シルクロード旅行記2015 鉄道で伊寧→ウルムチ→カシュガル

伊寧駅

朝から停電だ。外に出ると周辺も停電しており携帯電話の基地局だけ発電機を動かしている。昼頃、近くのスーパーでインスタントラーメンを購入する。

西域なので牛肉や羊肉の味付けをしたイスラム教徒向けのインスタントラーメンも出回っている。パッケージもウイグル語でも表記されているので西域の雰囲気満点だ。

13:30頃、ユースホステルをチェックアウトする。林則徐紀念館まで歩いて、17路のバスに乗車する。運賃は1元だ。14:10頃、伊寧駅に到着する。列車の発着は19:00以降にならないとないので人は少なく静かだ。

駅へ入るには、まず公安の身分証確認があるが農民工のおっちゃんばかり通って単調な仕事のところに日本人なんかが来たので公安が急にやる気を出してパスポートを入念に確認している。カンボジアのビザを見て「カンボジアへ行ったことあるのか?」とか質問してくるが、どうも仕事とは関係なく個人的興味で質問している様子だ。公安は各国の出入国スタンプを確認している中で中華民国のスタンプを見て動きが固まる。どうも中華民国のスタンプは大人の事情で色々あるらしい。

公安の身分証確認が終わり切符売場へ向かう。切符売場の入口で公安による手荷物のX線検査があり液体の爆発物にも警戒しており検査時に水筒の水を一口飲む。切符売場は窓口が1つしか開いていなかったが列に並んで10分ほどで順番が回ってきてネットで予約した伊寧→ウルムチ南、ウルムチ南→カシュガルの切符を受け取る。

ウルムチ南→カシュガルの切符は発券手数料5元かかるが、前回ウルムチ南駅での切符受け取りで行列の長さと姓名の漢字表記に因縁を付けられ苦戦を強いられたので、今回はウルムチ南駅での切符受け取りを避けて伊寧で先に発券しておく。伊寧では漢字表記で問題なく発券される。

始発駅以外での発券なので発券手数料5元支払うが、窓口のお姉ちゃんが手数料の領収証と一緒に払った5元を渡してくるので、5元ちゃんと払っておく。所構わず痰吐いたりするのおサルさんなら、そのまま知らない振りして立ち去るだろうな・・・。

14:30に待合室へ移動。待合室の入口で、公安の身分証と切符の確認、手荷物のX線検査があるが特に問題なく待合室へ。公安が無駄に多い。これほど公安いないと治安維持できないのか?これから乗車する列車は19:41発車のホルゴス発のウルムチ南行き5816次だ。運賃は75元で席は硬座だ。明朝にウルムチ南に到着する。

昨日、5816次でホルゴス→伊寧を乗り鉄する予定だったがカザフスタンから中国へ戻るバスが遅く間に合わず乗車できなかった列車だ。4時間ほど待合室で待機となるが待合室はほとんど人がおらず農民工のおっちゃんたちが横になって寝ている。

18:00頃になると徐々に乗客が駅にやってきて混雑し始める。入口の手荷物検査には列ができている。18:45頃、改札の準備で待合室の一部が封鎖される。

19:10頃、改札が始まるが待合室の区画ごとにホームへ向かう方式で自分のいる区画が一番最後にホームへ行く区画であった。これはまずい!荷物棚が確保できない危険性が・・・。

鉄道で伊寧→ウルムチ南

19:20頃、乗車して荷物の置き場所を探す。少し離れたところであるが何とか荷物の置き場所を確保する。

荷物棚にある荷物の様子(尿素袋とか)から乗客のほとんどは農民工のようだ。というか、自分の足下には生活用品の入ったバケツが2つあるし・・・。通路には裸族が歩いている。夜行列車で硬座なので予想はしていたが少々レベルが高い列車のようだ。おまけに車内の標準言語が中国語だ。中国語と言っても方言なので全く分からないが・・・。ウルムチ南→伊寧のT205次は少数民族の言語が標準語であったが、5816次は伊寧へ出稼ぎに来ていた中国人が帰郷するためだか、次の出稼ぎのため乗車しているようだ。まあ、農民工列車ということだな。

