち構えていたのだが無視して案内標識を頼りに歩いていく。

成吉思汗陵に到着

neimenggu052成吉思汗陵の入口である伊金霍洛鎮のロータリー周辺は一応観光開発がされ無駄に広い道路と新しい建物が目立つ。いづれは一大観光地にしようとする計画なの だろう。

neimenggu053道路標識には成吉思汗陵旅游区と成吉思汗陵園の表示があるが成吉思汗陵園が成吉思汗陵です。旅游区は巨大なオブジェとかがあって何か胡散臭いので行きませんでした。

neimenggu054それでも、成吉思汗陵へ向かってちょっと歩くと草原というか荒野が広がっている。遠くには成吉思汗陵が見える。これなら迷うことも無いだろう。 1110頃、成吉思汗陵に到着するが相当の田舎にもかかわらず駐車場にはそこそこ車が停車しており観光客もいる。

平日でもこれだけ観光客がいるのは凄い。田舎の観光地だと何時潰れてもおかしくないほどの惨状を目にするのだがここは違った。成吉思汗の名前はそれだけ凄いのだろう。でも、入場料80元は高いが ここまで来てしまったので見物していくことにする。

成吉思汗陵は新しすぎる

neimenggu055牌楼

neimenggu056牌楼をくぐるとまずは成吉思汗の銅像が出迎えてくれる。

neimenggu057さらに階段を上がっていくと成吉思汗陵宮に到着する。これが成吉思汗の霊廟なのだが新しく綺麗だ。

neimenggu058成吉思汗陵宮には蒙古包の祭壇がある。

neimenggu059北京の天壇のような蘇勒徳祭壇もある。

neimenggu060中を見物すると成吉思汗像があり成吉思汗の生涯が紹介されていた。霊廟なので資料展示とかは少ないがかなりお金を掛けたつくりで装飾が立派である。但し、撮影禁止になっておりモンゴル族のおっちゃんたちが厳重に警備している。成吉思汗陵宮の見物後は周辺の祭壇などを見物するがこの時に成吉思汗陵が新しい理由が分かった。

neimenggu061成吉思汗陵の入場券は何故か2枚だ。1枚は入場券でもう1枚は草原建設保護費と明記されている。1枚にしたほうがコスト削減できるような・・・。

neimenggu062成吉思汗陵は清代初期にこの地に移されてきた。抗日戦争中は甘粛省や青海省のタール寺に移された。1954年にこの地に戻されたが文化大革命で破壊され、 1977年から再建が始まった。こういった理由で成吉思汗陵は新しいようだ。他にも観光開発で次々と新しく建設したりしているのだろう。はっきり言って古 い建物は無かった。

東勝へ戻る

neimenggu063成吉思汗陵を出て伊金霍洛鎮のロータリーへ徒歩で戻り1400頃、ロータリーに到着する。ここで東勝行きのバスを待つことにするが、タクシーの運ちゃんが声を掛けてきた。伊旗まで10元ということなので利用することにする。乗合タクシーなので運ちゃんが客を4人集めて伊金霍洛鎮を出発する。

1435頃、阿鎮汽車站に到着する。ここで東勝行きのバスに乗るが発車して阿鎮汽車站の前で見てはいけない光景を見てしまった。バスターミナル前で地元民と一緒に公安がトランプをしているではないか!ここの公安は腐っているようだ。
neimenggu0641540頃、東勝汽車站の近くで降ろされる。このまま宿に戻っても良いのだが馬乳酒を買い に鄂尔多斯购物中心へ向かう。オルドスにもケンタッキーがあるのは昨日確認したが、そういえば看板にモンゴル文字が併記されていた。こういうのを見るとこ こは中国でもモンゴル族の土地なのだと感じる。ついでにオルドスは田舎といっても東勝区の人口は約43万人だ。田舎といっても中国は規模がでかい。

今日も馬乳酒を飲むが・・・

neimenggu065鄂尔多斯购物中心で昨日に続き馬乳酒を購入する。

neimenggu066今日はアルコール度数36度の馬乳酒も購入してみたが、これが滅茶苦茶辛い。これはさすがに一晩で飲み切れない。とりあえず瓶が割れると厄介なので水筒に入れ替えて10日ぐらいかけて飲もうかな?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 35.3元
バス 20元 東勝→成吉思汗陵
バス 10元 成吉思汗陵→伊旗
バス 8元 伊旗→東勝
成吉思汗陵 80元
合計 153.3元

内モンゴル旅行記~準備編

重慶を離れる

neimenggu001今日でいよいよ重慶を離れて内モンゴル自治区フフホトを目指して移動開始である。国慶節の避難避難生活でも11泊12日は長かった。昼前に重慶純真年代国際青年旅舎をチェックアウトするのだが宿の人が笑いながら「何日居たの?」と聞かれるほど長期間の滞在だったようだ。まだ開業したばかりのユースホステルだから10日ぐらいでも長期滞在になってしまうのだろう。磁器口も国慶節を過ぎて普段の光景に戻ったのだが空いていて歩くのも楽だ。

neimenggu002すぐに磁器口を出て808路のバスに乗車して重慶駅へ向かう。1300頃、重慶駅に到着する。

1726次で重慶→渭南

neimenggu003いつものとおり荷物検査を終えて侯車室で待つことになるが1726次は1600発で3時間弱も時間がある。まずは座って待つのだが改札口に人が並び始めたので1430頃に並んで待つ。

早めに並んでおかないと並ぶことを知らない人民に割り込みされて不快指数が高まるので今回は早めに手を打ったが作戦は別の意味で失敗であった。前に並んでいた民工の体臭が凄くて結局不快指数は上昇してしまった。この民工は夫婦で太原方面へ行くようだが妻は夫の体臭が凄いことに気付いていないのか?

