安徽省亳州 三国志遺跡巡り・曹操の故郷

安徽省旅行記2015秋

河南省を離れる

07:40頃、ビュッフェ式の朝食を食べる。昨日は気づかなかったが他の客がお代わりしているの自分もお代わりだ。ただし、自分は大量に食べるので服務員のおばちゃんに気付かれないようにこっそりとモヤシの炒め物とかを大量に皿へ盛る。これで夕方までのエネルギー源を確保。

09:00頃、ホテルをチェックアウトしてバスターミナルへ移動する。今日は河南省を離れ曹操の故郷である安徽省亳州へ移動する。鉄道でも行けるのだが亳州行きの列車は全て商丘南駅からの発車になっているので、商丘駅から路線バスで移動しなければならないし、商丘南駅は途中駅なので乗車バトルも待っている。それに亳州まで70kmくらいしか離れていないので駅での待ち時間を考えるとバスで行った方が楽だし早く到着する。運賃は高いけど・・・。

商丘→亳州

09:30頃、商丘駅前の商丘中心汽車站に到着。09:40発、亳州行きのバスチケットを購入、バスは20分に1本なのでバスの本数は心配ない。運賃は24元、購入時に身分証確認がありパスポートを提示。09:35頃、バスが到着して乗車、09:40に発車。途中で客を乗せたりするが半分ぐらいしか埋まらない。

11:15頃、亳州客運西站に到着。とりあえずバス情報確認するが豪州から西へのバスが出ているようだ。。

客運西站の隣が路線バスの発着場になっており、ここから市内へ移動となる。亳州駅へは10路、15路のバスで移動可能だ。17路のバスで予約してあるホテル近くの市政府東門のバス停を目指す。ちなみに17路のバスは曹操公園にも行く。11:40頃、17路のバスに乗車して市内へ向かう。

新貴都城市酒店

12:15頃、市政府東門でバスを降りて3分ほど歩いてQunar.comで予約しておいた新貴都城市酒店に到着するが市政府の東隣で外観が立派すぎるし4ツ星ホテルであった。

どう考えても場所からして金持ちと党幹部御用達で貧乏バックパッカーには縁のないホテルだ。でも、ここぐらいしか外人OKの中で条件に合うところが無かった。ここは外人OKの宿なのだがQunar.comには一度騙されてホータンで酷い目に遭っているからな・・・。

レセプションで予約確認書を見せて登記をする。パスポートはコピー取ったり公安に届けたりするようで一時預かりで後で取りに来てという事になる。追い出されず外人OKであった。

部屋は1泊138元で3泊する。めちゃ高いのだがQunar.comから1泊につき30元のキャッシュバックがあるので実質108元になる。部屋は1人部屋で広めだ。テレビや電気ケトルがあり標準的な設備だ。Wi-Fiはパスワードかかっていないが速度は問題なし。

トイレ・シャワーは、ちょっと狭めだが問題なし。ただ扉が木製なので湿気にやられている。水回りの扉はプラスチックにするのが一番いいと思うのだが・・・。13:25頃、ホテルを出て曹操公園へ向かう。

曹操公園

13:35頃、曹操公園に到着。

公園内の魏武祠(曹操紀念館)を見物するのだが、まずは曹操像が巡礼者をお出迎えしてくれる。

魏武祠

魏武祠の入場料30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

曹操を祀った祠であるが資料館になっている。もちろん曹操像があり参拝できるようになっている。やはり曹操の地元だけはあり曹操像にはかなり力が入れられている。

曹四孤堆

続いて同じ曹操公園内にある曹四孤堆を探す。辟邪の像があったのですぐに見つかる。神道が整備されて墓として整備されている。

ここは曹氏の墓が4つ残っている。誰の墓かは分からないが曹氏一族の墓であることには間違いない。14:35頃、曹操公園を離れ魏武大道を北へ歩き曹操家族墓へ向かう。

曹操家族墓(張園漢墓)

14:50頃、曹操家族墓(張園漢墓)に到着。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

曹氏の墓であるが度重なる盗掘にあっており墓主は未確定のままのようだ。墓の周辺を整備中で資材が大量に運び込まれていた。

地下の墓室が開放されているので見物するが湿気がかなり溜まっており蒸している。

墓室には何も残っていないが墓室の扉に龍虎図などが残っている。15:10頃、曹操家族墓から曹騰墓へ向かう。

曹騰墓

15:20頃、曹騰墓に到着。入場料20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

曹騰は曹操の祖父になる。祖父といっても宦官なんですけどね。

ここも地下の墓室が公開されている。

奥の墓室には玉衣の複製品が展示されている。15:40頃、曹騰墓を離れる。

亳州市客運站が閉鎖されていた

16:00頃、亳州市客運站に到着するが閉まってる。でかい案内板を読むと2015年10月18日で市内4カ所のバスターミナルが一斉に閉鎖されている。運営されているのは臨時客運南站、客運西站、客運東站の3つになる。

時刻表が出ていたので撮影しておく。これは南バスターミナルの臨時客運南站の時刻表。南、南東、南西へのバスが運行されている。

こちらは西バスターミナルの市客運西站の時刻表。西、北へのバスが運行されている。

こちらは東バスターミナルの市客運東站の時刻表。東、北東へのバスが運行されている。

これは豪州の路線バスの運行図。バスターミナルが大幅に変更されたので路線バスも変更されている。

東観稼台

閉鎖された亳州市客運站の近くに東観稼台があるのだが、高徳地図で確認しながら行くと民家の立ち並ぶ区画に到着。そのまま奥へ行こうとすると地元民のおばちゃんたちが「过不去」と言っている。通り抜け不可のようだ。

おばちゃんたちにスマホみせて「ここに行きたいんやけど」と聞いてみるが、おばちゃんたちの後ろにある石碑は・・・。16:15頃、東観稼台に到着。

「これ!これ!」と騒いでいたらおばちゃんたち退いてくれて写真を撮らせてもらうがゴミが凄いことになっている。東観稼台は曹操が屯田制を敷いた時に監督していた場所なのだがゴミだらけになっているとは・・・。

蒜苔肉絲蓋麺

夕飯は近くのイスラム食堂で蒜苔肉絲蓋麺(12元/約240円)を食べる。蒜苔(ニンニクの芽)と牛肉、赤ピーマンの炒め物を麺に乗せた中華スパゲッティだ。

夜はチャイナ・ユニコムの携帯通話料を100元チャージしておく。ネットでチャージなので1.5元割引だ。基本料金は毎月8元なので、これで1年分の基本料金は払い込んだことになる。それと合肥での宿も予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 12元
宿泊費 418元 1泊138元×3(Qunar.com)
宿泊費 16.8元 予約金:合肥万能国际青年旅舍
バス 2元 路線バス
バス 24元 商丘→亳州
携帯通話料 98.5元 100元チャージ
合計 571.3元

亳州駅

07:40頃、2Fの餐庁でビュッフェ式の朝食を食べるが何やら種類が豊富だ。今までで一番豪華な朝食だカメラ部屋に置いたままだ!明日はカメラ持参だ。部屋に戻り12306.cnで明後日の合肥行きの切符を購入して、08:40頃、ホテルを出て徒歩で亳州駅へ。

09:00頃、亳州駅に到着。駅前の曹操像の前にはバスターミナル閉鎖などの案内が設置されている。昨日、閉鎖された亳州市客運站にあったのと同じ内容だ。もう一度読んでみると2015年中に新北バスターミナル、新南バスターミナルが着工のようだ。そうすると新バスターミナルが完成すると路線バスにも大幅な変更があるということだな。

この案内看板があるおかげで駅前の曹操像は暫くの間は撮影不適だな。春節の後に撤去されるか、それとも地元民の破壊で無くなるのが早いか?まあ、しばらくは撮影の邪魔になるな。曹操像の次は切符売場へ行き5分ほど並んで21日の合肥行きの切符を受け取る。これで移動の準備は整った。

魏武故里

09:20頃、1路のバスに乗車。運賃1元、09:30頃、工会大楼で下車し、人民路を東へ。天気予報では曇りなのだが雨が降ってきた。天気予報はあてにならない。

建安路まで来ると目印の建安小学が見えてきた。近くには建安路口のバス停があり亳州駅から10路のバスで到達可能だ。建安小学の脇の路地を進むと柵に囲まれた銀杏の古木が見えてきた。

09:50頃、魏武故里に到着。

魏武故里は曹操の邸宅址になり、現在は2本の銀杏の古木が残りお参りできるようになっている。曹操ファンの巡礼地の一つである。地元民の視線を浴びるので、10:05頃、魏武故里を離れ八角台へ向かう。

八角台

10:30頃、八角台に到着するが公園建設予定地になり壁に囲まれ封鎖されていたが裏側は壁がなく入れるようになっていた。

しかし、文物保護単位の石碑周辺はゴミの不法投棄地になりウンコ地雷が多数仕掛けれていた。なぜここでウンコするのだ?ここだと壁があっても周囲からケツ丸見えだぞ!曹操に恨みでもあるのか?10:35頃、八角台を離れる。

白衣律院

11:00頃、交通路と魏武大道の交差点近くの歩道で華佗像を発見する。何故こんな所に華佗像があるのだ?

近くに白衣律院という寺があるので見物していく。白衣観音が祀られ地元民がお参りに来ている。

白衣律院は白衣庵とも呼ばれ、中国四大律院のひとつである。清の順治6年(1649)に僧侶の尽休により創建され、乾隆25年(1760)に豪商の董氏の寄付により拡張され、民国時期の戦乱により寺は荒廃し現在に至る。現在は観光開発により各所で工事が行われている。11:30頃、白衣律院を離れる。

曹操運兵道

11:55頃、人民路の曹操運兵道に到着。入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で入場券を受け取る。

まずは譙望楼を見物。譙望楼は曹操が建設した楼閣だが曹操運兵道の近くに復元されている。

この譙望楼の地下から曹操運兵道へ入れるようになっている。曹操運兵道は後漢末期に建設が始まった地下道で伝説では曹操が建設したとされている。この地下道は発見されているだけで長さ6km近くになり約700mが修復され公開されている。通路が塞がれている部分もあり、この先が未修復の部分のようだ。地下道からは漢唐宋の各時代の剣、陶器、古銭が出土している。13:00頃、曹操運兵道から華佗庵へ向かう。

華祖庵

13:15頃、華祖庵に到着。入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

華祖庵は華佗廟とも呼ばれ、華佗を祀った廟である。

創建は唐宋時期に何度かの修復を繰り返して、現在は華祖庵、華佗故居、碑園、古薬園、中医薬文化博物館が一体となった華佗テーマパーク?になっている。14:00頃、華祖庵を離れる。

南京巷銭庄

14:20頃、南京巷銭庄に到着。入場料は40元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

南京巷銭庄は清の道光5年(1825)に建てられ最も保存状態の良い古銭庄である。銭庄は銀行のような金融機関になる。

花戯楼(大関帝廟・張飛廟)

14:40頃、南京巷銭庄を離れ、14:45頃、花戯楼に到着。入場料は60元だが陝西旅游年票を使い無料で入場券を受け取る。

花戯楼は大関帝廟、張飛廟、岳飛廟、朱公書院、火神廟からなる。正直言って名称からして戯楼だから見てもつまらないだろうと思っていたら大関帝廟と張飛廟があるので急に面白くなってきた。

張飛廟

張飛廟の前身は蘇公祠であり、清の康熙57年(1718)に創建され、元々は知州の蘇灝を祀る廟であった。光緒9年(1883)に肉屋たちが資金集め蘇公祠を修繕し会館としても使用した。肉屋は張飛を始祖としていたために殿内に張飛像が祀られ徐々に張飛廟へと変わっていった。

ここの張飛像は金色で張飛っぽくない。

張飛廟の脇では華佗が祀られている。

大関帝廟

大関帝廟は山陝会館とも称され、清の順治13年に山西省と陝西省の薬商たちが資金を出し創建され350年以上の歴史を持つ。

山門は他の関帝廟とは違い石造りだ。

大関帝廟の関羽は珍しく春秋を読んでいない。

大関帝廟の山門の裏手が戯楼の花戯楼になっている。

岳飛廟

大関帝廟の隣にあるのが岳飛廟。16:00頃、花戯楼を離れ、16:20頃、華祖庵近くの新東方商城のバス停から5路のバスに乗車。運賃1元、市政府で下車してホテルへ戻る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
鉄道 50.5元 硬座 亳州→合肥
バス 2元 路線バス
合計 58.5元

ビュッフェ式朝食

07:30頃、餐庁でビュッフェ式朝食を食べる。種類が豊富なので皿に色々と盛って食べまくります。普段は肉なんて滅多に食べられないので肉多めに食べます。

で、まだ食べ足りないのでお代わりです。これでも足りないのですが食べ過ぎると追い出されてしまうのでこの辺でやめておきます。とりあえず朝食を食べたので出発準備です。

亳州博物館

09:15頃、亳州博物館を訪れる。入場料無料でパスポートを提示して見物。

館内には曹操たちの像があり曹操ファンのための博物館である。

曹操たちの胸像に目がいってしまうが、亳州博物館の一番の目玉は曹操の父親である曹嵩の銀縷玉衣であろう。他にも曹操家族墓群からの出土品が多数展示されている。

10:20頃、市政府のバス停から2路のバスに乗車。運賃1元、太平橋で下車。橋を渡り公園へ向かう。

湯王陵

10:45頃、湯王陵公園に到着。公園内を歩いて湯王陵に到着。

湯王陵は湯王墓とも呼ばれ伝説では湯王の衣冠塚と伝えられている。成湯は商の首領であったが夏王朝を滅ぼし商王朝を建てた。湯王陵は明の嘉靖23年(1544)に建立され幾度も破壊と修復を繰り返し現在に至る。

陵墓の墓碑には商成湯王陵と刻まれている。公園内にあるという事もあり地元民の憩いの場になっており犬が走り回ったり、子供の遊び場と化かしている。なので、子供が石碑の亀頭にまたがっていたり、老人が背中を亀頭でグリグリしていたりと遊具や健康器具として使われており、ガキや老人がいなくなるまで撮影できず。衣冠塚といえども、あの世で湯王は自分の墓が遊具や健康器具として利用されているとは思っていないだろう。

陵墓には民国時期の石碑、清の乾隆36年の石碑ともう一つ清代の石碑がある。11:30頃、湯王陵公園を出る。

ウォルマート

12:20頃、魏武大道の魏武広場脇にあるウォルマートに寄る。

ここで品質保持期限が迫り処分品になっていた梨汁飲料470ml(1.5元/約30円)を購入。亳州で4つ星ホテルに泊まっていても基本は貧乏人なので処分品とかの安物しか購入できない。

鶏蛋炒飯

夕飯はイスラム食堂で鶏蛋炒飯(6元/約120円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 7.5元
バス 1元 路線バス
合計 8.5元

河南省商丘 商丘古城

河南省旅行記2015秋

開封→商丘

11:40頃、ユースホステルをチェックアウトする。3泊したけど10人ドミトリーを1人で占領してしまった。供水総公司のバス停から4路のバスに乗車。開封駅まで1元だ。

12:15頃、開封駅に到着。入口で切符と身分証の確認あるが駅員はパスポートの中身確認せず。外人相手にするのは面倒なのか見なかった事になっているようだ。続いて手荷物のX線検査を済ませて待合室へ。

今日は13:53発、洛陽→商丘の4714次で商丘へ移動する。席は硬座、運賃は18.5元、約2時間の乗り鉄だ。午前中にも商丘への列車があるのだが、特快や快速でなく数字4桁の普快は外せないだろう。しかも、洛陽→商丘という微妙な運行区間では地元民しか乗車しないだろうから尚更乗車しておかなくては!

1時間半ほど待機になるが隣のガキは又割れズボンでチンコとケツ丸出し。ウンコや放尿イベントの可能性があるので要警戒だ。

13:12頃、イベント発生。ガキが目の前で放尿しやがった!五千年の歴史を誇る中国のイメージが崩壊していく。孔子や孟子たちが築いた中国は何時からこんな国になってしまったのだ。

これでは欧米人たちがサル扱いするわけだ。まあ、日本もタバコのマナーが悪いからサル扱いされるけど、さすがに駅でガキの放尿はないわな。週末に酔っぱらいがゲロ吐くのはあるけど。

13:45頃、改札が始まりホームへ移動。列車が入線してきて乗車バトルに突入だ!

乗車バトルに参戦する気はないので行先票を撮影しておく。行先票を見るとウルムチ南と表示されている。どうやらウルムチ南が本来の運行路線で洛陽-商丘は時間調整の運行という感じかな。

で、乗降口は相変わらずのカオス状態。一列に並べよ!乗車すると通路に無座の乗客が溢れ、荷物棚には肥料袋で農民工列車であった。カオス度の高い車内で自分の座席へ行くにも一苦労だ。幸い荷物棚は空いており荷物置き場は確保。13:53に定刻通りに列車が発車する。

商丘

15:45頃、終点の商丘駅に到着。商丘駅は東西南北から隴海線京九線が交差する交通の要衝なのだが高速鉄道の鄭徐旅客専用線が建設中で駅舎が大改造中だ。

現在の駅舎はかなり傷んでいるので高速鉄道開業となれば新駅舎が出来るだろうから便利になるだろう。

駅前で路線バスの確認をしておく。16:00頃、駅の南西にあるeLongで予約しておいた宿へ向かう。

商丘凱旋大酒店

16:20頃、バスターミナルの商丘汽車総站の斜め向かいの商丘凱旋大酒店に到着する。レセプションで予約確認書を見せて、まずは登記するがレセプションのお姉ちゃんとおばちゃんは外国のパスポート見たこと無いようで3カ所に電話して確認している。派出所に登記しに行く必要があるからパスポートのコピー取るため一時預かりという事になる。まあ、Qunar.comでは外人OKになっていたし。

部屋は1泊106元の標準間に2泊する。正直言って高いし、部屋広くて設備過剰だ。

駅前で農民工用の招待所とかで節約というのも手ではあるが最近は公安が厳しいので突撃するのも面倒だ。

部屋の設備はテレビ、電気ケトル、電話、トイレ・シャワーだ。部屋は無駄に広く半分以下の広さでもまだ広い。

16:45頃、おばちゃんが部屋までパスポート返却しに来てくれた。登記は無事完了である。

番茄鶏蛋蓋麺

夕飯はイスラム食堂で番茄鶏蛋蓋麺(10元/約200円)を食べる。麺の上にトマトと卵焼きが乗っている。トマトが多めだ。

ウォルマート

商丘にもウォルマートがあり立ち寄ってみるが客が少ない。どうも儲かっているようには見えない。

で、売上貢献のためにウォルマートのPB品のビールを購入。ライチビール330ml(1.5元/約30円)だがライチ果汁は入っていない。

桃ビール330ml(1.5元/約30円)

パイナップルビール330ml(1.5元/約30円)

これもパイナップルビール330ml(1.5元/約30円)だが、こちらは2007年に旅した時に既に見かけたデザイン。いづれのビールもアルコール度数が0.6-2.5%で低い。ちなみにペプシコーラ330ml缶は1.9元で売られていた。コーラよりビールが安い。

魚香茄子蓋麺

食べ足りないので魚香茄子蓋麺(12元/約240円)を食べる。魚香茄子のナスが美味い!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 28元
宿泊費 212元 1泊106元×2(eLong)
バス 1元 路線バス
合計 241元

商丘汽車総站

07:30頃、餐庁で朝食を食べる。珍しく朝食付きだったので有り難い

08:20頃、ホテルの斜め向かいの商丘汽車総站を訪れる。バスの時刻表を確認しておく。駅前の中心汽車站と汽車総站の時刻表があり、毫州行きのバスが出ているの中心汽車站になる。汽車総站は長距離もあるが近距離がメインのようだ。

こちらは汽車総站の時刻表。

こちらは駅前の中心汽車站の時刻表。

商丘古城

08:30頃、ウォルマート前から1路のバスに乗車して商丘古城の北門へ向かう。運賃1元、08:55頃、終点の北門口で下車する。

商丘古城は帰徳府城とも呼ばれ明の正徳6年(1511)に建設が始まり、城郭、城河、内城が保存され500年の歴史を持つ。現在ある南城壁は唐代の北城壁になり千年以上の歴史を持つ。

