安徽省合肥 包公墓・李鴻章墓・李典墓

安徽省旅行記2015秋

朝食

07:25頃、餐庁へ行きビュッフェ式朝食を食べる。2皿ぐらい食べておきたいところだが列車の発車時間が迫っているので1皿に抑えて急いで食べて、07:38頃、部屋へ戻る。

すぐにレセプションへ行きチェックアウトの手続きをするが朝の混雑する時間帯なので自分の後にチェックアウトのラッシュが発生。少し待って07:51頃、ホテルをチェックアウトする。芍花路を歩き、約1.7km離れた毫州駅へ向かう。

毫州→合肥

08:10頃、毫州駅に到着する。切符と身分証の確認、手荷物検査を済ませ待合室へ。既に改札口には列はできておらず、群れができている。

今回乗車するのは08:35発、毫州→合肥のK8415次だ。席は硬座、運賃は50.5元、合肥まで325kmの距離を4時間35分で走る。

08:15頃、改札が始まりホームへ移動。

いつもの行先票を撮影して乗車車両へ向かう。

列車内は比較的平和で荷物棚には空きもあるが、発車間近になると尿素袋がやたらと目に付く。08:35に定刻通り発車し南へと走る。今回のK8415次は毫州始発というある意味で重要度の高い列車である。なぜ毫州始発に設定されているのだ?11:30頃になると盒飯の車内販売が始まる。1個10元だがどう見ても弁当ではなくエサである。ホテルの朝食の方が明らかに豪華だ。

一応平和な車内だと思っていたがとなりのおっちゃんが床に痰を吐いている。服を着たおサルさんが紛れ込んでいた。やはり中国、イベント無しで目的地まですんなりと移動させてくれない。昼頃になると前のおばちゃん6人組が歌い始める。中国だと公共の場でもカラオケBOX代わりの空間になってしまう。スマホで選曲して大合唱だ。日本で同じ事やったら精神病院を案内されそうだが中国では問題無しだ。中国だと突然一人で歌い出すのとかもいるからな・・・。

合肥

13:28頃、18分遅れで合肥駅に到着する。300km程度の短距離なのに遅延が発生している。駅前は工事が行われており臨時のバス停が設けられていたりする。

13:45頃、駅前から10路のバスに乗車。運賃1元、14:20頃、省第二人民医院で下車する。

合肥万能国際青年旅舎

10分ほど歩いて予約しておいたユースホステルの合肥万能国際青年旅舎(合肥万能国际青年旅舍/Hefei Valent International Youth Hostel)に到着する。1泊42元(会員料金)で4泊する。予約金を差し引いた残額151元を支払う。

部屋は8人ドミトリーだが部屋が暗いし湿気がこもっている。各ベッドにコンセントはあるが照明は下段のベッドにだけ付いている。ロッカーは小型のが人数分ある。Wi-Fiの電波は良好だがパスワードかかっていない。

トイレ・シャワーは部屋にあるが鍵付いてません。部屋にシャワーがあるから湿気が酷いようだ。

青椒土豆蓋麺

15:00頃、包公園へ向かう。途中イスラム食堂で青椒土豆蓋麺(10元/約200円)を食べる。

ピーマンとジャガイモの炒め物が麺の上に乗っている定番麺料理だ。

ちなみに合肥のイスラム食堂だと麺料理とかの値段はこんな感じだ。牛肉拉麺や刀削麺が8元だ。

炒飯は8元からになる。

包公祠

15:50頃、包公園に到着。8年ぶりの包公園だ。公園自体は無料だが公園内の包公祠(20元)、包公墓、浮庄は有料だ。まずは包公祠から見物だ。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

包公祠は北宋の名判官である包拯を祀っている。河南省開封にも包公祠はあるが合肥は包拯の故郷であり墓があるので包拯を記念して祠が建てられた。

殿内には金ピカの包拯や王朝、馬漢、張龍、趙虎の像があります。包青天の視聴者からするとお馴染みの面々ですが公孫先生と展護衛がいません。この2人の像もないと完璧とはいえません。

包公祠の隣には蝋人形館があり包青天の名場面が再現されています。これは打龍袍の場面です。

包公墓

16:20頃、公園内の包公墓を訪れます。これが包拯の墓です。

墓室も公開されており地下の墓道を通っていきます。

ここが墓室になります。

蘑菇青菜蓋飯

夕飯はユースホステル近くのイスラム食堂で蘑菇青菜蓋飯(10元/約200円)を食べる。キノコと青菜の炒め物がご飯の上に乗っています。

これはメニュー表で牛肉拉麺は8元になっている。

炒飯は7元からあるが蓋飯は10元からになっている。全体的に値段は高めになっており食料品はインフレ傾向にある感じだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
宿泊費 151元 1泊42元(会員料金)×4
バス 2元 路線バス
合計 173元

李鴻章墓

朝のうちにネットで25日の広州東行きの切符購入と広州でのユースホステルの予約をしておく。

08:20頃、稲香楼のバス停から6路のバスに乗車。
運賃1元、09:00頃、李鴻章享堂のバス停で下車し来た道を3分ほど歩き李鴻章享堂に到着。入場料無料で入口で台帳に登記して見物となる。天気は霧雨で外を出歩くのには条件が悪いが仕方がない。

李鴻章享堂には李鴻章の墓がある。李鴻章は清朝の北洋軍閥の総帥であり日清戦争で下関条約調印時の清朝全権代表である。合肥出身、1823年生まれで1901年に亡くなり1903年に故郷の合肥で埋葬された。墓は李鴻章、趙氏夫人との合葬墓である。

墓園は神道碑、神道、墓からなっている。神道碑は李鴻章の一生と朝廷よりの封賞などが記されている。

そして、ポメラで説明をメモしていると見物しに来ているおっちゃんたちが後ろから覗き込んでくる。中国だとメモを取っているとやたらと後ろから覗き込まれる。日本では覗き込まれることはないのだが・・・。中国では他人のメモを覗くのが流行っているのか?

李鴻章は一等侯を追封されており神道の両側には文官、武官、馬、虎、羊の石像が安置されている。

こちらは文官像。

3つの御制碑は光緒帝より賜った御制祭文碑と碑文碑になり左右の2つは実物であるが中央の1つは複製品である。

享堂の前堂には日清戦争時に下関での講話条約交渉で小山豊太郎に狙撃された際の服が展示されている。

服には血の痕が残っているのだが、これ本当に李鴻章が着ていた服なのかな?ここに展示していたら盗まれないか?複製品のような気がする。本物なら安徽博物院で展示した方が安全だろう。

享堂の寝室には李鴻章の位牌が安置されている。10:10頃、李鴻章享堂を出る。

逍遥津公園

10:20頃、106路のバスに乗車する。運賃1元、10:50頃、逍遥津で下車。

逍遥津公園に到着。

入口では張遼像がお出迎えだ。

逍遥津は後漢の建安20年(215)に10万の大軍を率いる呉の孫権を張遼が800の兵で打ち破った場所である。三国志演義では第67回の舞台であり重要な三国志遺跡である。

公園内には張遼墓と張遼衣冠塚がある。張遼衣冠塚は霧雨で見えないのであきらめる。衣冠塚のある島の前ではボートに乗ったカップルがいちゃついていた。

公園の一角ではコスプレの撮影会が行われていた。いや、一角ではなかった。各所で行われていた。

張遼墓

11:30頃、張遼墓に到着。

破壊されずに8年前と変わらず無事だ。

明教寺・教弩台

昼頃、明教寺に到着するが修復工事で閉鎖されている。ここには三国志遺跡の教弩台があるのだが、大型クレーンまで投入して工事しているので来年中に工事完了するかな?

安徽省博物館

12:05頃、逍遥津のバス停から2路のバスに乗車する。運賃1元、博物館で下車する。

安徽省博物館に到着するが、こちらは旧館で別の場所に新館がある。展示内容の半分ぐらいが抗日戦争だったのだが国民党軍の活躍がほとんどなく新四軍と八路軍の活躍ばかりでつまらない。

興味を引かれたのは安徽省の古村落の展示だ。徽商に関する展示もあったりなかなか興味深い。新館ではもっと充実した展示なのだろう。

そして、展示物を見ているとイベント発生。目の前のおっさんが床に痰を吐きやがった。何故おサルさんが博物館に紛れ込んでいるのだ?12:50頃、安徽省博物館を出る。

廬州府城隍廟

13:00頃、廬州府城隍廟を訪れる。城隍廟は北宋の皇祐3年に創建され、現存する建築物は清の光緒3年に李鴻章が資金を募り再建されたものである。

で、撮影していると地元民の爺さんがわざわざカメラの前に来てガン見している。それほど撮ってほしいのか?それとも何しているか気になるのか?爺さん邪魔なんだけど。

城隍廟は思恵楼と娘娘殿があるぐらいで正直言って見なくても良かった。上海城隍廟みたいなのを想像していたが全く違った。
これは思恵楼。

こちらが娘娘殿。

酸白菜拌麺

昼食はイスラム食堂で酸白菜拌麺(10元/約200円)を食べる。

洋葱鶏蛋蓋麺

夕飯は洋葱鶏蛋蓋麺(12元/約240円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 24元
宿泊費 22元 予約金:広州江畔国際青年旅舎
鉄道 211.5元 硬座 合肥→広州東
バス 3元 路線バス
合計 260.5元

紫蓬山風景区

08:15頃、ユースホステルを出てバス停へ。今日は李典墓のある紫蓬山へ向かう。合肥のバス停は次のバスがどれくらいで到着するかが分かるようになっているので非常に便利である。

08:25頃、曙光新村のバス停から226路のバスに乗車。運賃1元、徽園で下車し紫蓬山行きの80路のバスを待つ。5分ほど待って80路のバスに乗車。終点の紫蓬山まで運賃は1元。

09:40頃、紫蓬山に到着して、そのまま道なりに紫蓬山風景区へ向かう。

09:50頃、紫蓬山風景区の山門に到着。2007年に訪れたときは有料だったのだが入場券売場見あたらず無料になったようだ。

景区の地図には李典墓があるので、まずは目印になりそうな西盧寺を目指す。

10:15頃、桜花園、紫徽園を通過するが案内の看板見ると、わざわざ日本と日の字を削って消している。正直笑ってしまった。日本嫌いは個人の自由だから別にいいけど公共物の破壊はダメだろう。

西盧寺まで来たが寺は有料なので素通りして李典墓へ向かう。遊歩道には標識が出ているので迷うことはないだろう。2007年に訪れた際は迷って李典墓は未達に終わっているからな。

標識の通りに進みます。

李典墓

10:30頃、三国志遺跡の李典墓に到着。仙人洞の隣に李典墓はあった。意外にもわかりやすかった。李典は曹操に仕えた武将で張遼とともに合肥を守備している。

で、李典墓にも説明の標識があるのだが、日本語の説明だけわざわざ削り取られている。削り具合からして最初は平仮名だけ削っていたようだが途中から面倒になったのか漢字も一緒に削り取っているというか中途半端に削っている。漢の字まで削っているよ。

あと脇に「日本狗还写在上面」と落書きしてある。日本嫌いなのは自由だけど公共物は大切にしようよ。

そして、李典墓にも落書きが・・・。中国人は何故遺跡の破壊をするのだ?とりあえず李典の祟りがあることを期待する。11:00頃、李典墓を離れる。11:35頃、景区山門まで戻ってきた。11:50頃、紫蓬山バス停に到着。11:55頃、80路のバスに乗車。運賃1元、徽園で下車する。12:45頃、226路のバスに乗り換える。運賃1元、13:45頃、中緑広場に到着。

合肥駅

13:55頃、合肥駅到着。

明後日の広州東行きの切符を受け取る。切符売場は空いており待ち時間無しで受け取る。

切符売場には新100元札のポスターが貼られ新しい偽造防止機能を紹介していた。中国の事なので来年には新しい偽札も出まわるような気が・・・。

牛肉炒飯

14:05頃、イスラム食堂で遅めの昼食に牛肉炒飯(9元/約180円)を食べる。久しぶりの牛肉炒飯だ。油少なめだったので食べやすかった。

逍遙津公園

14:30頃、中緑広場から801路のバスに乗車。運賃1元、15:00頃、逍遙津で下車、逍遙津公園に到着。

まずは昨日に続き逍遙津公園で張遼像を見物。

張遼像は気合いの入った作りでカッコいい!

続いて昨日見えなかった張遼衣冠塚を見物。衣冠塚のある島の前をスワンボートが通過する。

こちらはボートで行く気はないので岸から見るだけだ。

葱爆牛肉拌麺

16:10頃、イスラム食堂で葱爆牛肉拌麺(12元/約240円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 24元
バス 5元 路線バス
合計 29元

安徽博物院

朝から雨が降っている。
天気予報だと昼間には雪も降るようだが中国の天気予報は当たらないので雪は降らないだろうな。08:20頃、安医附院のバス停から103路のバスに乗車。運賃1元、09:05頃、平塘站で下車する。

09:20頃、安徽博物院に到着、入場料無料だ。三国志関連の展示があるか期待してやってきたがありました。

曹氏家族墓群からの出土品が展示されており曹騰墓から出土した煉瓦に刻まれた「曹騰」の文字が読みとれる。

他にも「曹忠」「曹君」と刻まれた煉瓦もある。

呉の朱然墓からの出土品も展示されている。

三国志以外だと北宋の名判官である包拯の墓誌が展示されている。

それと徽商(安徽省の商人)の展示内容も充実している。徽商は塩、材木、茶、質屋の四業種での経営がもっとも盛んであり、明代の南京では約500軒の質屋を徽商たちが開いていた。清代になると胡貫三が長江中下流域で36軒の質屋を開き江南六大富商之一と称された。徽州での茶葉生産も盛んで屯緑、祁門紅茶が知られ、特に祁門紅茶はヨーロッパへ輸出され世界三大紅茶のひとつとされる。

安徽省の古建築では梁の部分の装飾が展示されている。その装飾に長坂坡で阿斗を救った趙雲と張郃が戦う場面が再現されている。

景山から観戦する曹操も彫られている。11:30頃、安徽博物院を出てバス停へ向かう。

中華式バリアフリー横断歩道

途中の横断歩道であることに気がつく。中国にもバリアフリーの横断歩道が設置されているのだ。

車椅子が通れるバリアフリーの横断歩道なのだが、よく見ると渡りきると植え込みで歩道へは行けず。これはチャイナクオリティなのか?それとも中華式バリアフリーということか?

葱油拌麺

昼食はイスラム食堂で葱油拌麺(10元/約200円)を食べる。葱油拌麺は江南地方の麺料理で葱と油を麺と混ぜて食べる。
油そばに近い感じだ。

蘑菇青菜蓋飯

夕飯は蘑菇青菜蓋飯(10元/約200円)を食べる。キノコと青菜の炒め物が美味い!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 2元 路線バス
合計 22元

包公祠

昨晩、雪が降り歩道橋に雪が少し残っており、かなり寒い。09:00頃、包公園を訪れる。今日は広東省広州へ向かうのだが出発前に包公園をもう一度訪れた。まずは包公祠から見物だ。入場料20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

朝の時間帯なので観光客少なく静かだ。カッコいい包拯像はいいのだが、やはり公孫策や展昭の像がないので物足りない。王朝、馬漢、趙虎、張龍の像はあるのに何故2人がいないのだ?

包公墓・清風閣

続いて、包公墓と清風閣を見物。入場料は35元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

ここも観光客少なく静かで雰囲気がよい。神道、享堂を通り墓へと向かう。

これが北宋の名判官である包拯の墓だ。

地下の墓室が公開されているので墓道を通っていく。

墓室は誰もおらず貸し切り状態だ。

続いて清風閣を見物。こちらは新しい楼閣で包拯に関するパネル展示がメインになる。最上階から周辺を見渡すこともできる。

ウォルマート

10:05頃、包公園を出てウォルマートへ向かうがおっちゃんが痰吐いている。偉大な中国が崩壊し学校で習った中国とひどい乖離が発生している。

10:15頃、包公園の南東にあるウォルマートで広州までの食料に饅頭を購入する。3袋で14.6元、これで広州までの食糧は確保完了。ユースホステルへ戻り出発の準備を整える。

合肥駅

11:20頃、ユースホステルをチェックアウトして226路のバスに乗車する。11:55頃、終点の中緑広場に到着。駅へ歩いていくと前を歩いていた姉ちゃんが痰吐きやがった。合肥はこんな未開の土地ではないはずなのだが・・・。包拯の生まれ故郷で何故こんなおサルさんがいるのだ?