19:41に定刻通り列車が発車する。伊寧を出ると徐々に建物が少なくなり景色は畑に変わり、21:00頃には草原に変わる。そして、山岳地帯へ入っていく。西の辺境なので外はまだ夜ではなく明るく夕方だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.4元
バス 1元
発券手数料 5元
合計 25.4元

モラル無しでカオス度MAX

日付が変わり精河を過ぎた辺りになる。列車内のカオス度は高く色々とやばいレベルだ。

特に洗面台はカップ麺の容器などのゴミ山と化している。乗務員は掃除せずに放置だ。もはや人が乗る列車とは言い難いが、ある意味で安定の中国とも呼べる。色々な意味で決して期待を裏切らない。

05:45頃に目が覚める。まだ夜は明けていないがウルムチ南駅まで1時間弱で到着だ。まだ寝ている乗客が多いうちにトイレへ行ってウンコしておく。06:00頃、東の空が明るくなり始めて朝のトイレ争奪戦が始まる。朝から緊急事態の乗客はトイレを連打でノックしている。

06:05頃、烏西が近づき乗務員が笛をピーピー鳴らしながら「烏西到了!烏西到了!」と叫んで夢の中の乗客を起こす。

ウルムチ南駅

06:50頃、ウルムチ南駅に到着する。

切符と身分証確認、手荷物のX線検査を済まして待合室へ移動する。まだ、朝の早い時間帯なので人は少ない。朝食に昨日買っておいたインスタントラーメンを食べておく。駅でインスタントラーメンを食べることができるので立派に農民工のおっちゃんたちへ仲間入りだ。

食後はスマートフォンの充電をしておく。中国の駅では広告ディスプレイにUSBコネクタが付いており携帯やスマホの充電ができるようになっている。しかし、USBコネクタが壊れて使えないというのが多い。USBコネクタは規格策定時に強度だか耐久性についても決められていたはずなのだが何故壊れる?世界基準と中国基準には大きな開きがあるようだ。充電だけに使うのに一体どういう風に使ったらUSBコネクタが壊れるのか実際に中国人に実演してもらいたい!まあ、こちらの予想以上、いや期待以上のハードな使い方をしてくれるのだろう!

充電後は駅の外の様子を確認する。駅前には銃剣付きの自動小銃を装備し、防護柵の中で警備する武警がいる。

中国の日常

08:30頃になると待合室はかなり混雑してきた。農民工から旅行客まで客層は様々だが、そこら中から痰吐きと手鼻の音が聞こえてくる。いや、そこら中だけでなく目の前のおっちゃんも大きな音を響かせながら痰を吐いていた。そして、待合室には横になって寝るなの表示があり、すぐ近くではこんな光景が・・・。

日本でも週末の終電間近の難波駅とかでも酔っぱらいの似たような光景が見られるが・・・。今日も安定の中国、絶好調の中国だが、孔子や孟子の教えは一体どこに行ったのだ?中国五千年の歴史と伝統が崩壊している。

ウルムチ南→カシュガル

11:00頃、改札口の先頭を陣取っておく。これから乗車する列車は、12:09発車、ウルムチ南→カシュガルの7556次で、エアコン無しの非空調列車なので運賃が安い。なので、席は寝台の硬臥で運賃は167.5元だ。

11:40頃、改札が始まりホームへ向かい乗車する。非空調なので窓が開けられると思ったらヒモで縛られて4分の1ぐらいしか開いていない。これではほとんど写真撮れねえよ!まあ、ヒモで縛られている理由は大体察しがつくが・・・。どこぞの国のおサルさんが窓からゴミのポイ捨てをするからであろう。困ったものだ。

