チベット文化圏旅行記~青海省 ゴルムド・西寧編

危険な石棉矿から青海省へ

真夜中、糞がしたくなり川口浩探検隊のようにヘッドライトをつけて外のトイレへ行く。トイレといっても柵があるだけで野糞とほとんど違いがない。用足しが終わり部屋に戻ろうとするが外の星空は今までに見たことのない星の数であった。夜は埃が舞っていないので北京や上海と違い空気は澄んでいるようだ。

tibet_bunkaken0010700頃に起床して韓国人バックパッカーと一緒に朝食を食べに出かける。食後に遠くのアスベストの採掘場を見ながら韓国人バックパッカーと「危険なところだ」「南にアルキン山脈と崑崙山脈がある」とか話をする。この山がアスベスト採掘現場です。採掘現場の奥にある山が方角からしてアルキン山脈かと思われる。

tibet_bunkaken0020845頃、相部屋だった中国人たちと花土溝(花土沟)行きのバスに乗車する。新疆ウイグル自治区から青海省の花土沟まで人民たちとバスで移動です。

tibet_bunkaken0030900過ぎに 新疆ウイグル自治区最後の町である依吞布拉克を出発、アスベスト採掘現場の石棉矿を通り国道315号を爆走していく。国道は昨日と違い舗装はされているものの状態は悪い。

tibet_bunkaken0041100前、青海省最初の町である花土沟に到着する。到着後すぐに韓国人バックパッカーと一緒にゴルムド行きの切符を購入する。花土沟汽车站は西寧、ゴルムドにはそれぞれ1日1本。敦煌へは1日2本のバスがあります。

tibet_bunkaken005発車は1515でまだ約4時間あったがすでにバスが待機しており乗客が荷物を放り込んでいたので一緒に荷物を預けて花土沟を散歩することにする。通りの名前が中国語とモンゴル文字で表記されています。

tibet_bunkaken006散歩をしていると韓国人バックパッカーがトラックからスイカを降ろしているおっちゃんに英語で声をかけていたがおっちゃんはいきなり現れた外国人に困っていたので話しに割って入る。

どうやらスイカが食べたいらしいのでおっちゃんにいくらか聞いて値段を伝える。スイカを購入しているとおっちゃんの家族が「何人だ?米ドルは持っているのかな?」とか話しているので「彼は韓国人で人民元だけ持っているよ」と教えてあげる。さらに包丁とまな板を借りて韓国人バックパッカーはその場でスイカを切って食べる。自分もスイカをもらうが今までの経験上では腹を壊す確率が高そうなのだが一切れだけ頂くことにした。

花土沟→ゴルムド

tibet_bunkaken007スイカを食べた後はバスターミナルで出発を待つ。1515頃に花土沟を出発する。予定だと明朝0700頃にゴルムド着とのこと。

tibet_bunkaken008寝台バスの車内はこんな感じ。

tibet_bunkaken009花土沟を出るとすぐに油田の脇を通過します。

tibet_bunkaken0103000mを越える高地でも砂漠があります。

tibet_bunkaken011砂漠の中ではすれ違う車も疎らです。

tibet_bunkaken012バスは砂漠と土漠を走り続けて1900過ぎに冷湖汽車站へ到着する。最短距離の道は工事中で北へ大きく迂回し敦煌に近い冷湖汽車站を経由しなければ駄目な 様だ。ここで夕食を食べて2030頃に冷湖汽車站からゴルムドへ向かう。2100を過ぎるとあたりは暗くなり寝て過ごすしかなくなる。悪路を80㎞以上でゴルムドへ向けて走り続けていく。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9.5元
バス 15元 石棉矿→花土沟
バス 175.5元 花土沟→ゴルムド(格尔木)
合計 200元