neimenggu0041530過ぎに改札が始まりようやく民工の体臭から解放され2番線ホームへ向かう。

neimenggu005今回も当然ながら民工御用達の緑皮車に乗車です。

neimenggu006始発駅では車内は綺麗だが時間が経つにつれ民工たちが痰や唾を吐き・・・。

neimenggu007換票証

neimenggu008換票証

neimenggu009乗車する車両は14号車なのだが運良く先頭近くの車両だったので乗車して荷物を置いて車内撮影をしてすぐに機関車の撮影へ赴くが機関車が連結されていない。これから連結するということは連結作業が見られるということだ。

neimenggu010今回は電気機関車の登場です。という事は電化区間を走るということになります。

neimenggu011作業員も現れて準備が始まり機関車も徐行して入線してきて連結作業を見物する。

neimenggu012連結作業終了です。

neimenggu013連結作業の見物も終わり車内に戻り発車をのんびりと待つ。車内はあまり乗客がおらず静かで快適だ。但し、途中の駅で一気に民工たちが乗込んでくるのだろう。それまでは車内は清潔に保たれそうだ。1600に定刻どおり重慶駅を発車する。

日没まで景色を楽しもうと思っていたが重慶は山に囲まれて土地でさらに西安付近まで山の中を走るのでトンネルと山であまり良い景色とはいえなかった。日も沈み1900過ぎに寝るが車内が騒がしいので目が覚める。乗客が一気に乗込んできたようだ。車内は消灯していたので2200過ぎというのが分かりGPSの時計を確認すると2330過ぎだった。

どこの駅(後で時刻表を調べると万源だった)かは知らないが予想通り一気に乗客が乗込んできた。乗務員が静かにするように注意しているが礼儀とか教養とが欠落している民工には注意しても理解できずに無駄であった。大声で仲間を呼んだり話をしている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 2.5元
合計 2.5元

朝から民工が騒ぐ

夜も明けて外が明るくなったのだが車内はまだ寝ている乗客が多い。中国の寝台列車は0700に車内放送でラジオが流されて朝を告げるのだが、また民工がやってくれました。0640頃に民工が乗務員にラジオを流すように要求しているではないか。

もちろん、乗務員はラジオは0700からということを説明して拒否するが民工たちは不満のようで一方的に文句を言っている。結局ラジオは0700から流された。朝から民工たちが騒いでいたのを見て「やはり民工は無い使い捨ての労働力だ。」と再認識した。

渭南→西安

neimenggu0150720頃、西安南に到着する。普通なら駅名から判断してここで降りてしまいそうなのだが、周囲は畑で何も無い。西安市内へ行くバスやタクシーもあるか疑わしい。かといって、西安南で西安行きの列車を待つと1154発の4909次まで4時間以上待つことになる。それなら、次の渭南で乗換たほうが西安行きの 列車も多く便利だ。それに、鉄なら鉄道で移動だろう!

neimenggu0140820頃、渭南に到着するが天気は小雨。ここで一旦下車して西安行きの列車に乗り換えるため改札を出て西安行きの切符を購入する。乗車する列車はK361次だ。久しぶりにK列車で、しかも空調付きだ!

neimenggu0160829発になっていたが列車は遅れており少し待つことになる。改札が始まりホームへ向かうとちょうど列車が入線してくる。人民が一斉に走り始めるので一緒に走る。列車に乗車するが車内は大混雑と床に民工どもが吐いた痰と唾で汚染されていた。0838頃、西安へ向けて発車するが混雑で身動きとれず、おまけに床は民工どもが吐いた痰と唾で汚染されているので 荷物は置けずにこのまま西安へ向かう。

西安到着

neimenggu0170920頃、西安に到着する。

neimenggu018西安駅

neimenggu019まずは宿を決めなければならないが西安にはまだ宿泊していないユースホステルがあるので今回は「西安書院青年旅舎」に宿泊することにする。場所は南門のすぐ近くで以前宿泊した西安湘子門国際青年旅舎にも近い。西安駅前から603路のバスに乗り南門で下車する。HPで場所を確認しているのですぐに到着する。4人ドミトリーが20元(会員料金)なので3泊することにする。とりあえず、この3日間でどの経路で内モンゴルへ行くかを決めなければならない。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 11.5元
宿泊費 60元 1泊20元×3
バス 3元 路線バス
鉄道 8元 無座 渭南→西安
合計 82.5元

雨で五丈原行きを断念

0615頃、起床するが天気は小雨だ。インターネットで西安の天気を調べると3日間ぐらい天気は雨のようだ。西安滞在中に五丈原へ行こうと思っていたが、 雨の日に三国志観光をすると漢中へ行ったときのように、また転んで泥まみれになる可能性が高い。今回は五丈原行きは諦めて内モンゴルへの切符調達だけにす る。

1676次の切符を購入

neimenggu0200800頃、西安駅で10/12の1676次、包頭東への切符を購入しようとするが西安駅の售票厅は窓口が全て当日と明日の切符しか販売していなかった。 今まで大都市の駅の售票厅だと10日以内の切符も買えるはずなのだが何故か西安は違った。2ヶ所ほど窓口に並んでみたのだが追い払われてしまった。端末自体は10日先の切符でも発券できるが駄目だった。

neimenggu021仕方ないので5元の手数料が掛かるが近くの火车票代售处で購入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
鉄道 171元 硬臥 西安→包頭東
バス 2元 路線バス
発券手数料 5元
合計 193元

今日も天気は雨

今日も天気は雨だ。西安では完全に列車待ちでの滞在になってしまった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 0元
合計 0元

1676次で西安→包頭東へ

neimenggu0221130頃、西安駅に到着すると既に改札が始まっていた。列の一番後ろに並んで改札を通過するが割り込みがあるので並んでもあまり意味が無かった。列車に乗り込むが既に車内は混雑していたが荷物の置き場は無事に確保できた。
neimenggu023荷物を置いて機関車の撮影に向かうが今回はディーゼル機関車の東風4だ。

neimenggu024途中に非電化区間があるようだ。いや、ほとんどの区間かもしれない。1220に定刻どおり発車する。

neimenggu025車内は混んでます。というより、荷物が多い。

neimenggu026換票証

neimenggu027発車してからは外の景色を見ながら一昨日買った饅頭を食べながら過ごすが饅頭の一部が黒っぽく変色していたりするので腹壊しそうな部分を排除しながら食べる。