12:05頃、合肥駅に到着、いつもの切符と身分証の確認を済ませる。

続いて手荷物検査を済ませて待合室へ。

12:47頃、自動改札機の先頭を陣取る。自分が陣取ると他の乗客も並ぶというか改札機周辺に群れだした。で、合肥駅でも自動改札機の使い方を研究しているおっちゃんたちがいる。2008年の北京オリンピックにあわせて自動改札機を見かけるようになって7年ぐらいになるが、まだ自動改札機の使い方を知らない人がいるとは・・・。

合肥→広州東

これから乗車する列車は13:47発、合肥→広州東のK311次だ。席は硬座、運賃は211.5元、1417kmの距離を19時間49分で走る。ちなみに日本の北斗星は1214kmなので、ちょっとだけ距離が長い。

13:17頃、改札が始まりホームへ移動。

いつもの行先票を撮影。

乗車して荷物置き場を確保。改札口で先頭を陣取っていたので余裕で確保。あとは発車を待つだけだ。広州東行きなので天秤棒担いだおっちゃんがいたりカオス度が高めだがイベントもなく無事に広州東に到着できるかな?でも、対面の席はおむつをした又割れズボンのガキを抱えた夫婦だ。座席でウンコイベントが発生する危険性がある。この夫婦がおサルさんでないことを祈る。

しかし、発車前にイベントが発生する。ガキが放尿したようでおむつを取りゴミ箱へ捨てる。新しいおむつを付けるのかと思ったらおむつ無しのままだ。これで次の放尿は通路確定だ。いや、通路にウンコかもしれない。

13:47に定刻通り列車が発車する。乗車率は満席で無座の乗客も少しいる。安徽省合肥から南へ走り南国の広州東駅には明朝09:36到着予定だ。

15:40頃、桐城に到着。ここで又割れズボンのガキを抱えた夫婦が降りた。これで通路に放尿とかのイベントは回避された。でも空いた席では婆さんがひまわりの種を食べながら皮は床へ。おサルさんは乗車したままであった。乗務員のおっちゃんは掃除が大変だ。

停車駅ごとに乗車率が下がり17:00過ぎには5割ぐらいにまで下がる。寝台も空きがあるようで停車駅ごとに車内放送で案内がある。

で、乗務員のおっちゃんに行き先を聞かれ広州東と答えたら空いている3列席で寝られると案内され移動する。通常は3列席を占領していると乗務員の説教が待っているのだが、ここまで空いているので逆に寝られると案内されてしまった。他の広州東への乗客も同じように空いている3列シートを案内され移動、中には1人でBOX席まるごと6人分を「六个座位,随便坐」と案内される者までいる。乗客が少ないと乗務員のおっちゃんは気前がよい。

19:06頃、江西省九江に到着。安徽省から江西省へ入った。

南昌西駅到着前の車内はご覧の通り空席だらけだ。

21:05頃、南昌西駅に到着。江西省の省都・南昌まで南下してきた。

ホームへ降りて撮影。南昌西駅は高速鉄道駅で大きいのだが乗車してきた乗客は少なく乗車率は5割以下だ。やはり快速で一晩かけて広州より、高速鉄道で一気に広州へ行く利用客ばかりなのだろう。

空いているので通路に足が投げ出されていたりする。いや、満席でも投げ出されているな。21:30頃、南昌西駅を発車。朝まで一眠りだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.6元
バス 3元 路線バス
合計 17.6元

安徽省亳州 三国志遺跡巡り・曹操の故郷

安徽省旅行記2015秋

河南省を離れる

07:40頃、ビュッフェ式の朝食を食べる。昨日は気づかなかったが他の客がお代わりしているの自分もお代わりだ。ただし、自分は大量に食べるので服務員のおばちゃんに気付かれないようにこっそりとモヤシの炒め物とかを大量に皿へ盛る。これで夕方までのエネルギー源を確保。

09:00頃、ホテルをチェックアウトしてバスターミナルへ移動する。今日は河南省を離れ曹操の故郷である安徽省亳州へ移動する。鉄道でも行けるのだが亳州行きの列車は全て商丘南駅からの発車になっているので、商丘駅から路線バスで移動しなければならないし、商丘南駅は途中駅なので乗車バトルも待っている。それに亳州まで70kmくらいしか離れていないので駅での待ち時間を考えるとバスで行った方が楽だし早く到着する。運賃は高いけど・・・。

商丘→亳州

09:30頃、商丘駅前の商丘中心汽車站に到着。09:40発、亳州行きのバスチケットを購入、バスは20分に1本なのでバスの本数は心配ない。運賃は24元、購入時に身分証確認がありパスポートを提示。09:35頃、バスが到着して乗車、09:40に発車。途中で客を乗せたりするが半分ぐらいしか埋まらない。

11:15頃、亳州客運西站に到着。とりあえずバス情報確認するが豪州から西へのバスが出ているようだ。。

客運西站の隣が路線バスの発着場になっており、ここから市内へ移動となる。亳州駅へは10路、15路のバスで移動可能だ。17路のバスで予約してあるホテル近くの市政府東門のバス停を目指す。ちなみに17路のバスは曹操公園にも行く。11:40頃、17路のバスに乗車して市内へ向かう。

新貴都城市酒店

12:15頃、市政府東門でバスを降りて3分ほど歩いてQunar.comで予約しておいた新貴都城市酒店に到着するが市政府の東隣で外観が立派すぎるし4ツ星ホテルであった。

どう考えても場所からして金持ちと党幹部御用達で貧乏バックパッカーには縁のないホテルだ。でも、ここぐらいしか外人OKの中で条件に合うところが無かった。ここは外人OKの宿なのだがQunar.comには一度騙されてホータンで酷い目に遭っているからな・・・。

レセプションで予約確認書を見せて登記をする。パスポートはコピー取ったり公安に届けたりするようで一時預かりで後で取りに来てという事になる。追い出されず外人OKであった。

部屋は1泊138元で3泊する。めちゃ高いのだがQunar.comから1泊につき30元のキャッシュバックがあるので実質108元になる。部屋は1人部屋で広めだ。テレビや電気ケトルがあり標準的な設備だ。Wi-Fiはパスワードかかっていないが速度は問題なし。

トイレ・シャワーは、ちょっと狭めだが問題なし。ただ扉が木製なので湿気にやられている。水回りの扉はプラスチックにするのが一番いいと思うのだが・・・。13:25頃、ホテルを出て曹操公園へ向かう。

曹操公園

13:35頃、曹操公園に到着。

公園内の魏武祠(曹操紀念館)を見物するのだが、まずは曹操像が巡礼者をお出迎えしてくれる。

魏武祠

魏武祠の入場料30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

曹操を祀った祠であるが資料館になっている。もちろん曹操像があり参拝できるようになっている。やはり曹操の地元だけはあり曹操像にはかなり力が入れられている。

曹四孤堆

続いて同じ曹操公園内にある曹四孤堆を探す。辟邪の像があったのですぐに見つかる。神道が整備されて墓として整備されている。

ここは曹氏の墓が4つ残っている。誰の墓かは分からないが曹氏一族の墓であることには間違いない。14:35頃、曹操公園を離れ魏武大道を北へ歩き曹操家族墓へ向かう。

曹操家族墓(張園漢墓)

14:50頃、曹操家族墓(張園漢墓)に到着。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

曹氏の墓であるが度重なる盗掘にあっており墓主は未確定のままのようだ。墓の周辺を整備中で資材が大量に運び込まれていた。

地下の墓室が開放されているので見物するが湿気がかなり溜まっており蒸している。

墓室には何も残っていないが墓室の扉に龍虎図などが残っている。15:10頃、曹操家族墓から曹騰墓へ向かう。

曹騰墓

15:20頃、曹騰墓に到着。入場料20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

曹騰は曹操の祖父になる。祖父といっても宦官なんですけどね。

ここも地下の墓室が公開されている。

奥の墓室には玉衣の複製品が展示されている。15:40頃、曹騰墓を離れる。

亳州市客運站が閉鎖されていた

16:00頃、亳州市客運站に到着するが閉まってる。でかい案内板を読むと2015年10月18日で市内4カ所のバスターミナルが一斉に閉鎖されている。運営されているのは臨時客運南站、客運西站、客運東站の3つになる。

時刻表が出ていたので撮影しておく。これは南バスターミナルの臨時客運南站の時刻表。南、南東、南西へのバスが運行されている。

こちらは西バスターミナルの市客運西站の時刻表。西、北へのバスが運行されている。

こちらは東バスターミナルの市客運東站の時刻表。東、北東へのバスが運行されている。

これは豪州の路線バスの運行図。バスターミナルが大幅に変更されたので路線バスも変更されている。

東観稼台

閉鎖された亳州市客運站の近くに東観稼台があるのだが、高徳地図で確認しながら行くと民家の立ち並ぶ区画に到着。そのまま奥へ行こうとすると地元民のおばちゃんたちが「过不去」と言っている。通り抜け不可のようだ。

おばちゃんたちにスマホみせて「ここに行きたいんやけど」と聞いてみるが、おばちゃんたちの後ろにある石碑は・・・。16:15頃、東観稼台に到着。

「これ!これ!」と騒いでいたらおばちゃんたち退いてくれて写真を撮らせてもらうがゴミが凄いことになっている。東観稼台は曹操が屯田制を敷いた時に監督していた場所なのだがゴミだらけになっているとは・・・。

蒜苔肉絲蓋麺

夕飯は近くのイスラム食堂で蒜苔肉絲蓋麺(12元/約240円)を食べる。蒜苔(ニンニクの芽)と牛肉、赤ピーマンの炒め物を麺に乗せた中華スパゲッティだ。

夜はチャイナ・ユニコムの携帯通話料を100元チャージしておく。ネットでチャージなので1.5元割引だ。基本料金は毎月8元なので、これで1年分の基本料金は払い込んだことになる。それと合肥での宿も予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 418元 1泊138元×3(Qunar.com)
宿泊費 16.8元 予約金:合肥万能国际青年旅舍
バス 2元 路線バス
バス 24元 商丘→亳州
携帯通話料 98.5元 100元チャージ
合計 571.3元

亳州駅

07:40頃、2Fの餐庁でビュッフェ式の朝食を食べるが何やら種類が豊富だ。今までで一番豪華な朝食だカメラ部屋に置いたままだ!明日はカメラ持参だ。部屋に戻り12306.cnで明後日の合肥行きの切符を購入して、08:40頃、ホテルを出て徒歩で亳州駅へ。

09:00頃、亳州駅に到着。駅前の曹操像の前にはバスターミナル閉鎖などの案内が設置されている。昨日、閉鎖された亳州市客運站にあったのと同じ内容だ。もう一度読んでみると2015年中に新北バスターミナル、新南バスターミナルが着工のようだ。そうすると新バスターミナルが完成すると路線バスにも大幅な変更があるということだな。

この案内看板があるおかげで駅前の曹操像は暫くの間は撮影不適だな。春節の後に撤去されるか、それとも地元民の破壊で無くなるのが早いか?まあ、しばらくは撮影の邪魔になるな。曹操像の次は切符売場へ行き5分ほど並んで21日の合肥行きの切符を受け取る。これで移動の準備は整った。

魏武故里

09:20頃、1路のバスに乗車。運賃1元、09:30頃、工会大楼で下車し、人民路を東へ。天気予報では曇りなのだが雨が降ってきた。天気予報はあてにならない。

建安路まで来ると目印の建安小学が見えてきた。近くには建安路口のバス停があり亳州駅から10路のバスで到達可能だ。建安小学の脇の路地を進むと柵に囲まれた銀杏の古木が見えてきた。

09:50頃、魏武故里に到着。

魏武故里は曹操の邸宅址になり、現在は2本の銀杏の古木が残りお参りできるようになっている。曹操ファンの巡礼地の一つである。地元民の視線を浴びるので、10:05頃、魏武故里を離れ八角台へ向かう。

八角台

10:30頃、八角台に到着するが公園建設予定地になり壁に囲まれ封鎖されていたが裏側は壁がなく入れるようになっていた。

しかし、文物保護単位の石碑周辺はゴミの不法投棄地になりウンコ地雷が多数仕掛けれていた。なぜここでウンコするのだ?ここだと壁があっても周囲からケツ丸見えだぞ!曹操に恨みでもあるのか?10:35頃、八角台を離れる。

白衣律院

11:00頃、交通路と魏武大道の交差点近くの歩道で華佗像を発見する。何故こんな所に華佗像があるのだ?

近くに白衣律院という寺があるので見物していく。白衣観音が祀られ地元民がお参りに来ている。

白衣律院は白衣庵とも呼ばれ、中国四大律院のひとつである。清の順治6年(1649)に僧侶の尽休により創建され、乾隆25年(1760)に豪商の董氏の寄付により拡張され、民国時期の戦乱により寺は荒廃し現在に至る。現在は観光開発により各所で工事が行われている。11:30頃、白衣律院を離れる。

曹操運兵道

11:55頃、人民路の曹操運兵道に到着。入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で入場券を受け取る。

まずは譙望楼を見物。譙望楼は曹操が建設した楼閣だが曹操運兵道の近くに復元されている。

この譙望楼の地下から曹操運兵道へ入れるようになっている。曹操運兵道は後漢末期に建設が始まった地下道で伝説では曹操が建設したとされている。この地下道は発見されているだけで長さ6km近くになり約700mが修復され公開されている。通路が塞がれている部分もあり、この先が未修復の部分のようだ。地下道からは漢唐宋の各時代の剣、陶器、古銭が出土している。13:00頃、曹操運兵道から華佗庵へ向かう。

華祖庵

13:15頃、華祖庵に到着。入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

華祖庵は華佗廟とも呼ばれ、華佗を祀った廟である。

創建は唐宋時期に何度かの修復を繰り返して、現在は華祖庵、華佗故居、碑園、古薬園、中医薬文化博物館が一体となった華佗テーマパーク?になっている。14:00頃、華祖庵を離れる。

南京巷銭庄

14:20頃、南京巷銭庄に到着。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

南京巷銭庄は清の道光5年(1825)に建てられ最も保存状態の良い古銭庄である。銭庄は銀行のような金融機関になる。

花戯楼(大関帝廟・張飛廟)

14:40頃、南京巷銭庄を離れ、14:45頃、花戯楼に到着。入場料は60元だが陝西旅游年票を使い無料で入場券を受け取る。

花戯楼は大関帝廟、張飛廟、岳飛廟、朱公書院、火神廟からなる。正直言って名称からして戯楼だから見てもつまらないだろうと思っていたら大関帝廟と張飛廟があるので急に面白くなってきた。

張飛廟

張飛廟の前身は蘇公祠であり、清の康熙57年(1718)に創建され、元々は知州の蘇灝を祀る廟であった。光緒9年(1883)に肉屋たちが資金集め蘇公祠を修繕し会館としても使用した。肉屋は張飛を始祖としていたために殿内に張飛像が祀られ徐々に張飛廟へと変わっていった。

ここの張飛像は金色で張飛っぽくない。

張飛廟の脇では華佗が祀られている。

大関帝廟

大関帝廟は山陝会館とも称され、清の順治13年に山西省と陝西省の薬商たちが資金を出し創建され350年以上の歴史を持つ。

山門は他の関帝廟とは違い石造りだ。

大関帝廟の関羽は珍しく春秋を読んでいない。

大関帝廟の山門の裏手が戯楼の花戯楼になっている。

岳飛廟

大関帝廟の隣にあるのが岳飛廟。16:00頃、花戯楼を離れ、16:20頃、華祖庵近くの新東方商城のバス停から5路のバスに乗車。運賃1元、市政府で下車してホテルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
鉄道 50.5元 硬座 亳州→合肥
バス 2元 路線バス
合計 58.5元

ビュッフェ式朝食

07:30頃、餐庁でビュッフェ式朝食を食べる。種類が豊富なので皿に色々と盛って食べまくります。普段は肉なんて滅多に食べられないので肉多めに食べます。

で、まだ食べ足りないのでお代わりです。これでも足りないのですが食べ過ぎると追い出されてしまうのでこの辺でやめておきます。とりあえず朝食を食べたので出発準備です。

亳州博物館

09:15頃、亳州博物館を訪れる。入場料無料でパスポートを提示して見物。

館内には曹操たちの像があり曹操ファンのための博物館である。

曹操たちの胸像に目がいってしまうが、亳州博物館の一番の目玉は曹操の父親である曹嵩の銀縷玉衣であろう。他にも曹操家族墓群からの出土品が多数展示されている。

10:20頃、市政府のバス停から2路のバスに乗車。運賃1元、太平橋で下車。橋を渡り公園へ向かう。

湯王陵

10:45頃、湯王陵公園に到着。公園内を歩いて湯王陵に到着。

湯王陵は湯王墓とも呼ばれ伝説では湯王の衣冠塚と伝えられている。成湯は商の首領であったが夏王朝を滅ぼし商王朝を建てた。湯王陵は明の嘉靖23年(1544)に建立され幾度も破壊と修復を繰り返し現在に至る。

陵墓の墓碑には商成湯王陵と刻まれている。公園内にあるという事もあり地元民の憩いの場になっており犬が走り回ったり、子供の遊び場と化かしている。なので、子供が石碑の亀頭にまたがっていたり、老人が背中を亀頭でグリグリしていたりと遊具や健康器具として使われており、ガキや老人がいなくなるまで撮影できず。衣冠塚といえども、あの世で湯王は自分の墓が遊具や健康器具として利用されているとは思っていないだろう。

陵墓には民国時期の石碑、清の乾隆36年の石碑ともう一つ清代の石碑がある。11:30頃、湯王陵公園を出る。

ウォルマート

12:20頃、魏武大道の魏武広場脇にあるウォルマートに寄る。

ここで品質保持期限が迫り処分品になっていた梨汁飲料470ml(1.5元/約30円)を購入。亳州で4つ星ホテルに泊まっていても基本は貧乏人なので処分品とかの安物しか購入できない。

鶏蛋炒飯

夕飯はイスラム食堂で鶏蛋炒飯(6元/約120円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
バス 1元 路線バス
合計 8.5元

河南省南陽 三国志遺跡 南陽武侯祠・黄忠故里・宛城遺址

河南省旅行記2015秋

許昌→南陽

06:30頃、賓館をチェックアウトしてバスターミナルへ向かう。06:40頃、許昌汽車站(許昌中心站)に到着。今日は07:20発のバスで南陽へ移動する。チケットは昨日既に自動券売機で購入済みだ。南陽までの運賃は53元だ。待合室へ移動すると既に南陽経由襄陽行きのバスが待機していたので運ちゃんに聞いてみたら、06:50発で07:20発は次ということで暫し待機となる。

07:00頃、南陽経由内郷行きバスが来た。バスのおばちゃんに聞いたら07:20発ということで乗車する。昨日の朝にチケットを購入しているので座席は1番で先頭なのだが車内には座席番号がない。どうやら早い者勝ちのようだ。

07:20頃、バスが発車、乗客7人、乗車率は2割ぐらいになる。途中で客を乗せながらの運行なので昼過ぎには到着かな?

07:35頃、南バスターミナルの許昌汽車南站に到着。客待ちをするが乗客おらず、07:45頃、発車し許昌を離れる。許昌を出ると道路上で次々と客を乗せ、08:30頃にはほぼ満席になる。

09:15頃、蘭南高速に入り高速道路を爆走していく。09:30頃、サービスエリアの平頂山服務区でトイレ休憩。乗客のオバハンがゲロ吐いている。なぜ中国ではゲロ吐きイベントが多いのだ?運ちゃんの運転が乱暴だからか?それとも車に乗る機会が少ないのか?

09:40頃、再びバスが爆走し高速の料金所ごとで高速を降りて乗客を降ろし再び高速に入っていく。2007年頃は高速道路上で乗客の乗り降りが当たり前であったが法律が厳しくなり、ちゃんと料金所を出て乗客を降ろすようになったようだ。それと地元民が高速道路上で葡萄やリンゴなどの農産品の販売とかも見あたらなくなった。やはり危険だから禁止が徹底されたのだろう。

南陽到着

11:20頃、南陽の大庄汽車站で降ろされる。駅前の南陽汽車站までは行かないので、3路のバスで南陽駅まで行くことになる。大庄汽車站はバスターミナルでも南陽経由のバスのための降車場といった感じだ。ここから乗車する価値はなさそうだ。

11:25頃、大庄のバス停から3路のバスに乗車、運賃1元で終点の火車站へ向かう。

12:30頃、南陽駅に到着。駅前の新城百楽商務大廈に予約してある宿があるので向かう。

虫虫客桟

12:35頃、eLongで予約しておいた駅前の虫虫客桟に到着。外国人OKか心配であったが大丈夫であった。1泊38元で3泊する。

部屋は8人ドミトリーでベッドはカプセル式だ。

カプセルホテルの親戚かな?電源はコンセントとUSBがついている。

それとIPTVもありテレビが見られる。これは凄い!