古城を通り南門を通り抜けて、09:30頃、南湖にある游客服務中心に到着。ここで古城内や周辺観光地のセット券を購入するのだが陝西旅游年票を使い100元の通票(セット券)を無料で受け取る。

八関斎

09:40頃、八関斎に到着。入口に誰もおらず勝手に見物。

この石碑が八関斎で正式名称は宋州八関斋会報德記。唐代の石碑のようだ。

応天書院

10:00頃、応天書院に到着。入場料は20元。
応天書院は嵩陽書院、岳麓書院、白鹿洞書院と共に中国四大書院に数えられる。北宋の大中祥符2年(1009)に真宗皇帝より応天府書院の院額を賜り応天書院と呼ばれるようになる。
慶暦3年(1043)に応天書院は国子監に昇格する。四大書院の中で国子監に昇格したのは応天書院のみなので四大書院の筆頭と称されるようになる。

で、実際見物してみたが正直期待はずれであった。現在の応天書院は新しく再建されたもので古い建築物は一切残っていない。

本殿の崇聖殿は孔子とその弟子たちの像が安置されており孔子廟といった感じだ。他には講堂があるが閉まっており見物できるのは崇聖殿のみだ。これで中国四大書院の筆頭で入場料20元というのは・・・。10:40頃、応天書院を離れる。古城の南西にある商祖祠へ向かう。

商祖祠

11:25頃、商祖祠に到着。入場料は45元。華商始祖である王亥を記念して建てられた。王亥は夏朝諸侯国のひとつである商国第七代諸侯王であり、商(殷)王朝の祖先である。

王亥を祀っているが建物は新しく観光用に建設された物ばかりである。

閼伯台

商祖祠の奥には閼伯台があり、四千年以上前の天文台跡になる。閼伯台は火神台、火星台とも呼ばれ閼伯が祀られている。

燧皇陵

12:30頃、燧皇陵に到着。入場料は15元。

燧皇陵は木から火を起こした「火祖」燧人氏の陵墓である。12:50頃、燧皇陵を離れる。古城へ戻るが途中で雨が降り始める。天気予報だと夜から雨になっていたのだが・・・。

張巡祠

13:40頃、張巡祠に到着。入場料は10元。

張巡は唐代の武将で安禄山の乱で活躍した人物である。睢陽城(商丘)を守っていたが睢陽は陥落する。商丘古城の南に張巡を祀る祠と墓がある。14:05頃、張巡祠を離れる。

14:15頃、南城門に到着。入場料は10元。

城門に登ってみるが観光用の大砲が置いてあるだけであった。14:25頃、南城門を離れる。

14:35頃、壮海堂と侯恂故居に到着。入場料は20元。

特に見るものはなかった。14:50頃、侯氏故居を離れる。

15:20頃、北城門に戻ってきた。入場料は10元。城門に登って周囲を眺めるだけで他には何もない。

街並み見て終わりである。他にもいくつか観光地が残っているが期待できないので商丘古城の見物は終了。15:40頃、1路のバスに乗車して終点の商丘駅へ移動。運賃はエアコン付きなので2元。

商丘汽車中心站

16:10頃、商丘駅に到着。駅前の商丘汽車中心站で長距離バスの確認をする。

時刻表あったので撮影しておく。

デニス

16:50頃、ホテルから10分ほどの所にあるデニスにやってきた。自分の知る限りでは河南省で品揃え、値段が一番のスーパーマーケットだ。

インスタントラーメンと饅頭を購入しておく。

刀削麺

夕飯はイスラム食堂で刀削麺を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18.3元
バス 3元 路線バス
合計 21.3元

河南省開封 開封府・延慶観・包公祠・劉少奇在開封陳列館

河南省旅行記2015秋

少林寺を離れる

05:30頃、今日も武僧たちの修行の掛け声で目が覚める。今日は少林寺を離れ開封へ移動する。出発の準備を整えるが宿泊している3人ドミトリーはチェックアウトまで1人で占領となった。やはり少林寺は閑散期は狙い目だな。08:40頃、功夫客桟をチェックアウトする。

坂を下り08:50頃、少林寺山門に到着。金持ち中国人観光客たちが記念撮影中だ。

武術館の近くでは朝の修練中だ。

登封→鄭州

09:05頃、少林景区を出る。09:10頃、登封行きのバスに乗車してすぐに発車、運賃5元で登封汽車客運総站へ向かう。汽車西站までなら3.5元だ。09:30頃、汽車西站に到着、ほとんどの乗客が鄭州行きなので下車していく。続いて登封汽車客運総站へ向かう。

09:50頃、登封汽車客運総站に到着、開封行きのチケットを購入しようとするが次のバスが12:30という事で、まず鄭州駅前の鄭州旅游汽車站へ行き開封行きのバスに乗り換えることにする。鄭州までの運賃は27元。これなら汽車西站で降りて鄭州行きのバスに乗車すればよかったな。

バスに乗車して発車を待つ。10:00頃、バスが発車して鄭州へ向かう。

11:45頃、鄭州駅前の鄭州旅游汽車站に到着する。

駅前広場は相変わらず人多いが乞食のおっちゃんたちもお椀を持って営業中だ。まあ乞食といっても職業乞食で夜になれば家に帰って酒盛りなのだろう。中国はまじめに働くより乞食の方が儲かる社会なので外見でだまされてはいけない。

鄭州→開封

鄭州駅で開封行きの列車を調べたら、12:30にあるのでバスでなく鉄道で行くことにする。やはり鉄っちゃんは鉄道での移動になるのだな。

切符売場へ行くと混雑しているが窓口多く開いているので5分ほど列に並ぶだけで切符購入完了。そのまま切符と身分証の確認、手荷物検査を済ませて待合室へ。今回乗車するのは鄭州→温州のK1240次だ。運賃12.5元、座席は硬座、開封まで45分の乗り鉄になる。

既に改札口が開いておりホームへ移動。

ホームには列車が停車しておりちょっと急ぐ。

いつもの行先票を撮影。12:10頃、列車に乗車して発車を待つ。列車内は無座の乗客が多くカオス度が高い。荷物置き場の確保は難しいかと覚悟していたが運良く近くの乗務員の助けで荷物棚が空いて置き場所を確保。12:30に定刻通り発車する。

13:15に定刻通り開封に到着。

13:30頃、駅前から4路のバスに乗車し予約しているユースホステルへ向かう。運賃1元、供水総公司(供水总公司)で下車。来た道を50mほど戻ると路地にユースホステルの看板が見える。

開封輝煌国際青年旅舍

14:00頃、開封輝煌国際青年旅舍(开封辉煌国际青年旅舍/Kaifeng Huihuang Youth Hostel)に到着する。レセプションでお姉ちゃんに予約確認書を見せて登記を済ますが、予約しておいた一番安いトイレ・シャワー共同の8人ドミトリー(1泊45元/会員料金)だがシャワーのお湯が出ないということでトイレ・シャワー有りの8人ドミトリー(1泊50元/会員料金)へ変更。

8人ドミトリーの部屋はこんな感じで結構広い。窓もちゃんとあるし、これで50元なら文句はないな。Wi-Fiもちゃんとつながるので問題なし。

トイレ・シャワーは細かい所にツッコミどころがあるがこの水準なら許容範囲内だ。熱いお湯もちゃんと出る。

牛筋麺

昼食というか3時のおやつになってしまうが牛筋麺(5元/約100円)を食べる。で、お碗にはビニール袋が被せてある奴で農民工用の食堂だったようだ。

蘑菇炒肉蓋飯

夕飯はイスラム食堂で蘑菇炒肉蓋飯(10元/約200円)を食べる。ご飯にキノコ、ピーマンと牛肉の炒め物が乗っている。キノコが美味い!

近くのコンビニで雪花の錦綉中原ビール560ml(2.5元/約50円)を購入して、饅頭屋で饅頭4個(2元/約40円)を購入。これが今日の夜食だ。

錦綉中原ビール

雪花の錦綉中原ビールは鄭州と商丘が生産地になっているので名前の通り河南省周辺で流通しているビールだろう。中国最大手の雪花でもこれは地ビールに該当するだろう。値段が2.5元だったがコカ・コーラ500mlが2.8元だったので、これはどう考えてもビールを買えということだな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.5元
宿泊費 96元 1泊50元(会員料金)×3:予約時54元支払い済み
バス 5元 少林寺→登封
バス 27元 登封→鄭州
バス 1元 路線バス
鉄道 12.5元 硬座 鄭州→開封
合計 161元

開封府の包青天ショー

今日の天気は曇り、大気汚染もひどく遠くが霞んでいる。そして、電動バイクに乗った地元民の中にはマスクをした姿も見られる。08:35頃、4路のバスに乗車、運賃1元、泰山廟で下車して徒歩で開封府へ。

08:55頃、開封府に到着。2007年に見物したことがあるが再び来てみた。ここは北宋の開封府を再現したテーマパークで入場料は60元。

毎朝9時から入口でイベントがあるので見物だ。既に金持ち中国人が集結しています。

09:00になるとイベントが始まる。イベントは包青天の鍘美案という話です。

包大人がお出ましだ。

皇帝からの詔を受けます。

ここの包大人は顔が黒くないけど、ちゃんと額には三日月の傷があります。

ここでお約束の直訴です。訴えたいのは公主の夫である駙馬ということで難事件の気配が・・・。

開封府へ戻り裁判が始まります。

続きは開封府で!09:30開廷だから入場券買って見に来てね!ということで、金持ち中国人たちは隊列の後を追って入場していきます。天気が良くて青空なら中を見物してもよいのだが今回は朝のイベントだけ。まあ、開封に来たら一度は見物しておきたい場所だ。09:20頃、開封府を離れ300m北の延慶観へ向かう。

延慶観

09:30頃、延慶観に到着。入場料30元だがQunar.comにて28元で購入済み。入場券を受け取り見物する。

延慶観は全真教の創始者である王重陽を記念して建立された道教寺院であり、「中原第一道観」とも称される。創建は金代になり、当時は重陽観、元代に朝元宮、明代に延慶観と改名し現在に至る。

金の大定9年(1169)に王重陽は弟子である全真七子の馬鈺、譚処端、劉処玄、丘処機の4人を連れ陝西へ戻る途中で汴京(開封)に立ち寄り、太寧坊王家飯店(現在の延慶観一帯)に滞在し布教したが、ほどなくしてこの地で王重陽は世を去る。弟子たちは王重陽を陝西省戸県に埋葬するが、太寧坊王家飯店に王重陽を記念して重陽観を建立する。

王重陽や丘処機たちがこの一帯に滞在していたので武侠小説ファンにとっては延慶観は重要な場所ともいえるだろう。この古木は全真七子合和桐と呼ばれている。10:30頃、延慶観を離れ包公祠へ向かう。

包公祠

10:45頃、包公祠に到着する。入場料は30元。

土曜日なので観光客がやたらと多い。やはりドラマで不動の人気を誇るので包公祠も人気だ。

包公祠は包公湖西畔に位置しており、北宋の名判官である包青天とも呼ばれる包拯を祀っている。開封府と並ぶ定番観光地である。

まあ、現代中国は汚職がひどいので清廉潔白の包拯の人気は尚更高いのだろう。

こちらが包拯、包大人の像です。

蝋人形の展示もあったりする。11:30頃、包公祠を離れる。

開封博物館

11:35頃、開封博物館に到着。パスポートを提示して入場券をもらい見物する。

展示物は少ないが宋代の展示に力を入れている。

土曜日という事もあり見学者は多い。昼頃、開封博物館を離れる。

山陝甘会館

13:00頃、山陝甘会館に到着。入場料30元だがQunar.comにて25元で購入済みなので入場券売場で発券する。

山陝甘会館は清の乾隆41年(1776)に山西、陝西、甘粛三省の商人たちが資金を出し建設され200年以上の歴史を持つ。

商人たちの会館であるが中身は関帝廟となっている。

関羽が商売の神様にもなっているので、まあ不思議はないな。13:30頃、山陝甘会館を出る。

劉少奇在開封陳列館

13:40頃、劉少奇在開封陳列館に到着。入場料無料でパスポートを提示して見物する。

国家主席であった劉少奇が文化大革命で失脚し開封で死去した場所が陳列館として公開されている。正直言って共産党にとってはあまり来て欲しくない場所だろう。無実の罪で国家主席だった人物を殺してしまったのだから。共産党の黒歴史とも言える場所だ。しかし、訪れる者は意外にも多い。

ここが劉少奇が無くなった部屋。1969年11月12日、午前6時45分に劉少奇はこの場所で無実の罪を着せられたまま世を去る。

花が添えられたりして英雄扱いしているけど、大躍進運動で疲弊した経済を立て直そうとして走資派とか突き上げられて非業の死を遂げた劉少奇は草葉の陰でどう思っているのだろうか。打倒劉少奇とかやっていて後からにヨイショされてもね・・・。14:10頃、劉少奇在開封陳列館を出る。

魚香肉絲蓋麺

昼食はイスラム食堂で魚香肉絲蓋麺(10元/約200円)を食べる。イーシャンロースを麺に乗せています。イーシャンロース・スパゲッティってところかな?

アサヒビール激安1元

開封には丹尼斯はないのだが大潤発がある。大潤発も台湾系のスーパーマーケットだ。

アサヒビール320ml(1元/約20円)とビール320ml(1.5元/約30円)を購入。アサヒビールが1元ってどういうこと?コカ・コーラより激安だ。日本ではあり得ない価格設定だ!

新彊拌麺

夕飯はイスラム食堂で新彊拌麺(12元/約240円)を食べる。金属トレーに乗って出てきたのだが、皿で出したほうが見た目がいいと思うのだが?具材は牛肉、キクラゲ、玉葱、ニンニクの芽、ピーマン、トマトの炒めものだ。器のせいで見た目が悪いが量は多くて美味い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 24.5元
バス 2元 路線バス
延慶観 28元
包公祠 30元
山陝甘会館 25元
合計 109.5元

繁塔

08:45頃、4路のバスに乗車して、運賃1元で開封駅へ移動。今日は開封の南東にある繁塔へ向かう。09:25頃、開封駅で12路のバスに乗り換え、運賃1元で禹王台西門へ。

09:30頃、禹王台西門で下車して地下道を通り線路を越えて09:35頃、繁塔に到着。入場料は30元だがQunar.comにて25元で購入済み。入場券売場で発券して見物する。

繁塔は北宋の開宝7年(974)に創建され、元の名称は興慈塔であり、北宋の四大皇家寺院の天清寺内に建立され、故に天清寺塔とも呼ばれ、更に繁台の上に建てられていたので繁塔とも呼ばれた。繁塔は開封地区最古の建築物であり1100年以上の歴史を持ち、北宋早期の典型的な六辺形仏塔であり、高さ36.68m、塔内部と外壁に7000近くの仏像が彫られたレンガが使用されている。

天清寺は明末期に李自成の農民反乱軍に破壊され、清の康熙年間に再建されるが道光21年(1841)の黄河決壊により被害を受け繁塔のみが残り現在に至る。

10:30頃、バス停へ戻り開封駅へ移動。11:45頃、駅斜め向かいの開封汽車站をバス情報を調査。

まずはバス時刻表を確認、自動券売機でもバスを確認するが開封汽車中心站と表示されている。

11:00頃、開封駅で明日の商丘行きの切符を受け取る。ちょうど空いていた窓口があったので待ち時間なしであった。

土下座型乞食(病人付き)

11:10頃、観光1号線のバスに乗車、運賃1元、相国寺で下車する。途中の交差点で職業乞食二人組を見かける。一人はひたすら土下座、一人は交差点で病人という設定で寝込んでいる。中国ではよくあるパターンだ。

「家族が病気なので助けてください」という設定のようだ。殆どの通行人は無視しているが、たまに1元とか恵んでいたりする。相国寺の近くでやっているから悪く言えば慈悲の心に付け込むということだろう。良く言えば功徳を積ませてあげるということかな?

相国寺

11:30頃、相国寺に到着。入場料は40元。

相国寺の創建は北斉の天保6年(555)、元の名称は建国寺になり、1400年以上の歴史を持つ千年古刹になる。元々は戦国四公子の信陵君の邸宅跡地である。

712年、唐の睿宗が皇位に就いた記念に建国寺から大相国寺に改名する。北宋時期には皇帝の庇護を受け数千人の僧侶が修行する大寺院になり中国での仏教の中心地となる。

日曜日という事もあり観光客が多い。観光客が多いと自然とおサルさんが紛れ込んでくる。境内ではおサルさんが所構わず痰を吐いている。相国寺という中国を代表する寺院の境内でだ!

40元という高額の入場料が払えるのに仏様の前で痰を吐く。仏罰を恐れないおサルさんたちには相国寺の威光も全く無意味だ。中国は何時からこんな風になってしまったのだ?偉大な中国のイメージが崩壊していく。

相国寺は水滸伝の魯智深が修行していた寺であり、境内には魯智深像がある。12:40頃、相国寺を離れる。

昼食はイスラム食堂で青菜拉麺(6元/約120円)を食べる。

今日も台湾系スーパーマーケットの大潤発で夜食にアサヒビール330ml(1元/約20元)と饅頭、南瓜発糕(カボチャ蒸しパン)を買い込む。

夕飯はイスラム食堂で青椒土豆絲蓋麺(8元/約160円)を食べる。麺の上にピーマンとジャガイモ炒め物を乗せた中華風スパゲッティで定番の麺料理だ。結構量が多いので一皿で満腹だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 25.5元
鉄道 18.5元 硬座 開封→商丘
繁塔 25元
相国寺 40元
合計 109元

河南省登封 世界遺産・少林寺 塔林掃墓法会&少林景区宿泊

河南省旅行記2015秋

登封→少林寺

08:25頃、ユースホステルをチェックアウトする。一本南の中岳大道へ徒歩で移動。08:40頃、西バスターミナル前で少林寺行きバスに乗車する。少林寺までは運賃は3.5元、発車まで少し待機だ。

今日の天気は天気予報だと朝から晴れなのだが実際は曇り。中国の天気予報は当たらない。08:50頃、バスが発車するが濃霧で見通しが悪い。これのどこが晴れなんだ?