夕方になり外は暗くなってきたのだが車内は明かりが点かないままなので乗客の一部が「开灯!(電気点けろ!)」と騒ぎ始める。他の車両は明かりが点いていたので更に乗客が騒ぐが外が完全に真っ暗になってようやく明かりが点いた。夜になったので列車での移動時はこのまま寝て過ごすので一日が終わるのだが、今回はいつもとは違っていた。

糞してたら乗務員がトイレを開錠していきなり開ける

トイレで糞をしていたら鍵の掛かった扉を乗務員がいきなり開けてきた。乗務員はすぐに扉を閉めたがこちらは「おまえはそんなに人が糞しているところを見たいのか?」と思いつつご機嫌斜めに・・・。列車のトイレで乗務員がいきなり開錠して扉を開けたのには初めて遭遇した。大体遭遇していたのはトイレの鍵をかけずに用足しや脱糞中の人民だったのだが・・・。でも、女性の用足し中に乗務員がいきなり開錠して扉を開けたらどうなるのだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
バス 1元 路線バス
合計 1元

重慶旅行記~国慶節

朝起きたら・・・

07:45頃に起床するが昨日ベットが1つ増やされて7人ドミトリーになったと思っていたら増やされたベットに女性が2人寝ていた。どうやら、7人ドミトリーでなく8人ドミトリーになっていた。まあ、ダブルベットだから2人で寝るのも大丈夫だろうが兄貴が2人寝ていたら鳥肌が立つだろうな。

国慶節の磁器口

chongqing104今日は国慶節で今日から10/7までどこの観光地も大混雑になるのだが磁器口も朝から観光客が押し寄せている。まだ開店していない店が多いのにカメラを 持ったいかにも観光客という団体が磁器口を練り歩いている。そういう自分も朝の涼しい時間帯に磁器口を見物しておこうとうろついているのだが・・・。

chongqing105マナー向上を訴えかけていますが痰吐きは磁器口でも見られます。

chongqing106磁器口は路地が複雑に入り組んでいるのだが、とりあえずまだ人の少ない磁器口横街を歩いてみる。まずは宝輪寺の山門が見えてきた。

chongqing107宝輪寺は磁器口で唯一の寺のようなのだが拝観料は5元になっている。外から見た限り建物が新しいような気がしてどうも5元払う価値があるようには思えなかったので素通りする。

chongqing108宝輪寺を通り過ぎ入り組んだ路地を突き進むと磁器口を抜けてしまった。他に入口がないか歩いていると磁器口の牌坊のある通りに辿り着いた。

chongqing109再び磁器口へ入り磁器口正街を歩いてユースホステルに戻る。

chongqing11015:00頃、再び磁器口を散歩するが観光客で大混雑しており、この混雑が恐らく1週間続くのだろう。土産物屋や飲食店は稼ぎ時なので売込みにも気合が入った様子だ。一昨日、麻花を買った陳麻花の前を通りがかると凄いお客の数だ。隣の古鎮陳麻花も賑わっており国慶節だと普段は客の少ない店も大賑わいのようだ。

chongqing111そして、やはり今日も外国人観光客の団体に遭遇した。今日はご丁寧に国旗を目印に行動していたのでカナダ人だと分かった。これなら逸れる確率も低く て国旗は非常に便利だろう。でも、日の丸は駄目なんだろうな!ついでに晴天白日満地紅旗も駄目だろうな!

chongqing112大混雑の磁器口を散歩していると今日もいました! 張飛牛肉の店先に張飛がいます。張飛牛肉は特に重慶の特産ではないのだが磁器口では店先に張飛がいるほど気合が入っています。

床屋で坊主にする

散歩のついでに床屋に寄って坊主にする。重慶が暑いので完全に頭を丸めただけで別に出家したわけではない。これで半年近くは床屋に行く必要は無いだろう。そして、坊主になってユースホステルに戻ると予想通りのスタッフの反応があった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
理髪 10元
合計 19元

重慶のカルフールは店員が屑だ

chongqing113国慶節の民族大移動で磁器口は連日の賑わいというか人が多すぎて外に出る気が無くなるほどだ。15:00過ぎになり沙坪壩のカルフールへ行く。沙坪壩火車站の近くで降りると沙坪壩汽車站を見つける。とりあえず路線の確認をすると重慶近郊の路線が多い。おそらくバックパッカーは利用する機会が無いだろう。

そして、カルフールへ行き何か食料品で安いものは無いか探してみるがパン売場で驚くべき光景を目撃してしまう。店員が売り物のパンをつまみ食いしているではないか!フランス大手スーパーといっても中国ではこの程度の店員しかいないのだろうか?店員がつまみ食いしているのだから客も素手でパンを触っている。重 慶のカルフールは今までのカルフールとはちょっと違った。それとも中国のカルフールはどこも同じだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.4元
バス 2元 路線バス
合計 11.4元

重慶歌楽山革命紀念館(中美合作所)は大混雑

chongqing11409:00頃、宿を出て重慶歌楽山革命紀念館へ徒歩で向かう。重慶歌楽山革命紀念館は対日戦で米国と共同で暗号解読、気象観測、宣伝活動などをしていた特 務機関というべき中美合作所である。国民政府の政治犯収容所、陳列館などが公開されている。

chongqing11509:20頃、重慶歌楽山革命紀念館に到着するが人が多い・・・。やはり、国慶節は侮ってはいけなかった。共産党関連の観光地は普段は空いているのに国慶節になると人民の忠誠度は急上昇するようだ。でも、ここまで来たのに帰る訳には行かない。
chongqing116重慶歌楽山革命紀念館には西安事件で張学良と共に首謀者とされる楊虎城が殺害され葬られた場所があるからだ。ということで、人民の海に飛び込むことを決意して入場券を購入する。重慶歌楽山革命紀念館は各景点ごとに料金が設定されているがセット券を40元で購入するが国慶節 だからなのか係員に他の客と一緒に誘導されて陳列館近くの駐車場からバスに乗車する。