共同のトイレ・シャワーに関してはトイレ2つしかないので不足気味。シャワーは個室になっていないので同志たちと裸のお付き合いになってしまう。

洗面台はご覧の通り設備は問題ないのだが客層がおサルさんのようで歯ブラシ等のゴミが転がっている。掃除のおばちゃん大変だわ。

焼腐竹木桶飯

13:15頃、近くの四川料理の食堂で焼腐竹木桶飯(10元/約200円)を食べる。木桶飯は名前の通り木桶にご飯と具材入っている。今回の具材は腐竹(湯葉)、唐辛子、麦菜か青菜が乗っている。

13:40頃、南陽駅から3路のバスに乗車、運賃1元、車站路臥龍路口北で下車し5分ほど歩く。

三国志遺跡・南陽武侯祠

13:55頃、南陽武侯祠に到着。入場料は60元でここまで来たら後には引けず痛い出費だ。

南陽武侯祠は諸葛廬とも呼ばれ、諸葛亮を記念して建立された祠堂である。創建は魏、晋の頃になり、元の大徳2年(1258)に再建され、清の康煕51年(1712)に増築され1700年以上の歴史を持つ。現在残る建築物は清代の物になる。

大拝殿には諸葛亮像があり、ここまでは各地にある武侯祠と同じであるが南陽武侯祠の特徴は諸葛亮像の両脇のある武将の像である。

こちらは諸葛亮の子である諸葛瞻像。

こちらは孫の諸葛尚像。南陽武侯祠には諸葛亮の子と孫まで祀られているのだ。これは興味深い。

大拝殿の天井には色々と額が飾られえいる。

こちらは諸葛草廬。15:15頃、南陽武侯祠を出る。

牛雑麺

夕飯は駅近くの食堂で牛雑麺(8元/約160円)を食べる。牛雑は牛のホルモンを意味しており具材にホルモン、モヤシ、香草などが入っている。

食後は丹尼斯百貨へ行く。南陽にもデニスがあるのだ。

地下のスーパーマーケットでサントリーの缶ビール330mlの6缶セット(10.9元/約218円)を購入。デニスはビールが安くてありがたい。夜は少林寺のある登封での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 31.9元
宿泊費 114元 1泊38元×3(eLong)
宿泊費 16元 予約金:登封藏経閣国際青年旅舍
宿泊費 200元 予約金:功夫客桟
路線バス 2元 路線バス
南陽武侯祠 60元
合計 423.9元

三国志遺跡・黄忠故里

今日の三国志遺跡は黄忠故里から攻略していく。06:50頃、駅前から5路のバスに乗車する。運賃2元で終点の新店郷公交站まで移動する。途中で博望と大占头村へのバスとすれ違ったので夏餉鋪村の近くまで行けるだろう。

07:40頃、終点でバスを降りて郷道14号を道なりに歩く。道が曲がりくねっているが気にせず歩き橋を渡り新店を出たら北へ3kmほど歩く。GPSと高徳地図で確認しながら北へ向かう。川が見えてきたら橋の向こうが黄忠の故郷とされる夏餉鋪村だ。

08:20頃、夏餉鋪村手前のドブ川になっている白桐幹渠の橋に到着。

橋の手前が十字路になっており標識があり夏餉鋪村の位置関係が何となく分かる。高徳地図で確認すれば問題ないけど。

橋を渡り100mほど歩くと右手に黄忠故里が見えてきた。

黄忠故里に到着。

蜀の五虎大将である黄忠は夏餉鋪村の出身とされ黄忠を祀る黄忠祠がある。

祠の前には石碑があり祠内には黄忠像が安置されている。

黄忠の両脇には配下の陳式、張著の像が安置されている。こちらが陳式。

こちらが張著。

雨が降り始めたので、08:50頃、夏餉鋪村を離れる。雨は徐々に強くなり新店に着く頃には本降りになる。天気予報だと昼間は曇りで夜には晴れる事になっているのだが・・・。中国の天気予報は当たらない。

途中、夏餉鋪村の北にある魏莫庄村、周営村と秦王廟村へのバスとすれ違う。http://www.hn96520.comで調べたのだが東バスターミナルから周営行きのバスが5元で出ているのを見つけるがバスの本数は少ない。

09:35頃、新店郷に戻り5路のバスに乗車するが隣の爺さんが頻繁に床へ痰を吐く。なぜ黄忠の故郷にサルがいるのだ?蜀の五虎大将を輩出しているのに、現在はおサルさんが住み着き黄忠のような御老体はいないようだ。三国志遺跡はあったが偉大な中国のイメージは崩壊させられる。運賃2元で10:40頃、南陽駅到着。雨は降ったままなので今日は動けず宿へ戻る。

炒豆芽木桶飯

昼食は重慶料理の食堂で炒豆芽木桶飯(8元/約160円)を食べる。具材はモヤシ、唐辛子、生姜の炒め物だ。

牛肉扯麺

夕飯は牛肉扯麺(9元/約180円)だ。扯麺は山西省、陝西省、甘粛省あたりの麺料理で幅広麺なのが特徴だ。

夜は買い溜めしておいたビールを飲みながらテレビを見ていたのだがウンコしたくなってトイレへ行くが何かやたらと臭い。まだウンコしていないのに・・・。またやり逃げかと思ったら、ちゃんと流してあった。とりあえずウンコしてスッキリするが、ちょっととなりを覗いてみたら茶色いバナナが・・・。いやバナナを上回る鳴門金時のウンコがやり逃げされていた。何で中国はウンコやり逃げのおサルさんたちが多いのだ?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 7元 路線バス
日用品 12.9元
合計 39.9元

客層がおサルさんの宿

出発の前にウンコしにトイレへ行く。中国では外で緊急事態になるとトイレが少ないので野糞か漏らすかの究極の選択に追い込まれる可能性がある。出発前には必ずトイレへ行かないといけない。

で、ウンコしていたら隣で小便している奴がいたが水流さねえだろうなと思っていたら予想通りやり逃げしやがった。何で中国はおサルさんが多いのだ?水の流し方知らないのか?

ちなみに宿の客層がどうなっているかというと、この画像の通りだ。おサルさんたち歯を磨くことは知っているようだが、後方にあるゴミ箱にゴミを捨てるということは知らないようだ。

こちらはおばちゃんが掃除した後の洗面台。宿の設備はそこそこだがおサルさんだらけである。カプセル式なのでおサルさんと目を合わせる確率は低いが站吐きの音は響いている。

登封行きのチケット購入

南陽汽車站(南陽西站)で明日の登封行きのチケットを購入する。窓口が混んでいたので誰もいない自動券売機で購入。現金非対応だったのでキャッシュカードで支払う。

ちなみに南陽からは新彊ウイグル自治区アクスへのバスが毎日1便運行されている。料金確認したら980元で3日先まで完売であった。鉄道の方が楽だと思うのだがバスの需要もあるようだ。どのような客層なのか気になるしイベント満載のような気がする。

路線バスの注意書き

人民公園へ向かう途中で路線バスの車内にあった注意書きに驚く。

手書きで「痰吐くな」「ポイ捨てするな」「飲食禁止」とある。そして、「小便するな」ともある。ここは四大文明のひとつに数えられる中国だが、これはどういう事?孔子や孟子もびっくりであろう。五千年の歴史を誇る中国の偉大なイメージが崩壊していく。

三国志遺跡・宛城遺址 望仙台

11:00頃、人民公園にやってきた。

11:10頃、公園北西の角にある宛城遺址 望仙台に到着する。

城壁というか土塁の跡になり、公園の一部として整備され望仙台が再建されている。

日曜日なので地元民が多数押し寄せている。

これが再建された望仙台。

11:30頃、3路のバスで南陽駅へ戻る。宿の近くの床屋で坊主頭にしてもらう。理髪代は15元(約300円)だ。

炒土豆絲木桶飯

昼食は昨日の重慶料理の食堂で炒土豆絲木桶飯(8元/約160円)を食べる。この店は油少なめなのでジャガイモの炒め物が美味い。

紅焼鶏塊木桶飯

夕飯は紅焼鶏塊木桶飯(12元/約240円)を食べる。お馴染みの木桶飯。具材は骨付き鶏肉の醤油煮込みとピーマン、ネギの炒め物になり味付けは甘辛い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 3元 路線バス
バス 65元 南陽→登封
理髪 15元
合計 103元

河南省許昌 三国志遺跡巡り

河南省旅行記2015秋

石家荘→許昌

10:45頃、宿をチェックアウトして石家荘駅へ向かう。駅の隣の区画に宿があるので5ー10分歩いて到着。まずは入口でいつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませて待合室へ。

石家荘駅は北京南駅のように巨大だ。利用客はそれほど多くはないので巨大待合室はかなり空いている印象だ。待合室にはケンタッキーやマクドナルドもあったりして食べるのにも困らない。駅の規模に対し利用客が少ないので設備過剰にも思える今後利用客が増える見込みか?

今日は河北省石家荘を離れ河南省許昌まで南下する。許昌は許都とも呼ばれ曹操の本拠地であり後漢の都でもあり三国志遺跡満載の都市だ。11:27発、北京西→昆明のZ53次で許昌まで乗り鉄、席は硬座、距離494km、4時間33分の乗車予定だ。

改札口は既に行列というか群れができており乗車バトル確定だ。列車が遅延しており、11:25頃、改札が始まる。自動改札機があるのだが何故か自動改札機は使用せず有人改札になる。自動改札機は故障ではなく稼働しているのに有人改札、原因不明だが相変わらずのチャイナクオリティだ。

ホームへ降りると発車ベルが鳴っているが当然ながら全員乗車できていない。行先票だけ撮影してホームを走り乗車するが車内は無座の客であふれてカオス度高い。既に列車は発車しているが、こちらは席に未だたどり着けず。荷物置き場は席から離れたところに何とか確保。

無座の乗客が多いのでZ列車なのにカオス度が高い。Z列車で無座切符なんか販売するなよ。元々Z列車は特快や快速とは格が違うはずなのだが、どうも和諧号が登場してから扱いが悪くなっている。

石家荘を出てから停車駅ごとに乗車率は下降する。安陽を過ぎる頃にはカオス度が低下し平和になる。石家荘では天気は曇りであったが南下していくと天気は雨に変わる。天気予報だと許昌は雨のようなので明日の天気が気になる。

15:27頃、15分遅れで鄭州駅に到着。停車時間は6分、鄭州は河南省の省都なので、ここでほとんどの乗客が下車して入れ替わる。程なくして鄭州からの乗客が一気に乗車してきて乗車バトルの戦場と化す。乗降客多いのに停車時間6分というのはダイヤに無理があるだろう。

そして、停車時間の6分を越えて遅延する。15:42頃、定刻より24分遅れで鄭州駅を発車する。車内は乗車率100%でカオス度上昇である。

16:27頃、27分遅れで許昌に到着する。ここも下車する乗客が多く半分ほどが下車となる。

許昌の天気は曇りで幸い雨は降っていない。16:40頃、許昌駅からQunar.comで予約しておいた宿へ向けて北東へ歩いて行く。

16:50頃、許昌黎園賓館に到着。外人OKの賓館を予約しておいたので追い出されずに登記は問題なし。1泊58元の部屋に2泊する。

部屋はかなり広く半分以下の広さでも十分だ。設備はテレビ、エアコン、電気ケトル、電話がある。Wi-Fiはパスワード掛かっておらず速度はまあ普通かな。

トイレ・シャワーは扉が完全に閉まらないが、この辺は許容範囲内だろう。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。胡麻ダレと漬物がいい感じで麺と絡み合って美味い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.2元
宿泊費 116元 1泊58元×2(Qunar.com)
合計 129.2元

春秋楼

09:25頃、賓館を出て春秋楼へ向かう。昨夜は雨が降っていたのだが今日は晴れており三国志観光には条件がよい。09:35頃、春秋広場近くで赤兎馬像を撮影。

09:40頃、春秋楼に到着。入場料は25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

春秋楼は関羽が曹操の元に居た時の邸宅跡だ。

ここは春秋楼で創建は元の至元年間になり、関羽が春秋を呼んでいたとされる場所になる。楼内には春秋を読む関羽像が安置されている。

こちらは関聖殿。

殿内には巨大関羽像が安置され、両脇にはおなじみの関平、周倉もいる。

そして、ここには寥化、王甫の像もあり珍しい組み合わせだ。これは周倉と寥化。

これは関平と王甫だが、いつもニコニコ顔の関平がここでは笑っていない。

関聖殿の東にあるのが甘糜二后宮。甘夫人と糜夫人が住んでいたとされる場所だ。

関聖殿の西にあるのが文廟で許州文廟とも呼ばれ大成殿には孔子が祀られている。

大成殿の創建は元代になり明代に再建され清代には修復がされている。11:00頃、春秋楼を出て曹丞相府へ向かう。この頃には青空が曇り空に変わっていた。

曹丞相府

11:15頃、曹丞相府の西隣にある魏武帝広場に到着。曹操像がお出迎え。

続いて曹丞相府を見物する。入場料は60元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。入場料が高額なので観光客は少なめで静かだ。

曹丞相府は丞相府の遺跡上に復元された三国志テーマパークだ。ここに丞相府があったとなると関羽の屋敷からかなり近い。

三国志テーマパークといってもパネル展示が多くテーマパークというより資料館に近い。パネル展示でも色々と見てしまうが蝋人形もあったりする。ここは官渡の戦いでの軍議のようだ。

こちらは曹洪と夏侯惇。12:20頃、曹丞相府を出て西湖公園へ向かう。

徳星亭

12:25頃、西湖公園に到着し公園内を歩き、12:35頃、徳星亭に到着。

徳星亭の前には9体の像が見えてきた。陳寔が荀淑を訪れる場面で右側が荀家、左が陳家で両家の賢人9人が集う場面である。

荀淑の息子8人は「荀氏八龍」として知られ、次男の荀緄の子が荀彧になる。13:00頃、西湖公園を離れ許昌駅へ向かう。

許昌汽車站

13:30頃、許昌駅の東隣にあるバスターミナルの許昌汽車站(許昌中心站)に到着。窓口のおばちゃんが怖そうなので運賃表撮影できず、とりあえず一部運賃のメモだけ。

鄭州18元
開封32元
少林寺32元
登封28元
南陽53元

自動券売機は現金とキャッシュカードに対応しており身分証は必要なし。ただし、読み取り機能はあるのでテロとかがあると身分証必須になるだろう。

許昌豪華汽車站

13:45頃、許昌駅の南隣の許昌豪華汽車站に到着。豪華と言っているが建物はプレハブ小屋みたいなので豪華ではない。
とりあえず時刻表だけ撮影しておく。長距離は北京、上海、深圳、青島、昆明などが1日1本運行されている。短距離は開封が30分毎、洛陽が20分毎に運行されている。

灞陵橋公園

14:05頃、許昌汽車站近くの火車站のバス停から5路のバスに乗車する。運賃1元、14:20頃、灞陵橋公園で下車する。

灞陵橋公園の入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。しかし、雨が降ってきた。今日はこのまま引き上げて明日以降訪れようかと思ったがとりあえず見ておく。まだ夕方ではないのだが既に薄暗く撮影には向かない。関羽が曹操に別れを告げた灞陵橋を渡る。

許昌関帝廟を見物して今日は撤退する。明日以降もう一度だな。15:15頃、1元の5路のバスに乗車して戻る。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(7元/約140円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.4元
バス 2元 路線バス
合計 16.4元

董妃墓

07:40頃、賓館を出て許昌駅へ移動。朝から天気は快晴だ。駅前で2路のバス停を探すと許昌汽車站の近くにバス停を発見。07:54頃、火車站、汽車站のバス停から2路のバスに乗車する。運賃1元、08:15頃、許昌迎賓館で下車する。

許昌迎賓館の隣にある貴妃苑へ入る。

公園内を歩き、08:20頃、董妃墓に到着する。

董妃墓は献帝の貴妃であり後漢の車騎将軍 董承の娘である董琳の墓である。父親の董承が曹操殺害を計画したために曹操に殺害され、董妃も殺害されている。

墓周辺は公園として整備されている。08:50頃、董妃墓を離れ漢荀氏八龍塚へ向かう。

09:10頃、董妃墓の東を通る魏文路の移動公司のバス停から7路のバスに乗車する。

漢荀氏八龍塚

運賃1元、09:25頃、陳庄で下車する。目の前の牌坊を潜りゴミだらけの道を東へ歩き路地に入り北へ歩く。

09:30頃、漢荀氏八龍塚に到着するが地元民が集まってお参りしている。てっきり誰もいないと思っていたのだが予想外である。今日は何かの日だろうか?

漢荀氏八龍塚は荀淑墓であり塚の上には伝説によれば荀淑の死後に息子たちが柏の木を一株づつ植えたとされ八龍塚は八柏塚とも呼ばれている。現在は柏の古木が6本残っているが樹齢千年以上あるようには・・・。荀淑墓の上には廟が建てられおり地元民がお参りをしている。

とりあえず地元民が去るのをひたすら待つ。余所者は大人しく待ちます。そして空いた所で撮影。廟内には像が安置されているが荀淑像か?

王允墓

10:00頃、漢荀氏八龍塚を離れ王允墓へ向かう。清潩河の西岸の遊歩道を歩いて魏都区人民政府の裏手辺りに来ると王允墓が見えてきた。10:35頃、王允墓に到着する。

後漢の司徒である王允は董卓殺害の首謀者で貂蝉の養父でもある。許昌にある王允墓は献帝が許昌に遷都してから造営された衣冠塚である。

10:45頃、王允墓を離れ、11:05頃、清潩河東側の文峰路にある市広播電台のバス停から4路のバスに乗車。運賃1元、11:30頃、火車站、汽車站で下車する。

11:40頃、許昌豪華汽車站で繁城行きの301路のバスに乗車する。劉庄路口で下車するのだが自分は四声が下手くそなので乗務員のおばちゃんに言葉通じず。スマホで「刘庄路口」と表示して見せるがおばちゃん老眼で見えないので隣のお姉ちゃんに読んでもらいようやく通じる。

ただでさえ余所者で目立つのに更に目立ってしまった。まあ、おかげで乗客全員が「この田舎者は劉庄路口で下車する」と覚えたので乗り過ごしの危険性はなくなった。運賃は3.5元、省道を南下して12:10頃、劉庄路口で下車し東へ歩く。

伏皇后墓

12:20頃、伏皇后墓に到着する。

伏皇后は名を伏寿と呼び、徐州琅邪東武(山東省諸城)の出身になり後漢の興平2年(195)に献帝の皇后となるが曹操暗殺計画が露見し伏皇后は殺害され、2人いた皇子も殺害される。

墓の前には廟があり廟内には伏皇后像が安置されているが扉には鍵がかけられている。扉の脇に管理人の名前と電話番号が記されているので連絡して開けてもらうのだろう。

廟には伏皇后祖母娘、伏皇后殿、祖母娘墓と記されており伏皇后は祖母娘とも呼ばれているようだ。

陵墓は劉庄村の外れにあり周辺は畑である。12:55頃、伏皇后墓を離れ次は西へと向かう。

徐母墓

来た道を戻り省道を渡り、そのまま西へと歩くと、道の左手に石碑が見えてきた。13:05頃、徐母墓に到着する。

徐庶の母の墓で許昌県志に記載されている。おなじみの劉備の軍師だった徐庶が偽手紙により曹操に仕えることになってしまうが、徐庶の母は不忠不孝を嘆き自殺してしまう。

1952年秋に村民がサツマイモを掘り起こし収穫していると墓室の扉に当たり開けてみると円形のレンガ造りの墓室があった。しかし、文化大革命で墓室は破壊され現在残っているのは墓前にある清の乾隆21年(1756)に建立された「漢大賢徐母之墓」と書かれた石碑のみである。13:37頃、徐母墓を離れる。

徐母墓から60mほど離れ所にある歇馬殿を訪れるが門が閉まっている。門の隙間から内部を見るが関帝廟というところまでは確認できた。内部に入れないのでは仕方がないので省道へ戻る。

13:50頃、301路のバスに乗車、運賃3.5元で14:20頃、許昌豪華汽車站へ戻る。14:30頃、火車站、汽車站のバス停から5路のバスに乗車する。運賃1元、14:50頃、灞陵橋公園で下車する。

再び灞陵橋公園へ

昨日雨が降ってきて引き上げたが、今日は晴れており再び訪れる。陝西旅游年票を使い無料で入場。まずは曹沖称象処から見ていく。曹操の息子である曹沖が孫権から贈られてきた象の重さを量るという場面だ。

続いて灞陵橋を見ていくがこの橋は新しいので素通り。この橋の勾配では馬車通れるのか?