少林景区

09:10頃、少林景区に到着するが濃霧に包まれ視界が悪い。

入場料はボッタクリ100元で泣く泣く入場券を購入。景区に入り少林寺へ向かう。

途中で武術学校の練習場があり少林拳の修行が行われている。

09:35頃、少林寺の山門に到着。朝なのでまだ観光客は少なく比較的平和だ。

ここから予約しておいた宿の登封少林寺功夫旅館へ向かうのだが少林寺向かいの十方禅院の脇道を上って少林旅游度假村へ向かう。少林旅游度假村には賓館や客桟とかの宿が数軒あり、食堂や商店もある。他にも武術学校もあり少林拳の修行も行われている。

功夫客桟

09:50頃、住所を確認しながらeLongで予約しておいた登封少林寺功夫旅館に到着するが実際の看板は功夫客桟であった。まあ、名称が幾つもあるのは中国ではよくあることのようなので特に驚くことはない。ここは少林景区内にある宿なのでゲートが閉まった後の夜やゲートが開く前の早朝に誰もいない少林寺の山門を見物したり、観光客が来る前に初祖庵や達磨洞へ向かうことが出来るのだ。で、中に入るが誰もいない。どこかへ出かけているようなので老板が戻ってくるまで待つことにする。

10分くらい待っていると老板が帰ってきたので登記を済ます。宿泊費は予約時にネットで決済しており部屋は1泊50元のドミトリーで4泊する。部屋はドミトリーといっても3人部屋で元々は1人部屋だったようでテレビとかがある。しかもテレビは今時珍しいブラウン管だ。共同のトイレ・シャワーは少し古めだが広い。でも、寒いからシャワー使わなさそう。

世界遺産 少林寺

11:00頃、少林寺へ向かうが周辺では武僧が修行をしている。これは雰囲気的に良い。11:15頃、少林寺に到着。

少林寺は北魏の孝文帝の治世である太和19年(495)に建設が始まり、孝文帝がインドより来た高僧の跋陀のために創建された。少室山の麓に生い茂る林の中に建立されたために少林寺と名付けられた。

北魏の孝昌3年(525)に達磨大師が南天竺より来訪し少林寺で9年面壁し禅宗を創り、少林寺は「禅宗祖庭」と呼ばれるようになり、達磨大師は「東土禅宗初祖」と称される。

南北朝の北周の武帝による廃仏で少林寺は被害を受けるが静帝の治世である大象2年(580)に復興し陟岵寺と改名する。

隋の文帝の頃に再び少林寺に名を戻し唐代初期に少林十三棍僧が後の唐太宗である秦王 李世民を助け「天下第一名刹」の名誉を得る。

山門の門額にある「少林寺」の三文字は清の康熙帝による御書である。

冬の閑散期に突入しているので観光客は少なめだが欧米人の団体もおりそれなりに賑わっている。少林寺には2回見物しているが繁忙期は観光客が多く混雑しており寺を見物に来たのか人の波を見に来たのかという状況になる。天気が濃霧であったが昼過ぎになるとようやく日が射すようになってくる。

世界遺産 塔林

14:30頃、少林寺を出て塔林へ向かう。西へ約300m歩き塔林に到着。

塔林は少林寺歴代高僧の墓地である。現存する仏塔は唐、五代、宋、金、元、明、清から現代まで248基あり現存するものでは中国最大規模になる。世界文化遺産にも登録されている。

言い方が悪いのだがこれらは坊さんの墓なんだよな。それを観光客が記念撮影する。自分も撮影しているけど、墓で眠る歴代の高僧たちは自分たちの墓が観光地になっている事をどう思っているのだろうか・・・。

香菇麺と鶏蛋炒米

夕飯は客桟近くの菜館で香菇麺(15元/約300円)と鶏蛋炒米(10元/約200円)を食べる。

観光地価格なのは覚悟していたが結構高い。まあ仕方ないな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 25元
バス 3.5元 登封→少林寺
少林景区 100元
合計 128.5元

朝の少林寺

05:30頃、武僧たちの掛け声で目が覚める。夜明け前だが既に修行が始まっている。掛け声や「阿弥陀仏」の声が聞こえてくる。

07:15頃、客桟を出て少林寺へ向かう。朝の修練をしていた武僧たちは朝食のようで宿舎へ戻っていた。天気予報だと今日の天気は曇だ。天気は良くないが雨が降らなければ良しとしよう。07:30頃、少林寺山門に到着。

まだ山門は閉じられ掃除のおっちゃんだけで貸切状態で撮影かと思ったら、金持ち中国人の団体が近づいてきた。声がでかいので遠くからでも分かる。朝の静寂に包まれていた少林寺であったがカオス度急上昇である。成金に山門を占拠される前に急いで撮影しておく。ゆっくり撮影するにはもっと早く来ないといけないな。

07:45頃、塔林に到着。ここは掃除のおっちゃんと売店のおばちゃんぐらいで観光客おらず。静寂の中で撮影をして、塔林から更に奥へと進む。

三皇寨景区

08:05頃、三皇寨景区に到着。三皇寨は少室山西麓に位置しており嵩山の一部であり世界ジオパークに認定されている。

09:00頃、少林索道の降り場に到着。天気は濃霧であるが雲海が見える。

09:15頃、三皇桟道を通る。断崖絶壁に作られた桟道だがこれはかなり勇気がいる。

10:00頃、連天吊橋に到着。谷底まで100m以上の深さのようだが眺めは大変よい。

10:30頃、三皇殿に到着。名前の通り三皇が祀られている。

嵩山禅院

10:40頃、嵩山禅院に到着する。

嵩山禅院は修道場で禅の修行が行われている。11:10頃、嵩山禅院を出て来た道を引き返して少林寺へ戻る。

ゴミのポイ捨て

この時間になると観光客が増えてくるがゴミのポイ捨て、痰を吐いたり、歩きタバコをするおサルさんにも遭遇する。まあ、山の中なので山猿が生息していても不思議はないのだが歩きタバコには正直いって閉口する。世界ジオパークの嵩山で山火事なんか起きたら一大事なので三皇寨にも武警を配置して害獣駆除をした方がいいだろう。

12:50頃、少林索道まで戻ってきた。13:50頃、三皇寨景区の入口まで戻ってきた。この頃になると雨が降り始める。今日も天気予報が外れた。これほど天気予報が外れるとはチャイナクオリティはある意味すごい。

14:30頃、少林寺まで戻ってきたが雨は本降りで観光客はほとんどいない。14:45頃、客桟近くの食堂で不味い炒飯(15元/約300円)を食べる。昨日の菜館で麺食べたほうが良かったな。夜はネットで開封での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 54元 予約:開封輝煌国際青年旅舍
合計 69元

少林寺山門

05:30頃、今日も武僧たちの掛け声で目が覚める。で、もう一度寝るが起きたのが07:00頃だ。これはいかん!急いで準備を整えて少林寺へ向かう。

07:25頃、少林寺に到着するが既に今日も静寂を破る集団が来ている。山門を撮影して早々に退散する。もっと早く来ないと静寂に包まれた少林寺は見られないようだ。成金の金持ち中国人の団体は山門前でポーズを取って記念撮影。朝の静寂とかはどうでもよいらしい。

世界遺産 初祖庵

今日は初祖庵と達磨洞を目指す。登山道を歩いて08:00頃、初祖庵に到着。

初祖庵は少林寺から北西2kmの少室山の五乳峰の麓に位置しており北宋の宣和7年(1125)に達磨大師を記念するために建立された。

初祖庵大殿は初祖殿とも呼ばれ、北宋の宣和7年(1125)に創建される。中原に現存する最古の木造建築になる。

初祖庵には尼さんと掃除のおっちゃんだけで自分が観光客で一番乗りであるが伝内の壁画にはおサルさんたちの落書きがある。中国の宝が・・・。

続いて達磨洞へ向かう。登山道を歩いていくが山の上に見える達磨像が五乳峰の山頂で、あの近辺に達磨洞があるのだろう。ひたすら階段を上っていくが途中に売店があったりして既に営業中だ。

達磨洞

08:25頃、達磨洞に到着。

達磨洞は嵩山少室山の五乳峰中腹にある洞窟で伝説によれば527年から536年まで達磨大師が、この洞窟で9年間の面壁を行った。これによりこの洞窟は「初祖九年默認玄処」「達磨洞」「達磨面壁洞」と呼ばれるようになる。一番乗りで来たのでまだ扉が閉められたままだ。とりあえず先に山頂へ向かう。

嵩山ゴミのポイ捨て

山頂周辺はゴミのポイ捨てがひどい。五岳のひとつである嵩山は中国人にとって重要な場所のはずだが。世界遺産や世界ジオパークでも中国ではゴミのポイ捨ては大したことではないようだ。

それに崇山は少林寺の縄張りだ。ある意味で少林寺の敷地と言ってもいいくらいだ。その嵩山でゴミのポイ捨てとは・・・。

世界に名を轟かせる少林寺の威光も中国人観光客には通じないようだ。少林寺を怖れない中国人観光客がある意味で一番恐ろしい。

達磨像

09:00頃、達磨像に到着するが周囲は濃霧で視界が悪い。

遠くは濃霧に包まれ近くしか見えない。

再び達磨洞

09:25頃、再び達磨洞にやってきた。

今度は扉が開いており内部を見ることができた。でも、撮影禁止でおっちゃんとおばちゃんが念仏唱えて監視中だ。

山を下りるが昨日雨が降ったので滑りやすくなっており降りる方が危険だ。途中で掃除のおっちゃんとすれ違うが登山道には菓子の袋、ちり紙、ペットボトル、空き缶とゴミだらけである。掃除のおっちゃん大変だわ。これが世界遺産の実態ということか。

10:40頃、塔林に到着。今日は特に撮影はせずに素通りだ。このまま二祖庵へ向かうが、二祖庵へは徒歩かロープウェイの嵩陽索道で行くことになる。嵩陽索道は往復で50元、かなり高いので徒歩で向かうが登山道の標識は一切出ていない。まあ、観光客から金を巻き上げるためには登山道の存在はなるべく伏せておきたいのだろう。

昨日、三皇寨へ行くときにそれっぽい山道があったので入っていく。しばらくすると石段が見えてきた。やはりここが二祖庵への登山道だ。登山道は観光客には利用されたくないようで整備はされず放置されている。登山道をひたすら歩いて、11:40頃、嵩陽索道の降り場に到着。

二祖庵

少し休憩して、11:50頃、二祖庵に到着。二祖庵は少林寺の南西にある少室山鉢盂峰の山頂に位置している。北宋後期に二祖慧可を記念して創建された。

二祖庵は工事中で新しい山門や堂が建設中だ。何かイメージとずいぶん違う。

12:15頃、鳳凰台に到着。濃霧で何も見えない。
13:00頃、嵩陽索道まで戻ってきた。ここから再び登山道を下っていく。
14:00頃、塔林まで戻ってきた。ここでしばらく休憩だ。

休憩するがおサルさんたちが塔林の前で頻繁に痰を吐いている。ここは世界遺産なのだが・・・。それ以前に少林寺の高僧たちの墓地だぞ。どうやら中国の金持ちたちにとっては世界遺産の墓地で痰を吐くのが流行であり金持ちのステータスのようだ。おサルさんたちに仏罰は下るのだろうか?いや仏罰より武警を配置して害獣駆除をした方が世界遺産を守れるな。

夕飯は近くの菜館で香菇青菜(15元/約300円)と米飯(3元/約90円)を食べる。炒め物の香菇青菜はいいとして、ご飯3元というのは高い。夜は台北(桃園)→成田の航空券を購入しておくが、帰国は来年2月なのでもう少し中国滞在だ。それと台湾へ移動だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
合計 18元
本日の出費
項目 金額 備考
航空券 2950台湾ドル 台北(桃園)→成田
合計 2950台湾ドル

寒衣節

05:00頃、今日も武僧たちの掛け声で目が覚める。武僧たちは既に修行に励んでいる。そして、遠くで爆竹の音がする。今日は少林寺に来た最大の目的である寒衣節の塔林掃墓法会がある日だ。毎年、旧暦10月1日の寒衣節に塔林で塔林掃墓法会が行われるので、それを見物するのだ。爆竹は塔林掃墓法会に関連する行事か?

07:05頃、少林寺にやってきた。山門の前に爆竹の跡があり掃除のおっちゃんが片づけている。

07:15頃、塔林の方から爆竹の音がする。これはもしかして・・・。急いで塔林へ向かう。

塔林掃墓法会

07:20頃、塔林に到着。やはり塔林掃墓法会の真っ最中であった。早朝に行われるとは予想外であった。

塔林の前に少林寺の僧侶たちが集まっている。

そして、小僧さんたちも集まっています。

この塔林掃墓法会は少林寺の年間行事のひとつであるが見物に来ている観光客が少ない。まだ少林景区の入口が開く前なので景区内に宿泊している観光客しか見物に来ないというか、早朝に行われるのと行事自体が知られていないようなので見物人は非常に少ない。観光客は自分を含め10人いるかいないかだろう。

塔林の前で焚き火をしているのだが寒衣節では紙銭や紙でつくった衣服などを燃やして先祖に送るそうだが、歴代の高僧たちにも衣服を届けるようだ。

塔林の前だけでなく中でも焚き火をしている所があり重要な仏塔なのだろうか?

07:30頃、塔林掃墓法会が終了する。

少林寺の武僧たち

少林寺での目的は達してしまったので、このまま客桟へ戻る。宿周辺では武僧たちがランニング中だ。

余裕で走っている武僧もいれば、半泣き状態で走っている小僧もいた。小僧さんたちの中には幼稚園児くらいじゃないかというのもいたりする。そういえば武僧たちは義務教育で学校へは行かないのか?

客桟の部屋からは武僧たちの修行が見えたりもする。

酸辣土豆絲

昼食は酸辣土豆絲(18元/約360円)と米飯(3元/約60円)を食べる。ご飯ボッタクリだな思いつつ食べて勘定で21元払ったら1元負けてくれた。まあボッタクリだから安くしてくれてもいいだろう。

少林寺武術ショー

14:00頃、少林寺の武術ショーを見物。

閑散期でもここは観光客が多い。欧米人も結構いたりする。

武術ショーは相変わらず凄いの一言だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 48元
合計 48元

河南省登封 五岳嵩山と世界遺産 嵩陽書院・会善寺・中岳廟・太室闕・観星台

河南省旅行記2015秋

朝から精神的打撃が大きい

05:30頃に起床し荷物をまとめて出発の準備を始める。07:00頃になると宿泊客たちが起き洗面台が混雑しているというか痰吐きの音が鳴り響く。チェックアウト前にウンコしにトイレへ行くが、洗面台で黒ブリーフ一丁の兄ちゃんが歯を磨いている。寒くないのか?ここは農民工専用の招待所か?朝から精神的打撃が大きい。設備はそこそこ良い宿なのだが客層が・・・。

南陽→登封

08:00頃、宿をチェックアウトして南陽汽車站(南陽西站)へ移動。

08:05頃、待合室でバスを待つが改札口が開きっぱなしなので乗客たちは目的地へのバスを見つけて乗車していく。なので自分も登封行きのバスを探す。

08:15頃、登封行きのバスに乗車する。今日は少林寺のある登封へ移動する。
08:40頃、バスが発車する。登封には13:00過ぎ到着予定だ。
09:10頃、南陽の北東にある大庄汽車站で客を乗せる。
09:25頃、高速の料金所手前の港湾汽車站に寄る。
09:30頃、高速道路に入るのかと思ったら料金所を通り過ぎて省道を走っていく。

10:20頃、方城汽車站に到着。
10:40頃、蘭南高速に入り爆走していく。許昌から南陽へ移動した時の高速道路だ。
11:05頃、旧県で高速を降りる。
11:30頃、叶県で再び高速に乗る。
昼頃、蘭南高速から永登高速に入る。

登封

13:25頃、バスターミナルの登封汽車客運総站に到着するがボリタクの運ちゃんしつこい。

運賃1元で3路のバスに乗車し崇高路崇福路口で下車し崇福路を北へ歩き大禹路を西へ。

登封藏経閣国際青年旅舎

15分ほど歩いて、14:00頃、予約しておいたユースホステルの登封藏経閣国際青年旅舎に到着。1泊35元(会員料金)で4泊する。yhachina.comでの予約時に予約金を支払っているので残金124元を支払うが、1泊40元(会員料金)で予約し残金144元のはずなのでレセプションの兄ちゃんに予約確認書を見せたのだが1泊35元(会員料金)で処理される。まあ、高くなるわけではないのでいいのかな?

部屋は2Fの4人ドミトリーで各ベッドにコンセントと照明あり。ロッカーも人数分ある。WiーFiは電波弱めで部屋では使い物にならない。共同のトイレ・シャワーはシャワーの方は問題ないがトイレが2Fには2つしかないのだが1つは鍵が壊れていて小の方しかできない。大は踏ん張っている最中に開けられてしまう危険性がある。

肉絲麺

少し遅めの昼食を沙県小吃で食べる。沙県小吃はイスラム食堂と同じように中国各地で見かける食堂だ。福建省沙県が発祥の地らしい。安食堂なのだが麺類は手打ちでないので正直言って味はイスラム食堂より劣る。

で、食べたのが肉絲麺(6元/約120円)だが麺がインスタントなので美味しくない。

15:30頃、西バスターミナルの汽車西站を訪れる。汽車西站からは少林寺や鄭州行きのバスがある。その他は周辺の農村へのバスもある。路線バスだと石油公司のバス停が最寄りになり1路と9路のバスが停車する。

スーパーマーケットを見つけて特売品で牛歌ビール純生325ml缶(0.9元/約18円)を購入。ちなみにコカ・コーラ500mlは2.5元だったので絶対ビールが買いだ。ビール滅茶安だ。

青菜蓋飯

夕飯は四川料理の食堂で青菜蓋飯(10元/約200円)を食べる。シンプルに青菜と唐辛子の炒め物がご飯に乗っている。夜はネットで嵩陽景区の入場券を購入しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 26.9元
宿泊費 124元 1泊35元(会員料金)×4
バス 1元 路線バス
嵩陽景区 65元
合計 216.9元

嵩陽景区

06:00頃、起床し準備を整える。
07:00頃、ユースホステルを出て嵩陽景区へ向かう。

嵩陽景区の入場料は嵩陽書院30元、太室山景区50元になる。合計80元だが昨晩qunar.comで入場券は購入済みでネットでの価格は65元だ。本当はctripで購入したかったのだが二代身分証がないと購入できないようになっていたので、仕方なくqunar.comで購入。

入場券売場で発券し景区内へ。まずは08:00に一番乗りで嵩陽書院へ入る。

世界遺産 嵩陽書院

嵩陽書院は江西省廬山の白鹿洞書院、湖南省長沙の岳麓書院、河南省商丘の応天府書院と共に中国四大書院のひとつに数えられる。

嵩陽書院は元は嵩陽寺と呼ばれ創建は北魏の太和8年(484)になり、隋代に嵩陽観と呼ばれ、宋の景祐2年(1035)に修復され嵩陽書院の院額を下賜される。2010年8月に世界文化遺産に登録される。

嵩陽書院一番の記念撮影スポットである大唐碑は修復工事中であった。

これは将軍柏。前漢の元封元年(紀元前110)に武帝から将軍柏に封じられ樹齢4500年以上になる。08:25頃、嵩陽書院を出て嵩岳寺塔と法王寺へ向かう。

08:50頃 、分かれ道の牌坊に到着。

世界遺産 嵩岳寺塔

09:00頃、嵩岳寺塔に到着する。

嵩岳寺塔は北魏の正光4年(523)に建立され、中国に現存する最古のレンガ塔になり「華夏第一塔」とも称される。塔の高さ36.8m、直径10.6mになり塔身は12角形になり外側には石灰で塗り固められている。2010年8月に世界文化遺産に登録される。

嵩岳寺塔の西側には嵩岳寺遺址があり、嵩岳寺は北魏の永平2年(509)に創建される。元々は北魏の宣武帝と孝明帝の離宮であったが北魏は仏教を深く信仰しており離宮を寺院へと変えた。現在は古木が残るだけとなっている。10:00頃、嵩岳寺塔を離れ法王寺へ向かう。

法王寺

10:15頃、法王寺に到着する。

法王寺は登封市北西5kmの太室山南麓の玉柱峰下に位置している。創建は後漢の明帝の永平14年(71)になり中国でも最も早い時期の仏教寺院のひとつであり、洛陽の白馬寺の創建から3年後となり、少林寺の創建より424年早い。

現存する建築物は山門、未来佛殿、天王殿、大雄宝殿、地蔵殿、西方聖人殿、臥佛殿七進院落になる。寺の裏山には隋の文帝の仁寿2年(602)に建立された十五層正方形舎利塔があり、他にも唐代のレンガ塔が3つある。

奥の方では少林拳の修行が行われていた。

よく見ると欧米人も修行に参加している。

修行に参加しているのは子供が多い。寺の僧侶ではなさそうなので近隣の武術学校の生徒か?

これが裏山にある隋の文帝の仁寿2年(602)に建立された十五層正方形舎利塔。修復されているので年数の割には綺麗である。

11:25頃、法王寺を離れ登山道の入口を目指す。

五岳嵩山

12:15頃、太室山の入口に到着。今日一番の目的である嵩山の太室山へ登る。頂上まで距離がありそうなので結構大変な登山になりそうだ。

12:30頃、老君洞の無極殿に到着。

13:00頃、峻極宮に到着。既に足がガクガクだ。

13:20頃、中岳行宮に到着。

13:45頃、休憩。昨日買っておいた焼餅を食べて体力回復である。頂上は標高1492mで現在は1115mまで登ってきた。まだ300m以上登らないと行けない。
14:00頃、再び登山開始。

14:50頃、五岳・崇山の太室山の主峰である峻極峰に到着。ここが五岳・崇山の頂上である。
石碑には標高1491.73mとある。15:05頃、山を下る。

ここから山を下るのだが来た道を戻るのではなく盧崖瀑布景区へ抜ける東山麓への登山道を進む。

15:30頃、盧崖瀑布まで6.5kmの地点まで来た。日没まで残り2時間だがたどり着けるか?