真夜中にゴルムド到着

0330頃に車内が騒がしいので目が覚めるとゴルムドに到着していた。0700頃の筈が何故か真夜中に到着していた。早く到着するのは良いのだが時間が悪すぎる。とりあえず、韓国人バックパッカーと一緒にバスターミナル脇の車站招待所に泊まることにする。0700過ぎに起床して韓国人バックパッカーと朝食を食べに行く。食後にバスターミナルで韓国人バックパッカーが西寧行きの切符を買うのを手伝ってあげる。

韓国人バックパッカーと分かれる

tibet_bunkaken013

tibet_bunkaken0140830頃、車站招待所を出てバスターミナル前で韓国人バックパッカーと分かれた。自分は鉄道の旅を楽しむのでゴルムドにもう一泊して明日西寧へ向かうことにする。とりあえず、近くの祥和旅社で1泊いくらか聞こうとすると老板が「1人なら40元の部屋、30元でいいよ」と意外にも向こうから値引きしてきた。とりあえず一泊することにする。

ちょうど祥和旅社には台湾人2人組が宿泊しておりゴルムド周辺の塩湖を見ると言っていた。まあ、とりあえず1人部屋なのだがシャワー・トイレ共同で汚くてあまり使う気にはなれない。まあ、1人部屋でPCの電源は確保できた。今日は滞っているHP作成に専念しよう。ゴルムドでは塩湖以外は観光地はないようだし。それにしても、どうして中国は蝿が多いのだろう?

ゴルムドは何もない田舎だ

ゴルムドはバックパッカーには知られた街なのだが実際に来てみると小さいただの田舎町だった。ラサへ行くバックパッカーがたくさんいるのかなと思っていた が白人を1人見かけただけであった。青蔵鉄路が開通してからはゴルムドは旅客駅としての価値がほとんど失われてしまったようだ。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 14元
宿泊費 45元
鉄道 64元 硬座 ゴルムド→西寧
合計 123元

N912次の硬座でゴルムド→西寧

tibet_bunkaken015午前中に食料を買い込んで昼にゴルムド駅へ向かう。まだ、発車まで約8時間あるのだが数人の人民がいる。ゴルムドは朝に西寧行きの普客が出発すると夜まで列車が無いというとんでもない駅である。おまけにラサへ行く列車とラサから来た列車は深夜、早朝に到着する。まあ、仕方ないので待合室でおとなしく待つ。

tibet_bunkaken0161800を過ぎるとそれなりに混み始めて公安も身分証確認を始める。久しぶりに駅でパスポートを提示すると公安はちゃんとビザと入国スタンプを確認して確認を終えた。1900過ぎに改札が始まり並ぶ人民と並ばない人民の小競り合いの中で改札を通過する。

tibet_bunkaken017すぐに荷物置き場の確保をして一旦列車を降り悠々と撮 影をする。今回の車両は扇風機すらない22型だった。まあ、こんな高地なら扇風機無しでも十分涼しいから問題ないだろう。

tibet_bunkaken018問題なのは人民が持ち込む荷物の多さだ。どうしてこんなに荷物を持っているのだろう。

tibet_bunkaken019定刻どおり1957に発車をして遠くの崑崙山脈を見ながらゴルムドを離れる。明日の朝には西寧に到着だ。ダイヤ通りなら・・・。遠くに見えるのは崑崙山脈です。崑崙山脈を越えるとチベットです。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 9元
合計 9元

西寧到着、宿の選択誤る

tibet_bunkaken0200800前、西寧到着。硬座車両だったためほとんど眠れなかった。人民は床でぐっすり眠り、ゴミを散らかすというお約束の行為で民度の低さを再確認させてくれた。

tibet_bunkaken021まずは宿を探さなければならないのだが駅のすぐ近くにバスターミナルもあるので西寧汽車站の向かいにある幸福旅社に1泊することにする。チベット族の宿でパスポート見せても確認して登記していなかった。ちょっと怪しい感じだ。35元の1人部屋なのだが汚い。バスターミナル前だからって調子に乗っているようだ。ネットに接続してメール確認をしながら久しぶりにユースホステルのHPを確認してみると新しくなっていた。おまけに西寧にユースが2件あることが判明する。ユースがあるならこんなボロ宿には泊まらなかったのに・・・。明日はユースに移動だ。