許昌関帝廟

許昌関帝廟の創建は清の康熙28年(1689)になり、三進院九殿一閣の建築様式になる。

許昌関帝廟の特徴は関羽と共に曹操も祀られており関羽が馬上から錦袍を受け取る場面が再現されており他の関帝廟とは一線を画している。

これは曹操像。

奥の碑廊には元々あった灞陵橋が移設されている。これも清代の橋で新しいのだが、まあこちらは勾配がなく馬車が通れるから本物の灞陵橋に近いだろう。

で、碑廊で石碑を物色します。

碑廊で何かないかと探していたら「漢荀氏八龍塚」の石碑を見つける。「大清道光元年許州牧」とあるが「中華民国22年」「重立」とも刻まれており中華民国の頃に再建された石碑のようだ。こんな所にも掘り出し物があった。

15:50頃、灞陵橋公園を出て5路のバスで市内へ戻る。賓館に戻り延泊の手続きをしておく。1泊58元で3泊延長だ。

鹵肉熱乾麺

夕飯は鹵肉熱乾麺(7元/約140円)を食べる。具材に胡麻ダレが掛かりモヤシや漬物の他に鹵肉(煮込み豚肉)が乗っている。

撈麺

撈麺(8元/約160円)を食べる。麺の具材にインゲン、モヤシ、キクラゲ、トマト、卵焼き、レタスが乗っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 174元 1泊58元×3
バス 5元 路線バス
バス 3.5元 許昌→劉庄路口
バス 3.5元 劉庄路口→許昌
合計 201元

許昌→張潘

08:50頃、許昌豪華汽車站で201路のバスに乗車。盆李までは運賃5元、チケットをもらい保管。今日は許昌の東にある張潘鎮周辺の三国志遺跡を廻る。

張潘の手前でチケット確認があり提示する。張潘を通り過ぎて、道路左側(北)に廟が見えてきた。09:50頃、盆李の小さな関爺廟(関帝廟)の前で降ろされる。

とりあえず関爺廟を見物しておく。

徐晃墓

まずは約2km北東にある城角徐村の徐晃墓を目指し、GPSと高徳地図で確認しながら北へ進む。

10:35頃、徐晃墓に到着する。徐晃墓は許昌県張潘鎮城角徐村に位置している。徐晃は曹操配下の武将で「五子良将」の一人である。

墓は畑の中にあり遠くから文物保護単位の石碑が見えたので楽に到達できた。墓の北側には高速道路が通っていた。

郄慮墓

10:45頃、徐晃墓を離れ北西約1kmにある郄庄村の郄慮墓へ向かう。高速道路を越えて畑のあぜ道を歩いていく。村の中に入るが村人の視線を感じるというか村人たちはこちらをガン見だ。目を合わせても目をそらさないし・・・。

11:25頃、郄慮墓に到着。郄慮墓は許昌県張潘鎮郄庄村の村内南西に位置している。

郄慮は献帝の御史大夫を務めた人物で曹操暗殺計画が発覚し曹操に殺害され、この場所に葬られた。11:40頃、郄慮墓を離れ南西約3kmにある門道張村の漢張公祠へ向かう。

漢張公祠

12:30頃、門道張村の漢張公祠に到着する。

漢張公祠は張飛廟とも呼ばれ許昌県張潘鎮門道張村の西に位置している。創建年代は不明だが、明清代に幾度か修復が行われている。漢張公祠は村人たちが匪賊から身を守るために砦の機能を持たせているため小山の上に建設されている。

殿内には北宋の名判官である包拯の像があり、包公寨とも呼ばれていた。現在は砦はなくなり現存するのは山門、張公殿、包公殿などになる。

張公殿などは鍵が掛けられており殿内には入れず。隙間から張飛像を見物する。

こちらは包公殿の包拯。

包公殿には包拯と関羽が一緒に祀られていた。2人とも中国では人気が高いのでかなり興味深い組み合わせだ。13:20頃、漢張公祠を離れ南東約1.5kmの古城村にある漢魏許都故城へ向かう。

漢魏許都故城

13:55頃、漢魏許都故城に到着。道路北側の脇に河南省文物保護単位の石碑がある。

道路南側には牌坊と全国重点文物保護単位の石碑があり南に毓秀台がある。

漢魏許都故城は別名で張潘故城とも呼ばれ、後漢の建安年間の都城、魏の東都である。元々は周代の許国の都城遺址である。

牌坊をくぐり700mほど南へ行くと左(東)に廟が見えてきた。14:20頃、毓秀台に到着する。

毓秀台は献帝が祭祀を行った場所で小山になっている。

現在は毓秀台の上には天爺廟があり道教寺院となっている。14:55頃、毓秀台を離れ北西約2.1kmにある伏完墓へ向かう。

伏完墓

15:40頃、伏完墓に到着する。伏完墓は許昌県張潘鎮劉庄村の東に位置している。

伏完は後漢の侍中を務め、桓帝の長女 陽安公主である劉華を妻に娶る。娘の伏寿は献帝の皇后となる。皇后 伏寿は曹操を恐れ伏完に曹操暗殺の手紙を送るが伏完は行動を起こさず世を去る。伏完の死後、この事が露見し建安19年(214)に曹操は皇后を廃し伏寿と2人の皇子、伏徳ら伏氏100人余りを殺害する。

15:55頃、伏完墓を離れ南西約1kmある張潘鎮の漢愍帝陵を目指す。

漢愍帝陵は門番手強い

16:20頃、張潘鎮の漢愍帝陵のある政府跡地に到着。许昌县惠民现代农业合作社などが入っており入口で交渉か・・・。門番のおっちゃんに「見せてーな」と交渉するがダメであった。「単位規定」ぐらいしか聞き取れなかったが交渉不成立というか、おっちゃんの訛がわからず会話自体成り立たず。おっちゃんは門に南京錠掛けて小屋に籠もってしまう。しつこく優しく呼びかけて粘ってみたがやっぱダメ。中国だから賄賂渡さないとダメなのかな?
17:15頃、201路のバスに乗車し許昌豪華汽車站へ戻る。張潘鎮から許昌までの運賃は4元。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
バス 5元 許昌→盆李
バス 4元 張潘→許昌
合計 15元

南陽行きチケット購入

08:10頃、許昌駅前の許昌汽車站(許昌中心站)で明日の南陽行きバスのチケットを購入。今回は窓口でなく誰も利用していない自動券売機で購入してみた。二代身分証は必要ないので外人でも問題なく購入。窓口は列ができているのだが、なぜ誰も自動券売機を使わないのだ?

許昌汽車西站

08:15頃、火車站、汽車站のバス停から8路のバスに乗車。運賃1元、西バスターミナルへ向かうが運ちゃんの朝食購入でバスが途中小休憩。日本ではありえん。08:40頃、客運西站で下車する。

許昌汽車西站のバス時刻表を確認。

華佗墓

08:45頃、許昌汽車西站から308路のバスに乗車。張月庄まで運賃は4元。

09:10頃、張月庄で下車し金属製の村の牌坊をくぐり東への道を約1.5km歩く。村の入口には華佗墓の標識がある。

GPSと高徳地図で華佗墓を確認するが高徳地図にも華佗墓が載っていたので楽勝だ。張月庄村を抜けると未舗装の農道になり畑が広がる。

09:25頃、橋の手前左側に華佗墓園の入口が見えてきた。

楽勝で華佗墓到着。

華佗墓は許昌県蘇橋鎮石寨村の南西、張月庄村の東に位置している。墓の北には石梁河、東隣には穎汝干渠が流れている。墓前には清の乾隆17年(1752)の石碑があり、この地の医者たちが資金を出し合い石碑を建立した。華佗は言わずとしれた後漢の名医で曹操に殺されている。誰もいないと思っていたが意外にも墓園には地元民がお参りをしている。

墓はかなり立派で墓前には石碑が多数建立されているが墓の保護のために周囲は柵が設けられて近づけないようにしている。これは落書き防止か?それとも墓の土持ち去り防止か?華佗墓だから病気に効くとかいう迷信があるのだろうか?楊貴妃墓の土が持ち去られるのと似たような事があっても不思議ではないな。

墓園には廟もあり道教寺院となっている。

廟には白い巨大華佗像がある。

他にも華佗と関羽の像が一緒に祀られていたりしてなかなか良い雰囲気だ。10:10頃、華佗墓を離れ張月庄へ戻る。10:30頃、張月庄からバスに乗車。運賃4元で、11:00頃、許昌汽車西站に到着。8路のバスに乗り換え市内へ戻る。

許昌文峰塔

11:50頃、許昌塔文化博物館に到着。入場料無料、塔に登るのは10元。

許昌文峰塔は文峰塔、文明寺塔とも呼ばれ、明の万歴43年(1615)に許州知州であった鄭振光の指揮により創建される。高さ51.3m、八角形、13層の楼閣式レンガ塔で、地下宮、基座、塔身、塔刹の4部分からなる。塔文化博物館ということなので塔に関する展示があったので見物して、12:30頃、許昌塔文化博物館を出る。

雑醤熱乾麺

昼食は雑醤熱乾麺(8元/約160円)を食べる。具材に醤、モヤシ、キュウリ、ネギが入っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 2元 路線バス
バス 4元 許昌→張月庄
バス 4元 張月庄→許昌
バス 53元 許昌→南陽
合計 77元

河北省石家荘 三国志遺跡 趙雲廟・中山靖王 劉勝金縷玉衣

石家荘旅行記2015

地下鉄で北京西駅へ

今日は朝から小雨が降っている。06:00頃、北京雍和国際青年旅舎をチェックアウト、06:05頃、北新橋から地下鉄5号線に乗車、磁器口で7号線に乗り換える。

地下鉄車内にある液晶モニターには抗日戦争勝利の軍事パレードが放送中。先月の軍事パレードを未だに地下鉄では繰り返し放送しているのだ。「同志們好!」「同志們辛苦了!」の掛け声が車内に響く。北京市民は軍事パレードがかなり好きらしい。

06:45頃、北京西駅に到着、運賃は5元だ。切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませて待合室へ移動。

北京西→石家荘

まだ早い時間帯なので待合室は空いているが改札口の先頭を確保しておく。まだ誰も並んでいないが北京西駅なので乗車バトルは厳しい展開が予想される。自分が先頭を陣取ると他の乗客も並び始める。そして、後ろの農民工のおっちゃんたちは朝食のカップ麺を準備し始める。

今日は08:55発、北京西→昆明のZ53次で石家荘まで移動する。281kmを走り昼前には石家荘に到着だ。

08:15頃、改札が始まりホームへ移動。乗車する車両は後方なのでホームをひたすら歩く。

途中で行先票を撮影しながら後方へ。

車内はまだ空いており荷物置き場を無事確保。これで石家荘までの移動は安心だ。Z列車で客車は25Tなので比較的きれいだ。

08:54に定刻より1分早く発車する。列車内は満席だが平和だ。11:30頃、石家荘に到着。

河北省石家荘

出口へ向かうが通路にバケツが置いてある。雨漏りしている・・・。2012年12月20日から運用開始して3年経っていないのに既に雨漏りしている。立派な駅舎なのに中身はチャイナクオリティなのか。西口から西広場へ出るがボリタクの客引きが激しい。無視してeLongで予約しておいた宿へ向かう。

石家荘等風来青年旅舎

石家荘駅の北西にある住宅地の水晶郦城の3号楼3単元602号室にある。入口を通り3号楼を探すが1号楼しか建物の表示が出ていないので住民への通知の貼り紙を見て3号楼を見つけだす。というか、初めから入口で聞いておいた方が早かったな。

3号楼を見つけ3単元の入口へ。看板がないのでインターホン越しに「青年旅舎ですか?」と聞くと扉開けてくれてエレベーターで6Fへ。11:50頃、石家荘等風来青年旅舎(石家庄等风来青年旅舍/Dengfenglai Hostel)に到着。eLongで予約しているがBooking.comでも予約可能だ。登記は台帳記入ですぐに完了。1泊35元で4泊する。

部屋は8人ドミトリーで広さは問題なし。コンセントはOAタップがあり電源の確保は大丈夫だ。Wi-Fiの電波は良好で速度も問題なしだ。トイレ・シャワーはいつもの一体型だがまあ許容範囲内だ。

13:00頃、石家荘駅東広場へ向かうが雨が降ってきた。西広場と東広場の連絡通路があったので移動は楽だ。中国の場合は連絡通路がないとか、未完成で工事中とかいう罠が仕掛けられていることがあり注意が必要であるが石家荘は大丈夫であった。

河北博物院

13:30頃、東広場にあるバス乗り場から42路のバスに乗車し省博物館で下車する。運賃は1元、14:20頃、河北博物院に到着する。入場料無料でパスポート必須だ。

まず曲陽石彫の展示から見ていく。館内は見学者が少なく静かに見物ができる。

石像や彫刻画が多数展示されている。五代の王処直墓出土の白玉浮彫の彩絵奉侍浮彫は侍女たちが見事に彫られている。同じ王処直墓出土の彩絵散楽浮彫も見事であり一見の価値有りだ。

しかし、これは序の口だ。2Fの大漢絶唱-満城漢墓が本命だ。中山靖王劉勝の陵墓からの出土品が展示されている。中山靖王劉勝といえば劉備の御先祖様である。かなり間接的だが三国志関連だな。

中山靖王劉勝金縷玉衣

そして、劉勝の遺体を覆っていた劉勝金縷玉衣で河北博物院の一番の目玉である。

隣には王妃の竇氏の玉衣も展示されている。更にすぐ側では掃除のおばちゃんが常駐で待機しており、おサルさんがガラスケースを汚い手でベタベタ触った後にすぐに掃除して清潔な状態を保っている。武警も配置して汚れる前におサルさんを追い払った方がよいと思うのだが。掃除のおばちゃんも大変である。

おサルさんたちは美術の授業で美術館とかでの見学の仕方を習っていないのか?いや、中国に美術の授業はあるのか?16:20頃、河北博物院を出て42路のバスで石家荘駅へ戻る。

牛肉麺と牛肉炒飯

夕飯は近くのイスラム食堂で牛肉麺(7元/約160円)と牛肉炒飯(9元/約180円)を食べる。

宿へ戻るがここである事に気がつく。となりのおっさんたちがおサルさんであったのだ。2号はゴミ箱に痰吐いてるし、屁もブーブー音立ててしているし・・・。人数いる部屋でブーブー音立てられても困るのだが・・・。しかも、1回でなく3回も。せめて人のいない所で痰吐くなり放屁するなりしてくれ。

8号はリンゴの芯を床に投げ捨てているし・・・。掃除する老板の身にもなって欲しいなー。おサルさんたちとは目を合わさないようにしよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 140元 1泊35元×4(eLong)
地下鉄 5元
バス 2元 路線バス
合計 163元

石家荘駅

昨日に引き続き朝から雨だ。天気が悪いので趙雲故里のある正定県は明日以降に延期だ。とりあえず25日の許昌行きの切符を12306.cnで購入、qunar.comで宿の予約をしておく。11:00頃、石家荘駅にやって来た。小雨が降っており切符売場へまっすぐ避難する。

切符売場は多数の窓口が開いており行列は短い。10分ほど並んで許昌行きの切符を受け取る。

カルフール

11:30頃、カルフールでビールとバナナを購入。

ビールの旨い夏は過ぎてしまったが中普ビール330ml(1.5元/約30円)と金百利ビール330ml(1.4元/約28円)が安かったので購入。

麻辣豆腐蓋飯

夕飯は麻辣豆腐蓋飯(12元/約240円)を食べる。今回は唐辛子少なめ目なので口の中が火事にならずに済む。

洋葱炒牛肉蓋麺

イスラム食堂で洋葱炒牛肉蓋麺(13元/約260円)を食べる。蓋麺は中華版スパゲッティで具材は玉葱、牛肉、ピーマンの炒め物になる。これをイタリアンレストランで黙って出したら日本人は中華料理とは気づかないだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 35.1元
鉄道 72元 硬座 石家荘→許昌
合計 107.1元

趙雲の故郷 正定県へ

05:30頃に起床して今日の計画を練る。06:00頃、同じドミの4号がトイレへ行くが水流さずに出てきて再び寝る。朝から最悪や。仕方ないので水流しておく。

その後、8号が起きてトイレへ行くが水流さず出てきて再び夢の中へ。何でおサルさんがいるのだ?仕方ないので再び水流しに行くが8号は的を大きく外して小便が飛散している。シャワーで便器周辺を掃除しておく。何でおサルさんの後始末をせなあかんの?

08:00頃、石家荘駅東広場のバス乗り場にやってきた。08:10頃、運賃2元で148路のバスに乗車する。

乗車時に運賃箱へ2元投入するが、この時に運ちゃんからチケットをもらう。市内運賃は1元でチケットは必要ないが、市外へ行く場合はチケットが必要になる。09:15頃、市区の境界になる大正駕校で運ちゃんがチケットを回収、持っていない場合は運賃箱へ1元投入。

09:25頃、正定汽車站で下車する。バスターミナルから趙雲廟へのバスがあると思ったらないので、とりあえず東へ歩く。

途中で常山路で趙雲廟への143路のバス停を発見する。09:53頃、成徳常山路口のバス停から143路のバスに乗車する。運賃1元で趙雲廟(赵云庙)で下車。趙雲廟までの道は舗装が剥がれ泥濘んでいる。(趙雲廟で下車するよりも手前の乒乓球基地で下車した方が近くて道が良い)

趙雲廟

10:20頃、趙雲廟(趙雲故里)に到着する。

山門の門前には阿斗を抱えた趙雲像がある。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

正定県は趙雲の故郷で趙雲廟が故郷とされる場所である。三国志遺跡であり趙雲ファンにとっては一生に一度は聖地巡礼に訪れなければならない場所ともいえる。趙雲廟は1997年に再建されたようで比較的新しい。

平日にも関わらず観光客も結構訪れており趙雲の人気の高さが伺える。君臣殿では劉備、関羽、張飛、諸葛亮、趙雲の像が巡礼者をお出迎え。

廟内の碑亭には大清同治元年8月の漢順平侯趙雲故里の石碑がある。でも、やたらと新しい感じがする。

趙雲廟自体はそれほど大きくないが君臣殿、四義殿、五虎殿、順平侯殿があり、劉備や諸葛亮たちの像が祀られている。

順平侯殿には趙雲像が祀られているが道士らしきおっちゃんたちがいるのでお布施を巻き上げられないように要注意だ。

殿内には先ほどの漢順平侯趙雲故里の石碑がありかなり傷んでいる。こちらが本物で碑亭にある石碑は複製品のようだ。11:10頃、趙雲廟を出る。

隆興寺

11:30頃、隆興寺に到着。入場料は隆興寺だけだと50元だが天寧寺と開元寺とのセット券が60元だったのでセット券を購入。

隆興寺は正定隆興寺、大仏寺とも呼ばれ、隋の開皇6年(586)に創建され、創建当時の名称は龍蔵寺であり、唐代に龍興寺、清代に隆興寺となる。正定県を代表する千年古刹である。境内は結構広く観光客もそこそこいる。

境内には北宋から清代までの建築物があり、北宋の皇祐4年(1052)創建の摩尼殿には宋代の釈迦牟尼塑像などがあり一見の価値有りである。ただし殿内は撮影禁止でおばちゃんたちの厳しい監視の目がある。