16:35頃、老母殿に到着する。ここで休憩し焼餅を食べて体力回復、16:50頃、老母殿を離れる。

一線天

盧崖瀑布景区に入るが一線天と呼ばれる高さ約100m、長さ約170mの崖の隙間に道幅約1mの階段が有る。この崖の隙間の細い階段を降りていく。

かなりの絶景とも言えるし伏兵置かれたら絶対に逃げられない地形だ。山を降りて行くが景区内でボリタク運ちゃんたちが下山してくる登山客を狙って待ち構えていた。ボリタクなんて使う気無いので無視。

盧崖瀑布に到着するが滝なのに水がほとんど流れておらず。これで入場料取るのは詐欺ではないか!17:34が今日の日没時間だ。盧崖瀑布景区を出る前に日没時間を迎えてしまった。17:55頃、景区を出るが辺りは暗くなり街灯すらない。ひたすら道なりに歩いて2路のバスが通る少林大道を目指す。

18:26頃、中岳廟の東にある林業局のバス停に到着。

2路の秋期の最終バスは18:30なので何とか間に合った。18:32頃、2路のバスに乗車するが、18:40頃、市区の入口で運転打ち切りやがった。他の乗客と一緒に降ろされる。最終バスなのに途中で運行打ち切りってどうなっているんだ?チャイナクオリティ全開である。市区まで来たので歩けば何とかなるのでとりあえず歩く。

で、昨日のスーパーマーケットで特売の牛歌ビール325ml(0.9元/約18円)と不夜城ビール325ml(1元/約20円)を5本づつ購入。缶ビール10本でも9.9元(約198円)だ。コカ・コーラは500mlが2.5元、330mlが2.2元なので、これはビールを買えということだな。20:00頃、ユースホステルに戻ってきた。ビール飲んで寝る。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 17.7元
バス 1元 路線バス
合計 17.8元

永泰寺

08:10頃、西バスターミナルへやって来た。少林寺行きのバスに乗車して発車を待つ。今日は少林寺へ行くが入口だけ見物で少林景区内は明後日から見物というか滞在する。08:15頃、バスが発車する。運賃は3.5元だ。

08:30頃、永泰寺路口で下車。牌坊をくぐり寺へ向かう。2012年に一度訪れているのだがもう一度訪れてみる。

08:45頃、永泰寺に到着する。寺の規模の割に入場料60元でボッタクリなのだが歴史的にはかなり重要な千年古刹の尼寺だ。

永泰寺は元の名称は転運庵と呼び北魏の文帝の娘である転運公主が修練していた。南朝時期に梁の武帝の娘である蕭明練により拡張され明練寺と改名する。北魏の正光2年(521)、孝明帝の妹である永泰公主が出家してからは永泰寺と改名する。

永泰寺は太室山西麓の子晋峰下にあり、転運公主、明練公主、永泰公主の3人がこの寺で出家し修行しており嵩山唯一の尼寺であり中国でもっとも古い尼寺とされる。

寺の規模は小さいのだが入場料ボッタクリなので駐車場とかがある程度は整備されている。

少林寺から3-4kmほどの場所にあるのだが観光客は少なめで静かだ。09:50頃、永泰寺を離れ少林寺の停車場へ向かう。

少林寺の入口

10:20頃、少林景区の停車場に到着。まず入口の武僧像を見物。

入口の牌坊では観光客が記念撮影中。入場料は100元で相変わらず高い。少林景区は1日の入場者数が60000人に設定されており10時現在の入場者数は1086人となっていたので意外と少ない。閑散期の平日だからこの程度で済んでいるのだろう。

10:45頃、登封へのバスに乗車。運賃3元、11:00頃、会善寺路口の交差点で下車する。

世界遺産 少室闕

11:05頃、少室闕に到着。2012年に一度訪れているのだが当時は非公開で外から保護しているボロい小屋を眺めるだけであった。今回は建物が新しくなって無料で公開されていた。

少室闕は漢の延光2年(123)に建立され、中岳漢三闕のひとつである。壁画と銘文の歴史的価値は高く、2010年8月には世界文化遺産に登録されている。建物内は撮影禁止なので眺めるだけである。

団体の観光客がいたがすぐに自分一人の貸し切り状態になる。建物には管理人のおっちゃんが常駐しており落書きされないように目を光らせていた。11:25頃、少室闕を離れ会善寺へ向かう。

世界遺産 会善寺

11:55頃、会善寺に到着。入場料40元になっているが入場券売場のおっちゃんに昨日の嵩陽景区の入場券を見せて使えるか聞いたら「入っていいよ」という事で見物。本当は入場券は当日限りの有効だが2日目でもOKだった。

ちょうど団体客がいたがすぐにいなくなり会善寺も自分一人だけになり貸し切り状態。会善寺は世界遺産だが見物できるのが大雄宝殿と乾隆御碑などの石碑ぐらいしかなく入場料は高い。

会善寺は太室山南麓の積翠峰下にあり、元は北魏の孝文帝の離宮であった。隋の開皇年間に会善寺の名を賜る。少林寺、法王寺、嵩岳寺と共に嵩山四大寺院と称され、道安、普寂、浄藏らの高僧が修行をしている。唐の則天武后は会善寺を訪れ道安禅師を国師に任命している。13:00頃、会善寺を離れる。

世界遺産 啓母闕

14:20頃、啓母闕に到着する。啓母闕は中岳漢三闕のひとつであり世界文化遺産である。少室闕みたいに公開されているかなと期待していたが扉は閉まっており非公開のままだ。と、思ったら建物内から人の声が聞こえる。扉の南京錠に鍵が差してあるので掃除かなんかしているのかな。

建物を回り裏側に来たら裏口の扉が開いている。明らかに観光客とガイドのおばちゃんだ。で、おばちゃんに見物していいか聞いたら説明が終わったら閉めるからそれまでOKということで啓母闕を見物。普段は非公開なので大収穫だ。そして、他のおっちゃんたちも便乗して見物。

外へ出てしばらくすると扉は再び閉じられ非公開となる。普段非公開でも旅行会社で手配すれば見物できるのかもしれない。14:50頃、啓母闕を出てユースホステルへ戻る。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。具材にネギとモヤシ、胡麻ダレが掛かっており混ぜて食べる。

食べ足りないので別の店でも熱乾麺(6元/約120円)を食べる。こちらは具材がネギと漬物になっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
バス 3.5元 登封→永泰寺路口
バス 3元 少林寺→会善寺路口
永泰寺 60元
合計 82.5元

中岳景区

07:00頃、qunar.comで中岳景区の入場券を購入。65元を支付宝で支払っておく。

07:30頃、嵩山路の党校のバス停から2路のバスに乗車。運賃1元、中岳廟で下車する。今日の天気は雨のようだがまだ雨は降っておらず青空が見える。雨が降る前に中岳廟と観星台を見物しなければ。

世界遺産 太室闕

08:00頃、中岳廟の南に位置する太室闕に到着する。

太室闕は後漢の元初5年(118)に建立され、中国で最も古い闕のひとつである。2010年8月には世界文化遺産に登録されている。太室闕は管理小屋があり管理人が住んでいるのだが番犬が3匹いて吠えられる。

肝心の太室闕は扉が閉ざされ非公開になっているが窓に穴が開いており覗けるようになっている。

窓に開けられた穴から除くと太室闕の約1900年前の壁画が見える。これで中岳漢三闕を全て見ることが出来た。

08:30頃、中岳廟にやってきたが天気悪く雨が降りそうだ。視界も悪く近くでも靄がかかった状態だ。これで中岳廟を見物するのは勿体ないので少林景区から戻ったら改めて見物しよう。入場券は年末まで有効なのでまだ発券する必要もないな。

08:45頃、中岳廟を離れ歩いて市区へ戻るが市区東の入口にある迎仙公園の山に登る。

09:15頃、頂上の迎仙閣に到着。

頂上から登封市内が一望できるはずなのだが天気が悪いのと大気汚染の影響で市内は真っ白だ。

早く雨降って汚染物質を洗い流して欲しいものだ。

熱乾麺

夕飯は今日も熱乾麺(6元/約120円)だ。胡麻ダレがいい感じで美味い。「毎日熱乾麺で飽きねーのかよ!」とツッコミが入りそうだが値段が牛肉麺や刀削麺より安いし味に関しても問題ないので熱乾麺がこれからの主食になりそうだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 8元
バス 1元 路線バス
中岳景区 65元
合計 74元

旅行家青年旅舎

昨晩から雨が降っていたが朝になっても天気が悪い。11:30頃、登封藏経閣国際青年旅舎をチェックアウトして次の宿へ徒歩で移動する。雨は止んでいたがいつ降り出すかわからない状況だ。

11:55頃、eLongで予約しておいた旅行家青年旅舎に到着するが閉まっている。このパターンだと昼食に出掛けているか買い出しだな。待っていればそのうち帰って来るだろう。ということでユースホステルの前で少し待つ。5分ほど待っていたらお姉ちゃんが帰ってきた。やはり昼食の買い出しであった。

で、登記の方は問題なし。部屋は1泊30元の10人ドミトリーに3泊します。10人ドミトリーだが部屋は広めだがベッドにはコンセントが有ったり無かったりでロッカー無しだ。Wi-Fiは問題なくつながり使える。共同のトイレ・シャワーに関してトイレは招待所レベル、シャワーはお湯の温度低いということで空いていた個室のシャワーを利用する。

熱乾麺

昼食は近くの食堂で熱乾麺(6元/約120円)を食べるが御碗にビニール袋が被せてある。農民工仕様ということか?

砂鍋雑烩

夕飯は砂鍋雑烩(8元/約160円)を食べる。砂鍋は土鍋料理で小さな土鍋で色々な料理が作られる。定番の中華料理で冬に寒い時期には欠かせないだろう。今回は雑烩なので「雑」とあるから色々入っているのだろうと予想していたが具材には昆布、キクラゲ、青菜、油揚げ、シイタケ、豆腐干絲、卵などが入っていた。タコ焼きのタコ無しみたいなのも入っていた。何やら具材が多く入っていたが結構美味い!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 90元 1泊30元×3(eLong)
合計 105元

世界遺産 中岳廟

朝から天気は曇りだが昨日の雨で汚染物質は洗い流されたようで視界は良好だ。08:30頃、中岳廟にやってきた。入場料は30元だが入場券売場で一昨日ネットで購入しておいた中岳景区セット券を発券する。

セット券は65元だが、中岳廟、観星台、盧崖瀑布が見られる。盧崖瀑布は嵩山を下山する時に通っているので特に見る必要はない。もっとも滝の水がないので見る価値が無い。

中岳廟は太室山南麓に位置しており、東周元年(770)に周の平王が鎬京(陝西省西安)から洛邑(河南省洛陽)へ遷都し嵩山を中岳に封じ太室祠を建立する。北魏は太室祠を嵩岳廟に改め道教寺院とする。

唐の玄宗皇帝の治世で中岳廟に改められ現在に至る。中岳廟は歴代帝王たちの中岳嵩山での祭祀を行う場所であり歴代王朝により大規模な修復が行われてきた。現存する建築物は明清時期の建立された物になる。

これは宋代鉄人、北宋の治平元年(1064)に鋳造され、高さ3m、重量3tになる。芸術珍品とされ中岳嵩山の鎮山之宝とも称される。

東岳殿、西岳殿、南岳殿、北岳殿がありそれぞれの神像が安置されている。大抵は東岳廟とかで独立してるので東岳殿から北岳殿まで揃っているのは珍しく中岳廟の格を物語っている。

それぞれの殿内には壁画がある。

これは境内にある瓢箪。

休日の土曜日であるにもかかわらず観光客は少なめだ。天気は曇りだが観光シーズンが過ぎているので静かに見物できる。

規模の大きい道教寺院なので神像の並ぶ回廊がある。

登封→観星台

10:00頃、中岳廟を出て2路のバスで市内へ戻り、バスターミナルの登封汽車客運総站の向かいにある登封市城郷客運総站へ移動。

次の目的地である観星台へは徐庄行きのバスに乗車する。

観星台(告成鎮)まで運賃は3.5元、10:35頃、バスが発車する。10:53頃、観星台の脇で下車する。

世界遺産 観星台

11:00頃、観星台に到着する。入場料は40元。

観星台は河南省登封市の南東7.5kmにある告成鎮に位置している。北に嵩山、南に箕山という場所にあり、古代陽城の所在地でもある。観星台は世界最古の天文台であり照壁、山門、垂花門、周公測景台、大殿、観星台、螽斯殿などからなる。

元の天文学者である郭守敬が元の至元13年(1276)に建設、当時、中国各地の北緯15度-65度の間に27の観測所が設けられ観星台は観測の中心地であった。郭守敬、王恂らの観測により至元18年(1280)、当時としては最も正確な暦である「授時暦」が使用された。現在使用されている「グレゴリオ暦」とは1太陽年が同じ365.2425日であるが授時暦の方が300年以上早く制定されている。2010年8月に世界文化遺産に登録されている。

これは周公測影台で周の文王の四男である周公が洛陽を建設した時に、この場所で太陽の影を観測し四季の変化を調べたとされる。唐の玄宗の開元11年(723年)に太史監の南宮悦がこの地に測影台を建てて今も残っている。11:10頃、観星台を離れ安食堂を探す。

土豆絲拌麺

昼食はイスラム食堂で土豆絲拌麺(12元/約240円)を食べる。麺の大盛り(加面)が無料だったので大盛りで注文。珍しく麺と具材が別々で出てきた。さらにこの後に大盛りの分の麺が追加で来た。初めから麺は一緒でいいのでは?具材はジャガイモ、ピーマン、玉葱の炒めものだ。

12:50頃、登封行きのバスに乗車。運賃は3.5元。13:07頃、登封市城郷客運総站に到着。向かいの登封汽車客運総站から1路のバスに乗車。運賃1元、双渓園(双渓园)で下車してユースホステルへ戻る。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。

1元ビール

近くのスーパーマーケットで特売の金小麦ビール320ml(1元/約20円)とパンを買って夜食とする。金小麦ビールは山東省平原県のビール会社が製造している。平原県と言えば劉備だな。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 3元 路線バス
バス 3.5元 登封→観星台
バス 3.5元 観星台→登封
合計 30元

城隍廟

11:00頃、城隍廟を訪れる。城隍廟は明代初期に創建された道教寺院である。

参拝客は殆どおらずかなり寂れているといった感じだ。

建物も結構傷んでいる。歴史はあるのだろうが特にこれといったものはない。

牛肉炒飯

昼食はイスラム食堂で牛肉炒飯(8元/約160円)を食べるが牛肉ほとんど入っていない。

メインの具材はピーマンと人参、これなら青椒炒飯とかではないか?で、炒飯を食べるのだが客に服を着たおサルさんが紛れ込んでおり牛肉麺喰いながら床に痰を吐いている。しかも、痰吐きの回数は2回3回では済まなかった。まあ、少林寺があるとはいえ中国の田舎なのでこういったおサルさんが生息していても不思議ではない。

紙くずの人民元

今日は城隍廟だけでなのでネタをひとつ紹介。これは中国の紙幣なのだがメチャ汚いしボロボロの紙くずになっても紙幣として流通しているのだ。日本ではありえへん状況だ。中国人民銀行は紙くずを回収する気はないのだろう。これがチャイナクオリティというやつだな。

でも、一番恐ろしいのはウンコしても手を洗わないおサルさんたちの手を介して流通していることだ。大腸菌とかの数は物凄いのだろう。紙幣であるがある意味で細菌兵器とも呼べるだろう。

排骨砂鍋麺

夕飯は排骨砂鍋麺(8元/約160円)を食べる。骨付き豚肉と麺の土鍋という感じかな。

1元ビール

食後は近くのスーパーマーケットで百奥ビール320ml(1元/約20円)を購入。明日から少林寺なので一応非常食も購入しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 29.8元
合計 29.8元

河南省南陽 三国志遺跡 南陽武侯祠・黄忠故里・宛城遺址

河南省旅行記2015秋

許昌→南陽

06:30頃、賓館をチェックアウトしてバスターミナルへ向かう。06:40頃、許昌汽車站(許昌中心站)に到着。今日は07:20発のバスで南陽へ移動する。チケットは昨日既に自動券売機で購入済みだ。南陽までの運賃は53元だ。待合室へ移動すると既に南陽経由襄陽行きのバスが待機していたので運ちゃんに聞いてみたら、06:50発で07:20発は次ということで暫し待機となる。

07:00頃、南陽経由内郷行きバスが来た。バスのおばちゃんに聞いたら07:20発ということで乗車する。昨日の朝にチケットを購入しているので座席は1番で先頭なのだが車内には座席番号がない。どうやら早い者勝ちのようだ。

07:20頃、バスが発車、乗客7人、乗車率は2割ぐらいになる。途中で客を乗せながらの運行なので昼過ぎには到着かな?

07:35頃、南バスターミナルの許昌汽車南站に到着。客待ちをするが乗客おらず、07:45頃、発車し許昌を離れる。許昌を出ると道路上で次々と客を乗せ、08:30頃にはほぼ満席になる。

09:15頃、蘭南高速に入り高速道路を爆走していく。09:30頃、サービスエリアの平頂山服務区でトイレ休憩。乗客のオバハンがゲロ吐いている。なぜ中国ではゲロ吐きイベントが多いのだ?運ちゃんの運転が乱暴だからか?それとも車に乗る機会が少ないのか?

09:40頃、再びバスが爆走し高速の料金所ごとで高速を降りて乗客を降ろし再び高速に入っていく。2007年頃は高速道路上で乗客の乗り降りが当たり前であったが法律が厳しくなり、ちゃんと料金所を出て乗客を降ろすようになったようだ。それと地元民が高速道路上で葡萄やリンゴなどの農産品の販売とかも見あたらなくなった。やはり危険だから禁止が徹底されたのだろう。

南陽到着

11:20頃、南陽の大庄汽車站で降ろされる。駅前の南陽汽車站までは行かないので、3路のバスで南陽駅まで行くことになる。大庄汽車站はバスターミナルでも南陽経由のバスのための降車場といった感じだ。ここから乗車する価値はなさそうだ。

11:25頃、大庄のバス停から3路のバスに乗車、運賃1元で終点の火車站へ向かう。

12:30頃、南陽駅に到着。駅前の新城百楽商務大廈に予約してある宿があるので向かう。

虫虫客桟

12:35頃、eLongで予約しておいた駅前の虫虫客桟に到着。外国人OKか心配であったが大丈夫であった。1泊38元で3泊する。

部屋は8人ドミトリーでベッドはカプセル式だ。

カプセルホテルの親戚かな?電源はコンセントとUSBがついている。

それとIPTVもありテレビが見られる。これは凄い!