タール寺へ行こうとするが

tibet_bunkaken022西寧だと観光地はタール寺(塔尔寺)しか思い浮かばないので交通手段を事前にネットで調べると西寧体育館の脇からバスが出ていると情報があったので1路のバスで最寄の西門へ行く。しかし、西寧体育館の脇からタール寺へのバスは無かった。ガセネタだった。諦めて周辺を歩くと山の上に寺が見えるので行ってみると南禅寺だった。宋代に建立された寺院なのだが工事中だった。でも、参拝客が自由に出入りしているのでちょっと覗くが特に興味を引くものは無かった。

tibet_bunkaken023南禅寺を出ると近くのバス停「南門管理站」近くにタール寺行きのバスが停車しているのを発見する。西寧駅からは3路と16路がこのバス停に停車する。運ちゃんにタール寺へ行くかと運賃を確認すると5元でタール寺へ行くとのこと。そのまま乗車してタール寺へ向かう。湟中行きが塔尔寺へ行くバスです。バスによっては塔尔寺と表示しているのもあります。

タール寺は観光地化されていた

tibet_bunkaken024途中で客を拾いながら1時間かけて1530頃バスはタール寺へ到着する。門前町は土産物屋がたくさん並び、何やら観光地化されている雰囲気が・・・。

tibet_bunkaken025入場料は80元とやたらと高い。しかし、チベット仏教ではかなり重要な寺のようなのでしっかりと観光客から金を毟り取る魂胆だろうか?人の足元見やがって!入場券売り場はガイドがたむろしてしつこいし、どうも嫌な予感がする。タール寺を見学していくが観光客が多すぎる!おまけにほとんどの場所が撮影禁止になっている。やはり80元は高すぎる。

tibet_bunkaken026さらに驚くことに乞食まで多い。撮影がほとんどできないので代わりに乞食の撮影をしてみる。でも、これでは80元の価値は・・・。中国では有名な寺には乞食はよくいるのですがタール寺は多すぎです。

tibet_bunkaken027五体投地している所を撮ったのだが、撮るなという声が聞こえたような気が・・・

tibet_bunkaken028観光客が写っていない写真を撮るのは隅っこの方でないと無理なようです。

tibet_bunkaken029周囲の観光客の行動を観察しながら撮影して良さそうな場所では撮影をするが満足できるものではなかった。仏像はすべて撮影禁止というのは痛い。何か微妙な写真しか撮れず不満だらけでタール寺を後にします。
tibet_bunkaken030さらに見学区域に入場するたびに入場券に穴を開けられていくので気付かずにいると穴だらけで説明が読めなくなってしまう。でも、やる気の無い僧侶は入口におらず入場券の確認をしていませんでした。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 10.1元
宿泊費 35元
バス 4元 路線バス
バス 10元 西寧⇔タール寺
タール寺 80元
合計 139.1元

宿を塔頂陽光旅友驛站へ変更

tibet_bunkaken0310800過ぎにバスターミナル前の幸福旅社を出て塔頂陽光旅友驛站へ移動する。塔頂陽光旅友驛站は西寧に2件あるユースホステルで西寧の中心部に位置して いる。宿泊費は会員で6人ドミが1泊30元だった。すぐに洗濯と久しぶりに体を洗うためシャワー室へ!お湯もちゃんと出て快適に洗濯ができた。