殿内は撮影禁止でも境内は撮影できるので清の康熙帝の御碑や乾隆帝の御碑を撮影。各殿はかなり大きいので隆興寺の影響力が伺いしれる。13:00頃、隆興寺を離れる。

天寧寺・凌霄塔

13:10頃、天寧寺に到着する。入場料は15元。天寧寺は唐の代宗の治世に創建され、北宋の大観2年(1108)に勅命により天寧禅寺に改称する。

現在は寺はなく凌霄塔が残るだけになり、高さ40.98mのレンガと木を組み合わせた八角形の楼閣式9層の塔になる。13:45頃、天寧寺を離れる。

開元寺

13:50頃、開元寺に到着。入場料は20元。

開元寺は東魏の興和2年(540)に創建され、元の名称は浄観寺であり、隋の開皇10年(591)に解慧寺、唐の開元26年(738)に奉勅により開元寺となる。現存するのは三門楼、天王殿、须弥塔、鐘楼、法船殿遺址である。宗教活動は行われておらず博物館として運営されているようだ。14:20頃、開元寺を離れる。

臨済宗発祥の地・臨済寺

14:30頃、臨済寺に到着。臨済寺は臨済禅寺とも呼ばれ臨済宗発祥の地・祖庭であり仏教聖地である。臨済寺は元の名は臨済院と呼び、唐代に義玄禅師がこの寺で臨済宗を開いた。

境内には読経が聞こえ臨済宗発祥の地という雰囲気が伝わってくる。

14:56頃、目の前で坊さんが痰を吐いた。自分の中で臨済宗のイメージが崩壊した。千年の間に一体何があったのだ。まあ、原因はだいたい某党がらみと察しがつくが。これ以上は何も言いますまい。15:00頃、臨済寺を離れる。

15:10頃、広恵寺に到着。入場料15元だが外から見た感じだと華塔しかなさそうなので入場せず。15:15頃、広恵寺を離れる。

趙雲像

15:40頃、子龍広場に到着。県政府の前にある広場だが名前の通り広場には趙雲像がある。

やはり正定では趙雲は特別な存在のようだ。15:50頃、子龍広場を離れる。

16:15頃、正定汽車站のバス停に到着。16:30頃、148路のバスに乗車する。運賃2元で、行きと同じように運ちゃんからチケットをもらう。市区の境界になる大正駕校で運ちゃんがチケットを回収。17:30頃、石家荘駅へ戻る。

西紅柿鶏蛋麺

夕飯は西紅柿鶏蛋麺(8元/約160円)を食べるが物足りない。

白菜牛肉蓋麺

更にイスラム食堂で白菜牛肉蓋麺(12元/約240円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 5元 路線バス
隆興寺・天寧寺・開元寺 60元
合計 85元

滋補烩麺

10:25頃、石家荘駅東広場のバス乗り場から42路のバスに乗車、運賃1元、11:00頃、科技館で下車する。今日は河北博物院を再び訪れる。といっても、目的は劉備の御先祖様の中山靖王劉勝の玉衣である。

その前に昼食である。羊湯烩麺の店があったので寄ってみる。

滋補烩麺(12元/約240円)を食べるが、羊湯(ヒツジスープ)だと思っていたが店内にあった滋補烩麺の説明には山羊骨を使い当帰、黄芪などの30種類以上の漢方薬を使用したスープとあった。羊でなく山羊であった。これはトンコツに対抗してヤギコツということか?

スープはトンコツスープのように白濁しており味はけっこう旨い。で、具材は羊肉、ウズラの卵、キクラゲ、豆腐絲、薬味にネギ、香草が入っていた。

河北博物院

11:30頃、河北博物院を見物。

土曜日なのでけっこう見学者がいる。

中山靖王劉勝の玉衣周辺は人口密度やや高めだ。

やはり玉衣は一番人気のようだ。12:30頃、河北博物院の1本南の通りにある科技大厦のバス停から55路のバスで石家荘駅へ戻る。

韮菜鶏蛋水餃

夕飯は韮菜鶏蛋水餃(14元/約280円)を食べる。入った店でおばちゃんが餃子を包んでいたので注文してしまった。ニラと玉子が具材の水餃子、黒酢はお好みで!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 26元
バス 2元 路線バス
合計 28元

三国志遺跡 涿州&万里の長城 雲蒙山長城

北京旅行記2015

天安門広場・国旗掲揚式

安全検査04:20頃、天安門広場にやってきた。昨日に引き続き国旗掲揚式を見物だ。この時間でも既に安全検査には行列ができている。05:30頃に広場が開放されるのでそれまで待機となる。天気は晴れで気温は9度のようだ。空を見れば北京の星空が見える。隣ではおっちゃんがカップ麺を食べている。お湯はどこから調達したのだ?

05:05頃、爺さん2人が割り込みしようとするが、後ろに並ぶよう日本語で注意してあげる。「中国人が中国で割り込みしようと勝手だろ!」「小日本のくせに生意気だぞ!」と逆ギレされる恐れがあったが自分の前に並んでいたおっさんたちが参戦してきて「こいつの言葉はわからんが何いっちょるかは分かるぞ!」「わいらは3時半から並んどるんじゃ!」と爺さんたちを追い払う。

朝からというか日の出前からおサルさんたちとの割り込みバトルが発生するとは。天安門広場で文明旅游ができないってどういうこと?

05:20頃、検査場が開くが自分の左隣の列は実は入口ではなく保安に後ろへ並ぶように言われ観光客たちが騒ぎ始める。一方自分の右側は誰も並んでおらず入口ではないと思っていたのだが実は入口で保安が一声かけると遅れて並んでいた後ろの観光客たちが雪崩れ込む。遅れて来たのに得をして、早くから並んで大損する。夜明け前から興味深い光景だ。

天安門広場05:30頃、安全検査が始まり天安門広場へ。昨日よりは良い場所を確保できたがあと1mか2m移動したいところだ。明日もう一度かな。

国旗掲揚式06:18頃、天安門から国旗を持った衛兵が出てきた。

国旗掲揚式日の出の時刻である06:22に義勇軍進行曲が流れ国旗掲揚が始まるが一斉に中国国歌の大合唱にはならなかった。周囲では誰も歌っておらず撮影に大忙しだ。そして、厳重な警備をよく見ると警備の兄ちゃんの足元に消火器がある。これはテロというよりもチベット仏教の僧侶たちによる焼身自殺を警戒しているのだろうか?

三国志聖地 涿州遠征

838路のバス停06:45頃、前門のバス停から59路のバスに乗車。運賃1元、友誼医院で下車、3分ほど歩いて、06:55頃、天橋汽車站のバス停に到着。838路のバスで河北省涿州へ向かう。8年ぶりに涿州を訪れるが路線バスも変わり涿州行きは917路から838路に変わっていた。07:03頃、838路のバスに乗車して涿州へ向かう。運賃は通常は15元だが、もちろん838路も公交ICカードが使えるので割引で7.8元だ。

涿州駅08:50頃、涿州に到着。涿州駅近くの東方物理公司で下車して、まずは涿州駅へ。ここが路線バスの起点になっている。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)

09:00頃、涿州駅から4路のバスに乗車。運賃3元、盧家場村(卢家场村)にて下車。2007年以来になるが范陽盧氏宗祠の裏に片側4車線の道路が通っており物凄い変貌ぶりだ。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)09:40頃、范陽盧氏宗祠(盧植墓)に到着。ここは范陽盧氏の故郷になるが、劉備や公孫瓚の師匠である盧植先生の故郷でもあり盧植墓でもある。2007年訪問時は扉が閉まっていたが今回はちょうど地元民がトウモロコシを天日干ししており扉が開いていた。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)中に入ると爺ちゃんたちが井戸端会議や卓球をしていた。どうも廟というより集会所になっている感じだ。少し荒れ気味の范陽盧氏宗祠の奥へ進むと盧植墓がある。どうも手入れはされていない感じだ。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)それでも貴重な三国志遺跡である。8年前は中へ入れなかったが今回は扉が空いており盧植墓を見物でき満足である。

涿州の路線バス10:00頃、離れ再び4路のバスに乗車して涿州駅へ戻る。運賃は3元だ。10:30頃、涿州駅に到着、駅前には劉備故里がある大樹楼桑村への3路と張飛廟と三義宮への7路のバスが停車している。
3路のバスに乗車する。大樹楼桑村までの運賃は4元だ。

劉備の故郷・楼桑村

玄徳路11:15頃、大樹楼桑村で下車する。降りた通りが玄徳路でまさに三国志聖地にふさわしい名称だ。

漢昭烈皇帝劉備故里碑以前記録しておいたGPSデータを頼りに漢昭烈皇帝劉備故里碑へ向かうが石碑がない。どうも誤差が発生していたようで周辺を探すが見当たらず地元民のおばちゃんに道を聞いて、11:45頃、漢昭烈皇帝劉備故里碑に到着。村の東西へ貫く玄徳路の北側に石碑はあった。

漢昭烈皇帝劉備故里碑以前のデータは600mも誤差が発生していたが今回は正確な座標を記録しておいたので次回以降は迷わないだろう。昼頃、大樹楼桑村を離れる。

「桃園の誓い」の舞台・三義宮

次の三義宮は直線距離で3.6kmの場所になるが3路のバスで涿州駅へ戻って7路のバスで行くか、徒歩で三義宮へ向かうか迷うが歩きながらバスを待っていたが3路のバスは来ずにそのまま徒歩で三義宮へ。

三義宮13:00頃、三義宮に到着する。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

三義宮ここが三国志聖地の三義宮で、「桃園の誓い」の舞台になった場所だ。現在は道教寺院になっており劉備、関羽、張飛が祀られている。

三義宮他にも諸葛孔明たちの像もあり蜀の武将勢揃いと言った感じだ。

結義亭三義宮の片隅には桃園三結義の石碑があるのだが2007年に訪れた際は石碑だけだったのが今回は結義亭と命名された亭が出来ている。

張飛廟

張飛廟13:40頃、三義宮を出て張飛廟へ向かう。国道107号に出て、途中で線路を潜り、14:10頃、張飛廟に到着する。入場料は20元。

張飛廟ここは張飛の故郷とされており張飛廟があるのだが、更にここも「桃園の誓い」の場所とされている。まずは張飛廟を見物。

張飛墓廟には道士がいるので撮影できず。というか、長時間滞在しているとお布施を巻き上げられそうなので、裏の張飛墓へ移動。

張飛像殿内には張飛像が安置されている。

桃園三結義故里続いて張飛廟の向かい側が「桃園の誓い」が行われたとされる桃園三結義故里。

漢昭烈皇帝結盟故里入口には清の咸豊6年に建立された漢昭烈皇帝結盟故里の石碑がある。
「桃園の誓い」は三義宮と桃園三結義故里のどちらが本物だ?

結義亭で、ここには「桃園の誓い」を再現した劉備、関羽、張飛の像があるのだが、2007年当時は野ざらしだったのだが、今回は結義亭と名された亭が出来ていた。

張飛古井こちらは張飛が肉を隠していたとされる張飛古井。14:40頃、張飛廟を出て、14:55頃、国道に戻ってきた。15:00頃、7路のバスに乗車。運賃3元で涿州の市区へ戻る。

涿州にもカルフール

カルフール15:20頃、カルフールで食料の調達をする。何と涿州にもカルフールがあるのだ。田舎だと思っていた涿州だがかなり都会になっている。

鉄道で涿州→北京

15:45頃、涿州駅で北京西への切符を購入するため切符売場に並ぶが2人前のおっさんが何故か欧米人のパスポート2冊もって北京南ー上海虹橋のG列車の切符を往復で購入している。

旅行会社のパシリのようだが窓口まで来ておいて最終的な列車が決まっておらず電話で確認したりして後ろに行列が・・・。この場合ネットで予約して窓口で受け取ればよいのに・・・。予約の仕方知らないのか?というか、なぜ北京でなく涿州で欧米人の切符を購入するんだ?

K472次の切符16:10頃、ようやく切符を購入、手荷物検査でカルフールで購入したペプシを一口飲んで待合室へ。今回の列車は16:31発、昆明→北京西のK472次だ。席は硬座、運賃は12.5元だ。

涿州16:15頃、改札が始まりホームへ移動し列車の到着を待つ。

HXD3D16:27に列車が到着。客車を牽引する機関車はHXD3Dだ。

K472次の行先票16:31に定刻通り列車が発車する。

北京西駅17:26に北京西駅到着。階段が混雑しているので空いてくるまでホームに居座る。地下鉄7号線に乗車して虎坊橋下車し宿へ戻る。運賃は3元。

茄子肉丁麺

茄子肉丁麺夕飯は宿の近くで茄子肉丁麺(10元/約200円)を食べる。刀削麺に四角に切られた茄子と豚肉に炒め物と醤がかけられている。醤がスープ代わりで味は赤味噌に近い感じだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.69元
鉄道 12.5元 硬座 涿州→北京西
バス 17.8元 路線バス
地下鉄 3元
張飛廟 20元
合計 72.99元

朝4時に天安門広場

03:30に起床するが同じドミの中国人の姉ちゃんたちも起きて準備している。姉ちゃんたちに一緒に行こうと誘われるが断って部屋を出る。一緒に行くの面倒だし。

天安門広場の検査場04:00頃、今日も天安門広場にやってきた。既に国旗掲揚式見物の行列ができているが、左の列は通れないので昨日同様、保安に並び直すように言われトラブルになるだろう。

誰も並んでいないで、自分は誰も並んでいない右側の場所を陣取る。ここがこの安全検査場の2カ所ある入口の1カ所である。もう1カ所は昨日並んでいた真ん中の場所で既に行列だ。

このまま約1時間半待機となるが物売りのおっちゃんが国旗の小旗を売っていたりと夜明け前から商売熱心だ。それと行列の中ではおっちゃんが痰吐いたりといつもの光景が・・・。文明旅游はどうなった?

誰も並んでおらずで、行列がかなり長くなったが自分の後ろには誰もいない。こちらも入口なのだが特に教える必要もないだろう。「小日本の言うことなんか信じられるか!ボケ!」と言われるのがオチだし。

誰も並んでおらず05:10頃、行列の最後尾がどの辺りかは確認できないが50m以上はあるだろう。でも、自分の後ろには誰もいない。

誰も並んでおらず05:20過ぎても後ろには誰もいない。代わりに行列に並んでいる観光客の視線が。どうやら一人で突っ立っているので不審に思われているようだ。

行列で、入口でない左側には4列ぐらいで行列が続いている。このあと絶対にトラブルになるよ。何で保安は事前に誘導しないのだろうか?それに先頭狙うなら前日の夕方とかに確認しておけば並ぶ場所間違わないだろうに。

後ろに行列ができた05:25頃、安全検査場が開いて自分の後ろに行列ができる。予想通りの展開。

そして、予想通り保安と左端に並んでいた観光客たちのトラブルが発生。大きな国旗持って来たりと気合いが入っているのに保安に後ろへ並ぶように言われている。もちろん大人しく言うことを聞く人たちではありませんから騒ぎます。

何で「ここ通れません」みたいな看板置かないのだろうか?ここの警備は雑踏警備の一種だろうから、ちゃんと導線確保しないとダメだと思うが。勤務時間外の事はどうでもいいという事かな。

公安が出てきて隣の入口に交互に通るということで騒ぎを収めていたが交互に順番守るかは怪しい。2日連続で同じトラブルが発生しているので毎日発生していそう。
案内看板立てた方がいいと思うのだが。

天安門広場05:30頃、安全検査が始まり天安門広場へ。天安門広場を走って場所取りへ向かうが、05:38頃、今日は何とか良い場所を確保できた。この夜明け前の時間帯しか天安門広場を走ることはできないだろう。昼間走ったら公安や武警に捕まるだろう。警備についている武警の側には消火器が置かれている。やはりテロかラマ僧の焼身自殺を警戒か?

今日の日の出は06:23だ。このまま待機になるが何やら天安門が霞んで見える。上を見上げると明けの明星とか星空見えず空が曇っている。これは撮影条件が悪い、やる気半減だ。まあ、今更帰るわけにもいかないし見物はしていく。待機していると最前列の見物客だけ公安の身分証確認が始まりパスポート提示。ビザ欄だけ確認して何事もなかったかのように返却。小日本には用はなかったようだ。

国旗掲揚式06:20頃、天安門から衛兵が出てきた。

国旗掲揚式06:23に中国国歌の義勇軍進行曲が流れ国旗が掲揚される。昨日同様で周囲に国歌を歌っている観光客はおらず。撮影している観光客は多数いる。

天安門広場国旗掲揚式が終わり引き上げるが天安門広場は既に観光客で大混雑だ。

地下鉄2号線09:50頃、上林国際青年旅舎をチェックアウトして前門から地下鉄2号線で鼓楼大街へ移動する。

北京爬梯国際青年旅舍

北京爬梯国際青年旅舍運賃は4元、10:35頃、鼓楼大街から20分ほど歩いて、10:55頃、北京爬梯国際青年旅舍(北京爬梯国际青年旅舍/Beijing Party Youth Hostel)に到着する。
Booking.comで予約しておいたので予約確認書みせて登記は問題なし。1泊49.6元で2泊する。

北京爬梯国際青年旅舍部屋は10人ドミトリーでトイレ・シャワー付きだ。トイレ・シャワーは共同でいいから別々の方が使い勝手がよいのだが。Wi-Fiは電波良好でネットの速度は問題なさそうだ。

一見すると普通のユースホステルかと思ったのだがこの後重大な事実に驚く。トイレ・シャワーのドアノブ壊れていたのだ。鍵かからずドアノブ回さず少し押すだけで扉全開です。これではウンコ中に誰か入ってくるというか、もうヤバイです。落ち着いて踏ん張れません。おまけにトイレ壊れておりタンクの蓋外されています。これではユースホステルというか農民工用の招待所じゃないか。はっきり言って失敗だ。

刀削麺

刀削麺昼食は近くの食堂で刀削麺(9元/約180円)を食べる。北京では炸醤麺を扱っている店が多いが刀削麺も多い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.5元
宿泊費 99.6元 1泊49.8元×2
地下鉄 4元
合計 117.1元

密雲県へ

04:30頃、起床して地下鉄の鼓楼大街駅へ向かう。空を見ると星が見えるので天気は晴れのようだ。外は少し肌寒いが天気予報だと昼間は気温が25度の夏日だ。この時期の北京は寒暖の差が激しい。

今日は北京の北西に位置する密雲県の雲蒙山長城公園を目指す。雲蒙山長城は万里の長城の一部で北京周辺の長城の中ではマイナーな部類に入るだろう。一般的には八達嶺長城、水関長城、居庸関、司馬台長城、金山嶺長城あたりが外国人が訪れる所であろう。

鼓楼大街駅05:30頃、地下鉄2号線に乗車、運賃は3元、東直門駅で下車する。東直門は路線バスターミナルの東直門枢紐站もありかなり重要な駅である。

980路快

980路東直門から密雲県まで移動だが980路と980路快のバスで行ける。

北京のおサルさんで、980路快は停車するバス停が少なく速いのだが、ご覧の通りバスには並べないおサルさんが群がってカオス度MAXだ。ここは中国の首都北京だよね?これどういうこと?永楽帝、乾隆帝ら明清の歴代皇帝たちはこの光景を見れば悲しむだろうな。おサルさんの群れに入る勇気はないので空いている980路のバスに乗車して密雲県へ向かう。運賃は公交ICカードで7元だ。

05:50頃、バスが発車する。いくつかのバス停に停車すると満席、通路に乗客が溢れるが、隣のおっさんがタバコ臭い。さらに後方では痰吐きと手鼻の音がする。北京の路線バスはここまでカオス度は高くなかったのだが北京は一体どうなってしまったんだ?