渣滓洞監獄

chongqing117係員の説明を聞いているとバスは一番奥にある景区の渣滓洞監獄へ向かうことが分かった。
chongqing118更に説明を聞いているとセット券購入者だけがバスで移動することが出来ることも分かった。渣滓洞監獄は国民政府の政治犯収容所でここに数多くの革命烈士が収容されていた。

chongqing119渣滓洞監獄

chongqing120監獄と言っても敷地はあまり広くは無いのだが建物はしっかり保存されている。同時の拷問道具などの資料展示もあり部屋も再現されて公開されている。

chongqing121観光客多すぎ

chongqing122普段はこんなに客が訪れているのだろうか?

梅園、白公館

chongqing123渣滓洞監獄の次はバスで梅園へ移動する。梅園は古い建物に資料展示があるだけであまり見る必要性は感じられなかった。

chongqing124梅園に続きバスで白公館へ移動する。

chongqing125白公館も監獄であり1943年には中美合作所第三招待所と改名された。ここも政治犯収容所として機能していた。

松林坡

chongqing126白公館の近くには松林坡があり、ここが西安事件で張学良と共に首謀者の一人とされる楊虎城将軍が蒋介石の密命により妻子と共に殺害され遺体が葬られた場所である。

chongqing127松林坡

狼犬室

chongqing128松林坡を見物し終わってバスで陳列館近くの駐車場に戻ってきた。徒歩で3分ほどの所にある狼犬室を訪れる。

chongqing129ここでは当時、100匹以上の警察犬を飼育していた。現在は一部が保存されている。

chongqing130狼犬室

国慶節に観光はしてはいけない

ちょうど昼に重慶歌楽山革命紀念館の見物が終わったが人が多すぎる。やはり、民族大移動の時期に観光はしてはいけない。今まで共産党関連の観光地は空いて いてのんびり見物できたのだが今日は違っていた。人民の波に飲み込まれ写真撮影をするにしても人民がうろついているので邪魔だった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.3元
重慶歌楽山革命紀念館 40元
日用品 1.2元 石鹸
合計 49.5元

外に出ずに籠もる

昨日の重慶歌楽山革命紀念館で懲りたので国慶節の間は外出を最小限に控え人民の大移動が終わるのを待つことにする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 5.5元
合計 5.5元

宿泊者の行動を観察

今日も外出せずにいたのだがネタがない訳ではない。昨日の夜から同じドミの中国人宿泊者の行動を観察してみたのだ。昨日の夜は自分が最初に寝ていたのだが 中国人たちが22:00過ぎだと思うが順次部屋に戻ってくる。一人寝ているので初めは静かだったが会話が始まれば先に寝ている人がいてもお構い無しだ。まあ、こちらも彼らの話を狸寝入りで聞くことにする。

成都、武漢、西安、深圳、南京と各地から来ていることが分かり、深圳から来た人は仕事が休みで来たようで、残りも会社員や大学生だった。で、どんな話をしていたかというと「重慶の路線バスは良い」「昆明の路線バスの方が便利だったぞ!」「どこの大学だ?」 「成都の青年旅舎はどこが良い?」「成都は龍堂が安くていいぞ!」「あの寝ている奴は日本人だぞ!」とか情報交換をしている。

まあ、聞き取れた範囲内では普通の会話だった。07:00前に起床するが窓の無い部屋なので真っ暗で当然時計が無ければ朝になっていることにも気付かないので、まだ皆寝ていた。

いきなり中国国歌を歌いだす

昼頃、部屋に戻ると1人いたのだが昼食の饅頭を食べているといきなり中国国歌の義勇軍行進曲を歌い始める。これは、遠回しに「小日本出て行け」という意味だろうか?これが日本のユースホステルのドミで中国人宿泊客の前でいきなり君が代を歌い始めたらどうなるだろうか?

恐らくというよりも確実に中国人だけでなく日本人からも「こいつ頭狂ってるよ!」「危ねえ奴だ」と思われるだろう。中国の場合は人前でいきなり国歌を歌っても大丈夫なのだろう。多分・・・。自信ないけど・・・。

昼は義勇軍行進曲を歌う中国人がいたが夕方は別の中国人が興味深い行動をしてくれた。窓の無い部屋なのでエアコンが稼動していたがエアコンに一番近いベットで寝ていた中国人がこちらに「そこのベットは誰かいるの?」と聞くので「多分いないと思う」と返答すると空いていたベットで寝てしま う。どうやらエアコンに近いので寝冷えしたようだ。でも、何故空いているベットに移動するのだろうか?

エアコンを止めれば問題は解決すると思うのだが・・・。それに勝手に空きベットで寝ていると新たに来た宿泊客とトラブルになると思うし、勝手に使ったベットはちゃんと片付けるのだろうか?答えはもちろん片付けていなかった!中国人の行動は色々な意味で自分にとっては不思議で面白い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
合計 6元

今日も宿に引籠もる

今日も当然ながら溢れかえる人民を避けるべく宿に引籠もる。朝に成都から来た中国人が「いつもインターネットやっているけど重慶でどこか行ったの?」と聞いてきたので「紅岩村や白公館とか見てきましたよ」と答える。そこから会話が始まりお互いの自己紹介をして名前を知る。この中国人は名前を郭寧と名乗った。三国志遺跡を巡ったりする自分は「郭嘉と甘寧を合わせた名前だ」と心の中で呟く。