12:09に定刻通りに列車が発車する。まずは乗務員が切符を換票証へ交換しにくる。

換票証は下車駅の手前で切符に再び交換するので真夜中でも叩き起こされて寝過ごすことはない。

鉄道では天山山脈越えができなくなった

列車はトルファンへ向かい、トルファンで進行方向を変えて天山山脈を越えて行く。ちょうどシルクロードの天山南路に沿ってカシュガルへ向かう。わずかに開いた窓から外の風景を撮影していると同じ車両の中国人の兄ちゃんが話しかけてきた。旅行で初めてカシュガルへ行くとか言っておりかなり嬉しそうに話していた。魚児溝を過ぎていよいよ天山山脈を越えると思ったら、線路が電化され、さらに複線化されている。3年前は非電化の単線だったのだが・・・。

そして、長いトンネルに突入していく。こんなトンネルあったっけ?まあ、トンネルを抜ければ大草原と放牧された馬、牛、羊たちがいる絶景が見られるはずが、トンネルを抜けても乾燥地帯が広がっているだけだ。これはおかしい!18:00頃、和碩に到着。あれ?和静じゃなかったけ?地図を確認すると確かに和碩はあるが線路が表記されていない・・・。

どうやら、やってしまったようだ。天山山脈を越える路線が廃止され、天山山脈をトンネルで抜けていく新路線に変わったことを知らずに乗車してしまった。何てこった!鉄道で天山山脈は越えられなくなっていた。トンネルで抜けるだけであった。新路線の乗り鉄はできたが、これは痛恨のミスである。もう、鉄道で天山山脈の大自然は見られなくなってしまった。よくよく調べたら2015/01/09から新路線での運行が始まったようだ。去年のうちに乗っておけばよかった。後悔先に立たずである。

19:30頃、コルラに近づいてくると砂埃がひどくなってくる。砂埃が入ってくるので窓を閉めたりして車内は蒸し風呂状態で暑い。タクラマカン砂漠へ近づいている証拠だ。20:00頃、コルラに到着するが外はまだ明るい。

天山南路を西へ走る

07:30頃、目が覚める。昨日は蒸し風呂だった列車内は涼しく快適だといいたいところだが、タクラマカン砂漠の影響で砂埃がひどい。そして、すでに朝のトイレ争奪戦が始まっていた。トイレ前は行列でしばらくは使えそうもない。

07:50頃、巴楚に到着し、トイレに鍵がかけられる。中国ではほとんどの列車はトイレが垂れ流しなので駅停車中は使えないように到着前に鍵がかけられる。でないと、駅の線路がウンコだらけになってしまうからだ。高速鉄道や25T客車とかの最新の車両はタンク式なので駅停車中でもトイレは使える。約15分の駅停車でトイレ争奪戦は一時休戦となりトイレ前から人がいなくなった。駅のトイレにでも行ったのか?人がいなくなったので先に並んでトイレが開放されるのを待つ。

08:03頃、列車が発車してトイレがの鍵が開けられる。ようやくトイレが使えると思ったら便器の中には大盛りの中国式カレーがあるよ。ウンコ流せよ!ウンコ流してから、ようやくウンコできるが、何やらドアを連打でノックされる。どうやら緊急事態の乗客がいるようだ。緊急事態なのはわかるが、こちらも出す物を出してからでないとトイレからは出られない。

そして、連打でノックだったのが連打でドアを強く叩き始めた。どうやら、相当危険な状態らしい。こちらも出す物出したしトイレから出る。もちろん、ちゃんと水で流している。トイレ前は5人ぐらい並んでいた。朝のトイレ争奪戦は要注意だ。

カシュガルの手前になると荒れ地の風景から変わりブドウ畑や小麦畑が見られるようになってくる。

カシュガル

11:46頃、カシュガルに到着する。

駅前には装甲車と自動小銃を持った武警が警備しており雰囲気が重い。駅前には新たにバスターミナルが建設中で来年辺りには運用開始か?

