危険な石棉矿から青海省へ
真夜中、糞がしたくなり川口浩探検隊のようにヘッドライトをつけて外のトイレへ行く。トイレといっても柵があるだけで野糞とほとんど違いがない。用足しが終わり部屋に戻ろうとするが外の星空は今までに見たことのない星の数であった。夜は埃が舞っていないので北京や上海と違い空気は澄んでいるようだ。






どうやらスイカが食べたいらしいのでおっちゃんにいくらか聞いて値段を伝える。スイカを購入しているとおっちゃんの家族が「何人だ?米ドルは持っているのかな?」とか話しているので「彼は韓国人で人民元だけ持っているよ」と教えてあげる。さらに包丁とまな板を借りて韓国人バックパッカーはその場でスイカを切って食べる。自分もスイカをもらうが今までの経験上では腹を壊す確率が高そうなのだが一切れだけ頂くことにした。
花土沟→ゴルムド


| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 9.5元 | |
| バス | 15元 | 石棉矿→花土沟 |
| バス | 175.5元 | 花土沟→ゴルムド(格尔木) |
| 合計 | 200元 |
真夜中にゴルムド到着
0330頃に車内が騒がしいので目が覚めるとゴルムドに到着していた。0700頃の筈が何故か真夜中に到着していた。早く到着するのは良いのだが時間が悪すぎる。とりあえず、韓国人バックパッカーと一緒にバスターミナル脇の車站招待所に泊まることにする。0700過ぎに起床して韓国人バックパッカーと朝食を食べに行く。食後にバスターミナルで韓国人バックパッカーが西寧行きの切符を買うのを手伝ってあげる。
韓国人バックパッカーと分かれる

ちょうど祥和旅社には台湾人2人組が宿泊しておりゴルムド周辺の塩湖を見ると言っていた。まあ、とりあえず1人部屋なのだがシャワー・トイレ共同で汚くてあまり使う気にはなれない。まあ、1人部屋でPCの電源は確保できた。今日は滞っているHP作成に専念しよう。ゴルムドでは塩湖以外は観光地はないようだし。それにしても、どうして中国は蝿が多いのだろう?
ゴルムドは何もない田舎だ
ゴルムドはバックパッカーには知られた街なのだが実際に来てみると小さいただの田舎町だった。ラサへ行くバックパッカーがたくさんいるのかなと思っていた が白人を1人見かけただけであった。青蔵鉄路が開通してからはゴルムドは旅客駅としての価値がほとんど失われてしまったようだ。
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 14元 | |
| 宿泊費 | 45元 | |
| 鉄道 | 64元 | 硬座 ゴルムド→西寧 |
| 合計 | 123元 |
N912次の硬座でゴルムド→西寧





| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 9元 | |
| 合計 | 9元 |
西寧到着、宿の選択誤る


タール寺へ行こうとするが


タール寺は観光地化されていた







| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 10.1元 | |
| 宿泊費 | 35元 | |
| バス | 4元 | 路線バス |
| バス | 10元 | 西寧⇔タール寺 |
| タール寺 | 80元 | |
| 合計 | 139.1元 |
宿を塔頂陽光旅友驛站へ変更

莫家街市場




夕方になると夜市が




| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 22.4元 | |
| 宿泊費 | 60元 | 1泊30元×2 |
| 日用品 | 1.6元 | 石鹸 |
| 合計 | 84元 |
日本人バックパッカーがやって来た
0900過ぎくらいに宿泊客に日本人バックパッカーが新たにやって来た。西寧に2,3日滞在した後に夏河やウルムチ、カシュガルへ足を伸ばすようだ。新疆ウイグル自治区へはバスで向かう予定だったので途中にアスベスト採掘場があるので止めておくよう進言した。
玉樹行きの切符を購入

| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 16元 | |
| 宿泊費 | 1元 | |
| バス | 115.3元 | 西寧→玉樹 |
| 合計 | 132.3元 |












自分が新疆を醒迷ってたのは、1997年頃なので、ネットも携帯も無い時代でしたので、現在の中国の凄まじい変化には驚きでした。トイレの件等は全く変わりませんが・・・。自分が挫折した、チャルクリクからゴルムドへの旅等、3日掛かりで読ませて頂きました。
鉄・三國志・2次元等、あまりにも自分の性癖?ダイレクトだったので、本当に自分が旅している様な思いで読ませて頂いてます。
20年前の地図を引っ張り出して妄想してます。
頑張ってください。長文失礼。
20年近くも前に新疆ウイグル自治区を旅されていると今よりもシルクロードの雰囲気が凄いのではないでしょうか?
現在は発展が凄くシルクロードの雰囲気が徐々に失われつつあります。
20年近く前に新疆へ行かれていたなんて羨ましいです。
御返事ありがとうございます。
20年前でも、ウルムチは漢族が占めていて、ウイグル族は街の一角に集中していました。
カシュガルはまだ漢族はほとんど居ませんでした。鉄道も建設中でしたので、漢族の入植(侵略?)も現在程速くなかったのでしょう・・・。
現在、鉄道の建設ラッシュですから、少数民族の文化が”文化村”にしか残って無い!?事態に陥るのでしょうか・・・!
このままだと店の看板とかに少数民族の文字があるが、現地人でも読める人がいないという事態も近いのではないでしょうか。