郭寧さんは今日、成都に帰るということで成都の話で盛り上がり明蜀王陵を見に行ったことを話したら驚いていた。郭寧さん曰く「明蜀王陵は何も無いから成都に住んでいる人でも行かないよ」とのこと。確かに地下宮殿以外は何も無いに等しい。まあ、郭寧さんとは記念写真を撮ったりした。因みに郭寧さんはSONYのデジカメを使っていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8.5元
合計 8.5元

今日も引籠もり

chongqing131今日も引籠もるが国慶節の民族大移動は今日までだ。明日は重慶を離れて西安へ向かう。日記がこれだけだと面白くない無いので宿の対面にあるレストランの看板から話題を1つ。

中国のレストランでは水槽の中を泳ぐ魚を自分で選んで料理してもらうのは良く知られているが、宿の対面にあるレストランの看板には「现杀:活鸡活兔每斤/20元」という表記がある。勘の良い人はすぐに分かるだろう。鶏や兔をその場で絞めて料理してくれるということだ。直訳すれば「現場で殺す:活きた鶏、活きた兔、各500g/20元」という感じだ。日本人なら魚をその場でさばいてくれるのは大丈夫だろうが、鶏や兔をその場で絞めて料理されるのはどうだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
合計 8元

重慶旅行記~革命遺址

7411次で大足→重慶

chongqing05606:00頃に起床する。今日は大足→重慶へ鉄道で移動するので11:00前に宿を出ればちょうど間に合うだろう。10:00ぐらいまでインターネットで情報収集をした後に11:00頃、宿を出る。重慶大足汽車站で郵亭行きのバスに乗ろうとしたがちょうどこの時間帯はバスが無いといわれる。でも、その辺の通りを郵亭行きのバスが走っているのでヒッチハイク形式で郵亭行きのバスの乗車する。

地元民で大混雑のバスで郵亭に向かうが途中で公安のパトカーを見つけると立っている乗客たちが一斉にしゃがんで身を隠す。どうやら、定員オーバーで検挙される可能性があるようだ。席に座っている自分からすると一斉にしゃがんで身を隠す行動にかなり笑えた。
12:15頃、郵亭に到着する。大足駅前の通りで下車して駅まで3分ほど歩く。切符売場で切符を買おうとしたが窓口は閉まっている。窓口には昼から切符を販売するという内容の紙が張られていたので窓口のガラスを叩くが反応なし。どうやら乗車してから清算するようだ。

12:30頃、列車が到着して乗客が一斉にホームへ移動するが到着時刻が早すぎる。列車を良く見ると大足には停車しない昆明→重慶の2650次が対向列車の通過待ちで停車しているだけだった。このままホームで7411次を待っていたが中国人は待っているでは終わらなかった。駅員が連絡事項でもあるのか2650次に乗込んで乗務員話をしていたが乗込む際に開いたドアから7411次の乗客が2650次に乗車している。

本来は乗車できないので乗務員が追い払 おうとするが強引に乗車していた。逆に窓から下車している乗客もいた。明らかに乗客たちは2650次が大足に停車することを知っているようだ。これらの行動に驚くのと民度がやはり低いと再認識した。

chongqing05712:50頃、7411次が大足に到着する。乗車して車内精算をしていると一昨日乗車した7411次で知り合った乗務員と再会する。今日の7411次は一昨日と同じ乗務員のようだ。面識のある乗務員が他の乗務員にわざわざ「彼は日本人だよ。大足石刻を見に行ってきたんだよ。」と教えるので予想通り乗車率の低い車両では乗務員たちが暇つぶしに話しかけてくる。

chongqing058そして、今回は「日本円は持っていないのか?」と聞いてくるので10円硬貨を見せてあげる。更に乗務員たちが「日本円を人民元と交換しよう」とか言ってくるので、さすがに「紙幣は持っていない。全部人民元に両替してある」と答えて断る。銀行以外での両替は胡散臭いし人民元は十分持っている。

それに彼らは円相場が乱高下する可能性を知らないのだろうか?でも、記念なのか投資なのかは知らないが乗務員まで外貨を欲しがるとは・・・。それに今日の乗務員は何故か日本語で「よーし!」と連呼する。いつもなら中国人は 「飯」を日本語で「ミシ、ミシ」と間違った発音で言うのだが、今日は質問して答えを聞くと「よーし!」を使っている。これも抗日ドラマで覚えた日本語なのだろう。

chongqing059車内に乗客がほとんどいない7411次だったが永川で状況が一変した。永川で乗車率は7割以上に急上昇し、その後の停車駅でも乗客が増えてくる。重慶に近づくにつれ混雑してきた。18:28に重慶駅到着。

chongqing060ようやく重慶に到着した。

重慶純真年代国際青年旅舎に宿泊

重慶では10/1~10/7の国慶節の民族大移動をやり過ごすために10/7ぐらいまで滞在しようと思うのだが、まずは滞在拠点を決めなければならない。 幸い重慶にも国際青年旅舎が2件開業したのでそのうちの1件、重慶純真年代国際青年旅舎を拠点にすることにする。重慶駅から808路のバスで終点の磁器口まで移動するが道路工事の渋滞で20:00頃、磁器口に到着する。

磁器口は昔の港で現在は当時の雰囲気を再現した観光地になっている。磁器口の牌坊をくぐり再現された古い街並みの中を進み階段を下り埠頭のすぐ近くまで歩くと重慶純真年代国際青年旅舎を発見する。1泊20元のドミトリーに宿泊することにして、まずは食事に出かけるが観光地の真っ只中ということでどこも高い店ばかりだ。

少し離れた所に食堂があったのでそこで今日初めての食事を食べることにする。食事を終えて21:00過ぎに重慶純真年代国際青年旅舎へ戻り、6日ぶりに体と服を洗う。部屋に戻るとエアコンが稼動しており同じ部屋の中国人たちは重慶の蒸し暑さには耐えられないようだ。

