山西省臨汾 三皇五帝の堯廟・古城大院

山西省旅行記2015

運城駅前の関羽像

運城駅09:00頃、ユースホステルをチェックアウトして地鉱大楼のバス停から12路のバスで運城駅へ向かう。

関羽像09:25頃、運城駅に到着し黄金関羽像の撮影。今気付いたが関羽が乗っている馬は赤兎馬だな。赤でなく黄金だったので気付かずにいた。

そして、駅前には装甲車と武警がいる。運城に来たときはいなかったのだが・・・。9月3日の抗日戦争勝利の式典に備えて田舎の運城でも警備が強化されているのだろう。まあ、運城は田舎といっても中心の塩湖区だけでも人口50万人以上なので日本の仙台や相模原に匹敵する田舎だ。管轄している周辺の県級市までいれると513万になるので日本とは田舎の基準が違いすぎる。警備の強化は分かるが天津港の爆発を考えると駅前の警備より薬品倉庫の抜き打ち検査の方が重要だと思うが・・・。

運城→臨汾

切符売場でネットで予約しておいた切符を受け取り待合室へ移動。いつもの切符と身分証の確認、手荷物のX線検査があるが、今回は駅員が珍しくパスポートを確認しているがビザ欄を見ていたので名前が切符は漢字、ビザはローマ字表記で違っているので駅員考え込むが特に質問もなく何事もなかったかのように返却する。聞いてくれればパスポートの署名欄を見てもらうのだが・・・。まあ、抗日戦争勝利の式典が近く警備が強化されても外人は用無しということのようだ。

4628次の切符今回乗車する列車は11:00発、運城→臨汾の4628次だ。席は硬座、運賃は18.5元、距離133km、所要時間2時間2分だ。始発から終点までの乗車だが途中駅は侯馬の一駅だけという列車だ。

10:35頃、改札が始まりホームへ移動して乗車と思ったら、まだ列車が到着しておらず待機になる。北京からのK603次が折り返し4628次になるのだが到着が遅れている。

並ばない乗客10:40頃、K603次が到着し乗客を降ろしてようやく4628次に乗車となるが誰も並んでいない。

4628次行先票乗車バトルに参戦する気は無いので行先票を撮影したりバトルを観戦しながら空いてくるのを待つ。

10:50頃、ようやく乗車する。臨汾までの二駅だけの運行なので利用客は地元民で一応列車内は平和だ。無座客は当然おらず全員が座れている。なのになぜ並ばず乗車バトルをしているのだ?

11:00発だが6分遅れで発車する。田舎の路線で和諧号が走らないので線路はロングレールとかではないので継ぎ目が多くいい具合に「ガタンゴトン」と振動が来て眠くなる。

臨汾

臨汾駅13:04頃、2分遅れで臨汾に到着する。とりあえず、駅周辺の様子だが壷口瀑布の看板が目立ち旅行会社が多いようだ。やはり臨汾は壷口瀑布への拠点となっているようだ。

臨汾浪迹青年旅舍

臨汾での宿はbooking.comで予約しておいた臨汾浪迹青年旅舍だ。まずは宿を目指して臨汾の街を歩く。GPSを頼りに歩いていくとアパート群の中に到着する。どうも違う気がする。

仕方ないので電話して聞いてみるが、こちらの中国語が下手なのでほとんど通じない。電話の向こうから「広東人」と聞こえてくる。どうやら広東省の田舎者だと思われている。まあ、何とか目印になる場所を聞いて再び移動開始。

市骨科医院と如家酒店市骨科医院と如家酒店の近くということなので高徳地図で確認しながら骨科医院と如家酒店の前にやってきた。

市骨科医院と如家酒店再び電話すると市骨科医院と如家酒店の間にある交通運輸執法局(交通运输执法局)の中に入り奥に行くとあるということであった。

交通执法「交通执法」とかある敷地内か?どうも庶民から恨みを買っている「城管执法」の仲間にしか見えないのだが・・・。

交通执法の敷地内「なぜ行政機関の敷地内に?」と半信半疑で敷地の奥へ入ると確かに奥に看板が見える。

臨汾浪迹青年旅舍看板の方へ歩いて行く。

臨汾浪迹青年旅舍15:00頃、臨汾浪迹青年旅舍に到着する。で、老板たちは火鍋を食べに行っており不在で1ヶ月ぐらい宿泊している兄ちゃん・・・。いや、住み着いている兄ちゃんが老板が帰ってくるまで応対してくれる。

15:30頃に老板たちが帰ってきて登記と宿泊費225元(1泊45元×45元)を支払う。老板たちが「今までどこの国へ行ったの?」とか言いながらパスポートを見ていると、あのスタンプを見て固まる。あの国の出入国スタンプ「中華民国」だ!ようするに台湾のスタンプなのだが、中華民国はこの世には無い事になっている中国大陸なのだが、現実には中華民国は存在しているので某政府が言っていることと現実の違いに老板たちは困惑している。