共同のトイレ・シャワーに関してはトイレ2つしかないので不足気味。シャワーは個室になっていないので同志たちと裸のお付き合いになってしまう。

洗面台はご覧の通り設備は問題ないのだが客層がおサルさんのようで歯ブラシ等のゴミが転がっている。掃除のおばちゃん大変だわ。

焼腐竹木桶飯

13:15頃、近くの四川料理の食堂で焼腐竹木桶飯(10元/約200円)を食べる。木桶飯は名前の通り木桶にご飯と具材入っている。今回の具材は腐竹(湯葉)、唐辛子、麦菜か青菜が乗っている。

13:40頃、南陽駅から3路のバスに乗車、運賃1元、車站路臥龍路口北で下車し5分ほど歩く。

三国志遺跡・南陽武侯祠

13:55頃、南陽武侯祠に到着。入場料は60元でここまで来たら後には引けず痛い出費だ。

南陽武侯祠は諸葛廬とも呼ばれ、諸葛亮を記念して建立された祠堂である。創建は魏、晋の頃になり、元の大徳2年(1258)に再建され、清の康煕51年(1712)に増築され1700年以上の歴史を持つ。現在残る建築物は清代の物になる。

大拝殿には諸葛亮像があり、ここまでは各地にある武侯祠と同じであるが南陽武侯祠の特徴は諸葛亮像の両脇のある武将の像である。

こちらは諸葛亮の子である諸葛瞻像。

こちらは孫の諸葛尚像。南陽武侯祠には諸葛亮の子と孫まで祀られているのだ。これは興味深い。

大拝殿の天井には色々と額が飾られえいる。

こちらは諸葛草廬。15:15頃、南陽武侯祠を出る。

牛雑麺

夕飯は駅近くの食堂で牛雑麺(8元/約160円)を食べる。牛雑は牛のホルモンを意味しており具材にホルモン、モヤシ、香草などが入っている。

食後は丹尼斯百貨へ行く。南陽にもデニスがあるのだ。

地下のスーパーマーケットでサントリーの缶ビール330mlの6缶セット(10.9元/約218円)を購入。デニスはビールが安くてありがたい。夜は少林寺のある登封での宿を予約しておく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 31.9元
宿泊費 114元 1泊38元×3(eLong)
宿泊費 16元 予約金:登封藏経閣国際青年旅舍
宿泊費 200元 予約金:功夫客桟
路線バス 2元 路線バス
南陽武侯祠 60元
合計 423.9元

三国志遺跡・黄忠故里

今日の三国志遺跡は黄忠故里から攻略していく。06:50頃、駅前から5路のバスに乗車する。運賃2元で終点の新店郷公交站まで移動する。途中で博望と大占头村へのバスとすれ違ったので夏餉鋪村の近くまで行けるだろう。

07:40頃、終点でバスを降りて郷道14号を道なりに歩く。道が曲がりくねっているが気にせず歩き橋を渡り新店を出たら北へ3kmほど歩く。GPSと高徳地図で確認しながら北へ向かう。川が見えてきたら橋の向こうが黄忠の故郷とされる夏餉鋪村だ。

08:20頃、夏餉鋪村手前のドブ川になっている白桐幹渠の橋に到着。

橋の手前が十字路になっており標識があり夏餉鋪村の位置関係が何となく分かる。高徳地図で確認すれば問題ないけど。

橋を渡り100mほど歩くと右手に黄忠故里が見えてきた。

黄忠故里に到着。

蜀の五虎大将である黄忠は夏餉鋪村の出身とされ黄忠を祀る黄忠祠がある。

祠の前には石碑があり祠内には黄忠像が安置されている。

黄忠の両脇には配下の陳式、張著の像が安置されている。こちらが陳式。

こちらが張著。

雨が降り始めたので、08:50頃、夏餉鋪村を離れる。雨は徐々に強くなり新店に着く頃には本降りになる。天気予報だと昼間は曇りで夜には晴れる事になっているのだが・・・。中国の天気予報は当たらない。

途中、夏餉鋪村の北にある魏莫庄村、周営村と秦王廟村へのバスとすれ違う。http://www.hn96520.comで調べたのだが東バスターミナルから周営行きのバスが5元で出ているのを見つけるがバスの本数は少ない。

09:35頃、新店郷に戻り5路のバスに乗車するが隣の爺さんが頻繁に床へ痰を吐く。なぜ黄忠の故郷にサルがいるのだ?蜀の五虎大将を輩出しているのに、現在はおサルさんが住み着き黄忠のような御老体はいないようだ。三国志遺跡はあったが偉大な中国のイメージは崩壊させられる。運賃2元で10:40頃、南陽駅到着。雨は降ったままなので今日は動けず宿へ戻る。

炒豆芽木桶飯

昼食は重慶料理の食堂で炒豆芽木桶飯(8元/約160円)を食べる。具材はモヤシ、唐辛子、生姜の炒め物だ。

牛肉扯麺

夕飯は牛肉扯麺(9元/約180円)だ。扯麺は山西省、陝西省、甘粛省あたりの麺料理で幅広麺なのが特徴だ。

夜は買い溜めしておいたビールを飲みながらテレビを見ていたのだがウンコしたくなってトイレへ行くが何かやたらと臭い。まだウンコしていないのに・・・。またやり逃げかと思ったら、ちゃんと流してあった。とりあえずウンコしてスッキリするが、ちょっととなりを覗いてみたら茶色いバナナが・・・。いやバナナを上回る鳴門金時のウンコがやり逃げされていた。何で中国はウンコやり逃げのおサルさんたちが多いのだ?

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 7元 路線バス
日用品 12.9元
合計 39.9元

客層がおサルさんの宿

出発の前にウンコしにトイレへ行く。中国では外で緊急事態になるとトイレが少ないので野糞か漏らすかの究極の選択に追い込まれる可能性がある。出発前には必ずトイレへ行かないといけない。

で、ウンコしていたら隣で小便している奴がいたが水流さねえだろうなと思っていたら予想通りやり逃げしやがった。何で中国はおサルさんが多いのだ?水の流し方知らないのか?

ちなみに宿の客層がどうなっているかというと、この画像の通りだ。おサルさんたち歯を磨くことは知っているようだが、後方にあるゴミ箱にゴミを捨てるということは知らないようだ。

こちらはおばちゃんが掃除した後の洗面台。宿の設備はそこそこだがおサルさんだらけである。カプセル式なのでおサルさんと目を合わせる確率は低いが站吐きの音は響いている。

登封行きのチケット購入

南陽汽車站(南陽西站)で明日の登封行きのチケットを購入する。窓口が混んでいたので誰もいない自動券売機で購入。現金非対応だったのでキャッシュカードで支払う。

ちなみに南陽からは新彊ウイグル自治区アクスへのバスが毎日1便運行されている。料金確認したら980元で3日先まで完売であった。鉄道の方が楽だと思うのだがバスの需要もあるようだ。どのような客層なのか気になるしイベント満載のような気がする。

路線バスの注意書き

人民公園へ向かう途中で路線バスの車内にあった注意書きに驚く。

手書きで「痰吐くな」「ポイ捨てするな」「飲食禁止」とある。そして、「小便するな」ともある。ここは四大文明のひとつに数えられる中国だが、これはどういう事?孔子や孟子もびっくりであろう。五千年の歴史を誇る中国の偉大なイメージが崩壊していく。

三国志遺跡・宛城遺址 望仙台

11:00頃、人民公園にやってきた。

11:10頃、公園北西の角にある宛城遺址 望仙台に到着する。

城壁というか土塁の跡になり、公園の一部として整備され望仙台が再建されている。

日曜日なので地元民が多数押し寄せている。

これが再建された望仙台。

11:30頃、3路のバスで南陽駅へ戻る。宿の近くの床屋で坊主頭にしてもらう。理髪代は15元(約300円)だ。

炒土豆絲木桶飯

昼食は昨日の重慶料理の食堂で炒土豆絲木桶飯(8元/約160円)を食べる。この店は油少なめなのでジャガイモの炒め物が美味い。

紅焼鶏塊木桶飯

夕飯は紅焼鶏塊木桶飯(12元/約240円)を食べる。お馴染みの木桶飯。具材は骨付き鶏肉の醤油煮込みとピーマン、ネギの炒め物になり味付けは甘辛い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 3元 路線バス
バス 65元 南陽→登封
理髪 15元
合計 103元

河南省許昌 三国志遺跡巡り

河南省旅行記2015秋

石家荘→許昌

10:45頃、宿をチェックアウトして石家荘駅へ向かう。駅の隣の区画に宿があるので5ー10分歩いて到着。まずは入口でいつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませて待合室へ。

石家荘駅は北京南駅のように巨大だ。利用客はそれほど多くはないので巨大待合室はかなり空いている印象だ。待合室にはケンタッキーやマクドナルドもあったりして食べるのにも困らない。駅の規模に対し利用客が少ないので設備過剰にも思える今後利用客が増える見込みか?

今日は河北省石家荘を離れ河南省許昌まで南下する。許昌は許都とも呼ばれ曹操の本拠地であり後漢の都でもあり三国志遺跡満載の都市だ。11:27発、北京西→昆明のZ53次で許昌まで乗り鉄、席は硬座、距離494km、4時間33分の乗車予定だ。

改札口は既に行列というか群れができており乗車バトル確定だ。列車が遅延しており、11:25頃、改札が始まる。自動改札機があるのだが何故か自動改札機は使用せず有人改札になる。自動改札機は故障ではなく稼働しているのに有人改札、原因不明だが相変わらずのチャイナクオリティだ。

ホームへ降りると発車ベルが鳴っているが当然ながら全員乗車できていない。行先票だけ撮影してホームを走り乗車するが車内は無座の客であふれてカオス度高い。既に列車は発車しているが、こちらは席に未だたどり着けず。荷物置き場は席から離れたところに何とか確保。

無座の乗客が多いのでZ列車なのにカオス度が高い。Z列車で無座切符なんか販売するなよ。元々Z列車は特快や快速とは格が違うはずなのだが、どうも和諧号が登場してから扱いが悪くなっている。

石家荘を出てから停車駅ごとに乗車率は下降する。安陽を過ぎる頃にはカオス度が低下し平和になる。石家荘では天気は曇りであったが南下していくと天気は雨に変わる。天気予報だと許昌は雨のようなので明日の天気が気になる。

15:27頃、15分遅れで鄭州駅に到着。停車時間は6分、鄭州は河南省の省都なので、ここでほとんどの乗客が下車して入れ替わる。程なくして鄭州からの乗客が一気に乗車してきて乗車バトルの戦場と化す。乗降客多いのに停車時間6分というのはダイヤに無理があるだろう。

そして、停車時間の6分を越えて遅延する。15:42頃、定刻より24分遅れで鄭州駅を発車する。車内は乗車率100%でカオス度上昇である。

16:27頃、27分遅れで許昌に到着する。ここも下車する乗客が多く半分ほどが下車となる。

許昌の天気は曇りで幸い雨は降っていない。16:40頃、許昌駅からQunar.comで予約しておいた宿へ向けて北東へ歩いて行く。

16:50頃、許昌黎園賓館に到着。外人OKの賓館を予約しておいたので追い出されずに登記は問題なし。1泊58元の部屋に2泊する。

部屋はかなり広く半分以下の広さでも十分だ。設備はテレビ、エアコン、電気ケトル、電話がある。Wi-Fiはパスワード掛かっておらず速度はまあ普通かな。

トイレ・シャワーは扉が完全に閉まらないが、この辺は許容範囲内だろう。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。胡麻ダレと漬物がいい感じで麺と絡み合って美味い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.2元
宿泊費 116元 1泊58元×2(Qunar.com)
合計 129.2元

春秋楼

09:25頃、賓館を出て春秋楼へ向かう。昨夜は雨が降っていたのだが今日は晴れており三国志観光には条件がよい。09:35頃、春秋広場近くで赤兎馬像を撮影。

09:40頃、春秋楼に到着。入場料は25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

春秋楼は関羽が曹操の元に居た時の邸宅跡だ。

ここは春秋楼で創建は元の至元年間になり、関羽が春秋を呼んでいたとされる場所になる。楼内には春秋を読む関羽像が安置されている。

こちらは関聖殿。

殿内には巨大関羽像が安置され、両脇にはおなじみの関平、周倉もいる。

そして、ここには寥化、王甫の像もあり珍しい組み合わせだ。これは周倉と寥化。

これは関平と王甫だが、いつもニコニコ顔の関平がここでは笑っていない。

関聖殿の東にあるのが甘糜二后宮。甘夫人と糜夫人が住んでいたとされる場所だ。

関聖殿の西にあるのが文廟で許州文廟とも呼ばれ大成殿には孔子が祀られている。

大成殿の創建は元代になり明代に再建され清代には修復がされている。11:00頃、春秋楼を出て曹丞相府へ向かう。この頃には青空が曇り空に変わっていた。

曹丞相府

11:15頃、曹丞相府の西隣にある魏武帝広場に到着。曹操像がお出迎え。

続いて曹丞相府を見物する。入場料は60元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。入場料が高額なので観光客は少なめで静かだ。

曹丞相府は丞相府の遺跡上に復元された三国志テーマパークだ。ここに丞相府があったとなると関羽の屋敷からかなり近い。

三国志テーマパークといってもパネル展示が多くテーマパークというより資料館に近い。パネル展示でも色々と見てしまうが蝋人形もあったりする。ここは官渡の戦いでの軍議のようだ。

こちらは曹洪と夏侯惇。12:20頃、曹丞相府を出て西湖公園へ向かう。

徳星亭

12:25頃、西湖公園に到着し公園内を歩き、12:35頃、徳星亭に到着。

徳星亭の前には9体の像が見えてきた。陳寔が荀淑を訪れる場面で右側が荀家、左が陳家で両家の賢人9人が集う場面である。

荀淑の息子8人は「荀氏八龍」として知られ、次男の荀緄の子が荀彧になる。13:00頃、西湖公園を離れ許昌駅へ向かう。

許昌汽車站

13:30頃、許昌駅の東隣にあるバスターミナルの許昌汽車站(許昌中心站)に到着。窓口のおばちゃんが怖そうなので運賃表撮影できず、とりあえず一部運賃のメモだけ。

鄭州18元
開封32元
少林寺32元
登封28元
南陽53元

自動券売機は現金とキャッシュカードに対応しており身分証は必要なし。ただし、読み取り機能はあるのでテロとかがあると身分証必須になるだろう。

許昌豪華汽車站

13:45頃、許昌駅の南隣の許昌豪華汽車站に到着。豪華と言っているが建物はプレハブ小屋みたいなので豪華ではない。
とりあえず時刻表だけ撮影しておく。長距離は北京、上海、深圳、青島、昆明などが1日1本運行されている。短距離は開封が30分毎、洛陽が20分毎に運行されている。

灞陵橋公園

14:05頃、許昌汽車站近くの火車站のバス停から5路のバスに乗車する。運賃1元、14:20頃、灞陵橋公園で下車する。

灞陵橋公園の入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。しかし、雨が降ってきた。今日はこのまま引き上げて明日以降訪れようかと思ったがとりあえず見ておく。まだ夕方ではないのだが既に薄暗く撮影には向かない。関羽が曹操に別れを告げた灞陵橋を渡る。

許昌関帝廟を見物して今日は撤退する。明日以降もう一度だな。15:15頃、1元の5路のバスに乗車して戻る。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(7元/約140円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.4元
バス 2元 路線バス
合計 16.4元

董妃墓

07:40頃、賓館を出て許昌駅へ移動。朝から天気は快晴だ。駅前で2路のバス停を探すと許昌汽車站の近くにバス停を発見。07:54頃、火車站、汽車站のバス停から2路のバスに乗車する。運賃1元、08:15頃、許昌迎賓館で下車する。

許昌迎賓館の隣にある貴妃苑へ入る。

公園内を歩き、08:20頃、董妃墓に到着する。

董妃墓は献帝の貴妃であり後漢の車騎将軍 董承の娘である董琳の墓である。父親の董承が曹操殺害を計画したために曹操に殺害され、董妃も殺害されている。

墓周辺は公園として整備されている。08:50頃、董妃墓を離れ漢荀氏八龍塚へ向かう。

09:10頃、董妃墓の東を通る魏文路の移動公司のバス停から7路のバスに乗車する。

漢荀氏八龍塚

運賃1元、09:25頃、陳庄で下車する。目の前の牌坊を潜りゴミだらけの道を東へ歩き路地に入り北へ歩く。

09:30頃、漢荀氏八龍塚に到着するが地元民が集まってお参りしている。てっきり誰もいないと思っていたのだが予想外である。今日は何かの日だろうか?

漢荀氏八龍塚は荀淑墓であり塚の上には伝説によれば荀淑の死後に息子たちが柏の木を一株づつ植えたとされ八龍塚は八柏塚とも呼ばれている。現在は柏の古木が6本残っているが樹齢千年以上あるようには・・・。荀淑墓の上には廟が建てられおり地元民がお参りをしている。

とりあえず地元民が去るのをひたすら待つ。余所者は大人しく待ちます。そして空いた所で撮影。廟内には像が安置されているが荀淑像か?

王允墓

10:00頃、漢荀氏八龍塚を離れ王允墓へ向かう。清潩河の西岸の遊歩道を歩いて魏都区人民政府の裏手辺りに来ると王允墓が見えてきた。10:35頃、王允墓に到着する。

後漢の司徒である王允は董卓殺害の首謀者で貂蝉の養父でもある。許昌にある王允墓は献帝が許昌に遷都してから造営された衣冠塚である。

10:45頃、王允墓を離れ、11:05頃、清潩河東側の文峰路にある市広播電台のバス停から4路のバスに乗車。運賃1元、11:30頃、火車站、汽車站で下車する。

11:40頃、許昌豪華汽車站で繁城行きの301路のバスに乗車する。劉庄路口で下車するのだが自分は四声が下手くそなので乗務員のおばちゃんに言葉通じず。スマホで「刘庄路口」と表示して見せるがおばちゃん老眼で見えないので隣のお姉ちゃんに読んでもらいようやく通じる。

ただでさえ余所者で目立つのに更に目立ってしまった。まあ、おかげで乗客全員が「この田舎者は劉庄路口で下車する」と覚えたので乗り過ごしの危険性はなくなった。運賃は3.5元、省道を南下して12:10頃、劉庄路口で下車し東へ歩く。

伏皇后墓

12:20頃、伏皇后墓に到着する。

伏皇后は名を伏寿と呼び、徐州琅邪東武(山東省諸城)の出身になり後漢の興平2年(195)に献帝の皇后となるが曹操暗殺計画が露見し伏皇后は殺害され、2人いた皇子も殺害される。

墓の前には廟があり廟内には伏皇后像が安置されているが扉には鍵がかけられている。扉の脇に管理人の名前と電話番号が記されているので連絡して開けてもらうのだろう。

廟には伏皇后祖母娘、伏皇后殿、祖母娘墓と記されており伏皇后は祖母娘とも呼ばれているようだ。

陵墓は劉庄村の外れにあり周辺は畑である。12:55頃、伏皇后墓を離れ次は西へと向かう。

徐母墓

来た道を戻り省道を渡り、そのまま西へと歩くと、道の左手に石碑が見えてきた。13:05頃、徐母墓に到着する。

徐庶の母の墓で許昌県志に記載されている。おなじみの劉備の軍師だった徐庶が偽手紙により曹操に仕えることになってしまうが、徐庶の母は不忠不孝を嘆き自殺してしまう。

1952年秋に村民がサツマイモを掘り起こし収穫していると墓室の扉に当たり開けてみると円形のレンガ造りの墓室があった。しかし、文化大革命で墓室は破壊され現在残っているのは墓前にある清の乾隆21年(1756)に建立された「漢大賢徐母之墓」と書かれた石碑のみである。13:37頃、徐母墓を離れる。

徐母墓から60mほど離れ所にある歇馬殿を訪れるが門が閉まっている。門の隙間から内部を見るが関帝廟というところまでは確認できた。内部に入れないのでは仕方がないので省道へ戻る。

13:50頃、301路のバスに乗車、運賃3.5元で14:20頃、許昌豪華汽車站へ戻る。14:30頃、火車站、汽車站のバス停から5路のバスに乗車する。運賃1元、14:50頃、灞陵橋公園で下車する。

再び灞陵橋公園へ

昨日雨が降ってきて引き上げたが、今日は晴れており再び訪れる。陝西旅游年票を使い無料で入場。まずは曹沖称象処から見ていく。曹操の息子である曹沖が孫権から贈られてきた象の重さを量るという場面だ。

続いて灞陵橋を見ていくがこの橋は新しいので素通り。この橋の勾配では馬車通れるのか?