まずはバスで老城区へ移動しなければならないのだが、お約束の大混雑が待っている。まあ、ここは急ぐ必要はないのでバスを4本ほど見送る。

誰も並ばず我先にと無理にバスへ乗車しようとする中国伝統の光景を見物してから、12:25頃、後から来た28路のバスに座って移動する。運賃は1元でエイティーガールモスク(老城区艾提尕尔)で下車する。

カシュガルパミール青年旅舎

エイティーガールモスクの前を通りバザールへ向かう。

13:00頃、モスクの隣にあるバザール3Fのカシュガルパミール青年旅舎に到着する。今回はYHA Chinaで予約せずeLongで予約しておいた。同じ料金でもeLongはキャッシュバックがあったからだ。部屋は8人ドミトリーで1泊40元、今回は2泊する。エイティーガールモスクの隣で立地は申し分ないのだが、共同のトイレ・シャワーにいささか問題ありだ。やや失敗した感がある。

14:00頃、エイティーガールモスク近くの伊合拉斯超市で特売品の緑茶の飲み物を購入。480mlで1.9元だ。

ほとんどの客がウイグル族のようなので商品表記も漢字以外の物が多い。

客運南站

8路のバスで客運南站へ移動する。運賃は1元で14:30頃に到着するが、はっきり言って利用価値は低そうなバスターミナルであった。

南バスターミナルはカシュガル近郊へのバスが出ていたが、バスターミナルというよりただの駐車場にバスが停車している状態であった。

カシュガル客運站(天南客運站)

15:00頃、17路のバスに乗車する。

運賃は1元で三中のバス停で下車して、15:40頃、カシュガル客運站(天南客運站)に到着する。カシュガルの長距離バスターミナルだが時刻表は電光掲示板で出ているが雰囲気的に撮影できず。ホータンや葉城行きのバスはここから発車している。

牛肉麺

バスの情報を調べたので近くのラーメン屋へ。

遅めの昼食で牛肉麺(8元/約160円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.9元
宿泊費 80元 1泊40元×2
バス 3元 路線バス
合計 97.9元

雲南省旅行記2015春2 茶馬古道・沙渓古鎮

沙渓古鎮へ移動

維西→麗江

朝から雨が降っており天気が悪い。07:30頃、宿をチェックアウトしてバスターミナルへ行くが、窓口のおばちゃんが「麗江行きの客が3人しかいないので、07:50発のバスがキャンセルで09:30発のバスに変更」と言ってチケットを回収する。
まあ、客が少ないのではキャンセルもあるだろうが予定が狂ってしまう。

07:45頃、窓口のおばちゃんが「やっぱ麗江行きあるから乗車して!」とバスに乗車するように言ってきて乗車する。おい!おい!さっきキャンセルで今度はやっぱりあるというのはどういうことだ?まあ、予定通りバスが出発するので問題ないが・・・。

08:00頃に乗客3人で発車する。維西を出ると天気は雨から雪に変わり雪道の省道303号をシャングリラ、麗江方面へ進む。

道路状況は舗装された田舎道だがバスは70km/h以上で爆走する。この頃には天気は再び雨になる。09:15頃、長めのトイレ休憩となる。

09:45頃、バスが出発し田舎道を爆走していく。其宗を過ぎると金沙江沿いに走り、10:30頃、小さな町の塔城を通過する。10:50頃、麗江→維西のバスとすれ違う。

11:10頃、巨甸に入り道が広くなる。11:30頃、鶴慶→麗江→維西のバスとすれ違う。この頃には天気が晴れに変わる。

11:35頃、麗江と老君山黎明景区への分岐点の黎明郷中興を通過する。観光地への中継地点なので店や宿が少しある集落になっており、長江第一湾のある石鼓までは約40kmになる。

11:45頃、麗江→維西と下関(大理)→巨甸のバスとすれ違う。12:20頃、石鼓鎮に入り長江第一湾を通過する。13:20頃、麗江市内に入りガソリンスタンドでエンジンをかけたまま軽油を給油する。