密51路08:00頃、密雲鼓楼で下車する。密雲鼓楼のバス停からは司馬台長城へ行く密51路のバスを確認する。この情報は後日役立つな。

バス停車場50-100mほど道を戻り交差点近くの停車場で西口外行きの密68路のバスに乗車、密雲県でも北京の公交ICカードが使えるようになっており支払いが楽だ。雲蒙山長城へのバスは本数が少なく他には密60、密65でも行ける。

09:00にバスが発車する。09:35頃、雲蒙山長城ちかくの栗林山庄で下車する。運賃は公交ICカードで2.5元だ。

万里の長城・雲蒙山長城

雲蒙山長城バス停からというか、バス停はなく降りたところから100mほど戻り雲蒙山長城公園(雲蒙山長城風景区)に到着する。入場料は25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物なのだが入場券売場に誰もいない。冬季休業は11月からのはずだが?まあ、誰もいないのでは仕方ないのでそのまま奥へ行く。そのうち公園のおばちゃんとかに遭遇するだろう。

雲蒙山長城雲蒙山長城風景区は密雲水庫(ダム湖)の西、雲蒙山森林公園の東に位置しており、現存する万里の長城は北斉の天保2年(552)、天保6年(555)に建設され、明の朱元璋により修復、永楽帝も訪れている。

雲蒙山長城雲蒙山長城を登っていくが勾配がきつくかなり険しい。手摺りとかはないので落ちたら崖下へ直行というような感じだ。長城の上を歩けるが幅が狭いので注意して歩く。

雲蒙山長城11:05頃、四方楼に到着。

密雲水庫四方楼を登ると遠くに密雲水庫が見える。

雲蒙山長城四方楼には誰もいないので貸し切り状態で見物だ。ここから更に長城を登ると烽火台があるのだが、長城が険しくなっているので引き返すことにする。11:50頃、長城を降り始める。

12:40頃、密雲県へ戻る省道へ戻ってきた。北京の東直門までは直線距離で約73kmだ。ここで県城へ戻るバスを待つ。13:00頃、密60路のバスに乗車、終点の大劇院まで2.5元だ。

13:35頃、終点の大劇院で下車するというか、密雲鼓楼のバス停と同じ場所なので、すぐに東直門へ戻る980路快が来るが混んでるよ。乗車せずに次のバスを待つが1分もしないうちに980路が来た。停車するバス停が多いので乗客は少なく空いている。時間はかかるが空いているので乗車する。運賃7元で15:50頃、東直門枢紐站に到着。

回鍋肉蓋飯

回鍋肉蓋飯東直門からは地下鉄2号線で鼓楼大街移動しユースホステルへ戻る。夕飯は近くの食堂で回鍋肉蓋飯(14元/約280円)を食べる。日本では回鍋肉炒飯を食べたことがあるのだが、ここの回鍋肉は唐辛子が多く使われており激辛風味になっていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 19元 路線バス
地下鉄 6元
合計 39元

北京炮局工廠青年旅舍

北京炮局工廠青年旅舍10:30頃、北京爬梯国際青年旅舍をチェックアウトして鼓楼大街駅から地下鉄2号線で雍和宮駅へ移動。運賃は3元。雍和宮駅B出口から10分ほど歩いて、11:00頃、予約しておいた北京炮局工廠青年旅舍(北京炮局工厂青年旅舍/Beijing P.LOFT Youth Hostel)に到着する。2012年に宿泊しており3年ぶりになる。部屋は6人ドミトリー、1泊60元(会員料金)で2泊する。予約時に予約金を支払っているので残金108元支払う。

北京炮局工廠青年旅舍6人ドミトリーは少し狭めだ。各ベッドにはコンセントはあるが照明は無し、人数分の小型ロッカーがあるが鍵は掛けられないので歯ブラシや髭剃りの置き場所として利用かな。

北京炮局工廠青年旅舍で、床には洗面器や洗剤などが置いてあるので長期宿泊者・・・。いや、宿泊者ではなく住民が住んでいるいるようだ。Wi-Fiに関しては電波弱くて部屋では使えない。レセプション周辺の共有スペースでネットは使える。

西紅柿鶏蛋蓋飯

西紅柿鶏蛋蓋飯12:30頃、近くの食堂で西紅柿鶏蛋蓋飯(10元/約200円)を食べる。トマトと卵焼きがご飯に乗っている中国の家庭料理だ。

北京の交通マナー

横断歩道に駐車するカムリ食後に徒歩10-15分ぐらいの所にある北京孔廟と国子監へ向かうが、国子監街の入口の交差点で中国ならでは光景に遭遇する。交差点内でトヨタのカムリが路駐しているのだ。交差点内で更に横断歩道の上だ。首都の北京でも交通ルールは意味が無いようだ。いや、そもそも中国の法律では交差点や横断歩道上での路駐はOKなのかもしれない。日本では完全に取り締まり対象だ。

タクシーは客待ちで路駐しかし、よく見るとカムリの向こう側ではタクシーが路駐してトランク開けて運ちゃんが車磨いて客待ち中。交差点内に2台も路駐とは。タクシーの運ちゃんも何で交差点内で車磨くんだよ?渋滞になろうが関係ないということのようだ。

大気汚染酷い

北京孔廟13:45頃、北京孔廟に到着。入場料30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

北京孔廟北京孔廟は「先師廟」「宣聖廟」とも称され、孔子を祀る廟で元、明、清の歴代王朝により祭祀が行われてきた。創建は元の大徳6年(1302)、大徳10年(1306)に完成する。明、清では増築、修復が行われ現在に至る。

このまま孔廟と国子監を見物と思ったが何やら建物が霞んでいる。今日は大気汚染がひどくAQI指数は280を超えて重度汚染になっている。大人しくユースホステルへ引き上げる。

猫耳炒め

炒猫耳朵夕飯は炒猫耳朵(15元/約300円)を食べる。耳朵は耳を意味しており直訳すると猫耳炒めとなるが、残念ながら本物の猫耳ではない。猫耳朵は漢民族の伝統麺料理の一種で麺の形が猫耳のようになっているので猫耳朵と呼ばれている。店によって具材は変わるが今回は猫耳朵、青菜、トマトの炒め物だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 25元
宿泊費 108元 1泊60元(会員料金)×2
合計 125元

河南省鄭州 三国志遺跡 虎牢関&北宋皇帝陵

鄭州旅行記2015

河南省鄭州到着

06:25頃、18分遅れで鄭州駅に到着する。鄭州駅前は相変わらず人が多い。

07:00頃、2路のバスに乗車する。運賃は1元で農業路の関虎屯(关虎屯)のバス停で下車するはずだったのだが、農業路が陸橋工事で封鎖されており別のバス停で下車となってしまう。鄭州市動物園の脇を通りデニスへ向かう。

8090潘多拉青年旅舎

錦綉正弘国際公寓デニスの隣にある錦綉正弘国際公寓(锦绣正弘国际公寓)に予約しておいたユースホステルの8090潘多拉青年旅舎(8090潘多拉青年旅舍/8090 Pandora Youth Hostel)がある。正面の門が閉まっているので脇(東)へ行くと車の出入口があるので保安に聞いてみたら「そこの階段上がったところ」ということで階段を上り、08:10、鄭州8090潘多拉青年旅舎に到着。

8090潘多拉青年旅舎1泊45元で8泊する。Booking.comにも掲載されているユースホステルだ。eLongで予約時に支払いは済ませてあるので登記のみだが、パスポートの写真欄だけ確認してビザや入国日は確認せず。
鄭州の公安は結構緩いようだ。

鄭州8090潘多拉青年旅舎部屋は10人ドミトリーで狭めだ。各ベッドにコンセント有りで照明は有ったり無かったり。Wi-Fiの電波は問題なしだ。共同のトイレ・シャワーは一体型の奴だけど広いからまだマシだな。

デニス立地条件は最強に近い。隣がデニスなので食糧補給は全く問題無しだ。カルフールも5分圏内にあるし。

武漢名物の熱乾麺

熱乾麺の店通りがかった食堂で遅めの朝食に熱乾麺(6元/約120円)を食べる。

熱乾麺熱乾麺は今まで食べたことのなかった麺料理だ。いつも牛肉麺ばかりだったので今回は新規開拓である。熱乾麺は湖北省武漢の名物麺料理だ。麺の上に乗っている芝麻醤、ネギなどをかき混ぜてから食べる。タレの芝麻醤が美味い。

河南博物院

河南博物院13:50頃、河南博物院を訪れるが本館が改修工事中で別の建物で展示が行われていた。

河南博物院商代の青銅器の展示が中心であるが、漢、隋、唐、宋の展示もある。

河南博物院内容は中原の王朝に力を入れているが、本館の展示物と比べると序の口程度の内容だろう。博物院前の農業路が陸橋工事中なのでそれに併せて本館の改修工事を行っているのだろう。

デニスで会員カード作る

デニス14:40頃、デニスで買い物をしていくといってもユースホステルの隣のデニスではない。ユースホステルの隣にあるデニスは丹尼斯百貨でデパートの方になる。もちろんデパ地下がある。それとは別に徒歩5分ぐらいの所にもう1軒デニスがあるのだ。こちらはスーパーマーケットになっている。

デニス会員カード丹尼斯百貨はデパートなので地下の食料品売り場にしか用はないが、スーパーマーケットの方は重要度が高い。デニスは河南省ではウォルマートやカルフールを凌ぐ人気を誇る台湾資本のスーパーマーケットだ。全国展開せずに河南省に特化しているので台湾資本だけど地場スーパー化している。値段品揃え共に文句無しで自分もいつも利用している。

で、今回会員カードを作ってみた。カードの発行には身分証が必要、あと携帯の電話番号もだ。もちろん中国のだ。服務台のおねえちゃんは日本のパスポートなんか出されたので面倒臭そうにしてたけど無事に発行。

これで特売品が会員価格で購入できる。今までは会計時に後ろに並んでいるおばちゃんのカードを借りて読み込ませて誤魔化してたけど、河南省ではいつも利用しているので発行してもらった。

米酒とビール今回購入したのは米酒218ml(1元/約20円)とサントリービール特爽330ml(1.9元/約38円)だ。デニスは日系メーカーのビールが安い。青島とかは高いけど。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15.7元
バス 1元 路線バス
合計 16.7元

キャッシュカードの暗証番号間違える

蛋炒飯13:15頃、近くの中国工商銀行のATMで現金を引き出そうとするが暗証番号間違えてカードが使えなくなる。とりあえずイスラム食堂で昼食に蛋炒飯(9元/約180円)を食べてから再び銀行へ。

中国工商銀行国慶節の連休中でも銀行は営業しており運良く窓口は空いていた。おばちゃんにキャッシュカードとパスポートを渡して端末を叩いてもらう。暗証番号を再設定して15分ほどで手続きが完了する。

国慶節は動くべからず

デニス14:45頃、デニスでサントリービール超純500ml(3元/約60円)、公爵黒ビール500ml(2.2元/約44円)とバナナを購入。

サントリービール超純、公爵黒ビール国慶節でどこも人だらけなのでユースホステルへ戻り酒盛り。完全にダメ人間である。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 21.8元
ATM手数料 12.5元
合計 37.3元

鄭州→虎牢関

08:10頃、30路のバスに乗車して西バスターミナルへ向かう。
国慶節の大型連休中だが今日は三国志遺跡の虎牢関へ向かう。虎牢関なら一般人にとってはマイナー観光地だろうから空いているだろう。

鄭州→上街のチケットバスの運賃は1元で08:50頃、鄭州西バスターミナルの汽車西站に到着。ちょうどバス停に上街行きの鄭上1路のバスが来たので乗車する。上街までの運賃は6元だ。8年前の2007年に虎牢関を訪れたことがあるのだが路線バスなんてあったかな?まあ、路線バスで上街へ向かう。

09:35頃、途中の滎陽で汜水行きのバスに連絡していたので、滎陽で汜水行きのバスに乗り換えてもよいだろう。

上街汽車站09:50頃、上街汽車站に到着。

上街汽車站時刻表とりあえず時刻表を撮影しておく。

上街→汜水のチケットここで滎陽から来る汜水行きの102路のバスに乗り換える。運賃は2元、10:25頃、汜水鎮に到着する。ここから道なりに西へと歩く。

三国志遺跡 虎牢関

虎牢関石碑10:40頃、虎牢関に到着する。三国志遺跡の虎牢関は洛陽の東を守る要衝で関羽が華雄を斬った場所であり、劉備、関羽、張飛が呂布と戦った場所でもある。

虎牢関石碑虎牢関はきれいに整備され広場となっている。2007年当時は碑亭があったのだが、碑亭はなくなりガラスで保護されている。おサルさんたちが落書きしたりするので仕方がないだろう。それでも清の雍正9年の石碑なのでこれぐらい厳重にしていてもよいだろう。

関聖殿(三義廟)虎牢関には石碑の他に関聖殿がある。関帝廟であり三義廟でもある。しかし、殿内には関羽、関平、周倉の像だけでふつうの関帝廟だ。劉備や張飛の像は見当たらない。連休中なので虎牢関のようなマイナー観光地にも観光客が来ておりやかましい。

黄河うるさいのは嫌なので11:10頃、虎牢関の西にある呂布城と点将台を目指す。といっても、事前に正確な場所を確認しておくのを忘れたので、とりあえず西へ行ける道を進む。昼頃、黄河の畔までやってきた。近くまで来ているはずなのだが石碑とかがないので分からず。歩いて汜水へ引き返す。

汜水→上街のチケット12:40頃、汜水鎮で102路の上街行きのバスに乗車する。運賃は2元、13:00頃、上街汽車站に到着。

熱乾麺

熱乾麺昼食に近くの食堂で熱乾麺(6元/約120円)を食べる。武漢名物の熱乾麺は北京の炸醤麺、山西省の刀削麺、河南省の烩麺、四川省の担担麺とともに中国五大麺料理とされている。今回の熱乾麺は胡麻ダレが麺と絡み合って美味い。

鄭州行きチケット13:20頃、上街汽車站で鄭州行きのチケットを購入し鄭上1路のバスに乗車。

鄭上1路のバス運賃は6元でチケット買わずに乗車後の精算でもOKだった。

汽車西站14:25頃、汽車西站に到着、30路のバスに乗り換える。運賃は1元、関虎屯のバス停へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.1元
バス 18元 路線バス
合計 35.1元

鄭州→鞏義

鄭州汽車西站時刻表07:45頃、30路のバスで西バスターミナルの汽車西站へ向かう。運賃は1元、08:30頃に汽車西站到着。まずはバスの時刻表を確認。今日は鄭州の西に位置する鞏義市の北宋皇帝陵が目的地だ。と言っても、市内にある2つの陵墓だけ見て郊外の陵墓は情報不足で今回は見送る。

鄭州→鞏義のチケット鞏義(巩义)までの運賃は26元、チケット購入時にパスポート必須だ。バスに乗車して発車を待つ。09:00に発車して高速道路を爆走していく。

鞏義汽車站10:40頃、鞏義汽車站に到着、バスの情報を確認しようと思ったが時刻表は鄭州行きのみで他は見当たらず。

鞏義の路線バス近くのバス停で路線バスの確認をしておく。

鞏義博物館

鞏義博物館西へ歩くと鞏義博物館があったので何かないか念のために見物していく。北宋の皇帝陵についての資料展示に力を入れている感じだが出土品の展示は少ない。
11:15頃、鞏義博物館を出る。

北宋皇帝陵・永昭陵

永昭陵11:20頃、永昭陵に到着する。永昭陵は北宋の第4代皇帝である仁宗の趙禎の陵墓である。有名な伝説の狸猫換太子に出てくる太子である。包青天を見ている人にはお馴染みの話だ。

永昭陵公園として整備されており地元民の憩いの場となっているようだ。

永昭陵永昭陵の神道は開放されていたが奥の門は閉ざされ見物できないようになっていた。隙間から覗くとゴミが散乱しているのが見えるので内部に入れる日もあるようだ。11:50頃、永昭陵を離れる。

北宋皇帝陵・永厚陵

永厚陵12:10頃、永厚陵に到着する。北宋の第5代皇帝である英宗の趙曙の陵墓である。永厚陵は整備されておらず市内に位置しているにも関わらず林になっている。夜になると変質者とかが出そうな雰囲気だ。

永厚陵林の中に神道があり奥へ進む。

永厚陵永厚陵はほぼ手つかずで整備されていない。いや、地元民が畑を作っており農地にもなっている様子だ。12:25頃、永厚陵の宝頂に登る。周囲は林で市内に位置しているにも関わらず静かだ。

法輪大法好石像を見ていると文官像であるものを発見する。文官像の背中にスプレーで落書きがあり消えかかっているが「法輪大法好」と落書きされている。これは共産党が邪教として弾圧している法輪功ではないか!弾圧されても地下で活動しているようだ。
これは興味深い。13:00頃、永厚陵を離れる。

石窟寺

13:15頃、永昭陵の公園南門のバス停から南河渡と表示された旅游専線のバスに乗車する。念のため運転手のお姉ちゃんに石窟寺へ行くか聞いたら通ると言うことで大丈夫そうだ。運賃は1元、13:45頃、お姉ちゃんにここで下車と言われ石窟寺の標識の方向へ歩く。新しい道路を通っていたのでバスの経路が少し変わっていた。

石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)14:00頃、石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)に到着、入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)は北魏の孝文帝の治世に創建され、東魏、西魏、北斉、隋、唐、宋の歴代王朝により開削されてきた。創建当時は希玄寺と呼び、隋、唐では浄土寺、後に石窟寺と改名された。現存する石窟は5つで各種塑像が7700体余り保存されている。

石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)洛陽の龍門石窟と比較すると規模は非常に小さいが、マイナー観光地なので穴場ともいえる。

石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)石窟の保存状態はあまりよくなくほとんどが破損している。顔の部分まで残っている仏像は数える程度しかない。

石窟寺(鞏県石窟、北魏石窟)連休中なので観光客が少しいるが比較的マナーがよいようでやかましくない。14:40頃、石窟寺を離れバス停標識の無いバス停へ戻る。地元民が集まっているので、そこがバス停だと分かる。15:00頃、バスに乗車、運賃は1元、15:20頃、交通賓館のバス停で下車して鞏義駅へ移動。

鉄道で鞏義→鄭州

鞏義駅15:25頃、鞏義駅に到着、切符売場で鄭州行きの切符を購入。

K870次の切符15:36発、成都→鄭州のK870次だ。席は無座、運賃は12.5元だ。無座の立ち席だが1時間くらいの乗り鉄なので大したことはないだろう。発車時刻が迫っているので切符と身分証確認、手荷物検査を済ませて待合室に入る。改札口では既に乗車バトルが始まろうとしていた。

成都→鄭州のK870次列車が遅れており15:43に改札が始まる。K870次が到着して乗車バトルが始まる。

成都→鄭州 K870次の行先票自分はバトルに参戦する気はないので行先票を撮影して群れの後ろで待機。

15:54頃、乗車し、15:56に列車が発車する。車内は通路に無座の客が溢れカオス度が高い。

16:15頃、車内検札があるが乗務員8人で車内検札だよ。ものすごい非効率なような気がするが切符を持たない暴れん坊のおサルさんが紛れているかもしれないので大人数なのだろう。たぶん・・・。