許昌関帝廟

許昌関帝廟の創建は清の康熙28年(1689)になり、三進院九殿一閣の建築様式になる。

許昌関帝廟の特徴は関羽と共に曹操も祀られており関羽が馬上から錦袍を受け取る場面が再現されており他の関帝廟とは一線を画している。

これは曹操像。

奥の碑廊には元々あった灞陵橋が移設されている。これも清代の橋で新しいのだが、まあこちらは勾配がなく馬車が通れるから本物の灞陵橋に近いだろう。

で、碑廊で石碑を物色します。

碑廊で何かないかと探していたら「漢荀氏八龍塚」の石碑を見つける。「大清道光元年許州牧」とあるが「中華民国22年」「重立」とも刻まれており中華民国の頃に再建された石碑のようだ。こんな所にも掘り出し物があった。

15:50頃、灞陵橋公園を出て5路のバスで市内へ戻る。賓館に戻り延泊の手続きをしておく。1泊58元で3泊延長だ。

鹵肉熱乾麺

夕飯は鹵肉熱乾麺(7元/約140円)を食べる。具材に胡麻ダレが掛かりモヤシや漬物の他に鹵肉(煮込み豚肉)が乗っている。

撈麺

撈麺(8元/約160円)を食べる。麺の具材にインゲン、モヤシ、キクラゲ、トマト、卵焼き、レタスが乗っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 15元
宿泊費 174元 1泊58元×3
バス 5元 路線バス
バス 3.5元 許昌→劉庄路口
バス 3.5元 劉庄路口→許昌
合計 201元

許昌→張潘

08:50頃、許昌豪華汽車站で201路のバスに乗車。盆李までは運賃5元、チケットをもらい保管。今日は許昌の東にある張潘鎮周辺の三国志遺跡を廻る。

張潘の手前でチケット確認があり提示する。張潘を通り過ぎて、道路左側(北)に廟が見えてきた。09:50頃、盆李の小さな関爺廟(関帝廟)の前で降ろされる。

とりあえず関爺廟を見物しておく。

徐晃墓

まずは約2km北東にある城角徐村の徐晃墓を目指し、GPSと高徳地図で確認しながら北へ進む。

10:35頃、徐晃墓に到着する。徐晃墓は許昌県張潘鎮城角徐村に位置している。徐晃は曹操配下の武将で「五子良将」の一人である。

墓は畑の中にあり遠くから文物保護単位の石碑が見えたので楽に到達できた。墓の北側には高速道路が通っていた。

郄慮墓

10:45頃、徐晃墓を離れ北西約1kmにある郄庄村の郄慮墓へ向かう。高速道路を越えて畑のあぜ道を歩いていく。村の中に入るが村人の視線を感じるというか村人たちはこちらをガン見だ。目を合わせても目をそらさないし・・・。

11:25頃、郄慮墓に到着。郄慮墓は許昌県張潘鎮郄庄村の村内南西に位置している。

郄慮は献帝の御史大夫を務めた人物で曹操暗殺計画が発覚し曹操に殺害され、この場所に葬られた。11:40頃、郄慮墓を離れ南西約3kmにある門道張村の漢張公祠へ向かう。

漢張公祠

12:30頃、門道張村の漢張公祠に到着する。

漢張公祠は張飛廟とも呼ばれ許昌県張潘鎮門道張村の西に位置している。創建年代は不明だが、明清代に幾度か修復が行われている。漢張公祠は村人たちが匪賊から身を守るために砦の機能を持たせているため小山の上に建設されている。

殿内には北宋の名判官である包拯の像があり、包公寨とも呼ばれていた。現在は砦はなくなり現存するのは山門、張公殿、包公殿などになる。

張公殿などは鍵が掛けられており殿内には入れず。隙間から張飛像を見物する。

こちらは包公殿の包拯。

包公殿には包拯と関羽が一緒に祀られていた。2人とも中国では人気が高いのでかなり興味深い組み合わせだ。13:20頃、漢張公祠を離れ南東約1.5kmの古城村にある漢魏許都故城へ向かう。

漢魏許都故城

13:55頃、漢魏許都故城に到着。道路北側の脇に河南省文物保護単位の石碑がある。

道路南側には牌坊と全国重点文物保護単位の石碑があり南に毓秀台がある。

漢魏許都故城は別名で張潘故城とも呼ばれ、後漢の建安年間の都城、魏の東都である。元々は周代の許国の都城遺址である。

牌坊をくぐり700mほど南へ行くと左(東)に廟が見えてきた。14:20頃、毓秀台に到着する。

毓秀台は献帝が祭祀を行った場所で小山になっている。

現在は毓秀台の上には天爺廟があり道教寺院となっている。14:55頃、毓秀台を離れ北西約2.1kmにある伏完墓へ向かう。

伏完墓

15:40頃、伏完墓に到着する。伏完墓は許昌県張潘鎮劉庄村の東に位置している。

伏完は後漢の侍中を務め、桓帝の長女 陽安公主である劉華を妻に娶る。娘の伏寿は献帝の皇后となる。皇后 伏寿は曹操を恐れ伏完に曹操暗殺の手紙を送るが伏完は行動を起こさず世を去る。伏完の死後、この事が露見し建安19年(214)に曹操は皇后を廃し伏寿と2人の皇子、伏徳ら伏氏100人余りを殺害する。

15:55頃、伏完墓を離れ南西約1kmある張潘鎮の漢愍帝陵を目指す。

漢愍帝陵は門番手強い

16:20頃、張潘鎮の漢愍帝陵のある政府跡地に到着。许昌县惠民现代农业合作社などが入っており入口で交渉か・・・。門番のおっちゃんに「見せてーな」と交渉するがダメであった。「単位規定」ぐらいしか聞き取れなかったが交渉不成立というか、おっちゃんの訛がわからず会話自体成り立たず。おっちゃんは門に南京錠掛けて小屋に籠もってしまう。しつこく優しく呼びかけて粘ってみたがやっぱダメ。中国だから賄賂渡さないとダメなのかな?
17:15頃、201路のバスに乗車し許昌豪華汽車站へ戻る。張潘鎮から許昌までの運賃は4元。

熱乾麺

夕飯は熱乾麺(6元/約120円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 6元
バス 5元 許昌→盆李
バス 4元 張潘→許昌
合計 15元

南陽行きチケット購入

08:10頃、許昌駅前の許昌汽車站(許昌中心站)で明日の南陽行きバスのチケットを購入。今回は窓口でなく誰も利用していない自動券売機で購入してみた。二代身分証は必要ないので外人でも問題なく購入。窓口は列ができているのだが、なぜ誰も自動券売機を使わないのだ?

許昌汽車西站

08:15頃、火車站、汽車站のバス停から8路のバスに乗車。運賃1元、西バスターミナルへ向かうが運ちゃんの朝食購入でバスが途中小休憩。日本ではありえん。08:40頃、客運西站で下車する。

許昌汽車西站のバス時刻表を確認。

華佗墓

08:45頃、許昌汽車西站から308路のバスに乗車。張月庄まで運賃は4元。

09:10頃、張月庄で下車し金属製の村の牌坊をくぐり東への道を約1.5km歩く。村の入口には華佗墓の標識がある。

GPSと高徳地図で華佗墓を確認するが高徳地図にも華佗墓が載っていたので楽勝だ。張月庄村を抜けると未舗装の農道になり畑が広がる。

09:25頃、橋の手前左側に華佗墓園の入口が見えてきた。

楽勝で華佗墓到着。

華佗墓は許昌県蘇橋鎮石寨村の南西、張月庄村の東に位置している。墓の北には石梁河、東隣には穎汝干渠が流れている。墓前には清の乾隆17年(1752)の石碑があり、この地の医者たちが資金を出し合い石碑を建立した。華佗は言わずとしれた後漢の名医で曹操に殺されている。誰もいないと思っていたが意外にも墓園には地元民がお参りをしている。

墓はかなり立派で墓前には石碑が多数建立されているが墓の保護のために周囲は柵が設けられて近づけないようにしている。これは落書き防止か?それとも墓の土持ち去り防止か?華佗墓だから病気に効くとかいう迷信があるのだろうか?楊貴妃墓の土が持ち去られるのと似たような事があっても不思議ではないな。

墓園には廟もあり道教寺院となっている。

廟には白い巨大華佗像がある。

他にも華佗と関羽の像が一緒に祀られていたりしてなかなか良い雰囲気だ。10:10頃、華佗墓を離れ張月庄へ戻る。10:30頃、張月庄からバスに乗車。運賃4元で、11:00頃、許昌汽車西站に到着。8路のバスに乗り換え市内へ戻る。

許昌文峰塔

11:50頃、許昌塔文化博物館に到着。入場料無料、塔に登るのは10元。

許昌文峰塔は文峰塔、文明寺塔とも呼ばれ、明の万歴43年(1615)に許州知州であった鄭振光の指揮により創建される。高さ51.3m、八角形、13層の楼閣式レンガ塔で、地下宮、基座、塔身、塔刹の4部分からなる。塔文化博物館ということなので塔に関する展示があったので見物して、12:30頃、許昌塔文化博物館を出る。

雑醤熱乾麺

昼食は雑醤熱乾麺(8元/約160円)を食べる。具材に醤、モヤシ、キュウリ、ネギが入っている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 2元 路線バス
バス 4元 許昌→張月庄
バス 4元 張月庄→許昌
バス 53元 許昌→南陽
合計 77元

河北省石家荘 三国志遺跡 趙雲廟・中山靖王 劉勝金縷玉衣

石家荘旅行記2015

地下鉄で北京西駅へ

今日は朝から小雨が降っている。06:00頃、北京雍和国際青年旅舎をチェックアウト、06:05頃、北新橋から地下鉄5号線に乗車、磁器口で7号線に乗り換える。

地下鉄車内にある液晶モニターには抗日戦争勝利の軍事パレードが放送中。先月の軍事パレードを未だに地下鉄では繰り返し放送しているのだ。「同志們好!」「同志們辛苦了!」の掛け声が車内に響く。北京市民は軍事パレードがかなり好きらしい。

06:45頃、北京西駅に到着、運賃は5元だ。切符と身分証の確認、手荷物のX線検査を済ませて待合室へ移動。

北京西→石家荘

まだ早い時間帯なので待合室は空いているが改札口の先頭を確保しておく。まだ誰も並んでいないが北京西駅なので乗車バトルは厳しい展開が予想される。自分が先頭を陣取ると他の乗客も並び始める。そして、後ろの農民工のおっちゃんたちは朝食のカップ麺を準備し始める。

今日は08:55発、北京西→昆明のZ53次で石家荘まで移動する。281kmを走り昼前には石家荘に到着だ。

08:15頃、改札が始まりホームへ移動。乗車する車両は後方なのでホームをひたすら歩く。

途中で行先票を撮影しながら後方へ。

車内はまだ空いており荷物置き場を無事確保。これで石家荘までの移動は安心だ。Z列車で客車は25Tなので比較的きれいだ。

08:54に定刻より1分早く発車する。列車内は満席だが平和だ。11:30頃、石家荘に到着。

河北省石家荘

出口へ向かうが通路にバケツが置いてある。雨漏りしている・・・。2012年12月20日から運用開始して3年経っていないのに既に雨漏りしている。立派な駅舎なのに中身はチャイナクオリティなのか。西口から西広場へ出るがボリタクの客引きが激しい。無視してeLongで予約しておいた宿へ向かう。

石家荘等風来青年旅舎

石家荘駅の北西にある住宅地の水晶郦城の3号楼3単元602号室にある。入口を通り3号楼を探すが1号楼しか建物の表示が出ていないので住民への通知の貼り紙を見て3号楼を見つけだす。というか、初めから入口で聞いておいた方が早かったな。

3号楼を見つけ3単元の入口へ。看板がないのでインターホン越しに「青年旅舎ですか?」と聞くと扉開けてくれてエレベーターで6Fへ。11:50頃、石家荘等風来青年旅舎(石家庄等风来青年旅舍/Dengfenglai Hostel)に到着。eLongで予約しているがBooking.comでも予約可能だ。登記は台帳記入ですぐに完了。1泊35元で4泊する。

部屋は8人ドミトリーで広さは問題なし。コンセントはOAタップがあり電源の確保は大丈夫だ。Wi-Fiの電波は良好で速度も問題なしだ。トイレ・シャワーはいつもの一体型だがまあ許容範囲内だ。

13:00頃、石家荘駅東広場へ向かうが雨が降ってきた。西広場と東広場の連絡通路があったので移動は楽だ。中国の場合は連絡通路がないとか、未完成で工事中とかいう罠が仕掛けられていることがあり注意が必要であるが石家荘は大丈夫であった。

河北博物院

13:30頃、東広場にあるバス乗り場から42路のバスに乗車し省博物館で下車する。運賃は1元、14:20頃、河北博物院に到着する。入場料無料でパスポート必須だ。

まず曲陽石彫の展示から見ていく。館内は見学者が少なく静かに見物ができる。

石像や彫刻画が多数展示されている。五代の王処直墓出土の白玉浮彫の彩絵奉侍浮彫は侍女たちが見事に彫られている。同じ王処直墓出土の彩絵散楽浮彫も見事であり一見の価値有りだ。

しかし、これは序の口だ。2Fの大漢絶唱-満城漢墓が本命だ。中山靖王劉勝の陵墓からの出土品が展示されている。中山靖王劉勝といえば劉備の御先祖様である。かなり間接的だが三国志関連だな。

中山靖王劉勝金縷玉衣

そして、劉勝の遺体を覆っていた劉勝金縷玉衣で河北博物院の一番の目玉である。

隣には王妃の竇氏の玉衣も展示されている。更にすぐ側では掃除のおばちゃんが常駐で待機しており、おサルさんがガラスケースを汚い手でベタベタ触った後にすぐに掃除して清潔な状態を保っている。武警も配置して汚れる前におサルさんを追い払った方がよいと思うのだが。掃除のおばちゃんも大変である。

おサルさんたちは美術の授業で美術館とかでの見学の仕方を習っていないのか?いや、中国に美術の授業はあるのか?16:20頃、河北博物院を出て42路のバスで石家荘駅へ戻る。

牛肉麺と牛肉炒飯

夕飯は近くのイスラム食堂で牛肉麺(7元/約160円)と牛肉炒飯(9元/約180円)を食べる。

宿へ戻るがここである事に気がつく。となりのおっさんたちがおサルさんであったのだ。2号はゴミ箱に痰吐いてるし、屁もブーブー音立ててしているし・・・。人数いる部屋でブーブー音立てられても困るのだが・・・。しかも、1回でなく3回も。せめて人のいない所で痰吐くなり放屁するなりしてくれ。

8号はリンゴの芯を床に投げ捨てているし・・・。掃除する老板の身にもなって欲しいなー。おサルさんたちとは目を合わさないようにしよう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 140元 1泊35元×4(eLong)
地下鉄 5元
バス 2元 路線バス
合計 163元

石家荘駅

昨日に引き続き朝から雨だ。天気が悪いので趙雲故里のある正定県は明日以降に延期だ。とりあえず25日の許昌行きの切符を12306.cnで購入、qunar.comで宿の予約をしておく。11:00頃、石家荘駅にやって来た。小雨が降っており切符売場へまっすぐ避難する。

切符売場は多数の窓口が開いており行列は短い。10分ほど並んで許昌行きの切符を受け取る。

カルフール

11:30頃、カルフールでビールとバナナを購入。

ビールの旨い夏は過ぎてしまったが中普ビール330ml(1.5元/約30円)と金百利ビール330ml(1.4元/約28円)が安かったので購入。

麻辣豆腐蓋飯

夕飯は麻辣豆腐蓋飯(12元/約240円)を食べる。今回は唐辛子少なめ目なので口の中が火事にならずに済む。

洋葱炒牛肉蓋麺

イスラム食堂で洋葱炒牛肉蓋麺(13元/約260円)を食べる。蓋麺は中華版スパゲッティで具材は玉葱、牛肉、ピーマンの炒め物になる。これをイタリアンレストランで黙って出したら日本人は中華料理とは気づかないだろう。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 35.1元
鉄道 72元 硬座 石家荘→許昌
合計 107.1元

趙雲の故郷 正定県へ

05:30頃に起床して今日の計画を練る。06:00頃、同じドミの4号がトイレへ行くが水流さずに出てきて再び寝る。朝から最悪や。仕方ないので水流しておく。

その後、8号が起きてトイレへ行くが水流さず出てきて再び夢の中へ。何でおサルさんがいるのだ?仕方ないので再び水流しに行くが8号は的を大きく外して小便が飛散している。シャワーで便器周辺を掃除しておく。何でおサルさんの後始末をせなあかんの?

08:00頃、石家荘駅東広場のバス乗り場にやってきた。08:10頃、運賃2元で148路のバスに乗車する。

乗車時に運賃箱へ2元投入するが、この時に運ちゃんからチケットをもらう。市内運賃は1元でチケットは必要ないが、市外へ行く場合はチケットが必要になる。09:15頃、市区の境界になる大正駕校で運ちゃんがチケットを回収、持っていない場合は運賃箱へ1元投入。

09:25頃、正定汽車站で下車する。バスターミナルから趙雲廟へのバスがあると思ったらないので、とりあえず東へ歩く。

途中で常山路で趙雲廟への143路のバス停を発見する。09:53頃、成徳常山路口のバス停から143路のバスに乗車する。運賃1元で趙雲廟(赵云庙)で下車。趙雲廟までの道は舗装が剥がれ泥濘んでいる。(趙雲廟で下車するよりも手前の乒乓球基地で下車した方が近くて道が良い)

趙雲廟

10:20頃、趙雲廟(趙雲故里)に到着する。

山門の門前には阿斗を抱えた趙雲像がある。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

正定県は趙雲の故郷で趙雲廟が故郷とされる場所である。三国志遺跡であり趙雲ファンにとっては一生に一度は聖地巡礼に訪れなければならない場所ともいえる。趙雲廟は1997年に再建されたようで比較的新しい。

平日にも関わらず観光客も結構訪れており趙雲の人気の高さが伺える。君臣殿では劉備、関羽、張飛、諸葛亮、趙雲の像が巡礼者をお出迎え。

廟内の碑亭には大清同治元年8月の漢順平侯趙雲故里の石碑がある。でも、やたらと新しい感じがする。

趙雲廟自体はそれほど大きくないが君臣殿、四義殿、五虎殿、順平侯殿があり、劉備や諸葛亮たちの像が祀られている。

順平侯殿には趙雲像が祀られているが道士らしきおっちゃんたちがいるのでお布施を巻き上げられないように要注意だ。

殿内には先ほどの漢順平侯趙雲故里の石碑がありかなり傷んでいる。こちらが本物で碑亭にある石碑は複製品のようだ。11:10頃、趙雲廟を出る。

隆興寺

11:30頃、隆興寺に到着。入場料は隆興寺だけだと50元だが天寧寺と開元寺とのセット券が60元だったのでセット券を購入。

隆興寺は正定隆興寺、大仏寺とも呼ばれ、隋の開皇6年(586)に創建され、創建当時の名称は龍蔵寺であり、唐代に龍興寺、清代に隆興寺となる。正定県を代表する千年古刹である。境内は結構広く観光客もそこそこいる。

境内には北宋から清代までの建築物があり、北宋の皇祐4年(1052)創建の摩尼殿には宋代の釈迦牟尼塑像などがあり一見の価値有りである。ただし殿内は撮影禁止でおばちゃんたちの厳しい監視の目がある。

殿内は撮影禁止でも境内は撮影できるので清の康熙帝の御碑や乾隆帝の御碑を撮影。各殿はかなり大きいので隆興寺の影響力が伺いしれる。13:00頃、隆興寺を離れる。

天寧寺・凌霄塔

13:10頃、天寧寺に到着する。入場料は15元。天寧寺は唐の代宗の治世に創建され、北宋の大観2年(1108)に勅命により天寧禅寺に改称する。

現在は寺はなく凌霄塔が残るだけになり、高さ40.98mのレンガと木を組み合わせた八角形の楼閣式9層の塔になる。13:45頃、天寧寺を離れる。

開元寺

13:50頃、開元寺に到着。入場料は20元。

開元寺は東魏の興和2年(540)に創建され、元の名称は浄観寺であり、隋の開皇10年(591)に解慧寺、唐の開元26年(738)に奉勅により開元寺となる。現存するのは三門楼、天王殿、须弥塔、鐘楼、法船殿遺址である。宗教活動は行われておらず博物館として運営されているようだ。14:20頃、開元寺を離れる。

臨済宗発祥の地・臨済寺

14:30頃、臨済寺に到着。臨済寺は臨済禅寺とも呼ばれ臨済宗発祥の地・祖庭であり仏教聖地である。臨済寺は元の名は臨済院と呼び、唐代に義玄禅師がこの寺で臨済宗を開いた。

境内には読経が聞こえ臨済宗発祥の地という雰囲気が伝わってくる。

14:56頃、目の前で坊さんが痰を吐いた。自分の中で臨済宗のイメージが崩壊した。千年の間に一体何があったのだ。まあ、原因はだいたい某党がらみと察しがつくが。これ以上は何も言いますまい。15:00頃、臨済寺を離れる。

15:10頃、広恵寺に到着。入場料15元だが外から見た感じだと華塔しかなさそうなので入場せず。15:15頃、広恵寺を離れる。

趙雲像

15:40頃、子龍広場に到着。県政府の前にある広場だが名前の通り広場には趙雲像がある。

やはり正定では趙雲は特別な存在のようだ。15:50頃、子龍広場を離れる。

16:15頃、正定汽車站のバス停に到着。16:30頃、148路のバスに乗車する。運賃2元で、行きと同じように運ちゃんからチケットをもらう。市区の境界になる大正駕校で運ちゃんがチケットを回収。17:30頃、石家荘駅へ戻る。

西紅柿鶏蛋麺

夕飯は西紅柿鶏蛋麺(8元/約160円)を食べるが物足りない。

白菜牛肉蓋麺

更にイスラム食堂で白菜牛肉蓋麺(12元/約240円)を食べる。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 20元
バス 5元 路線バス
隆興寺・天寧寺・開元寺 60元
合計 85元

滋補烩麺

10:25頃、石家荘駅東広場のバス乗り場から42路のバスに乗車、運賃1元、11:00頃、科技館で下車する。今日は河北博物院を再び訪れる。といっても、目的は劉備の御先祖様の中山靖王劉勝の玉衣である。

その前に昼食である。羊湯烩麺の店があったので寄ってみる。

滋補烩麺(12元/約240円)を食べるが、羊湯(ヒツジスープ)だと思っていたが店内にあった滋補烩麺の説明には山羊骨を使い当帰、黄芪などの30種類以上の漢方薬を使用したスープとあった。羊でなく山羊であった。これはトンコツに対抗してヤギコツということか?