日本ではあり得ない給油方法だが、中国ではエンジンかけっぱなしの給油は問題なしのようだ。他にも中国のガソリンスタンドには防爆壁がなかったり日本のガソリンスタンドとは違いが大きい。ちなみに軽油は1Lで5.82元(約116円)、ガソリンはオクタン価93で1L6.55元(約131円)であった。

麗江→剣川

13:30頃、維西から約5時間半でバスターミナルの麗江客運站に到着、ここで剣川行きのチケットを購入するが次のバスが16:00発で2時間半ほど待機となる。
チケット購入の際に身分証が必要でパスポートを提示する。剣川までの運賃は22元だ。

15:50頃、バスに乗車して発車を待つ。15:56頃、乗客が集まったので4分ほど早くバスが出発する。剣川までは約2時間の道のりだ。

17:15頃、予想より早く剣川客運站に到着。

まずは時刻表でバスの状況を確認すると大理の新市街の下関(下关)行きのバスが15分おき出ており一番本数がある。それ以外の麗江、昆明、シャングリラなどは本数が少ない。

剣川→沙渓

バスターミナル前で客待ちしている沙渓行き乗り合いタクシーに乗車する。運賃は13元だ。17:30頃、客が集まり乗り合いタクシーが出発する。乗客は地元民5人とイスラエル人1人、自分の合計7人だ。

18:20頃、沙渓古鎮に到着する。

馬圏46国際青年旅舎

沙渓古鎮での宿は古戯台の隣にあるユースホステルの雲南沙渓馬圏46国際青年旅舎だ。

部屋は8人ドミトリーで1泊25元(会員料金)だ。白族の古民家を利用しており雰囲気は非常に良い。古民家だが入口はオートロックになっており防犯面もしっかりしている感じだ。

ユースホステルには4泊して成都を目指すので、3月23日の大理→昆明、3月24日の昆明→成都の切符をネットで予約購入しておく。それと成都での宿も予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 100元 1泊25元(会員料金)×4
バス 22元 麗江→剣川
ミニバン 13元 剣川→沙渓
鉄道 64元 大理→昆明
鉄道 252.5元 昆明→成都
合計 465.5元

茶馬古道の沙渓古鎮

茶馬古道の石橋・石鰲橋

09:30頃、沙渓古鎮周辺の散策へ出かける。
目的地は沙渓古鎮の南にある大理州最大の城隍廟と茶馬古道の遺跡である石鰲橋(石鳌桥)だ。まずは沙渓古鎮の東門になる東寨門から出て南北に流れる黒恵江に沿って南へ進む。

馬幇たちのキャラバン隊が行き交っていた時代は、大理からのキャラバン隊が東寨門から沙渓古鎮へ入っていった。黒恵江沿いから県道84号に入りひたすら南へ進む。

ロンリープラネット雲南によると南へ4kmの場所に城隍廟があるということであったが見あたらない。そのまま県道を南へ進み渓南村を過ぎると道路左側に石橋が見えてきた。11:45頃、石鰲橋(石鳌桥)に到着する。

沙渓古鎮の南約6kmの場所にある石鰲橋は清代に架けられた石橋で茶馬古道を行き交う馬幇たちのキャラバン隊が、ここから沙渓古鎮へ入っていった。今は石鰲橋以外に茶馬古道の痕跡は見あたらないが、この橋から川沿いに茶馬古道が沙渓古鎮へ延びていたのだろう。

沙渓城隍廟大照壁

12:15頃、橋を後にして県道を戻ると道路脇に怪しい古そうな白族の建物がある。近づいてみると「城隍」の文字が見える。

そして、文物保護単位の石碑を見つける。13:10頃、沙渓城隍廟大照壁に到着する。ロンリープラネット雲南には沙渓古鎮の南4kmとあったが実際は南2kmの場所であった。

沙渓城隍廟は大理ペー族自治州最大の城隍廟照壁が最大の特徴である。しかし、文化大革命では城隍廟は食糧庫として使用され現在も修復されず放置状態で門は閉ざされている。門の隙間から中を覗くと壁に当時の宣伝画が残っており文化大革命の跡がそのまま残されている。