16:52に鄭州駅到着、17:10頃、29路のバスに乗車。運賃は1元で花園路豊産路(花园路丰产路)で下車してユースホステルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12.5元
バス 4元 路線バス
バス 26元 鄭州→鞏義
鉄道 12.5元 無座 鞏義→鄭州
合計 42.5元

熱乾麺

熱乾麺今日は朝から引き籠りだ。昼頃に近くの食堂で熱乾麺(6元/約120円)を食べる。最近は蘭州名物の牛肉麺でなく武漢名物の熱乾麺にハマっている。今日の店はタレが醤油系、具材が大根の漬物、モヤシ、薬味にネギとなっていた。食後はデニスで饅頭買い込んで宿に籠もる。夕方に北京での宿をネットで予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10.5元
宿泊費 12元 予約:北京炮局工廠青年旅舍
宿泊費 50元 予約:北京富山国際青年旅舍
合計 72.5元

熱乾麺にハマってます

熱乾麺昼頃に近くの食堂で熱乾麺(6元/約120円)を食べる。この店は醤油系スープ多めで、モヤシ、ネギ、漬物が乗っており胡麻ダレがかけてある。

熱乾麺具材と麺を混ぜて食べます。

熱乾麺夕飯も熱乾麺(6元/約120円)を食べる。醤油系スープに具材はモヤシ、ネギ、漬物が乗っており胡麻ダレがかけてある。

小籠包熱乾麺だけでは物足りないので別の店で小籠包(5元/約100円)を食べる。黒酢を付けて食べる定番の小吃だ。でも、量は少な目なので包子屋で肉包を買ったほうが多いだろう。鄭州は意外と物価が高いかも。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
合計 17元

お椀にビニール袋

熱乾麺(民工仕様?)今日も昼食は熱乾麺(6元/約120円)だ。ただし、今日の店はお椀にビニール袋が被せられている。洗うのが面倒だから袋が被せられているのだが、そのビニール袋が食品用なのかという疑問がある。

熱乾麺で、夕飯も熱乾麺(6元/約120円)だ。こっちは行きつけの一番美味い店。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.5元
合計 17.5元

今日も熱乾麺

食堂今日も昼食は熱乾麺(6元/約120円)だが食べ足りない。たまには新規開拓で別の店に寄ってみる。で、地元民用の食堂に立ち寄る。

メニュー表メニュー表を確認して、たまには熱乾麺以外も食べてみる。

鶏蛋麺今回は鶏蛋麺(7元/約140円)を食べる。具材に玉子とトマト、香草が入っている。普通の麺料理だ。

熱乾麺夕飯はまた熱乾麺(6元/約120円)だ。ちょっと遠出して違う食堂で食べてみたがお椀にビニール袋が被せてあるよ。一番下のランクの食堂に入ってしまったようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22元
合計 22元

山西省太原 永祚寺(双塔寺)・唐槐公園

山西省旅行記2015

平遥駅へ

向かいの客桟に宿泊している団体客のおっちゃんたちの痰吐きの音で目が覚める。同じドミトリーの欧米人たちは不快な音には気づかず夢の中だ。今日は朝から雨が降っている。平遥を離れて太原へ移動するのだが雨に降られるとは・・・。金持ちの団体客のおっちゃんたちは電動カートで移動し雨の音だけが響く古城に戻る。

平遥駅昼前にユースホステルをチェックアウトする。小雨が降る中で古城西門へ向けて歩いていくが、ボリタクのおっちゃんたちがしつこい。12:15頃、平遥駅に到着。いつもの切符と身分証確認の後に手荷物のX線検査がある。

平遥→太原

K7808次の切符12:52発、K7808次、運城→大同行きで太原南駅へ移動する。席は硬座、運賃は15.5元だ。太原南駅は高速鉄道駅と機能しているがK7808次は珍しく太原と太原南の両方に停車する。次の宿は太原駅より太原南駅の方が近いので都合がよい。

しかし、列車遅延が発生している。まあ、ダイヤ通りに運行できないのはいつものことなので慣れてしまっている。湘南新宿ラインや中央線とかだと、「勘弁してくれよ!」と言いたくなるが、中国だと「あー、またか!中国だし・・・。」となってしまう。

K7808次12:55頃、改札が始まりホームへ移動する。

K7808次の行先票12:59列車が到着してすぐに乗車して荷物置き場を確保する。停車時間が短く荷物をおくとすぐに列車が発車する。太原南駅までは約2時間の道のりになる。

太原南駅

太原南駅14:30頃、太原南駅に到着する。ここから路線バスでの移動になるのでバス乗り場へ移動する。

バス停

バス停

バス停太原南駅からはバスは8路線出ている。ここからは824路のバスで許坦西街(许坦西街)へ向かう。

公交ICカードその前に太原の公交ICカードを購入しておく。バス乗り場の地下に服務処があったので聞いてみたらカードが買えるということで100元札出して購入する。太原では身分証が購入時に必要でパスポートを提示する。名前とパスポート番号を入力して、保証金30元、カード2元、残額68元をチャージする。記名式スイカに近い感じだな。

太原では1元バスは公交ICカードだと5割引きの0.5元なので、保証金とカードの合計金額32元なので32回以上乗車する場合は公交ICカードの方が得になる。

太原塢巢国际青年旅舍

太原塢巢国际青年旅舍15:10頃、許坦西街(许坦西街)のバス停で下車する。20-30m戻った所に二妹飯店というレストランがあるので、そこの路地を奥へ進むと突き当りの手前で太原塢巢国际青年旅舍(太原坞巢国际青年旅舍/Wuchao International Youth Hostel)に到着する。バス停から2分ぐらいの所にあった。

eLongで予約しておりチェックインは問題なく完了。Booking.comでも予約は出来たけどeLongでセールをしていたので今回もeLongで!1泊27元(eLongの特価)8人ドミトリーで5泊する。
支払いは貯めておいたキャッシュバックを使い実質0円。

太原塢巢国际青年旅舍肝心の部屋だが窓大きく広さはまあまあかな。エアコン無しだが扇風機は有りだ。各ベッドには照明やコンセントは無し。Wi-Fiの電波は良好、ネットも快適だ。共同のトイレ・シャワーは招待所レベルであった。トイレ・シャワーは一体型だよ。これ別々にしてくれないとシャワー使われたら30分は使えないってことだからな。

美特好16:00頃、小雨が降る中で周辺の探索へ出かける。西へ5分ぐらいの所にはスーパーマーケットの美特好があったので物資補給は問題なさそうだ。

洋葱炒肉蓋飯

洋葱炒肉蓋飯夕飯はイスラム食堂で洋葱炒肉蓋飯(10元/約200円)を食べる。玉ねぎと牛肉の炒めものがご飯の上に乗っている。炒めものの玉ねぎが美味い。

青菜拉麺

青菜拉麺蓋飯だけでは物足りないので別のイスラム食堂で青菜拉麺(8元/約160円)を食べる。この店は珍しく麺量が多い。スープは塩味が濃い目に効いている。
塩系ラーメンか?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
バス 0.5元 路線バス
公交ICカード 32元
合計 50.5元

雨で動けず

昨日から雨が降ったままで天気が悪い。
暑さもなくなり涼しくなっているので、どうやら山西省は季節が夏から秋へ変わったようだ。雨が降っていてはどこへも行けない。

河撈麺

河撈麺昼過ぎに近くの食堂で河撈麺(7元/約140円)を食べる。河撈麵は山西省、陝西省あたりで食べられている麺料理だ。柔らかめの麺にジャガイモ、唐辛子、玉子焼きなどの数種類の具材が乗っている。具材が多い点からすると臊子麺に似た印象を受ける。スープは少なめになっており拌麺にも近い感じかな。味は辛くなく具材が美味く麺の食感もよく食べやすい。

夕方はイスラム食堂で蛋炒飯(8元/約160円)を食べて、帰りに近くの市場で饅頭6個(3元/約60円)を購入する。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
合計 18元

白雲寺

07:10頃、宿近くの許坦西街のバス停から812路のバスに乗車して双塔寺北路へ向かう。
運賃は公交ICカードで0.5元。本来は812路のバスは許坦西街のバス停に停車しないが周辺の大規模など迂路工事の影響で臨時で停車するようになっている。812路は太原駅にも行くので利用価値は高い。

08:00頃、双塔寺北路で乗客全員が降ろされ、ここからは南東へ歩いて双塔寺へ向かう。双塔寺まで行くかと思ったが途中で運行中止になった。道路工事で寺まで行けないのか?双塔寺へ向かうが入口が見つからない。高徳地図で確認しながら歩くが白雲寺の標識が先に見えてきたので双塔寺は後回しにする。

白雲寺09:30頃、白雲寺に到着する。入場料は30元のはずなのだが、入場券売場はなく参拝客が自由に出入りしており無料になっていた。

白雲寺白雲寺(白雲禅寺)は唐代の名宰相である狄仁杰が母のために建立した千年古刹の禅寺である。明の崇禎13年(1640)に浄業庵、清の康熙2年(1663)に天澤和尚により大雄宝殿が建てられ、その後も拡張と修復が繰り返されるが、文化大革命により多くの建物が破壊される。2002年に再建が始まり現在に至る。

関羽像境内には何故か赤兎馬に乗った巨大関羽像がある。

関羽像そして、伽藍殿には関羽、関平、周倉の像がある。

白雲寺境内はそれほど広くないが清代の建物が一部残っている。太原市内では比較的規模の大きい寺院である。10:20頃、白雲寺を出る。

永祚寺(双塔寺)

永祚寺(双塔寺)11:05頃、双塔寺に到着する。入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。寺の門前近くには服装城があり衣料品満載のトラックが通ったりするので少々カオス度が高い。

永祚寺(双塔寺)双塔寺の正式名称は永祚寺と呼ぶ。双塔寺は太原市内南東に位置しており、妙峰禅師により明の万歴27年(1599)に創建された。境内に宣文塔と文峰塔の2つの仏塔があるため双塔寺と呼ばれている。

永祚寺(双塔寺)双塔寺は太原市内の主要観光地でもあるので観光客がそこそこいる。寺ではあるが僧侶はおらず博物館としての運営になっているようだ。

永祚寺(双塔寺)大雄宝殿は煉瓦づくりになっており内部はヤオトンのようになっている。

永祚寺(双塔寺)宣文塔と文峰塔は近くで見ると結構大きいし高さがある。

永祚寺(双塔寺)明代に2つの仏塔が建立されているが当時の建築技術の高さが伺い知れる。

宝賢堂集古法帖

宝賢堂集古法帖宣文塔と文峰塔を見物して、碑廊の宝賢堂集古法帖を見物していく。宝賢堂集古法帖には歴代王朝の碑が収集されているようなので、三国志関連で何かあるか探してみることにする。

呉の皇象の書

呉の皇象の書すると、三国志関連の碑がありました!まずは、呉の皇象の書。皇象は侍従、青州刺史を務めた人物、書家として知られ八絶とも称されていた。

後漢の張芝の書

後漢の張芝の書こちらは後漢の張芝の書。張芝は書家として知られ草書の達人で草聖とも称された。

司馬炎の書

司馬炎の書続いて司馬炎の書。

蔡琰と魏の鍾繇の書

蔡琰と魏の鍾繇の書こちらは蔡琰と魏の鍾繇の書。蔡琰は後漢の高陽郷侯である蔡邕の娘。曹操とは面識がある人物である。

鍾繇は鐘会の父親。書家の達人でもある。他にも書聖である王羲之とかのもある。ガラス越しで見ることになったが、おサルさんたちの落書きから守るためには仕方がない。しかし、これは意外な収穫であった。13:00頃、双塔寺を離れる。

建南汽車站

建南汽車站13:30頃、55路のバスに乗車して建南汽車站付近で下車する。建南汽車站は陽泉など東へのバスが発着している。

香菇油菜蓋飯

香菇油菜蓋飯腹が減ってきたので近くの食堂で香菇油菜蓋飯(9元/約180円)を食べる。シイタケと油菜の炒めもののご飯の上に乗せている。

唐槐公園

唐槐公園食後は建南汽車站の隣にある唐槐公園へ向かう。14:30頃、唐槐公園に到着。唐槐公園は狄村に位置しており唐の名宰相である狄仁杰の故郷でもある。

狄梁公故里碑の碑亭唐槐公園を入るとまずは狄梁公故里碑の碑亭があり、地元民の爺ちゃんたちが日向ぼっこをしている。爺ちゃんたちは撮影の邪魔なのだが、この石碑は新しいので重要度は低い。

狄梁公故里の石碑重要度が高いのは碑亭の東側にある狄梁公故里の石碑で、こちらは清代の石碑になる。

千年古樹の唐槐そして、公園の中程には狄仁杰の母が植えたと言い伝えられる千年古樹の唐槐がある。樹齢は1300年以上になるエンジュである。

狄梁公祠公園奥には狄梁公祠があり記念館になっておりパネル展示と狄仁杰像がある。

狄梁公祠ただし、開館が火曜から日曜の09:00-11:00、15:00ー17:00で開館時間が短い。15:30頃、唐槐公園を出て宿へ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
バス 1.5元 路線バス
合計 19.5元

三国志遺跡 王允墓&渠家大院・曹家大院

山西省旅行記2015

祁県へ

痰吐きの音で目が覚める。ドミトリーが古城の通りに面しているので朝の静寂なかで成金のおサルさんや地元のおサルさんたちの痰吐きの音がよく響いてくる。ここは世界遺産って分かっているのかな?

平遙→祁県のチケット07:00頃、古城の北にある平遥汽車站に到着。祁県行きのバスチケットを購入するが、08:50発の祁県行きのバスが最初のバスということであった。

酸辣米線

酸辣米線中途半端に時間が空くので古城内を散歩して、07:25頃、四川料理の食堂で酸辣米線(6元/約120円)を食べる。四川料理の食堂だったのでスープの唐辛子が滅茶苦茶効いており口の中が火事だ。四川料理を甘く見ると痛い目というか辛い目に遭う。

平遙→祁県

平遙→祁県のバス08:35頃、再び平遥汽車站へ。祁県行きのバスに乗車するが喬家大院と表示されているので喬家大院まで行くようだ。バスは既に乗客でほぼ埋まっている。

渠家大院

渠家大院09:30頃、祁県の駅前通り新建南路で下車する。09:55頃、 昭馀古城の渠家大院に到着。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

渠家大院祁県の県城にある清代古民居で規模はそこそこある。清の乾隆年間に晋中の豪商である渠氏により建てられ200年以上の歴史がある。周辺には渠氏最大の茶庄である長裕川茶庄などがあり渠家大院と共に公開されている。

渠家大院あまり整備はされていないので建物内は空になっているか鍵が掛けられている。特に資料展示とかもなく、そのまま建物を見物となる。

渠家大院明清民居の中では有名ではないようなので観光客はほとんどおらず管理人のおばちゃんたちがいるぐらいで敷地内は静か。10:40頃、渠家大院を離れる。

晋商老街渠家大院の前は晋商老街になっており古鎮として古い街並みが保存されている。

日本製品ボイコットの横断幕

日本製品ボイコットの横断幕晋商老街を散歩していると骨董品屋で面白いものを見つける。日本製品ボイコットの横断幕だ。「勿忘国耻 坚决抵制日货 从我做起」(国辱を忘れるな 日本製品ボイコット 私から始めよう)なんてあるのだが、こんな所で反日横断幕に出くわすなんて思わぬ収穫である。この骨董品屋の老板には是非とも頑張って日本製品ボイコットを実践してもらいたい。スマホや家電製品の買い替えの時に日本製の部品が使われていないか確認するのが大変だろうけど・・・。スマホなんかで日本の部品無しを探すのは至難の業だろうな。

まあ、とにかく日本製品ボイコット頑張ってくれ!自分は中国製品ボイコットとか絶対にありえないから!こちら生産国に関係なく品質と価格で選んでいるから。

三国志遺跡 王允墓

次は祁県の北西にある三国志遺跡の王允墓を目指すがグーグルマップに出てくる4路のバスが見あたらない。県城を出て国道沿いに西へ歩き、途中で郷道を北へ向かう。余所者が歩いているので村民たちがガン見でこちらを見ている。目を合わせると目を逸らすし・・・。何か後ろめたいことでもあるのかよ?

王允墓標識修善村、里村村と入り村の通りを西へと歩く。里村小学、里村中学、修善小学の前を通過して通りの突き当たりを右(北)へと歩くと修善村村民委員会に到着する。ここで王允墓の標識を見つける。

三賢善館そして、標識の近くには三賢善館とかいう記念館みたいなのがある。三賢善館は閉まっていたので王允墓へ向かう。

王允墓西へ歩くと左(南)にそれっぽい壁が見える。壁の方へ行ってみると案内板が見てきた。12:40頃、王允墓に到着する。グーグルマップは実際のGPS座標から東へ600mずれていた。

王允墓墓は整備中であったが日曜で工事は休みなので見物はできた。

王允墓王允はいわずと知れた後漢の司徒、貂蝉の養父で董卓殺害の首謀者である。王允は修善村が故郷であり死後に修善村に埋葬された。

13:00頃、王允墓を離れ祁県へ向かう。修善村には漢の光武帝の頃に活躍した温序の墓もあるが、興味が沸かずにスルーになる。村民にガン見されながら郷道を歩いてバスに遭遇することなく、14:15頃、国道まで戻ってきた。

バス停近くの双友包装厂のバス停から1路のバスに乗車するが運賃箱がない。後払いと思っていたら乗車してくる乗客は運賃を払わず下車しているではないか!どうやら祁県の路線バスは無料化されているようだ。だから長距離の4路は消えたのか?