スープはトンコツスープのように白濁しており味はけっこう旨い。で、具材は羊肉、ウズラの卵、キクラゲ、豆腐絲、薬味にネギ、香草が入っていた。

河北博物院

11:30頃、河北博物院を見物。

土曜日なのでけっこう見学者がいる。

中山靖王劉勝の玉衣周辺は人口密度やや高めだ。

やはり玉衣は一番人気のようだ。12:30頃、河北博物院の1本南の通りにある科技大厦のバス停から55路のバスで石家荘駅へ戻る。

韮菜鶏蛋水餃

夕飯は韮菜鶏蛋水餃(14元/約280円)を食べる。入った店でおばちゃんが餃子を包んでいたので注文してしまった。ニラと玉子が具材の水餃子、黒酢はお好みで!

本日の出費
項目 金額 備考
食費 26元
バス 2元 路線バス
合計 28元

北京 鉄道で八達嶺へ&孔廟・国子監、地壇公園

北京旅行記2015

北京北→八達嶺

07:05頃、ユースホステルを出て雍和宮駅から地下鉄2号線で西直門駅へ移動。運賃は3元、07:30頃、西直門に到着、北京北駅へ移動するが今日は土曜日なので人が多い。

今日はS2線で八達嶺へ向かう。まずは列に並んで改札が始まるのを待つ。S2線は公交ICカードが使えるので乗車方法がちょっと違う。待合室へ入る際に身分証確認はなく、先に改札があり公交ICカードを通す。

08:00頃、改札が始まりカードを通して手荷物検査があり待合室へ。八達嶺までの運賃は6元だ。乗車するのは09:02発のS207次、待合室で30分ほど待機だろう。

行列というか群れの状態からして乗車バトルは厳しい展開が予想される。08:40頃、ホームへの扉が開き乗車バトルが始まり乗客たちが一斉にホームを走る。列車はNDJ3型の和諧長城号なのでPB方式で先頭と最後尾車両が機関車になっている。座席は自由席なのだがS2線になる前のY列車の頃の名残で一等座と二等座の席はそのままなので狙うなら一等座の席だ。とりあえず狙うのは一等座の1両目と2両目の客車だ。

全力で走るがもう年寄りなのですぐに息切れしてしまうが何とか1両目の一等座を確保する。席を確保したらホームで撮影だ。まずは行先票。

続いて先頭の機関車部分を撮影。

そして、隣のホームで停車している承徳行きの4471次を撮影するが大気汚染が酷いので霞んでいる。近くの列車もか霞むほどPM2.5の威力は物凄い。実際はPM2.5以外にも大気中を色々と浮遊しているのだろうが。

09:02に定刻通りS207次が発車する。車内は満席だがとりあえず平和だ。

南口を過ぎて山が多くなり居庸関に差し掛かるがPM2.5で居庸関が霞んでいる。10:06頃、青龍橋西駅に到着、ここはスイッチバック区間なので方向を変えて再び発車する。

10:15頃、八達嶺駅に到着、駅を出て左(東)へ歩く。

詹天佑紀念館

10:30頃、詹天佑紀念館を訪れる。入場料は20元であるが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

詹天佑は中国鉄道の父とも呼ばれる清朝から中華民国の鉄道技術者である。八達嶺のスイッチバックを実現させたのも詹天佑の功績である。

世界遺産の万里の長城 八達嶺のすぐ隣にあるが観光客は2人しかおらず貸し切り状態だ。外は観光客であふれているのだが紀念館だけ人がいない状態だ。

八達嶺近くの滾天溝停車場(滚天沟停车场)の奥にあるロープウェイの近くにバス乗り場があり、ここから無料のシャトルバスが出ていたのでどこへ行くのか乗車してみた。

10分ほどで919路などのバス停に到着する。長城天地とかいう観光施設の前だ。919路は北京市内の徳勝門、879路は居庸関長城、明十三陵の定陵、長陵へ行く。

再びシャトルバスに乗車して滾天溝停車場へ戻り、12:15頃、八達嶺長城の入口に到着。入場料は40元、もちろん見物はしない。人が多すぎで大混雑だ。

長城には大勢の観光客であふれており長城を見るというより人の波を見に行くと行った感じだ。それに今日も大気汚染が酷く北京市内から離れた八達嶺も霞んでいる。これでは40元払うのが勿体ない。

八達嶺→北京北

12:30頃、八達嶺駅に到着、次の北京北行きの列車は13:40発になる。既に待合室は混雑していたが改札口は誰もいなかったので先頭を確保する。自分が先頭を陣取るのを見たのか他の乗客が後方に並び始める。

13:10頃、改札が始まり、13:25頃、ホームへ移動し乗車バトルに備える。13:33に列車が到着し乗車バトルに突入するが列車は空いており余裕で席を確保。もちろん一等座を確保だ。13:40に八達嶺を定刻通り発車する。

15:00に北京北駅到着だがホームがPM2.5で霞んでいる。遠くが霞むのは分かるが駅のホームまで霞むのは尋常ではない。

北京の大気汚染は深刻だ。太陽ですらスモッグに覆われているで空は真っ白というか灰色だ。AQI指数は360以上で最悪レベルの厳重汚染になっている。

地下鉄2号線でユースホステルのある雍和宮まで戻るのだが列車到着時にイベント発生!
乗車するハゲのおっさんと下車する家族連れおっさんが口論になる。

原因はハゲのおっさんが下車する乗客を待たずに乗車しようとしたからだ。まあ中国で下車する乗客を待たないのは日常の光景ですね。どちらに否があるかは・・・。

搾菜肉絲麺

夕飯はユースホステル近くの食堂で搾菜肉絲麺(11元/約220円)を食べる。ザーサイは重慶の特産品で歯ごたえが良い。桃屋のザーサイと違い本場のザーサイは唐辛子の辛味が効いている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
鉄道 6元 北京北→八達嶺
鉄道 6元 八達嶺→北京北
地下鉄 6元
合計 34元

北京富山国際青年旅舎

08:40頃、ユースホステルをチェックアウトして北京孔廟前の国子監街を通り抜けて、09:00頃、qunar.comで予約しておいた北京富山国際青年旅舎(北京富山国际青年旅舍/Beijing Home Youth Hostel)に到着する。登記は問題なく1泊50元で予約時に支払いはしてある。

部屋は8人ドミトリーで各ベッドにコンセント有り、照明は無しだ。人数分の小型ロッカーがあるが鍵は各自で用意だ。Wi-Fiの電波は良好で部屋でもネット可能だ。共同のトイレ・シャワーはまあ許容範囲内かな。

孔廟・国子監

09:55頃、孔廟・国子監を訪れる。先日はPM2.5で霞んでいたので引き上げたが、今日の天気は晴れで朝の時点ではAQI指数が50以下だったので大気汚染はそれほど酷くはなく遠くも見える。入場料は30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

北京孔廟は「先師廟」「宣聖廟」とも称され、孔子を祀る廟で元、明、清の歴代王朝により祭祀が行われてきた。創建は元の大徳6年(1302)、大徳10年(1306)に完成し、明、清代では増築、修復が行われ現在に至る。建築物は先師門、大成門、大成殿、崇聖祠などがある。

日曜日なので観光客が非常に多く大成殿などの建物は人が途切れる事はない。観光客が多い場所はやかましいが隅にある元、明、清の三王朝の科挙及第者である進士の名が刻まれた石碑にはほとんど観光客はいないので狙い目だ。

で、大成殿では地元の小学生が孔子様にお祈りしておりました。ここにいる子供たちが未来の中国を支えるのですが、孔子様のように礼儀のある大人になってほしいものです。間違っても痰吐き、手鼻、腹出し、割り込みとかするような大人にはならないで欲しい。これは本当に切実な願いです。日本製品ボイコットとかは個人の自由だから構わないけど、痰吐き、手鼻とかは本当に勘弁してくれ!

周辺では観光客と保護者が撮影真っ最中です。

続いて孔廟の隣にある国子監を見物します。瑠璃牌坊を潜り奥へ進みます。

国子監は太学、国学とも呼ばれ、元、明、清の三王朝が設立した最高学府、教育行政管理機構である。元の至元24年(1287)に建設され、明代に大規模な改修と拡張が行われ、清の乾隆48年(1783)に辟雍が増築され現在に至る。

ここも観光客が多く賑わっている。団体さんが多いので静かな所だけ見て回る。昼頃、孔廟・国子監を出る。

地壇公園

12:20頃、雍和宮のすぐ北にある地壇公園に到着する。入場料は2元で良心的。

地壇公園は方澤壇とも称され、明の嘉靖9年(1530)に建設され480年以上の歴史を持つ。明、清の両王朝の皇帝により祭祀が行われていた場所である。

天壇公園が世界遺産として有名であるが地壇公園は名前は知られていても観光地としてはマイナーであり地元民の憩いの場という感じである。それでも外国人観光客もおり知っている人は知っているという場所のようだ。

公園の入場料は2元であるが方澤壇と皇地祇は別料金で入場料5元になる。観光客が少ないので北京市内の穴場といえる。

公園の部分だけでも古い建物の外観だけは見物できるので2元なら十分元は取れるだろう。

麻婆豆腐飯

遅めの昼食で麻婆豆腐飯(12元/約220円)を食べる。ご飯の上に麻婆豆腐が乗っているので麻婆豆腐蓋飯と同じです。

土豆絲拌麺

夕飯は土豆絲拌麺(10元/約200円)にする。久しぶりに拌麺を食べるといっても蓋麺とさほど差はない。でも、麺の上に乗っているジャガイモの千切り炒めが美味い。今回はジャガイモがやたらと多くて麺が隠れていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 26元
地壇公園 2元
地壇公園(方澤壇・皇地祇) 5元
合計 33元

北京青年酒店・徳楽聚賓館

10:20頃、北京富山国際青年旅舎をチェックアウトして、10:50頃、北京青年酒店・徳楽聚賓館(北京青年酒店・德乐聚宾馆/Beijng Sunrise Hostel)に到着する。eLongで予約しており既に宿泊費は予約時に支払い済みだ。

1泊36元の8人ドミトリーを予約しておいたが、何故か6人ドミトリーになる。8人ドミが満杯で6人に変更か?で、6人ドミトリーだが先客に欧米人がおりネット中だ。各ベッドにはコンセント、小物置く台有り、照明無し。バックパックが入るロッカーもある。

部屋にトイレ・シャワーがあるが別々に分かれている。これならシャワー使われても緊急事態時は安心だ。Wi-Fiは電波良好で回線の速度も速めだ。宿泊費が安くこの設備なら十分満足だ。ここは当たりだ。

宋慶齢故居

11:50頃、什刹海(后海)北側の宋慶齢故居に到着。入場料は20元だ。入口では武警が警備しており一般の観光地とは少し雰囲気が違う。奥に観光客が入れない区画があるので武警の宿舎でもあるのだろうか?

宋慶齢故居は元々は清朝のラストエンペラー愛新覚羅溥儀の父である醇親王・愛新覚羅載灃の王府花園である。庭院の東側が醇王府である。宋慶齢は孫文の妻であり1963年から北京で生活を始め1981年5月29日に亡くなっている。

元々が庭園なので清朝の古典園林の雰囲気が漂っている。有料なので観光客は少な目で団体がいなければ静かに見物できる。無料だとどうなるかは想像しやすい。

故居は宋慶齢が亡くなった寝室を見ることができるが部屋はガラスで覆われ保護されている。保護しないとどうなるかは・・・。

什刹海(后海)周辺の胡同

13:15頃、宋慶齢故居を出て什刹海(后海)周辺の胡同を散歩する。

胡同の古い街並みが残る什刹海周辺だが路上駐車がかなり酷い。中国には車庫法に相当する法律がないので道路を車庫代わりにしており景観をかなり損ねている。景観だけでなく渋滞の原因にもなっているのだが。

路上駐車がなくなれば胡同の景観が守られて観光振興に繋がると思うのだが。

蛋炒飯

遅めの昼食に蛋炒飯(8元/約160円)を食べる。北京では安い方だなと思っていたら量がやたらと少ない。皿がデカイのではなく完全に量が少ないのだ。安いには理由があった。やはり北京の物価は上がっている。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14.8元
宋慶齢故居 20元
合計 34.8元

北京雍和国際青年旅舎

ネットで今週は北京の天気を調べるが良くないようだ。大気汚染もひどいしボチボチ許昌を目指して移動かな。12306.cnで明日の石家荘行きの切符を購入して、eLongで宿の予約をしておく。

10:30頃、北京青年酒店・徳楽聚賓館をチェックアウトして、積水潭駅から地下鉄2号線に乗車、雍和宮で5号線に乗り換え北新橋で下車、運賃は3元。駅から3分ほど歩いて、11:00頃、北京雍和国際青年旅舎(北京雍和国际青年旅舍/Beijing Lama Temple Youth Hostel)に到着。北京でも老舗に入るユースホステルで欧米人が多い。YHA Chinaで6人ドミトリーを予約しておいたのだが、延泊で居座っている奴がいるようで同じ料金の4人ドミトリーに変更になる。1泊53元(会員料金)で残金の47.7元を支払う。

部屋の4人ドミトリーは狭い!小型のロッカーがあるが鍵壊れているので小物置き場としての利用だ。ベッドにはコンセントなどは一切無しでかなりレベルが低い。部屋の外からコード引いてOAタップはあるが使い勝手が悪い。Wi-Fiは電波が弱く部屋では全くつながらなくレセプション周辺の共有スペースでないとつながらない。

共同のトイレ・シャワーは修繕が行われていないので故障が目立つというかウンコ流れない。トイレはウンコ流れないのでやり逃げに遭遇する確率が非常に高い。シャワーは3つある中でまともに使えるのは1つだけ。欧米人に人気の宿なのだが、これだと客が離れていく可能性がある。

昼頃、北新橋の近くの北新橋路口西のバス停から635路のバスに乗車、運賃1元で春秀路にて418路のバスに乗り換える。運賃1.5元、南皋西で下車、5分ほど歩いて中国鉄道博物館に到着するがエアコン修理で臨時休館になってるよ。まあ、休館では仕方がない。

13:20頃、再び418路のバスに乗車、東直門枢紐站へ戻る。運賃は1.5元、14:20頃、東直門枢紐站に到着、3路のバスに乗り換えて北京西駅へ向かうが渋滞がひどい。北京西駅までの運賃は2元だ。やはり北京市内は高くても地下鉄で移動するのが一番のようだ。

北京西駅

16:05頃、北京西駅に到着するが1時間半以上もかかっている。やっぱりバスはダメだ。

切符売場でネットで購入しておいた明日の石家荘行きの切符を受け取る。混雑はしていたが15分ほど並ぶだけで済んだ。

16:30頃、北京西駅から地下鉄7号線に乗車し、磁器口で地下鉄5号線に乗り換えて、17:05頃、北新橋で下車する。運賃は5元で高いが地下鉄は速い!30分ほどで北新橋まで戻ってきた。

まあ、地下鉄で5元かかっている時点で、その辺の切符の代理販売所で購入するなり受け取るなりした方が時間とお金の節約になる。切符の発券手数料は5元だし、わざわざ北京西駅へ行く必要がない。でも北京西駅が初めてで場所の確認のためとかなら行くべきだろう。自分は鉄ちゃんなのでわざわざ北京西駅まで行ってしまう。

洋葱鶏蛋蓋麺

夕飯は洋葱鶏蛋蓋麺(13元/約260円)を食べる。玉葱と卵焼きをご飯の上に乗せているのだが親子丼の鶏肉無しと言った感じだ。

蓋麺だけでは物足りないのでイスラム食堂で牛肉麺(10元/約200円)を食べる。久しぶりのイスラム食堂であるが北京では値段が高い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 23元
宿泊費 47.7元 1泊53元(会員料金)
鉄道 43.5元 硬座 北京西→石家荘
バス 6元 路線バス
地下鉄 5元
合計 125.2元

三国志遺跡 涿州&万里の長城 雲蒙山長城

北京旅行記2015

天安門広場・国旗掲揚式

安全検査04:20頃、天安門広場にやってきた。昨日に引き続き国旗掲揚式を見物だ。この時間でも既に安全検査には行列ができている。05:30頃に広場が開放されるのでそれまで待機となる。天気は晴れで気温は9度のようだ。空を見れば北京の星空が見える。隣ではおっちゃんがカップ麺を食べている。お湯はどこから調達したのだ?

05:05頃、爺さん2人が割り込みしようとするが、後ろに並ぶよう日本語で注意してあげる。「中国人が中国で割り込みしようと勝手だろ!」「小日本のくせに生意気だぞ!」と逆ギレされる恐れがあったが自分の前に並んでいたおっさんたちが参戦してきて「こいつの言葉はわからんが何いっちょるかは分かるぞ!」「わいらは3時半から並んどるんじゃ!」と爺さんたちを追い払う。

朝からというか日の出前からおサルさんたちとの割り込みバトルが発生するとは。天安門広場で文明旅游ができないってどういうこと?

05:20頃、検査場が開くが自分の左隣の列は実は入口ではなく保安に後ろへ並ぶように言われ観光客たちが騒ぎ始める。一方自分の右側は誰も並んでおらず入口ではないと思っていたのだが実は入口で保安が一声かけると遅れて並んでいた後ろの観光客たちが雪崩れ込む。遅れて来たのに得をして、早くから並んで大損する。夜明け前から興味深い光景だ。

天安門広場05:30頃、安全検査が始まり天安門広場へ。昨日よりは良い場所を確保できたがあと1mか2m移動したいところだ。明日もう一度かな。

国旗掲揚式06:18頃、天安門から国旗を持った衛兵が出てきた。

国旗掲揚式日の出の時刻である06:22に義勇軍進行曲が流れ国旗掲揚が始まるが一斉に中国国歌の大合唱にはならなかった。周囲では誰も歌っておらず撮影に大忙しだ。そして、厳重な警備をよく見ると警備の兄ちゃんの足元に消火器がある。これはテロというよりもチベット仏教の僧侶たちによる焼身自殺を警戒しているのだろうか?