マーケットが開かれる沙渓

13:30頃、沙渓古鎮に戻ってきた。通りではマーケットが開かれており結構賑わっている。7年前に訪れたときはこんなのなかったのだが・・・。

マーケットでは農機具から衣料、食料品、雑貨まで幅広く売られており、饅頭屋とかもあった。

沙渓古鎮はそこそこの規模のスーパーマーケットや安食堂もあるので大理古城なみに長期滞在が可能だ。

しかし、このマーケットの中でお経が聞こえてきた。こういった場所でお経が聞こえてくる場合は、やはり乞食が営業活動をしていた。日本だと乞食は禁止されているのだが、中国も表向きは乞食は禁止らしい。

でも、何故か乞食がいるのだ。今回は僧侶型乞食でお経を流していた。音響設備まで揃えているので職業乞食であることは間違いないであろう。毎月どれぐらいの稼ぎがあるのか興味深いところだ。

夕飯は回鍋肉炒飯(10元/約200円)を食べて、大理ビール610ml(3元/約60円)を飲む。昨日は別の店で6元の炒飯を食べたが、今日の店はスープと漬け物付きだ。

ビールは3元で安いのだが、コカコーラ500mlとペプシ600mlも3元だ。ビールとコーラが同じ値段というのは一体・・・。夜になりネットで成都→広元、広元→西安の切符を予約購入、広元での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13元
鉄道 46.5元 成都→広元
鉄道 75元 広元→西安
合計 134.5元

朝の沙渓古鎮

07:30頃、起床して朝の沙渓古鎮を散策する。3月下旬になるが朝はかなり冷え込み霜が降りている。玉津橋などを見て回るが朝から観光客が出歩いている。

7年前に訪れたときは昼間でも観光客がほとんどいなかったのに・・・。凄い変わりぶりだ。玉津橋は大理からやって来る馬幇たちのキャラバン隊が渡る橋だ。

現在は大理への茶馬古道は残っていないようだが、橋から東へ延びる畑のあぜ道が茶馬古道の跡なのだろう。

恐らくこの道を進むと大理古城までつながっているのかもしれない。周辺の畑ではすでに農作業が始まっていた。

朝の沙渓古鎮はまだ店が開いておらず観光客が途切れると静かな空間が広がっている。

興教寺

09:30頃、興教寺を見物する。入場料は20元だ。

興教寺は明の永楽13年(1415)に創建された密教寺院で雲南からチベットへ続く茶馬古道に現存する貴重な寺院である。

20元払って見物してみたのだが正直言って内部は見る価値なし!僧侶はおらず博物館として運営されていた。山門で記念撮影すれば十分といった感じだ。

山門の修復に金掛けすぎて内部はパネル展示とかで誤魔化している感じがする。一応は本殿に金ピカの仏像があるのだが山門の仏像に比べるとかなり手抜きのような気がする。

山門の仏像は迫力があり寺の内部も非常に期待を持たせるのだが、実際は期待外れであった。

石宝山景区

09:50頃、剣川行きのミニバンに乗車する。10:15頃、沙渓から約10km離れた途中の石宝山への分かれ道で下車する。運賃は剣川までと同じ13元だ。この分かれ道から石宝山まで2km歩く。

10:40頃、石宝山景区入口に到着する。

入場料は50元から65元に値上げされていた。

10:55頃、まずは海雲居に到着する。海雲居は別名を茶花寺と呼び、清の康煕年間に創建された密教寺院だ。

海雲居

寺は結構古く修復もされていない様子なので歴史を感じさせなかなか良い雰囲気だ。寺院内には何故か関羽像がある。

もちろん周倉と関平の像もあったが由来は不明だ。11:20頃、海雲居を離れ奥へと進む。

宝相寺

11:45頃、宝相寺の入口に到着する。ここには野生の猿がいた。入口から階段を上がっていくと途中で古木が倒れて道を塞いでいる。

昼頃に山門に到着する。宝相寺は元の至正年間に建立された密教寺院で、元々は祝延寺と呼ばれていた。清の康煕年間(1687)に火災で焼失し康煕年間(1690)に再建された。