エアコンが稼動して涼しいのだが外の声がはっきり聞こえるのでカーテンを開けると窓が開けっ放しになっている。窓を閉めると静かになったのだが、こういう浪費をする中国人は地球温暖化や資源の効率的利用を考えたことは無いのだろうか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
宿泊費 20元
鉄道 15元 無座 大足→重慶
バス 3元 路線バス
バス 6元 大足→郵亭
合計 53元

磁器口を散歩

chongqing06107:40頃に起床するが重慶は朝から蒸し暑い。今日は今まで滞っていたHP作成に取り掛かる。途中で食事を兼ねて磁器口を散歩する。

chongqing062磁器口は古鎮として紹介されているようだが実際は観光用に古い街並みが再現されているだけだが成都の洛帯よりは遥かに雰囲気は良い。

chongqing063多くの土産物屋や飲食店が立ち並んでいるが観光客も多く賑わっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
宿泊費 235元 9/28-9/30 20元×3 10/1-10/7 25元×7
合計 242.5元

重慶駅で切符を購入

chongqing06411:00過ぎ、国慶節の後に備えて重慶駅で切符を購入しようとするがやはり混雑していた。まずは窓口に並ぶ前に臨時列車などの公告を確認しようするが公告が見当たらない。いつもなら切符売場の片隅にあったりするのだが重慶駅では見つけられなかった。

でも、電光掲示板に臨時列車の運行情報が出ておりL208次が国慶節の期間中は隔日で重慶⇔西安を運行することを知る。ちゃんと出発予定の10/8にも運行されるので、まずはL208次を第一候補とする。駄目な場合は1726次で崋山の手前の渭南まで行き西安行きの列車に乗換える計画だ。窓口は混雑していたが珍しく早く順番が回ってきた。

係員に L208次の切符を頼むと重慶訛りなのかでよく聞き取れなかったが「停運」が聞き取れ運行停止というのを理解する。確かに端末で確認してもらっても表示されなかった。電光掲示板には運行情報が出ていたのだが予想外にも運行停止だった。やはり人民鉄路は日本の旧国鉄以下なのだろうか?仕方ないので10/8の1726次、渭南までの硬臥の切符を購入する。切符を購入したので10/8までは重慶で観光をしながら過ごす事になる。

重慶朝天門汽車站、重慶港

chongqing065昼頃、重慶駅から120路のバスで朝天門へ向かう。朝天門には重慶朝天門汽車站と重慶港がある。

chongqing066重慶朝天門汽車站は長距離バスターミナルで特に今回はそれほど重要視していないが、重慶港は重要である。

chongqing067朝天門は長江と嘉陵江の合流地点です。左が嘉陵江、右が長江上流、正面が長江下流です。合流地点なので境目では川の水の色が分かれています。

chongqing068重慶港からは三峡下りのフェリーが出港する港であり、観光用の航路もあれば旅客用の航路もある。船で長江を下ってみたいので、この重慶港からの船の運行状 況を調べる。朝天門に到着してまずは重慶朝天門汽車站を調べるが予想通り成都、宜賓、豊都、宜昌など各方面のバスが発着していた。

chongqing069重慶朝天門汽車站から徒歩で5~10分ほど離れたところに重慶港があり、船の運行状況を確認する。三峡下りの船は観光用と旅客用があったが宜昌まで旅客用の4等上段で249元と鉄道よりかなり高い。

桂園

chongqing070桂園の入場券(表)

chongqing071桂園の入場券(裏)

chongqing072重慶港から重慶朝天門汽車站に戻り602路のバスに乗車して上清寺で下車する。5分ほど歩いて13:15過ぎ、桂園に到着する。

chongqing073桂園は国民政府軍事委員会政治部部長であった張治中の公館であり、敷地内に桂花樹があった為に桂園と呼ばれるようになった。

chongqing074会客室。中国共産党の代表団と各界に有識者たちが会談した場所。1945年10月10日に国民政府と中国共産党との間で「双十協定」の署名が行われた場所でもある。

chongqing0751945年8-10月に毛沢東、周恩来らが桂園に滞在し国民政府と交渉した重慶談判の場所でもある。建物自体は綺麗に整備され毛沢東、周恩来が滞在した部屋は当時の様子が再現されている。

chongqing076周恩来執務室

chongqing077桂園

chongqing078入場料も2元と格安で貧乏人から金持ちまで見物できるようになっており共産党関連の観光地にふさわしい料金設定だ。でも、観光客は少なめで中にまで入って見物する観光客がおらず貸切状態で見物する。

曽家岩50号

chongqing080曽家岩50号の入場券(表)

chongqing081曽家岩50号の入場券(裏)

chongqing082桂園から更に徒歩5分ほどの所にある曽家岩50号に13:40頃到着する。曽家岩50号は正式名称を「八路軍重慶弁事処旧址-曽家岩50号-」と呼び日中 戦争時に八路軍重慶弁事処が置かれ周恩来が執務を執っていたために周公館と呼ばれるようになった場所である。

chongqing083入口には周恩来の銅像があり、いかにも革命遺址の雰囲気がある。ここも入場料は2元と格安である。保存状態もよく周恩来、董必武の執務室も再現され保存されている。

chongqing084曽家岩50号

chongqing085過庁。曽家岩50号(周公館)の秘書官や副官が寝泊りした場所。

紅岩村革命紀念館

chongqing08614:00頃、曽家岩50号を離れ紅岩村革命紀念館へ向かうために上清寺のバス停で紅岩村行き143路のバスを待つが来る気配が全く無い。143路のバス を諦め別ルートで行けないか他のバス停を探し彷徨うと1500前、重慶中国三峡博物館と人民大礼堂の前に来てしまった。

chongqing087重慶中国三峡博物館は有名な観光地のようで白人が記念写真を撮っていた。人民大礼堂の近くのバス停から紅岩村行きのバスがあったので乗車する。

chongqing088紅岩村革命紀念館の入場券(表)

chongqing089紅岩村革命紀念館の入場券(裏)