三国志聖地 涿州遠征

838路のバス停06:45頃、前門のバス停から59路のバスに乗車。運賃1元、友誼医院で下車、3分ほど歩いて、06:55頃、天橋汽車站のバス停に到着。838路のバスで河北省涿州へ向かう。8年ぶりに涿州を訪れるが路線バスも変わり涿州行きは917路から838路に変わっていた。07:03頃、838路のバスに乗車して涿州へ向かう。運賃は通常は15元だが、もちろん838路も公交ICカードが使えるので割引で7.8元だ。

涿州駅08:50頃、涿州に到着。涿州駅近くの東方物理公司で下車して、まずは涿州駅へ。ここが路線バスの起点になっている。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)

09:00頃、涿州駅から4路のバスに乗車。運賃3元、盧家場村(卢家场村)にて下車。2007年以来になるが范陽盧氏宗祠の裏に片側4車線の道路が通っており物凄い変貌ぶりだ。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)09:40頃、范陽盧氏宗祠(盧植墓)に到着。ここは范陽盧氏の故郷になるが、劉備や公孫瓚の師匠である盧植先生の故郷でもあり盧植墓でもある。2007年訪問時は扉が閉まっていたが今回はちょうど地元民がトウモロコシを天日干ししており扉が開いていた。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)中に入ると爺ちゃんたちが井戸端会議や卓球をしていた。どうも廟というより集会所になっている感じだ。少し荒れ気味の范陽盧氏宗祠の奥へ進むと盧植墓がある。どうも手入れはされていない感じだ。

范陽盧氏宗祠(盧植墓)それでも貴重な三国志遺跡である。8年前は中へ入れなかったが今回は扉が空いており盧植墓を見物でき満足である。

涿州の路線バス10:00頃、離れ再び4路のバスに乗車して涿州駅へ戻る。運賃は3元だ。10:30頃、涿州駅に到着、駅前には劉備故里がある大樹楼桑村への3路と張飛廟と三義宮への7路のバスが停車している。
3路のバスに乗車する。大樹楼桑村までの運賃は4元だ。

劉備の故郷・楼桑村

玄徳路11:15頃、大樹楼桑村で下車する。降りた通りが玄徳路でまさに三国志聖地にふさわしい名称だ。

漢昭烈皇帝劉備故里碑以前記録しておいたGPSデータを頼りに漢昭烈皇帝劉備故里碑へ向かうが石碑がない。どうも誤差が発生していたようで周辺を探すが見当たらず地元民のおばちゃんに道を聞いて、11:45頃、漢昭烈皇帝劉備故里碑に到着。村の東西へ貫く玄徳路の北側に石碑はあった。

漢昭烈皇帝劉備故里碑以前のデータは600mも誤差が発生していたが今回は正確な座標を記録しておいたので次回以降は迷わないだろう。昼頃、大樹楼桑村を離れる。

「桃園の誓い」の舞台・三義宮

次の三義宮は直線距離で3.6kmの場所になるが3路のバスで涿州駅へ戻って7路のバスで行くか、徒歩で三義宮へ向かうか迷うが歩きながらバスを待っていたが3路のバスは来ずにそのまま徒歩で三義宮へ。

三義宮13:00頃、三義宮に到着する。入場料は20元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

三義宮ここが三国志聖地の三義宮で、「桃園の誓い」の舞台になった場所だ。現在は道教寺院になっており劉備、関羽、張飛が祀られている。

三義宮他にも諸葛孔明たちの像もあり蜀の武将勢揃いと言った感じだ。

結義亭三義宮の片隅には桃園三結義の石碑があるのだが2007年に訪れた際は石碑だけだったのが今回は結義亭と命名された亭が出来ている。

張飛廟

張飛廟13:40頃、三義宮を出て張飛廟へ向かう。国道107号に出て、途中で線路を潜り、14:10頃、張飛廟に到着する。入場料は20元。

張飛廟ここは張飛の故郷とされており張飛廟があるのだが、更にここも「桃園の誓い」の場所とされている。まずは張飛廟を見物。

張飛墓廟には道士がいるので撮影できず。というか、長時間滞在しているとお布施を巻き上げられそうなので、裏の張飛墓へ移動。

張飛像殿内には張飛像が安置されている。

桃園三結義故里続いて張飛廟の向かい側が「桃園の誓い」が行われたとされる桃園三結義故里。

漢昭烈皇帝結盟故里入口には清の咸豊6年に建立された漢昭烈皇帝結盟故里の石碑がある。
「桃園の誓い」は三義宮と桃園三結義故里のどちらが本物だ?

結義亭で、ここには「桃園の誓い」を再現した劉備、関羽、張飛の像があるのだが、2007年当時は野ざらしだったのだが、今回は結義亭と名された亭が出来ていた。

張飛古井こちらは張飛が肉を隠していたとされる張飛古井。14:40頃、張飛廟を出て、14:55頃、国道に戻ってきた。15:00頃、7路のバスに乗車。運賃3元で涿州の市区へ戻る。

涿州にもカルフール

カルフール15:20頃、カルフールで食料の調達をする。何と涿州にもカルフールがあるのだ。田舎だと思っていた涿州だがかなり都会になっている。

鉄道で涿州→北京

15:45頃、涿州駅で北京西への切符を購入するため切符売場に並ぶが2人前のおっさんが何故か欧米人のパスポート2冊もって北京南ー上海虹橋のG列車の切符を往復で購入している。

旅行会社のパシリのようだが窓口まで来ておいて最終的な列車が決まっておらず電話で確認したりして後ろに行列が・・・。この場合ネットで予約して窓口で受け取ればよいのに・・・。予約の仕方知らないのか?というか、なぜ北京でなく涿州で欧米人の切符を購入するんだ?

K472次の切符16:10頃、ようやく切符を購入、手荷物検査でカルフールで購入したペプシを一口飲んで待合室へ。今回の列車は16:31発、昆明→北京西のK472次だ。席は硬座、運賃は12.5元だ。

涿州16:15頃、改札が始まりホームへ移動し列車の到着を待つ。

HXD3D16:27に列車が到着。客車を牽引する機関車はHXD3Dだ。

K472次の行先票16:31に定刻通り列車が発車する。

北京西駅17:26に北京西駅到着。階段が混雑しているので空いてくるまでホームに居座る。地下鉄7号線に乗車して虎坊橋下車し宿へ戻る。運賃は3元。

茄子肉丁麺

茄子肉丁麺夕飯は宿の近くで茄子肉丁麺(10元/約200円)を食べる。刀削麺に四角に切られた茄子と豚肉に炒め物と醤がかけられている。醤がスープ代わりで味は赤味噌に近い感じだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 19.69元
鉄道 12.5元 硬座 涿州→北京西
バス 17.8元 路線バス
地下鉄 3元
張飛廟 20元
合計 72.99元

朝4時に天安門広場

03:30に起床するが同じドミの中国人の姉ちゃんたちも起きて準備している。姉ちゃんたちに一緒に行こうと誘われるが断って部屋を出る。一緒に行くの面倒だし。

天安門広場の検査場04:00頃、今日も天安門広場にやってきた。既に国旗掲揚式見物の行列ができているが、左の列は通れないので昨日同様、保安に並び直すように言われトラブルになるだろう。

誰も並んでいないで、自分は誰も並んでいない右側の場所を陣取る。ここがこの安全検査場の2カ所ある入口の1カ所である。もう1カ所は昨日並んでいた真ん中の場所で既に行列だ。

このまま約1時間半待機となるが物売りのおっちゃんが国旗の小旗を売っていたりと夜明け前から商売熱心だ。それと行列の中ではおっちゃんが痰吐いたりといつもの光景が・・・。文明旅游はどうなった?

誰も並んでおらずで、行列がかなり長くなったが自分の後ろには誰もいない。こちらも入口なのだが特に教える必要もないだろう。「小日本の言うことなんか信じられるか!ボケ!」と言われるのがオチだし。

誰も並んでおらず05:10頃、行列の最後尾がどの辺りかは確認できないが50m以上はあるだろう。でも、自分の後ろには誰もいない。

誰も並んでおらず05:20過ぎても後ろには誰もいない。代わりに行列に並んでいる観光客の視線が。どうやら一人で突っ立っているので不審に思われているようだ。

行列で、入口でない左側には4列ぐらいで行列が続いている。このあと絶対にトラブルになるよ。何で保安は事前に誘導しないのだろうか?それに先頭狙うなら前日の夕方とかに確認しておけば並ぶ場所間違わないだろうに。

後ろに行列ができた05:25頃、安全検査場が開いて自分の後ろに行列ができる。予想通りの展開。

そして、予想通り保安と左端に並んでいた観光客たちのトラブルが発生。大きな国旗持って来たりと気合いが入っているのに保安に後ろへ並ぶように言われている。もちろん大人しく言うことを聞く人たちではありませんから騒ぎます。

何で「ここ通れません」みたいな看板置かないのだろうか?ここの警備は雑踏警備の一種だろうから、ちゃんと導線確保しないとダメだと思うが。勤務時間外の事はどうでもいいという事かな。

公安が出てきて隣の入口に交互に通るということで騒ぎを収めていたが交互に順番守るかは怪しい。2日連続で同じトラブルが発生しているので毎日発生していそう。
案内看板立てた方がいいと思うのだが。

天安門広場05:30頃、安全検査が始まり天安門広場へ。天安門広場を走って場所取りへ向かうが、05:38頃、今日は何とか良い場所を確保できた。この夜明け前の時間帯しか天安門広場を走ることはできないだろう。昼間走ったら公安や武警に捕まるだろう。警備についている武警の側には消火器が置かれている。やはりテロかラマ僧の焼身自殺を警戒か?

今日の日の出は06:23だ。このまま待機になるが何やら天安門が霞んで見える。上を見上げると明けの明星とか星空見えず空が曇っている。これは撮影条件が悪い、やる気半減だ。まあ、今更帰るわけにもいかないし見物はしていく。待機していると最前列の見物客だけ公安の身分証確認が始まりパスポート提示。ビザ欄だけ確認して何事もなかったかのように返却。小日本には用はなかったようだ。

国旗掲揚式06:20頃、天安門から衛兵が出てきた。

国旗掲揚式06:23に中国国歌の義勇軍進行曲が流れ国旗が掲揚される。昨日同様で周囲に国歌を歌っている観光客はおらず。撮影している観光客は多数いる。

天安門広場国旗掲揚式が終わり引き上げるが天安門広場は既に観光客で大混雑だ。

地下鉄2号線09:50頃、上林国際青年旅舎をチェックアウトして前門から地下鉄2号線で鼓楼大街へ移動する。

北京爬梯国際青年旅舍

北京爬梯国際青年旅舍運賃は4元、10:35頃、鼓楼大街から20分ほど歩いて、10:55頃、北京爬梯国際青年旅舍(北京爬梯国际青年旅舍/Beijing Party Youth Hostel)に到着する。
Booking.comで予約しておいたので予約確認書みせて登記は問題なし。1泊49.6元で2泊する。

北京爬梯国際青年旅舍部屋は10人ドミトリーでトイレ・シャワー付きだ。トイレ・シャワーは共同でいいから別々の方が使い勝手がよいのだが。Wi-Fiは電波良好でネットの速度は問題なさそうだ。

一見すると普通のユースホステルかと思ったのだがこの後重大な事実に驚く。トイレ・シャワーのドアノブ壊れていたのだ。鍵かからずドアノブ回さず少し押すだけで扉全開です。これではウンコ中に誰か入ってくるというか、もうヤバイです。落ち着いて踏ん張れません。おまけにトイレ壊れておりタンクの蓋外されています。これではユースホステルというか農民工用の招待所じゃないか。はっきり言って失敗だ。

刀削麺

刀削麺昼食は近くの食堂で刀削麺(9元/約180円)を食べる。北京では炸醤麺を扱っている店が多いが刀削麺も多い。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 13.5元
宿泊費 99.6元 1泊49.8元×2
地下鉄 4元
合計 117.1元

密雲県へ

04:30頃、起床して地下鉄の鼓楼大街駅へ向かう。空を見ると星が見えるので天気は晴れのようだ。外は少し肌寒いが天気予報だと昼間は気温が25度の夏日だ。この時期の北京は寒暖の差が激しい。

今日は北京の北西に位置する密雲県の雲蒙山長城公園を目指す。雲蒙山長城は万里の長城の一部で北京周辺の長城の中ではマイナーな部類に入るだろう。一般的には八達嶺長城、水関長城、居庸関、司馬台長城、金山嶺長城あたりが外国人が訪れる所であろう。

鼓楼大街駅05:30頃、地下鉄2号線に乗車、運賃は3元、東直門駅で下車する。東直門は路線バスターミナルの東直門枢紐站もありかなり重要な駅である。

980路快

980路東直門から密雲県まで移動だが980路と980路快のバスで行ける。

北京のおサルさんで、980路快は停車するバス停が少なく速いのだが、ご覧の通りバスには並べないおサルさんが群がってカオス度MAXだ。ここは中国の首都北京だよね?これどういうこと?永楽帝、乾隆帝ら明清の歴代皇帝たちはこの光景を見れば悲しむだろうな。おサルさんの群れに入る勇気はないので空いている980路のバスに乗車して密雲県へ向かう。運賃は公交ICカードで7元だ。

05:50頃、バスが発車する。いくつかのバス停に停車すると満席、通路に乗客が溢れるが、隣のおっさんがタバコ臭い。さらに後方では痰吐きと手鼻の音がする。北京の路線バスはここまでカオス度は高くなかったのだが北京は一体どうなってしまったんだ?

密51路08:00頃、密雲鼓楼で下車する。密雲鼓楼のバス停からは司馬台長城へ行く密51路のバスを確認する。この情報は後日役立つな。

バス停車場50-100mほど道を戻り交差点近くの停車場で西口外行きの密68路のバスに乗車、密雲県でも北京の公交ICカードが使えるようになっており支払いが楽だ。雲蒙山長城へのバスは本数が少なく他には密60、密65でも行ける。

09:00にバスが発車する。09:35頃、雲蒙山長城ちかくの栗林山庄で下車する。運賃は公交ICカードで2.5元だ。

万里の長城・雲蒙山長城

雲蒙山長城バス停からというか、バス停はなく降りたところから100mほど戻り雲蒙山長城公園(雲蒙山長城風景区)に到着する。入場料は25元だが陝西旅游年票を使い無料で見物なのだが入場券売場に誰もいない。冬季休業は11月からのはずだが?まあ、誰もいないのでは仕方ないのでそのまま奥へ行く。そのうち公園のおばちゃんとかに遭遇するだろう。

雲蒙山長城雲蒙山長城風景区は密雲水庫(ダム湖)の西、雲蒙山森林公園の東に位置しており、現存する万里の長城は北斉の天保2年(552)、天保6年(555)に建設され、明の朱元璋により修復、永楽帝も訪れている。

雲蒙山長城雲蒙山長城を登っていくが勾配がきつくかなり険しい。手摺りとかはないので落ちたら崖下へ直行というような感じだ。長城の上を歩けるが幅が狭いので注意して歩く。

雲蒙山長城11:05頃、四方楼に到着。

密雲水庫四方楼を登ると遠くに密雲水庫が見える。

雲蒙山長城四方楼には誰もいないので貸し切り状態で見物だ。ここから更に長城を登ると烽火台があるのだが、長城が険しくなっているので引き返すことにする。11:50頃、長城を降り始める。

12:40頃、密雲県へ戻る省道へ戻ってきた。北京の東直門までは直線距離で約73kmだ。ここで県城へ戻るバスを待つ。13:00頃、密60路のバスに乗車、終点の大劇院まで2.5元だ。

13:35頃、終点の大劇院で下車するというか、密雲鼓楼のバス停と同じ場所なので、すぐに東直門へ戻る980路快が来るが混んでるよ。乗車せずに次のバスを待つが1分もしないうちに980路が来た。停車するバス停が多いので乗客は少なく空いている。時間はかかるが空いているので乗車する。運賃7元で15:50頃、東直門枢紐站に到着。

回鍋肉蓋飯

回鍋肉蓋飯東直門からは地下鉄2号線で鼓楼大街移動しユースホステルへ戻る。夕飯は近くの食堂で回鍋肉蓋飯(14元/約280円)を食べる。日本では回鍋肉炒飯を食べたことがあるのだが、ここの回鍋肉は唐辛子が多く使われており激辛風味になっていた。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
バス 19元 路線バス
地下鉄 6元
合計 39元

北京炮局工廠青年旅舍

北京炮局工廠青年旅舍10:30頃、北京爬梯国際青年旅舍をチェックアウトして鼓楼大街駅から地下鉄2号線で雍和宮駅へ移動。運賃は3元。雍和宮駅B出口から10分ほど歩いて、11:00頃、予約しておいた北京炮局工廠青年旅舍(北京炮局工厂青年旅舍/Beijing P.LOFT Youth Hostel)に到着する。2012年に宿泊しており3年ぶりになる。部屋は6人ドミトリー、1泊60元(会員料金)で2泊する。予約時に予約金を支払っているので残金108元支払う。

北京炮局工廠青年旅舍6人ドミトリーは少し狭めだ。各ベッドにはコンセントはあるが照明は無し、人数分の小型ロッカーがあるが鍵は掛けられないので歯ブラシや髭剃りの置き場所として利用かな。

北京炮局工廠青年旅舍で、床には洗面器や洗剤などが置いてあるので長期宿泊者・・・。いや、宿泊者ではなく住民が住んでいるいるようだ。Wi-Fiに関しては電波弱くて部屋では使えない。レセプション周辺の共有スペースでネットは使える。

西紅柿鶏蛋蓋飯

西紅柿鶏蛋蓋飯12:30頃、近くの食堂で西紅柿鶏蛋蓋飯(10元/約200円)を食べる。トマトと卵焼きがご飯に乗っている中国の家庭料理だ。

北京の交通マナー

横断歩道に駐車するカムリ食後に徒歩10-15分ぐらいの所にある北京孔廟と国子監へ向かうが、国子監街の入口の交差点で中国ならでは光景に遭遇する。交差点内でトヨタのカムリが路駐しているのだ。交差点内で更に横断歩道の上だ。首都の北京でも交通ルールは意味が無いようだ。いや、そもそも中国の法律では交差点や横断歩道上での路駐はOKなのかもしれない。日本では完全に取り締まり対象だ。

タクシーは客待ちで路駐しかし、よく見るとカムリの向こう側ではタクシーが路駐してトランク開けて運ちゃんが車磨いて客待ち中。交差点内に2台も路駐とは。タクシーの運ちゃんも何で交差点内で車磨くんだよ?渋滞になろうが関係ないということのようだ。

大気汚染酷い

北京孔廟13:45頃、北京孔廟に到着。入場料30元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。

北京孔廟北京孔廟は「先師廟」「宣聖廟」とも称され、孔子を祀る廟で元、明、清の歴代王朝により祭祀が行われてきた。創建は元の大徳6年(1302)、大徳10年(1306)に完成する。明、清では増築、修復が行われ現在に至る。

このまま孔廟と国子監を見物と思ったが何やら建物が霞んでいる。今日は大気汚染がひどくAQI指数は280を超えて重度汚染になっている。大人しくユースホステルへ引き上げる。

猫耳炒め

炒猫耳朵夕飯は炒猫耳朵(15元/約300円)を食べる。耳朵は耳を意味しており直訳すると猫耳炒めとなるが、残念ながら本物の猫耳ではない。猫耳朵は漢民族の伝統麺料理の一種で麺の形が猫耳のようになっているので猫耳朵と呼ばれている。店によって具材は変わるが今回は猫耳朵、青菜、トマトの炒め物だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 25元
宿泊費 108元 1泊60元(会員料金)×2
合計 125元