寺の本殿は絶壁に貼り付くように建てられ、内部には様々な仏像があり見応えがある。

宝相寺には徐霞客の像がある。
徐霞客は明の万暦年間から崇禎年間にかけての地理学者、旅行家である。まあ、バックパッカーの魁のような人物だ。明の崇禎12年(1639)に徐霞客は石宝山を2度訪れている。

絶壁に仏像がありなかなか見応えがる。その分だが階段が多く体力の消耗は激しい。

13:10頃、宝相寺から降りて再び奥を目指す。14:40頃、獅子関石窟区の入口に到着、ここから道路を外れ遊歩道へ入る。

14:50頃、獅子関石窟区に到着するが石窟のある御堂は鍵が掛かっており隙間から中を覗くだけになる。

石鐘寺

しかし、絶壁にあるので対面にある石鐘寺がよく見える。14:55頃、獅子関を通り抜け急な階段を下りていき今度は階段を上っていく。

この時間はかなり暑く半袖でちょうどいい気候だ。朝は霜が降りるほどの寒さであったが昼間は気温が高くなり寒暖差が激しい。体力を著しく消耗して、15:10頃、石鐘寺に到着する。

寺なのだが僧侶はおらず石窟を管理する博物館として機能している。石鐘山石窟には南昭国や大理国時代の石窟が残されており石宝山景区の一番の見所である。

石窟以外には清の光緒年間などの石碑が残っているが石窟などの文物の撮影は禁止となっている。15:40頃、石鐘寺を離れる。

沙渓古鎮へ戻るために山道を下って行くが、ゴミ箱からゴミが溢れていたり、ゴミのポイ捨てとかが酷い。

まあ、中国だから今更驚かなくなったが山でのゴミのポイ捨てとかタバコの吸い殻が本当に多い。中国人は山火事になったらどうするのだろうか?

ひたすら山道を下って行くと途中で沙渓が一望できる場所に出る。菜の花畑による黄色い絨毯が広がっていた。

17:00頃、沙登箐石窟区に到着。南詔国時代の石窟があるが中には入れず外から見るだけになる。

沙渓の菜の花畑

17:10頃、山道を抜けて畑が見え始める。沙坪村を通り県道84号に出た。道路脇には菜の花畑が広がっている。

菜の花畑の中を通り沙渓古鎮へと向かう。

17:45頃、沙渓古鎮に戻る。

夕飯は郵便局近くの情縁飯店で鶏蛋苦菜炒飯(6元/約120円)と雑醤米線の大盛り(8元/約160円)を食べる。この店は沙渓古鎮で数少ない安食堂だ。おまけに量が多いので非常に重宝する。大理や麗江なら10元出さないと同じ量の物は食べられないだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
乗合タクシー 13元 沙渓→石宝山
石宝山景区 65元
合計 95元

欧陽大院

昼頃、沙渓古鎮にある欧陽大院を訪れてみる。欧陽大院は個人宅で現在も人が住んでいる古民家だ。そして、入場料は10元だ。

10元払って中を見るかどうか考えてみたが外から中を覗うと、どうも中は見なくてもいいような気がしてきた。中国の民家だとリビングに冷蔵庫があったりするので入口だけにしておく。

外から門を見る限りは非常に雰囲気が良いのだが、実際に人が住んでいるとなると邸宅の中に家電製品とかがあってがっかりする確率が高い。

雲南名物の餌絲

昼食は沙渓古鎮でのもう一軒の行きつけの食堂の美美飯店へ。

美美飯店で雲南名物の餌絲(饵丝)を大盛り(8元/約160円)で食べる。ここは漬け物とかがお好みでトッピングできるのが特徴だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
合計 16元