臨汾浪迹青年旅舍とりあえず、部屋に案内してもらうが6人部屋で予約しておいたが空いているので4人部屋に変更になってしまった。まあ、ランクが上がることになるので別に問題はないが・・・。部屋は4人ドミトリーだがエアコン無し、扇風機付きになる。まあ、思っていたより暑さは厳しくないので扇風機でも十分である。Wi-Fiの電波は良好でネットの速度も問題なしだ。共同のトイレ・シャワーは2つあるが一体型の奴なので使い勝手が悪い。トイレとシャワーが別々になっていればよいのだが・・・。

担担麺

担担麺16:00頃、朝から何も食べていないので近くの食堂で担担麺(6元/約120円)を食べるが、今まで食べたことのある担担麺とはずいぶん違う。具が殆ど無いし、スープも微妙な味だ。やはり貧乏人向けだと値段なりの中身ということなのだろう。

魚香茄子飯

魚香茄子飯担担麺だけでは満腹にならないので別の食堂で魚香茄子飯(9元/約180円)を食べる。ご飯の上に魚香茄子が乗っており蓋飯みたいな感じだ。魚香茄子は四川料理の一つで麻婆茄子に近い料理だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
宿泊費 225元 1泊45元×5
バス 1元 路線バス
合計 64元

三皇五帝の堯廟

臨汾の朝は涼しく過ごしやすい。07:45頃、ユースホステル近くの公交公司のバス停から11路のバスに乗車する。運賃は1元で臨汾駅を経由して堯廟汽車站のある終点の堯廟公交站で下車する。08:25頃、バスターミナルの堯廟汽車站でバス情報を確認するが時刻表は無し。運賃表は窓口のおばちゃんの所にあり撮影断念。主に侯馬や襄汾、吉県、郷寧、河底、翼城など南部、西部へのバスがあるようだ。

堯廟08:35頃、バスターミナル近くの堯廟を訪れる。入場料は50元だが陝西旅游年票を使い無料で見物。

堯廟牌坊牌坊を潜り奥へ進んでいく。

堯廟牌坊の額には「文明始祖」とあるがこれは非常に複雑な心境だ。教科書通りの隋や唐の中国なら堯が先祖で納得なのだが、痰吐きや割り込みの現代・・・。現状では堯が現代中国の始祖とは考えにくい。

堯廟堯廟は三皇五帝の一人である堯を祀る廟である。

堯廟現在残っている建物は主に清代の建築物になるが堯を祀る大殿の広運殿は1998年に火災で焼失し再建されたものである。

神農

禹堯を祀る廟であるが禹や舜を祀る殿もある。

堯廟参拝客はそこそこで線香や果物などのお供え物を供えたりしている。比較的静かに見物することができる。10:00頃、堯廟を出る。この頃になるとかなり暑くなってくる。

堯帝故居

堯帝故居11:00頃、堯帝故居に到着するが閉まっている。外から中の様子を確認するが、どうも整備中のようだ。どうしようもないので来た道を戻る

大雲寺

大雲寺11:55頃、堯廟汽車站から11路のバスに乗車する。運賃は1元、12:10頃、鼓楼南で下車する。

大雲寺12:20頃、山西師範大学近くの大雲寺に到着する。入場料は無料で現在は寺でなく臨汾博物館になっている。大雲寺(鉄佛寺)は唐の貞観6年(632)に創建され、仏塔が残っている。

12:40頃、大雲寺を離れて鼓楼南のバス停へ戻る。12:50頃、11路のバスに乗車。運賃は1元、13:20頃、中大街口で下車する。

古城大院

古城大院南へ歩いていくと復元された城壁が見えてきて、13:40頃、古城大院に到着。入場料10元だが陝西旅游年票を使い無料で見物する。古城大院は臨汾周辺にあった古民居を移築して展示している博物館だ。

張氏民居まずは張氏民居から見物する。

張氏民居

張氏民居張氏民居は元は魏村にあり清の光緒年間に建てられた四合院建築の邸宅である。

吉氏民居続いては吉氏民居である。

吉氏民居吉氏民居は元は土門鎮東澗北村にあり、清朝末期に建てられた砦式ヤオトン建築である。

吉氏民居一見すると四合院建築のように見えるが内部はレンガでヤオトンのように作られている。

吉氏民居居住と防御の両方を兼ね備えた造りである。

劉氏民居最後は劉氏民居である。

劉氏民居劉氏民居は元は土門鎮亢村にあり、「世済書院」と称されている。

劉氏民居清の康熙36年(1697)に村民の劉顔柱などが寄付を募り書院を建築し、郷村書院建築之精品とも呼ばれる。

小麦王ビール

小麦王ビール14:50頃、古城大院を出る。ユースホステルへ戻る途中でスーパーマーケットを見つけて昼食を調達。処分品のパンと特売の小麦王ビール500ml(1.8元/約36円)を購入。暑い夏に冷えたビールはダメ人間に最適の飲み物だ。おまけに値段がコーラより安い!

土豆絲蓋飯

土豆絲蓋飯夕飯は土豆絲蓋飯(7元/約140円)を食べる。ジャガイモの炒めものがご飯の上に乗っている中国の定番料理だ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 18元
路線バス 3元 路線バス
合計 21元

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