莫家街市場

tibet_bunkaken032明後日に王樹へ向かうので西寧中心部を散歩してみることにする。

tibet_bunkaken033ユースホステルのすぐ近くには莫家街市場があり昼間は市場なのだが夕方には屋台が出て夜市で賑わうそうだ。

tibet_bunkaken034ということで、昼頃に莫家街市場へ行ってみる。市場は果物から野菜、肉、魚など何でも揃っている。飲食店もありちょうど昼時で混雑してい た。

tibet_bunkaken035市場に来るとやはり肉屋が面白い。羊や豚が原形を残した状態で売られていたりするので、こういうのは日本だと見る機会が無い。

tibet_bunkaken036豚肉が大量です。

tibet_bunkaken037ここは豚足や内臓を売っているようです。

tibet_bunkaken038莫家街市場

tibet_bunkaken039ここはキノコ専門のようです。

tibet_bunkaken040もちろん野菜もたくさん売られていました。

夕方になると夜市が

tibet_bunkaken041方になると夕飯を食べに出かけるとユースホステルの近くに夜市が出現していた。まだ1800ぐらいで明るかったので撮影ができた。

tibet_bunkaken042夕莫家街市場も屋台が出ており昼間とだいぶ様変わりしてきている。せっかく 夜市があるのだからいろいろ食べようと考えたが結局は饅頭とか安い物ばかり食べていた。

tibet_bunkaken043鍋や串焼きとか色々あります。火鍋とか豪華な物は自然に避けてしまうようだ。

チベット料理の店とかもありました。

tibet_bunkaken044

tibet_bunkaken045そういえば今日は終戦記念日だったが西寧では何も無かったなあ。青海省人民政府の前を通ったけど戦勝記念の横断幕すら出ていなかった。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 22.4元
宿泊費 60元 1泊30元×2
日用品 1.6元 石鹸
合計 84元

日本人バックパッカーがやって来た

0900過ぎくらいに宿泊客に日本人バックパッカーが新たにやって来た。西寧に2,3日滞在した後に夏河やウルムチ、カシュガルへ足を伸ばすようだ。新疆ウイグル自治区へはバスで向かう予定だったので途中にアスベスト採掘場があるので止めておくよう進言した。

玉樹行きの切符を購入

tibet_bunkaken046昼頃に1路のバスで西寧汽車站へ向かい明日の玉樹行きの切符を購入する。玉樹は文成公主廟があるので有名らしいがチベット自治区と四川省との境界にも近く辺境のチベット文化が見られそうだ。切符を購入したので西寧での目的は達成した。午後はユースホステルに戻りHPの引越し作業をする。

本日の出費
項目 金額 備考
食費 16元
宿泊費 1元
バス 115.3元 西寧→玉樹
合計 132.3元

“チベット文化圏旅行記~青海省 ゴルムド・西寧編” への 4 件のフィードバック

  1. 自分が新疆を醒迷ってたのは、1997年頃なので、ネットも携帯も無い時代でしたので、現在の中国の凄まじい変化には驚きでした。トイレの件等は全く変わりませんが・・・。自分が挫折した、チャルクリクからゴルムドへの旅等、3日掛かりで読ませて頂きました。
    鉄・三國志・2次元等、あまりにも自分の性癖?ダイレクトだったので、本当に自分が旅している様な思いで読ませて頂いてます。
    20年前の地図を引っ張り出して妄想してます。
    頑張ってください。長文失礼。

    1. 20年近くも前に新疆ウイグル自治区を旅されていると今よりもシルクロードの雰囲気が凄いのではないでしょうか?
      現在は発展が凄くシルクロードの雰囲気が徐々に失われつつあります。
      20年近く前に新疆へ行かれていたなんて羨ましいです。

      1. 御返事ありがとうございます。
        20年前でも、ウルムチは漢族が占めていて、ウイグル族は街の一角に集中していました。
        カシュガルはまだ漢族はほとんど居ませんでした。鉄道も建設中でしたので、漢族の入植(侵略?)も現在程速くなかったのでしょう・・・。
        現在、鉄道の建設ラッシュですから、少数民族の文化が”文化村”にしか残って無い!?事態に陥るのでしょうか・・・!

        1. このままだと店の看板とかに少数民族の文字があるが、現地人でも読める人がいないという事態も近いのではないでしょうか。

コメントは受け付けていません。