chongqing09015:30頃、紅岩村に到着する。紅岩村は日中戦争時に中国共産党中央南方局と八路軍重慶弁事処が置かれ毛沢東も滞在した場所である。
chongqing091紅岩革命紀念館

chongqing092紅岩革命紀念館

chongqing093重慶の革命遺址の中心的な場所であり広い敷地に当時の建物が紀念館として保存されている。

陳麻花

chongqing09416:30頃、紅岩村を離れ808路のバスで磁器口へ戻る。17:00頃、磁器口に戻ってきが昨日、見つけた行列の出来ている麻花(小麦粉を練ってねじって油で揚げたお菓子)の店を通りかかるが相変わらず行列が出来ている。

chongqing095雰囲気から午前中から行列は途切れていない様子だ。この店の名は陳麻花と呼ぶのだ が、隣や周辺にも同じ名前の陳麻花があり紛らわしいのだがこの店は陳建平の陳麻花だ。

chongqing096日本で同じ名称の店が隣接していたら裁判沙汰になりそうだが中国ではそういうことはお構いなしのようだ。

chongqing097陳建平の陳麻花

chongqing098ちなみに隣は同姓の陳さんが経営する古鎮陳麻花なので知らなければ間違える可能性ありだ。行列が出来ている人気店なので陳建平の陳麻花に並ぶ。30分ほどして麻花を一斤(500g)7元で購入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.1元
鉄道 113元 硬臥 重慶→渭南
バス 10元 路線バス
桂園 2元
曽家岩50号 2元
紅岩村 15元
合計 155.1元

沙坪壩駅とカルフールへ行く

chongqing09913:00過ぎにバスで15分ほどの沙坪壩へ向かう。ここには沙坪壩駅とカルフールがあるのだが沙坪壩駅はかなり傷んでいる駅なのだが駅の外はフランス系スーパーマーケットのカルフールがあったりと商業地として発展している。

chongqing101しかし、沙坪壩駅の上には陸橋が架かっており撮り鉄には使える場所の可能性もある。

chongqing102カルフールでは久しぶりにビールを買ってみた。もちろん、地ビールは外せないので山城啤酒を購入する。山城啤酒と言っても京都の山城ではない。重慶には山城という別名があるので山城啤酒なのだ。

chongqing103ついでにカルフールのプライベートブランドの醇和啤酒も買ってみた。

ドミトリーにベットが増やされていた

夕飯を食べて部屋に戻るとベットが1つ増えていた。どうやら、6人ドミから7人ドミに変更になったようだ。明日から国慶節の民族大移動の期間に突入するの でどこの宿も繁盛するからこういったことは当然だろう。夜は2階の上網区でいつもHP作成をしているのだが今日は宿泊客のおっさんに服務員と間違われて 「部屋のシャワーが冷たい」などと文句を言われる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.2元
バス 2.5元 路線バス
合計 15.7元

重慶旅行記~世界遺産 大足石刻

7411次で内江→大足

chongqing00109:05頃に宿を出て内江駅へ向かう。

chongqing002駅ではちょうど改札が始まり待ち時間無しで乗車するが車内は空席が目立つ。乗客は自由に席に座っており乗車率は2割になるかどうかという程度だ。

chongqing003やはり普通慢車は地元民しか利用しないのと重慶方面へ行くならバスのほうが圧倒的に速いのでこれだけ空いているのだろう。

chongqing004車両編成は22Bと22Cを使用した混成だ。おり09:40に定刻どおり発車する。駅のホームには音楽が流され、いかにも社会主義っぽい演出がされてい る。

chongqing005こちらは22Cです。それにしても窓枠の錆が酷い。

chongqing006自分は最後尾の1号車3番の座席に座っていたので乗務員Aが「どこから来たの?」「どこまで行くの?」のと聞くので「大足まで行きます。日本人で す。」と答えるが乗務員Aは行き先は理解したが日本人と言うのは理解できず日本と発音の似た宜宾と解釈して「宜宾人か?」と聞いてくるので四川話で「日本人です。」と再度答えるが理解してもらえなかったが、少しして「日本人か!」と驚いた口調で気付いてくれた。

気付いた後は質問攻めで「石刻を見に行くのか?」とか色々聞かれる。普段地元民しか利用しない列車に日本人なんかが乗車しているとちょっとした騒ぎになるようで1号車にくる乗務員たちに乗務員Aが 「日本人が乗車しているぞ!少し中国語が話せるぞ!」とわざわざ教えるので乗務員たちから何度も似たような質問をされる。おかげでGPSで停車駅の座標を記録する暇を与えられず外の景色も眺めることができない。しかし、次第に話題が無くなってくるとようやく外を眺める余裕が出てきた。

chongqing007大足が近づいてくると乗務員Aが「次が大足だよ」と教えてくれ余裕を持って下車の準備をする。

chongqing00812:45頃、大足に到着する。大足駅は大足の中心部から南に30㎞ほど離れているので駅前で大足行きのバスに乗車する。運賃は6元。途中で客を乗せながら走るが龍川汽車站で別の大足行きのバスに乗り換えさせら 14:00頃、重慶大足汽車站に到着する。

chongqing009バスターミナル前の旅社に1泊する事にしてすぐに石刻の見物に出かける。大足周辺の地図はこちらを参考にすると分かりやすい。

北山石刻

chongqing011まずは徒歩で北山石刻へ向かうことにする。大足から徒歩で行けるのは北山石刻と南山石刻の2ヶ所で距離は1.5~2㎞ぐらいだ。北山石刻には約30分ほどかかって14:45頃到着。