14:50頃、祁県汽車客運站に到着するがバスターミナルは運用されていなかった。建物は完成しているが何故か運用されていない。路線バスの停車場として運用はされてはいるが・・・。

14:55頃、とりあえず国道で平遥方面へ向かうバスを止めるが高速に乗るバスだったので平遥は素通りという事で次のバスを待つ。15:00頃、介休行きのバスに乗車して平遥へ向かう。運賃は10元、15:30頃、平遥に到着し国道の交差点で降ろされる。バスターミナルには寄らないので国道から南へ1kmほど歩くと平遥古城の北門だ。

だが、この交差点は降車ポイントになっているので常にボリタクが待ち構えている。ボリタクの運ちゃんが声をかけてくるが「金無い」と返答したら「古城までの5元払えないのか!」とか文句言ってるし。ブチ切れているので無視しておく。

香菇炒飯

香菇炒飯16:00頃、古城近くのイスラム食堂で香菇炒飯(10元/約200円)を食べる。香菇は椎茸なので椎茸炒飯だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 8元 平遥→祁県
バス 10元 祁県→平遙
合計 34元

平遙→太谷

向かいの宿の団体客のやかましい声で目が覚める。金持ちの団体客は朝から移動のようで電動カート待ちで外にいるがやかましい。まあ、目覚まし代わりにはなったので良しとするか。

平遙→太谷のチケット06:55頃、バスターミナルの平遥汽車站に到着する。太谷行きのチケットを購入してバスに乗車する。太谷までは15元だ。

平遙→太谷のバスバスは07:20発、太谷経由の晋中(楡次)行きだが時間になっても発車しない。時刻表通りに運行されない中国では遅れるのはいつものことだ。07:40頃、20分遅れでようやく発車する。

太谷汽車站

太谷汽車站09:05頃、太谷に到着するがバスターミナルには入らないので太谷汽車站近くで下車する。

太谷汽車站時刻表太谷汽車站の時刻表を確認しておくがバスは少ない。まあ、国道で待っていれば太原や平遥行きのバスがいくらでも通るので利用価値は低いだろう。

バス停太谷汽車站前のバス停からT01路のバスに乗車して県城へ向かう。運賃は1元で、09:50頃、購物中心のバス停で下車して徒歩5分ほどで無辺寺に到着する。入場料は太谷鼓楼とのセットで25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

無辺寺

無辺寺無辺寺は県城の南寺街に位置しており、元は白塔村と呼ばれており、北周の建徳6年(557)に徒県が置かれていた。言い伝えでは「先有白塔村、后有太谷城」(先に白塔村があり、後に太谷城がある)と言われている。

無辺寺無辺寺の創建は西晋の泰始8年(272)で、無辺寺の名称は「仏法無辺」の意味から名付けられた。寺には白塔があり北宋の治平年間に修復され、「普慈寺」と改額される。北宋の元祐5年(1090)にも修復が行われ、現在の塔は宋代の風格を留めている。元、明、清代に修復が繰り返され、清の光緒年間の修復で旧名の「無辺寺」に戻る。

無辺寺境内は静かで観光客は少ない。僧侶はおらず管理人が住んでいるようだ。寺と言うより博物館になっている感じだ。

「亮剣」の撮影地そして、寺を出るとこんなプレートを見つける。この寺は伝説の抗日ドラマ「亮剣」の撮影地であった。「亮剣」はドラマに出てくる日本兵が全て日本語を話していることになっているのだが、その日本語のクオリティの酷さから一部の日本人にも知られている。10:40頃、無辺寺を離れ鼓楼へ向かう

太谷鼓楼

太谷鼓楼10:50頃、太谷鼓楼に到着する。陝西旅游年票を使い入場料は無料だ。

鼓楼の創建は明の万歴43年(1675)になり、清の康熙21年(1682)、乾隆26年(1761)、光緒34年(1908)などで修復がされてきた。現存する鼓楼にも明末清初の風格が残されている。

建物はかなり傷んでいるが当時の状態が留められているので歴史を感じさせる。

太谷鼓楼周辺周辺は古鎮の太谷古城として町おこしで売り出し中のようで観光開発が始まりつつある。現時点では古い街並みが残っているのだが5年後は土産物屋とレストランが建ち並んでいる可能性がある。

太谷鼓楼周辺古い街並みはカオス度が高いのだが、それが田舎の古い街並みの雰囲気を引き立てているともいえる。11:10頃、太谷鼓楼を離れる。

孔家大院(孔祥熙宅園)

孔祥熙宅園11:15頃、孔家大院の孔祥熙宅園に到着する。入口だけ見て終了。

刀削麺

刀削麺イスラム食堂で昼食に刀削麺(7元/約140円)を食べる。山西省といえば刀削麺が名物の麺料理だ。刀削麺と一口で言っても麺を削る料理人の腕で削り具合、太麺から細麺まで様々にある。この店は他の店より細目の麺が特徴だ。お好みで唐辛子とお酢を入れて食べます。

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)11:55頃、T06路のバスに乗車する。運賃は1元、12:10頃、終点の三多堂(曹家大院)に到着する。入場料は72元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

三多堂(曹家大院)三多堂は太谷県城の南西5kmにある北洸村に位置しており、曹家大院とも呼ばれ、明、清代の豪商の太谷曹家の堂名である。三多堂の三多は邸宅内にある多子堂、多寿堂、多福堂を指している。三多堂の建設は明末清初になり邸宅には部屋数は277部屋になり、壁は厚く楼は高く砦の様になっている。

三多堂(曹家大院)太谷曹家は明末期から明国26年(1937)、約300年間に国内外大小640余りの酒造、運送、金融などを展開していた。大半は中国であるが、東京、パリ、ロンドン、モスクワなどにも進出していた。国内資産は1200万テールになり、37000人以上を雇用していた晋商の筆頭である。

三多堂(曹家大院)しかし、清朝末期の1900年に国立銀行が設立され票号といった銀行に相当する民間金融業が衰退し曹家も損失を出す。

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)そして、張作霖などの軍閥台頭により曹家は東北部での財産を失い、日中戦争により日本軍が太谷を占領し曹家の繁栄は終わる。最終的には日本軍が曹家の家財を運び出していったという事です。

三多堂(曹家大院)三多堂は曹家の財力を物語っており広大な敷地に砦のような楼閣、分厚い壁で邸宅が囲まれている。

三多堂(曹家大院)建物内には古民家の家具が展示されており、収蔵点数はかなり多い。家財は日本軍が運び出したとなっているので、周辺から買い集めて展示しているのだろうか?

三多堂(曹家大院)

三多堂(曹家大院)で、ここも抗日ドラマの「亮剣」の撮影地になっていました。ここは山西省だから晋綬軍が戦っていた場所ですね。

14:00頃、三多堂を出て約1km北の国道108号へ向かう。14:15頃、国道108号に出て平遥方面のバスを待つ。しばらくして霊石行きのバスが通るが空席だらけなのに運ちゃんに無視される。14:40頃、平遥行きのバスに乗車、運賃は15元だ。15:30頃、平遥汽車站に到着するがボリタクの運ちゃんがしつこい。古城まで徒歩10分位なのに何でボリタクに乗る必要があるんだよ!ボリタクを回避して平遙駅へ向かう。15:45頃、平遙駅で明後日の太原南行きの切符を受け取る。

大碗麺

大碗麺16:00頃、駅前の食堂で大碗麺(5元/約100円)を食べる。注文を受けてから製麺機で麺を作り鍋へ麺を投入。手で引っ張って麺を作るのではないので拉麺ではない。まあ、日本のラーメン屋もほとんどは業者から生麺を仕入れているわけだし、これは自家製生麺といったところかな?おそらく醤油系のスープでトッピングに卵が乗っかっている。味玉付きといったところかな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17元
バス 15元 平遥→太谷
バス 15元 太谷→平遥
バス 2元 路線バス
合計 49元

平遥古城散歩

平遥古城07:20頃、平遥古城の散策に出かける。今日は遠出せずに古城内を歩く。喬家大院も考えたが大院はお腹いっぱいといった感じで次の機会に・・・。

平遥古城この時間だと店は閉まっているが観光客は結構外を歩いている。城壁に上れる南門は団体の観光客がかなり集まっておりやかましい。

平遥古城このまま10月の国慶節までは観光シーズンで賑わっているのだろう。朝食と昼食は昨日購入しておいた饅頭で乗り切る。

木耳鶏蛋蓋麺

木耳鶏蛋蓋麺夕飯は行きつけのイスラム食堂で木耳鶏蛋蓋麺(10元/約200円)を食べる。スパゲッティの親戚とも言える蓋麺。キクラゲと卵にピーマン、玉ねぎを加えて炒め麺の上に乗せている。キクラゲの食感が最高!

いつもの通り西門を通るが城壁に立ち小便の跡が・・・。世界遺産に立ち小便とは恐れいった。やはり武警を警備につけて中国の宝でもある平遥古城保護のためにおサルさんを駆除するのが一番のような気がする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10元
合計 10元

関羽の故郷・山西省運城 三国志遺跡 解州関帝廟と常平関帝廟

山西省旅行記2015

解州関帝廟

関羽像07:00頃、12路のバスで運城駅へ向かう。運賃は1元、07:10頃、運城駅到着。まず、駅前の黄金関羽像を撮影。07:25頃、駅前から11路のバスで解州関帝廟へ向かう。おばちゃんに運賃4元支払い、08:15頃に到着。

解州関帝廟解州関帝廟の入場料は60元だがctripで予約しておいたので1割引の54元だ。

解州関帝廟解州関帝廟は隋の開皇9年(589)に創建され歴代王朝により修復と増築がされてきた道教建築の廟である。「関廟之祖」「武廟之冠」「関帝祖廟」とも称されており、現存する建築物は明、清代の物になる。

解州関帝廟天井には色々と額が収められていたりもする。

解州関帝廟牌坊も立派であるが少し傷みがあり歴史を十分に感じさせる。

解州関帝廟四大関帝廟(洛陽関林、当陽関陵、常平関帝廟、解州関帝廟)の一つとして三国志聖地としての重要度は非常に高い。

解州関帝廟朝の開門直後の時間帯だったので境内は比較的静かであるが、既に団体客がいるので近づいてくるとやかましいので団体客から離れて見物する。

解州関帝廟やはり土日を避けておいて正解であったようだ。平日でも朝から団体客がいるとなると土日に突撃したら大変なことになっていたであろう。

解州関帝廟さすがに三国志聖地だけのことはあり境内は広い。一部建物で修復工事が行われており見物不可になっていた。そして、殿内は全て撮影不可でおばちゃんが目を光らせている。なので、関羽像は眺めるだけ・・・。

解州関帝廟崇寧殿には乾隆帝が欽定した「神勇」の額がある。09:30頃になると観光客で混雑し始める。平日でも解州関帝廟には多くの観光客が訪れるようだ。10:10頃、解州関帝廟を出る。

10:25頃、11路のバスに乗車し運城駅へ向かう。運賃は4元だが、おっちゃんに5元札で支払うと釣り銭1元出さずにスルー。地元民のおばちゃんがおっちゃん呼んでくれて釣り銭1元取り戻すが余所者だから仕掛けたのか?田舎は油断できない。いや、中国人でさえ騙される中国だから油断できない。

運城関王廟

運城関王廟11:10頃、運城の街中で降りて池神廟の北にある21路のバス出発点を目指すが目の前に寺院が見えてきたので寄ってみると運城関王廟に到着。運城には関帝廟以外に関王廟まであった。関王廟の名称なので明代あたりに建立された古い廟である事が伺える。

運城関王廟は元代に創建され明の正徳5年(1510)から正徳7年(1512)にかけて拡張された。明の嘉靖34年(1555)に地震により倒壊し、万暦25年(1597)に巡塩御史の呉楷偕により再建される。

運城関王廟工事中であったが見物はできるので山門通り境内へ。廟の規模は小さく各所で工事中であった。奥に碑亭があり石碑がある。

運城関王廟壁画もあり文醜が斬られる場面とかがある。

常平関帝廟

11:25頃、関王廟を離れ、11:35頃、池神廟のバス停と運城二中のバス停の間で21路のバスに乗車。11:45頃に発車し、おばちゃんに運賃2.5元払う。12:15頃、常平関帝廟に到着する。入場料は30元だがctripで予約しておいたので1割引の27元になる。

常平関帝廟しかし、ここは中国でイベントは突然発生する。観光客のおっちゃんが常平関帝廟の門前でタバコの箱をポイ捨てした。

常平関帝廟目を疑う光景である。中国人が関帝廟の前でポイ捨てをしている。しかも、四大関帝廟ともいわれる常平関帝廟の門前だ。そして、タバコを吸っている。中国では文化財でタバコを吸うのは大丈夫なのか?

きっとおっちゃんたちは中国人ではないな。昨日の舜帝陵にいた服を着たおサルさんたちの仲間だ。共産党の飼育係の方々にはもっと頑張ってもらいたいのだが、天津港の倉庫爆発でおサルさんたちの調教どころではないのであろう。

常平関帝廟常平関帝廟は常平関帝祖祠、関羽家廟などとも呼ばれており、運城市の南西12kmの常平郷常平村に位置しており、この常平が関羽の故郷とされ関羽だけでなく関羽の祖先も祀られているのが最大の特徴である。

解州関帝廟とは8kmの距離になる。文献によれば常平関帝廟は隋初期に創建され創建時は常平関帝祖祠であったが金代になると廟の字が使われ始める。歴代王朝により修復と拡張が繰り返され、明の嘉靖34年(1555)以来、16度の修復と増築が行われており、現存する建築物の多くは清代の物になる。

常平関帝廟立派な牌坊があり雰囲気を盛り上げてくれます。

赤兎馬そして、山門には赤兎馬像があります。でも、これは新しそうな感じが・・・。

常平関帝廟境内にはいくつもの殿があり関羽や関平、関興の像もありますが、ここも殿内は撮影禁止でおばちゃんたちが目を光らせております。

常平関帝廟唯一撮影出来たのが碑廊にあった関羽像だけでした。

巨大関羽像

関帝聖像景区13:20頃、常平関帝廟を出て、常平関帝廟の南にある巨大関羽像へ行ってみることにする。

関帝聖像景区20分ほど歩くと関帝聖像景区に到着。入場料は30元のテーマパークになっているが周辺には開発途中で放置された建物が多数あり廃墟というか鬼城の気配がする。景区自体も建物が傷んで営業しているのか怪しかったが人や馬がいたので営業はしているようだ。

鬼城とりあえず景区周辺を探索するが開発途中で放置された廃墟が痛々しい。

鬼城これはどう考えても開発失敗だろう。

巨大関羽像

巨大関羽像巨大関羽像の裏手の山に関帝祖塋(関羽の祖父の墓)があるようだが、暑さで山を登る気が起きない。他の観光客と同じように巨大関羽像を拝んで、14:35頃、21路のバスに乗車する。運賃は2.5元、15:00頃、池神廟と運城二中の発着点に到着。15:10頃、9路終点の鐘楼小区で9路のバスに乗車。運賃は1元、地鉱大楼へ移動してユースホステルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
バス 14元 路線バス
解州関帝廟 54元
常平関帝廟 27元
合計 103元

司馬温公祠

運城東バスターミナル07:30頃、9路のバスに乗車、運賃は1元、08:15頃、終点の東バスターミナルの東客運站に到着するが運用されておらず無人であった。建物は完成しているのになぜ運用されていないのだ?

再び9路のバスに乗車して禹王閣近くの摩托街のバス停で下車して禹都停車場へ。今日は司馬温公祠(司馬光墓)を目指すのだが運城の北にある夏県の水頭鎮と禹王郷の間に司馬光墓はある。

下晁行きのバスまず、バスを探さないと行けないのだが、まずは夏県行きのバスに乗車かなと思ったら、禹王という表示のある下晁行きのバスがあったので運ちゃんに司馬温公祠へ行くか聞いてみたら近くの司馬村を通るという事で、09:00頃、禹都停車場から下晁行きのバスに乗車する。車掌の兄ちゃんに話だと司馬で公交車(路線バス)に乗り換えて司馬温公祠へ行けるということであった。

司馬村のバス停09:10頃バスが出発、司馬まで運賃は7.5元だ。かなりの田舎道をバスが走り、09:50頃、省道232号とのT字路で降ろされる。目の前にバス停があり司馬村に到着。ここから路線バスで行けるようだがGPSを確認すると司馬温公祠まで直線距離で約1.6kmなので歩いていくことにする。省道232号を西へ歩いていくと6路の水頭(水头)-夏県(夏县)のバスとすれ違う。どうやら夏県から6路のバスで行けるようだ。

司馬温公祠の標識15分ほど歩くと地元民が道路脇で西瓜や葡萄などの農産物の販売をしている。どうやら観光地が近いという印だろう。道路脇に司馬温公祠の標識が見えてきた。

小晁のバス停10:15頃、省道から司馬温公祠の分かれ道に到着。ちょうど目の前には小晁のバス停があり、夏県から6路のバスでも来られる。司馬村のバス停から徒歩でも十分来られるがトレーラーやトラックの行き来が激しいの注意していないと轢き逃げされそうだ。

司馬温公祠入口分かれ道の所に司馬温公祠と書かれた石が置かれているので見落とすことはないだろう。

道路で干されるトウモロコシ司馬温公祠までの道は地元民たちが収穫したトウモロコシを干している最中であった。

司馬温公祠10:25頃、司馬温公祠に到着する。

司馬光像入口の前にある広場には司馬光像がある。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

司馬温公祠司馬光(1019-1086)は陝州夏県涑水鄉(現在の山西省夏県小晁村)の出身で涑水先生とも称され歴史家で「資治通鑑」の編者として知られ、仁宗、英宗、神宗、哲宗の4人の皇帝に仕え北宋の宰相を務めた人物である。

司馬温公祠故事も多数残っており「破瓮救友」(水瓶の中に落ちた子供を救うために石で瓶を割って救う話)は有名で日本でも知られている。この故事は小学生ぐらいの時に学校で習った覚えがあるが今でも習うのかな?死後に温国公の爵位が追封され司馬温公とも呼ばれ、祠も司馬温公祠と呼ばれている。司馬温公祠は司馬光ら一族が祀られた温公祠堂と墓のある墓区に分かれている。

司馬温公祠司馬光は中国ではかなり有名な人物なのだが観光客は少なく静かだ。解州関帝廟や常平関帝廟は観光客が多かったが、司馬光の知名度からしても司馬温公祠は穴場と言ってもいいかもしれない。奥にある温公祠堂には司馬光だけでなく一族の像が祀られているが撮影禁止でおばちゃんが目を光らせている。

司馬光墓

司馬光墓牌坊墓区の入口には牌坊があり通ると碑亭が見えてくる。

司馬一族の墓墓区には司馬光の親族の墓碑が並んでいる。ここは司馬光だけでなく司馬一族の墓になっているようだ。

司馬光墓神道司馬光墓はきちんと整備され神道もある。

司馬光墓石像綺麗に整備はされているが石像は古く風化しており歴史を感じさせる。

司馬光墓神道の奥に墓が3つあるのだが司馬光墓は真ん中ではなく左側の墓であった。

司馬光墓碑墓碑は新しくごく最近の物のようだ。12:15頃、司馬温公祠を離れる。12:40頃、小晁のバス停から6路のバスに乗車し夏県(夏县)へ移動。運賃は4元で、12:55頃、夏県に到着し終点で降ろされる。

とりあえずスマホで高徳地図を確認する。目の前の東西に伸びる通りが東風西街のようなので東へ歩いて行くと夏県の公安局と人民政府の前を通り過ぎる。地図は間違っていないので、そのまま東へ歩くと県城で最初の信号に当たる。ここで右(南)へ曲がり新建南路を南へ歩くと、13:15頃、運城行きのバスが停車しているのを見つける。鼓楼超市の向かいが発着点になっているようだ。

炒飯運城へ戻るルートが分かったので近くの食堂で昼食に炒飯(7元/約140円)を食べる。
13:45頃、鼓楼超市近くで運城行きバスに乗車。13:50頃、バスが出発、運賃は7元、途中で客を乗せながら運城へ。14:30頃、禹都停車場に到着、12路のバスに乗車して地鉱大楼のバス停で降りユースホステルへ戻る。運賃は1元。

酸菜肉絲麺

酸菜肉絲麺夕飯は近くの食堂で酸菜肉絲麺(8元/約160円)を食べる。酸菜肉絲麺は麺の上に酸菜(漬物)と肉絲(ひき肉の炒めもの)が乗っており、牛肉麺(蘭州拉麺)と並び中国を代表する麺料理である。インスタントラーメンやカップ麺でも酸菜麺が各社から発売されているほどの定番麺料理だ。夜に12306.cnで28日の運城→臨汾の切符を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
鉄道 18.5元 硬座 運城→臨汾
バス 8元 路線バス
バス 7.5元 運城→司馬
バス 7元 夏県→運城
合計 59元