西寧→玉樹(ジェクンド)

定刻どおり1100頃に玉樹行きバスが発車するが一番安いバスだったので乗客は民度最低の人民たちであった。灰皿が無いのにタバコを吸い、床に捨てる。お約束だが痰も床に吐いています。驚いたのだチベット仏教の坊さんまでが床に痰を吐いていた。仮にダライ・ラマが同じバスに乗ったら床に痰を吐くのだろうか?自分が思い描くチベット仏教の世界が崩れ去ろうとしている。


両替
中国銀行 200000円→13074.2元 1元=約15.297円
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| バス | 1元 | 路線バス |
| 振込手数料 | 50元 | |
| 合計 | 51元 |
深夜3時過ぎに玉樹到着
0300過ぎに車内が騒がしくなったので目が覚める。どこかの町に到着したようだが周辺の様子はよく分からない。乗客と運ちゃんの話を聞いていると玉樹に到着したようだ。乗客のほとんどは降りたが降りない乗客がいたので終点まで行くことにするが玉樹汽車站にすぐ到着する。
聞いていた話だと朝7時到着だったのだが早く到着するのにも時間を考えてほしい。ゴルムドに到着したときも深夜だったし青海省の長距離バスはどうなっているんだ。とりあえず、交通賓館で 30元の3人ドミに宿泊する。交通賓館なのに登記はなく、どうやら玉樹に公安は厳しくないようだ。部屋に案内されると先客に坊さんとおっさんがおり寝ていた。0330頃、自分も寝ることにする。
玉樹にユースホステル?
0700頃に起床するが水道が断水していた。服務員に文句を言ったら30分ぐらいで断水は解消した。0830頃、玉樹(ジェクンド)の町の北にある結古寺 (ジェグ・ゴンパ)を見に行く。北の高台にそれらしい建物が見えるので徒歩で向かう。
玉樹に到着した深夜は周辺の状況が何も分からなかったが、玉樹は四方を山に囲まれており景色の良い町だった。通りの建物もチベット風になっており店の看板や道路標識にもチベット文字が表示されている。住民のほとんどもチ ベット族だ。玉樹は恐らく青海省で最もチベット文化に触れられる町なのだろう。


結古寺(ジェグ・ゴンパ)を見物







西寧行きの切符を購入


玉樹を散歩



| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 11.5元 | |
| 宿泊費 | 60元 | 1泊30元×2 |
| バス | 2元 | 路線バス |
| バス | 115.3元 | 玉樹→西寧 |
| 合計 | 188.8元 |
玉樹→西寧へ


少しすると外国人旅行客が荷物室にバックパックを置いて乗車してきたが何か困った様子だ。外国人旅行客が自分のすぐそばに来たので声をかけてみると切符を見せてきた。座席番号を確認すると外国人旅行客の席がチベット人の夫婦に占領されていた。チベット人の夫婦に外国人旅行客の席であることをいうと、「席を交換してほしい」と言ってきた。外国人旅行客が 「窓際の席にして欲しい」と言うとチベット人の旦那が「自分は41番で窓際だからいいでしょ」とか言ってくるので交渉成立。
外国人旅行客は最後部の窓際の座席に座ったというか、この外国人旅行客は中国語が話せるようだ。「アメリカ人ですか?」と聞いてみると「フランス人です」と答えてきた。年配のフランス 人1人で玉樹を訪れるとは凄い。0830になり発車時刻なのだがようやく乗客の確認をして0845に出発する。
通天河と巴顔喀拉山口を越える




山を登っていくと峠にはタルチョが掲げられており峠を越えるときに乗車していた修行僧たちが叫びながら経文の書かれた紙を撒いていく。と、経文の書かれた紙を撒くまでは良いのだが実は紙以外にも残念なことに後ろの座席に座っていた坊さんがペットボトルを投げ捨てていたのだ。
他の坊さんやチベット人の乗客までも窓からゴミを投げ捨て車内で痰を吐いてタバコを吸う。この光景をダライ・ラマが見たらどう思うだろうか?ある意味で中国政府 のチベット人への政策が成功している証拠だろう。こちらとしてはチベット人やチベット仏教に対してのイメージが崩壊していった。

黄河を越えて瑪多から花石峡へ



でも、朝に切符を見たときは 行き先は西寧だったのだが・・・。ユーロ高で金持ちのフランス人には途中で降りてしまっても痛くないのだろう。ここで、フランス人に「田舎はどこ?」と聞 かれたので「日本です」と答えると予想していなかったようで少し驚いていた。周りの乗客も「日本、日本」と言っている。まあ、こんな所で日本人に遭遇する なんて考えられないだろうな。
乗客にとっては日本人とフランス人に遭遇することの方がもっと考えられないだろうな。乗客たちは日本人とフランス人が目の前にいるので色々と質問してくる。「どこで中国語を覚えたんだ?」「日本の東京に住んでいるのか?大阪に住んでいるのか?」「フランスのどこに住んでいるん だ?」「どんな仕事をしているんだ」とか乗客はかなり興味津々のようだ。
フランス人は逆に乗客に「仕事で西寧にいくの?」「何の仕事をしているの?」とか 聞いている。乗客は「出稼ぎに行く」と話しており予想通り民工だった。フランス人はベトナムに住んでいるようでベトナム語関連の仕事をしているようだ。

チベット人の放牧地を通り西寧へ



1800前に河卡の手前でトンネルと橋の建設現場を通り過ぎる。数年後には完成して交通の便がよくなるのだろう。しかし、この辺境の地にまで開発の波が押し寄せるということなのだろう。これがチベット人にとって良いか悪いかはまだ判断できないだろう。
2230頃、西寧汽車站に到着する。まだ路線バスはあるようなのだが本数が少ないので待っているより歩いた ほうが良いと判断して一昨日まで滞在していたユースホステルの塔頂陽光旅友驛站へ向う。
やはり塔頂陽光旅友驛站は快適
2300頃、塔頂陽光旅友驛站に到着する。階段を登ると入口はまだ開いており入ると宿のおばちゃんが覚えていたようで「帰ってきたの?こんな時間にどこに 行ってたの?」と聞いてきた。確かにこんな時間に再び来る客は珍しいだろうな。2泊することにしてパスポートと会員証を出すが「一昨日までいたから記録が あるからいいよ」と確認なしで保証金も前回より安くなっていた。
今回は前回とは別の部屋だったが服務員に案内されるときに一昨日水筒を忘れたことを言ったら一緒に部屋を確認してくれて水筒を無事発見する。ドミトリーだったから運良く残っていたが個室だったら確実に破棄されていただろう。水筒を回収して部屋に着くと先客が一人寝ていた。こちらは外で夕飯というか夜食を食べてから寝ることにする。
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 食費 | 10元 | |
| 宿泊費 | 60元 | 1泊30元×2 |
| 合計 | 70元 |