chongqing010まずは世界遺産ではないがすぐ近くにある無料で見物できる多宝塔を見物する。多宝塔の後に北山石刻を見物する。

chongqing012北山石刻

chongqing013釈迦牟尼佛龕

chongqing014唐の景福元年(892)に彫られた釈迦牟尼佛龕の天井部分にはまだ鮮やかに色彩が残っています。

chongqing015北山石刻を見物するが意外にも観光客は少なく世界遺産にしては寂しい。以前訪れた北京の周口店と同じ状況だ。

chongqing016古文孝経碑と趙懿簡公神道碑。南宋の孝宗年間(1183-1189)の物です。

chongqing017北山石刻

chongqing018石刻はしっかりと残っており中には色の残った石刻もある。

chongqing019北山石刻

chongqing020北山石刻

chongqing021見物をしていると白人の観光客を3人発見する。

chongqing022北山石刻

chongqing023北山石刻

chongqing024観光客が少なく寂しいと言ってもやはり世界遺産だ。外国人も訪れていた。

南山石刻へ行くが・・・

chongqing02515:30過ぎに北山石刻を離れ南山石刻へ行こうとしたが途中で大足にもうひとつあるバスターミナルの大足汽車客運中心を探すがなかなか見つからず小さな大足の街を彷徨ってしまうが16:30頃に大足汽車客運中心を発見する。バスの発着状況を確認すると宝頂山石刻へはここからバスが出ていた。

chongqing026石篆山石刻の三駆鎮には重慶大足汽車站、石門山石刻の石馬鎮には大足汽車客運中心からバスが出ていた。大足汽車客運中心で調査を終えて南山石刻へ向かうがすぐに重慶大足汽車站に到着する。2つのバスターミナルがすぐ近くにあることを知り時間を無駄にしたことを悔やみつつ南山石刻へ向かう。

chongqing02717:00過ぎ南山石刻に到着 するが入口で警備員に「今日は終わりだよ」と言われるが「どこから来たの?」と聞かれ「日本人です」と答えると気を利かせてくれて入れるかどうか連絡を取ってくれたが駄目だった。南山石刻は明朝に見物することにする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.5元
宿泊費 30元
バス 6元 路線バス
大足石刻 120元 北山、宝頂山
合計 175.5元

南山石刻

chongqing028昨日、訪れる時間が遅かった南山石刻へ08:00頃に再び訪れるが開園は08:30でまだ閉まったままだったが掃除をしていた管理人が気を利かせてくれて早く開けてくれた。おかげで世界遺産を貸し切り状態で見物することができた。

chongqing029南宋の紹興年間(1132-1162)に彫られた三清古洞。

chongqing030三清古洞。

chongqing031南山石刻

chongqing032南山石刻はそれほど石刻は無いのだが一番の見所は南宋時代に彫られた石龍だ。

chongqing033石龍

chongqing034石刻の数が少なくても世界遺産で入場料5元というのはかなり安いし観光客が訪れている様子も無い。といっても開園前に見物しているので観光客がいないのは当然だな。

chongqing035南山石刻の入場券(表)

chongqing036南山石刻の入場券(裏)

宝頂山石刻

chongqing03708:30頃に南山石刻を離れ09:00頃、大足汽車客運中心に到着する。ここで宝頂山行きのバスに乗車して09:30に出発するが北環東路のバスが集結 している所で別のバスに乗り換えさせられる。どうやら、ここもバスターミナルのような機能を持っているようで地元民が次々の乗車してくる。席が客で埋まるとようやく宝頂山石刻へ出発する。

chongqing03810:30頃、宝頂山石刻に到着する。ここからは徒歩で約10分ほどかけて宝頂山石刻まで行くが、途中でバイクタクシーなどが待ち構えているが無視をする。

chongqing039北山石刻と宝頂山石刻の聯票(裏)

chongqing040ようやく宝頂山石刻に到着するが外からでも一部の石刻が見える状態になっていた。

chongqing041節約観光ならこれで帰るのも良いかもしれないが北山石刻、宝頂山石刻の聯票を購入しているので中に入り見物していくことにする。

chongqing042宝頂山石刻

chongqing043宝頂山石刻は入場料が80元と高額なのだが確かにそれに値する石刻が見られる。

chongqing044牧牛図

chongqing045護法神龕

chongqing046六道輪回図

chongqing047華厳三聖像

chongqing048北山石刻、南山石刻とも比べ物にならない数と大きさの石刻が残っている。

chongqing049巨大な釈迦の石刻もあります。

chongqing050宝頂山石刻

chongqing051大足の一番の観光地なので観光客も最も多いがそれでも世界遺産にしてはまだ少ない。

chongqing052千年近く経っていても石刻に色が残っているのには驚かされます。

chongqing053外国人も数人見かけた程度でまだまだ知名度は低いようだ。
chongqing054でも、知名度が低いほうが観光客が少なくゆっくり見物や撮影ができる。九寨溝のようになったら観光どころではなくなるだろうな。

石馬山石刻、石篆山石刻は断念

chongqing05511:10頃、宝頂山石刻を離れ11:30頃、北環東路のバスが集結している所に戻ってきた。バスは大足汽車客運中心まで戻らないようで乗客は全員ここで降ろされる。仕方ないので徒歩で大足汽車客運中心まで戻り銅梁行きのバスに乗車して12:00に出発する。銅梁行きが石馬を経由しているので石馬山石刻へ は銅梁行きのバスを利用するのが良い。途中で客を乗せながら走り12:30頃、石馬に到着する。

石馬から石馬山石刻へは北へ4㎞ほど離れておりここからは バイクタクシーを利用するしかない。しかし、バイクタクシーと言ってもボリタクしかいなかった。4㎞しか離れていないのに20元は観光客から搾り取ることしか考えていないようだ。正確な場所が分かっていれば徒歩圏内なのだが暑さでやる気もなくなってきたので大足へ戻ることにする。

それと、石篆山石刻の見物もやめることにした。大足は宝頂山石刻から石馬山石刻、石篆山石刻まで世界遺産登録部分を全て見る場合は金があれば重慶の旅行会社に手配を依頼するのが無難なようだ。貧乏人が個人で訪れる場合は宝頂山石刻、北山石刻、南山石刻の3ヶ所が無難なようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16.3元
宿泊費 30元
バス 7元 大足⇔宝頂山
バス 5.5元 大足⇔石馬
合計 63.8元